(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121431
(43)【公開日】2024-09-06
(54)【発明の名称】塩化物計測キットおよび海水漏洩時の対処方法
(51)【国際特許分類】
G01N 31/00 20060101AFI20240830BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20240830BHJP
G01N 31/22 20060101ALI20240830BHJP
F22B 37/38 20060101ALI20240830BHJP
F01D 25/00 20060101ALN20240830BHJP
【FI】
G01N31/00 Q
G01N21/78 A
G01N31/22 121F
G01N31/22 121N
F22B37/38 C
F01D25/00 V
F01D25/00 W
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023028543
(22)【出願日】2023-02-27
(71)【出願人】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100112737
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 考晴
(74)【代理人】
【識別番号】100136168
【弁理士】
【氏名又は名称】川上 美紀
(74)【代理人】
【識別番号】100172524
【弁理士】
【氏名又は名称】長田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】大塚 瑞希
(72)【発明者】
【氏名】澤津橋 徹哉
(72)【発明者】
【氏名】和田 貴行
(72)【発明者】
【氏名】小澤 雄太
【テーマコード(参考)】
2G042
【Fターム(参考)】
2G042AA01
2G042BA10
2G042BB18
2G042CA02
2G042DA08
2G042FA11
2G042FB07
2G042FC05
(57)【要約】
【課題】 分析の専門家でなくても簡単かつ迅速に塩化物イオン濃度を計測できる塩化物計測キットを提供する。また、妨害成分が含まれる試料であっても、従来市販されている簡易分析キットよりも正確に塩化物イオン濃度を計測可能な塩化物計測キットを提供する。
【解決手段】 本開示に係る塩化物計測キット1は、繊維材で構成された部材を基板とし、基板が、試料液が供給される試料液供給部2と、呈色試薬が含浸され、所定幅Wを有し、試料液供給部2から延びる反応部3と、試料液供給部2および反応部3の外縁を囲む疎水部4と、を備え、呈色試薬は、塩化物イオンと反応して変色する成分を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維材で構成された部材を基板とし、前記基板が、
試料液が供給される試料液供給部と、
呈色試薬が含浸され、所定幅を有し、前記試料液供給部から延びる反応部と、
前記試料液供給部および前記反応部の外縁を囲む疎水部と、
を備え、
前記呈色試薬は、塩化物イオンと反応して変色する成分を含む塩化物計測キット。
【請求項2】
前記反応部の端部に接続され、前記反応部を通過して排出された前記試料液を吸収可能な排出部を備えている請求項1に記載の塩化物計測キット。
【請求項3】
前記試料液供給部に、複数の前記反応部がそれぞれ独立して接続されている請求項1に記載の塩化物計測キット。
【請求項4】
前記反応部の表面が、遮水性部材で被覆されている請求項1に記載の塩化物計測キット。
【請求項5】
前記反応部の一端から他端までの距離を計測する計測部を備えている請求項1に記載の塩化物計測キット。
【請求項6】
前記反応部の前記所定幅は、2mm以下である請求項1に記載の塩化物計測キット。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載の塩化物計測キットの前記試料液供給部に試料液を供給した後、
