(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119258
(43)【公開日】2024-09-03
(54)【発明の名称】体表細菌叢コントロールによる魚類における細菌感染症の抑制技術
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20240827BHJP
A01N 63/27 20200101ALI20240827BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20240827BHJP
C12R 1/38 20060101ALN20240827BHJP
【FI】
C12N1/20 E ZNA
A01N63/27
A01P3/00
C12R1:38
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023026029
(22)【出願日】2023-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】竹内 美緒
(72)【発明者】
【氏名】永田 恵里奈
【テーマコード(参考)】
4B065
4H011
【Fターム(参考)】
4B065AA41X
4B065AC20
4B065BA30
4B065CA43
4B065CA46
4H011AA01
4H011BB21
(57)【要約】
【課題】魚類の細菌感染症に有効な予防および/または治療剤を提供する。
【解決手段】独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03824を付与されたPseudomonas K2H株、または上記菌株の近縁細菌であって、魚類の病原性細菌に対する増殖抑制作用を有する細菌、これらの細菌の培養上清、ならびにこれらの細菌または培養上清を含む魚類の病原性細菌の増殖抑制剤および魚類の細菌感染症の予防および/または治療剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)または(b)に記載された細菌:
(a)独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03824を付与されたシュードモナス(Pseudomonas)K2H株、
(b)魚類の病原性細菌に対する増殖抑制作用を有する細菌であって、その16S rRNA遺伝子の塩基配列がK2H株の16S rRNA遺伝子の塩基配列(配列番号:1)に対して98%以上の相同性を有する、細菌。
【請求項2】
魚類の病原性細菌に対して抗菌活性を有する請求項1に記載の細菌の培養上清。
【請求項3】
請求項1に記載の細菌または請求項2に記載の培養上清を魚類の病原性細菌に適用することを含む、魚類の病原性細菌の増殖抑制方法。
【請求項4】
請求項1に記載の細菌または請求項2に記載の培養上清を含む、魚類の病原性細菌の増殖抑制剤。
【請求項5】
請求項1に記載の細菌または請求項2に記載の培養上清を魚類に適用することを含む、魚類の細菌感染症の予防および/または治療方法。
【請求項6】
魚類が原棘鰭上目の魚類である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1に記載の細菌または請求項2に記載の培養上清を有効成分として含む、魚類の細菌感染症の予防および/または治療剤。
【請求項8】
魚類が原棘鰭上目の魚類である、請求項7に記載の剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚類の細菌感染症の抑制技術に関する。詳細には、病原性細菌の増殖を抑制する細菌およびその培養上清、ならびにそれらの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
水産養殖は世界的に急成長し、増加する人口に対応する食糧需要を賄う重要な産業となっている。その大きな課題となっているのが魚病であり、世界では年間6000億円、国内でも100億円の損害があると試算されている。一般的に魚病に対しては抗生物質、ワクチンなどの対策がとられる。しかし、抗生物質については、薬剤耐性菌の広がりを受け、WHOなどを中心に各国に対して農水産業を含めた利用制限が求められつつある。またワクチンについても、有効なワクチンがない魚病も多いことが対策を困難にしている。このような状況の中で、微生物を利用したバイオコントロール技術(プロバイオティクスやファージセラピーなど)が期待されている。
