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特開2024-119732炭素繊維束、トウプレグ、炭素繊維強化複合材料、圧力容器および炭素繊維束の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119732
(43)【公開日】2024-09-03
(54)【発明の名称】炭素繊維束、トウプレグ、炭素繊維強化複合材料、圧力容器および炭素繊維束の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/22 20060101AFI20240827BHJP
   D01F 6/18 20060101ALI20240827BHJP
   B29B 11/16 20060101ALI20240827BHJP
   F17C 1/06 20060101ALI20240827BHJP
   B29K 105/08 20060101ALN20240827BHJP
【FI】
D01F9/22
D01F6/18 E
B29B11/16
F17C1/06
B29K105:08
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023177989
(22)【出願日】2023-10-16
(31)【優先権主張番号】P 2023025792
(32)【優先日】2023-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】四方 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】沖嶋 勇紀
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 潤
【テーマコード(参考)】
3E172
4F072
4L035
4L037
【Fターム(参考)】
3E172AA02
3E172AA05
3E172BA01
3E172BB12
3E172BB17
3E172BC01
3E172BC04
3E172BD03
3E172DA36
4F072AA04
4F072AA07
4F072AB10
4F072AB15
4F072AB22
4F072AD23
4F072AG03
4F072AH25
4F072AK02
4F072AK11
4F072AL02
4F072AL05
4F072AL07
4L035BB03
4L035BB15
4L035BB72
4L035BB80
4L035DD02
4L035FF01
4L037CS03
4L037FA01
4L037FA03
4L037PA53
4L037PA69
4L037PS03
(57)【要約】
【課題】
本発明は、フィラメント用樹脂での樹脂含浸ストランド引張強度が高い炭素繊維束を提供することを目的とする。
【解決手段】
かかる目的を達成するための本発明の炭素繊維束は、炭素繊維の単繊維直径が6.0μm以上であり、炭素繊維の繊維軸方向に垂直な断面にあるボイドの最大幅が2nm以上45nm以下であり、繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さの平均値(Rxa)が15nm以上80nm以下であり、炭素繊維の比重が1.80以上である炭素繊維束である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維単繊維直径が6.0μm以上であり、炭素繊維の繊維軸方向に垂直な断面にあるボイドの最大幅が2nm以上45nm以下であり、繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さRxの平均値(Rxa)が15nm以上80nm以下であり、比重が1.80以上である炭素繊維束。
【請求項2】
炭素繊維束の繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さの平均値(Rxa)が50nm以下である請求項1記載の炭素繊維束。
【請求項3】
炭素繊維束の繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さの平均値(Rxa)が25nm以上である請求項1または請求項2に記載の炭素繊維束。
【請求項4】
炭素繊維の繊維軸方向に垂直な断面にあるボイドの最大幅が35nm以下である請求項1または請求項2に記載の炭素繊維束。
【請求項5】
炭素繊維単繊維の長径/短径の比が1.44以上1.60以下である請求項1または請求項2に記載の炭素繊維束。
【請求項6】
樹脂処方Aでのストランド引張強度が5.0GPa以上である請求項1または請求項2に記載の炭素繊維束。
【請求項7】
強度利用率((樹脂処方Bでのストランド引張強度/樹脂処方Aでのストランド引張強度)×100)が89%以上である請求項1または請求項2に記載の炭素繊維束。
【請求項8】
炭素繊維単繊維断面積の標準偏差と平均値との比([標準偏差]/[平均値]×100)で表される変動係数が1~15%である請求項1または請求項2に記載の炭素繊維束。
【請求項9】
請求項1または2に記載の炭素繊維束を用いたトウプレグ。
【請求項10】
請求項1または2に記載の炭素繊維束を用いた炭素繊維強化複合材料。
【請求項11】
請求項1または2に記載の炭素繊維束を用いた圧力容器。
【請求項12】
ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸原液を、ポリアクリロニトリル系重合体が可溶な紡糸溶媒の濃度が30~70質量%、紡糸原液の温度と凝固浴の温度との差が55℃以下である温度12~40℃の凝固浴中で吐出して凝固糸条を得た後、浴延伸後の膨潤度が180%以下、凝固糸の膨潤度に対する浴延伸糸の膨潤度の比が1.0以下となるように湿潤延伸工程で1.4~3.0倍の延伸を施し、シリコーン系油剤を付与し乾燥させた後、加圧スチーム下で4.0~9.0倍延伸し、湿潤延伸工程とスチーム延伸工程を含めたトータルの延伸倍率を12.1~14.0倍とする炭素繊維前駆体繊維束の製造方法であり、フィラメント数が6,000~36,000である炭素繊維前駆体繊維束を200~300℃の酸化性雰囲気下で耐炎化処理し、500~1,200℃の不活性雰囲気下で予備炭素化処理し、900~2,000℃の不活性雰囲気下で炭素化処理する炭素繊維束であって、得られた炭素繊維束において、単繊維直径が6.0~8.0μm、比重が1.80以上であり、単繊維の長径/短径の比が1.37以上である炭素繊維束の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィラメントワインディング(FW)用樹脂での樹脂含浸ストランド引張強度が高い炭素繊維束、トウプレグ、炭素繊維強化複合材料、圧力容器および炭素繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、環境問題の高まりから複合材料の強化繊維として、その用途が各種方面に益々拡がり、更なる高性能・高品位化が強く求められている。炭素繊維の力学特性を高めることは圧力容器などの部材軽量化に寄与するため、引張強度、引張弾性率といった力学特性を高めることが重要である。なかでも自動車用の圧力容器では、更なる高強度化が求められている。CFRP製タンクの高強度化には、使用する炭素繊維のストランド引張強度を高くする事に加えて、複合材料用補強繊維とした際に炭素繊維が有する力学特性をどれだけ効率的に発現できるか(すなわち強度利用率)を改善することが重要である。炭素繊維のような脆性材料において、ストランド引張強度を高めるにはグリフィスの式に従って破壊靱性値を高めるか、欠陥サイズを小さくすることが重要である。欠陥の一つであるボイド欠陥の欠陥サイズを小さくするには、ボイド欠陥の元となる凝固糸中の細孔を縮小させた緻密化構造を有する凝固糸を得る手法が有効である(特許文献1)。また、引張強度を高めるためには、ボイド欠陥以外に表面凹凸に由来する欠陥を削減することも重要となる。表面凹凸に由来する欠陥を抑制しつつ性能を向上する方法として例えば、製糸工程の前延伸倍率を低倍率にすることにより、前駆体繊維表面でのフィブリル構造の発達を抑制する方法が提案されている(特許文献2、3)。一方、コンポジットとしての強度利用率を改善する技術としては、炭素繊維の表面凹凸の制御により樹脂含浸性を制御する方法が提案されている(特許文献4)。ほかにも、コンポジットとしての強度利用率の向上を目的とする技術として、乾湿式紡糸により緻密性を高めた前駆体繊維束から得られた炭素繊維束の表層を、硝酸イオンを必須成分として含有する電解質水溶液中で電解酸化することで欠陥を除去する技術が提案されている(特許文献5、6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2010/143680号
【特許文献2】特開2017-160556号公報
【特許文献3】特開2000-079343号公報
【特許文献4】特開2019-173230号公報
【特許文献5】特公平5-4463号公報
【特許文献6】特公平4-9227号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の技術では、単繊維繊度の細い炭素繊維に対して凝固構造の制御によりボイド低減してストランド引張強度向上させているものの、複合材料としての強度利用率の改善を図ったものではなかった。
【0005】
特許文献2、3の技術でも、製糸工程での延伸量の割り振りにより表面凹凸を制御して炭素繊維品質を向上させてはいるが、複合材料としての強度利用率の改善を図ったものではなかった。
【0006】
特許文献4の技術では、炭素繊維の表面凹凸の制御により樹脂含浸性を向上させてコンポジット物性を改善させているものの、樹脂含浸性に問題ないコンポジットにおいて、コンポジットの強度利用率の改善を図ったものではなかった。
【0007】
特許文献5、6の技術では、炭素繊維の表面欠陥削減により、硝酸処理前後で2種類の樹脂いずれにおいてもストランド引張強度の向上がみられるものの、単繊維繊度の細い炭素繊維に対して後処理として硝酸処理、乾燥、窒素雰囲気700℃で数分の不活性化が必要となることから、毛羽の発生による品位の低下や、後処理を伴うことによる生産性やコスト面でも課題があった。
【0008】
本発明は、上記を鑑みてなされたものであり、コンポジットとしての物性発現を目的に、フィラメント用樹脂での樹脂含浸ストランド引張強度が高い炭素繊維束を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、炭素繊維前駆体繊維の繊度を増加させて生産性を上げつつ、凝固条件と延伸条件の制御により、炭素繊維の表層ボイドの縮小と炭素繊維の表面凹凸の平滑化をし、従前の炭素繊維束では達し得なかった水準まで炭素繊維のストランド引張強度とコンポジットとしての強度利用率の向上を両立する炭素繊維束を得る方法を見出し、本発明に至った。
【0010】
上記の目的を達成するため、本発明の炭素繊維束は、次の特徴を有するものである。
(1)炭素繊維単繊維直径が6.0μm以上であり、炭素繊維の繊維軸方向に垂直な断面にあるボイドの最大幅が2nm以上45nm以下であり、繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さRxの平均値(Rxa)が15nm以上80nm以下であり、比重が1.80以上である炭素繊維束。
(2)炭素繊維束の繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さの平均値(Rxa)が50nm以下である(1)記載の炭素繊維束。
(3)炭素繊維束の繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さの平均値(Rxa)が25nm以上である(1)または(2)に記載の炭素繊維束。
