(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119323
(43)【公開日】2024-09-03
(54)【発明の名称】全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチン及び・又はセルロースを抽出する方法
(51)【国際特許分類】
C08B 37/06 20060101AFI20240827BHJP
C08B 15/08 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
C08B37/06
C08B15/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023026140
(22)【出願日】2023-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】302069310
【氏名又は名称】日本ハルマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079980
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 伸行
(74)【代理人】
【識別番号】100167139
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 和彦
(72)【発明者】
【氏名】鳴海 剛
(72)【発明者】
【氏名】市田 淳治
(72)【発明者】
【氏名】伊徳 行
(72)【発明者】
【氏名】奈良 一寛
【テーマコード(参考)】
4C090
【Fターム(参考)】
4C090AA04
4C090BA24
4C090BA50
4C090BB52
4C090BC10
4C090CA10
4C090CA11
4C090CA18
4C090DA26
4C090DA27
4C090DA28
4C090DA31
(57)【要約】
【課題】中和工程と脱塩工程を実施することなく全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチンを製造する方法を提供することである。また、中和工程と脱塩工程を実施することなく全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からセルロースを製造する方法を提供することである。
【解決手段】全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣に酸性電解水を加えて加熱攪拌した後、固液分離によりろ液として酸性電解水抽出液を得る(工程1)。前記酸性電解水抽出液にエタノールを加え撹拌することによりペクチンを含有するゲル状固形物を析出する(工程2)。前記ゲル状固形物を水に溶解してペクチンを含有するペクチン水溶液を得る(工程3)。前記ペクチン水溶液を乾燥することによりペクチンを粉末として得る(工程4)。また、前記工程1の前記固液分離によりセルロースを得る。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣に酸性電解水を加えて加熱攪拌した後、固液分離によりろ液として酸性電解水抽出液を得る工程1と、
前記酸性電解水抽出液にエタノールを加え撹拌することによりペクチンを含有するゲル状固形物を析出する工程2と、
前記ゲル状固形物を水に溶解してペクチンを含有するペクチン水溶液を得る工程3と、
前記ペクチン水溶液を乾燥することによりペクチンを粉末として得る工程4と、
を有することを特徴とする、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチンを抽出する方法。
【請求項2】
前記工程1の前記固液分離によりセルロースを得る請求項1に記載のペクチンを抽出する方法。
【請求項3】
前記工程1に先立ち、前記全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣に水を加え撹拌し濾過する水処理を行った後乾燥させることにより前記全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣の水処理後乾燥物を得る工程を有し、該水処理後乾燥物を前記工程1における前記全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣として該工程1における処理の対象とする、請求項1又は2に記載のペクチンを抽出する方法。
【請求項4】
前記水処理後乾燥物にエタノールを加え加熱攪拌し固液分離するエタノール処理を行った後乾燥させることにより前記全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣のエタノール処理後乾燥物を得る工程を有し、該エタノール処理後乾燥物を前記工程1における前記全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣として該工程1における処理の対象とする、請求項3に記載のペクチンを抽出する方法。
