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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121037
(43)【公開日】2024-09-06
(54)【発明の名称】電極部材とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 9/65 20210101AFI20240830BHJP
   C25D 9/08 20060101ALI20240830BHJP
   H01M 8/0206 20160101ALI20240830BHJP
   H01M 8/0228 20160101ALI20240830BHJP
   H01M 8/0215 20160101ALI20240830BHJP
   C25D 9/10 20060101ALI20240830BHJP
   C25F 3/06 20060101ALI20240830BHJP
   C25F 3/08 20060101ALI20240830BHJP
   C23F 1/00 20060101ALI20240830BHJP
   C25F 3/02 20060101ALI20240830BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20240830BHJP
   H01M 8/12 20160101ALN20240830BHJP
【FI】
C25B9/65
C25D9/08
H01M8/0206
H01M8/0228
H01M8/0215
C25D9/10
C25F3/06
C25F3/08
C23F1/00 Z
C25F3/02 Z
H01M8/10 101
H01M8/12 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023027882
(22)【出願日】2023-02-27
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】トウ ジュシン
(72)【発明者】
【氏名】小澤 康弘
(72)【発明者】
【氏名】中西 和之
(72)【発明者】
【氏名】梅本 和彦
(72)【発明者】
【氏名】伊関 崇
【テーマコード(参考)】
4K021
4K057
5H126
【Fターム(参考)】
4K021AA01
4K021BA02
4K021CA03
4K021DB19
4K021DB40
4K057WA12
4K057WB02
4K057WB08
4K057WD03
4K057WE07
4K057WE08
4K057WE22
4K057WG02
4K057WG03
4K057WK06
4K057WM15
4K057WN02
5H126AA12
5H126DD05
5H126DD14
5H126EE03
5H126EE06
5H126GG02
5H126GG08
5H126GG12
5H126HH00
5H126HH01
5H126HH03
5H126HH04
5H126HH10
5H126JJ00
5H126JJ05
5H126JJ06
5H126JJ08
5H126JJ10
(57)【要約】
【課題】導電性および耐食性に優れる電極部材を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、基板上に形成された被覆層を備える電極部材である。その被覆層はファセット表面を有するFeからなる。基板は、例えば、Ti基材またはFe基材である。ファセット表面を有するFeは、例えば、エッチング後の基板表面に所定の電気めっきを行うことにより形成される。ファセット結晶は不純物や欠陥等を殆ど含まないため、高導電性と高耐食性が発現されたと考えられる。ファセット結晶からなるめっき層は、加熱により、接触抵抗を安定的に低下させる。このような電極部材は、過酷な使用環境に曝される水電解槽用複極板や燃料電池用セパレータ等に好適である。
【選択図】図1B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に形成された被覆層を備える電極部材であって、
該被覆層は、ファセット表面を有するFeからなる電極部材。
【請求項2】
