(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119697
(43)【公開日】2024-09-03
(54)【発明の名称】軸受保持器、軸受保持器用金型、および軸受保持器の製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/41 20060101AFI20240827BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240827BHJP
B29C 45/26 20060101ALI20240827BHJP
B29C 45/37 20060101ALI20240827BHJP
B29C 45/53 20060101ALI20240827BHJP
B29C 45/27 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
F16C33/41
F16C19/06
B29C45/26
B29C45/37
B29C45/53
B29C45/27
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023026779
(22)【出願日】2023-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】509122500
【氏名又は名称】PLAMO株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】茂木 淳志
(72)【発明者】
【氏名】藤掛 泰人
【テーマコード(参考)】
3J701
4F202
4F206
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
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3J701DA14
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3J701GA01
3J701GA24
3J701XB03
3J701XB26
4F202AA29
4F202AB25
4F202AG13
4F202AH14
4F202AM36
4F202CA11
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4F202CK17
4F206AA29
4F206AB25
4F206AG13
4F206AH14
4F206AM36
4F206JA07
4F206JL02
4F206JN12
4F206JQ81
(57)【要約】
【課題】高速回転にも対応可能で、ウェルド部での強度に優れる軸受保持器(冠型保持器)、この保持器の製造に用いる射出成形用金型、および該金型を用いた保持器の製造方法を提供する。
【解決手段】軸受保持器1は、樹脂組成物の射出成形体である軸受保持器であって、環状の保持器本体上に、軸方向一方側に開口して玉を保持する複数のポケット部3を有する冠型保持器であって、各ポケット部3の間に位置する柱部のうち少なくとも1つの柱部4にウェルドラインが形成されており、該ウェルドラインが周方向の一方側に凸状とされている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂組成物の射出成形体である軸受保持器であって、
該保持器は、環状の保持器本体上に、軸方向一方側に開口して玉を保持する複数のポケット部を有する冠型保持器であって、
各ポケット部の間に位置する柱部のうち少なくとも1つの柱部にウェルドラインが形成されており、該ウェルドラインが周方向の一方側に凸状とされていることを特徴とする軸受保持器。
【請求項2】
前記保持器における前記柱部は、軸方向一方側に突出した保持爪と該保持爪の立ち上がり基準面となる平坦部とを有し、前記平坦部の軸方向厚みが前記保持爪の高さよりも小さいことを特徴とする請求項1記載の軸受保持器。
【請求項3】
前記保持器において前記ウェルドラインは複数形成され、各ウェルドラインの凸状の向きは、周方向において同一方向を向いていることを特徴とする請求項1または請求項2記載の軸受保持器。
【請求項4】
前記ウェルドラインが形成された柱部とは異なる柱部の外周面にゲート痕が形成されるとともに、前記ウェルドラインが形成された柱部と隣接する柱部の外周面に、射出成形時に溶融樹脂が流入または流出した痕が形成されることを特徴とする請求項1または請求項2記載の軸受保持器。
