(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024011854
(43)【公開日】2024-01-25
(54)【発明の名称】電極、燃料電池、およびそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20240118BHJP
H01M 4/92 20060101ALI20240118BHJP
H01M 4/88 20060101ALI20240118BHJP
B01J 37/02 20060101ALI20240118BHJP
B01J 37/18 20060101ALI20240118BHJP
B01J 37/34 20060101ALI20240118BHJP
B01J 27/25 20060101ALI20240118BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20240118BHJP
【FI】
H01M4/86 M
H01M4/92
H01M4/88 K
B01J37/02 101E
B01J37/18
B01J37/34
B01J27/25 M
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022114139
(22)【出願日】2022-07-15
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業/共通課題解決型基盤技術開発/硫黄化合物等の吸着脱籬メカニズム解明と被毒予防・回復技術開発」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】諸岡 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】中西 卓也
(72)【発明者】
【氏名】増田 卓也
【テーマコード(参考)】
4G169
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
4G169AA03
4G169AA08
4G169AA09
4G169AA14
4G169BA08A
4G169BA42C
4G169BB02A
4G169BB02B
4G169BB08C
4G169BB12A
4G169BB12B
4G169BB20C
4G169BC43A
4G169BC43B
4G169BC75A
4G169BC75B
4G169BD02C
4G169BD12C
4G169CC32
4G169DA06
4G169EA01X
4G169EA01Y
4G169EA02X
4G169EA02Y
4G169EB15X
4G169EB15Y
4G169EB18X
4G169EB18Y
4G169ED07
4G169FA02
4G169FB14
4G169FB44
4G169FB58
4G169FC01
4G169FC08
5H018AA06
5H018BB05
5H018BB06
5H018EE02
5H018EE03
5H018EE11
5H018HH01
5H018HH02
5H018HH03
5H018HH05
5H018HH06
5H126BB06
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、フィルターのようなコスト増に直結する付加設備を設けることなく、イオン交換膜の経時劣化も起こさずに、水素燃料に含まれる、あるいは環境等から混入する硫黄による出力低下などの経時劣化、いわゆる硫黄被毒を防止、抑制した、白金使用の電極を提供することである。
【解決手段】白金が電極の構成材の少なくとも一部であり、白金の表面の少なくとも一部が硫黄の酸化分解を促進する物質により修飾されている電極とする。硫黄の酸化分解を促進する物質としては、セリウム塩またはセリウム金属が挙げられる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金が電極の構成材の少なくとも一部であり、
前記白金の表面の少なくとも一部が、硫黄の酸化分解を促進する物質により修飾されている、電極。
【請求項2】
前記硫黄の酸化分解を促進する物質は、セリウム塩およびセリウム金属からなる群より選ばれる1以上であるセリウム種である、請求項1記載の電極。
【請求項3】
前記セリウム種により前記白金が修飾されている面積の前記白金の表面積に対する比率は、1%以上50%以下である、請求項2に記載の電極。
【請求項4】
