(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118428
(43)【公開日】2024-08-30
(54)【発明の名称】プラント制御装置、プラント制御方法、および産業プラント
(51)【国際特許分類】
G05B 11/36 20060101AFI20240823BHJP
【FI】
G05B11/36 501P
G05B11/36 N
G05B11/36 501F
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024003587
(22)【出願日】2024-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2023024601
(32)【優先日】2023-02-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100107582
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 毅
(74)【代理人】
【識別番号】100124372
【弁理士】
【氏名又は名称】山ノ井 傑
(72)【発明者】
【氏名】当房 昌幸
(72)【発明者】
【氏名】森 高裕
(72)【発明者】
【氏名】清水 佳子
(72)【発明者】
【氏名】平加 章順
(72)【発明者】
【氏名】明比 豊博
(72)【発明者】
【氏名】梶原 美珠
(72)【発明者】
【氏名】高嶋 路晴
【テーマコード(参考)】
5H004
【Fターム(参考)】
5H004GA08
5H004GA37
5H004GB04
5H004GB15
5H004HA02
5H004HB02
5H004KA44
5H004KC38
5H004KC53
5H004LB05
(57)【要約】
【課題】制御量が変動する場合でも制御対象の機器を好適に制御可能なプラント制御装置を提供する。
【解決手段】一の実施形態によれば、プラント制御装置は、産業プラントから現在の第1制御量を取り込む入力部と、前記現在の第1制御量から基準値を差し引いた偏差に基づいて、現在の第2制御量を変動させてまたは変動させないで、新たな第2制御量を算出する算出部と、前記新たな第2制御量を前記産業プラントに出力する、または前記新たな第2制御量を前記現在の第1制御量の修正量として出力する出力部とを備える。前記算出部は、前記偏差がδより大きいか-δより小さければ前記現在の第2制御量を変動させて、δより小さく-δより大きければ前記現在の第2制御量を変動させないで、前記新たな第2制御量を算出する。前記基準値は、過去に計測された複数の第1制御量の中から選択され、前記現在の第2制御量を決定するのに用いられた選択第1制御量である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
産業プラントから現在の第1制御量を取り込む入力部と、
前記現在の第1制御量から基準値を差し引いた偏差に基づいて、現在の第2制御量を変動させてまたは変動させないで、新たな第2制御量を算出する算出部と、
前記新たな第2制御量を前記産業プラントに出力する、または前記新たな第2制御量を前記現在の第1制御量の修正量として出力する出力部とを備え、
前記算出部は、
前記偏差がδよりも大きいまたは-δよりも小さい場合に(δは正の定数)、前記現在の第2制御量を変動させて前記新たな第2制御量を算出し、
前記偏差がδよりも小さくかつ-δよりも大きい場合に、前記現在の第2制御量を変動させないで前記新たな第2制御量を算出し、
前記基準値は、過去に計測された複数の第1制御量の中から選択され、前記現在の第2制御量を決定するのに用いられた選択第1制御量である、プラント制御装置。
【請求項2】
前記算出部は、
前記選択第1制御量を第1値に変換する第1関数を含む第1関数発生器と、
前記選択第1制御量を第2値に変換する第2関数を含む第2関数発生器と、
前記現在の第2制御量を前記第1値および前記第2値の一方から他方に切り替えることで、前記新たな第2制御量を算出する切替器と、
を備える請求項1に記載のプラント制御装置。
【請求項3】
前記第1関数と前記第2関数は、S(x-δ)=R(x)の関係を満たす(R(x)は前記第1関数、S(x)は前記第2関数、xは前記選択第1制御量を表す)、請求項2に記載のプラント制御装置。
【請求項4】
前記算出部は、前記偏差がδよりも大きいことを検知した場合に、前記選択第1制御量を前記現在の第1制御量に更新し、前記第1値を新たな値に更新し、前記現在の第2制御量を前記第2値から前記第1値に切り替えて前記現在の第2制御量を前記新たな第2制御量に更新する、請求項3に記載のプラント制御装置。
【請求項5】
前記算出部は、前記偏差がδよりも大きいことを検知した場合、その後に連続して前記現在の第1制御量が増加するときには、前記選択第1制御量を前記現在の第1制御量に更新し、前記現在の第1制御量の前記増加が減少に転じたときには、前記選択第1制御量の更新を停止する、請求項4に記載のプラント制御装置。
【請求項6】
前記算出部は、切断差を有し、前記偏差と第1設定値とを比較する第1比較器を含み、前記第1比較器のオン側の前記第1設定値をδとし、前記第1比較器のオフ側の前記第1設定値をゼロとすることで、前記現在の第1制御量の前記増加が前記減少に転じたことを検知する、請求項5に記載のプラント制御装置。
【請求項7】
前記算出部は、前記偏差が-δよりも小さいことを検知した場合に、前記選択第1制御量を前記現在の第1制御量に更新し、前記第2値を新たな値に更新し、前記現在の第2制御量を前記第1値から前記第2値に切り替えて前記現在の第2制御量を前記新たな第2制御量に更新する、請求項3に記載のプラント制御装置。
【請求項8】
前記算出部は、前記偏差が-δよりも小さいことを検知した場合、その後に連続して前記現在の第1制御量が減少するときには、前記選択第1制御量を前記現在の第1制御量に更新し、前記現在の第1制御量の前記減少が増加に転じたときには、前記選択第1制御量の更新を停止する、請求項7に記載のプラント制御装置。
【請求項9】
前記算出部は、切断差を有し、前記偏差と第2設定値とを比較する第2比較器を含み、前記第2比較器のオン側の前記第2設定値を-δとし、前記第2比較器のオフ側の前記第2設定値をゼロとすることで、前記現在の第1制御量の前記減少が前記増加に転じたことを検知する、請求項8に記載のプラント制御装置。
【請求項10】
前記算出部は、前記偏差がδよりも小さくかつ-δよりも大きいことを検知した場合に、前記選択第1制御量を保持し、前記第1値を保持し、前記第2値を保持し、前記現在の第2制御量を前記第1値から前記第2値に切り替えないことで前記新たな第2制御量を前記現在の第2制御量のまま保持する、請求項3に記載のプラント制御装置。
【請求項11】
前記第1制御量は、前記産業プラントから取り込まれたプロセス値であり、
前記第2制御量は、前記産業プラント内の機器の操作量である、
請求項1に記載のプラント制御装置。
【請求項12】
前記第1制御量は、前記産業プラントから取り込まれたプロセス値であり、
前記第2制御量は、前記プロセス値を修正した値である、
請求項1に記載のプラント制御装置。
【請求項13】
産業プラントから入力部に現在の第1制御量を取り込み、
前記現在の第1制御量から基準値を差し引いた偏差に基づいて、現在の第2制御量を変動させてまたは変動させないで、新たな第2制御量を算出部により算出し、
前記新たな第2制御量を出力部から前記産業プラントに出力する、または前記新たな第2制御量を前記出力部から前記現在の第1制御量の修正量として出力する、
ことを含み、
前記算出部は、
前記偏差がδよりも大きいまたは-δよりも小さい場合に(δは正の定数)、前記現在の第2制御量を変動させて前記新たな第2制御量を算出し、
前記偏差がδよりも小さくかつ-δよりも大きい場合に、前記現在の第2制御量を変動させないで前記新たな第2制御量を算出し、
前記基準値は、過去に計測された複数の第1制御量の中から選択され、前記現在の第2制御量を決定するのに用いられた選択第1制御量である、プラント制御方法。
【請求項14】
現在の第1制御量を計測する計測器と、
前記現在の第1制御量を取り込む入力部と、
前記現在の第1制御量から基準値を差し引いた偏差に基づいて、現在の第2制御量を変動させてまたは変動させないで、新たな第2制御量を算出する算出部と、
前記新たな第2制御量を前記産業プラントに出力する、または前記新たな第2制御量を前記現在の第1制御量の修正量として出力する出力部とを備え、
前記算出部は、
前記偏差がδよりも大きいまたは-δよりも小さい場合に(δは正の定数)、前記現在の第2制御量を変動させて前記新たな第2制御量を算出し、
前記偏差がδよりも小さくかつ-δよりも大きい場合に、前記現在の第2制御量を変動させないで前記新たな第2制御量を算出し、
前記基準値は、過去に計測された複数の第1制御量の中から選択され、前記現在の第2制御量を決定するのに用いられた選択第1制御量である、産業プラント。
【請求項15】
前記算出部は、前記現在の第2制御量が前記第2値であり、かつ、過去の所定の時点から現在までに所定の時間が経過した場合に、前記現在の第2制御量を前記第2値から前記第1値に切り替えることで、前記新たな第2制御量を算出する、請求項2に記載のプラント制御装置。
【請求項16】
前記算出部は、パルス信号を発生するパルス発生器を備え、前記パルス信号に基づいて前記所定の時間を設定する、請求項15に記載のプラント制御装置。
【請求項17】
前記算出部は、前記現在の第2制御量が前記第2値であり、かつ、前記現在の第2制御量が過去の1つ以上の所定の時点の第2制御量と一致した場合に、前記現在の第2制御量を前記第2値から前記第1値に切り替えることで、前記新たな第2制御量を算出する、請求項2に記載のプラント制御装置。
【請求項18】
前記第1値と前記第2値は、パーセンテージ(%)で表される場合に小数点以下第N位まで含む実数である(Nは1以上の整数)、請求項17に記載のプラント制御装置。
【請求項19】
前記算出部は、前記現在の第2制御量が前記第2値であり、かつ、前記産業プラントの運転に関する現在の指標量が過去の1つ以上の所定の時点の指標量と一致した場合に、前記現在の第2制御量を前記第2値から前記第1値に切り替えることで、前記新たな第2制御量を算出する、請求項2に記載のプラント制御装置。
【請求項20】
前記指標量は、前記第2制御量である、請求項19に記載のプラント制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、プラント制御装置、プラント制御方法、および産業プラントに関する。
【背景技術】
【0002】
発電プラントや製造プラント等の産業プラント内では、調節弁等の機器が多彩な方法で制御されている。例えば、産業プラント内の圧力、流量、温度等のプロセス値(PV値)を計測し、計測されたプロセス値に基づいて上記機器の操作量(MV値)を算出する方式が一般的である。具体的には、上記機器の操作量を、計測されたプロセス値を用いたPID(Proportional-Integral-Differential)制御により調整する方式や、計測されたプロセス値に比例するように変化させる方式等が知られている。操作量の例は、調節弁の弁開度等である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】宮崎技術研究所 自動制御講座 5.5.(4) 不感帯とヒステリシス
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、計測されたプロセス値には、いわゆる観測ノイズが含まれている。そのため、調節弁の弁開度を、計測されたプロセス値に比例するように変化させる場合、この弁開度にも、観測ノイズに起因する変動が現れる。その結果、調節弁は頻繁に増減を繰り返す。これは、調節弁の制御を不安定にするだけでなく、調節弁の寿命劣化を招く。
【0005】
このような外乱的な変動を除去することは、従来から制御上の課題とされている。例えば、プロセス値をローパスフィルタによりフィルタリングし、プロセス値から高周波成分を除去すること等が行われている。このようなフィルタリングは、プロセス値や操作量等の制御量の応答波形を、平滑化された波形にすることができるが、制御量の応答波形自体の変動は、フィルタリング後も残存してしまう。このような外乱的な変動は、従来から使用されてきたアナログ回路で除去するよりも、昨今のディジタル回路で除去すると効果的である。
【0006】
そこで、本発明の実施形態は、制御量が変動する場合でも制御対象の機器を好適に制御可能なプラント制御装置、プラント制御方法、および産業プラントを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一の実施形態によれば、プラント制御装置は、産業プラントから現在の第1制御量を取り込む入力部と、前記現在の第1制御量から基準値を差し引いた偏差に基づいて、現在の第2制御量を変動させてまたは変動させないで、新たな第2制御量を算出する算出部と、前記新たな第2制御量を前記産業プラントに出力する、または前記新たな第2制御量を前記現在の第1制御量の修正量として出力する出力部とを備える。前記算出部は、前記偏差がδよりも大きいまたは-δよりも小さい場合に(δは正の定数)、前記現在の第2制御量を変動させて前記新たな第2制御量を算出し、前記偏差がδよりも小さくかつ-δよりも大きい場合に、前記現在の第2制御量を変動させないで前記新たな第2制御量を算出する。前記基準値は、過去に計測された複数の第1制御量の中から選択され、前記現在の第2制御量を決定するのに用いられた選択第1制御量である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】第1実施形態の産業プラントの構成を示す模式図である。
【
図2】第1実施形態の調節弁の動作を説明するためのグラフである。
【
図3】第1実施形態のプラント制御装置の構成を示す回路図である。
【
図4】第1実施形態の比較器の動作を説明するためのグラフである。
【
図5】第1実施形態のプラント制御装置の動作を説明するための表である。
【
図6】第1実施形態のプラント制御装置の動作を説明するためのグラフである。
【
図7】第1実施形態のプラント制御装置の動作を説明するための別のグラフである。
【
図8】第2実施形態の調節弁の動作を説明するためのグラフである。
【
図9】第3実施形態の調節弁の動作を説明するためのグラフである。
【
図10】第1比較例の産業プラントの構成を示す模式図である。
【
図11】第1比較例の電磁弁の動作を説明するためのグラフである。
【
図12】第2比較例の産業プラントの構成を示す模式図である。
【
図13】第2比較例の調節弁の動作を説明するためのグラフである。
【
図14】第1実施形態の第1変形例のプラント制御装置の構成を示す回路図である。
【
図15】第5実施形態の調節弁の動作を説明するためのグラフである。
【
図16】第5実施形態の調節弁の動作を説明するための別のグラフである。
【
図17】第5実施形態のプラント制御装置の構成を示す回路図である。
【
図18】第6実施形態のプラント制御装置の構成を示す回路図である。
【
図19】第6実施形態のプラント制御装置の動作を説明するための表である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態を、図面を参照して説明する。
【0010】
図1~
図19では、同一または類似の構成には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。また、以下の説明中で用いられる種々の物理量や設定値に関し、これらの物理量や設定値の値を示す具体的な数値は、説明を理解しやすくするための一例であり、これらの物理量や設定値の値は、これらの数値のみに限定されるものではない。
【0011】
(第1比較例)
第1比較例では、
図10および
図11を参照して、デッドバンドという考え方について説明する。
【0012】
図10は、第1比較例の産業プラント100xの構成を示す模式図である。
【0013】
産業プラント100xは、産業プラント100xを制御するプラント制御装置101xを備え、さらには、ボイラ102と、減温器103と、容器104と、電磁弁105とを備えている。産業プラント100xはさらに、これらの要素を互いに接続する配管および配線や、流量計FS-1を備えている。産業プラント100xは、例えば発電プラントや製造プラント等である(後述する別の比較例や各実施形態でも同様)。
【0014】
図10は、ボイラ102、減温器103、容器104、および電磁弁105という要素を組み合わせた系統構成を示している。ボイラ102が発生させた高温の蒸気A1は、容器104に向けて送気されるが、容器104は、高温の蒸気A1を大量に受け入れることを許容しない。そこで、蒸気A1は、電磁弁105を通じて供給される冷却水A3と減温器103内で混合され、その温度が低減される。減温器103は、蒸気A1の温度を低減させて得られた低温の蒸気A2を排出する。蒸気A2は、容器104に送気される。容器104は、例えば圧力容器、タンク、蒸気タービン等である(後述する別の比較例や各実施形態でも同様)。
【0015】
流量計FS-1は、ボイラ102と減温器103との間の配管に設けられており、蒸気A1の流量である蒸気流量Wを計測する。プラント制御装置101xは、流量計FS-1により計測された蒸気流量Wを取り込み、蒸気流量Wに基づいて電磁弁105への制御信号CSを生成し、制御信号CSを電磁弁105に出力する。その結果、蒸気流量Wが多量のときには、電磁弁105は、制御信号CSにより開弁されて、減温器103に冷却水A3を注入する。一方、蒸気流量Wが少量のときには、電磁弁105は、制御信号CSにより閉弁されて、減温器103への冷却水A3の注入を遮断する。