(4)炭素繊維の繊維軸方向に垂直な断面にあるボイドの最大幅が35nm以下である(1)~(3)のいずれかに記載の炭素繊維束。
(5)炭素繊維単繊維の長径/短径の比が1.44以上1.60以下である(1)~(4)のいずれかに記載の炭素繊維束。
(6)樹脂処方Aでのストランド引張強度が5.0GPa以上である(1)~(5)のいずれかに記載の炭素繊維束。
(7)強度利用率((樹脂処方Bでのストランド引張強度/樹脂処方Aでのストランド引張強度)×100)が89%以上である(1)~(6)のいずれかに記載の炭素繊維束。
(8)炭素繊維単繊維断面積の標準偏差と平均値との比([標準偏差]/[平均値]×100)で表される変動係数が1~15%である(1)~(7)のいずれかに記載の炭素繊維束。
(9)(1)~(8)のいずれかに記載の炭素繊維束を用いたトウプレグ。
(10)(1)~(8)のいずれかに記載の炭素繊維束を用いた炭素繊維強化複合材料。
(11)(1)~(8)のいずれかに記載の炭素繊維束を用いた圧力容器。
(12)ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸原液を、ポリアクリロニトリル系重合体が可溶な紡糸溶媒の濃度が30~70質量%、紡糸原液の温度と凝固浴の温度との差が55℃以下である温度12~40℃の凝固浴中で吐出して凝固糸条を得た後、浴延伸後の膨潤度が180%以下、凝固糸の膨潤度に対する浴延伸糸の膨潤度の比が1.0以下となるように湿潤延伸工程で1.4~3.0倍の延伸を施し、シリコーン系油剤を付与し乾燥させた後、加圧スチーム下で4.0~9.0倍延伸し、湿潤延伸工程とスチーム延伸工程を含めたトータルの延伸倍率を12.1~14.0倍とする炭素繊維前駆体繊維束の製造方法であり、フィラメント数が6,000~36,000である炭素繊維前駆体繊維束を200~300℃の酸化性雰囲気下で耐炎化処理し、500~1,200℃の不活性雰囲気下で予備炭素化処理し、900~2,000℃の不活性雰囲気下で炭素化処理する炭素繊維束であって、得られた炭素繊維束において、比重が1.80以上であり、単繊維の長径/短径の比が1.37以上である炭素繊維束の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、炭素繊維前駆体繊維の繊度が大きく生産性が高い炭素繊維束を用いても、製糸工程の凝固条件と延伸条件の制御することで、繊維強化複合材料として優れた強度利用率を発現し、優れた引張強度を発現する高性能な炭素繊維強化複合材料を得ることができる、炭素繊維束が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の炭素繊維は、ボイドの繊維径方向の最大幅が2nm以上45nm以下である(以下、ボイドの繊維径方向の最大幅をボイドの最大幅ということもある)。炭素繊維に含まれるボイドは欠陥になるため、炭素繊維の引張強度は欠陥サイズが小さいほど高くなる。そのため、炭素繊維内部に含まれるボイドの繊維径方向の最大幅が45nmよりも大きい場合は、ボイドが炭素繊維破断の起点となる欠陥となりうるため、引張強度が大幅に低下しやすい。一方、炭素繊維内部に含まれるボイドの繊維径方向の最大幅が2nmよりも小さい場合は、ボイドが炭素繊維内部にほとんど存在しないことを意味するが、ボイド以外の欠陥を生じやすい条件となりうるため、強度利用率は高いものの、炭素繊維そのものの強度が低下しやすい。そのため、ボイドの繊維径方向の最大幅は5nm以上が好ましい。
【0013】
また、かかるボイドの最大幅は、好ましくは35nm以下である。35nm以下であれば、コンポジット中での炭素繊維の破断においてボイド起因となることが減少し、コンポジットとしたときの強度利用率が向上する。25nm以下がより好ましい。炭素繊維内部に含まれるボイドの繊維径方向の最大の幅は、以下のようにして求める。まず、炭素繊維の繊維軸と垂直方向に、集束イオンビーム(FIB)により厚さ100nmの薄片を作製し、炭素繊維の繊維径方向の断面に対して透過型電子顕微鏡(TEM)により10~15万倍で観察する。環状暗視野観察像で黒い部分をボイドとし、ボイドの端から端の中で最も長くなる線分の長さをボイドの繊維径方向の幅とする。なお、測定は炭素繊維の繊維径方向の断面に対して3視野行う。かかるボイドの幅は、主に炭素繊維前駆体繊維の凝固相分離単位を小さく制御することで制御できる。
【0014】
本発明の炭素繊維束は、単繊維直径が6.0μm以上であることが必要である。FWやトウプレグ化で複合材料を製造するときに、含浸性は単繊維直径に依存するため、単繊維直径が大きいことで複合材料を効率良く製造することができる。また、ストランド引張強度と単繊維断面積から単繊維あたりの破断荷重が決まるため、単繊維直径は単繊維あたりの破断荷重に影響する。また、単繊維直径が大きいほど工程中での擦過による毛羽立ちが少なくなる傾向があるので品位に影響する。単繊維直径が6.0μm以上あれば、炭素繊維を生産する際や炭素繊維複合材料とする際の品位が良好となりやすい。単繊維直径は6.5μmであることがより好ましく、7.0μm以上がさらに好ましい。単繊維直径が大きくなりすぎると焼成工程において、単繊維内で反応が不均一となる可能性が生じるため8.0μm以下であることが必要である。
【0015】
本発明の炭素繊維は、繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さRxの平均値(Rxa)(以下、繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さRxの平均値(Rxa)を凸部最大高さRxの平均値(Rxa)ということもある)が15nm以上80nm以下である。
【0016】
