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  • 特開-銅合金板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024120693
(43)【公開日】2024-09-05
(54)【発明の名称】銅合金板
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20240829BHJP
   C22C 9/04 20060101ALI20240829BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20240829BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20240829BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240829BHJP
   C22F 1/08 20060101ALN20240829BHJP
【FI】
C22C9/06
C22C9/04
H01B1/02 A
H01B5/02 Z
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 683
C22F1/00 682
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691A
C22F1/00 692A
C22F1/00 602
C22F1/00 694A
C22F1/00 686A
C22F1/00 661A
C22F1/08 B
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023027680
(22)【出願日】2023-02-24
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100206140
【弁理士】
【氏名又は名称】大釜 典子
(72)【発明者】
【氏名】石川 遼典
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 久郎
(72)【発明者】
【氏名】隅野 裕也
【テーマコード(参考)】
5G301
5G307
【Fターム(参考)】
5G301AA01
5G301AA03
5G301AA07
5G301AA09
5G301AA12
5G301AA13
5G301AA14
5G301AA19
5G301AA20
5G301AA21
5G301AA23
5G301AA24
5G301AB01
5G301AB02
5G301AB05
5G301AB20
5G301AD03
5G301AE02
5G307CA07
5G307CB02
(57)【要約】
【課題】高い耐力と優れた曲げ加工性を実成できる銅合金板を提供する。
【解決手段】Ni:1.2~3.0質量%、Si:0.10~1.0質量%、Zn:0.01~3.0質量%を含み、残部がCu及び不可避不純物からなり、厚さ方向の断面において、表面からの深さが板厚の10%までの範囲をEBSD測定したとき、CI値0.1未満である部分の合計面積率が10.0~60.0%である、銅合金板。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni:1.2~3.0質量%、
Si:0.10~1.0質量%、
Zn:0.01~3.0質量%を含み、
残部がCu及び不可避不純物からなり、
厚さ方向の断面において、表面からの深さが板厚の10%までの範囲をEBSD測定したとき、CI値0.1未満である部分の合計面積率が10.0~60.0%である、銅合金板。
【請求項2】
さらに、Sn及びMgの1種以上を、
Sn:0質量%超1.0質量%以下、
Mg:0質量%超0.2質量%以下の範囲で含有する、請求項1に記載の銅合金板。
【請求項3】
さらに、Al、Mn、Cr、Ti、Zr、Fe、P、及びAgからなる群から選択される1種以上を、合計で0質量%超0.5質量%以下含有する、請求項1または2に記載された銅合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、銅合金板に関し、特に、高い耐力を有し、且つ曲げ加工性に優れた銅合金板に関する。
【背景技術】
【0002】
