(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024120525
(43)【公開日】2024-09-05
(54)【発明の名称】溶融塩炉及びその運転方法
(51)【国際特許分類】
G21C 1/22 20060101AFI20240829BHJP
G21C 3/54 20060101ALI20240829BHJP
G21C 7/32 20060101ALI20240829BHJP
G21D 5/00 20060101ALI20240829BHJP
【FI】
G21C1/22
G21C3/54
G21C7/32
G21D5/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023027369
(22)【出願日】2023-02-24
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100112737
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 考晴
(74)【代理人】
【識別番号】100136168
【弁理士】
【氏名又は名称】川上 美紀
(74)【代理人】
【識別番号】100172524
【弁理士】
【氏名又は名称】長田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】中瀬 正彦
(72)【発明者】
【氏名】望月 弘保
(57)【要約】
【課題】簡便な方法で反応度を制御して原子炉の出力を制御することができる溶融塩炉を提供する。
【解決手段】溶融塩炉3は、核燃料物質を含む溶融燃料塩が循環する炉心10と、液相としての溶融燃料塩と気相とからなる気液二相流のボイド率を調整することによって反応度を制御する反応度制御部とを備えている。反応度制御部は、炉心10を循環する溶融燃料塩の流量を変化させる燃料ポンプ20を備えている。原子炉停止状態にて所定量のガスを注入させた状態で、燃料ポンプ20によって溶融燃料塩の流量を漸次増大させることによって原子炉定格状態となるように起動する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
核燃料物質を含む溶融燃料塩が循環する炉心と、
液相としての前記溶融燃料塩と気相とからなる気液二相流のボイド率を調整することによって反応度を制御する反応度制御部と、
を備えている溶融塩炉。
【請求項2】
前記反応度制御部は、前記炉心を循環する前記溶融燃料塩の流量を変化させる燃料ポンプを備えている請求項1に記載の溶融塩炉。
【請求項3】
前記反応度制御部は、原子炉停止状態にて所定量のガスを注入させた状態で、前記燃料ポンプによって前記溶融燃料塩の流量を漸次増大させることによって原子炉定格状態となるように起動する請求項2に記載の溶融塩炉。
【請求項4】
請求項1に記載された溶融塩炉と、
前記溶融塩炉から取り出された熱出力によって駆動されるタービンと、
前記タービンの回転出力を得て発電する発電機と、
を備えている発電プラント。
【請求項5】
核燃料を含む溶融燃料塩が循環する炉心を備えた溶融塩炉の運転方法であって、
液相としての前記溶融燃料塩と気相とからなる気液二相流のボイド率を調整することによって反応度を制御する溶融塩炉の運転方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融塩炉及びその運転方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
脱炭素社会の実現とエネルギー安定供給のために世界で次世代型の原子炉の開発や建設が進んでいる(非特許文献1及び2)。なかでも、溶融塩炉は、液体燃料を用いる点で他の原子炉と異なる。ウラン等の核物質の塩を水酸化ナトリウム等の溶融塩に溶かしこんで溶融燃料塩とし、反応炉の溶融燃料塩を循環させ、熱交換器を経由して熱媒体を加熱して発電用タービンを回す。
【0003】
