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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119289
(43)【公開日】2024-09-03
(54)【発明の名称】強磁性酸化ジルコニウムバルク体
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/486 20060101AFI20240827BHJP
   C01G 25/02 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
C04B35/486
C01G25/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023026079
(22)【出願日】2023-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(71)【出願人】
【識別番号】000208662
【氏名又は名称】第一稀元素化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松田 光弘
(72)【発明者】
【氏名】姫野 雄太
(72)【発明者】
【氏名】松田 元秀
(72)【発明者】
【氏名】志田 賢ニ
(72)【発明者】
【氏名】中島 靖
【テーマコード(参考)】
4G048
【Fターム(参考)】
4G048AA02
4G048AB01
4G048AC03
4G048AD02
4G048AD06
4G048AE05
(57)【要約】
【課題】 室温で強磁性を発現し、且つ、発現した強磁性の経時変化が少ない強磁性酸化ジルコニウムバルク体を提供すること。
【解決手段】 組成式ZrO2-x(ただし、xは酸素欠損量を示し2>x>0を満たす数である。)で表され、単斜晶構造を有し、酸素欠損が周期的に存在する強磁性酸化ジルコニウムバルク体。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式ZrO2-x(ただし、xは酸素欠損量を示し2>x>0を満たす数である。)で表され、
単斜晶構造を有し、
酸素欠損が周期的に存在することを特徴とする強磁性酸化ジルコニウムバルク体。
【請求項2】
前記酸素欠陥は、3nm以上3.8nm以下の間隔で周期的に存在することを特徴とする請求項1に記載の強磁性酸化ジルコニウムバルク体。
【請求項3】
300Kにおける飽和磁化が0.02emu/g以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の強磁性酸化ジルコニウムバルク体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強磁性酸化ジルコニウムバルク体に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライトに代表される酸化物強磁性体は、遷移金属イオンのd軌道の一部を占めた電子のスピンが酸化物イオンを介した超交換相互作用により配列して強磁性を発現する。
【0003】
ZrOやTiOなどの4d軌道に電子を持たない金属イオン(以下、4d軌道に電子を持たないことを「d0」とも称する)からなる金属酸化物は、通常、強磁性を発現しない。
一方、近年、d0金属イオンからなる金属酸化物のナノ材料や薄膜については、酸素欠損による電荷補償により4d軌道に不対電子が生成し、磁化が発現することが報告されている(例えば、非特許文献1)。
【0004】
非特許文献1には、薄膜やナノ構造を有するZrOでは、格子欠陥に由来する強磁性の発現が確認されていることが開示されている。また、当該薄膜は、膜厚が厚くなると(180nmを超えると)磁化が低下することが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】木村卓通、日本ゾル-ゲル学会討論会講演予稿集、Vol.17th P.63(2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、金属酸化物ナノ材料や薄膜におけるd0強磁性は、一般に、結晶格子の欠陥に起因するが、ナノ材料や薄膜についての報告があるのみである。
【0007】
しかしながら、膜厚数十nm程度の薄膜や、ナノ粒子では用途が限定される。また、大気中の酸素による酸素欠損の減少に伴い磁化は低下、消失する。
