(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121414
(43)【公開日】2024-09-06
(54)【発明の名称】凝固波形を用いた血液凝固異常の推定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/86 20060101AFI20240830BHJP
【FI】
G01N33/86
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023028516
(22)【出願日】2023-02-27
(71)【出願人】
【識別番号】592031097
【氏名又は名称】PHC株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(72)【発明者】
【氏名】門脇 淳
(72)【発明者】
【氏名】和田 一吉
(72)【発明者】
【氏名】涌井 昌俊
(72)【発明者】
【氏名】藤森 祐多
(72)【発明者】
【氏名】岡 周作
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA11
2G045JA05
(57)【要約】
【課題】血液凝固異常の診断を迅速かつ簡便に実施することができる方法、装置、プログラムを提供する。
【解決手段】前記方法は、(1)検体の活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を測定して、凝固波形を取得する工程、(2)凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルに前記凝固波形を入力する工程、(3)血液凝固異常を学習モデルから取得して推定する工程を含む。前記装置は、(1)凝固波形取得部と、(2)凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルに凝固波形を入力することで、血液凝固異常を推定する推定部とを備える。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)凝固波形取得部と、
(2)凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルに凝固波形を入力することで、血液凝固異常を推定する推定部と、
を備える活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)測定装置。
【請求項2】
前記学習済みモデルは、正常検体および各種の血液凝固異常を示す検体の血液凝固異常の状態と、APTTを測定することにより得られた凝固波形との関係をもとに、前記凝固波形が入力されたときにこれに関係する血液凝固異常を出力するように機械学習されている、請求項1に記載のAPTT測定装置。
【請求項3】
凝固波形が凝固波形全体である、請求項1に記載のAPTT測定装置。
【請求項4】
凝固波形が、凝固反応曲線及び一次微分波形を含む、請求項1に記載のAPTT測定装置。
【請求項5】
(1)検体の活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を測定して、凝固波形を取得する工程、
(2)凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルに前記凝固波形を入力する工程、
(3)血液凝固異常を学習モデルから取得して推定する工程、
を含む血液凝固異常の推定方法。
【請求項6】
凝固波形が凝固波形全体である、請求項5に記載の推定方法。
【請求項7】
凝固波形が、凝固反応曲線及び一次微分波形を含む、請求項5に記載の推定方法。
【請求項8】
(1)検体の活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を測定して、凝固波形を取得する手順、
(2)凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルに前記凝固波形を入力する手順、
(3)血液凝固異常を学習モデルから取得して推定する手順、
をコンピュータに実行させるための血液凝固異常の推定プログラム。
【請求項9】
凝固波形が凝固波形全体である、請求項8に記載の推定プログラム。
【請求項10】