電気電子部品用銅合金には、高い導電率、高い耐力(降伏応力)、高い引張強度、優れた曲げ加工性、優れた耐疲労特性、優れた耐応力緩和特性、高いヤング率などが要求される。それらの特性を満たすために、銅合金板の金属組織を制御することが行われている。
特に、高強度(高い耐力及び高い引張強度)と、優れた曲げ加工性とは両立が難しいため、様々な工夫がされている。
【0003】
特許文献1~4には、銅合金板の転位密度の指標としてKAM値を導入し、KAM値を1.0~3.0とすることにより、銅合金板の強度と曲げ加工性のバランスをとることを開示している。
なお、KAM値は、測定範囲の金属組織中に存在する転位密度の平均を求めるものである。
【0004】
特許文献5には、銅合金板の表面近くのせん断帯が少なくすることにより、耐力などの物性値を低下させることなく、優れた曲げ加工性としわのない曲げ部外観を達成できる銅合金板が得られることが開示されている。
せん断帯は、変形が局部的に集中した組織、すなわち歪が多くたまって転位密度が増加している部分であり、周りの組織に比べ変形しにくい。このため、せん断帯が存在する材料では、曲げ加工した際に、せん断帯を起点に不均一伸びが生じてしわや割れが発生しやすい。一方、せん断帯が形成されるまで圧延加工をしないと加工硬化はできず、要求される合金強度を達成することができない。
特許文献5では、せん断帯の分布に着目し、せん断帯の本数を銅合金板の表面近くで少なく、内部で多くすることにより、曲げ加工性を改善することができるとしている。
【0005】
特許文献6には、銅合金板の表面から5μmの深さまでのせん断集合組織の極密度を2~8にすることにより、プレス加工性、曲げ加工性及び強度に優れた銅合金板が得られることが開示されている。
通常、冷間圧延において、圧延時にロールと接する銅合金板の表層部と、板中央部とでは、形成される集合組織に差異がある。表層部では、ロールとの摩擦力の影響で材料がせん断変形されるためである。特許文献6では、この表層部の組織を表面集合組織(せん断集合組織)と称している。
なお、せん断集合組織の極密度は、X線回折法により、銅合金板の結晶方位をマクロ的に測定して得られる。
【0006】
また、特許文献7~9には、銅合金板のKAM値と、それに関連する物性について開示がある。
特許文献7~8には、銅合金板の転位密度の指標であるKAM値と、エッチングによる腐食との関係性について言及されている。
特許文献9には、EBSD法にて測定したGoss方位密度を2.0~6.0%とし、KAMの平均値を0.9~1.5°として、優れた耐疲労性を発揮させることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5690170号公報
【特許文献2】特許第5314663号公報
【特許文献3】特許第5476149号公報
【特許文献4】国際公開第2013/018228号
【特許文献5】特許第5281031号公報
【特許文献6】特開2010-222618号公報
【特許文献7】特許第06154565号公報
【特許文献8】特許第06152212号公報
【特許文献9】特許第05192536号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
自動車分野においては、環境規制対応、快適性、安全性の追求、また近年のCASE(Connected、Autonomous、Shared & Services、Electric)を背景とした先進運転支援システムにより、多種類の電子機器が実装され、その数が増加している。このため、端子、コネクター、リレー部品等には、さらなる小型化が要求されている。小型部品を製造するためには、特許文献1~6と同等の高い耐力を維持しつつ、さらに優れた曲げ加工性(特に、密着曲げ性)を実現することが求められている。
特許文献7~9には、曲げ加工性及び耐力を向上させる方法について開示されていない。
【0009】
本発明の実施形態では、高い耐力と優れた曲げ加工性を実成できる銅合金板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の態様1は、
Ni:1.2~3.0質量%、
Si:0.10~1.0質量%、
Zn:0.01~3.0質量%を含み、
残部がCu及び不可避不純物からなり、
厚さ方向の断面において、表面からの深さが板厚の10%までの範囲をEBSD測定したとき、CI値0.1未満である部分の合計面積率が10.0~60.0%である、銅合金板である。