また、酸化ジルコニウムにおけるd0強磁性は、厚膜やバルク体での報告はない。
【0008】
本発明は、上述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、室温で強磁性を発現し、且つ、発現した強磁性の経時変化が少ない強磁性酸化ジルコニウムバルク体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、酸化ジルコニウムバルク体について鋭意研究を行った。その結果、酸化ジルコニウムバルク体に酸素欠陥を周期的に導入することにより、室温で強磁性を発現し、且つ、発現した強磁性の経時変化が少ない強磁性酸化ジルコニウムバルク体が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下を提供する。
[1]組成式ZrO2-x(ただし、xは酸素欠損量を示し2>x>0を満たす数である。)で表され、
単斜晶構造を有し、
酸素欠損が周期的に存在することを特徴とする強磁性酸化ジルコニウムバルク体。
【0011】
前記構成によれば、酸素欠損を有するため、強磁性を有する。
また、前記構成によれば、酸素欠損が周期的に存在する。すなわち、酸素欠損を有する相とZrO組成となる単斜晶ジルコニア相との2つの相が周期的に存在し、全体として酸素欠損が導入された組成式ZrO2-x(2>x>0である。)のバルク体となっている。これら2種の安定な酸化物相が周期的に組み合わさって存在しているため、酸化が起きにくく、酸素欠損の消失が生じ難い。その結果、発現した強磁性が経時に伴い減少、消失することを抑制することができる。
【0012】
[2]前記酸素欠陥は、3nm以上3.8nm以下の間隔で周期的に存在する[1]に記載の強磁性酸化ジルコニウムバルク体。
【0013】
[3]300Kにおける飽和磁化が0.02emu/g以上である[1]又は[2]に記載の強磁性酸化ジルコニウムバルク体。
【0014】
300Kにおける飽和磁化が0.02emu/g以上であると、室温において、充分な強磁性を有するといえる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、室温で強磁性を発現し、且つ、発現した強磁性の経時変化が少ない強磁性酸化ジルコニウムバルク体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施例、比較例の酸化ジルコニウムバルク体のX線回折スペクトルである。
図2】実施例1の電子回折パターンである。
図3】実施例2の電子回折パターンである。
図4】実施例3の電子回折パターンである。
図5】比較例1の電子回折パターンである。
図6図2に示した実施例1の電子回折パターンにおいて、エキストラスポット間の距離を求めるための図である。
図7図3に示した実施例2の電子回折パターンにおいて、エキストラスポット間の距離を求めるための図である。
図8図4に示した実施例3の電子回折パターンにおいて、エキストラスポット間の距離を求めるための図である。
図9】実施例の酸素欠損量を示す表である。
図10】実施例1の300KにおけるH-M曲線である。
図11】実施例2の300KにおけるH-M曲線である。
図12】実施例3の300KにおけるH-M曲線である。
図13】比較例1の300KにおけるH-M曲線である。
図14】比較例2の300KにおけるH-M曲線である。
図15】実施例1の60日後の300KにおけるH-M曲線である。
図16】実施例2の46日後の300KにおけるH-M曲線である。
図17】実施例3の53日後の300KにおけるH-M曲線である。
図18】比較例1の30日後の300KにおけるH-M曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明はこれらの実施形態のみに限定されるものではない。なお、本明細書において、強磁性酸化ジルコニウム(強磁性酸化ジルコニウムバルク体)とは一般的なものであり、ハフニウムを含めた10質量%以下の不純物金属化合物を含むものである。また、本明細書において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0018】
以下で示される各成分の含有量の最大値、最小値は、他の成分の含有量に関係なく、それぞれ独立して本発明の好ましい最小値、好ましい最大値である。
また、以下で示される各種パラメータ(測定値等)の最大値、最小値は、各成分の含有量(組成)に関係なく、それぞれ独立して本発明の好ましい最小値、最大値である。
