(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118905
(43)【公開日】2024-09-02
(54)【発明の名称】AVP受容体及びその利用
(51)【国際特許分類】
C07K 14/72 20060101AFI20240826BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20240826BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240826BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240826BHJP
G01N 33/566 20060101ALI20240826BHJP
【FI】
C07K14/72 ZNA
C12N15/12
C12N5/10
C12Q1/02
G01N33/566
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023025479
(22)【出願日】2023-02-21
(71)【出願人】
【識別番号】000006770
【氏名又は名称】ヤマサ醤油株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】土居 耕介
(72)【発明者】
【氏名】井上 飛鳥
(72)【発明者】
【氏名】生田 達也
(72)【発明者】
【氏名】川上 耕季
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QQ03
4B063QQ79
4B063QR72
4B063QR80
4B063QS32
4B063QS36
4B063QS38
4B065AA93X
4B065AA93Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA50
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】 (修正有)
【課題】1-デアミノ-8-D-アルギニンバソプレシン(DDAVP)の影響を排除してアルギニンバソプレシンを測定する方法を提供する。
【解決手段】特定のアミノ酸配列からなり、かつアルギニンバソプレシン(AVP)受容体活性を有するタンパク質、該タンパク質をコードするポリヌクレオチド、該タンパク質を発現する培養細胞、該培養細胞を含有する、AVP測定用キット、および該培養細胞を用いる試料中のAVPレベルの分析方法を提供する。
【選択図】
図2-1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記のいずれか一のタンパク質:
(1)配列番号2又は3のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(2)配列番号2又は3のアミノ酸配列において、1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がグルタミン酸(E)、メチオニン(M)、グリシン(G)、イソロイシン(I)、アスパラギン(N)、又はトレオニン(T)であるアミノ酸配列からなり、かつアルギニンバソプレシン(AVP)受容体活性を有する、タンパク質;
(3)配列番号2又は3のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がE、M、G、I、N、又はTであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;
(4)配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(5)配列番号4のアミノ酸配列において、1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がメチオニン(M)、アラニン(A)、システイン(C)、アスパラギン(N)、又はトレオニン(T)であるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;
(6)配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がM、A、C、N、又はTであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質。
【請求項2】
下記のいずれか一のタンパク質である、請求項1に記載のタンパク質:
(1)配列番号2又は3のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(2)配列番号2のアミノ酸配列において、1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がEであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質、又は配列番号3のアミノ酸配列において、1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;;
(3)配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がEであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質、又は配列番号3のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;
(4)配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(5)配列番号4のアミノ酸配列において、1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;
(6)配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質。
【請求項3】
配列番号2、3、又は4のアミノ酸配列からなるタンパク質である、請求項1に記載のタンパク質。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載のタンパク質を発現する、培養細胞。
【請求項6】
さらにcAMPバイオセンサーを発現する、請求項5に記載の培養細胞。
【請求項7】
請求項5に記載の培養細胞を含有する、AVP測定用キット。
【請求項8】
体外診断用医薬品である、請求項7に記載のキット。
