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特開2024-11834電極触媒層、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池
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  • 特開-電極触媒層、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024011834
(43)【公開日】2024-01-25
(54)【発明の名称】電極触媒層、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/86 20060101AFI20240118BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20240118BHJP
【FI】
H01M4/86 M
H01M4/86 B
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022114105
(22)【出願日】2022-07-15
(71)【出願人】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100169063
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 洋平
(74)【代理人】
【識別番号】100124062
【弁理士】
【氏名又は名称】三上 敬史
(72)【発明者】
【氏名】小澤 まどか
(72)【発明者】
【氏名】川村 敦弘
(72)【発明者】
【氏名】稲川 ゆり
【テーマコード(参考)】
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
5H018AA06
5H018BB06
5H018BB08
5H018BB12
5H018DD05
5H018EE03
5H018EE05
5H018EE17
5H018HH01
5H018HH03
5H018HH05
5H126BB06
5H126EE03
5H126EE22
(57)【要約】
【課題】電極触媒層中の物質輸送性およびプロトン伝導性を向上し、長期的に高い発電性能を発揮することが可能であるとともに良好な耐久性を有する電極触媒層、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池を提供することを目的とする。
【解決手段】電極触媒層10は、固体高分子形燃料電池に用いられる電極触媒層であって、触媒物質12と、該触媒物質12を担持する導電性担体13と、高分子電解質14と、窒素原子を含有する繊維状物質15とを含んでおり、電極触媒層の断面の特定領域のエネルギー分散型X線分光法により得られる、カーボン、窒素、酸素、フッ素、硫黄、および白金元素の合計原子数に占める窒素の原子数の比が2at%以上20at%以下であり、前記特定領域は、前記窒素原子を含有する繊維状物質を50面積%以上含み、かつ、前記触媒物質及び前記導電性担体を含まない領域である。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子形燃料電池に用いられる電極触媒層であって、
前記電極触媒層は、触媒物質と、該触媒物質を担持する導電性担体と、高分子電解質と、窒素原子を含有する繊維状物質とを備え、
電極触媒層の断面の特定領域のエネルギー分散型X線分光法により得られる、カーボン、窒素、酸素、フッ素、硫黄、および白金元素の合計原子数に占める窒素の原子数の比が2at%以上20at%以下であり、前記特定領域は、前記窒素原子を含有する繊維状物質を50面積%以上含み、かつ、前記触媒物質及び前記導電性担体を含まない領域であることを特徴とする電極触媒層。
【請求項2】
前記窒素原子を含有する繊維状物質の平均繊維径が、50nm以上400nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の電極触媒層。
【請求項3】
前記窒素原子を含有する繊維状物質は高分子繊維である、請求項1又は2に記載の電極触媒層。
【請求項4】
前記窒素原子を含有する繊維状物質は、アゾール構造を有している請求項3に記載の電極触媒層。
【請求項5】
前記窒素原子を含有する繊維状物質の繊維径分布のピークが150nm以上250nm以下である、請求項1又は2に記載の電極触媒層。
【請求項6】
前記電極触媒層中における前記窒素原子を含有する繊維状物質の含有量が1重量%以上10重量%以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の電極触媒層。
【請求項7】
前記電極触媒層の厚みが、2μm以上10μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の電極触媒層。
【請求項8】
請求項1又は2の電極触媒層が、高分子電解質膜の少なくとも一方の面に備えられていることを特徴とする膜電極接合体。
【請求項9】
請求項8に記載の膜電極接合体を備えていることを特徴とする固体高分子形燃料電池。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極触媒層、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素と酸素の化学反応から電気を生み出す発電システムである。燃料電池は、従来の発電方式と比較して高効率、低環境負荷、低騒音といった特徴を持ち、将来のクリーンなエネルギー源として注目されている。特に、室温付近で使用可能な固体高分子形燃料電池は、車載用電源や家庭用定置電源などへの使用が有望視されており、近年、固体高分子形燃料電池に関する様々な研究開発が行われている。その実用化に向けての課題には、発電特性や耐久性などの電池性能向上、インフラ整備、製造コストの低減などが挙げられる。
【0003】
固体高分子形燃料電池は、一般的に、多数の単セルが積層されて構成されている。単セルは、高分子電解質膜の両面に、燃料ガスを供給する燃料極(アノード)と酸化剤を供給する酸素極(カソード)とが接合された膜電極接合体を、ガス流路及び冷却水流路を有するセパレーターで挟んだ構造をしている。燃料極(アノード)及び酸素極(カソード)は、白金系の貴金属などの触媒物質、導電性担体及び高分子電解質を少なくとも含む電極触媒層と、ガス通気性と導電性とを兼ね備えたガス拡散層とで主に構成されている。
【0004】