前記白金表面を修飾している前記セリウム種の厚さは、0.1原子層以上10原子層以下である、請求項2または3に記載の電極。
【請求項5】
前記セリウム塩は硝酸セリウムである、請求項2記載の電極。
【請求項6】
前記セリウム種におけるセリウムの価数は3である、請求項2から5の何れか一記載の電極。
【請求項7】
前記白金は微粒子状である、請求項1から6の何れか一記載の電極。
【請求項8】
前記微粒子の球形体積換算法による直径は、1nm以上10nm以下である、請求項7記載の電極。
【請求項9】
白金を構成材の少なくとも一部として備える電極用部材を準備することと、
前記電極用部材をセリウム塩およびセリウム金属からなる群より選ばれる1以上であるセリウム種を含む溶液に浸漬させることと、水素ガスバブリングあるいは-0.2Vに保持すること、
乾燥させることを有する、電極の製造方法。
【請求項10】
前記溶液は、硝酸セリウムおよび過塩素酸を含む水溶液である、請求項9記載の電極の製造方法。
【請求項11】
前記硝酸セリウムの濃度は、前記水溶液の溶媒である水1L当たり0.001モル以上1モル以下である、請求項10記載の電極の製造方法。
【請求項12】
水素極電極、酸素極電極、および電解質を少なくとも有する燃料電池であって、
前記水素極電極は、白金を構成材の少なくとも一部として備え、前記白金の表面の少なくとも一部が硫黄の酸化分解を促進する物質により修飾されている、燃料電池。
【請求項13】
前記硫黄の酸化分解を促進する物質は、セリウム塩およびセリウム金属からなる群より選ばれる1以上であるセリウム種である、請求項12記載の燃料電池。
【請求項14】
前記セリウム塩は硝酸セリウムである、請求項12記載の燃料電池。
【請求項15】
前記セリウム種におけるセリウムの価数は3である、請求項13記載の燃料電池。
【請求項16】
前記白金は微粒子状である、請求項12から15の何れか一記載の燃料電池。
【請求項17】
酸素極電極、電解質、および白金を構成材の少なくとも一部として備える水素極電極を準備することと、
前記水素極電極と前記酸素極電極を、前記電解質を介して対向するように配置することを有し、
前記水素極電極は、請求項9から11の何れか一に記載の電極の製造方法によって作製される、燃料電池の製造方法。
【請求項18】
酸素極電極、電解質、および白金を構成材の少なくとも一部として備える水素極電極を準備することと、
前記水素極電極と前記酸素極電極を、前記電解質を介して対向するように配置することと、
前記電解質に硫黄の酸化分解を促進する物質を添加すること、を有して請求項12から16の何れか一記載の燃料電池を製造する、燃料電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極、燃料電池、およびそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、バス、トラック、フォークリフト、電車および船等のモビリティおよび宇宙船搭載のエネルギー源あるいは家庭・自治体等における定置型電源として燃料電池が注目されている。
【0003】
燃料電池は、水素燃料と大気中の酸素を用いて、水素極で水素の酸化、空気極で酸素の還元が起こり発電する。そこでは、複雑な多電子移動反応である水素の酸化や酸素の還元を効率的に進めるために、電極には主に白金触媒が使われている。
【0004】
燃料である水素には製造工程あるいは貯蔵・輸送時において硫化水素がごくわずかに含まれる。また、温泉地区・大気汚染地区などでは大気中にも硫黄化合物が含まれており、白金触媒に強固に吸着することで反応を阻害(被毒)し、出力の低下に加え、被毒・回復の繰り返しによって長期的な劣化を引き起こす。したがって、燃料電池が搭載された自動車等、燃料電池の使用にあたっては、硫黄被毒に対する効果的な予防回復技術が欠かせない。
【0005】
空気極においては大気中から取り込まれた酸素が豊富に存在し、比較的高い電位(+0.6~+0.7V)(電位はいずれも銀/塩化銀参照電極基準。以下同じ)にて動作するため、硫黄の酸化分解による自発的な回復が起こりやすい。
一方、低い電位(-0.2V付近)で動作する水素極では、自発的な酸化分解は起こらない。
【0006】
現状での水素極における被毒予防・回復技術として、硫黄を除去するためのフィルターを用いる方法が知られている。但し、水素極の硫黄被毒に対する予防技術であるフィルターをはじめとした補器の利用あるいは水素燃料の純度の向上は、コストの増大につながる。
【0007】