【請求項9】
下記の工程を含む、試料中のAVPレベルの分析方法:
(a) 試料を、AVP受容体を発現する培養細胞に添加してインキュベートし、
このときAVP受容体は、1-デアミノ-8-D-アルギニンバソプレシン(DDAVP)による活性化が抑制され、AVP選択的に活性化されるものであり;
(b)インキュベート後のAVP受容体の活性化レベルを分析し;
(c)得られた分析結果に基づき、DDAVPの影響の低減されたAVPレベルを分析する。
【請求項10】
AVP受容体が、請求項1~3のいずれか1項に記載されたタンパク質である、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルギニンバソプレシン(AVP;Arginine Vasopressin)受容体に関する。
【背景技術】
【0002】
バソプレシンV2受容体(V2R)は、主に尿細管上皮細胞に存在するAVPの受容体であり、Gタンパク質共役受容体の一種である。脳下垂体から分泌されたAVPがV2Rに結合すると、その刺激により細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されて環状アデノシン一リン酸(cAMP)が産生され、cAMPシグナルを受けて尿の再吸収が行われる。
【0003】
中枢性尿崩症はAVPの部分的又は完全な欠損を原因とする疾患であり、中枢性尿崩症患者においてはAVPの分泌が正常に行われないため、腎臓における尿の再吸収に異常を示すことにより多尿・口渇といった症状を引き起こす。バソプレシンの分泌異常を原因とする疾患としては中枢性尿崩症の他に抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)等が知られている。また、V2受容体遺伝子への変異を主な原因とする疾患として腎性尿崩症が知られており、中枢性尿崩症と同じく尿の再吸収に異常を示すため、類似の症状を示す。
【0004】
尿崩症患者に適切な治療を提供するためには、患者の疾患を鑑別することが重要である。たとえば中枢性尿崩症においては、患者血液試料中のAVP濃度を測定することで、中枢性尿崩症の診断ができることが知られている。このように、AVP濃度の測定法は産業上有用であり、開発が進められている。
【0005】
AVP濃度の測定法は、抗原抗体反応を利用した手法が知られている。具体的な方法としては、患者血漿にアイソトープ標識したAVPを加えたのちに、抗AVP抗体と血漿を反応させることで、血漿中に含まれるアイソトープ標識AVPと血漿由来AVPの競合阻害反応により血漿中AVP濃度を測定する方法である(非特許文献1)。
【0006】
また、近年では細胞内cAMP量の測定をAVP濃度の測定に応用した例も知られている。例えば、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞を被験試料存在下でインキュベートし、試料中に含まれるAVPがV2Rを刺激することにより産生されるcAMPの量を、カルシウムイオンを介した発光によって検出するバイオアッセイ系を利用したAVPの測定法が知られている(特許文献1)。
【0007】
V2Rに関しては、変異によって引き起こされる病態等について、多くの先行研究が存在している(例えば、非特許文献2)。しかし、いずれも疾病の機序等を解明するための研究であり、AVP濃度の測定法に応用するための研究ないし検討は一切行われてこなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】再表2012/086756
【特許文献2】特開2016-75707号公報
【特許文献3】特開2017-192396号公報
【特許文献4】特願2019-20595号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】AVPキット「ヤマサ」添付文書, 2021年6月改訂(第4版), https://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ivd/PDF/800075_22700AMX00611000_A_04_03.pdf
【非特許文献2】NDT Plus, 2, 20-22(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者らは、AVP濃度の測定法の検討を行う中で、野生型V2RはAVP、DDAVP(中枢性尿崩症治療薬、AVP誘導体、1-deamino-8-D-arginine vasopressin)のいずれにおいても同程度活性化され、血中に存在するDDAVPによってV2Rが活性化されることで、試料中AVP濃度の正確な測定を妨げていることを発見した。患者血液試料中のAVPの測定に際しては、DDAVPの影響を排除できることが望ましい。
【0011】
また、血液試料中のAVPの濃度は0.1~数pg/mLであり、非常に低い濃度であるため、AVP濃度の測定が高感度で行えることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、ヒトV2Rの構造情報等から、アミノ酸配列における96番目のグルタミン残基、及び119番目のグルタミン残基がAVPとDDAVPの選択性に重要であることを見出し、さらに検討を進めることにより、本発明を完成させた。本発明は以下を提供する。
【0013】
[1] 下記のいずれか一のタンパク質:
(1)配列番号2又は3のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(2)配列番号2又は3のアミノ酸配列において、1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がグルタミン酸(E)、メチオニン(M)、グリシン(G)、イソロイシン(I)、アスパラギン(N)、又はトレオニン(T)であるアミノ酸配列からなり、かつアルギニンバソプレシン(AVP)受容体活性を有する、タンパク質;
(3)配列番号2又は3のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がE、M、G、I、N、又はTであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;