固体高分子形燃料電池では、以下のような電気化学反応を経て電気を取り出すことができる。まず、燃料極側電極触媒層において、燃料ガスに含まれる水素が触媒物質により酸化され、プロトン及び電子となる。生成したプロトンは、電極触媒層内の高分子電解質及び電極触媒層に接している高分子電解質膜を通り、酸素極側電極触媒層に達する。また、同時に生成した電子は、燃料極側電極触媒層内の導電性担体、燃料極側電極触媒層に接しているガス拡散層、セパレーター及び外部回路を通って酸素極側電極触媒層に達する。そして、酸素極側電極触媒層において、プロトン及び電子が空気などの酸化剤ガスに含まれる酸素と反応し、水を生成する。これら一連の反応において、電子伝導抵抗に比べてプロトン伝導抵抗が大きいため、反応性を向上させ、燃料電池としての性能向上を図るためにはプロトンを効率よく伝導することが重要である。
【0005】
ガス拡散層はセパレーターから供給されるガスを拡散して電極触媒層中に供給する役割をもつ。そして、電極触媒層中の細孔は、セパレーターからガス拡散層を通じた先に位置し、複数の物質を輸送する通路の役割を果たす。燃料極の細孔は、酸化還元の反応場である三相界面に燃料ガスに含まれる水素を円滑に供給する機能が求められる。また、酸素極の細孔は、酸化剤ガスに含まれる酸素を円滑に供給する機能が求められる。さらに、酸素極の細孔は、反応によって生じた生成水を円滑に排出する機能が求められる。ここで、ガスを円滑に供給し、生成水を円滑に排出するためには、電極触媒層中に生成水を円滑に排出可能な十分な隙間があり、密な構造となっていないことが重要である。
【0006】
電極触媒層の構造が密とならないようコントロールし、発電性能を向上する手段として、例えば、異なる粒子径のカーボンまたはカーボン繊維を含む電極触媒層が提案されている(特許文献1、2)。
【0007】
特許文献1では、互いに適度に異なる粒径を有するカーボン粒子を組み合わせることで、電極触媒層中においてカーボン粒子が密に詰まることを抑えている。また、特許文献2では、互いに異なる繊維長を有するカーボン繊維を含み、その比率を一定範囲とすることで、電極触媒層中において適切細孔が多くを占めるようにしている。一方で、粒子径の大きな大粒子と粒子径の小さな小粒子を混合すると大粒子間の隙間に小粒子が入り込んでむしろ密に充填することがある。また、カーボン材料が粒子のみの場合、触媒層のクラックが誘発されやすく、それに伴う耐久性の低下が問題となる場合がある。
【0008】
また、例えば特許文献2のようにカーボン繊維を用いた場合では、密に充填されることは防げても、触媒層における電子伝導体の比率が増加してプロトン伝導体の比率が低下するため、プロトン移動抵抗は大きくなり発電性能の低下要因となってしまう。燃料電池における発電性能は、物質輸送性・電子伝導性・プロトン伝導性によって大きく変わるものであるから、結局のところ、カーボン粒子の組み合わせやカーボン繊維の組み合わせを用いるという電子伝導性のみを高める方法では、発電性能を高める事には限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3617237号公報
【特許文献2】特許第5537178号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記のような点に着目してなされたものであり、電極触媒層中の物質輸送性およびプロトン伝導性を向上し、高い発電性能を発揮することが可能であるとともに良好な耐久性を有する電極触媒層、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
[1] 固体高分子形燃料電池に用いられる電極触媒層であって、
前記電極触媒層は、触媒物質と、該触媒物質を担持する導電性担体と、高分子電解質と、窒素原子を含有する繊維状物質とを備え、
電極触媒層の断面の特定領域のエネルギー分散型X線分光法により得られる、カーボン、窒素、酸素、フッ素、硫黄、および白金元素の合計原子数に占める窒素の原子数の比が2at%以上20at%以下であり、前記特定領域は、前記窒素原子を含有する繊維状物質を50面積%以上含み、かつ、前記触媒物質及び前記導電性担体を含まない領域であることを特徴とする電極触媒層。
[2] 前記窒素原子を含有する繊維状物質の平均繊維径が、50nm以上400nm以下であることを特徴とする[1]に記載の電極触媒層。
[3] 前記窒素原子を含有する繊維状物質は高分子繊維である、[1]又は[2]に記載の電極触媒層。
[4] 前記窒素原子を含有する繊維状物質は、アゾール構造を有している[3]に記載の電極触媒層。
[5] 前記窒素原子を含有する繊維状物質の繊維径分布のピークが150nm以上250nm以下である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の電極触媒層。
[6] 前記電極触媒層中における前記窒素原子を含有する繊維状物質の含有量が1重量%以上10重量%以下であることを特徴とする、[1]から[5]の何れか一項に記載の電極触媒層。
[7] 前記電極触媒層の厚みが、2μm以上10μm以下であることを特徴とする[1]から[6]の何れか一項に記載の電極触媒層。
[8] [1]~[7]のいずれか一項の電極触媒層が、高分子電解質膜の少なくとも一方の面に備えられていることを特徴とする膜電極接合体。
[9] [8]に記載の膜電極接合体を備えていることを特徴とする固体高分子形燃料電池。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一態様によれば、電極触媒層中の物質輸送性およびプロトン伝導性を向上し、高い発電性能を発揮することが可能であるとともに良好な耐久性を有する電極触媒層、膜電極接合体及び固体高分子形燃料電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の電極触媒層の断面構造の例を模式的に示す断面図である。
図2】電極触媒層の断面の一例を示す模式図である。
図3】繊維の繊維径分布の説明図である。
図4】繊維の繊維径の説明図である。
図5】本実施形態に係る膜電極接合体の構成例を示し、図5(a)は膜電極接合体を電極触媒層の酸素極側から見た平面図、図5(b)は図5(a)のX-X´線で破断した断面図である。
図6】固体高分子形燃料電池の構成例を示す分解斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、本発明は、以下に記載する実施形態に限定されるものではなく、当業者の知識を基に設計の変更等の変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施形態も、本発明の範囲に含まれるものである。また、各図面は、理解を容易にするため適宜誇張して表現している。
【0015】
