(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024119837
(43)【公開日】2024-09-03
(54)【発明の名称】摺動部材および摺動部材を製造する方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/20 20060101AFI20240827BHJP
F16C 17/02 20060101ALI20240827BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20240827BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20240827BHJP
C22C 9/02 20060101ALI20240827BHJP
C22C 9/06 20060101ALI20240827BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20240827BHJP
B22F 7/00 20060101ALI20240827BHJP
B22F 7/04 20060101ALI20240827BHJP
【FI】
F16C33/20 Z
F16C17/02 Z
F16C33/20 A
F16C33/14 A
C22C9/00
C22C9/02
C22C9/06
B22F1/00 L
B22F7/00 B
B22F7/04 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024082627
(22)【出願日】2024-05-21
(62)【分割の表示】P 2023026107の分割
【原出願日】2023-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】000199197
【氏名又は名称】千住金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】230117802
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100184181
【弁理士】
【氏名又は名称】野本 裕史
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 直樹
(72)【発明者】
【氏名】庭田 旭日
(72)【発明者】
【氏名】野口 尚一
(72)【発明者】
【氏名】関根 重行
(72)【発明者】
【氏名】高橋 秀明
(72)【発明者】
【氏名】川又 勇司
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 良一
【テーマコード(参考)】
3J011
4K018
【Fターム(参考)】
3J011AA20
3J011BA02
3J011DA01
3J011KA02
3J011LA01
3J011MA02
3J011QA03
3J011QA05
3J011SA02
3J011SA03
3J011SB03
3J011SB05
3J011SB15
3J011SB19
3J011SB20
3J011SC02
3J011SC04
3J011SC20
3J011SE05
3J011SE06
4K018AA03
4K018BA02
4K018BB04
4K018CA44
4K018JA25
4K018KA02
4K018KA22
(57)【要約】
【課題】高速回転領域での耐摩耗性および耐焼付性に優れた摺動部材を提供する。
【解決手段】摺動部材は、円筒状の金属基材と、前記金属基材の内周面に形成される継目のない多孔質層と、前記多孔質層を被覆する摺動層を備え、前記多孔質層は、金属単体または合金組成物で形成され、前記摺動層は、樹脂組成物で形成される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状の金属基材と、
前記金属基材の内周面に形成される継目のない多孔質層と、
前記多孔質層を被覆する摺動層を備え、
前記多孔質層は、金属単体または合金組成物で形成され、
前記摺動層は、樹脂組成物で形成され、
前記金属基材は、周方向に分断する継目を有し、前記金属基材の材質は、低炭素鋼または銅メッキ鋼板である
ことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記摺動層の内径真円度が50μm以下である
ことを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記摺動層中には、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末が分散されている
ことを特徴とする請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記摺動層中には、MoS2粉末と、ラーベス相を含まない青銅粉末のうちの少なくとも1つ以上がさらに分散されている
ことを特徴とする請求項3に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記樹脂組成物は、硫化銅、熱可塑性樹脂、二硫化モリブデン、黒鉛、アラミド繊維、残部がフッ素樹脂からなり、前記硫化銅を3質量%超40質量%未満、前記熱可塑性樹脂を0質量%以上4質量%未満、前記二硫化モリブデンを0質量%以上36質量%以下、前記黒鉛を0質量%以上10質量%以下、前記アラミド繊維を0質量%以上10質量%以下で含み、残部が前記フッ素樹脂である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記多孔質層は、
CuおよびSnを含むマトリックス相と、
前記マトリックス相中に分散している硬質粒子であって、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子と、を有する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項7】
前記多孔質層は、
前記マトリックス相中に分散している化合物相であって、Co、Fe、Ni、SiおよびCrを含む化合物相をさらに有する
ことを特徴とする請求項6に記載の摺動部材。
【請求項8】
前記多孔質層の厚みと前記摺動層の厚みの比率は、6:4~8:2である、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項9】
円筒状の金属基材と、
前記金属基材の内周面に形成される継目のない多孔質層と、
前記多孔質層を被覆する摺動層を備え、
前記多孔質層は、金属単体または合金組成物で形成され、
前記摺動層は、樹脂組成物で形成され、
前記金属基材は、周方向に分断する継目を有し、前記金属基材の材質は、低炭素鋼または銅メッキ鋼板である
ことを特徴とする軸受。
【請求項10】
摺動面に継目のない摺動部材を製造する方法であって、
円筒状の金属基材の内側に円柱状または円筒状の治具を配置し、前記金属基材の内周面と前記治具の外周面との間の隙間に多孔質層の原料粉末を充填するステップと、
前記原料粉末を焼結させることで、前記金属基材の内周面に、金属単体または合金組成物からなる継目のない多孔質層を形成するステップと、
前記多孔質層の表面に摺動層の原料樹脂を含浸させるステップと、
前記原料樹脂を焼成させることで、前記多孔質層を被覆する、樹脂組成物からなる摺動層を形成するステップと、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項11】
前記金属基材の外周面をダイスにより拘束しつつ前記摺動層の内側に円柱状の芯金を押し込むことにより、前記摺動層の内周面をバニシ仕上げして内径真円度を50μm以下にするステップ、
をさらに含むことを特徴とする請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記原料粉末を充填する工程では、前記治具を回転させながら、および/または、前記治具に超音波振動を加えながら、前記隙間に前記原料粉末を充填する、
ことを特徴とする請求項10または11に記載の方法。