【請求項5】
前記工程2においてろ液として得られる含水エタノールを回収して再利用する請求項1又は2に記載のペクチンを抽出する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチンを抽出する方法に関する。また、本発明は、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からセルロースを得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
りんご果実には、品種を問わず、ペクチンをはじめとする食物繊維などに加えて、セラミド、ウルソール酸あるいはポリフェノールなどの各種有用成分が含まれている他、カリウムなどが豊富であり、食品として摂取した際には、これらの成分が作用して栄養摂取効果ひいては健康維持効果や疾病予防効果があることがさまざまに報告されている。
【0003】
りんご果実からりんご果汁を得ることが広く行われている。りんご果汁の製造は全果りんごを洗浄後、粉砕して圧搾し果汁成分を取り出す工程から構成される。リンゴ搾汁残渣には、もとの全果りんごに含まれる有用成分が残存しているにもかかわらず、その特徴として腐敗が早く保存が難しいことから、産業廃棄物の発生、大気汚染や環境公害などの問題につながっており、経費と手数をかけて廃棄物として処理している。そのため、リンゴ搾汁残渣からセラミド、ウルソール酸、ポリフェノール、ペクチンなどの有用成分を抽出して有効利用に結び付けることができれば、廃棄物処理費用の軽減に繋がるとともに、これら抽出物を食品、特に機能性食品あるいは化粧品又は医薬品の素材としての利用に供することが出来る。
【0004】
上記有効成分のうち、ペクチンは植物の細胞壁を構成する多糖類であり、りんご又は柑橘類を原料として、それぞれりんごペクチン又は柑橘ペクチンが入手可能である。ペクチンはゲル化剤又は増粘剤として、ジャム、ゼリー、乳製品の材料として利用されるほか、化粧品の材料として利用されている。
【0005】
ここで、非特許文献1には、
(1)ペクチンが植物の細胞壁に存在する物質であり、食品成分として市販のジャムやゼリー、アイスクリームなどを製造する際に増粘剤、ゲル化剤又は糊料の機能を有する食品添加物として広く使用されていること、
(2)ペクチンの構造の特徴としてガラクツロン酸又はガラクツロン酸のメチルエステルから構成される多糖類であり、前記増粘剤、ゲル化剤又は糊料としての性質はガラクツロン酸のメチルエステルの割合によるものであること、
(3)ペクチンが機能性食材である水溶性食物繊維として生体調節機能を担っていることが解明されつつあることと、ペクチンの生体調節機能が記載され、
ペクチンが古くから知られ、広く産業的に利用されている公知の物質であるが、ペクチンの構造と機能について未だ解明されるべき課題があり、2020年現在も研究が進行している旨が記載されている。
【0006】
また非特許文献2には、水溶性食物繊維に分類されるペクチンを食品として摂取した場合の効果として、
(1)消化器の粘膜を保護する効果又は脂質、糖質又はナトリウムなどを吸着して排出することにより血中コレステロールを下げるあるいは血糖値の上昇を抑えるなどをもたらす物理的効果、
(2)腸内細菌の働きにより有用物質に変化して、栄養、エネルギー又は健康維持に良好な影響を及ぼすプレバイオティック効果、
(3)腸管の粘膜に直接結合することにより生体調節機能を発揮する保健効果が見出されていること、
が記載され、ペクチンが、従来の増粘剤、ゲル化剤または糊料としての利用にとどまらず、機能性食品の素材として高度利用できることと、これらの効果がペクチンの構造によって相違することが記載され、ゆえに、起源、抽出方法あるいは精製方法が明確で、均質なペクチンを提供することが重要であることが示されている。
【0007】
植物の細胞壁からペクチンを抽出する方法としては、塩酸、酢酸、クエン酸等の酸性の条件下において水で煮出す酸抽出法あるいはシュウ酸アンモニウム、ヘキサメタリン酸、エチレンジアミン四酢酸等の抽出試薬を用いる方法が公知である。しかしながら、これらの抽出方法では、抽出工程後の後処理として、酸抽出法の場合はペクチン抽出液の中和工程が必要であり、抽出試薬を用いる方法ではペクチン抽出液から試薬を除く脱塩工程が必要である。
【0008】
特許文献1には、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣にエタノール処理を施すことにより得られるエタノール処理液からセラミドを得、エタノール処理後乾燥物から塩酸を用いてペクチンを得る方法が記載されている。この方法による場合、ペクチン抽出液の中和工程が必要となる。
【0009】
特許文献2は、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理・乾燥後、エタノール抽出を施すことにより、エタノール処理液からセラミド含有物又はセラミドを抽出し、得られたセラミド含有物が美容や健康に及ぼす効果とその産業的利用について開示しているが、ペクチンを製造する工程については開示し、又は示唆を与えるものではない。