【0003】
魚病のなかでも細菌感染症はしばしば深刻な問題を引き起こす。細菌感染症としては冷水病、エドワジエラ感染症、エロモナス感染症などが挙げられる。例えば冷水病は、アユやニジマスなどにおいて発生する魚病であり、Flavobacterium psychrophilumが原因菌である。商業的に利用可能なワクチンがまだないことから、バイオコントロールによる予防・治療が特に期待されている魚病の1つである。これまでにもプロバイオティクスは水産分野でも研究されてきた。多くの研究例(非特許文献1等)は有用菌を餌として投与し、腸内細菌改善や免疫力活性化を目指すものであった。しかし冷水病菌のような体表が感染門戸となる病原性細菌に対しては直接体表を対象にするアプローチの方が有効ではないかと考えられている。これまでに有用菌を魚類の体表に作用させる試みもなされているが(特許文献1、特許文献2)、実用化には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2022-79240号公報
【特許文献2】特開2022-89672号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】T.L.Korkea-aho et al. Journal of Applied Microbiology 111, 266-277 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
魚類の病原性細菌に対して抗菌活性を有する新たな有用細菌を見出し、そのような有用細菌を魚類の体表に作用させて、あるいは体表に定着させることで病原性細菌の定着を抑制する技術を提供する。また、そのような有用細菌の培養上清を用いて病原性細菌の増殖を抑制する技術も提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために、アユの体表から常在菌を分離培養し、病原性細菌に対する増殖抑制効果を調べ、高い増殖抑制効果を有する細菌株を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下を提供する:
(1)以下の(a)または(b)に記載された細菌:
(a)独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03824を付与されたシュードモナスK2H株、
(b)魚類の病原性細菌に対する増殖抑制作用を有する細菌であって、その16S rRNA遺伝子の塩基配列がK2H株の16S rRNA遺伝子の塩基配列(配列番号:1)に対して98%以上の相同性を有する、細菌。
(2)魚類の病原性細菌に対して抗菌活性を有する(1)に記載の細菌の培養上清。
(3)(1)に記載の細菌または(2)に記載の培養上清を魚類の病原性細菌に適用することを含む、魚類の病原性細菌の増殖抑制方法。
(4)(1)に記載の細菌または(2)に記載の培養上清を含む、魚類の病原性細菌の増殖抑制剤。
(5)(1)に記載の細菌または(2)に記載の培養上清を魚類に適用することを含む、魚類の細菌感染症の予防および/または治療方法。
(6)魚類が原棘鰭上目の魚類である、(5)に記載の方法。
(7)(1)に記載の細菌または(2)に記載の培養上清を有効成分として含む、魚類の細菌感染症の予防および/または治療剤。
(8)魚類が原棘鰭上目の魚類である、(7)に記載の剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明の細菌およびその培養上清を用いることにより、魚類の細菌感染症を効果的に予防および/または治療することができる。本発明の細菌およびその培養上清は、我が国において冷水病が問題となっている重要魚種であるアユの冷水病の予防および/または治療に有効である。本発明の細菌およびその培養上清は、冷水病菌以外の病原菌、例えばエドワジエラ菌、エロモナス菌などに対しても有効である。本発明は、バイオコントロール技術を利用するものであり、抗生物質等の薬剤を使用しないため、薬剤耐性菌の発生や利用制限等の問題がない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、冷水病菌に対する増殖抑制効果を有する細菌のスクリーニングの結果の例を示すグラフである。冷水病菌の増殖抑制効果をbroth assayで評価した。横軸の番号はアユの体表常在菌の試験菌株番号である。縦軸は、コントロールとして培養上清未添加時の増殖を100%として%表示したものである。
