(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119015
(43)【公開日】2024-09-02
(54)【発明の名称】環状耐高温ステンレス鋼用の耐摩耗肉盛溶接方法及びその方法により製造される中間熱交換器
(51)【国際特許分類】
B23K 9/23 20060101AFI20240826BHJP
B23K 9/04 20060101ALI20240826BHJP
B23K 9/00 20060101ALI20240826BHJP
B23K 31/00 20060101ALI20240826BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20240826BHJP
【FI】
B23K9/23 B
B23K9/04 E
B23K9/00 501H
B23K31/00 B
B23K35/30 340A
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023139504
(22)【出願日】2023-08-30
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-01-05
(31)【優先権主張番号】202310151002.X
(32)【優先日】2023-02-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】523306209
【氏名又は名称】東方電気(広州)重型機器有限公司
【氏名又は名称原語表記】Dongfang (Guangzhou) Heavy Machinery Co.,Ltd.
【住所又は居所原語表記】No.313,Lianxi Avenue,Huangge Town,Nansha District,Guangzhou City,Guangdong Province,511455,China
(74)【代理人】
【識別番号】110000291
【氏名又は名称】弁理士法人コスモス国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】蒋 宇晨
(72)【発明者】
【氏名】李 恩
(72)【発明者】
【氏名】陳 小明
(72)【発明者】
【氏名】▲デン▼ 道勇
(72)【発明者】
【氏名】戴 光明
(72)【発明者】
【氏名】何 氷
(72)【発明者】
【氏名】趙 ▲シン▼
【テーマコード(参考)】
4E001
4E081
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB00
4E001CA03
4E001DG03
4E001DG04
4E081YH01
4E081YX05
(57)【要約】
【課題】通常の肉盛溶接方法では、基準を満たしにくいため、環状耐高温ステンレス鋼用の耐摩耗肉盛溶接方法を提供する。
【解決手段】
本発明は、溶接の技術分野に関し、環状耐高温ステンレス鋼用の耐摩耗肉盛溶接方法及びその用途に関する。当該耐摩耗肉盛溶接方法は、溶接材料を用いて基材において溶接層を溶接し、溶接層の層数が3層になるまで溶接ステップを繰り返して、肉盛溶接層を得るステップを含み、溶接は、予熱をして、連続溶接して、溶接層を得て、溶接層に対して直接後熱処理を行い、研削するステップを含み、予熱の温度は、250~400℃である。当該方法は、予熱、溶接、後熱、研削の4つのステップで基材において1層ずつ耐摩耗肉盛溶接を行うことにより、最終的に、環状耐高温ステンレス鋼材料において溶接される肉盛溶接層が裂けるという問題を解決し、且つ、肉盛溶接層の浸透探傷試験、所定の位置の化学成分含有量、硬さ値はいずれも基準を満たす。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状耐高温ステンレス鋼材料用の耐摩耗肉盛溶接方法であって、
溶接材料を用いて基材において溶接層を溶接し、前記溶接層の層数が3層になるまで前記溶接を繰り返して、肉盛溶接層を得るステップを含み、
前記溶接は、予熱をして、連続して溶接して、前記溶接層を得て、前記溶接層に対して直接に後熱処理を行い、研削するステップを含み、
