(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024120855
(43)【公開日】2024-09-05
(54)【発明の名称】ブラシレスDCモータの回転速度推定方法および制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 6/17 20160101AFI20240829BHJP
【FI】
H02P6/17
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024012574
(22)【出願日】2024-01-31
(31)【優先権主張番号】P 2023027357
(32)【優先日】2023-02-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(71)【出願人】
【識別番号】000106944
【氏名又は名称】シナノケンシ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100199819
【弁理士】
【氏名又は名称】大行 尚哉
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【弁理士】
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】千田 有一
(72)【発明者】
【氏名】種村 昌也
(72)【発明者】
【氏名】武藤 直斗
【テーマコード(参考)】
5H560
【Fターム(参考)】
5H560BB04
5H560BB12
5H560DA02
5H560DA19
5H560DB00
5H560EB01
5H560GG03
5H560RR06
5H560TT09
5H560TT15
5H560TT18
5H560XA04
5H560XA12
(57)【要約】
【課題】磁気センサで観測した情報からブラシレスDCモータの回転速度をより高精度に推定することができるブラシレスDCモータの回転速度推定方法を提供する。
【解決手段】ブラシレスDCモータの回転速度推定方法は、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が、時変値r[k]となるように、カルマンフィルタ54を設定するカルマンフィルタ設定ステップST2と、磁気センサ13のそれぞれから出力される検出パルス信号を取得する検出パルス信号取得ステップST3と、取得した検出パルス信号から得られる連続パルスから、ロータの観測回転速度を算出する回転速度算出ステップST4と、カルマンゲインの調整パラメータ(r)を前回の推定回転速度を用いて更新するカルマンフィルタ更新ステップST5と、カルマンフィルタ54に観測回転速度を入力し観測誤差雑音が除去されたロータの回転速度を推定する回転速度推定ステップST6と、を含む。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロータの磁極を検出する複数の磁気センサの出力に基づき前記ロータの回転速度を算出し、算出した前記回転速度をカルマンフィルタに通して、前記ロータの実際の回転速度を推定するブラシレスDCモータの回転速度推定方法であって、
前記カルマンフィルタのカルマンゲインの調整パラメータ(r)が、次の式1で表される時変値r[k]となるように、前記カルマンフィルタを設定するカルマンフィルタ設定ステップと、
前記複数の磁気センサのそれぞれから出力される検出パルス信号を所定のサンプリング周期で取得する検出パルス信号取得ステップと、
各サンプリング時刻で取得した前記検出パルス信号の排他的論理和(XOR)をとって得られる連続パルスから、前記ロータの回転速度を、観測回転速度として算出する回転速度算出ステップと、
今回のサンプリング時刻において使用する前記カルマンフィルタのカルマンゲインの調整パラメータ(r)を、前回のサンプリング時刻において推定された前回の推定回転速度を用いて更新するカルマンフィルタ更新ステップと、
前記カルマンゲインの調整パラメータ(r)が更新された前記カルマンフィルタに、今回のサンプリング時刻において算出された前記観測回転速度を入力し、前記観測回転速度に含まれる前記磁気センサの位置誤差および前記ロータ磁極の位置誤差に起因する観測誤差雑音が除去された前記ロータの回転速度を推定する回転速度推定ステップと、
を含むことを特徴とするブラシレスDCモータの回転速度推定方法。
【請求項2】
前記係数(h
ω)を、次の式2に示すように、前記ロータを一定回転速度で駆動させて観測される前記ロータ1回転分の前記連続パルスの各エッジ間の回転速度のそれぞれに含まれる前記観測誤差雑音に基づき設定する、請求項1記載のブラシレスDCモータの回転速度推定方法。
【請求項3】
前記ブラシレスDCモータは8極の3相モータであり、
前記連続パルスから前記ロータ1回転あたり得られる24パルスを用いて、前記カルマンゲインの調整パラメータr[k]が設計されている、請求項2記載のブラシレスDCモータの回転速度推定方法。
【請求項4】
前記カルマンフィルタの事前共分散行列の調整パラメータ(q)に、指令電圧に重畳しているシステム雑音の分散値を設定する、請求項1記載のブラシレスDCモータの回転速度推定方法。
【請求項5】
前記カルマンフィルタ設定ステップでは、
前記カルマンフィルタの前記カルマンゲインの調整パラメータ(r)を、前記の式1の代わりに、次の式3で表される時変値r[k]を設定し、
カルマンゲイン、共分散行列、および状態推定値の算出式に用いられるC行列に、前記観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮したC行列(Cρ)を用いる、請求項1記載のブラシレスDCモータの回転速度推定方法。
【請求項6】
前記回転速度推定ステップでは、
前記回転速度算出ステップで算出された前記観測回転速度が前記連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合に、前記カルマンゲインの調整パラメータ(r)が更新された前記カルマンフィルタに、今回のサンプリング時刻において算出された前記観測回転速度を入力し、前記観測回転速度に含まれる前記磁気センサの位置誤差および前記ロータ磁極の位置誤差に起因する観測誤差雑音が除去された前記ロータの回転速度を推定し、
前記観測回転速度が前記連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものでない場合には、前記カルマンフィルタにおける状態推定値の算出式を、前記観測回転速度が前記連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合に用いる式とは別の式を用いて、事前状態推定値と同じであるものを状態推定値とする、請求項1~5のいずれか一項に記載のブラシレスDCモータの回転速度推定方法。
【請求項7】
前記カルマンフィルタには、状態推定値の算出式に、前記観測回転速度をパラメータに含む第1の処理用カルマンフィルタ数学モデルと、前記観測回転速度をパラメータに含まない第2の処理用カルマンフィルタ数学モデルと、を設定しておき、
前記観測回転速度が前記連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合には、前記カルマンフィルタ更新ステップおよび前記回転速度推定ステップにおいて、前記第1の処理用カルマンフィルタ数学モデルを用い、
前記観測回転速度が前記連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものでない場合には、前記カルマンフィルタ更新ステップおよび前記回転速度推定ステップにおいて、前記第2の処理用カルマンフィルタ数学モデルを用いる、請求項6記載のブラシレスDCモータの回転速度推定方法。
【請求項8】
ロータの磁極を検出し出力する複数の磁気センサを有するブラシレスDCモータに接続され、前記ブラシレスDCモータを駆動制御するよう構成されたブラシレスDCモータの制御装置であって、
制御指令に基づき前記ロータを目標回転速度で回転駆動させるよう構成されたモータ駆動部と、
前記複数の磁気センサのそれぞれから出力される検出パルス信号を所定のサンプリング周期で取得する検出パルス信号取得部と、
各サンプリング時刻で取得した前記検出パルス信号の排他的論理和(XOR)をとって得られる連続パルスから、前記ロータの回転速度を、観測回転速度として算出する回転速度算出部と、
カルマンゲインの調整パラメータ(r)が、次の式1で表される時変値r[k]となるように設計されており、前記回転速度算出部が算出した前記観測回転速度が通されて、前記観測回転速度に含まれる前記磁気センサの位置誤差および前記ロータ磁極の位置誤差に起因する観測誤差雑音を除去した前記ロータの回転速度を推定するカルマンフィルタと、
今回のサンプリング時刻において使用する前記カルマンフィルタのカルマンゲインの調整パラメータ(r)を、前回のサンプリング時刻において推定された前回の推定回転速度を用いて更新するカルマンフィルタ更新部と、
前記目標回転速度に追従させるよう、前記カルマンフィルタ更新部によって前記カルマンゲインの調整パラメータ(r)が更新された前記カルマンフィルタにより推定された推定回転速度と前記目標回転速度とに基づき前記制御指令を生成し、前記制御指令を前記モータ駆動部に出力するモータ制御指令部と、を備えているブラシレスDCモータの制御装置。
【請求項9】
前記カルマンフィルタは、前記係数(h
ω)が次の式2に示すように、前記ロータを一定回転速度で駆動させて観測される前記ロータ1回転分の前記連続パルスの各エッジ間の回転速度のそれぞれに含まれる前記観測誤差雑音に基づき設定されている、請求項8記載のブラシレスDCモータの制御装置。
【請求項10】
前記カルマンフィルタは、事前共分散行列の調整パラメータ(q)に、指令電圧に重畳しているシステム雑音の分散値が設定されている、請求項8記載のブラシレスDCモータの制御装置。
【請求項11】