前記反応部において呈色試薬が変色した部分の長手方向の距離を計測し、
前記計測で得られた計測値および予め用意した検量線から、塩化物イオン濃度を算出し、
算出値が、閾値を超えた場合に前記試料液を採取した設備系統の洗浄が必要と判定し、
前記算出値が、前記閾値以下である場合に前記設備系統の洗浄は不要と判定する海水漏洩時の対処方法。
【請求項8】
前記試料液を濃縮した後、前記試料液供給部に供給する請求項7に記載の海水漏洩時の対処方法。
【請求項9】
被検部位に回収体を接触させ、該回収体に回収溶媒を添加した後、
前記回収体を前記被検部位から離し、前記回収体に抽出溶媒を添加して前記試料液を抽出する請求項7に記載の海水漏洩時の対処方法。
【請求項10】
前記回収体は、繊維材で構成された基材または請求項1~6のいずれかに記載の塩化物計測キットの前記試料液供給部である請求項9に記載の海水漏洩時の対処方法。
【請求項11】
洗浄後の前記設備系統の表面を前記被検部位とする請求項9に記載の海水漏洩時の対処方法。
【請求項12】
前記設備系統の表面の複数箇所を前記被検部位とし、
複数の前記被検部位について、それぞれ前記塩化物イオン濃度を算出し、
算出した前記塩化物イオン濃度に基づいて汚染マップを作成して洗浄範囲を特定する請求項9に記載の海水漏洩時の対処方法。
【請求項13】
被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測し、
計測値に基づき、設備の洗浄要否を判定し、
洗浄が必要と判定された被検部位を洗浄した後、
洗浄した前記被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測し、計測値を用いて追加の洗浄要否を判定する海水漏洩時の対処方法。
【請求項14】
海水漏洩が生じた設備系統の複数箇所を被検部位として選択し、
複数の前記被検部位の表面について、それぞれ塩化物イオン濃度を計測し、各計測値に基づいて塩化物汚染マップを作成して洗浄範囲を特定する請求項13に記載の海水漏洩時の対処方法。
【請求項15】
海水漏洩が生じた設備系統の複数箇所を被検部位として選択し、
高濃度塩化物計測法により複数の前記被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測して第1計測値を取得し、前記第1計測値を第1閾値と比較して、全体洗浄の要否を一次判定する請求項13に記載の海水漏洩時の対処方法。
【請求項16】
全体洗浄が不要と判定された後、中濃度塩化物計測法により被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測して第2計測値を取得し、前記第2計測値を前記第1閾値よりも小さい第2閾値と比較して部分洗浄要否を二次判定する請求項15に記載の海水漏洩時の対処方法。
【請求項17】
前記二次判定で洗浄が必要と判定された後、前記被検部位を洗浄し、
低濃度塩化物計測法を用いて前記洗浄した被検部位の塩化物イオン濃度を計測して第3計測値を取得し、前記第3計測値を前記第2閾値よりも小さい第3閾値と比較して前記追加の洗浄要否を判定する請求項16に記載の海水漏洩時の対処方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、塩化物計測キットおよび海水漏洩時の対処方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
火力発電プラントでは、蒸気を復水する復水器の冷却水として海水を用いるプラントがある。このようなプラントでは、復水器内の冷却水管が腐食または経年劣化等により損傷し、復水器内のプロセス流体へ海水漏洩が生じることがある。海水漏洩が生じた場合、プロセス流体を通じて、プラント全体に海水成分が浸入、付着することとなる。汚染された機器は、プラント停止を伴う洗浄作業が必要とされ、影響範囲の特定のために、スミヤ法(ふき取り法)により機器表面の海水成分量や、残留しているプロセス流体の分析が行われる。同様に、洗浄作業実施後の清浄度を確認するために、スミヤ法による機器表面の海水成分量の分析および、洗浄後の洗浄水の分析が行われる。