本発明の発明者は、固体高分子形燃料電池の初期発電性能と耐久発電性能について鋭意検討を行った結果、これらの性能には電極触媒層におけるガス拡散性とプロトン伝導性が大きく影響していることを見出した。そして、電極触媒層に窒素原子を含有する繊維状物質を用いることにより、広い空隙を形成してガスの拡散性を向上させるとともにプロトン伝導抵抗を低下させ、さらに、電極触媒層の断面の特定領域のエネルギー分散型X線分光法により得られる、カーボン、窒素、酸素、フッ素、硫黄、および白金元素の合計原子数に占める窒素の原子数の比を2at%以上20at%以下とすることにより、高い発電性能を発揮するとともに耐久性に優れた固体高分子形燃料電池を得ることに成功した。
また、繊維状物質の繊維径分布のピークを150nm以上250nm以下とすると、導電性を損なうことなくプロトン伝導抵抗が低下するとともに、ガスの拡散性が向上することを突き止めた。その結果、出力の低下及び当該電極触媒層の劣化を抑制し、長期的に高い発電性能を発揮する固体高分子形燃料電池を得ることに成功した。
【0016】
[電極触媒層の構成]
以下、図を参照しつつ、本実施形態に係る電極触媒層の具体的な構成を説明する。
図1に示す模式図のように、本実施形態に係る電極触媒層10は、高分子電解質膜11の表面に接合されており、触媒物質12と、触媒物質12を担持した導電性担体13と、高分子電解質14と、窒素原子を含有する繊維状物質15と、を含んで構成されている。そして、上記のいずれの構成要素も存在しない部分が空隙4となっている。
【0017】
本実施形態に係る電極触媒層10に含まれる繊維状物質15は、窒素原子を含有する繊維状物質である。窒素原子を含有する繊維の例は、窒素原子を含む高分子繊維である。繊維状物質の窒素原子は、非共有電子対を有するルイス塩基性基を構成していることが好適である。
窒素原子を含有する繊維状物質は、アゾール構造を有することが好適である。アゾール構造とは、窒素を1つ以上含む複素5員環構造のことであり、例えば、イミダゾール構造、オキサゾール構造、チアゾール構造である。また、窒素原子を含有する繊維状物質は、ベンゾイミダゾール構造、ベンゾオキサゾール構造などのベンゾアゾール構造を有することが好適である。窒素原子を含有する繊維状物質の具体例としては、ポリベンゾイミダゾール、ポリベンゾオキサゾールなどのポリアゾール系高分子が挙げられる。
また、窒素原子を含有する繊維状物質は、ピロール環構造、ピリジン環構造を有する高分子であってもよい。
繊維状物質が窒素原子を含有すると、窒素原子の非共有電子対と高分子電解質のプロトンとの相互作用を生じさせることができる。これにより、電極触媒層10中のプロトン伝導性が向上し、出力特性を向上させることができる。例えば、繊維状物質を高分子電解質の被膜で覆うことが可能となり、電極触媒層10中の物質輸送性およびプロトン伝導性を同時に向上することも可能となる。
繊維状物質を高分子にすることで柔軟性が高くなり、電極触媒層10の強度が向上する。さらに、窒素を導入することで、電極触媒層10の熱安定性が向上する。
また、電極触媒層10は、電極触媒層10中における繊維状物質15の含有量が1重量%以上10重量%以下となることが好適である。繊維状物質15の含有量が上記範囲よりも小さい場合には、空隙4が狭くなり十分な排水性及びガス拡散性が確保できない場合がある。また、電極触媒層10にクラックが生じ、それに伴い耐久性が低下する場合がある。繊維状物質15の含有量が上記範囲よりも大きい場合には、高分子電解質14によるプロトン伝導の経路が遮断され、抵抗が増大する場合がある。
【0018】
本実施形態において、電極触媒層の断面の特定領域のエネルギー分散型X線分光法(EDX)により得られる、カーボン、窒素、酸素、フッ素、硫黄、および白金元素の合計原子数に占める窒素の原子数の比が2at%以上20at%以下である。特定領域とは、電極触媒層の断面であって、かつ、窒素原子を含有する繊維状物質を50面積%以上含み、かつ、触媒物質及び導電性担体を含まない領域である。領域の形状(観察エリア)は、矩形(正方形を含む)であることができ、例えば150nm×150nmの正方形である。特定領域において窒素原子を含有する繊維状物質が面積の100%を占めていてもよい。当該特定領域は断面において1つあればよい。
【0019】
図2は、電極触媒層の断面の一例を示す模式図である。電極触媒層の断面は、触媒物質及び導電性担体を含む領域R1と、触媒物質及び導電性担体を含まない領域R2とからなる。領域R2は、窒素原子を含有する繊維状物質23と、窒素原子を含有する繊維状物質23を含まない領域nとからなる。図2では、上記の特定領域(観察エリア)は、Aで示され、領域R2のみを含み、領域R1を含まない。領域の形状(観察エリア)は、矩形(正方形を含む)であることができ、例えば150nm×150nmの正方形である。特定領域において窒素原子を含有する繊維状物質23が面積の100%を占めていてもよい。当該特定領域は断面において1つあればよい。
【0020】
特定領域の元素の組成比は、例えば、エネルギー分散型X線分光装置が搭載された透過型電子顕微鏡(TEM-EDX)を用いて元素マッピングを行うことで計測することができる。EDXにおけるX線の加速電圧は200kVとすることが好適である。このような加速電圧により、特定領域においてnm程度の厚みまで電子線を透過させることができ、繊維及び繊維の周囲の元素の情報が得られる。
【0021】
特定領域のEDX分析において窒素原子比が2at%未満であることは繊維の密度度合いが低すぎることを意味する。特定領域のEDX分析において窒素原子比が20at%超であることは、繊維の密度度合が高すぎることを意味する。特定領域のEDX分析において窒素原子比が2at%~20at%超であることは、繊維の密度度合が適度であることを意味する。
【0022】
繊維の密集度合が低すぎると、窒素を含む繊維と、高分子電解質のスルホン酸基などのイオンとの相互作用が弱まり、プロトン伝導の経路が不足して抵抗が増大する傾向がある。また、繊維の密集度合いが大きすぎる場合には、繊維同士の絡み合いや凝集により空隙が閉塞して十分な排水性及びガス拡散性が確保できない場合がある。
【0023】
繊維の密集度合いを適切に設定することで、窒素原子の非共有電子対と高分子電解質のプロトンとが相互作用して電極触媒層中のプロトン伝導性が向上し、出力特性が向上する。
断面を露出させる方法は、下記の電極触媒層10の厚さの観察と同様である。
【0024】
電極触媒層10に含まれる繊維状物質15の重量比率は、化学的手法および電気化学的手法により当該物質以外の含有物質を除去した後の重量と、除去前の重量との比により得ることができる。例えば、触媒物質は強力な酸化剤を含む王水などの酸により溶解し、導電性担体は、高電位により焼失させることができる。また、高分子電解質や高分子電解質膜は、過酸化水素等により分解させることができる。
【0025】
