(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118596
(43)【公開日】2024-09-02
(54)【発明の名称】反芻動物のメタン産生低減用組成物及びその利用
(51)【国際特許分類】
A23K 10/30 20160101AFI20240826BHJP
A23K 50/10 20160101ALI20240826BHJP
【FI】
A23K10/30
A23K50/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023024960
(22)【出願日】2023-02-21
(71)【出願人】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人北海道国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】523062187
【氏名又は名称】株式会社野本農園
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】弁理士法人IPアシスト
(72)【発明者】
【氏名】福間 直希
(72)【発明者】
【氏名】山家 千尋
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 純
(72)【発明者】
【氏名】宮下 和夫
(72)【発明者】
【氏名】野本 勝一
【テーマコード(参考)】
2B005
2B150
【Fターム(参考)】
2B005BA01
2B005BA07
2B150AA02
2B150AB20
2B150BB01
2B150CE26
2B150DD48
2B150DD56
(57)【要約】
【課題】
反芻動物のメタン産生を低減させる手段を提供することを目的とする。
【解決手段】
本発明は、海藻の発酵物を含む反芻動物のメタン産生を低減させるための組成物、前記組成物を含む反芻動物用の飼料、及び海藻の発酵物を反芻動物に摂取させることを含む反芻動物のメタン産生を低減させるための方法を提供する。本発明によれば、給餌により反芻動物に摂取させることでメタン産生を低減させることができる組成物が提供される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
海藻の発酵物を含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための組成物。
【請求項2】
海藻の発酵物が、褐藻類の発酵物である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
海藻の発酵物が、海藻の仮根の発酵物である、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
海藻の発酵物が、ワカメの仮根の発酵物である、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
海藻の発酵物が、自然発酵により得られる発酵物、又は自然発酵により得られた発酵物を植え継いで得られる発酵物である、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
反芻動物用の飼料添加物又は飲料添加物として用いられる、請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
反芻動物のルーメン細菌叢におけるStreptococcus属、Selenomonas属及びPseudobutyrivibrio属のうちの少なくとも1種以上の存在比率を増加させる、請求項1に記載の組成物。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の組成物を含む、反芻動物用の飼料。
【請求項9】
海藻の発酵物を反芻動物に摂取させることを含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海藻の発酵物を含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための組成物及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
メタンは、いわゆる温室効果ガスの一種である。メタンは、二酸化炭素の約20倍の熱吸収率を有し、温暖化に対する寄与率は二酸化炭素に次いで高い。大気中のメタンの量は二酸化炭素を上回る割合で年々増加しており、メタン量の低減、特にメタン発生の抑制は、世界的な課題とされている。
【0003】
メタン発生源の一つとして、反芻動物、特に家畜として大量に飼育されているウシやヒツジ等のルーメン発酵が挙げられる。牛1頭から1日あたり200~600 Lのメタンが曖気として放出され、その総量は全世界で年間約20億トン(CO2換算)と推定されており、これは全世界で発生している温室効果ガスの約4%(CO2換算)を占めるともいわれている。
【0004】
また、反芻動物のルーメン発酵によるメタン産生は、飼料から得られるエネルギーの浪費という側面も有する。反芻動物に与えられる植物性飼料は、ルーメンに生息する微生物により水素と二酸化炭素にまで分解される。水素は、反芻動物が栄養として使用する酢酸、酪酸、プロピオン酸といった短鎖脂肪酸に変換されるが、ルーメン内のメタン産生菌によって水素がメタンに変換されると、その分、短鎖脂肪酸への変換量が減少してしまう。したがって、反芻動物のメタン産生の抑制は、温室効果ガス発生の抑制に加えて、飼料効率を向上させることにもつながり得る。
【0005】
反芻動物のメタン産生を抑制する方法として、脂肪酸カルシウムを家畜に摂取させる方法がある(特許文献1など)。しかし、脂肪酸カルシウムは家畜の嗜好性に課題がある。また、イオノフォアであるモネンシンを投与する方法も知られているが、モネンシンは抗生物質の一種であり、ヨーロッパを中心に家畜への使用が忌避される社会情勢がある。また、天然由来物質の利用としてカシューナッツ殻液の利用が提案されている(非特許文献1など)。
【0006】
一方、海藻の利用に関しては、紅藻類の一種であるカギケノリ(Asparagopsis taxiformis)が反芻動物の消化管内メタン量を抑制することが知られている(非特許文献2など)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】小林泰男,2013,Journal of Environmental Biotechnology, Vol. 13, No. 2, 89-93.