通常、炭素繊維は繊維表層から重心方向にかけて弾性率分布を有するため、より表層に応力が集中することが知られている。湿式紡糸法により、炭素繊維用プリカーサーを製造する場合は、湿式紡糸法に特徴的に発生するフィブリル構造の凹凸部から破断が開始し、強度を損なっている場合が多い。そのため、炭素繊維表層部の構造不均一性は欠陥となり、引張強度を低下させやすい。
【0017】
凸部最大高さRxの平均値(Rxa)が80nmよりも大きい場合は、表面凹凸が炭素繊維破断の起点となる欠陥となりうるため、引張強度が大幅に低下しやすい。一方、凸部最大高さRxの平均値(Rxa)が15nmよりも小さい場合は、隣接単繊維との接触面積が大きくなり、製糸工程での延伸時に隣接糸との接着による欠陥を生じて、引張強度が大幅に低下しやすい。
【0018】
かかる凸部最大高さRxの平均値(Rxa)は50nm以下が好ましい。50nm以下であれば、コンポジットとしたときに凸部起因で破断することが減少し、コンポジットとしたときの強度利用率が向上する。凸部最大高さRxの平均値(Rxa)は45nm以下がより好ましい。また、かかる凸部最大高さRxの平均値(Rxa)は25nm以上とすることが好ましい。25nm以上であれば、製糸工程での延伸時に隣接糸との接着による欠陥が減少し、炭素繊維のストランド引張強度が向上する。より好ましくは30nm以上である。炭素繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さRxの平均値(Rxa)は、以下のようにして求める。
【0019】
まず、炭素繊維の繊維軸と垂直方向に、集束イオンビーム(FIB)により厚さ100nmの薄片を作製し、炭素繊維の繊維径方向の断面に対して透過型電子顕微鏡(TEM)により10~15万倍で観察する。環状暗視野観察像で炭素繊維の円周方向長さ1μmにて表面凹凸の凹部の炭素繊維表面3点(少なくとも3点の両端間の距離は300nm以上離れている)を通るような内接円を描写し、内接円より外側に存在する炭素繊維構造部分を表面凸部とする。表面凸部における内接円までの垂線の最大距離を凸部最大高さRxとする。測定は炭素繊維の繊維径方向の断面に対して5視野行い、平均値を凸部最大高さRxの平均値(Rxa)とする。
【0020】
かかる凸部最大高さRxの平均値(Rxa)は、主に炭素繊維前駆体繊維の凝固構造のスキン層厚みや、製糸工程における乾燥工程までの延伸倍率を変更することで制御できる。
【0021】
本発明の炭素繊維は、炭素繊維単繊維の比重が1.80以上である。炭素繊維の構造が粗であると炭素繊維の靭性は低下するため、炭素繊維の引張強度は比重が大きいほど高くなる。炭素繊維単繊維の比重が1.80以上であれば、必要な強度発現に十分となる。より好ましくは1.81以上であり、さらに好ましくは1.83以上である。炭素繊維単繊維の比重は1.91以下が好ましい。比重が大きすぎると結晶構造の割合が大きくなりすぎるため靭性が低下する場合がある。
【0022】
本発明の炭素繊維束は、単繊維の長径/短径の比が1.37以上である必要がある。FWやトウプレグ化で複合材料を製造するときに、樹脂含浸性は断面形状に影響を受け、断面形状が上記の範囲で複合材料をより効率的に均一に製造することができる。そして、1.44以上1.60以下であることが好ましい。単繊維の長径/短径の比が1.44以上であれば、生産する炭素繊維複合材料の含浸性が良好となりやすい。単繊維の長径/短径の比が1.60を超えると長径の端へ擦過が生じやすく、品位が低下する可能性が生じる。単繊維の長径/短径の比は1.47~1.55であることがより好ましい。
【0023】
本発明の炭素繊維束は、樹脂処方Aでのストランド引張強度が5.0GPa以上が好ましい。ストランド引張強度は、炭素繊維に荷重がかかったときの破断しにくさを示す指標であり、炭素繊維束自体の強度を表す指標である。ストランド引張強度が5.0GPa以上であれば、炭素繊維複合材料とした際の強度を高めやすい。より好ましくは5.1GPa以上であり、さらに好ましくは5.2GPa以上である。ストランド引張強度は、実施例の項で後述する炭素繊維束のストランド引張試験に記載の方法により求めることができる。ストランド引張強度の上限については特に限定されないが、生産性の観点から通常6.5GPa以下が好ましい。
【0024】
本発明の炭素繊維束は、樹脂処方Aでのストランド引張強度に対する、樹脂処方Bでのストランド引張強度の割合(以下、強度利用率とも呼称する)が89%以上であることが好ましく、90%以上がより好ましい。樹脂処方Bは樹脂処方Aと比較して官能基が多く、炭素繊維束との接着性が高いため、樹脂処方Bでのストランド引張強度は、ある炭素繊維束を炭素繊維複合材料とした際の強度をモデル的に表す指標である。強度利用率はある炭素繊維束を炭素繊維複合材料とした際の強度発現の指標である。強度利用率が89%以上であれば炭素繊維が有する力学特性を炭素繊維複合材料とした際に効率的に発現できる。強度利用率は100%に近いほど好ましいが、89%以上あれば炭素繊維複合材料として十分効率的である場合が多い。なお、樹脂処方Aおよび樹脂処方Bの詳細は実施例の項で詳細を記載する。
【0025】
また、本発明の炭素繊維束は、炭素繊維単繊維断面積の標準偏差と平均値との比([標準偏差]/[平均値]×100)で表される変動係数(%)(以下、単繊維断面積の変動係数と記載することもある)が1~15%が好ましい。上限はより好ましくは12%以下、更に好ましくは10%以下である。
【0026】
同じ焼成条件で製造した炭素繊維であっても、焼成条件は単繊維面積の平均値に合わせているため、単繊維径のバラつきが大きい場合には焼成条件が不適な単繊維が増加する。これらの単繊維から破壊が始まりやすいため、炭素繊維径の面積の変動係数が大きい場合、引張強度が大幅に低下しやすい。15%以下であれば、単繊維の焼成ムラの引張強度への影響は十分軽減される。バラつきは小さいほど好ましいが、5%以上となる条件にて、コンポジットでの強度利用率を制御しやすいためより好ましい。なお、炭素繊維単繊維断面積は、後述する本発明の炭素繊維用前駆体繊維の製造方法を用いることにより制御することができる。
