(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119041
(43)【公開日】2024-09-02
(54)【発明の名称】中空状の毛細管を用いた電気泳動における試料濃縮方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/447 20060101AFI20240826BHJP
【FI】
G01N27/447 331E
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024016256
(22)【出願日】2024-02-06
(31)【優先権主張番号】P 2023025159
(32)【優先日】2023-02-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504059429
【氏名又は名称】ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002963
【氏名又は名称】弁理士法人MTS国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新多 智明
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 一謹
(57)【要約】
【課題】揮発による不安定性を改善し、測定対象化合物の吸着を防ぐことで、安定的に測定可能とする。
【解決手段】中空状の毛細管(12)中の溶液試料の電気泳動における移動度の違いによって試料16を分離する際に、試料16を含む測定溶液中に非揮発性溶媒を添加して、試料16中の電気伝導度を泳動バッファ18より下げ、前記中空状の毛細管(12)へ試料16を注入した時の電場増幅スタッキングによる試料16の濃縮効果を高める。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空状の毛細管中の溶液試料の電気泳動における移動度の違いによって試料を分離する際に、
試料を含む測定溶液中に非揮発性溶媒を添加して、試料中の電気伝導度を泳動バッファより下げ、前記中空状の毛細管へ試料を注入した時の電場増幅スタッキングによる試料の濃縮効果を高めることを特徴とする中空状の毛細管を用いた電気泳動における試料濃縮方法。
【請求項2】
前記非揮発性溶媒が、水と混和可能な、常圧にて沸点100℃以上の有機溶媒であることを特徴とする請求項1に記載の中空状の毛細管を用いた電気泳動における試料濃縮方法。
【請求項3】
前記有機溶媒が、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチル・サルフォキサイド(DMSO)、2-メチオキシエタノール(2-ME)のいずれかであることを特徴とする請求項2に記載の中空状の毛細管を用いた電気泳動における試料濃縮方法。
【請求項4】
試料トレイに測定試料を配置した後、30分以上経過した後に測定することを特徴とする請求項1に記載の中空状の毛細管を用いた電気泳動における試料濃縮方法。
【請求項5】
測定溶液に含まれる前記有機溶媒の割合が10%以上であることを特徴とする請求項2又は3に記載の中空状の毛細管を用いた電気泳動における試料濃縮方法。
【請求項6】
前記中空状の毛細管を用いた電場増幅スタッキングによる濃縮と試料の大量注入によるスタッキングの濃縮を併用することを特徴とする請求項1に記載の中空状の毛細管を用いた電気泳動における試料濃縮方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中空状の毛細管を用いた電気泳動における試料濃縮方法に係り、特に、キャピラリー電気泳動による試料分離に用いるのに好適な、電場増幅スタッキングによる試料の濃縮効果を高めて、安定的に測定することができる中空状の毛細管を用いた電気泳動における試料濃縮方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、メタボローム研究が盛んに行われるようになり、キャピラリー電気泳動(CE)-質量分析(MS)が広く使用されるようになってきている(特許文献1、2参照)。
【0003】
このCE-MSでは、例えば
図1に示す如く、試料16の分離を行なうためのキャピラリー12、試料容器である注入バイアル14中の試料16と共に該キャピラリー12の中に導入され、注入バイアル14を、試料16を分離するための泳動バッファ(以下、単にバッファと称する)18が充填された泳動バイアル15に交換し、キャピラリー12の両端に高電圧を印加するための、前記バッファ18に挿入される電極(図示省略)を備えた、キャピラリー電気泳動(CE)装置10と、前記泳動バイアル15に蓋をして密閉し、ポンプにより加圧することによってバッファ18に押し出され、前記キャピラリー12から生ずる液流にシース液20とシースガス22を加えてスプレー噴霧させイオン化を行なうためのスプレイヤー24及びニードル26と、該ニードル26から噴霧された試料を質量分析するための質量分析(MS)装置40とを備えている。
【0004】
図において、28は、注入バイアル14もしくは泳動バイアル15が並べられた試料トレイである。
【0005】
キャピラリー電気泳動では、夾雑成分が多い試料では、一般的に電気伝導率が高くなるため、電場増幅効果による濃縮効果が得られず、ピークがブロード化することが知られている。
【0006】
そこで、非特許文献1に示すように、アセトニトリル(ACN)を試料に添加することで、試料中の電気伝導率を下げ、濃縮率を上げる手法が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4385171号公報
【特許文献2】特開2019-200072号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Shihabi, Z. K. (1999). Acetonitrile Stacking. In Clinical Applications of Capillary Electrophoresis, 157-163, Humana Press.
