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  • 特開-油脂生産方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024011839
(43)【公開日】2024-01-25
(54)【発明の名称】油脂生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/64 20220101AFI20240118BHJP
   C12N 1/13 20060101ALI20240118BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20240118BHJP
   C12N 15/01 20060101ALN20240118BHJP
【FI】
C12P7/64
C12N1/13
C12M1/00 E
C12N15/01 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】33
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022114112
(22)【出願日】2022-07-15
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100118371
【弁理士】
【氏名又は名称】▲駒▼谷 剛志
(72)【発明者】
【氏名】蓮沼 誠久
(72)【発明者】
【氏名】加藤 悠一
【テーマコード(参考)】
4B029
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB04
4B029DF10
4B029DG10
4B029GA08
4B029GB10
4B064AD85
4B064CA08
4B064CA19
4B064CC03
4B064CD02
4B064CD19
4B064DA16
4B064DA20
4B065AA83X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BB18
4B065BC12
4B065CA13
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】 微細藻を用いて、塩ストレス非存在下で油脂を生産すること。
【解決手段】 油脂を生産する方法であって、塩ストレス非存在下で、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を培養する工程を含む、方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂を生産する方法であって、塩ストレス非存在下で、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を培養する工程を含む、方法。
【請求項2】
前記炭水化物の分解速度の増強が、微細藻の遺伝的改変によって達成される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記遺伝的改変が、前記微細藻が生成する炭水化物の分解性の向上、および/または前記微細藻の炭水化物分解能の向上を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記炭水化物がデンプンおよびグリコーゲンを含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記遺伝的改変が、デンプン枝切り酵素(DBE)の酵素活性の抑制または欠損、および/またはデンプン枝作り酵素(BE)、アミラーゼ、および/またはデンプンホスホリラーゼの酵素活性の亢進を含む、請求項2または3に記載の方法。
【請求項6】
前記酵素活性の亢進が、遺伝子コピー数の増加、高発現プロモーターの利用、および/または他の生物種由来の高活性酵素遺伝子の導入によって達成される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記油脂の生産が、淡水条件で行われる、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記微細藻が、Chlamydomonas sp. JSC4株由来の変異株KOR1、およびKOR1に由来する株を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
窒素栄養源を欠乏させる工程をさらに包含する、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記窒素栄養源の欠乏によって、前記油脂の生産が開始される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記微細藻が、さらに、塩ストレス耐性を向上する改変を含み、汽水条件または海水条件で培養する工程を包含する、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
油脂を生産するための組成物であって、前記組成物は、塩ストレス非存在下で、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を含む、組成物。
【請求項13】
前記炭水化物の分解速度の増強が、微細藻の遺伝的改変によって達成される、請求項12に記載の組成物。
【請求項14】
前記遺伝的改変が、前記微細藻が生成する炭水化物の分解性の向上、および/または前記微細藻の炭水化物分解能の向上を含む、請求項13に記載の組成物。
【請求項15】
前記炭水化物がデンプンおよびグリコーゲンを含む、請求項12~14のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項16】
前記遺伝的改変が、デンプン枝切り酵素(DBE)の酵素活性の抑制または欠損、および/またはデンプン枝作り酵素(BE)、アミラーゼ、および/またはデンプンホスホリラーゼの酵素活性の亢進を含む、請求項12または14に記載の組成物。
【請求項17】
前記酵素活性の亢進が、遺伝子コピー数の増加、高発現プロモーターの利用、および/または他の生物種由来の高活性酵素遺伝子の導入によって達成される、請求項16に記載の組成物。
【請求項18】
前記油脂の生産が、淡水条件で行われる、請求項12~17のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項19】
前記微細藻が、Chlamydomonas sp. JSC4株由来の変異株KOR1、およびKOR1に由来する株を含む、請求項12~18のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項20】
前記微細藻が、窒素栄養源が欠乏した条件で培養される、請求項12~19のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項21】
前記窒素栄養源の欠乏によって、前記油脂の生産が開始される、請求項20に記載の組成物。
【請求項22】
前記微細藻が、さらに、塩ストレス耐性を向上する改変を含み、汽水条件または海水条件で培養される、請求項12~21のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項23】
油脂を生産するシステムであって、
1)塩ストレス非存在下で、炭水化物の分解速度が増強した微細藻と、
2)培地と、
3)培養設備と
を備える、システム。
【請求項24】
前記炭水化物の分解速度の増強が、微細藻の遺伝的改変によって達成される、請求項23に記載のシステム。
【請求項25】
前記遺伝的改変が、前記微細藻が生成する炭水化物の分解性の向上、および/または前記微細藻の炭水化物分解能の向上を含む、請求項24に記載のシステム。
【請求項26】
前記炭水化物がデンプンおよびグリコーゲンを含む、請求項23~25のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項27】
前記遺伝的改変が、デンプン枝切り酵素(DBE)の酵素活性の抑制または欠損、および/またはデンプン枝作り酵素(BE)、アミラーゼ、および/またはデンプンホスホリラーゼの酵素活性の亢進を含む、請求項24または25に記載のシステム。