【0003】
スミヤ法では、前処理したガーゼで製品表面を一定面積ふき取り、ガーゼでふき取られた製品表面に付着した塩化物イオンの濃度をイオンクロマトグラフ等の定置型分析装置で分析する。同様に、影響範囲特定のための残留プロセス流体の分析や、洗浄後の洗浄水分析にも、定置型分析装置が使用される。しかしながら、これらの定置型分析装置の使用には専門知識が必要となるという課題がある。
【0004】
また、定置型分析装置による分析は、通常、試料を分析装置が設置されている施設まで輸送して実施される。そのため定置型分析装置による分析は、輸送期間を含め、分析結果が出るまでに数日から1週間程度かかるという課題がある。
【0005】
ボイラを備えた火力発電プラントにおいて、大規模な海水漏洩が生じた場合、ボイラで海水が濃縮されて塩酸が生成される。塩酸は、酸腐食で機器を損傷させる要因となりうる。したがって、大規模な海水漏洩が生じた場合、迅速な塩化物イオン濃度の分析に基づく、海水漏洩の影響範囲の特定、処置が求められる。
【0006】
ボイラを備えた火力発電プラントにおいて、ボイラ水の水質管理のために一般的に設置されている酸電気伝導率計による評価のみでは、プラント停止を伴う洗浄作業の要否の判断が難しい。そのため、迅速な評価が求められる場面であっても、定置型分析装置を用いた分析が実施されているのが現状である。
【0007】
定置型分析装置を用いた分析法の他に、塩化物イオン濃度を計測する手段として、現場で水質の分析が可能な簡易分析キット(株式会社共立理化学研究所製、パックテスト)が市販されている。また、特許文献1,2には、現場で塩化物イオン濃度を測定するための方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2016-161288号公報
【特許文献2】特開2014-71015号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
市販されている簡易分析キットは、汎用性・迅速性に優れる反面、色の強度を目視判定するため、作業者によるバラつきが大きく、低濃度であるほど評価が難しい。また、試料に分析対象元素の検出を妨害する成分が混入している場合、正確に分析できないという課題がある。
【0010】
火力発電プラントのプロセス流体として使用される水および蒸気は、化学薬品(腐食防止剤)の添加により管理されている。プロセス流体には、妨害成分(Cr6+、Fe3+,PO4
3-,Cu2+,K+,Na+,NH4
+,Ni2+,SO4
2-等)が含まれている。そのため、上記簡易分析キットでは、評価が難しい。
【0011】
本開示は、このような事情に鑑みてなされたものであって、分析の専門家でなくても簡単かつ迅速に塩化物イオン濃度を計測できる塩化物計測キットを提供することを目的とする。
【0012】
また、本開示は、妨害成分が含まれている試料であっても、従来市販されている簡易分析キットよりも正確に塩化物イオン濃度を計測可能な塩化物計測キットを提供することを目的とする。
【0013】
本開示は、分析の専門家でなくても海水漏洩時に簡単かつ迅速に洗浄要否の判定を行うことのできる海水漏洩時の対処方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、本開示の塩化物計測キットおよび海水漏洩時の対処方法は以下の手段を採用する。
【0015】
本開示は、繊維材で構成された部材を基板とし、前記基板が、試料液が供給される試料液供給部と、呈色試薬が含浸され、所定幅を有し、前記試料液供給部から延びる反応部と、前記試料液供給部および前記反応部の外縁を囲む疎水部とを備え、前記呈色試薬は、塩化物イオンと反応して変色する成分を含む塩化物計測キットを提供する。
【0016】
本開示は、上記開示に記載の塩化物計測キットの前記試料液供給部に試料液を供給した後、前記反応部において呈色試薬が変色した部分の長手方向の距離を計測し、前記計測で得られた計測値および予め用意した検量線から、塩化物イオン濃度を算出し、算出値が、閾値を超えた場合に前記試料液を採取した設備系統の洗浄が必要と判定し、前記算出値が、前記閾値以下である場合に前記設備系統の洗浄は不要と判定する海水漏洩時の対処方法を提供する。