【請求項5】
軸受保持器を樹脂組成物の射出成形で製造するための軸受保持器用金型であって、
前記軸受保持器は、環状の保持器本体上に、軸方向一方側に開口して玉を保持する複数のポケット部を有する冠型保持器であり、
前記金型の成形キャビティは、前記軸受保持器の形状であり、ウェルドラインが、各ポケット部の間に位置する柱部のうち少なくとも1つの柱部に形成されるようにゲートが配置され、
前記柱部を形成するキャビティ部分に連通して、前記ウェルドラインとは異なる位置に樹脂だまりが1個以上配置されており、前記樹脂だまりは、容積変化による前記成形キャビティからの樹脂の引き込み、および/または、前記成形キャビティへの樹脂の再注入が可能な機構を有することを特徴とする軸受保持器用金型。
【請求項6】
前記樹脂だまりと前記成形キャビティは連通部によって連通しており、前記成形キャビティに開口する前記連通部の開口径は、ゲート径の0.5倍~0.9倍であることを特徴とする請求項5記載の軸受保持器用金型。
【請求項7】
前記連通部は前記成形キャビティから前記樹脂だまりに向かって連続的または段階的に拡径する形状であることを特徴とする請求項6記載の軸受保持器用金型。
【請求項8】
請求項5または請求項6記載の金型を用いた樹脂組成物の射出成形によって冠型の軸受保持器を製造する製造方法であって、
前記成形キャビティに前記ゲートを介して溶融樹脂を射出充填する射出充填工程を有し、
該工程において前記樹脂だまりの容積を拡張して前記溶融樹脂を引き込み、および/または、前記樹脂だまりの容積を圧縮して前記溶融樹脂を前記成形キャビティに再注入し、前記柱部におけるウェルドラインを周方向の一方側に凸状とすることを特徴とする軸受保持器の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、産業機械などに用いられる玉軸受用の樹脂製保持器、この保持器の製造に用いる射出成形用金型、および該金型を用いた保持器の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受は、玉や円筒ころなどの転動体を、内輪と外輪との間の軌道空間に配列し、これらの転動体を保持器により保持している。軸受の低コスト化や軽量化の観点から保持器を樹脂製とする場合があり、例えば樹脂材料を用いて射出成形などで製造される。樹脂材料を用いて円環状の保持器を射出成形で製造する場合、
図10に示すように、成形キャビティ28に溶融樹脂29をランナー30およびゲート31を介して高い圧力を持って注入していく。この際、ゲート31から成形キャビティ28に射出された溶融樹脂29は複雑に分岐し、等距離移動後に再び合流しウェルド部32と呼ばれる溶融樹脂の接合部を形成する。一般的にウェルド部の強度は非ウェルド部の強度の半分程度となることも判明している。それ故、ウェルド部の強度を向上させることは樹脂材料を用いた保持器について重要な課題となっている。
【0003】
従来、樹脂製保持器について、このようなウェルド部における強度や精度を確保する方法として様々な提案がなされている。例えば、特許文献1では、キャビティ内に所定の凸状などを設けることで、ウェルドラインが径方向に対して傾いている軸受用樹脂製保持器が提案されている。しかしながら、特許文献1のように金型内に固定形状で凸状などを設けるため、樹脂材料や射出成形条件などの調整が複雑になり、使用条件に対して所望されるウェルド部の強度(引張強度)を確保した軸受保持器を製造することは容易ではない。
【0004】
一方、特許文献2には、転動体を保持する複数のポケット部と、各ポケット部の間に位置する柱部と、該柱部を軸方向両側で固定する両リング部とを備えてなる軸受保持器を製造する方法が記載されている。この製造方法において、金型には樹脂だまりが設けられている。射出成形時に溶融樹脂が樹脂だまりに流入することにより、ウェルドと樹脂だまりの間に圧力勾配が生じ、強制的に樹脂の流動が起きることで、繊維強化材の配向が流動方向に対し、垂直方向のみに偏向して配向されることが抑制され、ウェルド強度を向上できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2016-80050号公報