【請求項13】
前記原料粉末を焼結する工程では、前記金属基材を前記治具ごと加熱炉に入れて前記原料粉末を焼結させる、
ことを特徴とする請求項10または11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材および摺動部材を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、エネルギー効率やCO2排出量の観点から、従来のエンジンを動力とする自動車
から、バッテリーとモータを動力とする電気自動車(Electric Vehicle;EV)などへの置き換えが進められている。モータの出力は回転数とトルクに依存し、回転数を高めることでトルクを抑えて体積を小さくできるため、部品の小型軽量化や省動力化に対してモータの高回転化は欠かせない。また、自動車の快適性を支えるカーエアコンに対しても、駆動モータ内蔵の電動コンプレッサへの小型軽量化のニーズはますます強くなっている。
【0003】
国内自動車メーカーなどが集まる自動車用動力伝達技術研究組合(TRAMI)は、内燃機関から電気自動車(EV)用モータやその関連技術に研究の軸足を移すと公表している。現在のEV用モータの回転数は13,000rpm前後が主流であるが、近い将来に20,000rpm以上になるとの予測があり、30,000~50,000rpmの超高回転を見据えた研究が推進されている。なかでもEVの駆動用モータや電動コンプレッサには、小型軽量化と高出力化を両立するために高速回転化への対応が求められている。
【0004】
モータやコンプレッサなどの主軸を支持する回転機械には、その回転体を支える軸受やシールなどの要素部が重要な役割を果たしている。これら機械要素は、稼働時間の経過とともにその摺動面が劣化し、摩擦係数の増大や摩耗が発生する。すると、発熱によって温度上昇が生じ、回転機械のいろいろな部分で劣化が始まり、最後には機械としての機能を満足できなくなり寿命に至る。また、モータの高回転化に伴って生じる摩擦や発熱により、回転軸を支えている軸受の隙間にあるはずの油が流出したり、隙間に異物が混入したりすると、摺動面の温度や振動が異常に高くなり、摺動材料の表面が溶けだして焼付に至る。このように、機械部品の性能低下や故障は摩擦や摩耗が主要原因である場合が多い。特に、コンプレッサで使用されるすべり軸受への潤滑には、封入されている冷媒と冷凍機油を用いるが、潤滑状態はコンプレッサの使用条件によって大きく変化し、液化した冷媒のみの場合やドライに近い場合など厳しい潤滑状態が想定される。
【0005】
したがって、駆動系の高回転化や軸の偏芯などによって油膜の形成し難い境界潤滑の使用環境においては、耐摩耗性や耐焼付性に優れたすべり軸受が必要とされる。さらに、軸と軸受の隙間、軸と接触する軸受内径面の形状や合わせ目(継目)部の突起の有無など、軸受の寸法精度が機械寿命に対して大きく依存するため、すべり軸受には高精度な組付け精度も要求される。
【0006】
また、コンプレッサで使用されるすべり軸受に対しては、フロン規制や地球温暖化対策に伴う新冷媒への切り替えにより、軸受周辺の使用環境が厳しくなるため、さらなる高性能な軸受が要求される。
【0007】
特許文献1では、自動車部品等の高速回転を要求される箇所において、転がり軸受を使用することが提案されている。しかしながら、転がり軸受は、すべり軸受に比べて寿命が短いため、高速回転下でも使用できる、より長寿命のすべり軸受が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上のような点を考慮してなされたものである。本発明の目的は、高速回転領域での耐摩耗性および耐焼付性に優れた摺動部材および摺動部材を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様に係る摺動部材は、
円筒状の金属基材と、
前記金属基材の内周面に形成される継目のない多孔質層と、
前記多孔質層を被覆する摺動層を備え、
前記多孔質層は、金属単体または合金組成物で形成され、
前記摺動層は、樹脂組成物で形成される。
【0011】
このような態様によれば、多孔質層に継目がないため、多孔質層を被覆する摺動層にも継目が現れず、継目での摩擦が低減するとともに、摩擦による発熱が低減する。これにより、高速回転領域での耐摩耗性および耐焼付性を向上でき、軸受としての性能自体も向上する。
また、多孔質層に継目がないため、多孔質層を被覆する摺動層にも継目が現れず、継目での摩擦時に発生するトルクが低減する。これにより、消費電力の低減に貢献し、エネルギーロスを削減する。したがって、カーボンニュートラルに貢献できる。
また、EVモータや電動コンプレッサ等の高回転環境下で使用される軸受について、従来の転がり軸受から本実施形態に係る摺動部材に置き換えることが可能となり、これにより、小型軽量化につながる。
さらに、摺動面に継目のある従来の摺動部材をモータやコンプレッサに適用する際には、内径切削工程(すなわち、継目部分での内面の面合わせ)が必要であったが、本実施形態に係る摺動部材であれば、多孔質層に継目がないため、多孔質層を被覆する摺動層にも継目が現れず、内径切削工程を削減できる。また、当該工程を削減することで、切削時に発生する産業廃棄物(樹脂組成物に含まれるカーボン)の発生を抑制できるため、カーボンニュートラルに貢献できる。
【0012】
本発明の第2の態様に係る摺動部材は、第1の態様に係る摺動部材であって、
前記摺動層の内径真円度が50μm以下である。
【0013】
このような態様によれば、摺動層の内周面での摩擦がより低減するため、さらなる摩耗および発熱の低減を実現できる。
【0014】
本発明の第3の態様に係る摺動部材は、第1または2の態様に係る摺動部材であって、
前記摺動層中には、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末が分散されている。
【0015】
本発明の第4の態様に係る摺動部材は、第3の態様に係る摺動部材であって、
前記摺動層中には、MoS2粉末と、ラーベス相を含まない青銅粉末のうちの少なくと
も1つ以上がさらに分散されている。
【0016】
本発明の第5の態様に係る摺動部材は、第1または2の態様に係る摺動部材であって、
前記樹脂組成物は、硫化銅、熱可塑性樹脂、二硫化モリブデン、黒鉛、アラミド繊維、残部がフッ素樹脂からなり、前記硫化銅を3質量%超40質量%未満、前記熱可塑性樹脂
を0質量%以上4質量%未満、前記二硫化モリブデンを0質量%以上36質量%以下、前記黒鉛を0質量%以上10質量%以下、前記アラミド繊維を0質量%以上10質量%以下で含み、残部が前記フッ素樹脂である。
【0017】
本発明の第6の態様に係る摺動部材は、第1~5のいずれかの態様に係る摺動部材であって、
前記多孔質層は、
CuおよびSnを含むマトリックス相と、
前記マトリックス相中に分散している硬質粒子であって、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子と、を有する。
【0018】
本発明の第7の態様に係る摺動部材は、第6の態様に係る摺動部材であって、
前記多孔質層は、
前記マトリックス相中に分散している化合物相であって、Co、Fe、Ni、SiおよびCrを含む化合物相をさらに有する。
【0019】
本発明の第8の態様に係る摺動部材は、第1~7のいずれかの態様に係る摺動部材であって、
前記多孔質層の厚みと前記摺動層の厚みの比率は、6:4~8:2である。
【0020】
本発明の第9の態様に係る摺動部材は、第1~8のいずれかの態様に係る摺動部材であって、
前記金属基材にも継目がない。
【0021】
本発明の第10の態様に係る摺動部材は、第1~8のいずれかの態様に係る摺動部材であって、
前記金属基材は継目を有する。
【0022】
このような態様によれば、継目のない金属基材を用いる場合に比べて、製造原価を下げることができる。
【0023】
本発明の第11の態様に係る軸受は、
継目のない円筒状の金属基材と、
前記金属基材の内周面に形成される多孔質層と、
前記多孔質層を被覆する摺動層を備え、
前記多孔質層は、金属単体または合金組成物で形成され、
