(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118980
(43)【公開日】2024-09-02
(54)【発明の名称】異常検知装置、異常検知方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
B22D 11/16 20060101AFI20240826BHJP
【FI】
B22D11/16 104N
B22D11/16 104B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023025622
(22)【出願日】2023-02-21
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】北田 宏
【テーマコード(参考)】
4E004
【Fターム(参考)】
4E004MA05
4E004MC22
4E004MC30
(57)【要約】
【課題】連続鋳造機の異常検知において誤検知が起こる頻度を低減する。
【解決手段】連続鋳造機の測温値データと鋳造速度を取得し、鋳造速度を時間積分して鋳造長を算出し、鋳造長と前記測温値データとを対応させたデータベクトルを算出し、データベクトルに共通する特徴を示す特徴ベクトルのうち最も支配的な最大支配特徴ベクトルと、最大支配特徴ベクトルの支配性の強さを表す共通度指標とを算出し、最大支配特徴ベクトルを用いてデータベクトルを最適に近似する最適共通データベクトルを算出し、最適共通データベクトルに対し、鋳造長範囲における始点から終点までの温度降下量を最適共通データベクトル温度降下量として算出し、共通度指標と最適共通データベクトル温度降下量とを用いて、時間的に連続して発生する温度低下を検知し、異常として判定する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続鋳造機の異常を検知する異常検知装置であって、
前記連続鋳造機の鋳造方向に配列された3つ以上の測温装置で測温値データを取得する測温値取得部と、
前記連続鋳造機の鋳造速度を取得する鋳造速度取得部と、
前記測温装置毎に、前記鋳造速度を時間に関して積分することで、鋳造開始から現在時刻までに前記測温装置を通過した鋳片の長さである鋳造長を算出する鋳造長算出部と、
前記測温装置毎に、前記鋳造長と前記測温値データとを対応させたデータベクトルを算出するデータベクトル算出部と、
前記データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示し前記データベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルのうち、前記データベクトルに対して最も支配的な特徴を表す最大支配特徴ベクトルと、前記最大支配特徴ベクトルの前記データベクトルに対する支配性の強さを表す共通度指標と、を算出する特徴支配性処理部と、
前記最大支配特徴ベクトルを用いて、前記測温装置のそれぞれに対応するデータベクトルを最適に近似する最適共通データベクトルを算出する最適共通データベクトル算出部と、
前記最適共通データベクトルに対し、前記鋳造長範囲における始点から終点までの温度降下量を最適共通データベクトル温度降下量として算出する最適共通データベクトル温度降下量算出部と、
前記共通度指標と前記最適共通データベクトル温度降下量とを用いて、時間的に連続して発生する温度低下を検知し、異常として判定する異常発生検知部と、
を備える、異常検知装置。
【請求項2】
前記特徴支配性処理部は、
前記データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示し前記データベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルを算出する特徴ベクトル算出部と、
前記データベクトルに対する前記特徴ベクトルの支配性を順序付けて表す支配性指標を算出する支配性指標算出部と、
最大の前記支配性指標に対応する前記特徴ベクトルを最大支配特徴ベクトルとして算出する最大支配特徴ベクトル算出部と、
最大の支配性指標と次に大きい支配性指標との比に基づいて、前記データベクトルにおける共通度指標を算出する共通度指標算出部と、
を備える、請求項1に記載の異常検知装置。
【請求項3】
前記特徴支配性処理部は、
前記データベクトルを列方向に並べたデータ行列を作成するデータ行列作成部と、
前記データ行列を特異値分解することで、右特異ベクトル行列、前記データ行列の特異値を対角成分に持つ対角行列、及び、左特異ベクトル行列を算出する特異値分解部と、
前記左特異ベクトル行列をなす列ベクトルのそれぞれを前記特徴ベクトルとして算出する特徴ベクトル算出部と、
前記特異値を、前記データベクトルに対する前記特徴ベクトルの支配性を順序付けて表す支配性指標として算出する支配性指標算出部と、
最大の前記特異値に対応する前記左特異ベクトル行列をなす列ベクトルを最大支配特徴ベクトルとして算出する最大支配特徴ベクトル算出部と、
1番目に大きい特異値と2番目に大きい特異値との比に基づいて、前記共通度指標を算出する共通度指標算出部と、
を備える、請求項1に記載の異常検知装置。
【請求項4】
前記異常発生検知部は、前記共通度指標が予め定めた共通度指標の閾値より高く、前記最適共通データベクトル温度降下量の絶対値が予め定めた最適共通データベクトル温度降下量の閾値より大きい場合に、前記異常を検知する、請求項1に記載の異常検知装置。
【請求項5】
連続鋳造機の異常を検知する異常検知方法であって、
前記連続鋳造機の鋳造方向に配列された3つ以上の測温装置で測温値データを取得する測温値取得ステップと、
前記連続鋳造機の鋳造速度を取得する鋳造速度取得ステップと、
前記測温装置毎に、前記鋳造速度を時間に関して積分することで、鋳造開始から現在時刻までに前記測温装置を通過した鋳片の長さである鋳造長を算出する鋳造長算出ステップと、
前記測温装置毎に、前記鋳造長と前記測温値データとを対応させたデータベクトルを算出するデータベクトル算出ステップと、
前記データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示し前記データベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルのうち、前記データベクトルに対して最も支配的な特徴を表す最大支配特徴ベクトルと、前記最大支配特徴ベクトルの前記データベクトルに対する支配性の強さを表す共通度指標と、を算出する特徴支配性処理ステップと、
前記最大支配特徴ベクトルを用いて、前記測温装置のそれぞれに対応するデータベクトルを最適に近似する最適共通データベクトルを算出する最適共通データベクトル算出ステップと、
前記最適共通データベクトルに対し、前記鋳造長範囲における始点から終点までの温度降下量を最適共通データベクトル温度降下量として算出する最適共通データベクトル温度降下量算出ステップと、
前記共通度指標と前記最適共通データベクトル温度降下量とを用いて、時間的に連続して発生する温度低下を検知し、異常として判定する異常発生検知ステップと、
を備える、異常検知方法。
【請求項6】