他の被毒予防・回復技術としては、クロスオーバー酸素を利用して、空気極と同様に硫黄の酸化分解を行う方法がある。ここで、クロスオーバー酸素とは、空気極の酸素がプロトン交換膜を透過し水素極まで到達することを指し、硫黄の酸化分解や脱離の促進に効果がある。
【0008】
一方で、こうしたクロスオーバー酸素は、白金触媒において過酸化水素およびヒドロキシラジカルなどを生成し、プロトン交換膜を劣化させる原因ともなる。
こうした課題を解決するため、白金(Pt)に比肩する活性をもち、かつ硫黄被毒への耐性に優れた新しい触媒材料の開発といった抜本的な対策が欠かせない状況になっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2014-216157号
【特許文献2】特開2014-110152号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、フィルターのようなコスト増に直結する付加設備を設けることなく、また、水素極側のイオン交換膜の経時劣化を起こさずに、環境等から混入する硫黄による出力低下などの経時劣化、いわゆる硫黄被毒を防止、抑制した、白金使用の電極、および燃料電池、並びにそれらの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の構成を下記に示す。
(構成1)
白金が電極の構成材の少なくとも一部であり、
前記白金の表面の少なくとも一部が、硫黄の酸化分解を促進する物質により修飾されている、電極。
(構成2)
前記硫黄の酸化分解を促進する物質は、セリウム塩およびセリウム金属からなる群より選ばれる1以上であるセリウム種である、構成1記載の電極。
(構成3)
前記セリウム種により前記白金が修飾されている面積の前記白金の表面積に対する比率は、1%以上50%以下である、構成2に記載の電極。
(構成4)
前記白金表面を修飾している前記セリウム種の厚さは、0.1原子層以上10原子層以下である、構成2または3に記載の電極。
(構成5)
前記セリウム塩は硝酸セリウムである、構成2記載の電極。
(構成6)
前記セリウム種におけるセリウムの価数は3である、構成2から5の何れか一記載の電極。
(構成7)
前記白金は微粒子状である、構成1から6の何れか一記載の電極。
(構成8)
前記微粒子の球形体積換算法による直径は、1nm以上10nm以下である、構成7記載の電極。
(構成9)
白金を構成材の少なくとも一部として備える電極用部材を準備することと、
前記電極用部材をセリウム塩およびセリウム金属からなる群より選ばれる1以上であるセリウム種を含む溶液に浸漬させることと、水素ガスバブリングあるいは-0.2Vに保持すること、
乾燥させることを有する、電極の製造方法。
(構成10)
前記溶液は、硝酸セリウムを含む水溶液である、構成9記載の電極の製造方法。
(構成11)
前記硝酸セリウムの濃度は、前記水溶液の溶媒である水1L当たり0.001モル以上1モル以下である、構成10記載の電極の製造方法。
(構成12)
水素極電極、酸素極電極、および電解質を少なくとも有する燃料電池であって、
前記水素極電極は、白金を構成材の少なくとも一部として備え、前記白金の表面の少なくとも一部が硫黄の酸化分解を促進する物質により修飾されている、燃料電池。
(構成13)
前記硫黄の酸化分解を促進する物質は、セリウム塩およびセリウム金属からなる群より選ばれる1以上であるセリウム種である、構成12記載の燃料電池。
(構成14)
前記セリウム塩は硝酸セリウムである、構成12記載の燃料電池。
(構成15)
前記セリウム種におけるセリウムの価数は3である、構成13記載の燃料電池。
(構成16)
前記白金は微粒子状である、構成12から15の何れか一記載の燃料電池。
(構成17)
酸素極電極、電解質、および白金を構成材の少なくとも一部として備える水素極電極を準備することと、
前記水素極電極と前記酸素極電極を、前記電解質を介して対向するように配置することを有し、
前記水素極電極は、構成9から11の何れか一に記載の電極の製造方法によって作製される、燃料電池の製造方法。
(構成18)
酸素極電極、電解質、および白金を構成材の少なくとも一部として備える水素極電極を準備することと、
前記水素極電極と前記酸素極電極を、前記電解質を介して対向するように配置することと、