【0016】
図11は、第1比較例の電磁弁105の動作を説明するためのグラフである。
【0017】
図11は、蒸気流量W(x軸)と電磁弁105の開閉操作(y軸)との関係を示している。蒸気流量Wは、0%~100%のレンジで正規化されている。電磁弁105は、蒸気流量Wがα%以上のときに開弁し、α-8%以下のときに閉弁する(αは正の定数)。このように、閉側のしきい値にマージン(ここでは8%)を付すことを、デッドバンド(dead band、不感帯)を設けると称する。
図11のようなタイプのデッドバンドは、ディファレンシャル(differential、切断差)とも呼ばれる。
【0018】
デッドバンドを設ける理由は、流量計FS-1が計測する蒸気流量Wに含まれる観測ノイズのためである。もしデッドバンドを設けることなく、電磁弁105をα%以下で閉弁させた場合、いわゆるチャタリングの問題が生じる可能性がある。具体的には、ノイズの影響で蒸気流量Wがα%を挟んだ値で増減を繰り返したとき、電磁弁105は開閉を繰返すチャタリングの挙動を呈し、制御は不安定になる。デッドバンドがあれば、一旦開弁した後に蒸気流量Wがα%未満になっても開弁は維持される。このようなしきい値に応じてON/OFFするタイプの制御方式においては、チャタリング対策としてデッドバンドを付与することは一般的な手段であり、デッドバンドを設けない方が稀である。
【0019】
この場合、デッドバンドの大きさをどの程度にするかは、制御設計上の重大な関心事である。
図11は、デッドバンドとして8%を選定する事例を示している。デッドバンドが小さすぎると、ノイズの影響を受けやすくなる。逆にデッドバンドが大きすぎると、本当に蒸気流量Wが低下したときにも、冷却水A3の注入が継続されて、冷却水A3の過注入の弊害が生じる。過注入になると、減温器103内で冷却水A3の一部が蒸発せずに、液滴として容器104に流入し、容器104にダメージを与える可能性がある。
【0020】
デッドバンドの値は、産業プラント100xごとに慎重に考慮して選定され決定されるべきものである。しかし、デッドバンド値の選定やその根拠・妥当性の評価は大きな技術テーマであるものの、後述する各実施形態との直接的な関わりは希薄である。そのため、説明の便宜上、以下の説明中で取扱うデッドバンドの大きさは全て8%とする。よって、デッドバンドの値は、8%に限られるものではない。
【0021】
(第2比較例)
第2比較例では、
図12および
図13を参照して、後述する第1実施形態に関連する技術について説明する。
【0022】
図12は、第2比較例の産業プラント100yの構成を示す模式図である。
【0023】
産業プラント100yは、産業プラント100yを制御するプラント制御装置101yを備え、さらには、ボイラ102と、減温器103と、容器104と、調節弁106とを備えている。産業プラント100yはさらに、これらの要素を互いに接続する配管および配線や、流量計FS-1を備えている。
【0024】
図12は、ボイラ102、減温器103、容器104、および調節弁106という要素を組み合わせた系統構成を示している。ボイラ102が発生させた高温の蒸気A1は、容器104に向けて送気されるが、容器104は、高温の蒸気A1を大量に受け入れることを許容しない。そこで、蒸気A1は、調節弁106を通じて供給される冷却水A3と減温器103内で混合され、その温度が低減される。減温器103は、蒸気A1の温度を低減させて得られた低温の蒸気A2を排出する。蒸気A2は、容器104に送気される。
【0025】
流量計FS-1は、ボイラ102と減温器103との間の配管に設けられており、蒸気A1の流量である蒸気流量Wを計測する。プラント制御装置101yは、流量計FS-1により計測された蒸気流量Wを取り込み、蒸気流量Wに基づいて調節弁106の開度指令値MV(Manipulate Value)を算出し、開度指令値MVを調節弁106に出力する。その結果、調節弁106の開度が、開度指令値MVにより制御される。
【0026】
図13は、第2比較例の調節弁106の動作を説明するためのグラフである。
【0027】
図13は、蒸気流量W(x軸)と調節弁106の開度(y軸)との関係を示している。蒸気流量Wは、0%~100%のレンジで正規化されている。
図13の関数R(x)は、一次関数の直線であり、流量計FS-1が計測する蒸気流量Wを入力xとし、調節弁106の開度指令値MVを出力yとしている。そして調節弁106は、蒸気流量Wがα%以上のときに開弁され、蒸気流量Wが増加するにつれてR(x)に従って開度指令値MVを増加させる。逆に調節弁106は蒸気流量Wが減少するにつれてR(x)に従って開度指令値MVを減少させ、蒸気流量Wがα%以下のときに全閉となる。
【0028】
第1比較例の電磁弁105は全開/全閉の2態(ON/OFF)をとるが、本比較例の調節弁106は0%~100%の開度をとる。よって、本比較例によれば、蒸気流量Wの多寡に応じて、冷却水A3の流量を調節することができる。しかし、蒸気流量Wは観測ノイズを含むため、調節弁106は頻繁な増減を繰り返し、制御が不安定になる。調節弁106の開度が頻繁に変動すると、調節弁106の弁摺動部やパッキン部等の摩耗が進み、調節弁106の寿命劣化を促進させる。さらには、冷却水A3の流量が常時変動することで、産業プラント運転の安定性を損なわれる。
【0029】
そこで、後述する第1実施形態では、調節弁106の制御にデッドバンドを導入する。これは、第1比較例の電磁弁105の制御安定化の考え方を、調節弁106の制御にも応用・導入することを意味する。このことは図柄上の様態にも象徴的に現れており、第1実施形態の
図2のグラフ形状は、
図11のグラフを斜めに傾けた様相を呈している。
【0030】
(第1実施形態)
(1)概要
図1は、第1実施形態の産業プラント100aの構成を示す模式図である。
【0031】
産業プラント100aは、産業プラント100aを制御するプラント制御装置101aを備え、さらには、ボイラ102と、減温器103と、容器104と、調節弁106とを備えている。産業プラント100aはさらに、これらの要素を互いに接続する配管および配線や、流量計FS-1を備えている。流量計FS-1は、計測器の例である。調節弁106は、制御対象の機器の例である。
【0032】
図1は、ボイラ102、減温器103、容器104、および調節弁106という要素を組み合わせた系統構成を示している。ボイラ102が発生させた高温の蒸気A1は、容器104に向けて送気されるが、容器104は、高温の蒸気A1を大量に受け入れることを許容しない。そこで、蒸気A1は、調節弁106を通じて供給される冷却水A3と減温器103内で混合され、その温度が低減される。減温器103は、蒸気A1の温度を低減させて得られた低温の蒸気A2を排出する。蒸気A2は、容器104に送気される。
【0033】
流量計FS-1は、ボイラ102と減温器103との間の配管に設けられており、蒸気A1の流量である蒸気流量Wを計測する。プラント制御装置101aは、流量計FS-1により計測された蒸気流量Wを取り込み、蒸気流量Wに基づいて調節弁106の開度指令値MVを算出し、開度指令値MVを調節弁106に出力する。その結果、調節弁106の開度が、開度指令値MVによって制御される。プラント制御装置101aのこれらの機能は、入力部、算出部、および出力部の例である。蒸気流量Wは、第1制御量の例である。開度指令値MVは、第2制御量の例である。本実施形態のプラント制御装置101aは、第1制御量としてプロセス値(蒸気流量W)を取り込み、第2制御量として操作量(開度指令値MV)を出力する。
【0034】
なお、本実施形態の調節弁106の実際の開度〔%〕は、速やかに開度指令値MV〔%〕に追従してMVと同じ値になる。そのため、本実施形態の開度指令値MVは、調節弁106の開度と読み替えることが可能である。よって、以下の説明においては、前後の文脈に応じて、「開度指令値MV」という表記と、「開度MV」という表記とを併用する。
【0035】
本実施形態において、流量計FS-1は、ボイラ102と減温器103との間の配管を流れる蒸気A1の現在の蒸気流量Wを計測し、プラント制御装置101aは、現在の蒸気流量Wを流量計FS-1から取り込む。プラント制御装置101aはさらに、現在の蒸気流量Wと過去の蒸気流量W(基準値)との間の偏差に基づいて、現在の開度指令値MVを変動させてまたは変動させないで、新たな開度指令値MVを算出する。よって、プラント制御装置101aにより算出される新たな開度指令値MVは、現在の開度指令値MVと同じ値になる場合もあれば、現在の開度指令値MVと異なる値になる場合もある。プラント制御装置101aはさらに、新たな開度指令値MVを調節弁106に出力し、新たな開度指令値MVによって調節弁106の開度を制御する。このようにして、開度指令値MVが時間変化してゆき、調節弁106の開度も時間変化してゆく。
【0036】
上記の偏差に用いられる過去の蒸気流量Wは、流量計FS-1により過去に測定された複数の蒸気流量Wのうち、現在の開度指令値MVを決定するのに用いられた蒸気流量Wである。この蒸気流量Wは、過去に測定された複数の蒸気流量Wの中から選択された蒸気流量Wであり、以下の説明では「選択蒸気流量」と呼ばれる。選択蒸気流量のさらなる詳細については、後述する。
【0037】
図2は、第1実施形態の調節弁106の動作を説明するためのグラフである。
【0038】
図2は、蒸気流量W(x軸)と調節弁106の開度MV(y軸)との関係を示している。蒸気流量Wは、0%~100%のレンジで正規化されている。
【0039】
図2は、上述の一次関数R(x)と、もう1つの一次関数S(x)とを示している。
図2に示すように、R(x)とS(x)は、互いに平行な直線を表している。S(x)は、R(x)を左に8%(デッドバンド)だけ平行移動した直線である。よって、R(x)とS(x)は、S(x-8)=R(x)の関係を満たしている。R(x)は第1関数の例であり、S(x)は第2関数の例である。また、8%というデッドバンドの値は、正の定数δの例である。
【0040】
R(x)とS(x)は、流量計FS-1が計測する蒸気流量Wを入力xとし、調節弁106の開度MVを出力yとしている。開度MVは、蒸気流量Wが増加する過程ではR(x)に従って決定され、蒸気流量Wが減少する過程ではS(x)に従って決定される。
【0041】
本実施形態の調節弁106の動作は、R(x)およびS(x)に従った基本動作と、デッドバンドに起因する変則動作とを含んだものとなる。例えば、蒸気流量xが増加から減少へと転じた直後は、開度MVはデッドバンドにより一定に保持される(変則動作)。この場合、蒸気流量Wと開度MVとを表す
図2のグラフ上の点(x,y)は、右から左へと水平に移動する。一方、蒸気流量Wが8%よりも大きく減少するときは、開度MVは、S(x)に従って減少する(基本動作)。なお順次説明していくが、このようにR(x)からS(x)に移行することで、蒸気流量Wが8%を超えて大きく減少したとき、開度MVの減少(幅)は少なくて済み、調節弁106の閉動作も比較的穏やかになり、産業プラント100aの運転が安定化される。
【0042】
これは、8%未満の小さな蒸気流量Wの変動は、観測ノイズとして取り扱われることを意味する。本実施形態では、ノイズにはデッドバンド(不感帯)を形成して、開度MVを一定に保持する。一方、8%を超える大きな蒸気流量xの変動は、本当の蒸気流量Wの変化として取り扱われる。この場合、適切な水量の冷却水A3を確保するため、開度MVを増減させる。
【0043】
なお、
図2のグラフは、説明を分かりやすくするために単純化されている。例えば、
図2のグラフは、蒸気流量W(入力x)が、連続的に増加して、連続的に減少する想定で示されている。しかし、実際の蒸気流量Wは、もっとランダムな増減を伴って変動する。後述する
図7のグラフは、プロトタイプである
図2から派生したより現実的なグラフである。
図7のグラフでは、より複雑でリアルな蒸気流量Wの変動が描写されており、このような蒸気流量Wに対する開度指令値MVの応答が示されている。
【0044】
(2)第1実施形態のプラント制御装置101aの構成
図3は、第1実施形態のプラント制御装置101aの構成を示す回路図であり、第1実施形態のプラント制御装置101aに内蔵されている制御回路の構成を示している。流量計FS-1が計測する蒸気流量Wは、プラント制御装置101aに入力され、異なる3つの使用先に向けて分岐されている。
【0045】
プラント制御装置101aは、
図3に示すように、減算器200と、比較器201、211と、切替器202、212、222、224と、OR回路220と、フリップフロップ221と、サンプリング遅延器223と、関数発生器225、226とを備えている。
【0046】
(2a)関数R(x)
図3のR(x)は、プロトタイプである
図2に示したR(x)と基本的には同じ性質のものであり、プロセス入力である蒸気流量Wが増加・上昇する局面で調節弁106の開度を増加するときに使用される。以下、これに係る制御回路を説明する。
【0047】
減算器200は、流量計FS-1が計測する蒸気流量Wと、後述するサンプリング遅延器223から生成されるラグ選択流量Qを取り込み、蒸気流量Wからラグ選択流量Qを減算して偏差Uを出力する(U=W-Q)。偏差Uは、蒸気流量Wからラグ選択流量Qを差し引いた値である。偏差Uは分岐されて、後述する比較器201と比較器211とに取り込まれる。
【0048】
ここで、サンプリング遅延器223の機能と作用を説明する。本実施形態のプラント制御装置101aは、DCS(Distributed Control System)を採用している。よって、本実施形態のプラント制御装置101aでは、所定の演算周期(例えば250ミリ秒ごと)にソフトウェアのプログラム演算が実行される。サンプリング遅延器223は、Z-1の記号で表されており、ある周期における入力を記憶(保存)し、記憶した値を1周期後に出力するように機能する(Lagとして作用する)。したがって、ラグ選択流量Qは、記憶された1周期前の選択蒸気流量Pが、現在の周期で出力されたものである。
【0049】
比較器201は、いわゆるディファレンシャル(differential:切断差)を有する比較器であり、ON側の設定値として8%が、OFF側の設定値として0%が内部に設定されている。比較器201は、第1比較器の例である。比較器201の設定値は、第1設定値の例である。
【0050】
図4は、第1実施形態の比較器201の動作を説明するためのグラフである。
【0051】
図4の横軸は、比較器201の入力端子に入力される偏差Uを表す。
図4の縦軸は、比較器201の出力端子から出力される比較結果を表す。比較器201は、偏差Uと設定値とを比較して、偏差Uと設定値との比較結果を出力する。
図4は、比較器201の作動を図示している。因みに
図3上の比較器201を表す記号は、
図4の作動をシンボル化したものである。
【0052】
以下、
図3に戻り、本実施形態のプラント制御装置101aの説明を続ける。
【0053】
比較器201は、減算器200より偏差Uを取得して8%と比較し、その結果、「偏差U≧8%」が成立するときは無条件で、その出力であるR上昇C1をONにする。この8%がデッドバンドの大きさ8%に対応する。また、比較器201は、偏差Uを0%と比較し、その結果、「偏差U≦0%」が成立するときは無条件で、その出力であるR上昇C1をOFFにする。但し、比較器201は、R上昇C1が一旦ONになった後、偏差Uが8%より小さくなっても「8%>偏差U>0%」の範囲にあることを判断した場合は、その出力であるR上昇C1をONの状態のまま保持する。これがディファレンシャルを有するタイプの比較器の特徴であり、本実施形態の回路構成を、後述する第1変形例の回路構成に比べ簡素化できる理由である。順次説明していくが、R上昇C1がONすると、関数R(x)に従って開度指令値MVは上昇し、調節弁106は開弁操作されるように作用する。なお、R上昇C1の信号名称は「関数R(x)による開度指令値MVの上昇」を略したものである。順次説明していくが、R上昇C1がOFFすると、開度指令値MVは一定の値となり、調節弁106の開度は一定開弁に保持されるように作用する。
【0054】
以下、回路の作用を整理する。本実施形態では、8%を超える大きな蒸気流量Wの上昇は、本当の蒸気流量Wの変化として取り扱い(すなわちR上昇C1をONにして関数R(x)に従って、調節弁106は開弁する)、8%未満の小さな蒸気流量Wの上昇は、観測ノイズとして取り扱う(すなわちR上昇C1をOFFにして、調節弁106の開度は一定開弁に保持し、ノイズの影響を排除する)ことが原則である。しかし、8%を超える大きな上昇にひき続き‘連続’して現われる‘小さな’上昇は、観測ノイズではなく本当の蒸気流量Wの変化に含めるという特則を設ける。この特則は“R上昇C1が一旦ONになった後、偏差Uが「8%>偏差U>0%」の範囲にあることを判断し、R上昇C1をONの状態に保持する”ことで実現される。しかし上昇が途切れる、すなわち「偏差U≦0%」が成立すると、この特則は解除され、R上昇C1はOFFになる。
【0055】
この特則のねらいと背景としては、産業プラント100aにおける実際のプロセス入力の応答には大きな上昇にひき続いて小さな上昇が連続するケースが多く見受けられることから、その経験則を取り込むものである。
【0056】
R上昇C1は、次の切替器202に接続されるが、それ以外にも分岐されて後述するOR回路220にも使用される。分岐されるR上昇C1の信号は、B1のクロスレファレンス記号を付して示される。
【0057】
