(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118359
(43)【公開日】2024-08-30
(54)【発明の名称】塗膜劣化診断装置及び塗膜劣化診断方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/95 20060101AFI20240823BHJP
G01N 21/3563 20140101ALI20240823BHJP
【FI】
G01N21/95 Z
G01N21/3563
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023024733
(22)【出願日】2023-02-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果最適展開支援プログラム A-STEP「脆さを指標とする木材用塗膜の包括的評価法の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】391029635
【氏名又は名称】玄々化学工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188765
【弁理士】
【氏名又は名称】赤座 泰輔
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100163164
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 敏之
(72)【発明者】
【氏名】大木 博成
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 拓美
(72)【発明者】
【氏名】寺本 好邦
(72)【発明者】
【氏名】山本 千尋
(72)【発明者】
【氏名】高野 俊幸
【テーマコード(参考)】
2G051
2G059
【Fターム(参考)】
2G051AA90
2G051AB07
2G051AB12
2G051BA06
2G051BA08
2G051CC15
2G059AA05
2G059BB10
2G059EE01
2G059EE02
2G059EE12
2G059HH01
2G059MM01
2G059MM05
2G059MM10
(57)【要約】
【課題】目視では診断し難い塗膜の劣化の診断を容易にすることができる塗膜劣化診断装置を提供すること。
【解決手段】塗膜劣化診断装置1の推論手段50は、樹脂を結合材とする試験塗膜の測定データ70を取得するデータ取得部51と、測定データ70に応じて試験塗膜の劣化状態を推論する推論部52と、を備える。推論部52は、取得した測定データ70から、学習済みモデル記憶部40の学習済みモデル41を利用し、推論結果80として試験塗膜の劣化の状態を出力する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂を結合材とする試験塗膜の赤外吸収スペクトルデータを取得するデータ取得部と、
該赤外吸収スペクトルデータに応じて該試験塗膜の劣化状態を推論する推論部と、
推論された該試験塗膜の該劣化状態を出力する出力部と、
を備えることを特徴とする塗膜劣化診断装置。
【請求項2】
前記試験塗膜を形成する塗料が木材用塗料であることを特徴とする請求項1に記載の塗膜劣化診断装置。
【請求項3】
前記赤外吸収スペクトルデータは、中赤外(400~4000cm-1)スペクトルを用いることを特徴とする請求項1に記載の塗膜劣化診断装置。
【請求項4】
前記推論部は、学習済みモデルを利用して前記劣化状態を推論し、
該学習済みモデルは、状態が明らかな標本塗膜の塗膜データと該標本塗膜の赤外吸収スペクトルデータとを含む学習用データから機械学習され、
該塗膜データは、該標本塗膜の劣化状態を含むことを特徴とする請求項1~3の何れかに記載の塗膜劣化診断装置。
【請求項5】
前記塗膜データは、前記標本塗膜のセルロースナノファイバ(CNF)含有率を含むことを特徴とすることを特徴とする請求項4に記載の塗膜劣化診断装置。