【非特許文献2】Gil, E. P., Ostapczuk, P., & Emons, H. (1999). Determinationof arsenic species by field amplified injection capillary electrophoresis aftermodification of the sample solution with methanol. Analytica chimica acta, 389 (1-3), 9-19.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、ACNのような揮発性溶媒を使用すると、注入バイアル14中の溶媒が揮発して、連続測定の際、安定的に測定することが困難であるという問題があった。
【0010】
一方、本発明に類似するものとして、非特許文献2には、濃縮効率を上げるための有機溶媒として、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)を候補として挙げているが、DMFによる濃縮を示すデータはなく、安定性に関する記述もなかった。
【0011】
本発明は、前記従来の問題点を解消するべくなされたもので、揮発による不安定性を改善し、測定対象化合物の吸着を防ぐことで、安定的に測定することが可能な試料濃縮方法を提供することを可能とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、中空状の毛細管中の溶液試料の電気泳動における移動度の違いによって試料を分離する際に、試料を含む測定溶液中に非揮発性溶媒を添加して、試料中の電気伝導度を泳動バッファより下げ、前記中空状の毛細管へ試料を注入した時の電場増幅スタッキングによる試料の濃縮効果を高めることを特徴とする中空状の毛細管を用いた電気泳動における試料濃縮方法により、前記課題を解決するものである。
【0013】
ここで、前記非揮発性溶媒を、水と混和可能な、常圧にて沸点100℃以上の有機溶媒とすることができる。「常圧にて沸点100℃以上の有機溶媒」とするのは、安定的に測定するためには揮発性が低い溶媒を使用する必要があるためである。
【0014】
又、前記有機溶媒を、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチル・サルフォキサイド(DMSO)、2-メチオキシエタノール(2-ME)のいずれかとすることができる。
【0015】
なお、測定溶液中に添加する非揮発性溶媒はDMF、DMSO、2-MEなどに限定されず、水よりも揮発しにくい他の溶媒を用いることも可能である。
【0016】
又、試料トレイに測定試料を配置した後、30分以上経過した後に測定することができる。「30分以上経過した後に測定する」のは、本発明により安定性が向上するためである。
【0017】
望ましくは0.5時間から48時間の範囲であり、最も望ましくは1時間から24時間の範囲とすることができる。一般的に有機溶媒は揮発性が高く、時間経過により溶媒量が減少・測定試料中の分析対象物質濃度が経時的に上昇し、結果的に測定試料を装置にセットした後のタイミング依存で測定値が変動している。特に、昨今ではオートサンプラーの利用が一般的で、試料トレイに測定試料をセットした後、必ずしも一定でないある程度の時間が経過した後に測定されることが多い。そのような状況では前述のように測定試料セット後のタイミング次第で測定値が変動してしまい精確な測定値を得る上で障害となるため、揮発性の低い有機溶媒を添加することで測定試料の揮発による減少を抑え、測定値の変動を抑制して安定化させている。
【0018】
又、測定溶液に含まれる前記有機溶媒の割合を10%以上とすることができる。有機溶媒の割合は、望ましくは1%~95%であり、最も望ましくは10%~55%である。
【0019】
又、前記中空状の毛細管を用いた電場増幅スタッキングによる濃縮と試料の大量注入によるスタッキングの濃縮を併用することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、揮発による不安定性を改善し、測定対象化合物の吸着を防ぐことで、安定的に測定することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図3】第1実施形態において、DMFの濃度を変えた際の測定結果のピーク形状を比較して示すチャート
【
図5】同じく有機溶媒を変えた際の測定結果のピーク形状を比較して示すチャート
【
図8】第2実施形態の測定結果を従来例と比較して示す図
【
図10】第2実施形態の測定結果のピーク形状を示すチャート
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態及び実施例に記載した内容により限定されるものではない。又、以下に記載した実施形態及び実施例における構成要件には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のもの、いわゆる均等の範囲のものが含まれる。更に、以下に記載した実施形態及び実施例で開示した構成要素は適宜組み合わせてもよいし、適宜選択して用いてもよい。
【0023】
発明者の実験によると、非揮発性溶媒であるDMFを試料16中に添加することで、ACNを用いた場合と同様に濃縮率を上げて揮発による不安定性を改善し、測定対象化合物の吸着を防ぐことで、安定的に測定可能となることが分かった。
【0024】
【0025】
本実施形態では、まず
図2(1)に示す如く、CE10の入口側からポンプを用いて注入バイアル14内を加圧し、試料16をバッファ18が充満されたキャピラリー12内に注入する。注入が終了した状態を
