IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ リオン株式会社の特許一覧

特開2024-120353聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体
<>
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図1
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図2
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図3
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図4
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図5
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図6
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図7
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図8
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図9
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図10
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図11
  • 特開-聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024120353
(43)【公開日】2024-09-05
(54)【発明の名称】聴取装置用筐体の製造方法、聴取装置用筐体
(51)【国際特許分類】
   H04R 25/00 20060101AFI20240829BHJP
【FI】
H04R25/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023027091
(22)【出願日】2023-02-24
(71)【出願人】
【識別番号】000115636
【氏名又は名称】リオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120592
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 崇裕
(74)【代理人】
【識別番号】100192223
【弁理士】
【氏名又は名称】加久田 典子
(72)【発明者】
【氏名】添田 晃弘
(72)【発明者】
【氏名】弥永 慎一郎
(57)【要約】
【課題】多様な耳の形状に適合する聴取装置用筐体を提供する。
【解決手段】所定の母集団に属する複数の人の外耳形状を3Dデータとして平均化した耳型統計形状を準備し(S11)、外耳道中心パスを算出し(S12)、耳型統計形状から初期モデルを作成した上で(S13)、多様な耳に安定して不快感少なく装用可能とすべく初期モデルに対し調整を加えて筐体の外形をモデリングし、(S14)、さらに電子部品等の収容空間の形状をモデリングして(S15),最終段階の3Dデータを用いて筐体1を造形する(S16)。このように製造される筐体1は、装用時に外耳道の隙間を減らしてハウリングの発生を抑制するためイヤチップを取り付け可能な構造を有しており、圧迫感が生じないよう耳珠の裏に対向する部位が初期モデルよりも削られており、イヤチップの傘部が想定外の変形をしないよう耳甲介と外耳道との交錯部に対向する部位に窪みを有している。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の母集団に属する複数人の外耳形状を平均化した耳型統計形状を準備する準備工程と、
前記耳型統計形状を所定の態様により用いて作成された仮形状のモデルに対し、外耳道の入口付近を密閉しうるイヤチップを取り付け可能な取付部を設け、耳珠の裏に面する部位を前記仮形状より窪ませ、耳甲介腔と外耳道とが交錯する領域に対向する部位に窪みを設ける外形調整工程と
を含む聴取装置用筐体の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の聴取装置用筐体の製造方法において、
前記耳型統計形状から前記仮形状のモデルを作成する仮形状作成工程
をさらに含む聴取装置用筐体の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の聴取装置用筐体の製造方法において、
前記耳型統計形状における外耳道の中心パスを算出する中心パス算出工程をさらに含み、
前記外形調整工程では、
前記中心パスを前記取付部に内包させることを特徴とする聴取装置用筐体の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の聴取装置用筐体の製造方法において、
特定のユーザの外耳形状を表したユーザ耳型形状を作成する耳型作成工程と、
前記ユーザ耳型形状の一部を、前記耳型統計形状を用いて補完する耳型補完工程と、
前記耳型補完工程を経た前記ユーザ耳型形状から前記仮形状のモデルを作成する仮形状作成工程と
をさらに含む聴取装置用筐体の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の聴取装置用筐体の製造方法において、
前記耳型補完工程を経た前記ユーザ耳型形状における外耳道の中心パスを算出する中心パス算出工程をさらに含み、
前記外形調整工程では、
前記中心パスを前記取付部に内包させることを特徴とする聴取装置用筐体の製造方法。
【請求項6】
ユーザに聴取させる音を出力する聴取装置の筐体をなす聴取装置用筐体であって、
耳への装着状態で外耳道内に位置する外耳道部位と、この外耳道部位に連なって耳甲介腔内に位置する耳甲介部位とを備え、
前記外耳道部位は、
所定の耳型形状における外耳道内壁の面形状に合致した表面形状を有する外耳道合致表面領域と、
前記所定の耳型形状における外耳道内壁の面形状よりも前記所定の耳型形状における外耳道の中心パス寄りに近接した表面形状を有する外耳道調整表面領域とを含み、
前記耳甲介部位は、
前記所定の耳型形状における耳甲介腔を取り囲む耳の各部位の面形状に合致した表面形状を有する耳甲介合致表面領域と、
