(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119312
(43)【公開日】2024-09-03
(54)【発明の名称】鋼の連続鋳造方法
(51)【国際特許分類】
B22D 11/22 20060101AFI20240827BHJP
B22D 11/055 20060101ALI20240827BHJP
B22D 11/108 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
B22D11/22 A
B22D11/055 B
B22D11/055 A
B22D11/108 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023026117
(22)【出願日】2023-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】中野 将
(72)【発明者】
【氏名】塚口 友一
【テーマコード(参考)】
4E004
【Fターム(参考)】
4E004AC01
4E004AC02
4E004MA01
4E004MB14
4E004NB01
4E004NC01
(57)【要約】
【課題】鋳片の縦割れ発生の防止が十分であり、かつ凝固遅れBO発生を十分に防止できる、連続鋳造用モールドフラックスと連続鋳造用鋳型を用いた鋼の連続鋳造方法を提供する。
【解決手段】連続鋳造用鋳型として、鋳型冷却水路(冷却スリット)形状(幅および深さ),鋳型冷却水路端の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めた連続鋳造用鋳型を用い、モールドフラックスとして、CaO’/SiO
2質量比が0.9~2.0であり、Fを5質量%以上含み、アルカリ金属酸化物のうち、Li
2Oを1質量%以上15質量%以下含有し、凝固点が900℃以上1300℃以下であるモールドフラックスを適用する鋼の連続鋳造方法。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続鋳造用鋳型として、鋳型冷却水路(冷却スリット)形状(幅および深さ),鋳型冷却水路端の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めた連続鋳造用鋳型を用いた連続鋳造機を使用し、
モールドフラックスとして、CaO’/SiO2質量比が0.9~2.0であり、Fを5質量%以上含み、アルカリ金属酸化物のうち、Li2Oを1質量%以上15質量%以下含有し、凝固点が900℃以上1300℃以下であるモールドフラックスを組み合わせて適用することを特徴とする鋼の連続鋳造方法。
ここで、CaO’は(1)式および(2)式より求められる。
CaO’(質量%)=T.CaO-CaF2’×0.718 …(1)
CaF2’(質量%)=(F-Li2O×1.27-Na2O×0.613-K2O×0.403)×2.05 …(2)
(但し、(2)式右辺がマイナスの場合は(2)式左辺を0%とする。)
F:モールドフラックス中Fの含有率(質量%)、
モールドフラックスの成分含有量評価結果のうち、Cを除く成分の合計含有量を100質量%として、各成分の含有量を定める。T.CaO、Li2O、Na2O、K2Oは、モールドフラックス中のCa、Li、Na、Kがいずれもすべて酸化物であるとして算出した酸化物含有量(質量%)を意味する。
【請求項2】
前記連続鋳造用鋳型として、連続鋳造機の設定鋳造速度Vcに応じて(3)式で求められる熱流束Qを与えたとき、(4)式によって算出される鋳型表面温度T
sが、鋳型上部において鋳型下部よりも20℃以上低い連続鋳造用鋳型を用いた連続鋳造機を使用することを特徴とする請求項1に記載の鋼の連続鋳造方法。
【数1】
【数2】
Re=V
wd/(η/ρ) (5)
Pr=ηC
P/λ
w (6)
d=4A/L (7)
ここで、Q:熱流束[W/m
2]、Vc:設定鋳造速度[m/min]、T
s:鋳型表面温度[℃]、T
w:冷却水温度[℃]、X:鋳型冷却水路端の鋳型表面からの距離[m]、λ
m:鋳型銅板熱伝導率[W/(m・K)]、λ
w:冷却水熱伝導率[W/(m・K)]、A:鋳型冷却水路(冷却スリット)断面積[m
2]、L:鋳型冷却水路(冷却スリット)周長[m]、
Re:鋳型冷却水路(冷却スリット)内冷却水レイノルズ数[-]、
Pr:鋳型冷却水路(冷却スリット)内冷却水プラントル数[-]、
d:相当直径[m]、
V
w:鋳型冷却水路(冷却スリット)内の冷却水流速[m/s]、η:水の粘度[Pa・s]、ρ:水の密度[kg/m
3]、C
P:水の比熱[J/(kg・K)]
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の連続鋳造方法に関するものであり、特に、モールドフラックスを用いた鋼の連続鋳造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
連続鋳造プロセスでは、タンディッシュからの溶鋼を水冷銅鋳型へ供給し、鋳型内の溶鋼表面に添加したモールドフラックスを鋳型内潤滑・溶鋼の保温・不純物の回収・鋳型内抜熱(鋳型内熱流束)の制御に用いる方法が実用化されている。鋳型内における溶鋼の凝固過程で、鋳片の表面割れの起因となる不均一凝固が生じ、これの抑制のために緩冷却化が指向される。この具体的な方法として、(1)鋳型の熱伝導率あるいは熱伝達係数を下げ鋳型表面温度を上げ鋳片表面との温度差を低減する方法、(2)鋳型と鋳片の間に流入したモールドフラックスが形成するフラックスフィルムの結晶化を促進し、輻射伝熱の低減および結晶化に伴うエアギャップの形成による伝導伝熱の遮蔽を図る方法の二つが知られている。
【0003】
(1)に該当する公知技術には、特許文献1(鋳型上部に低熱伝導率のシートを配置する方法)、特許文献2(鋳型上部の冷却スリットを溶鋼側表面から後退させる方法)、特許文献3(鋳型上下で冷却水系を分離し上部の冷却を緩和する方法)、特許文献4(鋳型上部に空孔を配置する方法)、特許文献5(鋳型の水平方向に複数の冷却水系を設け上部の冷却を緩和する方法)、特許文献6(鋳型上部表面に低熱伝導率の溶射層を設ける方法)、特許文献7(鋳型上部に発熱体を埋設する方法)など多くの事例がある。これらの技術は伝導伝熱だけを考慮した場合には一定の効果が期待できるものの、鋳型表面温度の上昇は、鋳型表面への鋳片の焼き付きや鋳型表面の亀裂や銅板の変形等、鋳型寿命を低下させる問題を誘起するため、実用化には高いハードルがある。また、鋳型表面温度の上昇はモールドフラックスの結晶化を阻害することから上記(2)の方法にとってはかえって逆効果となりうる点が問題である。
