(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118558
(43)【公開日】2024-09-02
(54)【発明の名称】絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス、及びこれを用いた絶縁電線、コイル、回転電機並びに電気・電子機器
(51)【国際特許分類】
C09D 179/08 20060101AFI20240826BHJP
H01B 7/02 20060101ALI20240826BHJP
【FI】
C09D179/08 A
H01B7/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023024901
(22)【出願日】2023-02-21
(71)【出願人】
【識別番号】320003426
【氏名又は名称】エセックス古河マグネットワイヤジャパン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】弁理士法人クオリオ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 修一
(72)【発明者】
【氏名】原 奈摘子
(72)【発明者】
【氏名】国分 亮
(72)【発明者】
【氏名】冨澤 恵一
(72)【発明者】
【氏名】武藤 大介
【テーマコード(参考)】
4J038
5G309
【Fターム(参考)】
4J038DJ021
4J038NA21
4J038PB09
5G309MA02
(57)【要約】
【課題】芳香族ポリイミド樹脂で構成された絶縁層の形成に用いる、芳香族ポリアミック酸を含有する樹脂ワニスであって、より速乾性に優れ、1回の塗布・焼付け工程で形成される絶縁層をより厚くしても、ブツの発生を効果的に抑えることができる芳香族ポリイミド樹脂ワニス、当該樹脂ワニスを用いて形成した絶縁層を含む絶縁皮膜を有する、外観に優れた絶縁電線、並びに、この絶縁電線を用いたコイル、回転電機及び電気・電子機器を提供する。
【解決手段】イミド化率が10~60%である芳香族ポリアミック酸を含む、絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イミド化率が10~60%である芳香族ポリアミック酸を含む、絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス。
【請求項2】
前記樹脂ワニスの不揮発分率を25質量%に調整した試料10mgを、ガス流量100ml/分の窒素雰囲気下で35℃から速度20℃/分で昇温した場合に、前記溶剤の沸点到達時点における重量減少率が40質量%以上である、請求項1に記載の絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス。
【請求項3】
前記重量減少率が50質量%以上である、請求項2に記載の絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス。
【請求項4】
前記樹脂ワニスの不揮発分率が10質量%以上である、請求項3に記載の絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス。
【請求項5】
導体と、導体の外周を覆う絶縁皮膜とを有する絶縁電線であって、
前記絶縁皮膜が、請求項1~4のいずれか1項に記載の絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニスの塗布・焼付けを繰り返して形成された積層絶縁層を含む、絶縁電線。
【請求項6】
前記積層絶縁層を構成する各絶縁層の1層あたりの平均厚さが4μm以上である、請求項5に記載の絶縁電線。
【請求項7】
請求項6に記載の絶縁電線を用いたコイル。
【請求項8】
請求項7に記載のコイルを有する電気・電子機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス、及びこれを用いた絶縁電線、コイル、回転電機並びに電気・電子機器に関する。
【背景技術】
【0002】
高速スイッチング素子、インバータモーター、変圧器等の電気・電子機器用コイルには、マグネットワイヤとして、線状金属導体の外周面に樹脂製の絶縁皮膜を備えた絶縁電線が用いられている。絶縁電線の絶縁皮膜は、熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂を塗布・焼付けしたり、熱可塑性樹脂を押出被覆したり、あるいはこれらを組み合わせたりして形成されている。
【0003】
上記熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂の塗布・焼付けでは、樹脂を溶剤に溶解した樹脂ワニスが用いられ、各絶縁層が目的の厚さとなるように樹脂ワニスの塗布量が決定される。樹脂ワニス中の溶剤は、樹脂ワニスの塗布に続く焼付け工程において揮発(蒸発)して除去される。そのため、1回の樹脂ワニスの塗布量をあまり多くせず(形成される絶縁層の厚さをあまり厚くせず)、かつ、十分な焼付け温度、焼付け時間が確保されれば、形成される絶縁層内の残留溶剤量を低く抑えることができる。一方で、樹脂ワニスの塗布量が多い(絶縁層が厚い)場合には、焼付け工程において溶剤が十分に揮発(蒸発)せず、形成される絶縁層内の残留溶剤量が多くなる。この過剰の残留溶剤は、樹脂ワニスの塗布・焼付けを繰り返す中で、絶縁層の内側から外側に向かって絶縁層を押し上げるように発泡してブツ(揮発成分由来の発泡等に由来する絶縁層ないし絶縁被膜表面の隆起、突起等)を生じさせ、外観不良の原因となる。また、生じたブツは導体と絶縁層の密着性や、絶縁層間の密着性を低下させる原因にもなる。
絶縁層における残留溶剤量を抑制し、絶縁皮膜の外観不良の発生を抑制する観点から、通常は1回あたりの樹脂ワニスの塗布量は少なく(絶縁層の厚さを薄く)設定されており、例えば1層あたり平均厚さが2~3μmの絶縁層となるように樹脂ワニスの塗布・焼付けが行われ、当該工程を繰り返して積層絶縁層とすることにより、目的の厚さの絶縁皮膜が形成される。
【0004】
樹脂ワニスの塗布・焼付けにより形成される絶縁層(エナメル層)の材料として、種々の熱硬化性樹脂が知られている。また、一部の熱可塑性樹脂もエナメル層の材料として用いられている。なかでも、芳香族環がイミド結合で連結された構造を有する熱硬化性の芳香族ポリイミド樹脂(以下、単に「芳香族ポリイミド樹脂」という。)は、耐熱性に優れ、電気特性の温度依存性が低く、寸法安定性が高く、耐薬品性にも優れており、絶縁層の形成材料として広く用いられている。芳香族ポリイミド樹脂の絶縁層は、芳香族ポリイミド樹脂の前駆体である芳香族ポリアミック酸を含有するワニスを塗布・焼付けすることにより形成される。
【0005】