【請求項6】
樹脂を結合材とする木材用塗料から形成された試験塗膜の赤外吸収スペクトルデータを測定する行程と、
測定された該赤外吸収スペクトルデータを、該試験塗膜の劣化状態を推論する推論手段のデータ取得部に、取得させるデータ取得行程と、
入力された該赤外吸収スペクトルデータに応じて、該推論手段の推論部が該塗膜の劣化状態を推論する推論行程と、
該推論部が推論した該劣化状態を出力する出力行程と、
を備えることを特徴とする塗膜劣化診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗膜の劣化を診断する塗膜劣化診断装置及び塗膜劣化診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば、樹脂を結合材とする木材用塗料が塗布され、表面が塗膜で覆われた塗装木材は、木材用塗料から形成された塗膜の劣化により、木材の劣化が進行する。塗膜の劣化は、塗膜の割れ、膨れ、剥がれ又は色彩の変退色などの劣化状態を人が目視によって診断する。しかし、塗膜の劣化は、塗料が塗布される下地の種類によっては、目視での診断が難しい場合がある。また、塗膜の劣化があまり進行していない場合、塗膜の劣化状態は、目視での診断が難しい。目視では診断し難い塗膜の劣化状態を定量的に診断する方法として、特許文献1には、光源から光を塗膜に照射し、塗膜から反射される光のうち、塗膜の劣化要因となるOH基に起因する特定波長の吸光度を測定し、その吸光度から、塗膜の劣化の程度を定量的に求める塗膜劣化診断方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、樹脂を結合材とする塗膜の劣化は、塗膜を形成する結合材を構成する樹脂の様々な官能基に変化をもたらし、様々な官能基に起因する波長の吸光度に複合的に変化をもたらすものである。このため、塗膜の劣化要因の1つに過ぎないOH基に起因する特定波長の吸光度からは、劣化の状態を定量的に求めることが難しいという問題があった。
【0005】
本明細書の技術は、上記の点に鑑みてなされたもので、塗膜の劣化による波長の吸光度の変化を診断させて、目視では診断し難い塗膜の劣化の診断を容易にすることができる塗膜劣化診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本明細書の実施形態に係る塗膜劣化診断装置は、樹脂を結合材とする試験塗膜の赤外吸収スペクトルデータを取得するデータ取得部と、
該赤外吸収スペクトルデータに応じて該試験塗膜の劣化状態を推論する推論部と、
推論された該試験塗膜の該劣化状態を出力する出力部と、
を備えることを特徴とする。
【0007】
本明細書の実施形態に係る塗膜劣化診断装置によれば、データ取得部が取得した試験塗膜の赤外吸収スペクトルデータに基づいて、推論部が試験塗膜の劣化状態を推論し、出力部が推論された劣化状態を出力する。塗膜劣化診断装置は、データ取得部に試験塗膜の赤外吸収スペクトルデータが取得されることで、試験塗膜の劣化状態が出力されるため、目視では診断し難い塗膜の劣化の診断を容易にすることができる。
【0008】
ここで、上記塗膜劣化診断装置において、前記試験塗膜を形成する塗料が木材用塗料であるものとすることができる。
【0009】
これによれば、木材に塗装され、木材用塗料から形成された塗膜は、劣化の状態を目視で判断することが難しい。実施形態の塗膜劣化診断装置では、データ取得部に、木材に塗装された試験塗膜の赤外吸収スペクトルデータが取得されることで、試験塗膜の劣化状態が出力されるため、目視では診断し難い塗膜の劣化の診断を容易にすることができる。
【0010】
また、上記塗膜劣化診断装置において、前記赤外吸収スペクトルデータは、中赤外(400~4000cm-1)スペクトルを用いるものとすることができる。
【0011】
これによれば、赤外吸収スペクトルデータの精度を高めることができる。
【0012】
また、上記塗膜劣化診断装置において、前記推論部は、学習済みモデルを利用して前記劣化状態を推論し、