【0004】
(2)に該当する公知技術には、モールドフラックスのフィルム中にCuspidineやmeliliteを晶析出させる手法がある(特許文献8,9,10)。これらの手法は鋳片の緩冷却化および割れ防止に効果があり、広く実用化されている。フラックスフィルムの結晶化は割れの抑制に有効であるものの、過度な結晶化は鋳型内潤滑不良を引き起こすだけでなく、鋳片抜熱低下によるバルジングやブレークアウト(BO)検知の懸念が高まり、良好な操業を阻害する因子にもなる。すなわち、鋳片の割れを抑制するにはフラックスフィルムの結晶相を単に晶析出させるのではなく、鋳型上部で瞬時に晶析出しつつ、鋳型下部にわたって適切な結晶化率を満たすモールドフラックスが望ましい。これを志向するものとして結晶化速度や凝固点を調整したモールドフラックスが開発されている(特許文献11,12,13)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭61-195742号公報
【特許文献2】特開昭61-195746号公報
【特許文献3】特開平01-143742号公報
【特許文献4】特開平02-197352号公報
【特許文献5】特開平02-200353号公報
【特許文献6】特開平08-267182号公報
【特許文献7】特開2000-202583号公報
【特許文献8】特開平11-320058号公報
【特許文献9】特開2000-158105号公報
【特許文献10】特開2010-214387号公報
【特許文献11】特開2006-247744号公報
【特許文献12】特開2020-146719号公報
【特許文献13】特開2021-74782号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本機械学会編,「JSME テキストシリーズ 伝熱工学」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
凝固点を高く設計したモールドフラックスは結晶化率が高くなり、鋳型上部でフィルムの結晶化が促進されるが鋳型下部でフィルムの結晶化が過度に生じる。一方で低凝固点化は鋳型と鋳片との間でモールドフラックスの液相が存在するので、鋳型内潤滑や凝固殻の成長促進に有効であるが、鋳型上部において十分な緩冷却能を得られない。すなわち、凝固点および結晶化率双方の観点から、両者が鋼の鋳造において適切な一方、その結晶化の制御はモールドフラックスの組成設計のみに頼っており、鋳型表面温度の制御と組み合わせて結晶化制御の自由度を高め、その効果を最大化するという思想はなかった。
【0008】
前述したように、鋳片表面の割れを防止するには鋳型内熱流束を制御することが肝要である。これには、上述の(1)および(2)のように鋳型とモールドフラックスそれぞれの手段があるが、従来はこれら2つの手段機構の相互作用が論じられることなく、単体での発明にとどまっていた。
【0009】
本発明は、鋳型の冷却能とフラックスフィルムを介した鋳型内抜熱制御の相互作用を考慮しつつ、両者を適正に組み合わせて実施することにより、従来に比べてより理想的な鋳型内抜熱を実現するものであり、鋼の連続鋳造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
鋳片の割れ抑制には緩冷却化が有効であるが、厳密には鋳型上部で緩冷却化することが望ましい。鋳型下部にかけては凝固殻の成長を促進するために、鋳型内抜熱を促進することが望ましい。
【0011】
本発明は水冷鋳型とモールドフラックス双方の相互作用を考慮し、理想的な鋳型内抜熱を得るものである。鋳型においては、溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部のそれよりも高めたことを特徴とする、連続鋳造用鋳型である。モールドフラックスについては、成分であるCaO、SiO2およびFの濃度をCuspidineが晶出しやすい組成に調整し、Li2Oを添加することで結晶化率を高めた。
【0012】
即ち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
[1]連続鋳造用鋳型として、鋳型冷却水路(冷却スリット)形状(幅および深さ),鋳型冷却水路端の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めた連続鋳造用鋳型を用いた連続鋳造機を使用し、
モールドフラックスとして、CaO’/SiO
2質量比が0.9~2.0であり、Fを5質量%以上含み、アルカリ金属酸化物のうち、Li
2Oを1質量%以上15質量%以下含有し、凝固点が900℃以上1300℃以下であるモールドフラックスを組み合わせて適用することを特徴とする鋼の連続鋳造方法。
ここで、CaO’は(1)式および(2)式より求められる。
CaO’(質量%)=T.CaO-CaF
2’×0.718 …(1)
CaF
2’(質量%)=(F-Li
2O×1.27-Na
2O×0.613-K
2O×0.403)×2.05 …(2)
(但し、(2)式右辺がマイナスの場合は(2)式左辺を0%とする。)
F:モールドフラックス中Fの含有率(質量%)、
モールドフラックスの成分含有量評価結果のうち、Cを除く成分の合計含有量を100質量%として、各成分の含有量を定める。T.CaO、Li
2O、Na
2O、K
2Oは、モールドフラックス中のCa、Li、Na、Kがいずれもすべて酸化物であるとして算出した酸化物含有量(質量%)を意味する。
[2]前記連続鋳造用鋳型として、連続鋳造機の設定鋳造速度Vcに応じて(3)式で求められる熱流束Qを与えたとき、(4)式によって算出される鋳型表面温度T
sが、鋳型上部において鋳型下部よりも20℃以上低い連続鋳造用鋳型を用いた連続鋳造機を使用することを特徴とする[1]に記載の鋼の連続鋳造方法。
【数1】
【数2】
Re=V
wd/(η/ρ) (5)
Pr=ηC
P/λ
w (6)
d=4A/L (7)
ここで、Q:熱流束[W/m