前記電解質に硫黄の酸化分解を促進する物質を添加すること、を有して構成12から16の何れか一記載の燃料電池を製造する、燃料電池の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、フィルターのようなコスト増に直結する付加設備を設けることなく、また、水素極側のイオン交換膜の経時劣化を起こさずに、水素燃料に含まれる、あるいは環境等から混入する硫黄による出力低下などの経時劣化、いわゆる硫黄被毒を防止、抑制した、白金使用の電極、および燃料電池、並びにそれらの製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】燃料電池の概略構成を示す構成概要図である。
【
図2】燃料電池の電極で起こる反応を説明する説明図で、(a)は水素極、(b)は酸素極を示す。
【
図3】燃料電池の水素極で起こる反応を説明する説明図で、(a)は硫黄被毒を起こした場合、(b)はセリウム種で白金52を保護した場合を示す。
【
図4】本発明の電極の製造方法を示すフローチャート図である。
【
図5】本実施例で使用した三極式ビーカーセルの構成を示す説明図である。
【
図6】印加電位に対する電流の関係を示す特性図で、白金電極をCe種により修飾した場合と、ベアの白金単結晶(111)電極を比較した図である。
【
図7】印加電位に対する電流の関係を示す特性図で、硫黄が付着した白金単結晶(111)電極と、ベアの白金電極を比較した図である。
【
図8】0.01M硝酸セリウム+0.1M過塩素酸水溶液中の硫黄が吸着したセリウム種修飾白金単結晶(111)電極の電気化学測定前後で得られたXPSスペクトル(S
2p領域)を示す特性図である。
【
図9】(a)は、開回路電位(OCP)-0.2V印加下、アルゴンと水素の混合ガスで1時間バブリングを行った0.01M硝酸セリウム+0.1M過塩素酸水溶液中で処理を行ったセリウム種修飾白金単結晶(111)電極試料のXAFS(X-ray Absorption Fine Structure)測定データを示す。(b)は、Ce(NO
3)
3とCeO
2のXAFS測定結果を示す。(c)は(a)の試料の電流―電位曲線測定結果を示す。
【
図10】0.01M硝酸セリウム+0.1M過塩素酸水溶液中の硫黄が吸着したセリウム種非修飾白金単結晶(111)電極の電流―電位曲線を、サイクル数をパラメータにして示した特性図である。
【
図11】0.01M硝酸セリウム+0.1M過塩素酸水溶液中の硫黄が吸着したセリウム種修飾白金単結晶(111)電極の電流―電位曲線を、サイクル数をパラメータにして示した特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(実施の形態1)
実施の形態1では、環境等から混入する硫黄による出力低下などの経時劣化、いわゆる硫黄被毒を防止、抑制した、白金電極について説明する。
【0015】
<電極の構造>
実施の形態1の白金電極は、その表面が硫黄の酸化分解を促進する物質により修飾されたことを特徴とする。
【0016】
実施の形態1の白金電極は、水素が燃料として供給される水素極での使用を想定している。水素極使用の場合、クロスオーバー酸素を導入することがよく行われているが、クロスオーバー酸素を水素極に多量に導入すると、背景のところで述べたように、過酸化水素およびヒドロキシラジカルなどが生成されて、プロトン交換膜の劣化をもたらす。
【0017】
本願発明者は、白金電極の表面に添加された硫黄の酸化分解を促進する物質(助触媒物質)を用いると、通常使用の電位サイクルにより、水素極の白金電極への硫黄付着、被覆の抑制、すなわち硫黄被毒の抑制が、特段、水素極に酸素を導入することなく行えることを見出した。特段の酸素導入が不要なことから、プロトン交換膜の劣化も起こりにくい。
電位サイクルは、燃料電池を通常に使用しているときの水素極動作、すなわち、-0.2V以上+0.5V以下でよい。この使用条件で、表面が硫黄の酸化分解を促進する物質により修飾された白金を有する電極は、硫黄被毒が防止できる水素極電極になる。表面に硫黄の酸化分解を促進する物質による修飾がない白金の場合は、硫黄種の酸化分解に+0.7Vから+1.0Vの電位サイクルが必要で、この条件だと過酸化水素およびヒドロキシラジカルなどが生成されて、プロトン交換膜の劣化をもたらす。なお、実施の形態1の白金電極は、酸素リッチな環境下に置かれる酸素極でも使用可能である。
【0018】
硫黄の酸化分解を促進する物質としては、セリウム塩およびセリウム金属からなる群より選ばれる1以上からなるセリウム種を挙げることができる。具体的には、セリウム金属(Ce)、硝酸セリウム(Ce(NO3)3)、塩化セリウム(CeCl3)、酢酸セリウム(Ce(CH3COO)3)、硫酸セリウム(Ce(SO4)2)、および水酸化セリウム(Ce(OH)3)などを挙げることができ、特にその取扱いの容易性と3価の物質であることから硝酸セリウム(Ce(NO3)3)を好んで用いることができる。