本実施形態に係る電極触媒層10に含まれる繊維状物質15の平均繊維径は、50nm以上400nm以下であることが好ましい。繊維径をこの範囲にすることにより、電極触媒層10内の空隙4を増加させるとともにプロトン伝導性の低下を抑制することができ、高出力化が可能になる。繊維状物質15の平均繊維径が上記範囲よりも小さい場合には、繊維状物質が空隙を閉塞して十分な排水性及びガス拡散性が確保できない場合がある。繊維状物質は電子伝導性を持たないため、添加量を増やすほど電子伝導性は低下する。繊維径を細くするほど同じ添加重量で本数が増加し表面積も増加するので、より広範囲の触媒層に上記の効果をもたらすことができる。したがって繊維状物質は細いほうが好ましい。一方で、触媒担体粒子のアグリゲートが凝集しアグロメレートを構成した際に自然に発生しうる空隙の大きさは約50nmである。したがって、50nm以下の繊維径であると逆に空隙が閉塞され、排水性の低下を招くおそれがある。また、繊維状物質15の平均繊維径が上記範囲よりも大きい場合には、導電性担体13や高分子電解質14による電子やプロトンの伝導を阻害して抵抗が増大する場合がある。
【0026】
また、繊維状物質15の繊維長は1μm以上80μmが好ましく、5μm以上70μm以下がより好ましい。上記範囲に設定することにより、電極触媒層10の強度を高めることができ、ひいては、電極触媒層10を形成するときに、電極触媒層10にクラックが生じることが抑えられる。
【0027】
繊維状物質15の繊維径は、例えば、電極触媒層10の断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した際に、その断面が露出している繊維状物質15の直径を測長することで得ることができる。繊維状物質15が斜めに切断された場合には露出する断面の形状は楕円形となることがある。その場合には、短軸に沿ってフィッティングした真円の直径を測定することで繊維状物質15の繊維径を得ることができる。複数、例えば20箇所の繊維状物質15の繊維径を測長し、算術平均することで、平均繊維径を得ることができる。
本実施形態において、電極触媒層10に含まれる窒素を含有する繊維状物質15の繊維径分布のピークが150nm以上250nm以下であることが好適である。繊維状物質の繊維径が上記範囲よりも小さい場合には、空隙が狭くなり十分な排水性及びガス拡散性が確保できない場合がある。この場合、電極触媒層10中に水が滞留して、出力の低下及び当該電極触媒層の劣化を促進することがある。繊維状物質の繊維径が上記範囲よりも大きい場合には、高分子電解質14によるプロトン伝導の経路や導電性担体13による電子伝導の経路が遮断され、抵抗が増大する場合がある。
【0028】
ここで、上記の繊維状物質の繊維径分布のピークについて説明する。図3は、繊維状物質の繊維径分布の説明図である。グラフは電極触媒層10に含有されている繊維状物質の繊維径ごとの頻度を表すヒストグラムであり、繊維径の分布を表している。一般的に、ヒストグラムは量的データの分布の様子を見るのに用いられる。データをいくつかの階級に分け、度数分布表を作成してから、横軸にデータの階級を、縦軸にその階級に含まれるデータの数をとって作成されたグラフがヒストグラムである。
【0029】
本実施形態においては、ヒストグラムの階級幅を10nmとして作成する。例えば、得られた繊維径の最大値が298nm、最小値が102nmである場合、ヒストグラムの階級幅を10nmとした時、最も小さい階級は「100nm以上110nm未満」となり、最も大きい階級は「290nm以上300nm未満」となる。階級の数(ヒストグラムの柱の本数)は20となる。この場合、ヒストグラムの各階級は、「100+(n-1)×10nm以上100+n×10nm未満」(n=1~20)で表される。このように階級を決定し、計測された繊維径の度数分布表を作成することで、繊維径分布を表すヒストグラムが得られる。また、繊維径分布のピークとは、度数分布表およびヒストグラムにおいて度数が最も大きい階級の中央値を指す。例えば、電極触媒層10に含有されている繊維状物質の繊維径のヒストグラムにおいて、200nm以上210nm未満の階級の度数が最も大きい場合、繊維状物質の繊維径分布のピークは、205nmである。
【0030】
繊維状物質の繊維径は、例えば図4に示すように、電極触媒層10の断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した際に、露出している繊維状物質の直径を測長することで得ることができる。繊維状物質が斜めに切断された場合には露出する断面の形状は楕円形となることがある。その場合には、短軸に沿ってフィッティングした真円の直径を測定することで繊維径を得ることができる。また、繊維状物質の断面ではなく繊維状物質の表面が露出することがある。その場合には、露出した繊維状物質の長軸と直行する繊維の幅を計測することで繊維径を得ることが出来る。複数の繊維状物質の繊維径を測長することで、繊維径ごとの頻度を表すヒストグラムを得ることができる。繊維径の測定箇所は多い程、繊維径のピークを明確に把握することが可能である。電極触媒層10内で偏りなく繊維状物質の繊維径分布を把握するために、少なくとも20カ所以上の観察点において同様に計測することが好ましい。走査型電子顕微鏡(SEM)での観察倍率は、繊維状物質の輪郭を明瞭に確認し正確に繊維径を測長できる点で、50000倍程度以上とすることが好ましい。
【0031】
電極触媒層10の断面を露出させる方法としては、例えば、イオンミリング、ウルトラミクロトーム等の公知の方法を用いることができる。断面を露出させる加工を行う際には、高分子電解質膜11や電極触媒層10を構成する高分子電解質14へのダメージを軽減するため、電極触媒層10を冷却しながら加工を行うクライオイオンミリングを用いることが特に好ましい。
【0032】
電極触媒層10の厚さは、30μm以下が好ましい。厚さが30μmよりも厚い場合には、クラックが生じやすいうえに、燃料電池に用いた際にガスや生成する水の拡散性及び導電性が低下して、出力が低下し得る。厚さは10μm以下であってよい。
【0033】
電極触媒層10の厚さは、2μm以上が好ましい。厚さが10μmよりも厚い場合には、クラックが生じやすいうえに、燃料電池に用いた際にガスや生成する水の拡散性及び導電性が低下して、出力が低下してしまう。電極触媒層10の厚さは5μm以上であってよい。
【0034】
電極触媒層10の厚さは、例えば、電極触媒層10の断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察することで計測することができる。電極触媒層10の断面を露出させる方法としては、例えば、イオンミリング、ウルトラミクロトーム等の公知の方法を用いることができる。断面を露出させる加工を行う際には、高分子電解質膜11や電極触媒層10を構成する高分子電解質14へのダメージを軽減するため、電極触媒層10を冷却しながら加工を行うクライオイオンミリングを用いることが特に好ましい。例えば、観察倍率1000倍から10000倍程度の電極触媒層全体が収まる視野内で、電極触媒層の厚みを測長することで計測することができる。触媒層内で偏りなく厚さを把握するため、少なくとも20カ所以上の観察点において同様に計測することが好ましい。