連続鋳造機の異常を検知する異常検知装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムであって、
前記連続鋳造機の鋳造方向に配列された3つ以上の測温装置で測温値データを取得する測温値取得部と、
前記連続鋳造機の鋳造速度を取得する鋳造速度取得部と、
前記測温装置毎に、前記鋳造速度を時間に関して積分することで、鋳造開始から現在時刻までに前記測温装置を通過した鋳片の長さである鋳造長を算出する鋳造長算出部と、
前記測温装置毎に、前記鋳造長と前記測温値データとを対応させたデータベクトルを算出するデータベクトル算出部と、
前記データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示し前記データベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルのうち、前記データベクトルに対して最も支配的な特徴を表す最大支配特徴ベクトルと、前記最大支配特徴ベクトルの前記データベクトルに対する支配性の強さを表す共通度指標と、を算出する特徴支配性処理部と、
前記最大支配特徴ベクトルを用いて、前記測温装置のそれぞれに対応するデータベクトルを最適に近似する最適共通データベクトルを算出する最適共通データベクトル算出部と、
前記最適共通データベクトルに対し、前記鋳造長範囲における始点から終点までの温度降下量を最適共通データベクトル温度降下量として算出する最適共通データベクトル温度降下量算出部と、
前記共通度指標と前記最適共通データベクトル温度降下量とを用いて、時間的に連続して発生する温度低下を検知し、異常として判定する異常発生検知部と、
を備える異常検知装置として、コンピュータを機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異常検知装置、異常検知方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
連続鋳造機では、異物が鋳片に噛み込まれることによってブレークアウトが発生したり、凝固シェルの表面上に縦割れが発生したりするといった異常が発生する場合がある。鋳片に噛み込まれる異物としては、例えば、タンディッシュ内で発生したアルミナ、浸漬ノズル若しくはスライディングゲート等の耐火物が欠けたもの、又は、モールドパウダーが過剰に成長して発生するスラグベアのような溶鋼中に予期せず含まれる介在物といったものが挙げられる。以下の説明では、溶鋼が異物を凝固シェル表面から内部にかけて包むように凝固することを噛み込みと称する。異物の熱伝導率が一般に凝固シェルに比べて小さいことや、異物の周囲と鋳型銅板の間に空隙部ができることから、異物の噛み込みが生じると、当該部分において凝固シェルから銅板への熱伝達が低下してしまい凝固が不十分となることから、ブレークアウトの原因になる。
【0003】
一方、凝固シェル表面上の縦割れは、鋳型銅板と凝固シェルとの間の潤滑剤として用いられるパウダーの不均一な流入等により、凝固シェルの成長が局所的に遅れることにより発生する。例えば溶鋼中の炭素成分が0.08~0.14質量%の亜包晶鋼では凝固収縮が大きいことから、凝固遅れ部が鋳型表面から浮き上がるように変形してしまい、表面の縦割れの起源に発展するとされている。
【0004】
このような異常を検知するための技術が種々提案されている。例えば特許文献1には、鋳型の上下方向に設置した2つの熱電対による測定値を用いてブレークアウト発生の判定をする技術が開示されている。具体的には、鋳片上の同一点が通過するときの各測温値について、直近の測温値の移動平均値からの降下量を算出し、その積の値が閾値を超えたときにブレークアウトに至る異常凝固シェルが発生したと判断している。
【0005】
また、特許文献2には、鋳型壁に設置した、それぞれ対をなす上部温度検出端と下部温度検出端について、上部温度検出端における温度の下降代及びその傾きが、予め定められた閾値を越えたときの温度変化と同様な温度変化が、少なくとも一つの下部温度検出端において検出されたときにブレークアウトの予兆として判定する技術が開示されている。
【0006】
特許文献3には、鋳型内部の湯面下における鋳片引抜方向に沿った第1測定点の温度および第1測定点よりも下側に位置する第2測定点の温度をそれぞれ時系列的に測定し、現在から所定時間前までの期間の第2測定点の温度変化量と、前記期間よりも所定時間前の期間の第1測定点の温度変化量との相関係数を時系列的に算出し、時系列的に算出された相関係数が所定値以上を所定時間以上継続した場合に、凝固殻破断の発生としてブレークアウトを検知する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012-218039号公報
【特許文献2】特開平9-248661号公報
【特許文献3】特開2011-235307号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記従来技術のいずれにおいても、鋳型銅板または鋳型壁に設置された測温装置のうち、2点の測温値が類似していることをもって異常と判定している。しかしながら、発明者らの観察の結果、上記の異常が発生しなかったにもかかわらず、鋳型内の上方位置における測温値の下降にともなって、類似した温度値の変化が下方位置にも現れるケースが高い頻度で見られることがわかった。それゆえ、2点の測温値だけを用いた上記のような異常の判定には、多くの誤検知が含まれる可能性がある。異常が判定された場合は鋳造速度を低下させて対応するため、誤検出が多いことは連続鋳造機の生産性を不必要に低下させることにつながる。
【0009】
そこで、本発明は、連続鋳造機の異常検知において誤検知が起こる頻度を低減することができる異常検知装置、異常検知方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のある観点によれば、連続鋳造機の異常を検知する異常検知装置であって、前記連続鋳造機の鋳造方向に配列された3つ以上の測温装置で測温値データを取得する測温値取得部と、前記連続鋳造機の鋳造速度を取得する鋳造速度取得部と、前記測温装置毎に、前記鋳造速度を時間に関して積分することで、鋳造開始から現在時刻までに前記測温装置を通過した鋳片の長さである鋳造長を算出する鋳造長算出部と、前記測温装置毎に、前記鋳造長と前記測温値データとを対応させたデータベクトルを算出するデータベクトル算出部と、前記データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示し前記データベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルのうち、前記データベクトルに対して最も支配的な特徴を表す最大支配特徴ベクトルと、前記最大支配特徴ベクトルの前記データベクトルに対する支配性の強さを表す共通度指標と、を算出する特徴支配性処理部と、前記最大支配特徴ベクトルを用いて、前記測温装置のそれぞれに対応するデータベクトルを最適に近似する最適共通データベクトルを算出する最適共通データベクトル算出部と、前記最適共通データベクトルに対し、前記鋳造長範囲における始点から終点までの温度降下量を最適共通データベクトル温度降下量として算出する最適共通データベクトル温度降下量算出部と、前記共通度指標と前記最適共通データベクトル温度降下量とを用いて、時間的に連続して発生する温度低下を検知し、異常として判定する異常発生検知部と、を備える、異常検知装置が提供される。