溶融塩炉のメリットは、燃料の出力が上昇すると温度が上昇し、それによって出力を低下させる自己制御性が高く事故の危険性が極めて低いこと、ウラニウムが地球上に遍在していることから原料の安定供給が比較的容易なこと、燃料を閉じた体系で長期間利用する事から核拡散抵抗性が高いことが挙げられる。
【0004】
溶融塩炉は大きく熱中性子炉と高速炉に大別できる。その他冷却材としてのみ溶融塩が用いられる溶融塩冷却炉がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】エネフロ、「テクノロジーが拓く未来の暮らし Vol.44 次世代原子炉の可能性」、2020年10月18日、インターネット<URL:https://ene-fro.com/article/ef268_a1/>
【非特許文献2】読売新聞オンライン、「安全保障上不可欠なゼロカーボン・エネルギー:原子力<4>次世代原子力技術とは何か」、2021年10月7日、インターネット<URL:https://www.yomiuri.co.jp/choken/kijironko/ckeconomy/20211007-OYT8T50042/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般的な原子炉は、炉内の中性子を吸収する物質(カドミウム、炭化ホウ素など)で作られた制御棒を徐々に引き抜いて炉内の中性子を増やし、核分裂を活発にして原子炉を起動し出力を上げていく。
また、制御棒の位置を変化させて出力を調整する。
【0007】
溶融塩高速炉は、燃料の密度反応度によって温度が高くなると出力が低下する特徴を有している。具体的には、原子炉に異常が発生して燃料ポンプを停止すると燃料温度が上昇する。これにより、液体燃料が温度上昇によって膨張し、増量した燃料は配管を通じて炉心外のタンクに移動する。このことで、一定体積の炉心内で核反応する燃料原子数が減少し、原子炉に加えられる負の反応度により停止する。その固有の安全特性により溶融塩高速炉は制御棒を設けていないタイプが多い。燃料の移動は、温度だけではなく気体によって燃料を排除する事でも達成される。
【0008】
制御棒がない溶融塩炉の出力を0から定格である100%(原子炉熱出力を日本国で認められた定格原子炉熱出力)まで上昇させるためには、溶融塩炉の場合は燃料温度を低くすれば達成できることが知られている。しかしながら温度を低くすると液体燃料が固化してしまうという問題が生じる可能性もあるため、その調整幅は自由には選べない。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、簡便な方法で反応度を制御して原子炉の出力を制御することができる溶融塩炉及びその運転方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様に係る溶融塩炉は、核燃料物質を含む溶融燃料塩が循環する炉心と、液相としての前記溶融燃料塩と気相とからなる気液二相流のボイド率を調整することによって反応度を制御する反応度制御部を備えている。
【0011】
発明者等は、炉心を循環する溶融燃料塩のボイド率に応じて反応度が変化することを見出した。これにより、反応度制御部によって溶融燃料塩のボイド率を調整することで、溶融塩炉の出力を制御することができる。
【0012】
本発明の一態様に係る溶融塩炉では、前記反応度制御部は、前記炉心を循環する前記溶融燃料塩の流量を変化させる燃料ポンプを備えている。
【0013】
気液二相流は流量を変化させることによってボイド率を変化させることができる。そこで、溶融燃料塩の流量を制御する燃料ポンプによってボイド率を制御することとした。具体的には、燃料ポンプによって溶融燃料塩の流量を増加させるとボイド率が低下して反応度が増加する。このように、燃料ポンプの流量を変化させるだけで原子炉の出力を変化させることができる。
【0014】
本発明の一態様に係る溶融塩炉では、前記反応度制御部は、原子炉停止状態にて所定量のガスを注入させた状態で、前記燃料ポンプによって前記溶融燃料塩の流量を漸次増大させることによって原子炉定格状態となるように起動する。