【特許文献2】特許第6977947号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、近年、電気自動車(EV)やハイブリッドカー(HEV)などの電動機を有する車両が増加している。EVやHEVにおいては、電費向上のため、電動機(モータ)が高速回転で使用される。そのため、電動機などで多用されている玉軸受やその冠型保持器についても高速回転への対応が求められている。上記特許文献2では、冠型保持器については何ら検討されていない。
【0007】
本発明はこのような背景に鑑みてなされたものであり、高速回転にも対応可能で、ウェルド部での強度に優れる軸受保持器(冠型保持器)、この保持器の製造に用いる射出成形用金型、および該金型を用いた保持器の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の軸受保持器は、樹脂組成物の射出成形体である軸受保持器であって、該保持器は、環状の保持器本体上に、軸方向一方側に開口して玉を保持する複数のポケット部を有する冠型保持器であって、各ポケット部の間に位置する柱部のうち少なくとも1つの柱部にウェルドラインが形成されており、該ウェルドラインが周方向の一方側に凸状とされていることを特徴とする。ここで「ウェルドラインが周方向の一方側に凸状」とは、ウェルドラインが、柱部の表層部から内部にかけて徐々に保持器の周方向に沿う状態をいう。
【0009】
上記保持器における上記柱部は、軸方向一方側に突出した保持爪と該保持爪の立ち上がり基準面となる平坦部とを有し、上記平坦部の軸方向厚みが上記保持爪の高さよりも小さいことを特徴とする。
【0010】
上記保持器において上記ウェルドラインは複数形成され、各ウェルドラインの凸状の向きは、周方向において同一方向を向いていることを特徴とする。
【0011】
上記ウェルドラインが形成された柱部とは異なる柱部の外周面にゲート痕が形成されるとともに、上記ウェルドラインが形成された柱部と隣接する柱部の外周面に、射出成形時に溶融樹脂が流入または流出した痕が形成されることを特徴とする。
【0012】
本発明の軸受用保持器は、内輪および外輪との間に介在する複数の玉を保持する保持器であることを特徴とする。
【0013】
本発明の軸受保持器用金型は、軸受保持器を樹脂組成物の射出成形で製造するための軸受保持器用金型であって、上記軸受保持器は、環状の保持器本体上に、軸方向一方側に開口して玉を保持する複数のポケット部を有する冠型保持器であり、上記金型の成形キャビティは、上記軸受保持器の形状であり、ウェルドラインが、各ポケット部の間に位置する柱部のうち少なくとも1つの柱部に形成されるようにゲートが配置され、上記柱部を形成するキャビティ部分に連通して、上記ウェルドラインとは異なる位置に樹脂だまりが1個以上配置されており、上記樹脂だまりは、容積変化による上記成形キャビティからの樹脂の引き込み、および/または、上記成形キャビティへの樹脂の再注入が可能な機構を有することを特徴とする。
【0014】
上記樹脂だまりと上記成形キャビティは連通部によって連通しており、上記成形キャビティに開口する上記連通部の開口径は、ゲート径の0.5倍~0.9倍であることを特徴とする。
【0015】
上記連通部は上記成形キャビティから上記樹脂だまりに向かって連続的または段階的に拡径する形状であることを特徴とする。
【0016】
上記金型において上記樹脂だまりは少なくとも2個以上配置されており、1つの上記ウェルドラインに対して、該ウェルドラインを両側から略等間隔で挟むように上記樹脂だまりが2個配置され、そのうち一方の樹脂だまりが、容積変化による上記成形キャビティからの樹脂の引き込みが可能な機構を有し、他方の樹脂だまりが、容積変化による上記成形キャビティからの樹脂の再注入が可能な機構を有することを特徴とする。
【0017】
本発明の軸受保持器の製造方法は、上記本発明の金型を用いた樹脂組成物の射出成形によって冠型の軸受保持器を製造する製造方法であって、上記成形キャビティに上記ゲートを介して溶融樹脂を射出充填する射出充填工程を有し、該工程において上記樹脂だまりの容積を拡張して上記溶融樹脂を引き込み、および/または、上記樹脂だまりの容積を圧縮して上記溶融樹脂を上記成形キャビティに再注入し、上記柱部におけるウェルドラインを周方向の一方側に凸状とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の軸受保持器は、樹脂組成物の射出成形体である冠型保持器であり、各ポケット部の間に位置する柱部のうち少なくとも1つの柱部にウェルドラインが形成されており、該ウェルドラインが周方向の一方側に凸状とされているので、応力が集中しやすい部位(特に、ポケット部において軸方向厚みが最も薄いポケット部の底部)にウェルドラインが形成されることを回避しつつ、ウェルド部での接合面積を増加させることができ、その結果、高速回転にも対応可能で、ウェルド部での強度に優れる冠型保持器となる。
