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特開2024-120779アレルギー性鼻炎の重症度評価用バイオマーカーおよびアレルギー性鼻炎の重症度を評価する指標を取得する方法
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  • 特開-アレルギー性鼻炎の重症度評価用バイオマーカーおよびアレルギー性鼻炎の重症度を評価する指標を取得する方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024120779
(43)【公開日】2024-09-05
(54)【発明の名称】アレルギー性鼻炎の重症度評価用バイオマーカーおよびアレルギー性鼻炎の重症度を評価する指標を取得する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240829BHJP
【FI】
G01N33/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023027823
(22)【出願日】2023-02-24
(71)【出願人】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001139
【氏名又は名称】SK弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100130328
【弁理士】
【氏名又は名称】奥野 彰彦
(74)【代理人】
【識別番号】100130672
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】石井 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】吉村 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 大樹
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045DA01
2G045DA35
(57)【要約】      (修正有)
【課題】患者から得られた検体を用いて、精度よくアレルギー性鼻炎の重症度を評価するための指標を取得する方法とバイオマーカーを提供する。
【解決手段】鼻汁試料中に含まれる一次代謝産物のうち、アルギニン、アルギニノコハク酸、シトルリン、グアノシン、グルタミン、グリシン、リシン、リンゴ酸、尿酸、コハク酸およびトレオニンからなる群から選択される一次代謝産物を少なくとも1種類含む、アレルギー性鼻炎の重症度評価用バイオマーカーである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鼻汁試料中に含まれる一次代謝産物のうち、アルギニン、アルギニノコハク酸、シトルリン、グアノシン、グルタミン、グリシン、リシン、リンゴ酸、尿酸、コハク酸およびトレオニンからなる群から選択される一次代謝産物を少なくとも1種類含む、アレルギー性鼻炎の重症度評価用バイオマーカー。
【請求項2】
前記アレルギー性鼻炎がスギ花粉によるアレルギー性鼻炎である、請求項1に記載のバイオマーカー。
【請求項3】
アレルギー性鼻炎の重症度を評価する指標を取得する方法であって、
鼻汁試料中に含まれる一次代謝産物のうち、アルギニン、アルギニノコハク酸、シトルリン、グアノシン、グルタミン、グリシン、リシン、リンゴ酸、尿酸、コハク酸およびトレオニンからなる群から選択される一次代謝産物を少なくとも1種類測定する測定工程と、
前記測定工程により測定された結果に基づいてアレルギー鼻炎の重症度を評価する指標を取得する取得工程と、
を含む、方法。
【請求項4】
前記アレルギー性鼻炎がスギ花粉によるアレルギー性鼻炎である、請求項3に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アレルギー性鼻炎の重症度評価用バイオマーカーおよび、アレルギー性鼻炎の重症度を評価する指標を取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アレルギー性鼻炎は、I型アレルギーの代表的な疾患の1つであり、花粉およびダニなどの特定の物質(アレルゲン)によって引き起こされる。アレルゲンとして、花粉、ホコリ中のハウスダストやダニ、カビ、細菌および動物のフケなどが挙げられる。花粉は、草本花粉および樹木花粉に大別できる。花粉の種類としては、スギ、ヒノキ、ハンノキ、シラカバ、ブタクサおよびイネ科植物などの季節性花粉が挙げられる(花粉によるアレルギー性鼻炎を、花粉症ともいう)。近年、スギ花粉などによるアレルギー性鼻炎は、低年齢層を中心に増加している。アレルギー性鼻炎は、くしゃみ、水様性鼻汁、鼻閉および眼のかゆみといった不快な症状を引き起こし、さらには睡眠および学習などの生活の質および労働生産性にも影響を及ぼす。そのため、積極的に治療介入して症状を緩和することは重要である。