【0015】
原子炉停止状態にて所定量のガス気泡を連続的に注入させておく。このとき、燃料ポンプは所定回転数で運転されており溶融燃料塩は炉心を循環している。そして、燃料ポンプの回転数を上昇させて溶融燃料塩の流量を漸次増大させることによってボイド率を低下させて反応度を上昇させる。そして、燃料ポンプが定格流量に到達すると原子炉が定格状態となり原子炉の起動が完了する。このように、燃料ポンプの流量を増大させるだけで原子炉の起動が可能となる。
【0016】
本発明の一態様に係る発電プラントは、上記に記載された溶融塩炉と、前記溶融塩炉から取り出された熱出力によって駆動されるタービンと、前記タービンの回転出力を得て発電する発電機と、を備えている。
【0017】
本発明の一態様に係る溶融塩炉の運転方法は、核燃料を含む溶融燃料塩が循環する炉心を備えた溶融塩炉の運転方法であって、液相としての前記溶融燃料塩と気相とからなる気液二相流のボイド率を調整することによって反応度を制御する。例えば、気体注入量の調節やポンプ流量の増減によってボイド率を調整する。
【発明の効果】
【0018】
ボイド率を調整するという簡便な方法で溶融塩炉の反応度を制御して原子炉の出力を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一実施形態に係る発電プラントを示した概略構成図である。
【
図2】
図1の炉心近傍を示した部分拡大縦断面図である。
【
図3】シミュレーションに用いた溶融塩炉を示した斜視図である。
【
図4】溶融塩炉の起動時のシミュレーション結果を示したグラフである。
【
図5A】溶融燃料塩のボイド率を定格出力時に0.55%増大させたシミュレーション結果を示したグラフである。
【
図5B】溶融燃料塩のボイド率を定格出力時に2.75%増大させたシミュレーション結果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明に係る一実施形態について、図面を参照して説明する。
図1には、本実施形態に係る溶融塩炉3を備えた発電プラント1が示されている。
【0021】
溶融塩炉3は、塩化物溶融塩高速モジュラー炉(MCSFMR:Molten Chloride Salt Fast Modular Reactor)とされている。溶融塩炉3は、溶融塩を冷却材として用いており、制御棒が設けられていない。溶融塩炉3には、溶融塩炉3を冷却し熱出力を得る二次循環系統5と、二次循環系統5から熱出力を得て発電するタービン発電部7とを備えている。
【0022】
溶融塩炉3に用いる溶融燃料塩は、液体燃料とされ、ナトリウム塩やマグネシウム塩等の溶融塩に対してウランやプルトニウム等の塩化物核燃料物質を混合させたものであり、例えば、40NaCl-30MgCl2-20UCl3/4-10(PuCl3-HMCl3)が用いられる。なお、HMは、ウラン、プルトニウム、超ウランなどの重金属を表す。溶融塩が冷却材としての役割を有する。
【0023】
溶融塩炉3は、格納容器9内の中央に設けられた炉心10と、炉心10の周囲に配置された複数の熱交換器12とを備えている。炉心10と各熱交換器12との間には、入口流路14とで出口流路15とが設けられている。核燃料である溶融燃料塩は、入口流路14を通り熱交換器12から炉心10へと流れ、出口流路15を通り炉心10から各熱交換器12へと流れる。溶融塩炉3の作動温度としては、熱交換器12の入口温度及び出口温度が約500℃~900℃とされている。
【0024】
溶融塩炉3は、例えば50MW~1000MWの出力とされ、熱交換器12の数によって出力を変更できるようになっている。
【0025】
入口流路14には、
図1にて矢印で示すように、ヘリウム(He)が注入可能となっている。ヘリウムの注入量は、図示しない制御部(反応度制御部)によって制御される。ヘリウムは、運転前において一定量が連続的に注入された後に回収され、運転中も一定量もしくは調整された量が注入される。なお、ヘリウムに代えて、放射化しない不活性ガス(アルゴンなど)を用いることとしても良い。
