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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119175
(43)【公開日】2024-09-03
(54)【発明の名称】厚鋼板の破壊靭性予測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/00 20060101AFI20240827BHJP
【FI】
G01N3/00 T
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023025893
(22)【出願日】2023-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】高木 芳史
(72)【発明者】
【氏名】▲崎▼本 隆洋
(72)【発明者】
【氏名】半田 恒久
【テーマコード(参考)】
2G061
【Fターム(参考)】
2G061AA07
2G061AA15
2G061AB01
2G061BA04
2G061CA01
2G061CB01
2G061CB07
2G061DA12
2G061EA01
2G061EA02
2G061EC02
(57)【要約】
【課題】板厚100mm以上の中心偏析部を有する厚鋼板の全厚CTOD値を、厚鋼板の元厚に比べ小サイズの試験片を用いて精度よく予測できる厚鋼板の破壊靭性予測方法を提供する。
【解決手段】中心偏析部と非偏析部とからなる厚鋼板の全厚CTOD値を予測する方法であって、前記非偏析部の小型CTOD値を求める工程(A)と、前記中心偏析部を模した芯材と前記非偏析部を模した合せ材とからなる中心偏析模擬クラッド材のCTOD値を求める工程(B)と、前記合せ材のCTOD値を求める工程(C)とを備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
中心偏析部と非偏析部とからなる厚鋼板の破壊靭性を予測する方法であって、
前記非偏析部の小型CTOD値を求める工程と、
前記中心偏析部を模した芯材と前記非偏析部を模した合せ材とからなる中心偏析模擬クラッド材のCTOD値を求める工程と、
前記合せ材のCTOD値を求める工程を備えることを特徴とする厚鋼板の破壊靭性予測方法。
【請求項2】
中心偏析部と非偏析部とからなる厚鋼板の破壊靭性を予測する方法であって、
前記非偏析部の小型CTOD値を求める工程と、
前記中心偏析部を模した芯材と前記非偏析部を模した合せ材とからなる中心偏析模擬クラッド材から得られたCTOD値と、
前記合せ材から得られたCTOD値を用い、
前記非偏析部の小型CTOD値より前記厚鋼板の破壊靭性を予測する工程を有する、
ことを特徴とする厚鋼板の破壊靭性予測方法。
【請求項3】
前記非偏析部の小型CTOD値から下記(1)式により前記厚鋼板の全厚CTOD値の1次予測値δAを算出し、前記中心偏析模擬クラッド材および前記合せ材のCTOD値から求められた補正係数αにて下記(2)式により前記厚鋼板の全厚CTOD値の最終予測値δBを算出することを特徴とする厚鋼板の破壊靭性予測方法。
δA=材料定数K×(非偏析部の小型CTOD値)×(BS/BF1/2 ‥‥(1)
δB=δA×補正係数α ‥‥(2)
ここで、材料定数Kは前記厚鋼板のヤング率、降伏応力、引張強さで表され、BSは非偏析部の小型CTOD値を求める試験片板厚、BFは前記厚鋼板の板厚、補正係数α=(中心偏析模擬クラッド材のCTOD値/合せ材のCTOD値)である。
【請求項4】
前記中心偏析部の厚みが0超~0.8mmであること、および/または前記厚鋼板の板厚が100~150mmであることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の厚鋼板の破壊靭性予測方法。
【請求項5】
前記非偏析部の小型CTOD値を求める試験片板厚が5~10mmであることを特徴とする請求項1~3のいずれかに1項に記載の厚鋼板の破壊靭性予測方法。
【請求項6】
