(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121012
(43)【公開日】2024-09-05
(54)【発明の名称】サブマージアーク溶接継手
(51)【国際特許分類】
B23K 9/18 20060101AFI20240829BHJP
【FI】
B23K9/18 Z
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024107893
(22)【出願日】2024-07-04
(62)【分割の表示】P 2021149351の分割
【原出願日】2021-09-14
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】石神 篤史
(57)【要約】
【課題】美麗なビード外観と高靭性の溶接金属を有する多電極サブマージアーク溶接継手を提供する。
【解決手段】溶接継手の溶接金属が質量%で、酸素:250~350ppm、窒素:30~60ppmを含有し、該溶接金属のビード幅の最大値と最小値の差が3.0mm以下であり、かつ前記溶接金属のアンダーカットが0.5mm未満であるサブマージアーク溶接継手とする。これにより、ガス吹き上げ発生を抑制して、ビード幅の変動を小さくし、アンダーカットの抑制を図るとともに、酸素量及び窒素量を所定の範囲に低減して、美麗なビード外観と高靭性の溶接金属を有する溶接継手を得る。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接継手の溶接金属が質量%で、酸素:250~350ppm、窒素:30~60ppmを含有し、該溶接金属のビード幅の最大値と最小値の差が3.0mm以下であり、かつ前記溶接金属のアンダーカットが0.5mm未満であることを特徴とするサブマージアーク溶接継手。
【請求項2】
厚鋼板同士を突き合わせて、多電極サブマージアーク溶接により製造されるサブマージアーク溶接継手であって、前記厚鋼板が、板厚20mm以上で、引張強さが415MPa以上の鋼板であることを特徴とする請求項1に記載のサブマージアーク溶接継手。
【請求項3】
前記溶接金属のシャルピー衝撃試験吸収エネルギーVE-30が100J以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載のサブマージアーク溶接継手。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、厚鋼板を突き合わせ、多電極サブマージアーク溶接法により溶接してなるサブマージアーク溶接継手に係り、とくに、溶接継手のビード外観美麗化や、溶接金属の酸素量、窒素量の増加抑制を図り、合わせて溶接金属の靭性向上を達成する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
厚鋼板の溶接に用いられるサブマージアーク溶接法は、大電流を用いることで高能率な溶接施工を可能とすることに特徴があり、しかも複数の電極を用いて溶着量を増加させ、さらなる溶接高速化を図ることができる。例えば、大径鋼管の溶接においては、4電極や5電極などの多電極サブマージアーク溶接が適用されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
サブマージアーク溶接法では、鋼板の溶接線上に粒状のフラックスを散布して、そのフラックス内に溶接ワイヤを挿入して、フラックス内でアークを発生させ、鋼板母材、溶接ワイヤおよびフラックスを溶融して溶接接合するが、溶融したフラックスによりビード表面形状を整えるとともに溶融金属を大気から遮断して溶接金属の機械的特性の向上を図っている。
【0004】
通常、多電極サブマージアーク溶接におけるフラックスの散布は、第1電極の溶接方向前方に配置したフラックス散布口から行っているが、ビード外観や溶接金属特性の向上のためには、電極周辺で十分なフラックス散布高さを確保する必要がある。
【0005】
このような問題に対して、例えば、特許文献2には、トーチに走行方向(溶接方向)に間隔をおいて複数の溶接ワイヤ供給部を設けるとともに、トーチの少なくとも走行方向(溶接方向)の前部および後部に、フラックス供給部を設けたサブマージアーク溶接装置が記載されている。