【0026】
各出口流路15には、ガス分離器16が設けられている。ガス分離器16は、キセノン(Xe)やクリプトン(Kr)等を含んだヘリウムを溶融燃料塩から分離する。キセノン等は、核分裂の際に発生し、ヘリウム気体に移行した状態で流される。ガス分離器16によって気体を分離して核反応を継続させる。分離されたキセノン等を含む気体は、ガス分離器16から取り出され、溶融塩炉3の図示していない内部装置へ排出され、Xe等が処理される。ここで回収したヘリウムは再利用される。
【0027】
図2には、ヘリウムが入口流路14から注入され、炉心10を通りガス分離器16へ流れる様子が示されている。溶融燃料塩中に注入されたヘリウムは、溶融燃料塩中で気泡として存在する。気泡の直径は、定格時において例えば0.1mm~1mm程度である。なお、同図における符号CLは、炉心10の中心軸線を示す。
【0028】
図1に示すように、炉心10の下方には、溶融燃料塩を炉心から排出するドレンタンク17と、溶融燃料塩を炉心10へ供給する燃料供給タンク18とが設けられている。ドレンタンク17は、炉心10及び/又は熱交換器12の下方と接続されている。燃料供給タンク18は、入口流路14と接続されている。ただし、炉心10へ燃料を供給できる経路であれば、入口流路14以外の位置に燃料供給タンク18を接続しても良い。
【0029】
各熱交換器12の上部には、電動モータを備えた燃料ポンプ(反応度制御部)20が設けられている。燃料ポンプ20によって溶融燃料塩の流量が決定され、溶融燃料塩が炉心10と各熱交換器12との間で循環する。燃料ポンプ20は、制御部(図示せず)によって回転数が制御されるようになっている。
【0030】
制御部は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、及びコンピュータ読み取り可能な記憶媒体等から構成されている。そして、各種機能を実現するための一連の処理は、一例として、プログラムの形式で記憶媒体等に記憶されており、このプログラムをCPUがRAM等に読み出して、情報の加工・演算処理を実行することにより、各種機能が実現される。なお、プログラムは、ROMやその他の記憶媒体に予めインストールしておく形態や、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体に記憶された状態で提供される形態、有線又は無線による通信手段を介して配信される形態等が適用されてもよい。コンピュータ読み取り可能な記憶媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD-ROM、DVD-ROM、半導体メモリ等である。これによって、周波数を制御してポンプの回転数を制御したり、MG(Motor Generator)セットによって回転数を制御する。
【0031】
炉心10の上部には、膨張タンク22が接続されている。膨張タンク22によって炉心10内の溶融燃料塩の圧力が所定値に調整され、温度上昇によって体積膨張した溶融燃料塩が膨張タンク22に溜められる。
【0032】
二次循環系統5は、二次冷却材を貯留する高温蓄熱タンク24及び低温蓄熱タンク25とを備えている。二次冷却材としては、ナトリウム塩やマグネシウム塩等の溶融塩が用いられ、例えば27.5NaCl-32.5KCl-40MgCl2が用いられる。
【0033】
高温蓄熱タンク24と各熱交換器12との間には、二次冷却材が流通する第1配管26aが設けられている。第1配管26aは、熱交換器12の出口ヘッダ12aと接続されている。熱交換器12にて、炉心10を循環する溶融燃料塩の熱が二次冷却材に伝達される。
【0034】
低温蓄熱タンク25と各熱交換器12との間には、二次冷却材が流通する第2配管26bが設けられている。第2配管26bは、熱交換器12の入口ヘッダ12bと接続されている。第2配管26bには、二次冷却材を流通させるための二次冷却材ポンプ28が設けられている。
【0035】