図2(2)に示す。
【0026】
次いで
図2(3)に示す如く、電圧を印加する。この過程で、正電荷を持つ化合物がバッファ18との境界面で圧縮されて濃縮試料17となる。この際、有機溶媒を添加することで、試料濃縮効果が得られる最大注入量を上げることができ、その範囲はキャピラリー12の全長の0.5%~50%の試料である。
【0027】
次いで
図2(4)に示す如く、電気泳動を行うと、濃縮試料17が、分離試料17a、17b、17c・・・へと分離される。
【0028】
再溶解液に添加するDMFの濃度を変えた際の濃縮効果を確認した。
【0029】
前処理にはプールヒト血漿を使用し、添加物ESはアンジオテンシンAngiotensinII標準溶液(f.c.5μg/mL)とした。
【0030】
粘性補正を行い、各条件の注入量が同じになるように注入時間を設定した場合のピーク形状を
図3に、ピーク高さHeightと面積Areaの比を
図4に示す。DMF濃度10%でも一定の濃縮効果を確認でき、濃度を10%→20%→50%と上げるにしたがって濃縮効果は高くなることが確認できた。
【0031】
次に、再溶解液にDMF、及び、DMF以外の溶媒であるDMSO、2-MEを添加した際の濃縮効果を確認した。
【0032】
前処理にはプールヒト血漿を使用し、添加物ESはアンジオテンシンAngiotensinII標準溶液(f.c.5μg/mL)とした。
【0033】
粘性補正を行い、各条件の注入量が同じになるように注入時間を設定した場合のピーク形状を
図5に、ピーク高さHeightと面積Areaの比を
図6に示す。DMF以外の溶媒を使用してもDMFと同様の濃縮効果が得られることが確認できた。
【0034】
続いて大量注入法と組み合わせた第2実施形態を
図7に示す。大量注入を併用した場合、より濃縮効果が大きくなるが、必ずしも大量注入を併用する必要は無い。
【0035】
具体的には、
図7(1)に示す如く、試料16をCE10の入口側から注入する。
【0036】
次いで注入バイアル14を泳動バイアル15に交換し、
図7(2)に示す如く、電圧を印加した状態で、ポンプにより泳動バイアル15内を減圧し試料溶媒を入口側へと引き込む。この過程で、正電荷を持つ化合物がバッファ18との境界面で圧縮されて濃縮試料17となる。
【0037】
次いで
図7(3)に示す如く、試料溶媒の幅が小さくなったところでポンプをOFFにして通常のキャピラリー電気泳動と同様に電気泳動を行うと、濃縮試料17が、分離試料17a、17b・・・へと分離される。
【0038】
実験に際して、標品は、ペプチドとして、安定性の検討ではグルカゴン(Glucagon)、グレリン(Ghrelin)、エンドセリン(Endothelin)-1、オレキシン(Orexin)B、インスリン(Insulin)を用い、濃縮の検討ではアンジオテンシン(Angiotensin)IIを用いた。なお、標品はペプチドに限定されず、カオチン性化合物であれば良い。
【0039】
ここでは、5種類の中分子ペプチド標品をCE-MS(Cation mode)で測定し、安定性を評価した。
【0040】
測定試料に対し、ACN50%を添加した群、DMF20%を添加した群、未添加群の3群について、それぞれ3runずつ測定した。測定結果を
図8に比較して示す。
図8中の補正面積値については、粘性の違いによる注入量の補正を行っている。未添加群では特にGhrelinやGlucagonなど、一部のペプチドが経時的に減少していることから、バイアルへの吸着が起こっているものと思われる。また、ACN50%添加群では、Ghrelin、Endothelin-1、OrexinA、Insulinなど、多くの化合物で経時的な増加が確認されており、これはACNの揮発による影響と推察される。DMF20%添加群では、これらの問題が改善され、安定的に測定することが可能になる。
【0041】
濃縮効果に係る検討手順は、
図9に示す如く、最初にACN50%で大量注入法での濃縮が可能かを検討した後に、DMF20%に適用させた。
図1に示したCE-MS装置により、ヒト血漿の前処理済試料を用いて、CE-MS(Cation mode)で注入量を上げた際に濃縮が可能か検討した。
図7は、注入量が50mbar×10sの通常メソッドと比べ、試料注入量を30倍にした大量注入法(50mbar×300s)で測定している状態である。
【0042】
ヒト血漿前処理済試料にDMF20%を添加することで、大量注入法による濃縮が可能であることが確認できた。
図10から明らかなように、注入量が50mbar×10sの通常メソッドより30倍多く注入した大量注入法の条件でも、ピーク形状はシャープになり、アンジオテンシン(Angiotensin)IIの場合、通常メソッドに比べて高さ比較で10.8倍、面積比較で28.2倍となることが確認できた。
【0043】
このように、DMFを添加することで、キャピラリー12に試料を大量に注入して濃縮することが可能になった。
【0044】
なお、前記実施形態においては、本発明がCE-MSに適用されていたが、本発明の適用対象はこれに限定されず、CE-電気伝導度検出器、CE-レーザー励起発光(LIF)、UV吸光度検出器など、他の検出器と組み合わせたCEや、CE以外の中空状の毛細管を用いた試料分離にも同様に適用できることは明らかである。添加する有機溶媒もDMFに限定されず、例えばDMSO、2-MEなどを用いることができる。
【符号の説明】
【0045】
10…キャピラリー電気泳動(CE)装置
12…キャピラリー
14…注入バイアル
15…泳動バイアル
16…試料
17…濃縮試料
17a、17b、17c…分離試料
18…(泳動)バッファ
20…シース液
22…シースガス
24…スプレイヤー
26…ニードル
40…質量分析(MS)装置