上記のポリイミド樹脂を含む絶縁皮膜中の残量溶媒量を低減した絶縁電線が提案されている。例えば特許文献1には、(1)実質的にポリアミドイミド、およびポリイミドのうちの少なくとも一方からなる第1絶縁層と、(2)ポリアミドイミドAに、ガラス転移温度140℃以上の熱可塑性樹脂Bを、重量比A/Bで表してA/B=70/30~30/70の割合で配合してなる第2絶縁層とをこの順に被覆、積層することによって、導体上に、上記第1絶縁層の膜厚T1と、第2絶縁層の膜厚T2との比T1/T2がT1/T2=5/95~40/60の範囲内で、かつ残留溶剤量が絶縁皮膜総量の0.05重量%以下である絶縁皮膜を形成したことを特徴とする絶縁電線の発明が記載されている。特許文献1記載の技術によれば、絶縁皮膜全体の残留溶媒量を上記の通り制御することにより、絶縁電線の末端を接合する工程で、接合部付近の絶縁皮膜が接合の熱などによって発泡したり、あるいはその変色長さが長くなったりすることをより確実に防止できるとされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
樹脂ワニスの塗布・焼付け工程において、1回の塗布・焼付け時の溶剤(溶媒)の揮発速度をより速めることができれば、より厚い絶縁層を形成しながらブツの発生を抑制することが可能となる。すなわち、必要な厚さの絶縁皮膜を、より少ない層数の絶縁層で形成することが可能となり、工程数を減らすことができ、結果、製造コストを抑えることができる。
【0008】
本発明は、芳香族ポリイミド樹脂で構成された絶縁層の形成に用いる、芳香族ポリアミック酸を含有する樹脂ワニス(以下、単に「芳香族ポリイミド樹脂ワニス」ともいう。)であって、より速乾性に優れ、1回の塗布・焼付け工程で形成される絶縁層をより厚くしても、ブツの発生を効果的に抑えることができる芳香族ポリイミド樹脂ワニスを提供することを課題とする。また、本発明は、当該樹脂ワニスを用いて形成した絶縁層を含む絶縁皮膜を有する、外観に優れた絶縁電線、並びに、この絶縁電線を用いたコイル、回転電機及び電気・電子機器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討した結果、芳香族ポリイミド樹脂ワニスにおいて、塗布・焼付け工程の前に、ポリアミック酸構造の脱水・環化反応をある程度進めてイミド化率を一定の範囲に高めておくことにより、当該芳香族ポリイミド樹脂ワニスの速乾性を効果的に高めることができ、当該芳香族ポリイミド樹脂ワニスの塗布・焼付けを繰り返して形成される絶縁皮膜中の残留溶剤量を低減することができること、その結果、ブツの発生が抑制されて外観に優れた絶縁電線を得ることができることを見出した。本発明は、これらの知見に基づきさらに検討を重ね、完成されるに至ったものである。
【0010】
すなわち、本発明の上記課題は、以下の手段によって解決された。
〔1〕
イミド化率が10~60%である芳香族ポリアミック酸を含む、絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス。
〔2〕
前記樹脂ワニスの不揮発分率(固形分量)を25質量%に調整した試料10mgを、ガス流量100ml/分の窒素雰囲気下で35℃から速度20℃/分で昇温した場合に、前記溶剤の沸点到達時点における重量減少率が40質量%以上である、前記〔1〕に記載の絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス。
〔3〕
前記重量減少率が50質量%以上である、前記〔2〕に記載の絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス。
〔4〕
前記樹脂ワニスの不揮発分率が10質量%以上である、前記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス。
〔5〕
導体と、導体の外周を覆う絶縁皮膜とを有する絶縁電線であって、
前記絶縁皮膜が、前記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニスの塗布・焼付けを繰り返して形成された積層絶縁層を含む、絶縁電線。
〔6〕
前記積層絶縁層を構成する各絶縁層の1層あたりの平均厚さが4μm以上である、
前記〔5〕に記載の絶縁電線。
〔7〕
前記〔6〕に記載の絶縁電線を用いたコイル。
〔8〕
前記〔7〕に記載のコイルを有する電気・電子機器。
【0011】
本発明ないし本明細書において、単に「絶縁層」という場合、樹脂ワニスの塗布・焼付けを1回行って形成される層を意味する。本発明では、同一の樹脂ワニスの塗布・焼付けを複数回繰り返して形成した絶縁層は複層の絶縁層として捉える。つまり、樹脂ワニスが同一でも異なっていても、1回の塗布・焼付けで形成される層を絶縁層1層とカウントする。換言すれば、塗布・焼付けを繰り返したとき、当該繰り返し数と同じ数の絶縁層が積層された積層絶縁層が形成される。なお、この積層数は、絶縁層の断面をエッジング後、光学顕微鏡またはマイクロスコープで確認できる。
本発明では、絶縁電線における絶縁皮膜は上記の通り、樹脂ワニスの塗布・焼付けを繰り返して形成された積層絶縁層を含むことを特定事項として有しているが、これは単に絶縁皮膜の状態を示す(すなわち、絶縁皮膜が特定のエナメル層を含むことを示す)ものであり、これにより絶縁皮膜の構造ないし特性を明らかにするものである。
本発明ないし本明細書では、絶縁電線の長手方向と直交する断面形状で、導体および絶縁皮膜を含めた絶縁電線の形状を、単に断面形状と称する場合がある。本発明における断面形状は、単に切断面のみが特定の形状をしているのでなく、絶縁電線全体の長手方向に、この断面形状が連続してつながっており、特段の断りがない限り、絶縁電線の長手方向のいずれの部分に対しても、この方向と直交する断面形状は実質的に同じであることを意味する。
本発明ないし本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
本発明ないし本明細書において、濃度の単位として記載する「ppm」は質量基準である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニスは、塗布・焼付け処理における速乾性に優れ、1回の塗布・焼付けにより形成されるポリイミド絶縁層をより厚くした場合でも、ポリイミド絶縁層中に溶剤が残留しにくく、ブツの発生を効果的に抑えることができる。また、当該樹脂ワニスを絶縁皮膜の形成に用いた絶縁電線は、当該樹脂ワニスの1回の塗布・焼付けにより形成されるポリイミド絶縁層をより厚くした場合でも、絶縁皮膜の残留溶剤量を低く抑えることができ、ブツの発生が抑えられて外観に優れる。さらに、本発明によれば、前記絶縁電線を用いたコイル、回転電機および電気・電子機器が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本発明の電気・電子機器に用いられるステータの好ましい形態を示す概略分解斜視図である。