2]、Vc:設定鋳造速度[m/min]、T
s:鋳型表面温度[℃]、T
w:冷却水温度[℃]、X:鋳型冷却水路端の鋳型表面からの距離[m]、λ
m:鋳型銅板熱伝導率[W/(m・K)]、λ
w:冷却水熱伝導率[W/(m・K)]、A:鋳型冷却水路(冷却スリット)断面積[m
2]、L:鋳型冷却水路(冷却スリット)周長[m]、
Re:鋳型冷却水路(冷却スリット)内冷却水レイノルズ数[-]、
Pr:鋳型冷却水路(冷却スリット)内冷却水プラントル数[-]、
d:相当直径[m]、
V
w:鋳型冷却水路(冷却スリット)内の冷却水流速[m/s]、η:水の粘度[Pa・s]、ρ:水の密度[kg/m
3]、C
P:水の比熱[J/(kg・K)]
【発明の効果】
【0013】
本発明は、CaO’/SiO2質量比が0.9~2.0であり、Fを5質量%以上含み、アルカリ金属酸化物のうちLi2Oを1質量%以上15質量%以下含有し、凝固点が900℃以上1300℃以下である連続鋳造用モールドフラックスを用いるとともに、連続鋳造用鋳型の水冷銅鋳型として、鋳型冷却水路(冷却スリット)形状(幅および深さ),鋳型冷却水路端の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めることにより、鋳型上部でフィルムの結晶相を速やかに晶出させ、メニスカスにおける凝固殻を緩冷却化して縦割れの起点となる凝固殻の不均一成長を抑制し、鋳型下部において、フィルムの結晶相の成長を抑制し、凝固殻を強冷却化して凝固殻の成長を促進させることができる。これにより、炭素濃度0.06~0.20質量%の中炭素鋼を高速の鋳造速度で連続鋳造する場合でも、鋳片の縦割れ発生の防止が十分であり、かつ凝固遅れBO発生を十分に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】連続鋳造用鋳型の部分断面を示す平面断面図である。
【
図2】連続鋳造中の鋳型内断面を示す概略図である。
【
図3】連続鋳造用鋳型の部分断面を示す側面断面図である。
【
図4】連続鋳造用鋳型の部分断面を示す側面断面図である。
【
図5】連続鋳造用鋳型の部分断面を示す側面断面図である。
【
図6】連続鋳造用鋳型の部分断面を示す側面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、鋼の連続鋳造において、モールドフラックスを用い、鋳型と鋳片の間隙に流入した溶融フラックスが形成するフラックスフィルム中に晶析出する結晶が輻射伝熱遮蔽および微小空隙形成によって伝導伝熱を阻害する効果を最大限に引き出し、鋳片表面を緩冷却する鋳型内熱流束制御技術に関する。
【0016】
《モールドフラックス》
本発明の連続鋳造用モールドフラックスの成分組成について説明する。連続鋳造用モールドフラックスがCを含有する場合、モールドフラックス中のC以外の成分の合計を100質量%とし、各成分の含有量を算出する。従って、C含有量については、外数(外挿)の扱いとなる。モールドフラックスの含有量についての%は質量%を意味する。
【0017】
[CaO’/SiO2]
モールドフラックスはT.CaOとSiO2およびFを主成分として含有する。このときの、T.CaOはモールドフラックス中のCa成分を全量CaOとしてみなした成分として扱われる。Fは粉体状態でCaF2として添加されるが、溶融状態においてFはCaよりもアルカリ金属に強い親和性を有する。そのため、溶融状態では、Fはアルカリ金属成分と反応し、アルカリ金属フッ化物として存在し、残りのF成分がCa成分と反応してCaF2として存在することが知られている。そこで、溶融状態でのフラックス中のCaF2濃度について、前記(2)式で定めることとする。(2)式右辺がマイナスの場合は、フラックス中のFがすべてアルカリ金属酸化物と反応しており、残余のFがゼロとなり、CaF2濃度もゼロであると考えられることから、(2)式左辺を0%とする。このようにして(2)式でCaF2濃度を定めた上で、前記(1)式でCaO’を算出する。(1)式で定義されるCaO’は、Fと未反応分のCa成分が酸化物(CaO)として存在するとみなした成分量を示す。
【0018】
CaO’/SiO2は、カスピダインを晶出させる成分指標である。CaO’/SiO2が質量濃度比で0.9以上2.0以下であることが好ましい。質量濃度比CaO’/SiO2が0.9未満の場合、結晶の晶出量が少なく、十分な緩冷却能を有するフィルムを得られない。一方で、質量濃度比CaO’/SiO2が2.0を超える場合、カスピダイン以外の結晶相が晶出するため、十分な緩冷却能を有するフィルムが得られない。CaO’/SiO2が質量濃度比で1.1以上1.8以下であるとより好ましい。
【0019】
[F]
Fの含有量は5質量%以上である。これは、F成分がモールドフラックスの凝固点を調整する効果があるとともにカスピダインの晶出に効果を有するためであり、Fの含有量が5質量%未満の場合、その効果が小さくなる。一方、Fを多量に添加するとモールドフラックスの粘度が大きく低下し、モールドフラックスの溶鋼への巻き込みが発生する。したがって、Fの含有量は好ましくは、24質量%以下とする。Fの含有量は10質量%以上であるとより好ましい。
【0020】
[アルカリ金属酸化物]
モールドフラックスに添加されるアルカリ金属酸化物として、K2O、Na2O、Li2Oがある。アルカリ金属酸化物は、モールドフラックスの結晶化速度向上の効果を得ること、凝固点および粘度を下げる調整をすることを目的に添加される。コストの観点から、Na2Oが使用されることが多い。以下、モールドフラックス中成分含有量としてのLi2O、Na2O、K2Oは、モールドフラックス中のLi、Na、Kがいずれもすべて酸化物であるとして算出した酸化物含有量(質量%)を意味する。
【0021】
アルカリ金属酸化物の添加が及ぼす結晶化速度向上の効果は、Li2O>Na2O>K2Oの順で大きいことが知られている。Li2Oがモールドフラックスの結晶化速度を高める効果が最も大きい。Li2Oの含有量は1質量%以上15質量%以下であり、3質量%以上10質量%以下であることが好ましい。Li2Oの含有量が1質量%未満であると、モールドフラックスの凝固点が高く、凝固遅れBOを防止することができない。一方で、Li2Oを過剰に含有すると、カスピダインの晶出量が低下し、十分な緩冷却能を得ることができない。