前記中心偏析模擬クラッド材および前記合せ材のCTOD値を求める試験片板厚が15~30mmであり、前記中心偏析模擬クラッド材の芯材の厚みが0超1mm未満であること、および/または前記合せ材と前記非偏析部の組成を同一とし、前記芯材の組成を前記非偏析部の組成においてCおよびMnの含有量がそれぞれ前記非偏析部の1.5~3倍になる組成とすることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の厚鋼板の破壊靭性予測方法。
【請求項7】
前記厚鋼板の降伏強度が460~560MPaであることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の厚鋼板の破壊靭性予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶、海洋構造物等の大型構造物に使用される厚鋼板の破壊靭性値を、小型CTOD値から予測する厚鋼板の破壊靭性予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶、海洋構造物等の大型構造物では板厚・強度ともに増加する傾向にあり、それに伴い、過去の重大事故の経験から海洋構造物用の溶接用鋼材には高い安全性が求められる。母材および溶接継手部を対象に通常のシャルピー衝撃試験による靭性評価に加えて、鋼材に機械切欠とその先端に連なる疲労亀裂からなる予亀裂を導入したCTOD試験による破壊靭性評価も必須となっている。ここで、CTODとは、Crack Tip Opening Displacementを意味する。CTOD試験方法は、ISO12135(2016)やISO15653(2018)などの規格に規定されている通り、原則は鋼板の板厚のまま、つまり全厚で試験することになっている。よって、鋼材開発促進のためには、簡便な小サイズの試験片を用いて、開発鋼材の全厚試験片で測定したCTOD試験値(以下、全厚CTOD値ともいう)で評価される破壊靭性値を早期に予測することが重要となる。
【0003】
CTOD試験は通常、図4に示すCTOD試験片に三点曲げを加えて測定される(非特許文献1)。試験片厚さ(板厚)Bは評価対象の鋼材の厚さ(原厚=前記全厚と同義)とし、幅Wは2B(Bとする場合もある)とする。さらに、初期亀裂長さa0=0.45W~0.55Wの予亀裂を導入する。三点曲げのスパンS=4Wとされる。負荷は変位制御とし、速度の範囲は規格に規定されている。
【0004】
図5(a)に例示する疲労亀裂のような先鋭欠陥であっても、開口応力を受けると、図5(b)のように、亀裂先端ではその強い応力集中により塑性変形し、先端の形状が鈍化する。この塑性変形による亀裂先端の開口変位がCTOD値(δとも称す)である。δは亀裂先端でのひずみ集中の結果であり、亀裂先端近傍の応力場との対応があることから、亀裂のおかれている力学的厳しさを表す尺度として用いられる。CTOD試験では、実験室で予亀裂入りの試験片を開口変形させ、ぜい性破壊発生時の図5(b)のδを計測することになるが、亀裂先端の変形を実際に計測することは技術的に難しい。そのため、予亀裂入りの試験片の曲げ負荷による開口変形が、図6のように亀裂前方のある定点を中心とした回転変形をするという想定モデル(回転変形モデル)が提案されている。このモデルでは、実計測の容易な切欠き口端(Crack Mouth)の変位Vg を基に幾何学的関係からCTOD値、δを算定する。試験片切欠端のナイフエッジ(図6のハッチング部)にはクリップゲージ(図示せず)を取付け、荷重と亀裂開口変位の関係(P-Vg関係)を計測する。図6において、各記号は、W:試験片幅、z:ナイフエッジ厚さ、a0:初期亀裂長さ、af:疲労予亀裂長さ、Vg:計測開口変位、rp:回転因子(0.4~0.45)、δ:CTOD値である。なお、初期亀裂長さa0は、試験終了後、試験片を液体窒素等で冷却して完全破断させ、破面上で測定する。
【0005】
しかしながら、厚鋼板になると、製造上不可避な中心偏析部が存在し、また、全厚試験片のサイズが大きくなり、試験の所要工数が膨大になる。そこで、中心偏析を考慮して、全厚試験片の代替として板厚を減じた小型試験片を用いて、全厚CTOD値を精度よく予測することができれば非常に有益な技術となる。
【0006】