【0027】
次に、本発明の炭素繊維束を得るのに好適な炭素繊維束の製造方法について述べる。
炭素繊維前駆体繊維束の製造に供する原料としてはポリアクリロニトリル系重合体を用いることが好ましい。なお、本発明においてポリアクリロニトリル系重合体とは、少なくともアクリロニトリルが重合体骨格の主構成成分となっているものをいう。主構成成分とは、通常、重合体骨格の90~100質量%を占める構成成分のことをいう。炭素繊維前駆体繊維束の製造において、ポリアクリロニトリル系重合体は、本発明で規定する耐炎化処理を制御する観点等から、共重合成分を含むことが好ましい。
【0028】
共重合成分として使用可能な単量体としては、耐炎化を促進する観点から、カルボン酸基またはアミド基を1種以上含有する単量体が好ましく用いられる。例えば、カルボン酸基を含有する単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらのアルカリ金属塩、およびアンモニウム塩等が挙げられる。また、アミド基を含有する単量体としては、アクリルアミド等が挙げられる。
【0029】
炭素繊維前駆体繊維束の製造において、ポリアクリロニトリル系重合体の製造方法としては、公知の重合方法の中から選択することができる。
【0030】
本発明の炭素繊維前駆体繊維束の製造方法は、湿式紡糸法により紡糸口金から吐出させ紡糸する紡糸工程と、該紡糸工程で得られた繊維を多段の温水槽中で洗浄及び延伸する湿潤延伸工程と、該湿潤延伸工程で得られた繊維を乾燥熱処理する乾燥緻密化工程からなり、さらに、該乾燥緻密化工程で得られた繊維を加圧スチーム下で延伸するスチーム延伸工程からなる。なお、各工程の順序を適宜入れ替えることも可能である。
【0031】
紡糸原液は、前記したポリアクリロニトリル系重合体を、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどのポリアクリロニトリルが可溶な溶媒に溶解したものである。
【0032】
前記凝固浴には、紡糸原液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒と、凝固促進成分を含ませることが好ましい。凝固促進成分としては、前記ポリアクリロニトリル系重合体を溶解せず、かつ紡糸溶液に用いる溶媒と相溶性があるものを使用することができる。具体的には、凝固促進成分として水を使用することが好ましい。凝固速度が速いジメチルスルホキシドと凝固促進成分を混合することが凝固構造を制御しやすく好ましい。
【0033】
本発明において、紡糸ノズルから吐出される時の紡糸原液(吐出糸)の吐出温度は50℃以上70℃以下が好ましい。紡糸原液の吐出温度が50℃以上であれば、濃度18~25%の原液にて紡糸原液の粘度を低く保つことができ、生産を安定化できる。また、70℃以下であれば、紡糸原液のゲル化を抑制することができ、紡糸工程においてゲル化によるトラブルを抑制することができる。生産安定化とゲル化によるトラブル抑制の観点から、紡糸原液の吐出温度は50℃以上70℃以下がより好ましい。
【0034】
凝固浴の温度範囲としては、12~40℃が必要であり、25~35℃が好ましい。12℃以上とすることで、十分に凝固させ、単繊維同士の接着を防止し、十分な引張強度を発現することができる。また凝固浴の温度範囲を40℃以下とすることで、高い緻密性を発現し、十分な引張強度を発現することができる。また、紡糸原液の温度と凝固浴の温度の差が大きいと吐出量と凝固速度に単繊維間のバラツキが生じ、単繊維断面積のバラツキが大きくなる。紡糸原液の温度と凝固浴の温度の差は0℃~55℃が必要であり、0℃~45℃が好ましく、0℃~25℃がより好ましい。
【0035】
本発明の凝固浴の溶媒の濃度範囲としては、30~70質量%が必要であり、54~64質量%が好ましい。30質量%以上とすることで、凝固を遅くし、微細な凝固構造を得ることができ、目的とする引張強度を発現することができる。70質量%以下とすることで、十分な凝固状態を得ることができ、単繊維同士の接着を防止し、十分な引張強度を発現することができる。メカニズムについては必ずしも定かではないが、凝固浴の濃度が高いほど凝固が遅延し、凝固が遅いほど凝固構造が緻密化して好ましいが、凝固が不十分であると接着が発生する為、続く湿潤延伸工程における接着の度合いを勘案し、通常、30~70質量%の範囲で凝固浴温度が設定される。
【0036】
また、凝固速度により、繊維の表面凹凸を制御することができ、凝固速度は凝固浴の濃度および温度により制御することができる。凝固温度が高いほど、また凝固濃度が低いほど凝固が速くなる。ここで、表面凹凸は凝固糸表面にある緻密層の厚さの影響を受ける。凝固を非常に遅くすることで凝固糸表面の緻密層を非常に薄く、凝固を非常に速くすることで凝固糸表面の緻密層を非常に厚くでき、その中間的な凝固速度において、表面凹凸を形成させることができる。目的に応じ両者のバランスを勘案して、前記範囲で凝固条件を設定するのが好ましい。なお、用いる凝固溶媒により、凝固速度が異なる為、溶媒に応じて適宜調整することができる。
【0037】
ポリアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸し浴延伸した浴延伸糸の膨潤度は180%以下に制御する必要がある。150%以下に制御することが好ましく、135%以下がさらに好ましい。浴延伸糸の膨潤度が90%未満になると、延伸性が低下することから、下限は90%程度である。また、凝固糸の膨潤度に対する浴延伸糸の膨潤度の比が1.0以下となる必要があり、0.9以下に制御することが好ましい。1.0以下なることは凝固構造が緻密化しやすい構造に変化できており乾燥緻密化しやすい。浴延伸糸膨潤度と凝固糸の膨潤度に対する浴延伸糸の膨潤度の比は凝固浴の温度を低下させることや凝固浴の溶媒濃度を高濃度にすることで低下させることができる。また、浴延伸の浴温を高くすることや適切な倍率で延伸することで低下させることができる。