【0022】
K2Oの添加は、従来のモールドフラックスよりも粘度を上昇させるとともに結晶化速度を低下させることが知られている。鋳型と凝固殻間への流入が低下および結晶の晶出が低下するので、K2Oの含有は避けた方が好ましく、K2O含有量が0.5質量%未満であると好ましい。
【0023】
さらに、本発明のモールドフラックスはNa2Oを1質量%以上含有してもよい。Na2Oは一般に使用される成分であり、含有によって従来以上に結晶化速度を向上させる働きはないが、凝固点を低下させる効果があるためである。一方で過剰に含有すると、カスピダインの晶出量が低下し、十分な緩冷却能を得られることができないので、好ましくはNa2Oを10質量%以下とする。
【0024】
[Al2O3とMgO]
Al2O3とMgOの含有量は好ましくは合計で5質量%以下とする。モールドフラックスの設計上、不可避混入物としてAl2O3とMgOが存在する。いずれも、カスピダインの晶出量を低減させ、その他の結晶が晶出するため、溶融特性の悪化や、抜熱不良が生じるため、その含有量は極力少ない方が望ましい。モールドフラックス中のAl2O3とMgOの含有量は、モールドフラックス中のAl、Mgがいずれもすべて酸化物であるとして算出した酸化物含有量(質量%)を意味する。
【0025】
[C]
さらに、本発明のモールドフラックスには、上記の成分に加えて、Cを添加するのが望ましく、モールドフラックスの外数の含有率として、1~10質量%含有させるのが望ましい。Cは、モールドフラックスの溶融速度を調整する作用を有し、C含有量が高くなると、その溶融速度が小さくなる。1質量%未満では溶融速度が過度に大きく、10質量%超では溶融速度が過度に小さく、鋳型と凝固殻間へのフラックス流入性が悪化する。
【0026】
[凝固点](凝固温度(℃))(結晶化温度に等しい)
モールドフラックスの凝固点は900℃以上1300℃以下と規定する。凝固点が1300℃を超えると、鋳型下部でフィルムの結晶相が過剰に形成し、凝固殻の成長が不足する。凝固点は1250℃以下がより好ましい。一方、900℃未満に凝固点を低下させたモールドフラックスは、カスピダインの晶出が不足し、十分な緩冷却能を得ることができないので、凝固点を900℃以上にする。凝固点を1100℃超にするのがより好ましい。モールドフラックスの凝固点を900℃以上1300℃以下の範囲内に調整するためには、モールドフラックスのCaO’/SiO2質量比、F含有量、アルカリ金属含有量を、前記記載内容を指標として本発明範囲内で調整することにより、実現することができる。
【0027】
[粘度]
モールドフラックスの粘度は、1300℃において1poise以下が望ましい。1poiseを超えると、鋳型と凝固殻間のモールドフラックスの流入が不足し、鋳片欠陥を発生しやすくなる。
【0028】
[原料]
本発明のモールドフラックスに使用される原料は、一般に使用される原料で問題ない。CaO原料としては生石灰、石灰石、セメントなど、SiO2原料としては、珪砂、珪藻土など、Li2Oの原料としては、炭酸リチウムなど、Na2Oの原料としては炭酸ナトリウムやソーダ灰など、Fの原料としては蛍石やフッ化ソーダなど、C原料としてはカーボンブラックやコークス粉などを用いることができる。
【0029】
また、モールドフラックスの原料の形状は限定されない。例えば、粉末、顆粒など、全ての形状で使用することができる。これらの原料には、Fe2O3やAl2O3およびMgOなどの酸化物が含有される。これらの不純物が混入していても、微量であり、とくに差し支えない。
【0030】
《連続鋳造用鋳型》
鋼の連続鋳造に用いる連続鋳造用鋳型1は、
図1に示すように、溶鋼に接する側の材料として熱伝導に優れる銅を用いた鋳型銅板2を配置し、鋳型銅板2の背面側から水冷し、定常状態における鋳型表面温度を概ね300℃以下に保つことにより、鋳型表面への鋳片の焼き付きや銅素材の軟化あるいは変形を防止している。スラブ連鋳機やブルーム連鋳機など比較的大断面の鋳型は、通常、鋳型銅板2の背面側に細長い上下方向の溝を形成し、この溝と鋳型銅板2の背面のバックフレーム4とによって冷却水路を形成する。この冷却水路は冷却スリット3と呼ばれる。
図6の側面断面図に示すように、下側給排水路9から供給された冷却水が、冷却スリット3内を流れ、上側給排水路8から排出される。
図1の平面断面図に示すように、冷却スリット3を幅方向に多数配置して冷却水に接する表面積を高め、十分な冷却能力を得ている。背景技術に記したように、鋳片表面割れを防止する観点から、鋳型上下方向に冷却能力を異ならせる発想は従前から数多くあり、いずれも鋳型上部の冷却能力を鋳型下部よりも低くすることによって鋳型上部の初期凝固殻を緩冷却化しようとしている。その目的のため、前述のとおり、(1)鋳型銅板の熱伝導率を下げて鋳型表面(鋳片側稼働面)温度を上げ鋳片表面との温度差を低減して伝導伝熱を緩和する方法と、(2)鋳型と鋳片の間隙に流入した溶融フラックスが形成するフラックスフィルムの結晶化を促進し、輻射伝熱遮蔽効果および微小空隙形成による伝導伝熱阻害効果を得て、熱流束を緩和する方法、の2つの方向で対策が講じられていた。
【0031】
ところが、連続鋳造中において初期凝固殻の成長速度や鋳型内での熱流束を実測したところ、モールドフラックスとして結晶化しやすいものを用い、かつ鋳型上部の冷却能力を下げて鋳型表面温度を上げると、狙いとは逆に初期凝固殻を強冷却してしまう場合があることがわかった。鋳型-鋳片間隙のモールドフラックスフィルムの結晶化が阻害されたものと推定される。また逆に、鋳型上部の冷却能力を上げて鋳型表面温度を下げると、初期凝固殻を緩冷却できる場合があることがわかった。鋳型-鋳片間隙のモールドフラックスフィルムの結晶化が促進されたものと推定される。本発明者らは、この冷却のパラドックスとも言うべき現象を見出し、その現象を利用することによって、従来技術の問題点を解消しつつ、より理想に近い鋳型内熱流束制御を実現する方法を考案した。
【0032】
以下に、前記した本発明の構成にそって本発明の特徴を説明する。
まず、連続鋳造用鋳型における鋳型上部と鋳型下部について説明する。鋳型上部とは鋳型銅板上端から200mmもしくは300mmまでの範囲、を意味する。鋳型下部とは、鋳型上部よりも下の鋳型銅板下端までの範囲の内、少なくとも鋳型銅板上端から600mmよりも下の範囲を意味する。