前記所定の耳型形状における前記各部位の面形状よりも耳甲介腔の中心寄りに近接した表面形状を有する耳甲介調整表面領域と
を含むことを特徴とする聴取装置用筐体。
【請求項7】
請求項6に記載の聴取装置用筐体において、
前記外耳道部位は、
装着状態で外耳道の最奥に位置する箇所に前記中心パスを取り囲んで形成され、ユーザの外耳道内壁にフィットさせるイヤチップを取り付け可能な取付部をさらに含むことを特徴とする聴取装置用筐体。
【請求項8】
請求項7に記載の聴取装置用筐体において、
前記耳甲介調整表面領域は、
前記外耳道部位と前記耳甲介部位とが連なる連結箇所に形成されており、この連結箇所にて前記取付部に取り付けられたイヤチップの外耳道入口に向かって広がる部位を受け入れ可能な空間を形成することを特徴とする聴取装置用筐体。
【請求項9】
請求項6から8のいずれかに記載の聴取装置用筐体において、
前記所定の耳型形状は、
複数人の外耳形状を平均化した耳型形状であることを特徴とする聴取装置用筐体。
【請求項10】
請求項6から8のいずれかに記載の聴取装置用筐体において、
前記所定の耳型形状は、
特定のユーザの外耳形状を表した耳型形状であることを特徴とする聴取装置用筐体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、補聴器をはじめとする聴取装置の筐体の製造方法、及び、その製造方法により得られる筐体の外形に関する。
【背景技術】
【0002】
補聴器の販売に際しては、ユーザが補聴効果に納得した上で購入できるよう、販売店からユーザに対し、試聴のために補聴器の貸し出しがなされる。そのような貸し出しには、通常、BTE(Behind the Ear、耳かけ型)補聴器やRIC(Receiver In the Canal)補聴器など、個々人の外耳道形状によらずに装用が可能な耳かけ型の補聴器が用いられる。
【0003】
これに対し、耳あな型のオーダーメイド補聴器は、個々人の耳に合わせた筐体(装用部を含む外殻、シェル)を用いるものであるため、試聴を行うことが難しい。試聴を行うには、現状では、オーダーメイド補聴器を製造する場合と同様に、ユーザの耳型を採取しその形状に合わせて筐体を作製する必要があり(例えば、特許文献1を参照)、コストが高くなる。また、耳の形状は非常に多様であることから、作製した筐体は、その元となった耳型を採取したユーザ以外は装用が困難であり、或るユーザに合わせて作製した筐体が別のユーザにも合うことは極めて稀である。そのため、作製した筐体を用いた補聴器での試聴にユーザが満足すれば、そのまま購入に至ることができるが、何らかの不満がありユーザが購入に至らなかった場合には、その筐体は廃棄せざるをえず、環境的側面からも企業活動的側面からも好ましくない。
【0004】
そこで、耳あな型のオーダーメイド補聴器の代わりに、上述したような耳かけ型の補聴器が試聴に用いられる場合もある。しかしながら、耳あな型の補聴器においては、マイクが外耳道の入口付近に配置されるため、耳介による集音効果が得られてより自然な聞こえとなるのに対し、耳かけ型の補聴器においては、マイクが耳介の後ろに配置されるため、耳介による集音効果は期待できない。このように、耳あな型の補聴器と耳かけ型の補聴器とでは、音がマイクに入力するまでの経路が異なっており、音の聞こえ方に差があるため、耳あな型の補聴器の代わりに耳かけ型の補聴器で試聴を行っても、耳あな型の補聴器と同様の試聴効果を確認することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-305796号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したような背景の下、多様な耳の形状に適合する筐体を備えた耳あな型の補聴器の実現が望まれている。実現できれば、試聴のためにユーザの耳型を採取し筐体を作製することなく、そのような耳あな型の補聴器をそのまま試聴機としてユーザに貸し出すことができる。
【0007】
また、補聴器以外の聴取装置、例えばワイヤレスイヤホン等に関しても、多様な耳の形状に適合する装用部形状を実現できれば、ユーザが装用した際の身体的快適性が向上する。このように、多様な耳の形状に適合する装用部形状が求められているのは、補聴器に限られず、聴取装置全般に共通することである。
【0008】
そこで本発明は、多様な耳の形状に適合する聴取装置用筐体の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するため、本発明は以下の聴取装置用筐体の製造方法及び聴取装置用筐体を採用する。なお、以下の括弧書中の文言はあくまで例示であり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0010】
すなわち、本発明の聴取装置用筐体の製造方法は、所定の母集団に属する複数人の外耳形状を平均化した耳型統計形状を準備する準備工程と、耳型統計形状を所定の態様により用いて作成された仮形状のモデルに対し、外耳道の入口付近を密閉しうるイヤチップを取り付け可能な取付部を設け、耳珠の裏に面する部位を仮形状より窪ませ、耳甲介腔と外耳道の交錯部に対向する部位に窪みを設ける外形調整工程とを含んでいる(第1態様)。
【0011】
また、第1態様の製造方法において、耳型統計形状から仮形状のモデルを作成する仮形状作成工程をさらに含んでいる(第2態様)。さらに、第2態様の製造方法において、耳型統計形状における外耳道の中心パスを算出する中心パス算出工程をさらに含み、外形調整工程では、外耳道の中心パスをイヤチップ取付部に内包させる(第3態様)。
【0012】
上記の第1~第3態様のいずれかの製造方法によれば、耳型統計形状から作成された仮形状に対して外形の調整がなされるため、多様な耳において安定装用が可能であり、不快感が小さく、音漏れが少ない外形を有した聴取装置用筐体(例えば、試聴機用筐体)を製造することができる。
【0013】
或いは、第1態様の製造方法において、特定のユーザの外耳形状を表したユーザ耳型形状を作成する耳型作成工程と、ユーザ耳型形状の一部を、耳型統計形状を用いて補完する耳型補完工程と、耳型補完工程を経たユーザ耳型形状から仮形状のモデルを作成する仮形状作成工程とをさらに含んでいる(第4態様)。さらに、第4態様の製造方法において、耳型補完工程を経たユーザ耳型形状における外耳道の中心パスを算出する中心パス算出工程をさらに含み、外形調整工程では、外耳道の中心パスをイヤチップ取付部に内包させる(第5態様)。