(4)配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(5)配列番号4のアミノ酸配列において、1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がメチオニン(M)、アラニン(A)、システイン(C)、アスパラギン(N)、又はトレオニン(T)であるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;
(6)配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がM、A、C、N、又はTであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質。
[2] 下記のいずれか一のタンパク質である、1に記載のタンパク質:
(1)配列番号2又は3のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(2)配列番号2のアミノ酸配列において、1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がEであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質、又は配列番号3のアミノ酸配列において、1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;;
(3)配列番号2のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がEであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質、又は配列番号3のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;
(4)配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(5)配列番号4のアミノ酸配列において、1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;
(6)配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質。
[3] 配列番号2、3、又は4のアミノ酸配列からなるタンパク質である、請求項1に記載のタンパク質。
[4] 1~3のいずれか1に記載のタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
[5] 1~3のいずれか1に記載のタンパク質を発現する、培養細胞。
[6] さらにcAMPバイオセンサーを発現する、5に記載の培養細胞。
[7] 5又は6に記載の培養細胞を含有する、AVP測定用キット。
[8] 体外診断用医薬品である、7に記載のキット。
[9] 下記の工程を含む、試料中のAVPレベルの分析方法:
(a) 試料を、AVP受容体を発現する培養細胞に添加してインキュベートし、
このときAVP受容体は、1-デアミノ-8-D-アルギニンバソプレシン(DDAVP)による活性化が抑制され、AVP選択的に活性化されるものであり;
(b)インキュベート後のAVP受容体の活性化レベルを分析し;
(c)得られた分析結果に基づき、DDAVPの影響の低減されたAVPレベルを分析する。
[10] AVP受容体が、1~3のいずれか1項に記載されたタンパク質である、9に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、AVP選択性の高い、V2受容体が提供される。
本発明により、DDAVPの影響が低減されたAVPの測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本明細書実施例1にてV2Rに導入された変異点を示す模式図である。図中、星印が変異点の位置を表す。アルファベット1文字、数字2桁ないし3桁の順からなる文字列は、数字がヒトV2Rにおける当該アミノ酸残基の番号を表し、アルファベットが野生型V2Rにおけるアミノ酸残基を示している。
【
図2-1】
図2-1は、野生型V2R、及びV2R変異体(96番目のグルタミン(Q))における濃度反応曲線を示す。縦軸はAVP又はDDAVP各濃度添加後のcAMPレベル(RLU)をホルスコリン添加後のcAMPレベル(RLU)で規準化した値を示す。横軸はAVP又はDDAVPの濃度を示す。
【
図2-2】
図2-2は、野生型V2R、及びV2R変異体(119番目のグルタミン(Q))における濃度反応曲線を示す。縦軸はAVP又はDDAVP各濃度添加後のcAMPレベル(RLU)をホルスコリン添加後のcAMPレベル(RLU)で規準化した値を示す。横軸はAVP又はDDAVPの濃度を示す。
【
図3】
図3は、ヒトV2Rのアミノ酸配列(SEQ ID NO:1)、Q96E変異体のアミノ酸配列(SEQ ID NO:2)、Q96M変異体のアミノ酸配列(SEQ ID NO:3)、Q119M変異体のアミノ酸配列(SEQ ID NO:4)を示す。変異に関係するアミノ酸を囲み線で示している。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[変異が導入されたAVP受容体]
(変異体)
本発明の一態様は、配列番号1のアミノ酸配列からなるヒトV2Rにおいて、96番目のグルタミン(Q)、又は119番目のQに変異を有する変異体である。変異体のうち、96番目相当がE、M、G、I、N、又はTへ変異した変異体、及び119番目相当がM、A、C、N、又はTへ変異した変異体は、低い濃度のAVPが測定できるものであり、かつ野生型よりもAVP/DDAVP比が高い点で、好ましい。中でも、96番目相当がEへ変異した変異体、96番目相当がMへ変異した変異体、119番目相当がMへ変異した変異体(配列番号4)は、非常に低に濃度のAVPが測定でき、特に好ましい。このような変異体は、下記のいずれかのタンパク質である。
【0017】
(1)配列番号2又は3のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(2)配列番号2又は3のアミノ酸配列において、1若しくは複数個、好ましくは1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がグルタミン酸(E)、メチオニン(M)、グリシン(G)、イソロイシン(I)、アスパラギン(N)、又はトレオニン(T)であるアミノ酸配列からなり、かつアルギニンバソプレシン(AVP)受容体活性を有する、タンパク質;好ましくは、配列番号2又は3のアミノ酸配列において、1若しくは複数個、好ましくは1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がE、又はMであるアミノ酸配列からなり、かつアルギニンバソプレシン(AVP)受容体活性を有する、タンパク質;