凝固波形が、凝固反応曲線及び一次微分波形を含む、請求項8に記載の推定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凝固波形を用いた血液凝固異常の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液凝固経路には、傷害部位に露呈される組織因子(TF)と活性化第VII因子の結合によって開始される外因系と、TF非依存的に開始される内因系がある。血液凝固能検査の一つである活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)は、内因系を試験管内で再現するものであり、被験血漿に試薬を添加し各凝固因子の活性化により産生したトロンビンがフィブリノゲンをフィブリンに転化するまでの時間を測定する。APTTは内因系(第XII、XI、プレカリクレイン、高分子キニノゲン、IX、VIII、X、V、II因子、フィブリノゲン)異常を検出する。
【0003】
APTTが異常値を示す場合、代表的な原因として、内因系の凝固因子欠乏(血友病など)、凝固因子に対するインヒビター、ループスアンチコアグラント、ヘパリンなどの抗凝固薬の服用等が考えられる。このうち、血友病その他の凝固因子の欠乏症、凝固因子インヒビター、抗凝固薬の服用の場合は出血をきたすが、ループスアンチコアグラントが特徴的検査所見である抗リン脂質抗体症候群は血栓をきたす。このように同様のAPTT延長であっても病態は大きく変わることから、臨床症状や他の検査結果と合わせて鑑別診断することが求められる。
【0004】
APTT異常時の精密検査としては、原因が因子欠乏であるかインヒビターであるかを鑑別するためのクロスミキシング試験、さらに内因系凝固因子活性定量、内因系凝固因子インヒビターならびにループスアンチコアグラントの検出、ヘパリン投与のモニタリングが挙げられる。内因系凝固因子活性定量は凝固時間法または合成基質法によって、内因系凝固因子インヒビター測定はベセスダ法によって、ループスアンチコアグラントはAPTTクロスミキシング試験、APTTリン脂質中和法、dRVVT(希釈ラッセル蛇毒時間によって、それぞれ行われる。
【0005】
しかし、これら追加の検査は、時間を要すること、さらに追加の採血が必要となること、検査作業が煩雑であること等から、患者及び臨床検査技師の負担が大きい。特に、クロスミキシング試験による負担は大きく、課題とされている。クロスミキシング試験とは、APTT延長検体と正常血漿を種々の割合で混合した検体のAPTTを測定し、測定結果をプロットしたときの形状で診断する検査である。混合した直後に測定する即時型と、37℃2時間加温した後で測定する遅延型の2種類があり、測定した結果をプロットしたグラフの形状が即時型/遅延型共に下に凸の場合、血友病に代表される血液凝固因子の欠損が疑われる。一方、即時型の結果よりも、遅延型の結果が上に凸を示す場合、凝固因子に対するインヒビターが疑われる。即時型/遅延型共に上に凸の場合、抗リン脂質抗体症候群(ループスアンチコアグラント)が疑われる。クロスミキシング試験は、複数の検体を準備する必要があり、多量の検体が必要であること、さらに、出血、血栓症状の乏しい症例では、鑑別診断が困難な場合があるなどの課題があり、解決が望まれている。
【0006】
従来、凝固反応曲線の一次微分波形等から得られるパラメータを用いて、病態の評価が行われてきたが(特許文献1、非特許文献1)、臨床への応用には至っていない。また、凝固反応曲線の一次微分曲線もしくは二次微分曲線に関するパラメータを説明変数とする、被検検体の血液凝固異常要因を推定するための機械学習モデルが知られている(特許文献1、特許文献2)。
【0007】
なお、実臨床におけるAPTTの延長の原因のひとつにヘパリンの混入があげられるが、ヘパリンの混入には二種類ある。一つは、抗凝固を目的としたヘパリンの投与である。これは治療を目的としており、カルテ等から確認することが可能であるため問題にはならない。一方、意図せずヘパリンが混入するケースとして、中心静脈や動脈ラインから採血時にヘパリンでロックされたラインから採血するケースが挙げられる。このような場合、意図せずヘパリンが混入するため、臨床スタッフにもヘパリンの混入の意識がなく検査に進む。こういった場合ヘパリンが微量でも混入するとAPTTが延長するため、その原因を調査する必要がある。
【0008】
臨床では、症状やカルテの確認などを行い明白な延長原因が無い場合、最初にヘパリンの混入を疑い、硫酸プロタミン試験が行われる。硫酸プロタミン試験とは、ヘパリン混入が疑われる検体に硫酸プロタミンを添加し、検体中のヘパリンを吸収した後、再度APTTを測定することでヘパリンの混入を調べる検査である。APTTが短縮した場合、ヘパリンの混入と判断し、再採血等の処置を行う。しかし、硫酸プロタミン試験は、硫酸プロタミン濃度の最適値がAPTT試薬によっても異なることや、硫酸プロタミン濃度が高すぎる場合、逆にAPTTが延長することもあるため、煩雑であることが知られている。そのため、ヘパリンが混入した検体を簡便に見分けることは、臨床上有用である。
【0009】