前記摺動層は、樹脂組成物で形成される。
【0024】
本発明の第12の態様に係る摺動部材を製造する方法は、
摺動面に継目のない摺動部材を製造する方法であって、
円筒状の金属基材の内側に円柱状または円筒状の治具を配置し、前記金属基材の内周面と前記治具の外周面との間の隙間に多孔質層の原料粉末を充填するステップと、
前記原料粉末を焼結させることで、前記金属基材の内周面に、金属単体または合金組成物からなる継目のない多孔質層を形成するステップと、
前記多孔質層の表面に摺動層の原料樹脂を含浸させるステップと、
前記原料樹脂を焼成させることで、前記多孔質層を被覆する、樹脂組成物からなる摺動層を形成するステップと、
を含む。
【0025】
本発明の第13の態様に係る方法は、第12の態様に係る方法であって、
前記金属基材の外周面をダイスにより拘束しつつ前記摺動層の内側に円柱状の芯金を押し込むことにより、前記摺動層の内周面をバニシ仕上げ(burnishing)して内径真円度を50μm以下にするステップ、
をさらに含む。
【0026】
本発明の第14の態様に係る方法は、第12または13の態様に係る方法であって、
前記原料粉末を充填する工程では、前記治具を回転させながら、および/または、前記治具に超音波振動を加えながら、前記隙間に前記原料粉末を充填する。
【0027】
本発明の第15の態様に係る方法は、第12~14のいずれかの態様に係る方法であって、
前記原料粉末を焼結する工程では、前記金属基材を前記治具ごと加熱炉に入れて前記原料粉末を焼結させる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、高速回転領域での耐摩耗性および耐焼付性に優れた摺動部材および摺動部材を製造する方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】
図1は、一実施の形態に係る摺動部材の概略構成を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、一実施の形態に係る摺動部材の外観を示す写真画像である。
【
図3】
図3は、一実施の形態に係る摺動部材の断面組織の反射電子組成像である。
【
図4】
図4は、一実施の形態に係る摺動部材を製造する方法の一例を示すフロー図である。
【
図5】
図5は、原料粉末の充填工程を説明するための図である。
【
図6A】
図6Aは、原料粉末の充填工程で用いられる治具の形状を説明するための図である。
【
図6B】
図6Bは、金属基材が継目を有する場合の原料粉末の充填工程を説明するための図である。
【
図7】
図7は、原料樹脂の含浸工程を説明するための図である。
【
図8】
図8は、バニシ仕上げ工程を説明するための図である。
【
図9】
図9は、比較のための一例としての製造方法を説明するための図である。
【
図10】
図10は、比較のための別の一例としての製造方法を説明するための図である。
【
図11】
図11は、高速回転摩耗試験機の概略構成を示す図である。
【
図12】
図12は、実施例1~4および比較例に係る摺動部材の組成等をまとめて示すテーブルである。
【
図13】
図13は、実施例1、5および比較例に係る摺動部材について、高速回転摩耗試験で計測された軸回転数に対する摩耗量の変化を示すグラフである。
【
図14】
図14は、実施例1および比較例に係る摺動部材について、高速回転摩耗試験で計測された軸回転数に対する軸受背面温度上昇率の変化を示すグラフである。
【
図15】
図15は、実施例1および比較例に係る摺動部材について、高速回転摩耗試験で計測された背面温度の時間変化を示すグラフである。
【
図16】
図16は、実施例1、5および比較例に係る摺動部材について、高速回転摩耗試験で計測された消費電力の時間変化を示すグラフである。
【
図17】
図17は、実施例1および実施例2に係る摺動部材について、高速回転摩耗試験で計測された軸回転数に対する摩耗量の変化を示すグラフである。
【
図18】
図18は、実施例1および実施例2に係る摺動部材について、高速回転摩耗試験で計測された軸回転数に対する軸受背面温度上昇率の変化を示すグラフである。
【
図19】
図19は、実施例3および実施例4に係る摺動部材について、高速回転摩耗試験で計測された軸回転数に対する摩耗量の変化を示すグラフである。
【
図20】
図20は、実施例3および実施例4に係る摺動部材について、高速回転摩耗試験で計測された軸回転数に対する軸受背面温度上昇率の変化を示すグラフである。
【
図21】
図21は、実施例1および実施例2に係る摺動部材の内径真円度を示すグラフである。
【
図22】
図22は、実施例3および実施例4に係る摺動部材の内径真円度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に、添付の図面を参照して、本発明の実施の形態を詳細に説明する。なお、本明細書において、組成に関する「%」は、特に指定しない限り「質量%」である。また、本明細書において、「○○~△△」(○○、△△はいずれも数字)は、特に指定しない限り「○○以上△△以下」を意味する。また、本明細書において、「主成分」とは、組成物全体に対して50質量%以上含まれている成分をいう。また、本明細書において、「硬質粒子粉末」とは、焼結前の混合粉末中の粉末または摺動層の樹脂組成物中に分散している粉末をいい、「硬質粒子」とは、焼結後の多孔質層中の粒子をいう。後述するように、焼結時に硬質粒子粉末に含まれるCuとSnがマトリックス相中にある程度移動するため、多孔質層中の硬質粒子の含有量は、混合粉末中の硬質粒子粉末の配合量から変動し、硬質粒子中の各構成元素の含有量は、硬質粒子粉末中の各構成元素の含有量とは異なるものとなる(硬質粒子は、化学成分のうちSnとCuの含有率が硬質粒子粉末に比べてある程度下がった組成の粒子である)。
【0031】
<摺動部材の構成>
図1は、一実施の形態に係る摺動部材10の概略構成を示す斜視図であり、
図2は、摺動部材10の外観を示す写真画像であり、
図3は、摺動部材10の断面組織の反射電子組成像である。
図3では、紙面上側が摺動部材10の内周側、紙面下側が摺動部材10の外周側に対応している。
【0032】
図1~
図3に示すように、摺動部材10は、たとえばすべり軸受であり、円筒状の金属基材11と、金属基材11の内周面に形成される、金属単体または合金組成物で形成される継目のない多孔質層12と、多孔質層12を被覆する、樹脂組成物で形成される摺動層13と、を備えている。
【0033】
図1に示すように、すべり軸受としての摺動部材10は、円筒状の内周面を形成する摺動層13にて被摺動物である軸20を支持するようになっている。摺動層13の内径真円度は50μm以下であってもよく、20μm以下であってもよい。この場合、摺動層13の内周面での摩擦が低減するため、さらなる摩耗および発熱の低減を実現できる。
【0034】
摺動部材10は、軸20が回転運動する形態、あるいは直線運動する形態のいずれであっても適用可能である。摺動部材10は、たとえば、自動車等のショックアブソーバ等、直線運動する形態で油が用いられる摺動部に使用されてもよい。また、摺動部材10は、歯車状の部材が回転することで、油を送出するギアポンプ等、回転運動する形態で油が用いられる摺動部に使用されてもよい。以下、摺動部材10の各構成要素について詳細に説明する。
【0035】
図1及び
図2に示すように、金属基材11は、円筒形状を有している。一例として、
図2に示すように、金属基材11には継目がなくてもよい。継目のない円筒形状の金属基材11それ自体は公知であり、旋盤加工等の既存の手法にて製造され得る。別例として、
図6Bに示すように、金属基材11は継目を有していてもよい。この場合、継目のない金属基材11を用いる場合に比べて、摺動部材10の製造原価を下げることができる。継目を
有する円筒形の金属基材11は、たとえば金属板材を環状に巻くことで製造され得る。金属基材11の材質は、軸受の裏金母材として利用できる程度の強度および形状安定性を有するものであれば、特に限定されないが、たとえば、低炭素鋼(SPCC,SS400など)であってもよいし、Fe系の板材にCuがめっきされた銅メッキ鋼板であってもよい。