高温蓄熱タンク24は、二次冷却材が流通する第3配管26cを介して、ガス熱交換器30と接続されている。ガス熱交換器30は、二次冷却材が流通する第4配管26dを介して、低温蓄熱タンク25と接続されている。ガス熱交換器30では、二次冷却材と、タービン発電部7を流通するガス(窒素)とが熱交換される。
【0036】
第1配管26aと第2配管26bとの間には、空気冷却器32が設けられている。空気冷却器32は、溶融塩炉3の停止時に発生する崩壊熱を空冷によって除去するためのものである。空気冷却器の配管は、高温蓄熱タンク24及び/又は低温蓄熱タンク25に設けても良い。
【0037】
タービン発電部7は、ガスタービン発電機35を備えている。ガスタービン発電機35は、窒素(ガス)を作動流体とし、ガス熱交換器30で加熱された窒素が供給されて回転駆動されるタービン37と、タービン37によって駆動される発電機38とを備えている。タービン37に対して同軸で接続された第1圧縮機39a及び第2圧縮機39bが設けられている。第1圧縮機39aと第2圧縮機39bとの間には、第1圧縮機39aによって圧縮された窒素の圧縮熱を冷却する中間冷却器41が設けられている。
【0038】
タービン37の出口には、第2圧縮機39bから吐出された窒素と熱交換する再生熱交換器43が設けられている。再生熱交換器43で熱回収した窒素は、前置冷却器45を介して第1圧縮機39aへと導かれる。第2圧縮機39bから吐出されて再生熱交換器43を通過した窒素は、ガス熱交換器30へと返送される。なお、作動流体としては、窒素に限定されるものではなく、超臨界二酸化炭素(CO2)やヘリウム(He)としても良い。
【0039】
次に、上記構成の発電プラント1の運転方法について説明する。
<溶融塩炉停止時>
溶融塩炉停止状態では、通常は溶融燃料塩の固化を防止するため、制御部の指令によって燃料ポンプ20は所定の最低回転数にて運転される。例えば、定格回転数の1/10程度に設定される。これにより、溶融燃料塩は炉心10と各熱交換器12との間を循環する。溶融燃料塩には、所定量のヘリウムが連続的に注入されている。例えば、ボイド率が1%程度以上となるようにヘリウムが注入されている。原子炉停止時の崩壊熱は、各熱交換器12を介して二次循環系統5の空気冷却器32等によって外部へ排熱される。
【0040】
<溶融塩炉起動時>
溶融塩炉3を起動するときは、先ず、燃料ポンプ20の回転数を所定の最低回転数から徐々に上昇させる。燃料ポンプ20の回転数が上昇して溶融燃料塩の循環流量が増大すると、気液二相流の特性としてボイド率が減少する。ボイド率が減少することによって反応度が増大し、溶融塩炉3の出力が増大する。燃料ポンプ20の回転数は、制御部の指令によって、溶融塩炉3の定格出力に対応する定格回転数まで増大させる。燃料ポンプ20の定格回転数は、所定の計算によって予め決定しておくことができる。
【0041】
より具体的な起動方法は以下の通りである。
溶融塩炉3に注入するヘリウムが原子炉停止状態で例えばボイド率が4%になるように注入する。溶融燃料塩の流量は定格の1/10で循環させる。この時のヘリウムの気泡は、直径が小さく、溶融燃料塩とほぼ同じ速度で流れている状態である。ヘリウムによって溶融燃料塩は、体積の4%分が排除されるため、原子炉が停止している状態で、大きな原子炉停止余裕を有していることになる。この余裕を少なくして原子炉を起動するためには、流量を増加させ気泡の影響を減らして臨界にした後に流量をさらに増加させてボイド率を低下させればよい。このために、溶融燃料塩を循環する燃料ポンプ20を起動して徐々に流量を増加させる。流量が増加すると、一定量で注入しているヘリウムの割合が、溶融燃料塩に対して次第に低くなり、原子炉出力は、燃料ポンプ20による流量増加に従って増加することになる。出力が高くなるに連れて、原子炉の温度は高くなるため、温度による出力抑制効果が現れ、出力を増加させる効果と抑制する効果が共存する中での起動となる。流量が定格になった時のボイド率は約0.4%になるため、ボイド率にして3.6%減少したことになる。
【0042】