前記予熱の温度は、250~400℃であることを特徴とする環状耐高温ステンレス鋼材料用の耐摩耗肉盛溶接方法。
【請求項2】
連続して溶接する溶接電流は100~130Aであり、溶接電圧は22~28Vであり、溶接速度は15~25cm/分であり、溶接ビード間の重なりは50~60%であることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗肉盛溶接方法。
【請求項3】
前記後熱処理の温度は250~400℃であり、前記後熱処理の保温時間は4時間以上であることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗肉盛溶接方法。
【請求項4】
前記溶接層の厚さは、1~3mmであることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗肉盛溶接方法。
【請求項5】
前記溶接層の層数は3層であり、前記肉盛溶接層の厚さは6~7mmであり、
前記肉盛溶接層の所定の位置のC含有量は0.10~0.18%であり、Mn含有量は1.00~2.00%であり、Si含有量は3.80~5.00%であり、Cr含有量は14.00~20.00%であり、Ni含有量は8.00~11.00%であり、Mo含有量は4.00~6.50%であり、Nb含有量は0.50~1.20%であり、S含有量は0.006%以下であり、P含有量は0.02%以下であり、Co含有量は0.05%以下であり、B含有量は0.0015%以下であり、As含有量は0.01%以下であり、Sb含有量は0.01%以下であり、Bi含有量は0.01%であり、Pb含有量は0.01%であり、Snは0.01%以下であり、O含有量は0.05%であり、H含有量は0.0005%であり、
前記肉盛溶接層の所定の位置の硬さ値は、270~390HBWであることを特徴とする請求項4に記載の耐摩耗肉盛溶接方法。
【請求項6】
前記所定の位置は、前記肉盛溶接層の厚さが4mmである箇所であることを特徴とする請求項5に記載の耐摩耗肉盛溶接方法。
【請求項7】
前記溶接は、研削ステップ後の探傷ステップをさらに含み、前記基材は環状耐高温ステンレス鋼材料であることを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載の耐摩耗肉盛溶接方法。
【請求項8】
前記予熱の加熱方式は電気加熱方式であり、前記後熱処理の加熱方式は電気加熱方式であることを特徴とする請求項7に記載の耐摩耗肉盛溶接方法。
【請求項9】
前記電気加熱方式は、ヒーターを前記基材の内部又は外部に固定して、基材を軸線の周りに自転させることを含むことを特徴とする請求項8に記載の耐摩耗肉盛溶接方法。
【請求項10】
請求項1に記載の耐摩耗肉盛溶接方法で製造される中間熱交換器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接の技術分野に関し、特に、環状耐高温ステンレス鋼用の耐摩耗肉盛溶接方法及びその方法により製造される中間熱交換器に関する。
【背景技術】
【0002】
生産のプロセスでよく用いられる肉盛溶接方法は連続多層肉盛溶接であり、一般には、高い予熱温度を利用して、連続して3層肉盛溶接する。しかしながら、肉盛溶接の基材が環状ステンレス鋼材料である場合は、このよく用いられる肉盛溶接方法では、応力が蓄積し続けて放出できず、肉盛溶接層の層数が多くなると、肉盛溶接層の表面に亀裂が生じ、軸方向に沿って裂け、ひいてはそのまま基材まで裂けてしまう。
【0003】
また、通常の肉盛溶接方法では、利用する溶接電流、電圧が大きく、肉盛溶接層の層数が多いため、溶接材料の希釈率は大きく、肉盛溶接層の成分及び品質に不利な影響を与え、基準を満たしにくい。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記の課題に対して、環状耐高温ステンレス鋼用の耐摩耗肉盛溶接方法を提供し、当該方法は、予熱、溶接、後熱、研削の4つのステップで基材において1層ずつ耐摩耗肉盛溶接を行うことにより、最終的に、環状耐高温ステンレス鋼材料において溶接される肉盛溶接層が裂けるという問題を解決し、且つ、肉盛溶接層の浸透探傷試験、所定の位置の化学成分含有量、硬さ値はいずれも基準を満たす。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記の目的を達成するために、溶接材料を用いて基材において溶接層を溶接し、前記溶接層の層数が3層になるまで前記溶接を繰り返して、肉盛溶接層を得るステップを含む環状耐高温ステンレス鋼用の耐摩耗肉盛溶接方法を提供し、