【0035】
触媒物質12には、例えば、白金族に含まれる金属、白金族以外の金属、および、これら金属の合金、酸化物、複酸化物、および、炭化物などを用いることができる。白金族に含まれる金属は、白金、パラジウム、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、および、オスミウムである。白金族以外の金属には、鉄、鉛、銅、クロム、コバルト、ニッケル、マンガン、バナジウム、モリブデン、ガリウム、および、アルミニウムなどを用いることができる。
【0036】
導電性担体13には、導電性を有し、かつ、触媒物質12に侵食されることなく触媒物質12を担持することが可能な担体を用いることができる。導電性担体13には、カーボン粒子を用いることができる。カーボン粒子には、例えば、カーボンブラック、グラファイト、黒鉛、活性炭、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、および、フラーレンを用いることができる。カーボン粒子の粒径は、10nm以上1000nm以下程度であることが好ましく、10nm以上100nm以下程度であることがさらに好ましい。粒径が10nm以上であることによって、カーボン粒子が電極触媒層10において密に詰まり過ぎず、これによって、電極触媒層10のガス拡散性を低下させることが抑えられる。粒径が1000nm以下であることによって、電極触媒層10にクラックを生じさせることが抑えられる。なお、カーボン粒子の粒径は、レーザ回折/散乱法による体積平均径である。
【0037】
高分子電解質膜11および電極触媒層10に含まれる高分子電解質14には、プロトン伝導性を有する電解質を用いることができる。高分子電解質には、例えば、フッ素系高分子電解質、および、炭化水素系高分子電解質を用いることができる。フッ素系高分子電解質には、テトラフルオロエチレン骨格を有する高分子電解質を用いることができる。なお、テトラフルオロエチレン骨格を有する高分子電解質には、デュポン社製のNafion(登録商標)を例示することができる。炭化水素系高分子電解質には、例えば、スルホン化ポリエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホン化ポリスルフィド、および、スルホン化ポリフェニレンなどを用いることができる。
【0038】
高分子電解質膜11に含まれる高分子電解質と、電極触媒層10に含まれる高分子電解質14とは、互いに同じ電解質であってもよいし、互いに異なる電解質であってもよい。ただし、高分子電解質膜11と電極触媒層10との界面における界面抵抗や、湿度が変化した場合において、高分子電解質膜11と電極触媒層10における寸法変化率を考慮すると、高分子電解質膜11に含まれる高分子電解質と、電極触媒層10に含まれる高分子電解質14とは、互いに同じ電解質であるか、熱膨張係数が近い高分子電解質であることが好ましい。
【0039】
[膜電極接合体の構成]
次に、図5を参照しつつ、本実施形態に係る電極触媒層10を備えた膜電極接合体1の具体的な構成を説明する。図5は、本実施形態に係る膜電極接合体の構成例を示し、(a)は膜電極接合体を電極触媒層10の酸素極側から見た平面図、(b)は(a)のX-X´線で破断した断面図である。
膜電極接合体1は、高分子電解質膜11と、高分子電解質膜11の表裏面にそれぞれ接合された電極触媒層10C、10Aとを備えている。本実施形態では、高分子電解質膜11の上面(表面)に形成される電極触媒層10Cは、酸素極を構成するカソード側電極触媒層であり、高分子電解質膜11の下面(裏面)に形成される電極触媒層10Aは、燃料極を構成するアノード側電極触媒層である。以下、一対の電極触媒層10C、10Aは、区別する必要がない場合には、「電極触媒層10」と略記する場合がある。本実施形態による膜電極接合体1において、電極触媒層10は、高分子電解質膜11の少なくとも一方の面に備えられていればよい。また、高分子電解質膜11の電極触媒層10が接合されていない外周部分からのガスリークを防ぐため、膜電極接合体1には酸素極側のガスケット16C及び燃料極側のガスケット16Aが配置されている。
【0040】
[膜電極接合体の製造方法]
以下、上述した膜電極接合体1の製造方法を説明する。
まず、触媒インクを作製する。触媒物質12、導電性担体13、高分子電解質14、および、繊維状物質15を分散媒に混合し、その後、混合物に分散処理を施すことによって触媒インクを作製する。分散処理は、例えば、遊星型ボールミル、ビーズミル、および、超音波ホモジナイザーなどを用いて行うことができる。
【0041】
触媒インクの分散媒には、触媒物質12、導電性担体13、高分子電解質14、および、繊維状物質15を浸食せず、かつ、分散媒の流動性が高い状態で、高分子電解質14を溶解することができる、または、高分子電解質14を微細なゲルとして分散することが可能な溶媒を用いることができる。分散媒には水が含まれてもよい。触媒インクは、揮発性の液体有機溶媒を含むことが好ましい。溶媒が低級アルコールである場合には発火のおそれがあるため、こうした溶媒には、水が混合されることが好ましい。溶媒には、高分子電解質14が分離することによって、触媒インキが白濁したりゲル化したりしない範囲で水を混合することができる。
【0042】
作製した触媒インクを基材に塗布した後に乾燥することによって、触媒インクの塗膜から溶媒が除去される。これにより、基材上に電極触媒層10が形成される。基材には、高分子電解質膜11、または、転写用基材を用いることができる。高分子電解質膜11を基材として用いる場合には、例えば、高分子電解質膜11の表面に触媒インクを直に塗布した後、触媒インクの塗膜から溶媒を除去することによって電極触媒層10を形成する方法を用いることができる。その後、高分子電解質膜11を挟んで電極触媒層10Aと対向するように、高分子電解質膜11の反対側の表面に触媒インクを直に塗布した後、触媒インクの塗膜から溶媒を除去することによって電極触媒層10Aを形成し、膜電極接合体1を得ることができる。
転写用基材を用いる場合には、転写用基材の上に触媒インキを塗布した後に乾燥することによって、触媒層付き基材を作製する。その後、例えば、触媒層付き基材における電極触媒層10の表面と、高分子電解質膜11と、を接触させた状態で、加熱および加圧を行うことによって、電極触媒層10と高分子電解質膜11とを接合させる。高分子電解質膜11の両面に電極触媒層10を接合することによって、膜電極接合体1を製造することができる。
【0043】