【
図2】
図2は、本発明の電気・電子機器に用いられるステータの好ましい形態を示す概略斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の好ましい実施形態について説明するが、本発明は、本発明で規定すること以外は、下記の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
[絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス]
本発明の絶縁被覆用(絶縁層形成用)芳香族ポリイミド樹脂ワニス(以下、「本発明の樹脂ワニス」とも称す。)は樹脂成分として芳香族ポリアミック酸を有し、絶縁電線の製造において、塗布・焼付けにより芳香族ポリイミド樹脂の絶縁層(ポリイミド絶縁層)を形成するための樹脂ワニスである。本発明の樹脂ワニスは、芳香族ポリアミック酸のイミド化率が特定の範囲に高められており、溶剤との相互作用性が抑えられて速乾性に優れる。そのため、本発明の樹脂ワニスを用いて形成した絶縁層、積層絶縁層ないし絶縁皮膜は残留溶剤量が低く抑えられ、これにより残留溶剤に起因する絶縁皮膜の外観異常の発生(ブツの発生等)を抑制することができる。
また、本発明の樹脂ワニスは速乾性に優れるため、本発明の樹脂ワニスの塗布・焼付けにおいて1回の塗布量を多くすることができ、これによって、より厚肉のポリイミド絶縁層を形成することができる。したがって、目的の皮膜厚さに到達するのに要する塗布・焼付けの繰り返し数を低減することができるため、絶縁電線の製造コストを低減させることができる。
本発明の樹脂ワニスに特徴的な構成について下記に説明する。
【0016】
<芳香族ポリアミック酸>
本発明の樹脂ワニスは、樹脂成分として芳香族ポリアミック酸(芳香族ポリイミド前駆体)を含有し、その構造の一部が特定の割合で脱水・環化反応を生じてイミド結合を形成し、本発明で規定するイミド化率へと制御されている。このようなポリマーを、以降の説明において「本発明に用いるポリアミック酸」ともいう。
【0017】
芳香族ポリアミック酸は、芳香族カルボン酸二無水物と芳香族ジアミンから開環重付加反応により形成することができる。芳香族ポリアミック酸の調製方法は特に限定されず、常法により調製することができる。例えば、非プロトン性のアミド系極性溶剤に芳香族ジアミンを溶解させ、室温下で撹拌しながら芳香族カルボン酸二無水物を添加することにより得ることができる。
【0018】
前記芳香族ポリアミック酸は、例えば下記一般式(1)で表される単位構造を有するものである。
【0019】
【0020】
一般式(1)中、R1は芳香族環を有する4価の基を示し、R2は芳香族環を有する2価の基を示す。ここで、R1は芳香族カルボン酸二無水物に由来し、R2は芳香族ジアミンに由来する。上記芳香族環として、例えば、ベンゼン環、ナフタレン環が挙げられ、ベンゼン環が好ましい。R1及びR2が有する芳香族環の数は、1~4が好ましく、1又は2がより好ましい(ナフタレン等の縮合芳香族環は、縮合芳香族環全体が1つの芳香族環である)。絶縁電線のエナメル層の形成に用いる芳香族ポリアミック酸それ自体は広く知られており、本発明は、これらの芳香族ポリアミック酸のイミド化率を制御した点に特徴がある。
【0021】
本発明に用いるポリアミック酸は、構造の一部が特定の割合で脱水・環化反応(イミド化反応)を生じてイミド結合を形成している。この脱水・環化反応は、例えば、加熱イミド化法や化学的イミド化法等の通常の方法により生じさせることができる。例えば、実施例に記載の方法を採用することもできる。
前記一般式(1)の単位構造がイミド化された場合、下記一般式(2)で表される構造となる。
【0022】
【0023】
一般式(2)中、R3は前記R1と同義であり、R4は前記R2と同義である
【0024】
-イミド化率-
本発明に用いるポリアミック酸は、イミド化率が10~60%である。前記イミド化率は、樹脂ワニスを用いて、常法により測定することができる。例えば、樹脂ワニス中の樹脂のイミド化率を100%とした参照サンプル(ポリイミド)と測定サンプルである樹脂ワニス中の樹脂(ポリアミック酸)におけるFT-IRスペクトルを、島津社製のフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR、商品名:IRAffinity-1S)を用い、ATR(減衰全反射:Attenuated Total Reflection)法により測定し、得られたFT-IRスペクトル(波形データ)の1774cm-1付近のピーク強度を比較することにより、イミド化率を算出することができる。すなわち、イミド化率(%)は、ベースライン補正を行った後に、下記式により算出することができる。
イミド化率(%)=100×[測定サンプルの数値(A1774cm-1/A1495cm-1)]/[参照サンプルの数値(A1774cm-1/A1495cm-1)]
例えば、波数4000cm-1の吸光度を用いてベースライン補正を行い、また波数1495cm-1付近のピーク強度を用いて規格化を行い(1774cm-1付近のピーク強度を1495cm-1付近のピーク強度で割り)、得られた測定サンプルの数値(A1774cm-1/A1495cm-1)と、イミド化率を100%とした参照サンプルの数値(A1774cm-1/A1495cm-1)を比較することによりイミド化率を算出することができる。
上記樹脂ワニス中の樹脂のイミド化率を100%とした参照サンプルは、例えばポリイミド樹脂ワニスを300℃で1時間加熱することにより、ポリアミック酸の脱水・環化反応を十分に促進させて調製することができる。
なお、本明細書において、例えば「1774cm-1付近のピーク強度」とは、波長1774cm-1にピークがある場合には当該ピーク強度を意味し、波長1774cm-1にピークが無い場合には、波長1774cm-1に最も近い波数位置におけるピーク強度を意味する。すなわち、必ずしも波数1774cm-1位置の吸光度を意味するものではない。他のピーク強度についても同様である。
【0025】
本発明者らが検討を重ねた結果、ポリアミック酸のイミド化率が本発明で規定するイミド化率よりも低い場合には、樹脂ワニスを用いた塗布・焼付けによる絶縁層(絶縁皮膜)形成において溶剤の揮発(蒸発)が起こりにくいことが分かってきた。この理由は定かではないが、次のように考えられる。