【0033】
本発明の第1発明は、前記本発明のモールドフラックスを用いるとともに、連続鋳造用鋳型の水冷銅鋳型として、鋳型冷却水路(スリット)形状(幅および深さ),鋳型冷却水流路前面の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めた連続鋳造用鋳型を用いた連続鋳造方法である。
【0034】
第1の発明に用いる連続鋳造用鋳型においては、モールドフラックスフィルムが結晶化することによって生じる緩冷却すなわち鋳片から鋳型への熱流束を低減する効果を最大限に引き出すことを目的に、鋳型上部溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めるのである。
【0035】
従来、前記定めた鋳型上部と鋳型下部を含めて鋳型の上下方向全体に渡ってモールドフラックスフィルムの結晶化に伴う緩冷却効果を享受したいのであれば、鋳型上部から鋳型下部まで全体の冷却能力を引き上げればよいのである。それに対して本発明において、鋳型上部の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めるのは以下の理由による。
【0036】
鋳型は、溶鋼を冷やし固めて鋳片を形成する場であることから、元来強冷却が要求されるのである。ゆえに鋳片表面割れ防止のために緩冷却が必要といっても、無限の緩冷却化は元来の鋳型機能を否定することに繋がり、その意味で緩冷却化は必要最小限にとどめるべきである。鋳片表面割れ防止に求められる緩冷却化は鋳型上部の溶鋼湯面近傍、具体的には溶鋼湯面から下方向に50mmないし200mmよりも上部でのみ求められるものである。それよりも下部ではむしろ過度な緩冷却化を避けることを指向するべきである。
【0037】
上記モールドフラックスフィルムを介した冷却のパラドックス現象から、鋳型上部溶鋼湯面近傍の冷却能力を高めることによってモールドフラックスフィルムの結晶化が促進され、かえって凝固殻からの抜熱量を低減できる可能性が見いだされた。その一方、鋳型下部の冷却能力は低下させることによってモールドフラックスフィルムの過度の結晶化を抑制することにより、かえって凝固殻からの抜熱量を増大できる可能性がある。このような現象が実現できるのであれば、鋳型上部溶鋼湯面近傍における適度な緩冷却化と鋳型下部における十分な熱流束の維持に繋がる。そこで、上記本発明の連続鋳造用鋳型を用い、前記本発明のモールドフラックスを用いて鋼の連続鋳造を行ったところ、従来の連続鋳造用鋳型とモールドフラックスを用いた場合と比較し、鋳型上部における鋳片の冷却を緩和し、鋳型下部における鋳片の冷却を増大できることが判明した。詳細は後述の実施例で詳述する。本発明の第1の発明に係る連続鋳造方法によれば、鋳型上部溶鋼湯面近傍の銅板表面温度が低く抑えられるので、鋳型表面への鋳片の焼き付きや鋳型表面の亀裂ならびに鋳型銅板の変形が抑制されるという副次的な効果も生じる。
【0038】
本発明では、鋳型冷却水路(冷却スリット)形状(幅および深さ),鋳型冷却水流路前面の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めるものとする。これらの手段は、低コストで実現可能であり、かつ本発明にとって十分な効果を有することが、その理由である。
【0039】
本発明が上記モールドフラックスフィルムを介した冷却のパラドックス現象を利用する観点から、本発明はモールドフラックスを用いる連続鋳造に限って適用される。
【0040】
本発明の第2発明は、第1発明に記載の連続鋳造用鋳型を備えた連続鋳造機において、連続鋳造機の設定鋳造速度Vcに応じて前記(3)式で求められる熱流束Qを与えたとき、前記(4)式によって算出される鋳型表面温度Tsが鋳型上部において鋳型下部よりも20℃以上低いことを特徴とする連続鋳造方法である。
【0041】
第2発明では、上記第1発明で用いる連続鋳造用鋳型について、第1発明に記した発明の内容を、より具体的に規定する。本発明において、モールドフラックスの結晶化に影響を及ぼすのは、鋳型表面温度である。鋳型表面から冷却水にかけての熱伝導および熱伝達の挙動については、以下のように計算することができる。
【0042】
図1に示すように、連続鋳造用鋳型1は通常、鋳型銅板2の背面側に幅W,深さDの冷却スリット3を有し、冷却スリット3内に5~10m/sの速度で冷却水を流す。
図6に示すように、一般的には冷却スリット3は上下方向に延び、冷却水は下から上へと流される。鋳型幅方向のスリット間隔はここでは特に規定しないが、鋳型表面温度ムラが許容できる程度に密に配置するのが常識である。具体的には、スリット幅Wの3倍を超えない範囲である。構造上の制約から部分的に上記範囲を超える場合もあるが、全体の冷却能力に対する影響は小さい。
【0043】
鋳型表面から冷却水路に接する面までの間の熱伝達は、鋳型銅板材質の有する熱伝導率によって支配される。ここで、鋳型表面に薄い(通常、数10μm~100μm程度)メッキ層が存在する場合もあるが、その影響は無視することができる。このとき、下記(8)式で定める鋳型表面から冷却水路に接する面までの間の熱伝達係数h
mは、下記(9)式となる。
T
s=(1/h
m)Q+T
f (8)
h
m=λ
m/X (9)
ここで、T
s:鋳型表面温度、Q:熱流束、T
f:冷却水流路に接する鋳型表面温度、λ
m:鋳型銅板熱伝導率,X:鋳型冷却水路端7(冷却スリット3端)から鋳型表面6までの距離(
図1参照)である。
【0044】
鋳型冷却水と鋳型銅板との間の熱伝達(下記(10)式で定める鋳型-冷却水間の熱伝達係数hw)は、Nu:ヌッセルト数を用いて、
Tf=(1/hw)Q+Tw (10)
hw=Nu×λw/d (11)
と定義される。このヌッセルト数の定め方として、管内乱流熱伝達に関する多くの実験式がある。連続鋳造用鋳型の冷却挙動について実験を行ったところ、種々の実験式の中で、Dittus-Boelterの実験式
Nu=0.023Re0.8Pr0.4 (12)
(例えば非特許文献1参照)を用いて上記(11)式に代入して鋳型-冷却水間の熱伝達係数hwを求めることで精度よく計算できることがわかった。ここで、Re:レイノルズ数は前述の(5)式、Pr:プラントル数は前述の(6)式で定義される。(11)式のλwは水の熱伝導率である。(5)式(11)式のd:相当直径については、前記(7)式で相当直径dを定めた。なお、ヌッセルト数は伝導熱伝達に対する対流熱伝達の大きさ、レイノルズ数は乱流の激しさ、プラントル数は速度境界層厚さと温度境界層厚さの比を示す無次元数である。