【0010】
特許文献3は、ペクチンを酸性条件下でゲル化しゼリー状食品を製造する方法で、前記酸性条件を形成するpH調整剤として酸性電解水を用いた先行技術が開示されているが、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を原料としてペクチンを製造する方法に示唆を与えるものではない。
【0011】
特許文献4は、動物の軟骨組織からプロテオグリカンを得る方法として、酸性電解水、又は酸性電解水に酢酸、クエン酸、リンゴ酸又はアスコルビン酸を含む水溶液を抽出液に用いる方法を開示しているが、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣をはじめとする植物原料からペクチンを抽出する方法に関しては、開示し、又は示唆を与えるものではない。
【0012】
ペクチン抽出液の中和工程や、ペクチン抽出液から試薬を除く脱塩工程を用いることなく、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチンを得ることができれば、工程の短縮、経費の節減、廃棄物の低減を実現できるため極めて有利である。しかしながら、かかる技術は上記のとおりこれまでに提案されていない。
【0013】
また、従来、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からセルロースを得る技術も提案されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2015-57378号公報
【特許文献2】WO2021/256544号公報
【特許文献3】特開2007-68451号公報
【特許文献4】特開2020-127397号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】「緒言 ペクチン研究の現在」(矢部富雄、応用糖質科学、第10巻、第4号、212ページから214ページ、2020年)。
【非特許文献2】「ペクチン摂取による生理機能制御と疾病予防効果」(北口公司、応用糖質科学、第10巻、第4号、230ページから236ページ、2020年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は上記諸点に鑑みてなされたものであり、中和工程と脱塩工程を実施することなく全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチンを製造する方法を提供することを課題とする。
【0017】
また、本発明は、中和工程と脱塩工程を実施することなく全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からセルロースを製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
発明者は鋭意研究の結果、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチンを抽出する工程において酸性電解水を用いることにより上記課題を解決できることを見出した。酸性電解水は、薄い食塩水あるいは薄い塩酸水の電気分解によって生成する機能水であり、安全で環境に影響を及ぼさないことが認知されている。酸性電解水は、殺菌消毒剤として手指や医療機器の洗浄消毒に用いられるほか、殺菌料として食品添加物として利用されている。酸性電解水の主成分は次亜塩素酸であるが、有機物の存在下で分解して活性が消失する。前記ペクチン抽出の工程に酸性電解水を用いることにより中和工程と脱塩工程を実施することなくペクチンの製造が可能である。
【0019】
すなわち、上記課題を解決するため、本発明は、
請求項1として、
全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣に酸性電解水を加えて加熱攪拌した後、固液分離によりろ液として酸性電解水抽出液を得る工程1と、
前記酸性電解水抽出液にエタノールを加え撹拌することによりペクチンを含有するゲル状固形物を析出する工程2と、
前記ゲル状固形物を水に溶解してペクチンを含有するペクチン水溶液を得る工程3と、
前記ペクチン水溶液を乾燥することによりペクチンを粉末として得る工程4と、
を有することを特徴とする、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチンを抽出する方法を提供する。
請求項2として、
前記工程1の前記固液分離によりセルロースを得る請求項1に記載のペクチンを抽出する方法を提供する。
請求項3として、
前記工程1に先立ち、前記全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣に水を加え撹拌し濾過する水処理を行った後乾燥させることにより前記全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣の水処理後乾燥物を得る工程を有し、該水処理後乾燥物を前記工程1における前記全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣として該工程1における処理の対象とする、請求項1又は2に記載のペクチンを抽出する方法を提供する。
