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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119331
(43)【公開日】2024-09-03
(54)【発明の名称】鋼板及び鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240827BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20240827BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20240827BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240827BHJP
   C21D 1/30 20060101ALN20240827BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240827BHJP
   C21D 9/50 20060101ALN20240827BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C21D8/02 B
C22C38/12
C22C38/58
C21D1/30
C21D9/00 L
C21D9/50 101B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023026151
(22)【出願日】2023-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】吉村 信幸
(72)【発明者】
【氏名】福代 琴美
(72)【発明者】
【氏名】臼井 眞介
【テーマコード(参考)】
4K032
4K042
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA01
4K032CA01
4K032CA02
4K032CB01
4K032CB02
4K032CD03
4K032CF02
4K042AA24
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA02
4K042BA09
4K042BA11
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA03
4K042DC02
4K042DC03
(57)【要約】
【課題】LPGや液化COの貯蔵に好適であり、SR焼鈍処理後においても強度および低温靭性に優れた陸上タンク用の鋼板を提供する。
【解決手段】C、Si、Mn、P、S、Al、N、Ni、Mo、V、Oを含有し、残部:Fe及び不純物からなり、Ceqが0.38~0.43、A値が10.0~16.0、降伏応力415MPa以上、引張強度550MPa以上690MPa以下、応力除去焼きなまし後の引張強度550MPa以上690MPa以下、Pcmが0.210%以下、フェライト分率FAが15.0面積%以上、平均粒径が15μm以下である、鋼板を採用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼の化学組成が、質量%で、
C :0.060~0.100%、
Si:0.05~0.30%、
Mn:1.20~1.80%、
P :0.002~0.008%、
S :0.0010~0.0030%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.0020~0.0060%、
Ni:0.2~1.0%、
Mo:0.10~0.30%、
V :0.010~0.050%、
O :0.0040%以下、
残部:Fe及び不純物、からなり、
下記式(1)で定義されるCeqが0.38~0.43を満足し、
下記式(2)で定義されるA値が10.0~16.0を満足し、
板幅方向の降伏応力415MPa以上、板幅方向の引張強度550MPa以上690MPa以下を満足し、
下記式(3)のLMPが15000以上となる条件での応力除去焼きなまし後の引張試験において板幅方向の引張強度550MPa以上690MPa以下を満足し、
下記式(4)で定義されるPcmが0.210%以下を満足し、
鋼板表面から1.5mm深さ位置のミクロ組織におけるフェライト分率FAが15.0面積%以上であり、残部が上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織およびマルテンサイト組織の1種又は2種以上であり、
15°傾角粒の面積加重平均粒径が15μm以下である、鋼板。
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 …(1)
A=8[Mn]+10[Cr]+9[Mo] …(2)
LMP=T(20+log(tSR))・・・(3)
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]…(4)
ここで、式(1)、式(2)及び式(4)中の[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]は、前記鋼板中のそれぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%での含有量を示し、式(3)中のT、tSRは前記鋼板のSR処理加熱温度(K)とSR処理加熱時間(h)を示す。
【請求項2】
鋼の化学組成が、質量%で、
C :0.060~0.100%、
Si:0.05~0.30%、
Mn:1.20~1.80%、
P :0.002~0.008%、
S :0.0010~0.0030%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.0020~0.0060%、
Ni:0.2~1.0%、
Mo:0.10~0.30%、
V :0.010~0.050%、
O :0.0040%以下、を含有し、
更に、Ti:0.020%以下、Cu:0.40%以下、Cr:0.30%以下、Nb:0.030%以下、Ca:0.0040%以下、Mg:0.0030%以下、B:0.0005%以下、のいずれか1種または2種以上を含有し、
残部:Fe及び不純物、からなり、
下記式(1)で定義されるCeqが0.38~0.43を満足し、
下記式(2)で定義されるA値が10.0~16.0を満足し、
板幅方向のが降伏応力415MPa以上、板幅方向の引張強度550MPa以上690MPa以下を満足し、
下記式(3)のLMPが15000以上となる条件での応力除去焼きなまし後の引張試験において板幅方向の引張強度550MPa以上690MPa以下を満足し、
下記式(4)で定義されるPcmが0.210%以下を満足し、
鋼板表面から1.5mm深さ位置のミクロ組織におけるフェライト分率FAが15.0面積%以上であり、残部が上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織およびマルテンサイト組織の1種又は2種以上であり、
15°傾角粒の面積加重平均粒径が15μm以下である、鋼板。
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 …(1)
A=8[Mn]+10[Cr]+9[Mo] …(2)
LMP=T(20+log(tSR))・・・(3)
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]…(4)
ここで、式(1)、式(2)及び式(4)中の[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]は、前記鋼板中のそれぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%での含有量を示し、式(3)中のT、tSRは前記鋼板のSR処理加熱温度(K)とSR処理加熱時間(h)を示す。