【0006】
また、特許文献3には、電極トーチを挟み、溶接方向前後に配設したフラックス散布管により、電極トーチの前部より後部が厚くなるように、フラックス厚みを変えて、フラックスを散布するサブマージアーク溶接のフラックス散布方法が記載されている。この方法によれば、傾斜角6°以上の登り傾斜継手に対し、サブマージアーク溶接の施工が可能になり、湯流れのない良好なビードを得ることができるとしている。
【0007】
また、特許文献4には、溶接中にフラックス表面温度を検出し、その結果に基づきフラックス散布用スクリューコンベヤの回転数を制御し、フラックス散布量を制御するサブマージアーク溶接のフラックス散布方法が記載されている。この方法によれば、溶接条件によらず、フラックス散布量を制御できるとしている。
【0008】
また、特許文献5には、散布前のフラックス粒子間の大気成分を窒素ガスを含まないガスで置換し、かつフラックス散布位置の前縁から溶融池後方までをシールドカバーで覆うことを特徴とする3電極以上の多電極サブマージアーク溶接方法が記載されている。この方法によれば、高能率サブマージアーク溶接における、溶接金属の窒素量増大を抑制できるとしている。
【0009】
また、特許文献6には、サブマージド溶接アークにフラックスを供給する装置が記載されている。特許文献6に記載されたフラックスを供給する装置では、フラックスを集めたタンクと、該タンクから通路を介しフラックスを重力で供給される分割器と、該分割器から重力で、吊下げられた可動電極の前方および後方にそれぞれフラックスを供給する2本の通路と、を有する。なお、特許文献6に記載された装置では、タンクは溶接アークのうえの所定の高さに取付けられ、また、可動電極の後方の過剰フラックスを集めてタンクへ導くように真空装置を配置するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭53-119240号公報
【特許文献2】実開昭59-120072号公報
【特許文献3】特開昭56-009076号公報
【特許文献4】特開平03-013274号公報
【特許文献5】特開2010-029931号公報
【特許文献6】特開昭55-117594号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献2~特許文献6に記載された技術によっては、多電極サブマージアーク溶接における各電極周辺でのフラックス散布高さ、とくに後方の電極周辺のフラックス散布高さを、十分な高さに安定して保持できないという問題があった。
【0012】
通常、多電極サブマージアーク溶接におけるフラックスの散布は、第1電極の溶接方向前方に配置したフラックス散布口から行っているが、各電極のアークによりフラックスが溶融あるいはさらに飛散させられ、さらに電極の前進によってフラックスが溶接線に対して両側に押しのけられるため、後方の電極ほど電極周辺のフラックス散布高さが低くなる。しかも、サブマージアーク溶接では大電流を用いるため、アーク圧力が高く、フラックス散布高さが低くなった後方の電極では、ガスの吹き上げが強くなり、溶融金属を大気から遮断する効果が得難くなる。そのため、溶接金属中の酸素量や窒素量が増加して、溶接金属の機械的特性を低下させ、また、ガスの吹き上げによって、美麗なビード外観が得難くなる。とくに、電極数が多いほど、その傾向が強くなる。また、特に、嵩密度が低く粒度の粗いフラックスを使用した場合には、アーク圧力をフラックスで抑え込むことができず、ガス吹き上げの発生を抑制することが難しくなる。
【0013】
本発明は、上記した従来技術の問題を解決し、ガス吹き上げ発生を防止し、美麗なビード外観と、酸素量および窒素量が低い溶接金属を有するサブマージアーク溶接継手を、また機械的特性の優れたサブマージアーク溶接継手を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記した目的を達成するために、厚鋼板同士を突き合わせ、多電極サブマージアーク溶接法を用い、フラックス散布方法を種々変更して溶接継手を作製した。溶接中、ガスの吹き上げ状況を観察するとともに、得られた溶接継手について、ビード外観の観察、および、溶接金属中の酸素量、窒素量の測定を行った。