(3)配列番号2又は3のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がE、M、G、I、N、又はTであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;好ましくは、配列番号2又は3のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がE、又はMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;
(4)配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(5)配列番号4のアミノ酸配列において、1若しくは複数個、好ましくは1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がメチオニン(M)、アラニン(A)、システイン(C)、アスパラギン(N)、又はトレオニン(T)であるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;好ましくは、配列番号4のアミノ酸配列において、1若しくは複数個、好ましくは1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;
(6)配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がM、A、C、N、又はTであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質;好ましくは、配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質。
【0018】
配列表には、配列番号2としてQ96E変異体のアミノ酸配列、配列番号3としてQ96M変異体のアミノ酸配列、配列番号4としてQ119M変異体のアミノ酸配列を示す。
【0019】
本発明の説明において、あるタンパク質がAVP受容体活性を有するとは、AVPに対する反応性があること、具体的には細胞の膜上に発現させたときにAVPが結合することができ、結合により所定のシグナル伝達を行うことができ、cAMPを産生させることができることをいう。AVP受容体活性は、血液試料中に含まれる程度の比較的低濃度のAVPと反応でき、血液試料中のAVPの測定に用いることができる程度に高いことが好ましい。
【0020】
上記(2)でいう「96番目相当」とは、基準となる(1)の配列番号1の配列においては96番目であるが、配列番号1の配列において1若しくは複数のアミノ酸を欠失等した場合は、位置がずれて96番目ではなくなる場合であっても、配列番号1の配列の96番目に対応する位置を指す。他の(3)等の項についても「相当」の意味は同様である。対応する位置は、当業者であれば2つの配列を最適の態様で整列させる等して、適宜特定することができる。
【0021】
V2Rに導入される変異が、1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加による場合、中でもアミノ酸を置換する変異が好ましい。これは、アミノ酸を置換する変異は、アミノ酸欠失や挿入に比してGPCRの基本的な立体構造を保持したまま構成アミノ酸を変化させることができ、機能改変に適しているためである。
【0022】
V2Rは、ヒトAVPなどの測定対象に反応を示す限りにおいて、その由来に制限はない。動物細胞にて発現した際にヒトのV2Rと近い反応性を示すことから、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄類、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の細胞を例示することができる。中でも、過去にTSAb活性測定に用いられてきた細胞の由来である点から、ヒト、マウス、ラット、ブタであることが好ましく、生体内のV2Rに対するTSAb活性をそのまま反映できる点から、ヒトであることがより好ましい。
【0023】
V2Rが特定のアミノ酸配列を含むとき、そのアミノ酸配列中のいずれかのアミノ酸が化学修飾を受けていてもよい。そのような場合でも、本発明の実施形態に係るV2Rは、特定のアミノ酸配列を含むといえる。一般的に、タンパク質に含まれるアミノ酸が生体内で受ける化学修飾としては、例えばN末端修飾(例えば、アセチル化 、ミリストイル化等)、C末端修飾(例えば、アミド化、グリコシルホスファチジルイノシトール付加等)、又は側鎖修飾(例えば、リン酸化、糖鎖付加等)等が知られている。
【0024】
一態様として提供されるV2R変異体は、上記変異を有することから、AVP/DDAVP比が向上している。当該V2R変異体は、AVP/DDAVP比が向上しているため、好適にAVP濃度の測定に用いることができる。この点については後述する。
【0025】
(ポリヌクレオチド、ベクター、培養細胞)
本発明の一態様は、上記のV2R変異体をコードするポリヌクレオチドである。具体的には下記のいずれかのポリヌクレオチドである。
【0026】
(1)配列番号2又は3のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(2)配列番号2又は3のアミノ酸配列において、1若しくは複数個、好ましくは1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がグルタミン酸(E)、メチオニン(M)、グリシン(G)、イソロイシン(I)、アスパラギン(N)、又はトレオニン(T)であるアミノ酸配列からなり、かつアルギニンバソプレシン(AVP)受容体活性を有する、タンパク質をコードするポリヌクレオチド;好ましくは、配列番号2又は3のアミノ酸配列において、1若しくは複数個、好ましくは1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がE、又はMであるアミノ酸配列からなり、かつアルギニンバソプレシン(AVP)受容体活性を有する、タンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(3)配列番号2又は3のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がE、M、G、I、N、又はTであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質をコードするポリヌクレオチド;好ましくは、配列番号2又は3のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし96番目相当がE、又はMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(4)配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(5)配列番号4のアミノ酸配列において、1若しくは複数個、好ましくは1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がメチオニン(M)、アラニン(A)、システイン(C)、アスパラギン(N)、又はトレオニン(T)であるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質をコードするポリヌクレオチド;好ましくは、配列番号4のアミノ酸配列において、1若しくは複数個、好ましくは1~37個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(6)配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がM、A、C、N、又はTであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質をコードするポリヌクレオチド;好ましくは、配列番号4のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列であって、ただし119番目相当がMであるアミノ酸配列からなり、かつAVP受容体活性を有する、タンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0027】
ポリヌクレオチドは、DNA/RNA合成装置を用いて合成可能である。その他、DNA塩基又はRNA塩基合成の受託会社(例えば、インビトロジェン社やタカラバイオ社等)から購入することもできる。本発明のポリヌクレオチド配列は、本発明のV2R変異体のアミノ酸配列と、遺伝暗号表から、適宜設計することができる。
【0028】
本発明の一態様は、上記ポリヌクレオチドを含むベクターである。このようなベクターは、一般に知られている分子生物学的手法によって調製することができ、その調製方法として、例えばTAクローニング法、平滑末端クローニング法、ライゲーション法、In-fusionクローニング法、Gatewayクローニング法、アッセンブリー法等が例示される。
【0029】
上記ポリヌクレオチドを導入するのに用いることのできるベクターとしては、例えば大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322、pUC12、pET-Blue-2)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5)、酵母由来プラスミド(例えばpSH19、pSH15)、動物細胞発現プラスミド(例えばpA1-11、pcDNAI/Neo)、λファージなどのバクテリオファージ、アデノウイルス、レトロウイルス、バキュロウイルスなどのウイルス由来のベクターなどを用いることができる。これらのベクターは、プロモーター、複製開始点、又は抗生物質耐性遺伝子など、タンパク質発現に必要な構成要素を含んでいてもよい。ベクターは発現ベクターであってもよい。
【0030】
本発明の一態様は、上記V2R変異体を発現する、培養細胞である。このような培養細胞は、上記ベクターの導入により、上記V2R変異体が一過的(transient)又は安定的(stable)に発現する培養細胞であればよい。培養細胞は、動物細胞であることが好ましい。なお、以下では、培養細胞として動物細胞を用いた場合を例に説明することがある。
【0031】
使用される細胞株に特に限定はないが、購入や実験のし易さの点から、哺乳類甲状腺細胞株(FRTL-5等)、ヒト胎児腎細胞由来細胞株(HEK293細胞、HEK293T細胞、HEK293A細胞等)、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株(CHO細胞)、ヒト骨肉腫細胞株(U2OS細胞)が好ましく、中でも遺伝子導入効率や安定増殖の点からヒト胎児腎細胞由来細胞株(HEK293細胞、HEK293T細胞等)、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株(CHO細胞)がより好ましい。
【0032】
このような動物細胞は、V2R変異体を発現することにより、AVP/DDAVP比が改善されていることから、AVP濃度の測定法に好適に用いることができる。適用されるAVP濃度の測定法に特に限定はなく、特許文献2~4に記載された方法を例示することができるが、前処理が不要かつ短時間で測定が完了するという点で、特許文献4に記載された方法が好ましい。
【0033】
このような動物細胞は、この分野で一般的に用いられている遺伝子工学的手法により作製することができる。例えば、プロモーター(例えば、サイトメガロウイルス(CMV)のIE(immediate early)遺伝子のプロモーター、SV40(Simian virus 40)の初期プロモーター、レトロウイルスのプロモーター、メタロチオネインプロモーター、ヒートショックプロモーター、SRαプロモーター、NFATプロモーター、HIFプロモーター)と、かかるプロモーターの下流に作動可能に連結されているV2受容体をコードする遺伝子を含むベクター(例えば、pcDNA3.1(+)、pcDM8、pAGE107、pAS3-3、pCDM8)を、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、DEAE(Diethylaminoethyl)デキストラン法、ウイルス感染法等の方法を用いて、哺乳動物細胞へ導入(トランスフェクション)することにより得ることができる。自己抗体活性の測定に用いられるために、適宜V2R変異体をコードする遺伝子以外の遺伝子が導入されていても良く、例えばcAMPバイオセンサーを用いる特許文献4に記載の方法であれば、cAMPバイオセンサーをコードする遺伝子が導入されていても良い。
【0034】
(cAMPバイオセンサー)