また、硫酸プロタミン試験の結果、APTTが短縮しない場合は、APTT延長の原因を調査することが求められる。その場合も、クロスミキシング試験を実施する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2021-1884号公報
【特許文献2】国際公開第2022/054819号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Clinical and Applied Thrombosis/Hemostasis Volume 26: 1-8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従って、本発明の課題は、これまで時間がかかっていた血液凝固異常の診断を迅速かつ簡便に実施することができる方法、装置、プログラムを提供することにある。また、機械学習用データに用いるAPTT凝固波形の組合せにより、診断精度を向上させることができる方法等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、ランダムフォレストを用いたランダムサンプリングにより凝固波形全体から特徴を掴むことにより、APTT凝固波形と血液凝固異常との関係を明確にすることで、簡単迅速に血液凝固異常の診断が可能となることがわかった。APTTの凝固反応曲線と、それらを微分した波形を組み合わせることで、診断精度が向上し、APTTを測定するだけで血液凝固異常の診断が可能となる。
【0014】
前記課題は、以下の本発明により解決することができる:
[1](1)凝固波形取得部と、
(2)凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルに凝固波形を入力することで、血液凝固異常を推定する推定部と、
を備える活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)測定装置。
[2]前記学習済みモデルは、正常検体および各種の血液凝固異常を示す検体の血液凝固異常の状態と、APTTを測定することにより得られた凝固波形との関係をもとに、前記凝固波形が入力されたときにこれに関係する血液凝固異常を出力するように機械学習されている、[1]のAPTT測定装置。
[3]凝固波形が凝固波形全体である、[1]又は[2]のAPTT測定装置。
[4]凝固波形が、凝固反応曲線及び一次微分波形を含む、[1]~[3]のいずれかのAPTT測定装置。
[5](1)検体の活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を測定して、凝固波形を取得する工程、
(2)凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルに前記凝固波形を入力する工程、
(3)血液凝固異常を学習モデルから取得して推定する工程、
を含む血液凝固異常の推定方法。
[6]凝固波形が凝固波形全体である、[5]の推定方法。
[7]凝固波形が、凝固反応曲線及び一次微分波形を含む、[5]又は[6]の推定方法。
[8](1)検体の活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を測定して、凝固波形を取得する手順、
(2)凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルに前記凝固波形を入力する手順、
(3)血液凝固異常を学習モデルから取得して推定する手順、
をコンピュータに実行させるための血液凝固異常の推定プログラム。
[9]凝固波形が凝固波形全体である、[8]の推定プログラム。
[10]凝固波形が、凝固反応曲線及び一次微分波形を含む、[8]又は[9]の推定プログラム。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、これまで時間がかかっていた血液凝固異常の診断を迅速かつ簡便に実施することができる。また、本発明によれば、機械学習用データに用いるAPTT凝固波形の組合せにより、診断精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】凝固波形として凝固反応曲線を用いて機械学習を行い、テスト用データの分類予測を行った結果を混同行列で示す図面である。
【
図2】機械学習に用いた凝固反応曲線の一例を示す図面である。
【
図3】凝固波形として一次微分波形を用いて機械学習を行い、テスト用データの分類予測を行った結果を混同行列で示す図面である。
【
図4】機械学習に用いた一次微分波形の一例を示す図面である。
【
図5】凝固波形として二次微分波形を用いて機械学習を行い、テスト用データの分類予測を行った結果を混同行列で示す図面である。
【
図6】機械学習に用いた二次微分波形の一例を示す図面である。
【