樹脂ワニス中に含まれる溶剤は、ポリアミック酸が有する-NH-基や-OH基と水素結合等を形成して配位し、安定化するため、このように安定化した溶剤は、このような結合を形成していない遊離の溶剤と比較して揮発(蒸発)しにくい傾向にある。例えば、溶剤がジメチルアセトアミドやN-メチルピロリドンの場合、これらが有するカルボニル基を介してポリアミック酸が有する-NH-基や-OH基に配位する。ポリアミック酸のイミド化率が本発明で規定するイミド化率よりも低い場合には、樹脂ワニスを用いた塗布・焼付けによる絶縁層(絶縁皮膜)形成において、溶剤とポリアミック酸との相互作用性が強く働き、溶剤の揮発(蒸発)が起こりにくく、絶縁層内に溶剤が残留しやすくなるものと考えられる。
【0026】
一方で、ポリイミド樹脂のイミド化率が本発明で規定するイミド化率よりも高い場合にも、溶剤の速乾性は損なわれる傾向にあることもわかってきた。これは、樹脂ワニス自体が高粘度化することが原因であると考えられる。すなわち、樹脂が溶剤の蓋のように作用して溶剤の一部を塗布層内に閉じ込めてしまうことが推察される。
【0027】
このように絶縁層内部に残留した溶剤の少なくとも一部は、樹脂ワニスの塗布・焼付け作業を繰り返すうちに表層の絶縁層を下から押し上げるように発泡し、ブツ等を生じるため、絶縁皮膜の外観不良を引き起こす原因となる。
【0028】
本発明の樹脂ワニスはポリアミック酸のイミド化率を10~60%に制御することにより、ポリアミック酸に束縛されていない自由な溶剤(遊離状態の溶剤)の割合を増やして、塗布・焼付け時の溶剤の蒸発を促進させる一方で、樹脂ワニスの粘性も適度に抑えることができ、絶縁層内(絶縁皮膜内)における残留溶剤量を効果的に減少させることができ、結果として外観に優れた絶縁電線とすることができる。また、イミド化率を上記の範囲内とすることにより、本発明の樹脂ワニスの焼付け時において、イミド化反応による副生水の発生を抑えることができる。すなわち、当該副生水の突沸等に由来する発泡を抑制できることも、得られる絶縁電線を外観に優れたものとできる理由の1つと考えられる。
【0029】
本発明の樹脂ワニスにおいて、樹脂ワニスの速乾性をより高める観点から、前記イミド化率は15%以上であることが好ましく、20%以上であることがより好ましく、25%以上であることがさらに好ましい。また、上記と同様の観点から、前記イミド化率は55%以下であることが好ましく、50%以下であることがより好ましく、45%以下であることがさらに好ましく、40%以下であることがさらに好ましく、35%以下であることがさらに好ましい。前記イミド化率を好ましい範囲として示すと、15~55%であり、20~50%がより好ましく、25~45%がさらに好ましく、25~40%とすることも好ましく、25~35%とすることも好ましい。
【0030】
-芳香族カルボン酸二無水物-
前記芳香族カルボン酸二無水物は、芳香族テトラカルボン酸二無水物であり、例えばピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、4,4’-オキシジフタル酸二無水物(ODPA)、2,2-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、2,2-ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、1,1-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、1,1-ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)エタン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)メタン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)スルホン二無水物、ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)エーテル二無水物、1,2,5,6-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物が挙げられる。芳香族ポリアミック酸の調製において、上記芳香族カルボン酸二無水物は、1種のみを単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。本発明の樹脂ワニスにおいて、前記芳香族カルボン酸二無水物はPMDA、BPDA、及び/又はODPAであることが好ましい。
【0031】
-芳香族ジアミン-
前記芳香族ジアミンは、芳香族ジアミン化合物であることが好ましく、例えば4,4’-オキシジアニリン(ODA)、m-フェニレンジアミン、3,3’-ジアミノ-4,4’ジヒドロキシジフェニルスルホン、4,4’ジアミノ-3,3’ジヒドロキシビフェニル、2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕ヘキサフルオロプロパン、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(DDE)、3,4’-ジアミノジフェニルエーテル(m-DDE)、3,3’-ジアミノジフェニルエーテル、4,4’-ジアミノ-ジフェニルスルホン(p-DDS)、3,4’-ジアミノ-ジフェニルスルホン、3,3’-ジアミノ-ジフェニルスルホン、2,4’-ジアミノジフェニルエーテル、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン(m-TPE)、1,3-ビス(3-アミノフェノキシ)ベンゼン(APB)、2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕プロパン(BAPP)、2,2-ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕ヘキサフルオロプロパン(HF-BAPP)、ビス〔4-(4-アミノフェノキシ)フェニル〕スルホン(p-BAPS)、ビス〔4-(3-アミノフェノキシ)フェニル〕スルホン(m-BAPS)、4,4’ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン(p-TPE)、4,4’-ジアミノジフェニルスルフィド(ASD)、3,4’-ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’-ジアミノジフェニルスルフィド、3,3’ジアミノ-4,4’ジヒドロキシジフェニルスルホン、2,4-ジアミノトルエン(DAT)、2,5-ジアミノトルエン,3,5-ジアミノ安息香酸(DABz),2,6-ジアミノピリジン(DAPy)、4,4’ジアミノ-3,3’ジメトキシビフェニル、4,4’ジアミノ-3,3’ジメチルビフェニル、9,9’-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン(FDA)などが挙げられる。芳香族ポリアミック酸の調製において、上記ジアミンは、1種のみを単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。本発明の樹脂ワニスにおいて、前記ジアミンはODA及び/又はBAPPであることが好ましい。