前記カルマンフィルタは、前記カルマンゲインの調整パラメータ(r)が、前記の式1の代わりに、次の式3で表される時変値r[k]が設定されており、
カルマンゲイン、共分散行列、および状態推定値の算出式に用いられるC行列に、前記観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮したC行列(Cρ)が用いられている、請求項8記載のブラシレスDCモータの制御装置。
【請求項12】
前記カルマンフィルタは、
前記回転速度算出部によって、今回のサンプリング時刻において算出した観測回転速度が前記連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合に、前記カルマンフィルタ更新部が更新した前記カルマンフィルタに、今回のサンプリング時刻において算出した前記観測回転速度を入力し、前記観測回転速度に含まれる前記磁気センサの位置誤差および前記ロータ磁極の位置誤差に起因する観測誤差雑音を除去した前記ロータの回転速度を推定し、
前記観測回転速度が前記連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものでない場合には、状態推定値の算出式を、前記観測回転速度が前記連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合に用いる式とは別の式を用いて、事前状態推定値と同じであるものを状態推定値とする、請求項8~11のいずれか一項に記載のブラシレスDCモータの制御装置。
【請求項13】
前記カルマンフィルタは、状態推定値の算出式に、前記観測回転速度をパラメータに含む第1の処理用カルマンフィルタ数学モデルと、前記観測回転速度をパラメータに含まない第2の処理用カルマンフィルタ数学モデルと、を有し、
前記観測回転速度が前記連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合には、前記ロータの回転速度を前記第1の処理用カルマンフィルタ数学モデルを用いて推定し、
前記観測回転速度が前記連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものでない場合には、前記ロータの回転速度を前記第2の処理用カルマンフィルタ数学モデルを用いて推定する、請求項12記載のブラシレスDCモータの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブラシレスDCモータの回転速度推定方法、および、この回転速度推定方法を利用したブラシレスDCモータの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ブラシレスDCモータは、シンプルかつ制御性が良く、工業製品やコンピュータ周辺機器など様々な分野で多用されている。ブラシレスDCモータは、通常、ホールセンサおよびロータリエンコーダを用い回転速度を観測しながら所望の回転速度と一致するよう制御されて使用される。ブラシレスDCモータに対しては、より安価にしたいという要求やより軽量化したいという要求がある。そこで、ホールセンサが安価で取り付けが容易であるのに対し、精密部品であるロータリエンコーダが高価で重いことから、ロータリエンコーダを用いずにホールセンサで観測した情報から回転速度を推定してブラシレスDCモータを制御する方法が提案されている(例えば、特許文献1)。
【0003】
特許文献1で開示されているブラシレスモータの電気角推定方法では、ブラシレスDCモータの回転子を目標回転速度で回転させるPWM駆動電圧の演算に用いる電気角を、PWM駆動電圧における周期を利用して推定する。この周期は、ホールセンサで検出された立ち上がりエッジを基に算出される(特許文献1の段落0044-0048参照)。
【0004】
一方で近年、ブラシレスDCモータをより高精度で制御して使用したいという要求が高まっている。そこで、カルマンフィルタを用い回転速度を推定してブラシレスDCモータを制御する方法が開示されている(例えば、特許文献2)。
【0005】
特許文献2で開示されている方法では、モータ角度検出センサにより検出されたモータ角度を入力とし、カルマンフィルタを用いて、回転速度を推定する。この推定された回転速度は、モータのトルクリップルを推定するために用いられる(特許文献2の段落0023-0027参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011-030371号公報
【特許文献2】特開2021-027744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
より安価にしたいという要求やより軽量化したいという要求に対応すべく、ロータリエンコーダを用いずにホールセンサで観測した情報から回転速度を推定してブラシレスDCモータを制御する方法を採用する場合には、ホールセンサの配置誤差やロータの磁極の配置誤差(以降、「位置誤差」と記載する。)が原因で観測誤差が大きく生じてしまう問題がある。それにより、ブラシレスDCモータの目標回転速度への追従性を悪化させてしまう虞がある。
【0008】
そこで、観測誤差の影響を抑制するためにカルマンフィルタを用いて回転速度を推定する方法が有効であるものと考える。しかしながら、特許文献2で開示されている方法等の従来知られているカルマンフィルタを用いる方法では、ロータリエンコーダを用いることを前提としており、より安価でより軽量化するためには不利となる。
【0009】
本発明の主目的は、このような点に鑑みて、ロータリエンコーダを用いずにホールセンサといった磁気センサで観測した情報からブラシレスDCモータの回転速度をより高精度に推定することができるブラシレスDCモータの回転速度推定方法を提案することにある。併せて、本発明の目的は、この回転速度推定方法を利用し、磁気センサで観測した情報からでもブラシレスDCモータを目標回転速度に高精度で追従させて制御することが可能な制御装置を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
[1]上記課題を解決すべく、ブラシレスDCモータの回転速度推定方法は、ロータの磁極を検出する複数の磁気センサの出力に基づきロータの回転速度を算出し、算出した回転速度をカルマンフィルタに通して、ロータの実際の回転速度を推定するブラシレスDCモータの回転速度推定方法であって、カルマンフィルタのカルマンゲインの調整パラメータ(r)が、次の式1で表される時変値r[k]となるように、カルマンフィルタを設定するカルマンフィルタ設定ステップと、
複数の磁気センサのそれぞれから出力される検出パルス信号を所定のサンプリング周期で取得する検出パルス信号取得ステップと、各サンプリング時刻で取得した検出パルス信号の排他的論理和(XOR)をとって得られる連続パルスから、ロータの回転速度を、観測回転速度として算出する回転速度算出ステップと、今回のサンプリング時刻において使用するカルマンフィルタのカルマンゲインの調整パラメータ(r)を、前回のサンプリング時刻において推定された前回の推定回転速度を用いて更新するカルマンフィルタ更新ステップと、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が更新されたカルマンフィルタに、今回のサンプリング時刻において算出された観測回転速度を入力し、観測回転速度に含まれる磁気センサの位置誤差およびロータ磁極の位置誤差に起因する観測誤差雑音が除去されたロータの回転速度を推定する回転速度推定ステップと、を含むことを特徴とする。
【0011】
[2]本発明に係るブラシレスDCモータの回転速度推定方法においては、係数(h
ω)を、次の式2に示すように、ロータを一定回転速度で駆動させて観測されるロータ1回転分の連続パルスの各エッジ間の回転速度のそれぞれに含まれる観測誤差雑音に基づき設定することが好ましい。
【0012】
[3]本発明に係るブラシレスDCモータの回転速度推定方法においては、ブラシレスDCモータは8極の3相モータであり、連続パルスからロータ1回転あたり得られる24パルスを用いて、カルマンゲインの調整パラメータr[k]が設計されているものであってもよい。
【0013】
[4]本発明に係るブラシレスDCモータの回転速度推定方法においては、カルマンフィルタの事前共分散行列の調整パラメータ(q)に、指令電圧に重畳しているシステム雑音の分散値を設定することが好ましい。
【0014】
[5]本発明に係るブラシレスDCモータの回転速度推定方法においては、カルマンフィルタ設定ステップでは、カルマンフィルタのカルマンゲインの調整パラメータ(r)を、前記の式1の代わりに、次の式3で表される時変値r[k]を設定し、
カルマンゲイン、共分散行列、および状態推定値の算出式に用いられるC行列に、観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮したC行列(Cρ)を用いることが好ましい。
【0015】
[6]本発明に係るブラシレスDCモータの回転速度推定方法においては、回転速度推定ステップでは、回転速度算出ステップで算出された観測回転速度が連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合に、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が更新されたカルマンフィルタに、今回のサンプリング時刻において算出された観測回転速度を入力し、観測回転速度に含まれる磁気センサの位置誤差およびロータ磁極の位置誤差に起因する観測誤差雑音が除去されたロータの回転速度を推定し、観測回転速度が連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものでない場合には、カルマンフィルタにおける状態推定値の算出式を、観測回転速度が連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合に用いる式とは別の式を用いて、事前状態推定値と同じであるものを状態推定値とすることが好ましい。