【0036】
多孔質層12は、継目のない円筒形状を有しており、金属基材11の表面に、金属粉末(後述する混合粉末、または噴霧時に混合粉末を合金化させた合金粉末)が焼結されて形成されている。多孔質層12の厚さは、金属粉末が少なくとも2個以上重なって焼結され得る厚さであってもよく、たとえば0.5mm以下であってもよい。
【0037】
摺動層13は、多孔質層12に樹脂組成物が所定の厚さで含浸され、多孔質層12に含浸された樹脂組成物が焼成されて形成される。多孔質層12の継目がないため、多孔質層12を被覆する摺動層13にも継目は現れない。摺動層13の厚さ(金属基材11の表面からの厚さ)は、多孔質層12が露出しないように、多孔質層12の厚さより平均して厚く設定されてもよい。多孔質層12の厚みと摺動層13の厚みの比率は、6:4~8:2であってもよく、たとえば7:3であってもよい。
【0038】
摺動層13の樹脂組成物は、主成分としてフッ素樹脂を含む。樹脂組成物のベース樹脂となるフッ素樹脂としては、たとえばPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、PFA(パーフルオロアルコキシアルカン)、FEP(パーフルオロエチレンプリペンコポリマー)、EFFE(エチレンテトラフルオロエチレンコポリマー)などが用いられてもよい。
【0039】
樹脂組成物は、フッ素樹脂としてPTFEを主成分として含み、PTFE以外のPFA等の他のフッ素樹脂を任意の添加物として含んでもよい。任意の成分として含まれる他のフッ素樹脂の含有量は、樹脂組成物中0vol%以上20vol%以下であってもよい。
【0040】
PTFE樹脂の市販品としては、ポリフロン(登録商標) D-210C、F-201(ダイキン
工業社製)、Fluon(登録商標) AD911D(旭硝子社製)、テフロン(登録商標) 31JR、6C-J(三井・デュポンフロロケミカル社製)などを挙げることができる。
【0041】
図3に示すように、摺動層13の樹脂組成物中には、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末13aが分散されていてもよい。ここで、ラーベス相とは、原子半径比が1.2:1付近となるA元素とB元素からなるAB
2型を基本と
した金属間化合物であり、MgZn
2(C14)型、MgCu
2(C15)型、MgNi
2
(C36)型の3種の構造がある。Co、MoおよびSiの組成(より詳しくは、Co
3
Mo
2Si)で構成されるラーベス相は、A元素をMo、B元素をCoとし、Coの25
at%をSiに置換したラーベス相であり、六方晶構造を有するMgZn
2型である。C
o
3Mo
2Siで構成されるラーベス相のビッカース硬さは、Hv1000~1200である。摺動層13中に分散している硬質粒子粉末13aは、摺動層13を形成する樹脂組成物よりも高い荷重を受けると考えられるが、Co、MoおよびSiの組成で構成される硬いラーベス相が摩擦面に析出して負荷を支えることで、摺動層13の摩耗低減に有利に作用し得る。
【0042】
また、ラーベス相中のMoと潤滑油中のSによって摩擦面にMoS2の硫化被膜が形成
され得る。MoS2は、鉛の固体潤滑性を代替させ摩擦特性の向上に寄与する硫化物とし
て知られている材料であり、モリブデン間、モリブデンと硫黄間の結合に比べて、硫黄間の結合が弱いため、摩擦が起こると選択的に硫黄間の結合が切れることによって潤滑が起
こり、摩耗の抑制に有効に作用し得る。また、ラーベス相中のMoの摺動中の酸化によって摩擦面に生じるMo酸化物も潤滑効果を発揮して摩耗の抑制に有効に作用し得る。
【0043】
摺動層13の樹脂組成物中には、二硫化モリブデン(MoS2)粉末と、ラーベス相を
含まない青銅粉末のうちの少なくとも1つ以上がさらに分散されていてもよい。上述したように、MoS2は、鉛の固体潤滑性を代替させ摩擦特性の向上に寄与する硫化物として
知られている材料であり、モリブデン間、モリブデンと硫黄間の結合に比べて、硫黄間の結合が弱いため、摩擦が起こると選択的に硫黄間の結合が切れることによって潤滑が起こり、摩耗の抑制に有効に作用し得る。
【0044】
一変形例として、摺動層13の樹脂組成物は、硫化銅(CuS)、熱可塑性樹脂、二硫化モリブデン(MoS2)、黒鉛、アラミド繊維、残部がフッ素樹脂から構成されていて
もよい(但し、樹脂組成物はリン酸リチウムを含まない)。この場合、樹脂組成物は、硫化銅を3質量%超40質量%未満、熱可塑性樹脂を0質量%以上4質量%未満、二硫化モリブデンを0質量%以上36質量%以下、黒鉛を0質量%以上10質量%以下、アラミド繊維を0質量%以上10質量%以下で含み、残部がフッ素樹脂であってもよい。
【0045】
摺動層13を形成する樹脂組成物に、金属硫化物として硫化銅を含むことで、摺動層5の放熱特性が向上する。これにより、被摺動物の摺動による摺動層5の温度上昇が抑制され、温度上昇に伴う摺動層5の変形が抑制される。
【0046】
また、摺動層13を形成する樹脂組成物に硫化銅を含むことで、摺動層13の強度が向上する。摺動層を形成する樹脂組成部に炭素繊維のフィラーを含むことで、樹脂層の強度が向上することが知られている。これに対し、樹脂組成物に硫化銅を含むことで、炭素繊維のフィラーを含まなくとも、炭素繊維のフィラーを含む場合と同様に強度が向上する。摺動層13の強度が向上することでも、被摺動物の摺動による摺動層5の変形が抑制される。
【0047】
摺動層13の変形量が大きくなると、変形量が少ない場合と比較して摩耗量が増加する。このため、摺動層13の変形が抑制されることで、摺動層13の摩耗が抑制され、耐摩耗特性が向上する。また、摺動層13の強度が向上することでも、摩耗が抑制される。そして、摺動層13の摩耗が抑制されることで、多孔質層12の露出が抑制され、多孔質層12と被摺動物が直接接して焼き付き等の要因となるドライタッチを抑制することができ、耐焼付性が向上する。
【0048】
硫化銅は、硫化第一銅(Cu2S)と硫化第二銅(CuS)が知られている。硫化第一
銅(Cu2S)は、1000℃以上でも安定している。これに対し、硫化第二銅(CuS
)は、200℃近傍で硫化第一銅(Cu2S)に変化する。樹脂としてポリテトラフルオ
ロエチレンが使用される場合、摺動層13を焼成する工程では、樹脂組成物4が327℃を超える温度で加熱される。このため、樹脂組成物に硫化第二銅(CuS)が含まれる場合、摺動層13を焼成する工程で、硫化第二銅(CuS)が硫化第一銅(Cu2S)に変
化する。
【0049】
これにより、製造された結果物である摺動部材10の摺動層13には、硫化第一銅(Cu2S)が含まれる。但し、硫化銅の原料としては、硫化第一銅(Cu2S)を使用しても良いし、硫化第二銅(CuS)を使用しても良いが、加工性から硫化第二銅(CuS)を使用することが好ましい。
【0050】
摺動層13を形成する樹脂組成物に、金属硫化物として更に二硫化モリブデンを含むことで、摺動層5と接して摺動する被摺動物に対する摺動特性が向上する。また、樹脂組成
物4に黒鉛を含むことでも摺動特性が向上する。これにより、鉛(Pb)を含まない構成で、Pbを含む摺動部材と同程度の摺動特性が得られる。以下、一変形例に係る摺動層13の樹脂組成物について詳細に説明する。
【0051】
[硫化銅:3質量%超40質量%未満]
摺動層13を形成する樹脂組成物は、放熱特性及び強度を向上させるため、硫化銅を8質量%超40質量%未満で含むことが好ましい。硫化銅の添加量は、3質量%以下及び40質量%以上であれば放熱特性が悪化し、耐摩耗特性を阻害するようになる。なお、市販品としては、寺田薬泉工業社製の硫化第二銅(CuS)、関東化学社製の硫化第二銅(CuS)、高純度化学研究所社製の硫化第一銅(Cu2S)等を挙げることができる。
【0052】
[可塑性樹脂:0質量%以上4質量%以下]
一変形例に係る摺動層13の樹脂組成物において、熱可塑性樹脂は必須の添加剤ではないが、添加する場合は、フッ素樹脂の欠点である耐摩耗性、耐クリープ特性が改善できるので添加することが好ましい。
【0053】