請求項4として、
前記水処理後乾燥物にエタノールを加え加熱攪拌し固液分離するエタノール処理を行った後乾燥させることにより前記全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣のエタノール処理後乾燥物を得る工程を有し、該エタノール処理後乾燥物を前記工程1における前記全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣として該工程1における処理の対象とする、請求項3に記載のペクチンを抽出する方法を提供する。
請求項5として、
前記工程2においてろ液として得られる含水エタノールを回収して再利用する請求項1又は2に記載のペクチンを抽出する方法を提供する。
【発明の効果】
【0020】
本発明において開示する、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣から酸性電解水を用いてペクチンを抽出するための手段ないし方法の効果は、概ね以下のとおりである。
【0021】
(効果1)
本発明によって、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣から酸性電解水を用いてペクチンを抽出することが可能となり、本発明を実施することにより、りんご果汁工場において環境を汚染している未利用資源を有効に利用することが可能となり、廃棄物として処理している残渣物の処理経費を削減することができる。
【0022】
(効果2)
本発明によって、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣から酸性電解水を用いてペクチンを抽出する工程から、抽出されない成分として(すなわちペクチンとは別途)セルロースを獲得することが可能であり、本発明を実施することにより、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣のエタノール処理後乾燥物を有効に利用することが可能となる。
【0023】
(効果3)
本発明によって、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチンを抽出する工程に酸性電解水を用いることで、抽出後の中和工程及び・又は脱塩工程が不要となり、工程の短縮及び・又は経費の節減及び・又は廃棄物の低減が可能となる。
【0024】
(効果4)
本発明によって、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチンを抽出する工程に酸性電解水を用いることで、抽出後の中和工程及び・又は脱塩工程を実施することなく、ゲル状固形物を固液分離で回収した際のろ液として得られる含水エタノールを回収し再利用が可能となる。
【0025】
(本発明の請求項別の効果)
請求項1の発明によれば、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣から、中和工程及び・又は脱塩工程を用いることなくペクチンを抽出することができる。
請求項2の発明によれば、酸性電解水で抽出されない成分として(すなわちペクチンとは別途)セルロースを獲得することができる。
請求項3の発明によれば、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理、乾燥することにより、より一層良質のペクチンを抽出することができる。
請求項4の発明によれば、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理、乾燥し、エタノール処理して得られるエタノール処理後乾燥物とすることにより、より一層良質のペクチンを抽出することができる。
請求項5の発明によれば、ペクチン工程2において析出したゲル状固形物を固液分離した際にろ液として得られる含水エタノールを回収することによりこれを再利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣から酸性電解水を用いてペクチンを製造する工程を示す。
【
図2】全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理、乾燥した試料から酸性電解水を用いてペクチンを製造する工程を示す。
【
図3】全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理、乾燥した後、エタノール処理を施しエタノール処理後乾燥物から酸性電解水を用いてペクチンを製造する工程を示す。
【
図4】ペクチン工程1:酸性電解水を用いた抽出工程において酸性電解水抽出液と酸性電解水で抽出されない成分として(すなわちペクチンとは別途)セルロースを獲得する工程を示す。
【