【非特許文献2】Roque BM et al., 2021, PLoS ONE 16(3): e0247820.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、反芻動物のメタン産生を低減させる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、海藻の発酵物が反芻動物ルーメン内のメタン産生を低減し得ることを見出した。
【0011】
本開示は、以下を提供する。
[項1]海藻の発酵物を含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための組成物。
[項2]海藻の発酵物が、褐藻類の発酵物である、項1に記載の組成物。
[項3]海藻の発酵物が、海藻の仮根の発酵物である、項1又は2に記載の組成物。
[項4]海藻の発酵物が、ワカメの仮根の発酵物である、項1~3のいずれか一項に記載の組成物。
[項5]海藻の発酵物が、自然発酵により得られる発酵物、又は自然発酵により得られた発酵物を植え継いで得られる発酵物である、項1~4のいずれか一項に記載の組成物。
[項6]反芻動物用の飼料添加物又は飲料添加物として用いられる、項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
[項7]反芻動物のルーメン細菌叢におけるStreptococcus属、Selenomonas属及びPseudobutyrivibrio属のうちの少なくとも1種以上の存在比率を増加させる、項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
[項8]項1~7のいずれか一項に記載の組成物を含む、反芻動物用の飼料。
[項9]海藻の発酵物を反芻動物に摂取させることを含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための方法。
[項10]海藻の発酵物が、褐藻類の発酵物である、項9に記載の方法。
[項11]海藻の発酵物が、海藻の仮根の発酵物である、項9又は10に記載の方法。
[項12]海藻の発酵物が、ワカメの仮根の発酵物である、項9~11のいずれか一項に記載の方法。
[項13]海藻の発酵物が、自然発酵により得られる発酵物、又は自然発酵により得られた発酵物を植え継いで得られる発酵物である、項9~12のいずれか一項に記載の方法。
[項14]海藻の発酵物を、飼料又は飲料に添加して反芻動物に摂取させる、項9~13のいずれか一項に記載の方法。
[項15]反芻動物のルーメン細菌叢におけるStreptococcus属、Selenomonas属及びPseudobutyrivibrio属のうちの少なくとも1種以上の存在比率を増加させる、項9~14のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、反芻動物に摂取させることでメタン産生を低減させることができる組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】海藻乾燥粉砕物及び市販ワカメ発酵液を用いたin vitroルーメン培養試験でのメタン発生量を示すグラフである。縦軸は、培養後の総ガス発生量に占めるメタンの割合(%)である。
【
図2】ワカメ乾燥粉砕物及び5週間発酵させたワカメ乾燥粉砕物の発酵物上清(図中、ワカメ発酵液)を用いたin vitroルーメン培養試験でのメタン発生量を示すグラフである。縦軸は、培養後の総ガス発生量に占めるメタンの割合(%)である。
【
図3】ワカメ乾燥粉砕物の発酵物上清を用いたin vitroルーメン培養試験でのメタン発生量を、発酵時間ごとに示すグラフである。縦軸は、培養後の総ガス発生量に占めるメタンの割合(%)、横軸は発酵時間(週)である。
【