熱可塑性樹脂を添加する場合、4質量%を超えるとフッ素樹脂の低摩擦特性を阻害するようになる。なお、熱可塑性樹脂としてのPPS樹脂の市販品としては、DIC社製のPQ-208、クレハ社製のフォートロン(登録商標) KPS等を挙げることができる。
【0054】
[黒鉛:0質量%以上10質量%以下]
一変形例に係る摺動層13の樹脂組成物において、黒鉛は必須の添加剤ではないが、低摩擦特性と耐摩耗特性に寄与することが期待できる。更に、耐キャビテーション性に優れ、潤滑油存在下でのキャビテーションによる樹脂被膜の壊食を防止できることが期待できる。黒鉛を添加する場合、10質量%を超えると低摩擦特性を阻害するようになる。なお、市販品としては、日本黒鉛工業社製のUCP、CPB、オリエンタル産業社製のATシリーズ等を挙げることができる。
【0055】
[硫化モリブデン:0質量%以上36質量%以下]
一変形例に係る摺動層13の樹脂組成物において、二硫化モリブデン(MoS2)は必
須の添加剤ではないが、添加することにより摩擦抵抗を低下させることが出来る。
【0056】
二硫化モリブデンの添加量は、36質量%を超えると多孔質層への含浸工程で含浸性が悪くなる。なお、市販品としては、太陽鉱工社製のH/GMoS2、ダイゾー社製の二硫
化モリブデンパウダーシリーズ等を挙げることができる。
【0057】
[アラミド繊維:0質量%以上10質量%以下]
一変形例に係る摺動層13の樹脂組成物において、アラミド繊維は必須の添加剤ではないが、機械的強度を得るために添加する。アラミド繊維を添加する場合、10質量%以上添加すると、均一な分散を阻害するようになるので、その結果、耐摩耗特性が低下する。なお、市販品としては、東レ・デュポン社製のケブラー(登録商標),帝人のトワロン(
登録商標)等を挙げることができる。
【0058】
別の一変形例として、摺動層13の樹脂組成物は、亜鉛化合物(ZnS(硫化亜鉛)、ZnO(酸化亜鉛)、ZnSO4(硫酸亜鉛など)、炭素繊維、酸化鉄、硫酸バリウム、
アラミド繊維、黒鉛、カルシウム化合物(CaCO3(炭酸カルシウム)、CaSO4(硫酸カルシウム)、Ca(OH)2(水酸化カルシウム)など)、亜鉛、亜鉛合金のいずれ
か、または複数種を、任意の添加物として含んでいてもよい。樹脂組成物が亜鉛化合物を含むことで、弾性率の向上により摺動層13の変形が抑制され、外力により摺動層13が変形して接触面積が増減することが抑制され得る。また、樹脂組成物が炭素繊維を含むこ
とで、動摩擦力の値、および静摩擦力と動摩擦力の変化を改善し、摺動特性を改善することができる。樹脂組成物が酸化鉄を含むことで、耐摩耗性の向上に加え、弾性率を向上させることができる。樹脂組成物が硫酸バリウムまたはアラミド繊維を含むことで、亜鉛化合物の添加により弾性率を改善することを阻害することなく、耐摩耗性を高くすることができる。樹脂組成物が黒鉛を含むことで、亜鉛化合物の添加により弾性率を改善することを阻害することなく、摩擦抵抗を低下させることができる。樹脂組成物がカルシウム化合物、亜鉛または亜鉛合金を含むことで、亜鉛化合物の添加により弾性率を改善することを阻害することなく、耐摩耗性を改善させることができる。
【0059】
一変形として、多孔質層12は、CuおよびSnを含むマトリックス相と、マトリックス相中に分散している硬質粒子とを有していてもよい。多孔質層12は、混合粉末を噴霧時に合金化させた合金粉末が焼結されて形成されたものであってもよい。合金粉末にされることで、粉末の焼結が促進してネックが形成され、粉末同士が十分に接合され得る。また、合金粉末にされることで、硬質粒子が微細化され、マトリックス相中に一様に分散される。なお、上述した摺動層13中に硬質粒子粉末13aが分散されている場合には、多孔質層13は硬質粒子を含んでいなくてもよい。
【0060】
マトリックス相は、主成分としてCuを含み、さらにSnを含む青銅系合金である。マトリックス相は、Cu、SnおよびNiの固溶体で構成されていてもよい。
【0061】
マトリックス相の結晶粒界にはBi粒子が分布していてもよい。この場合、摺動層4が摩耗して多孔質層3の一部が露出される摩擦面においてBiが従来の鉛青銅のPbと同様の自己潤滑作用を発現し、摩擦する二面間の間で潤滑剤として働くことで、摩擦低減を図ることができる。
【0062】
硬質粒子は、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含んでいてもよい。摺動層13が摩耗して多孔質層12の一部が露出される際に、マトリックス相の中に分散している硬質粒子は、マトリックス相となる軟質な青銅よりも高い荷重を受けると考えられるが、Co、MoおよびSiの組成で構成される硬いラーベス相が摩擦面に析出して負荷を支えることで、多孔質層12の摩耗低減に有利に作用し得る。また、ラーベス相中のMoと潤滑油中のSによって摩擦面にMoS2の硫化被膜が形成され得る。MoS2は、鉛の固体潤滑性を代替させ摩擦特性の向上に寄与する硫化物として知られている材料であり、モリブデン間、モリブデンと硫黄間の結合に比べて、硫黄間の結合が弱いため、摩擦が起こると選択的に硫黄間の結合が切れることによって潤滑が起こり、摩耗の抑制に有効に作用し得る。また、ラーベス相中のMoの摺動中の酸化によって摩擦面に生じるMo酸化物も潤滑効果を発揮して摩耗の抑制に有効に作用し得る。
【0063】
多孔質層12が硬質粒子を含んでいる場合には、多孔質層12全体を100質量%とした時に、硬質粒子の含有率は、たとえば40質量%以下であってもよい。多孔質層12全体を100質量%とした時に、硬質粒子の含有量は、たとえば0.1質量%以上であってもよい。硬質粒子の含有量が0.1質量%以上であれば、上述したような多孔質層12の摩耗低減の効果が得られる。また、多孔質層12全体を100質量%とした時に、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相の含有率は、たとえば0.1~20質量%であってもよい。上述した摺動層13中に硬質粒子粉末13aが分散されており、多孔質層12が硬質粒子を含んでいない場合には、多孔質層12全体を100質量%とした時に、CuおよびSnの含有率の合計は、99.9%以上であってもよい。
【0064】
多孔質層3は、マトリックス相中に分散している化合物相をさらに有していてもよい。化合物相は、Co、Fe、Ni、SiおよびCrを含んでいてもよい。マトリックス相の中に化合物相が形成されることで、マトリックス相の硬度を高めることができ、耐焼付性
の向上に有利に作用し得る。
【0065】
本実施の形態に係る摺動部材10として、(1)多孔質層12に硬質粒子が含まれるが、摺動層13には硬質粒子粉末13aが含まれない態様、(2)多孔質層12には硬質粒子が含まれないが、摺動層13に硬質粒子粉末13aが含まれる態様、(3)多孔質層12に硬質粒子が含まれ、かつ、摺動層13に硬質粒子粉末13aが含まれる態様、(4)多孔質層12に硬質粒子が含まれず、かつ、摺動層13にも硬質粒子粉末13aが含まれない態様の4つがあるが、そのうちの(1)~(3)のいずれの態様おいても、多孔質層12と摺動層13とを合わせた全体(すなわち、摺動部材10全体から金属基材11を除いたもの)を100質量%とした時に、硬質粒子の含有率と硬質粒子粉末13aの含有率との合計は1~20質量%であってもよく、たとえば、15質量%であってもよい。
【0066】
以上のような本実施の形態によれば、摺動部材10の多孔質層12に継目がないため、多孔質層12を被覆する摺動層13にも継目が現れず、継目での摩擦が低減するとともに、摩擦による発熱が低減する。これにより、高速回転領域での耐摩耗性および耐焼付性を向上でき、軸受としての性能自体も向上する。
【0067】
また、本実施の形態によれば、多孔質層12に継目がないため、多孔質層12を被覆する摺動層13にも継目が現れず、継目での摩擦時に発生するトルクが低減する。これにより、消費電力の低減に貢献し、エネルギーロスを削減する。したがって、カーボンニュートラルに貢献できる。
【0068】
また、EVモータや電動コンプレッサ等の高回転環境下で使用される軸受について、従来の転がり軸受から本実施形態に係る摺動部材10に置き換えることが可能となり、これにより、小型軽量化につながる。