【0014】
上記の第1、第4又は第5態様のいずれかの製造方法によれば、例えば、特定のユーザの耳型データに欠損箇所がある場合に、耳型統計形状を用いて耳型データの欠損箇所が補完されるため、欠損箇所があってもそのユーザ向けの聴取装置用筐体(例えば、オーダーメイド補聴器用筐体)を製造することができ、特定のユーザの耳において安定装用が可能であり、不快感が小さく、音漏れが少ない外形を有した筐体を製造することができる。
【0015】
また、本発明の聴取装置用筐体は、耳への装着状態で外耳道内に位置する外耳道部位と、この外耳道部位に連なって耳甲介腔内に位置する耳甲介部位とを備え、外耳道部位は、所定の耳型形状における外耳道内壁の面形状に合致した表面形状を有する外耳道合致表面領域と、所定の耳型形状における外耳道内壁の面形状よりも所定の耳型形状における外耳道の中心パス寄りに近接した表面形状を有する外耳道調整表面領域とを含み、耳甲介部位は、所定の耳型形状における耳甲介腔を取り囲む耳の各部位の面形状に合致した表面形状を有する耳甲介合致表面領域と、所定の耳型形状における各部位の面形状よりも耳甲介腔の中心寄りに近接した表面形状を有する耳甲介調整表面領域とを含んでいる(第1態様)。
【0016】
また、第1態様の聴取装置用筐体において、外耳道部位は、装着状態で外耳道の最奥に位置する箇所に中心パスを取り囲んで形成され、ユーザの外耳道内壁にフィットさせるイヤチップを取り付け可能な取付部をさらに含んでいる(第2態様)。さらに、第2態様の聴取装置用筐体において、耳甲介調整表面領域は、外耳道部位と耳甲介部位とが連なる連結箇所に形成されており、この連結箇所にて取付部に取り付けられたイヤチップの外耳道入口に向かって広がる部位を受け入れ可能な空間を形成する(第3態様)。
【0017】
上記の第1~第3態様のいずれかの聴取装置用筐体は、外耳道調整表面領域が所定の耳型形状における外耳道内壁の面形状よりも所定の耳型形状における外耳道の中心パス寄りに近接した表面形状を有しているため、装着時に筐体から受けうる圧迫感を未然に防ぐことができるとともに、筐体を着脱し易くすることができる。
【0018】
また、上記の第1~第3態様のいずれかの聴取装置用筐体は、耳甲介調整表面領域が所定の耳型形状における耳甲介腔を取り囲む耳の各部位の面形状よりも耳甲介腔の中心寄りに近接した表面形状を有しており、取り付けられたイヤチップの外耳道入口に向かって広がる部位(イヤチップの傘部)を受け入れ可能な空間を形成するため、傘部の大きなイヤチップが取付部に取り付けられた場合でも、傘部が耳甲介調整表面領域に干渉して意図しない変形を起こすのを未然に防ぐことができる。したがって、この聴取装置用筐体が補聴器に用いられれば、イヤチップの傘部で外耳道の入口付近を確実に密閉させてハウリングの発生を抑制することができ、想定される補聴効果を生み出すことができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、多様な耳の形状に適合する聴取装置用筐体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施形態の試聴機用筐体の製造工程を示すフローチャートである。
図2】実施形態の製造工程を経て製造された試聴機用筐体1の一例を示す図である。
図3】試聴機用筐体1を別の角度からみた様子を示す図である。
図4】筐体の外形のモデリングの手順例を示すフローチャートである。
図5】試聴機用筐体1の外形を説明する図(1/3)である。
図6】試聴機用筐体1の外形を説明する図(2/3)である。
図7】試聴機用筐体1の外形を説明する図(3/3)である。
図8】試聴機用筐体1に5種類のイヤチップが取り付けられた様子を示す図である。
図9】筐体の装用評価試験に用いた3種類のサンプルを示す図である。
図10】筐体の装用評価試験の結果を示す図(1/2)である。
図11】筐体の装用評価試験の結果を示す図(2/2)である。
図12】実施形態の試聴機用筐体の製造工程の一部を適用したオーダーメイド補聴器用筐体の製造工程を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、以下の実施形態は聴取装置用筐体の製造方法及び聴取装置用筐体の好適な一例であり、本発明の実施の形態はこの例示に限定されない。
【0022】
〔試聴機用筐体の製造工程〕
図1は、実施形態の試聴機用筐体の製造工程を示すフローチャートである。
【0023】
ステップS11:先ず、所定の母集団に属する複数の人から耳型を採取して得られた複数の外耳形状を3Dデータとして平均化した耳型統計形状を準備する。耳型統計形状の準備としては、所定の母集団についての耳型統計形状を新たに算出することや、所定の母集団について事前に算出された耳型統計形状を用いることが想定される。いずれにしても、このステップにて、所定の母集団について算出された耳型統計形状の3Dデータを利用可能な状態にする。
【0024】
所定の母集団は、年齢や性別等の各カテゴリに属する人、又は複数のカテゴリの組み合わせ(例えば、或る年代以上の女性等)に属する人で構成してもよいし、カテゴリによらずランダムに集めた人で構成してもよい。また、複数の外耳形状の平均化には、3D形状の平均化に関する一般的な手法(例えば、deformable template等)や市販のソフトウェアを用いることができる。
【0025】
ステップS12:次に、ステップS11で得られた耳型統計形状における外耳道の中心を通る軌跡(以下、「外耳道中心パス」と称する。)を算出する。外耳道中心パスは、より正確には、外耳道の入口を塞ぐ仮想面から距離y離れた点を通りつつ断面積が最小となる外耳道の断面を、y値を変えながら次々と求め、これらの断面の重心を結んでなる線分のことや、それらを平滑化したり滑らかにつないだ線分のことである。外耳道入口を塞ぐ仮想面の取り方を変えても、上記の方法により外耳道中心パスは一意に定まる。外耳道中心パスは、例えば、市販のソフトウェアを用いて算出することができる。
【0026】
ステップS13:ステップS11にて得られた耳型統計形状から初期段階の筐体の3DCGモデル(以下、この3DCGモデルを「初期モデル」と称する。)を作成する。初期モデル(仮形状のモデル)は、耳型統計形状における外耳道部及び耳甲介部の一部に隙間なくぴたりと嵌る(合致する)形状をなしたものとなる。
【0027】