【0011】
本発明の別の観点によれば、連続鋳造機の異常を検知する異常検知方法であって、前記連続鋳造機の鋳造方向に配列された3つ以上の測温装置で測温値データを取得する測温値取得ステップと、前記連続鋳造機の鋳造速度を取得する鋳造速度取得ステップと、前記測温装置毎に、前記鋳造速度を時間に関して積分することで、鋳造開始から現在時刻までに前記測温装置を通過した鋳片の長さである鋳造長を算出する鋳造長算出ステップと、前記測温装置毎に、前記鋳造長と前記測温値データとを対応させたデータベクトルを算出するデータベクトル算出ステップと、前記データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示し前記データベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルのうち、前記データベクトルに対して最も支配的な特徴を表す最大支配特徴ベクトルと、前記最大支配特徴ベクトルの前記データベクトルに対する支配性の強さを表す共通度指標と、を算出する特徴支配性処理ステップと、前記最大支配特徴ベクトルを用いて、前記測温装置のそれぞれに対応するデータベクトルを最適に近似する最適共通データベクトルを算出する最適共通データベクトル算出ステップと、前記最適共通データベクトルに対し、前記鋳造長範囲における始点から終点までの温度降下量を最適共通データベクトル温度降下量として算出する最適共通データベクトル温度降下量算出ステップと、前記共通度指標と前記最適共通データベクトル温度降下量とを用いて、時間的に連続して発生する温度低下を検知し、異常として判定する異常発生検知ステップと、を備える、異常検知方法が提供される。
【0012】
本発明のさらに別の観点によれば、連続鋳造機の異常を検知する異常検知装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムであって、前記連続鋳造機の鋳造方向に配列された3つ以上の測温装置で測温値データを取得する測温値取得部と、前記連続鋳造機の鋳造速度を取得する鋳造速度取得部と、前記測温装置毎に、前記鋳造速度を時間に関して積分することで、鋳造開始から現在時刻までに前記測温装置を通過した鋳片の長さである鋳造長を算出する鋳造長算出部と、前記測温装置毎に、前記鋳造長と前記測温値データとを対応させたデータベクトルを算出するデータベクトル算出部と、前記データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示し前記データベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルのうち、前記データベクトルに対して最も支配的な特徴を表す最大支配特徴ベクトルと、前記最大支配特徴ベクトルの前記データベクトルに対する支配性の強さを表す共通度指標と、を算出する特徴支配性処理部と、前記最大支配特徴ベクトルを用いて、前記測温装置のそれぞれに対応するデータベクトルを最適に近似する最適共通データベクトルを算出する最適共通データベクトル算出部と、前記最適共通データベクトルに対し、前記鋳造長範囲における始点から終点までの温度降下量を最適共通データベクトル温度降下量として算出する最適共通データベクトル温度降下量算出部と、前記共通度指標と前記最適共通データベクトル温度降下量とを用いて、時間的に連続して発生する温度低下を検知し、異常として判定する異常発生検知部と、を備える異常検知装置として、コンピュータを機能させるためのプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、連続鋳造機の鋳造中における異常検知において、誤検知が起こる頻度を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の第1実施形態が適用される連続鋳造機の鋳型部分を示す図である。
【
図2】鋳造中の鋳型銅板の測温装置である熱電対を含めた垂直方向断面図である。
【
図3】本発明の第1実施形態に係る異常検知装置の構成を示すブロック図である。
【
図4】本発明の第1実施形態に係る特徴支配性処理部の構成を示す図である。
【
図5】時間と鋳造長の関係において、鋳造長が近い時間のデータを用いて線形補間により決定していることを示す図である。
【
図6】本発明の第2実施形態に係る特徴支配性処理部の構成を示す図である。
【
図7】異常が発生した鋳片における、異常に最も近い4段の測温装置による測温値データと鋳造長との関係を示すグラフである。
【
図8】
図7のデータに対して算出した、共通度指標と鋳造長との関係を示すグラフである。
【
図9】
図7のデータに対して算出した、最適共通データベクトル温度降下量と鋳造長との関係を示すグラフである。
【
図10】各測温装置の測温値データを中心化したデータと、これらから算出した最適共通データベクトルをベクトル成分番号に対してプロットしたグラフである。
【
図11】
図7のデータに対する上方2段の相関係数に基づく相関度の計算結果のグラフである。
【
図12】
図7のデータに対する上方2段の測温値平均降下量の計算結果のグラフである。
【
図13】異常が観察されなかったにもかかわらず従来技術では異常であると誤検知した例の各段の測温値データの鋳造長との関係を示すグラフである。
【
図14】本発明の技術による共通度指標の計算結果である。
【
図15】本発明の技術による最適共通データベクトル温度降下量の計算結果である。
【
図16】各測温装置の測温値データを中心化したデータと、これらから算出した最適共通データベクトルをベクトル成分番号に対してプロットしたグラフである。
【
図17】
図13のデータに対する従来技術による1段目と2段目の相関度の鋳造長に対するグラフである。
【
図18】
図13のデータに対する従来技術による1段目と2段目の測温値平均降下量の鋳造長に対するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省略する。
【0016】
以下で説明する本発明の一実施形態における異常検知装置および異常検知方法は、連続鋳造機の縦割れの起源となる凝固シェルの変形や異物噛み込み等の異常を検知する。
図1は、本実施形態が適用される連続鋳造機の鋳型部分を示す図である。
図1に示されるように、連続鋳造機では、鋳型1内に浸漬ノズル2から溶鋼を供給する。溶鋼は、浸漬ノズル2の中心軸対称位置の2か所の吐出孔3から流出する。図示された例において鋳型1は直方体型であり、水平な開口部から、垂直方向に鋳型銅板が開口部を囲んで設置される。図示された例において、吐出孔3は開口部形状の短辺方向の銅板(鋳型短辺)を向いて設置される。
【0017】
上記のような連続鋳造機では、鋳型1内で、溶鋼が反対側から水冷されている鋳型銅板にパウダーフラックスを介して接することで抜熱され、銅板側から凝固する。望ましい凝固シェルの厚みの鋳造方向プロファイルは、操業安定性や品質の面から決定される。
【0018】
図2は、鋳造中の鋳型銅板の測温装置である熱電対を含めた垂直方向断面図である。