【0019】
[強磁性酸化ジルコニウムバルク体]
本実施形態に係る強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、
組成式ZrO2-x(ただし、xは酸素欠損量を示し2>x>0を満たす数である。)で表され、
単斜晶構造を有し、
酸素欠損が周期的に存在する。
【0020】
前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、酸素欠損を有する。従って、強磁性を有する。
【0021】
また、前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、酸素欠損が周期的に存在する。すなわち、酸素欠損を有する相とZrO組成となる単斜晶ジルコニア相との2つの相が周期的に存在し、全体として酸素欠損が導入された組成式ZrO2-x(ただし、xは酸素欠損量を示し2>x>0を満たす数である。)のバルク体となっている。これら2種の安定な酸化物相が周期的に組み合わさって存在しているため、酸化が起きにくく、酸素欠損の消失が生じ難い。その結果、発現した強磁性が経時に伴い減少、消失することを抑制することができる。
【0022】
上述したように、前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、組成式ZrO2-x(ただし、xは酸素欠損量を示し2>x>0を満たす数である。)で表される。酸素欠損が全く存在しない場合、組成式はZrOとなるが、前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は酸素欠損を有する相が存在するため、強磁性酸化ジルコニウムバルク体全体として、Zr1原子に対して酸素原子数が2原子未満となっている。従って、前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、組成式ZrO2-x(ただし、xは酸素欠損量を示し2>x>0を満たす数である。)で表される。前記xは、大きいほど酸素欠損量が多いことを意味する。従って、前記xは、大きいほど大きな強磁性を示す。
【0023】
前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、単斜晶構造を有する。単斜晶構造を有することは、X線回折スペクトルにより確認することができる。
【0024】
前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、酸素欠損が3nm以上3.8nm以下の間隔で周期的に存在することが好ましい。前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、結晶格子面のうち、101面、及び、301面に酸素欠陥が周期的に存在する場合、酸素欠損が3nm以上3.8nm以下の間隔で周期的に存在することとなる。
なお、本明細書等において結晶面、及び、方向はミラー指数で示す。結晶面、及び、および方向の表記は、結晶学上、数字に上付きのバーを付すが、本明細書等では出願表記の制約上、数字の上にバーを付す代わりに、数字の前に-(マイナス符号)を付して表現する場合がある。
【0025】
酸素欠損が周期的に存在することは、TEM(透過電子顕微鏡)電子回折パターンにおいて、超格子反射が存在することにより確認することができる。周期的な酸素欠陥の面間隔は、当該超格子反射の間隔を測定することにより確認することができる。特に、周期的な酸素欠陥が3nm以上3.8nm以下の間隔であることは、当該超格子反射の間隔を測定することにより確認することができる。
【0026】
前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体の形状は特に限定されず、板状(薄膜状)、棒状、粒状(球状、楕円球状)等が挙げられる。
本明細書において、「バルク体」とは、一番長さの短い箇所の長さ(例えば、板状の場合は厚さ、球状の場合は直径、楕円球状の場合は短直径)が100nm以上のものをいう。
つまり、本明細書において、「強磁性酸化ジルコニウムバルク体」とは、一番長さの短い箇所の長さ(例えば、板状の場合は厚さ、球状の場合は直径、楕円球状の場合は短直径)が100nm以上の強磁性酸化ジルコニウムをいう。
ナノマテリアルの安全性等に関する、関係行政機関等から発出されている報告書においては、「少なくとも一次元が100nmより小さい」ことをもってナノマテリアルとされていることが一般的である。