【
図2】
図2は、K2H株とOX14株およびGL7株について、冷水病菌31株の増殖抑制効果を、交差培養法を用いて調べた結果を示す写真である。写真は、冷水病菌(黄色)を線状に画線し、その上にK2H株(白色)の培養液を滴下して培養した時の様子を示す。
【
図3】
図3は、K2H株とOX14株およびGL7株について、冷水病菌31株の増殖抑制効果を、交差培養法を用いて調べた結果を++(非常に強い)、+(強い)、±(弱い)、-(確認されず)の4段階で判定し、各判定区分の総数をまとめてグラフにしたものである。
【
図4】
図4は、実施例2に記載の手順に従って実験を行って、カプラン・マイヤー法にて作成した生存曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、1の態様において、以下の(a)または(b)に記載された細菌を提供する:
(a)独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03824を付与されたシュードモナス(Pseudomonas)K2H株、
(b)魚類の病原性細菌に対する増殖抑制作用を有する細菌であって、その16S rRNA遺伝子の塩基配列がK2H株の16S rRNA遺伝子の塩基配列に対して98%以上の相同性を有する、細菌。
【0012】
すなわち、本発明により、(a)K2H株および(b)その近縁種(本明細書において、これらをまとめて「本発明の細菌」と称することがある)が提供される。本発明の細菌は、魚類の病原性細菌に対して増殖抑制作用を有する。上述のように、本発明者らは、アユの体表から常在菌を分離培養し、病原性細菌に対する増殖抑制効果を調べた。そして、高い増殖抑制効果を有する細菌株としてK2H株を得た。K2H株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、2023年2月10日付で受領番号NITE AP-03824を付与された。本発明のK2H株の近縁種は、病原性細菌に対する増殖抑制作用を有する。近縁種であるかどうかについては、16S rRNA遺伝子の塩基配列の相同性によって判断するのが一般的である。本発明のK2H株の近縁種の16S rRNA遺伝子の塩基配列は、K2H株の16S rRNA遺伝子の塩基配列(配列番号:1)に対して98%以上、例えば98.5%以上、好ましくは99%以上、例えば99.5%、99.8%または99.9%以上の相同性を有する。本発明のK2H株の近縁種は、通常はPseudomonas anguillisepticaに近縁な細菌であるが、anguilliseptica種以外の種に属する細菌であってもよく、Pseudomonas属以外の属に属する細菌であってもよい。16S rRNA遺伝子の塩基配列の相同性は、DNA抽出、細菌用に汎用されているプライマーを用いたPCR(Polymerase Chain Reaction)、PCRによって増幅された16S rRNA遺伝子のシーケンス解析、国立遺伝学研究所の提供する相同性検索サービス、BLASTを用いた塩基配列の相同性検索などの公知の手段を用いて調べることができる。
【0013】
K2H株の近縁種またはその培養上清の病原性細菌に対する増殖抑制活性は、K2H株またはその培養上清の病原性細菌に対する増殖抑制活性の約30%以上、好ましくは約50%以上、より好ましくは約70%以上、さらに好ましくは約90%以上または約100%以上である。
【0014】
本発明の細菌は、公知の方法にて培養することができる。
【0015】
当業者は、上記範囲に限定することなく、培養すべき細菌に応じて適切な培養温度を選択することができる。本発明の細菌の培養温度は、約20℃~約40℃であってもよい。例えばK2H株を、約25℃~約37℃で培養してもよい。
【0016】
当業者は、上記範囲に限定することなく、培養すべき細菌に応じて適切な培地のpHを選択することができる。本発明の細菌の培養pHは、約7~約9であってもよい。例えばK2H株を、約8~約9のpHにて培養してもよい。