本発明の一態様は、上記V2R変異体を発現する動物細胞であって、さらにcAMPバイオセンサーを発現するものである。
【0035】
本発明に関する説明において、「cAMPバイオセンサー」とは、哺乳動物細胞中のcAMPの産生量及び/又は濃度に依存し、可視化(イメージング)及び/又は定量可能な、自身に由来する指標(例えば、酵素活性レベル、発色レベル、発光[蛍光]レベル)が変化するタンパク質を意味する。上記cAMPバイオセンサーは、通常、cAMP結合領域を有し、かかるcAMP結合領域にcAMPが結合することにより、cAMPバイオセンサーの立体構造が変化し、不活性化状態から活性化状態への変化、不可視化状態から可視化状態への変化等のアロステリックな効果を有する。
【0036】
用いることのできるcAMPバイオセンサーとしては、例えば、cAMP結合領域(例えば、プロテインキナーゼA[PKA]の制御サブユニット由来のcAMP結合領域、Epac1由来のcAMP結合領域)を含むレポータータンパク質(例えば、HRP[horseradish peroxidase];アルカリホスファターゼ;β-D-ガラクトシダーゼ;緑色発光ルシフェラーゼ[SLG]、橙色発光ルシフェラーゼ[SLO]、赤色発光ルシフェラーゼ[SLR]等のルシフェラーゼ;緑色蛍光タンパク質[GFP]、赤色蛍光タンパク質[DsRed]、シアン色蛍光タンパク質[CFP]等の蛍光タンパク質)を挙げることができ、具体的には、PKAの制御サブユニット由来のcAMP結合領域を含むルシフェラーゼであるGloSensor cAMP(Promega社製)や、Epac1由来のcAMP結合領域を含む赤色蛍光タンパク質であるPink Flamindo(Pink Fluorescent cAMP indicator)(Harada K., et al., Sci Rep. 2017 Aug 4;7(1):7351. doi: 10.1038/s41598-017-07820-6.)を挙げることができ、本明細書の実施例の項において、その効果が実証されているため、GloSensor cAMP(Promega社製)が好ましい。このようなcAMPバイオセンサーを発現する動物細胞は、後述する細胞調製法により、調製することができる。
【0037】
(キット)
本発明の一態様は、V2R変異体を発現する動物細胞を含む、AVP測定用キットである。
【0038】
AVP測定用キットは、血液中のAVP濃度の上昇又は低下に関連した疾患又は状態の検査や診断のために用いることができる。このような疾患の例として、中枢性尿崩症等を挙げることができる。また、腎性尿崩症では血中AVP濃度は変動しないため、このキットは腎性尿崩症の診断には直接的には有用ではないが、腎性尿崩症と、血中AVP濃度が低下する中枢性尿崩症との鑑別には有用であると考えられる。
【0039】
キットは、常用されている試薬を適宜、構成の一部とすることができる。一例として、動物細胞液、発光基質液、反応プレート、標準液、希釈液のようなキット構成が考えられる。キットは、体外診断用医薬品とすることができる。
【0040】
(AVPレベルの分析方法)
本発明の一態様は、下記の工程を含む、試料中のAVPレベルの分析方法である。
(a) 試料を、AVP受容体(より特定するとV2受容体)を発現する培養細胞に添加してインキュベートし、
このときAVP受容体は、1-デアミノ-8-D-アルギニンバソプレシン(DDAVP)による活性化が抑制され、AVP選択的に活性化されるものであり;
(b)インキュベート後のAVP受容体の活性化レベル(より特定するとV2R活性化レベル)を分析し;
(c)得られた分析結果に基づき、DDAVPの影響の低減されたAVPレベルを分析する。
【0041】
AVP受容体の活性化レベルは、cAMPレベルとして分析できる。cAMPレベルとは、V2Rに起因して哺乳動物細胞内で産生されるcAMP量を意味し、本願明細書で述べているようにルシフェラーゼを用いる系で測定した場合は、RLUと定義することができる。
【0042】
AVP受容体を発現する培養細胞であって、このときAVP受容体がDDAVPによる活性化が抑制され、AVP選択的に活性化されるものである培養細胞は、上述したポリヌクレオチドを含むベクターにより、哺乳動物細胞を形質転換することにより、調製することができる。特に好ましい態様においては、哺乳動物細胞として、ヒト胎児腎細胞由来細胞株(293A細胞)が用いられる。この細胞は、例えばThermo Fischer Scientificより入手できる(Cat no. R70507)。
【0043】
特定のAVP受容体を発現する培養細胞は、例えば、GloSensor cAMP Assayを用いて、すなわち、ホタルルシフェラーゼ(firefly luciferase)の359~544番目のアミノ酸残基と、プロテインキナーゼA(PKA)の制御サブユニットのcAMP結合領域と、ホタルルシフェラーゼの4~355番目のアミノ酸残基とを含むタンパク質が発現するプラスミドベクター(pGloSensor-22F、Promega社製)と、発現ベクター、例えばpCAGGS (Niwa, H., Gene. 108 (2), 193-200 (1991))にV2Rを組み込んだもの(pCAGGS_V2R)を用いることにより調製できる。
【0044】
細胞調製法の一例を示す。
〔1〕4.0×106個の293A細胞を10%FBS含有D-MEM培地に播種し、24時間培養する。
〔2〕pGloSenso-22FとpCAGGS_V2Rを、Polyethyleneimine MAX(Polyscience社製)を用い、GloSensor cAMP Assay(Promega社製)に添付のプロトコールに従って、293A細胞へトランスフェクションする。
〔3〕トランスフェクションされた細胞を24時間培養した後、V2R刺激物質(例えばAVPやDDAVP)の添加により発光強度の増加が見られるものを選抜する。
【0045】
このようにして調製された細胞を用いた活性測定方法の一例を示す。
〔1〕細胞を24時間培養した後、2%(v/v)のD-Luciferin Pottasium Salt(富士フィルム和光純薬社製)を含むインキュベート用液に交換し、室温で2時間平衡化処理を行う。
〔2〕V2R刺激物質を添加し、20分間インキュベーションした後、ルミノメーターを用いてRLUを測定する。測定されたRLUを、cAMPレベルと定義する。
【0046】
なお、AVPレベルの分析方法は、上記測定法と同等性が担保される範囲内で、適宜改変することもできる。
【0047】
