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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118708
(43)【公開日】2024-09-02
(54)【発明の名称】リパーゼ変異体
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/55 20060101AFI20240826BHJP
   C11D 3/386 20060101ALI20240826BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20240826BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20240826BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20240826BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20240826BHJP
   C12N 9/18 20060101ALI20240826BHJP
   C12Q 1/44 20060101ALI20240826BHJP
【FI】
C12N15/55
C11D3/386 ZNA
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N9/18
C12Q1/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023025140
(22)【出願日】2023-02-21
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】日置 貴大
(72)【発明者】
【氏名】川原 彰人
【テーマコード(参考)】
4B050
4B063
4B065
4H003
【Fターム(参考)】
4B050CC04
4B050CC07
4B050DD01
4B050LL04
4B063QA20
4B063QQ20
4B063QR12
4B063QX10
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AA57X
4B065AA72X
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA31
4B065CA57
4H003DA01
4H003DA05
4H003DA17
4H003DA19
4H003EC01
(57)【要約】      (修正有)
【課題】界面活性剤存在下の分散基質に対する活性阻害が改善されたリパーゼ変異体の提供。
【解決手段】一態様として、特定のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ特定のアミノ酸残基に置換を有する、リパーゼ変異体であって、親リパーゼと比して、界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性阻害が改善され、界面活性剤存在下の硬質表面上トリグリセリドの除去能が向上しており、洗浄力に優れる、リパーゼ変異体。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2、4、6又は8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ下記(a)~(e)からなる群より選択される1以上のアミノ酸残基を有する、リパーゼ変異体:
(a)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置におけるロイシン以外のアミノ酸残基;
(b)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置におけるセリン以外のアミノ酸残基;
(c)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置におけるアラニン以外のアミノ酸残基;
(d)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置におけるロイシン以外のアミノ酸残基;及び
(e)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置におけるセリン以外のアミノ酸残基、
(但し、上記(a)~(e)のうち(d)のアミノ酸残基のみを有し、かつ前記アミノ酸残基がメチオニンの場合、前記リパーゼ変異体は配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
【請求項2】
前記(a)~(e)がそれぞれ下記(a’)~(e’)である、請求項1に記載のリパーゼ変異体:
(a’)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置におけるアラニン、フェニルアラニン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、リシン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン、アルギニン、セリン、スレオニン、バリン、トリプトファン又はチロシン;
(b’)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置におけるアラニン、システイン、グルタミン酸、フェニルアラニン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、リシン、ロイシン、メチオニン、グルタミン、アルギニン、スレオニン、バリン、トリプトファン又はチロシン;
(c’)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置におけるシステイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、グリシン、イソロイシン、スレオニン又はバリン;
(d’)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置におけるアラニン、システイン、グルタミン酸、フェニルアラニン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、メチオニン、セリン、スレオニン、バリン又はトリプトファン;及び
(e’)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置におけるシステイン、アスパラギン又はスレオニン、
(但し、上記(a’)~(e’)のうち(d’)のメチオニンのみを有する場合、前記リパーゼ変異体は配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
【請求項3】
前記(a’)~(e’)からなる群より選択される2以上のアミノ酸残基を有する、請求項2に記載のリパーゼ変異体。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項4に記載のポリヌクレオチドを含むベクター又はDNA断片。
【請求項6】
請求項5に記載のベクター又はDNA断片を含有する形質転換細胞。
【請求項7】
微生物である、請求項6に記載の形質転換細胞。
【請求項8】
請求項1~3のいずれか1項に記載のリパーゼ変異体を含有する洗浄剤組成物。
【請求項9】
衣料洗浄剤又は食器洗浄剤である、請求項8に記載の洗浄剤組成物。
【請求項10】
請求項8又は9に記載の洗浄剤組成物を用いる、汚れの洗浄方法。
【請求項11】
配列番号2、4、6又は8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドにおいて、下記(i)~(v)からなる群より選択される1以上の工程を行うことを含む、リパーゼ変異体の製造方法:
(i)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置のアミノ酸残基をロイシン以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(ii)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置のアミノ酸残基をセリン以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(iii)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置のアミノ酸残基をアラニン以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(iv)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置のアミノ酸残基をロイシン以外のアミノ酸残基に置換する工程;及び
(v)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置のアミノ酸残基をセリン以外のアミノ酸残基に置換する工程、
(但し、上記(i)~(v)のうち(iv)の工程のみを行うことを含み、かつメチオニンに置換する場合、前記ポリペプチドは配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
【請求項12】
スルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼの評価又は選択方法であって、
被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を測定する工程、
測定した結果に基づいて、被験リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度を評価する工程、及び
界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度が標準リパーゼより小さい被験リパーゼをスルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼとして評価又は選択する工程、
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リパーゼ変異体に関する。
【背景技術】
【0002】
リパーゼは、洗濯洗剤、食器用洗剤、油脂加工、パルプ処理、飼料、医薬中間体合成など様々な用途において有用である。洗浄においては、リパーゼは脂質中のエステル結合を加水分解して脂肪酸を生成することによって油を含む汚れの除去に寄与する。
【0003】
洗浄に有用なリパーゼとして、Thermomyces lanuginosus由来のリパーゼ(以下TLL)がLIPOLASE(登録商標)の商品名で販売されている。特許文献1にはCedecea sp-16640株由来のリパーゼLipr139がTLLと比較して優れた洗浄性能を有することが開示されている。特許文献2にはメタゲノム由来のリパーゼLipr138がTLLと比較して優れた洗浄性能を有することが開示されている。
【0004】
リパーゼの洗浄性能を十分に発揮させる手法として、特許文献3には、例えば、リパーゼと界面活性剤としてスルホコハク酸エステルを含む洗浄剤を油汚れが付着した硬質物品と接触させ、外力を加えずに放置することで油汚れを洗浄する方法が記載されている。界面活性剤を含まない水溶液中ではリパーゼによる硬質表面上トリグリセリドの除去はほとんど進行しないが、スルホコハク酸エステルを含む洗浄液中では、リパーゼによる硬質表面上トリグリセリドの除去が大幅に促進される。一方で、界面活性剤の非存在下においても、リパーゼは水溶液中に分散したエステル基質は効率的に分解することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2015-523078号公報
【特許文献2】特表2015-525248号公報
【特許文献3】特開2021-17508号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、スルホコハク酸エステルを含む洗浄液(以下、洗浄液)が、リパーゼによる硬質表面からのトリグリセリドの除去を大幅に促進するにもかかわらず(上記特許文献3)、洗浄液中に分散したエステル基質(以下、分散基質)に対するリパーゼ活性を大きく阻害するという予想外の現象を見出した。洗浄に好適であることが知られているLipr139及びLipr138は、スルホコハク酸エステルの存在下で分散基質に対する分解活性が5%以下に阻害され、ほとんど活性を検出することができなかった。よって、界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性阻害が緩和され、高い洗浄力を示すリパーゼが望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、親リパーゼと比して、界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性阻害が改善されたリパーゼ変異体を取得した。これらのリパーゼ変異体は、界面活性剤存在下の硬質表面上トリグリセリドの除去能も大きく向上していた。本発明者らは、また、リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性阻害の改善の程度とスルホコハク酸エステルの存在下の硬質表面上トリグリセリドの除去能の向上が強く相関すること、よって、界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性阻害の程度を指標として、スルホコハク酸エステルの存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼを評価又は選択できることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、下記1)~8)に係るものである。
1)配列番号2、4、6又は8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ下記(a)~(e)からなる群より選択される1以上のアミノ酸残基を有する、リパーゼ変異体:
(a)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置におけるロイシン以外のアミノ酸残基;
(b)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置におけるセリン以外のアミノ酸残基;
(c)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置におけるアラニン以外のアミノ酸残基;
(d)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置におけるロイシン以外のアミノ酸残基;及び
(e)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置におけるセリン以外のアミノ酸残基、