前記溶接ステップは、予熱をして、連続溶接して、溶接層を得て、前記溶接層に対して直接に後熱処理を行い、研削するステップを含み、
前記予熱の温度は、250~400℃である。
【0006】
従来技術では、溶接中の予熱温度の急激な低下を避けるために、一般的に、急速連続肉盛溶接の方法を用いて、基材において肉盛溶接を行い、肉盛溶接を完了した後に、直ちに炉に入れて、時効処理を行うことにより、肉盛溶接層の硬さは370HBW以上となる。しかしながら、本発明者は研究で次のことを見出した。上記の方法を用いて環状耐高温ステンレス鋼の基材に対して肉盛溶接を行う場合、基材の周方向と軸方向における拘束応力の比は2:1に達し、環状の基材の拘束応力は大きく、また溶接材料は高温硬さ、靭性が悪く、低温割れが起こりやすいという特徴を有するため、溶接プロセスにおいて亀裂が非常に生じやすく、溶接継目の品質は不合格となり、最終的には溶接プロセスで軸方向に沿って裂ける可能性は高い。したがって、本発明者は前記耐摩耗肉盛溶接方法を用いて基材において1層ずつ耐摩耗肉盛溶接を行うことにより、環状耐高温ステンレス鋼材料において溶接される肉盛溶接層が裂けるという問題を解決することができ、且つ、肉盛溶接層の浸透探傷試験、所定の位置の化学成分含有量、硬さ値はいずれも基準を満たす。上記の低い予熱温度を利用すると、希釈率を下げることができ、肉盛溶接層の化学成分要件を保証するために役立つ。また、溶接して得た溶接層は、従来のプロセスで溶接後に時効処理を行うのと違って、溶接層に対して直接に後熱処理を行い、溶接層間の焼戻しを利用して、前の溶接層の表面硬さを適切に低減させ、さらに、肉盛溶接層の厚さが4mmである箇所の硬さ値は基準に到達する。上記の耐摩耗肉盛溶接方法により、環状の基材に対して従来のプロセスを用いて、全周肉盛溶接を行う時に、基材の軸方向に沿って裂けるという問題を解決しており、肉盛溶接層の所定の位置の化学成分含有量及び硬さ値は基準要件を満たす。
【0007】
その一実施例では、連続して溶接する溶接電流は100~130Aであり、溶接電圧は22~28Vであり、溶接速度は15~25cm/分であり、溶接ビード間の重なりは50~60%である。
【0008】
上記の低い溶接電流及び高い重なりを用いる場合、肉盛溶接層の厚さを保証するために役立ち、溶接電流及び重なりを制御することにより、単一の溶接層の厚さは約1~3mmとなり、溶接層の層数が3である場合は、肉盛溶接層の厚さは6~7mmになることが保証でき、また、低い溶接電流及び早い溶接速度は、肉盛溶接層の溶接応力を低減させるために役立つ。
【0009】
その一実施例では、前記後熱処理の温度は250~400℃であり、前記後熱処理の保温時間は4時間以上である。
【0010】
従来のプロセスでは、連続肉盛溶接を行って得た肉盛溶接層は直ちに炉に入れて、保温温度が600~850℃で、保温時間が4~8時間である時効処理を行って、肉盛溶接層の構造物性を改善するようにしているが、肉盛溶接層の硬さは370HBW以上であり、所定の位置の硬さ要件は270~390HBWであるということを満たしにくく、ステンレス鋼基材に不利な影響を与えるだけでなく、生産コストを増やしてしまう。したがって、本発明者は溶接後の時効処理のステップを取り消し、溶接後の溶接層に対して直接後熱処理を行い、前記温度の後熱処理で、溶接層間の焼戻しを利用して前の溶接層の表面硬さを適切に低減させ、所定の位置の硬さは基準に到達する。
【0011】
その一実施例では、前記溶接層の厚さは、1~3mmである。
【0012】
その一実施例では、前記溶接層の層数は3層であり、前記肉盛溶接層の厚さは6~7mmであり、