【0017】
本開示の別の態様は、被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測し、計測値に基づき、設備の洗浄要否を判定し、洗浄が必要と判定された被検部位を洗浄した後、洗浄した前記被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測し、計測値を用いて追加の洗浄要否を判定する海水漏洩時の対処方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本開示に係る塩化物計測キットは、反応部に含浸された呈色試薬と試料液中の塩化物イオンとの反応を利用するため、分析の専門家でなくても簡単かつ迅速に塩化物イオン濃度を計測できる。
【0019】
呈色試薬に含まれる成分は、塩化物イオンと選択的に反応するため、妨害成分の影響を受けにくく、計測のバラつきも少ない。計測に供する試料液量も数十μL程度でよい。
【0020】
本開示に係る海水漏洩時の対処方法によれば、分析の専門家でなくても簡単かつ迅速に洗浄要否を判定できる。
【0021】
本開示の別の態様に係る海水漏洩時の対処方法によれば、被検部位の表面の塩化物イオン濃度に基づき洗浄要否を判定するため、必要箇所に絞って洗浄できる。洗浄後に、追加の洗浄要否を判定することで、塩化物イオンの残留による設備系統の腐食を回避できる。必要に応じて、上記塩化物計測キットを用いて塩化物イオン濃度の計測することで、迅速および簡易な分析も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】第1実施形態に係る塩化物計測キットの概略図である。
【
図2】第1実施形態に係る塩化物計測キットの変形例(排出部)の概略図である。
【
図3】第1実施形態に係る塩化物計測キットの変形例(複数の反応部)の概略図である。
【
図4】第1実施形態に係る塩化物計測キットの変形例(複数の反応部)の概略図である。
【
図5】第1実施形態に係る塩化物計測キットの変形例(遮水性部材)の概略図である。
【
図6】第1実施形態に係る塩化物計測キットの変形例(計測部)の概略図である。
【
図7】第1実施形態に係る塩化物計測キットの作成要領を示すフロー図である。
【
図8】呈色距離に対する反応部3の幅Wの影響のイメージ図である。
【
図9】試料液の供給量と試料液供給部2の直径Dとの関係のイメージ図である。
【
図10】塩化物計測方法および海水漏洩時の対処方法の手順を示すフロー図である。
【
図11】
図1のタイプの流路を有する塩化物計測キットを用いて作成した検量線を例示する図である。
【
図12】
図2のタイプの流路を有する塩化物計測キットを用いて作成した検量線を例示する図である。
【
図13】電気化学的手法の一例のイメージ図である。
【
図14】蒸発乾固の手順の一例のイメージ図である。
【
図15】蒸発乾固の手順の一例のイメージ図である。
【
図16】第2実施形態に係る海水漏洩時の対処手順を示すフロー図である。
【
図17】塩化物イオン濃度が既知の標準液を用いたXRFの測定結果を例示する図である。
【
図18】塩化物計測キットを用いたCl計測の手順の一例のイメージ図である。
【
図19】塩化物計測キットを用いたCl計測の手順の一例のイメージ図である。
【
図20】ろ紙貼付‐検知管法を用いたCl計測の手順を例示する図である。
【
図21】スミヤ‐イオンクロマト法を用いたCl計測の手順を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本開示に係る塩化物計測キットおよび海水漏洩時の対処方法の一実施形態について、図面を参照して説明する。
【0024】
〔第1実施形態〕
図1に、本実施形態に係る塩化物計測キットの概略図を示す。
【0025】
塩化物計測キット1は、繊維材で構成された部材を基材とする。該基材は、試料液が供給される試料液供給部2と、一端が試料液供給部2に接続された反応部3と、試料液供給部2および反応部3の外縁を囲む疎水部4と、を備えている。