図7】凝固波形として凝固反応曲線と一次微分波形の組合せを用いて機械学習を行い、テスト用データの分類予測を行った結果を混同行列で示す図面である。
【
図8】機械学習に用いた凝固反応曲線と一次微分波形の一例を示す図面である。
【
図9】凝固波形として凝固反応曲線と二次微分波形の組合せを用いて機械学習を行い、テスト用データの分類予測を行った結果を混同行列で示す図面である。
【
図10】機械学習に用いた凝固反応曲線と二次微分波形の一例を示す図面である。
【
図11】凝固波形として一次微分波形と二次微分波形の組合せを用いて機械学習を行い、テスト用データの分類予測を行った結果を混同行列で示す図面である。
【
図12】機械学習に用いた一次微分波形と二次微分波形の一例を示す図面である。
【
図13】凝固波形として凝固反応曲線と一次微分波形と二次微分波形の組合せを用いて機械学習を行い、テスト用データの分類予測を行った結果を混同行列で示す図面である。
【
図14】機械学習に用いた凝固反応曲線と一次微分波形と二次微分波形の一例を示す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の血液凝固異常の推定方法(又は血液凝固異常の推定を補助する方法)では、正常検体および各種の血液凝固異常を示す検体の血液凝固異常の状態と、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)測定することにより得られた凝固波形との関係をもとに、凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルに、診断対象由来の検体の凝固波形を入力することにより、血液凝固異常の存在の有無や、いずれの血液凝固異常であるかを前記学習済みモデルから取得して推定することができる。
【0018】
APTTの測定は、従来公知のAPTT測定試薬を用いて常法(例えば、自動測定装置)により吸光度、散乱光、または透過光の経時変化(タイムコース)を測定することにより実施することができる。
凝固反応は、常法により行われる。例えば、リポソーム及び活性化剤等が添加された検体溶液に、さらにカルシウムイオンを添加することにより凝固反応が開始され、フィブリノゲン生成による濁度変化がプラトーに達した時に凝固反応が終了したと見做される。APTTの測定目的により、凝固反応の開始から終了までを測定してもよいし、一部を測定してもよい。
【0019】
本発明で使用可能なAPTT測定試薬は、リポソーム及びコロイダルシリカやエラジン酸に代表される活性化剤と、血液凝固活性を発現しうる濃度のカルシウムイオンで構成される。その試薬には防腐剤、pH緩衝剤、APTT測定に影響を及ぼす抗凝固作用物質の影響を回避するための添加剤等を加えることができる。1試薬系、あるいは2試薬系などの複数の試薬からなる製剤でも良い。具体的には、試薬の反応主成分であるリポソーム及びコロイダルシリカやエラジン酸に代表される活性化剤及び凝固第IV因子であるカルシウムイオンを混合した1試薬系の製剤で提供できるのみならず、より長期の保存安定性を有する製剤として、リポソーム及び活性化剤とカルシウム化合物の水溶液を分離させた2試薬系の製剤として提供することもできる。
使用するAPTT測定試薬の組成により得られる凝固波形が変化するため、機械学習に用いる凝固波形と被検体の凝固波形とは、同じ組成の測定試薬を用いて測定することが好ましい。
【0020】
凝固波形の測定は、臨床現場では主に凝固時間試薬を搭載することができる自動分析装置内で行うことができる。測定する際に使用する測光に制限はなく、吸光度、散乱光、透過光のいずれも使用することができる。また、使用する測光波長に制限はない。さらに吸光度の経時変化をモニタリングする機能を有する分光光度計も使用することができる。データを取り込むタイミングにも制限はないが、取り込み間隔は短い方が望ましい。
【0021】
機械学習に用いる凝固波形と被検体の凝固波形とは、検体量と試薬量の比率及び、測定シーケンス(試薬及び検体の加温時間、凝固時間測定開始までの試薬と検体の混和時間など)、測光に用いる波長が同じであるAPTT測定装置を用いて測定することが好ましい。
【0022】
機械学習に用いる検体としては、コントロールとしての正常検体と、APTTの延長原因となる各種の血液凝固異常を示す検体、例えば、抗凝固薬を服用した検体、血友病患者の検体、凝固因子製剤を服用した検体、抗リン脂質抗体症候群(ループスアンチコアグラント)陽性検体、凝固因子に対するインヒビター陽性検体、各種内因系凝固因子(第XII、XI、プレカリクレイン、高分子キニノゲン、IX、VIII、X、V、II因子、フィブリノゲン)を欠損している検体、採血時の血小板混入などによる過凝固現象を呈する検体などを用いることができる。また、フォン・ヴィレブランド病(vWD)、播種性血管内凝固症候群(DIC)、さらにコロナウィルス感染症や敗血症等の感染症によって引き起こされる血栓症、がんに関連して発症する血栓症、さらには、血栓性微小血管症(TMA)の患者検体なども用いることができる。