【0011】
本発明の態様2は、
さらに、Sn及びMgの1種以上を、
Sn:0質量%超1.0質量%以下、
Mg:0質量%超0.2質量%以下の範囲で含有する、態様1に記載の銅合金板である。
【0012】
本発明の態様3は、
さらに、Al、Mn、Cr、Ti、Zr、Fe、P、及びAgからなる群から選択される1種以上を、合計で0質量%超0.5質量%以下含有する、態様1または2に記載の銅合金板である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の実施形態によれば、高い耐力と優れた曲げ加工性を実現できる銅合金板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1(a)~(c)は、密着曲げ試験で使用した治具の概略断面図である。
図2図2(a)、(b)は、密着曲げ試験における、密着曲げを行った試料片の断面(観察面)の光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本実施形態は、加工組織であるせん断帯を活用して、高い耐力と優れた曲げ加工性を有するCu-Ni-Si系銅合金板を提供するものである。
【0016】
「せん断帯」は、変形が局部的に集中した組織、すなわち歪が多くたまって転位密度が増加している部分である。一般的に、せん断帯が発達していると、銅合金板の伸びを低下させ、曲げ加工性を低下させるとされていた。そのため、曲げ加工性を向上させるためには、仕上げ冷間圧延の加工率を低くしてせん断帯を抑制することが有効であると考えられていた。しかしながら、低い仕上げ圧延率では高い耐力が発現しないため、高い耐力と優れた曲げ加工性の両立(つまり、耐力-曲げ加工性のバランスの向上)は困難であった。
【0017】
本発明者らは鋭意検討した結果、所定の化学成分組成を有するCu-Ni-Si系銅合金板において、表面近傍の観察領域のうち、せん断帯を含んでいる部分の面積率を制御することにより、耐力-曲げ加工性バランスに優れた銅合金板が得られることを見いだした。
【0018】
本実施形態では、せん断帯に関する指標として、EBSD測定の信頼性指数CI値(Confidence Index)を用いている。CI値は、測定点における局所的な転位の有無(せん断帯の有無)を観察している。測定範囲全体を多数の測定点で測定し、各測定点において転位があるか否かを判断して、測定範囲のうち、転位を含む部分の割合(面積率)を求めることができる。
【0019】
なお、CI値以外の転位の指標としては、特許文献1~4及び7~9で用いているKAM値がある。特許文献1~4及び7~9におけるKAM値は、測定範囲内に含まれている転位の数の平均値を求めるものであり、局所的な転位の有無を測定したものではない。そのため、転位を含む部分の面積率を測定していない点で、本実施形態のCI値とは大きく異なっている。
また、特許文献6のせん断集合組織の極密度の測定も、X線回折法により、銅合金板の結晶方位をマクロ的に測定するものであり、局所的な転位の有無を知ることはできない。
【0020】
以下に、本実施形態に係る銅合金板の化学成分組成、組織、及び製造方法について説明する。
【0021】
1.化学成分組成
(1)Ni:1.2~3.0質量%
Niの含有量は、1.2~3.0質量%とする。
Niは、SiとNi-Si系化合物を時効析出させることで、高強度かつ高導電率を得ることができる。Niが1.2質量%未満では効果が小さいため不適当であり、Niが3.0質量%より大きいと熱間圧延または溶体化処理で粗大化合物が生成され、曲げ加工性を低下させるため不適当である。
Niの下限値は、好ましくは1.3質量%、より好ましくは1.35質量%である。Niの上限値は、好ましくは2.5質量%、より好ましくは2.0質量%である。
【0022】
(2)Si:0.10~1.0質量%
Siの含有量は、0.10~1.0質量%とする。
上述したように、Siは、NiとNi-Si系化合物を時効析出させることで、高強度かつ高導電率を得ることができる。Siが0.10質量%未満では効果が小さいため不適当であり、Siが1.0質量%より大きいと熱間圧延または溶体化処理で粗大化合物が生成され、曲げ加工性を低下させるため不適当である。
Siの下限値は、好ましくは0.15質量%、より好ましくは0.20質量%である。Siの上限値は、好ましくは0.80質量%、より好ましくは0.60質量%である。
【0023】