【0016】
[7]このとき、カルマンフィルタには、状態推定値の算出式に、観測回転速度をパラメータに含む第1の処理用カルマンフィルタ数学モデルと、観測回転速度をパラメータに含まない第2の処理用カルマンフィルタ数学モデルと、を設定しておき、観測回転速度が連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合には、カルマンフィルタ更新ステップおよび回転速度推定ステップにおいて、第1の処理用カルマンフィルタ数学モデルを用い、観測回転速度が連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものでない場合には、カルマンフィルタ更新ステップおよび回転速度推定ステップにおいて、第2の処理用カルマンフィルタ数学モデルを用いるようにすればよい。
【0017】
[8]本発明に係るブラシレスDCモータの制御装置は、ロータの磁極を検出し出力する複数の磁気センサを有するブラシレスDCモータに接続され、ブラシレスDCモータを駆動制御するよう構成されたブラシレスDCモータの制御装置であって、制御指令に基づきロータを目標回転速度で回転駆動させるよう構成されたモータ駆動部と、複数の磁気センサのそれぞれから出力される検出パルス信号を所定のサンプリング周期で取得する検出パルス信号取得部と、各サンプリング時刻で取得した検出パルス信号の排他的論理和(XOR)をとって得られる連続パルスから、ロータの回転速度を、観測回転速度として算出する回転速度算出部と、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が、前記の式1で表される時変値r[k]となるように設計されており、回転速度算出部が算出した観測回転速度が通されて、観測回転速度に含まれる磁気センサの位置誤差およびロータ磁極の位置誤差に起因する観測誤差雑音を除去したロータの回転速度を推定するカルマンフィルタと、今回のサンプリング時刻において使用するカルマンフィルタのカルマンゲインの調整パラメータ(r)を、前回のサンプリング時刻において推定された前回の推定回転速度を用いて更新するカルマンフィルタ更新部と、目標回転速度に追従させるよう、カルマンフィルタ更新部によってカルマンゲインの調整パラメータ(r)が更新されたカルマンフィルタにより推定された推定回転速度と目標回転速度とに基づき制御指令を生成し、制御指令をモータ駆動部に出力するモータ制御指令部と、を備えている。
【0018】
[9]本発明に係るブラシレスDCモータの制御装置においては、カルマンフィルタは、係数(hω)が前記の式2に示すように、ロータを一定回転速度で駆動させて観測されるロータ1回転分の連続パルスの各エッジ間の回転速度のそれぞれに含まれる観測誤差雑音に基づき設定されていることが好ましい。
【0019】
[10]本発明に係るブラシレスDCモータの制御装置においては、カルマンフィルタは、事前共分散行列の調整パラメータ(q)に、指令電圧に重畳しているシステム雑音の分散値が設定されていることが好ましい。
【0020】
[11]本発明に係るブラシレスDCモータの制御装置においては、カルマンフィルタは、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が、前記の式1の代わりに、前記の式3で表される時変値r[k]が設定されており、カルマンゲイン、共分散行列、および状態推定値の算出式に用いられるC行列に、観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮したC行列(Cρ)が用いられていることが好ましい。
【0021】
[12]本発明に係るブラシレスDCモータの制御装置においては、カルマンフィルタは、回転速度算出部によって、今回のサンプリング時刻において算出した観測回転速度が連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合に、カルマンフィルタ更新部が更新したカルマンフィルタに、今回のサンプリング時刻において算出した観測回転速度を入力し、観測回転速度に含まれる磁気センサの位置誤差およびロータ磁極の位置誤差に起因する観測誤差雑音を除去したロータの回転速度を推定し、観測回転速度が連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものでない場合には、状態推定値の算出式を、観測回転速度が連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合に用いる式とは別の式を用いて、事前状態推定値と同じであるものを状態推定値とすることが好ましい。
【0022】
[13]このとき、カルマンフィルタは、状態推定値の算出式に、観測回転速度をパラメータに含む第1の処理用カルマンフィルタ数学モデルと、観測回転速度をパラメータに含まない第2の処理用カルマンフィルタ数学モデルと、を有し、観測回転速度が連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものである場合には、ロータの回転速度を第1の処理用カルマンフィルタ数学モデルを用いて推定し、観測回転速度が連続パルスのエッジ間の時間経過直後の最初のサンプリングにおいて得られたものでない場合には、ロータの回転速度を第2の処理用カルマンフィルタ数学モデルを用いて推定すればよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、磁気センサで観測した情報からブラシレスDCモータの回転速度をより高精度に推定することができ、それにより、磁気センサで観測した情報からでもブラシレスDCモータを目標回転速度に高精度で追従させて制御することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】実施形態1のブラシレスDCモータシステムの構成図である。
【
図2】実施形態1のブラシレスDCモータシステムにおける信号処理図である。
【
図3】実施形態1のブラシレスDCモータシステムにおける磁気センサが検出したパルス信号の処理についての説明図である。
【
図4】実施形態1のブラシレスDCモータのモデル図である。
【
図5】実施形態1のカルマンフィルタによる信号処理図である。
【
図6】実施形態1のブラシレスDCモータの制御方法を示すフローチャートである。
【
図7】実施形態2のカルマンフィルタによる信号処理図である。
【
図8】低速回転時に観測回転速度をサンプリングしている状態を示す図である。
【
図9】実施形態3のカルマンフィルタによる信号処理図である。
【
図10】実施形態3のブラシレスDCモータの制御方法を示すフローチャートである。
【
図11】実施例において実施形態1のカルマンフィルタの効果を確認するためのシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図12】実施例において実施形態2のカルマンフィルタの効果を確認するためのシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図13】実施例において実施形態3のカルマンフィルタの効果を確認するためのシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図15】
図13のB1部、B2部、およびB3部の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、図面を参照して、本発明を適用した一実施形態としてのブラシレスDCモータシステム1を説明する。なお、各図面は必ずしも実際の全ての構成を厳密に反映したものではない。また、本明細書では、ブラシレスDCモータのロータの回転に関し、「回転速度」の語を用い説明しているが、この語を「角速度」の語に置き換えて読み替えてもよい。また、本明細書では、ブラシレスDCモータの構造、インバータ回路を用いてのブラシレスDCモータの駆動原理、ブラシレスDCモータを制御するにあっての周辺機器については概ね従来と同様であり、従来と同様の部分については、説明を簡略にする又は省略する。また、本文中では、例えば「ωhat」のように、「hat」の添え字を付した記号の信号は、推定された信号を意味し、式中や図中では添え字を用いずに傘状のアクセントを付加した記号として示している。また、本明細書では、所定の間隔(サンプリング周期)で繰り返し行われる処理のタイミングをサンプリング時刻といい、その行われたタイミングを[k]または[k|k-1]等の記号を用いて記載する。例えば、[k]と記載している場合には、時刻kまでに利用可能なデータを用いた処理による事後推定を意味し、[k|k-1]と記載している場合には、時刻k-1までに利用可能なデータに基づいた処理による時刻kにおける事前推定を意味する。
【0026】
(実施形態1)
(1-1.実施形態1のブラシレスDCモータシステムの構成)
図1は実施形態1のブラシレスDCモータシステム1の構成図である。
図2は、実施形態1のブラシレスDCモータシステム1における信号処理図である。
図3は、実施形態1のブラシレスDCモータシステム1における磁気センサが検出したパルス信号の処理についての説明図である。まず、
図1を参照し、必要に応じて
図2および
図3も参照しながら実施形態1のブラシレスDCモータシステム1の構成を説明する。
【0027】
ブラシレスDCモータシステム1は、
図1に示すように、回転動力を出力するブラシレスDCモータ10と、接続されたブラシレスDCモータ10を駆動制御する制御装置20と、を備えている。また、ブラシレスDCモータシステム1は、制御装置20にデータを設定したり制御装置20からデータを取得したりできるよう、制御装置20にデータ授受可能に接続されたコンピュータ機器60を備えている。以下に、ブラシレスDCモータシステム1における各構成について詳述する。
【0028】