ナノマテリアルのうち、一次元が100nmより小さく残る二次元への広がりを有するものは薄膜、二次元が100nmより小さく、残る一次元への広がりを有する場合は棒状、三次元とも100nmより小さい場合は粒状の形状をとることとなる。
ナノマテリアルは、バルク体とは異なる特性を備える場合が多い。
酸化ジルコニウムについては、上述したように、膜厚数十nm程度の薄膜や、ナノ粒子の場合に強磁性の発現が確認されている。しかしながら、バルク体(膜厚100nm以上の厚膜や、一番長さの短い箇所の長さが100nm以上の粒子)において、強磁性の発現が確認された報告はない。
一方、本実施形態に係る前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、上述したように、酸素欠損が周期的に存在するため、室温で強磁性を発現し、且つ、発現した強磁性の経時変化が少ない。
前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、一番長さの短い箇所の長さが20μm超であってもよい。
【0027】
前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、300Kにおける飽和磁化が0.02emu/g以上であることが好ましい。300Kにおける飽和磁化は、0.03emu/g以上であることがより好ましく、0.04emu/g以上であることがさらに好ましい。300Kにおける飽和磁化が0.02emu/g以上であると、実用性に優れる。
【0028】
前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、初期(製造直後)の飽和磁化に対する45日経過後の飽和磁化(飽和磁化維持率)が80%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、95%以上であることがさらに好ましく、97%以上であることが特に好ましく、99%以上であることが特別に好ましい。
[飽和磁化維持率(%)]=[45日経過後の飽和磁化(emu/g)]/[(初期の飽和磁化(emu/g)]
なお、例えば、実施例1では、45日経過後ではなく、60日経過後の飽和磁化を測定しているが、60日経過後であっても、飽和磁化維持率(%)が100%であるため、当然に、45日経過後の飽和磁化維持率(%)は100%であると理解できる。
【0029】
以上、強磁性酸化ジルコニウムバルク体について説明した。
【0030】
[強磁性酸化ジルコニウムバルク体の製造方法]
前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体は、以下の方法により製造することができる。ただし、前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体の製造方法は、以下の製造方法に限定されない。
【0031】
金属ジルコニウムを大気中で酸化する第1工程と、
前記第1工程により得られた、酸化された金属ジルコニウムを、酸素分圧雰囲気下で熱処理する第2工程とを備える強磁性酸化ジルコニウムバルク体の製造方法。
【0032】
一般的な水素還元法や蒸着法により、ZrOから酸素原子を取り除いて酸素欠陥を設ける方法を採用した場合、周期的に酸素を取り除くことはできない。一方、前記強磁性酸化ジルコニウムバルク体の製造方法によれば、金属ジルコニウムを特定の条件で酸化するため、取り込まれた酸素が金属ジルコニウムの特定サイトを優先的に占有する。取り込まれた酸素が規則的に配列することで、酸素欠損を有する相とZrO組成となる単斜晶ジルコニア相との2つの相が周期的に安定して生成することとなる。
【0033】
ここで、酸素欠損の面間隔は、特に限定されず、熱処理条件(分圧、温度等)によって変わり得る。酸素欠損の面間隔は、3nm以上3.8nm以下であることが好ましい。例えば、熱処理条件を実施例に記載の通りにすることにより、酸素欠損の面間隔を3nm以上3.8nm以下とすることができる。
【0034】
以下、工程ごとに詳細に説明する。
【0035】
<第1工程>
本実施形態に係る強磁性酸化ジルコニウムバルク体の製造方法では、まず、金属ジルコニウムを大気中で酸化する。この第1工程は、金属ジルコニウムを予備酸化する工程である。
【0036】