【0023】
抗凝固薬を服用した検体において、抗凝固薬としては、ワルファリンのような複数の凝固因子に作用する抗凝固薬に加えて、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン等の直接Xa阻害薬、アルガトロバン、ダビガトラン等の直接トロンビン阻害薬、低分子ヘパリン、フォンダパリヌクス、ダルテパリン等のヘパリン系抗凝固薬が挙げられる。
血友病患者の検体としては、凝固因子製剤が投与された患者検体でも、投与されていない患者検体でも用いることができる。
凝固因子製剤としては、凝固第VIII因子もしくは凝固第IX因子製剤が挙げられ、遺伝子組換え製剤に加えて、アルブミンやポリエチレングリコール等が修飾された半減期延長型製剤、活性化型凝固第IX因子と凝固第X因子に対する二重特異性モノクローナル抗体を用いた抗体医薬が挙げられる。
【0024】
本発明では、これらの検体を用いてAPTT測定を実施し、得られた凝固反応曲線、その一次微分波形、更にその二次微分波形などの凝固波形を用いて、凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行うことができる。
【0025】
本発明において凝固波形とは、凝固反応の開始から終了までの変化が表される波形であればよく、凝固波形の種類としては、例えば凝固反応曲線、及び凝固反応曲線を時間で逐次微分して得られる波形が挙げられる。凝固反応曲線とは、検体にカルシウムを加えて凝固反応を開始させ、フィブリン析出に伴う検体の濁度の変化を光学的に検出し、その経時的変化量を描出した波形のことである。一次微分波形は、凝固反応曲線を一定時間当たりの2点間を一次微分することで得られる波形であり、二次微分波形は、一次微分波形をさらに微分することで得られる波形である。
【0026】
機械学習には、凝固波形全体を使用することが好ましい。凝固波形全体とは、少なくとも、凝固反応の開始から凝固反応の終了までを含む波形を指す。凝固波形全体を使用する限り、凝固波形の種類に制限はない。
本発明に用いる凝固波形は、初回のAPTT測定時に取得されたものでもよいし、再検査によって取得されたものでもよい。凝固反応が終了するまで自動で測定時間を延長する測定装置であれば、APTT異常により凝固時間が延長された検体であっても、一度のAPTT測定で凝固波形全体を得ることができるため、より好ましい。
【0027】
機械学習に用いる凝固波形は、使用するAPTT測定試薬および測定装置に応じて、適宜、好適な凝固波形を選択することができる。前記の各凝固波形は、単独で用いることもできるし、あるいは、2種類以上を組み合わせて用いることもできる。後述の実施例に示すように、凝固反応曲線と一次微分波形との組合せ、又は凝固反応曲線と一次微分波形と二次微分波形との組合せは、凝固反応曲線、一次微分波形、二次微分波形をそれぞれ単独で用いる場合よりも、大幅に正答率が高くなり、好ましい。
【0028】
凝固波形の組合せ方には、横に連結するケースや、縦に並べるケースが考えられる。さらに連結する際の順序も複数のパターンが考えられる。今回使用したランダムフォレストは、その特性上連結でも学習することができ、結果の解析にも有利であるが、特に組合せ方に制限はない。
【0029】
本発明におけるランダムフォレストとは機械学習のアルゴリズムの一つであり、特徴量をランダムに選択して複数の決定木を作成し、多数決によって分類を決定するアンサンブル学習アルゴリズムである。凝固波形を特徴量とし、学習時にはその対となる血液凝固異常の分類を目的変数として機械学習に与える。学習によって得られる分類器を用いて未知の凝固波形に対する血液凝固異常を予測する。その他、分類に使用できる機械学習アルゴリズム(勾配ブースティング決定木、LSTM等)も利用可能である。
本発明では、凝固波形に由来する各種パラメータを算出して機械学習を実施するこれまでの従来技術と異なり、凝固波形そのものを説明変数とすることで、非常に高い診断精度を得ることができる。
【0030】
これまで説明した本発明の血液凝固異常の推定方法は、以下に限定するものではないが、本発明のAPTT測定装置を用いて実施することができる。
本発明のAPTT測定装置は、従来公知のAPTT測定装置が備える凝固波形取得部に加え、診断対象由来の検体の凝固波形を入力することで、血液凝固異常を推定する推定部を備えている。前記推定部は、正常検体および各種の血液凝固異常を示す検体の血液凝固異常の状態と、APTT測定することにより得られた凝固波形との関係をもとに、凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルを搭載しており、この学習済みモデルに診断対象由来の検体の凝固波形を入力することで、血液凝固異常の存在の有無や、いずれの血液凝固異常であるかを推定することができる。