一方、小サイズの試験片を用いて実サイズの金属材料の破壊靭性値を推定する方法として、金属材料から切り出した微小平板の中央部にスリットを形成させ、該スリットの両端に疲労亀裂を形成させてなる試験片を用いる方法が提案されている(特許文献1)。しかし、特許文献1では、SP(スモールパンチ)試験法での破壊靭性値からCT(Compact Tension)試験での破壊靭性値を推定するものであり、全厚CTOD値の予測についての開示はない。
【0007】
また、シャルピー衝撃試験片を用いる方法も提案されている(特許文献2)。しかし、特許文献2では、計装化シャルピー衝撃試験で求めた動的破壊靭性値Kjdから静的破壊靭性値Kjcを推定するものであり、全厚CTOD値の予測についての開示はない。
【0008】
また、厚鋼板の小型CTOD試験片を用いて測定したCTOD値(以下、小型CTOD値ともいう)を所定の換算式で全厚CTOD値の予測値に変換する方法が知られている(非特許文献2)。しかし、この方法による厚鋼板の全厚CTOD値の予測精度は、必ずしも十分ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007-155540号公報
【特許文献2】特開2018-173356号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】久保、田川:「特集:機械試験 ぜい性破壊試験―シャルピー衝撃試験、CTOD試験―」WE-COMマガジン第32号(2019年4月、(一社)日本溶接協会 溶接情報センター発行)
【非特許文献2】K. Wallin :proc FEFG intern. Conf. on Fract. Enging. Materials, Singapore, August 6-8., (1991), 83
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、前述の事情に鑑み、板厚100mm以上の中心偏析部を有する厚鋼板の全厚CTOD値を、厚鋼板の元厚に比べ小サイズの試験片を用いて精度よく予測できる厚鋼板の破壊靭性予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討し、その結果、以下の知見を得た。
【0013】
すなわち、厚鋼板の小型CTOD値から全厚CTOD値を予測する際に、従来では中心偏析部の存在が無視されている。しかしながら、鋼板の板厚が大きくなると、中心偏析部の厚みが増加するのでCTOD値が低下すると推察され、CTOD値に及ぼす中心偏析部の厚みの影響が無視できない。そこで、厚鋼板の小型CTOD値から計算により全厚CTOD値を予測する際に、中心偏析部の厚みの影響を中心偏析模擬クラッド材のCTOD試験で定量化して前記計算に組み入れた。その結果、中心偏析部の厚みを考慮すると、厚鋼板の全厚CTOD値の予測精度が向上することがわかった。
【0014】
本発明は、上記の知見に基づきさらに検討を加えてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
[1] 中心偏析部と非偏析部とからなる厚鋼板の破壊靭性を予測する方法であって、
前記非偏析部の小型CTOD値を求める工程と、
前記中心偏析部を模した芯材と前記非偏析部を模した合せ材とからなる中心偏析模擬クラッド材のCTOD値を求める工程と、
前記合せ材のCTOD値を求める工程とを備えることを特徴とする厚鋼板の破壊靭性予測方法。
[2] 中心偏析部と非偏析部とからなる厚鋼板の破壊靭性を予測する方法であって、
前記非偏析部の小型CTOD値を求める工程と、
前記中心偏析部を模した芯材と前記非偏析部を模した合せ材とからなる中心偏析模擬クラッド材から得られたCTOD値と、
前記合せ材から得られたCTOD値を用い、
前記非偏析部の小型CTOD値より前記厚鋼板の破壊靭性を予測する工程を有する、
ことを特徴とする厚鋼板の破壊靭性予測方法。
[3] 前記非偏析部の小型CTOD値から下記(1)式により前記厚鋼板の全厚CTOD値の1次予測値δAを算出し、前記中心偏析模擬クラッド材および前記合せ材のCTOD値から求められた補正係数αにて下記(2)式により前記厚鋼板の全厚CTOD値の最終予測値δBを算出することを特徴とする厚鋼板の破壊靭性予測方法。
δA=材料定数K×(非偏析部の小型CTOD値)×(BS/BF1/2 ‥‥(1)
δB=δA×補正係数α ‥‥(2)