なお、デッドバンドの大きさを8%に替えて5%にしたい場合は、比較器201は、ON側の設定値として5%、OFF側の設定値として0%を設定すればよい。
【0058】
切替器202は、2つの入力ポートを保有しており、ポート1は蒸気流量Wを取り込み、ポート2はサンプリング遅延器223が生成するラグ選択流量Qを取り込む。切替器202はさらに、比較器201が出力するR上昇C1をSW1として取り込む。
【0059】
切替器202は、SW1のON/OFFの状態に応じて動作し、SW1がONのときはポート1を選択し、SW1がOFFのときはポート2を選択し、選択したポートの入力値を202OUTとして出力する。SW1(R上昇C1)がONしているときは、蒸気流量Wに8%を超える本当の上昇が起こったときなので、202OUTの値として蒸気流量Wを選択して、202OUTの値を大きな値に更新し、調節弁106を大きく開弁操作するように作用する。SW1(R上昇C1)がOFFしているときは、8%未満の小さな蒸気流量Wの変動なので、202OUTの値としてラグ選択流量Qが選択され、すなわち1周期前の選択蒸気流量Pが次の周期でも保持されて、その値は更新されない。ここにデッドバンド(不感帯)が形成される。
【0060】
本実施形態は8%を超える大きな蒸気流量Wの上昇を、本当の蒸気流量Wの変化として取り扱い、8%未満の小さな蒸気流量Wの変動は、観測ノイズとして取り扱うことを特徴とするが、この基本的な判定と動作を上記の要領で比較器201と切替器202が担当している。
OR回路220は、B1のクロスレファレンス記号を付して示された比較器201からのR上昇C1と「蒸気流量Wが零」であることのいずれかが成立(ON)したときに、その出力KをONにして出力し、R上昇C1と「蒸気流量Wが零」であることの両方ともに不成立(OFF)のときに、出力KをOFFにする。
【0061】
フリップフロップ221は、S(セット)とR(リセット)の2つの入力ポートを有している。Sの入力ポートには、OR回路220からの出力Kが入力される。Rの入力ポートには、B2のクロスレファレンス記号を付したS降下C2が、比較器212(後述)から入力される。
【0062】
出力KがONしたとき、フリップフロップ221は、R(x)選択C3をSW3としてONにして出力する。SW3は、その後に出力KがOFFになった後も、ONの状態を保持する。SW3は分岐されて切替器222と切替器224に取り込まれる。因みに、R(x)選択C3が成立(ON)の状態とは、調節弁106の開度指令値MVが関数R(x)に従って与えられる状態である。
【0063】
また、その後にS降下C2がONしたとき、フリップフロップ221は、R(x)選択C3を不成立にしてSW3をOFFにして出力する。SW3は、その後にS降下C2がOFFになった後も、OFFの状態を保持する。
【0064】
因みに、R(x)選択C3が不成立(OFF)の状態とは、調節弁106の開度指令値MVが関数S(x)に従って与えられる状態である。
【0065】
ここで説明をOR回路220に少し戻す。OR回路220の出力Kは、「R上昇C1」と「蒸気流量Wが零」の2つのいずれかの成立でONすることは既に述べたが、後者「蒸気流量Wが零」を出力Kに使用する理由をここに補足する。すなわち産業プラント100aの運転が開始される直前(または直後)では、未だ蒸気流量Wが零の状態であり、このときフリップフロップ221の初期状態を「R(x)選択C3がON」に決定するために使用されるものである。初期状態を過ぎて産業プラント100aの運転が開始されると蒸気流量Wは零以上の値を有するので、出力KはR上昇C1のみに依存して成立する。
【0066】
簡単に言えば産業プラント100aの通常運転中では、フリップフロップ221は、R上昇C1とS降下C2の2つの信号に応じて、R上昇C1がONするとR(x)選択C3は成立となり、S降下C2がONするとR(x)選択C3は不成立になり、「蒸気流量Wが零」は無視することができる。同じことの繰返しになるがフリップフロップ221はR上昇C1が一旦ONした後に、これがOFFしても、次にS降下C2がONするまではR(x)選択C3の成立を保持する。逆にS降下C2が一旦ONした後に、これがOFFしても、次にR上昇C1がONするまではR(x)選択C3の不成立を保持する。これにより調節弁106の開度を一定にして安定させる大きな役割を果たす。
【0067】
切替器222は、2つの入力ポートを保有しており、ポート1は切替器202が生成する202OUTを取り込み、ポート2は後述する切替器212が生成する212OUTを取り込む。切替器222はさらに、フリップフロップ221が生成するR(x)選択C3をSW3として取り込む。
【0068】
切替器222は、SW3のON/OFFの状態に応じて動作し、SW3がONのときはポート1を選択し、SW3がOFFのときはポート2を選択し、選択したポートの入力値を選択蒸気流量Pとして出力する。すなわちSW3(R(x)選択C3)がONしているときは、選択蒸気流量Pとして202OUTの値が選択される。SW3(R(x)選択C3)がOFFのときは、選択蒸気流量Pとして後述する212OUTの値が選択される。
【0069】
選択蒸気流量Pは分岐されてサンプリング遅延器223と関数発生器225と関数発生器226にそれぞれ入力される。
【0070】
関数発生器225は、関数R(x)を内蔵している。関数発生器225は、切替器222から選択蒸気流量Pを取得し、選択蒸気流量Pを入力xとして、関数R(x)により出力yを算出する。本実施形態の関数R(x)は、y=mx+nの直線で表せる一次関数である。入力xは選択蒸気流量Pなので(x=P)、出力yはm×P+nとなる(y=m×P+n)。関数発生器225は、値「m×P+n」をR(P)として出力する。R(P)は第1値の例である。また、関数発生器225は第1関数発生器の例であり、R(x)は第1関数の例である。関数発生器225は、PをR(P)に変換する。
【0071】
切替器224は、2つの入力ポートを保有しており、ポート1は関数発生器225が生成するR(P)を取り込み、ポート2は後述する関数発生器226が生成するS(P)を取り込む。切替器224はさらに、フリップフロップ221が出力するR(x)選択C3をSW3として取り込む。
【0072】
切替器224は、SW3のON/OFFの状態に応じて動作し、SW3がONのときはポート1を選択し、SW3がOFFのときはポート2を選択し、選択したポートの入力値を開度指令値MVとして出力する。調節弁106はこの開度指令値MVに従い開弁する。
【0073】
この結果、目論見どおりR(x)選択C3(すなわちSW3)が成立しているときは、調節弁106はR(P)すなわち関数R(x)に従って開弁操作または開度を一定に保持する制御が実現する。その詳細は後ほど「作用と効果」で解説する。
【0074】
(2b)関数S(x)
図3のS(x)は、プロトタイプである
図2に示したS(x)と基本的には同じ性質のものでであり、プロセス入力である蒸気流量Wが降下する局面で調節弁106の開度を減少するときに使用される。S(x)は、R(x)と平行であり、R(x)を8%(デッドバンド分)だけ左方に移動した直線である。以下、これに係る制御回路を説明する。
【0075】
比較器211は、ディファレンシャルを有する比較器であり、ON側の設定値として-8%が、OFF側の設定値として0%が内部に設定されている。比較器211は、第2比較器の例である。比較器211の設定値は、第2設定値の例である。比較器211は、偏差Uと設定値とを比較して、偏差Uと設定値との比較結果を出力する。
【0076】
比較器211は、減算器200より偏差Uを取得して-8%と比較し、その結果、「偏差U≦-8%」が成立するときは無条件で、その出力であるS降下C2をONにする。また、比較器211は、偏差Uを0%と比較し、その結果、「偏差U≧0%」が成立するときは無条件で、その出力であるS降下C2をOFFにする。但し、比較器211は、S降下C2が一旦ONになった後、偏差Uが-8%より大きくなっても「-8%<偏差U<0%」の範囲にあることを判断した場合は、その出力であるS降下C2をONの状態のまま保持する。これがディファレンシャルを有するタイプの比較器の特徴であり、本実施形態の回路構成を、後述する第1変形例の回路構成に比べ簡素化できる理由である。順次説明していくが、S降下C2がONすると、関数S(x)に従って開度指令値MVは降下し、調節弁106は閉弁操作されるように作用する。なお、S降下C2の信号名称は「関数S(x)による開度指令値MVの降下」を略したものである。順次説明していくが、S降下C2がOFFすると、開度指令値MVは一定の値となり、調節弁106の開度は一定開弁に保持されるように作用する。
【0077】
以下、回路の作用を整理する。本実施形態では、8%を超える大きな蒸気流量Wの降下は、本当の蒸気流量Wの変化として取り扱い(すなわちS降下C2をONにして関数S(x)に従って、調節弁106は閉弁する)、8%未満の小さな蒸気流量Wの降下は、観測ノイズとして取り扱う(すなわちS降下C2をOFFにして、調節弁106の開度は一定開弁に保持し、ノイズの影響を排除する)ことが原則である。しかし、8%を超える大きな降下にひき続き‘連続’して現われる‘小さな’ 降下は、観測ノイズではなく本当の蒸気流量Wの変化に含めるという特則を設ける。この特則は“S降下C2が一旦ONになった後、偏差Uが「-8%<偏差U<0%」の範囲にあることを判断すると、S降下C2をONの状態に保持する”ことで実現される。しかし降下が途切れる、すなわち「偏差U≧0%」が成立すると、この特則は解除され、S降下C2はOFFになる。
【0078】
S降下C2は、次の切替器212に接続されるが、それ以外にも分岐されてフリップフロップ221にも使用される。分岐されるS降下C2の信号は、B2のクロスレファレンス記号を付して示される。
【0079】
切替器212は、2つの入力ポートを保有しており、ポート1は蒸気流量Wを取り込み、ポート2はサンプリング遅延器223が生成するラグ選択流量Qを取り込む。切替器212はさらに、比較器211が出力するS降下C2をSW2として取り込む。
【0080】
切替器212は、SW2のON/OFFの状態に応じて動作し、SW2がONのときはポート1を選択し、SW2がOFFのときはポート2を選択し、選択したポートの入力値を212OUTとして出力する。SW2(S降下C2)がONしているときは、蒸気流量Wに8%を超える本当の減少が起こったときなので、212OUTの値として蒸気流量Wを選択して、それは212OUTの値を小さい値に更新することであり、調節弁106を閉弁操作するように作用する。SW2(S降下C2)がOFFしているときは、8%未満の小さな蒸気流量Wの減少なので、212OUTの値としてラグ選択流量Qが選択され、すなわち1周期前の選択蒸気流量Pが、次の周期でも保持されてここにデッドバンド(不感帯)が形成される。
【0081】
本実施形態は8%を超える大きな蒸気流量Wの減少を、本当の蒸気流量Wの変化として取り扱い、8%未満の小さな蒸気流量Wの減少は、観測ノイズとして取り扱うことを特徴とするが、この基本的な判定と動作を上記の要領で比較器211と切替器212が担当している。
【0082】
繰返しになるが、フリップフロップ221は、S(セット)とR(リセット)の2つの入力ポートを有している。Sの入力ポートには、OR回路220からの出力Kが入力される。Rの入力ポートには、比較器212からB2のクロスレファレンス記号を付したS降下C2が入力される。
【0083】
出力KがONしたとき、フリップフロップ221は、R(x)選択C3をSW3としてONにして出力する。SW3は、その後に出力KがOFFになった後も、ONの状態を保持する。
【0084】
その後にS降下C2がONしたとき、フリップフロップ221は、R(x)選択C3を不成立にしてSW3をOFFにして出力する。SW3は、その後にS降下C2がOFFになった後も、OFFの状態を保持する。
【0085】
R(x)選択C3が不成立(OFF)の状態とは、調節弁106の開度指令値MVが関数S(x)に従って与えられる状態である。
【0086】
繰返しになるが、切替器222は、2つの入力ポートを保有しており、ポート1は切替器202が生成する202OUTを取り込み、ポート2は切替器212が生成する212OUTを取り込む。切替器222はさらに、フリップフロップ221が生成するR(x)選択C3をSW3として取り込む。
【0087】
切替器222は、SW3のON/OFFの状態に応じて動作し、SW3がONのときはポート1を選択し、SW3がOFFのときはポート2を選択し、選択したポートの入力値を選択蒸気流量Pとして出力する。
【0088】
関数発生器226は、関数S(x)を内蔵している。関数発生器226は、切替器222から選択蒸気流量Pを取得し、選択蒸気流量Pを入力xとして、関数S(x)により出力yを算出する。上述のように、S(x)はR(x)を8%(デッドバンド分)だけ左方に平行移動した直線であり、関数S(x)はR(x)に平行な直線である。従って、本実施形態の関数S(x)は、y=mx+n+8mの直線で表される一次関数となる。この式の算出方法は後述する。関数S(x)の入力xは選択蒸気流量Pなので(x=P)、関数S(x)の出力yはm×P+n+8mとなる(y=m×P+n+8m)。関数発生器226は、値「m×P+n+8m」をS(P)として出力する。S(P)は第2値の例である。また、関数発生器226は第2関数発生器の例であり、S(x)は第2関数の例である。関数発生器226は、PをS(P)に変換する。
【0089】
なお、S(x)は、以下のように算出される。まず、関数R(x)をy=mx+nと表し、関数S(x)をy=ax+bと表す。関数S(x)は関数R(x)を8%左方に平行移動した直線であるから、R(x)=S(x-8)の関係が任意のxで成立する。そのため、mx+n=a(x-8)+bという恒等式が成立する。任意のxにおいてこの恒等式が成立するためには、S(x)の係数は「a=m」「b=n+8m」のように与えられる。
【0090】
繰返しになるが、切替器224は、2つの入力ポートを保有しており、ポート1は関数発生器225が生成するR(P)を取り込み、ポート2は関数発生器226が生成するS(P)を取り込む。切替器224はさらに、フリップフロップ221が出力するR(x)選択C3をSW3として取り込む。
【0091】
切替器224は、SW3のON/OFFの状態に応じて動作し、SW3がONのときはポート1を選択し、SW3がOFFのときはポート2を選択し、選択したポートの入力値を開度指令値MVとして出力する。調節弁106はこの開度指令値MVに従い開弁する。
【0092】
この結果、目論見どおりR(x)選択C3(すなわちSW3)が不成立(OFF)しているときは、調節弁106はS(P)すなわち関数S(x)に従って閉弁操作または開度を一定に保持する制御が実現する。その詳細は後ほど「作用と効果」で解説する。
【0093】
(3)第1実施形態のプラント制御装置101aの作用と効果
図3の制御回路の作用と効果を以下に説明する。この説明の手法・アプローチとして、同制御回路に「時刻A、時刻B、時刻C・・・時刻T」に渡り、蒸気流量Wを具体的な数値として与え、それに対する開度指令値MVの応答を数値として確認する。なおプラント制御装置101a使用されるDCS(Distributed Control System)は、1秒の演算周期でプログラム演算が実行される事例とする。従って時刻Aより1秒が経過した時点が時刻Bであり、以後の時刻C、時刻Dも全て前時刻より1秒が経過した時点の周期である。
【0094】
また
図3は、R(x)はy=mx+n、S(x)はy=mx+n+8mとして一般化した関数を用いた制御回路が提示されている。しかし後述する
図6のトレンドグラフは、作用と効果を可視化し、それらを平易に読み取ることを意図しており、この目的のためには、蒸気流量Wと開度指令値MVは、同グラフのy軸上で同じスケールで比較できることが望ましい。そこで以下記述の作用と効果の説明に際しては、
図3の関数の係数m=1、係数n=0に特定し、関数発生器225に内蔵するR(x)はy=xとし、関数発生器226に内蔵するS(x)はy=x+8とする。これより選択蒸気流量PとR(P)の関係は、R(P)=Pとなり、選択蒸気流量PとS(P)の関係はS(P)=P+8となる。
【0095】
図5~
図7は、上述の作用と効果を整理し纏めた表およびグラフである。
【0096】
(3a)
図5の表
図5の表は、「時刻A、時刻B、時刻C・・・時刻T」における蒸気流量Wと調節弁106の開度MVの数値を一覧に纏めたものである。表中の項目として、蒸気流量Wと開度MVの他に、選択蒸気流量P、R(P)、S(P)の3項目も併せて一覧にする。同表中のWとMVとPとR(P)とS(P)は、全て正規化されて0-100%のレンジと単位を有する。表中の%の表示は省略する。
【0097】
(3b)
図6のグラフ
図6のグラフは「時刻A、時刻B、時刻C・・・時刻T」をx軸に、
図5の表中の蒸気流量Wと開度MVをy軸にしてトレンドグラフ化したものである。なお蒸気流量Wは実線で、開度MVは破線で表されている。なおWとMVは同一のスケールで表されているのは先述のとおりである。
【0098】
(3c)
図7のグラフ
図7は、作用と効果を表した別のグラフである。本グラフのプロトタイプ(原型)は前出の
図2のグラフである。
図7のグラフは x軸を蒸気流量Wとし、y軸を調節弁106の開度MVとする。そして
図7のグラフは、
図5の表中に示されるWとMVを座標(W、MV)としてドットで記入し、「時刻A、時刻B、時刻C・・・時刻T」に沿った推移を表すために、それら座標間を直線(ベクトル線)で接続したものである。このグラフ中には、R(x)とS(x)の2本の直線が示され、先に述べたとおり関数R(x)はy=xの直線であり、関数S(x)はy=x+8の直線である。