【請求項3】
板厚が10~60mmである請求項1または請求項2に記載の鋼板。
【請求項4】
質量%で、
C :0.060~0.100%、
Si:0.05~0.30%、
Mn:1.20~1.80%、
P :0.002~0.008%、
S :0.0010~0.0030%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.0020~0.0060%、
Ni:0.2~1.0%、
Mo:0.1~0.30%、
V :0.010~0.050%、
O :0.0030%以下、
残部:Fe及び不純物、からなり、
下記式(1)で定義されるCeqが0.38~0.43を満足し、
下記式(2)で定義されるA値が10.0~16.0を満足し、
下記式(3)で定義されるPcmが0.210%以下を満足する鋼片を用意し、
前記鋼片を950~1100℃の温度に加熱してから、900℃以上で累計圧下率30%以上かつ1パス当たり圧下率8%以上の圧延パスを2パス以上行う条件で熱間圧延したのち、更に800℃以上900℃以下で累計圧下率40%以上で熱間圧延する熱間圧延工程と、
表面温度780℃以上から200℃以下まで、板厚の(1/4)t位置での平均冷却速度が10℃/s以上となる条件で冷却を行う冷却工程と、
600℃以上の温度で焼戻し処理を行う焼き戻し工程と、を備えた鋼板の製造方法。
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 …(1)
A=8[Mn]+10[Cr]+9[Mo] …(2)
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]…式(3)
ここで、式(1)、式(2)及び式(3)中の[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]は、前記鋼片中のそれぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%での含有量を示す。
【請求項5】
質量%で、
C :0.060~0.100%、
Si:0.05~0.30%、
Mn:1.20~1.80%、
P :0.002~0.008%、
S :0.0010~0.0030%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.0020~0.0060%、
Ni:0.2~1.0%、
Mo:0.1~0.30%、
V :0.010~0.050%、
O :0.0030%以下、を含有し、
更に、Ti:0.020%以下、Cu:0.40%以下、Cr:0.30%以下、Nb:0.030%以下、Ca:0.0040%以下、Mg:0.0030%以下、B:0.0005%以下、のいずれか1種または2種以上を含有し、
残部:Fe及び不純物、からなり、
下記式(1)で定義されるCeqが0.38~0.43を満足し、
下記式(2)で定義されるA値が10.0~16.0を満足し、
下記式(3)で定義されるPcmが0.210%以下を満足する鋼片を用意し、
前記鋼片を950~1100℃の温度に加熱してから、900℃以上で累計圧下率30%以上かつ1パス当たり圧下率8%以上の圧延パスを2パス以上行う条件で熱間圧延したのち、更に800℃以上900℃以下で累計圧下率40%以上で熱間圧延する熱間圧延工程と、
表面温度780℃以上から200℃以下まで、板厚の(1/4)t位置での平均冷却速度が10℃/s以上となる条件で冷却を行う冷却工程と、
600℃以上の温度で焼戻し処理を行う焼き戻し工程と、を備えた鋼板の製造方法。
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 …(1)
A=8[Mn]+10[Cr]+9[Mo] …(2)
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]…式(3)
ここで、式(1)、式(2)及び式(3)中の[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]は、前記鋼片中のそれぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%での含有量を示す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板及び鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陸上用の大型鋼製圧力容器(以下、タンクという)を製造する場合、工場にて切断や曲げ加工がなされた鋼部材を、タンクの設置予定箇所に送り、現地において、現地でタンクの組み立て(溶接による組み立て)を行い、一部でなくタンク全体をSR処理(応力除去処理)することにより、タンクを完成させる。
【0003】
また、別の方法として、鋼部材の切断や曲げ加工、溶接を行い、一部の鋼部材に対するSR処理、最終組み立てまでを工場で行なった後、タンク全体を現地へ輸送する場合もある。
【0004】
こうしたタンクには、低温の液化石油ガス(LPG)を貯蔵する用途がある。
【0005】
また、最近では、気候変動問題の対策として、温室効果ガスの削減が強く求められている中で、カーボンニュートラルを実現する技術として、二酸化炭素(以下、COという)を回収・貯留する技術であるCCSが注目されている(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)。CCSでは、製油所、発電所、化学プラント等のCO排出源から排出されたCOを分離・回収し、液化された低温のCOをタンクにて一時的に貯蔵する場合がある。
【0006】
このようなことから、LPGや液化COの貯蔵のための陸上用のタンクの素材となる鋼板には、550MPa以上の引張強度、415MPa以上の降伏応力、マイナス50℃での低温靭性に優れることが求められる。
【0007】
また、タンクのような溶接構造物の安全性を確保するために、最近では、破壊力学的な評価法を用いて、溶接構造物の耐破壊特性を評価し、設計に取り入れることが行われている。具体的に言えば、脆性破壊の発生特性として、日本溶接協会規格WES1108などによって規定されたCTOD試験(Crack Tip Opening Displacement test:き裂先端開口変位試験)により、CTOD値と呼ばれるき裂開口変位量(以下、δcと略す)を破壊力学的なパラメータとして求め、δcが設計基準を満足できるかどうかが評価される場合が多くなっている。
【0008】
更に、タンクのような大型の溶接構造物では、破壊の発生の可能性をより少なくするために、応力除去焼鈍(SR焼鈍)を溶接部に実施する場合がある。SR焼鈍とは、溶接により生じた残留応力を軽減することを目的として、溶接後の構造物の溶接部をAc1変態点以下の温度に加熱し、次いで徐冷する熱処理法である。しかしながら、引張強さが550MPa以上の高張力鋼にSR焼鈍を適用すると、合金炭化物が結晶粒界に選択的に析出し、この合金炭化物が粒界脆化を引き起こすことにより、SR焼鈍の実施箇所の靱性が極めて低下する。この現象は、一般にはSR(Stress Relieving)脆化と呼ばれている。このような高張力鋼では、母材の脆化のみならず、この高張力鋼を用いて溶接継手を作成した場合に得られる溶接熱影響部の脆化も著しい。
【0009】
従って、このような高張力鋼を用いて製造されたタンクにおいて、高いδc値を得て高い安全性を確保するためには、SR焼鈍が実施されても母材および溶接部の靭性が高く維持される高張力鋼を開発することが必要となる。
【0010】
そこで、タンク用の鋼板として、従来、いくつかの技術提案がなされてきた。