(その他の用語)
本発明に関する説明において、「V2R活性化レベル」とは、V2R刺激物質に対するV2Rの応答性を意味し、哺乳動物細胞中の恒常cAMPレベルに対する、V2R刺激物質存在下におけるcAMPレベルの比(Fold change)によって定義される。
【0048】
本発明に関する説明において、「恒常cAMPレベル」とは、V2R刺激物質非存在条件下で示すcAMPレベルのことを意味する。本明細書において恒常cAMPレベルは、上記cAMPレベル測定法の活性測定条件〔2〕で、V2R刺激物質を添加しないことで測定することができる。
【0049】
本発明に関する説明において、「V2R刺激物質」とは、V2Rを刺激(活性化)するリガンドを意味し、AVPや、DDAVPが例示される。
【0050】
本発明に関する説明において、「AVP/DDAVP比」とは、上記cAMPレベル測定法に従いV2Rを一過性発現する株において、V2R刺激物質であるAVPを添加したときのpEC50(-log10EC50)と、DDAVPを添加したときのpEC50の比を意味し、具体的にはAVPを添加したときのpEC50(単位)を、DDAVPを添加したときのpEC50(単位)で減じた値を意味する。pEC50の測定方法は、後述する実施例に記載の通りである。
【0051】
上記定義から理解されることであるが、「AVP/DDAVP比」は、発現しているV2RのAVPに対する親和性と、DDAVPに対する親和性、2つの親和性の関係性を示す指標である。
【0052】
本発明に関する説明において、「AVP/DDAVP比が高い(低い)」とは、前述のAVP/DDAVP比の大小を意味する。当該定義から理解されることであるが、AVP/DDAVP比が高い場合、発現V2RはDDAVPに対する親和性よりも、AVPに対する親和性の方が高いことを意味する。AVP/DDAVP比が低い場合、発現V2RはAVPに対する親和性よりも、DDAVPに対する親和性の方が高いことを意味する。
【0053】
なお、本発明に関するcAMPレベル測定法、動物細胞調製法、自己抗体の測定キットの詳細については、本明細書に記載された内容の他に、本明細書に記載された文献、特に特許文献4、及び特許文献4に記載された文献の内容を適宜参照することができる。
【0054】
本発明に関する説明において、アミノ酸又はアミノ酸残基については、特に記載した場合を除き、Aはアラニン、Cはシステイン、Dはアスパラギン酸、Eはグルタミン酸、Fはフェニルアラニン、Gはグリシン、Hはヒスチジン、Iはイソロイシン、Kはリシン、Lはロイシン、Mはメチオニン、Nはアスパラギン、Pはプロリン、Qはグルタミン、Rはアルギニン、Sはセリン、Tはトレオニン、Uはセレノシステイン(3)、Vはバリン、Wはトリプトファン、Yはチロシンを表す。
【0055】
本発明に関する説明において、ポリヌクレオチドとは、ヌクレオチドもしくは塩基、又はそれらの等価物が、複数結合した形態で構成されているものを含む。ヌクレオチド及び塩基は、DNA塩基又はRNA塩基を含む。上記の等価物は、例えばDNA塩基又はRNA塩基がメチル化等の化学修飾を受けているもの、又はヌクレオチドアナログを含む。ヌクレオチドアナログは、非天然のヌクレオチドを含む。
【0056】
本発明に関する説明において、「野生型V2R」とは、変異の導入されていないV2Rであることを意味する。本発明に関する説明において、変異の導入されていないV2Rアミノ酸配列とは、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/guide/)のデータベースに登録されているV2Rアミノ酸配列であることとする。本発明に関する説明において、V2Rの由来はヒトに限定されないが、V2Rの由来について特に記載のない場合、V2Rはヒト由来(配列番号1)であることを意味する。また、本発明に関する説明において、野生型V2Rのことを「WT」と表記することがある。
【0057】
本発明に関する説明において、アルファベット1文字と数字、数字の後に更にアルファベット1文字が続く文字列によって変異体を表す場合、左端のアルファベットは変異前のアミノ酸を、中央数字は当該アミノ酸残基の位置を、右端のアルファベットは変異後のアミノ酸をそれぞれ示し、左端のアミノ酸が右端のアミノ酸へ点変異した変異体であることを意味する。例えば「Q96E」であれば、96番目のグルタミンがグルタミン酸へと置換される点変異が導入された変異体であることを意味する。
【0058】
本発明に関する説明において、タンパク質又はアミノ酸配列について「1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列」というときの置換等されるアミノ酸の個数は、特に記載した場合を除き、いずれのタンパク質においても、そのアミノ酸配列からなるタンパク質が所望の機能を有する限り特に限定されないが、1-250個、1-200個、1-150個、1-100個、1-50個、1-40個、1-38個、1-37個、1-35個、1-30個、1-20個、1-15個、1-9個又は1-4個程度であるか、性質の似たアミノ酸への置換であれば、さらに多くの個数の置換等がありうる。このようなアミノ酸配列に係るポリヌクレオチド又はタンパク質を調製するための手段は、当業者にはよく知られている。
【0059】
本発明に関し、塩基配列(ヌクレオチド配列ということもある。) 、又はアミノ酸配列について「同一性」というときは、特に記載した場合を除き、NCBI(http://www. ncbi.nlm.nih.gov/)のBLASTによって測定された値であると定義する。BLASTでアミノ酸配列を比較するときのAlgorithmには、Blastpをデフォルト設定で使用できる。測定結果はPositives又はIdentitiesとして数値化される。
【0060】
本発明に関し、塩基配列又はアミノ酸配列について、同一性というときは、特に記載した場合を除き、いずれの場合も、少なくとも50%、例えば60%以上、70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらに好ましくは97.5%以上さらに好ましくは99%以上の配列の同一性を指す。
【0061】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例0062】
[実施例1. V2Rにおける変異アミノ酸の探索]
以下に示す方法に従い、野生型V2R変異に適したアミノ酸を探索した。
【0063】
1-1. 野生型ヒトV2R構造の作製