ステップS14:ステップS13にて得られた筐体の初期モデルに対し、多様な耳に違和感なく装用でき且つ音漏れが少ない形状とするために筐体の外形を設計及びモデリングし、初期モデルに調整を加えた(加工を行った)中間モデルを作成する。
【0028】
ステップS15:ステップS14にて得られた筐体の中間モデルに対し、筐体の内部形状、すなわち電子部品等が収容される内部空間の形状を設計及びモデリングして最終モデルを作成する。
【0029】
ステップS16:ステップS15にて得られた最終モデルに対応する最終段階の3Dデータを用いて、筐体を造形する。
【0030】
以上の各工程を経て、試聴機用筐体1が製造される。なお、筐体の外形のモデリング(ステップS14)の具体的な内容については、別の図面を参照しながら詳しく後述する。
【0031】
図2は、上述した製造工程を経て製造された試聴機用筐体1の一例を示す図である。
図2に示された試聴機用筐体1は、ランダムに集めた50人の外耳形状をもとに算出された耳型統計形状をベースとして製造されたものであり、一例として左耳用の筐体が示されている。また、図2中の2点鎖線は、上述した製造工程における第3工程(図1中のステップS13)にて得られる初期モデルSOの輪郭を試聴機用筐体1に重ねて示したものである。
【0032】
試聴機用筐体1においては、装用時に耳珠に対向する部位(耳珠対向面)10、外耳道と耳甲介とが交錯(接続)する領域に対向する部位(交錯部対向面)14、イヤチップが取り付けられる部位(イヤチップ取付部)16の各形状が、後述する筐体の外形のモデリングにより、いずれも初期モデルSOの形状よりも削られている。なお、図2では視認できないが、装用時に耳輪脚に対向する部位(耳輪脚対向面)12についても、上記の他の部位と同様に、初期モデルSOの形状よりも削られている。また、イヤチップ取付部16に形成された音孔の向きが、初期モデルSOの先端部に設けられた音孔の向きと異なっている。フェイスプレート取付部18には、試聴機用筐体1の内部に電子部品等が収容された後に、フェイスプレートが取り付けられる。
【0033】
このように、試聴機用筐体1は、イヤチップを取り付け可能な構造を有している。補聴器としての補聴効果を生み出すには、単に筐体が耳に収まるだけでなく、筐体の装用時における外耳道の隙間を減らしてハウリングの発生を抑制する必要があるため、本実施形態においては、イヤチップを取り付け可能な構造を採用した。このような構造により、補聴器に適切なサイズのイヤチップを取り付けて装用することができ、多様な耳において外耳道の隙間を適切に埋めることができるため、想定される補聴効果を生み出すことが可能となる。
【0034】
図3中(A)は、試聴機用筐体1をフェイスプレート取付部18の側からみた様子を示しており、図3中(B)は、左耳の耳型統計形状に左耳用の試聴機用筐体1が嵌った状態を示している。試聴機用筐体1は、耳珠対向面10を耳珠に対向させつつ耳輪脚対向面12を耳輪脚に対向させながら、イヤチップが取り付けられたイヤチップ取付部16を外耳道に挿入するようにして、外耳道から耳甲介にわたる空間に装着される。見方を変えると、試聴機用筐体1は、装着時に外耳道内に位置する外耳道部位と、外耳道部位に連なって耳甲介腔内に位置する耳甲介部位とを備えている、と捉えることもできる。
【0035】
なお、説明の便宜のため、以降の図においても、左耳用の試聴機用筐体1及び左耳の耳型統計形状を用いて筐体の外形を説明する。
【0036】
〔筐体の外形のモデリング〕
図4は、筐体の外形のモデリングの手順例を示すフローチャートである。
筐体の外形のモデリングは、上述した製造工程における第4工程(図1中のステップS14)として、その直前の第3工程(図1中のステップS13)にて得られた初期モデルに対して行われる。
【0037】
また、図5から図7は、このモデリングの結果として得られる試聴機用筐体1の外形を説明する図である。このうち、図6中(A)は、試聴機用筐体1が耳型統計形状に嵌っている状態を示す断面図(図5中のVI-VI線に沿う断面図)であり、図7中(B)は、図7中(A)の手前側の一部を切断して示す断面図である。
【0038】
以下、図4に示された手順例に沿って説明しながら、図5から図7に示された該当する部位の形状を参照する。
【0039】
ステップS21:耳珠の裏、すなわち耳珠のうち内方に向いた箇所に面する部位を初期モデルSOの外形より窪ませて耳珠対向面10を整え、耳珠対向面10が耳型統計形状より内側に収まるようにする(図6を参照)。言い換えると、耳珠対向面10は、耳型統計形状における外耳道部の内壁の面形状よりも外耳道中心パス寄りに近接した形状をなしており、耳型統計形状における耳珠部の裏から逃げている。耳珠対向面10をこのような形状とすることで、装用時に筐体が耳珠の裏を圧迫して不快感を与えるのを未然に防ぐことができるとともに、筐体を着脱し易くすることができる。
【0040】
ステップS22:耳輪脚に対向する部位を初期モデルSOの外形より窪ませて耳輪脚対向面12を整え、耳輪脚対向面12が耳型統計形状における耳輪脚部に接触しないようにする(図5を参照)。言い換えると、耳輪脚対向面12は、耳型統計形状における耳輪脚部から逃げている。耳輪脚対向面12をこのような形状とすることで、耳が比較的小さい人の装用時に、筐体が耳輪脚に接触して痛みが生じるのを未然に防ぐことができる。
【0041】
ステップS23:イヤチップ取付部16を、イヤチップが取り付けられた状態で外耳道の入口付近を密閉可能な位置に配置する(図6を参照)。外耳道の形状は、入口付近は個人差が比較的小さいのに対し、奥の方ほど個人差が大きいことが分かっている。そこで、本実施形態においては、形状の個人差が比較的小さい外耳道の入口付近にイヤチップの傘部がフィットして入口付近を密閉するようにし、その位置を基準としてイヤチップ取付部の位置を決定している。
【0042】
イヤチップは、複数種類(傘部の大きさが様々に異なるもの、傘部が無いもの)が用意されており、ユーザの耳に最適なイヤチップを選択すれば、筐体の装用に際して、外耳道入口付近の形状の個人差による影響をさほど受けることなく、外耳道の隙間を適切に埋めることができるため、想定される補聴効果を生み出すことが可能となる。なお、複数種類のイヤチップについては、別の図面を用いてさらに後述する。
【0043】
