(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119381
(43)【公開日】2024-09-03
(54)【発明の名称】固体を吸熱反応させる方法、及び酸化物を製造する方法
(51)【国際特許分類】
C09K 5/14 20060101AFI20240827BHJP
C09K 11/55 20060101ALI20240827BHJP
C01F 5/06 20060101ALI20240827BHJP
C01F 11/04 20060101ALI20240827BHJP
C01B 32/50 20170101ALI20240827BHJP
【FI】
C09K5/14 E
C09K11/55
C01F5/06
C01F11/04
C01B32/50
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023026243
(22)【出願日】2023-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】591043684
【氏名又は名称】足立石灰工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085316
【弁理士】
【氏名又は名称】福島 三雄
(74)【代理人】
【識別番号】100104259
【弁理士】
【氏名又は名称】寒川 潔
(72)【発明者】
【氏名】岡本 康寛
(72)【発明者】
【氏名】静 俊二郎
(72)【発明者】
【氏名】藤木 修治
(72)【発明者】
【氏名】岡 正和
【テーマコード(参考)】
4G076
4G146
4H001
【Fターム(参考)】
4G076AA02
4G076AB06
4G076AB09
4G076BA39
4G076BC10
4G076BG05
4G076DA25
4G076DA30
4G146JA02
4G146JC22
4H001XA08
4H001XA12
4H001XA20
(57)【要約】
【課題】 石灰石などを焼成して得られる酸化物の高純度化が求められ、また製造方法としても脱炭素社会実現に向けて二酸化炭素の排出量削減が重要な課題として注目されている。
【解決手段】 熱放射による連続的発光を伴う発光状態のCaおよび/又はMgの酸化物にレーザ光を照射し、前記レーザ光を吸収した前記発光状態の酸化物からの熱によって前記発光状態の酸化物に隣接する固体を吸熱反応させる方法、及び前記固体としてCaおよび/又はMgの炭酸塩から対応する酸化物を製造する方法。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱放射による連続的発光を伴う発光状態のCaおよび/又はMgの酸化物にレーザ光を照射し、前記レーザ光を吸収した前記発光状態の酸化物からの熱によって前記発光状態の酸化物に隣接する固体を吸熱反応させる方法。
【請求項2】
前記発光状態の酸化物が、レーザ光の吸収により生成されたものである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法によって、前記固体としてCaおよび/又はMgの炭酸塩から対応する酸化物の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の方法によって、前記固体としてCaおよび/又はMgの水酸化物から対応する酸化物の製造方法。
【請求項5】
請求項3に記載の製造方法によって製造された酸化物を含む蓄熱媒体。
【請求項6】
請求項4に記載の製造方法によって製造された酸化物を蓄熱媒体とした蓄エネルギー方法。
【請求項7】
請求項1または2に記載の方法によって、前記固体として粒体状のCaおよび/又はMgの炭酸塩から、前記粒体よりも粒径の大きな凝集体を構成すると共に、前記Caおよび/又はMgの炭酸塩に対応する酸化物を製造する方法。
【請求項8】
請求項3に記載の製造方法によって製造された酸化物の水和反応で得られた水酸化物を含む二酸化炭素吸収体。
【請求項9】
請求項3に記載の製造方法によって製造された酸化物の水和反応で得られた水酸化物が、その周囲に存在する二酸化炭素を吸収することを特徴とする二酸化炭素回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱放射による発光状態のCaおよび/又はMgを含む酸化物からの熱によって固体を吸熱反応させる方法、及び酸化物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石灰石、ドロマイト、マグネサイトなどのCaやMgを含む炭酸塩、水酸化物から得られる酸化物は、それぞれ製鉄、セメント原料、製紙、建材原料、乾燥剤、肥料、食品添加物など、産業技術の基幹を広く支える用途に用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来技術において前記酸化物はその炭酸塩をメルツ炉のような焼成炉で加熱することによって製造することができるが、従来技術で製造された酸化物には燃料由来の硫黄分や灰分などの不純物を含んでおり、近年において高品質化が求められる上記産業技術用途に使用するために、より純度の高いものが求められていた。