(但し、上記(a)~(e)のうち(d)のアミノ酸残基のみを有し、かつ前記アミノ酸残基がメチオニンの場合、前記リパーゼ変異体は配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
2)1)に記載のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチド。
3)2)に記載のポリヌクレオチドを含むベクター又はDNA断片。
4)3)に記載のベクター又はDNA断片を含有する形質転換細胞。
5)1)に記載のリパーゼ変異体を含有する洗浄剤組成物。
6)5)に記載の洗浄剤組成物を用いる、汚れの洗浄方法。
7)配列番号2、4、6又は8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドにおいて、下記(i)~(v)からなる群より選択される1以上の工程を行うことを含む、リパーゼ変異体の製造方法:
(i)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置のアミノ酸残基をロイシン以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(ii)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置のアミノ酸残基をセリン以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(iii)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置のアミノ酸残基をアラニン以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(iv)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置のアミノ酸残基をロイシン以外のアミノ酸残基に置換する工程;及び
(v)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置のアミノ酸残基をセリン以外のアミノ酸残基に置換する工程、
(但し、上記(i)~(v)のうち(iv)の工程のみを行うことを含み、かつメチオニンに置換する場合、前記ポリペプチドは配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
8)スルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼの評価又は選択方法であって、
被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を測定する工程、
測定した結果に基づいて、被験リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度を評価する工程、及び
界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度が標準リパーゼより小さい被験リパーゼをスルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼとして評価又は選択する工程、
を含む方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のリパーゼ変異体は、親リパーゼと比して、界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性阻害が改善され、界面活性剤存在下の硬質表面上トリグリセリドの除去能が向上しており、洗浄力に優れる。本発明のリパーゼの評価又は選択方法によれば、スルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面上の油汚れに対し高い洗浄力を示すリパーゼを簡便に感度よく評価又は選択することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】各リパーゼのモデル洗浄液中での洗浄力の酵素効果。
図2】各リパーゼのモデル洗浄液中での洗浄力の酵素効果。
図3】各リパーゼのモデル洗浄液中での洗浄力の酵素効果とリパーゼ活性阻害の改善度の相関。
図4】各リパーゼのモデル洗浄液中での洗浄力。
図5】各リパーゼのモデル洗浄液中での洗浄力の酵素効果。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0012】
本明細書において、「リパーゼ」とは、トリアシルグリセロールリパーゼ(EC3.1.1.3)を指し、脂質中のエステル結合を加水分解して脂肪酸を生成する活性を有する酵素群を意味する。
【0013】
本明細書において、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列の同一性は、Lipman-Pearson法(Science,1985,227:1435-1441)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGENETYX Ver.12のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0014】
本明細書において、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列に関する「少なくとも75%の同一性」とは、75%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらに好ましくは93%以上、さらに好ましくは94%以上、さらに好ましくは95%以上、さらに好ましくは96%以上、さらに好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上、さらに好ましくは99.5%以上の同一性をいう。
【0015】
本明細書において、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列上の「相当する位置」は、目的配列と参照配列(例えば、配列番号2で示されるアミノ酸配列)とを、最大の相同性を与えるように整列(アラインメント)させることにより決定することができる。アミノ酸配列またはヌクレオチド配列のアラインメントは、公知のアルゴリズムを用いて実行することができ、その手順は当業者に公知である。例えば、アラインメントは、Clustal Wマルチプルアラインメントプログラム(Thompson,J.D.et al,1994,Nucleic Acids Res.22:4673-4680)をデフォルト設定で用いることにより、行うことができる。あるいは、Clustal Wの改訂版であるClustal W2やClustal omegaを使用することもできる。Clustal W、Clustal W2及びClustal omegaは、例えば、University College Dublinが運営するClustalのウェブサイト[www.clustal.org]、欧州バイオインフォマティクス研究所(European Bioinformatics Institute:EBI[www.ebi.ac.uk/index.html])や、国立遺伝学研究所が運営する日本DNAデータバンク(DDBJ[www.ddbj.nig.ac.jp/searches-j.html])のウェブサイト上で利用することができる。上述のアラインメントにより参照配列の任意の位置にアラインされた目的配列の位置は、当該任意の位置に「相当する位置」とみなされる。
【0016】
当業者であれば、上記で得られたアミノ酸配列のアラインメントを、最適化するようにさらに微調整することができる。そのような最適アラインメントは、アミノ酸配列の類似性や挿入されるギャップの頻度等を考慮して決定するのが好ましい。ここでアミノ酸配列の類似性とは、2つのアミノ酸配列をアラインメントしたときにその両方の配列に同一又は類似のアミノ酸残基が存在する位置の数の全長アミノ酸残基数に対する割合(%)をいう。類似のアミノ酸残基とは、タンパク質を構成する20種のアミノ酸のうち、極性や電荷の点で互いに類似した性質を有しており、いわゆる保存的置換を生じるようなアミノ酸残基を意味する。そのような類似のアミノ酸残基からなるグループは当業者にはよく知られており、例えば、アルギニンとリシン又はグルタミン;グルタミン酸とアスパラギン酸又はグルタミン;セリンとスレオニン又はアラニン;グルタミンとアスパラギン又はアルギニン;ロイシンとイソロイシン等がそれぞれ挙げられるが、これらに限定されない。
【0017】
本明細書において、「アミノ酸残基」とは、タンパク質を構成する20種のアミノ酸残基、アラニン(Ala又はA)、アルギニン(Arg又はR)、アスパラギン(Asn又はN)、アスパラギン酸(Asp又はD)、システイン(Cys又はC)、グルタミン(Gln又はQ)、グルタミン酸(Glu又はE)、グリシン(Gly又はG)、ヒスチジン(His又はH)、イソロイシン(Ile又はI)、ロイシン(Leu又はL)、リシン(Lys又はK)、メチオニン(Met又はM)、フェニルアラニン(Phe又はF)、プロリン(Pro又はP)、セリン(Ser又はS)、スレオニン(Thr又はT)、トリプトファン(Trp又はW)、チロシン(Tyr又はY)及びバリン(Val又はV)を意味する。
【0018】
本明細書において、アミノ酸の位置及び変異体の記載は、公認されているIUPACの1文字のアミノ酸略記を用いて、以下のように表記される。
所定位置のアミノ酸は、[アミノ酸、位置]で表記される。例えば位置120のロイシンは、「L120」と示される。
アミノ酸の「置換」に関しては、[元のアミノ酸、位置、置換されたアミノ酸]で表記される。例えば位置120のロイシンのアラニンへの置換は、「L120A」と示される。
【0019】
本明細書において、プロモーターなどの制御領域と遺伝子の「作動可能な連結」とは、遺伝子と制御領域とが、該遺伝子が該制御領域の制御の下で発現し得るように連結されていることをいう。遺伝子と制御領域との「作動可能な連結」の手順は当業者に周知である。
【0020】
本明細書において、遺伝子に関する「上流」及び「下流」とは、該遺伝子の転写方向の上流及び下流をいう。例えば、「プロモーターの下流に配置された遺伝子」とは、DNAセンス鎖においてプロモーターの3’側に該遺伝子が存在することを意味し、遺伝子の上流とは、DNAセンス鎖における該遺伝子の5’側の領域を意味する。
【0021】
本明細書において、所与の変異ポリペプチドの「親」ポリペプチドとは、そのアミノ酸残基に所定の変異がなされることにより、当該変異ポリペプチドとなるポリペプチドをいう。言い換えると、「親」ポリペプチドとは、変異ポリペプチドに当該変異が加えられる前のポリペプチドである。斯かる親ポリペプチドは、天然(野生型)ポリペプチド又はその変異体であり得る。
【0022】
<1.リパーゼ変異体及びその製造方法>
本発明は、洗浄力に優れるリパーゼ変異体、及びその製造方法を提供する。
【0023】
一態様において、本発明は、リパーゼ変異体の製造方法を提供する。当該本発明の方法は、親リパーゼにおいて、配列番号2を基準とした番号付けでの所定位置におけるアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換することを含む。
【0024】
本発明のリパーゼ変異体の親リパーゼの一例としては、配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドが挙げられる。ここで、配列番号2のアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドは、Cedecea neteri由来のリパーゼCnLip(NCBI Accession No.WP_061278013.1)である。配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドである親リパーゼは、配列番号2の番号付けで120位に相当する位置にLを有するもの、配列番号2の番号付けで130位に相当する位置にSを有するもの、配列番号2の番号付けで134位に相当する位置にAを有するもの、配列番号2の番号付けで136位に相当する位置にLを有するもの、又は配列番号2の番号付けで137位に相当する位置にSを有するものが好ましく、配列番号2の番号付けで120位及び130位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び134位に相当する位置にそれぞれL及びAを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び136位に相当する位置にLを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び137位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び134位に相当する位置にそれぞれS及びAを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び136位に相当する位置にそれぞれS及びLを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び137位に相当する位置にSを有するもの、配列番号2の番号付けで136位及び137位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するもの、配列番号2の番号付けで120位、130位及び136位に相当する位置にそれぞれL、S及びLを有するもの、又は配列番号2の番号付けで120位、130位、136位及び137位に相当する位置にそれぞれL、S、L及びSを有するものがより好ましい。配列番号2のアミノ酸配列において、配列番号2の番号付けで120位、130位、134位、136位及び137位に相当する位置は、それぞれ120位、130位、134位、136位及び137位である。
【0025】