ステップS24:耳甲介と外耳道との交錯部に対向する部位を窪ませて交錯部対向面14を整える(図6を参照)。言い換えると、交錯部対向面14は、耳型統計形状における耳甲介腔を取り囲む耳の各部位の面形状よりも耳甲介腔の空間の中心寄りに近接した形状をなしている。交錯部対向面14は、イヤチップの設計に応じて、初期モデルSOの外形より窪ませる必要がある。例えば、本実施形態においては、初期モデル比の窪みの深さを1.5mmとしている。交錯部対向面14をこのように窪ませた形状とすることで、大きな傘部を有したイヤチップをイヤチップ取付部に取り付けた場合でも、交錯部対向面14が外耳道入口に向かって広がる傘部を受け入れ可能な空間を形成し、傘部が交錯部対向面14に干渉しない(或いは、若干干渉したとしても意図しないような変形は生じない)ため、傘部が筐体に干渉して意図しない変形を起こすのを未然に防ぐことができる。したがって、傘部を外耳道の入口付近にフィットさせて外耳道の入口付近を確実に密閉させることができ、ハウリングの発生を抑制することが可能となる。
【0044】
ステップS25:イヤチップ取付部16を、外耳道中心パスを内包する位置に配置しつつ、外耳道中心パスに沿った向きにして、イヤチップを取り付け可能な形状にする。図7に示されるように、イヤチップ取付部16は、円筒部16aと、円筒部16aに連なりその径方向に突出した突起部16bと、円筒部16a及び突起部16bの中心部を貫通する貫通孔16cとを有している。また、図7中(B)に示されるように、外耳道中心パスは、貫通孔16cを通過しており、イヤチップ取付部16に内包されている。イヤチップ取付部16をこのような形状とすることで、多様な耳において装用時の不快感を低減することができる。
【0045】
以上の手順を終えると、筐体の外形のモデリングが完了し、多様な耳において安定装用が可能であり、不快感が小さく、音漏れが少ない外形が得られる。
【0046】
上記のモデリングにより得られる筐体の外形は、具体的には、耳への装着時に外耳道内に位置する外耳道部位は、耳型統計形状における外耳道内壁の面形状に合致した表面形状を有する外耳道合致表面領域と、耳型統計形状における外耳道内壁の面形状よりも外耳道中心パス寄りに近接した表面形状を有する外耳道調整表面領域(耳珠対向面10)と、外耳道の最奥に位置する箇所に外耳道中心パスを取り囲んで形成され、ユーザの外耳道内壁にフィットさせるイヤチップを取り付け可能な取付部(イヤチップ取付部16)とを含んでいる。
【0047】
また、外耳道部位に連なって耳甲介腔内に位置する耳甲介部位は、耳型統計形状における耳甲介腔を取り囲む耳の各部位の面形状に合致した表面形状を有する耳甲介合致表面領域と、耳型統計形状における各部位の面形状よりも耳甲介腔の中心寄りに近接した表面形状を有する耳甲介調整表面領域(交錯部対向面14)とを含み、耳甲介調整表面領域は、外耳道部位と耳甲介部位とが連なる連結箇所(耳甲介腔と外耳道との交錯部)に形成されている。
【0048】
上述したモデリングがなされた筐体によれば、60dBHL程度の聴力レベルに対応できる音響利得を確保できること、また、イヤチップが取り付かないタイプの筐体よりも高い利得限界を実現できることが、装用評価試験の結果から確認されている。なお、装用評価試験については、別の図面を参照しながら詳しく後述する。
【0049】
なお、フェイスプレート取付部18の位置やここに取り付けるフェイスプレートのサイズは、筐体の内部空間に収容される部品の大きさに応じて適宜変更が可能である。収容部品が大きくなると、筐体の形状はフェイスプレート取付部18が現状の位置よりも外側に張り出すように変化するが、そのような場合でも、筐体に収容されるイヤホンの音口と筐体の音孔(貫通孔16c)とがチューブ等で連結されて音道さえ通っていれば、上記の筐体と同様の装用感を与えることができ、想定される補聴効果を生み出すことができる。
【0050】
また、上記の手順例はあくまで一例であり、これに限定されない。例えば、一部の手順を逆順にして、交錯部対向面の調整(ステップS24)をイヤチップ取付部の調整(ステップS25)の後に行ってもよいし、耳珠対向面の調整(ステップS21)を耳輪脚対向面の調整(ステップS22)の後に行ってもよい。或いは、筐体の外形を調整するための更なる手順を加えてもよい。
【0051】
ところで、図5中(B)に太い1点鎖線で図示されるように、耳珠頂点から珠間切痕を経て対珠頂点に至る領域に対向する部位11については、初期モデルSOの形状(耳型統計形状の包絡形状)がそのまま残されている。対珠及び耳珠が内方に反っている(法線方向が内側に向いている)人が多いことが分かっており、部位11をこのような形状とすることで、筐体を対珠と耳珠とで内方に押さえつつ珠間切痕に引っ掛けるような態様で装着することができ、装用時に筐体が外耳道から外方にずれ出てくるのを防止して、保持の安定性に寄与することができる。また、部位11は、筐体の先端部を外耳道の入口付近に配置したことで外耳道の奥側に配置した場合よりも低下した保持力を補助している。
【0052】
また、図7に示されるように、イヤチップ取付部16は突起部16bを有している。突起部16bにイヤチップ側に設けられた突起部を係合させることにより、イヤチップをイヤチップ取付部16に取り付けて固定させることができる。
【0053】
〔試聴機用筐体の外形〕
図8は、試聴機用筐体1に5種類のイヤチップが取り付けられた様子を示す図である。このうち、(A)においては、傘部の無いイヤチップ20が取り付けられており、(B)においては、Sサイズの傘部を有したイヤチップ21が取り付けられており、(C)においてはMサイズの傘部を有したイヤチップ22が取り付けられており、(D)においては、Lサイズの傘部を有したイヤチップ23が取り付けられており、(E)においては、LLサイズの傘部を有したイヤチップ24が取り付けられている。S,M,L,LLサイズの各傘部を有したイヤチップ21~24は、言い換えると、S,M,L,LLサイズの耳栓である。
【0054】
傘無しイヤチップ20は、耳が小さい人向けに、先端部が外耳道に接触して痛みが生じるのを防止することのみを目的として用意されたものであり、音漏れの防止は目的としていない。このように、傘無しイヤチップ20は、傘部を有した他のイヤチップ21~24とは目的が異なり、したがって構造も異なっている。傘無しイヤチップ20においては、その先端部に設けられた音孔20aから音が出る。
【0055】
これに対し、傘部を有したイヤチップ(耳栓)21~24は、音漏れを防止(外耳道の入口付近を密閉)することを目的として用意されたものであり、傘部のサイズが異なる点を除いては構造が共通している。図8中(B)に示されたSサイズの耳栓21を参照しながら説明すると、耳栓21は、傘部21aと、傘部21aの先細った端部側に設けられた耳垢防止盤21bと、耳垢防止盤21bに隠れる位置に設けられた2つの音孔21c(図8においては1つのみ視認可能)とを有しており、音孔21cから音が出る。耳垢防止盤21bにより、耳栓21が外耳道に挿入された際に音孔21cが耳垢で塞がるのを防ぐことができる。