【0015】
その結果、フラックスを、第1のフラックス散布口から溶接線上で先行電極(第1電極)の溶接方向前方に散布することに加えて、さらに第2のフラックス散布口を配設し、溶接線から水平方向に所定の距離離れた少なくとも片側の位置で、かつ溶接方向に沿った複数の電極の設置範囲に、フラックスを散布することに思い至った。これにより、先行電極周辺から最後尾電極周辺まで所望のフラックス散布厚さを安定して確保でき、溶接中、ガス吹き上げを防止でき、優れたビード外観を有し、酸素量および窒素量が適正範囲に低減した溶接金属を有するサブマージアーク溶接継手を得ることができることを知見した。
【0016】
本発明は、このような知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである、すなわち、本発明の要旨はつぎのとおりである。
〔1〕溶接継手の溶接金属が質量%で、酸素:250~350ppm、窒素:30~60ppmを含有し、該溶接金属のビード幅の最大値と最小値の差が3.0mm以下であり、かつ前記溶接金属のアンダーカットが0.5mm未満であることを特徴とするサブマージアーク溶接継手。
〔2〕前記〔1〕において、厚鋼板同士を突き合わせて、多電極サブマージアーク溶接により製造されるサブマージアーク溶接継手であって、前記厚鋼板が、板厚20mm以上で、引張強さが415MPa以上の鋼板であることを特徴とするサブマージアーク溶接継手。
〔3〕前記〔1〕又は〔2〕において、前記溶接金属のシャルピー衝撃試験吸収エネルギーVE-30が100J以上であることを特徴とするサブマージアーク溶接継手。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、電極周辺におけるガス吹き上げ発生や、ビード幅の変動を抑制でき、さらに酸素量および窒素量を所定の範囲に低減でき、高靭性の溶接金属を有する多電極サブマージアーク溶接継手とすることができ、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、ビード幅の変動を抑制することで、アンダーカットの抑制を図ることもできるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明で使用できるフラックス散布装置の一例を模式的に示す説明図である。
【
図2】第1および第2のフラックス散布口の配置例を模式的に示す説明図である。
【
図3】実施例で使用した開先形状を模式的に示す説明図である。
【
図4】シャルピー衝撃試験片の採取要領を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明は、厚鋼板を突き合わせて、2電極以上の多電極サブマージアーク溶接によりサブマージアーク溶接継手を得るサブマージアーク溶接継手の製造方法である。
【0020】
なお、得られるサブマージアーク溶接継手は、使用する厚鋼板の板厚と、所望の溶接条件等により、単層あるいは多層盛溶接継手となる。
【0021】
本発明で、用いる厚鋼板は、板厚20mm以上で、引張強さ:415MPa以上の鋼板とすることが好ましい。
【0022】
ついで、用意した厚鋼板同士を突き合わせ、突合わせ面に所定形状の開先加工を施し、溶接ワイヤとフラックスとを用いて、2電極以上の多電極サブマージアーク溶接を実施し、サブマージアーク溶接継手を得る。
【0023】
使用する溶接ワイヤは、被溶接材である上記した厚鋼板に適合した、JIS Z 3351に規定されるサブマージアーク溶接用ソリッドワイヤ(市販)から選択することが好ましいが、フラックスコアードワイヤも適用できる。なお、用いる溶接ワイヤは、2.4mmΦ以上とすることが溶接安定性の観点から好ましい。
【0024】
また、使用するフラックスは、上記した厚鋼板に適合した、JIS Z 3352に規定されるサブマージアーク溶接用フラックス(市販)から選択することが好ましい。なお、用いるフラックスは、溶融型、焼成型、焼結型のいずれも使用できる。
【0025】