図5】ペクチン工程2:酸性電解水抽出液にエタノールを加え析出するゲル状固形物を固液分離し、ゲル状固形物とろ液として含水エタノールを回収する工程を示す。
【
図6】ペクチン工程3:ゲル状固形物を蒸留水に溶解しペクチン水溶液を得る工程を示す。
【
図7】ペクチン工程4:ペクチン水溶液を乾燥してペクチン粉末を得る工程を示す。
【
図8】比色法による酸性電解水抽出ペクチン、蒸留水抽出ペクチン及び塩酸抽出ペクチンの酸性糖含量の分析を示す。
【
図9】高速液体クロマトグラフィーによる酸性電解水抽出ペクチン、蒸留水抽出ペクチン及び塩酸抽出ペクチンの分子量分布を示す。
【
図10】酸性電解水抽出、蒸留水抽出及び塩酸抽出の収率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明は、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣からペクチンを抽出するために酸性電解水を用い、さらには、酸性電解水で抽出されない成分としてセルロースを得る方法を提供する。概要は以下のとおりとなる。
【0028】
(概要)
全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣から酸性電解水を用いてペクチンを抽出する工程を
図1に示す。また、
図2には全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理、乾燥後の試料から酸性電解水を用いてペクチンを抽出する工程を示す。さらに、
図3には、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理、乾燥後、エタノール処理を施して、エタノール処理後乾燥物から酸性電解水を用いてペクチンを抽出する工程を示す。
【0029】
図1及び
図2及び
図3において、四角を細線で囲った表記は工程を意味し、四角を太線で囲った表記は物質を意味する。すなわち、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣、または全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理後、乾燥した試料、または全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理後、乾燥した試料にエタノール処理を施したエタノール処理後乾燥物に、
(A)酸性電解水を加えて加熱攪拌し、固液分離することにより酸性電解水抽出液を得る工程(ペクチン工程1、
図1、
図2,
図3、
図4)と、
(B)前記酸性電解水抽出液にエタノールを加え、析出するゲル状固形物を固液分離により回収する工程(ペクチン工程2、
図1、
図2,
図3、
図5)と、
(C)前記ゲル状固形物を蒸留水に溶解してペクチン水溶液を得る工程(ペクチン工程3、
図1、
図2,
図3、
図6)と、
(D)前記ペクチン水溶液を乾燥してペクチン粉末を得る工程(ペクチン工程4、
図1、
図2,
図3、
図7)とから構成される。
【0030】
さらに、本発明では、前記ペクチン工程1からペクチン工程4の各工程において、
(E)ペクチン工程1において酸性電解水で抽出されない固形物を乾燥してセルロースを得る工程(ペクチン工程1、
図4)と、
(F)ペクチン工程2において、ゲル状固形物を固液分離した際にろ液として得られる含水エタノールを中和工程及び脱塩工程を実施せずに回収して再利用が可能であること(ペクチン工程2、
図5)について開示する。
【0031】
本明細書におけるペクチンとは、植物の細胞壁に存在する多糖類で、細胞をつなぐ役割を果たしている。ペクチンは、ガラクツロン酸と呼ばれる酸性糖が直線に結合した主鎖に、多様な中性糖からなる側鎖が結合した複雑な構造を示す。ガラクツロン酸は部分的にメチルエステルを形成し、エステル化の度合いにより機能が異なる。工業的には、リンゴ搾汁残渣あるいはレモン、グレープフルーツ、ライム、オレンジなどの柑橘類の皮を原料とし、それぞれりんごペクチン、柑橘ペクチンとして、増粘剤、ゲル化剤、糊料として利用されている他、化粧品の素材としても利用されている。
【0032】
本明細書におけるセルロースとは、植物の細胞壁を形成する主成分で、グルコースが結合した多糖類である。食品分野では、水に不溶な不溶性食物繊維として摂取され、便通改善や便秘解消などの効果がある。食品添加物として利用されている他、繊維、樹脂、プラスチック原料あるいはエネルギー原料などに広く利用されている。
【0033】
本発明では、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣から、酸性電解水を用いてりんご果実に含まれる有用物質であるペクチンを抽出するペクチン工程1からペクチン工程4に至る各工程について開示する。また、ペクチン工程1において、酸性電解水で抽出されない成分としてセルロースを獲得することが可能である。さらに、ペクチン工程2において得られるゲル状沈殿物を固液分離により回収する際、ろ液として得られる含水エタノールを中和工程及び脱塩工程を実施することなく回収して再利用することが可能である。加えて、本発明では、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣のように工業的に大量に排出される原料ないし残渣物から、これらの有用物質をそれぞれ抽出し利用することが可能となる。