【0019】
上記保持器における柱部は、軸方向一方側に突出した保持爪と該保持爪の立ち上がり基準面となる平坦部とを有し、平坦部の軸方向厚みが保持爪の高さよりも小さく、一般的な冠型保持器よりも柱部の平坦部が薄肉となっているので、軽量化により高速回転時の遠心力の影響を低減でき、その結果、軸受寿命を向上させることができる。一方で、薄肉となることで平坦部の断面積は小さくなり、保持器の引張強度が低下しウェルド部への影響が懸念されるが、上記のようにウェルドラインを形成することで、肉厚を減らしつつ、例えばウェルド部の強度は肉厚を減らす前の水準にすることが可能である。
【0020】
保持器においてウェルドラインは複数形成され、各ウェルドラインの凸状の向きは、周方向において同一方向を向いているので、回転安定性により優れ、高速回転に一層適すると考えられる。
【0021】
本発明の軸受用保持器は、内輪および外輪との間に介在する複数の玉を保持する保持器であるので、保持器強度に優れ、例えば、高速回転での軸受寿命を向上させることができる。
【0022】
本発明の軸受保持器用金型は、軸受保持器を樹脂組成物の射出成形で製造するための軸受保持器用金型であり、金型の成形キャビティは、冠型保持器の形状であり、ウェルドラインが、各ポケット部の間に位置する柱部のうち少なくとも1つの柱部に形成されるようにゲートが配置され、柱部を形成するキャビティ部分に連通して、ウェルドラインとは異なる位置に樹脂だまりが1個以上配置されており、樹脂だまりは、容積変化による成形キャビティからの樹脂の引き込み、および/または、成形キャビティへの樹脂の再注入が可能な機構を有するので、射出充填時(保圧時含む)に樹脂だまりの容量を変化させることができ、樹脂の引き込みや、一旦取り込んだ樹脂の成形キャビティ内への再注入が可能となる。これにより、ウェルドラインが樹脂流れ方向に沿うように調整できる。この結果、ウェルドラインが周方向の一方側に凸状とされた樹脂製の保持器が得られる。
【0023】
樹脂だまりと成形キャビティは連通部によって連通しており、成形キャビティに開口する連通部の開口径は、ゲート径の0.5倍~0.9倍であるので、射出成形時に溶融樹脂がウェルド部を形成した後に樹脂だまりへの流入が始まり、繊維配向の制御がより効果的となる。
【0024】
連通部は成形キャビティから樹脂だまりに向かって連続的または段階的に拡径する形状であるので、成形キャビティからの樹脂の引き込み、および/または、成形キャビティへの樹脂の再注入が一層行いやすくなる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の軸受保持器の一例を示す平面図である。
【
図2】本発明の軸受保持器の一例を示す正面図などである。
【
図4】本発明の軸受保持器用金型の一例を示す概略図である。
【
図5】樹脂だまりによる成形機構の概要を示す図である。
【
図6】本発明の軸受保持器の他の例を示す平面図である。
【
図7】本発明の軸受の一例を示す一部断面図である。
【
図8】ダンベル試験片を用いたウェルド部引張試験の結果を示す図である。
【
図9】冠型保持器を用いたウェルド部引張試験などの結果を示す図である。
【
図10】ウェルド部における樹脂の様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の軸受保持器の一例を
図1に基づいて説明する。
図1は、軸受保持器の平面図である。なお、軸受保持器の中心軸Oに平行な方向を「軸方向」、中心軸Oに直交する方向を「径方向」、中心軸Oを中心とする軸周りの方向を「周方向」という。
【0027】
図1に示すように、保持器1は、転動体である玉をポケット部3により周方向等間隔に保持する冠型保持器である。保持器1は、環状の保持器本体2上に、軸方向一方側に開口して玉を保持する複数のポケット部3を有する。各ポケット部3の間に柱部4がそれぞれ設けられている。
図1では、ポケット部3および柱部4がそれぞれ16個ずつ形成されているが、これらの数は特に限定されるものではない。柱部4は、軸方向一方側に突出した保持爪5と、保持爪5の立ち上がり基準面となる平坦部6を有する。具体的には、隣接するポケット部3、3の縁に形成された相互に隣接する保持爪5、5の背面相互間に、平坦部6が形成される。