非特許文献5に記載されているヒトV2Rの構造情報(PDBID 7KH0)をもとに、構造情報が得られていない部位を補うために野生型ヒトV2Rの構造をホモロジーモデリングより作製した。7KH0からV2R、AVP以外の余分なタンパク質等の情報を削除し、ホモロジーモデリングに使用する鋳型とした。ホモロジーモデリングにはModellar(非特許文献3)を使用し、使用するアミノ酸配列はNCBIに登録されているVasopressin V2receptor isoform 2 (NP_001139623.1)を使用した。Modellarにより100個の構造を作製し、得られた構造の中で最もmolpdfの値が小さいものを以降の操作に用いた。
【0064】
1-2. DAVP結合型野生型ヒトV2R構造の作製
1-1で得られた野生型ヒトV2R結合構造をPyMOL(Schredingor社)で操作し、AVPの8番目のアルギニンをD-アルギニンへと変換した。この構造をRosetta(非特許文献4)によりRelaxを行い、構造の最適化を行った。Relaxでは10000個の構造を作製し、SCOREの値が10000個の構造の中央値となるものをDAVP結合型野生型ヒトV2R構造とした。
【0065】
[実施例2.V2R変異体の調製]
以下に示す方法に従い、野生型V2Rから1アミノ酸が置換されたV2R変異体を調製した。
【0066】
2-1.V2R変異体の設計
V2Rの活性に影響があると推測される変異として、DAVP結合型野生型ヒトV2Rの構造情報から推測された、以下の変異を検討した。
Q96、Q119
【0067】
2-2.変異V2Rの発現ベクター調製
2-1.に記載した変異に対応するよう、変異点に相当するヌクレオチドを挟んで3’側と5’側に20~30merの人工プライマーを設計し、野生型ヒトV2Rの3’側プライマーと変異導入するための1~3塩基を追加した5’側プライマーと、野生型ヒトV2Rを発現するベクターpCAGGS_hV2Rを用いて、東洋紡社KOD-One(Code No. KMM-101)によるinversePCR法で、V2R配列への点変異導入を行った。点変異導入プラスミドを形質転換した大腸菌シングルコロニーからプラスミドを精製、シーケンス解析により点変異の導入を確認した。
【0068】
2-3.V2R変異体一過性発現細胞株の取得
4.0×106個のヒト胎児腎細胞由来細胞株(293A細胞)(Thermo Fischer Scientificより入手、Cat no. R70507)を、10%FBS含有D-MEM培地とともに6ウェルマルチプレートに播種し、24時間培養した。
【0069】
2-2.にて取得したV2R変異体ベクター0.02μgと、ホタルルシフェラーゼ(firefly luciferase)の359~544番目のアミノ酸残基と、プロテインキナーゼA(PKA)の制御サブユニットのcAMP結合領域と、ホタルルシフェラーゼの4~355番目のアミノ酸残基とを含むタンパク質を発現するプラスミドベクター(pGloSenso-22F、Promega社製)1μgを、Polyethyleimine Max(Polyscience社製)を用い、293A細胞へトランスフェクションした。上記操作によって、V2R変異体を一過性発現する、293A細胞を取得した。
【0070】
V2R変異体の一過性発現株に対する対照として用いるため、2-2記載の野生型ヒトV2Rの発現ベクターにより、野生型ヒトV2R一過性発現株も取得した。
【0071】
[実施例3.V2R変異体のAVP及びDDAVPに対する活性測定]
実施例2にて得られたV2R変異体ないし野生型V2Rを一過性発現する293A細胞に、AVP及びDDAVP(ともにペプチド研究所)を添加して、各V2RのAVP/DDAVP比を測定した。
【0072】
測定法は以下の通りである。
(測定条件)
V2R変異体を一過性発現する293A細胞、及び野生型V2Rを一過性発現する293A細胞を24時間培養後、細胞を回収し、10mMのD-Luciferin Potassium Salt(富士フィルム和光純薬工業製)及び0.01%(w/v)ウシ血清アルブミンを含むハンクス平衡緩衝液に懸濁し、AVP又はDDAVPを0、1、10、100、1000、10000、100000pMとなるよう添加し、また、ポジティブコントロールとしてホルスコリンを10μMとなるように添加した。20分間インキュベーションした後のRLU値を96ウェルマルチプレートルミノメーター(Molecular Devices社製)で測定し、得られたRLU値を0 pMのRLU値で除し(Fold change)、さらにホルスコリン添加ウェルのFold changeが100%となるように規準化した(cAMP accumulation value)。得られたcAMP accumulation valueを片対数グラフにし、縦軸にcAMP accumulation value、横軸に添加したリガンド濃度をプロットし、濃度反応曲線を得た。得られた濃度反応曲線から半数効果濃度(EC50)を算出した。
【0073】
各V2R変異体のAVP又はDDAVP添加時における濃度反応曲線を、
図2-1及び
図2-2に示す。野生型V2RではAVP添加時の濃度反応曲線とDDAVP添加時の濃度反応曲線がほぼ一致しているにもかかわらず、V2R変異体では濃度反応曲線が一致せず、AVP優位に細胞内cAMP濃度が上昇していることが読み取れる。
【0074】
各V2R変異体のAVP/DDAVP比の値を、下表に示す。なお、各列は導入された変異を表し、「WT」は野生型を示す。
【0075】
【0076】
上記結果より、Q96、Q119に変異を有する変異体において、野生型V2RよりもAVP/DDAVP比が向上していることが読み取れる。詳細には、96番目相当がE、M、G、I、N、又はTへ変異した変異体、及び119番目相当がM、A、C、N、又はTへ変異した変異体は、低い濃度のAVPが測定できるものであり、かつ表1での値がWTの0.1を超えるものであった。中でも、96番目相当がEへ変異した変異体(配列番号2)、96番目相当がMへ変異した変異体(配列番号3)、119番目相当がMへ変異した変異体(配列番号4)は、非常に低濃度のAVPが測定でき、優れていた。
【0077】
[実施例の項で引用した文献]
非特許文献3:Journal of Molecular biology,234,779-815(1993)
非特許文献4:Annual Review of Biochemistry, 77, 363-382(2008)
非特許文献5:Cell Research, 31, 932~934(2021)