本発明のリパーゼ変異体の親リパーゼの別の一例としては、配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドが挙げられる。ここで、配列番号4のアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドは、Enterobacteriaceae bacterium由来のリパーゼEbLip(NCBI Accession No.MRT57156.1)である。配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドである親リパーゼは、配列番号2の番号付けで120位に相当する位置にLを有するもの、配列番号2の番号付けで130位に相当する位置にSを有するもの、配列番号2の番号付けで134位に相当する位置にAを有するもの、配列番号2の番号付けで136位に相当する位置にLを有するもの、又は配列番号2の番号付けで137位に相当する位置にSを有するものが好ましく、配列番号2の番号付けで120位及び130位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び134位に相当する位置にそれぞれL及びAを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び136位に相当する位置にLを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び137位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び134位に相当する位置にそれぞれS及びAを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び136位に相当する位置にそれぞれS及びLを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び137位に相当する位置にSを有するもの、配列番号2の番号付けで136位及び137位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するもの、又は配列番号2の番号付けで120位、130位、134位、136位及び137位に相当する位置にそれぞれL、S、A、L及びSを有するものがより好ましい。配列番号4のアミノ酸配列において、配列番号2の番号付けで120位、130位、134位、136位及び137位に相当する位置は、それぞれ120位、130位、134位、136位及び137位である。
【0026】
本発明のリパーゼ変異体の親リパーゼの別の一例としては、配列番号6のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドが挙げられる。ここで、配列番号6のアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドは、Enterobacter sp.由来のリパーゼAg1Lip(NCBI Accession No.EJF30243.1)である。配列番号6のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドである親リパーゼは、配列番号2の番号付けで120位に相当する位置にLを有するもの、配列番号2の番号付けで130位に相当する位置にSを有するもの、配列番号2の番号付けで134位に相当する位置にAを有するもの、配列番号2の番号付けで136位に相当する位置にLを有するもの、又は配列番号2の番号付けで137位に相当する位置にSを有するものが好ましく、配列番号2の番号付けで120位及び130位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び134位に相当する位置にそれぞれL及びAを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び136位に相当する位置にLを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び137位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び134位に相当する位置にそれぞれS及びAを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び136位に相当する位置にそれぞれS及びLを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び137位に相当する位置にSを有するもの、又は配列番号2の番号付けで136位及び137位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するものがより好ましい。配列番号6のアミノ酸配列において、配列番号2の番号付けで120位、130位、134位、136位及び137位に相当する位置は、それぞれ120位、130位、134位、136位及び137位である。
【0027】
本発明のリパーゼ変異体の親リパーゼの別の一例としては、配列番号8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドが挙げられる。ここで、配列番号8のアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドは、Cedecea sp.由来のリパーゼCspLip(NCBI Accession No.WP_016537805.1)である。配列番号8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドである親リパーゼは、配列番号2の番号付けで120位に相当する位置にLを有するもの、配列番号2の番号付けで130位に相当する位置にSを有するもの、配列番号2の番号付けで134位に相当する位置にAを有するもの、配列番号2の番号付けで136位に相当する位置にMを有するもの、又は配列番号2の番号付けで137位に相当する位置にSを有するものが好ましく、配列番号2の番号付けで120位及び130位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び134位に相当する位置にそれぞれL及びAを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び136位に相当する位置にそれぞれL及びMを有するもの、配列番号2の番号付けで120位及び137位に相当する位置にそれぞれL及びSを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び134位に相当する位置にそれぞれS及びAを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び136位に相当する位置にそれぞれS及びMを有するもの、配列番号2の番号付けで130位及び137位に相当する位置にSを有するもの、又は配列番号2の番号付けで136位及び137位に相当する位置にそれぞれM及びSを有するものがより好ましい。配列番号8のアミノ酸配列において、配列番号2の番号付けで120位、130位、134位、136位及び137位に相当する位置は、それぞれ121位、131位、135位、137位及び138位である。
【0028】
親リパーゼから本発明のリパーゼ変異体を製造する場合、親リパーゼにおいて、下記(i)~(v)からなる群より選択される1以上、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、さらに好ましくは4以上、さらに好ましくは全ての工程が行われる。
(i)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置のアミノ酸残基をL以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(ii)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置のアミノ酸残基をS以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(iii)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置のアミノ酸残基をA以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(iv)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置のアミノ酸残基をL以外のアミノ酸残基に置換する工程;及び
(v)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置のアミノ酸残基をS以外のアミノ酸残基に置換する工程、
(但し、上記(i)~(v)のうち(iv)の工程のみを行うことを含み、かつMに置換する場合、前記親リパーゼは配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
上記(i)~(v)は、さらに好ましくはそれぞれ下記(i’)~(v’)である。
(i’)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置のアミノ酸残基をA、F、G、H、I、K、M、N、Q、R、S、T、V、W又はYに置換する工程;
(ii’)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置のアミノ酸残基をA、C、E、F、G、H、I、K、L、M、Q、R、T、V、W又はYに置換する工程;
(iii’)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置のアミノ酸残基をC、D、E、G、I、T又はVに置換する工程;
(iv’)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置のアミノ酸残基をA、C、E、F、G、H、I、M、S、T、V又はWに置換する工程;及び
(v’)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置のアミノ酸残基をC、N又はTに置換する工程、
(但し、上記(i’)~(v’)のうち(iv’)の工程のみを行うことを含み、かつMに置換する場合、前記親リパーゼは配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
【0029】
本発明はまた、リパーゼ変異体を提供する。本発明のリパーゼ変異体は、親リパーゼのアミノ酸配列に対して、配列番号2を基準とした番号付けでの所定位置におけるアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換されたアミノ酸配列からなる、リパーゼ活性を有するポリペプチドである。
【0030】
本発明のリパーゼ変異体は、配列番号2、4、6又は8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ下記(a)~(e)からなる群より選択される1以上、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、さらに好ましくは4以上、さらに好ましくは全てのアミノ酸残基を有する。
(a)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置におけるL以外のアミノ酸残基;
(b)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置におけるS以外のアミノ酸残基;
(c)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置におけるA以外のアミノ酸残基;
(d)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置におけるL以外のアミノ酸残基;及び
(e)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置におけるS以外のアミノ酸残基、
(但し、上記(a)~(e)のうち(d)のアミノ酸残基のみを有し、かつ前記アミノ酸残基がMの場合、前記リパーゼ変異体は配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
上記(a)~(e)は、さらに好ましくはそれぞれ下記(a’)~(e’)である。
(a’)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置におけるA、F、G、H、I、K、M、N、Q、R、S、T、V、W又はY;
(b’)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置におけるA、C、E、F、G、H、I、K、L、M、Q、R、T、V、W又はY;
(c’)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置におけるC、D、E、G、I、T又はV;
(d’)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置におけるA、C、E、F、G、H、I、M、S、T、V又はW;及び
(e’)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置におけるC、N又はT、
(但し、上記(a’)~(e’)のうち(d’)のMのみを有する場合、前記リパーゼ変異体は配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
【0031】
好ましい実施形態において、本発明のリパーゼ変異体は、配列番号2、4、6又は8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ下記表1のNo.1~75のいずれかのアミノ酸残基を有するリパーゼ変異体である。このうち、配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ下記表1のNo.1~74のいずれかのアミノ酸残基を有するリパーゼ変異体、配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ下記表1のNo.11、59及び75のいずれかのアミノ酸残基を有するリパーゼ変異体、配列番号6のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ下記表1のNo.59のアミノ酸残基を有するリパーゼ変異体、及び配列番号8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ下記表1のNo.4、6、11、22、24、30、36、41、43、50、51及び59のいずれかのアミノ酸残基を有するリパーゼ変異体がより好ましい。
【0032】
【表1】
【0033】
上述の所定位置のアミノ酸残基の置換は、リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性阻害を改善するための置換であり、リパーゼの界面活性剤存在下の硬質表面上トリグリセリドの除去能を向上させるための置換である。換言すれば、上述の所定位置のアミノ酸残基の置換は、リパーゼの洗浄力を向上させるための置換である。したがって、本発明のリパーゼ変異体は、親リパーゼ、すなわち所定位置のアミノ酸残基の置換前のリパーゼと比して、洗浄力が向上している。尚、配列番号2の番号付けで120位、130位、134位、136位及び137位は全て、リパーゼのリッドドメイン(配列番号2の番号付けで108位~161位に位置する活性中心の蓋)に存在する。
【0034】
本発明のリパーゼ変異体は、上記所定位置における変異に加えて、その洗浄力を妨げない限り、親リパーゼに対して他の任意の位置における変異(例えば、欠失、置換、付加、挿入)を有するものであってもよい。当該変異は、天然に生じたものであっても、人工的に導入したものであってもよい。
【0035】
<2.本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチド>