(3)Zn:0.01~3.0質量%
Znの含有量は、0.01~3.0質量%とする。
Znを添加することで、積層欠陥エネルギーが低下し、上がり圧延時に変形双晶の導入が促進され、銅合金板の強度増加が見込まれる。また、Zn添加により、はんだ及びSnめっきの耐熱剥離性が改善される。しかし、Znの添加量が3.0質量%より大きいと、はんだの濡れ性が低下するため不適当であり、Znの添加量が0.01質量%未満であると、はんだ及びSnめっきの耐熱剥離性の改善が不十分であるため不適当である。
Znの下限値は、好ましくは0.15質量%、より好ましくは0.30質量%、更に好ましくは0.50質量%である。Znの上限値は、好ましくは2.0質量%、より好ましくは1.5質量%である。
【0024】
(4)残部
好ましい1つの実施形態では、残部は、Cu及び不可避不純物である。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素の混入が許容される。
【0025】
なお、銅合金板はこの実施形態に限定されず、本発明の銅合金板の特性を維持できる限り、任意のその他の元素を更に含んでよい。そのように選択的に含有させることができるその他の元素を以下に例示する。
【0026】
(5)Sn及びMgの1種以上を、Sn:0質量%超1.0質量%以下、Mg:0質量%超0.2質量%以下の範囲で含有
Snを添加する場合、Snの含有量は、0質量%超1.0質量%以下とすることが好ましい。
Snを添加することで、固溶強化による銅合金板の強度増加、また耐応力緩和特性の向上が見込まれる。上記の効果を発現させるため、Snの含有量は0質量%超であることが好ましい。また、Snの含有量を1.0質量%以下とすることにより、端子用銅合金に求められる特性である導電率を、高く維持することができる。
Snの下限値は、より好ましくは0.005質量%、更に好ましくは0.01質量%、特に好ましくは0.05質量%である。Snの上限値は、より好ましくは0.7質量%、更に好ましくは0.5質量%である。
【0027】
Mgを添加する場合、Mgの含有量は、0質量%超0.2質量%以下とすることが好ましい。
Mgを添加することで、固溶強化による銅合金板の強度増加、また耐応力緩和特性の向上が見込まれる。上記の効果を発現させるため、Mgの含有量は0質量%超であることが好ましい。また、Mgの含有量を0.2質量%以下とすることにより、端子用銅合金に求められる特性である導電率を、高く維持することができる。
Mgの下限値は、より好ましくは0.005質量%、更に好ましくは0.01質量%、特に好ましくは0.05質量%である。好ましいMgの上限値は0.17質量%、更に好ましくは0.15質量%である。
【0028】
(6)Al、Mn、Cr、Ti、Zr、Fe、P、及びAgからなる群から選択される1種以上を、合計で0質量%超0.5質量%以下
これらの元素を添加することで、固溶強化による銅合金板の強度増加、また耐応力緩和特性の向上が見込まれる。上記の効果を発現させるため、これらの元素の合計含有量は0質量%超であることが好ましい。また、これらの元素の合計含有量を0.5質量%以下とすることにより、端子用銅合金に求められる特性である導電率を、高く維持することができる。
【0029】
2.組織
本実施形態に係る銅合金板は、表面近傍の金属組織中にせん断帯が多い(せん断帯の数密度が高い)ことを特徴とする。具体的には、厚さ方向の断面において、銅合金板の表面からの深さが板厚の10%までの範囲をEBSD測定したとき、CI値0.1未満である部分の合計面積率を10.0~60.0%に制御する。
銅合金板の最表面部分の金属組織が曲げひずみの影響を大きく受け、曲げ性に影響を及ぼすため、本発明者らは、表面近傍の浅い部分を測定範囲とすることで、銅合金板の曲げ性を知ることができると考えた。本実施形態では、銅合金板の表面から、板厚の10%の深さまでの範囲を測定範囲とした。
【0030】
せん断帯の数密度の評価方法としては、EBSDで取得するCI値を利用する。CI値(Confidence Index)とは、信頼性指数のことであり、結晶方位の信頼性を示す指標であり、0~1の値をとる。CI値を用いることで、観測点の結晶性の良さを評価することができ、せん断帯のような変形が集中した箇所ではCI値は低くなる。
【0031】