本発明では、多電極サブマージアーク溶接を行う際の溶接条件として、所望の溶接継手が形成できる条件であればとくに限定する必要はなく、常用の多電極サブマージアーク溶接方法で用いる電極数、開先形状、電流、電圧、電流密度等の溶接条件がいずれも適用できる。例えば、隣接する電極同士の間隔としては、鋼板表面において測定したワイヤ先端位置の間隔で、8~30mmとすることが好ましい。電極同士の間隔が8mm未満では、間隔が狭すぎて、給電用のコンタクトチップ同士が接触する場合があり、一方、30mmを超えると、スラグ巻き込み等が発生し、溶接部の品質が低下する。
【0026】
また、各電極の傾斜角度としては、鋼板に垂直な線を0°として、溶接方向に対して第1電極の傾斜角度を-20~0°とし、第2電極以降の電極の傾斜角度を直前の電極に対して5~25°の範囲にすることが好ましい。なお、傾斜角度に関し、+側は前進角側、-側は後進角側を意味する。
【0027】
また、多電極サブマージアーク溶接の溶接速度は、とくに限定する必要はなく、必要に応じて適宜決定できるが、500~5000mm/min程度とすることが、溶接施工性の観点から好ましい。
【0028】
そして、本発明では、フラックスの散布は、
図1に1例を示すフラックス散布装置100を用いて、行うことが好ましい。本発明で使用するフラックス散布装置100は、
図2にその配置の一例を示すように、複数の電極(
図2では、5電極31~35)を囲む、第1のフラックス散布口13、および第2のフラックス散布口23aおよび/または23bを配設した装置とすることが好ましい。
【0029】
第1のフラックス散布口13は、フラックスを溶接線上に適正な幅で散布できるように、多電極のうちの第1電極31の溶接方向前方の溶接線上の所定の位置に、配設される。なお、第1のフラックス散布口13の出口側形状は、とくに限定する必要はないが、円形、正方形、長方形、楕円形とすることが好ましい。また、用いる第1のフラックス散布口は、断面積一定の断面形状とする必要はないが、フラックスがフラックス送給管内で詰まらないように、最小断面積で600mm2以上とすることが好ましい。
【0030】
また、第2のフラックス散布口23a、23bは、例えば、
図2(b)に示すように、溶接線に沿って配設された第1電極31から最後尾電極(
図2では第5電極35)までの多電極の周辺に適切なフラックス散布高さを維持できるように、溶接線から水平方向に所定の距離Bだけ離れた少なくとも片側に配設される。なお、第2のフラックス散布口は、
図2(a)に示すように、溶接線を挟んで両側に配設するほうが、溶接線と直交方向に均一にフラックスを散布することができ、溶接線に対し左右対称な余盛を形成できるという観点から好ましい。ここでいう「所定の距離B」は、溶接線から第2のフラックス散布口23a、23b端部までの距離Bであり、20~100mmとすることが好ましい。溶接線からフラックス散布口端部までの距離Bが、20mm未満では溶接トーチとフラックス散布口とが干渉する恐れが大きく、一方、100mmを超えて大きくなると、溶接線直上のフラックス散布厚さが薄くなる。
【0031】
さらに、第2のフラックス散布口23a、23bは、該第2のフラックス散布口の溶接方向前方の端部が第1電極の溶接ワイヤ先端の位置より溶接方向前方に、該第2のフラックス散布口の溶接方向後方の端部が最後尾の電極の溶接ワイヤ先端の位置より溶接方向後方に、それぞれ位置するように、配設される。これにより、第1電極から最後尾電極までの多電極の周辺に、均一に適切なフラックス散布高さを維持できるようになる。
【0032】
なお、第2のフラックス散布口23a、23bの出口側形状は、とくに限定する必要はないが、長方形とすることが好ましい。また、用いる第2のフラックス散布口は、断面積一定の断面形状とする必要はないが、フラックスがフラックス送給管内で詰まらないように、最小断面積で600mm2以上とすることが好ましい。
【0033】
本発明で使用するフラックス散布装置100では、上記したフラックス散布口の入側にそれぞれに、フラックス送給管の一方の端を接続する。そして、さらに該フラックス送給管の他方の端をフラックス貯蔵槽に接続して、貯蔵されたフラックスを、フラックス散布口に送給可能とする。
【0034】