これまでの評価で、1%ボイド率が変化すると、反応度が約1.8$投入されることになるため、燃料ポンプ20の回転数を定格の1/10から定格回転数にしただけで、3.6%のボイド率変化では約6.5$もの大きな正の反応度が加えられ、出力上昇によって燃料温度が高温になりそれによる負の反応度の影響をキャンセルして溶融塩炉3が起動することとなる。このように、溶融塩炉3を起動するためには、注入したヘリウム量を調節することなく、燃料ポンプ20の回転数を変化させるだけでよい。なお、原子炉の反応度を表す単位である$は、ρ/β、つまり反応度ρを遅発中性子の全中性子に対する割合βで割ったものである。
【0043】
溶融塩炉3の出力が所定位置以上まで上昇すると、発電を行う。具体的には、熱交換器12によって得られた熱出力を二次冷却材に伝達し、高温蓄熱タンク24に二次冷却材を貯留する。そして、高温蓄熱タンク24からガス熱交換器30へと二次冷却材を供給してタービン発電部7を循環する窒素を加熱する。加熱されてエンタルピーが増大した窒素を用いてタービン37を回転させることによって発電機38にて電力を得る。
【0044】
<負荷変更時>
溶融塩炉3が起動した後の大きな負荷変更は、制御部の指令によって燃料ポンプ20の回転数を変更することによって行う。具体的には、負荷を増大させる場合は燃料ポンプ20の回転数を上昇させてボイド率を低下させ反応度を増大させる。負荷を減少される場合は燃料ポンプ20の回転数を減少させてボイド率を増大させて反応度を低下させる。なお、反応度は溶融燃料塩の温度にも影響されるので、制御部では温度を見ながら反応度を制御する。中央給電指令所から依頼される分単位の15%程度の負荷変動および秒単位の数%の負荷変動に対しては、原子炉に影響を与えないようにタービン発電部7の流量変化だけで行う。
【0045】
[実施例]
次に、上述した実施形態について、シミュレーションによって検証した。
シミュレーションでは、溶融塩高速炉の核特性と流動特性を同時に解析する方法(Mochizuki, NED, 368, 110793, 2020)により、具体的には3次元の計算流体力学(CFD)のFLUENTコードとアイダホ国立研究所(INL)から提供されたRELAPS5-3Dコードを用い、ヘリウム注入量を一定にして溶融燃料塩の流量を増加させることで溶融塩炉3を起動できることを明らかにした。
【0046】
図3には、シミュレーションに用いた溶融塩炉3のモデルが示されている。具体的には、炉心10の高さHは2.4m、炉心10の直径Dは2.3mとした。
図3の右横には参考として人間の大きさが示されている。
【0047】
溶融燃料塩としては、40NaCl-30MgCl2-20UCl3/4-10(PuCl3-HMCl3)を用い、二次冷却材の溶融塩としては、27.5NaCl-32.5KCl-40MgCl2を用いた。なお、HMは、ウラン、プルトニウム、超ウランなどの重金属を表す。溶融燃料塩の融点は約690Kであり、二次冷却材の溶融塩の融点は約660Kである。
【0048】
気液二相流については、以下の理論式を用いてボイド率を概算できる。
【数1】
ここで、αはボイド率、jはみかけ流速(superficial velocity)、Qは体積流量、Aは流路断面積、uは実際の速度を示す。添え字のgは気相、lは液相を示す。
【0049】
ボイド直径が小さい場合の気泡上昇速度は、以下の式で評価できる(Collins, R., 1967. The effect of a containing cylindrical boundary on the velocity of a large gas bubble in a liquid, J. Fluid Mechanics, 28, 97-112. https://doi.org/10.1017/S0022112067001922)。気泡の直径が小さいと気泡は流体と一緒に流れることになる。
【数2】
ここでu
B0は、気泡の上昇速度、gは重力の加速度、Dは気泡の直径を示す。このため、気体の体積流量が一定の場合、気体の実際の流速(液体の流速とほぼ等しい)が大きくなれば、ボイド率は小さくなることが容易に理解できる。