ブラシレスDCモータ10は、ステータ(不図示)と、複数の磁極を有しステータに対し回転可能なロータ11と、ステータに周方向等間隔で固定された複数のコイル12と、ステータに周方向等間隔で固定された複数の磁気センサ13とを備えている。ロータ11は、出力軸と当該出力軸に対し周方向に等間隔で整列するS極の磁極の永久磁石とN極の磁極の永久磁石とを有し回転子を構成している。複数のコイル12は、インバータ回路を含む後述のモータ駆動部30から供給される電流の有無および電流の向きによって、S極の磁力の発生とN極の磁力の発生と無磁力とを切り替え可能である。複数の磁気センサ13は、一例としてホールセンサであり、対面するロータ11の磁極を検出する。ステータ、複数のコイル12、及び複数の磁気センサ13は、固定子を構成している。ブラシレスDCモータ10は、ロータ11に配置された磁極の数が8極(45°で8分割)で、コイル12の数が3つ(120°ピッチ)で、磁気センサ13の数が3つ(120°ピッチ)で構成されたU相、V相、およびW相を有する8極の3相モータであり、均等配置された複数の磁気センサ13でロータ11の磁極を検出し出力するよう構成されている。
【0029】
制御装置20は、モータ駆動部30、モータ駆動用電源40、およびDSPユニット50(Digital Signal Processor ユニット50)を含み、接続されたブラシレスDCモータ10を駆動制御するよう構成されている。制御装置20においては、ADコンバータ等その他構成を有するが、その他の構成については既知であり説明を省略する。
【0030】
モータ駆動部30は、ゲートドライバ31と、3相ブリッジ32と、を含むインバータ回路が形成されている。モータ駆動部30は、3相ブリッジ32の各相それぞれのラインにブラシレスDCモータ10の各コイル12が接続され、後述のDSPユニット50からのPID制御指令に基づきゲートドライバ31で通電相を切り替えて入力電圧(u
s)が制御され、ロータ11を目標回転速度(ω
ref)で回転駆動させることができる(
図2も併せて参照)。
【0031】
モータ駆動用電源40は、モータ駆動部30に電気的に接続されており、モータ駆動部30の3相ブリッジ32を介してブラシレスDCモータ10の通電相に駆動電源を供給する。
【0032】
DSPユニット50は、制御プログラムおよび一時記憶データを記憶する記憶素子、演算処理を行う演算素子、および外部とデータ入出力をするための入出力インターフェースを有する処理ユニットであり、記憶素子に記憶された制御プログラムに従い、デジタル信号処理およびデジタル信号の入出力処理を実行する。DSPユニット50は、目標回転速度設定部51と、検出パルス信号取得部52と、回転速度算出部53と、カルマンフィルタ54と、カルマンフィルタ更新部55と、モータ制御指令部56と含み構成されており、ブラシレスDCモータ10に対する制御処理を司る。
【0033】
目標回転速度設定部51は、後述のコンピュータ機器60からブラシレスDCモータ10を駆動させる際の目標回転速度(ωref)の入力を受け付ける。
【0034】
検出パルス信号取得部52は、複数の磁気センサ13のそれぞれから出力される検出パルス信号を所定のサンプリング周期で取得する(
図3も併せて参照)。
【0035】
回転速度算出部53は、検出パルス信号取得部52が各サンプリング時刻で取得した3つの検出パルス信号の3端子入力の排他的論理和(以降、「XOR」と記載する。)をとって得られる連続パルス(
図3も併せて参照)から、観測回転速度(ω
y)を算出する。具体的には、ブラシレスDCモータシステム1においては、ブラシレスDCモータ10が8極の3相モータであるため、回転速度算出部53は、
図3に示すように、それぞれの検出パルス信号取得部52が取得した3つの検出パルス信号のXORをとってロータ1回転あたり24パルスの連続パルスを得ることになる。すなわち、この連続パルスにおける1エッジ間に対応する回転角度(Φ)は、理論上2π/24となる。次の式5で表されるように、この2π/24をエッジ間の時間(Δt
g)で割ると観測回転速度(ω
y)を算出できる。
【0036】
カルマンフィルタ54は、回転速度算出部53が観測回転速度(ω
y)を算出するに際して連続パルスにおける1エッジ間に対応する回転角度(Φ)を理論上の2π/24としていたが、厳密には観測回転速度(ω
y)には磁気センサ13の設置誤差又はロータ11の磁極の配置誤差による位置誤差から生じる観測誤差雑音(ω
n)が含まれており、通された観測回転速度(ω
y)から観測誤差雑音(ω
n)を除去した回転速度を推定するために備えられている。カルマンフィルタ54は、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が前記の式1で表される時変値r[k]となるように設計されている。カルマンフィルタ54は、
図2に示すように、指令電圧(u)および観測回転速度(ω
y)が入力され、後述の第1カルマンフィルタ数学モデルに従って観測誤差雑音(ω
n)を除去するような処理を実行して推定回転速度(ω
hat)を推定し、出力する。カルマンフィルタ54の設計内容の詳細については、後述する。
【0037】
カルマンフィルタ更新部55は、今回のサンプリング時刻[k]において使用するカルマンフィルタ54のカルマンゲインの調整パラメータ(r)を、前回のサンプリング時刻[k|k-1]において推定された前回の推定回転速度(ωhat[k|k-1])を用いて更新する。具体的に、カルマンゲインの調整パラメータ(r)は、前記の式1により算出される。
【0038】
モータ制御指令部56は、目標回転速度(ωref)に追従させるよう、カルマンフィルタ更新部55によってカルマンゲインの調整パラメータ(r)が更新されたカルマンフィルタ54により推定された推定回転速度(ωhat)と目標回転速度(ωref)とに基づき制御指令を生成する。また、モータ制御指令部56は、生成した制御指令としての指令電圧(u)をモータ駆動部30に出力する。
【0039】
コンピュータ機器60は、例えばパーソナルコンピュータ、タブレット端末、携帯端末、制御スイッチ、表示パネルであり、DSPユニット50とデータの授受を行い、DSPユニット50に実行させる制御内容の指示やDSPユニット50から取得したデータの表示やそのデータを用いた解析を行う。
【0040】
このように構成されたブラシレスDCモータシステム1においては、
図2に示すように、まず、目標回転速度(ω
ref)とカルマンフィルタ54により推定された推定回転速度(ω
hat)とに基づきPID制御用の指令電圧(u)が定められる。この指令電圧(u)がモータ駆動部30に制御指令として送られるが、実際、モータ駆動部30には、指令電圧(u)にシステム雑音(u
n)が載った入力電圧(u
s)が入力される。指令電圧(u)の情報は、カルマンフィルタ54にもフィードバックされカルマンフィルタ54における次の推定回転速度の推定に用いられる。入力電圧(u
s)が入力されたモータ駆動部30は、それに従いインバータ回路により通電させるコイル12を切り替え、ブラシレスDCモータ10を回転駆動させる。ブラシレスDCモータ10が回転駆動すると、複数の磁気センサ13がロータ11の磁気を検出し、それぞれの検出パルス信号が通電させるコイル12の切り替えタイミングを指示するためにモータ駆動部30に出力されると同時に、検出パルス信号取得部52に対しても出力される。検出パルス信号取得部52に出力されたそれぞれの検出パルス信号は、所定のサンプリング周期で回転速度算出部53に出力され、回転速度算出部53において各サンプリング時刻で取得した検出パルス信号のXORをとって得られる連続パルスから観測回転速度(ω
y)が算出される。この観測回転速度(ω
y)は、真値の回転速度(ω)に対し、磁気センサ13の設置誤差やロータ11の磁極の配置誤差による観測誤差による観測誤差雑音(ω
n)が載っている。ブラシレスDCモータシステム1においては、観測誤差雑音(ω
n)やシステム雑音(u
n)の影響を低減させるよう設計されたカルマンフィルタ54により観測回転速度(ω
y)からこれらの雑音を除去した推定回転速度(ω
hat)として実際の回転速度が推定され、その推定回転速度(ω
hat)がフィードバックされる。なお、カルマンフィルタ54におけるカルマンゲインの調整パラメータ(r)については、前回のサンプリング時刻において推定された前回の推定回転速度(ω
hat[k|k-1])を用いて算出された時変値であり、カルマンフィルタ54による推定処理が行われる度(サンプリング周期毎)に更新される。具体的には、例えば250回/秒の推定処理が行われ、都度カルマンフィルタ54におけるカルマンゲインの調整パラメータ(r)が更新される。
【0041】
(1-2.実施形態1におけるカルマンフィルタの設計)
図4は、実施形態1のブラシレスDCモータ10のモデル図である。
図5は、実施形態1のカルマンフィルタ54による信号処理図である。カルマンフィルタ54は、第1カルマンフィルタ数式モデルに基づき、指令電圧(u)および観測回転速度(ω
y)の入力値からシステム雑音(u
n)および観測誤差雑音(ω
n)を除去し推定回転速度(ω
hat)を出力することを目的に設計されている。以下にカルマンフィルタ54の設計について説明する。
【0042】
カルマンフィルタ54の設計をするに際し、まずは制御対処であるブラシレスDCモータ10の数学モデルを設定する。ブラシレスDCモータ10は、一般的なDCサーボモータに基づき
図4に示すようなモータモデルとして示される。このモータモデルにおいて、出力される回転速度は、次の式6で表される。
【0043】
ここから、uを零次ホールドし、離散化すると、x[k+1]=Ax[k]+bu[k]となり、
図5に示すような次の式7~式9の処理式で表されるブラシレスDCモータ数学モデルが得られる。
【0044】
次に、第1カルマンフィルタ数学モデルとして、
図5に示すような次の式10~式15の処理式で表される定常カルマンフィルタ数学モデルを設定し、調整パラメータの最適化を行う。
【0045】
カルマンフィルタ54においては、
図5に示す経路で載ってくるシステム雑音(u
n)および観測誤差雑音(ω