【0003】
アレルギー性鼻炎の発症を判断する指標の一つに、アレルゲン特異的IgE抗体値があり、その値に基づくクラス分類(クラス1,2,3,4,5,6)が行われているものの、このクラス分類は、実際、アレルギー性鼻炎の重症度とは相関しないことが分かっている。特許文献1には、複数の抗原特異的抗体量の比を指標として、アレルギー性鼻炎の症状を評価する試験方法が開示されているが、上述したようにアレルギー性鼻炎の重症度を正しく評価できていない。
【0004】
また、臨床でアレルギー性鼻炎の重症度を評価できる生体バイオマーカーは未だ開発されていないため、現在は、専門医以外の一般診療科の医師でも診断が可能なように、アレルギー性鼻炎の重症度評価は主に患者本人が自覚する鼻炎症状の程度を指標にしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-76719号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の患者の自覚症状を指標とする評価方法は客観性に欠けるという問題点がある。さらに、自己評価ができない小児などの患者の場合は、正確な評価が困難である。また、専門医による鼻腔内所見を用いた評価方法も存在するが、すべての患者を診察して重症度を判断することは困難である。
【0007】
本発明は、患者から得られた検体を用いて、精度よくアレルギー性鼻炎の重症度を評価するための指標を取得する方法と、指標としてのバイオマーカーを提供することを目的とする。具体的には、アレルギー性鼻炎の重症度と相関する症状および鼻腔内所見の程度と高い相関を示すバイオマーカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、以下が提供される。
[1]鼻汁試料中に含まれる一次代謝産物のうち、アルギニン、アルギニノコハク酸、シトルリン、グアノシン、グルタミン、グリシン、リシン、リンゴ酸、尿酸、コハク酸およびトレオニンからなる群から選択される一次代謝産物を少なくとも1種類含む、アレルギー性鼻炎の重症度評価用バイオマーカー。
[2]上記アレルギー性鼻炎がスギ花粉によるアレルギー性鼻炎である、[1]に記載のバイオマーカー。
[3]アレルギー性鼻炎の重症度を評価する指標を取得する方法であって、鼻汁試料中に含まれる一次代謝産物のうち、アルギニン、アルギニノコハク酸、シトルリン、グアノシン、グルタミン、グリシン、リシン、リンゴ酸、尿酸、コハク酸およびトレオニンからなる群から選択される一次代謝産物を少なくとも1種類測定する測定工程と、上記測定工程により測定された結果に基づいてアレルギー鼻炎の重症度を評価する指標を取得する取得工程と、を含む、方法。
[4]上記記アレルギー性鼻炎がスギ花粉によるアレルギー性鼻炎である[3]に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、患者から得られた検体を用いて、精度よくアレルギー性鼻炎の重症度を評価するため指標を取得する方法と、指標としてのバイオマーカーを提供することができる。具体的には、アレルギー性鼻炎の重症度と相関する症状および鼻腔内所見の程度と高い相関を示すバイオマーカーを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、「症状スコア」と統計学的に相関を示す各一次代謝産物(AUC>0.800)のROC曲線である。
図2図2は、「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」の合計スコアと統計学的に相関を示す各一次代謝産物(AUC>0.800)のROC曲線である。
図3図3は、バイオマーカーレベルに基づいて「症状スコア」が6点以上であることを、どの程度判別できるのかを示したROC曲線である。図1に示す8種のバイオマーカーレベルをサポートベクターマシンで機械学習し、一つ抜き交差検証で症状スコア6点以上である可能性を示す値(0~1.0)を算出し、閾値ごとの感度および特異度を表したものである。図中、「CI」は、Confidence interval(信頼区間)を表す。
図4図4は、バイオマーカーレベルに基づいて「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」が12点以上であることを、どの程度判別できるのかを示したROC曲線である。図2に示す11種のバイオマーカーレベルをサポートベクターマシンで機械学習し、一つ抜き交差検証で症状スコア12点以上である可能性を示す値(0~1.0)を算出し、閾値ごとの感度および特異度を表したものである。図中、「CI」は、Confidence interval(信頼区間)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について詳述する。なお、本明細書において、「~」はその前後の数値を含む範囲を意味する。