【0038】
さらに、凝固速度により、繊維断面形状を制御することもでき、凝固速度は凝固浴の濃度および温度により制御することができ、凝固温度が高いほど、凝固濃度が低いほど凝固が早くなる。ここで、断面形状は、凝固を非常に早くまたは非常に遅くすることで真円度が向上し、その中間的な凝固速度において、異型化することができる。
【0039】
本発明において、湿潤延伸工程における温水槽の温度は50~98℃の多段の温水槽を用いることが好ましい。また、湿潤延伸工程における延伸倍率は、1.4~3.0倍であることが必要であり、1.6~2.6倍が好ましい。湿潤延伸工程における延伸倍率を3.0倍以下とすることで、繊維表面の粗面化を抑制でき、また膨潤度の増加を抑制でき、目的とする引張強度を発現することができる。また、湿潤延伸工程における延伸倍率を1.2倍以上とすることで、表面のフィブリル構造を形成させて繊維表面を粗面化できること、そして、加圧スチーム下でのスチーム延伸工程を含めた、トータルの延伸倍率を確保することができ、繊維軸方向の配向性を高めることで、目的とする引張強度を発現することができる。
【0040】
水浴延伸工程の後、単繊維同士の融着を防止する目的から、繊維束にシリコーン等からなる油剤を付与することが必要である。かかるシリコーン油剤は、変性されたシリコーンを用いることが好ましく、耐熱性の高いアミノ変性シリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
【0041】
乾燥熱処理工程で乾燥することが必要である。乾燥処理は公知の方法を利用することができる。例えば、乾燥温度は100~200℃が例示される。
【0042】
本発明において、スチーム延伸工程は、加圧スチーム下において、4.0~9.0倍延伸することが必要である。5.0~8.0倍延伸することが好ましい。延伸倍率を4.0倍以上とすることで、繊維軸方向の結晶性を高めることができ、目的とする引張強度を発現することができる。延伸倍率を9.0倍以下とすることで、スチーム延伸工程における毛羽の発生および糸切れを抑制し、操業性を高めることができる。
【0043】
前記した湿潤延伸工程とスチーム延伸工程を含めたトータルの延伸倍率は、繊維軸方向の結晶性を高める観点から、12.1~14.0倍であることが必要である。延伸倍率を12.1倍以上とすることで、繊維軸方向の結晶性を高め、目的とする引張強度を発現することができる。また、延伸倍率を14.0倍以下とすることで、毛羽の発生を抑制し、炭素繊維前駆体繊維束の品位を良好に保つことができる。
【0044】
炭素繊維前駆体繊維束のフィラメント数は、炭素繊維束のフィラメント数に一致するように6,000本以上であることが必要である。12,000本以上であることが好ましい。炭素繊維束のフィラメント数と一致していることで炭素繊維束内の単繊維間の空隙、いわゆる糸割れがなくなりやすく、炭素繊維前駆体繊維束のフィラメント数が多いほど、炭素繊維束の物性バラツキが低減できやすいことから、例えば前記口金ホール数300~3,000のような炭素繊維束フィラメント数よりも小さいものを用いた場合には、炭素繊維束のフィラメント数と一致するよう前駆体繊維束製造工程中に合糸工程を有することが好ましい。また、36,000本以下である必要がある。36,000本を超えると束内の熱処理ムラを生じやすく、物性が低下しやすい。
【0045】
次に、本発明の炭素繊維束の製造方法について説明する。本発明の炭素繊維束の製造方法では、例えば前記した方法により製造された炭素繊維前駆体繊維束を、200~300℃の温度の酸化性雰囲気中において耐炎化処理する耐炎化工程、500~1,200℃の最高温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理する予備炭化工程、次いで900~2,000℃の最高温度の不活性雰囲気中において炭化処理する炭化工程を行うことで炭素繊維束を製造する。
【0046】
耐炎化処理における酸化性雰囲気としては、空気が好ましく採用される。本発明において、予備炭化処理や炭化処理は不活性雰囲気中で行われる。不活性雰囲気に用いられるガスとしては、窒素、アルゴンおよびキセノンなどを例示することができ、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。
【0047】
得られた炭素繊維束はその表面改質のため、電解処理をすることができる。電解処理により、得られる繊維強化複合材料において炭素繊維マトリックスとの接着性を適正化することができるためである。電解処理の後、炭素繊維束に集束性を付与するため、サイジング処理を施すこともできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂と相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。サイジング剤付着量は0.2質量%以上1.0質量%以下が好ましい。
【0048】
本発明の炭素繊維束を用いたトウプレグの作製工程は、公知の方法を利用することができる。例えば、クリール、キスロール、ニップロール、ワインダーを備えたトウプレグ製造装置を用いて、炭素繊維束の片面に、20~60℃の温度に調整したエポキシ樹脂組成物を塗工した後、ニップロールを通過させることで該エポキシ樹脂組成物を強化繊維束内部まで含浸してトウプレグを得ることができる。この時、トウプレグのボビンは、初期張力を600~1,000gf、ワインド比を6~10として、巻き幅が230~260mmの円筒型となるよう、2300mを紙管に巻き取ればよい。
【0049】