【0099】
以下、時刻A~時刻Tの時間に沿って
図3の制御回路の作用・効果を説明する。なお、
図5~
図7も併せて参照すれば、容易な理解の一助となる。
【0100】
時刻Aは産業プラント100aの運転が開始される直前であり、蒸気流量Wは零(0)の状態にあり、PとR(P)とMVも全て零(0)である。従って調節弁106も全閉している。蒸気流量Wは零なので、出力Kは成立しており、フリップフロップ221はR(x)選択C3をONにしている。R(x)選択C3はONなのでS(P)側は選択されない。
図5の表中ではこのように選択されないS(P)は表中に「*」を打ち込み、数値記入は省略する。
【0101】
時刻Bで蒸気流量Wは5%となる。減算器200は蒸気流量W(5%)からラグ選択流量Q(時刻Aでの選択蒸気流量P、つまり零)を減算して偏差Uを5%と算出する。比較例201は、偏差Uを8%と比較し、その結果、「偏差U≧8%」の関係を満たしていないので、その出力であるR上昇C1はOFFの状態に保持される。その結果、切替器202のSW1はOFFであり、切替器202はポート2のラグ選択流量Qを選択し、202OUTとして零を出力する。時刻Aにおいて成立したR(x)選択C3のONは時刻Bでも維持されている。その結果、切替器222のSW3はONであり、切替器222はポート1の202OUTを選択し、選択蒸気流量Pとして零を(0)出力する。関数発生器225の入力であるPと出力であるR(P)の関係は、R(P)=PであるからR(P)=0となる。切替器224のSW3はONであり、切替器224はポート1のR(P)を選択し、開度MVとして零を(0)出力する。
【0102】
すなわち蒸気流量Wは5%に上昇するが、この上昇は観測ノイズと看做されてMVは零のままであり(すなわちデッドバンドが形成され)調節弁106も全閉している。
【0103】
時刻Cで蒸気流量Wは9%となる。減算器200は蒸気流量W(9%)からラグ選択流量Q(時刻Bでの選択蒸気流量P、つまり零)を減算して偏差Uを9%と算出する。比較例201は、偏差Uを8%と比較し、その結果、「偏差U≧8%」の関係が成立するので、R上昇C1をONにして出力する。その結果、切替器202のSW1はONとなり、切替器202はポート1の蒸気流量Wを選択し、202OUTとして9%を出力する。切替器222のSW3はONであり、切替器222はポート1の202OUTを選択し、選択蒸気流量Pとして9%を出力する。すなわち選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(9%)により更新される。関数発生器225はR(P)として9%を出力する。切替器224のSW3はONであり、切替器224はポート1のR(P)を選択し、
図6で見るように開度MVは9%に上昇する。
【0104】
ここで指摘されるのは、時刻Aから時刻Bの1秒間(1周期)で蒸気流量Wは5%上昇し、時刻Bから時刻Cの1秒間で4%上昇し、合計2秒間で9%の上昇が実現されていることである。つまり「8%を超える大きな蒸気流量Wの変動」とは必ずしも1秒間(1周期)で発生することが要件ではなく、基準のラグ選択流量Qから8%以上の変動となったとき、本当の蒸気流量Wの変化と判定される。この場合のラグ選択流量Qを基準とする考え方は、後ほど時刻Hの説明で解説する。
【0105】
時刻Dで蒸気流量Wは11%となる。減算器200は蒸気流量W(11%)からラグ選択流量Q(時刻Bでの選択蒸気流量P、つまり9%)を減算して偏差Uを2%と算出する。時刻CでR上昇C1がONにしたので、比較例201は、偏差Uが「8%>偏差U>0%」の範囲にあることを判断して、その出力であるR上昇C1を引き続きONにして出力する。これがディファレンシャルを有する比較例201の特徴である。切替器202のSW1はONとなり、切替器202はポート1の蒸気流量Wを選択し、202OUTとして11%を出力する。選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(11%)により更新され、その結果、R(P)と開度 MVは11%になる。
【0106】
すなわち蒸気流量Wは時刻Cから時刻Dの間に2%の上昇分しかないので、8%未満の上昇であり原則的には観測ノイズの範疇にある。しかしこれは前周期Cでの8%を超える大きな上昇にひき続き‘連続’して現われた上昇なので、先述した特則により本当の蒸気流量Wの変化に含めて、開度MVは11%に上昇する。すなわちデッドバンドは時刻Dでは形成されない。
【0107】
時刻Eで蒸気流量Wは39%となる。減算器200は蒸気流量W(39%)からラグ選択流量Q(11%)を減算して偏差Uを28%と算出する。比較例201は、偏差Uを8%と比較し、その結果、「偏差U≧8%」の関係が成立するので、R上昇C1をONにして出力する。選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(39%)により更新され、その結果、開度MVは39%に上昇する。
【0108】
時刻Fで蒸気流量Wは35%となる。ここで蒸気流量Wは降下に転じるが、降下幅は8%未満であり、S(x)側に移行するまでには至らない。減算器200は蒸気流量W(35%)からラグ選択流量Q(39%)を減算して偏差Uを-4%と算出する。R上昇C1がON状態ではあるが、比較例201は、偏差Uは「8%>偏差U>0%」の範囲を満たさないので、その出力であるR上昇C1をOFFにして出力する。ここで前記の特則は解消されている。その結果、切替器202のSW1はOFFとなり、切替器202はポート2のラグ選択流量Qを選択し、202OUTとして39%を出力する。
【0109】
R上昇C1はOFFになっても、フリップフロップ221はR(x)選択C3を維持しており、切替器222のSW3はONであり、切替器222はポート1の202OUTを選択し、選択蒸気流量Pとして39%を出力する。つまり選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(35%)で更新されず、前周期である時刻Eの39%が保持される。関数発生器225はR(P)として39%を出力する。切替器224のSW3はONであり、切替器224はポート1のR(P)を選択し、開度MVとして39%を出力する。
【0110】
すなわち
図6で見ると、時刻Fで蒸気流量Wは5%の降下となるが、これは8%未満の変動なので観測ノイズとして取り扱われ、ここにデッドバンドが形成されて、調節弁10 6は1秒前の時刻Eでの39%が保持され、制御の安定化が図られる。
【0111】
時刻Gで蒸気流量Wは41%となる。ここで蒸気流量Wは増加に転じる。減算器200は蒸気流量W(41%)からラグ選択流量Q(39%)を減算して偏差Uを2%と算出する。比較例201は、偏差Uを8%と比較し、その結果、「偏差U≧8%」の関係を満たしていないので、その出力であるR上昇C1はOFFの状態に保持される。その結果、切替器202のSW1はOFFとなり、切替器202はポート2のラグ選択流量Qを選択し、202OUTとして39%を出力する。R上昇C1はOFFになっても、フリップフロップ221はR(x)選択C3を維持している。その結果、1秒前の時刻Fと同じく選択蒸気流量PとR(P)と開度MVは39%を保持する。
【0112】
すなわち
図6で見ると、蒸気流量Wは時刻Fから時刻Gの間に6%の上昇となるが、これは8%未満の変動(増加)なので観測ノイズとして取り扱われ、ここにデッドバンドが形成されて、調節弁106は1秒前の時刻Fでの39%が保持され、制御の安定化が図られる。
【0113】
時刻Hで蒸気流量Wは48%となる。減算器200は蒸気流量W(48%)からラグ選択流量Q(39%)を減算して偏差Uを9%と算出する。比較例201は、偏差Uを8%と比較し、その結果、「偏差U≧8%」の関係が成立するので、R上昇C1をONにして出力する。その結果、切替器202のSW1はONとなり、切替器202はポート1の蒸気流量Wを選択し、202OUTとして48%を出力する。切替器222のSW3はONであり、切替器222は選択蒸気量Pとして48%を出力する。すなわち選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(48%)により更新され、開度MVは48%に上昇する。その結果、
図6で見るように開度MVは39%から48%に上昇する。
【0114】
ここでの着目は時刻Gから時刻Hの1秒間に蒸気流量Wは7%の上昇分しかない、つまり8%未満の上昇であるにも係わらず、時刻Hでは本当の蒸気流量Wの変動があったと判断定されることである。先にも「8%を超える蒸気流量Wの変動」とは必ずしも1秒間(1周期)で発生することが要件ではないと記述した。さて「8%未満の上昇」や「8%を超える変動」など、変動(量)を取扱う場合、何に対する変動なのか?何を基準値にして変動(量)を算出するかがポイントとなる。以下、それに係る事柄を深耕する。
【0115】
本実施形態では「本当の蒸気流量Wの変動の発生」とは、比較例201がR上昇C1をONにすることで判断する。これは偏差U≧8%の条件、すなわち蒸気流量Wがラグ選択流量Qに対し、8%以上の上昇を示すときである。ラグ選択流量Qとは、1秒前(=1周期前)の選択蒸気流量Pのことだから、選択蒸気流量Pが基準値になっている。なぜこれを基準値にするのかと言えば、選択蒸気流量Pが過去に観測された蒸気流量Wのなかから、選ばれて現在(正確には1秒前)の調節弁106の開度MVを決定している蒸気流量Wだからである。選択蒸気流量Pの名称はここに由来する。この時刻Hにおけるラグ選択流量Qすなわち時刻Gの選択蒸気流量Pは39%であり、さらに時刻を遡れば(
図5参照)、この39%は時刻Eのときに生成され、その後時刻Fから時刻Gを通じて調節弁106の開度を決定する選択蒸気流量Pとして継承されてきた数値である。すなわち時刻Eで観測された蒸気流量W(39%)が「過去に観測された蒸気流量Wのなかから、選ばれて現在の調節弁106の開度MVを決定している蒸気流量W」である。この文面中の“選ばれて”の意味は、後刻における時刻Fの蒸気流量W(35%)や時刻Gの蒸気流量W(41%)は、観測ノイズを含む信号としてデッドバンド内に埋没して“選ばれなかった”というニュアンスが込められている。
【0116】
繰返し煩言するが、「今現在の調節弁106の開度MVを決定している選択蒸気流量P」と「現在の蒸気流量W」との偏差(偏差U)が8%を超えたとき「8%を超える大きな蒸気流量Wの変動」が生じたと考えるのは、理に適った合理的な考え方である。何故なら「現在の調節弁106の開度を“決定していない”蒸気流量」と「現在の蒸気流量W」を比べ、偏差の大小を議論しても、制御の安定性等の視点からは意味が薄いからである。例えば時刻Gと時刻Hのケースで言うと、時刻Gの蒸気流量W(41%)は調節弁106の開度MVを決定する蒸気流量ではないので、この41%と時刻Hの蒸気流量W(48%)を比較して両者の偏差7%を云々しても意味が薄いのである。そうではなく、時刻Gの選択蒸気流量P(39%)と時刻Hの蒸気流量W(48%)の間に9%の偏差が生じたので、時刻Hでは本当の蒸気流量Wの変動があったと判定するのである。
【0117】
なおサンプリング遅延器223に関する整理と補足を以下に述べる。
【0118】
図3の制御回路はサンプリング遅延器223を設置しているので、「今の調節弁106の開度MVを決定している選択蒸気流量P」とは、厳密に言えば「1周期前の調節弁106の開度MVを決定している選択蒸気流量P」である。本実施形態は説明の便宜上、演算周期を1秒にしているが、実際の商用DCSの演算周期は通常は250ミリ秒程度であり、これは瞬きするほどの時間なので、この間に調節弁106の開度MVは殆ど変動しない(変動できない)。従って1周期前の開度MVとは、事実上、今現在の開度MVと看做して問題はない。
【0119】
さらに言えば、本実施形態は作用の説明に紛れが生じないように
図3の制御回路にはサンプリング遅延器223を備える事例とした。一方、実際のDCSは1周期内で制御回路の各演算要素を実行・処理するプログラム順序が規定され、ソフトウェアに組み込まれている。
図3の制御回路についても、先に蒸気流量Wの入力処理(取り込み)を行い、後に比較例201(や比較例211)による比較が実行されるようにプログラム順序を規定すれば、サンプリング遅延器223の設置は必要なくなる。この場合は1周期前の開度MVではなく、まさしく「今の調節弁106の開度MVを決定している選択蒸気流量P」となる。繰返しになるが、本実施形態はDCSのプログラム順序という煩瑣な説明を避けるため、敢えてサンプリング遅延器223を備える事例である。
【0120】
時刻Iで蒸気流量Wは45%となる。ここで蒸気流量Wは降下に転じるが、降下幅は8%未満であり、S(x)側に移行するまでには至らない。減算器200は蒸気流量W(45%)からラグ選択流量Q(48%)を減算して偏差Uを-3%と算出する。R上昇C1がON状態ではあるが、比較例201は、偏差Uは「8%>偏差U>0%」の範囲を満たさないので、その出力であるR上昇C1をOFFにして出力する。その結果、切替器202のSW1はOFFとなり、選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(45%)で更新されず、前周期である時刻Hの48%が保持され、開度MVも48%に保持される。すなわち
図6で見ると、時刻Iで蒸気流量Wは3%の降下となり、8%未満の観測ノイズとして取り扱われ、ここにデッドバンドが形成されて、調節弁106は1秒前の時刻Hでの48%が保持され、制御の安定化が図られる。
【0121】
時刻Jで蒸気流量Wは49%となる。ここで蒸気流量Wは再び増加に転じ、4%の上昇となる。減算器200は蒸気流量W(49%)からラグ選択流量Q(48%)を減算して偏差Uを1%と算出する。比較例201は、偏差Uを8%と比較し、その結果、「偏差U≧8%」の関係を満たしていないので、その出力であるR上昇C1はOFFの状態に保持される。選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(49%)で更新されず、前周期である時刻Iの48%が保持され、開度MVも48%に保持される。
【0122】
すなわち
図6で見ると、時刻Jでの49%の蒸気流量Wは、これまでに観測された蒸気流量Wのなかで最大値であるにも係わらず、基準値となるラグ選択流量Q(48%)に対して8%未満の上昇なので、観測ノイズと看做され、ここにデッドバンドが形成されて、調節弁106は1秒前の時刻Iでの48%が保持され、制御の安定化が図られる。
【0123】
時刻Kで蒸気流量Wは43%となる。ここで蒸気流量Wは降下に転じるが、降下幅は8%未満であり、S(x)側に移行するまでには至らない。減算器200は蒸気流量W(43%)からラグ選択流量Q(48%)を減算して偏差Uを-5%と算出する。比較例201は、偏差Uを8%と比較し、その結果、「偏差U≧8%」の関係を満たしていないので、その出力であるR上昇C1はOFFの状態に保持される。選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(43%)で更新されず、前周期である時刻Iの48%が保持され、開度MVも48%に保持される。
【0124】
すなわち
図6で見ると、時刻Kで蒸気流量Wは6%の降下となり、観測ノイズとして取り扱われ、ここにデッドバンドが形成されて、調節弁106は1秒前の時刻Jでの48%が保持され、制御の安定化が図られる。
【0125】
時刻Lで蒸気流量Wは35%となる。調節弁106の開度は時刻Lから降下の局面に入る(より正確には
図6に見るように前周期Kが終了した直後から降下局面に入り、それが実際に観測されるのが時刻Lである)。減算器200は蒸気流量W(35%)からラグ選択流量Q(48%)を減算して偏差Uを-13%と算出する。比較例211は、偏差Uを-8%と比較し、その結果、「偏差U≦-8%」の関係が成立するので、S降下C2をONにして出力する。S降下C2がONとなったので、切替器212のSW2はONとなり、切替器212はポート1の蒸気流量Wを選択し、212OUTとして35%を出力する。さらにS降下C2がONとなったので、フリップフロップ221はR(x)選択 C3をOFFにする。これより切替器222のSW3はOFFであり、切替器222はポート2の212OUTを選択し、選択蒸気流量Pとして35%を出力する。すなわち選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(35%)により更新される。先に述べたように関数発生器226に内蔵するS(x)はy=x+8である。よって関数発生器226はP(35%)を入力してS(P)として43%(35+8)を出力する。切替器224のSW3はOFFであり、切替器224はポート2のS(P)を選択し、開度MVとして43%を出力する。
【0126】
すなわち、これまで時刻Kまでの調節弁106はR(x)により制御されてきたが、時刻Lで「8%を超える大きな蒸気流量Wの変動(降下)」があったと判断されて、S降下C2がONする。この結果S(x)に従って開度MVを降下する制御に移行し、調節弁106は閉弁を開始し、開度は43%に低減する。
【0127】
このように本実施形態はR(x)からS(x)への移行を行うので、時刻Lで蒸気流量Wが35%に急減しても、開度MVの降下は43%に緩和され、調節弁106の閉弁操作も比較的緩和される。これを
図6上で確認すると、時刻Lより以後、開度MVは蒸気流量Wに対して8%高い値を保ちながら推移している。もし本実施形態に依らず、R(x)のみを使用して調節弁106の制御を行った場合、時刻Lで蒸気流量Wが35%に低下すると、開度MVはこれと等しい35%に急減し、調節弁106は48%(時刻K)から35%への急速な閉弁操作となる。この突変により、産業プラント100aの運転は不安定になる可能性がある。繰返しになるが、本実施形態ではS(x)を備える効果が発揮されて調節弁106は48%から43%への緩和された閉弁操作となる。