ここで、セリウム種として好ましいセリウムの価数は、その硫黄酸化分解能力から、後述の実施例に示すように3である。
【0019】
図2は、硫黄被毒を受けていない白金微粒子52および62を有する電極の状態を説明する図で、
図2(a)は水素極、
図2(b)は酸素極を示す。ここで、白金微粒子52および62は、カーボン51および61の上に被着されている。
水素極では、燃料として供給される水素ガス(H
2)が白金微粒子52に水素原子(H)53として吸着し、白金微粒子52の触媒作用により水素イオン(H
+)54が生成される。
一方、酸素極では、外部から供給される酸素ガス(O
2)は、水素極で発生して酸素極まで運ばれてきた水素イオン(H
+)と反応して水(H
2O)を生成し、生成された水は外部に出ていく。
【0020】
ところが、水素極において、燃料あるいは環境等の外部から硫化水素(H
2S)55などの硫黄化合物(硫黄種)がもたらされると、
図3(a)に示されるように、白金微粒子52の表面に硫黄(S)56が付着して燃料として供給される水素ガス(H
2)57のイオン化、すなわち水素イオン(H
+)の生成を妨げる。そして、この水素イオン(H
+)の生成の妨げによって発電は抑制される。
【0021】
一方、本発明のセリウム種により修飾された白金微粒子が用いられた電極の場合は、
図3(b)に示すように、セリウム(Ce)58、特に触媒作用の大きな3価のセリウムの触媒作用によって、環境等からもたらされた硫黄種は低い印加電位の下でも酸化分解してSO
2(59)などに変化して外部に放出される。このため、燃料として供給される水素ガス(H
2)が白金微粒子52に水素原子(H)として吸着し、白金微粒子52の触媒作用により水素イオン(H
+)が生成される。
【0022】
硫黄の酸化分解を促進する物質の修飾の量は、セリウム種の場合を例に挙げると、白金表面を面積的に覆う量として1%以上50%以下、厚さとして0.1原子層以上10原子層以下、好ましくは1原子層を挙げることができる。セリウム種の修飾の量がこの範囲の場合、白金とセリウム種が協奏的に作用して硫黄を効果的に除去する効果がある。なお、これらの量はSEM(Scanning Electron Microscope)やTEM(Transmission Electron Microscope)を用いて測定することができる。
【0023】
前記白金電極は、白金(Pt)を有する電極であれば特に制限はないが、燃料電池電極としての電気化学的作用(触媒作用)の高さから、白金あるいは白金-異種金属合金を好んで用いることができる。また、白金あるいは白金-異種金属合金触媒の形状や形態に関しても特に制限はないが、板状、微粒子状としてよい。板状の場合は形成が容易で、微粒子状の場合は単位量あたりの表面積が大きくなり、水素ガスの吸着および反応が効率的に起こるという特徴がある。高効率燃料電池のための電極としては、白金微粒子を好んで用いることができる。白金微粒子の大きさとしては、球形に体積換算したときの直径で表して1nm以上10nm以下が好ましい。白金微粒子がこの範囲の大きさだと単位量あたりの表面積を稼ぐことができ、高価な白金を効率的に利用できるという特徴がある。なお、白金を微粒子で用いるときはカーボンなどを担体として、高分子電解質などをバインダーとして用いるとよい。
【0024】
<電極の製造方法>
実施の形態1の電極の製造方法を、フローチャート図である
図4を参照しながら説明する。
最初に、白金を構成材の少なくとも一部として備える電極用部材を準備する(工程S11)。白金を構成材の少なくとも一部として備える電極用部材としては、白金金属の板、白金の微粒子がカーボンなどからなる導電性の担体に担持された白金微粒子担持カーボン電極などを挙げることができる。ここで、白金は鉄、コバルト、ニッケルをはじめとした遷移金属との合金でもよく、また高分子電解質などからなるバインダーを用いてもよい。
【0025】
次に、前記電極用部材を、セリウム種を含む溶液に浸漬し、水素ガスバブリングあるいは-0.2Vに保持することにより、セリウム種を被着する(工程S12)。