n)を除去すべく、事前共分散行列の調整パラメータ(q)およびカルマンゲインの調整パラメータ(r)の最適化を行う。具体的には、指令電圧(u)に重畳しているシステム雑音(u
n)が期待値0でシステム雑音(u
n)の分散値(σ
u
2)の正規分布に従う白色雑音で、観測誤差雑音(ω
n)が期待値0で観測誤差雑音(ω
n)の分散値(σ
ω
2)の正規分布に従う白色雑音であるものと考える。そのとき、事前共分散行列の調整パラメータ(q)がシステム雑音(u
n)の分散値(σ
u
2)であり、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が観測誤差雑音(ω
n)の分散値(σ
ω
2)であるとき、次の式16で示される評価関数J
udが最小となる。
【0046】
実施形態1では、事前共分散行列の調整パラメータ(q)については指令電圧(u)に重畳するシステム雑音(un)が分かっているのでシステム雑音(un)の分散値(σu
2)を設定する。一方、カルマンゲインの調整パラメータ(r)については、磁気センサ13が出力した検出パルスから得られる回転速度が観測誤差雑音(ωn)を含む観測回転速度(ωy)で真値の回転速度(ω)が未知であることから、どう設計するかがポイントとなる。
【0047】
そこで、カルマンフィルタ54においては、磁気センサ13が出力した検出パルス信号のXORを取った連続パルスの各エッジ間に対応する回転角度(Φ
1~Φ
n)が位置誤差により全て異なり(ロータ11の回転角2π当たりでn通り異なり)、観測時にはどれか1つのエッジ間の回転速度を1/n(ブラシレスDCモータ10では1/24)の確率で観測回転速度(ω
y)として算出しているものと考える。そして、回転角度(Φ)のエッジ間の角速度(ω)を一定とすると、エッジ間の時間(Δt
g)、観測回転速度(ω
y)、および観測誤差雑音(ω
n)は、次の式17~式19で表される。
ここで、観測誤差雑音(ω
n)が期待値0で観測誤差雑音(ω
n)の分散値(σ
ω
2)の正規分布に従うこととしていることから、観測誤差雑音(ω
n)の分散値(σ
ω
2)は、次の式20により回転速度(ω)の関数として表すことができる。
そして式20の回転速度(ω)の係数を置き換えた、前記の式2に示す(観測誤差雑音の測定値のばらつきに基づき設定された)係数(h
ω)が得られる。
この係数(h
ω)については、磁気センサ13の検出パルス信号のXORを取った連続パルスの各エッジ間に対応する回転角度(Φ
1~Φ
n)によって決まる値である。このため、係数(h
ω)は、あらかじめロータ11を一定速度ωで回転させて、上記式5に示す計算式ω
y=2π/n/Δt
g(上記式5ではn=24の場合を記載している。)を用いて、ロータ11の回転角2π分(1回転分)における各エッジ間の観測回転速度(ω
y)および各観測誤差雑音(ω
n)を取得しておくことで、設定することができる。すなわち、係数(h
ω)が式2に示すように、ロータ11を一定回転速度で駆動させて観測されるロータ11の1回転分の連続パルスの各エッジ間の回転速度のそれぞれに含まれる観測誤差雑音(ω
n)に基づき設定されている。なお、係数(h
ω)については、モータ固有の位置誤差によって決まる値であり、モータ毎に定まる値であるため、モータの製造時等に同定してしまってもよく、同定する際だけロータリエンコーダを繋いでロータリエンコーダが検知する精密な回転角度を用いてもよい。
【0048】
そして、カルマンフィルタ54は、観測時にはどれか1つのエッジ間の回転速度を1/nの確率で観測回転速度(ω
y)として算出しているものと考えることにより、同定された係数(h
ω)を用い、カルマンゲインの調整パラメータ(r)を前記の式1で表される時変値(r[k])とするよう設計される。
【0049】
(1-3.実施形態1におけるブラシレスDCモータの制御方法)
図6は、実施形態1のブラシレスDCモータの制御方法を示すフローチャートである。続いて
図6を参照し、カルマンフィルタを利用したブラシレスDCモータの制御方法を説明する。
【0050】
ブラシレスDCモータシステム1におけるブラシレスDCモータの制御方法は、複数の磁気センサ12でロータ11の磁極を検出するブラシレスDCモータ10において、ロータ11の磁極を検出する磁気センサ13の出力に基づきロータ11の回転速度を算出し、算出した回転速度をカルマンフィルタ54に通して、ロータ11の実際の回転速度を推定回転速度(ωhat)として推定し、その推定回転速度(ωhat)を用いてPID制御によりブラシレスDCモータ10を駆動制御する方法である。このブラシレスDCモータの制御方法は、目標回転速度設定ステップST1、およびカルマンフィルタ設定ステップST2、並びに、駆動制御を停止するまで一定のサンプリング周期で繰り返される検出パルス信号取得ステップST3、回転速度算出ステップST4、カルマンフィルタ更新ステップST5、回転速度推定ステップST6、および、モータ制御指令ステップST7を実行する。
【0051】
目標回転速度設定ステップST1では、ブラシレスDCモータ10を駆動させる際の目標回転速度(ωref)をコンピュータ機器60等の入力デバイスから入力し、設定する。
【0052】
カルマンフィルタ設定ステップST2では、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が、上記した式1で表される時変値r[k]となるように、カルマンフィルタ54を設定する。
【0053】
検出パルス信号取得ステップST3では、複数の磁気センサ13のそれぞれから出力される検出パルス信号を所定のサンプリング周期で取得する。
【0054】
回転速度算出ステップST4では、各サンプリング時刻で取得した検出パルス信号のXORをとって得られる連続パルスから、ロータ11の回転速度を、観測回転速度(ωy)として算出する。具体的には、上記した回転速度算出部53の説明で記載した内容と同様に算出する。
【0055】
カルマンフィルタ更新ステップST5では、今回のサンプリング時刻(k)において使用するカルマンフィルタ54のカルマンゲインの調整パラメータ(r)を、前回のサンプリング時刻(k|k-1)において推定された前回の推定回転速度(ωhat[k|k-1])を用いて更新する。具体的には、カルマンゲインの調整パラメータ(r)は、前記の式1(r[k]=hω・ωhat[k|k-1]2)により算出し更新する。
【0056】
回転速度推定ステップST6では、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が更新されたカルマンフィルタ54に、今回のサンプリング時刻(k)において算出された観測回転速度(ωy)を入力し、観測回転速度(ωy)に含まれる磁気センサ13の位置誤差およびロータ11の磁極の位置誤差に起因する観測誤差雑音(ωn)が除去されたロータ11の回転速度を推定回転速度(ωhat)として推定する。具体的なカルマンフィルタ54による推定回転速度(ωhat)の推定方法については、上述した通りである。
【0057】
モータ制御指令ステップST7では、目標回転速度(ωref)に追従させるよう、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が更新されたカルマンフィルタ54により推定された推定回転速度(ωhat)と目標回転速度(ωref)とに基づき制御指令を生成し、その制御指令を、ブラシレスDCモータ10の駆動制御信号として出力する。
【0058】
(1-4.実施形態1における作用・効果)
実施形態1のブラシレスDCモータの回転速度推定方法では、複数の磁気センサ13のそれぞれから出力される検出パルス信号を所定のサンプリング周期で取得する検出パルス信号取得ステップST3と、各サンプリング時刻で取得した検出パルス信号のXORをとって得られる連続パルスから、ロータ11の回転速度を、観測回転速度(ωy)として算出する回転速度算出ステップST4とを実行する。このため、実施形態1によれば、ロータリエンコーダを用いなくても磁気センサ13で観測した情報から回転速度を算出することができる。また、実施形態1のブラシレスDCモータの回転速度推定方法では、カルマンフィルタ設定ステップST2において、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が、上記した式1で表される時変値r[k]となるように、カルマンフィルタ54を設定することで、観測誤差雑音(ωn)のばらつきを除去すべく最適化されている。このため、実施形態1のブラシレスDCモータの回転速度推定方法によれば、磁気センサ13で観測した情報からブラシレスDCモータ10の回転速度をより高精度に推定することができる。また、実施形態1のブラシレスDCモータ10の制御装置20によれば、この効果を奏するブラシレスDCモータの回転速度推定方法を利用してブラシレスDCモータ10の制御装置20が構成されていることから、磁気センサ13で観測した情報からブラシレスDCモータ10の回転速度をより高精度に推定することができる。
【0059】
(実施形態2)
実施形態2のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法は、実施形態1のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法と基本構成、制御概念、及び制御方法の流れについては同様であるが、設計内容を異ならせ変形させたカルマンフィルタ数学モデルが設定されたカルマンフィルタを用いる。このため、以下の説明においては、カルマンフィルタの設計内容の違いについて説明し、その他の説明を省略する。
【0060】
図7は、実施形態2のカルマンフィルタ154による信号処理図である。実施形態1のカルマンフィルタ54では推定回転速度(ω
hat)に、真値の回転速度(ω)に対する僅か偏りが見られることから、カルマンフィルタ154は、カルマンフィルタ54と同様に推定回転速度(ω
hat)のばらつきを低減させるだけでなく、更に推定回転速度(ω