【0032】
<溶剤>
本発明の樹脂ワニスは、樹脂をワニス化させるために溶剤(有機溶剤、有機溶媒)を含有する。溶剤として、例えば、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc、沸点:165℃)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP、沸点:202℃)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF、沸点:153℃)等のアミド系溶媒、N,N-ジメチルエチレンウレア、N,N-ジメチルプロピレンウレア、テトラメチル尿素等の尿素系溶媒、γ-ブチロラクトン、γ-カプロラクトン等のラクトン系溶媒、プロピレンカーボネート等のカーボネート系溶媒、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン系溶媒、酢酸エチル、酢酸n-ブチル、ブチルセロソルブアセテート、ブチルカルビトールアセテート、エチルセロソルブアセテート、エチルカルビトールアセテート等のエステル系溶媒、ジグライム、トリグライム、テトラグライム等のグライム系溶媒、トルエン、キシレン、シクロヘキサン等の炭化水素系溶媒、クレゾール、フェノール、ハロゲン化フェノールなどのフェノール系溶媒、スルホラン等のスルホン系溶媒、ジメチルスルホキシド(DMSO)などが挙げられる。
【0033】
これらのうち、加熱による架橋反応を阻害しやすい水素原子をもたない等の観点から、DMAc、NMP、DMF、N,N-ジメチルエチレンウレア、N,N-ジメチルプロピレンウレア、テトラメチル尿素、及びDMSOから選ばれるものがより好ましく、DMAc及び/又はNMPがさらに好ましい。
上記溶剤等は、1種のみを単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0034】
本発明の樹脂ワニスに含まれる樹脂中、ポリアミック酸の含有量は50質量%以上が好ましく、70質量%以上がより好ましく、80質量%以上がさらに好ましく、90質量%以上がさらに好ましく、樹脂のすべてがポリアミック酸であることも好ましい。また、ポリアミック酸以外の樹脂を含む場合、当該樹脂の種類は、本発明の効果を損なわい範囲で適宜に選択される。例えば、本発明の樹脂ワニスはポリアミック酸に加え、ポリイミド樹脂等を含有していてもよい。なお、樹脂ワニスがポリアミック酸以外の樹脂を含有する場合であっても、上記のイミド化率は上記の通り、樹脂ワニス全体の組成に基づき(樹脂ワニス全体を試料として)決定されるものである。
【0035】
本発明の樹脂ワニスは、特性に影響を及ぼさない範囲で、密着助剤、酸化防止剤、帯電防止剤、紫外線防止剤、光安定剤、蛍光増白剤、顔料、染料、相溶化剤、滑剤、強化剤、難燃剤、架橋剤、架橋助剤、可塑剤、増粘剤、減粘剤およびエラストマーなどの各種添加剤を含有してもよい。
また、本発明の樹脂ワニスは、特性に影響を及ぼさない範囲で、無機微粒子を含有してもよい。このような無機微粒子としては、例えば酸化亜鉛、酸化チタン、シリカ、アルミナ、酸化錫、炭化ケイ素、チタン酸ストロンチウムなどが挙げられる。
【0036】
<不揮発分率>
本発明ないし本明細書において、「樹脂ワニスの不揮発分」とは、樹脂ワニス中の水や溶剤等の揮発成分を除いた蒸発残分(固形分)を意味し、「不揮発分率」とは樹脂ワニスの固形分量(質量%)を意味する。本発明の樹脂ワニスは、不揮発分率が10質量%以上であることが好ましく、15質量%以上とすることもでき、20質量%以上とすることもできる。また、上限値は特に限定されないが、例えば50質量%以下とすることもでき、40質量%以下とすることもでき、35質量%以下とすることもできる。本発明の樹脂ワニスの不揮発分率を好ましい範囲として示すと、10~50質量%であり、15~40質量%がより好ましく、20~35質量%がさらに好ましい。
前記不揮発分率は、本発明の樹脂ワニスを加熱して揮発成分を十分に蒸発させ、加熱後に残った残渣の重量を測定し、加熱前の試料の重量に対する百分率を求めることにより算出することができる。加熱条件は、樹脂ワニスに含まれる溶剤等の沸点を考慮して適宜設定することができる。例えば、JIS K 5601-1-2:2008に準じた方法とし、加熱温度を200℃、加熱時間を2時間とすることも好ましい。
【0037】
<重量減少率>
本発明の樹脂ワニスは、ポリアミック酸のイミド化率が特定の範囲に制御されているため、樹脂ワニスに含まれる溶剤が、より揮発(蒸発)しやすい状態にある。そのため、本発明の樹脂ワニスは、一定の昇温速度で加熱したときに、溶剤の沸点温度における重量減少率が高いものである。本発明の樹脂ワニスにおける重量減少率の測定は、樹脂ワニスに溶剤を添加したり、イミド化が実質的に進行しない条件下で乾燥して濃縮したりして、不揮発分率を25質量%に調整した上で、下記の方法により行うことができる。
-測定条件-
・試料中の不揮発分率:25質量%
・試料重量:10mg
・装置:示差熱・熱重量同時測定装置(商品名:DTG-60AH、島津社製)
・昇温速度:20℃/分
・昇温範囲:35~400℃
・窒素雰囲気下
・ガス流量:100ml/分
上記測定において、試料は測定直前に調製することが好ましい。当該条件において、樹脂ワニスの含有する溶剤の沸点温度に達した時点における試料重量を測定し、測定前の試料重量から減少した重量の割合を算出して、当該溶剤の沸点温度における重量減少率(質量%)を決定することができる。例えば測定前の試料重量が10mg、溶剤の沸点温度に達したときの試料重量が2mgである場合、重量減少率(質量%)は、[1-(2/10)]×100=80(質量%)と計算することができる。溶剤の沸点温度は、その溶剤について公知となっている沸点温度を用いることができる。また、樹脂ワニスに複数の溶剤が含まれている場合には、これら溶剤の各沸点温度の加重平均値を、当該樹脂ワニスの溶剤の沸点温度とすることができる。例えば、沸点温度が100℃の溶剤Aの割合が20質量%、沸点温度が200℃の溶剤Bの割合が80質量%である混合溶剤の沸点温度は、[(100×20/100)+(200×80/100)]=180℃と計算することができる。
本発明の樹脂ワニスは、上記条件で測定される、溶剤の沸点温度に達した時点の重量減少率が40質量%以上であることが好ましく、45質量%以上であることがより好ましく、50質量%以上であることがさらに好ましい。
【0038】
<流動性>