さらに、トウプレグを用いた炭素繊維強化複合材料の作製工程は、公知の方法を利用することができる。例えば、圧力容器の作製方法としては、フィラメントワインディング成形装置に、7.5Lのポリエチレン製ライナーを設置し、トウプレグをライナー全体に巻きつける。第1層として、ライナーの軸方向に対して±89°をなすフープ層をその厚みが1.4mmとなるように巻き付ける。次に、第2層として、ライナーの軸方向に対して±20°をなすヘリカル層を、その厚みが2.2mmとなるように巻き付ける。さらに、第3層として、ライナーの軸方向に対して±89°をなすフープ層を、その厚みが0.6mmとなるように巻き付け、中間体を得ることができる。当該中間体を硬化炉中で回転させながら、150℃にて4時間硬化させ、圧力容器を得ることができる。
【0050】
本発明において用いられる各種物性値の測定方法は、次のとおりである。
【0051】
<炭素繊維単繊維の比重評価>
測定する炭素繊維束について、1mサンプリングし、比重液をo-ジクロロエチレンとしてアルキメデス法で測定する。試料数は3で測定を行う。その平均値を測定値として用いる。
【0052】
<炭素繊維束のストランド引張強度、ストランド弾性率>
炭素繊維束のストランド引張強度およびストランド引張強度弾性率は、JIS-R-7608(2007)の樹脂含侵ストランド引張試験法に準拠し、次の手順に従い求める。ここでは樹脂処方Aと、樹脂処方Bを用いてそれぞれ評価を実施する。樹脂処方AはJIS-R-7608(2007)で規定された樹脂処方であり“セロキサイド(登録商標)”2021P/3フッ化ホウ素モノエチルアミン/アセトン=100/3/4(質量部)を用い、硬化条件としては、常圧、温度125℃、時間30分を用いる。樹脂処方Bとしては“ARALDITE(登録商標)”LY1564 SP CI/“Baxxodur(登録商標)”EC331=100/35(質量部)を用い、硬化条件として常圧、温度80℃、時間120分硬化させた後に温度110℃、時間240分を用いる。炭素繊維束のストランド10本を測定し、その平均値をストランド引張強度、ストランド弾性率とする。ストランド弾性率は歪み範囲0.1~0.6%の範囲で測定した。
【0053】
本発明において、下記の基準で樹脂Bでのストランド引張強度の好ましい範囲を4段階で評価した。
S: ストランド引張強度が4.7GPa以上
A: ストランド引張強度が4.4GPa以上かつ4.7GPa未満
B: ストランド引張強度が4.3GPa以上かつ4.4GPa未満
C: ストランド引張強度が4.3GPa未満。
【0054】
<ボイド評価>
炭素繊維内部に含まれる繊維径方向のボイドの幅は、以下のようにして求める。まず、炭素繊維の繊維軸と垂直方向に、集束イオンビーム(FIB)により厚さ100nmの薄片を作製し、炭素繊維の繊維径方向の断面に対して透過型電子顕微鏡(TEM)により10~15万倍で観察する。環状暗視野観察像で黒い部分をボイドとし、ボイドの端から端の中で最も長くなる線分の長さを繊維径方向のボイドの幅とする。なお、測定は炭素繊維の繊維径方向の断面に対して、全面観察する。
【0055】
ボイド評価に用いた透過型電子顕微鏡(TEM)の条件は以下の通りである。
・装置:日立製H-9000UHR
・加速電圧:300kV
・観察倍率:10~15万倍。
【0056】
<表面凹凸評価>
繊維表面の円周方向長さ1μm当たりの凸部最大高さRxの平均値(Rxa)は、以下のようにして求める。まず、炭素繊維の繊維軸と垂直方向に、集束イオンビーム(FIB)により厚さ100nmの薄片を作製し、炭素繊維の繊維径方向の断面に対して透過型電子顕微鏡(TEM)により10~15万倍で観察する。環状暗視野観察像で炭素繊維の円周方向長さ1μmにて表面凹凸の凹部の炭素繊維表面3点(少なくとも3点の両端間の距離は300nm以上離れている)を通るような内接円を描写し、内接円より外側に存在する炭素繊維構造部分を表面凸部とする。表面凸部における内接円までの垂線の最大距離を凸部最大高さRxとする。測定は炭素繊維の繊維径方向の断面に対して5視野行い、平均値をRxaとする。なお、測定は炭素繊維の繊維径方向の断面に対して、全面観察する。
【0057】
ボイド評価に用いた透過型電子顕微鏡(TEM)の条件は以下の通りである。
・装置:日立製H-9000UHR
・加速電圧:300kV
・観察倍率:10~15万倍。
【0058】
<炭素繊維の単繊維直径>
測定する多数本の炭素フィラメントからなる炭素繊維束について、単位長さ当たりの質量A(g/m)および密度B(g/cm)を求める。測定する炭素繊維束のフィラメント数をCとし、炭素繊維の単繊維直径(μm)を、下記式で算出を行う。
炭素繊維の単繊維直径(μm)=((A/B/C)/π)(1/2)×2×10
【0059】
<炭素繊維単繊維断面積の変動係数(%)>
炭素繊維束をカミソリで繊維軸に垂直に切断し、走査型電子顕微鏡を用いて単繊維の断面を観察した。測定倍率は、最も細い単繊維が10mm程度に観察されるよう倍率500~2,000倍とした。得られた画像を解析することにより炭素繊維束を構成する単繊維の断面積を求めた。測定は計50本の単繊維に対して行い、その平均値を測定値として用い、50本の標準偏差を炭素繊維単繊維断面積の標準偏差として用いる。
【0060】
炭素繊維単繊維断面積の変動係数は上記した炭素繊維単繊維断面積の平均値と、単繊維断面積の標準偏差との比をとり、百分率で示される値を用いる(([標準偏差]/[平均値])×100)。
【0061】
<炭素繊維単繊維の断面形状>
炭素繊維束をカミソリで繊維軸に垂直に切断し、走査型電子顕微鏡を用いて単繊維の断面を観察した。測定倍率は、最も細い単繊維が10mm程度に観察されるよう倍率500~2,000倍とした。得られた画像から単繊維の断面の長径および短径を測定し、長径/短径の比率を求める。ここで、長径/短径は次のように決定する。繊維外周上の任意の2点を通る線分であって、最も長いものを長径とする。なお、長径の長さはピクセル単位で測定し、SEM観察像に付されたスケールバーを用いて実長さ(単位はμm)に換算する。次に長径の中点と繊維外周上の2点とを通る長径と垂直な線分を短径と定義し、長径と同じ方法で長さを求める。測定は計50本の単繊維に対して行い、その平均値を測定値として用いる。