【請求項28】
前記酵素活性の亢進が、遺伝子コピー数の増加、高発現プロモーターの利用、および/または他の生物種由来の高活性酵素遺伝子の導入によって達成される、請求項27に記載のシステム。
【請求項29】
前記油脂の生産が、淡水条件で行われる、請求項23~28のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項30】
前記微細藻が、Chlamydomonas sp. JSC4株由来の変異株KOR1、およびKOR1に由来する株を含む、請求項23~29のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項31】
前記微細藻が、窒素栄養源が欠乏した条件で培養される、請求項23~30のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項32】
前記窒素栄養源の欠乏によって、前記油脂の生産が開始される、請求項31に記載のシステム。
【請求項33】
前記微細藻が、さらに、塩ストレス耐性を向上する改変を含み、汽水条件または海水条件で培養される、請求項23~32のいずれか一項に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、油脂を生産する方法に関する。より特定すると、本開示は、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を用いて油脂を生産する方法、油脂を生産するための組成物、および油脂を生産するシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
藻類や水圏微生物を利用したバイオエネルギー生産のための基盤技術が注目されている。微細藻類を用いたバイオエネルギー生産において、ボツリオコッカス(Botryococcus)、クラミドモナス(Chlamydomonas)、クロレラ(Chlorella)、ナンノクロロプシス(Nannochloropsis)などの多くの微細藻類では、塩ストレスを与えることで細胞の油脂含有率が向上することが知られている。一方で、塩ストレスは細胞の生育に悪影響を及ぼし、油脂生産性の低下を招く側面がある。加えて、塩ストレス下では菌の汚染による日和見感染のリスクが増大し、培養の不安定性が問題となっている。一方で、変異育種により塩ストレス耐性を向上させると油脂含有率が低下することもわかっており、高油脂蓄積と高塩ストレス耐性の両立が求められている。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0003】
本発明者らは、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を用いることで、塩ストレスを与えない培養条件においても高い油脂含有率を示すことを見出した。この知見に基づき、本開示は、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を用いて、油脂を生産する方法を提供する。
【0004】
したがって、本開示は以下を提供する。
(項目1)
油脂を生産する方法であって、塩ストレス非存在下で、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を培養する工程を含む、方法。
(項目2)
前記炭水化物の分解速度の増強が、微細藻の遺伝的改変によって達成される、上記項目に記載の方法。
(項目3)
前記遺伝的改変が、前記微細藻が生成する炭水化物の分解性の向上、および/または前記微細藻の炭水化物分解能の向上を含む、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目4)
前記炭水化物がデンプンおよびグリコーゲンを含む、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目5)
前記遺伝的改変が、デンプン枝切り酵素(DBE)の酵素活性の抑制または欠損、および/またはデンプン枝作り酵素(BE)、アミラーゼ、および/またはデンプンホスホリラーゼの酵素活性の亢進を含む、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目6)
前記酵素活性の亢進が、遺伝子コピー数の増加、高発現プロモーターの利用、および/または他の生物種由来の高活性酵素遺伝子の導入によって達成される、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目7)
前記油脂の生産が、淡水条件で行われる、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目8)
前記微細藻が、Chlamydomonas sp. JSC4株由来の変異株KOR1、およびKOR1に由来する株を含む、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目9)
窒素栄養源を欠乏させる工程をさらに包含する、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目10)
前記窒素栄養源の欠乏によって、前記油脂の生産が開始される、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目11)
前記微細藻が、さらに、塩ストレス耐性を向上する改変を含み、汽水条件または海水条件で培養する工程を包含する、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目A1)
油脂を生産するための組成物であって、前記組成物は、塩ストレス非存在下で、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を含む、組成物。
(項目A2)
前記炭水化物の分解速度の増強が、微細藻の遺伝的改変によって達成される、上記項目のいずれか一項に記載の組成物。
(項目A3)
前記遺伝的改変が、前記微細藻が生成する炭水化物の分解性の向上、および/または前記微細藻の炭水化物分解能の向上を含む、上記項目のいずれか一項に記載の組成物。
(項目A4)
前記炭水化物がデンプンおよびグリコーゲンを含む、上記項目のいずれか一項に記載の組成物。
(項目A5)
前記遺伝的改変が、デンプン枝切り酵素(DBE)の酵素活性の抑制または欠損、および/またはデンプン枝作り酵素(BE)、アミラーゼ、および/またはデンプンホスホリラーゼの酵素活性の亢進を含む、上記項目のいずれか一項に記載の組成物。
(項目A6)
前記酵素活性の亢進が、遺伝子コピー数の増加、高発現プロモーターの利用、および/または他の生物種由来の高活性酵素遺伝子の導入によって達成される、上記項目のいずれか一項に記載の組成物。
(項目A7)
前記油脂の生産が、淡水条件で行われる、上記項目のいずれか一項に記載の組成物。
(項目A8)
前記微細藻が、Chlamydomonas sp. JSC4株由来の変異株KOR1、およびKOR1に由来する株を含む、上記項目のいずれか一項に記載の組成物。
(項目A9)
前記微細藻が、窒素栄養源が欠乏した条件で培養される、上記項目のいずれか一項に記載の組成物。
(項目A10)
前記窒素栄養源の欠乏によって、前記油脂の生産が開始される、上記項目のいずれか一項に記載の組成物。
(項目A11)
前記微細藻が、さらに、塩ストレス耐性を向上する改変を含み、汽水条件または海水条件で培養される、上記項目のいずれか一項に記載の組成物。
(項目B1)
油脂を生産するシステムであって、
1)塩ストレス非存在下で、炭水化物の分解速度が増強した微細藻と、
2)培地と、
3)培養設備と
を備える、システム。
(項目B2)
前記炭水化物の分解速度の増強が、微細藻の遺伝的改変によって達成される、上記項目のいずれか一項に記載のシステム。
(項目B3)
前記遺伝的改変が、前記微細藻が生成する炭水化物の分解性の向上、および/または前記微細藻の炭水化物分解能の向上を含む、上記項目のいずれか一項に記載のシステム。
(項目B4)
前記炭水化物がデンプンおよびグリコーゲンを含む、上記項目のいずれか一項に記載のシステム。