前記肉盛溶接層の所定の位置のC含有量は0.10~0.18%であり、Mn含有量は1.00~2.00%であり、Si含有量は3.80~5.00%であり、Cr含有量は14.00~20.00%であり、Ni含有量は8.00~11.00%であり、Mo含有量は4.00~6.50%であり、Nb含有量は0.50~1.20%であり、S含有量は0.006%以下であり、P含有量は0.02%以下であり、Co含有量は0.05%以下であり、B含有量は0.0015%以下であり、As含有量は0.01%以下であり、Sb含有量は0.01%以下であり、Bi含有量は0.01%であり、Pb含有量は0.01%であり、Snは0.01%以下であり、O含有量は0.05%であり、H含有量は0.0005%であり、
前記肉盛溶接層の所定の位置の硬さ値は、270~390HBWである。
【0013】
前記耐摩耗肉盛溶接方法を用いて得た肉盛溶接層は、肉盛溶接層の厚さが6~7mmであることが保証でき、前記所定の位置の化学成分含有量、硬さ値の基準を満たすこともできる。
【0014】
その一実施例では、前記所定の位置は、前記肉盛溶接層の厚さが4mmである箇所である。
【0015】
その一実施例では、前記溶接は、研削ステップ後の探傷ステップをさらに含み、前記基材は環状耐高温ステンレス鋼材料である。
【0016】
その一実施例では、前記予熱の加熱方式は電気加熱であり、前記後熱処理の加熱方式は電気加熱である。
【0017】
一般的に、予熱及び後熱処理を行う時は、天然ガス加熱の方式を用いるが、溶接の作業環境は一般に厳しく、且つ基材が環状である場合は、溶接で均一な温度が必要である。したがって、通常のガス加熱の方式は基材全体の温度の均一性に不利な影響を与え、後退溶接層の温度を不均一にし、さらに微細な亀裂とPT表示が出る。したがって、前記電気加熱の方式を用いて、予熱及び後熱処理プロセスで生じ得る不均一な温度勾配を低減させ、熱応力を低減させる。
【0018】
その一実施例では、前記電気加熱は、ヒーターを前記基材の内部又は外部に固定して、基材を軸線の周りに自転させることを含む。
【0019】
その一実施例では、前記電気加熱は、ヒーターを前記基材の内部又は外部に固定して、基材を軸線の周りに自転させ、ヒーターを用いて前記基材の温度を上昇させ、前記基材の温度が要件を満たすまで、前記基材の温度を測定するステップをさらに含み、前記測定は、前記基材を周方向に沿って8つの測温領域に等分し、前記測温領域の温度を測定することを含み、前記基材の温度が要件を満たすことは、前記測温領域の温度と前記予熱又は後熱処理の温度差は40℃以下であることを含む。
【0020】
本発明は、また、前記耐摩耗肉盛溶接方法で製造される中間熱交換器を提供する。
【0021】
その一実施例では、前記基材の原料は耐高温オーステナイト系ステンレス鋼316Hであり、前記溶接材料はEDCrNi-B-15である。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、従来技術と比べて、次の有益な効果を有する。
本発明の環状耐高温ステンレス鋼用の耐摩耗肉盛溶接方法によれば、当該耐摩耗肉盛溶接方法は、予熱、溶接、後熱、研削の4つのステップで基材において1層ずつ耐摩耗肉盛溶接を行うことにより、最終的に、環状耐高温ステンレス鋼材料において溶接される肉盛溶接層が裂けるという問題を解決し、且つ、肉盛溶接層の浸透探傷試験、所定の位置の化学成分含有量、硬さ値はいずれも基準を満たす。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】
図1は、実施例1の環状鍛造物の表面の溶接要件の模式図である。
【
図2】
図2は、実施例1の肉盛溶接層の模式図である。
【
図3】
図3は、実施例1の(4)肉盛溶接ステーションの設置、(5)予熱の工程段階の模式図である。
【
図4】
図4は、実施例1の層ごとの耐摩耗肉盛溶接の工程段階の模式図である。
【
図5】
図5は、実施例1で3層の溶接層を完成した肉盛溶接層の模式図である。
【
図6】
図6は、実施例1で肉盛溶接層に対する研削及び浸透探傷の工程段階の模式図である。
【
図7】
図7は、試験例1の比較例1の肉盛溶接層の非破壊検査の結果図である。
【
図8】