前記金属ジルコニウムとしては、形状がバルク体(一番長さの短い箇所の長さが100nm以上)であれば特に限定されない。前記金属ジルコニウムは、金属ジルコニウム(天然のハフニウムを含む)のみであり、他の金属等を含まないことが好ましい。前記金属ジルコニウムとしては、具体的には、例えば、市販の板材を用いることができる。板材を用いる場合、板材の厚さとしては、100nm以上であれば特に限定されないが、例えば10μm~2mmのものを好適に用いることができる。
【0037】
第1工程を行う際の熱処理温度は、500~1000℃の範囲内である。第1工程は、公知の電気炉等を用いて行うことができる。前記熱処理温度は、好ましくは600~900℃、より好ましくは800~900℃である。第1工程の熱処理温度を500℃以上とすることにより、充分な酸化を行うことができ、好適に金属ジルコニウムに酸素導入の道筋を形成することができる。また、第1工程の熱処理温度を1000℃以下とすることにより、亀裂を生じることなく、好適に金属ジルコニウムに酸素導入の道筋を形成することができる。亀裂が生じてしまうと、周期的な酸素欠陥を形成することができなくなる。
【0038】
第1工程を行う熱処理時間は、10分間~5時間の範囲内である。前記熱処理時間は、好ましくは10分間~2時間、より好ましくは30分間~1時間の範囲内である。
ここで、熱処理時間とは、上述の熱処理温度に達してから維持される時間のことをいう。熱処理時間は上記の範囲内で、熱処理温度が高い場合には短くしてもよく、熱処理温度が低い場合には長くしてもよい。熱処理時間を上記範囲に制御することで、好適に金属ジルコニウムに酸素導入の道筋を形成することができる。
【0039】
前記第1工程は、複数回行ってもよい。複数回行うとは、前記熱処理温度まで昇温し、所定時間維持した後、室温まで降温するまでを1回と数え、これを複数回行うことをいう。前記第1工程は、複数回行う場合、熱処理時間の合計が10分間~5時間の範囲内であることが好ましい。
【0040】
前記第1工程は、大気圧下(101325Pa下)で行う。前記第1工程を大気圧下で行うことにより、好適に金属ジルコニウムに酸素導入の道筋を形成することができる。
【0041】
<第2工程>
次に、前記第1工程により得られた、酸化された金属ジルコニウムを、酸素分圧雰囲気で熱処理する。
【0042】
第2工程を行う際の酸素分圧は、1.0×10-5~1.0×10-20atm、好ましくは1.0×10-10~1.0×10-20atm、より好ましくは5.0×10-20~1.0×10-20atmである。
酸素分圧を1.0×10-5atm以下とすることにより、第1工程で金属ジルコニウムに取り込まれた酸素が内部に進行する速度に対して、金属ジルコニウムの外部から酸素が取り込まれる速度が過剰となることを抑制することができる。これにより、結晶格子のうち、酸素が入りやすい箇所から順に酸素が取り込まれることになる。その結果、酸素欠損が周期的に形成されることになる。本実施形態に係る製造方法では、結晶格子面のうち、101面、及び、301面に酸素欠陥が周期的に形成されやすい。
また、酸素欠損を周期的に形成する観点からは、酸素分圧は低いほど好ましいが、生産性の観点から、酸素分圧は1.0×10-20atm以上が好ましい。
【0043】
前記酸素分圧雰囲気とは、酸素分圧を制御した雰囲気をいう。前記酸素分圧雰囲気は、例えば、酸素ガス、窒素ガス、高純度アルゴンガス、空気ガスを組み合わせて制御した雰囲気である。前記酸素分圧雰囲気は、酸素のみを含んでいてもよく、酸素以外にプロセスガスとしてN、Arなどの不活性ガスを含んでいてもよい。尚、酸素分圧雰囲気は、酸素のみからなる、又は、酸素と不活性ガスのみからなることが好ましい。
酸素分圧の制御は、公知の方法により行うことができる。例えば、酸素分圧コントローラーを用いて行うことができる。
【0044】
第2工程を行う際の熱処理温度は、900~1200℃であり、好ましくは1000~1200℃である。第2工程の熱処理温度を900℃以上とすることにより、結晶格子のうち、酸素が入りやすい箇所から順に酸素が取り込まれることによる。また、第2工程の熱処理温度を1200℃以下とすることにより、亀裂が生じることを抑制することができる。亀裂が生じてしまうと、周期的な酸素欠陥を形成することができなくなる。
【0045】
第2工程を行う熱処理時間は、10分間~50時間、好ましくは30分間~30時間、より好ましくは1時間~20時間である。ここで、熱処理時間とは、上述の酸素分圧雰囲気で上述の熱処理温度に達してから維持される時間のことをいう。熱処理時間は上記の範囲内で、熱処理温度が高い場合には短くしてもよく、熱処理温度が低い場合には長くしてもよい。