【0050】
図4には、溶融塩炉3の起動時のシミュレーション結果が示されている。同図において、横軸は時間(秒)、左軸は正規化した原子炉出力(Normalized Power)及び流量(flow rate)、右軸は温度(K)である。
【0051】
同図には、溶融塩炉3が停止して崩壊熱出力となっている状態で、燃料ポンプ20の回転数を定格の1/10から定格まで上昇させた場合の溶融塩炉3の原子炉出力変化が示されている。0秒で原子炉出力は、崩壊熱出力(定格出力の1.4%)、溶融燃料塩流量は定格の1/10である。7000秒で燃料ポンプ20の回転数を定格である100%にして定格流量まで上昇させる。この時の原子炉出力は、崩壊熱出力である1.4%から100%まで上昇して定格に到達する。
【0052】
図5A及び
図5Bには、溶融塩炉3の溶融燃料塩のボイド率を定格出力時に変化させた場合のシミュレーション結果が示されている。各図において、横軸は時間(秒)、左軸は正規化した原子炉出力(Normalized Power)及び流量(flow rate)、右軸は温度(K)である。
【0053】
図5Aは、ボイド率を定格出力時に0.55%上昇させた場合の挙動が示されている。ボイド率が1%増加すると約-1.8$の反応性が導入されるため、0.55%のボイド率の増加は-1$の反応性の追加に相当する。ボイド率が上昇すると、原子炉出力が減少し、初期の原子炉出力の85%程度となる。これに伴い、出口温度が低下し、若干の遅れで入口温度も低下することが分かる。
【0054】
図5Bは、ボイド率を定格出力時に2.75%上昇させた場合の挙動が示されている。2.75%のボイド率の増加は-5$の反応性の追加に相当する。原子炉出力が大きく減少し、崩壊熱出力近傍まで低下する。しかし、原子炉の平均温度が下がると、原子炉出力は再び上昇し、約27%出力で落ち着く。原子炉出力の低下に応じて原子炉入口温度も低下し、最終的には一定値で安定することが分かる。
【0055】
以上説明した本実施形態の作用効果は以下の通りである。
溶融燃料塩のボイド率を調整することによって反応度を変化させ、溶融塩炉3の出力を制御することができる。
【0056】
気液二相流は流量を変化させることによってボイド率を変化させることができる。そこで、溶融燃料塩の流量を制御する燃料ポンプ20によってボイド率を制御することとした。具体的には、燃料ポンプ20によって溶融燃料塩の流量を増加させるとボイド率が低下して反応度が増加する。このように、燃料ポンプの流量を変化させるだけで溶融塩炉3の出力を変化させることができる。
【0057】
原子炉停止状態にて所定量のヘリウムを注入させておく。このとき、燃料ポンプ20は所定回転数で運転されており溶融燃料塩は炉心を循環している。なお、ポンプを運転しなくても流量がある程度達成できる場合には、自然循環も可能である。そして、燃料ポンプ20の回転数を上昇させて溶融燃料塩の流量を漸次増大させることによってボイド率を低下させて反応度を上昇させる。そして、燃料ポンプ20が定格流量に到達すると溶融塩炉3が定格状態となり溶融塩炉3の起動が完了する。このように、燃料ポンプ20の流量を増大させるだけで溶融塩炉3の起動が可能となる。
【符号の説明】
【0058】
1 発電プラント
3 溶融塩炉
5 二次循環系統
7 タービン発電部
9 格納容器
10 炉心
12 熱交換器
12a 出口ヘッダ
12b 入口ヘッダ
14 入口流路
15 出口流路
16 ガス分離器
17 ドレンタンク
18 燃料供給タンク
20 燃料ポンプ(反応度制御部)
22 膨張タンク
24 高温蓄熱タンク
25 低温蓄熱タンク
26a 第1配管
26b 第2配管
26c 第3配管
26d 第4配管
28 二次冷却材ポンプ
30 ガス熱交換器
32 空気冷却器
35 ガスタービン発電機
37 タービン
38 発電機
39a 第1圧縮機
39b 第2圧縮機
41 中間冷却器
43 再生熱交換器
45 前置冷却器
CL 中心軸線