(項目B5)
前記遺伝的改変が、デンプン枝切り酵素(DBE)の酵素活性の抑制または欠損、および/またはデンプン枝作り酵素(BE)、アミラーゼ、および/またはデンプンホスホリラーゼの酵素活性の亢進を含む、上記項目のいずれか一項に記載のシステム。
(項目B6)
前記酵素活性の亢進が、遺伝子コピー数の増加、高発現プロモーターの利用、および/または他の生物種由来の高活性酵素遺伝子の導入によって達成される、上記項目のいずれか一項に記載のシステム。
(項目B7)
前記油脂の生産が、淡水条件で行われる、上記項目のいずれか一項に記載のシステム。
(項目B8)
前記微細藻が、Chlamydomonas sp. JSC4株由来の変異株KOR1、およびKOR1に由来する株を含む、上記項目のいずれか一項に記載のシステム。
(項目B9)
前記微細藻が、窒素栄養源が欠乏した条件で培養される、上記項目のいずれか一項に記載のシステム。
(項目B10)
前記窒素栄養源の欠乏によって、前記油脂の生産が開始される、上記項目のいずれか一項に記載のシステム。
(項目B11)
前記微細藻が、さらに、塩ストレス耐性を向上する改変を含み、汽水条件または海水条件で培養される、上記項目のいずれか一項に記載のシステム。
【0005】
本開示において、上記の1つまたは複数の特徴は、明示された組み合わせに加え、さらに組み合わせて提供され得ることが意図される。なお、本開示のさらなる実施形態および利点は、必要に応じて以下の詳細な説明を読んで理解すれば、当業者に認識される。
【0006】
なお、上記した以外の本開示の特徴及び顕著な作用・効果は、以下の発明の実施形態の項及び図面を参照することで、当業者にとって明確となる。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を用いることで、塩ストレスを与えない培養条件においても高い油脂含有率を示すため、従来株(Chlamydomonas sp. JSC4株)で行われていた油脂蓄積のための塩濃度制御が必要なくなり、培養プロセスの簡略化とコストの削減ができる。
【0008】
また塩ストレスを与えない淡水条件で培養する場合、従来株(Chlamydomonas sp. JSC4株)よりも高い油脂含有率を達成することができる。
【0009】
さらに、塩ストレスを与える汽水条件や海水条件で培養する場合、油脂蓄積を維持しながら塩耐性を付与できるため、従来株(Chlamydomonas sp. JSC4株)よりも高い生産性を達成でき、かつ菌の汚染による日和見感染のリスクを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本開示の一実施形態において、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を培養することによって得られたバイオマス量の測定結果を示すグラフである。
図2図2は、本開示の一実施形態において、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を培養することによって得られた硝酸量の測定結果を示すグラフである。
図3図3は、本開示の一実施形態において、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を培養することによって得られた油脂量の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示を最良の形態を示しながら説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本開示の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0012】
以下に本明細書において特に使用される用語の定義および/または基本的技術内容を適宜説明する。
【0013】
本明細書において、「約」とは、後に続く数値の±10%を意味する。
【0014】
本明細書において、「微細藻」とは、葉緑素(クロロフィル)を持ち、酸素発生型光合成を行う微生物をいう。微細藻は、光合成によって大気中のCOを固定化して有機物(例えば、デンプン)を合成し、他方、水(HO)から酸素(O)を発生させ得る。微細藻は、単細胞形態を有するものであってもよく、または群体形態(例えば、フィラメント、シートまたはボール)を有するものであってもよい。微細藻は、海洋、汽水、淡水、または陸上のいずれで繁殖するものであってもよい。
【0015】
本明細書において「微細藻」は、原核生物のシアノバクテリア(ラン藻類)及び真核生物(例:緑藻類、珪藻類、渦鞭毛藻、紅藻、プラシノ藻、ユーグレナ藻、真正眼点藻等)の何れであってもよい。シアノバクテリア(ラン藻類)としては、例えば、シネコシスティス属(Synechocystis)、アルスロスピラ属(Arthrospira)、スピルリナ属(Spirulina)、アナベナ属(Anabaena)、シネココッカス属(Synechococcus)、サーモシネココッカス属(Thermosynechococcus)、ノストック属(Nostoc)、プロクロロコッカス属(Prochlorococcu)、ミクロシスティス属(Microcystis)、グロエオバクター属(Gloeobacter)などが挙げられる。真核生物としては、例えば、クラミドモナス属(Chlamydomonas)、クロレラ属(Chlorella)、ドナリエラ属(Dunaliella)、ヘマトコッカス属(Hematococcus)、ボルボックス属(Volvox)、ボトリオコッカス属(Botryococcus)などの緑藻類;リゾソレニア属(Rhizosolenia)、ケトセロス属(Chaetoceros)、シクロテラ属(Cyclotella)、シリンドロテカ(Cylindrotheca)、ナビクラ属(Navicula)、フェオダクチラム属(Phaeodactylum)、タラシオシラ属(Thalassiosira)、フィッツリフェラ属(Fistulifera)などの珪藻類;アンフィジニウム属(Amphidinium)、シンビオジニウム属(Symbiodinium)などの渦鞭毛藻;シアニディオシゾン属(Cyanidioschyzon)、ポルフィリジウム属(Phorphyridium)などの紅藻;オストレオコッカス属(Ostreococcus)などのプラシノ藻;ユーグレナ属(Euglena)などのユーグレナ藻;ナンノクロロプシス属(Nannochloropsis)などの真正眼点藻などが挙げられる。例えば、微細藻類の微生物種としては、シネコシスティス種PCC6803株(Synechocystis sp. PCC6803)、シネココッカス種PCC7002株(Synechococcus sp. PCC7002)、シネココッカス・エロンガタスPCC7942株(Synechococcus elongatus PCC7942)、アルスロルピラ・プラテンシス(Arthrospira platensis)(「スピルリナ(Spirulina)」とも称される)、スピルリナ・マキシマ(Spirulina maxima)、スピルリナ・サブサルサ(Spirulina subsalsa)、アナベナ種PCC7120株(Anabaena sp. PCC7120)、クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)、クラミドモナス種(Chlamydomonas sp.)、クロレラ・ブルガリス(Chlorella vulgaris)、クロレラ・ピレノイドーサ(Chlorella pyrenoidosa)、ドナリエラ・サリナ(Dunaliella salina)、ドナリエラ種(Dunaliella sp.)、ヘマトコッカス・プルビアリス(Hematococcus pluvialis)、ボルボックス・カルテリ(Volvox carteri)、ボトリオコッカス・ブラウニイ(Botryococcus braunii)、シクロテラ・クリプティカ(Cyclotella cryptica)、シリンドロテカ・フジフォルミス(Cylindrotheca fusiformis)、ナビクラ・サプロフィラ(Navicula saprophila)、フェオダクチラム・トリコルヌツム(Phaeodactylum tricornutum)、タラシオシラ・シュードナナ(Thalassiosira pseudonana)、フィッツリフェラ種(Fistulifera sp.)、アンフィジニウム種(Amphidinium sp.)、シンビオジニウム・ミクロアドリアチクム(Symbiodinium microadriaticum)、シアニディオシゾン・メロレ(Cyanidioschyzon merolae)、ポルフィリジウム種(Porphyridium sp.)、オストレオコッカス・タウリ(Ostreococcus tauri)、ユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)、ナンノクロロプシス・オキュラータ(Nannochloropsis oculata)などが挙げられる。