【0012】
以下、本実施形態に係るバイオマーカーについて説明し、次いで、本実施形態に係るバイオマーカーの使用について説明する。
【0013】
<バイオマーカー>
本実施形態のバイオマーカーは、アレルギー性鼻炎の重症度評価用のバイオマーカーであり、鼻汁試料中に含まれる測定可能な一次代謝産物であることが好ましい。鼻汁試料には、鼻汁、任意の液体で希釈された鼻汁および任意の液体で抽出された鼻汁を含む。なお、アレルギー性鼻炎の重症度を評価するときには、上述したバイオマーカーを含む組成物を用いてもよい。
【0014】
本実施形態に係る一次代謝産物には、核酸およびアミノ酸の他に、解糖系、糖新生、TCA回路、発酵、尿素回路、脂肪酸代謝、ピリミジン生合成、グルタメートアミノ酸基合成、ポルフィリン代謝、アスパルテートアミノ酸基合成、芳香族アミノ酸合成、ヒスチジン代謝、分岐アミノ酸合成、ペントースホスフェート経路、プリン生合成、グルクロネート代謝、イノシトール代謝、セルロース代謝、スクロース代謝、デンプンおよびグリコーゲン代謝などの代謝経路を構成する低分子化合物が含まれる。本実施形態に係る一次代謝産物は、アルギニン、アルギニノコハク酸、シトルリン、グアノシン、グルタミン、グリシン、リシン、リンゴ酸、尿酸、コハク酸およびトレオニンからなる群から選ばれることが好ましい。
【0015】
本実施形態に係る組成物が含むバイオマーカーは、特定の値を示すバイオマーカーレベルを有する。「バイオマーカーレベル」とは、組成物中の一のバイオマーカーの濃度、絶対量およびシグナル強度(蛍光など)、ならびに複数のバイオマーカーの濃度、絶対量およびシグナル強度(蛍光など)の比および和などを表す。バイオマーカーレベルが所定の値以上又は所定の値以下である場合、重症であると判断できる。なお、鼻汁試料が、任意の液体で希釈または抽出などの前処理を経ている場合には、もとの鼻汁あたりの濃度、絶対量およびシグナル強度に換算して表すことができる。
【0016】
一実施態様において、上記「所定の値」とは、アレルギー性鼻炎未発症の健常者におけるバイオマーカーレベルよりも高い値であることが好ましい。また、別の実施態様において、上記「所定の値」とは、アレルギー性鼻炎未発症の健常者におけるバイオマーカーレベルよりも低い値であることが好ましい。
【0017】
本実施形態に係るバイオマーカーレベルは、自覚症状や鼻腔内所見から認められる重症度と相関することが好ましい。具体的には、本実施形態に係るバイオマーカーレベルは、「鼻アレルギー診療ガイドライン(2020年度版;日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー感染症学会)」の重症度(程度)分類に係る各項目(症状に関する項目:くしゃみ発作、鼻漏、鼻閉;鼻腔内所見に関する項目:下鼻甲介粘膜の腫脹、下鼻甲介粘膜の色調、鼻汁性状、水様性分泌量)と相関することが好ましい。上記の各項目は、それぞれ、表1(症状に関する項目)および表2(鼻腔内所見に関する項目)にしたがって、スコア化することができる。本実施形態に係るバイオマーカーレベルは、症状に関する項目(表1)の各スコアの合計値を症状スコア、鼻腔内所見に関する項目(表2)の各スコアの合計値を鼻腔内所見スコアとしたときに、「症状スコア」または「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」の合計スコアと有意に正または負に相関することが好ましい。
【0018】
【表1】
【0019】
【表2】
【0020】
本実施形態において、バイオマーカーレベルと「症状スコア」または「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」の合計スコアとの相関係数を算出した際のp値が、0.05未満であることが好ましく、0.04未満、0.03未満、0.02未満または0.01未満であることがさらに好ましい。p値がこのような範囲のバイオマーカーであると、バイオマーカーレベルに基づいて精度よくアレルギー性鼻炎の重症度を評価することができる。
【0021】
本実施形態において、「症状スコア」(12点満点)を中央値である6点以上の群と6点未満の群とに分けて、Receiver operatorating characteristic curve(ROC曲線)を作成した際の曲線下面積(Area under the curve, AUC)の値が、0.700以上が好ましく、具体的には例えば、0.700以上、0.750以上、0.800以上、0.810以上、0.820以上、0.830以上、0.840以上または0.850以上がさらに好ましい。ここで、AUCは、当該バイオマーカーによる2群分けの正確さの尺度である。AUCの値が1に近いほど、2群を正確に分類できることを表す。AUCの値がこのような範囲であると、バイオマーカーに基づいて精度よくアレルギー性鼻炎の重症度を評価することができる。