【0031】
本発明のAPTT測定装置には、
(1)検体のAPTTを測定して、凝固波形を取得する手順、
(2)凝固波形に対する血液凝固異常を推定するための機械学習を行った学習済みモデルに前記凝固波形を入力する手順、
(3)血液凝固異常を学習モデルから取得して推定する手順、
をコンピュータに実行させるための本発明の血液凝固異常の推定プログラムを搭載させることができる。なお、本発明の血液凝固異常の推定プログラムは、APTT測定装置とは別に、そのプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体として、あるいは、通信回線を介して提供することもできる。
【実施例0032】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0033】
《実施例1:サンプルの調製》
APTTの延長原因の多くは、抗凝固薬の影響、血友病、抗リン脂質抗体症候群(ループスアンチコアグラント)、凝固因子に対するインヒビターであることが知られており、これらの病態を見分けることが臨床では重要となる。(APTTの延長する原因として、その他の凝固因子の欠損も疑われるが、例えば、凝固XI因子やXII因子の欠損は、出血傾向がないため臨床上問題になる可能性が低く、第X因子の欠損やインヒビターの存在は非常に希少な疾患であるため臨床で対応する機会は極めて稀である。)そこで、血液凝固異常及び抗凝固薬の服用の分類として以下の6種類を準備した。
分類0:正常
分類1;血友病A
分類2:血友病B
分類3:ヘパリン
分類4:ループスアンチコアグラント陽性
分類5:第VIII因子インヒビター
【0034】
分類0:正常
サンプルは、キャリブレーションプラズマ(アイ・エル・ジャパン社製)、サイトロール レベル1(シスメックス社製)、ノーマルコントロール(アイ・エル・ジャパン社製)、コアグジェネシス コントロール1(LSIメディエンス社製)を用いた。
【0035】
分類1;血友病A
ヒーモスアイエル ファクターVIII(アイ・エル・ジャパン社製)が25/50/75/100%となるように、キャリブレーションプラズマ(アイ・エル・ジャパン社製)を混合して調製した。
【0036】
分類2:血友病B
ヒーモスアイエル ファクターIX(アイ・エル・ジャパン社製)が25/50/75/100%となるように、キャリブレーションプラズマ(アイ・エル・ジャパン社製)を混合して調製した。
【0037】
分類3:ヘパリン
キャリブレーションプラズマ(アイ・エル・ジャパン社製)に種々の割合で、未分画ヘパリン(持田製薬社製)を混合して調製した。
【0038】
分類4:ループスアンチコアグラント陽性
ヒーモスアイエル LA陽性(アイ・エル・ジャパン社製)が50/75/100%となるように、キャリブレーションプラズマ(アイ・エル・ジャパン社製)を混合して調製した。
【0039】
分類5:第VIII因子インヒビター
FVIII Deficient Plasma w/Inhibitor(Geroge King Bio-Medical社)が50/75/100%となるように、キャリブレーションプラズマ(アイ・エル・ジャパン社製)を混合し、さらに37℃で2時間、加温して調製した。
【0040】
《実施例2:APTT測定》
APTT試薬は、コアグジェネシス APTT(LSIメディエンス社製)を用いた。
凝固時間の測定には全臨床検査システムSTACIA(LSIメディエンス社製)を用いた。測定は、試薬の添付文書に従って実施した。検体50μLに、APTT試薬50μLを加え、37℃で3.5分間加温した後、20mmol/L塩化カルシウム水溶液50μLを加え、37℃で加温しながら測定波長660nmで吸光度の変化を測定した。測光時間は360秒とした。機械学習には、測光時間200秒までのデータを使用した。
本実施例では、APTTの測定時に得られる吸光度の経時変化(タイムコース)を凝固反応曲線として機械学習に用いた。本測定に用いたSTACIAでは、吸光度は0.1秒間隔で測光される。各サンプルともに3回測定し、それぞれをランダムフォレストで処理した。
【0041】
《実施例3:分類予測評価》
分類0から分類5までのサンプル144件(分類0:21件、分類1:27件、分類2:27件、分類3:36件、分類4:21件、分類5:12件)を測定した結果を、ランダムフォレストを用いて機械学習を行った。サンプルの8割を学習用データとし、残りの2割をテスト用データとした。
機械学習に使用した凝固波形は、凝固反応曲線、一次微分波形、二次微分波形、それぞれ単独と、組み合わせた波形の計7種類とした。凝固波形を組み合わせる場合、凝固反応曲線、一次微分波形、二次微分波形の順に連結した一つの波形をデータとして用いた。