【0034】
全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣、または全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理・乾燥した試料、または全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理・乾燥した試料にエタノール処理を施したエタノール処理後乾燥物から、酸性電解水を用いてペクチンを抽出する工程は以下のとおりである。これらの工程は、順を追って実施されるものであるが、それぞれの工程は独立しており、各工程を繰り返してから次の工程に進むことが可能である。
【0035】
1.全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣、又は全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣に水処理。乾燥した試料、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣に水処理。乾燥した試料にエタノール処理を施してエタノール処理後乾燥物を得る。これに酸性電解水を加えて加熱撹拌後、固液分離により、酸性電解水抽出液と酸性電解水で抽出されない成分としてセルロースを得る。
2.前記酸性電解水抽出液にエタノールを加えて室温で撹拌後、析出するゲル状固形物を固液分離で得、ろ液として得られる含水エタノールを回収して再利用する。
3.前記ゲル状固形物を蒸留水に溶解してペクチン水溶液を得る。
4.前記ペクチン水溶液を乾燥してペクチンの粉末を得る。
【0036】
なお、本明細書においてペクチンを得るための工程を「ペクチン工程」ともいう。また、本明細書において「試料」の語は、単に処理後の成果物を指す。
【0037】
本明細書において「全果りんご」とは、品種や鮮度を問わず、市場に流通するまたは流通前の生食用、加工用のりんごに加えて、りんご搾汁処理等の加工に至らない段階での収穫後のりんごとしての形態を維持するりんご収穫物のそれぞれ又は全てをいう。尚、収穫前の中間段階のりんごでも、りんごとしての形態ないし成分を含むりんご形成体を含むことができる。すなわち、全果りんごとは、落果、未完熟、選果過程による排除りんごのように、りんご自体としての形態を備えた収穫物りんごのあらゆる状態のものをいう。
【0038】
本明細書において「リンゴ搾汁残渣」とは、りんご果実を公知の方法、例えば、破砕、磨砕及び・又は圧搾等による搾汁工程により液部を分離した固形部、または単に破砕、磨砕した状態のものを指す。具体的には、一例として、りんご果実をハンマークラッシャー等により5~30mm程度の大きさに破砕し、5kg/cm2~20kg/cm2程度の圧力で搾汁する。ただし、品種によりりんご果実の状態は大きく異なるため、破砕や圧搾の程度については特に限定条件はない。また、破砕処理(ハンマークラッシャー等を用いて5~30mm程度の大きさまで粉砕処理)や磨砕処理(コロイドミル、パルパー等により5mm以下程度の大きさまで粉砕処理)のみならず解砕処理(メッシュ、スクリーン等により凝集した固形物をほぐす処理)を行う場合もある。以上の他、本明細書において、「リンゴ搾汁残渣」とは、りんご搾汁工場での搾汁処理により得られる「搾汁残渣」のそれぞれ、又は全てを含むが、その他には、カットりんご生成過程でのカット残りとなる皮や芯なども含め、搾汁工場、ジュース工場、加工工場その他での種々の加工過程で発生する、いわゆるりんご加工副産物をも含む。
【実施例0039】
以下に、実施例1として、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理乾燥物のエタノール処理後乾燥物から3種類のpHの異なる酸性電解水によりペクチンを抽出する工程を開示する。
【0040】
(事前工程)清浄な容器において全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣に水を加え撹拌し濾過する水処理を行い、水処理により得られた成果物を乾燥させる。この成果物にエタノールを添加し加熱撹拌した後、固液分離によりエタノール処理液を分離するエタノール処理を行い乾燥させることによりエタノール処理後乾燥物を得る。なおこの事前工程を行わなくてもペクチンを抽出することは可能である。ただし、この工程を行うことにより、より良質のペクチンを得ることが可能となる。
【0041】
全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣の水処理においては撹拌により全体が均一になるようにし、濾過により水溶性の成分を除去する。この工程を3回繰り返すのが好適であるが、これに限られない。
【0042】