【0028】
保持器1は、樹脂組成物の射出成形体であり、
図1では1点ゲートにより成形されている。この場合、ゲートGの対向位置にウェルドライン(ウェルド部W)が形成される。ウェルド部Wは、リング周方向の両側から略均等に流れてきた樹脂が合流することで形成される。
【0029】
次に、
図2(a)に保持器の正面図を示す。
図2(a)に示すように、保持器1において、ウェルド部Wは各ポケット部3の間の柱部4に形成される。
図2(a)の場合、ウェルド部Wは複数の柱部のうち、ゲート位置に対向した1つの柱部4に形成される。本発明の保持器では、ウェルド部Wは柱部4に形成され、ポケット部3と軸方向で重なる位置(例えば、ポケット部3の底部の位置など)には形成されない。
【0030】
図2(b)に示すように、保持器1では、後述の軸受保持器用金型および製造方法を適用することにより、ウェルドラインが周方向の一方側に凸状とされている。これは、ウェルドラインが、柱部4の表層部から内部にかけて徐々に周方向(樹脂流れ方向)に沿う状態となっている。なお、
図2(b)において、7が樹脂部であり、8が繊維状充填材である。これにより、接合面積が増加して高い結合力が得られ、繊維状充填材も樹脂流れに沿ったものとなり、ウェルド部での引張強度に優れる。このように、本発明に係る冠型保持器では、ウェルドラインの位置を制御するとともに、その形態も制御することでウェルド部での保持器強度を向上させることができ、高速回転でも対応可能である。
【0031】
保持器1において、ウェルド部Wは、柱部4の周方向略中央位置、より具体的には平坦部6の周方向略中央位置に形成されることが好ましい。回転時において玉の負荷が特にかかる保持爪5にかからないように、ウェルド部Wを形成することで、保持器強度をより確保しやすい。
【0032】
また、保持器1は、高速回転時に発生する遠心力を低下させるため、平坦部6の軸方向厚みが一般的な冠型保持器に比べて薄肉となっていることが好ましい。具体的には、
図3に示すように、平坦部6の軸方向厚みT
aは、保持爪5の高さHよりも小さいことが好ましい(T
a<H)。これらの比は、例えばT
a:H=(1:1.5)~(1:3)であり、T
a:H=(1:1.5)~(1:2.5)であってもよい。また、平坦部6の開口側端面6aの軸方向位置は、ポケット部3に保持される玉Bの中心よりも下側(非開口側)に位置することが好ましい。
【0033】
平坦部6の軸方向厚みTaは、ポケット部3の底部の最下点部における軸方向厚みTbよりも大きくなっている(Ta>Tb)。これらの比は、例えばTa:Tb=(1.2:1)~(2:1)である。
【0034】
このように、軸方向厚みTaを含む寸法関係を規定することで、平坦部6の軸方向厚みTaを薄くして遠心力の影響を低減するとともに、円環強度の低下を防止できる。また、凸状のウェルド部をその平坦部6に形成することで、薄くしたことによる強度低下を抑制できる。
【0035】
図1および
図2に示すように、保持器1において、ウェルド部Wが形成された柱部4とは異なる柱部の外周面にゲート痕が形成されている。また、ウェルド部Wが形成された柱部4と隣接する柱部の外周面に、射出成形時に溶融樹脂が流入または流出した痕9が形成されている。この痕9は、後述する成形キャビティと樹脂だまりを連通する連通部の開口痕である。開口痕9の直径φは、連通部の開口径に相当する大きさであり、直径φはゲート痕の0.5倍~1倍が好ましく、0.5倍~0.9倍がより好ましい。
【0036】
図4に基づいて本発明の軸受保持器用金型の構造について説明する。
図4に示すように、金型11は、上述した軸受保持器を樹脂組成物の射出成形で製造するための軸受保持器用金型である。金型11は、固定型(図示省略)と、固定型に対して型締め・型開き可能な可動型(図示省略)とを少なくとも有し、これらが衝合することで、所望の軸受保持器の形状の成形キャビティ12を形成している。成形キャビティ12に対して樹脂注入口であるゲート13を1点または複数点設け、このゲート13より溶融樹脂を注入し成形キャビティ12に充填させる。成形キャビティ12内が樹脂で充填されると、この成形キャビティ内の樹脂を圧縮するように圧力をかける(保圧)。一定時間、金型内で溶融樹脂を冷却して固化させたのち、金型を開いて樹脂製の軸受保持器が得られる。
【0037】