該学習済みモデルは、状態が明らかな標本塗膜の塗膜データと該標本塗膜の赤外吸収スペクトルデータとを含む学習用データから機械学習され、
該塗膜データは、該標本塗膜の劣化状態を含むものとすることができる。
【0013】
これによれば、推論部が、標本塗膜の劣化状態に応じて機械学習された学習済みモデルから、試験塗膜の劣化状態を推論することができるため、目視では診断し難い塗膜の劣化の診断を正確にすることができる。
【0014】
また、上記塗膜劣化診断装置において、前記塗膜データは、前記標本塗膜のセルロースナノファイバ(CNF)含有率を含むものとすることができる。
【0015】
これによれば、推論部が、標本塗膜のCNF含有率を考慮して機械学習された学習済みモデルから、試験塗膜の劣化状態を推論することができるため、目視では診断し難い塗膜の劣化の診断を正確にすることができる。
【0016】
ここで、実施形態に係る塗膜劣化診断方法は、樹脂を結合材とする試験塗膜の赤外吸収スペクトルデータを測定する行程と、
測定された該赤外吸収スペクトルデータを、該試験塗膜の劣化状態を推論する推論手段のデータ取得部に、取得させるデータ取得行程と、
入力された該赤外吸収スペクトルデータに応じて、該推論手段の推論部が該塗膜の劣化状態を推論する推論行程と、
該推論部が推論した該劣化状態を出力する出力行程と、
を備えることを特徴とする。
【0017】
実施形態に係る塗膜劣化診断方法によれば、劣化状態推論部が赤外吸収スペクトルデータに応じて塗膜の劣化状態を推論し、劣化状態出力部が劣化状態を出力する。塗膜の赤外吸収スペクトルデータを測定し、劣化状態診断部に赤外吸収スペクトルデータを入力することで、塗膜の劣化状態が出力されるため、目視では診断し難い塗膜の劣化の診断を容易にすることができる。
【発明の効果】
【0018】
実施形態の塗膜劣化診断装置によれば、目視では診断し難い塗膜の劣化の診断を容易にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本明細書の実施形態の塗膜劣化診断装置のハードウェア構成の例を示す図である。
【
図2】学習用データから学習済みモデルを生成する学習手段の構成の例を示す図である。
【
図3】学習済モデルを用いて、測定データから推論結果を推論する推論手段の構成の例を示す図である。
【
図7】機械学習処理における動作を示すフローチャートを示す図である。
【
図8】推論処理における動作を示すフローチャートを示す図である。
【
図9】学習処理に使用される、CNF含有率と劣化状態が異なる赤外吸収スペクトルデータを示す図である。
【
図10】塗膜劣化診断装置の訓練とテストによる、劣化状態の推論結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本明細書の実施形態に係る塗膜劣化診断装置及び塗膜劣化診断方法を、図面を参照しながら説明する。なお、本発明の範囲は、実施形態で開示される範囲に限定されるものではない。また、本明細書において、「試験塗膜」とは、劣化の状態を評価する対象の塗膜であり、「標本塗膜」とは、劣化の状態や塗膜の組成などが明らかであり、機械学習によって学習済みモデルを生成することができる塗膜である。木材用塗料の配合量や配合比を表す際の「質量部(%)」は、特に断らない限り、揮発分を除いた「不揮発分の質量部(%)」を意味する。
【0021】
(塗膜)
標本塗膜又は試験塗膜を形成する塗料は、アクリル樹脂水性エマルジョン、CNF(セルロースナノファイバ)、紫外線吸収剤などの添加剤を含有するアクリル樹脂塗料である。アクリル樹脂塗料(塗膜)の配合例を表1に記載する。
【0022】
【表1】
アクリル樹脂水性エマルジョンは、下地の木材への密着や塗膜を形成させる結合材としての役割を果たし、結合材としてのアクリル樹脂の劣化により塗膜の劣化が進行するため、塗膜の劣化に大きく影響を与えるものである。アクリル樹脂は特に紫外線の照射を受けることにより劣化が進行する。アクリル樹脂水性エマルジョンは、市販品を使用することができ、塗料(標本塗膜又は試験塗膜)中に50~90質量%(不揮発分)含有される。