ここで、セリウム種を含む溶液としては、セリウム種を水に溶かしたものを好んで用いることができる。セリウム種は、セリウム塩およびセリウム金属からなる群より選ばれる1以上からなる。具体的なセリウム種としては、セリウム金属、硝酸セリウム、塩化セリウム、酢酸セリウム、硫酸セリウムおよび水酸化セリウムなどを挙げることができる。特にその取扱いの容易性と3価の物質であることから硝酸セリウムが好んで用いられる。
セリウム種として硝酸セリウムを用いた場合、セリウム種の濃度は、前記水溶液の溶媒である水1L当たり0.001モル以上が好ましい。この濃度で、硫黄被毒を抑止できる量のセリウム種によって白金電極を修飾することができる。また、セリウム種の濃度の上限は特にはないが、効果の飽和と省資源化を鑑みると水1L当たり1モルを挙げることができる。
【0026】
しかる後、乾燥させて(工程S13)、硫黄被毒抑止効果の高い白金電極が得られる。ここで、乾燥方法としては、風乾、加熱および気体によるブローを挙げることができる。
【0027】
(実施の形態2)
実施の形態2では、環境等から混入する硫黄による出力低下などの経時劣化が抑制される燃料電池に関して述べる。
【0028】
<構造と特徴>
実施の形態2の燃料電池101は、
図1に示すように、水素極電極11および水素極集電極12からなる水素極、酸素極電極13および酸素極集電極14からなる酸素極、および電解質15を有する。
ここで、水素極電極11は、白金を構成材の少なくとも一部として備えて前記白金の表面の少なくとも一部が硫黄の酸化分解を促進する物質により修飾されている構成の電極、すなわち実施の形態1で説明した水素極電極になっている。
水素極電極11に硫黄の酸化分解を促進する修飾物質は、実施の形態1で示したように、セリウム塩およびセリウム金属からなる群より選ばれる1以上であるセリウム種が好んで用いられる。具体的なセリウム種としては、セリウム金属、硝酸セリウム、塩化セリウム、酢酸セリウム、硫酸セリウムおよび水酸化セリウムなどを挙げることができる。特に、その取扱いの容易性と3価の物質であることから硝酸セリウムが好んで用いられる。
また、水素極電極11の白金を構成材の少なくとも一部として備える電極は、白金を有する電極であれば特に制限はないが、燃料電池電極としての電気化学的作用(触媒作用)の高さから、白金あるいは白金-異種金属合金を好んで用いることができる。また、白金あるいは白金-異種金属合金触媒の形状や形態に関しても特に制限はないが、板状、微粒子状としてよい。微粒子状の場合は単位量あたりの表面積が大きくなり、水素ガスの吸着および反応が効率的に起こるという特徴があり、高効率燃料電池のための電極としては、白金微粒子を好んで用いることができる。
【0029】
水素極集電極12は導電性の材料からなれば特に制限はないが、例えば、カーボンおよび金属酸化物からなる材料の電極を挙げることができる。
【0030】
一方、酸素極電極13は、特に制約はないが、白金および白金-異種金属合金からなる材料の電極を挙げることができる。また、酸素極集電極14も特に制約はないが、カーボンおよび金属酸化物からなる材料の電極を挙げることができる。
【0031】
電解質15は、特に限定はないが、例えば、電解質水溶液および固体高分子電解質を挙げることができる。この中で、ナフィオン(登録商標)、アクイビオン(登録商標)といったパーフルオロスルホン酸膜などの固体高分子電解質は実際の固体高分子形燃料電池に汎用的に利用されている材料であることから、好んで用いることができる。
【0032】
なお、固体高分子型燃料電池(PEFC)の酸素極電極(カソード電極)において、酸化セリウム(CeOx)層で表面の一部を被覆された白金ナノ粒子および炭素粒子を用いると、中温域(100-200℃)でも高い性能が発揮されることが、特許文献2に開示されている。この方法では、セリウムの酸化物が用いられているが、その機能は、酸素極において燃料電池の動作中に白金に代わってCeOxが酸化還元されることにより白金の酸化を抑制し、広い動作範囲で白金本来の性能を維持、引き出すことにあり、本願の水素極電極で硫黄を酸化分解する目的、機能、メカニズム、およびその効果とは全く別のものである。
【0033】
水素極電極11に水素ガス、酸素極電極13に酸素ガスが導入されると、配線16を介してモーターなどの負荷17に電気が供給される。
【0034】
実施の形態1のところで説明したように、水素極電極11として、白金が少なくとも構成材の一部であり、白金の少なくとも表面の一部が硝酸セリウムなどの硫黄の酸化分解を促進する物質により修飾された電極を用いると、通常動作の電位サイクル、すなわち-0.2V以上+0.5V以下の電位サイクルで電極に付着しようとするあるいは付着した硫黄が酸化分解され、電極の硫黄被毒が抑制される。この硫黄被毒抑制は、水素極側に特段の酸素ガスを供給することなく行われるので、プロトン交換膜の劣化なども少ない。このため、実施の形態2による燃料電池101は、経時劣化少ない高出力、高効率の燃料電池となる。