【0005】
また、メルツ炉のような大型装置は鉱山で余剰となる10mm以下の細粒石灰石の焼成や、不純物の少ない高品位な生石灰を得るには不向きであった。しかし、細粒石灰石を短時間かつ高品位に焼成できる方法があれば、石灰石資源の有効活用となり、且つ、多様な産業上の要請に応えることができ有用であると考えられていた。
【0006】
また、昨今の脱炭素社会実現に向けても、電力需給バランスの不均等から生じる余剰電力の貯蔵は重要な課題として注目されていた。
【0007】
また、昨今の脱炭素社会実現に向けても、二酸化炭素の排出量削減は重要な課題として注目されている。メルツ炉のような焼成炉では、重油などの化石燃料を使用するため、多くの二酸化炭素を排出してしまう。石灰石の焼成用燃料として、化石燃料を使用しないことが二酸化炭素の排出量削減するうえで有用と考えられていた。
【0008】
鉱山で余剰となる1.0mm以下の石灰石粉粒体は、焼成炉において焼成しても1.0mm以下の生石灰にしかならず、その用途が限定されている。上記産業技術用途には、1.0mm以下だけではなく、10mm程度の粒状生石灰も必要とされる。石灰石粉粒体を10mm程度の大きさの生石灰に焼成することができれば、石灰石資源の有効活用となると考えられていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の態様1~9を含む:
〔態様1〕 熱放射による連続的発光を伴う発光状態のCaおよび/又はMgの酸化物にレーザ光を照射し、前記レーザ光を吸収した前記発光状態の酸化物からの熱によって前記発光状態の酸化物に隣接する固体を吸熱反応させる方法。
〔態様2〕 前記発光状態の酸化物が、レーザ光の吸収に起因して生成されたものである態様1に記載の方法。
〔態様3〕 態様1または2に記載の方法によって、前記固体としてCaおよび/又はMgの炭酸塩から対応する酸化物を製造する方法。
〔態様4〕 態様1または2に記載の方法によって、前記固体としてCaおよび/又はMgの水酸化物から対応する酸化物を製造する方法。
〔態様5〕 態様3に記載の製造方法によって製造された酸化物を含む蓄熱媒体。
〔態様6〕 態様4に記載の製造方法によって製造された酸化物を蓄熱媒体とした蓄エネルギー方法。
〔態様7〕 態様1または2に記載の方法によって、前記固体として粒体状のCaおよび/又はMgの炭酸塩から、前記粒体よりも粒径の大きな凝集体を構成すると共に、前記Caおよび/又はMgの炭酸塩に対応する酸化物を製造する方法。
〔態様8〕 態様3に記載の製造方法によって製造された酸化物の水和反応で得られた水酸化物を含む二酸化炭素吸収体。
〔態様9〕 態様3に記載の製造方法によって製造された酸化物の水和反応で得られた水酸化物が、その周囲に存在する二酸化炭素を吸収することを特徴とする二酸化炭素回収方法。
【0010】
前記発光状態の酸化物に隣接する固体とは、前記発光状態の酸化物に接して配置されている他の固体であってもよく、また、前記発光状態の酸化物が発光状態となる前の状態と一体の物質として形成されていた固体であって、前記一体の物質の一部分において形成された前記発光状態の酸化物の外縁部と接してなる周縁領域を構成する固体部分であってもよい。
なお、特許請求の範囲に係る請求項6において、本発明に係る蓄熱媒体を製造方法で表すが、これは、出願時において当該物が請求項4の製造方法によって製造されたか否かについて、その構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情があることに基づく。また、特許請求の範囲に係る請求項8において、本発明に係る二酸化炭素吸収体を製造方法で表すが、これは、出願時において当該物が請求項3の製造方法によって製造されたか否かについて、その構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情があることに基づく。
【0011】
前記Caおよび/又はMgの酸化物としては生石灰(CaO)、MgO、若しくはCaO・MgOを含む鉱物若しくは岩石であっても好ましい。
前記Caおよび/又はMgの炭酸塩としては、石灰石(CaCO3)、マグネサイト(MgCO3)、若しくはドロマイト(CaMg(CO3)2)などの鉱物若しくは岩石であっても好ましい。
【0012】