【0069】
さらに、摺動面に継目のある従来の摺動部材をモータやコンプレッサに適用する際には、内径切削工程(すなわち、継目部分での内面の面合わせ)が必要であったが、本実施形態に係る摺動部材10であれば、多孔質層12に継目がないため、多孔質層12を被覆する摺動層13にも継目が現れず、内径切削工程を削減できる。また、当該工程を削減することで、切削時に発生する産業廃棄物(樹脂組成物に含まれるカーボン)の発生を抑制できるため、カーボンニュートラルに貢献できる。
【0070】
<摺動部材の製造方法>
次に、
図4を参照し、摺動部材10を製造する方法について説明する。
図4は、摺動部材10を製造する方法の一例を示すフロー図である。
図5は、原料粉末の充填工程を説明するための図であり、
図6Aは、原料粉末の充填工程で用いられる治具31の形状を説明するための図である。
【0071】
図4~
図6Aに示すように、まず、円筒状の金属基材11の内側に円柱状または円筒状の治具31を配置し、金属基材11の内周面と治具31の外周面との間の隙間に多孔質層12の原料粉末を充填する(ステップS10)。
【0072】
図6Aに示す例では、治具31は、円柱状または円筒状の本体31aと、本体の軸方向の端部に設けられた台部31bとを有している。本体31aのうち、台部31b側の端部には、径方向外向きに突出した段部31cが設けられていてもよい。この場合、金属基材11の内側に治具31の本体31aを配置する際に、段部31aの頂部が金属基材11の内周面に当接することで、金属基材11を治具31の本体31aに対して同軸状に位置決めすることが容易である。
【0073】
図6Bは、金属基材11が継目を有する場合の原料粉末の充填工程を説明するための図である。
図6Bに示すように、金属基材11が継目を有する場合には、まず、金属基材11を円筒状のハウジング34の内側に圧入することで、継目(合わせ目)を密着させる。次いで、ハウジング34に圧入された状態の金属基材11の内側に治具31を同軸状に配置し、金属基材11の内周面と治具31の外周面との間の環状の隙間に多孔質層12の原料粉末を充填する。金属基材11の継目(合わせ目)を密着した状態で環状の隙間に原料粉末を充填させることで、焼結される多孔質層12の内周面に段差等の継目が発生しなくなる。
【0074】
図5および
図6Aに示すように、治具31の台部31bには、回転軸32が連結されており、回転軸32に接続されたモータにより治具31を回転させながら、治具31の上から原料粉末を散布することで、金属基材11の内周面と治具31の外周面との間の隙間に多孔質層12の原料粉末を落下させて充填してもよい。これにより、隙間に充填された原料粉末の流動性を高めることができ、充填密度が向上する。
【0075】
図5に示すように、治具31を支持するワーク33には、超音波発信器の加振端子が連結されており、ワーク33を介して治具31に超音波振動を加えながら、治具31の上から原料粉末を散布することで、金属基材11の内周面と治具31の外周面との間の隙間に多孔質層12の原料粉末を落下させて充填してもよい。これによっても、隙間に充填された原料粉末の流動性を高めることができ、充填密度が向上する。
【0076】
原料粉末は、CuおよびSnを含む第1粉末であってもよいし、第1粉末と、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末とを混合した混合粉末であってもよいし、第1粉末および硬質粒子粉末に加えて、さらにCu、Co、Fe、Ni、SiおよびCrを含む第2粉末を混合した混合粉末であってもよい。
【0077】
ここで、第1粉末は、主成分としてCuを含み、さらにSnを含む青銅系合金粉末である。第1粉末は、BiまたはPをさらに含んでいてもよい。第1粉末がBiを含む場合には、後述する原料粉末の焼結時(すなわちステップS11)に、マトリックス相10の中にBi粒子が析出し、Biが従来の鉛青銅のPbと同様の自己潤滑作用を発現するため、低摩擦化を図ることができる。また、第1粉末がPを含む場合には、銅に混入した酸素を除去(脱酸)して水素脆化を抑制することができる。第1粉末の各構成元素の含有量は、Sn:10~11質量%、Cu:残部であってもよい。更にBiを含有する場合は、Bi:7~9質量%、Pを含有する場合は、P:0.02質量%以下が好ましい。原料粉末における第1粉末の配合量は、原料粉末全体の配合量より第1粉末以外の粉末の合計配合量を差し引いた残部の量である。
【0078】
硬質粒子粉末は、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相とCuを含む合金粉末であって、Cu、Si、Fe、Mo、CoおよびCrを含む硬質粒子粉末である。硬質粒子粉末は、Snをさらに含んでいてもよく、たとえば、Snを1質量%以上含んでいてもよい。Snを含まない硬質粒子粉末の固相温度は1450℃近くに達するが、Snを含有させることで、硬質粒子粉末の固相温度を低減させることができ、800℃近くで硬質粒子粉末を裏金母材へ固相焼結させることが可能となる。また、硬質粒子粉末に内包されたSnは、焼結時に第1粉末によるCu-Snマトリックス相側へ固溶し、拡散接合される。Snを介しての粉末収縮により焼結が進行することで、マトリックス相中のSnと硬質粒子粉末に内包されたSnによる固溶強化が発現し得る。硬質粒子粉末中の各構成元素の含有量は、硬質粒子粉末全体を100質量%とした時にCo:14~20質量%、Mo:24~28質量%、Si:3~7質量%、Fe:2~16質量%、Cr:1~10質量%、Cu:残部であってもよい。Snを含む場合には、硬質粒子粉末中の各構成元素の含有量は、硬質粒子粉末全体 を100質量%とした時にCo:14~20質量%、M
o:24~28質量%、Si:3~7質量%、Fe:2~16質量%、Cr:1~10質量%、Sn:1~15質量%、Cu:残部であってもよい。原料粉末全体を100質量%とした時(すなわち摺動層12全体を100質量%とした時)に硬質粒子粉末の配合量は1~40質量%であってもよく、1~3質量%が好ましい。焼結時に硬質粒子粉末よりCuとSnが溶け出すため、摺動層12中の硬質粒子の含有量は、原料粉末中の硬質粒子粉末の配合量から変動する。
【0079】
第2粉末は、主成分としてCuを含み、さらにCo、Fe、Ni、SiおよびCrを含む合金粉末である。第2粉末は、Snをさらに含んでいてもよく、たとえば、Snを1質量%以上含んでいてもよい。Snを含まない第2粉末の固相温度は1240℃近くに達するが、Snを含有させることで、第2粉末の固相温度を低減させることができ、800℃近くで第2粉末を裏金母材へ固相焼結させることが可能となる。Snを含む場合には、第2粉末中の各構成元素の含有量は、第2粉末全体を100質量%とした時にCo:0.6~4.6質量%、Fe:1.6~5.6質量%、Ni:10~14質量%、Si:0.5~4.5質量%、Cr:0.5~1.5質量%、Sn:1~15質量%、Cu:残部であってもよい。原料粉末中に第2粉末を含む場合は、原料粉末全体を100質量%とした時に第2粉末の配合量は2~38質量%であってもよく、10~38質量%が好ましく、17~19質量%がより好ましい。
【0080】
原料粉末全体を100質量%とした時に硬質粒子粉末の配合量は1~40質量%であり、第2粉末の配合量は15~18質量%であってもよい。この場合、優れた剪断加工性を実現できる。
【0081】
第1粉末、硬質粒子粉末および第2粉末はそれぞれ、たとえばガスアトマイズ法による噴霧により製造することできる。ガスアトマイズ法において、溶解の熱源は高周波であってもよく、ルツボ(底部にノズル付)にはジルコニア質を使用してもよい。
【0082】
第1粉末の粒径は、たとえば45μm~180μmであってもよい。硬質粒子粉末の粒径は、53μm以下の微粉であってもよい。第2粉末の粒径は、53μm~150μmであってもよい。ここで「粒径」とは、マイクロトラック・ベル社製 粒子径分布測定装置MT3300EXIIを用いたレーザー回折・散乱法により測定される粒子径分布をいう。この測定方法は、JIS Z3284-2の「4.2.3のレーザー回折式粒度分布測定試験」のうちペーストから粉末を抽出する工程以降の試験手順に準じた測定方法である。