図8は、試験例1の実施例1の肉盛溶接層の非破壊検査の結果図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明が理解しやすくなるよう、関連する図面を参照して本発明をより全面的に説明する。図面で本発明の好ましい実施例が示される。ただし、本発明は、本明細書で説明される実施例に限定されず、多くの異なる形式で実現できる。むしろ、これらの実施例を提供する目的は、本発明開示の内容に対する理解をより徹底的かつ全面的にするためである。
【0025】
特に定義がない限り、本明細書で使用される技術及び科学用語の全てが当業者の一般的な理解と同じ意味を有する。本明細書では、本発明の明細書で使用される用語は、本発明を限定しようとせず、特定の実施例を説明することが目的である。
【0026】
定義
後熱処理:英語の略語はPWHTであり、溶接作業を完了した後、溶接物を一定の温度に加熱し、一定の時間保温して、溶接物をゆっくりと冷却させることにより、溶接部の金属組織及び性能を改善し又は残留応力を解消する1種の溶接熱処理プロセスを指す。溶接後熱処理プロセスは、一般的に、加熱、保温、冷却の3つのプロセスを含み、これらのプロセスは互いにつながり、中断することはできない。
【0027】
PT(Penetrant Testing):浸透探傷試験とも呼ばれ、浸透剤を付与して、洗浄剤で余分な部分を除去し、必要ならば、造影剤を付与して部品の表面に開いた一部の欠陥の表示を得る。
【0028】
溶接層:多層溶接の場合の各層であり、各溶接層は、1本の溶接ビード又は並んで重なる複数本の溶接ビードから構成されてもよい。
【0029】
溶接ビード:金属を溶接する時に、溶着のたびに形成される1本のシングルパスの溶接継目である。
【0030】
肉盛溶接層:構成部品の表面を腐食又は他の損傷から保護するための金属被覆を指す。
【0031】
中間熱交換器:間接的ガスタービンサイクル又は高温プロセスの熱利用を行うための高温ガス型冷却型原子炉の重要な装置の1つを指す。
【0032】
本実施例で使用される試薬、材料、装置は、特に説明がない限り、いずれも市販品であり、試験方法は、特に説明がない限り、いずれも当分野の通常の試験方法である。
【0033】
(実施例1)
一.予備的研究
中間熱交換器の製造プロセスで、環状の耐高温オーステナイト系ステンレス鋼316H鍛造物を基材として使用し、次に、環状鍛造物の表面において全周耐摩耗肉盛溶接を行う必要があり、溶接材料はEDCrNi-B-15であり、仕様はФ4.0である。環状鍛造物の表面の溶接要件は、
図1に示すとおりであり、
図2は、肉盛溶接層の模式図である。
【0034】
中間熱交換器が直立した状態でコールドプールの中に置かれ、肉盛溶接層は主に中間熱交換器の中心管アセンブリ、配管系アセンブリの中に位置し、装置のアセンブリ間の熱膨張の支点として、装置の耐振動特性を向上させるために用いられる。したがって、肉盛溶接層の耐摩耗特性は当該装置の安定性にとって、特に重要である。
【0035】
溶接材料EDCrNi-B-15は高温耐摩耗肉盛溶接用のステンレス鋼溶接棒であり、溶接後の組織はオーステナイト系及び少量のフェライト相であり、合金強化相の析出を伴い、主に高温高圧弁の肉盛溶接に用いられ、通常の肉盛溶接方法は、高い予熱温度を利用して(予熱温度400℃以上で)肉盛溶接を行うことであり、また、溶接プロセス中の予熱温度の急激な低下を避けるために、一般に、急速連続肉盛溶接の方法を用いて、溶接を完了した後に、直ちに炉に入れて、時効処理を行い、最終的に得た肉盛溶接層の硬さは、一般的に370HBW以上である。
【0036】
しかしながら、溶接材料EDCrNi-B-15は、また、高温硬さ、靭性が悪く、低温割れが起こりやすいという特徴を有するため、溶接プロセスでは亀裂が非常に生じやすく、溶接継目の品質は不合格となる。且つ、基材は環状の耐高温オーステナイト系ステンレス鋼316Hであり、上記の通常の肉盛溶接方法を用いる場合は、基材の軸方向の応力と周方向の応力の比は約2:1であり、環状の基材の拘束応力は大きく、応力は蓄積し続けて放出できず、溶接層の層数が多くなると、肉盛溶接層の表面に亀裂が生じ、溶接プロセスで軸方向に沿って裂け、そのまま基材まで裂けしてしまう可能性は非常に高い。
【0037】