図4】カギケノリ乾燥粉砕物(図中、カギケノリ_乾燥粉末)、ワカメ乾燥粉砕物(図中、ワカメ_乾燥粉末)、市販ワカメ発酵液(図中、市販品)、発酵温度及びエアレーションの条件を変更して5週間発酵させたワカメ乾燥細片の発酵物上清(図中、ワカメ_25℃_5週間、ワカメ_25℃_エア_5週間、ワカメ_10℃_5週間、ワカメ_10℃_エア_5週間)、5週間発酵させたワカメ乾燥粉砕物の発酵物上清(図中、ワカメ_微粉砕_室温_5週間)を用いたin vitroルーメン培養試験でのメタン発生量を、対照区(図中、無添加)に対する相対値(%)として示したグラフである。
【
図5】カギケノリ乾燥粉砕物(図中、カギケノリ)、ワカメ乾燥粉砕物(図中、ワカメ乾物)、及び5週間発酵させたワカメ乾燥粉砕物の発酵物上清(図中、ワカメ発酵液)を用いたin vitroルーメン培養試験での揮発性脂肪酸(VFA)の総濃度(左図)と総VFA中のプロピオン酸の割合(右図)とを示すグラフである。
【
図6】カギケノリ乾燥粉砕物(図中、カギケノリ)、ワカメ乾燥粉砕物(図中、ワカメ乾物)、及び5週間発酵させたワカメ乾燥粉砕物の発酵物上清(図中、ワカメ発酵液)を用いたin vitroルーメン培養試験での細菌叢組成を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に示す説明は、代表的な実施形態又は具体例に基づくことがあるが、本発明はそのような実施形態又は具体例に限定されるものではない。本明細書において示される各数値範囲の上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。本明細書において「~」又は「-」を用いて表される数値範囲は、特に断りがない場合、その両端の数値を上限値及び下限値として含む範囲を意味する。
【0015】
本発明における海藻は、海域又は汽水域に生息する、肉眼でその形状を視認可能な藻類を指す。海藻は、紅藻類、褐藻類、緑藻類のいずれであってもよく、好ましくは褐藻類、例えばワカメ、マコンブ、アカモク、ヒジキ、モズク、フクロフノリ、ガゴメ、カヤモノリ、ホンダワラ及びツルモよりなる群から選択される少なくとも1種以上であり、より好ましくはワカメである。発酵物の調製に用いられる海藻の部位に制限はなく、例えば、可食部であっても、仮根(付着器とも呼ばれる)等の非可食部であってもよい。
【0016】
海藻の発酵物は、採取後の生の海藻、乾燥等の保存処理を施された海藻のいずれを原料としても調製することができる。発酵物の調製に用いられる海藻は、細断、破砕、粉砕等の手段によって得られる細片、粒又は粉末の形状であることが好ましく、特に好ましくは乾燥粉末の形状である。海藻の乾燥粉末は、乾燥海藻を一般的な粉砕方法で、例として手動ミルあるいはミキサーで粉砕することで調製することができる。
【0017】
発酵は、好ましくは細片、粒又は粉末形状の海藻を水に懸濁し、懸濁液を室温で一定期間保持することにより、行うことができる。本発明における発酵は、種菌を接種しない発酵、いわゆる自然発酵であり得る。あるいは、自然発酵により得られた海藻の発酵物を新たな海藻懸濁液に植え継ぐことで、新たな発酵物を調製することもできる。推論に拘束されるものではないが、本発明において、発酵は、天然にある海藻に付着している微生物が、海藻を栄養源として増殖することで進行すると考えられる。
【0018】
水に懸濁する海藻の量は、0.5~20%(w/v)程度であればよく、例えば1~10%(w/v)、好ましくは2~5%(w/v)である。
【0019】
発酵温度は、1℃以上、4℃以上又は10℃以上であり得て、30℃以下、25℃以下又は20℃以下であり得る。発酵温度は、例えば10℃~25℃である。
【0020】
発酵は、静置発酵であってもよく、撹拌、エアレーション等を伴う発酵であってもよい。また発酵は、その進行を妨げるものでない限り、pH緩衝剤、ミネラル成分その他の添加物の存在下で行ってもよい。
【0021】
発酵期間は、発酵の進行状況に応じて適宜調整することができ、例えば3週間以上、好ましくは4週間以上、より好ましくは5週間以上であり得る。発酵期間の上限に制限はなく、海藻の形状が大きい等の理由で発酵の進行速度が遅い場合は6ヶ月程度の期間、発酵を行ってもよい。
【0022】