【0016】
本明細書において、「油脂」とは、グリセロールと脂肪酸のエステル(例、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド等)をいい、一般に常温で流動性を有するものを「油」、流動性を有しないものを「脂肪」と呼ぶ場合があるが、それらの両方を包含する概念である。
【0017】
油脂の具体例としては、パルミチン酸、リノール酸、ステアリン酸、リノレン酸、オレイン酸等の脂肪酸によって構成されるトリグリセリドが挙げられ、これらの脂肪酸のメチルエステル化合物は燃焼効率が高く、バイオディーゼル燃料等として有用である。これらの油脂は、単独であってもよく、または二種以上が併用されてもよい。
【0018】
本明細書において、「塩ストレス」とは、高濃度の塩類の環境下に置かれることによって生じる細胞の緊張状態を意味し、微細藻が生育する土壌、培地、あるいは水耕液中への塩類の蓄積により、浸透圧が上昇することによって、および/または細胞に塩類が侵入してイオン毒性が生じることによって、生育が阻害されるような環境に暴露された場合に受けるストレスをいう。塩類の濃度としては、特に限定されるものではないが、塩類土壌または塩類培地として分類されるような土壌または培地における塩類濃度であってよい。塩ストレスの起因となる塩類としては、特に限定されるものではないが、リン酸塩、硝酸塩、塩酸塩等、塩類土壌に観測される塩類であってよい。塩類としては、具体的には、塩化ナトリウムや塩化マグネシウム等のリン酸、硝酸、塩酸のアルカリ金属塩、アルカリ土塁金属塩、アンモニウム塩等が挙げられる。塩ストレスを生じる塩の濃度は、微細藻と塩の種類に応じて様々であるが、一般的な微細藻類では塩化ナトリウムの量にして、約10mM~約1Mの量とすることができる。
【0019】
本明細書において、「塩ストレス非存在下」とは、上記のような塩ストレスが存在しないあらゆる環境、および/または状況をいい、塩ストレス以外のストレスが存在していてもよい。「塩ストレス非存在下」には、塩耐性の獲得など、高濃度の塩類の環境下であっても細胞の状態によって塩ストレス非存在下と認識されるような状況も含まれる。
【0020】
本明細書において、「窒素栄養源」とは、微細藻が利用可能な窒素化合物、およびそのような窒素化合物を含む混合物をいい、培地中の濃度および窒素化合物の含有率は特に限られない。例えば窒素栄養源としては、尿素、チオ尿素、グアニル尿素塩、メラミンなどの尿素化合物、エチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)の金属塩、アミン化合物、アミド化合物、イミド化合物などの含窒素有機化合物、鶏ふん、牛ふん、豚ふんなどの家畜ふんたい肥、油かす、脱脂米ぬか、大豆かす等の有機肥料、カゼイン、コラーゲン、アルブミン、酵母エキス、肉エキス、ペプトン等のタンパク質、アミノ酸塩、アンモニアや硝酸などの無機窒素塩、石灰窒素等が例示され、これらは所望により2種以上併用することができる。好ましい窒素源としては、硝酸ナトリウム、塩化アンモニウム等が挙げられる。微細藻を増殖させる段階において培地中に栄養源として含まれる窒素濃度は、好ましくは0mg-N/Lとはならないように維持され、好ましくは、培地中に栄養源として含まれる窒素濃度は、約1mg-N/L~20mg-N/Lに維持され、より好ましくは、約20mg-N/L以上に維持される。培地中に栄養源として含まれる窒素濃度を上記数値範囲に維持するための方法は特に限定されないが、微細藻の培養において適切なタイミングで新しい培地を補充することによる方法が考えられる。
【0021】
本明細書において「炭水化物」とは、基本的に単糖を主要構成成分とする物質をいい、微細藻が光合成によって生成し、細胞内に蓄積する炭水化物としては、例えば、デンプンやグリコーゲンが挙げられる。
【0022】
本明細書において、「炭水化物の分解速度」とは、上記のような炭水化物が微細藻の細胞内において分解される速度をいい、炭水化物の易分解性を示す一つの指標となり得る。また本明細書において、「炭水化物の分解速度の増強」は、炭水化物の分解に関わる酵素活性が亢進すること、および/または構造的変化により炭水化物の易分解性が向上することなどによって達成され、またはこれらの性質の複数を備えてもよい。
【0023】
本明細書において、「淡水条件」とは、塩濃度が海水や汽水より低く、一般的に総塩濃度が約0.05重量%未満の低塩分の水環境を意味する。
【0024】
本明細書において、「汽水条件」とは、塩濃度が汽水と海水の中間であり、一般的に総塩濃度が約0.05重量%~約3重量%の水環境を意味する。
【0025】
本明細書において、「海水条件」とは、塩濃度が淡水や汽水より高く、一般的に総塩濃度が約3重量%以上の水環境を意味する。
【0026】
本明細書において、「欠乏」とは、広義に解釈され、ある物質や分子などが減少の過程を経て最終的に存在しなくなることをいう。「窒素栄養源の欠乏」とは、窒素栄養源が微細藻細胞に消費されて培地中からなくなることをいい、本分野において広く使用される窒素濃度測定法(濁度法や発色法など)によって窒素が培地中から検出されないか、あるいはほぼ検出できない程度の濃度で存在すること、あるいは微細藻細胞において窒素欠乏応答が生じる濃度(微細藻細胞にとっての窒素欠乏状態となるような濃度)で窒素が存在することを包含する。
【0027】
(好ましい実施形態)
以下に本開示の好ましい実施形態を説明する。以下に提供される実施形態は、本開示のよりよい理解のために提供されるものであり、本開示の範囲は以下の記載に限定されるべきでない。したがって、当業者は、本明細書中の記載を参酌して、本開示の範囲内で適宜改変を行うことができることは明らかである。また、本開示の以下の実施形態は単独でも使用されあるいはそれらを組み合わせて使用することができる。
【0028】
本開示の一局面において、油脂を生産する方法であって、塩ストレス非存在下で、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を培養する工程を含む、方法が提供される。一実施形態において、本開示の方法における微細藻が分解する炭水化物としては、デンプンやグリコーゲンを挙げることができる。
【0029】
本開示の微細藻は、塩ストレスを与えない培養条件においても高い油脂含有率を示すことができる。Chlamydomonas sp. JSC4では、塩ストレスを与えるとデンプン分解に関わる遺伝子の発現量が向上し、デンプン分解に由来する代謝フラックスが油脂合成に分配されて油脂含有率が向上することが知られている。JSC4に由来する変異株KOR1では、デンプン枝切り酵素遺伝子ISA1の破壊によって、細胞内に蓄積する炭水化物がデンプンから易分解性のグリコーゲンに変化し、炭水化物の分解が促進している。したがって、本開示の方法では、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を培養することで、油脂を生産する方法を提供する。
【0030】
一実施形態において、微細藻としては、葉緑素(クロロフィル)を持ち、酸素発生型光合成を行う微生物であれば特に限られない。微細藻は、光合成によって大気中のCOを固定化して有機物(例えば、デンプン)を合成し、他方、水(HO)から酸素(O)を発生させ得る。微細藻は、単細胞形態を有するものであってもよく、または群体形態(例えば、フィラメント、シートまたはボール)を有するものであってもよい。微細藻は、海水、汽水、淡水、または陸上のいずれで繁殖するものであってもよい。油脂成分を高い効率で産生するという観点から、本開示の方法においては、緑藻植物門に属するクラミドモナス(Chlamydomonas)属の微細藻を好ましく利用することができる。