【0011】
特許文献1には、C:0.05~0.18%(「質量%」の意味。以下同じ)、Si:0.10~0.50%、Mn:1.2~2.0%、Al:0.01~0.10%、Cr:0.05~0.30%およびV:0.01~0.05%を夫々含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、下記(1)式を満足する応力除去焼鈍後の強度低下が少なく且つ溶接性に優れた高強度鋼板が記載されている。
6.7[Cr]+4.5[Mn]+3.5[V]≧7.2(質量%)…(1)
【0012】
特許文献2には、C:0.05~0.18%、Si:0.10~0.50%、Mn:1.2~2.0%、Al:0.01~0.10%、Cr:0.05~0.30%、Ti:0.008~0.025%およびV:0.01~0.05%を夫々含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、該不可避的不純物中のPを0.008%以下に抑制し、且つ下記(1)~(3)式を満足する応力除去焼鈍後の強度低下が少なく且つ低温靭性に優れた高強度鋼板が記載されている。
6.7[Cr]+4.5[Mn]+3.5[V]≧7.2(質量%) …(1)
1.16×([C]/10)1/2×(0.75×[Si]+1)×(5.1×([Mn]-1.2)+5)×(0.35×[Cu]+1)×(0.36×[Ni]+1)×(2.16×[Cr]+1)×(3×[Mo]+1)×(1.75×[V]+1)×(200×[B]+1)≦2.08 …(2)
-{Di-900×[Ti]+50×([P]-0.008)+3500×([B]-
0.0004)}≧9.62 …(3)
【0013】
特許文献3には、C:0.03~0.10%、Si:0.05~0.5%、Mn:0.9~2.0%、P:0.02%以下、S:0.0010~0.0100%、Nb:0.005~0.05%、Ti:0.005~0.025%、sol.Al:0.005%以下、N:0.0010~0.0100%、O:0.0010~0.0050%、Cu:0~0.50%、Ni:0~0.50%、Cr:0~0.50%、Mo:0~0.20%、V:0~0.06%、B:0~0.002%、Ca:0~0.005%、及び、Mg:0~0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなり、表面から厚さt/4の深さ位置において、組織は、面積率で50~80%のフェライトと、硬質組織とからなり、フェライトの結晶粒の平均円相当径は5.5~15.0μmであり、硬質組織は、合計面積率で10%以下のマルテンサイト及びパーライトを含有し、残部はベイナイトからなり、硬質組織のうち、タンク用鋼材の圧延方向に伸びた前記硬質組織の長軸長さ/圧延方向に伸びた硬質組織の短軸長さで定義されるアスペクト比が5以上のバンド組織の、硬質組織全体に占める面積率は50%以下であり、鋼中に、Ti系酸化物とTi系酸化物の周囲に配置されるMnSとを含有する複合介在物を含み、複合介在物の断面積に占めるMnSの割合は10%以上90%未満であり、複合介在物のマトリクスとの界面に占めるMnSの割合は10%以上であり、粒径が0.5~5.0μmの複合介在物の個数密度は10~100個/mmである、タンク用鋼材が記載されている。
【0014】
しかしながら、特許文献1~3に記載された技術には、強度および低温靭性について更なる向上の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2008-150656号公報
【特許文献2】特開2009-242833号公報
【特許文献3】特開2018-127677号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、LPGや液化COの貯蔵に好適であり、SR焼鈍処理後においても強度および低温靭性に優れた陸上タンク用の鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採用する。
[1] 鋼の化学組成が、質量%で、
C :0.060~0.100%、
Si:0.05~0.30%、
Mn:1.20~1.80%、
P :0.002~0.008%、
S :0.0010~0.0030%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.0020~0.0060%、
Ni:0.2~1.0%、
Mo:0.10~0.30%、
V :0.010~0.050%、
O :0.0040%以下、
残部:Fe及び不純物、からなり、
下記式(1)で定義されるCeqが0.38~0.43を満足し、
下記式(2)で定義されるA値が10.0~16.0を満足し、
板幅方向の降伏応力415MPa以上、板幅方向の引張強度550MPa以上690MPa以下を満足し、
下記式(3)のLMPが15000以上となる条件での応力除去焼きなまし後の引張試験において板幅方向の引張強度550MPa以上690MPa以下を満足し、
下記式(4)で定義されるPcmが0.210%以下を満足し、
鋼板表面から1.5mm深さ位置のミクロ組織におけるフェライト分率FAが15.0面積%以上であり、残部が上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織およびマルテンサイト組織の1種又は2種以上であり、
15°傾角粒の面積加重平均粒径が15μm以下である、鋼板。
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 …(1)
A=8[Mn]+10[Cr]+9[Mo] …(2)
LMP=T(20+log(tSR))・・・(3)
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]…(4)
ここで、式(1)、式(2)及び式(4)中の[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]は、前記鋼板中のそれぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%での含有量を示し、式(3)中のT、tSRは前記鋼板のSR処理加熱温度(K)とSR処理加熱時間(h)を示す。
[2] 鋼の化学組成が、質量%で、
C :0.060~0.100%、
Si:0.05~0.30%、
Mn:1.20~1.80%、
P :0.002~0.008%、
S :0.0010~0.0030%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.0020~0.0060%、
Ni:0.2~1.0%、
Mo:0.10~0.30%、
V :0.010~0.050%、
O :0.0040%以下、を含有し、
更に、Ti:0.020%以下、Cu:0.40%以下、Cr:0.30%以下、Nb:0.030%以下、Ca:0.0040%以下、Mg:0.0030%以下、B:0.0005%以下、のいずれか1種または2種以上を含有し、
残部:Fe及び不純物、からなり、
下記式(1)で定義されるCeqが0.38~0.43を満足し、
下記式(2)で定義されるA値が10.0~16.0を満足し、
板幅方向の降伏応力415MPa以上、板幅方向の引張強度550MPa以上690MPa以下を満足し、
下記式(3)のLMPが15000以上となる条件での応力除去焼きなまし後の引張試験において板幅方向の引張強度550MPa以上690MPa以下を満足し、
下記式(4)で定義されるPcmが0.210%以下を満足し、
鋼板表面から1.5mm深さ位置のミクロ組織におけるフェライト分率FAが15.0面積%以上であり、残部が上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織およびマルテンサイト組織の1種又は2種以上であり、