(ペクチン工程1)酸性電解水を用いてペクチンを抽出し、酸性電解水で抽出されない成分としてセルロースを得る工程(
図3及び・又は
図4、
図10)。
上記のようにして得られたエタノール処理後乾燥物10gを秤りとる。これに、pH2.0又はpH2.5又はpH3.0のpHの異なる3種類の酸性電解水(アールテック株式会社製)を、比較実験として、公知の抽出方法である蒸留水及び0.05N塩酸を、それぞれ400mLを加えて100℃に設定した沸騰湯浴中で、好ましくは1時間加熱しながら撹拌する。冷却後、固液分離として好ましくは減圧濾過を行い、ろ液にそれぞれ酸性電解水(pH2.0)抽出液、酸性電解水(pH2.5)抽出液、酸性電解水(pH3.0)抽出液、蒸留水抽出液及び0,05N塩酸抽出液を得る。濾紙上に、酸性電解水に抽出されない成分として、それぞれセルロース(pH2.0)又はセルロース(pH2.5)又はセルロース(pH3.0)を得る。それぞれのセルロースは乾燥、好ましくは凍結乾燥により秤量する。
【0043】
(ペクチン工程2)酸性電解水抽出液にエタノールを加えてゲル状固形物を得、固液分離により濾液に含水エタノールを回収する工程(
図3及び・又は
図5)。
前記において得られた酸性電解水(pH2.0)抽出液、酸性電解水(pH2.5)抽出液、酸性電解水(pH3.0)抽出液、蒸留水抽出液及び0,05N塩酸抽出液の容量をそれぞれメスシリンダーで計測し、抽出液の容量の1倍から3倍、好ましくは2倍の容量のエタノールを加えて、室温で一昼夜撹拌する。析出したゲル状固形物を固液分離により、好ましくは減圧濾過により濾別する。濾液として含水エタノールを回収する。
【0044】
(ペクチン工程3)ゲル状固形物を蒸留水に溶解してペクチン溶液を得る工程(
図3及び・又は
図6)。
清浄な容器に前記ゲル状固形物を移し、500mLの蒸留水を加えて溶解させて、ペクチン水溶液を得る。このとき、溶解されない微粒子を固液分離により、好ましくは減圧濾過により、さらに好ましくは0.45μmのフィルターユニットを用いた減圧濾過により除去することで清澄なペクチン溶液を得ることができる。
【0045】
(ペクチン工程4)ペクチン水溶液を乾燥してペクチンの粉末を得る工程(ゲル状固形物を蒸留水に溶解してペクチン溶液を得る工程(
図3及び・又は
図7、
図10)。
前記ペクチン水溶液を乾燥してペクチンの粉末を得る。乾燥工程には好ましくは凍結乾燥機を用いる。得られたペクチン粉末を秤量して収率を求める。
【0046】
実施例1で示した3種類のpHが異なる酸性電解水により抽出したペクチンの収率と、比較として行った蒸留水及び0,05N塩酸により抽出したペクチンの収率と、前記ペクチン工程1において、酸性電解水、蒸留水あるいは0.05N塩酸で抽出されない成分として得られるセルロースの収率と、ペクチンとセルロースを加算した回収率を
図10に示す。ペクチンの収率、セルロースの収率及び回収率は、同じ条件下での試験をそれぞれ3回乃至5回繰り返して平均値を求め有効数字小数点以下2桁で表した。
【0047】
図10から、酸性電解水を用いたペクチンの収率はpHに依存しており、pHの値が小さい程すなわち酸性度が高い程ペクチンの収率が高い結果が得られた。一方、酸性電解水で抽出されないセルロースの収率は、pHの値が大きい程すなわち酸性度が低い程高い結果が得られた。ペクチンとセルロースの収率を合算した回収率は、pH2.0のとき89.46%、pH2.5のとき87.93%、pH3.0のとき90.73%であり、pHにかかわらずほぼ同等であった。故に全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣から酸性電解水を用いてペクチンを抽出する際のpHの値は好ましくはpH2.5である。
【0048】
上記のとおり
図10には、蒸留水又は0.05N塩酸により抽出したペクチンの収率と、蒸留水又は0.05N塩酸で抽出されないセルロースの収率と、ペクチンとセルロースの収率を合算した回収率が示されている。0.05N塩酸のpHは1.3である。0.05N塩酸で抽出したペクチンの収率は、酸性電解水により抽出したペクチンの収率より高値であったが、セルロースの収率が低値であり、塩酸によりセルロースが分解していることを示した。蒸留水により抽出したペクチンの収率は酸性電解水より低値であった。
【0049】
実施例1で開示したとおり、pH2.0からpH3.0までの酸性電解水、好ましくはpH2.5の電解水でペクチンが抽出され、抽出されない成分として(すなわちペクチンとは別途)セルロースを得た。酸性電解水は、比較として用いた蒸留水又は0.05N塩酸より良好な結果を得た。
以下に、実施例2として、全果りんご及び・又はリンゴ搾汁残渣を水処理乾燥物のエタノール処理後乾燥物から3種類のpHの異なる酸性電解水と、比較として蒸留水及び0.05N塩酸により抽出したペクチンの酸性糖量を定量した結果を開示する。
実施例2で開示したとおり、pH2.0からpH3.0までの酸性電解水により抽出されるペクチンは、蒸留水抽出ペクチン又は0.05N塩酸抽出ペクチンと同等に、酸性糖を主成分とすることが明らかとなった。