図4において、金型11では、柱部を形成するキャビティ部分に連通して、ウェルド部Wとは異なる位置に樹脂だまり14、16が配置されている。樹脂だまり14、16は、容積変化による成形キャビティ12からの樹脂の引き込み、および/または、成形キャビティへの樹脂の再注入が可能な機構を有している。樹脂だまり14、16の上記機構の態様としては、(1)容積変化による成形キャビティからの樹脂の引き込みが可能、(2)容積変化による成形キャビティへの樹脂の再注入が可能、(3)(1)と(2)のいずれも可能、の3つの態様がある。また、複数の樹脂だまりにおいて、機構の態様は同一でも異なってもよい。
【0038】
樹脂だまり14、16と成形キャビティ12は連通部15、17によって連通している。成形キャビティ12に開口する連通部15、17の開口径は、ゲート径の0.5倍~1倍が好ましく、0.5倍~0.9倍がより好ましい。0.5倍未満であると溶融樹脂が樹脂だまりに流入しにくくなり、また詰まりやすくなる。一方、1倍を超えると、ウェルド部Wの形成前に樹脂だまりに溶融樹脂が流入するおそれがある。
【0039】
金型において、樹脂だまりおよび連通部の位置は特に限定されないが、例えば、柱部を形成するキャビティ部分に設けられる。この場合、
図4に示すように、ウェルド部Wが形成される柱部と隣接する柱部を形成するキャビティ部分に設けることが好ましい。また、連通部は、柱部の周方向略中央位置(具体的には平坦部の周方向略中央位置)のキャビティ部分に設けられる。
【0040】
図4では、1つのウェルド部Wに対して、該ウェルド部Wを両側から略等間隔で挟むように樹脂だまり14、16が2個配置されている。この場合、一方の樹脂だまり(例えば14)が、容積変化による成形キャビティからの樹脂の引き込みを行なうとともに、他方の樹脂だまり(例えば16)が、容積変化による成形キャビティからの樹脂の再注入を行なうことで、凸状を効果的に形成することができる。
【0041】
なお、1つのウェルドラインに対して、樹脂だまりを片側に1個配置するようにしてもよい。また、周方向に1つ飛ばしのウェルドライン間に樹脂だまりを1個配置して、1つの樹脂だまりで、2つのウェルドラインの改善を担うようにしてもよい。この場合、より少ない樹脂だまり数でウェルドラインの改善が図れる。
【0042】
樹脂だまり14、16による成形機構の概要を
図5に示す。
図5(a)に示すように、樹脂だまり14、16には、その容積を変化させるピストン14a、16aがそれぞれ設けられている。樹脂だまり14は、樹脂の再注入を行なう樹脂だまりであり、予め樹脂だまり内に溶融樹脂が充填されている。なお、この溶融樹脂は、ゲートから注入される溶融樹脂と同じ組成であることが好ましい。また、樹脂だまり16は、樹脂の引き込みを行なう樹脂だまりである。
【0043】
図5(a)に示すように、ゲートを通じて成形キャビティ12に樹脂が充填される。その後、成形キャビティ12内で樹脂がウェルド部を形成するタイミングで、
図5(b)に示すように、樹脂だまり14に設置されたピストン14aを樹脂だまり14の容積が減少するように稼働し、樹脂だまり14内の樹脂を成形キャビティに再注入する。また、樹脂だまり16は、ピストン16aを該樹脂だまり16の容積が増加するように稼働し、成形キャビティ内の樹脂を該樹脂だまり16へ引き込む。
【0044】
このように樹脂だまり14、16を用いて成形キャビティ内への樹脂の再注入と引き込みを行なうことにより、ウェルド部で充填樹脂の内部流動が発生する。これにより、本来、周方向に対し垂直に近いウェルドラインが、表層部から内部にかけて徐々に周方向に沿う状態となり、ウェルド部の引張強度が増加する。表層部は金型表面側に位置するため、内部と比較して冷却が速く、流動性に劣るため、柱部において引き込みや再注入を行なうと上記のような状態となる。
【0045】
図5に示すように、連通部15、17は成形キャビティ12から樹脂だまり14、16に向かって連続的または段階的に拡径する形状であることが好ましい。
図5では、円錐台形状になっている。このような形状にすることで、樹脂だまり14、16への樹脂の引き込みや再注入を行いやすくなる。
【0046】
樹脂だまりとピストンによる可変樹脂だまり機構の制御方法は、
図5に示すものに限定されない。例えば、1つの樹脂だまりで2つのウェルドラインの改善を担う場合には、すべての樹脂だまりで、それぞれ再注入か引き込みのいずれかを行ない、その樹脂だまりに隣接する2つのウェルドラインを周方向に沿う状態とする。再注入のみ、引き込みのみであっても、その周囲(周方向両側)の樹脂の内部流動を起こすことができる。なお、ポケット数によって等間隔に樹脂だまりを配置できない場合には、任意の箇所で余分に該樹脂だまりとピストンを設けてもよい。