図1の矢印Fは、試料液供給部2に供給された試料液の流れ方向を示す。
【0026】
繊維材で構成された部材は、ろ紙、和紙および洋紙等である。繊維材で構成された部材は、ろ紙であることが好ましい。ろ紙は、定量ろ紙であってよい。定量ろ紙は、例えば、JIS P 3801で示されている種類のろ紙(厚さ0.18mm~0.23mm、吸水時間60秒~570秒、吸水度6.0cm~9.5cm)を採用できる。
【0027】
試料液供給部2は、供給される試料液を受け止められる大きさである。試料液供給部2は、例えば直径Dの円形であってよい。
【0028】
反応部3は、試料液供給部2から延びる試料液の流路である。反応部3は、所定の長さLおよび所定の幅Wを有する。長さLは幅Wよりも長い。反応部3の幅Wは、2mm以下である。
【0029】
反応部3には呈色試薬が含浸されている。呈色試薬は、塩化物イオンと反応して変色する成分(呈色成分)を含む。塩化物イオンと反応して変色する成分は、例えば、クロム酸銀(Ag2CrO4)である。クロム酸銀は、赤褐色を示し、塩化物イオンとの反応により白色に変色する。変色した部分を「呈色部分」と呼ぶ。
【0030】
疎水部4は、水を通さない性質を有する。疎水部4の基材には、疎水性材料が含浸されている。疎水性材料は、ワックスインクまたはそれと同等の疎水性を有するインクである。
【0031】
図2~6に、塩化物計測キットの変形例の概略図を示す。
図2の塩化物計測キット10では、反応部3の他端(試料液供給部と接続された端部の逆端部)に排出部5が接続されている。排出部5は、反応部3を通過した試料液を吸収可能である。排出部5の形状は、
図2において四角形であるが、これに限定されるものではない。排出部のサイズは、供給される試験液を受け止められる大きさである。
【0032】
図3,4に示すように、塩化物計測キット20,30では、1つの試料液供給部2に対して複数の反応部3がそれぞれ独立して接続された構成であってもよい。
図3では、複数の反応部3が、基材の長手方向に沿って配置されている。
図4では、複数の反応部3が、放射状に配置されている。
【0033】
図5に示すように、塩化物計測キット40では、少なくとも反応部3と排出部5の表面が遮水性部材6で被覆されている。遮水性部材6は、ポリエステルまたはポリプロピレン製である。遮水性部材6は、試料液供給部2を被覆しない。
【0034】
図6に示すように、塩化物計測キット50は、反応部3の一端から他端までの距離を計測する計測部7を備えていてもよい。計測部7は、例えば、反応部3の長手方向に沿って、疎水部4上に表示された目盛りであってよい。
【0035】
図6には、目盛り幅(分解能)1mmに対して、反応部3の幅Wの設計を2mmまたは10mmとした、呈色部分先端のイメージ図を合わせて示す。目盛り幅1mmに対し、反応部3の幅Wが広い場合、供給した試料液は、液流れ方向以外に、幅方向にも広がる。実験の結果、分解能1mmを担保するために必要な幅Wは、2mm以下であった。10mmでは、呈色距離のバラつきが大きく、目視判定が困難であった。
【0036】
遮水性部材6および計測部7は、
図1~6の全ての態様に適用されうる。
【0037】
【0038】
(S1)流路設計
まず、想定される試料液中の塩化物イオン濃度に合わせて流路を設計する。ここで「流路」は、試料液供給部2、反応部3および排出部5を含む。塩化物計測キットの検出下限は、流路設計によって任意に決定できる。
【0039】
塩化物イオン濃度が高いと想定される試料液に対しては、
図1に示すタイプの流路を選択するとよい。「塩化物イオン濃度が高い」は、検出下限5mg/L以上での計測が必要とされる濃度である。
【0040】
大規模な海水漏洩が発生した際に、設備系統の表面に海水が付着したか否かを見極めて汚染範囲を調査する場合、低濃度評価が不要であるため、
図1の流路設計が有効である。
【0041】
流路タイプ:
図1、試料液供給部:φ5mm(19.6mm