【0031】
クラミドモナスは、緑藻綱クラミドモナス目(若しくはオオヒゲマワリ目)に属する単細胞の鞭毛虫からなる属である。クラミドモナスの多くは淡水産であるが、海水中に生育するものもある。本開示において好ましいクラミドモナス属の微細藻は、淡水条件で生育可能なものである。
【0032】
一実施形態において、本開示の方法で使用し得る微細藻を作出するには、例えば微細藻に対して遺伝的改変を行うことにより、炭水化物の分解速度の増強を達成することもできる。このような遺伝的改変としては、微細藻が生成する炭水化物の分解性の向上、および/または微細藻の炭水化物分解能の向上を挙げることができる。具体的には、一実施形態において、本開示の方法で使用し得る微細藻を作出するには、例えば、デンプン枝切り酵素(DBE)の酵素活性の抑制または欠損、またはデンプン枝作り酵素(BE)の酵素活性の亢進などにより、微細藻が生成する炭水化物を変質させ、分解性を向上させることによって行うことができる。他の実施形態において、アミラーゼ、および/またはデンプンホスホリラーゼの酵素活性を亢進することにより、微細藻が蓄積する炭水化物の分解を促進することによっても本開示の方法で使用し得る微細藻を作出することができる。このような酵素活性の亢進は、例えば、遺伝子コピー数の増加、高発現プロモーターの利用、および/または他の生物種由来の高活性酵素遺伝子の導入によって行うことができる。
【0033】
(1)突然変異の導入
このような改変体、特にデンプン枝切り酵素(DBE)の酵素活性が抑制または欠損した改変体は、例えば、従来の藻類に対してイオンビーム照射によるランダムな突然変異誘発と、フローサイトメトリーによる高速スクリーニングを組合せた選抜育種を実施して得ることができる。親株は特に限定されないが、油脂成分を高い効率で産生するという観点から、クラミドモナス・スピーシーズJSC4株(Chlamydomonas sp. JSC4)またはその改変体であるKOR1株(特開2020-195344)を親株とすることが好ましい。突然変異の導入は、細胞集団に対して、イオンビームを照射することで実施することができる。イオンビームは細胞核を通過するときに、DNA二本鎖切断をはじめとする多様なDNA損傷を生成する。細胞は自らが持つDNA修復機構によりDNAを修復するが、その際に欠失などの様々な突然変異が発生する可能性がある。照射するイオンビームとしては、突然変異を導入可能なものであれば特に限定されないが、例えば、炭素(C)、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)あるいはアルゴン(Ar)等が挙げられ、藻類への変異導入の効率の観点から、125+が好ましい。クラミドモナス属に属する藻類に125+イオンビームを照射する場合、線量の範囲は、10~250Gyが好ましく、50~100Gyがより好ましい。イオンビーム照射後は、数日間の回復培養後、得られた細胞集団を変異体ライブラリとし、後述するスクリーニングを行うことができる。なお、上記回復培養は、適切な光強度の昼白色蛍光灯等の条件下で3日間以上静置することなどにより行われる。
【0034】
したがって、本開示の一実施形態において、本開示の方法において用いることができる微細藻としては、Chlamydomonas sp. JSC4株由来の変異株KOR1や、KOR1に由来する株を挙げることができる。
【0035】
他の実施形態において、例えば、デンプン枝作り酵素(BE)の酵素活性が亢進した改変体を作製する場合には、遺伝子導入によって行うことができる。遺伝子の「導入」とは、外来性もしくは内在性の遺伝子、好ましくは機能遺伝子を適宜の導入技術により、その遺伝子を、例えば染色体ゲノム等に導入することをいう。遺伝子の導入には、ファージ、プラスミドなどのベクターを用いて遺伝子を導入することができ、また、自然形質転換法、接合法、プロトプラスト-PEG法やエレクトロポレーション法なども用いることができる。また、当該分野で公知の標的遺伝子組換え法を利用すれば、内在性の機能遺伝子と置換させることによって外来性の機能遺伝子を導入することもできる。なお、外来性の機能遺伝子は、その生物の染色体ゲノムに元来存在しない遺伝子であり、他の生物種由来の遺伝子やPCR等で作製した合成遺伝子等でありうる。遺伝子の導入には、既存のゲノムに対してゲノム編集を行うことで所望の遺伝子に変換することも包含される。
【0036】
一実施形態において、デンプン枝作り酵素(BE)の酵素活性が亢進した改変体を作製する場合には、対象となる酵素をコードする遺伝子に変異を導入する方法や、同種もしくは異種由来の塩基配列を新たに導入する方法、対象となる酵素遺伝子の制御に関わる遺伝子もしくは塩基配列を改変する方法などが挙げられる。酵素遺伝子に変異を導入する方法としては、部位特異的な変異導入法が挙げられる。具体的な部位特異的変異の導入方法としては、SOE-PCR反応を利用した方法、ODA法、Kunkel法等が挙げられる。また、Site-Directed Mutagenesis System Mutan-SuperExpress Kmキット(タカラバイオ社)、Transformer TM Site-Directed Mutagenesisキット(Clonetech社)、KOD-Plus-Mutagenesis Kit(東洋紡社)等の市販のキットを利用してもよい。また、ランダムな遺伝子変異を与えた後、適当な方法により酵素活性の評価及び遺伝子解析を行うことにより目的遺伝子を取得することもできる。
【0037】
(2)スクリーニング
改変体の一次スクリーニングは蛍光活性セルソーター(fluorescence activated cell sorter,FACS)を用いて行うことができる。培養した細胞の細胞内油滴を蛍光色素BODIPY、ナイルレッド等で染色し、蛍光強度の強い細胞をFACSにて分取する。個々の細胞のBODIPY蛍光、ナイルレッド蛍光等の細胞内油滴の染色に由来する蛍光及びクロロフィルの自家蛍光(細胞サイズの指標として利用)の強度をFACSで解析し、クロロフィル自家蛍光あたりのBODIPY蛍光、ナイルレッド蛍光等の細胞内油滴の染色に由来する蛍光が高い細胞(例えば、上位1~0.5%)を分取することができる。また、上記のような培養とFACSによる分取を複数回繰り返し実施することで、標的とする細胞を濃縮することも可能である。
【0038】
分取後の細胞は寒天培地に播種し、光強度50μmol photons/m・秒程度の昼白色蛍光灯下でコロニーを形成するまで静置培養する。一次スクリーニングで得られた候補株については、マイクロウェルプレートで培養し、細胞から油脂を蓄積してガスクロマトグラフィー質量分析(gas chromatography-mass spectrometry,GC-MS)で解析することで、油脂高蓄積株の二次スクリーニングを実施する。二次スクリーニングにおいては、後述する方法に従ってバイオマス量の測定、油脂の測定、炭水化物の測定等を行い、油脂含有率と炭水化物含有率を算定し、本開示の変異株を選定することができる。
【0039】
変異育種により獲得した微細藻は、0.04%~10%CO条件、好ましくは0.5%~5%CO条件、より好ましくは1%~3%CO条件で、15℃~40℃、好ましくは20℃~35℃、より好ましくは25℃~30℃の条件で、フラスコ等の培養器中、後述する培地に懸濁し、光合成が可能な光条件下で、2~10日間、好ましくは2~7日間、より好ましくは2~5日間程度の前培養を行い、順調に生育し、細胞数が十分となったところで、拡大培養を行い、5~20日間、好ましくは7~16日間、より好ましくは10~14日間程度、上記同様光合成が可能な光条件下にて本培養を行う。
【0040】
光条件については、最終的に回収できる油脂量が多くなる条件が好ましく、光合成可能な条件で継続培養してもよいし、50~2000μmol photons/m・秒程度の昼白色蛍光灯による12h明期、及び12h暗期等の昼夜周期条件で培養してもよい。一実施形態において、点灯時の光量子束密度としては、通常50μmol photons/m・秒~2,000μmol photons/m・秒の範囲であり、通常80μmol photons/m・秒~1,000μmol photons/m・秒の範囲であることが好ましく、通常100μmol photons/m・秒~500μmol photons/m・秒の範囲であることがより好ましい。