【0128】
なお時刻Lのように蒸気流量Wの降下があると、偏差Uの極性は必ずマイナスであり、「偏差U≦0」が成立するのでR上昇C1はOFFとなる。つまりS降下C2がONしているときは、必ずR上昇C1はOFFなので、関数R(x)が選択されることはない。
図5の表中では選択されないR(P)は表中に「*」を打ち込み、数値記入は省略する。
【0129】
時刻Mで蒸気流量Wは31%となる。減算器200は蒸気流量W(31%)からラグ選択流量Q(時刻Lでの選択蒸気流量P、つまり35%)を減算して偏差Uを-4%と算出する。先の時刻LでS降下C2がONにしたので、比較例211は、偏差Uが「-8%<偏差U<0%」の範囲にあることを判断して、その出力であるS降下C2を引き続きONにして出力する。切替器212のSW2はONとなり、切替器212はポート1の蒸気流量Wを選択し、212OUTとして31%を出力する。S降下C2がONなので、切替器222は選択蒸気流量Pとして31%を出力する。すなわち選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(31%)により更新される。
【0130】
関数発生器226は選択蒸気流量P(31%)を入力してS(P)として39%(31+8)を出力し、開度MVは39%が出力する。
【0131】
すなわち蒸気流量Wは時刻Lから時刻Mの間に4%の減少分しかないので、原則的には 8%未満の降下であり観測ノイズの範疇にある。しかしこれは前周期Lでの8%を超える大きな降下にひき続き‘連続’して現われた降下なので、先述した特則により本当の蒸気流量Wの変化に含めて、開度MVは39%に降下する。すなわちデッドバンドは時刻Mでは形成されない。
【0132】
時刻Nで蒸気流量Wは28%となる。時刻Mから時刻Nの間に3%の減少分しかないが、前周期の時刻Mからひき続き‘連続’して現われた降下なので、前周期の時刻MからS降下C2はONしており、先述の特則により選択蒸気流量Pは28%に降下し、開度MVは 36%(28+8)に降下する。デッドバンドは時刻Nでも形成されない。
【0133】
時刻Oで蒸気流量Wは30%となる。ここで蒸気流量Wは上昇に転じるが、上昇幅は8%未満であり、R(x)側に移行するまでには至らない。減算器200は蒸気流量W(30%)からラグ選択流量Q(28%)を減算して偏差Uを2%と算出する。S降下C2がON状態ではあるが、比較例211は、偏差Uは「-8%<偏差U<0%」の範囲を満たさないので、その出力であるS降下C2をOFFにして出力する。すなわち先述の特則はここで解消される。S降下C2がOFFなので、切替器222は選択蒸気流量Pとして28%を出力し、開度MVは36%が保持される。
【0134】
すなわち
図6で見ると、時刻Oで蒸気流量Wは2%の上昇となり、これより連続する降下は止まったので、特則の要件を満たさなくなり、変動(上昇)は観測ノイズとして取り扱われ、ここにデッドバンドが形成されて、開度MVは1秒前の時刻Nでの36%が保持され、制御の安定化が図られる。
【0135】
時刻Pで蒸気流量Wは35%となる。蒸気流量Wは5%だけ上昇する。時刻OでS降下C2はOFFとなっている。減算器200は蒸気流量W(35%)からラグ選択流量Q(28%)を減算して偏差Uを7%と算出する。比較例211は、偏差Uを-8%と比較し、その結果、「偏差U≦-8%」の関係を満たしていないので、その出力であるS降下C2はOFFの状態に保持される。S降下C2がOFFなので、切替器222は選択蒸気流量Pとして28%を出力し、開度MVは36%が保持される。
【0136】
すなわち
図6で見ると、時刻Pで蒸気流量Wは5%の上昇となり、この変動は観測ノイズとして取り扱われ、ここにデッドバンドが形成されて、開度MVは1秒前の時刻Oでの36%が保持され、制御の安定化が図られる。
【0137】
時刻Qで蒸気流量Wは32%となる。蒸気流量Wは3%だけ降下する。時刻PでS降下 C2はOFFとなっている。減算器200は蒸気流量W(32%)からラグ選択流量Q(28%)を減算して偏差Uを4%と算出する。比較例211は、偏差Uを-8%と比較し、その結果、「偏差U≦-8%」の関係を満たしていないので、その出力であるS降下C2はOFFの状態に保持される。S降下C2がOFFなので、切替器222は選択蒸気流量Pとして28%を出力し、開度MVは36%が保持される。すなわち
図6で見ると、時刻Qで蒸気流量Wは3%の降下となり、この変動は観測ノイズとして取り扱われ、ここにデッドバンドが形成されて、開度MVは1秒前の時刻Pでの36%が保持され、制御の安定化が図られる。
【0138】
時刻Rで蒸気流量Wは42%となる。調節弁106の開度は時刻Rから上昇の局面に入る(より正確には
図6に見るように前周期Qが終了した直後から上昇局面に入り、それが実際に観測されるのが時刻Rである)減算器200は蒸気流量W(42%)からラグ選択流量Q(28%)を減算して偏差Uを14%と算出する。比較例201は、偏差Uを8%と比較し、その結果、「偏差U≧8%」の関係を満たしているので、その出力であるR上昇C1をONにして出力する。R上昇C1がONとなったので、切替器202のSW1はONとなり、切替器202はポート1の蒸気流量Wを選択し、202OUTとして42%を出力する。さらにR上昇C1がONとなったので、フリップフロップ221はR(x)選択C3をONにする。これより切替器222のSW3はONであり、切替器222はポート1の202OUTを選択し、選択蒸気流量Pとして42%を出力する。すなわち選択蒸気流量Pは最新の蒸気流量W(42%)により更新される。関数発生器225は選択蒸気流量P(42%)を入力してR(P)として42%を出力する。切替器224のSW3はONであり、切替器224はポート1のR(P)を選択し、開度MVとして42%を出力する。
【0139】
すなわち、これまで時刻Qまでの調節弁106はS(x)により制御されてきたが、時刻Rで「8%を超える大きな蒸気流量Wの変動(上昇)」があったと判断されて、R上昇C1がONする。この結果R(x)に従ってMVを上昇する制御に移行し、
図6に見るように開度MVは42%に上昇する。もし本実施形態に依らず、R(x)側の制御に移行することなく、S(x)による制御を継続して調節弁106の制御を行った場合、時刻Rで蒸気流量Wが42%に上昇すると、開度MVは50%に急上昇し(50=42+8)、調節弁106は急速な開弁操作を伴う問題が生じ、産業プラント100aの運転は不安定になる可能性がある。しかしながら、本実施形態によれば、2本の平行な関数R(x)とS(x)を備えることで、大きな蒸気流量Wの上昇時にも、産業プラント100aの運転を安定化させることが出来る。
【0140】
なお時刻Rのように蒸気流量Wの大きな上昇があると、偏差Uの極性は必ずプラスであり、「偏差U≧0」が成立するのでS降下C2はOFFとなる。つまりR上昇C1がONしているときは、必ずS降下C2はOFFなので、関数S(x)が選択されることはない。
図5の表中では選択されないS(P)は表中に「*」を打ち込み、数値記入は省略する。
時刻Sで蒸気流量Wは46%となる。時刻Rから時刻Sの間に4%の上昇分しかないが、前周期の時刻Rからひき続き‘連続’して現われた上昇なので、前周期の時刻QからR上昇C1はONしており、先述した特則により選択蒸気流量Pは46%に上昇し、開度MVも46%に上昇する。すなわちデッドバンドは形成されない。
【0141】
時刻Tで蒸気流量Wは43%となる。蒸気流量Wは3%だけ降下する。減算器200は蒸気流量W(43%)からラグ選択流量Q(46%)を減算して偏差Uを-3%と算出する。R上昇C1がON状態ではあるが、比較例211は、偏差Uは「8%>偏差U>0%」の範囲を満たさないので、その出力であるR上昇C1をOFFにして出力する。すなわち先述の特則はここで解消される。R上昇C1がOFFなので、切替器222は選択蒸気流量Pとして46%を出力し、開度MVは46%が保持される。
【0142】
(4)第1実施形態の第1変形例のプラント制御装置101z
図14は、第1実施形態の第1変形例のプラント制御装置101zの構成を示す回路図であり、本変形例のプラント制御装置101zに内蔵されている制御回路の構成を示している。本変形例のプラント制御装置101zは、
図1の産業プラント100aを制御する。流量計FS-1が計測する蒸気流量Wは、プラント制御装置101zに入力され、異なる4つの使用先に向けて分岐されている。
【0143】
本変形例のプラント制御装置101zは、第1実施形態のプラント制御装置101aと同様の構成を有している。ただし、本変形例のプラント制御装置101zは、第1実施形態の減算器200および比較器201、211の代わりに、切替器300、310と、設定器301、302、311、312と、加算器303、313と、比較器304、314とを備えている。本変形例のプラント制御装置101zは、第1実施形態のプラント制御装置101aと同様の作用・効果を奏するが、後述するように、第1実施形態のプラント制御装置101aは、本変形例のプラント制御装置101zに比べて優れた点を有している。
【0144】
(4a)関数R(x)
切替器300は、2つの入力ポートを保有しており、ポート1は設定器301に設定された0%を取り込み、ポート2は設定器302に設定された8%を取り込む。切替器300はさらに、B1のクロスレファレンス記号が付された後述するR上昇C1をSW1’として取り込む。
【0145】
切替器300(Analog Switch:ASW)は、SW1’のON/OFFの状態に応じて動作し、具体的には、SW1’がONのときはポート1を選択し、SW1’がOFFのときはポート2を選択し、選択したポートの入力値を正デッドバンドCとして出力する。S降下C2のSW1’は、8%を超える大きな蒸気流量Wの変動が起こらない限り、OFFの状態なので、正デッドバンドCの値として通常は8%が選択される。一方、R上昇C1のSW1’がONの状態になると、正デッドバンドCの値として0%が選択される。
【0146】
加算器303は、切替器300からの正デッドバンドCと、サンプリング遅延器223から生成されるラグ選択流量Qを取り込み、これらを加算して高流量しきい値Uを出力する(U=Q+C)。
【0147】
比較器304は、そのポートAには蒸気流量Wを取得し、ポートBには加算器303が生成する高流量しきい値Uを取得し、その大小を比較する。その結果、「蒸気流量W>高流量しきい値U」が成立するときは、蒸気流量Wが8%を超えて大きく上昇したときなので、比較器304は、その出力であるR上昇C1をONにする。
【0148】
逆に比較器304は、「蒸気流量W≦高流量しきい値U」が成立するときはその出力であるR上昇C1をOFFにする。順次説明していくが、R上昇C1がONすると、関数R(x)に従って開度指令値MVは上昇し、調節弁106は開弁操作されるように作用する。R上昇C1は、次の切替器202に接続されるが、それ以外にも分岐されて切替器300およびOR回路220にも使用される。分岐されるR上昇C1の信号は、B1のクロスレファレンス記号を付して示される。
【0149】
上述のように、高流量しきい値Uは、U=Q+Cの関係を満たしている。よって、比較器304は、WとQ+Cとを比較している。別言すると、比較器304は、W-QがCよりも大きいか小さいかを検知している。
【0150】
切替器202の動作は、
図3を参照して説明した通りである。
【0151】
(4b)関数S(x)
切替器310は、2つの入力ポートを保有しており、ポート1は設定器311に設定された0%を取り込み、ポート2は設定器312に設定された8%を取り込む。切替器310はさらにB2のクロスレファレンス記号を付した後述するS降下C2をSW2’として取り込む。
【0152】
切替器310(Analog Switch:ASW)は、SW2’のON/OFFの状態に応じて動作し、具体的には、SW2’がONのときはポート1を選択し、SW2’がOFFのときはポート2を選択し、選択したポートの入力値を負デッドバンドFとして出力する。S降下C2のSW2’は、8%を超える大きな蒸気流量Wの減少が起こらない限り、OFFの状態なので、負デッドバンドFの値として通常は8%が選択される。一方、S降下C2のSW1がONの状態になると、負デッドバンドFの値として0%が選択される。
【0153】
減算器313は、切替器310からの負デッドバンドFと、サンプリング遅延器223から生成されるラグ選択流量Qを取り込み、ラグ選択流量Qから負デッドバンドFを減算して低流量しきい値Vを出力する(V=Q-F)。
【0154】
比較器314は、そのポートAには蒸気流量Wを取得し、ポートBには減算器313が生成する低流量しきい値Vを取得し、その大小を比較する。その結果、「蒸気流量W<低流量しきい値V」が成立するときは、蒸気流量Wが8%を超えて大きく減少したときなので、比較器314は、その出力であるS降下C2をONにする。
【0155】
逆に比較器314は、「蒸気流量W≧低流量しきい値V」が成立するときはその出力であるS降下C2をOFFにする。順次説明していくが、S降下C2がONすると、関数S(x)に従って開度指令値MVは降下し、調節弁106は閉弁操作されるように作用する。S降下C2は、次の切替器212に接続されるが、それ以外にも分岐されて切替器310およびフリップフロップ221にも使用される。分岐されるS降下C2の信号は、B2のクロスレファレンス記号を付して示される。
【0156】
上述のように、低流量しきい値Vは、V=Q-Fの関係を満たしている。よって、比較器314は、WとQ-Fとを比較している。別言すると、比較器314は、Q-WがFよりも大きいか小さいかを検知している。
【0157】
切替器212の動作は、
図3を参照して説明した通りである。
【0158】
(4c)第1実施形態と第1変形例との比較
第1実施形態の比較器201は、1つの変数(U)と、2つの定数(ON設定値=8%およびOFF設定値=0%)とを比較するタイプの比較器である。
図4が端的に示すように、ディファレンシャルは、偏差Uが8%以上でONとなり、偏差Uが0%以下でOFFになり、一旦ONになった後は偏差Uが0%以下になるまでON状態を自己保持できる機能を有する。これは、第1実施形態の比較器211についても同様である。
【0159】
一方、第1変形例の比較器304は、2つの変数(WとU)を比較するタイプの比較器である。よって、比較器304にディファレンシャルという概念を導入し、組み入れることは出来ない。これは、第3形態の比較器314についても同様である。
【0160】
第1実施形態によれば、ディファレンシャルの自己保持機能を利用することで、第1変形例に比べて簡素な回路構成を実現することが可能となる。以下、この詳細について説明する。
【0161】
ここでは、複雑・簡素という抽象的な概念を客観的に数値化することを試みる。具体的には、回路の規模・ボリュームの指標となる構成要素の数に着目して、第1実施形態と第1変形例とを比較する。
【0162】
第1実施形態のプラント制御装置101aは、
図3に示すように、減算器200と、比較器201、211と、切替器202、212、222、224と、OR回路220と、フリップフロップ221と、サンプリング遅延器223と、関数発生器225、226とを備えている。切替器202や関数発生器226は、実際のDCSのソフトウェアでは「マクロ命令」、あるいは単に「マクロ」とも呼ばれる機能単位の構成要素である。
図3には、12個のマクロが設けられている。
【0163】
第1変形例のプラント制御装置101zは、
図14に示すように、切替器202、212、222、224、300、310と、設定器301、302、311、312と、加算器303、313と、比較器304、314と、OR回路220と、フリップフロップ221と、サンプリング遅延器223と、関数発生器225、226とを備えている。
図14には、19個のマクロが設けられている。
【0164】
第1変形例の回路構成を第1実施形態の回路構成に置き換えると、マクロの数が19個から12個に減り、回路構成が簡素化されることが判る。このように
図3が簡素化される主な理由は、比較器201、211に、ディファレンシャルが設定できるタイプの比較器を選定したことである。これに対し、
図14の比較器304、314は、ディファレンシャルが設定できないタイプの比較器を使用している。8%を超える大きな変動にひき続き‘連続’して現われる‘小さな’変動は、観測ノイズではなく本当の蒸気流量Wの変化に含めるという上記特則を実現するために、第1変形例のプラント制御装置101zは、切替器300、310や設定器301、302、311、312を備える必要がある。一方、第1実施形態の比較器201、211は、ディファレンシャルが持つ便利な特性(一旦ONすると自己保持される)を生かして、上記特則の機能をうまく簡略に実現することができる。これにより、回路構成の簡素化を達成することが可能となる。
【0165】
回路の簡素化は、むろん設計、プログラミング、試験等を含むエンジニアリング作業全般の負担軽減に寄与する。しかし、ここで最も強調したいことは、回路の簡素化は、本実施形態の技術の実施・普及を促進するのに貢献するという事実である。なぜなら制御回路を立案または設計する制御系技術者は、自分がその作用を理解していない制御回路をDCSのソフトウェアとして搭載することは、行わないのが通常だからである。その理由は、自分が理解・把握していない作用が、産業プラントの運転に予期しない悪影響を与えることを危惧し、その採用を拒絶または逡巡するからである。更に言えば、理解の程度が不充分であっても、運転不調時の対策立案、試運転時のチューニング調整、あるいは将来の保守・メンテナンス作業等に支障を来す。従っていかに優れた制御回路であっても、当該回路が複雑で、その理解が難しいとその実施は萎縮し普及は進まない。