【0056】
図8に示されるように、いずれのイヤチップが取り付けられた試聴機用筐体1においても、交錯部対向面14が窪んでいることにより、傘部は試聴機用筐体1に干渉しておらず、変形していない。したがって、試聴機用筐体1の装用時に、イヤチップの傘部で外耳道の入口付近を確実に密閉して音漏れを防止することができ、ハウリングの発生を抑制することができる。
【0057】
なお、図示の例においては、いずれのイヤチップも傘部が試聴機用筐体1に全く干渉していないが、例えば、傘部の外周部が交錯部対向面14に若干接触する等のような、程度の小さい干渉は許容される。このような場合でも、傘部が大きく変形することはないため、外耳道の入口付近の密閉性を確保することができる。
【0058】
〔筐体の装用評価試験〕
続いて、図9図11を参照しながら、筐体の装用評価試験について説明する。
装用評価試験は、補聴器を初めて使用する、平均聴力が60dBHL以下の60~70代を対象とし、補聴効果を体験(補聴器をハウリングなく装用)できること、また、補聴器を不快感なく装用し続けられることを目標として実施した。被験者は、60~70代の男性12名及び女性2名の合計14名で構成された。
【0059】
図9は、筐体の装用評価試験に用いた3種類の試験サンプルを示す図である。図中の符号SAは筐体Aを示しており、符号SBは筐体Bを示しており、符号SCは筐体Cを示している。また、筐体A~Cの作成時にベースとなった筐体の輪郭を2点鎖線で重ねて示している。これらの筐体A~Cは、初期モデルSOの外形をベースとして、筐体A→筐体B→筐体Cの順に、少しずつ調整を重ねていったものである。
【0060】
図9中(A):筐体Aを示している。筐体Aは、耳型統計形状から作成された初期モデルSOをベースとして、外耳道に挿入される部位の先端部(左図を参照)、及び、耳輪脚に対向する部位(右図を参照)を、初期モデルSOの外形よりシュリンクさせたものである。筐体Aは、イヤチップが取り付かないタイプであり、そのままの状態で耳に装着される。
【0061】
図9中(B):筐体Bを示している。筐体Bは、筐体Aをベースとして、耳珠の裏に面する部位を筐体Aの外形よりシュリンクさせたものである。筐体Bもまた、イヤチップが取り付かないタイプであり、そのままの状態で耳に装着される。
【0062】
図9中(C):筐体Cを示している。筐体Cは、筐体Bをベースとして、イヤチップ取付部を設け、イヤチップ取付部が外耳道中心パスを内包しつつイヤチップの傘部が外耳道の入口付近を密閉しうる位置にイヤチップ取付部を配置するとともに、外耳道と耳甲介との交錯部に対向する部位を筐体Bの外形より窪ませたものである。筐体Cは、上述した試聴機用筐体1と同様の工程を経て製造され、試聴機用筐体1と同様の構造を有しており、試聴機用筐体1に最も近い。筐体Cは、イヤチップが取り付けられるタイプであり、イヤチップを取り付けた状態で耳に装着される。
【0063】
図10は、図9に示した3種類の試験サンプルを用いて行った、平均聴力60dBHLをターゲットとした際に必要になるアンプの利得目標値及びアンプの利得限界設定測定結果を示している。
【0064】
図10中(A):平均聴力60dBHLをターゲットとした際に必要になるアンプの利得目標値を示す表である。アンプの利得限界設定測定試験においては、この目標値を各周波数における利得限界設定値の下限値として設定した。
【0065】
アンプの利得限界設定測定試験は、上述した3種類の試験サンプル(筐体A、筐体B、筐体C)をそれぞれ被験者の右耳に装着させてハウリングしない利得限界設定値の測定を行った。また、筐体Cについては、上述した5種類のイヤチップ(傘無しイヤチップ、及び、S,M,L,LLサイズの各傘部を有したイヤチップ)のそれぞれを取り付けた状態で測定を行った。
【0066】
なお、アンプの利得限界設定測定試験に先立ち、3種類の試験サンプルについて、90dB入力最大出力音圧レベル(OSPL90)及び50dB入力出力音圧レベルの測定を行い、いずれの試験サンプルもほぼ同じ出力特性を有していることを確認している。
【0067】
図10中(B):アンプの利得目標値とアンプの利得限界設定測定結果の関係をまとめた表である。表中の「○」は、記録された利得限界が全ての周波数において目標値に達したことを示しており、「×」は、利得限界がいずれかの周波数において目標値を下回ったことを示しており、「-」は、いずれのサンプルも耳に合わず装用自体ができなかったことを示しており、最終行の「適合率」は、各サンプルを用いた測定結果における「○」の割合を示している。
【0068】
また、最右列の「筐体Cに対する適合イヤチップ」には、利得限界が目標値に達した際に使用していたイヤチップの種類を示しており、「無」は傘無しイヤチップ、「S」「M」「L」「LL」はそれぞれS,M,L,LLサイズの耳栓を示している。例えば、被験者1においては、M,L,LLサイズの各耳栓を取り付けたときには利得限界が目標値に達したのに対し、傘無しイヤチップ及びSサイズの耳栓を取り付けたときには利得限界が目標値を下回ったことを示している。
【0069】
この測定結果から、イヤチップが取り付かない筐体Aや筐体Bよりも、イヤチップが取り付けられる筐体Cの方が「○」の数が多く(適合率が高く)、筐体Cは、イヤチップが取り付けられる構造としたことで、筐体Aや筐体Bと比較してアンプの利得限界が向上していることが確認できた。
【0070】
図10中(C):3種類の試験サンプルを用いた測定結果について、各サンプルを用いた場合における限界利得の周波数毎の平均値を算出し、これを目標値に対する差分(ハウリングマージン)で示したグラフである。縦軸は、限界利得の平均値の目標値に対する差分(単位:dB)を示しており、横軸は、測定を行った周波数(単位:Hz)を示している。このうち、実線は筐体Cについての結果を示しており、破線は筐体Aについての結果を示しており、1点鎖線は筐体Bについての結果を示している。
【0071】
グラフに示されるように、筐体Aや筐体Bにおいては、限界利得が目標値を辛うじて上回った周波数や目標値を下回った周波数が含まれていたのに対し、筐体Cはいずれの周波数においても限界利得が目標値を5dB以上上回っている。この結果から、イヤチップが取り付けられる構造にしたことが有効に作用し、ハウリングマージンが向上していることが確認できた。