【0046】
第2工程を行うことにより、ZrとOの拡散性が向上して酸素欠損量が増加するとともに正方晶相に変態し、降温時に単斜晶相に変態することで酸素欠損が規則的に導入され、単斜晶相マルテンサイトバリアントが生成するものと考えられる。
なお、大気圧下で金属ジルコニウムの酸化を進めると、亀裂が生じ、亀裂箇所から酸化が起こり、規則的な酸素欠陥を形成することはできない。一方、本製造方法では、第2工程(酸素分圧雰囲気での熱処理)を行うことにより、単斜晶相マルテンサイトバリアントが生成し、酸素欠損がマルテンサイト変態による体積変化に伴うひずみを緩和する「格子不変変形(lattice-invariant-shear:LIS)」様の役割を担うことで、亀裂等のないバルク体を得ることができる。
【0047】
<第3工程>
次に、必要に応じて、第2工程で得られた酸素欠損を有する酸化ジルコニウムを熱処理する第3工程を行ってもよい。
【0048】
第3工程を行う際の熱処理温度は、好ましくは800~1100℃、より好ましくは900~1000℃、とくに好ましくは950~1000℃である。第3工程は、公知の電気炉等を用いて行うことができる。
【0049】
第3工程を行う熱処理時間は、好ましくは30分間~20時間の範囲内、より好ましくは30分間~5時間の範囲内、さらに好ましくは30分間~1時間の範囲内である。
【0050】
前記第3工程は、大気圧下(101325Pa下)で行うことが好ましい。
【0051】
以上、本実施形態に係る強磁性酸化ジルコニウムバルク体の製造方法について説明した。
【実施例0052】
以下、本発明に関し実施例を用いて詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0053】
以下の実施例で示される各成分の含有量の最大値、最小値は、他の成分の含有量に関係なく、本発明の好ましい最小値、好ましい最大値と考慮されるべきである。
また、以下の実施例で示される測定値の最大値、最小値は、各成分の含有量(組成)に関係なく、本発明の好ましい最小値、最大値であると考慮されるべきである。
【0054】
[強磁性酸化ジルコニウムバルク体の作製]
(実施例1)
厚さ20μmのジルコニウム板材((株)ニラコ製:ZR-493211、99.2質量パーセントがジルコニウムであり、残りの0.8質量パーセントがジルコニウム以外の元素)を大気中で熱処理温度800℃、熱処理時間30分間で熱処理した(第1工程)。熱処理後、炉冷(約1℃/分の速度で冷却)を行った。次に、前記第1工程により得られた、酸化された金属ジルコニウムをZr箔に包み、熱処理温度1000℃、熱処理時間1時間、酸素分圧1×10-20atmの条件で熱処理し(第2工程)、実施例1に係る強磁性酸化ジルコニウムバルク体を得た。第1工程、及び、第2工程の熱処理は、試料を電気炉内に配置して行った。第2工程における酸素分圧雰囲気としては、酸素ガスの他にプロセスガスとしてアルゴンガスを用いた。
【0055】
(実施例2)
実施例1で得られた強磁性酸化ジルコニウムバルク体に対して、さらに、大気中で熱処理温度800℃、熱処理時間30分で熱処理を行った(第3工程)こと以外は、実施例1と同様にして、実施例2に係る強磁性酸化ジルコニウムバルク体を得た。
実施例2では、後述する評価結果の通り、第3工程を実施することにより、実施例1とは異なるものが得られた。また、磁化の安定性も、実施例1と同様に高いものであった。
【0056】
(実施例3)
厚さ20μmのジルコニウム板材((株)ニラコ製:ZR-493211、99.2質量パーセントがジルコニウムであり、残りの0.8質量パーセントがジルコニウム以外の元素)を大気中で熱処理温度800℃、熱処理時間30分間で熱処理した(第1工程、1回目)。熱処理後、炉冷(約1℃/分の速度で冷却)を行った。次に、もう一度、大気中で熱処理温度800℃、熱処理時間30分間で熱処理した(第1工程、2回目)。熱処理後、炉冷(約1℃/分の速度で冷却)を行った。
次に、前記第1工程により得られた、酸化された金属ジルコニウムをZr箔に包み、熱処理温度1000℃、熱処理時間1時間、酸素分圧1×10-20atmの条件で熱処理し(第2工程)、実施例3に係る強磁性酸化ジルコニウムバルク体を得た。第1工程、及び、第2工程の熱処理は、試料を電気炉内に配置して行った。第2工程における酸素分圧雰囲気としては、酸素ガスの他にプロセスガスとしてアルゴンガスを用いた。
【0057】