2)円形、反応部の幅W:2mm、反応部の長さL:30mm、基材:JIS P 3801で示される5種Cである塩化物計測キット1は、5mg/L~150mg/Lの塩化物イオンを計測できる。
【0042】
塩化物イオン濃度が高くないと想定される試料液に対しては、
図2~
図4に示すタイプの流路を選択する。塩化物で汚染された設備系統の表面を洗浄した後に洗浄終了の判定をする場合、低濃度評価が必要であるため、
図2,3の流路設計が有効である。
【0043】
図8に、呈色距離に対する反応部3の幅Wの影響のイメージ図を示す。同図において、横軸は試料液の塩化物イオン濃度(mg/L)、縦軸は呈色距離(mm)、実線が幅Wの場合、破線が幅2Wの場合である。幅Wを1/n倍狭くすると、呈色距離は略n倍長くなる。
【0044】
図2のように、排出部5を設けると、試料液供給部2への試料液の供給量を増やすことができる。試料液供給部2および排出部5の面積を大きくすると、さらに、試料液の供給量を増やすことができる。供給量をn倍量に増やすと、呈色距離は略n倍長くなる。
【0045】
試料液供給部2の面積は、試料液の想定される最大供給量を受け止められるよう設計される。「最大供給量を受け止められる」とは、最大供給量で供給された試料液が、試料液供給部2上で表面張力を保てることを意味する。
【0046】
図9に、試料液の供給量と、試料液供給部2の直径Dとの関係のイメージ図を示す。同図において、横軸は供給量(μL)、縦軸は試料液供給部の直径(mm)である。基材は、JIS P 3801で示される5種Cである。直径7mmの試料液供給部2では、80μLの試料液を受け止められる。直径14mmの試料液供給部では、160μLの試料液を受け止められる。
【0047】
低濃度評価のため、試料液の供給量を増やし、反応部3の幅を狭くした場合、計測時間が長期化する。そこで、
図3,4のように、反応部3を複数設けると、試料液の供給量を増やしつつ、短時間での計測が可能となる。
【0048】
反応部3を複数設ける場合、各反応部3の呈色距離を合算し、合算値を用いて検量線から塩化物イオン濃度を算出すればよい。反応部3の数をn倍にすると、測定時間は1/nに短縮される。
【0049】
(S2)基材選定
設計した流路に合わせて基材を選定する。選定では、塩化物イオン濃度が既知の標準液を用いて、基材への影響を事前に確認する。基材としてろ紙を用いる場合、JIS P 3801に記載の6つの定量ろ紙から選定するとよい。ろ紙の品質項目の中では、濾水時間および吸水度が呈色距離に大きく影響する。
【0050】
(S3)疎水部作成(印刷)
基材上の流路に対応する領域を除く領域に、疎水性材料を印刷する。印刷された疎水性材料は、基材に含浸されて疎水部が作成される。これにより、試料液供給部および反応部の外縁は疎水部で囲まれ、流路が画定される。印刷は、ワックスプリンタなどを用いて実施できる。
【0051】
含浸促進のため、ホットプレートなどの加熱手段で印刷後の基材を加熱してもよい。加熱することで、反応部3の幅Wをより狭くできる。例えば、加熱により、設計値W2mmを1.1mmまで狭くすることができる。
【0052】
(S4)呈色試薬印刷
画定された流路のうち、基材上の反応部3に対応する領域に呈色試薬を印刷する。印刷された呈色試薬は、基材に含浸されて反応部3が作成される。印刷はインクジェットプリンタなどを用いて実施できる。呈色試薬は、反応部3の一端部から他端部に向けて印刷するとよい。
【0053】
例えば、呈色試薬として硝酸銀(AgNO3)およびクロム酸緩衝液(K2CrO4+K2Cr2O7;中性)を順に印刷する。硝酸銀はクロム酸と反応し、クロム酸銀が形成される。これにより、クロム酸銀(赤褐色)は、塩化物イオンと選択的に反応して白色に変色する成分である。
K2CrO4+2AgNO3→Ag2CrO4↓+2KNO3
(溶解度積2.9×10-2g/L,25℃)
【0054】
(S5)遮水加工
呈色試薬の印刷後、遮水性部材6で反応部3および排出部5を被覆する。ここで、試料液供給部2は遮水性部材で被覆しない。遮水性部材としては、ポリエステルシートまたはポリプロピレンシートを用いることができる。
【0055】