本実施形態では、測定点のCI値が0.1より小さい場合、その測定点にはせん断帯が形成されていると判断する。測定範囲の全体にわたってEBSD測定を行い、CI値が0.1未満となっている部分の面積の合計(合計面積S2(μm))を求める。そして、EBSD測定を行う測定範囲の面積S1(μm)に対する、合計面積S2(μm)の割合(S2/S1)を、「CI値が0.1未満である部分の合計面積率」または「せん断帯量」と称する。
CI値が0.1未満である部分の合計面積率(S2/S1)は0~100%の範囲の値となり、測定範囲内にせん断帯が存在しない場合は0%、測定範囲内の金属組織の全体にせん断帯が存在する場合は100%となる。
【0032】
本実施形態では、銅合金板の表面から、板厚の10%の深さまでの範囲において、CI値が0.1未満である部分の合計面積率を10.0~60.0%に制御することにより、曲げ加工性を向上している。合計面積率を制御することにより、曲げ加工率を向上できる理由は定かではないが、以下のようなメカニズムであると推測される。
【0033】
曲げ加工時に、せん断帯を起点に細かいシワが発生する。シワが多数発生することで、それらのシワに曲げひずみが分配される。つまり、特定のシワへの曲げひずみ集中が抑制され、シワが成長して割れに至ることが抑制されると考えられる。
【0034】
CI値が0.1未満である部分の合計面積率が10.0%より低いと個々のしわへの曲げひずみ集中の抑制効果が低くなり、割れが生じやすくなる。一方で、当該合計面積率が60.0%を超えると、せん断帯が密集しすぎるため、曲げ加工性が低下する。
CI値が0.1未満である部分の合計面積率について、好ましくは20.0%以上、より好ましくは30.0%以上であり、好ましくは50.0%以下である。
【0035】
CI値の測定は以下のように行う。
銅合金板の板幅の中央付近を通り、かつ板幅方向と垂直な面で切断し、その切断面の組織観察を行う。その切断面において、銅合金板の表面と、表面からの深さが板厚の10%の位置との間にあり、かつ圧延方向の寸法(幅)が約150μmの範囲を測定範囲として、EBSDで測定する。例えば、板厚が150μmの場合、測定範囲の面積は、深さ方向の寸法15μm×幅約150μm=約2250μmとなる。
EBSD測定では、上記測定範囲を、測定ステップ間隔0.05μmまたは0.025μmで実施する。EBSDデータを画像解析ソフトで解析してCI値を求め、せん断帯の数密度の評価(CI値が0.1未満である部分の合計面積率の算出)を行う。
【0036】
3.製造方法
次に本発明に係る銅合金板の製造方法について説明する。
【0037】
銅合金板は、熱間圧延、冷間圧延、溶体化処理、時効処理、仕上げ冷間圧延及び低温焼鈍の各工程をこの順に行って製造することができる。なお、溶体化処理と時効処理との間には、冷間圧延を行わない。
【0038】
本発明の銅合金板は、基本的には、圧延された銅合金板であり、これを幅方向にスリットした条や、これら板、条をコイル化したものも本発明の銅合金板に含まれる。
【0039】
(熱間圧延、冷間圧延)
まず、所望の化学成分組成を有する銅合金鋳塊を作製する。銅合金鋳塊を900~1000℃で30~300分加熱した後、熱間圧延を行う。その後、狙い厚さ(例えば0.2~1mm)まで冷間圧延する。狙い厚さは銅合金板の仕上げ圧延率と最終板厚を考慮して適宜変更する。
【0040】
(溶体化処理)
続く溶体化処理は、昇温速度80℃/秒以上で700~850℃に加熱し、その温度で10~120秒(sec.)保持して、熱処理を行う。その後、降温速度80℃/秒以上で銅合金板を冷却する。
溶体化処理の条件は、特許文献2に比べて、昇温速度が著しく速く、保持時間が短い点で相違する。
【0041】
(時効処理)
溶体化処理後に、昇温速度40~80℃/時で銅合金板を400~500℃に加熱し、その温度で2~7時間(hr.)保持して、熱処理を行う。その後、降温速度20~60℃/時で銅合金板を冷却する。この処理により、Ni-Siを時効析出させる(時効処理)。
なお、溶体化処理と時効処理の間に圧延を行わない点、および時効処理の熱処理時間が短い点で、特許文献7と相違する。
【0042】
(仕上げ冷間圧延)
時効処理後、上記条件で作成した銅合金板を、圧下率40~80%で仕上げ冷間圧延を行う。
仕上げ冷間圧延で金属材料を変形させると、すべり変形、せん断変形生じる。母相中に析出物が形成されていると、材料の変形抵抗が高くなり、すべり変形が抑制される。したがって、時効処理で時効析出した後に仕上げ冷間圧延を行うことで、せん断変形が促進され、せん断帯を効率的に導入することができる。仕上げ冷間圧延の圧下率(これを「仕上げ圧延率」と称する)が40%より低いと、せん断帯の導入が不足し、曲げ加工性が低下する。