導体に樹脂ワニスを塗布する際、導体の温度(線温)は製造条件等により異なるが、概ね30~70℃程度であることが一般的である。そのため、本発明の樹脂ワニスは、樹脂ワニスの塗布・焼付け時に溶剤を十分に揮発(蒸発)させる観点から、当該樹脂ワニスの30~70℃の少なくともいずれか1点の温度(例えば30℃)における粘度が15000mPa・s以下であることが好ましく、10000mPa・s以下であることがより好ましく、3000mPa・s以下であることがさらに好ましい。また、樹脂ワニスを導体ないし絶縁層上に塗布する観点から、前記粘度は通常500mPa・s以上であり、1000mPa・s以上とすることもでき、1500mPa・s以上とすることもできる。
また、本発明の樹脂ワニスは、導体に樹脂ワニスを塗布する際の線温における粘度が、上記粘度の範囲内であることがより好ましい。
【0039】
[絶縁電線]
本発明の絶縁電線は、導体と、該導体の外周を覆う絶縁皮膜とを有する。この絶縁皮膜は、本発明の樹脂ワニスの塗布・焼付けを繰り返して形成される、いわゆるエナメル層(多層エナメル層)を含む。すなわち、本発明の絶縁電線において、前記絶縁皮膜はポリイミドを有する絶縁層を含む絶縁皮膜である。
本発明の絶縁電線の断面形状は、導体と相似形であることが好ましく、なかでも、絶縁皮膜全体の形状、すなわち、絶縁皮膜の、導体とは反対側の最外面における断面形状が、導体と相似形であることが特に好ましい。なお、相似形とは完全な相似形に限定されるものではなく、略相似形であればよい。
【0040】
<導体>
本発明に用いる導体としては、従来から絶縁電線の導体として用いられているものを使用することができる。例えば、銅線、アルミニウム線等の金属導体が挙げられる。
【0041】
本発明で使用する導体の長手方向と直交する断面形状は特に限定されるものではない。例えば、円形または矩形(平角形状)の断面形状の導体が挙げられる。本発明では、断面形状が矩形の導体、すなわち平角導体が好ましい。断面形状が矩形の導体は、円形のものと比較し、巻線時にステータコアのスロットに対する占積率が高くなる。このため、一定の狭い空間に多くの絶縁電線を組み込むような用途に好ましい。
断面形状が矩形の導体は、コーナー部(角部)からの部分放電を抑制する点において、4隅に面取り(曲率半径r)を設けた形状であることが好ましい。曲率半径rは、0.6mm以下が好ましく、0.2~0.4mmがより好ましい。
導体の大きさは、特に限定されないが、平角導体の場合、矩形の断面形状において、幅(長辺)は1.0~10.0mmが好ましく、1.0~5.0mmがより好ましく、1.4~4.0mmがさらに好ましく、厚み(短辺)は0.4~3.0mmが好ましく、0.5~2.5mmがより好ましい。幅(長辺)と厚み(短辺)の長さの比(厚み:幅)は、1:1~1:20が好ましく、1:1~1:4がより好ましい。一方、断面形状が円形の導体の場合、直径は0.3~3.0mmが好ましく、0.4~2.7mmが好ましい。
【0042】
<絶縁皮膜>
本発明の絶縁電線おいて、前記絶縁皮膜は絶縁層が複数積層された積層絶縁層(多層絶縁層)を含む。
本発明の樹脂ワニスは速乾性に優れるため、各絶縁層が厚肉となるように樹脂ワニスの塗布・焼付けを行っても、焼付け時に樹脂ワニス中の溶剤が素早く揮発、蒸発するため、絶縁層(絶縁皮膜)の残留溶剤量を低く制御することができる。また各絶縁層を厚肉とすることにより、樹脂ワニスの塗布・焼付けの繰り返し数を少なくすることができ、絶縁電線の製造に係るコストを低減することができる。上記の観点から、本発明の絶縁電線の絶縁皮膜を構成する各絶縁層の1層あたりの平均厚さは、1μm以上とすることができ、2μm以上であることが好ましく、3μm以上であることがより好ましく、4μm以上であることがさらに好ましく、5μm以上であることがさらに好ましい。また当該平均厚さは、15μm以下とすることもでき、10μm以下であってもよく、6μm以下であってもよい。上記各絶縁層の1層あたりの平均厚さを好ましい範囲として示すと、1~15μmであり、2~15μmがより好ましく、3~10μmがさらに好ましく、4~10μmがさらに好ましく、4~6μmがさらに好ましく、5~6μmがさらに好ましい。
ここで、本明細書では、平均厚さの測定は16点測定による。16点測定は、本分野では常用されている測定方法であって、具体的な測定方法は、国際公開第2013/073397号パンフレットに記載されている。
【0043】
前記絶縁皮膜の厚さは、30μm以上200μm以下であることが好ましく、40μm以上180μm以下であることがより好ましく、50μm以上160μm以下であることがさらに好ましい。
また、前記絶縁皮膜を形成するための塗布・焼付けの繰り返し数は特に限定されず、各絶縁層の厚さを上記の好ましい範囲としたときに、上記絶縁皮膜の厚さとなるように適宜設定することができる。なお、本発明において「塗布・焼付けの繰り返し数」とは、「絶縁皮膜を構成する絶縁層の層数」と同義である。例えば、塗布・焼付けの繰り返し数を10回以上35回以下とすることもでき、12回以上30回以下とすることもでき、15回以上25回以下とすることもできる。また、前記絶縁皮膜を構成する絶縁層の層数を、10層以上35層以下とすることもでき、12層以上層30以下とすることもでき、15層以上25層以下とすることもできる。
各絶縁層の平均厚さは、例えば導体側の絶縁層をより薄肉とし、導体と反対側の絶縁層をより厚肉とすることもできる。絶縁皮膜を構成する各絶縁層の厚さの平均は、上記「各絶縁層の1層あたりの平均厚さ」と同じ値とすることもできる。なお、前記各絶縁層の厚さの平均は、例えば絶縁皮膜の厚さを、絶縁皮膜を構成する絶縁層の層数で除することにより算出することができる。
【0044】
-残留溶剤量-
前記絶縁皮膜は、速乾性に優れる本発明の樹脂ワニスの塗布・焼付けを繰り返すことにより形成されるため、絶縁皮膜(絶縁層)中の残留溶剤量を低く抑えることができる。
本発明の絶縁電線の絶縁皮膜における残留溶剤量は、絶縁皮膜の外観不良の発生を抑制する観点から、10000ppm以下であることが好ましく、8000ppm以下であることがより好ましく、4000ppm以下であることがさらに好ましく、3600ppm以下であることがさらに好ましく、3200ppm以下であることがさらに好ましい。また、導体と絶縁層の密着性や、絶縁層間の密着性を向上させる観点から、500ppm以上であることが好ましく、1000ppm以上であることがより好ましく、2000ppm以上であることがさらに好ましく、2500ppm以上であることがさらに好ましい。
絶縁皮膜中の残留溶剤量は常法によって測定することができ、例えば実施例に記載の方法により測定することができる。
【0045】
[絶縁電線の製造方法]
本発明の絶縁電線は、導体の外周に、本発明の樹脂ワニスを塗布して焼付ける操作を複数回繰り返す塗布・焼付け工程により積層絶縁層を形成して得ることができる。なお、塗布・焼付けに用いる樹脂ワニスは、本発明の規定を満たすものであれば、全ての絶縁層に同一の樹脂ワニスを用いてもよく、絶縁層ごとに異なる種類の樹脂ワニスを用いることもできる。