【0041】
本開示に用いる培養方法としては、静置培養法を用いることも可能であるが、微細藻の藻体生産性と油脂成分の生産性を考えると、振盪培養法または深部通気撹拌培養法による培養が好ましい。振盪培養は、往復振盪であっても、回転振盪であってもよい。
【0042】
上記培養に用いられる培地としては、用いる微細藻の種類によって適宜設定することができ、例えばクラミドモナス属を用いる場合には、クラミドモナス属に属する微細藻が生育する可能な培地であれば特に制限はない。例えば、基礎培地としては、Modified Bold 6N(MB6N)培地、TAP培地、HSM培地、BG-11培地、BBM培地等が挙げられ、高効率で油脂成分を産生できることから、MB6N培地がより好ましい。
【0043】
本開示の方法に用いられる培養の特徴として、培地中の窒素栄養源濃度が低い条件下での培養が挙げられる。窒素栄養源濃度が低い条件下での培養は、増殖に伴う窒素消費による窒素欠乏状態下における培養であっても、藻体を窒素栄養源濃度が低い培地に移植させる等による培養であってもよい。窒素栄養源濃度が低い条件下での培養により、高効率で油脂成分を産生させることが可能となる。本開示の方法において、培地中に含まれる窒素栄養源濃度は、培地中に含まれる硝酸イオンの濃度を波長220nmにおける光学密度(OD220)を指標として測定する方法、イオンセンサー、発色試薬による吸光度測定等の方法により測定することができる。
【0044】
したがって、本開示の方法の一実施形態において、窒素栄養源を欠乏させる工程をさらに包含することができる。このような窒素栄養源の欠乏によって、油脂の生産が開始されるようにすることもできる。
【0045】
バイオマス量
一実施形態において、本開示の方法では、バイオマス量は、細胞の乾燥重量を指標として算出することができる。バイオマス量の測定は、当業者に公知の方法により行うことができ、その方法は限定されないが、例えば以下のように行うことができる。すなわち、上記培養によって得られた微細藻の細胞を秤量済みマイクロチューブに必要量回収し、蒸留水で洗浄してから終夜凍結乾燥する。乾燥後、再度マイクロチューブの重量を測定し、空のマイクロチューブ重量を減算することで回収した乾燥藻体の乾燥重量(mg)を求める。さらにこれを測定に使用した培養液量で除算することで培養液中に含まれるバイオマス量(g/L)を算出することができる。秤量後、乾燥藻体は後述する油脂の測定に用いる。
【0046】
油脂
一実施形態において、本開示の方法において用いる微細藻は、油脂含有率が高いことが特徴であり、例えば、12h明期/12h暗期の昼夜周期条件における油脂含有率が通常20重量%以上であり、30重量%以上であることが好ましく、40重量%以上であることがより好ましい。また、本開示の方法において用いる微細藻は、油脂生産速度が速いことも特徴であり、12h明期/12h暗期の昼夜周期条件における油脂生産速度が120g/m/日以上であり、150g/m/日以上であることが好ましく、180g/m/日以上であることがより好ましい。なお、本明細書において、「12h明期/12h暗期の昼夜周期条件における油脂生産速度」とは、14日間の本培養において達成した油脂生産速度の最大値をいう。また、「12h明期/12h暗期の昼夜周期条件における油脂含有率」とは、14日間の本培養において達成した乾燥藻体当たりの油脂含有率の最大値をいう。
【0047】
本開示の方法において、油脂の測定は、当業者に公知の方法により行うことができ、その方法は限定されないが、例えば以下のように行うことができる。なお、油脂の測定には、上記バイオマスの測定実験で準備した乾燥藻体を用いる。この乾燥藻体を破砕専用マイクロチューブに秤量して測定に供する。0.5mm径ガラスビーズをマイクロチューブに加えてマルチビーズショッカー装置により細胞を破砕する。細胞中の油脂を、脂肪酸メチル化キット(ナカライ社製等)を用いてメチル化し、それによって生成した脂肪酸メチルエステルをガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)により定量し、乾燥藻体当たりの油脂含有率(重量%)、培養液当たりの油脂(オイル)生産量(mg/L)を算出することができる。なお、培養液当たりの油脂(オイル)生産量(mg/L)は、油脂含有率とバイオマス量の乗算によって算出される。また、培養液を経時的に採取し、乾燥藻体当たりの油脂含有率(重量%)、培養液当たりの油脂(オイル)生産量(mg/L)の経時的な増減を確認することができる。さらに、単位培養液(L)から1日に得られる油脂量を測定することで、油脂(オイル)生産速度(mg/L/day(日)を算出することができる。なお、油脂生産速度は培養0日目を起点として、培養にかかった日数で油脂生産量(lipid production,mg/L)を除算することにより算出することができる。
【0048】
本開示の方法において用いる微細藻が蓄積する油脂としては、パルミチン酸、リノール酸、ステアリン酸、リノレン酸、オレイン酸等の脂肪酸によって構成されるトリグリセリドが挙げられ、これらの脂肪酸のメチルエステル化合物は燃焼効率が高く、バイオディーゼル燃料等として有用である。
【0049】
<油脂の生産>
上記のようにして得た微細藻を淡水条件などの塩ストレス非存在下で培養することにより、油脂生産を行うことができる。一実施形態において、塩ストレス非存在下での培養は別の遺伝的改変を行うことで微細藻に高い塩ストレス耐性を付与することでも実施でき、汽水条件または海水条件で培養して油脂生産を行うこともできる。このような場合の培養条件としては、上記で説明した前培養および/または本培養の条件と海水塩、人工海水、塩化ナトリウムなどを高濃度で含む培地を組合せて利用することができる。
【0050】
培養した微細藻から油脂成分を抽出する方法としては、通常の油脂の抽出方法を用いることができ、特に、Folch法やBligh-Dyer法に代表されるクロロホルム/メタノール系等の有機溶媒による一般的な抽出方法を用いることが可能であるが、これらに限られない。
【0051】
一実施形態において、油脂生産の際の微細藻の培養については、例えば、微細藻を数百mLスケールから段階的に拡大しながら培養を行い、最終的に屋外レースウェイポンドに播種することができる。屋外レースウェイポンド培養において、使用する培地は低コストであれば特に限定されないが、淡水(工業用水)や海水に対して必要な栄養源を添加して調製し、窒素栄養源は培養開始後数日以内に欠乏する濃度となるように調整することができる。培養期間中は藻濃度と窒素栄養源濃度をモニタリングし、窒素栄養源の欠乏を確認してからさらに4日間~10日間培養する。培養期間中は1%~100%のCOを継続的に給気する、もしくは培養液のpHをモニタリングしてpHが一定以上となった場合にのみCOを給気してもよい。
【0052】
本開示の他の局面において、油脂を生産するための組成物であって、前記組成物は、塩ストレス非存在下で、炭水化物の分解速度が増強した微細藻を含む、組成物が提供される。このような組成物は、本明細書の他の箇所で説明した任意の特徴を備えることができる。
【0053】
本開示の他の局面において、油脂を生産するシステムであって、1)塩ストレス非存在下で、炭水化物の分解速度が増強した微細藻と、2)培地と、3)培養設備とを備える、システムが提供される。このようなシステムは、本明細書の他の箇所で説明した任意の特徴を備えることができる。
【0054】
(一般技術)