【0047】
ピストンによる可変樹脂だまり機構は、公知の任意の機構を採用できる。例えば、金型のうち、可動型側に該機構を設けてもよく、固定型側などに該機構を設けてもよい。また、ピストンの駆動は、射出充填中は勿論、充填後の保圧時間中においても可能である。その他、ピストンの駆動に際しては、ゲートからの樹脂の逆流などを防止する手段を適宜採用できる。
【0048】
その他、本発明の金型では、ゲートは、ウェルドラインが柱部に形成されるように配置されていればよく、その位置や個数は適宜設定できる。また、ゲートの方式は、形成位置に合わせてトンネルゲート、サイドゲートなどを適宜採用できる。
【0049】
また、金型における樹脂だまりおよび連通部の位置や個数についても特に限定されない。これらの個数は、例えばゲート数に応じて増減させることができる。また、これらの位置は、保持器の外周面側に限らず、内周面側に設けてもよく、外周面側と内周面側を組み合わせてもよい。
【0050】
図6には、本発明の軸受保持器の他の例の平面図を示す。
図6では、4つのゲートの位置をそれぞれ矢印で示している。
図6に示すように、各ゲートGは、保持器10の柱部4の外周面側に設けられ、この場合、柱部4の外周面の周方向略中央位置にゲート痕がそれぞれ形成される。
【0051】
保持器10では、ゲート数に応じて、4箇所にウェルド部Wが形成される。これらのウェルド部Wはそれぞれ柱部4に形成されており、ウェルドラインが周方向の一方側に凸状とされている。
図6では、凸状の向きはウェルドライン間で同じであり、周方向において同一方向(時計回り)を向いている。この場合、凸状の向きがウェルドライン間で逆向きに形成される場合に比べて、例えば一方向へ回転する際の回転安定性に優れると考えられ、高速回転などに適していると考えられる。
【0052】
本発明の軸受保持器の製造方法は、上記したような本発明の保持器を製造するための方法であり、上述の金型を用いて、射出充填工程において、樹脂だまりの容積を拡張して溶融樹脂を引き込み、および/または、樹脂だまりの容積を圧縮して溶融樹脂を成形キャビティに再注入し、柱部におけるウェルドラインを周方向の一方側に凸状とする方法である。
【0053】
本発明の軸受保持器の材料として用いる樹脂組成物は、射出成形が可能であり、保持器材料として十分な耐熱性や機械的強度を有するものであれば、任意のものを使用できる。この樹脂組成物のベース樹脂となる合成樹脂としては、例えば、ポリアミド6(PA6)樹脂、ポリアミド6-6(PA66)樹脂、ポリアミド6-10(PA610)樹脂、ポリアミド6-12(PA612)樹脂、ポリアミド4-6(PA46)樹脂、ポリアミド9-T(PA9T)樹脂、ポリアミド6-T(PA6T)樹脂、ポリメタキシレンアジパミド(ポリアミドMXD-6)樹脂などのポリアミド(PA)樹脂、射出成形可能なフッ素樹脂、低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレンなどのポリエチレン(PE)樹脂、ポリアセタール(POM)樹脂、ポリフェニレンスルフィド(PPS)樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、ポリエーテルイミド(PEI)樹脂、射出成形可能なポリイミド(PI)樹脂などが挙げられる。これらの合成樹脂の中でも、エンジニアリングプラスチックが好ましく、耐熱性や射出成形性に優れることから、PA樹脂を用いることが好ましい。また、これらの各合成樹脂は単独で使用してもよく、2種類以上混合したポリマーアロイであってもよい。また、アニール処理を行ってもよい。
【0054】
また、保持器の弾性率などの機械的強度を向上させるため、これらの樹脂組成物に、射出成形性を阻害しない範囲で、ガラス繊維、アラミド繊維、炭素繊維、各種鉱物性繊維(ウィスカー)などの繊維状充填材を配合することが好ましい。特に、補強効果や入手性に優れることから、ガラス繊維または炭素繊維を配合することが好ましい。繊維状充填材の配合範囲としては、例えば、樹脂組成物全体に対して15~40重量%程度である。その他、保持器の機能や射出成形性を損なわない範囲で、繊維状充填材以外の添加剤などを配合できる。
【0055】