前記基板は、Ti基材またはFe基材である請求項1に記載の電極部材。
【請求項3】
基板をエッチングするエッチング工程と、
該エッチング後の基板表面にめっき層を形成するめっき工程とを備え、
該めっき層から請求項1に記載の被覆層を得る電極部材の製造方法。
【請求項4】
前記エッチング工程は、溶液に浸漬した前記基板表面に超音波振動を付与してなされる請求項3に記載の電極部材の製造方法。
【請求項5】
前記めっき工程は、前記基板を陰極にして該基板側の電位を標準水素電極に対して-0.84V~-0.7Vにする電気めっき工程である請求項3に記載の電極部材の製造方法。
【請求項6】
前記電気めっき工程は、Fe3+とFe3+に配位するキレート剤とを含むめっき液を用いてなされる請求項5に記載の電極部材の製造方法。
【請求項7】
前記めっき液は、pH8以上である請求項6に記載の電極部材の製造方法。
【請求項8】
前記めっき層を加熱する熱処理工程をさらに備える請求項3~7のいずれかに記載の電極部材の製造方法。
【請求項9】
前記熱処理工程は、加熱温度を80~300℃、加熱時間を0.01~3時間とする請求項8に記載の電極部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極部材等に関する。
【背景技術】
【0002】
電気分解、電解めっき、各種電池等に電極部材が用いられる。いずれの電極部材でも、優れた導電性と耐食性が要求される点で共通している。このような電極部材に関する提案は多くなされており、例えば、下記の特許文献に関連する記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000-273681
【特許文献2】特開2007-242257
【特許文献3】特開2007-305463
【特許文献4】特開2012-212644
【特許文献5】特開2021-125356
【特許文献6】特開2022-61933
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1は、チタン合金へ貴金属(白金)をめっきした後に超塑性加工した複極板を、固体高分子電解質膜を備える水電解槽に用いている。貴金属の利用は、コストや資源確保等の点で好ましくない。
【0005】
特許文献2は、FeNi合金基板に形成したガス流路の表面(溝内壁面)に、Feからなる耐腐食層を形成した燃料電池用のセパレータを提案している。特許文献2では、電極に接触するセパレータ表面から、耐腐食層(Fe)をわざわざ除去している。
【0006】
特許文献3は、ステンレス鋼からなる基板表面に導電性樹脂層を形成したセパレータを提案している。特許文献4は、チタンからなる基板表面に黒鉛層を形成したセパレータを提案している。これら特許文献には、基板表面に形成するFe層について何ら記載がない。
【0007】
特許文献5と特許文献6には、ステンレス鋼基板上にFe層を形成してなる燃料電池用セパレータに関する記載がある。これら特許文献には、Feの表面状態や結晶構造等について何ら記載がない。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、導電性または耐食性に優れる新たな電極部材等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者が鋭意研究した結果、ファセット表面を有するFeを基板上に形成することに成功し、そのFeからなる被覆層が導電性や耐食性に優れることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明が完成されるに至った。
【0010】
《電極部材》
(1)本発明は、基板上に形成された被覆層を備える電極部材であって、該被覆層は、ファセット表面を有するFeからなる電極部材である。
【0011】
(2)本発明の電極部材(被覆層)は、優れた導電性や耐食性を発揮し得る。過酷な環境下でも高導電性や低接触抵抗性等を発現する電極部材は、例えば、水電解槽用複極板、燃料電池用セパレータ等に好適である。なお、本明細書でいう「導電性」は、自身の電気伝導率の大小の他、他部材との接触抵抗の大小でもよい。
【0012】