【0023】
CNF(セルロースナノファイバ)は、杉や檜などの植物から加工された漂白パルプが、酵素によって解繊され、機械的に解繊されたセルロース繊維であり、繊維の、平均長さを500~5,000nm、平均幅を3~100nmとするものである。実施形態では、CNFは、杉から加工された漂白パルプが、酵素によって解繊され、機械的に解繊されて、平均長さを682nm、平均幅を41nmとするCNF(不揮発分2.4%)を使用した。
【0024】
CNFは、塗料に添加され、塗料から形成された塗膜として、下地の木材の伸縮に対して追従する効果を発揮し、下地への水の浸入を抑制し、塗装体全体の変色を抑制するものである。しかし、CNFは、劣化することにより、塗膜の劣化が進行するため、塗膜の劣化に大きく影響を与えるものである。CNFは特に紫外線の照射を受けることにより劣化が進行する。CNFは、塗料中に0~50質量%含有される。
【0025】
標準塗膜は、アクリル樹脂塗料を離型紙に塗布し、乾燥させることによって膜厚約100μmの塗膜フィルムとして得た。この塗膜フィルムは、後に述べる促進劣化処理の施されたものと施されていないものとがそれぞれ標準塗膜となる。標準塗膜は、後に述べる機械学習処理(
図7)において、学習用データ60(
図4)が取得される。
【0026】
試験塗膜は、劣化の状態を求めたい木材表面に成膜している塗膜である。試験塗膜は、後に述べる推論処理(
図8)において、測定データ70(
図5)が取得される。
【0027】
(ハードウェア構成)
図1は、実施形態の塗膜劣化診断装置1のハードウェア構成の例を示す。塗膜劣化診断装置1は、学習手段30(
図2)と推論手段50(
図3)とを備え、ハードウェア構成として、プロセッサ11と、メモリ12と、ハードディスクドライブなどの記憶装置13と、を有している。また、塗膜劣化診断装置1は、操作者の操作や後に述べる塗膜データ62の入力などを受け付ける操作装置14(例えば、キーボード、マウス、タッチパネル)と、操作者に劣化状態などの情報を出力する出力部15(例えば、ディスプレイ)と、塗膜の赤外吸収スペクトルデータが入力されるデータ取得部31、51(
図2、
図3)となるインターフェース16と、を有している。塗膜の赤外吸収スペクトルデータは、全反射(ATR)-フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)(FTIR20)によって測定され、インターフェース16から塗膜劣化診断装置1の学習手段30のデータ取得部31又は推論手段50のデータ取得部51に取得される。標本塗膜の劣化状態63やCNF含有率64などの塗膜データ62(
図4)は、ハードウェア構成の操作装置14又はインターフェース16によって塗膜劣化診断装置1に取得される。なお、塗膜劣化診断装置1のハードウェア構成は、例えば、パーソナルコンピュータを使用することができる。
【0028】
プロセッサ11は、学習手段30の機械学習による学習済みモデル41の生成と、学習済みモデル41を用いて推論手段50による推論とを実行する。プロセッサ11とメモリ12は、記憶装置13に記憶されているソフトウェアであるプログラムとしての劣化状態診断プログラムを実行する。
【0029】
(学習手段)
図2は、機械学習を行なって学習済みモデルを生成する学習手段30の例を示す図である。学習手段30は、既知の塗膜(標本塗膜)の詳細を示す塗膜データ62とその塗膜の赤外吸収スペクトルデータ61とを含む学習用データ60(
図4)を取得するデータ取得部31と、学習用データ60から学習済みモデル41を生成するモデル生成部32と、を有する。学習手段30は、学習済みモデル41を記憶させる学習済みモデル記憶部40と接続されている。データ取得部31とモデル生成部32は、例えば、
図1に示す、プロセッサ11、メモリ12、操作装置14及びインターフェース16によって実現可能である。学習済みモデル記憶部40は、例えば、
図1に示す記憶装置13によって実現可能である。
【0030】
(学習用データ)