【0045】
(5)式で定めるレイノルズ数において、Vw:スリット内の冷却水流速、d:相当直径、ν:水の動粘度、さらにν=η/ρ、η:水の粘度、ρ:水の密度であり、(6)式で定めるプラントル数において、η:水の粘度、λw:水の熱伝導率、CP:水の比熱である。また、(7)式で定める相当直径dについては、A:冷却流路(スリット)の断面積、L:冷却流路(スリット)周長=2(W+D)のように冷却水路断面形状によらず求められる。このとき、鋳型冷却水と鋳型銅板との間の熱伝達係数hwは、(11)式に(7)式を代入して、
hw=Nu×λw/(4A/L) (13)
となる。
【0046】
鋳型表面から鋳型冷却水までの熱伝達は下記(14)式で表される。熱伝達係数hm-wは、上記鋳型表面から冷却水路に接する面までの間の熱伝達係数hmと鋳型-冷却水間の熱伝達係数hwを用いて、(10)式を(8)式に代入してTsを消去することにより、下記(15)式のように求めることができる。
Ts=(1/hm-w)Q+Tw (14)
1/hm-w=1/hm+1/hw (15)
【0047】
これらの関係を用い、上記(14)式に(15)式を代入し、(14)式のhmに(9)式を代入し、(14)式のhwに(13)式を代入すると、鋳片から冷却水へ移動する熱量すなわち熱流束Qに対して、鋳型表面温度Tsが前記(4)式のように求まる。
【0048】
(4)式中の熱流束Qには、鋳造速度に対する経験式である前記(3)式を用いる。(3)式のQは、鋳型のメニスカス部分から鋳型下端までの平均熱流束を意味する。鋳造中の鋳型内熱流束は鋳型上部と下部とで異なる(鋳片表面温度が高い鋳型上部において熱流束が大きい)が、ここでは鋳型上部と鋳型下部との冷却能力の差異を評価するので、Qは鋳型部位によらず鋳造速度のみに依存する(3)式の値を用いる。
【0049】
(3)式の設定鋳造速度Vcには、連続鋳造機の設計鋳造速度範囲内の値を用いて評価する。ここで設計鋳造速度範囲内の値とは、使用する連続鋳造機の代表的な鋳造速度であり、鋳片厚みと連続鋳造機の機長から計算される最大鋳造速度の0.7~0.8倍の鋳造速度を意味している。
【0050】
上記第2発明においては、連続鋳造用鋳型を備えた連続鋳造機であって、(4)式によって算出される鋳型表面温度Tsが、鋳型上部において鋳型下部よりも20℃以上低いことを特徴とする。その条件が満たされるとき、前記本発明のモールドフラックスを用いて鋼の連続鋳造を行った場合、鋳型上部においてモールドフラックスフィルムの結晶化が促進され鋳片表面を緩冷却化できる。同時に鋳型下部におけるモールドフラックスフィルムの過度な結晶化が抑制され凝固殻の成長を促進することができる。加えて、鋳型表面への鋳片の焼き付き防止、鋳型表面の亀裂防止、ならびに鋳型銅板の変形抑制といった効果が得られる。
【0051】
本発明の連続鋳造方法では、モールドフラックスとして、前述のとおり、CaO’/SiO2質量比が0.9~2.0であり、Fを5質量%以上含み、アルカリ金属酸化物のうち、Li2Oを1質量%以上15質量%以下含有し、凝固点が900℃以上1300℃以下であり、結晶化のしやすい連続鋳造用モールドフラックスを用いる。また、連続鋳造用鋳型として、鋳型上部の鋳型表面温度を下げてフラックスフィルムの結晶化を促進しようとするものであるから、鋳型内湯面上で溶融した後、鋳片と鋳型との間隙に流入したフラックスフィルムは急冷却される。これにより、鋳型上部でフィルムの結晶相を速やかに晶出させ、メニスカスにおける凝固殻を緩冷却化して縦割れの起点となる凝固殻の不均一成長を抑制する。一方で、鋳型下部において、フィルムの結晶相の成長を抑制し、凝固殻を強冷却化して凝固殻の成長を促進させることができる。これにより、炭素濃度0.06~0.20質量%の中炭素鋼を高速の鋳造速度で連続鋳造する場合でも、鋳片の縦割れ発生の防止が十分であり、かつ凝固遅れBO発生を十分に防止することができる。
【0052】
本発明において好ましくは、モールドフラックスとして、溶融し150℃/minの冷却速度で冷却し凝固させたときに結晶化率が面積率で70%以上であるモールドフラックスを組み合わせて適用すると良い。
【0053】
図2に示すように、浸漬ノズル5から連続鋳造用鋳型1内に溶鋼10が供給される。連続鋳造用鋳型1内の溶鋼10表面に供給したモールドフラックス11は、溶鋼10の表面で溶融してフラックス溶融層12を形成し、連続鋳造用鋳型1と凝固殻13との間に流入してモールドフラックスフィルム14となり、モールドフラックスフィルム14は、鋳片と鋳型との間隙に存在し、全体の厚みが0.1~1mm程度であり、鋳型側が凝固した固相フィルム15、鋳片側は液相フィルム16という2層構造である。固相フィルム15中には結晶が晶析出する場合と、ガラス状に固化している場合がある。
【0054】
本発明は、モールドフラックスフィルムの結晶化が輻射伝熱の遮蔽効果と伝導伝熱の抑制効果を有することから生じる、本発明者らが見いだした冷却のパラドックス現象を利用したものである。そのため、モールドフラックスフィルム中に結晶が晶析出するものを用いることでその効果が発揮される。そこで、モールドフラックスとして、溶融し150℃/minの冷却速度で冷却し凝固させたときに結晶化率が面積率で70%以上であるモールドフラックスを用いると好ましい。同条件で凝固させたときに結晶化率が面積率で80%以上であるとより好ましい。凝固させた試料についてSEM-EDSによって結晶粒ごとに結晶の種類を定め、合計の結晶面積率%を結晶化率とした。
モールドフラックスにおいてCaO’/SiO2質量比を0.9以上、Li2Oを1質量%以上とすることにより、結晶化率を上記本発明の好適範囲とすることができる。
【実施例0055】
図1に示すように、鋳型銅板2の背面側に上下方向に延びる冷却スリット3を有する連続鋳造用鋳型1を用い、冷却スリット3の形状や冷却条件を種々変更し、(3)式で定める熱流束Qが与えられたときの、(4)式で定める鋳型表面温度T
sを算出した。ここで、鋳型上部と鋳型下部とで条件を異ならせた。算出に用いた鋳型の条件、鋳造条件について、表1に示す。
【0056】
【0057】