【0035】
<製造方法>
実施の形態2の燃料電池101は、前述の酸素極電極13、電解質15、および白金を構成材の少なくとも一部として備える水素極電極11を準備することと、水素極電極11と酸素極電極13を電解質15を介して対向するように配置して筐体に収めることを有し、水素極電極11は、実施形態1記載の電極を用いて、あるいは実施形態1記載の電極の製造方法によって製造された電極を用いて、製造することができる。
または、実施の形態2の燃料電池101は、前述の酸素極電極13、電解質15、および白金を構成材の少なくとも一部として備える水素極電極11を準備することと、水素極電極11と酸素極電極13を電解質15を介して対向するように配置して筐体に収めることを有し、電解質15に硫黄の酸化分解を促進する物質を添加することを有して製造することができる。
ここで、硫黄の酸化分解を促進する物質は、セリウム塩およびセリウム金属からなる群より選ばれる1以上であるセリウム種が好んで用いられる。具体的なセリウム種としては、セリウム金属、硝酸セリウム、塩化セリウム、酢酸セリウム、硫酸セリウムおよび水酸化セリウムを挙げることができる。特に、その取扱いの容易性と3価の物質であることから硝酸セリウムが好んで用いられる。
製造される燃料電池101は、上述のように、通常動作の電位サイクル、すなわち-0.2V以上+0.5V以下の電位サイクルで電極に付着しようとするあるいは付着した硫黄が酸化分解され、電極の硫黄被毒が抑制される。この硫黄被毒抑制は、水素極側に特段の酸素ガスを供給することなく行われるので、プロトン交換膜の劣化なども少ない。このため、製造された燃料電池101は、経時劣化が少ない高出力、高効率の燃料電池となる。
【実施例0036】
(実施例1)
実施例1では、白金単結晶(111)電極を0.01M硝酸セリウム+0.1M過塩素酸水溶液に浸してアルゴンと水素の混合ガスによるバブリング処理による、白金単結晶(111)電極上のセリウム種修飾について調べた。
但し、当然ながら、本発明はこのような特定の形式に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲は特許請求の範囲により規定されるものであることに注意されたい。
【0037】
<試料の作製>
白金単結晶(111)電極(Surface Preparation Laboratory社製)を準備し、それを0.01M硝酸セリウム+0.1M過塩素酸水溶液に接触させ、アルゴンと水素の混合ガスをバブリングさせながら1時間保持し、その後純水により洗浄させた後、風乾させて白金電極を得た。ここで、白金単結晶(111)電極は、純度が99.99%以上で、その大きさは直径10mmの円柱状であり、厚さは5mmである。
【0038】
<試料の評価>
この電極を電気化学測定した結果、-0.2~+0.15Vに現れる清浄な白金表面に特有の水素の吸着脱離波が減少した。これは、セリウム種(Ce種)が表面に吸着していることを裏付ける結果である(
図6)。
ここで、この電気化学評価には
図5に示す三極式ビーカーセル102を用いた。三極式ビーカーセル102は、電解質31、容器32、正極(作用電極)33、負極(対極)34、参照極35、可変電圧電源36、電流計37および電圧計38からなる。
なお、アルゴン水素混合ガスバブリングを行わず、単にセリウムイオンを含む水溶液に白金電極を接触させただけでは未修飾の清浄な白金表面とほぼ同じ電流―電位応答を示した。このことより、セリウム種を吸着させるためには水素を含むガスをバブリングすることは有効である。
【0039】
また、参考までに、実施例1と同じ白金単結晶(111)電極を用いているが、通常使用で電極に硫黄が付着していることを電気化学測定およびXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)測定で確認した試料に対して、電極の電流―電位応答を調べた。その結果を、
図7(b)に、ベアの白金単結晶(111)電極での結果を示す
図7(a)と並べて示す。硫黄が付着することにより電気化学的活性が大幅に抑制されていることがわかる。
【0040】
(実施例2)