遮水加工は、一般的なラミネート加工で実施できる。例えば、呈色試薬を印刷した後の基材全体を遮水性部材6で挟み、試料液供給部2の上面にある遮水性部材を切り抜き、熱をかけて遮水性部材を接着させることで、遮水加工できる。
【0056】
遮水加工することで、試料液が呈色試薬と反応する間に蒸発することを防止できる。また、遮水加工することで、試料液由来でない塩化物イオンの混入を防止できる。
【0057】
次に、本実施形態に係る塩化物計測キットを用いた塩化物計測方法および海水漏洩時の対処方法について説明する。
【0058】
図10に、塩化物計測方法および海水漏洩時の対処方法の手順を示す。本実施形態に係る塩化物計測方法では、(S11)試料液供給部2に試料液を供給し、(S12)反応部3の変色した部分の長手方向の距離(呈色距離)を計測し、(S13)計測値から塩化物イオン濃度を算出する。海水漏洩時には、(S14)算出した塩化物イオン濃度(算出値)に基づいて、海水漏洩が生じた設備系統の洗浄要否を判定する。
【0059】
(塩化物計測方法)
試料液の供給量は、塩化物計測キットの設計によって任意で決定できる。ただし、試料液の供給量は、少なくとも流路(試料液供給部2および反応部3)の全範囲にあたる基材を濡らすことのできる量とする。流路が排出部5を含む場合、排出部5の全範囲が濡れる必要はない。
【0060】
試料液供給部2の面積に対して供給量が多い場合、試料液供給部2上で試料液の表面張力が保たれなくなる。表面張力が保たれなくなった試料液は疎水部4上に流れる懸念がある。試料液の最大供給量は、試料液の表面張力が保たれる量とする。供給量が多い場合、供給時に、試料液が疎水部4上に流れ出ないよう注意する。
【0061】
例えば、JIS P 3801の定量ろ紙No.5Cを基材とし、試料液供給部2が直径7mmの円形であり、反応部3の幅が2mm、反応部3の長さが30mmの流路では、15μL以上の試料液で、流路全体を濡らすことができる。直径7mmの円形の試料液供給部2では、最大80μLの試料を受け止めることができる。直径7mmの円形の試料液供給部2では、試料液の供給量を20μLとすることが望ましい。
【0062】
試料液供給部2に供給された試料液は、基材に含浸され、基材(繊維材)を伝って反応部3の一端から他端へと移動する。
【0063】
試料液が反応部3を通過する際、試料液に含まれる塩化物イオンが呈色成分と反応する。呈色成分がクロム酸銀である場合、反応部3は初期状態で赤褐色を示す。クロム酸銀が塩化物イオンと反応すると、塩化銀(白色)が生成される。塩化銀はクロム酸銀よりも溶解度が小さいため、当該反応では、塩化銀が優先して形成される。当該反応が生じた個所では、反応部3が白色に変化する。
Ag2CrO4+NaCl→AgCl↓+Na2CrO4
(溶解度積1.9×10-3g/L,25℃)
【0064】
反応部3を通過する間、試料液中の塩化物イオンは呈色成分との反応に消費される。すべての塩化物イオンが消費されて以降、試料液が通過しても反応部3は変色しない。
【0065】
反応部3に存在する呈色成分の量は既知である。変色した領域に含まれる呈色成分量から、試料液の塩化物イオン濃度を定量することが可能である。反応部3は所定の幅を有するため、変色した領域(面積)と距離とは比例関係にある。よって、変色した領域の距離(反応部3の長手方向の長さ:呈色距離)から試料液の塩化物イオン濃度を定量できる。試料液の塩化物イオン濃度が高いほど、呈色距離は長くなる。
【0066】
呈色距離は、目視または画像解析(ImageJ等)により計測できる。疎水部4に距離が計測部7を備えている場合、該目盛りを読み取ってもよい。
【0067】
計測により得られた呈色距離を検量線と比較することで、塩化物イオン濃度を算出できる。検量線は、塩化物イオン濃度が既知の標準液を用いて予め用意しておく。
【0068】
図11に、
図1のタイプの流路を有する塩化物計測キットを用いて作成した検量線を例示する。同図において、横軸は塩化物イオン濃度(mg/L)、縦軸は呈色距離(mm)である。基材には、定量ろ紙 JIS P 3801 5種C(濾水時間570秒、吸水度6.0cm)を用いた。試料液供給部2の直径Dは7mm、反応部3の長さLは30mm、幅Wは2mmとした。