鋳型Aは、
図3および表1に示すように、鋳型銅板2の鋳造方向長さ0.90mの鋳型を用い、鋳型銅板2の上端から湯面高さまでの距離を0.10mとなるよう設計した鋳型である。そして、冷却水路前面(鋳型冷却水路端7)から鋳型表面6までの距離Xを、鋳型上部(鋳型銅板上端から0.05m~0.20mの間)ではX
U=0.011m,鋳型下部(鋳型銅板上端から0.50m~0.90mの間)ではX
L=0.018mと異ならせている。その結果、鋳造速度1.6m/minとして(3)式で定める鋳型内熱流束Qを与えた場合に(4)式で算出する鋳型表面温度T
sが、鋳型上部で141.3℃,鋳型下部で172.0℃となり、31℃の差であり、本発明の要件を満たす鋳型である。鋳型Aにおいては、鋳型冷却水を鋳型の下から上に流しているので、鋳型冷却水温は鋳型上部の平均値が37℃,鋳型下部の平均値が32℃と鋳型上部の方が高い条件となる。なお、鋳型銅板上端からの距離が0.20m~0.50mの範囲においては、冷却水路前面から鋳型表面までの距離Xが0.011m~0.018mへとなだらかに変化する設計としている。
【0058】
鋳型Bは、
図4および表1に示すように、鋳型銅板2の鋳造方向長さ0.90mの鋳型を用い、鋳型銅板2の上端から湯面高さまでの距離を0.10mとなるよう設計した鋳型である。そして、冷却水路であるスリットの深さDを、鋳型上部(鋳型銅板上端から0.04m~0.25mの間)ではD
U=0.014m、と鋳型下部(鋳型銅板上端から0.60m~0.90mの間)ではD
L=0.028mとし、鋳型上部は鋳型下部の半分とすることで流路断面積を半減し、冷却水の流速V
wが倍増する設計とした。その結果、鋳造速度2.1m/minとして(3)式で定める鋳型内熱流束Qを与えた場合に(4)式で算出する鋳型表面温度T
sが、鋳型上部で174.8℃,鋳型下部で215.0℃となり、40℃の差であり、本発明の要件を満たす鋳型である。鋳型Bにおいては、鋳型冷却水を鋳型の下から上に流しているので、鋳型冷却水温は鋳型上部の平均値が37℃,鋳型下部の平均値が30℃と鋳型上部の方が高い条件となる。なお、鋳型銅板上端からの距離が0.25m~0.60mの範囲においては、冷却水路であるスリットの深さDが0.014m~0.028mへとなだらかに変化する設計としている。
【0059】
鋳型Cは、
図5および表1に示すように、鋳型銅板2の鋳造方向長さ1.10mの鋳型を用い、鋳型銅板2の上端から湯面高さまでの距離を0.10mとなるよう設計した連続鋳造機を用いている。そして、鋳型銅板の熱伝導率λ
mを、
図5の境界位置17をはさんで、鋳型上部(鋳型銅板上端から0.05m~0.20mの間)と鋳型下部(鋳型銅板上端から0.20m~1.10mの間)との間で異ならせ、鋳型銅板の熱伝導率λmが鋳型下部に対し鋳型上部の方が大きくなる設計とした。その結果、鋳造速度2.5m/minとして(3)式で定める鋳型内熱流束Qを与えた場合に(4)式で算出する鋳型表面温度T
sが、鋳型上部で172.8℃,鋳型下部で220.9℃となり、48℃の差であり、本発明の要件を満たす実施例である。鋳型Cにおいては、鋳型冷却水を鋳型の上から下に流す設計(
図5参照)とすることによって、鋳型冷却水温は鋳型上部の平均値が31℃,鋳型下部の平均値が39℃と鋳型上部の方が低い条件となることも、鋳型上部の表面温度を鋳型下部の表面温度に対して下げるのに有効に作用する。
【0060】
鋳型Dおよび鋳型Eは、
図6および表1に示すように、鋳型の冷却に関わる構造(鋳型冷却水路形状,鋳型冷却水流路前面の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速)が鋳型上部から鋳型下部まで同じである、通常の鋳型を示す比較例である。鋳型Dおよび鋳型Eにおいて、冷却水温に関しては、鋳型冷却水を鋳型の下から上に流す通常の設計であり、その影響で、鋳型冷却水温は鋳型上部の平均値が鋳型下部の平均値に対し高くなっている。その結果、鋳造速度1.6m/min相当の鋳型内熱流束Qを与えた場合の鋳型表面温度計算値は、鋳型上部の値が鋳型下部の値よりも若干ではあるが大きくなっている。なお、鋳型Eでは、冷却水路前面-鋳型表面距離Xを鋳型上部、鋳型下部ともに小さくすることで、鋳型全体の冷却能力を高めている。
【0061】
次に、実際に連続鋳造機を用いて連続鋳造を行った結果を示す。
組成を表2に示す溶鋼を、鋳型A,B,C,D,Eを用いて鋳造した。鋳型断面寸法は、幅1250mm,厚み250mm、溶鋼過熱度は鋳型注入直前で25℃、鋳造速度は1.6~2.5m/minという条件である。それぞれの本発明例および比較例を表4とする。
【0062】
【0063】
モールドフラックスには、表3の仕様のものを用いた。
表3に示す化学組成は、溶融時に燃焼または熱分解により失われる炭素を除いた組成であり、溶融後の組成を代表する値である。分析で得られたCa分がすべてCaOであり、分析で得られたNa分がすべてNa2Oであるとして表3に示している。表3中の「C’/S」は、CaO’/SiO2質量比を意味する。
表3中における凝固点は、炉内の黒鉛ルツボ内で一旦溶融したモールドフラックスを、10℃/minの冷却速度で炉内雰囲気温度を下げながら凝固させた際に、結晶化に伴う発熱が最大となる温度(温度低下の傾きが最も小さくなる温度、もしくは発熱による温度上昇の傾きが最も大きくなる温度)をモールドフラックス温度の測定結果から読み取って定めた。
粘度は、振動片式粘度計で測定した1300℃での値を用いた。
黒鉛るつぼ内で1350℃で溶融したモールドフラックスを150℃/minで凝固させ、凝固させた試料についてSEM/EDSによって結晶粒ごとに結晶の種類を定め、合計の結晶面積率%を結晶化率とした。結晶化率が高いということは、高い冷却速度においてもモールドフラックスが結晶化することを意味する。
【0064】
表3中のモールドフラックスa~dは本発明品であり、本発明で規定する成分組成と凝固点を具備している。モールドフラックスeはLi2O含有量が本発明の下限を外れ、他のアルカリ金属酸化物含有量も少ないことから、凝固点が本発明の上限を外れている。モールドフラックスfはLi2O含有量が本発明の下限を外れ、カスピダインが晶出するものの凝固点が低く結晶化率も小さい。モールドフラックスgはLi2O含有量とC’/S(CaO’/SiO2質量比)が本発明の下限を外れ、結晶化率が大幅に低い結果となった。