本発明のリパーゼ変異体は、当技術分野で公知の各種の変異導入技術を使用して製造することができる。例えば、その基準アミノ酸配列をコードする親リパーゼ遺伝子(基準リパーゼ遺伝子)内の置換対象のアミノ酸残基をコードするポリヌクレオチドを、置換後のアミノ酸残基をコードするポリヌクレオチドに変異させ、更にその変異遺伝子から変異体を発現させることにより、製造することができる。
【0036】
本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチドは、一本鎖若しくは二本鎖DNA、RNA、又は人工核酸の形態であり得、あるいはcDNA、又はイントロンを含まない化学合成DNAであり得る。
【0037】
本発明において、親リパーゼのアミノ酸残基を変異させる手段としては、当技術分野で公知の各種変異導入技術を使用することができる。例えば、親リパーゼのアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド(以下、親遺伝子ともいう)において、変異すべきアミノ酸残基をコードするヌクレオチド配列を、変異後のアミノ酸残基をコードするヌクレオチド配列に変異させることにより、本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチドを得ることができる。
【0038】
親遺伝子への目的の変異の導入は、基本的には、当業者に周知の様々な部位特異的変異導入法を用いて行うことができる。部位特異的変異導入法は、例えば、インバースPCR法やアニーリング法などの任意の手法により行うことができる。市販の部位特異的変異導入用キット(例えば、Stratagene社のQuickChange II Site-Directed Mutagenesis Kitや、QuickChange Multi Site-Directed Mutagenesis Kit等)を使用することもできる。
【0039】
親遺伝子への部位特異的変異導入は、最も一般的には、導入すべきヌクレオチド変異を含む変異用プライマーを用いて行うことができる。該変異用プライマーは、親遺伝子における変異すべきアミノ酸残基をコードするヌクレオチド配列を含む領域にアニーリングし、かつその変異すべきアミノ酸残基をコードするヌクレオチド配列(コドン)に代えて変異後のアミノ酸残基をコードするヌクレオチド配列(コドン)を有するヌクレオチド配列を含むように設計すればよい。変異前及び変異後のアミノ酸残基をコードするヌクレオチド配列(コドン)は、当業者であれば通常の教科書等に基づいて適宜認識し選択することができる。あるいは、部位特異的変異導入は、導入すべきヌクレオチド変異を含む相補的な2つのプライマーを別々に用いて変異部位の上流側及び下流側をそれぞれ増幅したDNA断片を、SOE(splicing by overlap extension)-PCR(Gene,1989,77(1):p61-68)により1つに連結する方法を用いることもできる。
【0040】
親遺伝子を含む鋳型DNAは、上述した親リパーゼを産生する微生物から、常法によりゲノムDNAを抽出するか、又はRNAを抽出し逆転写によりcDNAを合成することによって、調製することができる。あるいは、親リパーゼのアミノ酸配列に基づいて、対応するヌクレオチド配列を化学合成して鋳型DNAとして用いてもよい。配列番号2、4、6及び8で示されるアミノ酸配列からなるリパーゼをコードする塩基配列を含むDNA配列をそれぞれ配列番号1、3、5及び7に示した。
【0041】
変異用プライマーは、ホスホロアミダイト法(Nucleic Acids R4esearch,1989,17:7059-7071)等の周知のオリゴヌクレオチド合成法により作製することができる。そのようなプライマー合成は、例えば市販のオリゴヌクレオチド合成装置(ABI社製など)を用いて実施することもできる。該変異用プライマーを含むプライマーセットを使用し、親遺伝子を鋳型DNAとして上記のような部位特異的変異導入を行うことにより、目的の変異を有する本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチドを得ることができる。
【0042】
当該本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチドは、一本鎖又は2本鎖のDNA、cDNA、RNAもしくは他の人工核酸を含み得る。該DNA、cDNA及びRNAは、化学合成されていてもよい。また当該ポリヌクレオチドは、オープンリーディングフレーム(ORF)に加えて、非翻訳領域(UTR)のヌクレオチド配列を含んでいてもよい。また当該ポリヌクレオチドは、本発明の変異ポリペプチド産生用の形質転換体の種にあわせて、コドン至適化されていてもよい。各種生物が使用するコドンの情報は、Codon Usage Database([www.kazusa.or.jp/codon/])から入手可能である。
【0043】
<3.ベクター又はDNA断片>
得られた本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチドはベクターに組み込むことができる。当該ポリヌクレオチドを含有するベクターの種類としては、特に限定されず、プラスミド、ファージ、ファージミド、コスミド、ウイルス、YACベクター、シャトルベクターなどの任意のベクターであってよい。また該ベクターは、限定ではないが、好ましくは、細菌内、好ましくはバチルス属細菌(例えば枯草菌又はその変異株)内で増幅可能なベクターであり、より好ましくは、バチルス属細菌内で導入遺伝子の発現を誘導可能な発現ベクターである。中でも、バチルス属細菌と他の生物のいずれでも複製可能なベクターであるシャトルベクターは、本発明のリパーゼ変異体を組換え生産する上で好適に用いることができる。好ましいベクターの例としては、限定するものではないが、pHA3040SP64、pHSP64R又はpASP64(特許第3492935号)、pHY300PLK(大腸菌と枯草菌の両方を形質転換可能な発現ベクター;Jpn J Genet,1985,60:235-243)、pAC3(Nucleic Acids Res,1988,16:8732)などのシャトルベクター;pUB110(J Bacteriol,1978,134:318-329)、pTA10607(Plasmid,1987,18:8-15)などのバチルス属細菌の形質転換に利用可能なプラスミドベクター、などが挙げられる。また大腸菌由来のプラスミドベクター(例えばpET22b(+)、pBR322、pBR325、pUC57、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19、pBluescriptなど)を用いることもできる。
【0044】
上記ベクターは、DNAの複製開始領域又は複製起点を含むDNA領域を含み得る。あるいは、上記ベクターにおいては、本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチド(すなわちリパーゼ変異体遺伝子)の上流に、該遺伝子の転写を開始させるためのプロモーター領域、ターミネーター領域、又は発現されたタンパク質を細胞外へ分泌させるための分泌シグナル領域などの制御配列が作動可能に連結されていてもよい。
【0045】
上記プロモーター領域、ターミネーター領域、分泌シグナル領域などの制御配列の種類は、特に限定されず、導入する宿主に応じて、通常使用されるプロモーターや分泌シグナル配列を適宜選択して用いることができる。例えば、ベクターに組み込むことができる制御配列の好適な例としては、Bacllus sp.KSM-S237株のセルラーゼ遺伝子のプロモーター、分泌シグナル配列などが挙げられる。
【0046】
あるいは、上記本発明のベクターには、該ベクターが適切に導入された宿主を選択するためのマーカー遺伝子(例えば、アンピシリン、ネオマイシン、カナマイシン、クロラムフェニコールなどの薬剤の耐性遺伝子)がさらに組み込まれていてもよい。あるいは、宿主に栄養要求性株を使用する場合、要求される栄養の合成酵素をコードする遺伝子をマーカー遺伝子としてベクターに組み込んでもよい。またあるいは、生育のために特定の代謝を必須とする選択培地を用いる場合、該代謝の関連遺伝子をマーカー遺伝子としてベクターに組み込んでもよい。このような代謝関連遺伝子の例としては、アセトアミドを窒素源として利用するためのアセトアミダーゼ遺伝子が挙げられる。
【0047】
上記本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチドと、制御配列及びマーカー遺伝子との連結は、SOE(splicing by overlap extension)-PCR法(Gene,1989,77:61-68)などの当該分野で公知の方法によって行うことができる。連結した断片のベクターへの導入手順は、当該分野で周知である。
【0048】
<4.形質転換細胞>
本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチドを含むベクターを宿主へ導入するか、又は本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチドを含むDNA断片を宿主のゲノムに導入することにより、本発明の形質転換細胞を得ることができる。
【0049】
宿主細胞としては、細菌、糸状菌などの微生物が挙げられる。細菌の例としては、大腸菌(Escherichia coli)、スタフィロコッカス属(Staphylococcus)、エンテロコッカス属(Enterococcus)、リステリア属(Listeria)、バチルス属(Bacillus)に属する細菌などが挙げられ、このうち、大腸菌及びバチルス属細菌が好ましく、バチルス属細菌がより好ましく、枯草菌(例えば、枯草菌Bacillus subtilis Marburg No.168(枯草菌168株)又はその変異株)がさらに好ましい。枯草菌変異株の例としては、J.Biosci.Bioeng.,2007,104(2):135-143に記載のプロテアーゼ9重欠損株KA8AX、ならびにBiotechnol.Lett.,2011,33(9):1847-1852に記載の、プロテアーゼ8重欠損株にタンパク質のフォールディング効率を向上させたD8PA株を挙げることができる。糸状菌の例としては、トリコデルマ属(Trichoderma)、アスペルギルス属(Aspergillus)、リゾプス属(Rhizopus)などが挙げられる。
【0050】
宿主へのベクターの導入の方法としては、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法などの当該分野で通常使用される方法を用いることができる。導入が適切に行われた株をマーカー遺伝子の発現、栄養要求性などを指標に選択することで、ベクターが導入された目的の形質転換体を得ることができる。
【0051】
あるいは、本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチド、制御配列及びマーカー遺伝子を連結した断片を、宿主のゲノムに直接導入することもできる。例えば、SOE-PCR法などにより、上記連結断片の両端に宿主のゲノムと相補的な配列を付加したDNA断片を構築し、これを宿主に導入して、宿主ゲノムと該DNA断片との間に相同組換えを起こさせることによって、本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチドが宿主のゲノムに導入される。
【0052】
斯くして得られた、本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチド又はそれを含むベクターが導入された形質転換体を適切な培地で培養すれば、該ベクター上のタンパク質をコードする遺伝子が発現して本発明のリパーゼ変異体が生成される。当該形質転換体の培養に使用する培地は、当該形質転換体の微生物の種類にあわせて、当業者が適宜選択することができる。
【0053】
あるいは、本発明のリパーゼ変異体は、無細胞翻訳系を使用して本発明のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチド又はその転写産物から発現させてもよい。「無細胞翻訳系」とは、宿主となる細胞を機械的に破壊して得た懸濁液にタンパク質の翻訳に必要なアミノ酸などの試薬を加えて、in vitro転写翻訳系又はin vitro翻訳系を構成したものである。
【0054】
上記培養物又は無細胞翻訳系にて生成された本発明のリパーゼ変異体は、タンパク質精製に用いられる一般的な方法、例えば、遠心分離、硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどを単独で又は適宜組み合わせて用いることにより、単離又は精製することができる。培養物から回収されたタンパク質は、公知の手段でさらに精製されてもよい。
【0055】
<5.洗浄剤組成物>
斯くして得られる本発明のリパーゼ変異体は、親リパーゼと比して、界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性の阻害が大きく改善している。また、本発明のリパーゼ変異体は、親リパーゼと比して、界面活性剤存在下の硬質表面上のトリグリセリドの除去能が大きく向上している。本発明のリパーゼ変異体は、界面活性剤存在下で外力を加えずとも硬質表面上のトリグリセリドを除去できることから、硬質表面に限らず軟質表面上のトリグリセリドも除去し得る。よって、本発明のリパーゼ変異体は、洗浄力に優れ、界面活性剤存在下であっても良好な洗浄力を示す。ここで、「洗浄力」とは、汚れ、とりわけ油汚れの除去を洗濯又は洗浄工程においてもたらす能力を意味する。
【0056】
界面活性剤としては、陰イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、及び陽イオン性界面活性剤の1種又は組み合わせを挙げられ、好ましくは陰イオン性界面活性剤及び非イオン性界面活性剤の1種又は組み合わせであり、より好ましくは下記にて詳述するスルホコハク酸エステル又はその塩、SDS及びTriton X-100の1種又は組み合わせであり、さらに好ましくはスルホコハク酸エステル又はその塩である。
【0057】
「分散基質」とは、リパーゼによる加水分解を受け得るエステル結合を含み、水溶液中に可溶化、乳化又は分散したエステル基質を指す。分散基質としては、例えば4-ニトロフェノール脂肪酸エステル、トリグリセリド、メチルレゾルフィンエステル、アラキドン酸-1-チオグリセロール、フルオレセインジアセタート、フルオレセインイソチオシアナートジアセタート、EnzChekTM Lipase Substrate(InvitrogenTM)などを使用することができる。基質が不溶性の場合、乳化安定剤や乳化剤の添加により乳化させて使用することもできる。このうち、リパーゼ活性測定の利便性の観点から、4-ニトロフェノール脂肪酸エステルが好ましく、脂肪酸鎖長が2から16の4-ニトロフェノール脂肪酸エステルがより好ましく、オクタン酸4-ニトロフェニルがさらに好ましい。
【0058】