【0072】
図11は、装用感及び安定性に関するアンケートの内容を示している。
図11中(A):アンケートの質問票を示す図である。上述したアンプの利得限界設定測定試験の被験者に対し、各試験サンプルに関する装用感及び安定性についてのアンケートを実施した。具体的には、図示された質問票を被験者に配布し、3つの質問に対して複数の選択肢の中から被験者が該当すると感じた選択肢を選んで回答して頂いた。
【0073】
図11中(B):装用感及び安定性に関するアンケート結果をまとめた表である。表中の「○」は、全ての質問に対して「問題なし」と回答されたことを示しており、「×」は、いずれかの質問に対して「問題なし」以外の回答がなされたことを示しており、最終行の「適合率」は、各サンプルに関するアンケート結果における「○」の割合を示している。また、最右列の「筐体Cに対する適合イヤチップ」には、装用感及び安定感に問題がなかったイヤチップの種類を示している。
【0074】
このアンケート結果から、イヤチップが取り付かない筐体Aや筐体Bよりも、イヤチップが取り付けられる筐体Cの方が「○」が多く(適合率が高く)、筐体Cは、イヤチップが取り付けられることで、筐体Aや筐体Bと比較して装用感や安定性(保持力)について問題ないと回答する被験者が増加したことが確認できた。
【0075】
〔オーダーメイド補聴器用筐体の製造工程〕
ところで、上述した実施形態の試聴機用筐体の製造工程の一部は、イヤチップが取り付けられるオーダーメイド補聴器用筐体の製造においても有効である。以下、図12を参照しながら、試聴機用筐体の製造工程の一部を適用したオーダーメイド補聴器用筐体の製造工程について説明する。
【0076】
ステップS31:先ず、ユーザの耳型形状の3Dデータを作成する。耳型形状の3Dデータは、例えば、3Dスキャナによる外耳形状のスキャンや、外耳をさまざまなアングルから撮影した写真を用いて行ったフォトグラメトリによる3DCGモデルの作成、或いは、耳にシリコンゴムを流し込んで採取した耳型の3Dデータ化など、様々な方法により作成することができる。
【0077】
ステップS32:ステップS31にて作成された耳型データに欠損した箇所があるか否かを確認し、欠損した箇所がある場合には(ステップS32:Yes)、ステップS33を実行する。一方、欠損した箇所がない場合には(ステップS32:No)、ステップS35を実行する。
【0078】
ステップS33:耳型データに欠損した箇所がある場合には、所定の母集団に属する複数の人から耳型を採取して得られた複数の外耳形状を3Dデータとして平均化した耳型統計形状を準備する。所定の母集団としては、ユーザが属するカテゴリに対応する母集団(例えば、ユーザが属する年齢及び性別の組み合わせに対応する母集団等)や、ランダムな人で構成された母集団が想定される。また、耳型統計形状の準備としては、所定の母集団について事前に算出された耳型統計形状を用いることや、所定の母集団についての耳型統計形状を新たに算出することが想定される。いずれにしても、このステップにて、所定の母集団について算出された耳型統計形状の3Dデータを利用可能な状態にする。
【0079】
ステップS34:ステップS33にて準備された耳型統計形状を用いて耳型データの欠損箇所を補完する。具体的には、ユーザの耳型形状と耳型統計形状とのスケールを合わせた上で(耳型統計形状のサイズをユーザの耳型形状のサイズに合わせて補正した上で)、耳型データの欠損箇所を耳型統計形状で補う。そして、これ以降の工程においては、補完された耳型形状がユーザの耳型形状として用いられる。
【0080】
ステップS35:ユーザの耳型形状における外耳道中心パスを算出する。外耳道中心パスは、例えば、市販のソフトウェアを用いて算出することができる。
【0081】
ステップS36:ユーザの耳型形状から、初期段階の筐体の3DCGモデル(初期モデル、仮形状のモデル)を作成する。初期モデルは、ユーザの耳型形状における外耳道部及び耳甲介部の一部に隙間なくぴたりと嵌る(合致する)形状をなしたものとなる。
【0082】
ステップS37:ステップS36にて得られた筐体の初期モデルに対し、筐体の外形を設計及びモデリングして中間モデルを作成する。具体的には、上述した筐体の外形のモデリング(図4)の手順例に準じてモデリングがなされる。但し、耳輪脚対向面の調整(図4中のステップS22)は、耳が比較的小さい人を考慮したものであるため、ユーザの耳の大きさ次第で、より具体的には、初期モデルの耳輪脚対向面がユーザの耳型形状における耳輪脚部に接触していなければ、ステップS22は実行不要である。
【0083】
ステップS38:ステップS37にて得られた筐体の中間モデルに対し、電子部品等が収容される筐体の内部空間の形状を設計しモデリングして最終モデルを作成する。
【0084】
ステップS39:ステップS38にて得られた最終モデルに対応する最終段階の3Dデータを用いて、筐体を造形する。
【0085】
以上の各工程を経て、イヤチップが取り付けられるオーダーメイド補聴器用筐体が製造される。なお、上記の手順例はあくまで一例であり、これに限定されない。例えば、耳型統計形状の準備(ステップS33)は、欠損箇所の有無の判定(ステップS32)の前に行ってもよい。また、耳型データに欠損箇所がある場合でも、欠損箇所が極めて小さい場合には、耳型統計形状での補完を行わなくてもよい。すなわち、そのような場合には、ステップS33,S34を実行することなくステップS35を実行してもよい。
【0086】
上述したように、オーダーメイド補聴器用筐体の製造に際しては、先ずユーザの耳型データが作成される。3Dスキャナ等による方法は、ユーザが自ら耳の形状のスキャン等を行って電子データとして販売店に送信し発注することが可能であるため、従来のシリコンゴムを使用した耳型の採取と比較して、格段に利便性が高い。しかしながら、外耳道や、耳の形状によっては耳珠や対珠の裏側も、3Dスキャナからの投影光が届かないため、完全にスキャンすることができず、これらの部位の3Dデータが欠損する。
【0087】
耳型データの一部が欠損していても、欠損の程度が小さい場合には(例えば、微小な穴のような欠損)、3DCGソフトウェアにより滑らかに補正することができるが、欠損の程度が大きい場合や欠損箇所が複雑な形状である場合には、ソフトウェアにより補正を行うと現実から乖離した形状となるため、ソフトウェアによる解決は望めない。また、欠損の程度が大きい場合には、情報が大きく不足するため、ユーザの耳型に合わせた形状を作製することが困難である。