ここで、材料定数Kは前記厚鋼板のヤング率、降伏応力、引張強さで表され、BSは非偏析部の小型CTOD値を求める試験片板厚、BFは前記厚鋼板の板厚、補正係数α=(中心偏析模擬クラッド材のCTOD値/合せ材のCTOD値)である。
[4] 前記中心偏析部の厚みが0超~0.8mmであることを特徴とする前記[1]~[3]に記載の厚鋼板の破壊靭性予測方法。
[5] 前記厚鋼板の板厚が100~150mmであることを特徴とする前記[1]~[4]のいずれか一つに記載の厚鋼板の破壊靭性予測方法。
[6] 前記非偏析部の小型CTOD値を求める試験片板厚が5~10mmであることを特徴とする前記[1]~[5]のいずれか一つに記載の厚鋼板の破壊靭性予測方法。
[7] 前記中心偏析模擬クラッド材および前記合せ材のCTOD値を求める試験片板厚が15~30mmであり、前記中心偏析模擬クラッド材の芯材の厚みが0超1mm未満であることを特徴とする前記[1]~[6]のいずれか一つに記載の厚鋼板の破壊靭性予測方法。
[8] 前記合せ材と前記非偏析部の組成を同一とし、前記芯材の組成を前記非偏析部の組成においてCおよびMnの含有量がそれぞれ前記非偏析部の1.5~3倍になる組成とすることを特徴とする前記[1]~[7]のいずれか一つに記載の厚鋼板の破壊靭性予測方法。
[9] 前記厚鋼板の降伏強度が460~560MPaであることを特徴とする前記[1]~[8]のいずれか一つに記載の厚鋼板の破壊靭性予測方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、厚鋼板の非偏析部の小型CTOD値から計算した全厚CTOD値の1次予測値を、中心偏析模擬クラッド材と合せ材のCTOD値から得た補正係数αで補正して最終予測値とする。これにより、厚鋼板の元厚に比べて小サイズの試験片を用いて全厚CTOD値を精度よく予測できるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】(a)は厚鋼板の非偏析部のCTOD試験片、(b)は中心偏析模擬クラッド材のCTOD試験片、(c)は合せ材のCTOD試験片を示す斜視図である。
図2】中心偏析模擬クラッド材の作製方法を示す斜視図であり、(a)は芯材、(b)は圧延芯材を合せ材で挟んだクラッド圧延素材、(c)は前記クラッド素材を圧延してなる中心偏析模擬クラッド材を示す斜視図である。
図3】板厚100mmの厚鋼板のCTOD試験片(全厚試験片)を示す斜視図である。
図4】CTOD試験片および試験方法を示す概略図である。
図5】先鋭欠陥から開口変形に至る現象を示す概略図である。
図6】CTOD値を求める曲げ試験片における回転変形モデルを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、中心偏析部と非偏析部とからなる厚鋼板の破壊靭性値である全厚CTOD値を予測する方法である。全厚CTOD値を実測する全厚試験片の一例(板厚が100mmの場合)を図3に示す。図3において、符号B、W、Lはそれぞれ厚さ、幅、長さであり、各符号に後続する数値は各寸法値(単位はmm)である。なお、全厚試験片の長さ方向は、厚鋼板の圧延長さ方向となるようにされる。
【0018】
中心偏析部は、厚鋼板の板幅方向断面のマクロエッチングにより現出でき、その撮影像から中心偏析部の厚み(中心偏析部の板厚方向寸法)を測定できる。厚鋼板の過去の実績において、中心偏析部の厚みの範囲は、0~0.8mmである。また、厚鋼板の板厚の範囲は、100~150mmである。
【0019】
本発明では、全厚CTOD値の予測値を得るために、次の三つの工程を備える(本発明の[1][2])。
(A)非偏析部の小型CTOD値を求める工程。
(B)中心偏析部を模した芯材と前記非偏析部を模した合せ材とからなる中心偏析模擬クラッド材のCTOD値を求める工程。
(C)合せ材のCTOD値を求める工程。
【0020】
これにより、前記小型CTOD値と前記中心偏析クラッド材および前記合せ材のCTOD値から、前記厚鋼板の全厚CTOD値を精度よく予測できる。
【0021】
上記(A)、(B)および(C)の各工程に用いるCTOD試験片を、以下、説明の便宜上、それぞれA試験片、B試験片およびC試験片と称す。A試験片、B試験片およびC試験片の各例をそれぞれ図1(a)、(b)および(c)にて示す。図1において、符号B、W、Lはそれぞれ厚さ、幅、長さであり、各符号に後続する数値は各寸法値(単位はmm)である。