「界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性の阻害」とは、界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性が、界面活性剤非存在下の分散基質に対するリパーゼ活性と比べて低いことを意味する。界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性の阻害の程度は、当該技術分野において周知の方法を用いて測定することができる。例えば、リパーゼと界面活性剤溶液を混合し、該混合液に分散基質であるオクタン酸4-ニトロフェニル溶液を添加し、4-ニトロフェノールの遊離に伴う405nmの吸光度変化(OD/min)を測定し、ブランク(リパーゼ添加無しサンプル)との差分ΔOD/min(界面活性剤溶液中のリパーゼ活性値)をとることで界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を求める。別途、界面活性剤溶液にかえてバッファーを用いた際のΔOD/min(バッファー中のリパーゼ活性値)を求める。次いで、界面活性剤溶液中のリパーゼ活性値をバッファー中のリパーゼ活性値で除してΔOD/min比を求める。ΔOD/min比は、バッファー中と比べた界面活性剤溶液中でのリパーゼ活性維持率の相対的な尺度であり、値が小さいほど界面活性剤存在下でリパーゼ活性が阻害されていることを表すので、斯かる値を指標として界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性の阻害の程度を評価することができる。また、リパーゼ変異体のΔOD/min比を親リパーゼのΔOD/min比で除すことで、リパーゼ変異体において親リパーゼと比して界面活性剤存在下のリパーゼ活性の阻害の程度がどれだけ改善しているかというリパーゼ活性の阻害の改善度を求めることができる。改善度が1より大きければ、リパーゼ変異体において界面活性剤存在下のリパーゼ活性の阻害が親リパーゼと比して改善している。
本発明のリパーゼ変異体は、後記実施例の(3)の条件下、改善度((リパーゼ変異体のΔOD/min比)/(親リパーゼのΔOD/min比))が好ましくは1.1以上、より好ましくは1.2以上、さらに好ましくは1.3以上、さらに好ましくは3.5以上のリパーゼである。
【0059】
「硬質表面」とは、無生物対象物の硬質の固体表面を指す。斯かる硬質表面を有する無生物対象物としては、食器、台所周りの物品、及び/又は、浴室、トイレ周り、フロアなどの住環境の物品が挙げられる。食器としては、具体的には、皿、椀等のいわゆる食器;タッパー、瓶等の保存容器;包丁やまな板、鍋、フライパン、魚焼きグリル等の調理器具;フードプロセッサー、ミキサー等の調理家電等の食材が接触する部材や器具が挙げられる。台所周りの物品は、台所の周辺で使用される物品であり、具体的には、冷蔵庫、食器棚などの食品、食器、調理器具の保存場所;排水溝、調理台、レンジフード、シンク、ガスレンジ、電子レンジなどの食品の調理場所;前記保存場所や前記調理場所の周辺の床や壁等が挙げられる。本発明のリパーゼ変異体は、食器、保存容器、調理器具、及び調理家電から選ばれる物品の硬質表面上のトリグリセリドの除去に好ましく用いられる。
【0060】
「軟質表面」とは、無生物対象物の軟質の固体表面を指す。斯かる軟質表面を有する無生物対象物としては、繊維製品が挙げられる。ここで、繊維製品は、糸状の天然繊維、再生繊維又は合成繊維等を織るか編むなどして、多数の繊維を薄く広いシート状に加工した布生地、及び斯かる布生地を用いて縫製、圧着加工等されて作製された布生地の加工物を包含し、布生地の加工物としては、例えば、衣類(例えば、肌着、シャツ、セーター、スカート、スウェット等)、タオル、装着品(例えば、スリッパ、スカーフ、ストール、手袋、靴下等)、装具(例えば、サポーター、マスク、ガーゼ、包帯等)、寝具(例えば、布団、マット、クッション、枕、毛布等)、カバー(例えば、布団カバー、クッションカバー、枕カバー、シーツ、座布団カバー、便座カバー等)、玩具(例えば、ぬいぐるみ等)等が挙げられる。
【0061】
「トリグリセリド」は、エステル結合を含み、リパーゼの加水分解を受け得る。トリグリセリドとしては、特に制限されないが、好ましくは硬質表面に付着している又は付着している恐れのあるトリグリセリドが挙げられ、例えば、パルミチン酸、ステアリン酸及びオレイン酸から選択される脂肪酸を構成脂肪酸とするトリグリセリド等が例示される。また、トリグリセリドを含む油としては牛や豚など動物に由来する油や、菜種油やオリーブ油など植物に由来する油などが例示される。
【0062】
リパーゼの「硬質表面上のトリグリセリドの除去能」とは、リパーゼが硬質表面に付着したトリグリセリドを加水分解することにより、トリグリセリドを硬質表面から除去する能力を意味し、洗浄力の指標となり得る。界面活性剤存在下の硬質表面上のトリグリセリドの除去能は、当該技術分野において周知の方法を用いて評価することができる。例えば、所定の指標物質(例えば、スダンIIIなどの脂肪に対する溶解性の高い染色剤)を含むトリグリセリド含有モデル油汚れを硬質表面に付着させ、リパーゼと界面活性剤を含む洗浄液を添加して所定の条件で洗浄処理する。洗浄液の一部を分取し、洗浄処理により洗浄液に可溶化したモデル油汚れ中の指標物質の濃度を、例えば吸光度測定により測定し、洗浄前との差分を界面活性剤存在下の硬質表面上のトリグリセリドの除去能の指標として求めることができる。
【0063】
本発明のリパーゼ変異体は、各種洗浄剤組成物配合用酵素として有用であり、特に低温洗浄に適した洗浄剤組成物配合用酵素として有用である。
ここで、「低温」としては、40℃以下、35℃以下、30℃以下、25℃以下が挙げられ、また5℃以上、10℃以上、15℃以上が挙げられる。また、5~40℃、10~35℃、15~30℃、15~25℃が挙げられる。
【0064】
洗浄剤組成物中への本発明のリパーゼ変異体の配合量は、当該リパーゼ変異体が活性を示す量であれば特に制限されないが、例えば、洗浄剤組成物1kg当たり好ましくは0.1mg以上、より好ましくは1mg以上、さらに好ましくは5mg以上であり、且つ好ましくは5000mg以下、さらに好ましくは1000mg以下、さらに好ましくは500mg以下である。また0.1~5000mgであるのが好ましく、1~1000mgであるのがより好ましく、5~500mgであるのがさらに好ましい。
【0065】
洗浄剤組成物は、好ましくは、本発明のリパーゼ変異体に加えて、スルホコハク酸エステル又はその塩を含む。スルホコハク酸エステル又はその塩は、洗浄剤組成物に配合される成分として知られている(例えば、特開2019-182911号公報)。スルホコハク酸エステル又はその塩は、炭素数9以上12以下の分岐鎖アルキル基を有するスルホコハク酸分岐アルキルエステル又はその塩が好ましく、炭素数9又は10の分岐鎖アルキル基を有するスルホコハク酸分岐アルキルエステル又はその塩がより好ましく、炭素数10の分岐鎖アルキル基を有するスルホコハク酸分岐アルキルエステル又はその塩がさらに好ましい。また、スルホコハク酸エステル又はその塩は、スルホコハク酸ジ分岐鎖アルキルエステル又はその塩であって、2つの分岐鎖アルキル基がそれぞれ炭素数9以上12以下の分岐鎖アルキル基であるスルホコハク酸ジ分岐アルキルエステル又はその塩が好ましく、2つの分岐鎖アルキル基がそれぞれ炭素数9又は10の分岐鎖アルキル基であるスルホコハク酸ジ分岐アルキルエステル又はその塩がより好ましく、2つの分岐鎖アルキル基がそれぞれ炭素10の分岐鎖アルキル基であるスルホコハク酸ジ分岐アルキルエステル又はその塩がさらに好ましく、ビス-(2-プロピルヘプチル)スルホコハク酸又はその塩がさらに好ましい。
【0066】
塩としては、例えばアルカリ金属塩、アルカノールアミン塩などが挙げられ、アルカリ金属塩又はアルカノールアミン塩が好ましく、ナトリウム塩、カリウム塩、トリエタノールアミン塩、ジエタノールアミン塩、及びモノエタノールアミン塩から選ばれる塩がより好ましく、ナトリウム塩がさらに好ましい。
【0067】
スルホコハク酸エステル又はその塩としては、下記式1で表される化合物が挙げられる。
【0068】
【化1】
【0069】
〔式1中、R、Rは、それぞれ、炭素数9以上12以下の分岐鎖アルキル基であり、AO、AOは、それぞれ、炭素数2以上4以下のアルキレンオキシ基であり、x1、x2は、平均付加モル数であり、それぞれ、0以上10以下の数であり、Mは陽イオンである。〕
【0070】
式1中、R、Rは、それぞれ、分岐鎖ノニル基、分岐鎖デシル基及び分岐鎖ドデシル基から選ばれる分岐鎖アルキル基が好ましく、分岐鎖デシル基がより好ましい。分岐鎖デシル基は、2-プロピルヘプチル基が好ましい。
【0071】
式1中、AO、AOは、それぞれ、炭素数2以上4以下、水に対する潤滑性の観点から好ましくは炭素数2又は3のアルキレンオキシ基である。式1中、x1、x2は、AO、AOの平均付加モル数を表し、それぞれ、0以上10以下、水に対する潤滑性の観点から好ましくは6以下、より好ましくは4以下、さらに好ましくは2以下の数であり、0がさらに好ましい。
【0072】
式1中、Mは陽イオンである。Mは水素イオン以外の陽イオンが好ましい。Mとしては、例えば、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどのアルカリ金属イオン、カルシウムイオン、バリウムイオンなどのアルカリ土類金属イオン、トリエタノールアンモニウムイオン、ジエタノールアンモニウムイオン、モノエタノールアンモニウムイオン、トリメチルアンモニウムイオン、モノメチルアンモニウムイオンなどの有機アンモニウムイオンなどが挙げられる。
Mは、水への分散性の観点から、アルカリ金属イオン、アルカノールアンモニウムイオンが好ましく、ナトリウムイオン、カリウムイオン、トリエタノールアンモニウムイオン、ジエタノールアンモニウムイオン、モノエタノールアンモニウムイオンがより好ましく、ナトリウムイオンがさらに好ましい。
【0073】
スルホコハク酸エステル又はその塩は、下記式1-1で表される化合物が好ましい。式1-1の化合物は、式1中のx1、x2がそれぞれ0の化合物である。
【0074】
【化2】
【0075】
〔式1-1中、R、Rは、それぞれ、炭素数9以上12以下の分岐鎖アルキル基であり、Mは陽イオンである。〕
式1-1中のR、R、Mの具体例や好ましい例は式1と同じである。
好ましい一実施形態において、スルホコハク酸エステル又はその塩は、ビス-(2-プロピルヘプチル)スルホコハク酸又はその塩である。
【0076】
洗浄剤組成物中へのスルホコハク酸エステル又はその塩の配合量は、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上、且つ好ましくは30.0質量%以下、より好ましくは10.0質量%以下、さらに好ましくは2.0質量%以下である。また0.01~30.0質量%であるのが好ましく、0.1~10.0質量%であるのがより好ましく、0.1~2.0質量%であるのがさらに好ましい。
【0077】
洗浄剤組成物は、本発明のリパーゼ変異体以外に様々な酵素を併用することもできる。例えば、加水分解酵素、酸化酵素、還元酵素、トランスフェラーゼ、リアーゼ、イソメラーゼ、リガーゼ、シンテターゼなどである。このうち、本発明のリパーゼ変異体とは異なるリパーゼ、アミラーゼ、プロテアーゼ、セルラーゼ、ケラチナーゼ、エステラーゼ、クチナーゼ、プルラナーゼ、ペクチナーゼ、マンナナーゼ、グルコシダーゼ、グルカナーゼ、コレステロールオキシダーゼ、ペルオキシダーゼ、ラッカーゼなどが好ましく、特にプロテアーゼ、セルラーゼ、アミラーゼ、リパーゼが好ましい。
プロテアーゼとしては市販のAlcalase、Esperase、Everlase、Savinase、Kannase、Progress Uno(登録商標;ノボザイムズ社)、PREFERENZ、EFFECTENZ、EXCELLENZ(登録商標;デュポン社)、Lavergy(登録商標;BASF社)、またKAP(花王)、などが挙げられる。
セルラーゼとしてはCelluclean、Carezyme(登録商標;ノボザイムズ社)、またKAC、特開平10-313859号公報記載のバチルス・エスピーKSM-S237株が生産するアルカリセルラーゼ、特開2003-313592の号公報記載の変異アルカリセルラーゼ(以上、花王)などが挙げられる。
アミラーゼとしてはTermamyl、Duramyl、Stainzyme、Stainzyme Plus、Amplify Prime(登録商標;ノボザイムズ社)、PREFERENZ、EFFECTENZ(登録商標;デュポン社)、またKAM(花王)、などが挙げられる。
リパーゼとしてはLipolase、Lipex(登録商標;ノボザイムズ社)などが挙げられる。
【0078】
洗浄剤組成物には公知の洗浄剤成分を配合することができ、当該公知の洗浄剤成分としては、例えば次のものが挙げられる。
【0079】
(1)界面活性剤
界面活性剤は洗浄剤組成物中0.5~60質量%配合され、特に粉末状洗浄剤組成物については10~45質量%、液体洗浄剤組成物については20~90質量%配合することが好ましい。また洗浄剤組成物がランドリー用衣料洗浄剤、自動食器洗浄機用洗浄剤である場合、界面活性剤は一般に1~10質量%、好ましくは1~5質量%配合される。
【0080】
洗浄剤組成物に用いられる界面活性剤としては、上記のスルホコハク酸エステル又はその塩以外の、陰イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤の1種又は組み合わせを挙げることが出来るが、好ましくは両性界面活性剤である。
【0081】
両性界面活性剤としては、アミンオキシド型界面活性剤又はベタイン型界面活性剤が好ましく、3級アミンオキシド型界面活性剤、スルホベタイン型界面活性剤又はカルボベタイン型界面活性剤がより好ましい。3級アミンオキシド型界面活性剤としては、窒素原子に結合する基のうち1つがアミド基又はエステル基で分断されていてもよい炭素数8以上18以下のアルキル基、好ましくは炭素数8以上16以下のアルキル基、更に好ましくは炭素数8以上14以下のアルキル基であり、残りが炭素数1以上3以下のアルキル基、好ましくはメチル基である3級アミンオキシド型界面活性剤が挙げられる。スルホベタイン型界面活性剤としては、炭素数10以上、且つ18以下、好ましくは16以下、より好ましくは14以下のアルキル基を1つと、炭素数1以上3以下のアルキル基、好ましくはメチル基を2つと、3-スルホプロピル基又は2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル基とを有する化合物が好適である。また、カルボベタイン型界面活性剤としては、アミド基又はエステル基で分断されていてもよい炭素数10以上、且つ18以下、好ましくは16以下、より好ましくは14以下のアルキル基を1つと、炭素数1以上3以下のアルキル基、好ましくはメチル基を2つと、カルボキシアルキル基、好ましくはカルボキシメチル基を1つ有するカルボベタイン型界面活性剤が好ましい。
【0082】
(2)二価金属イオン捕捉剤