図2に示されるように、鋳型はめっきをした鋳型銅板6を筒状に組み合わせることによって形成されている。鋳型銅板6の外側に冷却水7を流すことによって、鋳型銅板6を介して溶鋼から抜熱され、鋳型内面に凝固シェル8が形成される。なお、凝固シェル8と鋳型銅板6との間にはモールドフラックス9が介在している。
【0019】
本実施形態では、鋳型1の各面で、鋳型1の周方向の全周に亘って鋳造方向、すなわち鋳型1の深さ方向(鉛直方向、即ち、
図1のz方向)に、鋳型1を構成する鋳型銅板6の温度を測定するための測温装置4が配列される。測温装置4は、例えば熱電対や、光ファイバを用いたFBG(Fiber Bragg Grating)測温装置などの測温素子である。測温装置4を用いて温度を測定する位置である測温点は、例えば、鋳型1の各面の垂直方向中心線について対称に、かつ、対向する各面の間で対応する位置に配置されることが好ましい。
【0020】
<第1実施形態>
以下に、図面を参照しながら、本発明を実施するための第1実施形態について説明する。
図3は、本実施形態に係る異常検知装置の構成を示すブロック図である。
異常検知装置100は、連続鋳造機10の鋳造中における異常の検知を目的とし、CPU(Central Processing Unit)、記憶装置、通信装置、入出力手段などを備え、プログラムに従って各種の演算を実行するコンピュータである。プログラムは、記憶装置に格納されるか、またはリムーバブル記憶媒体に格納されて異常検知装置100に読み込まれる。
【0021】
異常検知装置100は、CPUがプログラムに従って動作することによって実装される機能部分として、データ取得部110、鋳造長算出部120、データベクトル算出部130、特徴支配性処理部140、最適共通データベクトル算出部150、最適共通データベクトル温度降下量算出部160、および、異常発生検知部180を備える。
また、データ取得部110は、測温値取得部111および鋳造速度取得部112を備えており、特徴支配性処理部140は、
図4に示すように、特徴ベクトル算出部143、支配性指標算出部145、最大支配特徴ベクトル算出部147、および、共通度指標算出部149を備える。
なお、上記の機能部分は、PLC(Programmable Logic Controller)であってもよいし、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)などの専用のハードウェアによって実装されてもよい。
【0022】
(測温値取得部)
データ取得部110を構成する測温値取得部111は、連続鋳造機10の鋳型に鋳造方向(
図1のz方向)に所定間隔をあけて配列された3つ以上の測温装置4で連続鋳造機10の鋳型銅板6の鋳型の温度(鋳型温度)を一定周期(例えば0.1sec周期)で測定する。測温値取得部111は、測温装置4毎に鋳型銅板6の鋳型温度のデータである測温値データを取得する(測温値取得ステップ)。
なお、測温装置4は、鋳型銅板6の全周に亘って鋳造方向(
図1のz方向)に配列されているが、以下の説明では、鋳型1の開口形状の短辺となる鋳型銅板6に沿った方向(
図1のx方向とz方向に垂直な方向)に設けられた測温装置4に着目し、幅方向の同じ位置で鋳造方向に配列されたM個(M≧3)の測温装置4を、「M段の測温装置4」のように表現して説明する。
【0023】
(鋳造速度取得部)
データ取得部110を構成する鋳造速度取得部112は、連続鋳造機10の鋳造速度を取得する(鋳造速度取得ステップ)。鋳造速度は、公知の方法で取得することができる。例えば、鋳造速度取得部112は、鋳造方向に移動する凝固シェル8の移動速度の測定結果から鋳造速度を算出してもよいし、連続鋳造機10の操業プログラムなどにおける設定値を取得することで鋳造速度としてもよい。
【0024】
(鋳造長算出部)
鋳造長算出部120は、鋳造速度取得部112で取得した鋳造速度に基づいて、鋳造速度を時間に関して積分することで、各測温装置4の位置における鋳造長を算出する。すなわち、鋳造速度取得部112で取得された鋳造速度を各時刻で鋳造開始時刻から積分することにより、鋳型内湯面における鋳造長を算出する(鋳造長算出ステップ)。ここで、鋳造長とは、鋳造開始後現在時刻tまでに、各測温装置4を通過した鋳片の長さである。鋳造長算出部120で参照される鋳型内湯面の位置は、湯面レベル制御によって制御される湯面の目標レベルである。それぞれの測温装置4の位置における鋳造長は、湯面から測温装置4までの鋳造方向深さから鋳型内湯面における鋳造長を差し引くことにより算出することができる。
鋳造長算出部120は、算出した鋳造長を、データベクトル算出部130に出力する。
【0025】
(データベクトル算出部130)
データベクトル算出部130は、測温装置4毎に、鋳造長と測温値データとを対応させたデータベクトルを算出する(データベクトル算出ステップ)。
より具体的には、データベクトル算出部130は、測温装置4のそれぞれについて、測温装置4の位置から予め定めた所定時間および前記鋳造速度で定まる距離だけ遡った鋳造長範囲で、鋳造開始後現在時刻までに前記測温装置を通過した鋳片の長さである鋳造長の値と、測温装置4の各々の測温値データとを、以下の方法で対応させる。
【0026】
なお、以下の説明では、m(m=1,…,M)は測温装置4の段数(測温装置4の鉛直方向に並んだ個数)を意味する。最上段に配置された測温装置4についてm=1であり、最下段に配置された測温装置4についてm=Mである。また、t(t=1,2,…)は、データサンプリング時刻を意味する。本実施形態では各測温装置4で一定の周期でデータサンプリングが実施されるため、t番目のデータサンプリング時刻は各測温装置4で共通である。また、zは鋳造長を意味し、X[z]は変数Xの鋳造長zにおける値を意味する。
【0027】
データベクトル算出部130は、最下段(m=M)の測温装置4においては、現在時刻t(所定の時点)から予め定めた時間L(所定時間)だけ遡った範囲に対応する鋳造長を、zM(t),…,zM(t-N+1)とする。また、データベクトル算出部130は、同時刻におけるN個の測温値データを、xM(t),…,xM(t-N+1)とする。最下段位置の測温装置4では、xM[zM(t)]=xM(t),…,xM[zM(t-N+1)]=xM(t-N+1)である。
一方、最下段ではない位置(m<M)の測温装置4では、鋳造長は時刻tにおいてzm(t)>zM(t)である。そこで、データベクトル算出部130は、m=1,…,M-1段目の測温装置4において過去の鋳造長がzM(t),…,zM(t-N+1)であった時点における各測温装置4の測温値データxm[zM(t)],…,xm[zM(t-N+1)]を算出する。
【0028】
この測温値データを算出するために、各測温装置4における鋳造長zmと測温値データとの関係xm[zm]を補間して、鋳造長zM(t),…,zM(t-N+1)における測温値データxm[zM(t)],…,xm[zM(t-N+1)]を算出して用いる。または、鋳造長zM(t),…,zM(t-N+1)のそれぞれに対してm段目の温度計におけるそれぞれの温度の測定時刻において、鋳造長が最も近いN点のデータサンプリング時刻tm
1,…,tm
Nにおける鋳造長zm(tm
1),…,zm(tm