電極触媒層の特定領域のエネルギー分散型X線分光法により得られる、カーボン、窒素、酸素、フッ素、硫黄、および白金元素の合計原子数に占める窒素の原子数の比を上述の範囲に調整するには、例えば、電極触媒層中の窒素を含有する繊維の繊維径を調整する、電極触媒層中の高分子電解質の量を調節する、電極触媒層中の窒素を含有する繊維の量を調整することにより調製できる。
【0044】
また、基材としてガス拡散層17を用いる場合には、例えば、ガス拡散層17の表面に触媒インクを塗布した後に乾燥することによって、触媒層付きガス拡散層17を作製する。その後、触媒層付きガス拡散層17における電極触媒層10の表面と高分子電解質膜11とを接触させた状態で、加熱および加圧を行うことによって、電極触媒層10と高分子電解質膜11とを接合させる。高分子電解質膜11の両面に電極触媒層10を接合することによって、膜電極接合体1を製造することができる。
【0045】
触媒インクを基材に塗布する方法には、様々な塗工方法を用いることができる。塗工方法には、例えば、ダイコート、ロールコート、カーテンコート、スプレーコート、および、スキージーなどを挙げることができる。塗工方法には、ダイコートを用いることが好ましい。ダイコートは、塗布期間の中間における膜厚が安定し、かつ、間欠的な塗工を行うことが可能である点で好ましい。触媒インクの塗膜を乾燥させる方法には、例えば、温風オーブンを用いた乾燥、IR(遠赤外線)乾燥、ホットプレートを用いた乾燥、および、減圧乾燥などを用いることができる。乾燥温度は、40℃以上200℃以下であり、40℃以上120℃以下程度であることが好ましい。乾燥時間は、0.5分以上1時間以下であり、1分以上30分以下程度であることが好ましい。
【0046】
転写用基材に電極触媒層10を形成する場合には、電極触媒層10の転写時に電極触媒層10に掛かる圧力や温度が膜電極接合体1の発電性能に影響する。発電性能が高い膜電極接合体を得る上では、電極触媒層10に掛かる圧力は、0.1MPa以上20MPa以下であることが好ましい。圧力が20MPa以下であることによって、電極触媒層10が過剰に圧縮されることが抑えられる。圧力が0.1MP以上であることによって、電極触媒層10と高分子電解質膜11との接合性の低下により発電性能が低下することが抑えられる。接合時の温度は、高分子電解質膜11と電極触媒層10との界面の接合性の向上や、界面抵抗の抑制を考慮すると、高分子電解質膜11、または、電極触媒層10が含む高分子電解質14のガラス転移点付近であることが好ましい。
【0047】
転写用基材には、例えば、高分子フィルム、および、フッ素系樹脂によって形成されたシート体を用いることができる。フッ素系樹脂は、転写性に優れている。フッ素系樹脂には、例えば、エチレンテトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロパーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、および、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などを挙げることができる。高分子フィルムを形成する高分子には、例えば、ポリイミド、ポリエチレンテレフタラート、ポリアミド(ナイロン(登録商標))、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテル・エーテルケトン、ポリエーテルイミド、ポリアリレート、および、ポリエチレンナフタレートなどを挙げることができる。転写用基材には、ガス拡散層を用いることもできる。
【0048】
ここで、繊維状物質15の配合率、高分子電解質14の配合率、触媒インクの溶媒組成、触媒インク調整時の分散強度、塗布した触媒インクの加熱温度やその加熱速度などを調整する事により、電極触媒層10を、十分なガス拡散性およびプロトン伝導性を有するものとすることができる。
例えば、電極触媒層10中の高分子電解質14の配合率は、導電性担体13の重量に対して同程度から半分程度が好ましい。また、繊維状物質15の配合率は、導電性担体13の重量に対して同程度以下が好ましい。触媒インクの固形分比率は、薄膜に塗工できる範囲で、高いほうが好ましい。
また、電極触媒層10中の窒素を含む窒素原子を含有する繊維状物質15の配合率は、1質量%以上10質量%以下程度が好ましい。電極触媒層10中の窒素原子を含有する繊維状物質15の配合率が1質量%よりも少ないと、プロトン伝導抵抗の低減およびガス拡散性向上の効果が十分に得られない上、電極触媒層10を形成するときにクラックが生じて長期的に運転した際の耐久性が低下する場合がある。一方、電極触媒層10中の繊維状物質15の配合率が10質量%よりも多いと、触媒反応を阻害して電池性能が低下する可能性がある。触媒インクの固形分比率は、薄膜に塗工できる範囲で、高いほうが好ましい。
【0049】
[固体高分子形燃料電池の構成]
次に、図6を参照しつつ、本実施形態に係る膜電極接合体1を備えた固体高分子形燃料電池3の具体的な構成例を説明する。図6は、膜電極接合体1を装着した固体高分子形燃料電池3の構成例を示す分解斜視図である。なお、図6は、単セルの構成例であり、固体高分子形燃料電池3は、この構成に限られず、複数の単セルを積層した構成であってもよい。
【0050】
図6に示すように、固体高分子形燃料電池3は、膜電極接合体1と、酸素極側のガス拡散層17Cと、燃料極側のガス拡散層17Aとを備えている。ガス拡散層17Cは、膜電極接合体1の酸素極側のカソード側電極触媒層である電極触媒層10Cと対向して配置されている。また、ガス拡散層17Aは、膜電極接合体1の燃料極側のアノード側電極触媒層である電極触媒層10Aと対向して配置されている。そして、電極触媒層10C及びガス拡散層17Cから酸素極2Cが構成され、電極触媒層10A及びガス拡散層17Aから燃料極2Aが構成されている。また、高分子電解質膜11の電極触媒層10が接合されていない外周部分からのガスリークを防ぐため、酸素極側のガスケット16C及び燃料極側のガスケット16Aが配置されている。
【0051】
更に、固体高分子形燃料電池3は、酸素極2Cに対向して配置されたセパレーター18Cと、燃料極2Aに対向して配置されたセパレーター18Aと、を備えている。セパレーター18Cは、ガス拡散層17Cに対向する面に形成された反応ガス流通用のガス流路19Cと、ガス流路19Cが形成された面と反対側の面に形成された冷却水流通用の冷却水流路20Cとを備えている。また、セパレーター18Aは、セパレーター18Cと同様の構成を有しており、ガス拡散層17Aに対向する面に形成されたガス流路19Aと、ガス流路19Aが形成された面と反対側の面に形成された冷却水流路20Aとを備えている。セパレーター18C、18Aは、導電性でかつガス不透過性の材料からなる。
【0052】
そして、固体高分子形燃料電池3は、セパレーター18Cのガス流路19Cを通って空気や酸素等の酸化剤が酸素極2Cに供給され、セパレーター18Aのガス流路19Aを通って水素を含む燃料ガス若しくは有機物燃料が燃料極2Aに供給されて、発電を行う。