【0062】
<凝固糸および浴延伸糸膨潤度の判定>
まず、凝固糸を約10gサンプリングし、12hr以上水洗する。次に遠心脱水機(たとえばコクサン株式会社製H-110A)にて3,000rpmで3分間脱水し脱水後の繊維質量を求める。その後、脱水後のサンプルを105℃で温調された乾燥機で2.5hr乾燥し、乾燥後の繊維質量を求め下記式により凝固糸膨潤度を算出する。なお、小数点以下を四捨五入して整数とした。
式:凝固糸膨潤度(%)=((脱水後の繊維質量-乾燥後の繊維質量)/乾燥後の繊維質量))×100。
【0063】
<炭素繊維束の工程通過性(工程通過性(毛羽))>
直径が50mm、表面粗さRmaxが0.3μmである金属バー(ステンレス製)2本を、150mm間隔、かつ、炭素繊維束が各金属バーに0.3925π(rad)±0.04π(rad)、合計で0.785π(rad)の角度で接触しながら通過するように上下方向に配置した。そして、金属バーに炭素繊維束を掛け渡し、パッケージからの解舒張力を800gに設定し、駆動ロールで4m/分の速度で炭素繊維束を牽引して前記の金属バーを通過させ、2本目の金属バーを通過後の1分間あたりの毛羽数をカウントし、これを下記式で1mあたりに換算し、工程通過性とする。炭素繊維束の工程通過性の測定は3回行い、その算術平均値を炭素繊維束の工程毛羽数(個/m)とする。
【0064】
炭素繊維束の工程毛羽数(個/m)=毛羽のカウント数(個)/4(m)
A: 工程毛羽数が2.0個/m以下
B: 工程毛羽数が2.0個/mを超え、かつ、5.0個/m以下
C: 工程毛羽数が5.0個/mを超える
【実施例0065】
(実施例1)
アクリロニトリル99.5mol%とイタコン酸0.5mol%からなる共重合体を、ジメチルスルホキシドを溶媒として溶液重合法により重合させ、ポリアクリロニトリル系共重合体を含む紡糸溶液を得た。得られた紡糸溶液を67℃に加熱し、紡糸口金から25℃に制御した60質量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に吐出する湿式紡糸法により凝固糸条を得た。
【0066】
この凝固糸条を、常法により水洗し、延伸倍率2.2倍の水浴延伸を行った。続いて、この水浴延伸後の繊維束に対して、アミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与し、160℃の加熱ローラーを用いて、乾燥緻密化処理を行った。その後、加圧スチーム中で5.5倍延伸することにより、製糸全延伸倍率を12.1倍とし、フィラメント数12,000本、単繊維繊度1.1dtexの炭素繊維前駆体繊維束を得た。
【0067】
耐炎化工程において、得られた炭素繊維前駆体繊維束を温度200~300℃の空気中において耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得た。
【0068】
耐炎化工程で得られた耐炎化繊維束を、予備炭化工程において最高温度800℃の窒素雰囲気中で予備炭素化処理を行い、予備炭素化繊維束を得た。
【0069】
予備炭化工程で得られた予備炭素化繊維束を、炭化工程において窒素雰囲気中最高温度1,300℃で炭素化処理を行った。
【0070】
引き続いて硫酸水溶液を電解液として電解表面処理し、水洗、乾燥した後、サイジング剤を付与し、炭素繊維束を得た。紡糸条件および得られた炭素繊維物性と構造評価の結果を表1に纏めており、以後の実施例・比較例も同様に表1に纏めた。
【0071】
(実施例2)
凝固浴液の温度を40℃とした以外は実施例1と同様とした。
【0072】
(実施例3)
凝固浴液中のジメチルスルホキシドを30質量%(凝固浴濃度30質量%)とした以外は実施例1と同様とした。
【0073】
(実施例4)
凝固浴液中のジメチルスルホキシドを30質量%(凝固浴濃度30質量%)とし、凝固浴液の温度を40℃とした以外は実施例1と同様とした。
【0074】
(実施例5)
凝固浴液中のジメチルスルホキシドを70質量%(凝固浴濃度70質量%)とした以外は実施例1と同様とした。
【0075】
(実施例6)
凝固浴液の温度を15℃とした以外は実施例1と同様とした。
【0076】
(実施例7)
原糸繊度を0.95dtexに変更した以外は実施例1と同様とした。
【0077】
(比較例1)
凝固浴液の温度を70℃とした以外は実施例1と同様とした。
【0078】
(比較例2)
凝固浴液中のジメチルスルホキシドを30質量%(凝固浴濃度30質量%)とし、凝固浴液の温度を70℃とした以外は実施例1と同様とした。
【0079】
(比較例3)
凝固浴液中のジメチルスルホキシドを75質量%(凝固浴濃度75質量%)とした以外は実施例1と同様とした。
【0080】
(比較例4)
凝固浴液中のジメチルスルホキシドを75質量%(凝固浴濃度75質量%)とし、凝固浴液の温度を40℃とした以外は実施例1と同様とした。
【0081】
(比較例5)
浴延伸倍率を4.5倍にし、スチーム中での延伸倍率を2.7倍にした以外は比較例1と同様とした。
【0082】
(比較例6)
原糸繊度を0.80dtexに変更した以外は実施例1と同様とした。
【0083】
【表1】
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、製糸工程の凝固条件と延伸条件の制御により、炭素繊維の表層ボイドの縮小と炭素繊維の表面凹凸の平滑化をし、優れた炭素繊維のストランド引張強度とコンポジットとしての強度利用率の向上を同時に満足する炭素繊維を製造することができる。本発明で得られる炭素繊維束は、かかる特徴を活かし、航空機・自動車・船舶部材や、ゴルフシャフトや釣竿等のスポーツ用途および圧力容器などの一般産業用途に好適に用いられる。