前記Caおよび/又はMgの酸化物がCaの酸化物である場合には、前記熱放射による連続的発光を伴う発光状態の生石灰が、石灰石へのレーザ光の吸収に起因して生成されたものであることが好ましい。
【0013】
前記Caおよび/又はMgの酸化物がMgの酸化物である場合には、前記熱放射による連続的発光を伴う発光状態のMgの酸化物が、マグネサイトへのレーザ光の吸収に起因して生成されたものであることが好ましい。
【0014】
前記Caおよび/又はMgの酸化物がCa及びMgの酸化物である場合には、前記熱放射による連続的発光を伴う発光状態のCa及びMgの酸化物が、ドロマイトへのレーザ光の吸収に起因して生成されたものであることが好ましい。
【0015】
前記粒体の粒径としては、好ましくは0.1mm~1.0mmであり、より好ましくは0.3mm~0.8mmである。
【0016】
前記固体としてCaおよび/又はMgの水酸化物としては消石灰(Ca(OH)2)を含む物質であっても好ましい。
【0017】
前記固体としてCaおよび/又はMgの水酸化物としては水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)を含む物質であっても好ましい。
【0018】
前記固体としてCaおよび/又はMgの水酸化物としては水酸化ドロマイト(Ca(OH)2・Mg(OH)2)を含む物質であっても好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、連続的強熱発光を伴う新たな吸熱反応を実現できる。
【0020】
本発明によれば、CO2残存量を10質量%以下に抑えた高い純度のCaおよび/又はMgの酸化物を提供することができる。
【0021】
また、製造時における燃料由来の硫黄分や灰分(主成分は、鉄、ニッケル、バナジウム、シリカ)などの不純物の混入もあらかじめ排除することができ、純度の高いCaおよび/又はMgの酸化物の製造方法を設計することができる。
【0022】
本発明によれば、Caおよび/又はMgの炭酸塩として石灰石を用いることで、高純度の生石灰を生成することができ、製鉄やセメント、製紙など基盤産業を支える高品質原料を提供することができる。
【0023】
本発明によれば、Caおよび/又はMgの炭酸塩としてマグネサイトを用いることで、高純度の焼成されたマグネサイトによる酸化物を生成することができ、製鉄など基盤産業を支える高品質原料を提供することができる。
【0024】
本発明によれば、Caおよび/又はMgの炭酸塩としてドロマイトを用いることで、高純度の焼成されたドロマイトによる酸化物を生成することができ、製鉄など基盤産業を支える高品質原料を提供することができる。
【0025】
さらに、本発明によって得られたCaおよび/又はMgの酸化物を用いることで、高純度の蓄熱媒体とすることができ、精度の高い蓄エネルギーシステムを実現することができる。
【0026】
焼成に化石燃料を使用せず、再生可能エネルギーより発電された電力の使用により二酸化炭素の排出量を大幅に削減できる。
【0027】
本発明によれば、Caの炭酸塩から対応する酸化物を製造する方法は、セメント製造におけるCaの炭酸塩から対応する酸化物へ吸熱反応させる工程へも応用することができる。
【0028】
本発明によって得られたCaおよび/又はMgの酸化物の水和反応で得られた水酸化物を用いることで、二酸化炭素の回収システムを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】実施例に使用した板状に形成したバルク形状の試料の外観を示す斜視方向からの写真であり、例として石灰石で形成されたものを示す。
【
図2】本発明に係るレーザ光焼成を行うための焼成装置の構成を示す図(a)及び、リングモードに形成されたビームの様子を示す図(b)である。
【
図3】固定点において24秒間石灰石試料にレーザ光を照射し続けた場合のレーザ光照射部分における温度変化を示すグラフである。
【
図4】強熱発光による入熱を温度の変数として、熱流束によりモデル化したグラフである。
【
図5】固定点照射
図3の温度測定結果を非定常熱伝導解析により再現した結果を示す。
【
図6】バルク状石灰石試料にレーザ光を照射したときに発生する強熱発光の様子を示す写真である。
【
図7】レーザ光焼成した領域の試料のCO
2残存量測定結果である。縦軸はレーザ出力、横軸はレーザ光走査速度を表す。
【
図8】レーザ光を走査した場合の照射条件において、照射中に強熱発光が発生した場合と、強熱発光が発生しなかった場合の赤外線カメラによる石灰石表面の温度分布の観察結果を示す。
【
図9】粒体状石灰石へのレーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成により得られた試料のXRD結果を示す。
【