【0022】
本実施形態において、「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」の合計スコア(24点満点)を中央値である12点以上の群と12点未満の群とに分けて、ROC曲線を作成した際のAUCの値が、0.700以上が好ましく、具体的には例えば、0.700以上、0.750以上、0.800以上、0.810以上、0.820以上、0.830以上、0.840以上または0.850以上がさらに好ましい。AUCの値がこのような範囲であると、バイオマーカーに基づいて精度よくアレルギー性鼻炎の重症度を評価することができる。
【0023】
本実施形態に係るバイオマーカーを複数使用してアレルギー性鼻炎の重症度を評価することができる。まずは「症状スコア」(12点満点)のみを用いる場合について説明する。スコアが6点以上あるいは6点未満の2群に検体を群別し、それぞれの検体から得られた分析結果のうち、AUC>0.800となった一次代謝産物のバイオマーカーレベルをサポートベクターマシンで機械学習する。その際、一個抜き交差検証により検体のスコアを6点以上と判別する精度を確認する。正答ラベルは群別を行った際に検体に付与される「6点以上」あるいは「6点未満」である。一個抜き交差検証による判別結果は、各検体におけるスコアが6点以上である可能性を示す0から1.0の値で提示される。0から1.0の値において閾値を変化させた際の判別精度をROC曲線として表すことによりAUCの値を求めることができ、また、正答率を閾値に応じて求めることができる。正答率は、70.0%以上が好ましく、具体的には例えば、70.0%以上、75.0%以上、80.0%以上、81.0%以上、82.0%以上、83.0%以上、84.0%以上または85.0%以上がさらに好ましい。正答率がこのような範囲であると、バイオマーカーに基づいて精度よくアレルギー性鼻炎の重症度を評価することができる。
【0024】
次に「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」を用いる場合について説明する。合計スコア(24点満点)を12点以上の群と12点未満の群の2群に検体を群別し、それぞれの検体から得られた分析結果のうち、AUC>0.800となった一次代謝産物のバイオマーカーレベルをサポートベクターマシンで機械学習する。その際、一個抜き交差検証により検体のスコアを12点以上と判別する精度を確認する。正答ラベルは群別を行った際に検体に付与される「12点以上」あるいは「12点未満」である。一個抜き交差検証による判別結果は、各検体におけるスコアが12点以上である可能性を示す0から1.0の値で提示される。0から1.0の値において閾値を変化させた際の判別精度をROC曲線として表すことによりAUCの値を求めることができ、また正答率を閾値に応じて求めることができる。正答率は、70.0%以上が好ましく、具体的には例えば、70.0%以上、75.0%以上、80.0%以上、81.0%以上、82.0%以上、83.0%以上、84.0%以上または85.0%以上がさらに好ましい。正答率がこのような範囲であると、バイオマーカーに基づいて精度よくアレルギー性鼻炎の重症度を評価することができる。
【0025】
<バイオマーカーの使用>
本実施形態に係るバイオマーカーは、アレルギー性鼻炎の重症度評価に使用することができる。また、当該重症度評価に基づいてアレルギー性鼻炎の治療方針の決定に使用することもできる。なお、重症度評価については、当該バイオマーカーを含む組成物を測定することにより評価してもかまわない。
【0026】
本実施形態の一態様は、鼻汁試料中に含まれる一次代謝産物を少なくとも1種類測定する測定工程を含む、花粉症などのアレルギー性鼻炎の重症度を評価する方法である。また、本実施形態の別の態様は、鼻汁試料中に含まれる一次代謝産物を少なくとも1種類測定する工程を含む、花粉症などのアレルギー性鼻炎の重症度を評価するための指標を取得する方法である。
【0027】
本実施形態に係る方法は、測定工程の前に、鼻汁を採取する採取工程をさらに含んでもよい。本実施形態に係る鼻汁は、従来公知の方法で採取できる。鼻汁量が多い場合は、例えば、セロファン紙、ハトロン紙および薬包紙などの水分を吸収しにくい紙に鼻をかませることにより採取することができる。鼻汁量が少ない場合は、例えば、鼻腔内に綿棒を所定時間留置させることにより採取することができる。このとき、綿棒の質量をあらかじめ測定する綿棒測定工程を含むことが好ましい。綿棒測定工程において、質量は、小数点第3位または小数点第4位まで測定することが好ましい。鼻腔内に綿棒を留置させる時間は、例えば、1秒以上であり、2,3,4,5,6,7,8,9,10秒以上であってもよい。このことにより、採取した鼻汁の質量を取得することができる。