【0166】
このような観点からも回路の簡素化は、技術革新を通じて産業を振興させるという目的にも叶う。制御回路は、豊富な経験を有するベテランの制御系技術者にとって充分に理解可能なだけでなく、新人・若手クラスの技術者にとっても充分に理解可能であることが、その普及の上で鍵となる。制御回路の普及には、これを理解し把握し自在に使いこなせる技術者の数が鍵を握っている。第1変形例の回路構成を第1実施形態の回路構成に置き換えると、マクロの数が19個から12個に減ることや、ディファレンシャル型の比較器201、211の採用により回路構成の理解がやさしくなることで、本実施形態の技術の実施・普及に向けての障害は解消または大きく緩和される。
【0167】
以上のように、本実施形態によれば、制御量が変動する場合でも制御対象の機器を好適に制御することが可能となり、例えば、制御対象の機器を簡易な回路構成で制御することが可能となる。
【0168】
なお誤解のないように以下補足する。回路の難解さが実施を阻むと述べたが、これは経済活動を支えるインフラに該当する一般の産業プラントによく当てはまる傾向であって、それとは一線を画す宇宙・航空産業や医療・バイオ領域に代表されるハイテクノロジーの分野はこの限りではない。このようなハイテクノロジー分野の制御回路は、高度な数学理論に裏打ちされて、精緻な制御性を追い求めるのが一つの特徴である。それらは一般に難解であるが、先に述べたような回路の普及の障害となることはない。
【0169】
(第2実施形態)
図8は、第2実施形態の調節弁106の動作を説明するためのグラフである。
【0170】
本実施形態の産業プラント100aおよびプラント制御装置101aは、第1実施形態の産業プラント100aおよびプラント制御装置101aと同様に、
図1や
図3に示す構成を有している。ただし、本実施形態の関数R(x)と関数S(x)の形状は、
図2や
図7に示す形状から、
図8に示す形状に置き換えられている。以下、本実施形態のプラント制御装置101aの動作を、
図8を参照して説明するが、以下の説明中で使用する符号については、
図1や
図3を参照されたい。
【0171】
本実施形態の関数R(x)と関数S(x)の各々は、
図8のグラフのように、1本の曲線を表している。関数R(x)は、y=mx
2+nの多項式による曲線(以下、曲線Rと呼ぶ)であり、関数S(x)は、y=mx
2+16mx+n+64mの多項式による曲線(以下、曲線Sと呼ぶ)である。
図8に示すように、曲線Rと曲線Sは、二次曲線となっている。曲線Sは、曲線Rを8%(デッドバンド分)だけ左方に平行移動した曲線であり、曲線Rと曲線Sは平行である。
【0172】
曲線Sは、以下のように算出される。まず、曲線Rをy=mx2+nと表し、曲線Sをy=ax2+bx+cと表す。曲線Sは曲線Rを8%左方に平行移動した曲線であるから、R(x)=S(x-8)の関係が任意のxで成立する。そのため、mx2+n=a(x-8)2+b(x-8)+cの恒等式が成立する。任意のxにおいてこの恒等式が成立するためには、曲線Sの係数は「a=m」「b=16m」「c=n+64m」のように与えられる。
【0173】
図8の関数R(x)と関数S(x)を搭載するプラント制御装置101aの詳細な説明は省略するが、本実施形態のプラント制御装置101aは第1実施形態のプラント制御装置101aと同様の作用・効果を発揮することが理解されよう。
【0174】
このように、
図3に示す制御回路は、関数R(x)や関数S(x)が直線でも曲線でもよいという汎用性を有している。すなわち、関数R(x)や関数S(x)が直線であるか曲線であるかに係わらず、関数発生器225のR(x)と関数発生器226のS(x)を8%ずらして平行に設定すれば、
図3に示す制御回路は正しく作動できる。この理由を簡単に言うと、関数R(x)と関数S(x)は、R(x)はデッドバンドの8%と同じだけの平行間隔としたことに集約される。もしR(x)とS(x)が平行でなければ、あるいは平行であってもその平行間隔がデッドバンドと同じ8%でなければ、
図3は正しく作動できない。
【0175】
関数R(x)と関数S(x)は、線形でも非線形でもよいし、多項式や超越関数等の数式による関数であってもなくてもよい。実際、後述する第3実施形態では、多項式や超越関数等の数式では全体を表現できないR(x)とS(x)の例を示す。本実施形態(およびその他の実施形態)の関数R(x)と関数S(x)は、関数R(x)がxに対してyの値が一意に決まる任意の曲線であり、かつ、関数S(x)がそれに左方向に平行な曲線であればよい。ここに言う「左方向に平行」とは、任意のxでR(x)とS(x)が次の等式を満たす関係である。
【0176】
S(x-8)=R(x)
但し、これはデッドバンドを8%に設定する場合である。もしデッドバンドの大きさを8%からδ%変更したいときには、R(x)とS(x)の関係をS(x-δ)=R(x)に変更すればよい。例えば、デッドバンドの大きさを10%に設定した場合には、上記のδを10とすればよい。その場合、比較器201のオン側の設定値を10%に変更する必要があり、比較器211のオン側の設定値を-10%に変更する必要がある。
【0177】
なお、第1実施形態のR(x)とS(x)は直線であるが、数学的な曲線とは‘直線’も抱合する概念なので、第1実施形態も上記の「任意の曲線」の範疇である。
【0178】
(第3実施形態)
図9は、第3実施形態の調節弁106の動作を説明するためのグラフである。
【0179】
本実施形態の産業プラント100aおよびプラント制御装置101aは、第1実施形態の産業プラント100aおよびプラント制御装置101aと同様に、
図1や
図3に示す構成を有している。ただし、本実施形態の関数R(x)と関数S(x)の形状は、
図2や
図6に示す形状から、
図9に示す形状に置き換えられている。以下、本実施形態のプラント制御装置101aの動作を、
図9を参照して説明するが、以下の説明中で使用する符号については、
図1や
図3を参照されたい。
【0180】
本実施形態の関数R(x)と関数S(x)の各々は、
図9に示すように、互いに接続された複数本の直線を表している。本実施形態の関数R(x)は、5つの座標(X
1、Y
1)、(X
2、Y
2)、(X
3、Y
3)、(X
4、Y
4)、および(X
5、Y
5)をプロットして、これらの座標を直線で連続的に接続したものである。一方、本実施形態の関数S(x)は、5つの座標(X
1-8、Y
1)、(X
2-8、Y
2)、(X
3-8、Y
3)、(X
4-8、Y
4)、および(X
5-8、Y
5)をプロットして、これらの座標を直線で連続的に接続したものである。よって、関数S(x)は、関数R(x)を8%(デッドバンド分)だけ左方に平行移動した関数であり、関数R(x)と関数S(x)は平行である。この場合、本実施形態のプラント制御装置101aの制御回路が正しく作動できることは、第2実施形態で述べたのと同様である。
【0181】
以下は関数発生器を有し、その内部に関数を設定する、既存の他のソフトウェア制御を通じての経験と知見とから、本実施形態を考察した記述である。プラント制御装置101aのソフトウェアプログラム作業において、例えば、R(x)やS(x)が第2実施形態のような二次曲線で、多項式の数式によるプログラム演算が可能であったとしても、実装されるプログラムは、R(x)やS(x)を複数の直線の組合せで近似し、近似されたR(x)やS(x)を関数発生器225、226内に設定することが多い。これらの近似されたR(x)やS(x)が、本実施形態のR(x)やS(x)である。本実施形態のR(x)やS(x)は、座標(X1、Y1)~(X5、Y5)や座標(X1-8、Y1)~(X5-8、Y5)を指定することで、関数発生器225、226内に設定することが可能である。このような設定方法は、R(x)やS(x)が第1実施形態のような単純な直線である場合にも、あるいは高度な超越関数であっても採用可能である。本実施形態による関数設定が好まれる代表的な理由として、ソフトウェア改修時の容易さが挙げられる。すなわち産業プラント100aの現地試運転時においては、実機の運転状況に合わせて調整・チューニングを施こし、関数の設定(値)を最適化するのが一般的である。このとき本実施形態はプロットの座標を修正・変更すればよいだけなので、ソフトウェアの改修作業が比較的簡単に済む。これに対し数式によるプログラム演算でR(x)やS(x)を与えてしまうと、最適化のために部分的に数式を変更したい場合等は改修作業が難しくなる。
【0182】
なお、単純な形状のR(x)やS(x)を近似する場合、関数発生器225、226内
に設定するこのような座標の個数は、一般に少なくて済む。一方、複雑な形状のR(x)
やS(x)を近似する場合、関数発生器225、226内に設定するこのような座標の個
数は、多くすることが望ましい。一般に、近似に使用する座標の個数が多くなるほど、近
似の精度を高めることができる。すなわち第3実施形態を使用すれば、平行する任意のR(x)とS(x)をプログラム実装することが可能である。
【0183】
(第4実施形態)
第1~第3実施形態はプロセス値と調節弁の開度以外の制御量に適用することも可能であり、第4実施形態はその事例である。
【0184】
第1~第3実施形態では、プロセス値である蒸気流量Wと調節弁106の開度MVを取扱う事例とした。この理由は頻繁な変動を繰返す観測ノイズはプロセス値に現われるからである。またノイズの影響で調節弁106の開度が動揺すると、調節弁の劣化のみならず産業プラント運転の安定性を損ない、問題は深刻である。事実、デッドバンドを形成してノイズの影響を排除し、調節弁の開度を安定化させる洗練され且つ実用的な制御方法は、一部の制御系エンジニアの間で久しく待望されてきた経緯を有する。第1~第3実施形態はこれらに応えたものある。
【0185】
しかし頻繁な変動を繰返すのは何も観測ノイズだけではなく、例えば2つの調節弁間での制御干渉等に起因するハンチング等も、信号が頻繁な変動を繰返す現象として知られている。またデッドバンドを形成して安定化を図りたい対象(信号)は調節弁の開度だけに限らない。
【0186】
これらの広いニーズに応えるため、第4実施形態はプロセス値と調節弁の開度以外の制御量を取り扱う。ここに言う制御量とは、いわゆるプロセス値(PV値)や、操作量(MV値)や、設定値(SV値)を含む、制御回路内で演算・算出・生成される種々の制御変数、制御パラメーター、状態量などを含む。
【0187】
産業プラント100aの制御装置に内蔵される第4実施形態の制御回路(図示しない)の内部では、ある制御量Yが別の制御量Zにリンク(接続)されており、制御量Zは制御量Yに基づき算出されている。そして制御量Yはハンチング現象により頻繁な変動を繰返しており、制御量Yとリンクされている制御量Zも連鎖的に変動している状況にある。そして制御量Zの変動が、更に制御量Yの変動を助長する負の連鎖に陥っている。このような状況下において、
図3の制御回路を利用し、またはこれを応用してデッドバンドを形成し、問題の連鎖を断ち切ることが可能である。第4実施形態の制御回路は、
図3の蒸気流量Wを制御量Yと読替え、開度指令値MVを制御量Y’と読替える。そのときの関数発生器225に内蔵するR(x)はy=xとし、関数発生器226に内蔵するS(x)はy=x+8とすればよい。制御量Y’はデッドバンドにより安定化される。具体的な制御量Yの変動に対する制御量Y’の応答は、
図6のグラフにおいて、y軸のWを制御量Y、同じくy軸のMVを制御量Y’と読替えれば、その一例を確認することができる。
【0188】
そして制御量Y’を(制御量Yの替わりに)制御量Zにリンクするように回路内部を変更すれば、制御量Zも安定化させることができる。このように、本実施形態によれば、制御量Yを制御量Y’に修正することができる。制御量Yは第1制御量の例であり、制御量Y’は第2制御量の例である。また、制御量Y’を制御量Zにリンクさせる回路は、出力部の例である。
【0189】
(第5実施形態)
幾つかの産業プラントは、その運用形態において、後述する「変動期」と「安定期」とを交互に繰り返して運転される。それらに第1実施形態を適用すると、経済性の観点で問題が生じる場合がある。第5実施形態の課題はこの是正を図ることにある。
【0190】
(1a)経済性の不利益
第1実施形態では、蒸気流量Wに含まれる微小な変動(観測ノイズ)を不感帯化するデッドバンド(8%)を設け、調節弁106の制御を安定化する。これを実現するために制御回路(
図3)の構成には、基本となる関数R(x)に加え、それにデッドバンド分(8%)だけの距離をおいて平行である関数S(x)が用いられる。そして調節弁106の開度MVの制御は、この2本の平行関数R(x)とS(x)の間を切り替える、つまり、
図3の回路上では「R(x)選択C3」のON/OFFを切り替える態様となる。
【0191】
このとき、(
図15および
図16が示すように、)同じ蒸気流量Wの下でも、S(x)側に選択されて制御されている開度MVは、R(x)側に選択されて制御されている開度MVより8%大きな値となる。
図15および
図16は、第5実施形態の調節弁106の動作を説明するためのグラフである。この過分な8%は、2本の平行関数を導入したために生じるもので、いわば制御安定化の代償である。これが短時間であれば問題はないが、しかし過分な8%の状況が長時間継続する場合は、経済性の不利益が発生する。なぜなら必要流量以上の冷却水A3が調節弁106を経由して長時間継続して供給されるからである。
【0192】
(1b)産業プラントの変動期と安定期
第1実施形態の産業プラント100aでは、変動するプロセス値として蒸気流量Wの事例を取り上げた。産業プラントのなかには、プロセス値が頻繁かつ著しく変動する運転が行われる「変動期」と、プロセス値の変動が少ない「安定期」を交互に繰り返すタイプがある。その一例として火力発電プラントを取り挙げる。
【0193】
起動過程にある火力発電プラントでは、各種プロセス値(例えば発電量や燃料流量、蒸気の温度、圧力、流量)は大きく変動し、起動中は典型的な「変動期」に該当する。その後、定められた定格出力に電力量が到達すると起動は完了して、通常運転に移行する。通常運転では発電量が一定なので、諸プロセス値の変動も比較的穏やかな「安定期」となる。しかし安定期は長期間続くものではなく、夜間には電力の需要減に応じて発電プラントを停止する。翌朝、電力需給に応じるため火力発電プラントは再び起動を開始し、やがて通常運転に至る。
【0194】
火力発電プラントは、電力需給のバランシングを事由に、変動期と安定期を繰り返す産業プラントであるが、他にもこのような産業プラントは多く存在し、第5実施形態(と第6実施形態)の産業プラント100aも変動期と安定期を交互に繰り返す産業プラントである。「安定期」と「変動期」という呼称は、実際の産業界において広く流布され定着している用語ではないが、本明細書では、「安定期」とは産業プラント100aの運転において、蒸気流量Wが軽微(8%未満)の変動に収まっており、調節弁106の開度MVが一定である運転を指す。一方「変動期」とは蒸気流量Wが8%以上変動して、デッドバンドは解除されて、調節弁106の開度MVが新たに更新(増減)している状況である。
【0195】
本明細書を書き進める上で、安定期と変動期を更に次の(イ)(ロ)(ハ)の3ケースに分けて整理する。
【0196】
(イ)
産業プラント100aが安定期にあるときであって、開度MVが関数S(x)側に従って制御されている状況を、(イ)のケースと定義する。以後、安定期(イ)とも呼ぶ。
【0197】
図15は安定期(イ)を可視化したグラフであり、産業プラント100aが時刻φにおいて、調節弁106の開度MVがS(x)に従って制御されている状況が図示されている。時刻φにおける蒸気流量Wは30%であり、開度MVは38%に制御される(関数発生器226に内蔵するS(x)はy=x+8)。そして安定期なので時刻φの先刻からデッドバンドが形成されて、開度MVは38%の一定値に保持されている。
【0198】
なお、本実施形態では説明を簡単にするため、時刻φおよび時刻λ(
図16)の蒸気流量Wは30%の一定値であると想定する。実際は後述する
図19に示すとおり観測ノイズの影響で、蒸気流量Wの数値は軽微に増減を繰り返す。
【0199】
この運転状態の問題を手短に言えば次のとおりである。もし後述(ロ)のように開度MVがR(x)に従って制御されていれば、蒸気流量Wが30%に対しては、開度MVは30%で済む(関数発生器225に内蔵するR(x)はy=x)。蒸気流量W30%に対する開度MVはR(x)による30%で充分であるので、S(x)による38%の開度MVは8%分の過大である。このS(x)がもたらす過分な8%は、デッドバンド(8%)を導入したことによる代償ではあるが、しかしこの安定状態が長時間継続するとき、S(x)がもたらす過分な8%開度は、経済性を損なう。なぜなら必要流量以上の冷却水A3が調節弁106を経由して長時間継続して供給されるので、経済性の不利益を生じるからである。第5実施形態(および第6実施形態)はこの(イ)のケースにおける問題の是正をするため考案されたものである。
【0200】
(ロ)
産業プラント100aが安定期にあるときであって、開度MVが関数R(x)側に従って制御されている状況を、(ロ)のケースと定義する。これを安定期(ロ)とも呼ぶ。
【0201】
R(x)に従って制御されていれば蒸気流量W30%に対しては、開度MVは30%であり、安定期(イ)のような過分な8%は生じず問題は生じない。なぜなら、第1実施形態は関数R(x)を基本の関数としており、蒸気流量Wが30%のとき、開度MVは30%の開度であれば冷却水A3の量としては必要充分であるからである。