【0053】
本実施形態に係る固体高分子形燃料電池3は、本実施形態に係る膜電極接合体1を採用することで、十分な排水性及びガス拡散性を有し、長期的に高い発電性能および高い耐久性を発揮することが可能となる。
すなわち、本実施形態によれば、固体高分子形燃料電池3の運転において十分なガス拡散性およびプロトン伝導性を有し、長期的に高い発電性能および高い耐久性を発揮することが可能な電極触媒層10、膜電極接合体1及び固体高分子形燃料電池3を提供することができる。したがって、本発明は、固体高分子形燃料電池を利用した、定置型コジェネレーションシステムや燃料電池自動車等に好適に用いることができ、産業上の利用価値が大きい。
【実施例0054】
以下、本発明に基づく実施例に係る膜電極接合体について説明する。
[実施例A1]
実施例A1では、白金担持カーボン触媒(TEC10E50E、田中貴金属工業社製)と水と1-プロパノールと高分子電解質(20%ナフィオン(登録商標)分散液、和光純薬工業社製)と窒素原子を含有する繊維状物質(ポリアゾール繊維、平均繊維径100-400nm、平均繊維径分布のピーク210nm)とを混合した。この混合物に対し、遊星型ボールミルを用いて60分間にわたって300rpmで分散処理を行った。その際、直径5mmのジルコニアボールをジルコニア容器の3分の1程度加えた。なお、高分子電解質の重量は白金担持カーボン触媒中の炭素担体の重量に対して100重量%とし、窒素原子を含有する繊維状物質の重量は白金担持カーボン触媒中の炭素担体の重量に対して10重量%とし、分散媒中の水の割合は50重量%とし、固形分濃度は10重量%となるように調整して、触媒インクを作製した。
【0055】
触媒インクを、高分子電解質膜(ナフィオン(登録商標)211、Dupont社製)の片面にスリットダイコーターを用いて200μmの厚みとなるように塗布することによって塗膜を形成した。次いで、塗膜が形成された高分子電解質膜を80℃の温風オーブンにて、塗膜のタックがなくなるまで乾燥させ、カソード側電極触媒層を形成した。次に触媒インクを、高分子電解質膜の反対側の面にスリットダイコーターを用いて50μmの厚みとなるように塗布することによって塗膜を形成した。次いで、塗膜が形成された高分子電解質膜を80℃の温風オーブンにて、塗膜のタックがなくなるまで乾燥させ、アノード側電極触媒層を形成した。これにより、実施例A1の膜電極接合体を得た。触媒層中の窒素元素組成比は12%であった。
【0056】
[実施例A2]
触媒インクを調製するときに、窒素原子を含有する繊維状物質の量を実施例A1の2倍(炭素担体の重量に対して20重量%)とした以外は、実施例A1と同様の方法によって、実施例A2の膜電極接合体を得た。触媒層中の窒素元素組成比は20%であった。
【0057】
[実施例A3]
触媒インクを調製するときに、窒素原子を含有する繊維状物質の量を実施例A1の1/2(炭素担体の重量に対して5重量%)とした以外は、実施例A2と同様の方法によって、実施例A3の膜電極接合体を得た。触媒層中の窒素元素組成比は2%であった。
【0058】
[比較例A1]
触媒インクを調製するときに、窒素原子を含有する繊維状物質の代わりにカーボンナノファイバー(VGCF―H(登録商標)、昭和電工パッケージング製)を添加した以外は、実施例A1と同様の方法によって、比較例A1の膜電極接合体を得た。触媒層中の窒素元素組成比は0%であった。
【0059】
[比較例A2]
触媒インクを調製するときに、窒素原子を含有する繊維状物質の量を実施例A1の1/10(炭素担体の重量に対して1重量%)とした以外は、実施例A1と同様の方法によって、比較例2の膜電極接合体を得た。触媒層中の窒素元素組成比は0.8%であった。
【0060】
[比較例A3]
触媒インクを調製するときに、窒素原子を含有する繊維状物質の量を実施例A1の3倍(炭素担体の重量に対して30重量%)とした以外は、実施例A1と同様の方法によって、比較例A3の膜電極接合体を得た。触媒層中の窒素元素組成比は21%であった。
【0061】
以下、実施例A1~A3の膜電極接合体及び比較例A1~A3の膜電極接合体を備えた固体高分子形燃料電池のそれぞれの、繊維状物質の含有量と発電性能および耐久性とを比較した結果を説明する。
【0062】
[実施例B1]
実施例1では、白金担持カーボン触媒(TEC10E50E、田中貴金属工業社製)と水と1-プロパノールと高分子電解質(ナフィオン(登録商標)分散液、和光純薬工業社製)と繊維状物質15(ポリアゾール繊維、平均繊維径200nm、繊維径分布のピーク205nm、平均繊維長約20μm)とを混合した。この混合物に対し、遊星型ボールミル(フリッチュ社製P-7)を用いて60分間にわたって500rpmで分散処理を行った。その際、直径5mmのジルコニアボールをジルコニア容器の3分の1程度加えた。なお、高分子電解質の質量は炭素粒子の質量に対して100質量%、固形分中の繊維状物質の質量は1質量%、分散媒中の水の割合は50質量%、固形分濃度は10質量%となるように調整して、触媒インクを作製した。
【0063】
触媒インクを、高分子電解質膜(ナフィオン(登録商標)211、Dupont社製)の片面にスリットダイコーターを用いて100μmの厚みとなるように塗布することによって塗膜を形成した。次いで、塗膜が形成された高分子電解質膜を80℃の温風オーブンにて、塗膜のタックがなくなるまで乾燥させ、カソード側電極触媒層を形成した。次に触媒インクを、高分子電解質膜の反対側の面にスリットダイコーターを用いて50μmの厚みとなるように塗布することによって塗膜を形成した。次いで、塗膜が形成された高分子電解質膜を80℃の温風オーブンにて、塗膜のタックがなくなるまで乾燥させ、アノード側電極触媒層を形成した。これにより、実施例B1の膜電極接合体1を得た。
【0064】
[実施例B2]
繊維径分布のピークが195nmであるポリアゾール繊維を用いる以外は、実施例B1と同様の方法によって、実施例B2の膜電極接合体を得た。
【0065】
[実施例B3]
繊維径分布のピークが225nmであるポリアゾール繊維を用いる以外は、実施例B1と同様の方法によって、実施例B3の膜電極接合体を得た。
【0066】
[実施例B4]
繊維径分布のピークが215nmであるポリアゾール繊維を用いる以外は、実施例B1と同様の方法によって、実施例B4の膜電極接合体を得た。
【0067】
[実施例B5]
繊維径分布のピークが205nmであるポリアゾール繊維を用いる以外は、実施例B1と同様の方法によって、実施例B5の膜電極接合体を得た。
【0068】
[実施例B6]
繊維径分布のピークが185nmであるポリアゾール繊維を用いる以外は、実施例B1と同様の方法によって、実施例B6の膜電極接合体を得た。
【0069】
[実施例B7]