(比較例1)
厚さ20μmのジルコニウム板材((株)ニラコ製:ZR-493211、99.2質量パーセントがジルコニウムであり、残りの0.8質量パーセントがジルコニウム以外の元素)を大気中で熱処理温度900℃、熱処理時間1時間で熱処理した(第1工程)。熱処理後、炉冷(約1℃/分の速度で冷却)を行った。以上により、比較例1に係る酸化ジルコニウムバルク体を得た。第1工程の熱処理は、試料を電気炉内に配置して行った。
【0058】
(比較例2)
第1工程の熱処理温度を1100℃に変更したこと以外は比較例1と同様にして比較例2に係る酸化ジルコニウムバルク体を得た。
【0059】
[X線回折法(XRD:X-ray Diffraction)]
実施例、比較例の試料について、X線回折装置(リガク社製、製品名:SmartLab)を用い、X線回折スペクトルを得た。測定条件は下記の通りとした。得られたX線回折スペクトルを図1に示す。
図1に示されるように、実施例1~3、比較例1~2の全てにおいて、単斜晶構造が確認できた。
<測定条件>
測定装置:X線回折装置(リガク社製、製品名:SmartLab)
線源:CuKα線源
管電圧:40kV
管電流:40mA
走査速度:2θ=20~80°:1°/分
【0060】
[TEM(透過電子顕微鏡)電子回折パターン]
実施例、比較例の試料について、透過電子顕微鏡(日本電子社製、製品名:2100PLUS)を用い、電子回折パターンを得た。測定条件は下記の通りとした。
<測定条件>
測定装置:透過電子顕微鏡(日本電子社製、製品名:2100PLUS)
加速電圧:200kV
【0061】
実施例1の試料について、得られた電子回折パターンを図2に示す。
図2の上側の電子回折パターンは、電子線入射方位[101]からの電子回折パターンであり、下側の電子回折パターンは、電子線入射方位[0(-1)1]からの電子回折パターンである。
図2に示されるように、電子線入射方位[101]、及び、[0(-1)1]からの電子回折パターン(大きい白いドット)が確認された。
また、電子線入射方位[101]、及び、[0(-1)1]からの電子回折パターンに加えて、<(-1)01>方向や<301>方向に多数の超格子反射(大きい白いドットの付近にみられる小さな広いドット)が確認された。超格子反射の存在は、周期的な酸素欠損が存在することを意味する。
なお、<(-1)01>方向は、<101>方向と等価である。
【0062】
実施例2の試料について、得られた電子回折パターンを図3に示す。
図3の上側の電子回折パターンは、電子線入射方位[0(-1)0]からの電子回折パターンであり、下側の電子回折パターンは、電子線入射方位[(-1)(-1)(-1)]からの電子回折パターンである。
図3に示されるように、電子線入射方位[0(-1)0]、及び、[(-1)(-1)(-1)]からの電子回折パターン(大きい白いドット)が確認された。
また、電子線入射方位[0(-1)0]、及び、[(-1)(-1)(-1)]からの電子回折パターンに加えて、<(-1)01>方向、<301>方向、及び、さらに高次の方向に多数の超格子反射(大きい白いドットの付近にみられる小さな広いドット)が確認された。超格子反射の存在は、周期的な酸素欠損が存在することを意味する。
【0063】
実施例3の試料について、得られた電子回折パターンを図4に示す。
図4の電子回折パターンは、電子線入射方位[0(-1)1]からの電子回折パターンである。
図4に示されるように、電子線入射方位[0(-1)1]からの電子回折パターン(大きい白いドット)が確認された。
また、電子線入射方位[0(-1)1]からの電子回折パターンに加えて、<(-1)01>方向、<301>方向に多数の超格子反射(大きい白いドットの付近にみられる小さな広いドット)が確認された。
【0064】
比較例1の試料について、得られた電子回折パターンを図2に示す。
図5の電子回折パターンは、[02(-1)]からの電子回折パターンである。
図5に示されるように、電子線入射方位[02(-1)]からの電子回折パターン(大きい白いドット)が確認された。しかしながら、実施例にみられたような超格子反射は確認されなかった。
なお、図示しないが比較例2についても同様に、実施例にみられたような超格子反射は確認されなかった。
これは、周期的な酸素欠損が存在しないことを意味する。
【0065】
図6は、図2に示した実施例1の電子回折パターンにおいて、エキストラスポット間の距離を求めるための図である。図6に示すように、実施例1では、エキストラスポット間の距離が0.267nm-1であった。