【0017】
本明細書において、数値の前に「約」を付す場合、その数値の±20%、好ましくは±10%、より好ましくは±5%の幅を含むものとする。
【0018】
本発明の細菌の培養に用いる培地は公知のものであってよく、当業者は、培養すべき細菌に応じて適宜培地を選択することができ、培地組成を変更することができる。液体培地としてLB培地、標準培地、R2A培地など、寒天培地として標準寒天培地、R2A寒天培地などを用いてもよい。例えばK2H株をFLP培地などを用いて培養してもよい。
【0019】
所望の菌体量が得られるまで、あるいは病原性細菌に対する所望の増殖抑制作用が見られるまで、本発明の細菌を培養することができる。病原性細菌を含む液に本発明の細菌の培養上清を添加して、適当温度にて適当時間培養した後(経時的に培養液をサンプリングしてもよい)、目視により、あるいは600nmにおける濁度を測定することにより病原性細菌の増殖を判定することができる。病原性細菌の増殖抑制作用は公知の方法、例えば上記のようなbroth assay法や交差培養法を用いて調べることができる。
【0020】
本発明は、もう1つの態様において、本発明の細菌の培養上清を提供する。本発明の細菌の培養上清は、魚類の病原性細菌に対する抗菌活性を有する。本発明の細菌の培養上清は、例えばK2H株の培養上清であってもよい。
【0021】
培養上清が病原性細菌に対して抗菌活性を有するかどうかは、例えば上で説明したようにbroth assay法などの公知の方法で病原性細菌の増殖を調べることより判定することができる。病原性細菌に対する増殖抑制作用が強いほど、抗菌活性が高いと判断することができる。
【0022】
本発明の細菌またはその培養上清を使用するに際し、本発明の細菌を含む培養液を使用してもよく、遠心分離や膜濾過等の手段により分離した本発明の細菌を用いてもよい。本発明の細菌を含む培養液を遠心分離や膜濾過等の公知の手段に供することにより、菌体と培養上清を得ることができる。培養上清をそのまま使用してもよく、培養上清を限外濾過、エバポレーション、クロマトグラフィー、有機溶媒による沈殿等の手段により分画および/または濃縮して使用してもよい。あるいは凍結乾燥等の処理をした培養上清を使用してもよい。菌体を水などの媒体に懸濁して用いてもよい。本発明の細菌を1種類だけ使用してもよく、2種類以上使用してもよい。本発明の細菌の培養上清を1種類だけ使用してもよく、2種類以上使用してもよい。なお、本発明の細菌またはその培養上清を使用する場合は、本発明の細菌、その培養上清の一方を使用してもよく、両方を使用してもよい。本発明の細菌および/またはその培養上清を、他の有用菌(例えば後述のOX14株、GL7株など)および/またはその培養上清と併用してもよい。
【0023】
本発明は、さらなる態様において、本発明の細菌またはその培養上清を魚類の病原性細菌に適用することを含む、魚類の病原性細菌の増殖抑制方法を提供する。本発明の細菌により増殖を抑制される病原性細菌の例としては、冷水病菌、エドワジエラ属の細菌、エロモナス属の細菌等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0024】
病原性細菌の増殖抑制は、病原性細菌の増殖速度を低下させること、および病原性細菌の増殖を停止させること等を含む。また病原性細菌の増殖抑制は、魚類の体表に付着した病原性細菌の増殖を抑制すること、および魚類の周囲の環境における病原性細菌の増殖を抑制すること等を含む。病原性細菌の増殖を抑制することにより、病原性細菌数の増加を抑制する、病原性細菌数を減らす、病原性細菌をなくすこと等が可能となる。また病原性細菌の増殖を抑制することは、魚類の細菌感染症の予防および/または治療につながる。
【0025】
本発明の細菌またはその培養上清を病原性細菌に適用する方法の具体例としては、例えば、魚類の養殖槽に本発明の細菌またはその培養上清を投入することが挙げられる。また例えば、本発明の細菌またはその培養上清を投入したプールにて魚類を一定時間飼育することが挙げられる。このようなプールでの飼育を複数回繰り返してもよい。本発明の細菌が魚類の皮膚に定着するまで、あるいは十分な効果が見られるまで飼育することが好ましい。本発明の細菌またはその上清を病原性細菌に適用する方法のさらなる具体例としては、養殖槽からの排水処理が挙げられる。例えば、排水をプールに貯留し、本発明の細菌またはその培養上清を添加して処理した後、河川や海に流してもよい。また例えば、本発明の細菌を固定化した担体を含む層に排水を通過させ、連続的に処理してもよい。このような処理により、河川や海が病原性細菌に汚染されるのを防止することができる。本発明の細菌またはその培養上清を病原性細菌に適用する方法は、上記のものに限定されない。