【0028】
本実施形態に係る方法は、測定工程の前に、鼻汁を保存する保存工程をさらに含んでもよい。本実施形態に係る保存工程の保存温度は、25℃以下、10℃以下、0℃以下、-20℃以下、-40℃以下、-60℃以下または-80℃以下であってもよい。本実施形態に係る保存工程の保存時間は、特に限定されないが、1年以内、1月以内、7日以内、3日以内または24時間以内であってもよい。
【0029】
本実施形態に係る方法は、測定工程の前に、鼻汁試料を調製する調製工程をさらに含んでもよい。鼻汁試料は、採取した鼻汁をそのまま使用しても、鼻汁を任意の液体で希釈または抽出してもよい。鼻汁を希釈または抽出する液体は、バイオマーカーとなり得る一次代謝産物に分解などの悪影響を与えなければ、特に限定されない。鼻汁を希釈または鼻汁の成分を抽出する液体としては、例えば、水、リン酸緩衝溶液、生理食塩水、ならびにエタノール、メタノール、イソプロパノール、およびアセトンなどの有機溶媒が挙げられる。
【0030】
本実施形態に係る一次代謝産物は、従来公知の方法で測定できる。一次代謝産物の測定方法として、例えば、質量分析装置を用いることができる。具体的には液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィーなどのクロマト分離およびイオン化機構(エレクトロスプレーイオン化、大気圧化学イオン化、脱離エレクトロスプレーイオン化)を連結した質量分析装置(四重極型、二重収束型、飛行時間型、イオントラップ型およびイオンサイトクロトロン共鳴型など)が挙げられる。また、本実施形態に係る一次代謝産物の測定には、誘導体化などの前後処理を含み得る。本実施形態に係る一次代謝産物の測定は、これらの測定方法を、単独で行っても、複数を組み合わせてもよい。本実施形態に係る測定値は、一次代謝産物の濃度、絶対量もしくはイオン強度、または複数の一次代謝産物の濃度、絶対量およびイオン強度の比もしくは和であってもよい。
【0031】
本実施形態に係る方法は、測定工程の後に、重症度を評価する指標を取得する取得工程をさらに含んでもよい。本実施形態に係る取得工程は、測定工程で得られた測定値と、所定の値とを比較してもよい。所定の値は、測定毎に計算して得られた値でもよく、記憶装置に記憶させた値でもよく、書面に記載された値でもよい。
【0032】
本実施形態に係る方法は、取得工程の後に、治療方針を判断する判断工程をさらに含んでもよい。本実施形態に係る判断工程において、取得工程の結果に基づいて、処方する薬剤の種類、量および頻度を決定してもよい。
【0033】
本実施形態に係る方法によれば、患者本人が自覚する鼻炎症状の程度といった主観的な指標によらず、鼻汁の一次代謝物の測定値という客観的な指標によって簡便にアレルギー性鼻炎の重症度を精度よく評価することができる。したがって、小児患者のように自己評価が困難な場合にも有用である。また、本実施形態に係る方法によれば、専門医による鼻腔内所見を必要とせず、簡便な方法でアレルギー性鼻炎の重症度を精度よく評価することができる。さらに、本実施形態に係る方法によれば、アレルギー性鼻炎の治療方針を決定することができる。
【0034】
本実施形態に係る方法は、測定工程の前後の任意のタイミングに、症状スコアおよび/または鼻腔内所見スコアを算出するスコア算出工程をさらに含んでもよい。症状スコアおよび/または鼻腔内所見スコアと、測定工程における測定値とを組み合わせることで、評価精度をさらに向上させることができる。また、本実施形態に係る測定工程の前にスコア算出工程を行い、スコアの値が所定の値以上の場合にのみ測定工程に進むことを判断してもよい。このようにすることで、効率的にアレルギー性鼻炎の重症度の評価をすることができる。
【0035】
本実施形態の一態様は、鼻汁試料中に含まれる一次代謝産物を少なくとも1種類測定可能な、アレルギー性鼻炎の重症度評価用装置である。本実施形態に係るアレルギー性鼻炎の重症度評価用装置は、例えば、鼻汁試料を採取するため器具および一次代謝産物を少なくとも1種類測定可能な装置を含み得る。
【実施例0036】
以下、実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。なお、以下に説明する実施例は、本発明の代表的な実施例の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0037】
2020年2月~4月のスギ花粉飛散期に耳鼻咽喉科を受診した被験者70名を対象とした。なお、感染性鼻炎、悪性腫瘍、免疫不全疾患などがある患者は被験者から除外した。各被験者について、受診当日の水様性鼻汁、鼻閉およびくしゃみの有無、ならびにスギ花粉既往の有無から、花粉症症状を有する被験者37名を選抜した。さらに、花粉症症状を有する被験者のうち、血液中のスギ特異的IgE抗体値がクラス2(0.70UA/mL)以上の被験者32名を、スギ花粉症発症例とした。