【0065】
【0066】
【0067】
熱流束は、鋳型内の鋳型上部と鋳型下部それぞれに設置した、高さ方向に複数点、深さ方向に2点の熱電対の測温値から、該当する鋳型領域の平均熱流束を見積もった値を用いた。その熱流束の比較例15(D-f)の鋳型上部における値を100として指数化して、表4の「鋳型上部の熱流束指数」「鋳型下部の熱流束指数」に示している。熱電対を用いた熱流束の測定値が時間変動する場合には、その変動曲線の極大点の値を結んで平均値とした。熱流束の測定値が時間変動する場合、その変動要因は、凝固殻の異常収縮によって鋳型と鋳片との距離が離れることや、モールドフラックスフィルムの固相と鋳型との間に空隙が生じることである。それらの変動要因は熱流束を低下させる方向に作用するので、鋳型-モールドフラックスフィルム系本来の熱流束を評価するには、変動曲線の極大値で評価するのがよいのである。また、熱流束を評価する領域は、鋳型内の湯面高さよりも下の実効領域とした。具体的には、鋳型上部では湯面高さである鋳型銅板上端から0.10mを起点に鋳型銅板上端から0.20mまでとした。鋳型下部では、鋳型銅板上端から0.20mから鋳型下端までとした。
【0068】
鋳片の長辺面の凹凸の大きさをレーザー距離計で計測し、計測距離の標準偏差を凝固不均一度とした。比較例15(D-f)における凝固不均一度を100として指数化したものを表4の「凝固不均一度指数」に示している。
【0069】
ここでは、まず通常の鋳型Dと、結晶化するがやや結晶化率が低い従来のモールドフラックスfの組み合わせである比較例15(D-f)から説明する。D-fは鋳型構造上の冷却能力は鋳型上部から下部まで一定である鋳型Dを用い、カスピダインを主結晶としてフラックスフィルム中に晶析出する表3のfに示すモールドフラックスを用い、表2に示す組成の亜包晶鋼を鋳造した比較例である。
比較例15(D-f)においては、鋳型内熱流束は凝固殻表面温度の高い鋳型上部において大きく、凝固殻表面温度が低下する鋳型下部において小さい、通常の熱流束分布を示した。
比較例15(D-f)は、得られた鋳片の表面に亜包晶鋼特有の凝固収縮の大きさに起因する凹凸が見られた。比較例15(D-f)で見られた凝固の不均一は、モールドフラックスフィルムの結晶化が不十分で鋳型上部における熱流束が十分に低下しなかったことに起因すると考えた。
それに対し、鋳型Aを用いた比較例10(A-f)では、鋳型上部の冷却能力を強化してモールドフラックスフィルムの結晶化を促進した結果、鋳型上部の鋳型熱流束指数は86まで低下し、凝固不均一度指数は31まで改善した。鋳型下部の冷却能力は比較例15(D-f)と同じではあるものの、鋳型上部で結晶化を促進したモールドフラックスフィルムの影響で、鋳型下部の鋳型熱流束指数は比較例15(D-f)に対して若干低下した。
【0070】
つぎに、比較例15(D-f)に対して、モールドフラックスの凝固点と結晶化率を高めた比較例12(D-a)では、鋳型上部でモールドフラックスフィルムの結晶化が促進され、鋳型上部の鋳型熱流束指数が低下し不均一凝固指数は31まで改善された。比較例15(D-f)に対してモールドフラックスの凝固点が高いため、鋳型下部にかけてのモールドフラックスフィルムが成長し、鋳型下部の熱流束指数は若干低下した。
【0071】
さらに、比較例12(D-a)に対して、鋳型上部の冷却能力を強化した本発明例1(A-a)では、モールドフラックスフィルムの結晶化が促進され、鋳型上部の鋳型熱流束指数は80まで低下し、凝固不均一度指数は11まで改善した。
【0072】
比較例15(D-f)に対して、凝固点は同等あるいは低いが、結晶化率を高めたモールドフラックスを使用した比較例13(D-c)は鋳型上部のモールドフラックスフィルムの結晶化が促進され、鋳型上部の鋳型熱流束指数の低下ならびに不均一凝固指数は改善した。
【0073】
凝固点が最も高いモールドフラックスeを用いた比較例9(A-e)および比較例14(D-e)では、鋳型上部の熱流束は低下し不均一凝固指数が改善した。しかしながら、鋳型下部でも熱流束が低下し、鋳型全長にわたって凝固殻の成長が抑制された。加えて、モールドフラックスeは高凝固点であるため、鋳型下部にかけてもフィルムが過剰に結晶化し、比較例15(D-f)に対して熱流束指数は小さく、発明鋳型Aの効果を十分に得られくい。モールドフラックスの過度な高凝固点化は、凝固殻の抜熱不足を招き、操業の不安定化を招くため避けるべきである。
【0074】
鋳型の全長にわたって冷却能力を高めた鋳型Eを用いた試験では、凝固点1240℃以下のモールドフラックスa、f(それぞれ比較例17(E-a)、比較例19(E-f))では鋳型上部のフィルムの結晶化が促進されるため凝固不均一度指数が低下したが、凝固点が高いモールドフラックスeを用いた比較例18(E-e)では、モールドフラックスの流入不良が発生、凝固不均一度指数は大きくなった。いずれも条件においても、鋳型下部にかけてフィルムが過剰に結晶化し、熱流束指数は小さくなり、鋳型全長にわたって冷却能力を高めると凝固殻の抜熱不足を招き、操業の不安定化を招くため避けるべきである。
【0075】
鋳型BおよびC、モールドフラックスa~cを用いた本発明例5~8は、鋳型下部の熱流束が高く鋳型下部の凝固殻の成長を促進することができ、本発明例8(C-c)がその効果が最も大きい。また、凝固不均一度指数も30以下に抑えられ、鋳型Dを用いた比較例12、13に対して良好な結果であった。
【0076】
また、結晶化しないモールドフラックスgを用いた試験では、鋳型上部の冷却能力を強化してもモールドフラックスの結晶化が促進されないため、鋳型上部の熱流束指数は157(比較例11(A-g))、140(比較例16(D-g))と高かった。
【0077】
以上の結果から、鋳型上部の冷却能力向上あるいはモールドフラックスの結晶化率向上は、鋳型上部のモールドフラックスフィルムの結晶化を促進し、不均一凝固指数の低減に寄与する。本発明例1(A-a)、本発明例2(A-b)、本発明例3(A-c)、本発明例4(A-d)のように両者を両立した場合、不均一凝固指数の低減効果が最も大きい。中でも結晶化率が高く、凝固点が低いモールドフラックスを使用した本発明例2(A-b),本発明例3(A-c)の鋳型下部の熱流束指数は、本発明例1(A-a)の場合と比較して大きかった。