【0046】
本発明の絶縁電線の製造方法において、絶縁電線の製造時に、本発明の樹脂ワニスのイミド化率及び/又は重量減少率が、それぞれ上記好ましい範囲となるように適宜調整されることが好ましい。イミド化率及び/又は重量減少率の測定は、当該調整の都度行うことができる。
【0047】
本発明の樹脂ワニスを導体上に塗布する方法は、常法でよく、例えば、導体形状の相似形としたワニス塗布用ダイスを用いる方法や、導体断面形状が矩形である場合、井桁状に形成された「ユニバーサルダイス」と呼ばれるダイスを用いることができる。
【0048】
本発明の樹脂ワニスを塗布した導体は、常法にて、焼付炉で焼付けされる。具体的な焼付け条件はその使用される炉の形状などに左右されるが、およそ8mの自然対流式の竪型炉であれば、炉内温度400~650℃にて通過時間を10~90秒に設定することにより、達成することができる。本発明の樹脂ワニスの塗布量は、目的とする各絶縁層の厚さとなるように適宜設定することができる。
【0049】
[コイル、回転電機および電気・電子機器]
本発明の絶縁電線は、コイルとして、回転電機、各種電気・電子機器など、電気特性(耐電圧性)と耐熱性を必要とする分野に利用可能である。例えば、本発明の絶縁電線はモーターやトランス等に用いられ、高性能の回転電機、電気・電子機器を構成できる。特にハイブリッド自動車(HV)や電気自動車(EV)の駆動モーター用の巻線として好適に用いられる。
【0050】
本発明のコイルは、本発明の絶縁電線をコイル加工して形成したもの、本発明の絶縁電線を曲げ加工した後に所定の部分を電気的に接続してなるもの等が挙げられる。
本発明の絶縁電線をコイル加工して形成したコイルとしては、特に限定されず、長尺の絶縁電線を螺旋状に巻き回したものが挙げられる。このようなコイルにおいて、絶縁電線の巻線数等は特に限定されない。通常、絶縁電線を巻き回す際には鉄芯等が用いられる。
【0051】
本発明の絶縁電線を曲げ加工した後に所定の部分を電気的に接続してなるものとして、回転電機等のステータに用いられるコイルが挙げられる。このようなコイルは、例えば、
図1に示されるように、本発明の絶縁電線を所定の長さに切断してU字形状等に曲げ加工して複数の電線セグメント34を作製し、各電線セグメント34のU字形状等の2つの開放端部(末端)34aを互い違いに接続して、作製されたコイル33(
図1、
図2参照)が挙げられる。
【0052】
このコイルを用いてなる電気・電子機器としては、特に限定されない。このような電気・電子機器の好ましい一態様として、トランスが挙げられる。また、例えば、
図1、
図2に示されるステータ30を備えた回転電機(特にHV及びEVの駆動モーター)が挙げられる。この回転電機は、ステータ30を備えていること以外は、従来の回転電機と同様の構成とすることができる。
ステータ30は、電線セグメント34が本発明の絶縁電線で形成されていること以外は従来のステータと同様の構成とすることができる。すなわち、ステータ30は、ステータコア31と、例えば
図1に示されるように本発明の絶縁電線からなる電線セグメント34がステータコア31のスロット32に組み込まれ、開放端部34aが電気的に接続されてなるコイル33とを有している。このコイル33は、隣接する融着層同士、あるいは融着層とスロット32とが固着されて固定化された状態となっている。ここで、電線セグメント34は、スロット32に1本で組み込まれてもよいが、好ましくは
図2に示されるように2本1組として組み込まれる。このステータ30は、上記のように曲げ加工した電線セグメント34を、その2つの末端である開放端部34aを互い違いに接続してなるコイル33が、ステータコア31のスロット32に収納されている。このとき、電線セグメント34の開放端部34aを接続してからスロット32に収納してもよく、また、絶縁セグメント34をスロット32に収納した後に、電線セグメント34の開放端部34aを折り曲げ加工して接続してもよい。
【実施例0053】
以下に、本発明を実施例に基づいて、さらに詳細に説明するが、本発明はこれらの形態に限定されるものではない。下記実施例において、「ppm」は質量基準である。
【0054】
[絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニスの調製]
絶縁被覆用芳香族ポリイミド樹脂ワニス(以下単に「樹脂ワニス」とも称す。)の調製に用いるポリイミド(PI)ワニスとして、下記PIワニスA、及びPIワニスBを調製して用いた。PIワニスA及びBに含まれる樹脂は、芳香族ポリイミド樹脂の前駆体である芳香族ポリアミック酸である。なお、PIワニスA及びPIワニスBのイミド化率は、いずれも3%未満であった。
・PIワニスA(溶剤:DMAc、芳香族カルボン酸二無水物成分:PMDA、芳香族ジアミン成分:ODA)
・PIワニスB(溶剤:NMP、芳香族カルボン酸二無水物成分:PMDA、芳香族ジアミン成分:ODA)
これらのPIワニスについて、下記加熱処理又は化学的処理により部分的に脱水・環化反応(イミド化反応)を促進させることでイミド化率を調整し、調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスを調製した。なお、調製例1~4並びに比較調製例1及び2の樹脂ワニスはPIワニスA由来の樹脂ワニスであり、調製例5及び比較調製例3の樹脂ワニスはPIワニスB由来の樹脂ワニスである。
【0055】
(加熱処理:加熱イミド化法)
PIワニスA及びBを、下記表1に記載の条件で加熱し、芳香族ポリアミック酸のイミド化を促進させた。
(化学的処理:化学的イミド化法)
PIワニスAに対し、塩基性条件下で無水酢酸を3質量%添加して撹拌し、芳香族ポリアミック酸のイミド化を促進させた。
【0056】
得られた調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスの性状、物性を、下記試験によりそれぞれ決定した。結果をまとめて表1に示す。
【0057】
<イミド化率>
調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスのFT-IRスペクトルを、島津社製のフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR、商品名:IRAffinity-1S)を用い、ATR(減衰全反射:Attenuated Total Reflection)法により測定した。なお、参照サンプルとしてPIワニスA又はBを300℃で1時間加熱して調製したPIフィルム(イミド化率:100%)を用い、上記樹脂ワニスと同様に測定した。得られたFT-IRスペクトル(波形データ)を4000cm-1の値を用いてベースライン補正を行い、その後1495cm-1付近のピーク強度を用いて規格化した。規格化後の波形データについて、調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスの1774cm-1付近のピーク強度(A1774cm-1/A1495cm-1)と、参照サンプルにおける1774cm-1付近のピーク強度(A1774cm-1/A1495cm-1)を比較することにより、上記の通り、イミド化率を算出した。