それのみならず、上記の通常の肉盛溶接方法で利用する溶接電流、電圧は大きく、溶接層の層数が多いため、溶接材料の希釈率は大きく、肉盛溶接層の成分及び品質に不利な影響を与える。通常の肉盛溶接方法を用いる場合は、肉盛溶接層の厚さが4mmである箇所の化学成分、硬さ値は評価指標を満たしにくい。
【0038】
本実施例では、肉盛溶接層の厚さが4mmである箇所の評価指標は、次のとおりである。
C含有量は0.10~0.18%であり、Mn含有量は1.00~2.00%であり、Si含有量は3.80~5.00%であり、Cr含有量は14.00~20.00%であり、Ni含有量は8.00~11.00%であり、Mo含有量は4.00~6.50%であり、Nb含有量は0.50~1.20%であり、S含有量は0.006%以下であり、P含有量は0.02%以下であり、Co含有量は0.05%以下であり、B含有量は0.0015%以下であり、As含有量は0.01%以下であり、Sb含有量は0.01%以下であり、Bi含有量は0.01%であり、Pb含有量は0.01%であり、Snは0.01%以下であり、O含有量は0.05%であり、H含有量は0.0005%であり、硬さ値は、ブリネル硬さ270~390HBWである。
【0039】
通常の肉盛溶接方法で得た肉盛溶接層の硬さは、一般的に370HBW以上であり、したがって、評価指標要件を一層満たすためには、硬さを適切に低減させる必要がある。
【0040】
二.環状耐高温ステンレス鋼用の耐摩耗肉盛溶接方法
1.上記の理由から、本発明者は、本実施例の環状の基材に対して肉盛溶接を行う時に、層ごとの予熱、連続溶接、後熱処理、研削、探傷の方式を用いて耐摩耗肉盛溶接を行い、各層の溶接プロセスでは中断しないため、通常のような、肉盛溶接プロセスでは亀裂が生じることを防ぐために高い予熱温度を利用し、連続して3層肉盛溶接するというプロセス方法とは、違うものである。本発明者は、層ごとに耐摩耗肉盛溶接を行うプロセスにおいて、低い予熱温度を利用し、各層の連続溶接を完了した後、得られた溶接層に対して直接に後熱処理を行い、次に、ゆっくりと室温に冷却して、研削し、PT検査に合格したら、次の層の耐摩耗肉盛溶接を行い、予熱を開始する。溶接層の層数が3層になるまで、このように繰り返す。作業方法は、具体的には、次のとおりである。
(1)肉盛溶接の対象となる基材の表面を清掃し、本実施例では、基材は環状の耐高温オーステナイト系ステンレス鋼316H鍛造物である。
【0041】
(2)基材の表面に対して目視検査する。
【0042】
(3)基材の表面に対して浸透探傷する。
【0043】
(4)肉盛溶接ステーションを設置する。具体的には、基材をポジショナに取り付け、環状の基材の内部又は外部に電気ヒーターを取り付け、加熱する時、ポジショナによって基材を連れて軸線に沿って回転させ、電気ヒーターは固定される。
【0044】
(5)予熱する。具体的には、電気ヒーターを用いて基材を加熱し、ポジショナによって基材を連れて軸線に沿って回転させ、このプロセスで電気ヒーターは固定されたまま加熱し、次に、基材に対して測温する。予熱温度は250~400℃であり、測温方法は次のとおりであり、環状の基材を円周に沿って8つの測温領域に等分して測温し、各測温領域と予熱温度との温度差が40℃以下である場合は、予熱温度に達していると判断する。
【0045】
上記の電気加熱方式で、基材全体において均一な温度を実現しており、溶接する時、被溶接面を露出させる。同時に基材全体に電気加熱を行うのは、予熱時に生じ得る不均一な温度勾配を低減させ、熱応力を低減させることができ、加熱温度の不均一により基材に大きな温度差が生じて肉盛溶接層が裂けるという問題は避けられるとともに、溶融池に対する加熱雰囲気の影響は避けられ、溶接工の作業環境は改善され、溶接品質は向上する。
【0046】
(6)溶接する。具体的には、溶接電流は100~130Aであり、溶接電圧は22~28Vであり、溶接速度は15~25cm/分であり、溶接ビード間の重なりは50~60%である。単一の溶接層の溶接プロセスは連続作業で完了する必要があるため、連続して溶接する。
【0047】
予熱温度が高すぎて、溶接電流が大きすぎると、いずれもステンレス鋼母材の希釈率は上がる。溶接継目の幅が広すぎて、溶接継目の厚さが薄すぎると、肉盛溶接層の化学成分は希釈される。