15°傾角粒の面積加重平均粒径が15μm以下である、鋼板。
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 …(1)
A=8[Mn]+10[Cr]+9[Mo] …(2)
LMP=T(20+log(tSR))・・・(3)
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]…(4)
ここで、式(1)、式(2)及び式(4)中の[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]は、前記鋼板中のそれぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%での含有量を示し、式(3)中のT、tSRは前記鋼板のSR処理加熱温度(K)とSR処理加熱時間(h)を示す。
[3] 板厚が10~60mmである[1]または[2]に記載の鋼板。
[4] 質量%で、
C :0.060~0.100%、
Si:0.05~0.30%、
Mn:1.20~1.80%、
P :0.002~0.008%、
S :0.0010~0.0030%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.0020~0.0060%、
Ni:0.2~1.0%、
Mo:0.1~0.30%、
V :0.010~0.050%、
O :0.0030%以下、
残部:Fe及び不純物、からなり、
下記式(1)で定義されるCeqが0.38~0.43を満足し、
下記式(2)で定義されるA値が10.0~16.0を満足し、
下記式(3)で定義されるPcmが0.210%以下を満足する鋼片を用意し、
前記鋼片を950~1100℃の温度に加熱してから、900℃以上で累計圧下率30%以上かつ1パス当たり圧下率8%以上の圧延パスを2パス以上行う条件で熱間圧延したのち、更に800℃以上900℃以下で累計圧下率40%以上で熱間圧延する熱間圧延工程と、
表面温度780℃以上から200℃以下まで、板厚の(1/4)t位置での平均冷却速度が10℃/s以上となる条件で冷却を行う冷却工程と、
600℃以上の温度で焼戻し処理を行う焼き戻し工程と、を備えた鋼板の製造方法。
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 …(1)
A=8[Mn]+10[Cr]+9[Mo] …(2)
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]…式(3)
ここで、式(1)、式(2)及び式(3)中の[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]は、前記鋼片中のそれぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%での含有量を示す。
[5] 質量%で、
C :0.060~0.100%、
Si:0.05~0.30%、
Mn:1.20~1.80%、
P :0.002~0.008%、
S :0.0010~0.0030%、
Al:0.010~0.060%、
N :0.0020~0.0060%、
Ni:0.2~1.0%、
Mo:0.1~0.30%、
V :0.010~0.050%、
O :0.0030%以下、を含有し、
更に、Ti:0.020%以下、Cu:0.40%以下、Cr:0.30%以下、Nb:0.030%以下、Ca:0.0040%以下、Mg:0.0030%以下、B:0.0005%以下、のいずれか1種または2種以上を含有し、
残部:Fe及び不純物、からなり、
下記式(1)で定義されるCeqが0.38~0.43を満足し、
下記式(2)で定義されるA値が10.0~16.0を満足し、
下記式(3)で定義されるPcmが0.210%以下を満足する鋼片を用意し、
前記鋼片を950~1100℃の温度に加熱してから、900℃以上で累計圧下率30%以上かつ1パス当たり圧下率8%以上の圧延パスを2パス以上行う条件で熱間圧延したのち、更に800℃以上900℃以下で累計圧下率40%以上で熱間圧延する熱間圧延工程と、
表面温度780℃以上から200℃以下まで、板厚の(1/4)t位置での平均冷却速度が10℃/s以上となる条件で冷却を行う冷却工程と、
600℃以上の温度で焼戻し処理を行う焼き戻し工程と、を備えた鋼板の製造方法。
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 …(1)
A=8[Mn]+10[Cr]+9[Mo] …(2)
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]…式(3)
ここで、式(1)、式(2)及び式(3)中の[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]は、前記鋼片中のそれぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%での含有量を示す。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、LPGや液化COの貯蔵に好適であり、SR処理後においても強度および低温靭性に優れた陸上タンク用の鋼板を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本実施形態における「応力除去焼鈍」とは、特に断りが無い限り、JIS Z 3700:2009「溶接後熱処理方法」に規定された内容に準拠する応力除去焼鈍を意味する。
本実施形態における「溶接」とは、特に断りが無い限り、溶接入熱が1.1~4.5kJ/mmである溶接を意味する。これら条件は、本発明が属する技術分野における一般的な条件である。しかし、上述の条件とは異なる条件下で応力除去焼鈍または溶接を行ったとしても、上述の条件下で行われた応力除去焼鈍または溶接と同等の効果が得られる。従って、本実施形態に係る鋼板に、上述の条件とは異なる条件下で応力除去焼鈍または溶接を行ってもよい。
【0020】
以下、本実施形態の鋼板について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0021】
[化学組成]
本実施形態の鋼板の化学組成は、次の元素を含有する。
【0022】
C:0.060~0.100%
炭素(C)は、鋼板の強度を高める。C含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、C含有量が高すぎれば、HAZの低温靭性が低下する。C含有量が高すぎればさらに、鋼板の強度が高くなりすぎ、鋼板の耐応力腐食割れ性が低下する。したがって、C含有量は0.060~0.100%である。C含有量の好ましい下限は0.070%以上であり、より好ましくは0.075%以上である。C含有量の好ましい上限は0.090%以下である。
【0023】
Si:0.05~0.30%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Siはさらに、鋼板の強度を高める。Si含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、鋼板中のHAZが過剰に硬化して、低温靭性が低下する。したがって、Si含有量は0.05~0.30%である。Si含有量の好ましい下限は0.10%以上である。Si含有量の好ましい上限は0.25%以下であり、より好ましくは0.20%以下である。
【0024】
Mn:1.20~1.80%