データ取得部31は、学習用データ60を取得する。
図4に示すように、学習用データ60は、標本塗膜の塗膜データ62と標本塗膜の赤外吸収スペクトルデータ61とから構成され、塗膜データ62は塗膜の劣化状態63とCNF含有率64とが含まれる。塗膜の赤外吸収スペクトルデータ61は、標本塗膜について測定した赤外吸収スペクトルデータ61である。
【0031】
塗膜の劣化状態63は、測定する標本塗膜のデータが劣化前か劣化後かを示すものである。塗膜の劣化は、標本塗膜を、促進劣化処理(キセノンランプ法)を500時間施すことによって劣化を再現する。促進劣化処理の前後について、塗膜の赤外吸収スペクトルデータ61を測定することによって、測定する塗膜の劣化前(劣化処理なし)と劣化後(劣化処理あり)の2種類の劣化状態63の赤外吸収スペクトルデータ61が得られる。
【0032】
(促進劣化処理)
促進劣化処理(キセノンランプ法)は、促進耐候性試験(キセノンランプ法):「JIS K 5600-7-7:2008 塗料一般試験方法-第7部:塗膜の長期耐久性-第7節:促進耐候性及び促進耐光性(キセノンランプ法)」に規定されている、方法1、サイクルAにより、乾燥期間中の相対湿度:50±5%、300~400nm放射照度:60W/m2、ブラックパネル温度:63±2℃、として500時間試験した(方法1:紫外域及び可視域で水平面全天放射の分光分布に一致させるもの(耐候性試験に用いる)、サイクルA:ぬれ時間18分、乾燥時間102分、乾燥期間中の相対湿度40~60%、放射照度連続運転)。
【0033】
(赤外吸収スペクトルデータ)
学習用データ60の赤外吸収スペクトルデータ61は、フーリエ変換赤外分光分析装置(Spectrum3(PerkinElmer製))(FTIR20)を用いて、全反射(ATR)法で促進劣化処理の前後の塗膜のスペクトルを測定した。測定したスペクトルは、ATR補正とベースライン補正を施し、2929cm-1の吸光度を1.0に規格化して、赤外吸収スペクトルデータ61とした。赤外吸収スペクトルデータ61は、中赤外(400~4000cm-1)スペクトルを用いるものとすることができる。赤外吸収スペクトルデータの精度を高めることができるためである。
【0034】
なお、後に述べる測定データ70の赤外吸収スペクトルデータ71もこれと同様に測定した。学習用データ60の赤外吸収スペクトルデータ61は塗膜フィルムから測定され、測定データ70の赤外吸収スペクトルデータ71は木材表面に成膜している塗膜から測定されるが、これらは、ATR補正とベースライン補正が施されることにより同等に比較することができる。
【0035】
(モデル生成)
学習手段30のモデル生成部32は、取得した学習用データ60を用いてモデルの学習処理を実行する。モデルは、未知の塗膜の測定データ70の赤外吸収スペクトルデータ71に対して、機械学習のひとつであるサポートベクターマシン(SVM)を適用し、赤外吸収スペクトルデータ71から劣化状態(劣化処理なし、劣化処理あり)を判定する。モデルは、下記数式(1)で示される非線形のSVMモデルに対して、説明変数x
(i)にCNF含有率64と赤外吸収スペクトルデータ61を入力した。
【数1】
K(x
(i),x
(j))はカーネル関数で、ガウシアンカーネルを用いた。x
(i)は平均をゼロ、標準偏差を1として正規化した。「劣化処理なし」及び「劣化処理あり」に対応する目的変数y のクラスラベルを、それぞれ1及び-1とした。SVMモデルには2つのハイパーパラメータC及びγが含まれるが、クロスバリデーションでこれらを最適化した。訓練フェーズでは、入力x
(i)とクラスラベルy よりa
(j),u を求めてSVMモデルを生成した。テストフェーズでは、対象試料のx
(i)を生成したSVMモデルに代入することで,評価値y を算出した。この値により,「劣化処理なし」および「劣化処理あり」のクラス判定を行った。SVMモデル作成にはPython3.9を用いた。生成したSVMモデルは、最適な出力を推論する学習済みモデル41として、学習済みモデル記憶部40に記憶した。
【0036】