【0202】
(ハ)
産業プラント100aが変動期にあるケースが、(ハ)である。
【0203】
この場合、開度MVがR(x)側に従っても、S(x)側に従っていても、いずれも(ハ)に分類される。変動期(ハ)の蒸気流量Wは、大きく(8%以上)増減し変動しているので、デッドバンドは解除されて開度MVの制御は、R(x)線上を上昇する、あるいはS(x)線上を降下する、あるいはR(x)からS(x)に、またはS(x)からR(x)への切り替えが行われる。第1実施形態等は、この変動期(ハ)における制御安定化のために考案されたものである。
【0204】
因みに変動期(ハ)においても、開度MVがS(x)に従って制御されるとき、安定期(イ)と同様に過分な8%開度が生じる。しかし変動期(ハ)では制御安定化が優先されるため、その代償としてこれは容認・正当化される。更には蒸気流量Wの増加に反応して、短時間のうちにS(x)からR(x)への切り替えが行われるために問題にはならない。このように安定期(イ)と変動期(ハ)では、過分な8%開度の評価・取扱いは異なる。
【0205】
(イ)(ロ)(ハ)の説明をまとめると、安定期(イ)のS(x)に切り替わった状態で常態化する場合のみに経済的な損失が問題となる。二択ある安定期のうち、開度MVの制御がS(x)に従った安定期(イ)で整定するのか、あるいはR(x)に従った安定期(ロ)で整定するのかは偶然に依存する。産業プラント100aが安定期に入る直前の蒸気流量Wの変動の様相に応じて(イ)または(ロ)は決定される。
【0206】
そこで第5実施形態は、関数S(x)で常態化した安定期(イ)において、これを周期的に関数R(x)にひき戻して安定期(ロ)にする考案である。
【0207】
(1c)第5実施形態の制御回路
図17は第5実施形態のプラント制御装置101bの構成を示す。第5実施形態が制御対象とする産業プラント100aは第1実施形態の産業プラント100aと同様である。また第5実施形態のプラント制御装置101bは第1実施形態の
図3と同じ構成と作用を有している。本実施形態の作用・効果に影響のある関数発生器225、226に関し、関数発生器225に内蔵するR(x)はy=xと設定され、関数発生器226に内蔵するS(x)はy=x+8と設定される。
【0208】
本実施形態のプラント制御装置101bには、パルス発生器401が追加されている。ここで、パルス発生器401の機能と作用を説明する。
【0209】
パルス発生器401にはT1とT2の2つの時間設定が可能である。例えば、T1には1秒、T2には60分の設定がなされている。これよりパルス発生器401は60分(T2)の周期毎に1秒(T1)のパルス信号を発生させるように構成されている。1秒のパルス信号はパルス発生器401のパルス出力401OUTとして出力される。一番最初に、T2の60分タイマが経過して、T1の1秒パルス(401OUT)が出力されるときの時刻を、「時刻λ」と呼称し、後述の
図16による作用の説明時に対応がつくよう配慮する。パルス出力の401OUTはOR回路220に接続されている。
【0210】
OR回路220は、比較器201からのR上昇C1と「蒸気流量Wが零」であることのいずれかが成立(ON)したときだけでなく、401OUTが1秒間出力されたときにも、その出力KをONにして出力する。この401OUTは、前回401OUTが1秒間出力されてから現在までに60分間経過すると出力される。
【0211】
フリップフロップ221は、S(セット)とR(リセット)の2つの入力ポートを有している。Sの入力ポートには、OR回路220からの出力Kが入力される。出力KがONしたとき、フリップフロップ221は、R(x)選択C3をSW3としてONにして出力する。SW3は、その後に出力KがOFFになった後も(例えば401OUTが1秒のパルスとしてON出力された後、1秒経過後にOFFになっても)、ONの状態を保持する。SW3は分岐されて切替器222と切替器224に取り込まれる。これより、R(x)選択C3が成立(ON)の状態になると、調節弁106の開度MVが関数R(x)に従って制御される状態になる。
【0212】
なおパルス発生器401を使用して、401OUTを1秒のパルス化する理由は、もし401OUTが出力中に、同時(偶発的)にS降下C2もON状態になった場合を想定するものである。すなわち、双方共にONする状況に陥ったときは、S降下C2を優先させて、R(x)選択C3が不成立(OFF)させて、開度MVが関数S(x)に従って制御される状態にする。そのために敢て401OUTは1秒間しか継続しないパルス信号として生成する。
【0213】
(1d)第5実施形態の作用・効果
時刻φにおいて、
図15は安定期(イ)の関数S(x)に従って制御されている状況を示しており、蒸気流量W(x軸)は30%であり、開度MVは38%である。これを座標で表現すると(30%、38%)となり、この状態が継続している。
【0214】
時刻φの次のサンプリング時刻は時刻λである。そして時刻λは(30%、38%)が丁度60分継続されたタイミングである。時刻λにおいて
図17の制御回路では、パルス発生器401のT2の60分が経過して、T1の1秒間パルスが作動して、401OUTが出力され、その結果、R(x)選択C3が成立(ON)の状態になる。これより開度MVは関数R(x)に従って制御される切り替え(ひき戻し)が行われる。
図16はこの時刻φから時刻λへの推移を可視化したグラフである。座標は時刻φでの(30%、38%)から時刻λの(30%、30%)に移行し、開度MVは30%に低減する。
【0215】
すなわち時刻φにおいて開度MVは、関数S(30)=38%として与えられているが、これを時刻λにおいて関数R(30)=30%に切り替える(ひき戻す)。このことを蒸気流量Wの記号Wを代入して一般化すると、本実施形態は、安定期(イ)が常態化して開度MVがS(W)に切り替わった状態で継続したとき、S(W)からR(W)に開度MVを引き戻す(Wの値は変わらない)考案である。
【0216】
このR(x)へのひき戻しにより時刻φでのS(x)による過分の8%は、時刻λでは解消されており、必要流量以上の冷却水A3が供給されることも無くなるので、経済的な損失も解消される。上記の作用・効果は時刻λのときに1回だけ作用するのではない。パルス発生器401のT2は周期的に60分毎にカウントアップし、そのとき開度MVが関数S(x)に従って制御されているときは、それを関数R(x)に従って制御するように、制御の移行・引き戻しを行う。つまり周期的に60分毎に開度MVは8%分低減し、調節弁106の制御は変動し、産業プラント100aの運転状態も変動する。しかし本実施形態は60分間に一度、調節弁106の開度が8%に低減するだけであり、変動期(ハ)のように短時間に頻繁に変動するわけではないので、安定性の面で何ら問題は生じない。時刻λの後は、産業プラント100aは安定期(ロ)に移ることになる。
【0217】
因みに安定期(ロ)でも、すなわち開度MVが関数R(x)に従って制御されているときでも、周期的に60分毎にパルス発生器401からは401OUTのパルスが1秒間出力される。しかしそのときは関数R(x)の制御が継続されるだけで、問題はない。401OUTが出力されると、関数R(x)から関数S(x)に切り替わるようなことはない。
【0218】
経済性をより重視する産業プラント100aでは、パルス発生器401のT2を60分より短く、例えば40分や20分に設定して、関数R(x)に早くひき戻すことを優先してもよい。
【0219】
(第5実施形態の変形例)
第5実施形態では、関数R(x)へのひき戻しで開度MVは8%分低減した。しかし関数R(x)と関数S(x)が変わると、R(x)へのひき戻しによる低減は更に大きな数値となる。
【0220】
このことを、以下第5実施形態の変形例として取り上げ、解説する。本変形例の制御回路の構成は、第5実施形態の
図17に示す構成と同様である。ただし、本変形例の制御回路は、関数発生器225に内蔵する関数R(x)を曲線y=x
2、関数発生器226に内蔵する関数S(x)を曲線y=x
2+16x+64としている。これらは、第2実施形態に曲線の関数事例として関数R(x)はy=mx
2+n、関数S(x)はy=mx
2+16mx+n+64mとして一般化して紹介したものに相当する。ただし、本変形例では係数m=1、係数n=0として簡素化して適用している。
【0221】
本変形例の制御回路を第5実施形態と同様に作用させると、時刻φでの座標は(30%、1444%)であり、時刻λでの座標は(30%、900%)となる。すなわちR(x)へのひき戻しによりMVは544%も低減し、産業プラントによっては、経済性やその他側面に大きな利得をもたらす。このような544%の大規模なMV変動が発生される場合は、制御回路上に変化率制限器を設置して変動を緩慢にする必要も生じる。
【0222】
なお補足であるが、本変形例ではMVが100%を超えることから、調節弁106の開度MVではなく、第4実施形態に言及する制御量となる。
【0223】
(第6実施形態)
第5実施形態では、安定期(イ)においての開度MVの制御が関数S(x)で常態化したときの問題を指摘し、これを関数R(x)にひき戻すことのねらい・意義を解説した。本実施形態も、第5実施形態と同じ課題を解決する考案であり、適切なタイミングを判断してR(x)にひき戻しを行うのは、第5実施形態と同じである。しかし本実施形態では、第5実施形態とは異なる手段・タイミングにより、関数R(x)へのひき戻しを行う。
【0224】
(1a)第5実施形態の問題
第5実施形態では、産業プラント100aの安定期で周期的(60分毎)にパルス発生器401からパルスを出力させて、開度MVの制御を関数R(x)にひき戻すようにした。しかし安定期を予定していた運用計画であっても、産業プラントは常に突発的なイベント(例えば偶発的な故障・事故)が付き物であり、安定期から変動期への移行が想定外に行われる。このことは、60分周期で巡って来るパルス出力が常に安定期(イ)に出力されるとは限らないことを意味する。最悪のケースでは、激動する変動期(ハ)の最中にパルス出力が発生して、混乱を助長することも否定できない。またもともと運用計画そのものが存在しない産業プラント100aも存在する。
【0225】
(1b)第6実施形態の特徴
そこで、本実施形態では、産業プラント100aが安定期(イ)/安定期(ロ)/変動期(ハ)となる運用形態を念頭に置きつつ、産業プラント100aが安定期(イ)であることを判断するクライテリア(指標)として、調節弁106の開度MVに着目する。本実施形態では、調節弁106が“実際に”安定制御中かを検知回路で確認して、産業プラント100aが安定期(イ)を所定時間継続したかを判断する。そして、産業プラント100aが安定期(イ)を所定時間継続したと判断した場合には、S(x)から関数R(x)へのひき戻しを図る。この一連のアクションには希望的観測も一部に混入されており、ある所定期間で安定期(イ)が継続したのであれば、その後もひき続き安定期(イ)が継続されるであろうとの期待の下でR(x)へのひき戻しが実施される。
【0226】
本実施形態の手法は、実際の弁挙動を確認する分だけ第5実施形態の手法に優り、より確実かつ合理的なアプローチである。しかし、調節弁106の安定制御を判断するのは、従来の検知回路では非常に難しい。その理由は観測ノイズを含むことが原因であり、調節弁106の開度MVもその影響を受けるからである(後に詳述する)。また、安定期(イ)を判断するクライテリアとして、開度MVに替わり蒸気流量Wに着目する案もあるが、同様に観測ノイズの問題により困難である。
【0227】
そこで、本実施形態では、上述のデッドバンドの活用を図る。デッドバンドの形成は、蒸気流量Wに観測ノイズがあっても、調節弁106の開度MVは一定となる優れた利点・アドバンテージがある。
【0228】
次に説明する
図19は、この構想を平易に解説するためのものである。
図19は、
図5の表を延長した表であるが、最初に
図5と
図19の取扱い上での相違につき説明する。
図5では、WもMVも小数点以下の数値を省略した「整数」を用いたが、
図19では、WもMVも小数点以下3位までの「実数」を用いる。その理由は後述する。なお小数点以下3位はあくまでも一例であり、小数点以下2位でも小数点以下4位でもよい。これらは、WやMVがパーセンテージ(%)で表される場合の小数点以下第N位(Nは1以上の整数)の例である。それ以外の点において、
図19の制御用の制御回路の構成、
図5の制御用の制御回路(
図3)の構成と同じである。
【0229】
(1c)
図19の説明
図19は、第1実施形態の
図5の表の時刻を未来方向に延長した表である。
図5は、「時刻A、時刻B、時刻C・・・時刻T」における蒸気流量Wと開度MVの数値を一覧に纏めた表である。
図19は時刻Tに続く「時刻U、時刻V、時刻W、時刻X、時刻Y、時刻Z」における蒸気流量Wと開度MVの数値を纏めた表である。
【0230】
但し
図5の最終時刻である時刻Tのみは、
図19にも重複記載されている。
図19(
図5)での時刻Tでの蒸気流量Wは43%であり、開度MVは46%である。そして時刻Tの次の時刻Uに産業プラント100aは変動期(ハ)に入り、蒸気流量Wは36.293%に低下し、開度MVは44.293%に低減する(関数発生器226に内蔵するS(x)は「y=x+8」即ち「44.293=36.293+8」)。時刻Uは変動期(ハ)であり、8%を超える大きな蒸気流量Wの変動があったので、デッドバンドは解消されて開度MVはS(x)側に切替わり、開度MVは更新(低減)された。
【0231】
次の時刻Vからは産業プラント100aは安定期(イ)に入る。時刻Vにおいて観測ノイズにより蒸気流量Wは37.752%と些少に増加するが、しかし開度MVは44.293%を保持する。これは、8%未満の小さな蒸気流量Wの変動は、観測ノイズとして取り扱い、このノイズにはデッドバンド(不感帯)を形成して、開度MVを一定に保持する第1実施形態の効果である。
【0232】
次の「時刻W、時刻X、時刻Y、時刻Z」も産業プラント100aは安定期(イ)を継続する。安定期(イ)の蒸気流量Wの値は、全て軽微な凹凸の変動(観測ノイズ)を示すが、MVはデッドバンドが形成されているので、Wの凹凸の影響を受けずに44.293%の一定値を保持する。これは前周期でのMVが次の周期のMVとして踏襲・受け継がれる第1実施形態の効果である。
【0233】
以下、本明細書では最終の時刻Zを“現在”と呼称する。すなわち安定期(イ)が継続すると、「現在ZのMV値」と「過去Vの開度MV」は44.293%で一致する。逆に「現在ZのMV値」と「過去Vの開度MV」が一致すれば、その間の時刻W、時刻X、時刻YでのMVを見ずとも(関知しなくても)産業プラント100aは安定期(イ)を継続したと判断できる。これが本実施形態の着眼点である。なぜなら、もしW、X、Yのひとつの時刻でも変動期(ハ)に入ると、そのとき開度MVは44.293%から新しい開度MVに更新される。この場合、「現在ZのMV値」と「過去Vの開度MV」が小数点3位まで一致する可能性はほぼ零である。
【0234】
また上記文脈より蒸気流量Wと開度MVを、「整数」ではなく小数点以下3位の「実数」とする理由も明らかである。それはW、X、Yに特異な変動期(ハ)が発生したとき、「現在ZのMV値」と「過去Vの開度MV」が偶然にも一致してしまう外乱的な事象を避ける為である。ここに言う特異な変動期(ハ)とは、いわゆるV字回復と称される、蒸気流量Wが一旦急減した後、再び元のレベルまでWが復帰するような事例であり、MVも元のレベルに復帰する。このとき両MVが整数であると、整数同士はより一致しやすい傾向にある。
【0235】
プロセス値である蒸気流量Wが整数であるとは、計測された蒸気流量Wの小数点以下の端数を切り捨てて、近似化されるので、そこから生成されるMVも近似の整数である。このような近似は計測精度の問題があるので、一般の産業プラントでは行われない。しかし、もし整数が使用された場合は、V字様の変動期(ハ)を挟んだ前後で、現在のMVと過去のMVが近似のレベルでたまたま一致するような可能性が出て来る。しかし、小数点3位の実数なら、このようなV字回復の前後でも両MVが一致すること先ずない。例えば、現在ZのMV値と過去VのMV値が「43%」で偶然一致する可能性はあるが、現在ZのMV値と過去VのMV値が「44.293%」で偶然一致する可能性はほぼ零である。
【0236】
最後に、雛型である
図19と本実施形態の実施例(
図18)に関し、補足的な事項に触れて、1cの説明を終了する。
図19は「時刻V、時刻W、時刻X、時刻Y、時刻Z」の比較的短時間の5秒間の安定期(イ)を取り扱う事例である。一方、本実施形態の制御回路(
図18)では、より長時間(600秒間)の安定期(イ)を取り扱う。しかし「現在のMV値」と「過去の開度MV」が一致すれば、産業プラント100aは安定期(イ)を継続したと判断できる根拠・メカニズムは
図19と同じである。
【0237】
(1d)第6実施形態の制御回路
図18は第6実施形態のプラント制御装置101cの構成を示す。本実施形態が制御対象とする産業プラント100aは、第1実施形態の産業プラント100aと同様である。また、本実施形態のプラント制御装置101cは、第1実施形態の
図3と同じ構成と作用を有している。ただし、本実施形態のプラント制御装置101cは、サンプリング遅延器500と、判定器501と、サンプリング遅延器510と、判定器511と、AND回路520とを備える。
【0238】