第1のフラックス散布口13には、第1のフラックス送給管12の一方の端が接続され、該第1のフラックス送給管12の他方の端は、フラックス貯蔵槽11に接続され、フラックスをフラックス散布口に送給可能とする。同様に、第2のフラックス散布口23a、23bにはそれぞれ、第2のフラックス送給管22a、22bの一方の端が接続され、そして、該第2のフラックス送給管22a、22bの他方の端には、フラックス貯蔵槽21(11)が接続される。
【0035】
なお、本発明では、フラックス散布口、フラックス送給管、フラックス貯蔵槽の接続は、上記した接続方法に限定されることはない。フラックス貯蔵槽には、1つのフラックス送給管を接続し、接続されたフラックス送給管を途中で枝分かれしたフラックス送給管とし、枝分かれしたそれぞれの端に、2つのフラックス散布口をそれぞれ接続してもよい。例えば、本発明で使用するフラックス散布装置を、フラックスを貯蔵するフラックス貯蔵槽と、該フラックス貯蔵槽に接続され前記フラックスを送給する1つのフラックス送給管と、該1つのフラックス送給管を途中で枝分かれしたフラックス送給管とし、前記枝分かれした前記フラックス送給管の一方の端に接続し前記フラックスを散布する第1のフラックス散布口と、前記枝分かれした前記フラックス送給管の他方の端に接続し前記フラックスを散布する第2のフラックス散布口と、を有する装置としてもよい。
【0036】
なお、フラックス送給管では、その断面形状はとくに限定されないが、円形とすることが好ましい。さらに、送給管内でのフラックスの詰まりを防止するため、フラックス送給管の最小断面積は、600mm2以上とすることが好ましい。なお、より好ましくは1200mm2以上である。また、フラックス送給管は、比較的自在に曲げることができる材料製、例えば塩化ビニール製、シリコンゴム製とすることが、作業性の観点から好ましい。
【0037】
また、フラックス送給管12、22は、フラックス貯蔵槽11(21)からフラックス散布口13、23までの全長にわたり、管の中心線に沿って測定した水平面に対する角度α(°)で、α:30°以上に保つように配置することが好ましい。水平面に対してα:30°未満と、フラックス送給管の水平面に対する傾きが小さくなると、フラックスが管内部で滞留し、電極周辺でのフラックス散布高さが小さくなり、ガスの吹き上げが発生しやすくなる。
【0038】
フラックス貯蔵槽11(21)は、フラックス4を貯蔵する貯蔵容器であり、サブマージアーク溶接時に必要なフラックス量が貯蔵できるものであればよく、その大きさ等はとくに限定されない。フラックス貯蔵槽は、第1のフラックス散布口13用、第2のフラックス散布口23用と別々に配置してもよいが、設置場所の関係から共用としても何ら問題はない。
【0039】
なお、
図1では、フラックス散布装置100と、複数の電極(コンタクトチップ)3と溶接ワイヤ2のみを記載し、各電極に接続される溶接ワイヤ供給手段、溶接電源等については図示を省略しているが、常用の溶接装置(溶接電源、制御装置、溶接機等)がいずれも適用できる。なお、フラックスの散布は、溶接前に予め溶接線に沿って散布しておくか、溶接機と連動して溶接点より溶接方向前方に散布することが好ましい。
【0040】
また、多電極サブマージアーク溶接に際しては、適切なフラックスの散布高さは、各電極のコンタクトチップがフラックスで覆われる程度に十分な散布高さ、すなわち被溶接材(鋼板)表面から略30~40mm程度、とすることが好ましい。
【0041】
本発明では、
図1に示すような多電極サブマージアーク溶接用フラックス散布装置を用いて、多電極サブマージアーク溶接する際には、フラックス散布口13、23a、23bの下面高さが、被溶接材(鋼板)表面から上記した高さとなるように、調整しておくことが好ましい。これにより、複数の電極のアークをフラックスで覆うことができ、溶接中のガス吹き上げもなく、ビード幅の安定性に優れ、優れた品質の溶接金属が得られるという効果を奏する。
【0042】
上記した厚鋼板を突き合わせて、上記した溶接条件で多電極サブマージアーク溶接により得られるサブマージアーク溶接継手は、質量%で、酸素:250~350ppm、窒素:30~60ppmを含有する組成と、ビード幅の最大値と最小値の差が3.0mm以下である溶接金属を有する。
【0043】