N)に対応するxm(tm
1),…,xm(tm
N)の値を用いてもよい。
【0029】
図5に、時間と鋳造長の関係において、鋳造長が近い時間のデータを用いて線形補間により決定していることを示す。すなわち、
図5は、M段目とm段目(m<M)の時間と鋳造長の関係において、m段目の鋳造長z
N-1,z
Nにおける測温値データを決定するために、鋳造長が近い時間t
N-2,t
N-1,t
Nのデータを用いて線形補間により決定していることを示している。
【0030】
データベクトル算出部130は、このようにして得られた、測温装置4において過去の鋳造長がzM(t),…,zM(t-N+1)であった時点における各測温装置4の測温値データxm[zM(t)],…,xm[zM(t-N+1)]を並べた列ベクトルXm[zM(t)]を、測温装置mに関するデータベクトルとして算出する。
以下の式(1)は、各測温装置4の測温値データxm[zM(t)],…,xm[zM(t-N+1)]を並べた、データベクトルXm[zM(t)]を示している(m=1,…,M)。
Xm[zM(t)]=[xm[zM(t)],…,xm[zM(t-N+1)]]T ・・・(1)
データベクトル算出部130は、算出した各測温装置4におけるデータベクトルを、特徴支配性処理部140と、最適共通データベクトル算出部150とに出力する。
【0031】
(特徴支配性処理部)
図4に、本発明の第1実施形態に係る特徴支配性処理部140の構成を示す。
特徴支配性処理部140は、
図4に示すように、特徴ベクトル算出部143、支配性指標算出部145、最大支配特徴ベクトル算出部147、および、共通度指標算出部149を備えている。
特徴支配性処理部140は、データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示しデータベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルのうち、前記データベクトルに対して最も支配的な特徴を表す最大支配特徴ベクトルと、前記最大支配特徴ベクトルの前記データベクトルに対する支配性の強さを表す共通度指標と、を算出する(特徴支配性処理ステップ)。
【0032】
(特徴ベクトル算出部)
特徴ベクトル算出部143は、データベクトル算出部130から出力されたデータベクトルに基づいて、データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示しデータベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルを算出する。以下では、測温装置4のそれぞれに対応するデータベクトルに共通する特徴を示しデータベクトルと同じ次元数をもつ長さが1であるベクトルを特徴ベクトルと呼ぶこととする。特徴ベクトル算出部143は、算出した特徴ベクトルを、支配性指標算出部145および最大支配特徴ベクトル算出部147に出力する。
【0033】
(支配性指標算出部)
支配性指標算出部145は、データベクトルに対する特徴ベクトルの支配性を順序付けて表す支配性指標を算出する。
ここで、特徴ベクトルのデータベクトルに対する支配性とは、特徴ベクトルにスカラ変数を乗じて伸縮することで各データベクトルを近似するときに、予め定めた評価関数による近似残差を算出したときの各近似残差の合計値に対応している。この近似誤差合計値が小さいほど、特徴ベクトルが各データベクトルに対して支配性が高いことを意味する。
支配性指標算出部145は、特徴ベクトル算出部143から出力された特徴ベクトルに基づいて算出した支配性指標を、最大支配特徴ベクトル算出部147および共通度指標算出部149に出力する。
【0034】
(最大支配特徴ベクトル算出部)
最大支配特徴ベクトル算出部147は、特徴ベクトル算出部143から出力された特徴ベクトルに基づいて、最大の支配性指標に対応する特徴ベクトルを最大支配特徴ベクトルとして算出する。最大支配特徴ベクトル算出部147は、算出した最大支配特徴ベクトルを、共通度指標算出部149および最適共通データベクトル算出部150に出力する。
【0035】
(共通度指標算出部)
共通度指標算出部149は、支配性指標算出部145から出力された支配性指標に基づいて、最大の支配性指標と次に大きい支配性指標との比に基づいて、データベクトルにおける共通度指標を算出する。すなわち、共通度指標算出部149は、特徴ベクトルのうち、各データベクトルに対して最も支配性が高い最大支配特徴ベクトルの、2番目に支配性が高い特徴ベクトルの各データベクトルに対する支配性の強さを表す共通度指標を算出する。
より具体的には、最も支配性が高い特徴ベクトルを、特徴ベクトルを決定変数として各近似誤差の合計値を小さくするように最適化するときの特徴ベクトルの局所最適値のうち、前記のような支配性の高い順に、1番目に支配性の高い特徴ベクトルを最大支配特徴ベクトルとし、2番目に支配性の高い特徴ベクトルを第2支配特徴ベクトルとする。
最大支配特徴ベクトルu1および第2支配特徴ベクトルに対応する近似誤差の合計値を用いて、最大支配特徴ベクトルu1に対応する支配性指標と第2支配特徴ベクトルに対応する支配性指標の比を用いた指標を、最大支配特徴ベクトルの共通度指標とする。
共通度指標算出部149は、算出した共通度指標を、異常発生検知部180に出力する。
【0036】
(最適共通データベクトル算出部)
最適共通データベクトル算出部150は、最大支配特徴ベクトルを用いて、測温装置4のそれぞれに対応するデータベクトルを最適に近似する最適共通データベクトルを算出する(最適共通データベクトル算出ステップ)。すなわち、最適共通データベクトル算出部150は、データベクトル算出部130から出力されたデータベクトルと、特徴支配性処理部140で求めた最大支配特徴ベクトルu1を用いて、測温装置4の各々に対応するデータベクトルをそれぞれ最適に近似する最適共通データベクトルを算出する。
なお、特徴ベクトルu1は長さ1なので、式(2)の関係を満たす。なおTはベクトルまたは行列の転置を表している。
u1
Tu1=1 ・・・(2)
【0037】
まず、各データベクトルXm[zM(t)]において、最大支配特徴ベクトルu1による最適近似ベクトルUm1=amu1を算出する。ただし、amは最適近似における係数である。最大支配特徴ベクトルによる近似の最適化は、データベクトルXm[zM(t)]とamu1の偏差ベクトルの長さの2乗を最小にする係数amを算出することで達成できる。
すなわち、近似の目的関数Lmを
Lm(am)=1/2|Xm[zM(t)]-amu1|2 ・・・(3)
とすると、最適なamでは式(4)のように表せるので、
dLm/dam=u1
Tu1am-u1
TXm[zM(t)]=0 ・・・(4)
式(2)より、式(4)におけるamの係数が1であることから、
am=u1
TXm[zM(t)] ・・・(5)
となる。
【0038】
次に、全てのデータベクトルXm[zM(t)]に対する最大支配特徴ベクトルu1による最適近似である最適共通データベクトルU1を、式(6)により算出する。なお、aは最適近似における係数である。
U1=au1 ・・・(6)
なお、最大支配特徴ベクトルu1による近似の最適化は、各データベクトルXm[zM(t)]とau1の偏差ベクトルの長さの2乗の和を最小にする係数aを算出することで達成できる。すなわち、近似の目的関数Lを