マンガン(Mn)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼板の強度及び低温靭性を高める。Mnはさらに、Sと結合してMnSを形成し、HAZの低温靭性を高める。Mn含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、焼戻し脆性が高まり、溶接性が低下する。したがって、Mn含有量は1.20~1.80%である。Mn含有量の好ましい下限は1.30%以上であり、より好ましくは1.40%以上である。Mn含有量の好ましい上限は1.70%以下であり、より好ましくは1.60%以下である。
【0025】
P:0.002~0.008%
リン(P)は不純物である。Pは、鋼板の機械的特性を低下し、特に、鋼板の低温靭性を低下する。したがって、P含有量は0.008%以下である。P含有量の好ましい上限は0.006%以下である。P含有量はなるべく低い方が好ましいが、P含有量を低減しようとすると製鋼工程の処理が煩雑になるので、P含有量は0.002%以上でもよい。
【0026】
S:0.0010~0.0030%
硫黄(S)はMnと結合してMnSを形成する。このとき、複合介在物が形成されれば、Mn欠乏領域が形成され、HAZの低温靭性を高めることができる。S含有量が低すぎれば、この効果は得られない。一方、S含有量が高すぎれば、粗大なMnSが単体で析出し、HAZの低温靭性が低下する。したがって、S含有量は0.0010~0.0030%である。S含有量の好ましい下限は0.0015%以上である。S含有量の好ましい上限は0.0025%以下である。
【0027】
Al:0.010~0.060%
アルミニウム(Al)は、鋼板を脱酸する。しかしながら、Al含有量が高すぎれば、鋼が脱酸されすぎ、Ti系酸化物の形成量が低下する。その結果、HAZの低温靭性が低下する。したがって、Al含有量は0.060%以下である。Al含有量の好ましい上限は0.050%以下である。Alは、0.010%以上含有してもよい。本明細書でいうAl含有量は、酸可溶Al(sol.Al)の含有量である。
【0028】
N:0.0020~0.0060%
窒素(N)は、不可避的に含有される。Nは、Tiと結合してTiNを形成し、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。N含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、N含有量が高すぎれば、鋼板及びHAZの低温靭性が低下する。したがって、N含有量は0.0020~0.0060%である。N含有量の好ましい下限は0.0025%以上である。N含有量の好ましい上限は0.0050%以下である。
【0029】
Ni:0.2~1.0%
ニッケル(Ni)は、鋼に固溶して鋼板の強度及び低温靭性を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、この効果が飽和するだけでなく、製造コストが高くなる。したがって、Ni含有量は0.2~1.0%である。Ni含有量の好ましい下限は0.3%以上であり、より好ましくは0.4%以上である。Ni含有量の好ましい上限は0.8%以下であり、より好ましくは0.7%以下である。
【0030】
Mo:0.10~0.30%
モリブデン(Mo)は、鋼板の強度を高める。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mo含有量が高すぎれば、鋼板の強度が高くなりすぎるだけでなく、HAZの低温靭性が低下する。したがって、Mo含有量は0.10~0.30%である。Mo含有量の好ましい下限は0.15%以上である。Mo含有量の好ましい上限は0.25%以下である。
【0031】
V:0.010~0.050%
バナジウム(V)は、炭窒化物を形成し、鋼板を析出強化する。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が高すぎれば、その効果が飽和するだけでなく、生産コストが高くなる。したがって、V含有量は0.010~0.050%である。V含有量の好ましい下限は0.015%以上である。V含有量の好ましい上限は0.045%以下であり、より好ましくは0.040%以下である。
【0032】
O:0.0040%以下
酸素(O)は、粗大な酸化物系複合介在物を形成し、破壊の起点となる。その結果、鋼板及びHAZの低温靭性が低下する場合がある。したがって、O含有量は0.0040%以下に制限する。O含有量は0.0010%以上含まれていることは許容される。O含有量の好ましい上限は0.0030%以下である。
【0033】
更に、本実施形態の鋼板は、Ti:0.020%以下、Cu:0.40%以下、Cr:0.30%以下、Nb:0.030%以下、Ca:0.0040%以下、Mg:0.0030%以下、B:0.0005%以下、のいずれか1種または2種以上を含有してもよい。
【0034】
Ti:0~0.020%
チタン(Ti)は、任意添加元素であり、0%でもよい。Tiを含有すると、Ti系酸化物を形成し、粒内フェライトの生成核となり、HAZの低温靭性を高める。Tiはさらに、鋼中のNと結合してTiNを形成し、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。これらの効果を得るには、Ti含有量を0%超、より好ましくは0.001%以上とするとよい。一方、Ti含有量が高すぎれば、Ti系酸化物の個数密度及び粗大なTi系酸化物が増加し、HAZの低温靭性が低下する。Ti含有量が高すぎればさらに、TiCが生成して降伏強度が高くなりすぎる。その結果、YRが高くなりすぎる場合がある。したがって、Ti含有量の上限は0.020%以下である。Ti含有量の好ましい下限は0.005%以上または0.007%以上である。Ti含有量の好ましい上限は0.018%以下である。
【0035】
Cu:0~0.40%
銅(Cu)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Cuは鋼板の強度及び耐食性を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が高すぎれば、高温割れが発生しやすくなる。したがって、Cu含有量は0~0.40%である。Cu含有量の好ましい下限は0.05%以上であり、より好ましくは0.08%以上である。Cu含有量の好ましい上限は0.35%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。
【0036】
Cr:0~0.30%
クロム(Cr)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち0%でもよい。Crが含有される場合、Crは鋼板の強度及び耐食性を高める。Crが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cr含有量が高すぎれば、靭性が低下する。したがって、Cr含有量は0~0.30%である。Cu含有量の好ましい下限は0.03%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。Cu含有量の好ましい上限は0.25%以下であり、より好ましくは0.20%以下である。
【0037】
Nb:0~0.030%
ニオブ(Nb)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち0%でもよい。Nbが含有される場合、Nbは圧延時に未再結晶温度を拡大させるとともに、炭窒化物を形成し、鋼板を析出強化する。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、その効果が飽和するだけでなく、生産コストが高くなる。したがって、Nb含有量は0~0.030%である。Nb含有量の好ましい下限は0.005%以上である。Nb含有量の好ましい上限は0.025%以下であり、より好ましくは0.020%以下である。
【0038】