【0058】
<不揮発分率>
調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスの不揮発分率(固形分量、質量%)を、JIS K 5601-1-2:2008に準じた方法により測定した。なお、不揮発分率の測定における加熱条件は200℃、2時間とした。
【0059】
<重量減少率>
調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスの重量減少率(質量%)を、島津社製の示差熱・熱重量同時測定装置(商品名:DTG-60AH)を用いて測定した。上述の通り、前記樹脂ワニスの試料重量を10mgとし、加熱条件は、昇温速度20℃/分、窒素雰囲気下、ガス流量100ml/分とした。測定開始時(35℃)の重量減少率を0質量%とし、加熱温度が前記樹脂ワニスの含有する溶剤の沸点(DMAc:沸点165℃、NMP:沸点202℃)に達した時の重量を測定することで、上述の通り重量減少率(質量%)を算出した。なお、測定前における前記樹脂ワニスの不揮発分率はいずれも25質量%であった。
【0060】
<流動性>
調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスの、30℃条件下における粘度を、E型デジタル粘度計(型番:TVE25L、東機産業社製)を用いて測定し、下記評価基準により評価した。なお、粘度測定前における前記樹脂ワニスの不揮発分率はいずれも25質量%であった。
-評価基準-
〇:粘度が15000mPa・s以下
×:粘度が15000mPa・s越え
【0061】
【0062】
表1から明らかなように、比較調製例1~3の樹脂ワニスは、不揮発分率が25質量%のときの重量減少率がいずれも35質量%以下であった。イミド化率が3%と低い比較調製例1の樹脂ワニスの場合、ポリアミック酸に配位している溶剤の割合が多く、溶剤が揮発(蒸発)しにくかったものと考えられた。また、イミド化率が65%、70%と高い比較調製例2及び3の樹脂ワニスの場合、ポリアミック酸に配位している溶剤の割合が少ないものの、高粘度であり、絶縁層内部の溶剤が揮発(蒸発)しにくかったものと考えられた。
これに対し、イミド化率が特定の範囲となるように調整された本発明の調製例1~5の樹脂ワニス(イミド化率:15~60%)は、不揮発分率が25質量%のときの重量減少率がいずれも40質量%以上であった。すなわち、本発明の調製例1~5の樹脂ワニスは、比較調製例1~3の樹脂ワニスと比較して、より速乾性に優れることが示された。
【0063】
[実施例1~10及び比較例1~6]
調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスを用いて、下記の方法により、導体と絶縁皮膜からなる絶縁電線を作製した。
導体として、断面平角(横3.5mm×縦2.0mmで、四隅の面取りの曲率半径r=0.3mm)の平角導体(酸素含有量15ppmの銅)を用いた。
絶縁層を形成するための樹脂ワニスとして、上記調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスを用いた。当該樹脂ワニスの不揮発分率を調整した後に、導体に接する最も内側の絶縁層の断面の外形の形状が導体断面形状と相似形のダイスを使用して、各絶縁層の1層あたりの平均厚さが下記表2及び3に記載の厚さとなるように、当該樹脂ワニスを導体の表面に塗布し、500℃に設定した炉長8mの焼付け炉内を通過時間20秒となる速度で通過させ、この塗布・焼付けを計20回行い、多層のポリイミド絶縁層からなる絶縁皮膜(厚さ:80μm)を形成した。このようにして実施例1~10及び比較例1~6の絶縁電線を得た。
なお、上記調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスを実施例6~10、比較例4~6の絶縁電線に用いる際の不揮発分率は、調製例1~5及び比較調製例1~3の樹脂ワニスの含有する溶剤と同じ溶剤を用いて希釈することにより調整した。
【0064】
得られた各絶縁電線に対して、下記のようにして、絶縁皮膜中の残留溶剤量及び絶縁電線の外観の評価を行った。得られた結果を、下記表2及び3にまとめて示す。
【0065】
<残留溶剤量>
実施例1~10及び比較例1~6の絶縁電線から絶縁皮膜のみを剥離し、剥離した絶縁皮膜の2mg分について、ガスクロマトグラフ(型式:GC-2010 Plus、島津社製、キャリアガス:窒素)を用いて絶縁皮膜中の残留溶剤量を測定した。測定結果を、下記評価基準に基づき評価した。
-評価基準-
A:残留溶剤量が2800ppm越え、3200ppm以下
B:残留溶剤量が3200ppm越え、3600ppm以下
C:残留溶剤量が3600ppm越え、4000ppm以下
D:残留溶剤量が4000ppm越え、4400ppm以下
E:残留溶剤量が4400ppm越え、4800ppm以下
F:残留溶剤量が4800ppm越え
【0066】
<外観評価>
実施例1~10及び比較例1~6の各絶縁電線を10cmに切り出したものを2本用意し、目視により、当該絶縁電線の絶縁皮膜上に生じたブツ(絶縁皮膜の異常発泡)の個数(ブツ点数)を全てカウントし、絶縁電線1本あたりのブツ点数(平均ブツ点数)を算出して、下記評価基準に基づき評価した。
-評価基準-
A:平均ブツ点数が0個
B:平均ブツ点数が1~2個
C:平均ブツ点数が3~5個
D:平均ブツ点数が6~9個
E:平均ブツ点数が10個以上
【0067】
【0068】
イミド化率が本発明の規定よりも低い範囲である比較調製例1の樹脂ワニスを、不揮発分率をそれぞれ25質量%、10質量%として用いて作製した比較例1及び4の絶縁電線では、いずれも絶縁皮膜中に残留溶剤が蓄積しやすく、さらに絶縁電線の外観において異常発泡が多数観察された。またイミド化率が本発明の規定よりも高い範囲である比較調製例2及び3の樹脂ワニスを、不揮発分率がそれぞれ25質量%、10質量%として用いて作製した比較例2、3、5及び6の絶縁電線でも、絶縁皮膜中の残留溶剤量が多く、また絶縁電線の外観に異常発泡が多数生じた。
【0069】
これに対し、本発明の規定を全て満たす樹脂ワニスである調製例1~5の樹脂ワニスを用いて製造した絶縁電線(実施例1~10)は、いずれも絶縁皮膜中の残留溶剤量が一定程度抑えられており、かつ絶縁電線の外観にも優れることが示された。