【0083】
噴霧時にアトマイズ処理により混合粉末を合金化させた合金粉末を、治具31の上から散布し、金属基材11の内周面と治具31の外周面との間の隙間に充填してもよい。
【0084】
次に、金属基材11を加熱炉に入れ、原料粉末を800~900℃で焼結させることで、金属基材11の内周面に、金属単体または合金組成物からなる継目がない多孔質層12を形成する(ステップS20)。ステップS20において、治具31と回転軸32とを分離させたのち、金属基材11を治具31ごと加熱炉に入れて原料粉末を焼結させてもよい。継目を有する金属基材11を用いる場合には、金属基材11を治具31およびハウジング34ごと加熱炉に入れて原料粉末を焼結させてもよい。
【0085】
上述したように、Snを含まない硬質粒子粉末、第2粉末の固相温度はそれぞれ1450℃、1240℃近くに達するが、Snを含有させることで、硬質粒子粉末、第2粉末の固相温度を低減させることができ、800℃近くで硬質粒子粉末、第2粉末を金属基材11(裏金母材)へ固相焼結させることが可能となる。また、硬質粒子粉末に内包されたSnは、焼結時に第1粉末によるCu-Snマトリックス相側へ固溶し、拡散接合される。
Snを介しての粉末収縮により焼結が進行することで、マトリックス相中のSnと硬質粒子粉末に内包されたSnによる固溶強化が発現し、最終的には高強度の合金が形成され得る。
【0086】
次に、多孔質層12の表面に摺動層13の原料樹脂を含浸させる(ステップS30)。具体的には、たとえば、
図7に示すように、金属基材11の内周面に形成された多孔質層12上に、所定の量の樹脂組成物を供給し、含浸ロールの回転圧力によって樹脂組成物を多孔質層12に押圧することで、樹脂組成物を多孔質層12に含浸させてもよい。多孔質層3上に供給される樹脂組成物には、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末13aと、二硫化モリブデン(MoS
2)粉末のうちの少なくとも
1つ以上が分散されていてもよい。一変形例として、樹脂組成物は、添加剤として硫化銅を含み、二硫化モリブデンをさらに含んでいてもよいし、他の添加剤として、黒鉛、アラミド繊維を含んでいてもよい。多孔質層12上に供給される樹脂組成物の量は、後述する樹脂組成物の焼成後に、多孔質層12が摺動層13の表面から露出しない厚さで多孔質層12を被覆する量である。
【0087】
次に、樹脂組成物に含まれる樹脂の融点を超える温度で樹脂組成物を加熱することで、樹脂を溶融させるとともに有機溶剤を揮発させたのち、樹脂を硬化させることで、多孔質層12を被覆する、樹脂組成物からなる摺動層13を形成する(ステップS40)。樹脂組成物を所定の温度で加熱して摺動層13を形成することを焼成と称する。なお、樹脂として使用されるポリテトラフルオロエチレンの融点は、327℃である。焼成炉を使用して、ポリテトラフルオロエチレンの融点を超える温度(たとえば400~500℃)で樹脂組成物を加熱することで、摺動層13を焼成してもよい。
【0088】
次に、
図8を参照し、金属基材11の外周面をダイス41により拘束しつつ摺動層13の内側に円柱状の芯金42を押し込むことにより、摺動層13の内周面をバニシ仕上げ(burnishing)して内径真円度を50μm以下にする(ステップS50)。これにより、上述した構成を有する摺動部材10(
図1~
図3参照)が製造される。
【0089】
なお、摺動部材10の製造する方法の比較のための一例として、
図9に示すように、円筒形状に成形された多孔質焼結層の内周面に樹脂組成物を含浸させて多孔質焼結層と樹脂組成物からなる複合素形材を作製したのち、複合素形材を継目のない円筒状の金属基材の内側に圧入し、次いで加熱処理により複合素形材と金属基材とを接合させて一体化させるという方法が考えられる。しかしながら、厚さが1mm以下の薄い多孔質焼結層に樹脂組成物を含浸させるには、強度のある裏金母材が必須であり、裏金母材がない状態では、多孔質焼結層と樹脂組成物からなる複合素形材はすぐに破壊または変形するため、この方法では、多孔質焼結層と樹脂組成物からなる複合素形材を得ることができず、したがって、上述した構成を有する摺動部材10を得ることはできない。
【0090】
また、摺動部材10の製造する方法の比較のための別の一例として、
図10に示すように、平板形状を有する金属基材(裏金)の一面に多孔質層を焼結させたのち、多孔質層上に樹脂組成物から摺動層(軸受層)を焼成することで軸受板材を作製し、次いで、軸受板材を深絞り加工により円筒形状に成形したのち、両端部を切断するという方法も考えられる。しかしながら、この方法では、深絞り加工時に樹脂組成物からなる摺動層に割れや多孔質層からの剥離が発生するため、上述した構成を有する摺動部材10を得ることはできない。
【0091】
<実施例>
次に、本実施の形態に係る具体的な実施例について説明する。
【0092】
(摺動部材の作製)
まず、実施例1~4として、炭素鋼丸棒を旋盤にて外径Φ22mm、内径Φ20.62mm、全長10.35mmに加工し、継目のない薄肉円筒状の金属基材11を得た。また、実施例5として、縦67mm、横11mm、厚さ0.75mmの炭素鋼板材を巻ブッシュ状に加工し、幅2mm以下の継目を有する(合わせ目タイプの)円筒状の金属基材11を得た。なお、炭素鋼丸棒は中空状(パイプ)の溶接鋼管などを使用しても良い。
【0093】
次に、多孔質層12の原料粉末として、福田金属箔粉工業(株)製青銅粉末(不定形、銘柄;CP-301)において、粒度150μm以上の粗粉をカットした粉末を準備した。青銅粉末の化学成分はCu-10Snである。
【0094】
そして、実施例1~4について、
図5及び
図6Aを参照し、内径Φ20.62の金属基材11の中に外径Φ19.96mmの炭素鋼治具31を挿入し、金属基材11の内周面と治具31の外周面との間の隙間0.3mmに原料粉末を投入した。粉末充填体積は、金属基材11の内径Φ20.6mm、治具31の外径Φ19.96mm、全長10.35mmなので0.21cm
3である。実施例5については、
図6Bを参照し、金属基材11をハ
ウジング34の内側に圧入して継目(合わせ目)を密着させたのち、ハウジング34に圧入された状態の金属基材11の内側に炭素鋼治具31を同軸状に配置し、金属基材11の内周面と治具31の外周面との間の環状の隙間0.3mmに原料粉末を投入した。実施例1~5のいずれにおいても、隙間に投入した粉末の流動性を良くするため、治具31に回転軸を連結させてモータにより治具を回転させながら粉末を充填させた。この状態で焼結炉にて焼結温度880℃、コンベア速度230mm/minの条件で焼結した。
【0095】
次に、青銅粉末が焼結された円筒形状の金属基材11の内側に樹脂を含浸した。実施例1、2、5では、含浸した樹脂の組成は、黒鉛粉末:2体積%、Co、MoおよびSiの組成で構成されるラーベス相を含む硬質粒子粉末:15質量%、残部PTFE樹脂で構成され、自己潤滑性向上を図る目的でMoS2粉末:15質量%を添加した。硬質粒子粉末
の化学成分はCu-4.5Sn-5Si-15Fe-16Co-4Cr-26Mo、粒度は53μmアンダー微粉、黒鉛粉末は日本黒鉛製(銘柄;CPBW-5)である。また、実施例3および4では、含浸した樹脂の組成は、黒鉛:4.0体積%、MoS2:7.2
5体積%、CuS:10.95体積%、残部PTFE樹脂で構成されている。
【0096】
樹脂含浸方法としては、
図7を参照し、外径Φ22mm、内径Φ20mm、全長10mmの金属基材11の内側にヘラで樹脂を塗布し、Φ11.7のローリング芯金で押圧させながら、ローリングの回転圧力によって多孔質焼結層12に樹脂を含浸させた。その後、焼成炉を使用して焼成温度480℃、コンベア速度1000mm/minの条件で焼成した。
【0097】
次に、実施例1、3、5では、
図8を参照し、アムスラー試験機を用いて、金属基材11の外周面を内径Φ14.065mmのダイス41により拘束しつつ、摺動層13の内側に外径Φ12.160mmの芯金42を押し込むことにより、摺動層13の内周面に負荷を掛けて矯正した(バニシ仕上げした)。