学習済みモデル41に用いた典型的な赤外吸収スペクトルデータ71を
図9に示す。主としてCNF成分が寄与する3200-3600cm
-1(O-H伸縮振動)および1000-1250cm
-1(エーテルC-O伸縮振動)のバンドは、CNF含有率が増加するにつれて増大した。マトリックスのアクリル樹脂に起因する1700-1750cm
-1(エステルC=O伸縮振動)のバンドはCNF含有率の増加とともに減少した。
図9は、キセノン処理前後のATR-FTIRスペクトルの変化も示している。CNFを含む試料のスペクトルでは、キセノン処理によって、1500-1700cm
-1のバンドの形状が変化する様子が見られたため、CNF成分に何らかの状態や構造の変化が生じているものと考えられる。
【0037】
訓練フェーズでは、作成した学習済みモデル41からランダムに選んだ約2/3のデータ数を用いてSVMの訓練を行った。モデルの精度は
図10に示すように混同行列で与えられる。これは学習に際して実際のクラスと推定されたクラスを区別できているかを示す。混同行列の対角成分は、訓練データとして与えた教師クラスと、学習後のクラスが一致したサンプル数であり、与えた訓練データが正しく分類された数である。
図10(a)のように,与えた教師データに対して,キセノン処理前後を正しく分類できた割合を示す正解率は1.0となり,与えた教師データを正しく分類できたことが示された。作成した学習済みモデル41のうち、訓練に使用しなかった残り約1/3のデータを用いてSVMモデルのテストを行った結果の混同行列を
図10(b)に示す。配合が異なるすべてのモデル塗膜に対してキセノン処理前後の判定が正しく行われた。このことから、SVMモデルが高い推定性能を示すことが確認できる。
【0038】
(推論手段50)
図3に示すように、推論手段50は、未知の試験塗膜の測定データ70を取得するデータ取得部51と、試験塗膜の劣化状態を推論する推論部52とを備える。推論手段50は、学習済みモデル41が記録された学習済みモデル記憶部40と接続されている。データ取得部51と推論部52は、例えば、
図1に示される、プロセッサ11、メモリ12及びインターフェース16によって実現可能である。学習済みモデル記憶部40は、学習手段30の学習済みモデル記憶部40と同じで、例えば、
図1に示す記憶装置13によって実現可能である。
【0039】
データ取得部51は、
図5に示すように、劣化の状態を診断したい試験塗膜の測定データ70として赤外吸収スペクトルデータ71を取得する。推論部52は、学習手段30で生成され学習済みモデル記憶部40に記憶された学習済みモデル41を利用して得られる推論結果としての劣化状態を出力する。すなわち、推論部52は、にデータ取得部51が取得した赤外吸収スペクトルデータ71に基づいて、学習済みモデル41を利用して、劣化状態を推論して出力することができる。
【0040】
次に、塗膜劣化診断装置1の動作について説明する。塗膜劣化診断装置1の動作は、機械学習処理と推論処理とから構成される。
【0041】
(機械学習処理)
図7は、実施形態に係る塗膜劣化診断装置1の機械学習処理における動作を示すフローチャートである。機械学習処理は、ステップS101~ステップS105の処理により学習済みモデル41の生成と学習済みモデル記憶部40への記憶とを行なう。なお、機械学習処理は、劣化状態63とCNF含有率64が把握されている標本塗膜から学習用データ60を取得して行なう。
【0042】
図7、
図1、
図2及び
図4に示すように、ステップS101は、標本塗膜から赤外線吸収スペクトルを、FTIR20を用いて測定し、ATR補正とベースライン補正を施し、2929cm
-1の吸光度を1.0に規格化して、赤外吸収スペクトルデータ61として取得する。ステップS102は、塗膜データ62の劣化状態63とCNF含有率64を取得する。ステップS101とステップS102によって、学習用データ60が取得される。
【0043】