Ca:0~0.0040%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Caは鋼中のSと結合して、MnSの伸展を抑制する。その結果、HAZの低温靭性が高まる。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が高すぎれば、この効果は飽和する。したがって、Ca含有量は0~0.0040%である。Ca含有量の好ましい下限は0.0010%以上であり、より好ましくは0.0015%以上である。Ca含有量の好ましい上限は0.0035%以下であり、より好ましくは0.0030%以下である。
【0039】
Mg:0~0.0030%
Mgは、任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち0%でもよい。Mgが含有される場合、Mgは酸化物や硫化物を形成して、溶接熱影響部の靭性を向上させる。この効果を得るために、Mgの含有量を0.0001%以上としてもよい。しかし、Mgを多量に含有させると、粗大な酸化物を形成し、鋼の靭性を低下させる恐れがある。従って、Mgの上限を0.0030%以下とする。必要に応じて、Mg含有量の上限を、0.0025%以下、0.0020%以下、0.0015%以下又は0.0010%以下としてもよい。
【0040】
B:0.0005%以下
ボロン(B)は、HAZの低温靭性が低下させる。したがって、B含有量は0.0005%以下に制限する。B含有量は0%であることが好ましい。B含有量の好ましい上限は0.0003%以下である。
【0041】
本実施形態の鋼板の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0042】
また、本実施形態に係る鋼板においては、下記式(1)によって算出される、鋼の硬化性を示す指標である炭素当量Ceqを0.38~0.43%を満足する必要がある。Ceqが0.38%未満である場合、鋼板の強度が不足する場合がある。必要に応じて、Ceqの下限を0.39%以上、0.40%以上としてもよい。また、Ceqが0.43%超である場合、鋼板の靭性が低下する場合がある。必要に応じて、Ceqの上限を0.42%以下としてもよい。
【0043】
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 …(1)
式(1)中の[C]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]は、鋼板中のそれぞれC、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、Vの質量%での含有量を示す。
【0044】
また、本実施形態に係る鋼板においては、下記式(2)によって算出されるA値が10.0~16.0%を満足する必要がある。A値は、SR熱処理後の鋼板の母材及び溶接部の低温靭性と相関する指標である。本実施形態に係る鋼板の化学組成の範囲であれば、概ね、SR熱処理後の母材部及び溶接部の低温靭性が満足できる値になりうるが、低温靭性は、ばらつきやすく、所望の低温靭性が得られない場合がある。また、低温靭性を向上させようとすると、鋼板強度が低下する場合がある。そこで検討したところ、本実施形態に係る鋼板の化学組成の範囲内において、下記式(2)に示されるA値が所定の範囲を満足する場合に、母材及び溶接部の両方において-50℃での低温靭性および鋼板強度が満足できるようになることを見出した。A値が10.0%未満では、鋼板強度が低下するので好ましくない。一方、A値が16.0%を超えると低温靭性が低下するので好ましくない。
【0045】
A=8[Mn]+10[Cr]+9[Mo] …(2)
式(2)中の[Mn]、[Cr]および[Mo]は、鋼板中のそれぞれMn、Cr、Moの質量%での含有量を示す。
【0046】
また、本実施形態に係る鋼板では、硬さの増大を抑制して、-50℃での低温靭性を向上させるために、下記式(4)で表されるPcm値を、0.210%以下とする。Pcm値についてより好ましくは0.205%以下又は0.200%以下である。Pcm値が0.165%を下回ると十分な鋼板強度、あるいは十分な継手強度が得られない場合があるのでPcm値の下限値を0.165%以上としてもよい。
【0047】
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]…式(4)
上述の式(4)において、[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]は、それぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%で表した含有量を意味する。
【0048】
本実施形態に係る鋼板は、鋼板表面から1.5mm深さ位置のミクロ組織におけるフェライト分率FAが15.0面積%以上であり、残部が上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織およびマルテンサイト組織の1種又は2種以上である必要がある。本実施形態に係る鋼板では、鋼板のビッカース硬さとフェライト分率FAとの間に相関関係が認められ、フェライト分率FAが15.0面積%以上になると、ビッカース硬度が緩やかに低下して低温靭性の悪化が抑制される。フェライト分率FAはより好ましくは18.0面積%以上がよい。ただし、フェライト分率FAが高すぎると鋼板の強度が低下するので、フェライト分率FAの上限は70.0面積%以下がよい。
【0049】
ミクロ組織における残部は、上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織およびマルテンサイト組織の1種又は2種以上からなる。残部組織としてこれらの組織が含まれることで、鋼板の強度を十分に高めることができる。残部の上限は85.0%未満であり、下限は30.0%超である。
【0050】
ミクロ組織中のフェライト分率FAは次の方法で測定される。鋼板のL断面(圧延方向及び圧下方向に平行な断面)のミクロ組織をナイタール腐食により現出させる。500倍の光学顕微鏡観察を任意の鋼板表面から深さ1.5mm位置で5視野実施(撮影)し、各視野のミクロ組織画像を生成する。生成されたミクロ組織画像を、画像処理(二値化処理)して、フェライト組織と、硬質組織とを特定する。特定後、各視野でのフェライト面積率を求める。各視野のフェライト面積率の平均を、分率FA(%)と定義する。まだ、残部組織が、上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織およびマルテンサイト組織の1種又は2種以上からなることを確認する。
【0051】
(15°傾角粒の面積加重平均粒径:15μm以下)
ミクロ組織中の15°傾角粒の面積加重平均粒径(以下、平均粒径という)は15μm以下とする。これにより、母材の低温靭性に優れたものとなる。平均粒径が15μmを超えると、母材のシャルピー吸収エネルギーが低下してしまう。
【0052】
平均粒径は、以下のように定義される。電子ビーム後方散乱回析パターン解析法(Electron Backscatter Diffraction method:EBSD法)を用いた結晶方位解析を行って判別された結晶方位差が15°以上の粒界で囲まれる領域を結晶粒と定義し、結晶粒の円相当粒径を結晶粒径と定義し、結晶粒毎の面積で重みづけをした面積加重平均で算出した値を、平均結晶粒径とする。
【0053】
(降伏応力:415MPa以上)
(引張強度:550MPa以上690MPa)