hat)の偏りを小さくすることを目的に設計されている。以下にカルマンフィルタ154の設計について説明する。
【0061】
カルマンフィルタ154を設計するにあたって、まず、実施形態1のカルマンフィルタ54については、観測誤差雑音(ωn)が期待値0で観測誤差雑音(ωn)の分散値(σω
2)の正規分布に従う白色雑音であるものとして設計されているが、厳密には期待値は、完全に0ではないことが原因で、推定回転速度(ωhat)に偏りが見られているものと考察した。そこで、カルマンフィルタ154については、期待値0の通常のカルマンフィルタを変形し新たなモデルを設定して、観測誤差雑音(ωn)が、期待値μωで観測誤差雑音(ωn)の分散値(σω
2)の正規分布に従う白色雑音であるものとして設計する。
【0062】
カルマンフィルタ154における期待値(μ
ω)は、次の式21により回転速度(ω)の関数として表すことができる。
そして式21の回転速度(ω)の係数を置き換えた、次の式22に示す(観測誤差雑音の測定値の偏りに基づき設定された)係数(ρ)が得られる。
この係数(ρ)は、磁気センサ13の検出パルス信号のXORを取った連続パルスの各エッジ間に対応する回転角度(Φ
1~Φ
n)によって決まる値である。このため、係数(ρ)は、あらかじめロータ11を一定速度ωで回転させて、上記式5に示す計算式ω
y=2π/n/Δt
g(上記式5ではn=24の場合を記載している。)を用いて、ロータ11の回転角2π分(1回転分)における各エッジ間の観測回転速度(ω
y)および各観測誤差雑音(ω
n)を取得しておくことで、E[ω
n]=ρωより、前記の式4が算出される。
なお、係数(ρ)については、モータ固有の位置誤差によって決まる値であり、モータ毎に定まる値であるため、モータの製造時等に同定してしまってもよく、同定する際だけロータリエンコーダを繋いでロータリエンコーダが検知する精密な回転角度を用いてもよい。
【0063】
また、観測誤差雑音(ω
n)の分散値(σ
ω
2)についても、次の式23で表されるように回転速度(ω)の関数として表すことができる。
【0064】
以上より観測誤差雑音(ω
n)が、期待値ρωで観測誤差雑音(ω
n)の分散値((h
ω-ρ
2)ω
2)の正規分布に従うとみなせる。これを以下の式24で表し、正規分布の線形性より式25で表されるように分解し、式26で表される観測方程式が得られる。
この観測方程式のxの係数[0 1+ρ]を観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮したC行列(Cρ)とする。
【0065】
そして、カルマンフィルタ154においては、カルマンフィルタ数学モデルとして、
図7に示すような前記の式10~12と次の式27~式29とからなる処理式で表されるとともに、カルマンゲイン、共分散行列、および状態推定値の算出式に用いられるC行列に観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮したC行列(Cρ)を用いた第2カルマンフィルタ数学モデルを設定し、調整パラメータの最適化が行われる。
【0066】
変形モデルのカルマンフィルタ154においては、実施形態1のカルマンフィルタ54のカルマンフィルタ数学モデルに対し、さらに観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮すべく、カルマンゲインの調整パラメータ(r)を観測誤差雑音(ω
n)の観測値の偏りに基づき設定された係数(ρ)を用いて前記の式3で表される時変値(r[k])とするよう設計される。
【0067】
実施形態2のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法によれば、実施形態1と同様、カルマンフィルタ154は、カルマンゲインの調整パラメータ(r)を観測誤差雑音(ωn)に基づき設定される係数(hω)を有するとともに時変値(r[k])とすることで、観測誤差雑音(ωn)の影響を除去すべく最適化されている。このため、実施形態2のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法によれば、磁気センサ13で観測した情報からブラシレスDCモータ10の回転速度をより高精度に推定することができる。さらに、実施形態2のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法は、カルマンゲインの調整パラメータ(r)に観測誤差雑音(ωn)の観測値の偏りを考慮した係数(ρ)を設定されており、カルマンゲイン、共分散行列、および状態推定値の算出式に用いられるC行列にも、観測誤差雑音(ωn)の観測値の偏りを考慮したC行列(Cρ)が設定されている。これにより、実施形態2のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法によれば、さらに、観測誤差雑音(ωn)の偏りの影響を低減させてブラシレスDCモータ10の回転速度をより高精度に推定することができる。
【0068】
(実施形態3)
実施形態3のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法は、実施形態1および実施形態2のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法と基本構成、制御概念、及び制御方法の流れについては同様であるが、設計内容を異ならせて一部選択的処理を追加し拡張させたカルマンフィルタ数学モデルが設定されたカルマンフィルタを用いる。このため、以下の説明においては、カルマンフィルタの設計内容の違いについて説明し、その他の説明を省略する。なお、実施形態3で拡張させたカルマンフィルタの選択的処理については、実施形態1のブラシレスDCモータシステムで用いられるカルマンフィルタにも適用できるが、以下では、実施形態2のブラシレスDCモータシステムで用いられるカルマンフィルタ154を基に選択的処理を追加したカルマンフィルタの一例を説明する。
【0069】
図8は低速回転時に観測回転速度をサンプリングしている状態を示す図であり、
図9は実施形態3のカルマンフィルタ254による信号処理図であり、
図10はカルマンフィルタ254を用いたブラシレスDCモータの制御方法を示すフローチャートである。実施形態2のカルマンフィルタ154については、実施形態1のカルマンフィルタ54と同様に推定回転速度(ω
hat)のばらつきを低減させるだけでなく、更に推定回転速度(ω
hat)の偏りを小さくすることを目的に設計されているものであるが、実施形態3のカルマンフィルタ254は、実施形態2のカルマンフィルタ154を基に、更に、低速回転時の観測データの減少による観測精度劣化を防ぐことを目的に設計されたものである。以下にカルマンフィルタ254の設計について説明する。
【0070】
カルマンフィルタ254を設計するにあたって、まず、実施形態2のカルマンフィルタ154については、一般的なカルマンフィルタと同様に、一定周期で観測値(実施形態2では観測回転速度(ω
y))をサンプリングする。このため、ブラシレスDCモータにおけるロータの低速回転時には、
図8に示すように、検出パルス信号のXORを取った連続パルスのエッジ間の時間(Δtg)(
図3も参照)よりもサンプリング周期(
図8では「T」の符号を付して示している。)が短くなることがある。このとき、観測回転速度(ω
y)の更新頻度が下がるため、連続するサンプリング時刻において、同じ観測回転速度(ω
y)をサンプリングせざるを得ない。すなわち、サンプリング時刻において算出した観測回転速度(ω
y)は、前回のサンプリング時刻において算出した前回観測回転速度から変化しない。一例として、
図8では、検出パルス信号のXORを取った連続パルスのエッジ間の時間(Δtg)経過直後の最初のサンプリングにおいて得られる観測回転速度(ω
y)を二重丸で示し、エッジ間の時間(Δtg)経過直後以外のサンプリングにおいて得られる観測回転速度(ω
y)を黒丸で示しているが、エッジ間の時間(Δtg)経過直後以外の観測回転速度(ω
y)は、その直前のエッジ間の時間(Δtg)経過直後の観測回転速度(ω
y)から変化せず、観測回転速度(ω
y)が更新されない。実施形態2のカルマンフィルタ154では、観測誤差雑音(ω
n)が、期待値μ
ωで観測誤差雑音(ω
n)の分散値(σ
ω
2)の正規分布に従う白色雑音であるものとして設計されているが、同じ観測回転速度(ω
y)をサンプリングしている状態においては、観測誤差雑音(ω
n)が設計からかけ離れてしまい、推定精度は劣化してしまう。そこで、カルマンフィルタ254については、低速回転時の推定精度の劣化を防ぐべく、低速回転時には選択的に異なる推定処理を適用するものとして設計する。
【0071】
カルマンフィルタ254は、
図9に示すように、実施形態2のカルマンフィルタ154で設定されていた第2カルマンフィルタ数学モデルと同じの第1の処理用カルマンフィルタ数学モデル254a、および、第2カルマンフィルタ数学モデルと一部の式が異なる第2の処理用カルマンフィルタ数学モデル254bとが設定されている。また、カルマンフィルタ254は、サンプリング時刻毎に推定に用いるカルマンフィルタ数学モデルを第1の処理用カルマンフィルタ数学モデル254aおよび第2の処理用カルマンフィルタ数学モデル254bのいずれを選択するかを行うモデル選択処理部254cを備えている。
【0072】
第1の処理用カルマンフィルタ数学モデル254aは、実施形態2のカルマンフィルタ154で設定されていた第2カルマンフィルタ数学モデルであり、前述したように式10~12と式27~式29とからなる次の処理式で表される。
【0073】
第2の処理用カルマンフィルタ数学モデル254bは、実施形態2のカルマンフィルタ154で設定されていた第2カルマンフィルタ数学モデルを、状態推定値の算出式(式29)のみ別の状態推定値の算出式(式30)に置き換えたものであり、式10~12と式27~式28と式30とからなる次の処理式で表される。すなわち、第2の処理用カルマンフィルタ数学モデル254bは、状態推定値の算出式(式30)に観測回転速度(ω