二価金属イオン捕捉剤は0.01~50質量%、好ましくは5~40質量%配合される。洗浄剤組成物に用いられる二価金属イオン捕捉剤としては、トリポリリン酸塩、ピロリン酸塩、オルソリン酸塩などの縮合リン酸塩、ゼオライトなどのアルミノケイ酸塩、合成層状結晶性ケイ酸塩、ニトリロ三酢酸塩、エチレンジアミン四酢酸塩、クエン酸塩、イソクエン酸塩、ポリアセタールカルボン酸塩などが挙げられる。このうち結晶性アルミノケイ酸塩(合成ゼオライト)が特に好ましく、A型、X型、P型ゼオライトのうち、A型が特に好ましい。合成ゼオライトは、平均一次粒径0.1~10μm、特に0.1~5μmのものが好適に使用される。
【0083】
(3)アルカリ剤
アルカリ剤は0.01~80質量%、好ましくは1~40質量%配合される。粉末洗剤の場合、デンス灰や軽灰と総称される炭酸ナトリウムなどのアルカリ金属炭酸塩、並びにJIS1号、2号、3号などの非晶質のアルカリ金属珪酸塩が挙げられる。これら無機性のアルカリ剤は洗剤乾燥時に、粒子の骨格形成において効果的であり、比較的硬く、流動性に優れた洗剤を得ることができる。これら以外のアルカリとしてはセスキ炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどが挙げられ、またトリポリリン酸塩などのリン酸塩もアルカリ剤としての作用を有する。また、液体洗剤に使用されるアルカリ剤としては、上記アルカリ剤の他に水酸化ナトリウム、並びにモノ、ジ又はトリエタノールアミンを使用することができ、活性剤の対イオンとしても使用できる。
【0084】
(4)再汚染防止剤
再汚染防止剤は0.001~10質量%、好ましくは1~5質量%配合される。洗浄剤組成物に用いられる再汚染防止剤としてはポリエチレングリコール、カルボン酸系ポリマー、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。このうちカルボン酸系ポリマーは再汚染防止能の他、金属イオンを捕捉する機能、固体粒子汚れを衣料から洗濯浴中へ分散させる作用がある。カルボン酸系ポリマーはアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸などのホモポリマーないしコポリマーであり、コポリマーとしては上記モノマーとマレイン酸の共重合したものが好適であり、分子量が数千~10万のものが好ましい。上記カルボン酸系ポリマー以外に、ポリグリシジル酸塩などのポリマー、カルボキシメチルセルロースなどのセルロース誘導体、並びにポリアスパラギン酸などのアミノカルボン酸系のポリマーも金属イオン捕捉剤、分散剤及び再汚染防止能を有するので好ましい。
【0085】
(5)漂白剤
例えば過酸化水素、過炭酸塩などの漂白剤は1~10質量%配合するのが好ましい。漂白剤を使用するときは、テトラアセチルエチレンジアミン(TAED)や特開平6-316700号公報記載などの漂白活性化剤(アクチベーター)を0.01~10質量%配合することができる。
【0086】
(6)蛍光剤
洗浄剤組成物に用いられる蛍光剤としてはビフェニル型蛍光剤(例えばチノパールCBS-Xなど)やスチルベン型蛍光剤(例えばDM型蛍光染料など)が挙げられる。蛍光剤は0.001~2質量%配合するのが好ましい。
【0087】
(7)その他の成分
洗浄剤組成物には、衣料用洗剤の分野で公知の溶剤、ビルダー、柔軟化剤、還元剤(亜硫酸塩など)、抑泡剤(シリコーンなど)、香料、防菌防カビ剤(プロキセル[商品名]、安息香酸など)、その他の添加剤を含有させることができる。
【0088】
溶剤としては、炭素数1以上3以下の1価アルコール;炭素数2以上4以下の多価アルコール;アルキレングリコール単位の炭素数が2ないし4のジ又はトリアルキレングリコール;アルキレングリコール単位の炭素数が2ないし4のジないしテトラアルキレングリコールのモノアルコキシ(メトキシ、エトキシ、プロポキシ、ブトキシ)、フェノキシ又はベンゾオキシエーテルを挙げることができる。
溶剤としては、炭素数2以上、好ましくは炭素数3以上、そして、炭素数10以下、好ましくは炭素数8以下の水溶性有機溶剤が好ましい。ここで、水溶性有機溶剤とは、オクタノール/水分配係数(LogPow)が3.5以下の溶剤を指すものとする。
具体的には、エタノール、イソプロピルアルコール;エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、イソプレングリコール;ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール;プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルジグリコールなどとも称される)、フェノキシエタノール、フェノキシトリエチレングリコール、フェノキシイソプロパノールが挙げられる。溶剤としては、エタノール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、フェノキシエタノール、フェニルグリコール、及びフェノキシイソプロパノールから選ばれる溶剤が好ましい。溶剤は、アルコキシ基を有するものが好ましく、更に上記のアルキレングリコール単位の炭素数が2ないし4のジないしテトラアルキレングリコールのモノアルコキシ、フェノキシ又はベンゾオキシエーテルから選ばれる一種以上を含むことが好ましく、溶剤としてジエチレングリコールモノブチルエーテルを含有することがより好ましい。
【0089】
洗浄剤組成物は、上記方法で得られた本発明のリパーゼ変異体及び上記公知の洗浄成分を組み合わせて常法に従い製造することができる。洗剤の形態は用途に応じて選択することができ、例えば液体、粉体、顆粒、ペースト、固形などにすることができる。
【0090】
斯くして得られる洗浄剤組成物は、衣料洗浄剤、食器洗浄剤、漂白剤、硬質表面洗浄用洗浄剤、排水管洗浄剤、義歯洗浄剤、医療器具用の殺菌洗浄剤などとして使用することができるが、好ましくは衣料洗浄剤、食器洗浄剤が挙げられ、より好ましくはランドリー用衣料洗浄剤(ランドリー用洗濯洗剤)、手洗いによる食器洗浄剤、自動食器洗浄機用洗浄剤が挙げられる。
また、当該洗浄剤組成物は、40℃以下、35℃以下、30℃以下、25℃以下で、且つ5℃以上、10℃以上、15℃以上での使用に適する。また、5~40℃、10~35℃、15~30℃、15~25℃での使用に適する。好ましい使用態様としては、ランドリーでの低温(15~30℃)洗浄における使用、自動食器洗浄機による低温(15~30℃)洗浄における使用が挙げられる。
【0091】
本発明の洗浄剤組成物を用いることで、汚れの除去を必要とする被洗浄物(例えば、衣類、食器、硬質表面、排水管、義歯、医療器具など)を洗浄すること、すなわち汚れを除去することができる。斯かる洗浄方法は、汚れの除去を必要とする被洗浄物と本発明の洗浄剤組成物とを接触させることを含む。好ましくは、汚れとは油汚れである。
【0092】
本発明の洗浄方法において、被洗浄物と洗浄剤組成物とを接触させるには、該洗浄剤組成物を溶かした水に、該被洗浄物を漬け置きしてもよく、また該洗浄剤組成物を、該被洗浄物に直接塗布してもよい。本発明の方法においては、該漬け置き又は洗剤組成物の塗布後の被洗浄物をさらに手洗い、スポンジによる擦り洗い、洗濯機などで洗ってもよいが、必ずしもその必要はない。
【0093】
<6.リパーゼの評価又は選択方法>
後記実施例に示すように、親リパーゼに比したリパーゼ変異体の界面活性剤存在下の分散基質に対する活性阻害の改善の程度とスルホコハク酸エステル存在下の硬質表面上トリグリセリドの除去能の向上は強く相関する。よって、リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対する活性阻害の程度を指標とすることで、スルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能に優れる洗浄力の高いリパーゼを評価又は選択することができる。
したがって、別の一態様において、本発明は、スルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼの評価又は選択方法を提供する。当該本発明の方法は、スルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能が促進されるリパーゼの評価又は選択方法であり得る。当該本発明の方法は、被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を測定する工程、測定した結果に基づいて、被験リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度を評価する工程、及び界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度が標準リパーゼより小さい被験リパーゼをスルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼとして評価又は選択する工程、を含む。
一般的に、洗浄用途の酵素の評価において、分散基質に対する活性の程度と、表面に付着した汚れの除去能の程度は一致しない。特に実際の汚れに含まれる基質とは異なる構造の基質を用いた場合、基質の構造及び存在状態のどちらも異なることから、分散基質を用いた活性測定は洗浄力の評価としては通常成立しない。これに対し、本発明では、酵素の基質に対する比活性ではなく界面活性剤存在下での活性阻害の程度を洗浄力の指標にできることを見出したことにより、分散基質を用いた活性測定を洗浄力の評価として用いることができる。本発明の評価又は選択方法は、分散基質を用いる分散系での実施が可能であり、簡便でスループット性が高い。また、本発明の評価又は選択方法によれば、硬質表面に付着した油汚れの分解能を直接試験するよりも、洗浄力の高いリパーゼを短時間で感度よく評価又は選択できる。
【0094】
本発明の評価又は選択方法に用いられる被験リパーゼの由来生物の種は、特に限定されない。被験リパーゼは、天然(野生型)ポリペプチドであってもその人工的な変異体であってもよい。上述したように、配列番号2の番号付けで120位、130位、134位、136位及び137位におけるアミノ酸残基の置換はリパーゼの洗浄力を向上させるための置換であり、これらのアミノ酸位置は全てリパーゼのリッドドメインに存在することから、被験リパーゼとしては、リパーゼのリッドドメインのアミノ酸残基に少なくとも1つの変異(置換、欠失又は挿入)を含む変異体を用いるのが評価又は選択効率の観点から好ましい。
【0095】
界面活性剤としては、陰イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、及び陽イオン性界面活性剤の1種又は組み合わせを挙げられ、好ましくは陰イオン性界面活性剤及び非イオン性界面活性剤の1種又は組み合わせであり、より好ましくはスルホコハク酸エステル又はその塩、SDS及びTriton X-100の1種又は組み合わせであり、さらに好ましくはスルホコハク酸エステル又はその塩である。スルホコハク酸エステル又はその塩については、本発明のリパーゼ変異体を含有する洗浄剤組成物に含まれ得る成分として詳述したものと同様である。
【0096】
本発明の評価又は選択方法においては、被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を測定する。被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性は、当該技術分野において周知の方法を用いて測定することができる。例えば、被験リパーゼと界面活性剤溶液を混合し、該混合液に分散基質であるオクタン酸4-ニトロフェニル溶液を添加し、4-ニトロフェノールの遊離に伴う405nmの吸光度変化(OD/min)を測定し、ブランク(リパーゼ添加無しサンプル)との差分ΔOD/minをとることで界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性値を求めることができる。
【0097】
次いで、本発明の評価又は選択方法においては、測定した結果に基づいて、被験リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度を評価する。例えば、被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性と標準リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を比較すれば、被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性の阻害の程度を推定することができる。具体的には、被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性が標準リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性よりも高ければ高い程、被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性の阻害の程度は小さいと評価でき、被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性が標準リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性よりも低ければ低い程、被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性の阻害の程度は大きいと評価できる。ここで、標準リパーゼとしては、公知のリパーゼを用いることができる。種々のリパーゼが文献から公知であり、配列番号2、4、6又は8のアミノ酸配列からなるリパーゼ等が標準リパーゼとして好適に用いられる。あるいは、被験リパーゼとして変異体を用いる場合は、標準リパーゼとして該被験リパーゼの親リパーゼを用いることが好ましい。あるいは、標準リパーゼとして、界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を所定の活性としたモデルリパーゼを設定し、これを用いることもできる。モデルリパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性は、評価又は選択したいリパーゼの性能を基準に適宜設定すればよい。
【0098】
あるいは、被験リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度の評価にあたっては、界面活性剤溶液に代えて界面活性剤非含有溶液を用いる以外は、被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を測定する場合と同様にして被験リパーゼの界面活性剤非存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を求め、被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性と界面活性剤非存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を比較してもよい。例えば、ΔOD/minで表される被験リパーゼの界面活性剤存在下のリパーゼ活性をΔOD/minで表される被験リパーゼの界面活性剤非存在下のリパーゼ活性値で除してΔOD/min比を求める。斯かるΔOD/min比は、界面活性剤非存在下と比べた界面活性剤存在下でのリパーゼ活性維持率の相対的な尺度であり、値が小さいほど界面活性剤存在下でリパーゼ活性が阻害されていることを表すので、斯かる値を指標としてリパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度を評価することができる。よって、本発明の評価又は選択方法は、被験リパーゼの界面活性剤非存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を測定する工程をさらに含んでいてもよい。