図10】石灰石試料が900℃付近で非発光中間焼成された場合と、強熱発光した場合の表面(
図10(a))及び断面(
図10(b))をラマン分光分析によって観察した結果を示す。
【
図11】バルク状石灰石試料の端から5mmをカーボンコーティングした試料に対して、レーザ光を、コーティング試料のコーティング部分から照射を開始し試料の対辺に向かって走査させる様子を説明する図である。
【
図12】カーボンコーティングした試料を、
図7のレーザ出力及びレーザ光走査速度条件に対応させてレーザ光焼成した領域の試料のCO
2残存量測定結果である。縦軸はレーザ出力、横軸はレーザ光走査速度を表す。
【
図13】粒体状の試料を上面方向からのレーザ光照射により焼成するための装置の概略を示す図である。
【
図14】粒体状の試料をレーザ光焼成するための焼成用皿の概略図である。
【
図15】粒体状石灰石試料にレーザ光を照射したときに発生する強熱発光の様子を示す写真である。
【
図16】レーザ光照射前の石灰石粉粒体の拡大画像(a)とレーザ光照射により連続的強熱発光を伴う焼成後の生石灰凝集体の拡大画像(c)を示す。また、(b)にはレーザ光照射中に発光がみられない非発光中間焼成を行った粉粒体の拡大画像を示す。
【
図17】粒体状消石灰を固定点において60秒間レーザ光を照射し続けた場合のレーザ光照射部分における温度変化を示すグラフである。
【
図18】粒体状消石灰に対して強熱発光を伴うレーザ光焼成を行うことで得られた凝集体を示す写真である。
【
図19】ドロマイトを固定点において60秒間レーザ光を照射し続けた場合のレーザ光照射部分における温度変化を示すグラフである。
【
図20】ドロマイトに対してレーザ光焼成を行った場合に、連続的強熱発光が確認されると、得られた酸化物中において10質量%以下のCO
2残存量が認められた様子を示すグラフである。
【
図21】マグネサイトを固定点において350秒間レーザ光を照射し続けた場合のレーザ光照射部分における温度変化を示すグラフである。
【
図22】マグネサイトに対してレーザ光焼成を行った場合に、連続的強熱発光が確認されると、得られた酸化物中において10質量%以下のCO
2残存量が認められた様子を示すグラフである。
【
図23】レーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成により得られた消石灰の酸化物のXRD結果を示す。
【
図24】レーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成により得られたドロマイトの酸化物のXRD結果を示す。
【
図25】レーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成により得られたマグネサイトの酸化物のXRD結果を示す。
【
図26】粒体状ドロマイトに対して強熱発光を伴うレーザ光焼成を行うことで得られた凝集体を示す写真である。
【
図27】粒体状マグネサイトに対して強熱発光を伴うレーザ光焼成を行うことで得られた凝集体を示す写真である。
【実施例0030】
以下に本発明の実施例を具体的に示すが、本発明は以下の実施例の記載に限定されるものではない。
〔実施例1〕
(1)固定点レーザ光焼成による温度変化
本実施例においてはCaの炭酸塩で構成される石灰石を用いた例を挙げて説明する。
石灰石試料は、
図1に示すように、25mm×25mm×10mmの板状に形成したバルク試料を用いた。
石灰石試料を
図2(a)に示す焼成装置に取り付けて、レーザ光による焼成を行った。
レーザ光発振器には波長1090nmの近赤外光を出力できる連続発振シングルモードファイバレーザを用いている。発振器から出た光は光ファイバーにより伝送される。試料からの戻り光による発振器損傷を防ぐためにアイソレータを設置した。ビームの形状をリングモードにするため、アキシコンレンズと集光レンズを設置した。石灰石試料に対してレーザ光走査を行うため、治具に固定した試料をX、Y、Z自動ステージにより任意の速度で移動させられる構造としている。レーザ光照射とステージ走査はリレー回路を用いたトリガーにより制御する。ビームの大きさはガウシアンモード(レーザ光照射範囲が中実な略円形)よりも除去加工が少ない大きさ(外径2.0~3.0mm、内径1.0~1.5mmのリングモード)とした。ビームの形状を
図2(b)に示すようなリングモードとすることで、レーザ光照射面の温度制御が容易になり、焼成領域と除去加工の制御が可能となる。
【0031】
図3は、外径2.0mm、内径1.0mmのリングモードレーザ光を80Wの出力で走査させずに固定点において24秒間石灰石試料に照射し続けた場合のレーザ光照射部分における温度変化を示すグラフである。石灰石試料としては
図1に示すバルク状石灰石試料を用いた。