本明細書において用いられる分子生物学的手法、生化学的手法、微生物学的手法は、当該分野において周知であり慣用されるものであり、例えば、Sambrook J. et al.(1989). Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harborおよびその3rd Ed.(2001); Ausubel, F.M.(1987).Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates and Wiley-Interscience; Ausubel, F.M.(1989). Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates and Wiley-Interscience; Innis, M.A.(1990).PCR Protocols: A Guide to Methods and Applications, Academic Press; Ausubel, F.M.(1992).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates; Ausubel, F.M. (1995).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates; Innis, M.A. et al.(1995).PCR Strategies, Academic Press; Ausubel, F.M.(1999).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Wiley, and annual updates; Sninsky, J.J. et al.(1999). PCR Applications: Protocols for Functional Genomics, Academic Press、別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社、1997などに記載されており、これらは本明細書において関連する部分(全部であり得る)が参考として援用される。
【0055】
人工的に合成した遺伝子を作製するためのDNA合成技術および核酸化学については、例えばGeneArt、GenScript、Integrated DNA Technologies(IDT)などの遺伝子合成やフラグメント合成サービスを用いることもでき、その他、例えば、Gait, M.J.(1985). Oligonucleotide Synthesis: A Practical Approach, IRL Press; Gait, M.J.(1990). Oligonucleotide Synthesis: A Practical Approach, IRL Press; Eckstein, F.(1991). Oligonucleotides and Analogues: A Practical Approach, IRL Press; Adams, R.L. et al.(1992). The Biochemistry of the Nucleic Acids, Chapman & Hall; Shabarova, Z. et al.(1994).Advanced Organic Chemistry of Nucleic Acids, Weinheim; Blackburn, G.M. et al.(1996). Nucleic Acids in Chemistry and Biology, Oxford University Press; Hermanson, G.T.(I996). Bioconjugate Techniques, Academic Pressなどに記載されており、これらは本明細書において関連する部分が参考として援用される。
【0056】
本明細書において「または」は、文章中に列挙されている事項の「少なくとも1つ以上」を採用できるときに使用される。「もしくは」も同様である。本明細書において「2つの値」の「範囲内」と明記した場合、その範囲には2つの値自体も含む。
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
【0057】
以上、本開示を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本開示を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本開示を限定する目的で提供したのではない。従って、本開示の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例0058】
(実施例1:改変体の作製)
デンプン枝切り酵素遺伝子欠損株の作製は、クラミドモナス・スピーシーズJSC4株(Chlamydomonas sp. JSC4)を親株として実施した。突然変異の導入は国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構高崎量子応用研究所のイオン照射研究施設(TIARA:Takasaki Ion accelerators for Advanced Radiation Application)にてJSC4細胞集団にイオンビームを照射することで実施した。
【0059】
具体的には、寒天培地から藻体を適量取り、下記条件にて3日間の前培養を実施した。波長750nmにおける光学密度(OD750)が0.04となるように継代し、下記条件にてさらに2日間の本培養を実施した。培養後、OD750が0.5となるようにTAP培地で希釈し、希釈液100μLをTAP寒天培地に塗布した。AVFサイトクロンにて加速したイオンビーム125+を線量50Gyで寒天培地上の藻細胞に照射した。イオンビームの照射後、光強度50μmol photons/m/sの昼白色蛍光灯下で3日間以上静置することで回復培養を実施した。これをJSC4の変異体ライブラリとして以下の実験に使用した。
【0060】
(培養条件)
2段式フラスコを使用
培地:70mL mTAP
CO:2%CO
光:100μmol photons/m/s蛍光灯
温度:30℃
撹拌:100rpm
【0061】
(2)一次スクリーニング
昼夜条件における改変体の一次スクリーニングは蛍光活性セルソーター(fluorescence activated cell sorter,FACS)を用いて実施した。昼夜条件で培養した細胞の細胞内油滴を蛍光色素BODIPYで染色し、蛍光強度の強い細胞をFACSにて分取した。
【0062】
上記で準備した変異体ライブラリの寒天培地から藻体を適量取り、下記条件にて3日間の前培養を実施した。OD750が0.04となるように継代し、下記条件にてさらに7日間の本培養を実施した。培養後の細胞を回収し、5×10cells/mLとなるようにPBSに懸濁した。これに蛍光色素BODIPYを50μMとなるように添加して暗所に5分間置いて細胞内油滴を蛍光染色した。個々の細胞のBODIPY及びクロロフィルの自家蛍光(細胞サイズの指標として標準化に利用)の強度をFACS(SONY SH800)で解析し、クロロフィル自家蛍光あたりのBODIPY蛍光が高い細胞(上位1~0.5%)を分取した。蛍光の検出に使用したフィルターセットを下記に示す。分取後の細胞はTAP寒天培地に播種し、光強度50μmol photons/m/sの昼白色蛍光灯下でコロニーを形成するまで静置培養した。
【0063】
(培養条件)
2段式フラスコを使用
培地:70mL MB6N+2%sea salt
CO:2%CO
光:250 μmol photons/m/s 蛍光灯(12h明期+12h暗期の昼夜周期条件)
温度:30℃
撹拌:100rpm
【0064】
(FACS解析条件)
BODIPY蛍光:励起:488nmレーザー
蛍光:PEフィルター(570nm~630nm)
クロロフィル蛍光:励起:488nmレーザー
蛍光:PerCP-Cy5.5フィルター(690nm~750nm)
【0065】
(3)二次スクリーニング
マイクロウェルプレートで候補株を培養し、細胞から油脂を蓄積してガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)で解析することで、昼夜条件におけるオイル高蓄積株の二次スクリーニングを実施した。
【0066】
一次スクリーニングで獲得した候補変異株の藻体を寒天培地から適量取り、下記条件にて4日間の前培養を実施した。OD750が0.1となるように継代し、下記条件にてさらに8日間の本培養を実施した。本培養の4日目に各ウェルから全細胞を回収し、MB0N+2%sea saltに再懸濁して培養を継続した。培養後、各ウェルから2mLの培養液を回収し、オイルを高蓄積する変異株としてKOR1を取得した。
【0067】