本実施形態では、鋼板の板幅方向の降伏応力が415MPa以上、板幅方向の引張強度が550MPa以上690MPaを満足するものとする。陸上タンクのような大型溶接構造物の重量を軽減するためには、板厚が薄くても構造物の強度が確保できる鋼板が必要とされる。通常、このような用途で用いられる鋼板として選択されるものは、上述した降伏強度及び引張強さを有する鋼板であるので、本実施形態も上述した降伏強度及び引張強さを有するように製造される。必要に応じて、降伏強度の下限を430MPa以上にしてもよい。また、引張強度の下限を570MPa以上に、その上限を720MPa以下としてもよい。
【0054】
(応力除去焼なまし後の引張強度:550MPa以上690MPa以下)
本実施形態の鋼板は、破壊を未然に防止することを目的として、タンクに組み立てられた後に、溶接部に対して応力除去焼鈍を行うが、この際に、溶接部のみならず母材も加熱される。タンクの強度を確保するためには、応力除去焼なまし後の板幅方向の引張強度が550MPa以上690MPa以下であることが好ましい。これにより、応力除去焼鈍がなされた陸上用タンクにおいて、十分な強度を確保できる。
【0055】
応力除去焼なましは、下記式(3)に示すLMPが15000以上となる条件で行う。なお、LMP15000はタンク製造時における複数回の応力除去焼鈍の処理時間合計を想定した場合に式(3)により算出される値である。
【0056】
LMP=T(20+log(tSR))・・・(3)
式(3)中のT、tSRは鋼板のSR処理加熱温度(K)とSR処理加熱時間(h)を示す。
【0057】
(板厚:10~60mm)
板厚10mm未満の鋼板を溶接する場合では、一般的にSRが不要である。しかしながら、本発明は、SRが必要な鋼板を対象とするので、本実施形態における板厚の下限は10mmとすることが好ましい。また、板厚が60mmを超える鋼板は、陸上用タンクの重量増となる。したがって、本実施形態に係る鋼板の板厚は60mm以下が好ましい。
【0058】
本実施形態の鋼板は、陸上タンク用の鋼板として、強度および低温靭性に優れたものとなる。本実施形態の鋼板の継手の低温靭性は、SR熱処理前において、-50℃におけるシャルピー吸収エネルギーが27J以上、-50℃におけるCTOD試験のδ値が0.07mm以上であるとよい。また、SR熱処理後においては、-50℃におけるシャルピー吸収エネルギーが27J以上、-50℃におけるCTOD試験のδ値が0.03mm以上であるとよい。この場合のSR熱処理は、LMPが15000以上19000以下の範囲の条件である。この範囲であれば、低温靭性を測定する際のSR熱処理の条件は異なっていてもよい。これにより、本実施形態の鋼板よりなる陸上用タンクの安全性の確保が可能なる。
【0059】
また、本実施形態の鋼板の母材の靭性は、SR熱処理前において、-50℃におけるシャルピー吸収エネルギーが100J以上、-50℃におけるCTOD試験のδ値が0.10mm以上であるとよい。また、SR熱処理後においては、-50℃におけるシャルピー吸収エネルギーが27J以上、-50℃におけるCTOD試験のδ値が0.10mm以上であるとよい。この場合のSR熱処理は、LMPが15000以上になる条件である。これにより、本実施形態の鋼板よりなる陸上用タンクの安全性の確保が可能なる。
【0060】
シャルピー試験片の採取位置は表面下6mm位置、1/4厚位置、1/2厚位置を中心に板幅方向採取とする。CTOD試験片の採取は、全厚、板幅方向採取とする。
【0061】
(HAZ硬度)
また、本実施形態の鋼板は、タンク組立てにおいて溶接が必須となる。溶接後の溶接熱影響部(HAZ)の靭性が低下すると、HAZが破壊の起点となる。従って、HAZの硬度はなるべく低くなることが好ましい。具体的には、予熱なしの場合はビッカース硬度がHV248以下、予熱ありの場合はビッカース硬度がHV275以下であるとよい。
【0062】
(製造方法)
上述の成分を有する鋼を鋼板として製造するためには、通常用いられる鉄鋼製品の製造法を用いる。すなわち、転炉法又は電炉法によって製造され、二次精錬設備で精錬された鋼を、連続鋳造あるいは造塊分塊によりスラブとする。その後、スラブを、スラブ加熱炉により加熱した後、熱間圧延により所定の板厚まで圧延し、冷却、焼き戻しを行うことにより、鋼板とする。
【0063】
すなわち、本実施形態の鋼板は、上記の化学成分を有し、式(1)で定義されるCeqが0.38~0.43を満足し、式(2)で定義されるA値が10.0~16.0を満足し、式(4)で定義されるPcmが0.210%以下を満足する鋼片を用意し、この鋼片を950~1100℃の温度に加熱してから、熱間圧延する工程と、冷却工程と、焼き戻し工程を経ることによって製造する。以下、製造条件の限定理由を述べる。
【0064】
(加熱温度:950~1100℃)
熱間圧延工程に供する鋼片の加熱温度は950~1100℃とする。
950℃以上とすることで、Nbなどを含む炭化物が固溶し、母材強度を満足させるための焼入れ性を確保することができる。また、1100℃以下とすることで、加熱γ粒径の粗大化を抑え、靭性が確保できる。均熱時間は、目標温度±10℃の温度範囲を30~120分維持することがよい。その理由は、30分未満であると、上述の炭化物固溶がスラブ全体もしくは部分的に不十分となるためである。また120分超であると、加熱γ粒径が粗大化し、母材靭性が低下するためである。
【0065】
(熱間圧延工程)
熱間圧延工程では、900℃以上で累計圧下率30%以上かつ1パス当たり圧下率8%以上の圧延パスを2パス以上行う条件で熱間圧延したのち、更に800℃以上900℃以下で累計圧下率40%以上で熱間圧延する。なお、前段の圧延は例えば粗圧延工程において行い、後段の圧延は例えば仕上圧延工程にて行う。前段の圧延は、900℃以上で行う。そして、前段の圧延後に、900℃以下に温度が低下するのを待ってから、後段の圧延を行う。
【0066】
(900℃以上の累計圧下率:30%以上)
(900℃以上の1パス当たり圧下率を8%以上の圧延パス:2パス以上)
熱間圧延工程において、900℃以上の累計圧下率を30%以上かつ1パス当たり圧下率を8%以上の圧延パスを2パス以上とする。その理由は、母材表面硬度を抑制するための焼入れ性の低下に、変態前のオーステナイト粒の再結晶による微細化が有効なためである。圧延により鋼板表面近傍に導入される加工ひずみは、本発明の要件である鋼板表面から1.5mm深さ位置のミクロ組織におけるフェライト分率を確保するために不可欠である。そのためには、累計圧下率を一定量以上導入することと、1パス当たりの圧下率を高めることでよりランダムなすべり系を有する転位下部組織を形成させることが必要となる。再結晶が生じる圧延温度が900℃以上であり、圧下率30%以上かつ1パス当たり圧下率を8%以上の圧延パスを2パス以上とすることで十分なオーステナイト粒微細化効果が得られる。
【0067】
(800℃以上900℃以下の累計圧下率:40%以上)
また、800℃以上900℃以下の累計圧下率を40%以上とする。その理由は、母材靭性を確保するための最終ミクロ組織の微細化に、変態前のオーステナイト粒内にフェライト変態核となる変形帯や転位下部組織形成を導入するために、未再結晶温度域での圧延が不可欠なためである。再結晶が生じにくい圧延温度900℃以下で、圧下率40%以上とすることで十分なフェライト変態促進効果が得られる。なお、圧延温度800度未満では、部分的にフェライト変態が進行するため、圧延されたフェライト組織が硬質な加工フェライトとして残存する可能性がある。したがって、圧延温度を800℃以上、900℃以下とした。
【0068】
(冷却工程)