L(a)=(1/2)Σm|Xm[zM(t)]-au1|2 ・・・(7)
とすると、最適なaでは
dL/da=Σmu1
Tu1a-Σmu1
TXm[zM(t)]=0 ・・・(8)
と表せられるので、式(2)より、
Ma=Σmu1
TXm[zM(t)]
より
a=(1/M)Σmu1
TXm[zM(t)] ・・・(9)
である。
最適共通データベクトル算出部150は、鋳造長zM(t)に対するm=1~Mの測温装置4における測温値データの最適共通データベクトルU1を、最適共通データベクトル温度降下量算出部160に出力する。
【0039】
(最適共通データベクトル温度降下量算出部)
最適共通データベクトル温度降下量算出部160は、最適共通データベクトルU1に対し、鋳造長範囲における始点から終点までの温度降下量を最適共通データベクトル温度降下量として算出する(最適共通データベクトル温度降下量算出ステップ)。
より具体的には、最適共通データベクトル温度降下量算出部160は、最適共通データベクトルU1の鋳造長範囲における最初の点から最後の点までの降下量ΔU1を算出し、式(10)により、最適共通データベクトル温度降下量ΔU1を算出する。
ΔU1=U1N-U11 ・・・(10)
ただし、U1iは、U1のi番目の成分である。
最適共通データベクトル温度降下量算出部160は、最適共通データベクトル温度降下量ΔU1を、異常発生検知部180に出力する。
【0040】
(異常発生検知部)
異常発生検知部180は、共通度指標と最適共通データベクトル温度降下量ΔU1とを用いて、時間的に連続して発生する温度低下を検知し、異常として判定する(異常発生検知ステップ)。
即ち、異常発生検知部180は、共通度指標算出部149から出力された共通度指標c[zM(t)]、および、最適共通データベクトル温度降下量算出部160から出力された最適共通データベクトル温度降下量ΔU1を用いて、時間的に連続して発生する温度低下の発生の認識信号を出力する。異常発生検知部180は、共通度指標c[zM(t)]が予め定めた閾値より高く、かつ最適共通データベクトル温度降下量ΔU1の絶対値が予め定めた閾値より大きい場合に、時間的に連続して発生する温度低下を検知し、そのことを以て異常として判定する。
【0041】
閾値の設定については、例えば、測温値データの共通度が高いことを共通度指標c[zM(t)]から検出する場合、共通度指標c[zM(t)]が過去の操業実績データに基づき予め定めた閾値より高い場合に共通度が高いと判定することができる。
また、鋳造長範囲における最適共通データベクトルの温度降下量が大きいこと検出する場合、最適共通データベクトル温度降下量ΔU1が過去の操業実績データに基づき予め定めた負値の閾値より小さい場合に最適共通データベクトル温度降下量ΔU1が大きいと判定することができる。本実施形態において、異常発生検知部180は、上記の2つの条件が同時に成立した場合に異常発生の認識信号を出力する。
なお、共通度指標c[zM(t)]と最適共通データベクトル温度降下量ΔU1の各々の閾値は、実際に異常が発生した場合および正常な鋳片が得られた場合の操業実績データを用いて、正答率を最大化し誤検知率を最小化する最大値を学習して決定すればよい。
【0042】
以上説明したように、本発明の第1実施形態に係る異常検知装置100によれば、3つ以上の測温装置4を用いた測温値データによりデータベクトルを作成し、測温値データ間の共通度指標と最適共通データベクトル温度降下量とを用いて異常を検知することによって、誤検知が起こる頻度を低減することができる。
【0043】
<第2の実施形態>
次に、図面を参照しながら、本発明を実施するための第2実施形態について説明する。
本発明の第2実施形態に係る異常検知装置100は、第1実施形態に係る異常検知装置100に比べ、特徴支配性処理部140の構成が相違している。
【0044】
第2実施形態に係る特徴支配性処理部140は、第1実施形態に係る特徴支配性処理部140と異なり、データ行列作成部141、特異値算出部142、特徴ベクトル算出部143、支配性指標算出部145、最大支配特徴ベクトル算出部147、および、共通度指標算出部149を備えている点で相違しており、その結果として、最適共通データベクトル算出部150、最適共通データベクトル温度降下量算出部160、および、異常発生検知部180が影響を受けることで、相違する。
そのため、以下では、それらを中心に説明を行い、異常検知装置100に係るその他の構成等、実質的に第1実施形態と同じものについては説明を省略する。
【0045】
(特徴支配性処理部)
図6に、本発明の第2実施形態に係る特徴支配性処理部140の構成を示す。
特徴支配性処理部140は、
図6に示すように、データ行列作成部141、特異値算出部142、特徴ベクトル算出部143、支配性指標算出部145、最大支配特徴ベクトル算出部147、および、共通度指標算出部149を備えている。
特徴支配性処理部140は、データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示しデータベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルのうち、前記データベクトルに対して最も支配的な特徴を表す最大支配特徴ベクトルと、前記最大支配特徴ベクトルの前記データベクトルに対する支配性の強さを表す共通度指標と、を算出する。
【0046】
(データ行列作成部)
データ行列作成部141は、データベクトルを列方向に並べたデータ行列を作成する。すなわち、データ行列作成部141は、データベクトル算出部130によって算出された各測温装置4におけるデータベクトルを用いてデータ行列を作成する。データ行列は、異常検知装置100によって参照される行列であり、各行にはM個の測温装置4の各々の測温値データを並び、列方向には同じ鋳造長の測温値データが並んでいる。データ行列の1行目は鋳造方向で最も上流側(最上段)の測温装置4による測温値データであり、データ行列のM行目は鋳造方向で最も下流側(最下段)の測温装置4による測温値データである。
以下の式(11)は、データベクトルXm[zM(t)]を列方向に並べたデータ行列X[zM(t)]である(いずれの式においてもm=1,…,M)。
X[zM(t)]=[X1[zM(t)],X2[zM(t)],…,XM[zM(t)]]
・・・(11)
データ行列作成部141は、作成したデータ行列を特異値算出部142に出力する。
【0047】
(特異値算出部)
特異値算出部142は、データ行列を特異値分解することで、右特異ベクトル行列、データ行列の特異値を対角成分に持つ対角行列、及び、左特異ベクトル行列を算出する。すなわち、特異値算出部142は、測温装置4のそれぞれに対応するデータベクトルに共通する特徴を示し、データベクトルと同じ次元数を持つ特異ベクトル行列(左特異ベクトル行列)、データ行列の特異値を対角成分に持つ対角行列、および、右特異ベクトル行列を、データ行列の特異値分解により算出する。
より具体的には、特異値算出部142は、データ行列X[zM(t)]について同じ鋳造長における各測温装置4の測温値データ系列に共通する変動データ系列を抽出するために、データ行列X[zM(t)]の特異値分解する演算を行う。