【0038】
<一次代謝産物の測定>
スギ花粉症発症例となった被験者から、鼻腔内に綿棒を5分間留置して鼻汁を採取した。採取した各鼻汁は、試験に供するまで-80℃で保存した。
【0039】
各鼻汁をメタノールで抽出して鼻汁試料とした後、高速液体クロマトグラフ-エレクトロスプレー-トリプル四重極質量分析(LC-ESI-TQMS)装置を用いて、複数の一次代謝産物量を分析した。具体的には、以下に示す超高速液体クロマトグラフィー条件で測定した後、分析データシステム(LabSolutions(島津製作所製))を用いて定量分析した。
分析カラム:Discovery HS F5-3(シグマアルドリッチ社製)
移動相A:0.1%ギ酸-水
移動相B:0.1%ギ酸-アセトニトリル
流速:0.25mL/min
注入量:3mL
カラム温度:40℃
溶出方式:ステップワイズ溶出(表1参照)
【0040】
【表3】
【0041】
<症状スコアおよび鼻腔内所見スコアの算出>
スギ花粉症発症例となった被験者の鼻汁採取日の自覚症状および鼻腔内所見を確認した。具体的には、表1および表2にしたがってスコア化した。各被験者について、症状に関する項目(表1)の各スコアの合計値を症状スコア、鼻腔内所見に関する項目(表2)の各スコアの合計値を鼻腔内所見スコアとした。
【0042】
<統計解析>
「症状スコア」または「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」の合計スコアと、検出された各一次代謝産物量とについて、相関係数およびp値を算出した。その結果、「症状スコア」と有意な相関(p<0.05)を示した一次代謝産物は20種類(表4参照)、「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」の合計スコアと有意な相関(p<0.05)を示した一次代謝産物は24種類(表5参照)であった。
【0043】
【表4】
【0044】
【表5】
【0045】
上記において各スコアと有意な相関(p<0.05)を示した一次代謝産物について、さらにROC曲線解析を行った。具体的には、症状スコア(12点満点)と有意な相関(p<0.05)を示した一次代謝産物について、被験者を6点以上の群と6点未満の群とに分けて、ROC曲線を作成した。また、「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」の合計スコア(24点満点)と有意な相関(p<0.05)を示した一次代謝産物について、被験者を12点以上の群と12点未満の群とに分けて、ROC曲線を作成した。その結果、症状スコアについて、AUC>0.800である一次代謝産物は、アルギニン、グルタミン、尿酸、リシン、シトルリン、コハク酸、グアノシンおよびリンゴ酸であった(図1参照)。また、「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」の合計スコアについて、AUC>0.800である一次代謝産物は、アルギニノコハク酸、シトルリン、アルギニン、グアノシン、尿酸、リンゴ酸、グルタミン、トレオニン、リシン、コハク酸およびグリシンであった(図2参照)。
【0046】
症状スコア(12点満点)のみを用いて、スコアが6点以上あるいは6点未満の2群に検体を群別し、それぞれの検体から得られた分析結果のうち、図1に示すAUC>0.800となった8つの一次代謝産物のバイオマーカーレベルをサポートベクターマシンで機械学習した。その際、一個抜き交差検証により検体のスコアを6点以上と判別する精度を確認した。正答ラベルは群別を行った際に検体に付与される「6点以上」あるいは「6点未満」である。一個抜き交差検証による判別結果は、各検体におけるスコアが6点以上である可能性を示す0から1.0の値で提示される。0から1.0の値において閾値を変化させた際の判別精度を図3のROC曲線に示す。このときのAUCの値は0.777であった。閾値を0.5とした場合の正答率は78.13%(誤答7、正答25)であった。
【0047】
同様に、「症状スコアおよび鼻腔内所見スコア」の合計スコア(24点満点)を用いて、合計スコアが12点以上あるいは12点未満の2群に検体を群別し、上述した検証を行った。ただし、バイオマーカーレベルは図2に示す、AUC>0.800となった11種を用いた。一次代謝産物ROC曲線を図4に示す。このときのAUCの値は0.866であった。閾値を0.5とした場合の正答率は78.13%(誤答7、正答25)であった。
【0048】
以上の結果から、鼻汁試料中の一次代謝産物量を用いてアレルギー性鼻炎の重症度を評価できることが分かった。また、指標となる一次代謝産物が1つの場合でも複数の場合でも、重症度を評価できることが分かった。
図1
図2
図3
図4