海藻の発酵物は、そのまま若しくはその乾燥物の形態で、又は固液分離して回収される上清若しくはその乾燥物の形態で、反芻動物用の飼料又は飲料への添加物として用いることで、反芻動物に摂取させることができる。また、海藻の発酵物は、稲わら等の他の粗飼料、トウモロコシ等の濃厚飼料、ミネラル、ビタミンといった栄養分等と混合して調製される飼料の形態で、例えば反芻動物の養分要求量に適合するように調製されるTMR(total mixed rations; 完全混合飼料)の形態で、反芻動物に摂取させることもできる。反芻動物に摂取させる海藻の発酵物の量は、乾燥質量換算で飼料の0.1~30%程度、例えば0.2~25%、0.5~20%、1~15%の範囲で適宜調整することができる。
【0023】
海藻の発酵物を含む飼料又は飲料添加物は、反芻動物用の飼料において利用可能な他の成分、例えば分散剤、乳化剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等を配合してもよい。また、その形態も飼料又は飲料添加物として利用可能であるかぎり制限はなく、例えば粉末、顆粒、懸濁液その他の任意の形態であり得る。
【0024】
海藻の発酵物を反芻動物に摂取させることで、これを摂取させない場合と比較して、ルーメン内のメタン産生を低減させ、反芻動物からのメタン排出を低減させることができる。このように、海藻の発酵物は、反芻動物のメタン産生を低減させるための組成物として、及び反芻動物からのメタン排出を抑制するための組成物として利用することができる。本発明はまた、海藻の発酵物を反芻動物に摂取させることを含む、反芻動物のメタン産生を低減させるための方法を提供する。
【0025】
反芻動物としては、例えばウシ、ヒツジ、ヤギ、シカ等を挙げることができ、好ましい反芻動物はウシである。
【0026】
海藻の発酵物は、これを摂取させない場合と比較して、ルーメン発酵により産生する酢酸、プロピオン酸、酪酸等の揮発性脂肪酸(VFA; 短鎖脂肪酸とも呼ぶ)の総濃度(総VFA濃度)に占めるプロピオン酸の比率を増加させることができ、またルーメン内細菌叢における乳酸の産生又は利用に関連する細菌(乳酸関連菌)の存在比率を、例えばStreptococcus属細菌、Selenomonas属細菌、Pseudobutyrivibrio属細菌等の存在比率を増加させることができる。理論に拘束されるものではないが、海藻の発酵物は、ルーメン内細菌叢における上記細菌の存在比率を増加させ、それによってルーメン発酵により生成される代謝性水素がメタン産生よりもピルビン酸から乳酸を経てプロピオン酸に至る乳酸経路において消費されるようになり、ルーメン発酵によるメタン産生の低減や反芻動物が栄養として利用するVFAの産生増強をもたらし得るものと推察される。このように、海藻の発酵物は、反芻動物のルーメン内細菌叢における乳酸経路の活性化又は増強のための組成物としても利用可能である。
【0027】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0028】
[実施例1]
(1)試料調製
国内で採取された以下の海藻を乾燥後、手動ミルにより粉砕し、粉砕物を得た。
アカモクの仮根(アカモクA)、アカモクの幼根(アカモクB)、アカモクの雄株成体(アカモクC)、アカモクの雌株成体(アカモクD)、根崎産マコンブ(マコンブA)、戸井子安産マコンブ(マコンブB)、岩手重茂産コンブ(コンブA)、日高産コンブ(コンブB)、根崎産ガゴメ、ウスバアオノリ、フクロフノリ、カヤノモリ、ヒジキ、ツルモ、ホンダワラ、ノリ、アオサ、カギケノリ
また、市販ワカメ発酵液(商品名:ワカメのちから)を野本農園より入手した。
【0029】
(2)in vitro培養試験
(1)の海藻乾燥粉砕物及び市販ワカメ発酵液を用いて、以下のとおりにin vitro培養試験を行った。稲わらと濃厚飼料(雪印種苗(株)、ファームエイド18)とを質量比5:5で混合して調製される混合飼料を基礎飼料とした。基礎飼料90 mgを試験管に分注し、人工唾液( McDougall, Biochem J., 1948, 43(1):99-109)6 mlと乾乳牛(帯広畜産大学フィールド科学センターで飼養)から採取したルーメン液3 mlを添加して、in vitro試験液を調製した。試料を添加しないin vitro試験液を対照区(無添加)とし、基礎飼料の10質量%相当量の海藻乾燥粉砕物又は市販ワカメ発酵液を添加したin vitro試験液を試験区とした。