【0043】
一方、仕上げ圧延率が80%を超えるとせん断帯が過剰に導入されるため、曲げ加工性が低下する。仕上げ圧延率を40~80%とすることにより適度なせん断帯が導入され、曲げ加工性が向上する。
仕上げ圧延率の下限値は、好ましくは45%、更に好ましくは50%であり、仕上げ冷間圧延前の溶体化条件、時効条件に応じて適宜設定することが好ましい。
【0044】
(低温焼鈍)
仕上げ冷間圧延の後に、板材の残留応力の低減、ばね限界値と耐応力緩和特性の向上を目的として、低温焼鈍を実施する。このときの加熱温度は250~450℃とすることが望ましい。このような低温での焼鈍により、板材内部の残留応力が低減され、強度低下を殆ど伴わずに、曲げ加工性と破断伸びを上昇させることができる。また、導電率も併せて上昇させることができる。なお、低温焼鈍時の加熱温度が、時効処理の加熱温度の上限温度(500℃)を超えると大幅に軟化してしまう。よって、低温焼鈍時の加熱温度の上限を450℃とした。一方、加熱温度が250℃より低い場合は、前記した各特性の改善効果が十分に発現しにくくなる。
【0045】
以上に説明した本発明の実施形態に係る銅合金板の製造方法に接した当業者であれば、試行錯誤により、上述した製造方法と異なる製造方法により本発明に係る銅合金板を得ることができる可能性がある。
【実施例0046】
(銅合金板の作製)
誘導炉にて、表1に示す組成を狙い、銅合金鋳塊(厚さ45mm)を作製した。この鋳塊を950℃で30分以上加熱した後、厚さ約20mmまで熱間圧延を行い、水冷することで熱延板を得た。その後、熱延板の表面酸化スケールを除去するため面削を施し、厚さ約2mmまで冷間圧延を行った。その後、表2に示す加工及び熱処理の条件にて、前圧延(冷間圧延)、溶体化処理、時効処理、仕上げ冷間圧延、及び低温焼鈍を順に施すことで、板厚約0.15mm(150μm)の銅合金板試料を得た。
なお、溶体化処理の昇温速度は80℃/秒以上、降温速度80℃/秒以上とし、時効処理の昇温速度40~80℃/時、降温速度20~60℃/時とした。
【0047】
(組織観察)
銅合金板試料の板幅の中央付近を通り、かつ板幅方向と垂直な面で切断し、その切断面の組織観察を行った。まず銅合金板を切断し、そして樹脂埋め込み、および観察面調製を行った。観察面調製は、機械研磨、バフ研磨をした後にクロスセクションポリッシャ(日本電子製SM-09010)により行った。調製後の観察面において、銅合金板の表面から深さ15μmまで(板厚の10%に相当)、圧延方向の寸法(幅)が約150μmの測定範囲をEBSDで測定した。
【0048】
EBSD測定には、ZEISS社製Ultra55を用い、上記測定範囲を、測定ステップ間隔0.05μmまたは0.025μmで測定を実施した。測定点が格子点となるような格子を仮想し、測定範囲内に含まれる測定点(格子点)の総数X1に対する、CI値が0.1未満であった測定点(格子点)の数X2の割合(X2/X1)を、合計面積率(%)とみなした。得られた合計面積率の値を、表3に「せん断帯量」として記載した。
【0049】
各測定点におけるCI値は、EBSDデータを画像解析ソフト(TSLソリューションズ社製OIM)で解析して求めた。なおOIMにてEBSDデータを解析する際には、測定パラメータ(Number of Bands)/(Max Number of Bands)をCI値に変換し解析を行った。
【0050】
(特性評価)
引張試験(T.D.方向の0.2%耐力)、導電率、密着曲げ性を測定し、銅合金板試料の特性評価を行った。
【0051】
・引張試験:
銅合金板試料から、引張試験用の試験片を作製して、引張試験に用いた。
引張試験は、圧延方向に対して垂直方向の長手方向をとしたJIS5号試験片を用いて、島津製作所社製のAG―IS(100kN)により、室温、試験速度5mm/min、評点距離50mmの条件で実施し、0.2%耐力(MPa)を測定した。この引張試験結果により、圧延直角方向(T.D.方向)の0.2%耐力(Y.S.)が、670MPa以上を可、720MPa以上を良、750MPa以上を優、と評価する。
【0052】
・導電率:
銅合金板試料から、導電率測定用の試験片を作製して、導電率を測定した。