図21は、実施例1(バニシ仕上げあり)と実施例2(バニシ仕上げなし)に係る摺動部材の内径真円度を示すグラフである。また、
図22は、実施例3(バニシ仕上げあり)と実施例4(バニシ仕上げなし)に係る摺動部材の内径真円度を示すグラフである。
図21および
図22に示すように、バニシ仕上げを行うことにより楕円状が消滅し、20μm以下の良い真円度が確保されることが確認された。
【0098】
また、比較例として、実施例1~5と同じ青銅粉末を炭素鋼板材(金属基材)上に散布した焼結して多孔質層を形成した。次に、実施例3,4と同じ樹脂を多孔質層に含浸させ
たのち、樹脂を焼成することで、多孔質層を被覆する摺動層を形成し、その後、圧延を施工した。次いで、圧延された金属基材を、摺動層を内側として巻ブッシュ状に加工することで、金属基材と多孔質層と摺動層のいずれも継目(合わせ目)を有する摺動部材を作製した。
【0099】
図12は、上述の手順で作製された実施例1~5及び比較例に係る摺動部材の組成等をまとめて示すテーブルである。
【0100】
(高速回転摩耗試験)
次に、実施例1~5および比較例の摺動部材の性能を高速回転摩耗試験により比較した。
図11に高速回転摩耗試験機を示す。本試験機は、供試材に相手軸を介して荷重と速度を与えたときの軸受背面温度を計測し、主に高速領域における摩耗量や発熱評価に適する。試験部にオイルバスを設け、油中と無潤滑双方の環境での評価を可能に設計してある。また高回転評価を実現するため、相手軸Φ6h7にコレクトチャックを介して進桜電機(株)製スピンドルモータ(型式S262B-SJ03、定格出力1.2kW、定格電圧200V、定格電流4.8A)を先端部に直結させた。これにより、軸振れ0.002mm以下の精度で最大60,000rpmまでの評価が可能な装置に設計した。スピンドルモータにはチラーを介して流量0.7L/minで水冷している。
【0101】
相手軸の外径はΦ11.957mm~11.975mm、ハウジング内径はΦ14.000mm~14.018mmである。いずれも材質はSKD-11、全焼入れ後の硬度はHRC58である。軸受背面温度はΦ6mmの孔に熱電対を挿入し、軸受背面から1.5mmの位置をデータロガーにて1秒毎に計測した。
【0102】
次に試験環境に関して軸受部への潤滑有無が性能に大きく関与する。例えば、カーエアコン用コンプレッサのような空調圧縮機構において、旋回スクロールを固定スクロールに強く押し付けた状態で旋回運動させるような環境では、潤滑油が軸受内に流入し難い。さらに、EVの駆動用モータでは小型・軽量化と高出力化を両立するために高速回転化が不可欠になっている。モータを支持する軸受には、油潤滑軸受、グリース潤滑軸受が採用されるが、周辺構造の簡略化により、軸受部への油潤滑はあまり期待できない。これら実用上の制約などを鑑みて、本試験は無潤滑環境での評価とし、軸の回転数に対する摩擦発熱と摩耗量を測定した。摩擦発熱は軸受温度上昇率を評価指標とし、軸受背面温度が120℃に達するまでの時間に対する温度の傾きを回帰分析により解析した。摩耗量は試験前後の摺動部材の肉厚を管用マイクロメータで計測し、荷重点の肉厚変化量から求めた。
【0103】
軸の回転数はコンプレッサの主軸で最大10,000rpm、EVモータで最大30,000rpm程度に達するとされている。これを考慮して、10,000rpm,20,000rpm,30,000rpmの3水準とした。軸受へのラジアル荷重は、高速回転時におけるスピンドルモータの使用限界や安全性などを考慮して、一方向に3Nを負荷した。軸受と軸とのクリアランスの狙い値は0.1mmとし、軸の表面粗度はRa0.17μmに研磨仕上げを施工し試験に供した。
【0104】
なお、回転運動による摩擦トルクに関し、仕事率は電力に変換できるので、下式(1)のように表すことができる。
E=P=2π・N・T/60=2π・N・F・R/60・・・式(1)
ここに、Rは回転半径(m)、Fは摩擦力(N)、Nは軸回転速度(rpm)、Tはトルク(N・m)、Eは電力(W)、Pは仕事率(W)である。
【0105】
(結果と考察)
図13は、実施例1、5および比較例の摺動部材について、無潤滑環境下での軸回転数
に対する摩耗量Wの変化を示しており、
図14は、実施例1および比較例の摺動部材について、無潤滑環境下での軸回転数に対する軸受背面温度上昇率Tの変化を示している。
【0106】
図13および
図14に示すように、軸回転数の増加に応じて摩耗量は増え,温度も上がる傾向が観測された。比較例の摺動部材はW=0.06~0.07mm、T=0.7~1.8℃/secに対し、実施例1の摺動部材はW=0.02~0.04mm、T=0.2~1.4℃/secであり,摩耗・発熱の少ないことが確認できる。また、実施例5の摺動部材もW=0.02~0.04mmであり、金属基材11に継目がない実施例1と金属基材11に継目を有する実施例5において、摩擦による摩耗量はほぼ同等であることが確認できる。
【0107】
図15は、実施例1および比較例の摺動部材について、軸回転数30,000rpmで稼働させたときの軸受背面温度の時間変化を示しており、
図16は、実施例1、5および比較例の摺動部材について、軸回転数30,000rpmで稼働させたときの消費電力の時間変化を示している。
【0108】
図15および
図16に示すように、比較例の摺動部材では、稼働初期段階から急激に温度が上昇して摩擦による消費電力値は400~700Wと激しく変動する挙動を示す。一方、実施例1の摺動部材では120℃に到達するまでの温度上昇が、比較例の摺動部材より緩やかであり、消費電力は初期段階から200W程度で安定している。実施例1の摺動部材では内径側への凸部が無いため、相手軸との局部的接触が回避された影響と推察できる。また、実施例5の摺動部材では、消費電力は初期段階だけは実施例1より高いものの、その後は徐々に下がり安定しており、金属基材11に継目がない実施例1と金属基材11に継目を有する実施例5において、摩擦による消費電力はほぼ同等であることが確認できる。実施例5の摺動部材では、金属基材11に継目があるため、摩擦面の熱が放熱されやすくなり、消費電力が徐々に下がり安定すると推察される。
【0109】
図17は、実施例1および実施例2の摺動部材について、軸回転数に対する摩耗量の変化を示しており、
図18は、軸受背面温度上昇率の変化を示している。また、
図19は、実施例3および実施例4の摺動部材について、軸回転数に対する摩耗量の変化を示しており、
図20は、軸受背面温度上昇率の変化を示している。
【0110】
実施例17~20に示すように、バニシ仕上げを行って内径真円度をよくすることで、10,000~20,000rpmの高速回転領域では、実施例1および3のいずれの摺動部材も、摩耗量は概ね0.01mm程度,温度上昇率は0.5℃/sec程度低く抑えられている。特に、MoS2含有の実施例1は他品よりも摩耗低減効果が発現している。
ラーベス相を構成するCo-Mo-SiとMoS2添加によって無潤滑環境下においても
硫化被膜が形成されるため摩耗低減に寄与したものと推察される。
【0111】
一方、軸の回転数が30,000rpmの領域に達すると、バニシ仕上げの有無に関わらず摩耗・発熱の差異は殆ど観測されない。その要因として軸振動が起因したと考えられる。即ち静止状態から徐々に軸回転数を上げていったとき、不釣り合いによる振動が現れる。軸の回転数をさらに上げていくと、ふれまわりにより自転しながら軸受隙間内を公転する激しい自励振動に至る。そのため、回転が増すことによって生じる軸振動や発熱によるクリアランス変化などの影響が挙げられる。
【0112】
以上、本発明の実施の形態および変形例を例示により説明したが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではなく、請求項に記載された範囲内において目的に応じて変更・変形することが可能である。また、各実施の形態および変形例は、処理内容を矛盾させない範囲で適宜組み合わせることが可能である。
【符号の説明】
【0113】
10 摺動部材
11 金属基材
12 多孔質層
13 摺動層
13a 硬質粒子粉末
20 軸
31 治具
32 回転軸
33 ワーク
41 ダイス
42 芯金