溶接金属の酸素量が350質量ppm超え、あるいは窒素量が60質量ppmを超えると、粒界フェライトが生成し、溶接金属の靭性が低下する。一方、溶接金属の酸素量が250質量ppm未満、窒素量が30質量ppm未満と低くなると、粒内のアシキュラーフェライトに代わりベイナイトが生成して溶接金属靭性が低下する。このような溶接金属の酸素量、窒素量を得るためには、ガス吹き上げのない安定した溶接を行う必要があり、そのためには、電極周辺のフラックス散布高さを十分な高さとすることができる、本発明におけるようなフラックス散布方法を採用する必要がある。
【0044】
また、溶接金属のビード幅の最大値と最小値の差が3.0mmを超えると、深さ:0.5mm以上のアンダーカットが発生し、ビード外観が低下する。
【0045】
以下、さらに実施例に基づき、さらに本発明について説明する。
【実施例0046】
表1に示す化学成分を有する厚鋼板(板厚:38mm、引張強さ590MPa)を用意した。用意した厚鋼板から2枚(一対)の試験板(長さ:1200mm)1,1'を採取し、開先として
図3に示す、角度:70°、開先深さ:15mmの片面Y開先を開先加工し、突き合わせて試験体とした。ついで、これら試験体を用いて、多電極サブマージアーク溶接法によりサブマージアーク溶接継手(正常状態の溶接部長さ:1000mm)を作製した。
【0047】
なお、多電極サブマージアーク溶接は、表4に示す電極配置の、5電極サブマージアーク溶接とし、
図1に構成の1例を示す第1および第2のフラックス散布口を有する多電極サブマージアーク溶接用フラックス散布装置を用いてフラックス散布を行った。フラックスは、上記厚鋼版に適合したJIS Z 3351に規定される、表2に示す組成の市販の焼成型フラックス(嵩密度:1.2g/ml、平均粒径:800μm)を使用し、溶接ワイヤは、上記厚鋼版に適合したJIS Z 3352に規定される、表3に示す組成の市販の溶接ワイヤ(径:4.0mmΦ)を使用した。
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
なお、多電極サブマージアーク溶接を実施するにあたり、表5に示すように、フラックス散布装置におけるフラックス送給管の最小断面積および最小傾斜角度、さらにフラックス散布口の配置を変化して、フラック散布の条件を種々変化した。用いたフラックス散布口の配置は、
図2(a)~(f)に示す各配置とした。
【0053】
図2(a)は、溶接線上に第1のフラックス散布口13を配置し、溶接線を挟んで両側に水平方向に所定の距離Bだけ離れて、第2のフラックス散布口23a、23bを配置した場合であり、
図2(b)は、溶接線上に第1のフラックス散布口13を配置し、溶接線から水平方向に所定の距離Bだけ離れた片側に第2のフラックス散布口23aを配置した場合である。
図2(a)、
図2(b)ではともに、第2のフラックス散布口23の溶接方向前方の端部が第1電極31の溶接ワイヤより溶接方向前方の位置となるように、かつ第2のフラックス散布口23の溶接方向後方の端部が最後尾電極35の溶接ワイヤより溶接方向後方の位置となるように、配置した。
【0054】
また、
図2(c)は、溶接線上に第1のフラックス散布口13のみを配置した比較例であり、
図2(d)は、溶接線を挟んで水平方向に所定の距離Bだけ離れた両側に第2のフラックス散布口23aおよび23bのみを配置した場合であり、
図2(e)および
図2(f)は、溶接線上に第1のフラックス散布口13、および溶接線を挟んで水平方向に所定の距離Bだけ離れた両側に第2のフラックス散布口23aおよび23bを配置した場合で、
図2(e)では、さらに第2のフラックス散布口23a、23bの溶接方向後方の端部が最後尾電極35の溶接ワイヤより前方の位置となるように、また、
図2(f)では、さらに第2のフラックス散布口23a、23bの溶接方向前方の端部が第1電極の溶接ワイヤより後方の位置となるように、配置した比較例である。
【0055】
なお、第1のフラックス散布口13は、円形断面とし、散布口出口側の断面が、フラックス送給管の最小断面積以上の断面積を有する散布口とした。また、第2のフラックス散布口23aは、散布口出口側の断面が、フラックス送給管の最小断面積以上の断面積を有する散布口とした。
【0056】