ステップS103は、学習手段30のモデル生成部32によって、取得された学習用データ60からモデルの機械学習処理を実行し、ステップS104において、学習済みモデル41を生成する。生成された学習済みモデル41は、ステップS105において、学習済みモデル記憶部40に記憶される。
【0044】
機械学習処理における動作は、用意された標本塗膜ごとに繰り返して行なう。
【0045】
(推論処理)
図8は、実施形態に係る塗膜劣化診断装置1の推論処理における動作を示すフローチャートである。推論処理は、ステップS201~ステップS204の処理により、試験塗膜の測定データ70の赤外吸収スペクトルデータ71から、学習済みモデル記憶部40に記憶された学習済みモデル41を利用して、推論した推論結果80としての劣化状態81を出力する。
【0046】
図8、
図1、
図3、
図5及び
図6に示すように、ステップS201は、劣化の状態を確認したい試験塗膜から赤外線吸収スペクトルを、FTIR20を用いて測定し、測定データ70としての赤外吸収スペクトルデータ71を取得する。
【0047】
ステップS202は、推論手段50の推論部52によって、取得された赤外吸収スペクトルデータ71から、学習済みモデル記憶部40に記憶された学習済みモデル41を利用して劣化状態を推論処理する。ステップS203では、推論処理された劣化状態の推論結果80を生成し、ステップS204において、推論結果80としての劣化状態81を塗膜劣化診断装置1の出力部15に出力する。劣化状態81は、例えば、「劣化処理なし」又は「劣化処理あり」のクラス判定とすることができる。出力された劣化状態81から試験塗膜の劣化の状態を把握することができる。
【0048】
(その他実施形態)
なお、実施形態の塗膜劣化診断装置1は、以下のような形態であってもその実施をすることができる。
【0049】
実施形態の塗膜劣化診断装置1の診断の対象とする塗膜は、アクリル樹脂塗料から形成された塗膜を例に説明したが、塗膜を形成する樹脂はアクリル樹脂に限らずウレタン樹脂やエポキシ樹脂などの様々な種類の樹脂であっても適用することができる。赤外吸収スペクトルデータ61、71は、樹脂の種類によって大きく異なるため、機械学習処理において、樹脂の種類を識別させることにより、様々な種類の樹脂であっても適用することができる。
【0050】
実施形態の塗膜劣化診断装置1の学習用データ60の塗膜データ62は、劣化状態63とCNF含有率64とが含まれているが、塗膜データ62は劣化状態63のみとすることができる。
図9に示すように、赤外吸収スペクトルデータ61、71は、CNF含有率64によって大きく異なるため、機械学習処理において、CNF含有率64を識別させることにより、塗膜データ62のCNF含有率64を省略することができる。
【0051】
実施形態の塗膜劣化診断装置1の推論結果80の劣化状態81は、「劣化処理なし」又は「劣化処理あり」のクラス判定としたが、劣化状態81はこれらの間を含む「劣化割合」として出力させることができる。赤外吸収スペクトルデータ61は、機械学習処理において、「劣化処理なし」と「劣化処理あり」との間を識別させることにより、「劣化割合」として、例えば、「劣化50%」などと出力させることができる。
【0052】
実施形態の塗膜劣化診断装置1の診断の対象とする、塗膜は木材用塗料、つまり、被塗装物は木材としたが、被塗装物は、木材に限らず、建築物の種々の部位、自動車などの車両なども対象とすることができる。測定データ70の赤外吸収スペクトルデータ71の測定は、全反射(ATR)法のFTIR20による測定により、被塗装物を非破壊で行なうことができる。
【符号の説明】
【0053】
1 塗膜劣化診断装置
11 プロセッサ
12 メモリ
13 記憶装置
14 操作装置
15 出力部
16 インターフェース
20 FTIR
30 学習手段
31 データ取得部
32 モデル生成部
40 学習済みモデル記憶部
41 学習済みモデル
50 推論手段
51 データ取得部
52 推論部
60 学習用データ
61 赤外吸収スペクトルデータ
62 塗膜データ
63 劣化状態
64 CNF含有率
70 測定データ
71 赤外吸収スペクトルデータ
80 推論結果
81 劣化状態