【0066】
図7は、図3に示した実施例2の電子回折パターンにおいて、エキストラスポット間の距離を求めるための図である。図7に示すように、実施例2では、エキストラスポット間の距離が0.314nm-1であった。
【0067】
図8は、図4に示した実施例3の電子回折パターンにおいて、エキストラスポット間の距離を求めるための図である。図8に示すように、実施例3では、エキストラスポット間の距離が0.317nm-1であった。
【0068】
電子線回折図形は、逆格子をエワルド球からなる平面で切った断面であるため、それら超格子反射を実格子で考えると、エキストラスポット間の距離0.2670nm-1~0.317nm-1は、3~3.8nmの周期を有する配列をしていることがわかる。
以上より、実施例1~3の試料は、酸素欠損が3nm以上3.8nm以下の間隔で周期的に存在することが確認された。
【0069】
[酸素欠損量の定量]
実施例、比較例の試料について、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)(島津製作所製、製品名:EPMA-1720H)を用い、深さ方向に酸素量を定量した。
測定条件は下記の通りとした。結果を図9に示す。図9の上側に示す、深さ方向の1~6のポイントにおいて測定した結果を図9の下側の表に示す。実施例1の試料はOの数が1.58~1.79の範囲にあり、実施例3の試料はOの数が1.81~1.85の範囲であった。
<測定条件>
測定装置:電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)(島津製作所製、製品名:EPMA-1720H)
加速電圧:15kV
ビーム電流:50nA
【0070】
[磁化特性評価]
SQUID(超電導量子干渉素子:Superconducting QuantumInterference device)にて磁化測定を行った。
実施例、比較例に係る板状試料1.1mgについて、Magnetic Property Measurement System3(MPMS3)(カンタム・デザイン社製)を用い、VSMモードで、300KにおけるM-H測定を行った。
結果を図10図14に示す。
図10は、実施例1の300KにおけるH-M曲線であり、図11は、実施例2の300KにおけるH-M曲線であり、図12は、実施例3の300KにおけるH-M曲線であり、図13は、比較例1の300KにおけるH-M曲線であり、図14は、比較例2の300KにおけるH-M曲線である。なお、図10図14は、製造直後の試料のH-M曲線である。
H-M曲線より、実施例1~3、比較例1の試料は、強磁性を発現していることが確認でき、実施例1の飽和磁化は0.093emu/g、実施例2の飽和磁化は0.055emu/g、実施例3の飽和磁化は0.028emu/g、比較例1の飽和磁化は0.021emu/gであった。比較例2については、反磁性を示した(強磁性は発現していなかった)。
【0071】
また、実施例1については製造後60日、実施例2については製造後46日、実施例3については製造後53日、比較例1について製造後30日の試料について、300KにおけるH-M曲線を測定した。
結果を図15図18に示す。
図15は、実施例1の60日後の300KにおけるH-M曲線であり、図16は、実施例2の46日後の300KにおけるH-M曲線であり、図17は、実施例3の53日後の300KにおけるH-M曲線であり、図18は、比較例1の30日後の300KにおけるH-M曲線である。
H-M曲線より、実施例1の製造後60日の飽和磁化は0.093emu/g、実施例2の製造後46日の飽和磁化は0.055emu/g、実施例3の製造後53日の飽和磁化は0.028emu/gであり、45日経過後も飽和磁化の低下はなかった。
一方、比較例1の製造後30日の飽和磁化は0.019emu/gであり、製造直後と比較して低下していた。
【0072】
【表1】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
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図8
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図10
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図16
図17
図18