図3に示すように、石灰石に一定の条件でレーザ光を照射すると、石灰石試料の焼成温度が1000℃付近で一定時間停滞し、レーザ光を照射し続けることで、熱放射による発光(以下、強熱発光という。)と共に1900℃という高温を発生させることができた。なお、焼成温度が1000℃付近で停滞しているとき(以下、非発光中間焼成という。)の石灰石試料から強熱発光は確認されなかった。
この強熱発光が発生した際の試料への入熱のメカニズムを考察すると、
図4に強熱発光による入熱を温度の変数として、熱流束によりモデル化したグラフを示す。この熱流束の温度変化モデルにおいて1000℃から急激に熱流束を与え、1900℃に達した後に急激に熱流束を減少させることで強熱発光の再現を試みた。
図5に
図3の温度測定結果を非定常熱伝導解析により再現した結果を示す。
図5により、約1000℃における温度停滞と強熱発光時の温度を再現できていることが分かる。レーザ光の出力は一定であることから、強熱発光を伴うことで熱流束の変化に相当するレーザ光に対する吸収率の変化をレーザ光照射部分に生じさせることができ、新たな吸熱反応を実現できたと考えられる。また、本発明によれば、強熱発光が発生することで強熱発光状態の酸化物に隣接する領域、具体例として強熱発光状態の酸化物の外縁部と接して一体に構成される周縁領域の固体部分、若しくは強熱発光状態の酸化物に接して配置された他の固体への、前記新たな吸熱反応による焼成効果を及ぼすことができる。
以上より、強熱発光が発生すると、照射されるレーザ光からの入熱だけでなく、試料へのレーザ光の吸収率が上昇し、強熱発光からも入熱があることが推測される。これにより、試料の焼成温度を従来の焼成炉による焼成温度を大きく上回る温度まで到達させることができるものと考えられる。
なお、
図1のバルク状石灰石試料にレーザ光を照射したときに発生する強熱発光の様子を
図6に示す。高パワー密度のレーザ光を照射すると、レーザ光照射面から光が放出される。
【0032】
〔実施例2〕
(1)レーザ光走査による焼成およびCO2残存量測定
次に、前記レーザ光を自動ステージの駆動によって石灰石試料上で走査させながら強熱発光が発生する場合と発生しない場合の条件を探索し、それぞれの場合で焼成された石灰石に対応する酸化物である生石灰におけるCO2残存量を測定した。レーザ光走査の条件としては、外径3.0mm、内径1.5mmのリングモードレーザ光とし、ピッチ間距離はビームが重ならない距離(3.0mm)で一定として、走査させることとした。
【0033】
なお、焼成した領域の生石灰採取方法は、フライス盤に刃径6mmのフラットエンドミルを取り付けて、試料表面から深さ1.0mmまでを削り採る方法を採用した。採取した試料はJIS R9011に規定する赤外線吸収法によりCO2残存量を評価した。なお、本実施例で使用した石灰石試料には、CO2が約44質量%含まれていた。
【0034】
図7に、レーザ光焼成した領域の試料のCO
2残存量測定結果を示す。
図7の縦軸はレーザ光出力、横軸は走査速度とした。
図7において、丸はレーザ光照射中に強熱発光が連続的に確認されたことを、三角は強熱発光が明滅的に確認されたことを、バツは強熱発光が発生しなかったことを示す。
【0035】
また、
図7に、それぞれの記号の右上にCO
2残存量の測定結果を示している。強熱発光が連続的に発生する条件(出力80W、走査速度0.050~0.100mm/s)では、CO
2残存量が2.0質量%以下であり、JIS特号に相当する生石灰が得られた。しかし、レーザ光出力を下げていく、または、走査速度を上げていくと、試料からの強熱発光が明滅的に発生する状態に移り、CO
2残存量は15~39質量%となった。そして、明滅的な強熱発光が発生する条件から更にレーザ光出力を下げていく、または、走査速度を上げていくと強熱発光が発生しなくなり、CO
2残存量は37~41質量%まで上昇した。強熱発光が連続的に発生する条件以外では、CO
2残存量を2.0質量%以下にすることはできなかった。
【0036】
図8には、前記レーザ光を走査した場合の照射条件において、照射中に強熱発光を発生した場合と、強熱発光を発生しない場合の赤外線カメラによる石灰石表面の温度分布の観察結果を示す。強熱発光の有無に関わらず、同一条件(出力80W、外径3.0mm、内径1.5mm)で石灰石試料にレーザ光を走査した。
図8より、強熱発光を発生しない場合、最高温度は約1000℃(
図7のバツ印に対応)である(
図8右側図が約1000℃の白い領域のみを示している。)のに対し、強熱発光を発生した場合、最高温度が約1800℃(
図7の丸印に対応)まで上昇していた(
図8左側図の中心部が黒くなっている部分が約1800℃を示している。)。
従来、石灰石から生石灰を焼成によって製造する場合には、メルツ炉などを用いて900℃~1,000℃に加熱して製造することから、