y)をパラメータに含まず、ロータ11の回転速度を式11において算出された事前状態推定値と同じであるものを状態推定値とする。
【0074】
モデル選択処理部254cは、観測回転速度(ωy)を受けて、観測回転速度(ωy)に応じてサンプリング時刻毎に推定に用いるカルマンフィルタ数学モデルを選択する。より詳しくは、モデル選択処理部254cは、観測回転速度(ωy)がエッジ間の時間(Δtg)経過直後の場合には、第1の処理用カルマンフィルタ数学モデル254aを選択して、カルマンフィルタ更新部55が更新したカルマンフィルタ254に、今回のサンプリング時刻において算出した観測回転速度を入力(ωy)し、観測回転速度(ωy)に含まれる磁気センサ13の位置誤差およびロータ磁極の位置誤差に起因する観測誤差雑音(ωn)を除去したロータ11の回転速度を推定する。一方で、モデル選択処理部254cは、観測回転速度(ωy)がエッジ間の時間(Δtg)経過直後以外の場合には、第2の処理用カルマンフィルタ数学モデル254bを選択して、ロータ11の回転速度を式11において算出された事前状態推定値と同じであるものを状態推定値とする。つまり、モデル選択処理部254cは、低速回転時には、低速回転時用の第2の処理用カルマンフィルタ数学モデル254bも選択的に用いてロータ11の回転速度を推定し、低速回転時以外のある程度高速回転になったところで、第1の処理用カルマンフィルタ数学モデル254aのみを用いて、実施形態2と同様にロータ11の回転速度を推定する。
【0075】
このように、選択的にカルマンフィルタ数学モデルを切り替えるカルマンフィルタ254を用いたブラシレスDCモータの制御方法は、
図10に示すように、まず、実施形態1および2と同様に目標回転速度設定ステップST1、カルマンフィルタ設定ステップST2、検出パルス信号取得ステップST3、および、回転速度算出ステップST4を実行する。続いて、この制御方法では、回転速度算出ステップST4で算出した観測回転速度(ω
y)を受けたモデル選択処理部254cが、前述したように、観測回転速度(ω
y)がエッジ間の時間(Δtg)経過直後か否かを判別して、使用するカルマンフィルタ数学モデルを、エッジ間の時間(Δtg)経過直後の場合(
図8の二重丸で示すタイミングの場合)には第1の処理用カルマンフィルタ数学モデル254aを選択し、エッジ間の時間(Δtg)経過直後以外の場合(
図8の黒丸で示すタイミングの場合)には第2の処理用カルマンフィルタ数学モデル254bを選択する処理選択ステップST100を実行する。続いて、この制御方法は、処理選択ステップST100で選択されたカルマンフィルタ数学モデルを用いて、実施形態1および実施形態2と同様にカルマンフィルタ更新ステップST5、回転速度推定ステップST6、および、モータ制御指令ステップST7を実行すし、駆動制御を継続する場合には、検出パルス信号取得ステップST3に戻り、検出パルス信号取得ステップST3~モータ制御指令ステップST7の流れを繰り返す。
【0076】
実施形態3のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法によれば、実施形態1および実施形態2と同様、カルマンフィルタ254は、カルマンゲインの調整パラメータ(r)を観測誤差雑音(ωn)に基づき設定される係数(hω)を有するとともに時変値(r[k])とすることで、観測誤差雑音(ωn)の影響を除去すべく最適化されている。このため、実施形態3のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法によれば、磁気センサ13で観測した情報からブラシレスDCモータ10の回転速度をより高精度に推定することができる。更に、実施形態3のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法は、カルマンフィルタ254によって、観測回転速度(ωy)がエッジ間の時間(Δtg)経過直後か否かによって、選択的に状態推定値の算出式を用いる。すなわち、実施形態3のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法においては、実施形態2のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法では低速回転時に推定精度は劣化してしまうところ、観測回転速度(ωy)がエッジ間の時間(Δtg)経過直後以外を含んだ状態となる低速回転時を判別し、用いるカルマンフィルタ数学モデルを低速回転時用に適するように、第2のカルマンフィルタ数学モデル254bも選択的に用い、ロータ11の回転速度を推定する。このため、実施形態3のブラシレスDCモータシステムおよびブラシレスDCモータの回転速度推定方法によれば、低速回転時においてもロータ11の回転速度をより精度よく推定できる。
【0077】
[その他の形態]
以上、本発明を上記の実施形態に基づき説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではない。その趣旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば、次のような変形も可能である。
【0078】
(1)上記実施形態において記載した構成要素の数、接続の仕方、カルマンフィルタの設定パラメータ等は例示であり、本発明の効果を損なわない範囲において変更することが可能である。
【0079】
(2)上記した実施形態においては、ブラシレスDCモータの制御装置について、モータ駆動部、モータ駆動用電源、およびDSPユニットを一体に構成した装置であるものとして説明しているが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、一部構成を、制御装置と電気的に接続された別装置として構成してもよい。
【0080】
(3)上記した実施形態においては、ブラシレスDCモータは8極の3相モータであるものとして説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、ロータ11に配置された磁極の数が2極(180°で2分割)の2極の3相モータであってもよい。
【0081】
(4)上記した実施形態においては、式2、式20において、偏差の2乗の総和(偏差平方和)の値をnで割り、hωについて標本分散を求めたが、偏差の2乗の総和(偏差平方和)の値をn-1で割った不偏分散をhωとして用い計算してもよい。
【0082】
(5)上記した実施形態においては、DSPユニット50からの制御指令がPID制御であるものとして説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明については、DSPユニットからの制御指令がI-PD制御やPI-PD制御などのフィードバック制御であるものにも適用できる。
【0083】
(6)上記した実施形態においては、一例として、
図2に示すような回転速度制御系のブラシレスDCモータシステム1を用いて回転速度推定方法の説明をしているが、本発明に係る回転速度推定方法は速度制御されるブラシレスDCモータシステムへの適用に限定されるものではない。例えば、位置制御されるブラシレスDCモータシステムにも適用できる。
【実施例0084】
図11は、実施例において実施形態1のカルマンフィルタ54の効果を確認するためのシミュレーション結果を示すグラフである。
図4に示すブラシレスDCモータモデルにおいて、回路抵抗等の各パラメータ(前述の式6におけるパラメータ)には次の表1に示す値を用いた。
図11(a)は、カルマンフィルタを用いない場合のシミュレーション結果を示すグラフである。
図11(b)は、カルマンフィルタを用いるがカルマンゲインの調整パラメータ(r)をr=h
ω・1
2の一定値にするよう設計した場合のシミュレーション結果を示すグラフである。
図11(c)は、実施形態1のカルマンフィルタ54を用い、カルマンゲインの調整パラメータ(r)をr[k]=h
ω・ω
hat[k|k-1]
2の時変値にするよう設計した場合のシミュレーション結果を示すグラフである。まずは、
図11を参照し、実施形態1のカルマンフィルタ54の効果を説明する。なお、カルマンフィルタを用いる場合、事前共分散行列の調整パラメータ(q)にシステム雑音(u
n)の分散値(σ
u
2=0.01)を設定しシミュレーションを行っている。
【0085】
【0086】
図11に示すシミュレーション結果を見ると、カルマンフィルタを用いない場合の
図11(a)のグラフに対し、カルマンフィルタを用いる場合の
図11(b)および
図11(c)のグラフでは、真値の回転速度(ω)に対し観測回転速度(ω
y)のばらつきが抑えられていることがわかる。更に、カルマンフィルタを用いた場合においても、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が一定値に設計された
図11(b)のグラフに対し、カルマンゲインの調整パラメータ(r)が時変値に設計された
図11(c)のグラフでは、真値の回転速度(ω)に対し観測回転速度(ω
y)のばらつきが抑えられていることがわかる。
図11に示すそれぞれのシミュレーション結果から推定回転速度(ω
hat)の二乗平均平方根誤差{RMSE(Root Mean Squared Error)}を算出し、表2に示す。
【0087】
【0088】
表2に示すように、
図11(a)のカルマンフィルタを用いない場合ではRMSE=3.9700であるのに対し、
図11(b)のカルマンゲインの調整パラメータ(r)が一定値に設計されたカルマンフィルタを用いた場合ではRMSE=1.0489である。カルマンゲインの調整パラメータ(r)が一定値に設計されたカルマンフィルタを用いた場合は、カルマンフィルタを用いない場合に対し、観測誤差雑音(ω
n)の影響を73.58%除去している。さらに、