実施例2では、実施例1と同じ白金単結晶(111)電極(Surface Preparation Laboratory社製)を準備し、実施例1と同じく、0.01M硝酸セリウム+0.1M過塩素酸水溶液に白金電極(Ce未修飾の白金電極)を浸漬し、アルゴン水素混合ガスのバブリングを行わず電極電位を-0.2Vに保持した。-0.2Vに保持した理由は、0.01M硝酸セリウム+0.1M過塩素酸水溶液中にアルゴン水素混合ガスをバブリングしながら白金電極を接触させた場合の開回路電位が動作中の燃料電極の水素極に対応する-0.2V付近となるためである。
その結果、バブリングを施した
図4の場合と同様に、電流-電位応答から水素吸着脱離波が減少することより、セリウム種の添加、吸着が明らかになった。すなわち、白金表面をセリウム種により修飾するためには、水素電極反応が起こる電位、言い換えれば、動作中の燃料電池の水素極の電位付近に保持するとよいことが立証された。
【0041】
(実施例3)
実施例3では、0.01M硝酸セリウム+0.1M過塩素酸水溶液中に保持して+0.2V印加することにより、硫黄被毒が抑制されることをXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)測定により確かめた。
セリウム種により修飾された白金電極に硫黄を吸着させた状態、およびこの電極を0.01M硝酸セリウム+0.1M過塩素酸水溶液中に保持して+0.2Vの酸化ピークより正電位側の+0.5V付近まで電位走査した状態において、XPS測定を行った。ここで、XPS装置としてはKRATOS NOVA(SHIMADZU社製)を用いた。
図8に、電圧印加前と0.2Vの電圧を印加した後の測定結果を、HS
-2p
3/2、HS
-2p
1/2、SO
2
2-2p
3/2、SO
22p
3/2の計算値とそれらのコンポーネントを組み合わせて作成したフィッティング曲線と合わせて示す。
【0042】
セリウム種により修飾された白金電極に硫黄を吸着させた試料では、硫黄あるいは硫化物イオンに帰属されるピークが現れた。続いて、この電極を電解質水溶液中に保持して+0.2Vの酸化ピークを経て、+0.5Vで取り出した後では、硫化物イオンのピークと共に、二酸化硫黄あるいは硫酸イオンといった硫黄酸化物に由来するピークが現れた。したがって、+0.2Vに現れる酸化電流は硫黄の酸化によるものであるということが示された。
【0043】
(実施例4)
表面吸着種の同定のため、実施例1と同様にして作製した試料に対してXAFS測定を行った。ここで、XAFS測定は高エネルギー加速器研究機構 Photon Factoryにて実施した。
その測定結果を
図9(a)に示す。
図9(b)には、3価のセリウム種の例としてCe(NO
3)
3、4価のセリウム種の例としてCeO
2を測定した結果も併せて示す。
図9(c)には、この試料の電流-電位応答を参考までに示す。
両図を比較すれば明らかなように、実施例1の試料には、3価のセリウム種に特徴的なピークが5726eV付近に現れている。このことより白金電極上に吸着したセリウム種は3価のイオン(Ce
3+)と同定された。
【0044】
(実施例5)
実施例5では、電位サイクル数依存性を調べた。
セリウム種により修飾されていない白金表面に硫黄を吸着させた場合、
図10に示されるように、+0.7~+1.0V付近にかけて酸化電流が流れる。この酸化電流は電位サイクルを重ねるごとに徐々に小さくなる一方、水素の吸着脱離に由来する-0.2~+0.05V付近の電流応答が大きくなる。つまり、この酸化電流は硫黄種の酸化分解に由来するものであり、電位サイクルの繰り返しにより白金表面が次第に露出するということが明らかになった。
一方、セリウム種により修飾された白金電極に硫黄を吸着させた場合は、その結果を
図11に示すように、電流―電位曲線において+0.2V付近に酸化電流が現れた。
【0045】
以上から、セリウム種により修飾された白金電極では、未修飾の清浄な白金より負電位側の-0.2V~+0.5Vの領域にて電位サイクルを繰り返すことにより、吸着した硫黄種の酸化脱離が起こるということが明らかになった。
本発明によれば、フィルターのようなコスト増に直結する付加設備を設けることなく、硫黄被毒による劣化、経時変化を防止、抑制した、白金使用の電極、および燃料電池、並びにそれらの製造方法が提供される。燃料電池はモビリティ用次世代エネルギー源として期待されており、本技術は社会および産業に大きなインパクトを与えるものと考える。水素燃料の純度を過剰に高める必要がなくなるという観点からも燃料電池の普及拡大に貢献する技術であると考える。