ウェルド部では、接合に寄与する単位面積当たりの樹脂量が重要となり、繊維状充填材を配合する場合、非ウェルド部については強度確保できるものの、ウェルド部では繊維分樹脂量が少なくなるため、却って強度が低下しやすい。特に繊維配向が樹脂流れ方向に垂直となるような場合は、周方向垂直断面で破断しやすくなる。本発明では、上述のとおり、周方向の一方側に凸状とされたウェルドラインを有するので、繊維状充填材も同様の配向となり、繊維状充填材を含む構成においてもウェルド部で十分な強度を維持できる。
【0056】
本発明の軸受の一例について、
図7に基づいて説明する。
図7は、本発明の軸受として本発明の軸受保持器を組み込んだ深溝玉軸受の一部断面図である。
図7に示すように、軸受21は、外周面に軌道面22aを有する内輪22と、内周面に軌道面23aを有する外輪23とが同心に配置される。内輪の軌道面22aと外輪の軌道面23aとの間に複数個の転動体である玉24が介在して配置される。この複数個の玉24が、冠型の保持器25のポケット部に保持される。また、軸受21は、内・外輪の軸方向両端開口部に設けられた環状のシール部材26を備え、内輪22と外輪23と保持器25とシール部材26とで構成される軸受内空間に封入されたグリース27によって潤滑される。
【0057】
本発明の軸受は、冠型保持器を用いる形式の軸受であればよく、
図7の形態(深溝玉軸受)に限定されるものではない。また、これらの軸受に対して、シール部材の有無は問わず適用できる。
【0058】
本発明の軸受は、EVやHEVなどの高速回転で使用される電動機やトランスミッションなどに適している。なお、これ以外の用途、例えば工作機械の主軸などの支持にも用いることもできる。
【0059】
本発明の軸受保持器を用いた軸受は、ウェルド部での保持器強度を向上させることができ、また、樹脂製の保持器を採用することで、軸受の低コスト化や軽量化が図れる。
【実施例0060】
[ダンベル試験片を用いた試験]
PA9T樹脂に炭素繊維を30質量%配合した樹脂材の成形用ペレットを用いて、ダンベル試験片(JIS K 7139 タイプA;アニール処理済み)を作製した。参考例1では、樹脂だまりとピストンからなる機構を備えた金型を用いた。射出成形時において、射出充填中から保圧中にかけてピストンを駆動させ、ウェルドラインが周方向の一方側に凸状とされるよう調整した。参考例2では、上記機構を設けない以外は、参考例1と同材料かつ同条件で行った。
【0061】
得られたダンベル試験片のウェルド部の引張強度を確認するため、JIS K 7161に準拠して、ウェルド部引張試験を実施し、引張強度(MPa)を測定した。結果を
図8に示す。
【0062】
図8に示すように、試験の結果、参考例1の方が参考例2よりもウェルド部の引張強度に優れており、参考例2に対して約60%引張強度が向上した。なお、参考例1の引張強度は120MPa以上であった。
【0063】
[冠型保持器を用いた試験]
PA9T樹脂に炭素繊維を30質量%配合した樹脂材の成形用ペレットを用いて、冠型保持器(アニール処理済み)を作製した。実施例1では、樹脂だまりとピストンからなる機構を備えた金型を用いた。射出成形時において、射出充填中から保圧中にかけてピストンを駆動させ、ウェルドラインが周方向の一方側に凸状とされるよう調整した。比較例1では、上記機構を設けない以外は、実施例1と同材料かつ同条件で行った。
【0064】
得られた冠型保持器を用いて、引張速度10mm/minでウェルド部引張試験を実施し、引張応力(MPa)を測定した。結果を
図9(a)に示す。
【0065】
また、得られた冠型保持器を用いて、周波数:50Hz、繰り返し回数:1.0×10
7の条件でウェルド部疲労試験を実施し、応力振幅(MPa)を測定した。結果を
図9(b)に示す。
【0066】
ウェルド部引張試験の結果、実施例1は破断位置が非ウェルド部の柱部であったため、比較例1に対して少なくとも45%以上は引張強度が上昇していることが確認された(
図9(a)参照)。また、ウェルド部疲労試験の結果、実施例1は破断位置が非ウェルド部のポケット部の底部であったため、比較例1に対して少なくとも2倍以上は引張強度が上昇していることが確認された(
図9(b)参照)。
本発明の軸受保持器は、高速回転にも対応可能で、ウェルド部での強度に優れるので、自動車、産業機械などに用いられる玉軸受用の保持器として広く利用できる。特に、EVやHEVなどの高速回転で使用される電動機の軸受保持器として好適に利用できる。