なお、フラックス送給管12、22は、フラックスの重力送給が可能なように、送給管の断面積を表5に示す適正な範囲内とし、かつ全経路おける水平面に対する最小傾斜角度αを表5に示す角度に調整した。なお、フラックス送給管は、シリコンゴム製とした。
【0057】
そして、多電極サブマージアーク溶接を実施した。溶接条件は、表6に示す通りとした。なお、溶接速度は1000mm/minとし、溶接入熱量は9.83kJ/mmであった。なお、溶接継手No.13では、溶接前にフラックス貯蔵槽内にArガスを吹き込み、フラックス粒間に存在する大気を追い出すガスパージを行った。
【0058】
【0059】
【0060】
溶接中に、ガス吹き上げの発生時間を測定した。得られたガス吹き上げの発生時間から、ガス吹き上げが発生しなかった場合を◎、ガス吹き上げの発生が連続3秒未満の場合を〇、ガス吹き上げの発生が連続3秒以上の場合を×として、ガス吹き上げ性を評価した。
【0061】
また、得られた溶接継手の定常部についてビードを観察し、アンダーカットがあった場合は、当該箇所からサンプルを採取して断面マクロ形状を観察してアンダーカットの深さを測定した。アンダーカット無しの場合を◎、アンダーカット有りで、その深さが0.5mm未満の場合を〇、アンダーカット有りで、その深さが0.5mm以上の場合を×として、アンダーカットの生成状況を評価した。
【0062】
さらに、得られた溶接継手の定常部について、表面からノギスを用いて、溶接ビードに沿って10mm間隔でビード幅を測定し、その最大値と最小値を求め、その差を算出した。そして、得られたビード幅の最大値と最小値の差が、2.0mm未満の場合を◎、2.0mm以上3.0mm以下の場合を〇、3.0mmを超えた場合を×として、ビード幅安定性を評価した。
【0063】
さらに、得られた溶接継手の溶接金属部から、溶接方向に沿って100mm間隔で分析用サンプルを採取して、溶接金属に含まれる酸素量および窒素量を、赤外線吸収分析法を用いて分析し、当該溶接継手における酸素量、窒素量の最大値と最小値を求めた。
【0064】
また、得られた溶接継手の溶接金属部からノッチ位置が溶接金属中央となるように、溶接方向に沿って100mm間隔で、鋼板表層下2mm位置からシャルピー衝撃試験片(Vノッチ)を採取した。そして、試験温度:-30℃でシャルピー衝撃試験を実施し、吸収エネルギー
VE
-30(J)を求め、衝撃特性を評価した。シャルピー衝撃試験片(Vノッチ)の採取位置を
図4に示す。
【0065】
得られた結果を表7に示す。
【0066】
【0067】
本発明例はいずれも、溶接中に連続3秒以上のガス吹き上げが発生せず(評価:◎及び〇)、ガスの吹き上げを防止でき、また、溶接金属のビード幅の最大値と最小値の差が3.0mm以下(評価:◎及び〇)で、優れたビード幅安定性を示し、さらに溶接金属中の酸素量が250質量ppm以上350質量ppm以下、窒素量が30質量ppm以上60質量ppm以下と、溶接金属中の酸素量、窒素量が適正範囲内に低減しており、溶接金属の靭性が向上している。
【0068】
さらに、本発明例のうち、フラックス送給管12、22の断面積がいずれも全長にわたり600mm2以上、フラックス送給管12、22の水平面に対する最小傾斜角度がいずれも30°以上、および第2のフラックス散布口23が溶接線を挟んで両側に設けられしかも溶接線からの水平方向の所定の距離Bが20~100mmの範囲内、を満足する溶接継手No.6~No.8の場合は、ガス吹き上げの発生がなく(◎)、ビード幅の最大値と最小値の差が2.0mm未満(◎)でとくにビード幅安定性に優れ、アンダーカットの発生もなく、しかも溶接金属中の酸素量、窒素量が適正範囲内に低く抑えられ、溶接金属の靭性が向上している。
【0069】
一方、本発明の範囲を外れたフラックス散布を行った比較例は、溶接中、ガス吹き上げが激しく発生し、ビード幅が不安定になるとともに、深いアンダーカットが発生し、しかも溶接金属中の酸素量が350質量ppm超え、窒素量が60質量ppmを超えて高くなり、試験温度:-30℃でシャルピー衝撃試験吸収エネルギーVE-30が100J未満となり、溶接金属靭性が低下している。溶接継手No.13では、ガスパージのため、溶接金属の酸素量が250質量ppm未満、窒素量が30質量ppm未満となり、溶接金属のVE-30が100J未満と、溶接金属靭性が低下している。