図7のバツ印~丸印の領域においてもCaの炭酸塩である石灰石からCaの酸化物である生石灰への吸熱反応が生じていることがわかる。
また、
図9にはレーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成された試料のXRD結果を示す。
図9によれば、レーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成がされることによって石灰石からその酸化物である生石灰(CaO)が生成されたことが分かった。
上記生石灰の製造方法を工程ごとに説明すると、炭酸カルシウムを含有する加工対象物にレーザ光を照射する工程と、照射されたレーザ光からの吸熱反応により前記加工対象物に含有される炭酸カルシウムから、熱放射による連続的発光を伴う酸化カルシウムを生成する工程によりなる。さらに、前記連続的発光を伴う酸化カルシウムからの吸熱反応により、前記連続発光を伴う酸化カルシウムに隣接する他の炭酸カルシウムを吸熱反応させる工程を有することを特徴とする炭酸カルシウムの加工方法ということもできる。さらに、当該炭酸カルシウムの加工方法によって生石灰を製造する方法ということもできる。
【0037】
図10に、石灰石試料が900℃付近で非発光中間焼成された場合と、強熱発光した場合の表面(
図10(a))及び断面(
図10(b))をラマン分光分析によって観察した結果を示す。
図10(a)より、表面に関しては、強熱発光した場合は非発光の場合に比べて焼成幅の増加割合が約2.1%増加していることが確認された。一方、
図10(b)に示すように、断面に関しては、非発光の場合は0.6mmの焼成深さなのに対し、強熱発光した場合185%増加し1.71mmまで大きく増加することが分かった。これは強熱発光を伴うことにより表面温度が上昇し、大きく焼成深さが増加したと考えられる。これにより、強熱発光を発生した部分からもその隣接する周辺領域に対して熱を与え、レーザ光とは別の焼成手段を与えるという特異な焼成効果を及ぼすことで、従来の焼成炉による焼成では得られない高熱焼成を実現しているものと考えられる。
【0038】
さらに、
図10(b)をみると、非発光中間焼成の場合は一定の焼成深さが観察されたが、強熱発光が発生した場合はレーザ光走査ラインを中心に半楕円形の焼成領域が観察された。強熱発光が発生していない場合はレーザ光による入熱のみなのでリング中心の温度が比較的低い温度分布を形成したのに対し、強熱発光が発生した場合は強熱発光による入熱も加わりリング中心の温度が高温になり、半楕円形の焼成領域になったと考えられる。したがって、強熱発光が発生する場合と発生しない場合で温度分布は大きく異なり、その制御をすることでリングモードの特徴を生かした局所的な入熱を避けた焼成ができることがわかった。
ただし、本発明に用いることができるビームの形状はリングモードに限られるものではなく、ガウシアンモードその他の形状であっても実施することができる。
以上より、強熱発光を伴うレーザ光照射による焼成を利用すればCO
2残存量は減少し、焼成幅及び焼成深さは増加するといった焼成に大きな寄与を与えることが明らかとなった。
【0039】
さらにいえば、生石灰は石灰石を焼成により熱分解したものであり、工業的にはCO2残存量が少ないほど等級が上がり、JIS R9001では2.0質量%以下が特号と規定されている。
なお特号生石灰は、製鉄用に使用することができ、溶銑やクズ鉄などの主原料の硫黄、リン等の不純物を除くための塩基性フラックスとして高品質生石灰を用いれば、品質のよい製鉄を行うことが可能となる。
【0040】
強熱発光による入熱を利用することで、JIS特号に相当する生石灰を焼成することが実現できた。また、本発明によれば、製品であるCaおよび/又はMgの酸化物に対して燃料由来の硫黄分や灰分(主成分は、鉄、ニッケル、バナジウム、シリカ)などの不純物の混入がなく、純度の高い酸化物製品を提供することができることから環境面でも優位な焼成方法となりうる。
【0041】
〔実施例3〕
黒体スプレー THI-1B(タスコジャパン株式会社製)を用いて前記バルク状石灰石試料の端から5mmをカーボンコーティングした(以下、コーティング試料という。)。
実施例2と同じリングモードとしたレーザ光を、コーティング試料のコーティング部分から照射を開始し、
図11に示すように試料の対辺に向かって走査させながら焼成を行った。レーザ出力と走査速度を
図7と同じく変化させて焼成を行った結果を
図12に示す。
その結果、実施例2では強熱発光が明滅していた条件の一部においても連続的強熱発光を確認することができた。実施例2と同様に焼成後の試料のCO
2残存量を測定したところ、
図12に示すようにすべてが2.0質量%以下ではないものの、10質量%以下のCO