図11(c)のカルマンゲインの調整パラメータ(r)が時変値に設計されたカルマンフィルタを用いた場合ではRMSE=0.3475である。カルマンゲインの調整パラメータ(r)が時変値に設計された第1カルマンフィルタ数学モデルのカルマンフィルタを用いた場合は、カルマンフィルタを用いない場合に対し、観測誤差雑音(ω
n)の影響を91.25%除去している。このシミュレーション結果により、カルマンフィルタを用いる場合、特に第1カルマンフィルタ数学モデルのカルマンフィルタを用いる場合の観測誤差雑音(ω
n)のばらつき抑制効果が確認できた。
【0089】
図12は、実施例において実施形態2のカルマンフィルタ154の効果を確認するためのシミュレーション結果を示すグラフであり、定速回転時の範囲を拡大して表示している。
図12(a)は、観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮していない第1カルマンフィルタ数学モデルのカルマンフィルタを用いた場合のシミュレーション結果を示すグラフである。
図12(b)は、観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮している第2カルマンフィルタ数学モデルのカルマンフィルタを用いた場合のシミュレーション結果を示すグラフである。次に、
図12を参照し、実施形態2で説明したカルマンフィルタ154の効果を説明する。なお、カルマンフィルタの事前共分散行列の調整パラメータ(q)にシステム雑音(u
n)の分散値(σ
u
2=0.01)を設定しシミュレーションを行っている。
【0090】
図12に示すシミュレーション結果を見ると、観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮していないカルマンフィルタ54を用いた場合の
図12(a)のグラフに対し、観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮しているカルマンフィルタ154を用いた場合の
図12(b)のグラフでは、真値の回転速度(ω)に対し観測回転速度(ω
y)が近づいていることがわかる。
図12に示すそれぞれのシミュレーション結果から推定回転速度(ω
hat)の二乗平均平方根誤差{RMSE(Root Mean Squared Error)}を算出し、表3に示す。
【0091】
【0092】
表3に示すように、推定回転速度(ω
hat)の二乗平均平方根誤差(RMSE)を算出すると、
図12(a)のカルマンフィルタ54を用いた場合ではRMSE=0.3475であるのに対し、
図12(b)のカルマンフィルタ154を用いた場合ではRMSE=0.3312である。観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮しているカルマンフィルタ154を用いた場合は、カルマンフィルタを用いない場合に対し、観測誤差雑音(ω
n)の影響を91.66%除去しており、カルマンフィルタ54用いた場合よりも良好である。このシミュレーション結果により、観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮しているカルマンフィルタ154を用いる場合、観測誤差雑音の観測値の偏りを考慮していないカルマンフィルタ54を用いる場合よりも観測誤差雑音(ω
n)の偏り抑制効果が確認できた。
【0093】
更に、ロバスト性の検証として、第1カルマンフィルタ数学モデルのカルマンフィルタ54を用い、観測誤差雑音(ωn)に基づき同定される係数(hω)に±5%同定誤差があった場合のシミュレーションを行った。その結果、推定回転速度(ωhat)の二乗平均平方根誤差(RMSE)を算出し、表4に示す。
【0094】
【0095】
表4に示すように、係数(hω)の同定誤差がない場合ではRMSE=0.3475でカルマンフィルタを用いない場合に対し、観測誤差雑音(ωn)の影響を91.25%除去している。一方で、係数(hω)の同定誤差が+5%ある場合ではRMSE=0.3468でカルマンフィルタを用いない場合に対し、観測誤差雑音(ωn)の影響を91.27%除去している。また一方で、係数(hω)の同定誤差が-5%ある場合ではRMSE=0.3483でカルマンフィルタを用いない場合に対し、観測誤差雑音(ωn)の影響を91.23%除去している。このことからわかるように、係数(hω)に±5%同定誤差があっても第1カルマンフィルタ数学モデルのカルマンフィルタ54を用いて推定される推定回転速度(ωhat)にほとんど変化がない。
【0096】
また、更に、ロバスト性の検証として、第1カルマンフィルタ数学モデルのカルマンフィルタ54を用い、カルマンゲインの調整パラメータ(r)の更新において用いる推定回転速度(ωhat[k|k-L])(ただし、L:ステップ遅れ数)に数ステップの遅れが発生してしまった場合のシミュレーションを行った。その結果、推定回転速度(ωhat)の二乗平均平方根誤差(RMSE)を算出し、表5に示す。
【0097】
【表5】
表5に示すように、設計値である1ステップ遅れ(L=1)の場合ではRMSE=0.3475でカルマンフィルタを用いない場合に対し、観測誤差雑音(ω
n)の影響を91.25%除去している。一方で、2ステップ遅れ(L=2)の場合ではRMSE=0.3585でカルマンフィルタを用いない場合に対し、観測誤差雑音(ω
n)の影響を90.97%除去している。また一方で、5ステップ遅れ(L=5)の場合ではRMSE=0.3644でカルマンフィルタを用いない場合に対し、観測誤差雑音(ω
n)の影響を90.82%除去している。このことからわかるように、カルマンゲインの調整パラメータ(r)の更新において用いる推定回転速度に遅れがあっても第1カルマンフィルタ数学モデルのカルマンフィルタ54を用いて推定される推定回転速度(ω
hat)にほとんど変化がない。
【0098】
図13は、実施例において実施形態3のカルマンフィルタの効果を確認するためのシミュレーション結果を示すグラフであり、ある程度ロータ11の回転速度を上げた後、低速回転させた状態を示しており、
図13(a)に比較例3のカルマンフィルタを用いない従来の手法で観測した場合、
図13(b)に実施形態2のカルマンフィルタ154を用いて推定した場合、
図13(c)に実施形態3のカルマンフィルタ254を用いて推定した場合を示している。
図14は、
図13のA1部およびA2部の拡大図である。
図15は、
図13のB1部、B2部、およびB3部の拡大図である。これらの図を参照し、実施形態3のカルマンフィルタ254の効果を説明する。
【0099】
図13に示すシミュレーション結果を見ると、カルマンフィルタを用いない場合の
図13(a)のグラフに対し、カルマンフィルタを用いる場合の
図13(b)および
図13(c)のグラフでは、真値の回転速度(ω)に対し観測回転速度(ω
y)のばらつきが抑えられていることがわかる。更に、カルマンフィルタを用いた場合においても、ロータ11の回転速度が15-20rad/sの低速域で、実施形態2のカルマンフィルタ154を用いた
図14(a)のグラフに対し、実施形態3のカルマンフィルタ254を用いた
図14(b)のバラツキが抑えられていることがわかる。また更に、ロータ11の回転速度が0-0.5rad/sの極低速域において、カルマンフィルタを用いない従来の手法を用いた
図15(a)および実施形態2のカルマンフィルタ154を用いた
図15(b)のグラフでは実際の回転速度と推定回転速度(ω
hat)との差が大きいが、実施形態3のカルマンフィルタ254を用いた
図15(c)では、実際の回転速度と推定回転速度(ω
hat)との差が小さいことがわかる。
図13に示すそれぞれのシミュレーション結果から推定回転速度(ω
hat)の二乗平均平方根誤差{RMSE(Root Mean Squared Error)}を算出し、表6に示す。
【0100】
【0101】
表6に示すように、
図13(a)に示すカルマンフィルタを用いない場合ではRMSE=4.1864であるのに対し、
図13(b)および
図13(c)に示すカルマンフィルタを用いる場合ではRMSEが0.5以下であり、カルマンフィルタを用いる場合の観測誤差雑音(ω
n)のばらつき抑制効果が確認できた。更に、
図13(b)に示す実施形態2のカルマンフィルタ154を用いる場合ではRMSE=0.4290であるのに対し、
図13(c)に示す実施形態3のカルマンフィルタ254を用いる場合ではRMSE=0.2894であり、低速回転時でも精度よくロータ11の回転速度を推定している低速回転時に低速回転時用に適する状態推定値の算出式を用いるカルマンフィルタ254の観測誤差雑音(ω
n)の更なるばらつき抑制効果が確認できた。
【0102】
以上のシミュレーション結果から、本発明を適用したブラシレスDCモータの回転速度推定方法は、観測誤差雑音(ωn)の影響を大幅に低減できる方法であるとともに、制御誤差をある程度許容できる実用的な方法であることが確認できた。
1…ブラシレスDCモータシステム、10…ブラシレスDCモータ、11…ロータ、12…コイル、13…磁気センサ、20…制御装置、30…モータ駆動部、31…ゲートドライバ、32…3相ブリッジ、40…モータ駆動用電源、50…DSPユニット、51…目標回転速度設定部、52…検出パルス信号取得部、53…回転速度算出部、54…(第1カルマンフィルタ数学モデルの)カルマンフィルタ、55…カルマンフィルタ更新部、56…モータ速度指令部、60…コンピュータ機器、154…(第2カルマンフィルタ数学モデルの)カルマンフィルタ、254…(第1の処理用カルマンフィルタ数学モデルおよび第2の処理用カルマンフィルタ数学モデルの)カルマンフィルタ、254a…第1の処理用カルマンフィルタ数学モデル、254b…第2の処理用カルマンフィルタ数学モデル、254c…モデル選択処理部、ST1…目標回転速度設定ステップ、ST2…カルマンフィルタ設定ステップ、ST3…検出パルス信号取得ステップ、ST4…回転速度算出ステップ、ST5…カルマンフィルタ更新ステップ、ST6…回転速度推定ステップ、ST7…モータ制御指令ステップ、ST100…処理選択ステップ