【0099】
次いで、本発明の評価又は選択方法においては、界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度が標準リパーゼより小さい被験リパーゼをスルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼとして評価又は選択する。
本発明におけるスルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼの評価又は選択は、被験リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度と標準リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度を比較することにより行われる。例えば、被験リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度が標準リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度と比べて統計学的に有意に小さければ、該被験リパーゼを界面活性剤存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼとして評価又は選択することができる。また例えば、被験リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度が標準リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度と比べて、好ましくは10%以上、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは30%以上小さければ、該被験リパーゼを界面活性剤存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼとして評価又は選択することができる。リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度をΔOD/min比で評価している場合には、被験リパーゼのΔOD/min比が同条件下の標準リパーゼのΔOD/min比よりも大きければ、例えば、有意に大きければ、あるいは、好ましくは10%以上、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは30%以上、さらに好ましくは300%以上大きければ、該被験リパーゼを界面活性剤存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼとして評価又は選択することができる。
【0100】
以下に、本発明の評価又は選択方法の具体的手順の一例を示すが、当該方法はこれに限定されるものではない。
【0101】
オクタン酸4-ニトロフェニル(SIGMA)を基質として用いる。試験液として下記表3記載のモデル洗浄液又は20mM Tris-HCl(pH7.0)を用い、オクタン酸4-ニトロフェニルを各試験液に終濃度2mMで添加し、混合したものを基質溶液とする。20mM Tris-HCl(pH7.0)で適宜希釈した被験リパーゼ2μLと、基質溶液100μLを96穴アッセイプレートの各ウェルで混合し、30℃で405nmの吸光度変化(OD/min)を測定する。各試験液におけるOD/minとブランク(リパーゼ添加無しサンプル)との差分ΔOD/minをそれぞれ界面活性剤存在下のリパーゼ活性及び界面活性剤非存在下のリパーゼ活性として求める。次いで、ΔOD/minで表される界面活性剤存在下のリパーゼ活性をΔOD/minで表される界面活性剤非存在下のリパーゼ活性で除して、界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性の阻害の程度の指標であるΔOD/min比を求める。次いで、被験リパーゼのΔOD/min比を、同様にして求めた標準リパーゼのΔOD/min比と比較し、ΔOD/min比が標準リパーゼのΔOD/min比より大きい被験リパーゼを界面活性剤存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼとして評価又は選択する。
【0102】
斯くして得られるリパーゼは、界面活性剤存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有し洗浄力に優れ、各種洗浄剤組成物配合用酵素として有用である。洗浄剤組成物の組成、形態、使用態様等の詳細については、本発明のリパーゼ変異体を含む洗浄剤組成物と同様である。
【0103】
上述した実施形態に関し、本発明においては更に以下の態様が開示される。
<1>配列番号2、4、6又は8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ下記(a)~(e)からなる群より選択される1以上、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、さらに好ましくは4以上、さらに好ましくは全てのアミノ酸残基を有する、リパーゼ変異体:
(a)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置におけるL以外のアミノ酸残基;
(b)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置におけるS以外のアミノ酸残基;
(c)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置におけるA以外のアミノ酸残基;
(d)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置におけるL以外のアミノ酸残基;及び
(e)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置におけるS以外のアミノ酸残基、
(但し、上記(a)~(e)のうち(d)のアミノ酸残基のみを有し、かつ前記アミノ酸残基がMの場合、前記リパーゼ変異体は配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
<2>前記(a)~(e)がそれぞれ下記(a’)~(e’)である、<1>に記載のリパーゼ変異体:
(a’)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置におけるA、F、G、H、I、K、M、N、Q、R、S、T、V、W又はY;
(b’)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置におけるA、C、E、F、G、H、I、K、L、M、Q、R、T、V、W又はY;
(c’)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置におけるC、D、E、G、I、T又はV;
(d’)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置におけるA、C、E、F、G、H、I、M、S、T、V又はW;及び
(e’)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置におけるC、N又はT、
(但し、上記(a’)~(e’)のうち(d’)のMのみを有する場合、前記リパーゼ変異体は配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
<3>前記(a’)~(e’)からなる群より選択される2以上のアミノ酸残基を有する、<2>に記載のリパーゼ変異体。
<4>下記表2のNo.1~75のいずれかのアミノ酸残基を有する、<1>~<3>のいずれか1項に記載のリパーゼ変異体。
【0104】
【表2】
【0105】
<5>配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ前記表2のNo.1~74のいずれかのアミノ酸残基を有するリパーゼ変異体、配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ前記表2のNo.11、59及び75のいずれかのアミノ酸残基を有するリパーゼ変異体、配列番号6のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ前記表2のNo.59のアミノ酸残基を有するリパーゼ変異体、又は配列番号8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ前記表2のNo.4、6、11、22、24、30、36、41、43、50、51及び59のいずれかのアミノ酸残基を有するリパーゼ変異体である、<4>に記載のリパーゼ変異体。
【0106】
<6><1>~<5>のいずれか1項に記載のリパーゼ変異体をコードするポリヌクレオチド。
<7><6>に記載のポリヌクレオチドを含むベクター又はDNA断片。
<8><7>に記載のベクター又はDNA断片を含有する形質転換細胞。
<9>微生物である、<8>に記載の形質転換細胞。
<10>大腸菌又はバチルス属細菌であり、好ましくはバチルス属細菌であり、より好ましくは枯草菌である、<9>に記載の形質転換細胞。
<11><8>~<10>のいずれか1項に記載の形質転換細胞を培養する工程を含む、リパーゼ変異体の製造方法。
【0107】
<12><1>~<5>のいずれか1項に記載のリパーゼ変異体を含有する洗浄剤組成物。
<13>スルホコハク酸エステル又はその塩、好ましくは炭素数9以上12以下の分岐鎖アルキル基を有するスルホコハク酸分岐アルキルエステル又はその塩、より好ましくは炭素数9又は10の分岐鎖アルキル基を有するスルホコハク酸分岐アルキルエステル又はその塩、さらに好ましくは炭素数10の分岐鎖アルキル基を有するスルホコハク酸分岐アルキルエステル又はその塩をさらに含有する、<12>に記載の洗浄剤組成物。
<14>スルホコハク酸ジエステル又はその塩、好ましくは2つの分岐鎖アルキル基がそれぞれ炭素数9以上12以下の分岐鎖アルキル基であるスルホコハク酸ジ分岐アルキルエステル又はその塩、より好ましくは2つの分岐鎖アルキル基がそれぞれ炭素数9又は10の分岐鎖アルキル基であるスルホコハク酸ジ分岐アルキルエステル又はその塩、さらにこのましくは2つの分岐鎖アルキル基がそれぞれ炭素10の分岐鎖アルキル基であるスルホコハク酸ジ分岐アルキルエステル又はその塩、さらに好ましくはビス-(2-プロピルヘプチル)スルホコハク酸又はその塩をさらに含有する、<12>に記載の洗浄剤組成物。
<15>衣料洗浄剤又は食器洗浄剤である、<12>~<14>のいずれか1項に記載の洗浄剤組成物。
<16>粉末又は液体である、<12>~<15>のいずれか1項に記載の洗浄剤組成物。
<17>低温で使用される、<12>~<16>のいずれか1項に記載の洗浄剤組成物。
<18>40℃以下、35℃以下、30℃以下、25℃以下で、且つ5℃以上、10℃以上、15℃以上で使用されるか、又は5~40℃、10~35℃、15~30℃、15~25℃で使用される、<17>に記載の洗浄剤組成物。
【0108】
<19><12>~<18>のいずれか1項に記載の洗浄剤組成物を用いる、汚れの洗浄方法。
<20>被洗浄物と<12>~<18>のいずれか1項に記載の洗浄剤組成物とを接触させることを含む、<19>に記載の方法。
<21>洗浄剤組成物の製造のための<1>~<5>のいずれか1項に記載のリパーゼ変異体の使用。
<22>汚れの洗浄のための<1>~<5>のいずれか1項に記載のリパーゼ変異体の使用。
【0109】
<23>配列番号2、4、6又は8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドにおいて、下記(i)~(v)からなる群より選択される1以上、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、さらに好ましくは4以上、さらに好ましくは全ての工程を行うことを含む、リパーゼ変異体の製造方法:
(i)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置のアミノ酸残基をL以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(ii)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置のアミノ酸残基をS以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(iii)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置のアミノ酸残基をA以外のアミノ酸残基に置換する工程;
(iv)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置のアミノ酸残基をL以外のアミノ酸残基に置換する工程;及び
(v)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置のアミノ酸残基をS以外のアミノ酸残基に置換する工程、。
(但し、上記(i)~(v)のうち(iv)の工程のみを行うことを含み、かつMに置換する場合、前記ポリペプチドは配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
<24>前記(i)~(v)がそれぞれ下記(i’)~(v’)である、<23>に記載の方法:
(i’)配列番号2の番号付けで120位に相当する位置のアミノ酸残基をA、F、G、H、I、K、M、N、Q、R、S、T、V、W又はYに置換する工程;
(ii’)配列番号2の番号付けで130位に相当する位置のアミノ酸残基をA、C、E、F、G、H、I、K、L、M、Q、R、T、V、W又はYに置換する工程;
(iii’)配列番号2の番号付けで134位に相当する位置のアミノ酸残基をC、D、E、G、I、T又はVに置換する工程;
(iv’)配列番号2の番号付けで136位に相当する位置のアミノ酸残基をA、C、E、F、G、H、I、M、S、T、V又はWに置換する工程;及び
(v’)配列番号2の番号付けで137位に相当する位置のアミノ酸残基をC、N又はTに置換する工程、
(但し、上記(i’)~(v’)のうち(iv’)の工程のみを行うことを含み、かつMに置換する場合、前記ポリペプチドは配列番号2、4又は6のアミノ酸配列と少なくとも93%の同一性を有するアミノ酸配列からなる)。
<25>前記(i’)~(v’)からなる群より選択される2以上の工程を行うことを含む、<24>に記載の方法。