2低残存量の生石灰を得ることができた。一方、本実施例においても強熱発光が明滅する、もしくは強熱発光が発生しない場合には、焼成後の試料のCO
2残存量は10質量%より多くなった。
【0042】
また、石灰石試料のレーザ光に対する吸収率を上昇させることで強熱発光を促すことができた。また、レーザ光がカーボンを塗布している領域から塗布していない領域に走査しても、そのまま強熱発光が連続的に継続されたことも確認された。したがって、強熱発光が発生する要因として、まずはレーザ光による入熱で温度上昇がおきることが重要である。さらにその強熱発光が継続するには、レーザ光による入熱と強熱発光自身による入熱でレーザ光照射部近傍の温度上昇が重要であると考えられる。
【0043】
〔実施例4〕
また、
図13に示す装置を用いて、上面からのレーザ光照射に変更することで粒体状の石灰石にも対応可能である。また、石灰石の供給と焼成した生石灰の排出装置を設けることで連続焼成が可能な構成とすることもできる。
【0044】
さらに、粉粒体に対する強熱発光を伴う焼成に特有の特徴として、焼成後に酸化物粒子の凝集体を形成できることを見出した。その一例を以下に詳しく述べる。
レーザ光照射を行う試料は、粒径0.3mm~0.8mmの石灰石粒子をもちいた。これらの粉粒体を
図14に示すような焼成用皿の中に入れ、集合させた状態で
図13に示すレーザ装置を用いて、振動(全振幅0.145mm、振動速度54.0mm/s、振動数120Hz)させながら粉粒体を撹拌させた状態でレーザ光を照射した。
【0045】
結果として、石灰石粉粒体であっても
図15に示すように強熱発光を確認することができた。
さらに、
図16にレーザ光照射前の石灰石粉粒体の拡大画像(
図16(a))とレーザ光照射により連続的強熱発光を伴う焼成後の生石灰凝集体の拡大画像(
図16(c))を示す。また、
図16(b)にはレーザ光照射中に発光がみられない非発光中間焼成を行った粉粒体の拡大画像を示す。
図16によれば、レーザ光焼成前においては、各粒子は互いに接着されておらず、平面上において自由に離散可能な状態であった。このような粉粒体に対して強熱発光を伴うレーザ光焼成を行うことで、粒子が互いに接着した粒径6mm~8mmの凝集体を得ることができた。これにより、粉粒体に対する連続的強熱発光を伴うレーザ光焼成特有の効果として、原料となる石灰石粒子よりも大きいサイズの生石灰を作製して提供することができる。一方、非発光中間焼成された粒子は、レーザ光照射前の粒子と同じく、自由に離散可能な状態であり、凝集体を得ることはできなかった。
【0046】
〔実施例5〕
本実施例では、消石灰(Ca(OH)
2)を本発明の方法によって焼成した場合について説明する。
試料は、Ca(OH)
2粉体原料を手動圧粉機で圧粉し、粒径約0.8mmの粒子に造粒したCa(OH)
2試料を用いた。Ca(OH)
2試料を焼成用皿に多数集合させた状態で収容して
図13のレーザ光照射装置に設置した。
レーザ光照射条件は、外径2.2mmのガウシアンモードレーザ光を80Wの出力で走査させずにCa(OH)
2試料上の固定点において60秒間照射し続けた。レーザ光照射中は、振動機によって振動(全振幅0.145mm、振動速度54.0mm/s、振動数120Hz)を与え、試料を撹拌させた。
焼成部分の温度変化を
図17に示す。Ca(OH)
2をレーザ光焼成させた場合も、600℃付近で一旦温度上昇が停滞した後、強熱発光を伴いながら2000℃付近まで温度上昇がみられた。これにより、Ca(OH)
2からも連続的強熱発光が確認できた。
図23にはCa(OH)
2へのレーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成により得られたCa(OH)
2の酸化物のXRD結果を示す。
図23によれば、レーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成がされることによってCa(OH)
2からその酸化物(CaO)が生成されたことが分かった。
また、Ca(OH)
2粉末からも凝集体を得ることができた(
図18中の丸印内)。
【0047】
〔実施例6〕
(1)ドロマイト及びマグネサイトへのレーザ光焼成
さらに、ドロマイト及びマグネサイトを実施例1と同様の条件でレーザ光焼成を行った場合においても、石灰石と同様に、温度上昇が700℃~900℃付近で一旦停滞し、さらにレーザ光照射を継続することによって1900℃付近まで温度上昇がみられた。ドロマイトの場合の温度上昇の様子を
図19に、マグネサイトの場合の温度上昇の様子を
図21に示す。そして、ドロマイトでは45秒以上で連続的強熱発光が確認され(
図19)、マグネサイトでは300秒以上で連続的強熱発光が確認された(