本発明の被覆層が優れた導電性や耐食性が発現する理由は定かではないが、次のように考えられる。ファセット(faceted)表面を有するFe結晶は、基板表面上に形成された特定の結晶面に沿って、FeイオンとOイオンが整然と並んで一層ずつ析出または晶出してできたと考えられる。このように沿面成長(ファセット成長)してできたファセット結晶は、微量な不純物の取込みや僅かな欠陥の形成等が殆どないため、高導電性や高耐食性を発揮したと考えられる。
【0013】
逆に、ファセット結晶ではない従来の結晶(ノンファセット結晶)は、電解浴中に含まれる様々な不純物イオン等を取り込みながら成長する。このようなノンファセット結晶は、空孔などの結晶欠陥等を多く含み、その表面も粗い凹凸状となり易い。このためノンファセット結晶は、ファセット結晶よりも導電性や耐食性が低下し易いと考えられる。
【0014】
《電極部材の製造方法》
本発明は、電極部材の製造方法としても把握される。例えば、本発明は、基板をエッチングするエッチング工程と、該エッチング後の基板表面にめっき層を形成するめっき工程とを備え、該めっき層から上述した被覆層を得る電極部材の製造方法でもよい。
【0015】
《その他》
(1)被覆層は、基板の全面を被覆していてもよいし、その一部を被覆しているだけでもよい。被覆層と基板表面の間には別層(下地層、バリア層等)があってもよい。
【0016】
(2)本明細書でいう「x~y」は、特に断らない限り、下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また、本明細書でいう「x~ykHz」はxkHz~ykHzを意味する。他の単位系についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1A】試料1のXRDパターンである。
図1B】試料1のSEM像である。
図1C】試料1の分極曲線である。
図1D】試料1の接触抵抗の経時変化を示すグラフである。
図2A】試料2のXRDパターンである。
図2B】試料2のSEM像である。
図2C】試料2の分極曲線である。
図2D】試料2の接触抵抗の経時変化を示すグラフである。
図3A】試料CのXRDパターンである。
図3B】試料CのSEM像である。
図3C】試料Cの接触抵抗の経時変化を示すグラフである。
図4】接触抵抗の測定方法を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、方法的な構成要素であっても物に関する構成 要素ともなり得る。
【0019】
《基板》
基板は、導電材からなり、Feからなる被覆層の形成が可能であれば、具体的な材質を問わない。基板は、例えば、金属基材の他、炭素基材、セラミック基材、樹脂基材等でもよい。金属基材からなる基板は、導電性、成形性(加工性)、強度等に優れる。金属基材は、例えば、Ti基材やFe基材の他、Al基材でもよい。
【0020】
Ti基材は、純チタンでも、チタン合金(α合金、β合金、α+β合金)でもよい。Fe基材は、例えば、ステンレス鋼(基材全体に対してCrを10.5質量%以上含む鉄合金)である。ステンレス鋼は、オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系、二相系、析出硬化系等のいずれでもよい。
【0021】
本明細書でいう「X基材」は、X単体の他、Xを主成分とするX合金(金属間化合物を含む)、X複合材等である。主成分は、敢えていうと、基材全体に対してXを50原子%以上(または50原子%超)さらには60原子%以上含むことを意味する。
【0022】
基板には、ガス(水素、酸素、燃料ガス、空気等)を流通させるガス流路(溝等)が設けられていてもよい。ガス流路は、例えば、基板を塑性加工(金属基板のプレス成形等)、切削加工等して形成される。
【0023】
《エッチング工程》
エッチングにより、酸化膜等が除去された新生結晶面からなる基板表面が形成され、Feの沿面成長が促進されると考えられる。
【0024】
エッチング工程は種々の方法で行える。例えば、溶液に浸漬した基板表面に超音波振動を付与してエッチング工程を行なってもよい。超音波振動は、基板自体に印加されてもよいし、基板表面近傍の溶液に印加されてもよい。その周波数は、適宜選択されるが、例えば、10~100kHzまたは20~50kHzである。このような周波数範囲内であれば、2段階もしくは多段階(3段階以上)に分けて超音波振動を与えても良い。多段階で超音波振動を与える場合なら、各段階(ステップ)における超音波振動の周波数、その印加時間、その出力等は、同一でも異なっても良い。