<26>前記置換が前記表2のNo.1~75のいずれかのアミノ酸残基への置換である、<23>~<25>のいずれか1項に記載の方法。
<27>前記置換が、配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドにおける、前記表2のNo.1~74のいずれかのアミノ酸残基への置換であるか、配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドにおける、前記表2のNo.11、59及び75のいずれかのアミノ酸残基への置換であるか、配列番号6のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、リパーゼ活性を有するポリペプチドにおける、前記表2のNo.59のアミノ酸残基への置換であるか、又は配列番号8のアミノ酸配列と少なくとも75%の同一性を有するアミノ酸配列からなり、又はリパーゼ活性を有するポリペプチドにおける、前記表2のNo.4、6、11、22、24、30、36、41、43、50、51及び59のいずれかのアミノ酸残基への置換である、<26>に記載の方法。
【0110】
<28>スルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼの評価又は選択方法であって、
被験リパーゼの界面活性剤存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を測定する工程、
測定した結果に基づいて、被験リパーゼの界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度を評価する工程、及び
界面活性剤によるリパーゼ活性阻害の程度が標準リパーゼより小さい被験リパーゼをスルホコハク酸エステル又はその塩の存在下で硬質表面に付着した油汚れの分解能を有するリパーゼとして評価又は選択する工程、
を含む方法。
<29>前記被験リパーゼの界面活性剤非存在下の分散基質に対するリパーゼ活性を測定する工程をさらに含む、<28>に記載の方法。
<30>前記界面活性剤がスルホコハク酸エステル又はその塩、好ましくは炭素数9以上12以下の分岐鎖アルキル基を有するスルホコハク酸分岐アルキルエステル又はその塩、より好ましくは炭素数9又は10の分岐鎖アルキル基を有するスルホコハク酸分岐アルキルエステル又はその塩、さらに好ましくは炭素数10の分岐鎖アルキル基を有するスルホコハク酸分岐アルキルエステル又はその塩をさらに含有する、<28>又は<29>に記載の方法。
<31>前記界面活性剤がスルホコハク酸ジエステル又はその塩、好ましくは2つの分岐鎖アルキル基がそれぞれ炭素数9以上12以下の分岐鎖アルキル基であるスルホコハク酸ジ分岐アルキルエステル又はその塩、より好ましくは2つの分岐鎖アルキル基がそれぞれ炭素数9又は10の分岐鎖アルキル基であるスルホコハク酸ジ分岐アルキルエステル又はその塩、さらにこのましくは2つの分岐鎖アルキル基がそれぞれ炭素10の分岐鎖アルキル基であるスルホコハク酸ジ分岐アルキルエステル又はその塩、さらに好ましくはビス-(2-プロピルヘプチル)スルホコハク酸又はその塩をさらに含有する、<28>又は<29>に記載の方法。
<32>前記被験リパーゼがリパーゼのリッドドメインに少なくとも1つのアミノ酸残基の変異を含むリパーゼ変異体である、<28>~<31>のいずれか1項に記載の方法。
【実施例0111】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0112】
(1)リパーゼ発現プラスミドの構築
WO2021/153129に記載の枯草菌spoVG遺伝子由来プロモーターを含む配列番号26のVHHの発現用プラスミドを鋳型として、VHH遺伝子を含むORF全長に、In-Fusion反応によって各リパーゼ遺伝子を載せ替えることで次のリパーゼ発現プラスミドを構築した。人工遺伝子合成したリパーゼ遺伝子CnLip、EbLip、Ag1Lip、Lipr138、Lipr139(それぞれ配列番号1、3、5、9及び11のポリヌクレオチド、それぞれ配列番号2、4、6、10及び12のアミノ酸配列をコードする)から、それぞれプラスミドpHY-CnLip、pHY-EbLip、pHY-Ag1Lip、pHY-Lipr138、pHY-Lipr139を構築した。
プラスミドpHY-Lipr139のLipr139遺伝子を含むORF全長に、N末端側に枯草菌amyE由来シグナル配列(配列番号15のポリヌクレオチド、配列番号16のアミノ酸配列をコードする)が連結されたリパーゼTLL遺伝子(配列番号13のポリヌクレオチド、配列番号14のアミノ酸配列をコードする)の人工合成遺伝子をIn-Fusion反応によって載せ替えることでプラスミドpHY-amyEsig-TLLを構築した。
WO2006/068148の実施例7に記載のプラスミドpHY-S237を鋳型として、アルカリセルラーゼ遺伝子のORF全長に、人工遺伝子合成したCspLip遺伝子(配列番号7のポリヌクレオチド、配列番号8のアミノ酸配列をコードする)をIn-Fusion反応によって載せ替えることでプラスミドpHY-CspLipを構築した。
各リパーゼへの変異導入には、相補的プライマー対を用いたPCRによる部位特異的変異導入法を用いた(Zheng,Lei,Ulrich Baumann,and Jean-Louis Reymond.Nucleic Acids Research 32.14(2004):e115-e115.)。
【0113】
(2)リパーゼ溶液の調整
リパーゼ発現プラスミドを枯草菌株にプロトプラスト法によって導入し、2×L-マルトース培地(2%トリプトン、1%酵母エキス、1%NaCl、7.5%マルトース、7.5ppm硫酸マンガン五水和物、0.04%塩化カルシウム二水和物、15ppmテトラサイクリン;%は(w/v)%)で、30℃、3日間培養した後、リパーゼを含む培養上清を遠心分離により回収した。
培養上清を100mM DTTを含む2×Laemmli Sample buffer(Bio-Rad)と等容量で混合し、100℃で5分間インキュベートした。各サンプルをAny kDTM Mini-PROTEAN(登録商標) TGX Stain-FreeTM Protein Gel(Bio-Rad)の各レーンに6μLずつアプライした後、200Vの定電圧で電気泳動を行った。Chemi Doc MP Imaging system(Bio-Rad)を用いて泳動後のゲルを撮影し、リパーゼと推定されるバンドのバンド強度を定量した。BSAのバンド強度で検量線を作成し、各リパーゼの培養上清中の濃度を算出した。
【0114】
(3)モデル洗浄液中での分散基質に対する活性測定
オクタン酸4-ニトロフェニル(SIGMA)を基質として用いた。リパーゼの作用による4-ニトロフェノールの遊離に伴う吸光度の増加速度を測定することでリパーゼの活性を求めることができる。試験液としてモデル洗浄液(表3)又は20mM Tris-HCl(pH7.0)を用い、オクタン酸4-ニトロフェニルを各試験液に終濃度2mMで添加し混合したものを基質溶液として用いた。20mM Tris-HCl(pH7.0)で200倍に希釈したリパーゼを含む培養上清2μLと、各基質溶液100μLを96穴アッセイプレートの各ウェルで混合し、30℃で405nmの吸光度変化(OD/min)を測定した。ブランク(酵素添加無しサンプル)との差分ΔOD/minを求めた。
変異体の改善度は以下のように計算した。各リパーゼについて、モデル洗浄液を試験液とした際のΔOD/minを20mM Tris-HCl(pH7.0)を試験液とした際のΔOD/minで割った値(ΔOD/min比)を算出した。ΔOD/min比はバッファー中と比べたモデル洗浄液中での活性維持率の相対的な尺度となり、値が小さいほどモデル洗浄液中で活性が阻害されていることを表す。変異体のΔOD/min比をその野生型リパーゼのΔOD/min比で割った値を変異体の改善度として求めた。改善度が1より大きい変異体は、モデル洗浄液中での活性阻害が、野生型リパーゼと比較して改善している。
相対活性(%)は以下のように算出した。47~1500μMの4-ニトロフェノールを含む20mM Tris-HCl(pH7.0)2μLをモデル洗浄液又は20mM Tris-HCl(pH7.0)100μLと混合し、405nmの吸光度を測定して検量線を作成した。各試験液の検量線とΔOD/minの値から、一分間あたりの4-ニトロフェノールの遊離速度(μM/min)を算出した。各リパーゼについて、20mM Tris-HCl(pH7.0)を試験液とした際の遊離速度(μM/min)で、モデル洗浄液を試験液とした際の遊離速度(μM/min)を割って100をかけた値を、相対活性(%)として求めた。
【0115】
【表3】
【0116】
(4)界面活性剤溶液中での分散基質に対する活性測定
20mM Tris-HCl(pH7.0)中の20mM オクタン酸4-ニトロフェニルを基質溶液として用いた。20mM Tris-HCl(pH7.0)にTriton X-100を0.1%(w/v)添加したものを界面活性剤溶液として用いた。20mM Tris-HCl(pH7.0)で200倍に希釈したリパーゼを含む培養上清2μLと、界面活性剤溶液100μLを96穴アッセイプレートの各ウェルで混合し、基質溶液10μLを添加して、30℃で405nmの吸光度変化(OD/min)を測定した。ブランク(酵素添加無しサンプル)との差分ΔOD/minを活性値とした。各リパーゼについて、界面活性剤溶液の代わりに20mM Tris-HCl(pH7.0)を用いた際の活性値(バッファー中での活性)で界面活性剤溶液中での活性値を割って100をかけた値を、相対活性(%)として求めた。
【0117】
(5)モデル洗浄液中での洗浄評価
硬質表面上のトリグリセリドの除去能を洗浄力として評価した。牛脂(SIGMA,03-0660)とナタネ油(SIGMA,23-0450)を重量比9:1で混合し、3倍量のクロロホルムに溶解した後に0.2wt%のスダンIIIで着色したものをモデル汚れとした。ポリプロピレン製の96穴ディープウェルプレートのウェル底にモデル汚れを10μLずつ滴下し、クロロホルムを蒸発・乾燥させ、汚れプレートとした。
表3記載のモデル洗浄液にリパーゼ溶液を添加したものを洗浄液とした。汚れプレートに洗浄液を300μLずつ緩やかに添加し、室温(約22℃)で10~30分間静置して浸漬洗浄を行った。底部の汚れに触れないように洗浄液を100μLずつ分取し、新しい96穴プレートに移した。浸漬洗浄によって洗浄液に可溶化したモデル汚れ中のスダンIIIを定量するため、500nmの吸光度(A500)を測定した。A500は洗浄液中への油の遊離量に対応し、洗浄力の指標として用いることができる。各リパーゼを含む洗浄液のA500から、リパーゼの代わりに20mM Tris-HCl(pH7.0)を添加した洗浄液のA500を引くことで洗浄力の酵素効果(ΔA500)を求めた。
【0118】
(6)野生型リパーゼのモデル洗浄液中での活性測定
(3)記載の方法で、各野生型リパーゼについてバッファー中に対するモデル洗浄液中での相対活性を測定した。特許文献2において洗浄への適性が開示されているLipr138、特許文献1において洗浄への適性が開示されているLipr139、及びCnLipはいずれもモデル洗浄液中で分散基質に対する活性が著しく阻害された(表4)。
【0119】
【表4】
【0120】
(7)CnLip変異体のモデル洗浄液中での活性測定
(3)記載の方法で、CnLipの各変異体についてバッファー中に対するモデル洗浄液中での相対活性を測定した。120位、130位、134位、136位又は137位の置換によってモデル洗浄液中での活性阻害が大きく改善した(表5)。
【0121】
【表5】
【0122】
(8)CnLip多重変異体のモデル洗浄液中での活性測定
120位、130位、134位、136位及び137位から選ばれる2つ以上の残基の置換を含むCnLipの多重変異体について、(3)記載の方法でバッファー中に対するモデル洗浄液中での相対活性を測定した。2つ以上の残基の置換を組み合わせることで、モデル洗浄液中での活性阻害がさらに改善した(表6)。
【0123】
【表6】
【0124】
(9)CnLip変異体の界面活性剤溶液中での活性測定
(4)記載の方法でCnLip変異体のTriton X-100存在下での活性を測定した。モデル洗浄液中での活性阻害が緩和された変異体は、Triton X-100存在下での活性阻害も緩和されていた(表7)。
【0125】
【表7】
【0126】
(10)CnLip変異体の洗浄力評価
(5)記載の方法で各野生型リパーゼ及びCnLip変異体のモデル洗浄液中での洗浄力を評価した。20mM Tris-HCl(pH7.0)で培養上清のリパーゼ濃度を200mg/Lに希釈したものをリパーゼ溶液として使用し、モデル洗浄液に対して1/50量を添加して10分間又は30分間の浸漬洗浄に供した。10分間の洗浄結果を図1に、30分間の洗浄結果を図2に示す。モデル洗浄液や界面活性剤溶液中で分散基質に対する活性阻害が緩和された変異体は、モデル洗浄液中での硬質表面上のトリグリセリドの除去性能が大きく向上した。(7)、(8)で測定した活性阻害の改善度と、30分間の洗浄の洗浄力の酵素効果をプロットしたところ、強い相関がみられた(図3)。以上の結果から、モデル洗浄液や界面活性剤溶液中において分散基質に対する活性または活性阻害の度合いを測定することにより、スルホコハク酸アルキルエステルを含む洗浄液中での硬質表面上のトリグリセリドの除去性能が向上したリパーゼを簡便にスクリーニングできることが示された。
同様の試験でCnLip変異体の洗浄力をLipr138、Lipr139及びTLLと比較した結果、洗浄力が向上したCnLip変異体はLipr138、Lipr139及びTLLと比較して顕著に高い洗浄力を示した(図4)。
【0127】
(11)EbLip、Ag1Lip、CspLip変異体のモデル洗浄液中での活性測定
(3)記載の方法で、EbLip、Ag1Lip及びCspLipの各変異体についてバッファー中に対するモデル洗浄液中での相対活性を測定した(表8)。CnLipと同様に、EbLip及びAg1Lipについて120位、130位、134位、136位及び137位から選ばれる1つ以上の残基の置換によって、また、CspLipについて121位、131位、135位、137位及び138位(それぞれCnLipの120位、130位、134位、136位及び137位に相当)から選ばれる1つ以上の残基の置換によって、モデル洗浄液中での活性阻害が大きく改善した。
【0128】
【表8】
【0129】
(12)CspLip変異体の洗浄力評価
(5)記載の方法でCspLipの各変異体のモデル洗浄液中での洗浄力を評価した。培養上清のリパーゼ濃度を200mg/Lに希釈したものをリパーゼ溶液として使用し、モデル洗浄液に対して1/50量を添加して30分間の浸漬洗浄に供した結果を図5に示す。CnLipと同様に、モデル洗浄液や界面活性剤溶液中で分散基質に対する活性阻害が緩和された変異体は、モデル洗浄液中での硬質表面上のトリグリセリドの除去性能が大きく向上した。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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