【0026】
本発明の細菌またはその上清の使用量は、望まれる病原性細菌増殖抑制効果の程度、魚類の種類、魚類の数、養殖槽のサイズ、適用時間または排水の量などに応じて、当業者が適宜決定することができる。
【0027】
本発明は、さらにもう1つの態様において、本発明の細菌またはその培養上清を含む、魚類の病原性細菌の増殖抑制剤を提供する。
【0028】
本発明の剤は公知の方法にて製造できる。例えば、本発明の細菌またはその培養上清を適当な担体と混合し、所望により濃縮、乾燥、打錠、粉砕等の工程を経て所望の剤形に成形することができる。本発明の剤の剤形は特に限定されず、例えば液剤、ペースト、粉末、顆粒、ペレット、ブロック等であってもよい。
【0029】
本発明の剤の使用方法は、上で説明した本発明の細菌またはその培養上清を病原性細菌に適用する方法をあてはめてもよい。例えば、本発明の剤を養殖槽に投入してもよい。また例えば、本発明の剤を投入したプールにて魚類を一定時間飼育してもよい。また例えば、プールに貯留された養殖槽からの排水に本発明の剤を投入してもよい。また例えば、本発明の剤が顆粒、ペレット、ブロック等の場合は、上述のごとく連続的に処理してもよい。
【0030】
本発明の剤の使用量は、望まれる病原性細菌増殖抑制効果の程度、病原性細菌の種類、魚類の種類、魚類の数、養殖槽のサイズ、適用時間または排水の量などに応じて、当業者が適宜決定することができる。
【0031】
本発明は、さらなる態様において、本発明の細菌またはその培養上清を魚類に適用することを含む、魚類の細菌感染症の予防および/または治療方法を提供する。
【0032】
細菌感染症を予防することは、細菌感染症に罹患させないこと、細菌感染症に罹患する可能性を低下させること、および細菌感染症に罹患した場合に症状を軽くすること等を含む。また細菌感染症を予防することは、病原性細菌を魚類体表に付着させないこと、および魚類体表に付着する病原性細菌を少なくすること等を含む。細菌感染症を治療することは、細菌感染症の症状をなくすこと、および細菌感染症の症状の進行を遅延または停止させること、細菌感染症の症状を軽減すること等を含む。
【0033】
本発明の細菌またはその培養上清の魚類への適用方法は、上述した病原性細菌への適用方法と同様であってもよい。
【0034】
対象となる魚類は、病原性細菌に感染する可能性のある魚類、ならびに病原性細菌に感染した魚類である。魚類の種類は特に限定されないが、サケ、マス、アユ、ワカサギ、ウグイ、ヤマメ、オイカワ、ウナギ、コイ等が挙げられる。好ましくは原棘鰭上目の魚類である。原棘鰭上目の魚類の例としては、サケ、ニジマス、アユ、ヤマメ、ワカサギ、ニギス、ノーザンパイク、シシャモ、シラウオ、キュウリウオ等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
対象となり得る細菌感染症はK2H株が増殖抑制効果を示す病原性細菌によるものであり、特に冷水病に限定されず、エドワジエラ感染症、エロモナス感染症などであっても良い。
【0036】
本発明は、さらにもう1つの態様において、本発明の細菌またはその培養上清を有効成分として含む、魚類の細菌感染症の予防および/または治療剤を提供する。
【0037】
本発明の予防および/または治療剤の製造、剤形、魚類への投与については、病原性細菌の増殖抑制剤に関する上記説明をあてはめることができる。本発明の予防および/または治療剤の適用量や適用回数等については、細菌感染症罹病率が低下し、好ましくはゼロになること、河川や海に放出される排水からの病原性細菌の消失、あるいは本発明の細菌の魚類の皮膚への定着等を目安に決定することができる。
【0038】
本明細書中の用語は、特に断らないかぎり、水産学、生物学、生化学、化学、薬学、獣医学等の分野において通常に理解されている意味に解される。
【0039】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例0040】