ランダムフォレストのパラメータは以下のように設定し、評価は以下の方法で実施した。
パラメータ設定:max_depth': 10, 'max_features': 'log2', 'n_estimators': 300。
評価方法:分類の正答率を、交差検証(層化k交差検証で評価:k=5)により評価した。
同様の操作を5回繰り返し、それぞれの正解率の平均値を比較した。
【0042】
結果を表1に示す。
凝固反応曲線だけで、正解率は0.82であった。更に、凝固反応曲線に一次微分波形を組み合わせることで0.93、凝固反応曲線に一次微分波形及び二次微分波形を組み合わせた波形を用いて機械学習を行うことで0.94と正解率が大幅に向上することがわかった。従来、凝固異常の診断は、一次微分波形および二次微分波形等から得られるパラメータを用いて検討されてきた。今回、一次微分波形の最大値や、二次微分波形の最大値や最小値といったパラメータを用いて検討したところ、有意な正解率は得られなかったが、凝固波形全体を用いて機械学習を行うことによって、高い正解率を得られることが分かった。
血液凝固異常を診断する上で90%以上の正解率を示すことは非常に重要である。本発明を用いた診断の正確性は臨床への応用が期待できる。
【0043】
【0044】
《実施例4:分類予測評価》
凝固反応曲線、一次微分波形、二次微分波形、それぞれ単独と、組み合わせた波形の計7種類について、各血液凝固異常の診断精度を比較した。
分類0から分類5までのサンプル144件(分類0:21件、分類1:27件、分類2:27件、分類3:36件、分類4:21件、分類5:12件)を測定した結果を、ランダムフォレストを用いて機械学習を行った。サンプルの8割(110件)を学習用データとし、残りの2割(34件)をテスト用データとした。
機械学習に使用した凝固波形は、凝固反応曲線、一次微分波形、二次微分波形、それぞれ単独と、組み合わせた波形の計7種類とした。
ランダムフォレストのパラメータは以下のように設定し、評価は以下の方法で実施した:
パラメータ設定:max_depth': 10, 'max_features': 'log2', 'n_estimators': 300
評価方法:学習後のモデルにテストデータをインプットし、予測させた。予測結果を混同行列で評価した。
【0045】
【0046】
凝固反応曲線を学習用データとして用いた結果、34サンプル中28サンプル(82%)が正しく分類された。ただし、分類4(ループスアンチコアグラント陽性)の検体のうち1件を分類0(正常)と予測した。また、分類1(血友病A)や分類3(ヘパリン)の検体を分類2(血友病B)と予測した。
【0047】
一次微分波形を用いた結果では、34サンプル中31サンプル(91%)が正しく分類された。ただし、分類5(第VIII因子インヒビター)の検体を分類0(正常)と予測し、逆に分類3(ヘパリン)の検体を分類5と予測した。
【0048】
二次微分波形を用いた結果では、34サンプル中25サンプル(74%)が正しく分類されたが、分類0と分類4を除く4分類で、異なる分類と予測される検体が複数存在した。
【0049】
凝固反応曲線と一次微分波形の組合せ(
図7)では、34サンプル中32サンプル(94%)が正しく分類され、全体として非常に高い診断精度が得られた。特に、ヘパリンは血液凝固では頻繁に服用される抗凝固薬であり、臨床ではヘパリンの混入によるAPTTの延長が多く発生し、診断の妨げになるケースが見られることから、分類3(ヘパリン)の診断精度が高いことは、臨床上非常に有用である。また、凝固反応曲線と一次微分波形を組み合わせることにより、分類4(ループスアンチコアグラント陽性)の検体と分類5(第VIII因子インヒビター)の検体を正確に予測できることがわかった。分類4と分類5の診断は臨床上非常に難しく、両者を正しく予測することができればクロスミキシング試験を実施しなくてもよい。
なお、凝固反応曲線、一次微分波形、及び二次微分波形の組合せ(
図13)でも同様の結果が得られた。
凝固反応曲線と二次波形の組合せ、一次微分波形と二次微分波形の組合せでは、それぞれ85%、82%が正しく分類されたが、分類3の検体を分類2と予測し、分類4や分類5を分類0と予測した。
【0050】
以上の結果から、特徴量として凝固波形に由来する各種パラメータを算出することなく、波形そのものを説明変数とすることで非常に高い診断精度が得られることが分かった。6種類のサンプルを正しく診断することができれば、煩雑なクロスミキシング試験が不要となる。凝固波形(特に、少なくとも凝固反応曲線と一次微分波形を含む組合せ)を説明変数として機械学習に用いることで、血液凝固異常の診断を迅速かつ簡便に実施することが可能となった。