図21)。連続的強熱発光が確認された酸化物中のCO
2残存量を測定すると、10質量%以下の純度の高い酸化物を生成することができ、より長い時間レーザ光を照射した場合には、いずれの試料においても2.0質量%以下の非常に純度の高い酸化物を生成することができた(
図20と
図22)。
また、
図24にはレーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成された前記ドロマイトのXRD結果を示す。
図24によれば、レーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成がされることによってドロマイトからその酸化物(CaO・MgO)が生成されたことが分かった。
また、
図25にはレーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成された前記マグネサイトのXRD結果を示す。
図25によれば、レーザ光照射によって強熱発光を伴う焼成がされることによってマグネサイトからその酸化物(MgO)が生成されたことが分かった。
【0048】
(2)粒体状ドロマイトへのレーザ光焼成による凝集体の形成
図26には、振動機(全振幅0.145mm、振動速度54.0mm/s、振動数120Hz)により撹拌状態にある粒径約0.8mmの粒体状ドロマイト試料0.4gに、ビーム径2.2mmガウシアンモードレーザ光を出力80Wで120秒間照射したことにより得られた酸化物試料の様子を示す。
図26によれば、前記条件によりレーザ光が照射された試料からは連続的強熱発光が確認され、また、照射前の粒径よりも大きな径を有する凝集体を形成することができた(
図26中の丸印内)。凝集体を形成する粒体状ドロマイトの粒径は、好ましくは0.1mm~1.0mmであり、より好ましくは0.3mm~0.8mmである
【0049】
(3)粒体状マグネサイトへのレーザ光焼成による凝集体の形成
図27には、振動機(全振幅0.054mm、振動速度25.5mm/s、振動数120Hz)により撹拌状態にある粒径約0.8mmの粒体状マグネサイト試料0.4gに、ビーム径2.2mmガウシアンモードレーザ光を出力80Wで360秒間照射したことにより得られた酸化物試料の様子を示す。
図27によれば、前記条件によりレーザ光が照射された試料からは連続的強熱発光が確認され、また、照射前の粒径よりも大きな径を有する凝集体を形成することができた(
図27中の丸印内)。凝集体を形成する粒体状マグネサイトの粒径は、好ましくは0.1mm~1.0mmであり、より好ましくは0.3mm~0.8mmである。
なお、実施例4及び実施例6において凝集体を形成する際に振動機によって粒体状試料を振動させることで、振動させない場合よりもより大きな凝集体を得ることができた。振動条件は実施例4及び嫉視例6に示すものに限られるものではなく、連続的強熱発光を伴う発光状態であるときにレーザ光が照射された試料を振動させていればよい。
【0050】
本発明によれば、CO2残存量を10質量%以下に抑えた高い純度のCaおよび/又はMgの酸化物を提供することができる。また、製造時における燃料由来の硫黄分や灰分(主成分は、鉄、ニッケル、バナジウム、シリカ)などの不純物の混入もあらかじめ排除することができ、純度の高いCaおよび/又はMgの酸化物の製造方法を設計することができる。さらに、本発明によって得られたCaおよび/又はMgの酸化物を用いることで、高純度の蓄熱媒体とすることができ、精度の高い蓄エネルギーシステムや、本発明に係る製造方法によって製造された前記Caおよび/又はMgの酸化物の水和反応で得られたCaおよび/又はMgの水酸化物を含有する二酸化炭素吸収体として構成し、その二酸化炭素吸収体の周囲に存在する二酸化炭素を吸収することを特徴とする二酸化炭素回収方法を実現することができる。また、本発明により吸熱反応させる固体にはレーザ加工を行う対象となる金属など含めることができる。
【0051】
(蓄エネルギーシステム)
本発明によって得られたCaおよび/又はMgの酸化物を水和反応させることで、熱を発生させることができ、熱源として利用可能である。さらに、水和反応後の水酸化物にレーザ光を照射して、強熱発光を伴う焼成によって、酸化物に戻すサイクルとすることができる。Caおよび/又はMgの酸化物を蓄熱媒体とした精度の高い蓄エネルギーシステムを構築することができる。
【0052】
(CO2回収方法)
前記Caおよび/又はMgの酸化物の水和反応で得られたCaおよび/又はMgの水酸化物を含有する二酸化炭素吸収体は、周囲に存在する二酸化炭素を吸収することができる。二酸化炭素を吸収させた二酸化炭素吸収体にレーザ光を照射して、強熱発光を伴う焼成によって、その酸化物を得ると同時に、高濃度の二酸化炭素を取り出すことができる二酸化炭素の回収方法を実現できる。