実施例1:冷水病菌に対する増殖抑制効果を有する細菌のスクリーニングおよびK2H株の性質
アユの体表から常在菌を分離培養し、2種の冷水病菌(KU190628-78株およびKU190628-79株)に対する増殖抑制効果を判定した。得られた115株のうち、培養上清を用いた冷水病菌の増殖抑制効果をbroth assay(液体培地による評価法)で評価した結果、K2H株が最も高い増殖抑制効果を示すことが明らかとなった(
図1)。
【0041】
K2H株は、16S rRNA遺伝子解析によると、シュードモナス属に属する株であることがわかった。最も近縁な基準株はPseudomonas anguilliseptica NCMB_1949であるが、16S rRNA遺伝子の相同性は98.2%である。一般論として99%以上は同種である可能性が高いと考えられている。したがって、K2H株はPseudomonasに属する一菌株であると同定された。Pseudomonas anguillisepticaはアユを含む魚類に対して病原性があることが報告されているが、K2H株はアユに対して病原性を示さないことが確認されていることからも、Pseudomonas anguillisepticaとは別種であると推測される。K2H株は30℃、pH8-9で最も良く増殖することがわかった。K2H株は、千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室にある独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、受領番号NITE AP-03824を付与された。K2H株は食用であるアユの皮膚常在菌であることから、魚類にとっても、それを食するヒトにとっても安全性が高いと考えられる。
【0042】
冷水病菌には様々な遺伝子型が知られており、広く実用的な予防または治療法を確立するためには様々な遺伝子型に有効な微生物株が重要である。そこで上記のようにして新たに取得したK2H株と、本発明者らが以前に取得したBosea sp. OX14株、Flavobacterium sp. GL7株(特開2022-79240号公報参照)について、冷水病菌31株に対する増殖抑制効果を比較した(
図2、
図3)。冷水病菌増殖抑制効果を寒天培地を用いた交差培養法で評価し(
図2)、その効果を++、+、±、-の4段階で判定した。K2H株が++あるいは+で増殖抑制できた冷水病菌株の割合は、GL7株に次いで多いことがわかった(
図3)。
同様に、K2H株と、本発明者らが以前に取得したBosea sp. OX14株、Flavobacterium sp. GL7株(特開2022-79240号公報参照)の培養上清について、冷水病菌の増殖抑制効果を比較した。冷水病菌のうちKU190628-78およびKU190628-79はアユ由来の冷水病菌、NCIMB1947はサケ由来の冷水病菌、SG950607はニジマス由来の冷水病菌である。K2H株は、冷水病菌株によっては、GL7株よりも高い増殖抑制効果を示すことがわかり、様々な遺伝子型に有効なバリエーションを提供し、GL7株と相補的に利用しうると考えられ、その有用性は高い。(表1)。
【表1】
表1は、OX14株、GL7株、K2H株の培養上清を用いて冷水病菌の増殖抑制効果をbroth assayで評価した結果を示す。数値は、コントロールとして培養上清未添加時の増殖を100%として%表示したものである。
【0043】
さらにK2H株の培養上清を用いて、冷水病菌以外の病原菌であるエドワジエラ イクタルリ SG211215、エロモナスsp. KU221020-19、シュードモナス プレコグロシッシダ SG210112の増殖抑制効果を評価した結果、エドワジエラ イクタルリ SG211215ならびにエロモナス sp. KU221020-19に対して増殖抑制効果を示し、K2H株は冷水病菌以外の病原菌、例えばエドワジエラ菌、エロモナス菌などに対しても有効であることがわかった(表2)。
【表2】
表2は、K2H株の培養上清を用いてエドワジエラ イクタルリ SG211215、エロモナスsp. KU221020-19、シュードモナス プレコグロシッシダ SG210112の増殖抑制効果をbroth assayで評価した結果を示す。数値は、コントロールとして培養上清未添加時の増殖を100%として%表示したものである。