(培養条件)
12ウェルプレートを使用した。
培地:前培養:3mL MB6N+2%sea salt
本培養1:3mL MB6N+2%sea salt
本培養2:3mL MB0N+2%sea salt
CO:2%CO
光:100μmol photons/m/s 白色LED(12h明期+12h暗期の昼夜周期条件)
温度:30℃
撹拌:100rpm
【0068】
(実施例2:油脂含有率の評価)
デンプン枝切り酵素遺伝子ISA1の破壊株であるChlamydomonas sp. KOR1を用いて、淡水培地であるMB6N(0%海水塩)、およびMB6Nに海水塩を添加した培地(2%もしくは4%海水塩)を用いて培養した。具体的には、寒天プレート培地から藻体を適量取り、下記条件にて3日間の前培養を実施した。波長750nmにおける光学密度(OD750)が0.04となるように継代し、以下の条件にてさらに7日間の本培養を実施した。
【0069】
培養条件およびMB6N培地組成は以下のとおりである。
培養条件(二段式フラスコ,バイオトロンインキュベーター)
培地:
(1)70mL MB6N
(2)70mL MB6N+2% sea salt
(3)70mL MB6N+4% sea salt
CO:50mL 2% CO調整液(培養2,4日目のサンプリング後に交換)
光:250μmol photons/m/s昼白色蛍光灯
温度:30℃
撹拌:100rpm
【0070】
MB6N培地組成(1Lあたり)
NaNO:750mg
HPO:38.3mg
MgSO・2HO:75mg
KH2PO:88mg
NaCl:25mg
CaCl2・2HO:25.2mg
FeCl3・6HO:1.77mg
ZnSO・7HO:0.0732mg
CoSO・7HO:0.016mg
MnSO・5HO:0.584mg
NaMoO・2HO:0.00148mg
NaSeO3:0.001728mg
NiCl2・6HO:0.001488mg
【0071】
上記培養条件で培養した後、バイオマス測定、硝酸測定、細胞の油脂含有率を以下の手法でそれぞれ行った。
【0072】
バイオマス測定
細胞を秤量済みマイクロチューブに必要量回収し、蒸留水で1回洗浄してから終夜凍結乾燥した。乾燥後、再度マイクロチューブの重量を測定し、空のマイクロチューブ重量を減算することで回収した細胞の乾燥重量(mg)を求めた。さらにこれを測定に使用した培養液量で除算することで培養液中に含まれるバイオマス量(g/L)を求めた。
【0073】
硝酸測定
NaNOは波長220nmの光をよく吸収するため、培地中に含まれるNaNO量の測定では波長220nmにおける光学密度(OD220)を指標とした。遠心分離操作によって細胞を除去することで培養液上清を準備した。培養液上清を蒸留水で適度に希釈し、OD220を測定した。濃度既知のNaNOを含むMB6Nを用いて検量線を作成し、これをもとに培養液上清中に含まれるNaNO濃度を算出した。
【0074】
油脂測定
バイオマス測定で得た乾燥藻体約3mgを破砕専用マイクロチューブに秤量して測定に供した。0.5mm径ガラスビーズをマイクロチューブに加えてマルチビーズショッカー装置により細胞を破砕した。細胞中の油脂を脂肪酸メチル化キット(ナカライ)を用いてメチル化し、それによって生成した脂肪酸メチルエステルをガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)により定量した。
【0075】
結果を図1~3に示した。図3からもわかるとおり、KOR1は0%海水塩においても2%海水塩や4%海水塩と同程度の油脂含有率を示した。KOR1ではデンプン枝切り酵素遺伝子が破壊されているため、炭水化物の分解速度が増強し、塩ストレス非存在下でも高い油脂含有率を示したと考えられる。
【0076】
(実施例3:遺伝子導入による改変体の作製)
遺伝子導入による改変体の作製は、クラミドモナス・スピーシーズJSC4株(Chlamydomonas sp. JSC4)細胞に対して、エレクトロポレーションによりDNAを導入することで実施する。
【0077】
具体的には、寒天培地から藻体を適量取り、下記条件にて2日間の前培養を実施する。波長750nmにおける光学密度(OD750)が0.04となるように継代し、下記条件にて細胞密度が0.8×10cell/mL~2.5×10cell/mLとなるまで本培養を実施する。培養後の細胞を遠心し、細胞密度が1.0×10cell/mLとなるようにTAP+40mMスクロースに懸濁して氷上に置く。導入するDNAを10ng/μLとなるように添加し、エレクトロポレーションを実施する。弱光条件で一晩静置培養した後、TAP寒天培地(10μg/mLパロモマイシンを含む)に播種し、コロニーが形成されるまで培養する。
【0078】
(培養条件)
200mL三角フラスコを使用
培地:70mL TAP
光:50μmol photons/m/s白色LED
温度:25℃
撹拌:100rpm
【0079】
酵素活性の亢進のために導入するDNA配列として、Chlamydomonas sp.内在性、もしくは他生物種由来の高活性なデンプン枝作り酵素の遺伝子、アミラーゼ・デンプンホスホリラーゼの遺伝子を遺伝子合成等により用意する。高活性な他生物種由来酵素の候補としては、Solanum tuberosum由来デンプン枝作り酵素、Zea mays由来デンプンホスホリラーゼなどが挙げられる。これらの遺伝子の一つ、もしくは複数を高活性プロモーター(Hsp70Aプロモーター、RBCS2プロモーターなど)の下流に配置し、選択マーカー(パロモマイシン耐性遺伝子aphVIIIなど)とともに一般的なプラスミドベクターにクローニングする。このプラスミドを制限酵素処理により線状化したもの、もしくはPCRで増幅したこれらの因子を含むDNA配列をエレクトロポレーションにより細胞に導入する。
【0080】
(実施例4:塩ストレス耐性を向上する改変体を用いた例)
塩ストレス耐性が向上した改変体の作出
実施例1と同様の手順で、炭水化物の分解が促進したChlamydomonas sp.株にイオンビーム照射を行うことで変異体ライブラリを作製する。一次スクリーニングとして、この変異体ライブラリを、Chlamydomonas sp.が通常生育できない濃度の海水塩(5%以上)を含むMB6N培地を用いて、1週間に一度のペースで継代培養する。この過程で生育の向上が見られたら、段階的に培地の海水塩濃度を上げていく。高い海水塩濃度(7%以上)でも良好に生育する細胞集団が得られたら、寒天培地に播種することでクローン化を行う。二次スクリーニングとして、単離されたクローンが高い海水塩濃度(7%以上)の培地においても良好に生育することを改めて確認する。
【0081】
塩ストレス耐性が向上した改変体を用いた実験例
炭水化物の分解が促進し、かつ塩ストレス耐性を獲得した改変体を、3%以上の海水塩を含むMB6N培地を用いて、実施例2と同様の手順で培養、評価する。この改変体は3%以上海水塩濃度においても、高い細胞増殖と高い油脂蓄積を両立していることが期待できる。
【0082】
(実施例5:窒素栄養源を欠乏させる例)
株・培養条件によって消費できる窒素栄養源量が変わるため、株・培養条件に応じて窒素栄養源量の少ないMB3N培地(375mg NaNO)などに変更して培養を行う。
【0083】
(実施例6:バイオ燃料生産)
微細藻の大量培養法として、屋外レースウェイポンドなどを用いた開放系培養や、バイオリアクターを用いた閉鎖系培養を利用して、実施例1と同様の手順で作製した炭水化物の分解が促進した変異体を培養する。
この培養液から遠心分離法などを用いて微細藻を回収し、微細藻細胞からオイルを抽出してメチルエステル化を行い、バイオディーゼル燃料として利用する。
【0084】
(注記)
以上のように、本開示の好ましい実施形態を用いて本開示を例示してきたが、本開示は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願及び他の文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本開示によれば、微細藻によって安価な生産コストで油脂を生産することができる。また屋外オープンポンドにおける培養の安定化が期待でき、バイオ燃料生産に活用できるため、工業製品や食品産業などの産業分野において応用が期待される。
図1
図2
図3