重なりが小さくて、溶接電流が大きすぎると、溶接継目の厚さは不十分になり、3層の溶接後に肉盛溶接層の最終的な厚さ加工要件を満たすことができない。
溶接速度が遅いと、肉盛溶接層の溶接応力が大きすぎて、肉盛溶接層は裂けやすくなる。
前記溶接パラメータを用いると、溶接材料を効果的に融解することが確保できるとともに、適切な希釈率、適切な肉盛溶接層の厚さを得ることができ、溶接欠陥及び溶接亀裂が生じる確率は大幅に低減され、肉盛溶接層の厚さ、化学成分含有量及び溶接品質は保証される。
【0048】
また、各層の溶接プロセスでは連続作業が必要であり、後熱処理後に再び予熱して溶接することは許されないため、基材及び溶着金属の温度勾配は低減され、各層の連続溶接プロセスにおける熱力学的サイクルの回数は減り、溶接応力及び熱応力は低減される。
【0049】
(7)後熱処理する。具体的には、溶接を完了して得た溶接層に対して直ちに後熱処理を行い、後熱の加熱、測温方法は本実施例の予熱ステップと同じである。後熱処理の温度は250~400℃であり、少なくとも当該温度を4時間保持する。後熱処理ステップで保温を終了した後、数回に分けて電力を低減することで基材はゆっくりと室温に下がるよう制御する。
【0050】
溶接ステップ後に、通常の肉盛溶接方法における時効処理工程は取り消され、溶接を完了して得た溶接層に対して直ちに分極後熱処理を行い、溶接層間の焼戻しを利用して前の溶接層の表面硬さと、溶接残留応力及び熱応力を適切に低減させ、
また、前記後熱処理ステップは、基材と溶着金属の温度勾配を一層低減させ、基材の熱応力及び溶接残留応力を低減させ、加工物に亀裂が生じるリスクを低減させることができるため、溶接後時効処理を行わなくても、加工物の硬さは技術要件を満たし、溶接継目の品質を確保することが保証できる。
【0051】
(8)溶接層を研削する。
【0052】
各層の溶接、後熱処理を完了した後、研削し、当該層の溶接継目の溶接応力を直ちに放出させて解消し、加工物に亀裂が生じるリスクを低減させる。
【0053】
(9)溶接層に対して目視検査する。
【0054】
(10)溶接層に対してサイズ検査する。
【0055】
(11)溶接層に対して浸透探傷する。
【0056】
溶接層の層数が3層になるまで前記工程(5)~(11)を繰り返して、肉盛溶接層を得て、肉盛溶接層の厚さは6~7mmである。
【0057】
前記層ごとに溶接して研削する方法で、各層の溶接層の溶接応力を直ちに放出させ、肉盛溶接層に亀裂、PT表示などの溶接欠陥が生じる確率は低減され、肉盛溶接層の溶接品質は向上する。また、溶接層間の焼戻しを利用して肉盛溶接層の硬さを低減させることにより、製造コストが削減され、ステンレス鋼母材の性能低下が避けられるだけでなく、溶接継目の品質及び性能は保証される。
【0058】
溶接層の層数は3層に制限され、設計図の肉盛溶接層の厚さ要件及び製品の使用要件を満たした上で、溶着金属量を減らし、溶接応力は低減され、製造コストは削減され、生産効率は高くなる。
【0059】
(12)肉盛溶接ステーションを取り外す。
【0060】
(13)EDCrNi-B-15肉盛溶接層の厚さが4mmである箇所に到達するまで機械加工する。
【0061】
(14)肉盛溶接層に対して目視検査する。
【0062】
(15)肉盛溶接層に対してサイズ検査する。
【0063】
(16)肉盛溶接層に対して浸透探傷する。
【0064】
(17)破壊検査する。
【0065】
前記(4)肉盛溶接ステーションの設置、(5)予熱の工程段階は、
図3に示すとおりであり、1層ずつの耐摩耗肉盛溶接の工程段階は、
図4に示すとおりであり、3層の溶接層を完成した肉盛溶接層は、
図5に示すとおりであり、肉盛溶接層に対する研削及び浸透探傷の工程段階は、
図6に示すとおりである。
【0066】
2.最終的な肉盛溶接層の表面において硬さ、化学成分の検出を行う。
【0067】
評価指標:肉盛溶接層の厚さが4mmである箇所の化学成分含有量基準、硬さ値要件。
【0068】