【0025】
超音波振動を与えるトータル時間は、例えば、0.1~15分間または0.5~10分間である。超音波振動の出力は、例えば、0.1~3kWまたは0.2~1.5kWである。
【0026】
エッチング工程は、溶液に浸漬した基板へ電圧を印加する電解エッチングにより行なってもよい。エッチング工程で使用する溶液は、例えば、アルカリ性溶液、酸性溶液(フッ酸溶液、塩酸溶液等)であるが、次工程のめっき液を考慮して選択されてもよい。Feの沿面成長が可能な基板表面を形成できれば、化学エッチングでなくてもよい。
【0027】
アルカリ性溶液(NaOH等)を用いる場合、その濃度は、例えば、0.1~3N(当量濃度)または0.5~2.5Nである。酸性溶液(フッ酸、塩酸等)を用いる場合も、その濃度は、例えば、0.1~3N(当量濃度)または0.5~2.5Nである。それら溶液の温度は、例えば、室温(25℃)~90℃である。
【0028】
《めっき工程》
めっき工程は、Feからなるめっき層を基板表面に形成できれば、電気(電解)めっき工程でも、無電解めっき工程でもよい。電気めっき工程によれば、めっき層の生成(成膜)速度を高めて、電極部材の生産性向上を図れる。
【0029】
電気めっき工程は、基板側を陽極とする陽極電気めっき法によりなされても、基板側を陰極とする陰極電気めっき法によりなされてもよい。陰極電気めっき法によれば、陽極電気めっき法よりも、めっき層を効率的に形成できる。陰極電気めっき法の成膜速度は、例えば、0.5μm/min以上さらには1μm/min以上となり得る。
【0030】
電気めっき工程(特に陰極電気めっき法)を行う場合、めっき液はFe3+(鉄供給源)を含むとよい。これにより、Fe2+の空気等による酸化を回避できる。Fe3+濃度は、例えば、0.05~0.7Mさらには0.1~0.5Mである。なお、本明細書でいう「M」はmol/Lを意味する。
【0031】
めっき液は、Fe3+に配位するキレート剤を含むとよい。これにより、Fe3+がFe(OH)を生成して沈殿等することが抑止され、所望のFe濃度を有するめっき液の調製が容易になる。
【0032】
Fe3+に結合する配位子を有し、Fe3+を挟み込んだ金属錯体を形成するキレート剤として、トリエタノールアミン(TEA)、ジエタノールアミン(DEA)、N-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸(HIDA)等がある。特にTEAはアルカリ性溶液中でFe3+に強く配位してFe3+を安定的に分散させ得る。
【0033】
めっき液中のキレート剤の濃度は、Fe3+の濃度やキレート価等に応じて調整されるが、例えば、0.01~0.4Mさらには0.05~0.3Mである。
【0034】
めっき液のpHは、Fe源剤や通電条件等により異なるが、例えば、pH8~14、pH9~13.5またはpH10~13である。
【0035】
基板を陰極として電気めっき工程を行う場合、基板(側)の電位は、例えば、標準水素電極(SHE:Standard Hydrogen Electrode)に対して-0.84~-0.7Vさらには-0.83~-0.72Vとするとよい。その電位が過小では、Fe3+の還元が進み、めっき層中にFeが生じ易い。その電位が過大では、Fe3+の還元が不十分で、めっき層中にFeが生じ易い。なお、本明細書でいう電位は、特に断らない限り、標準水素電極に対する電位(vs.SHE)とする。
【0036】
《熱処理工程》
熱処理工程は必須ではないが、めっき層の加熱により、基板界面における歪みや膜中の欠陥等が抑止された被覆層が得られる。その加熱温度は、例えば、50~300℃、100~250℃さらには125~225℃である。加熱温度が過小では熱処理工程の効果が乏しい。加熱温度が過大になると、基板とFe層の界面付近に酸化物膜(例えば、CrOx、TiO、Al等)が形成され易くなり、導電性の低下(接触抵抗の増大)を招く。
【0037】