【0030】
嫌気条件にするために試験管にCO2ガスを1分間吹き込んだ後に密栓し、37℃で18時間、嫌気培養を行った。培養後、総ガス発生量を測定し、ヘッドスペースからバキュテナーチューブ(BD Vacutainer(登録商標)、Becton Drive)にガス試料を採取した。その後、試験管のキャップを外し、培養液を採取し、遠心分離により上清と沈殿物をそれぞれ回収した。
【0031】
(3)メタン濃度測定
ガス試料中のメタン濃度を、ガスクロマトグラフィー(GC-8A、島津製作所)を用いて測定した。分析条件は以下のとおりである。
キャリアガス:ヘリウム、注入口温度:70℃、カラム温度:150℃、検出器温度:150℃、注入ガス量:1 mL
【0032】
メタンの定量結果(ガス全体に占めるメタンの割合(%))を
図1に示す。供試した試料の中では、カギケノリが最も強いメタン産生低減効果を示し、市販ワカメ発酵液はカギケノリに次いで強いメタン産生低減効果を示した。
【0033】
[実施例2]
(1)試料調製
徳島県鳴門市で採取された鳴門ワカメの乾燥仮根を電動ミキサーにより粉砕した。粉砕物330 gを10 Lの水に加えて懸濁液を調製し、室温(約10-25℃)で静置して発酵させた。発酵開始(0W)から9週目(9W)まで1週間ごとに発酵物の上清をサンプリングし、in vitro試験まで冷蔵保存した。
【0034】
(2)in vitro培養試験とメタン濃度測定
(1)のワカメ乾燥粉砕物及びワカメ発酵物上清を用いて、in vitro培養試験を行った。試験は、基礎飼料の10質量%相当量のワカメ乾燥粉砕物又はワカメ発酵物上清を添加したin vitro試験液を試験区とした点以外は、実施例1(2)と同様に実施した。
【0035】
ワカメ乾燥粉砕物、5週間発酵させたワカメ乾燥粉砕物の発酵物上清(図中、ワカメ発酵液)それぞれの試験区のメタン定量結果を
図2に示す。メタン産生量は、ワカメ乾燥粉砕物では低減しなかった。また、ワカメ発酵液の発酵時間ごとのメタン定量結果を
図3に示す。ワカメ発酵液のメタン産生抑制効果は、3週間以上発酵させた場合に確認された。
【0036】
[実施例3]
(1)試料調製
徳島県鳴門市で採取された鳴門ワカメの乾燥仮根を約3 cm四方に切断し、ワカメ乾燥細片とした。ワカメ乾燥細片330 gを10 Lの水に加えて懸濁液を調製し、10℃又は25℃で、0.8 L/分のエアレーションを伴って又は伴わずに静置し、5週間発酵させた。発酵物の上清を回収し、in vitro試験まで冷蔵保存した。
【0037】
また、徳島県鳴門市で採取された鳴門ワカメの乾燥仮根を電動ミキサーにより粉砕した。得られた乾燥粉砕物は、実施例2(1)で得られたものよりも微細であった。この粉砕物330 gを10 Lの水に加えて懸濁液を調製し、室温(約10-25℃)で静置して5週間発酵させた。発酵物の上清をサンプリングし、in vitro試験まで冷蔵保存した。
【0038】
(2)in vitro培養試験とメタン濃度測定
(1)のワカメ乾燥細片の発酵物上清、ワカメ乾燥粉砕物及びワカメ乾燥粉砕物の発酵物上清と、実施例1(1)のカギケノリ乾燥粉砕物及び市販ワカメ発酵液とを用いて、in vitro培養試験を行った。試験は、基礎飼料の10質量%相当量の試料(カギケノリ乾燥粉砕物、ワカメ乾燥粉砕物、市販ワカメ発酵液、ワカメ乾燥細片の発酵物上清又はワカメ乾燥粉砕物の発酵物上清)を添加したin vitro試験液を試験区とした点以外は、実施例1(2)と同様に実施した。対照区、試験区とも、試験はn=3で行った。
【0039】
各試験区のメタン定量結果の平均値を、対照区(図中、無添加)に対する相対値(%)として