【0048】
特異値分解は、データ行列X[zM(t)]を式(12)のように、右辺の3つの行列U,S,およびVTの積として分解することを意味する。
X[zM(t)]=USVT ・・・(12)
ここで、Sは特異値行列と呼ばれ、p=min(M,N)としたときにp行p列の対角行列である。特異値行列Sの対角成分s1,…,spは特異値と呼ばれ、左上から順にs1≧s2≧…≧sp≧0である。
一方、特異値分解において特異値行列Sに左から乗じられる行列UはN行p列の直交行列であり、特異値行列Sに右から乗じられる行列VはM行p列の直交行列である。行列Uは式(13)を満たし、行列Vは式(14)を満たす。
UTU=Ip ・・・(13)
VTV=Ip ・・・(14)
なお、Ipはp行p列の単位行列である。特異値分解において行列Uは左特異ベクトル行列、行列Vは右特異ベクトル行列と呼ばれる。
左特異ベクトル行列をなす各列ベクトルは、左から順に特異値s1,…,spに対応する。
特異値算出部142は、算出した左特異ベクトル行列を特徴ベクトル算出部143に出力する。
【0049】
(特徴ベクトル算出部)
特徴ベクトル算出部143は、左特異ベクトル行列をなす列ベクトルのそれぞれを特徴ベクトルとして算出する。すなわち、特徴ベクトル算出部143は、特異値算出部142から出力された左特異ベクトルを用いて、データベクトルのそれぞれに共通する特徴を示しデータベクトルと同じ次元数を持つ複数の特徴ベクトルを算出する。
特徴ベクトル算出部143は、算出した特徴ベクトルを、支配性指標算出部145および最大支配特徴ベクトル算出部147に出力する。
【0050】
(支配性指標算出部)
支配性指標算出部145は、特異値をデータベクトルに対する特徴ベクトルの支配性を順序付けて表す支配性指標として算出する。すなわち、支配性指標算出部145は、データ行列作成部141で作成したデータ行列の各特異値を、各々が対応する特徴ベクトルの支配性指標として算出する。
支配性指標算出部145は、算出した支配性指標を、最大支配特徴ベクトル算出部147および共通度指標算出部149に出力する。
【0051】
(最大支配特徴ベクトル算出部)
最大支配特徴ベクトル算出部147は、最大の前記特異値に対応する左特異ベクトル行列をなす列ベクトルを最大支配特徴ベクトルとして算出する。すなわち、最大支配特徴ベクトル算出部147は、最も支配性が高い特徴ベクトルである最大支配特徴ベクトルとして、特異値分解部で算出した左特異ベクトル行列における、最大特異値に対応する列ベクトルu1を算出する。
最大支配特徴ベクトル算出部147は、算出した最大支配特徴ベクトルを、最適共通データベクトル算出部150に出力する。
【0052】
(共通度指標算出部)
共通度指標算出部149は、最大の支配性指標と次に大きい支配性指標との比に基づいて、前記データベクトルにおける共通度指標を算出する。すなわち、共通度指標算出部149は、最も大きい支配性指標と次に大きい支配性指標との比較結果、すなわち、1番目に大きい特異値と2番目に大きい特異値との比の値に基づいて、データ行列Xを構成するデータベクトルXmの鋳造長範囲における共通度指標を算出する。
特異値分解の性質から、データ行列X[zM(t)]において、1番目に大きい特異値である最大特異値s1と2番目に大きい特異値s2との比を算出することで得られる支配性指標を、最大支配特徴ベクトルがデータベクトルにおける共通度として、共通度指標c[zM(t)]と称する。共通度指標c[zM(t)]を用いることで、M本のベクトルの共通度を表す値が関数として得られる。
【0053】
なお、関数cの形式には任意性があり、任意の行列に対する特異値分解において、1≦s1/s2≦∞であるため、例えば、関数c(x)=log xをs1/s2に適用した値を共通度指標c[zM(t)]とすることもできる。すなわち、共通度指標c[zM(t)]は、以下の式(15)で表すことができる。
c[zM(t)]=f(s1/s2)=log(s1/s2) ・・・(15)
共通度指標算出部149は、算出した共通度指標を、異常発生検知部180に出力する。
【0054】
(最適共通データベクトル算出部)
最適共通データベクトル算出部150は、最大支配特徴ベクトルを用いて、測温装置4のそれぞれに対応するデータベクトルを最適に近似する最適共通データベクトルU1を算出する。
最適共通データベクトル算出部150は、鋳造長zM(t)に対するm=1~Mの測温装置4における測温値データの最適共通データベクトルU1を、最適共通データベクトル温度降下量算出部160に出力する。
【0055】
(最適共通データベクトル温度降下量算出部)
最適共通データベクトル温度降下量算出部160は、最大の前記支配性指標に対応する前記特徴ベクトルを最大支配特徴ベクトルとして算出する。
特異値分解の性質として、データ行列Xを構成するデータベクトルXmが相互に類似している場合、すなわち幾何学的には平行に近い場合には、特異値s1がその他の特異値s2,…,spに比べて特に大きな値になるという特徴がある。そこで、最適共通データベクトル温度降下量算出部160はこの性質を利用して、鋳型内の溶鋼に欠陥の原因となる縦割れの起源が発生したときや、異物の噛み込みが発生したときに特徴的な、同一鋳造長において測温値データが同時に下降する現象を検出する。
【0056】
以下ではM≦Nであると仮定し、p=Mとする。最適共通データベクトル温度降下量算出部160では、左特異ベクトル行列UをM本のN次元の列ベクトルui(i=1,…,M)として式(16)のように表す。また、右特異ベクトル行列VをM次元のM本の列ベクトルvi(i=1,…,M)として式(17)のように表す。
U=[u1,…,ui,…,uM] ・・・(16)
V=[v1,…,vi,…,vM] ・・・(17)
式(2)より、式(16)の各列ベクトルui及びujについて、式(18)のように表すことができる。
ui
Tuj=1(i=j),0(i≠j) ・・・(18)
したがって、ベクトルu1は最大の支配性指標である最大特異値に対応しているので、第1実施形態で説明した最大支配特徴ベクトルと同様に見なすことができる。
【0057】
以上説明したように、本発明の第2実施形態に係る異常検知装置100によれば、3つ以上の測温装置4を用いた測温値データによりデータ行列を作成し、特異値分解の性質を応用して、測温値データ間の共通度指標と最適共通データベクトル温度降下量ΔU1とを用いて異常を判定することによって、誤検知が起こる頻度を低減することができる。
【0058】
また、データ行列の最大特異値と2番目に大きな特異値の比を用いて共通度指標を算出することによって、測温値データ間の共通度を顕著に表す値を共通度指標とすることができる。
【0059】
また、最適共通データベクトルを、データ行列Xを構成するデータベクトルXmを左特異ベクトル行列Uの列ベクトルuiで最適近似したときの近似係数am1の平均(式(6)に示す)を最大支配特徴ベクトルu1乗じた式(9)で表すベクトルとすることで、異常が発生したときに特徴的な、同一鋳造長において測温値データが同時に下降する現象を検出することができる。
【実施例0060】
以下、本発明の実施例について説明する。