加熱時間は、例えば、0.01~3時間、0.1~2.5時間さらには0.5~2時間である。加熱時間が過少では熱処理工程の効果が乏しい。加熱時間が過多では、生産性の低下や製造コストの増大が生じ得る。加熱時間は、めっき層または基板が一定温度に到達した時からの経過時間とするとよい。
【0038】
熱処理工程は、非酸化雰囲気中(例えば不活性ガス中または真空中)でなされても、酸化雰囲気中(例えば大気中)でなされてもよい。
【0039】
《被覆層》
被覆層は、Feのファセット結晶からなるが、それ以外の物質(不純物等)が僅かに含まれてもよい。またFe(マグネタイト)の一部は、FeがNi、Co、Mn、Zn、Cu等で置換された他の(正・逆)スピネル型フェライト(AB/AB:金属元素)でもよい。
【0040】
めっき(主に湿式めっき)して形成される被覆層の厚さは、例えば、0.03~10μmさらには0.05~3μmである。熱処理工程の前後における膜厚変化は殆ど無いか僅かである。
【0041】
被覆層(めっき層)と基板表面の間に他層があってもよい。例えば、Feの沿面成長を助長する下地層や、Feと基板(特に金属基材)との反応を抑止するバリヤ層等を設けてもよい。このような他層を設ける場合、その形成工程と上述したエッチング工程との先後関係は適宜調整されるとよい。
【0042】
《電極部材》
電極部材の用途は問わない。過酷な環境下(例えば、酸性等の腐食状況下、高電位下、高温下等)でも高導電性、低接触抵抗等を安定して発揮し得る本発明の電極部材は、例えば、水電解槽、燃料電池等に用いられてもよい。水電解槽なら複極板の他、主電極や給電体の一部に、燃料電池ならセパレータ等に本発明の電極部材が用いられてもよい。
【0043】
なお、本発明の電極部材が用いられる燃料電池は、その種類(タイプ)を問わず、例えば、固体高分子型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)、リン酸型燃料電池(PAFC:Phosphoric Acid Fuel Cell)、溶融炭酸塩型燃料電池(MCFC:Molten Carbonate Fuel Cell)、固体酸化物型燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)等のいずれでもよい。
【実施例0044】
金属基板の表面に被覆層を形成した3種類の試料(試料1~3/電極部材)を製作し、それらを評価した。このような具体例に基づいて、本発明をより詳しく説明する。
【0045】
[試料1]
《製作》
(1)基板
純チタン(JIS TP340C/純度≧99.5%)からなる基板(150mm×200mm×t0.1mm)を用意した。
【0046】
(2)エッチング工程
NaOH水溶液(2M、25℃)に浸漬した基板に、超音波振動(周波数37kHz、出力0.6kW)を10分間印加した。この処理後の基板を直ちに次工程(電気めっき工程)へ供した。
【0047】
(3)電気めっき工程
エッチングした基板を素早くめっき浴に浸漬して、基板を陰極として通電した。めっき液の組成は、Fe3+:0.3M、TEA:0.1M、NaOH:2Mとした。まためっき液は、温度(液温):80℃、pH:13.6に調整した。Fe源には硫酸鉄(III)水和物を用いた。
【0048】
基板を陰極にすると共にその電位を一定(―0.80V v.s. SHE)にして、3分間(0.05時間)通電した(陰極電気めっき法)。その後、めっき後の基板を十分に水洗して乾燥させた。カロテスト法で測定したところ、めっき層の厚さは約3μmであった。
【0049】
(4)熱処理工程
電気めっき工程直後の試料(「初期試料」という。)を、後述の接触抵抗測定(「初期測定」という。)に供した。初期測定後、その初期試料に熱処理(150℃×1時間)を施した。熱処理は、加熱炉に入れて大気雰囲気中で加熱して行なった。特に断らない限り、後述する観察と測定は、その熱処理後の試料について行なった。
【0050】
《分析・観察》
(1)X線回折
めっき表面をX線回折(XRD)により分析した(使用X線:Cu-Kα線、2θ:10~90℃)。そのXRDパターンを図1Aに示した。
【0051】
図1Aから明らかなように、基板(Ti)上に、Feからなる被覆層が形成されていた。
【0052】
(2)表面観察