サンプリング遅延器500の機能を説明する。先に説明したサンプリング遅延器223は、Z-1の記号で表されており、ある周期における入力を記憶(保存)し、記憶した値を1周期後に出力するように機能する(Lagとして作用する)と記述した。サンプリング遅延器500はこれに準拠して、Z-300の記号で表されており、ある周期における入力を記憶(保存)し、記憶した値を300周期後に出力するように機能する。本実施形態のDCSが採用するプラント制御装置101cでは、演算周期1秒が採用されている。サンプリング遅延器500は、切替器224からのMVを取り込み、それを記憶して300秒後(300周期後)にLAG300として出力する。
【0239】
判定器501は、2つの入力ポートを保有しており、ポートAは切替器224からのMVを取り込み、ポートBはサンプリング遅延器500からのLAG300を取り込む。判定器501はポートAのMVとポートBのLAG300の両者の大小関係を判断して、現在のMVとLAG300(300秒前のMV)の値が等しいとき501OUTをONとして出力する。すなわち
図19で説明した「現在のMV値と過去(300秒前)の開度MVが一致する」とき、開度MVは安定制御中と判断する検知回路をこのように構成している。501OUTはAND回路520に取り込まれる。
【0240】
サンプリング遅延器510はZ-600の記号で表されており、サンプリング遅延器500の機能に準拠して、ある周期における入力を記憶(保存)し、記憶した値を600周期後に出力するように機能する。サンプリング遅延器510は、切替器224からのMVを取り込み、それを記憶して600秒後(600周期後)にLAG600として出力する。
【0241】
判定器511は、2つの入力ポートを保有しており、ポートAは切替器224からのMVを取り込み、ポートBはサンプリング遅延器510からのLAG600を取り込む。判定器511はポートAのMVとポートBのLAG600の両者の大小関係を判断して、現在のMVとLAG600(600秒前のMV)の値が等しいとき511OUTをONとして出力する。すなわち
図19で説明した「現在のMV値と過去(600秒前)の開度MVが一致する」とき、開度MVは安定制御中と判断する検知回路をこのように構成している。511OUTはAND回路520に取り込まれる。
【0242】
AND回路520は501OUTと511OUTの双方がONになったことを判断して、安定中C4を出力する。AND回路520から出力される安定中C4はOR回路220に接続されている。OR回路220は、比較器201からのR上昇C1と「蒸気流量Wが零」であることのいずれかが成立(ON)したときだけでなく、安定期C4が出力されたときにも、その出力KをONにして出力する。300秒前という過去の時点と、600秒前という過去の時点は、過去の1つ以上の時点の例である。また、MVは、産業プラント100aの運転に関する指標量の例である。現在のMVと比較される過去のMVの個数は、本実施形態では2つ(600秒前のMVと300秒前のMV)であるが、3つ以上でもよいし、1つのみでもよい。
【0243】
フリップフロップ221は、S(セット)とR(リセット)の2つの入力ポートを有している。Sの入力ポートには、OR回路220からの出力Kが入力される。出力KがONしたとき、フリップフロップ221は、R(x)選択C3をSW3としてONにして出力する。SW3は分岐されて切替器222と切替器224に取り込まれる。これより、R(x)選択C3が成立(ON)の状態になると、調節弁106の開度MVが関数R(x)に従って制御される状態になる。
【0244】
(1e)第6実施形態の作用・効果(その1)
本実施形態の
図18の制御回路につき、下記の時刻θ、時刻σ、および時刻μの3つの時刻に分けて、作用・効果の(その1)を説明する。
【0245】
i)時刻θ
時刻θにおいて、産業プラント100aは安定期(イ)に入る。つまり時刻θは
図19での時刻Vに相当する。時刻θにおける蒸気流量Wは42.735%であり、MVはS(x)に従って制御されているので50.735%(関数発生器226に内蔵するS(x)は「y=x+8」すなわち「50.735=42.735+8」)である。時刻θの時点からS(x)に切り替わった状態となり、8%過分なMVとなるので、経済的な損失問題は、時刻θから発生し始める。
【0246】
時刻θでは安定期(イ)を開始したばかりなので、時刻θの300秒前の過去の時点でのMVは50.735%とは相違する値であり、判定器501の出力である501OUTはOFFである。同様の理由で判定器511の出力である511OUTもOFFである。時刻θ以後も安定期(イ)を継続するので、蒸気流量Wは軽微の増減(凹凸)を示す。しかしデッドバンドが形成されるMVは50.735%の一定値が維持される。
【0247】
ii)時刻σ
時刻σは、時刻θより300秒経過した時点(サンプリング周期)であり、産業プラント100aは安定期(イ)が継続されている。サンプリング遅延器500は、切替器224からの時刻θのMVを取り込み記憶して、300秒後である時刻σにLAG300として50.735%を出力する。判定器501においては、ポートAは切替器224から時刻σのMVを取り込み、ポートBはサンプリング遅延器500からのLAG300を取り込む。ポートAのMVとポートBのLAG300は共に50.375%で一致するので判定器501は501OUTをONとして出力する。501OUTはAND回路520に取り込まれる。時刻σ以後も501OUTはONを継続する。
【0248】
しかし後述する時刻θの600秒前の過去の時点でのMVは50.735%とは相違する値であり、判定器511の出力である511OUTはOFFのままなので、AND回路520は成立せず、その出力の出力である安定期C4も成立しない。その結果、R(x)のひき戻しも行われず、産業プラント100aの運転状態には何らの変化をもたらさない。この時刻σにおけるLAG300や501OUTの意義は、いわゆる“念押し”の採用である。時刻σは時刻θと現在(後述の時刻μ)の丁度中間点であり、そのときにも安定期(イ)が継続されていることを、念押しで確認する役割を担う。
【0249】
iii)時刻μ
時刻μは、時刻θより600秒経過した時点(サンプリング周期)であり、産業プラント100aは安定期(イ)が継続されている。以下、本明細書では時刻μを「現在」、時刻θを「600秒前の過去」とも表記する。時刻μにおける蒸気流量Wは、観測ノイズを受けて42.615%と軽微に変動した値であり、開度MVは50.735%の一定値にある。サンプリング遅延器510は、切替器224からの時刻θのMVを取り込み記憶して、600秒後である時刻μにLAG600として50.735%を出力する。判定器511は、ポートAは切替器224から時刻μのMVを取り込み、ポートBはサンプリング遅延器510からのLAG600を取り込む。ポートAのMVとポートBのLAG600は共に50.375%で一致するので、511OUTをONとして出力する。すなわち「現在のMV」と「600秒前の過去のMV」が一致するので、時刻θから現在(時刻μ)までの600秒間は、産業プラント100aは安定期(イ)が継続されたと判断できる。
【0250】
そして本実施形態では、それまで安定期(イ)が600秒間継続されたのであれば、それ以後も安定期(イ)は継続するであろうと判断する。これは希望的観測ではあるが、充分に合理的で妥当な判断である。よってこの判断に基づき開度MVはS(x)からR(x)のひき戻しを開始する。すなわち511OUTはAND回路520に取り込まれ、501OUTは時刻σ以後にONを継続中なので(より正確に表現するとLAG600が成立するときは必ずLAG300も成立し、すなわち511OUTが成立するときは、必ず501OUTも成立する)、AND回路520は501OUTと511OUTの両方が成立したことにより、安定期C4をONにして出力する。
【0251】
OR回路220は、安定期C4を取り込み、その出力KをONにして出力する。出力KがONしたとき、フリップフロップ221は、R(x)選択C3をSW3としてONにして出力する。これにより第5実施形態の
図17の作用と同様に、開度MVは関数R(x)に従って制御される切り替え(ひき戻し)が行われる。
【0252】
時刻μにおける蒸気流量Wは、42.615%であるから、MVはR(x)に従って制御されて42.615%(関数発生器225に内蔵するR(x)はy=x)になる。すなわち時刻μにおいて、MVは50.735%から42.615%に低減する。厳密な低減分は50.735-42.615の差分である8.12%の低減である。このR(x)へのひき戻しにより、時刻θから続いたS(x)による8%過分のMVは、時刻μでは解消されており、必要流量以上の冷却水A3が供給されることも無くなるので、経済的な損失も解消される。ひき戻し後の産業プラント100aは安定期(ロ)に入る。
【0253】
上記の作用・効果は時刻μのときに1回だけ作用するのではなく、爾後「現在のMV」と「600秒前の過去のMV」が一致するとき且つ、前回のひき戻しから少なくとも600秒が経過た後には、いつでも開度MVは関数R(x)への切り替え(ひき戻し)が行われる。むろん本実施形態が期待するのは、産業プラント100aが安定期(ロ)から変動期(ハ)を経て、再び安定期(イ)に移行し、それが600秒間継続したとき、次に関数R(x)へひき戻しが行われることである。
【0254】
因みに、安定期(ロ)の最中でも、すなわち、開度MVが関数R(x)に従って制御されている安定期のときでも、「現在のMV値」と「600秒前の過去の開度MV」は一致するので、同様にR(x)にひき戻す出力KはONする。しかし、そのときは関数R(x)の制御が継続されるだけで、特に問題は生じない。
【0255】
安定性をより重視する産業プラント100aで、安定期(イ)が600秒継続する度に調節弁106の開度MVが低減すると、プラント運転の安定性に支障があると判断される場合を想定する。この場合、サンプリング遅延器510の設定値を600秒より長く、例えば900秒とか1200秒に設定して、関数R(x)へひき戻す頻度・タイミングを調整してもよい。
【0256】
(1f)第6実施形態の作用・効果(その2)
1e(その1)では、安定期(イ)が600秒間継続されたと判断し、R(x)のひき戻しを行うケースを説明した。1f(その2)では、その逆で安定期(イ)は600秒間継続することなく、R(x)のひき戻しを行わないケースを取り扱う。
【0257】
1f(その2)では、
図18の制御回路について、「時刻θ」と「時刻σ’」の2つの時刻に分けて説明する。時刻θでの運転・制御状況は1e(その1)と同じである。そして時刻σ’においては産業プラント100aは変動期(ハ)に移行する。
【0258】
i)時刻θ
時刻θにおいて、産業プラント100aは安定期(イ)に入る。つまり時刻θは
図19での時刻Vに相当する。時刻θにおける蒸気流量Wは42.735%であり、MVはS(x)に従って制御されているので50.735%である。時刻θ以後も安定期(イ)は継続される(但し600秒間ではなく299秒間継続される)。
【0259】
ii)時刻σ’
時刻σ’は、時刻θより300秒経過した時点(サンプリング周期)であり産業プラント100aは変動期(ハ)に入り、蒸気流量Wは32.467%に低下し、開度MVは40.467%に更新(低減)する。繰り返し述べるように、開度MVが更新されると、更新前と更新後のMVが小数点3位のレベルで一致することはほぼ無い。すなわち
図18においてサンプリング遅延器500は、切替器224からの時刻θのMVを記憶しており、300秒後の時刻σ’においてLAG300として(更新前の)50.735%を出力する。
【0260】
判定器501は、時刻σ’においてポートAは切替器224からのMVを取り込み、ポートBはサンプリング遅延器500からのLAG300を取り込む。ポートAのMV(40.467%)とポートBのLAG300(50.735%)は一致しないので、判定器501は501OUTを不成立としてOFFとして出力する。つまり時刻σ’を「現在」、時刻θを「300秒前の過去」と表記すれば、「現在のMV」と「300秒前の過去のMV」は不一致である。従って時刻θから現在(時刻σ’)までの300秒間は、産業プラント100aの安定期(イ)は継続されていないと判断する。
【0261】
そして「現在のMV」と「300秒前の過去のMV」が不一致であれば、「現在のMV」と「600秒前の過去のMV」も一致しない。この状況を判断して産業用プラント100aは当面、変動期(ハ)が続くことを警戒して、不安定さを助長するR(x)のひき戻しを差し控える(実施しない)。そして、産業用プラント100aが安定期(イ)に移行して再び「現在のMV」と「600秒前の過去のMV」が一致するのを待って、開度MVは関数R(x)へのひき戻しを行う。このように「現在のMV」と「過去のMV」の一致を確認する検知法であれば、産業用プラント100aの変動期(ハ)やそれに類する不安定な運転状態も簡単に判断することが可能である。
【0262】
(1g)第6実施形態の考察
第6実施形態の課題は、産業プラント100aが安定期(イ)にあることを見定めることであり、そのクライテリア(指標)として調節弁106の開度MVに着目して、調節弁106の安定性を判定する。この安定性を判定する観点では、本実施形態のように開度MVが一定値に保たれることは、確実で最善な指標となる。
【0263】
しかし従来技術では開度MVは常時変動しているので、最善に替わる“次善の指標”が求められる。しかし後述するように次善の指標は、それが示唆するランキング(二番目に良い)とは裏腹にその取扱いは難儀を極める。幸甚にも
図18は、そのような難儀さとは無縁であり、開度MVは一定値という最善の指標となるので、検知回路は極くシンプルである。そのため
図18の安定性の検知部は、サンプリング遅延器500と判定器501とAND回路520とサンプリング遅延器510と判定器511の5個のマクロによる簡素な検知回路で構成される。このシンプルな検知回路で産業プラント100aの安定期(イ)を見定めできることは、本実施形態の卓越性である。これは上述のデッドバンドの効用であることは、繰り返し述べてきたとおりである。
【0264】
以下、このシンプルさと効用を、従来技術との比較を通じて考察する。
【0265】
従来技術ではデッドバンドを使用しないので、それがどのような制御方式でも、開度MVは蒸気流量Wの観測ノイズ(凹凸)の影響を受ける。その結果、開度MVも変動して凹凸を常に繰り返す。では600秒間に渡り凹凸に動揺するMVの安定性を判断するにはどうすればよいのか?一例としては、600個の全サンプル(600秒間の全MV)を記憶し、その凸の最大値と凹の最小値を選択し、これら両者の偏差に着目するという案が考えられる。すなわち同偏差が軽微な許容値内に収まるときに、産業プラント100aは安定期(イ)であると判断する。逆に当該許容値を超えたとき、安定期(イ)ではないと判断する。凹凸に動揺する場合の安定性判断は、ここに記すようにエレガントさからほど遠い。これが先述した次善の指標となるが、この指標が難儀なことは想像に難くない。例えば“安定”と判断するに相応しい軽微な偏差とは幾らか?という初歩的な段階で既につまずく。更に言えば全サンプル数の600個を調査対象することは愚直である。サンプル数が増加するケースでは、このやり方では重すぎて収拾がつかない。
【0266】
この重苦しい従来技術と比較すれば
図18(本実施形態)は軽快である。時刻θと時刻σと時刻μの3つMV(サンプル)だけをを調査対象とすればよく、残りの597個のサンプルには関知しなくてもよいことは既に
図19にて解説済である。更に言えば時刻σは単なる念押しの脇役である。よって(事実上は)
図18の判定器511は、「時刻θのMV」と「時刻μのMV」の2つのサンプルが一致するとき、安定期(イ)が600秒間継続したと判断できる。逆に安定期(イ)が600秒間続くからこそ、「時刻θのMV」と「時刻μのMV」は一致するとも導ける。
【0267】
つまり「θとμの両MVが一致する」という命題と「安定期(イ)が600秒間継続する」という命題は、論理学で言う必要充分条件の関係を満たしているともいえる。だから第6実施形態は、産業プラント100aが600秒間に渡り安定期(イ)にあるかという難しい命題を、「θとμの両MVが一致するか」という簡単な命題に置き換えて、課題を克服しているのである。
【0268】
以上、いくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例としてのみ提示したものであり、発明の範囲を限定することを意図したものではない。本明細書で説明した新規な装置、方法、およびプラントは、その他の様々な形態で実施することができる。また、本明細書で説明した装置、方法、およびプラントの形態に対し、発明の要旨を逸脱しない範囲内で、種々の省略、置換、変更を行うことができる。添付の特許請求の範囲およびこれに均等な範囲は、発明の範囲や要旨に含まれるこのような形態や変形例を含むように意図されている。
【符号の説明】
【0269】
100a、100x、100y:産業プラント、
101a、101b、101c、101x、101y、101z:プラント制御装置、
102:ボイラ、103:減温器、104:容器、
105:電磁弁、106:調節弁、
200:減算器、201:比較器、202:切替器、
211:比較器、212:切替器、
220:OR回路、221:フリップフロップ、222:切替器、
223:サンプリング遅延器、224:切替器、
225:関数発生器、226:関数発生器、
300:切替器、301:設定器、302:設定器、
303:加算器、304:比較器、
310:切替器、311:設定器、312:設定器、
313:減算器、314:比較器、
401:パルス発生器、
500:サンプリング遅延器、501:判定器、
510:サンプリング遅延器、511:判定器、520:AND回路、
FS-1:流量計