【0022】
A試験片は、板厚100mmの厚鋼板のt/4部(板厚tの1/4の部位)を中心線とし、試験片長さ方向が厚鋼板の圧延長さ方向となるように切り出して作製した。このA試験片は、切り出し箇所が中心偏析部を外れているので、非偏析部からなる。また、B試験片およびC試験片の作製方法については後述する。なお、C試験片は、クラッド形態のB試験片において芯材1の厚みが0mmの場合を想定し、2枚の合せ材2のクラッド形態とした。C試験片を1枚の合せ材とした場合よりも予測精度が高くなるので、2枚の合せ材を用いている。
【0023】
本発明において、厚鋼板の全厚CTOD値を予測する好ましい計算方法は以下のとおりである(本発明の[3])。すなわち、前記非偏析部の小型CTOD値(=A試験片のCTOD値)から下記(1)式により前記厚鋼板の全厚CTOD値の1次予測値δAを算出する。また、前記中心偏析模擬クラッド材および前記合せ材のCTOD値から補正係数αを求め、下記(2)式により前記厚鋼板の全厚CTOD値の最終予測値δBを算出する。
δA=材料定数K×(非偏析部の小型CTOD値)×(BS/BF1/2 ‥‥(1)
δB=δA×補正係数α ‥‥(2)。
【0024】
ここで、材料定数Kは前記厚鋼板のヤング率、降伏応力、引張強さで表され、BSはA試験片の板厚、BFは前記厚鋼板の板厚、補正係数α=(中心偏析模擬クラッド材のCTOD値/合せ材のCTOD値)=(B試験片のCTOD値/C試験片のCTOD値)である。
【0025】
従来では、A試験片のCTOD値から(1)式で計算した1次予測値δAがそのまま最終予測値とされていた。これに対し、本発明では、補正係数α(=B試験片のCTOD値/C試験片のCTOD値)を求め、(2)式で最終予測値を算出する。これにより、厚鋼板の全厚CTOD値の予測精度が向上した。
【0026】
本発明では、中心偏析部の厚みは、特に限定されないが、0~0.8mmの範囲とすることが好ましい(本発明の[4])。中心偏析部の厚みが0mmの場合は、補正係数αがほぼ1(0.95~1.00)となり、本発明による予測精度の向上が望めない。つまり、この場合は、前記(B)の工程および前記(C)の工程は無用となる。一方、中心偏析部の厚みが0.8mm超の場合は、補正係数αが一定となるので好ましくない。
【0027】
また、本発明では、厚鋼板の板厚は、100~150mmとすることが好ましい(本発明の[5])。厚鋼板の板厚が100mm未満の場合、補正係数αがほぼ1(0.95~1.00)となり、本発明による予測精度の向上が望めない。一方、150mm超の場合、補正係数αが一定となるので好ましくない。
【0028】
また、本発明では、試験の簡便性の観点から、前記非偏析部の小型CTOD値を求める試験片板厚(A試験片の板厚B)は、5~10mmとすることが好ましい(本発明の[6])。A試験片の板厚Bが5mm未満の場合、厚鋼板の破壊靭性との乖離が大きくなるので好ましくない。一方、10mm超の場合、CTOD試験コストがかかるので好ましくない。
【0029】
また、本発明では、破壊靭性を予測する観点から、次のことが好ましい。すなわち、中心偏析模擬クラッド材および合せ材のCTOD値を求める試験片板厚(B試験片およびC試験片の板厚B)は、15~30mmとし、前記中心偏析模擬クラッド材(B試験片)の芯材の厚みは、0超1mm未満とすることが好ましい(本発明の[7])。B試験片およびC試験片の板厚Bが15mm未満の場合厚鋼板の破壊靭性との乖離が大きくなるので好ましくない。一方、30mm超の場合、CTOD試験コストがかかるので好ましくない。芯材の上記好適範囲は、中心偏析部の前記好適範囲に対応したものである。
【0030】
また、本発明では、芯材で中心偏析部を模すために、次の組成条件を満たすことが好ましい。すなわち、合せ材と非偏析部の組成を同一とし、芯材の組成を非偏析部の組成においてCおよびMnの含有量がそれぞれ非偏析部の1.5~3倍になる組成とすることが好ましい(本発明の[8])。この組成条件を満たさない場合、全厚CTOD値の予測精度が不十分となる場合があって好ましくない。
【0031】
また、本発明では、破壊靭性を予測する観点から、厚鋼板の降伏強度は、460~560MPaとすることが好ましい(本発明の[9])。