実施例B6と同様の方法によって、触媒インクを調製した。触媒インクを、PTFEフィルムの表面にスリットダイコーターを用いて100μmの厚みとなるように塗布することによって塗膜を形成した。次いで、塗膜が形成されたPTFEフィルムを80℃の温風オーブンにて、塗膜のタックがなくなるまで乾燥させ、カソード側電極触媒層付き転写基材を得た。次に、触媒インクを、別のPTFEフィルムの表面にスリットダイコーターを用いて50μmの厚みとなるように塗布することによって塗膜を形成した。次いで、塗膜が形成されたPTFEフィルムを80℃の温風オーブンにて、塗膜のタックがなくなるまで乾燥させ、アノード側電極触媒層付き転写基材を得た。
【0070】
カソード側電極触媒層付き転写基材と、アノード側電極触媒層付き転写基材と、を高分子電解質膜(ナフィオン(登録商標)211、Dupont社製)の表裏面に、それぞれが対向するように配置し、積層体を形成した。次に、その積層体を120℃、1MPaの条件でホットプレスすることによって、高分子電解質膜の表裏面にそれぞれ電極触媒層を接合した。最後に、各電極触媒層からPTFEフィルムを剥離することによって、実施例B7の膜電極接合体を得た。
【0071】
[実施例B8]
繊維径分布のピークが295nmであるポリアゾール繊維を用いる以外は、実施例B1と同様の方法によって、比較例B8の膜電極接合体を得た。
【0072】
[比較例B1]
触媒インクを調製するときに、ポリアゾール繊維を添加しなかった以外は、実施例B1と同様の方法によって、比較例B1の膜電極接合体を得た。
【0073】
[比較例B2]
触媒インクを調製するときに、ポリアゾール繊維の代わりにカーボンナノファイバー(VGCF(登録商標)-H、昭和電工(株)製)を添加した以外は、実施例B1と同様の方法によって、比較例B2の膜電極接合体を得た。
【0074】
[発電性能の測定]
発電性能の測定には、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の刊行物である「セル評価解析プロトコル」に準拠し、膜電極接合体の両面にガス拡散層及びガスケット、セパレーターを配置し、所定の面圧となるように締め付けたJARI標準セルを評価用単セルとして用いた。そして、「セル評価解析プロトコル」に記載のIV測定(「標準」条件とする。)及びアノードの相対湿度とカソードの相対湿度を共にRH100%としてI-V測定(「高湿」条件とする。)を実施した。
なお、発電性能の評価については、「標準」条件において電圧が0.6Vのときの電流が25A以上、かつ、「高湿」条件において電圧が0.6Vのときの電流が30A以上である場合を「○」とし、一方でも上記の電流値に満たない場合を「×」とした。
【0075】
[耐久性A及びBの測定]
耐久性の測定には、発電性能の測定に用いた評価用単セルと同一の単セルを評価用単セルとして用いた。そして、上述した「セル評価解析プロトコル」に記載の湿度サイクル試験によって耐久性を測定した。
なお、耐久性Aの評価においては、8000サイクル後の水素クロスリーク電流が初期値の10倍未満である場合を「○」とし、10倍以上である場合を「×」とした。また、耐久性Bの評価においては、1万サイクル後の電流が初期値の50%以上である場合を「○」とし、50%未満である場合を「×」とした。
【0076】
[繊維径分布ピークの計測]
繊維径分布ピークは、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて膜電極接合体の断面を観察して計測した。具体的には、まず膜電極接合体1の小片を金属板に接着し、日本電子社製断面試料作製装置IB-19520CCPを使用して電極触媒層の断面を露出させた。次いで、露出させた断面を日立ハイテクノロジー社製FE-SEM S-4800を使用して観察倍率50000倍で観察し、視野内の高分子繊維の繊維径を円の直径計測機能により計測した。繊維が斜めに切断されている場合は、短軸に沿ってフィッティングした真円の直径を測定した。また、繊維の断面ではなく繊維の表面が露出している場合は、露出した繊維の長軸と直行する繊維の幅を計測した。これを、触媒層内で偏りなく複数の観察点において実施し、30本の高分子繊維の繊維径のデータ群を得た。このデータ群を用いて、階級幅を10nmとして度数分布表を作成し、繊維径分布を表すヒストグラムを得た。ヒストグラムにおいて度数が最も大きい階級の中央値を高分子繊維の繊維径分布のピークとして得た。
【0077】
[断面の特定領域の窒素原子率の測定]
電極触媒層の特定領域のエネルギー分散型X線分光法により得られる、カーボン、窒素、酸素、フッ素、硫黄、および白金元素の合計原子数に占める窒素の原子数の比を測定した。具体的には、まず、電極触媒層を冷却しながら加工を行うクライオイオンミリングを用いて、電極触媒層の断面を得た。つづいて、エネルギー分散型X線分光法が搭載された透過型電子顕微鏡(TEM-EDX)を用いて、断面の特定領域の元素マッピングを行い、各元素の元素比を得て、窒素原子率を計算した。加速電圧は200kVとした。特定領域は150nm×150nmの範囲の大きさであり、窒素原子を含有する繊維状物質が視野の面積の50%以上を占める範囲とした。
【0078】
[比較結果]
各実施例及び比較例の条件と、結果とを表1に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
表1に示すように、実施例A,Bのいずれも、電極触媒層中の窒素原子率が2%以上20重量%以下であった。そして、発電性能および耐久性A,Bについては、いずれも「○」となった。すなわち、実施例A,Bにおいては、発電性能および耐久性に優れた燃料電池を構成可能な膜電極接合体が得られた。
【0081】
一方、比較例A1~A3、B1~B2においては、いずれも、電極触媒層中の窒素原子率が2at%以上20at%以下の範囲外となった。そして、発電性能および耐久性A,Bについては、少なくとも一方において「×」となった。すなわち、電極触媒層における窒素元素組成比が上記範囲外となった場合に、発電性能および耐久性の少なくとも一方が低下した。
【0082】
したがって、電極触媒層中の窒素元素組成比が2at%以上20at%以下である場合に、発電性能がさらに優れた燃料電池を構成可能な膜電極接合体が得られることがわかった。
【0083】
表1に示すように、なかでも、高分子繊維の繊維径分布のピークが150nm以上250nm以下である実施例では、より特性が向上した。
【符号の説明】
【0084】
1…膜電極接合体、2C…酸素極、2A…燃料極、3…固体高分子形燃料電池、4…空隙、10、10C、10A…電極触媒層、11…高分子電解質膜、12…触媒物質、13…導電性担体、14…高分子電解質、15…窒素原子を含有する繊維状物質、16C、16A…ガスケット、17C、17A…ガス拡散層、18C、18A…セパレーター、19C、19A…ガス流路、20C、20A…冷却水流路。

図1
図2
図3
図4
図5
図6