熱間圧延後の冷却工程では、表面温度780℃以上から冷却を開始し、冷却終了温度は200℃以下とする。この間の板厚の(1/4)t位置での平均冷却速度は、10℃/s以上となる条件とする。その理由は、上述の通り、鋼板の強度を確保するために、上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織およびマルテンサイト組織の1種又は2種以上を一定割合以上含む必要があるためである。冷却開始温度が780℃未満になると、冷却前にフェライト組織が形成するため、上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織、マルテンサイト組織の割合が低下し、強度確保が困難となる。また、冷却終了温度が200℃超だと、板厚中央の冷却が不十分で、上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織、マルテンサイト組織の割合が低下する。また1/4t位置の平均冷却速度が10℃/s未満だと、冷却速度が不足し、上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織、マルテンサイト組織の形成が生じにくく、強度が低下する可能性がある。
【0069】
(焼き戻し工程)
冷却工程後に、600℃以上の温度で焼戻し処理を行う焼き戻し工程を行う。本開発鋼は570~620℃でのSR処理を受けることが想定しており、事前に600℃以上の焼戻し処理を施すことで、SR処理後の強度低下を抑制することができる。また、焼戻しの温度の上限は680℃以下がよい。その理由は、高温焼戻しにより炭化物が粗大化することで脆化が生じる可能性があるためである。
【0070】
以上のようにして、本実施形態の鋼板を製造する。
【0071】
本実施形態の鋼板は、LPGや液化COの貯蔵に好適であり、SR処理後においても強度および低温靭性に優れた鋼板となる。
【実施例0072】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0073】
表1A~表2Bに示す化学成分を有するスラブを鋳造した。その後、スラブを、加熱炉により表3Aおよび表3Bに示す加熱温度に加熱した後、熱間圧延により所定の板厚まで圧延し、冷却して、鋼板とした。さらに、この鋼板に焼入れ焼戻しを行って、所定の特性を有する鋼板(最終鋼板)を得た。表3Aおよび表3Bに、圧延前の加熱温度、熱間圧延の900℃以上での累計圧下率、800℃以上900℃以下の累計圧下率、圧延後の板厚、冷却開始温度、冷却終了温度、平均冷却速度、焼き戻し温度を示す。なお、実施例の熱間圧延工程は、900℃以上で累計圧下率30%以上とし、1パス当たり圧下率8%以上の圧延パスを2パス以上行う熱間圧延とした。また、実施例の加熱炉における均熱時間は30~120分とした。
【0074】
表1A~表2Bに鋼板の化学成分、A値、Pcm値、炭素当量Ceq.を示す。また、表4Aおよび表4Bに、鋼板の一面側及び他面側のそれぞれ1.5mm位置での母材硬度(Hv)、鋼板表面から1.5mm深さ位置のミクロ組織におけるフェライト分率FA、EBSD粒径(平均結晶粒径)を示す。
【0075】
硬度測定は、鋼板のL断面(圧延方向及び圧下方向に平行な断面)から試料を採取し、鋼板表面から深さ1.5mm位置で、マイクロビッカース硬さ試験機を用いて、予熱無しで測定を行った。
【0076】
ミクロ組織中のフェライト分率FAは次の方法で測定した。鋼板のL断面(圧延方向及び圧下方向に平行な断面)のミクロ組織をナイタール腐食により現出させた。500倍の光学顕微鏡観察を任意の鋼板表面から深さ1.5mm位置で5視野実施(撮影)し、各視野のミクロ組織画像を生成した。生成されたミクロ組織画像を、画像処理(二値化処理)して、フェライト組織と、硬質組織とを特定した。特定後、各視野でのフェライト面積率を求めた。各視野のフェライト面積率の平均を、分率FA(%)と定義した。まだ、残部組織が、上部ベイナイト組織、下部ベイナイト組織およびマルテンサイト組織の1種又は2種以上からなることを確認した。
【0077】
平均結晶粒径は、以下のように定義される。電子ビーム後方散乱回析パターン解析法(Electron Backscatter Diffraction method:EBSD法)を用いた結晶方位解析を行って判別された結晶方位差が15°以上の粒界で囲まれる領域を結晶粒と定義し、結晶粒の円相当粒径を結晶粒径と定義し、結晶粒毎の面積で重みづけをした面積加重平均で算出した値を、平均結晶粒径とした。
【0078】
また、溶接継手を作成し、評価した。K開先を作成し、20%COを含有するアルゴンガスをシールドガスとし、溶接ワイヤを日鉄溶接工業(株)製の溶接ワイヤYM-69Fとし、入熱量を2.0kJ/mmとし、予熱を100℃として、多層盛りのガスシールドアーク溶接を行い、溶接継手を製造した。その後、母材及び溶接部に対して応力除去焼鈍(SR処理)を行った。SR処理(応力除去焼鈍)は、表に示す熱処理温度および熱処理時間で行った。このときのLMP値を合わせて示す。
【0079】
母材鋼板について、SR処理の前後における、降伏強さ、引張強さ、降伏比、-50℃におけるシャルピー吸収エネルギーおよび-50℃におけるCTOD試験のδ値を測定した。SR処理(応力除去焼鈍)は、表4Aおよび表4Bに示す熱処理温度および熱処理時間で行った。このときのLMP値を合わせて示す。
【0080】
また、溶接まま(As Weld)の溶接部に隣接する溶接部表側の母材の表層(I側FL)およびt/2位置における-50℃のシャルピー吸収エネルギー、-50℃におけるCTOD試験のδ値を測定した。
【0081】
更に、SR処理後の溶接部に隣接する溶接部表側の母材の表層(I側FL)およびt/2位置における-50℃のシャルピー吸収エネルギー、-50℃におけるCTOD試験のδ値を測定した。
【0082】
引張試験は、JIS Z 2241:2011に準拠し、2本の試験片を用いて行われた。0.2%降伏強さ及び引張強さは、それぞれ、2本の試験片の平均値である。降伏比は、引張強さTSに対する降伏強さYSの割合であり、百分率、すなわち、100×(YS/TS)で表される。降伏比の単位は%である。
【0083】
シャルピー吸収エネルギーは、母材及び溶接部から三個ずつVノッチ試験片を採取し、所定の温度でシャルピー衝撃試験を行い、吸収エネルギー(vE-65)を測定した。なお、Vノッチ試験片は、JIS Z 2242:2005に記載されたVノッチ試験片に準じて作成した。また、シャルピー衝撃試験は、JIS Z 2242:2005に準拠して行った。
【0084】
CTOD試験のσ値は、(δcat-10℃)は、BS7448規格(British Standard)Part1(1991)、及びBS7448規格(British Standard)Part2(1997)に準拠して測定を行った。具体的には、K形開先の加工した鋼板突き合わせ部に、入熱量35kJ/mmでガスシールドアーク溶接を実施し、溶接部のCTOD試験片の疲労ノッチの先端が、溶接部のI側フュージョンラインの板厚中央部となるよう加工し、CTOD試験を所定の温度で実施した。母材については、試験片の長手方向が圧延方向と垂直になるC方向(板幅方向)について評価を行った。溶接継手については、L方向(圧延方向)についてのみ評価を行った。溶接継手のCTODの評価においては、疲労き裂の先端が溶接ボンドに相当するように試験片を採取した。各試験温度で、3本の試験を行い、得られた測定データの最低値をCTOD試験のδ値とした。
【0085】
表1A~表6Aに示すように、本発明例であるNo.1~12は、いずれも、優れた靱性及び継手CTOD特性を有していた。
【0086】
一方、表1A~表6Bに示すように、比較例であるNo.13~37は、鋼の化学組成が本発明で規定される範囲を外れたので、いずれも靱性が劣化した。
【0087】
また、No.38~53は、鋼成分は本発明の成分範囲を満たしていたが、製造条件が本発明の条件を満足しなかった。そのため、靭性が劣化した。
【0088】
【表1A】
【0089】
【表1B】
【0090】
【表2A】
【0091】
【表2B】
【0092】
【表3A】
【0093】
【表3B】
【0094】
【表4A】
【0095】
【表4B】
【0096】
【表5A】
【0097】
【表5B】
【0098】
【表6A】
【0099】
【表6B】