化学成分含有量基準は次のとおりである。C含有量は0.10~0.18%であり、Mn含有量は1.00~2.00%であり、Si含有量は3.80~5.00%であり、Cr含有量は14.00~20.00%であり、Ni含有量は8.00~11.00%であり、Mo含有量は4.00~6.50%であり、Nb含有量は0.50~1.20%であり、S含有量は0.006%以下であり、P含有量は0.02%以下であり、Co含有量は0.05%以下であり、B含有量は0.0015%以下であり、As含有量は0.01%以下であり、Sb含有量は0.01%以下であり、Bi含有量は0.01%であり、Pb含有量は0.01%であり、Snは0.01%以下であり、O含有量は0.05%であり、H含有量は0.0005%である。基準ASTM A751-2014Aに基づいて化学分析基準試験を行い、前記化学成分含有量を検出する。
【0069】
硬さ値要件:270~390HBWである。基準ASTM E10-2018に基づいてブリネル硬さを測定し、前記肉盛溶接層の厚さが4mmである箇所の硬さ値を検出する。
【0070】
【0071】
上記の表から分かるように、肉盛溶接層の厚さが4mmである箇所の硬さ値の最小値は353HBWであり、平均は364HBWであり、硬さ値要件を満たし、且つ、化学成分含有量は評価指標要件を満たしている。本実施例の耐摩耗肉盛溶接方法は、既に1項目のプロセス試験、2項目の溶接プロセス評価を完了しており、本実施例では、前記プロセス試験、溶接プロセス評価は、肉盛溶接プロセス性能試験、非破壊検査試験(目視検査、浸透探傷を含む)、機械的性能試験(硬さ値の検出、化学成分の検出を含む)を含み、溶接後化学成分の検出結果及び硬さ値はいずれも完全に要件を満たしており、肉盛溶接層の浸透探傷は1回で合格し、溶接品質は大幅に向上し、また、化学成分は希釈されていないため、技術条件の要件は満たされ、肉盛溶接層全体の耐摩耗性に役立ち、設計及び製品の使用要件を満たした上で、製品の耐用年数を大幅に延ばすことができる。続いて、当該耐摩耗肉盛溶接方法は、4つの中間熱交換器の合計20の筒体セクションにおいて実施し、使用される。
【0072】
(比較例1)
耐摩耗肉盛溶接方法:
本比較例の耐摩耗肉盛溶接方法は、実施例1とほぼ同じであるが、高い溶接電流を利用する点で異なり、具体的には、溶接電流は140~160Aである。
【0073】
(試験例1)
実施例、比較例で得た肉盛溶接層に対して非破壊検査試験を行う。
【0074】
1.非破壊検査試験:浸透探傷の方法を用いる。
【0075】
具体的な手順として、顔料又は蛍光粉を含有する浸透液を用いて、被検査溶接継目の表面にスプレー又は塗布し、液体の毛細管現象を利用して、それを表面に開いた欠陥に浸透させ、次に、洗浄して表面から余分な浸透液を除去し、乾燥した後に造影剤を付与し、欠陥中の浸透液を溶接継目の表面に吸着させ、欠陥の表示痕跡を観察する。当該方法は、主に、溶接継目の表面検査又はガスガウジングによる裏はつり後の一層目の欠陥検査に用いる。
【0076】
2.検査結果は、
図7、
図8に示すとおりであり、そのうち、
図7は、比較例1の肉盛溶接層であり、
図8は、実施例1の肉盛溶接層である。
【0077】
結果分析として、実施例1の耐摩耗肉盛溶接方法を利用し、溶接層の層数が3層である場合に、肉盛溶接層の厚さは6~7mmに達する一方、比較例1では高い溶接電流を用いて、溶接層の層数が4層である場合に、ようやく実施例1の肉盛溶接層と同じ厚さに到達する。また、
図7、
図8の浸透探傷結果から明らかなように、比較例1の肉盛溶接層には裂ける問題があり、
図7で色付きの浸透液痕跡が裂ける位置であるが、実施例1の肉盛溶接層は裂けることなく、検査結果が合格である。
【0078】
上記の実施例の各技術的特徴を任意に組み合わせることができ、説明が簡潔になるよう、上記の実施例の各技術的特徴の可能な組み合わせの全てを説明していない。しかしながら、これらの技術的特徴の組み合わせに矛盾がなければ、いずれも本明細書の記載の範囲と見なすべきである。
【0079】
上記の実施例は本発明のいくつかの実施形態だけを示しており、その説明は具体的かつ詳細であるが、これを発明特許の範囲に対する限定と見なすことができない。なお、当業者は、本発明の構成から逸脱することなく、いくつかの変形と改良を行うことができ、これらも本発明の請求範囲に属する。したがって、本発明の保護範囲は、特許請求の範囲に準拠すべきである。
【符号の説明】
【0080】
1 基材
2 肉盛溶接層