【0032】
次に、中心偏析模擬クラッド材および合せ材のクラッド材の作製方法について説明する。
【0033】
図2には、B試験片およびC試験片の作製方法として、中心偏析模擬クラッド材の作製方法の一例を示す。この例では、芯材1(図2(a))は、厚鋼板(本例では降伏強度460MPa、板厚100mmの厚鋼板)の中心偏析部を模した組成の鋼を溶製・鋳造した。合せ材2(図2(b))は、厚鋼板の非偏析部を模した組成の鋼を溶製・鋳造した。そして、芯材1を合せ材2で挟んで周囲を溶接し、図2(b)の寸法になるクラッド圧延素材とした。ここで、芯材厚み0mmとは、合せ材2を2枚重ね合せてなるクラッド材を指す。合せ材2の組成は厚鋼板の組成と同様とし、芯材1の組成は、合せ材2の組成においてCおよびMnの含有量を2倍とし、それ以外は合せ材2と同様とした。なお、芯材1は、溶製・鋳造する代わりに、厚鋼板の圧延前スラブの中心偏析部から切り出してもよく、また、合せ材2は、溶製・鋳造する代わりに、厚鋼板の圧延前スラブの非偏析部から切り出してもよい。
【0034】
前記クラッド圧延素材を、加熱温度:1020℃、圧下比(=素材板厚/製品板厚):3.0とし、図2(c)の寸法になる中心偏析模擬クラッド材を得た。なお、中心偏析模擬クラッド材の芯材厚みは、0.07mm、0.4mm、0.6mmおよび0.8mmの5水準とした。
【0035】
上記の中心偏析クラッド材(図2(c)で芯材厚み0mm超のもの)からB試験片(図1(b))を採取し、上記の合せ材2の2枚重ねで芯材を用いないクラッド材からC試験片(図1(c))を採取した。B試験片およびC試験片の長さ方向はそれぞれ採取するクラッド材の圧延長さ方向となるようにした。
【0036】
次に、(2)式で用いる補正係数αについて説明する。
【0037】
上述のB試験片およびC試験片を用いて、補正係数α(=B試験片のCTOD値/C試験片のCTOD値)を求めた。その結果によると、芯材厚み0.4mm未満の範囲までは、補正係数αは1.0から低下するが、芯材厚み0.4mm以上の範囲で補正係数αはほぼ一定値となる。
【0038】
また、別途行った実験の結果によると、この補正係数αは、厚鋼板の鋼種(降伏強度で分類される)によって変化するが、芯材厚みが0.4mm以上の範囲であると補正係数αがほぼ一定値となることは、厚鋼板の鋼種が変わっても変わらない。また、厚鋼板の板厚が100mm以上の場合、この一定値を(2)式の補正係数αとして用いると、全厚CTOD値の予測精度が十分なものとなる。
【実施例0039】
[実施例1]
降伏強度460MPa、板厚100mmの厚鋼板の試験温度:-40℃および-90℃における全厚CTOD値を本発明方法および従来方法で予測し、両者の予測精度を比較した。その結果を表1に示す。比較例No.1、2が予測精度検証用の全厚CTOD試験によるもの、比較例No.3、4がA試験片のCTOD値と(1)式を用いる従来方法によるものである。そして、本発明例No.5、6がA試験片、B試験片およびC試験片それぞれのCTOD値と(1)式および(2)式を用いる本発明方法によるものである。なお、各試験片の板厚は表1に示した。B試験片の芯材の組成は、質量%で、C:厚鋼板のCの2倍、Mn:厚鋼板のMnの2倍、残り:厚鋼板のC、Mn以外と同様、とした。合せ材の組成は厚鋼板の組成と同様とした。
【0040】
表1に示すとおり、本発明方法による全厚CTOD値の予測精度は従来方法と比べ、大幅に向上した。
【0041】
【表1】
【0042】
[実施例2]
実施例2では、実施例1において厚鋼板の板厚を150mmとした以外は、実施例1と同様にして、全厚CTOD値を予測した。その結果を表2に示す。表2に示すとおり、本発明方法による全厚CTOD値の予測精度は従来方法と比べ、大幅に向上した。
【0043】
【表2】
【0044】
[実施例3]
実施例3では、実施例1において厚鋼板の降伏強度を560MPaとした以外は、実施例1と同様にして、全厚CTOD値を予測した。その結果を表3に示す。表3に示すとおり、本発明方法による全厚CTOD値の予測精度は従来方法と比べ、大幅に向上した。
【0045】
【表3】
【符号の説明】
【0046】
1 芯材
2 合せ材
図1
図2
図3
図4
図5
図6