【0088】
これに対し、上述した製造工程によれば、耳甲介に装用される部位の一部はユーザの耳型形状に合わせたカスタム形状としつつ、耳型データが欠損した箇所は耳型統計形状で補完するため、ユーザの耳にとって不快感が小さく装用の安定感が高いオーダーメイド補聴器用筐体を作製することができる。また、外耳道に装用される部位をイヤチップが取り付けられる構造とすることで、外耳道に何らかの違和感が生じたとしても、イヤチップの種類を変更することで違和感を解消することが可能となる。
【0089】
なお、上記の手順例においては、ユーザの耳型形状のデータに欠損箇所がある場合に耳型統計形状を用いて耳型データの欠損箇所を補完しているが(ステップS32:Yes→ステップS33,S34)、耳型統計形状は欠損箇所の補完以外の目的で用いてもよい。例えば、所定の目的のために、外耳の特定部位に関してのみユーザの耳型形状に代えて耳型統計形状を適用する等、ユーザの耳型形状の一部を耳型統計形状で補完することも可能である。
【0090】
〔実施形態の優位性〕
上述した実施形態の聴取装置用筐体(試聴機用筐体、オーダーメイド補聴器用筐体)の製造方法、及び、その製造方法により製造された聴取装置用筐体によれば、以下のような効果が得られる。
【0091】
(1)上述した試聴機用筐体の製造方法によれば、所定の母集団に属する複数の人の外耳形状を3Dデータとして平均化した耳型統計形状から初期モデルを作成した上で、初期モデルに対し、多様な耳における装用感や安定性、音漏れ防止を考慮した外形のモデリングがなされるため、多様な耳において安定装用され不快感が小さく、かつ、ハウリングの生じにくい試聴機用筐体を製造することができる。したがって、販売店において、この筐体を用いた試聴機を、オーダーメイド補聴器の試聴用として提供することが可能となる。
【0092】
(2)上述したオーダーメイド補聴器用筐体の製造方法によれば、ユーザの耳型データに欠損した箇所がある場合でも、所定の母集団について算出された耳型統計形状で欠損箇所を補完することができ、補完された耳型形状に基づいて筐体を作製することができるため、ユーザの耳にとって不快感が小さく装用の安定性が高いオーダーメイド補聴器用筐体を作製することができる。
【0093】
(3)上述した製造方法により製造された聴取装置用筐体は、イヤチップを取り付け可能な構造を有しているため、ユーザが筐体の装用時に外耳道に何らかの違和感を覚えたとしても、イヤチップをユーザの耳により適したものに変更することで違和感を解消することができる。
【0094】
(4)上述した製造方法により製造された聴取装置用筐体は、イヤチップを取り付け可能な構造を有しているため、イヤチップが取り付かないタイプの筐体よりも高いハウリングマージンを確保することができる。
【0095】
(5)上述した製造方法により製造された聴取装置用筐体においては、イヤチップの傘部が形状の個人差が比較的小さい外耳道の入口付近を密閉しうる(入口付近にフィットしうる)位置にイヤチップ取付部が設けられるため、形状の個人差による影響をさほど受けることなく、外耳道の隙間を適切に埋めることができ、したがって、ハウリングの発生を抑制して想定される補聴効果を生み出すことが可能となる。
【0096】
(6)一般的な耳あな型の聴取装置用筐体においては、耳甲介と外耳道との交錯部に対向する部位(交錯部対向面)に窪みが設けられていないのに対し、上述した製造方法により製造された聴取装置用筐体においては、交錯部対向面に窪みが設けられている。交錯部対向面のこうした形状により、大きな耳栓を取り付けた場合でも、その傘部が筐体に干渉して想定外の変形を起こすのを未然に防ぐことができ、したがって、傘部に外耳道の入口付近を確実に密閉させてハウリングの発生を抑制することが可能となる。
【0097】
(7)上述した製造方法により製造された聴取装置用筐体においては、耳珠の裏に面する部位(耳珠対向面)が初期モデルより削られて窪んでおり、また、一般的な耳あな型の聴取装置用筐体と比較しても耳珠対向面が窪んでいる(耳型形状における外耳道内壁の面形状よりも外耳道中心パス寄りに近接させて形成されている)。耳珠対向面のこうした形状により、装用時に生じうる圧迫感を未然に防ぐとともに、筐体の着脱をし易くすることができる。
【0098】
(8)上述した製造方法により製造された筐体においては、イヤチップ取付部に外耳道中心パスが内包されており、イヤチップ取付部が外耳道中心パスに沿った方向に向いているため、多様な耳において装用時の不快感を低減することができる。
【0099】
(9)上述した製造方法により製造された筐体においては、耳輪脚に対向する部位(耳輪脚対向面)が初期モデルより削られて窪んでいるため、耳が比較的小さい人による装用時に、筐体が耳輪脚に接触して痛みが生じるのを未然に防ぐことができる。
【0100】
本発明は、上述した実施形態に制約されることなく、種々に変形して実施することができる。
【0101】
上述した実施形態においては、補聴器を想定して試聴機用筐体及びオーダーメイド補聴器用筐体の製造方法を説明しているが、補聴器以外の聴取装置(例えば、ワイヤレスイヤホン等)用の筐体を製造する際にも、上述した製造方法を適用することが可能である。
【0102】
上述した実施形態においては、5種類のイヤチップとして、傘無しイヤチップ及び傘部のサイズが異なる4種類のイヤチップ(耳栓)が用意されているが、イヤチップの種類はこれに限定されず、さらなるバリエーションを用意してもよい。例えば、上述した実施形態においては、各耳栓が1つの傘部を有しているが、2つの傘部を有した耳栓を用意してもよい。2つの傘部を有した耳栓を筐体に取り付けた場合にも、交錯部対向面の窪みが有効に作用するため、外耳道の入口付近を確実に密閉して音漏れを防止することができ、ハウリングの発生を抑制することができる。
【0103】
その他、実施形態において図示とともに挙げたものはいずれも、飽くまで好ましい一例であり、本発明の実施に際して適宜に変形が可能であることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0104】
1 試聴機用筐体
10 耳珠対向面 (外耳道調整表面領域)
12 耳輪脚対向面
14 交錯部対向面 (耳甲介調整表面領域)
16 イヤチップ取付部 (取付部)
18 フェイスプレート取付部
SO 初期モデル (仮形状のモデル)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12