本実施例では測温装置である熱電対を鋳造方向に4段、等間隔で設置した。測温装置の各段の湯面制御の目標位置からの距離を表1に示す。鋳型下端の湯面制御の目標位置からの距離は950mmである。従って、1段目、2段目の測温装置は鋳型の上半分に位置し、3段目、4段目の測温装置は鋳型の下半分に位置することになる。
【0061】
【0062】
異常検知装置では、データ取得部が各測温装置の測温値データおよび鋳造速度を0.1sec周期でサンプリングした。また、データ行列作成部がデータ行列を作成するにあたり、現在時刻を含めて遡る時間Lを10.0secとし、行列の行数Nを100(=10.0/0.1)とした。測温装置の段数は4であるため、データ行列の列数Mは4である。なお、m=1,2,3における測温値データxm[zM(t)],…,xm[zM(t-N+1)]は、鋳造長zmと測温値データとの関係xm[zm]を補間して鋳造長zM(t),…,zM(t-N+1)における測温値データxm[zM(t)],…,xm[zM(t-N+1)]を算出した。
【0063】
特異値算出部では、上記の実施形態で説明した式(12)から(14)に基づいて行列X[zM(t)]に対して特異値分解を計算して、特異値行列S、左特異ベクトル行列U、右特異ベクトル行列Vを算出した。
最大支配特徴ベクトル算出部では左特異ベクトル行列U、式(11)、(15)および(16)に基づいて最適共通データベクトルU1を算出した。
共通度指標算出部では式(15)に基づいて時刻tにおける共通度指標c[zM(t)]を逐次算出した。
最適共通データベクトル温度降下量算出部では、式(10)に基づいて各時刻における最適共通データベクトル温度降下量ΔU1を算出した。
過去の共通度指標の閾値は3.0、最適共通データベクトル温度降下量ΔU1の閾値は-7.0とした。すなわち、共通度指標c≧3.0かつ最適共通データベクトル温度降下量ΔU1≦-7.0である場合に、異常発生検知部は異常を検知する。
【0064】
図7は、異常が発生した鋳片における、異常発生箇所に最も近い列の測温装置4による測温値データと鋳造長との関係を示すグラフである。異常によって熱伝達が低下する部位は、鋳片が鋳型の下端から引き抜かれるに従って下方に移動するため、銅板の鋳造方向に並べた測温装置4の測温値データでは、対応する温度降下波形が、鋳片の測温装置4への到達時間に応じて、上方にある測温装置4から下方にある測温装置4の順番で観察される。
図7のグラフを見ると、この場合の測温値データの変動波形が鋳造長について各測温装置4間で非常に類似していることがわかる。
【0065】
図8は
図7のデータに対して算出した、共通度指標cと鋳造長との関係を示すグラフであり、
図9は最適共通データベクトル温度降下量ΔU
1と鋳造長との関係を示すグラフである。
図8および
図9より、異常発生範囲内の鋳造長81.45mで上記の条件(共通度指標c≧3.0かつ最適共通データベクトル温度降下量ΔU
1≦-7.0)が満たされている。
図10は、鋳造長81.45mの位置から10秒分さかのぼった各測温装置4の測温値データを中心化(平均値を各点から差し引く)したデータと、これらから算出した最適共通データベクトルをベクトル成分番号に対してプロットしたグラフである。各段の測温点データの一致度が高く、最適共通データベクトルが各段のデータとよく一致していることがわかる。
【0066】
(従来技術による異常検知判定)
ここで、本発明の効果を説明するための比較例として、従来技術による異常検知判定について説明する。
従来技術では、鋳造方向に並ぶ2点の同一鋳造長における測温値データの類似性を評価することにより、異常を検出している。そこで、上記で説明した
図8、
図9のデータに対して、1段目と2段目の同一鋳造長における測温値データを用いて相関係数rを式(19)に基づき算出して類似度を評価する。
【0067】
ただし、相関係数は-1から1の間の値をとるため、類似度が高い場合1に非常に近い値になる。そこで、違いをわかりやすくするため、-1を0に、および1を+∞に対応させる単調増加関数fr(x)により変換した値を相関度とする。
fr(x)=-log((1-x)/2) ・・・(20)
また、最適共通データベクトル温度降下量ΔU1に対応して、1段目と2段目の相関係数計算対象範囲における最初の点から最後の点までの測温値データの各々の降下量の平均値を上方2段の測温値平均降下量とする。
ΔY=(Δx1+Δx2)/2 ・・・(21)
【0068】
図11は、
図7のデータに対する上方2段の測温値データの相関係数に基づく相関度の計算結果のグラフである。
図12は、
図7のデータに対する上方2段の測温値平均降下量の計算結果のグラフである。他の異常が観察された鋳片における相関度および測温値平均降下量の値も用いて、本発明と同じ異常を検出できるように探索した上記相関度と測温値平均降下量の値の条件は、
相関度f≧2.85、かつ測温値平均降下量ΔY≦-7.85
とした。
異常が発生した鋳片を鋳造したチャージに含まれる他の鋳片において、本発明を実施した場合と従来技術を実施した場合の誤検知数と正検知数の比較を表2に示す。従来技術に比べて本発明の技術では誤検知数を大幅に減少させることができることがわかる。
【0069】
【0070】
図13は、異常が観察されなかったにもかかわらず比較例では異常であると誤検知した例の各段の測温値データの鋳造長との関係を示すグラフである。2本の縦破線は本発明の技術を用いて、最適共通データベクトル温度降下量ΔU
1が大きくなった時点で特異値分解の対象としたデータの範囲を示している。
【0071】
図14は、本発明の実施例による共通度指標の計算結果であり、
図15は、本発明の実施例による最適共通データベクトル温度降下量ΔU
1の計算結果である。共通度指標は閾値の3.0以上となる時刻はあるが、最適共通データベクトル温度降下量は下限閾値の-7.0以下になることはない。これは、
図16の上記範囲の各測温値データ(中心化済み)と最適共通データベクトルのグラフにおいて、1,2段目の温度降下量と3,4段目の温度降下量が大きく異なるため、最適共通データベクトルの降下量が小さくなったためである。
【0072】
図17は、
図13のデータに対する比較例による1段目と2段目の相関度の鋳造長に対するグラフである。
図18は、
図13のデータに対する比較例による1段目と2段目の測温値平均降下量の鋳造長に対するグラフである。鋳造長71.81mにおいて上方1,2段目の相関度は閾値の2.85以上、測温値平均降下量は閾値の-7.85以下であり、従来技術による縦割れ検知の条件が満たされており、異常であると誤検知されていることがわかる。
1…鋳型、2…浸漬ノズル、3…吐出孔、4…測温装置、6…鋳型銅板、7…冷却水、8…凝固シェル、9…モールドフラックス、10…連続鋳造機、100…異常検知装置、110…データ取得部、111…測温値取得部、112…鋳造速度取得部、120…鋳造長算出部、130…データベクトル算出部、140…特徴支配性処理部、141…データ行列作成部、142…特異値算出部、143…特徴ベクトル算出部、145…支配性指標算出部、147…最大支配特徴ベクトル算出部、149…共通度指標徴算出部、150…最適共通データベクトル算出部、160…最適共通データベクトル温度降下量算出部、170…共通度指標算出部、180…異常発生検知部。