図4に示す。実施例1及び2の結果と同様に、カギケノリ乾燥粉砕物(図中、カギケノリ_乾燥粉末)は強いメタン産生低減効果を示し、ワカメ乾燥粉砕物(図中、ワカメ_乾燥粉末)はメタン産生低減効果を示さなかった。また、市販ワカメ発酵液(図中、市販品)は5%程度、5週間発酵させたワカメ乾燥細片の発酵物上清(図中、ワカメ_25℃_5週間、ワカメ_25℃_エア_5週間、ワカメ_10℃_5週間、ワカメ_10℃_エア_5週間)は約10~15%程度、メタン産生量が低減していた。5週間発酵させたワカメ乾燥粉砕物の発酵上清(図中、ワカメ_微粉砕_室温_5週間)は、非常に強いメタン産生低減効果を示した。
【0040】
[実施例4]
実施例3(2)のin vitro培養試験で得た培養上清を蒸留水で3倍希釈した後、高速液体クロマトグラフィー(島津製作所)を用いて揮発性脂肪酸(VFA)濃度を測定した。分析条件は以下のとおりである。VFA濃度の定量には外部標準定量法を用いた。
カラム:Shim-pak SCR-102H(7 mm、内径8.0 mm×300 mm、島津製作所)、移動相:5 mmol/L p-トルエンスルホン酸、流速:0.8 mL/min、カラム温度:40℃、検出器:電気伝導度検出器(CDD-10AVP、島津製作所)。
【0041】
統計解析は一元配置分散分析を用いて行い、データは平均値±標準誤差で表した。群間比較は一元配置分散分析及びその後のTukey検定により決定した。p<0.05を有意差とした。
【0042】
対照区、カギケノリ乾燥粉砕物の試験区(図中、カギケノリ)、ワカメ乾燥粉砕物の試験区(図中、ワカメ乾物)、及び5週間発酵させたワカメ乾燥粉砕物の発酵物上清の試験区(図中、ワカメ発酵液)について、総VFA濃度及び総VFA濃度に対するプロピオン酸の割合を
図5に示す。総VFA濃度は、各試験区と対照区との間に有意な差は見られなかった(
図5左)。一方、カギケノリ乾燥粉砕物の試験区、及びワカメ発酵液の試験区では総VFA中のプロピオン酸の割合が増加した(
図5右)。総VFA中のプロピオン酸の比率が増加することは、ルーメン発酵によって生じた代謝性水素が、メタンの産生よりもプロピオン酸の産生に利用されていることを示唆する。
【0043】
[実施例5]
実施例3(2)のin vitro培養試験で得た培養沈殿物からゲノムDNAを調製し、次世代シーケンス解析用アダプター配列を付加した16S rRNA領域特異的プライマー(V3-V4領域)を用いたPCR反応を行って、アンプリコンライブラリーを調製した。次世代シークエンサーを用いた16S rRNAメタゲノム解析によって、培養後の試料中の細菌の塩基配列を網羅的に決定し、リードの配列情報とリード数に基づいて微生物解析ソフトウェアQIIME 2を用いた細菌叢解析を行った。
【0044】
対照区、カギケノリ乾燥粉砕物の試験区(図中、カギケノリ)、ワカメ乾燥粉砕物の試験区(図中、ワカメ乾物)、及び5週間発酵させたワカメ乾燥粉砕物の発酵物上清の試験区(図中、ワカメ発酵液)について、各細菌属の存在比率の平均値を
図6に示す。対照区、カギケノリ乾燥粉砕物の試験区、ワカメ乾燥粉砕物の試験区ではPrevotella属が最も高い存在比率を示していた。一方、ワカメ発酵液の試験区ではStreptococcus属、Selenomonas属及びPseudobutyrivibrio属の存在比率が上昇し、Prevotella属及びRuminobactor属の存在比率が低下していた。
【0045】
プロピオン酸産生経路は、乳酸経路(アクリル酸経路)とコハク酸経路(ランダム経路)の2つに分けられる。これらの2つの経路は代謝性水素の利用量は同じだが、中間代謝産物及び代謝に関与する菌が異なる。ワカメ発酵液で減少した2属はコハク酸産生菌であり、増加した3属は乳酸産生菌又は利用菌である。推論に拘束されるものではないが、ワカメ発酵液によるメタン産生低減は、Pseudobutyrivibrio属及びStreptococcus属による乳酸産生及びSelenomonas属による乳酸からのプロピオン酸産生が活性化され、水素がプロピオン酸産生経路で消費されたためにメタンの材料が枯渇し、メタン発生が減少したためと推察される。