導電率は、圧延方向に対し垂直方向を長手とした幅10mm×長さ180mmの試験片を用い、ダブルブリッジ式抵抗測定装置(黄河計測社製275200)により電気抵抗を測定して、平均断面積法により算出した。この測定で、導電率が37%IACS以上のものを、高導電性を有していると評価する。
【0053】
・密着曲げ性:
銅合金板試料の密着曲げ試験は、以下の方法により実施した。
銅合金板試料から、圧延方向に10mm×板幅方向に10mmの寸法で切り出した試料片を、片面研磨により板厚約0.1mmまで研磨し、研磨面が曲げ内側となるようにGoodWay(曲げ軸が圧延方向に直角)密着曲げ試験を行った。
【0054】
密着曲げ試験では、V字型の曲げ治具(図1(a)の符号11、12、および図1(b)の符号21、22)と、ブロック状の治具(図1(c)の符号31、32)を使用した。まず、研磨後の試験片Sを、図1(a)に示すような治具11、12の間に挟んで、200Nの荷重でR=0.05、θ=90°に曲げ、つづいて、図1(b)に示すような治具21、22の間に挟んで、200Nの荷重でR=0.05、θ=150°に曲げた。最後に、V字状に曲がった試験片Sを、図1(c)に示すようなブロック状の治具31、32の間に挟んで、200Nの荷重で押しつぶして密着曲げを行う。
【0055】
密着曲げ性の判定は、曲げ部の断面観察により割れの有無を確認して判定した。曲げ部の表面のうち、密着曲げしたときに互いに向かい合う面を「内側面」、内側面と反対側の面を「外側面」とした(図2(a)、(b)参照)。密着曲げ性は、曲げ部(図2(a)、(b)において破線で囲った部分)の外側面における割れの有無で判定した。
【0056】
密着曲げを行った試験片(曲げ試験片)を樹脂埋め込みし、曲げ軸と垂直な面が断面(観察面)となるように、機械研磨およびバフ研磨により観察面調製を行った。光学顕微鏡(倍率:×200倍)により、断面(観察面)を観察し、曲げ部の外側面における割れの有無を判定した。「割れ」は、曲げ部の外側面の表面から試料片の内部に向かって延びる、細い亀裂として観察されるものを指す。
【0057】
図2(a)に示す例(試料No.1)は、曲げ部の外側面に割れが確認されなかったものであり、「密着曲げ可(○)」と判定した。図2(b)に示す例(試料No.7)は、曲げ部の外側面に割れが観察されたものであり、「密着曲げ不可(×)」と判定した。判定結果を、表3の「G.W.密着曲げ性」の欄に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
発明例である試料No.1~6は、本実施形態で規定した化学成分組成及びせん断帯量を充足するため、高い耐力及び優れたG.W.密着曲げ性を有し、耐力-曲げ性バランスに優れた銅合金板が得られた。また、試料No.1~6の銅合金板は、高い導電率を有し、電気電子部品に使用することに支障がないことが分かった。
【0062】
比較例である試料No.7~8は、せん断帯量が本実施形態で規定した範囲から外れていたため、G.W.密着曲げ性が低く、割れが発生した。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本開示の銅合金板は、高強度でG.W.密着曲げ性に優れていることから、自動車車載用などの嵌合端子及びその他の端子材、並びに、リレー、スイッチ、ソケットなどの電気電子部品の通電部品に好適である。
図1
図2
【手続補正書】
【提出日】2024-05-24
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni:1.2~3.0質量%、
Si:0.10~1.0質量%、
Zn:0.501.5質量%を含み、
残部がCu及び不可避不純物からなり、
厚さ方向の断面において、表面からの深さが板厚の10%までの範囲をEBSD測定したとき、CI値0.1未満である部分の合計面積率が10.0~60.0%である、銅合金板の製造方法であって、
熱間圧延、冷間圧延、溶体化処理、時効処理、仕上げ冷間圧延及び低温焼鈍の各工程をこの順に行い、溶体化処理と時効処理との間には冷間圧延を行わない、銅合金板の製造方法
【請求項2】
さらに、Sn及びMgの1種以上を、
Sn:0質量%超1.0質量%以下、
Mg:0質量%超0.2質量%以下の範囲で含有する、請求項1に記載の銅合金板の製造方法
【請求項3】
さらに、Al、Mn、Cr、Ti、Zr、Fe、P、及びAgからなる群から選択される1種以上を、合計で0質量%超0.5質量%以下含有する、請求項1または2に記載された銅合金板の製造方法