めっき表面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した。そのSEM像を図1Bに示した。図1Bから明らかなように、被覆層を形成するFe結晶は、沿面成長したファセット表面を有することがわかった。
【0053】
《測定》
(1)分極試験
試料を硫酸(HSO)水溶液(pH2、温度:25℃)に浸漬して、分極試験に供した。その掃引速度は1mV/sとした。その結果を図1Cに示した。
【0054】
図1Cに示すように、電位が2.0V(v.s. SHE)になっても、試験後の試験片表面に食孔などの腐食痕が一切見られず、優れた耐食性が確認された。なお、図1C中に示した」「HO分解開始」は、分極試験中に、セル内の水が分解して、作用極(Fe表面)に酸素が、対極(Pt)に水素がそれぞれ発生し始めて、電流が立ち上がり始めたことを意味する(以下同様)。
【0055】
(2)接触抵抗の測定
試料の接触抵抗の経時変化を次のように測定した。図4に示すように、試料の被覆層とカーボンペーパー(東レ株式会社製TGP型)との間に所定の面圧(1.5MPa)を印加して、両者を密着させる。その状態のまま、両者間の接触抵抗を4端子法により所定時間測定した。なお、面圧と接触抵抗は、被覆層とカーボンペーパーの接触面積を1cm(10mm×10mm)として算出した。こうして得られた結果を、初期試料の測定結果と併せて図1Dに示した。
【0056】
図1Dから明らかなように、熱処理後の試料は接触抵抗が10mΩ・cm程度まで急減し、その低い接触抵抗を長期的に安定して維持した。
【0057】
[試料2]
《製作》
チタン基板に替えて、ステンレス鋼(JIS SUS304)からなる基板(150mm×200mm×t0.1mm)を用いた。
【0058】
HCl水溶液(濃度:100g/L/約2.7M)に浸漬した基板に、超音波振動(周波数26kHz)を1分間印加した(エッチング工程)。この処理後、直ちに次工程(電気めっき工程)に移行した。
【0059】
エッチングした基板を素早くめっき浴に浸漬し、基板を陰極として通電した。このとき、基板側の電位を一定(―0.75V v.s. SHE)とした。それ以外は試料1と同条件で電気めっき工程を行なった。その後、熱処理工程も試料1と同様に行なった。
【0060】
《分析・観察》
めっき表面のXRD分析とSEM観察を試料1と同様に行なった。XRDパターンを図2Aに、SEM像を図2Bにそれぞれ示した。
【0061】
図2Aおよび図2Bから明らかなように、試料2でも、基板(SUS)上に、Fe からなる被覆層が形成されており、そのFe結晶は沿面成長したファセット表面を有することがわかった。
【0062】
《測定》
試料1と同様に、試料2についても分極試験と接触抵抗の測定とを行なった。それぞれの結果を図2C図2Dに示した。
【0063】
図2Cに示すように、電位が2.0V(v.s. SHE)になっても、試験後の試験片表面に食孔などの腐食痕が一切見られず、優れた耐食性が確認された。また図2Dから明らかなように、熱処理により接触抵抗が10mΩ・cm程度まで急減し、その低い接触抵抗が長期的に安定して維持されることもわかった。
【0064】
[試料C]
《製作》
エッチング工程を行なわず、電気めっき工程の電位を一定な―0.85V( v.s. SHE)に変更して試料Cを製作した。この際、それら以外の条件は試料1と同様にした。
【0065】
《分析・観察》
めっき表面のXRD分析とSEM観察を試料1と同様に行なった。XRDパターンを図3Aに、SEM像を図3Bにそれぞれ示した。
【0066】
図3Aから明らかなように、試料Cでも、基板(Ti)上にFeからなる被覆層が形成された。しかし、図3Bから明らかなように、そのFe結晶は、樹枝状に連続成長したノンファセット表面(凹凸状表面)を有していた。
【0067】
《測定》
試料1と同様に、試料Cについても接触抵抗を測定した。その結果を図3Cに示した。図3Cから明らかなように、試料Cの接触抵抗は、熱処理しても殆ど低下せず、時間経過と共に増加して、45mΩ・cm程度の高い接触抵抗が長期的に持続した。
【0068】
以上のことから、ファセット表面を有するFeからなる被覆層を備えた本発明の電極部材は、高耐食性と高導電性(低接触抵抗)を安定的に発現することが確認された。
図1A
図1B
図1C
図1D
図2A
図2B
図2C
図2D
図3A
図3B
図3C
図4