【0069】
図12に、
図2のタイプの流路を有する塩化物計測キットを用いて作成した検量線を例示する。同図において、横軸は塩化物イオン濃度(mg/L)、縦軸は呈色距離(mm)である。基材には、定量ろ紙 JIS P 3801 5種C(濾水時間570秒、吸水度6.0cm)を用いた。試料液供給部2の直径Dは7mm、反応部3の長さLは30mm、幅Wは2mm、排出部の大きさは10×30mmとした。但し、排出部は、滴下したサンプル液量をすべて受け止めることができる面積以上であれば、これに限らない。
【0070】
検量線は二次曲線として作成してもよい。検量線のR2は0.99以上とする。
【0071】
計測値を用いた塩化物イオン濃度の算出は、電気化学的手法で実施されてもよい。
図13に、電気化学的手法の一例を示す。電気化学的手法では、塩化物計測キット60の反応部に電極(作用電極・参照電極・対極)64を組み込む。電極は、スクリーン印刷により基材上に組み込むことができる。塩化物計測キットは、反応部64の端部に試料液供給部63が接続されている。電極を組み込んだ塩化物計測キット60、携帯用ポテンショスタット61およびスマートフォン62を結合することで、電気化学的データを取得する。事前に、積算電気量から検量線を作成し、該検量線を用いて定量する。
【0072】
試料液の塩化物イオン濃度が低い場合、試料液を濃縮してから塩化物計測キットに供してもよい。例えば、塩化物イオン濃度が1mg/Lである試料液を、検出下限5mg/Lの塩化物計測キットに供した場合、呈色反応により生じる変色を目視で確認しづらく、呈色距離の計測が困難である。塩化物計測キットの検出下限を下回る濃度の試料液であっても、濃縮することで検出可能となる。試料液は、蒸発濃縮、沈殿分離、電気透析および蒸発乾固により濃縮できる。
【0073】
蒸発濃縮では、試料液を加熱板等により加熱して水分を取り除いて高濃度液を作製する。
【0074】
沈殿分離は、均一液液抽出方法または液液抽出方法で実施できる。均一液液抽出方法は、目的物質(Cl)を含む均一溶液から相分離現象を利用して目的物質を液体析出相に分離・濃縮する方法である。相分離現象は、温度変化、塩析効果およびpH変化などにより生じさせることができる。液液抽出方法は、混じり合わない2つの溶媒間における溶質の分配を利用して分離濃縮する方法である。液液抽出方法では、混じり合わない2つの溶媒を用い、激しい機械的な振り混ぜを行う。
【0075】
電気透析は、イオン交換膜と電気を利用する膜分離法である。電気透析では、陽イオン交換膜と陰イオン交換膜を交互に積層し、両端に一対の電極を配置する。試料液に電気を流すと、陽イオンは陰極に、陰イオンは陽極に向かって交換膜を移動する。これにより、目的物質を分離濃縮できる。
【0076】
蒸発乾固では、試料液の水分を蒸発させ、目的物質を析出させる。析出した目的物質を少量の溶媒に溶解させることで、高濃度液を得られる。
【0077】
図14,15に蒸発乾固の手順を例示する。
まず、試料液Sを加熱して水分を蒸発させて、析出物Clを生成させる。次に、析出物Cl上に回収体70をのせ、回収溶媒CSを添加した後、所定時間放置する。これにより、回収体に析出物Clが回収される。Clを回収するための溶媒は、水、特に純水が好ましい。回収溶媒CSの添加量は、少なくとも回収体70全体が濡れる量である。
【0078】
析出物Clを回収した回収体に抽出溶媒ESを添加し、所定時間放置する。これにより、回収体から析出物成分が抽出される。析出物成分を含む抽出液は高濃度の試料液となる。
【0079】
例えば、塩化物イオン濃度1mg/Lの試料液20μLに含まれる塩化物の絶対量は0.00002mgである。一方、塩化物イオン濃度1mg/Lの試料液200mLに含まれる塩化物の絶対量は0.2mgである。この0.2mgを少量の溶媒で回収および抽出することで、高濃度の試料液を得られる。
【0080】
例えば、200mLの試料液を蒸発乾固させ、析出物Clを回収した回収体に、抽出溶媒として10mLの純水を添加すると20倍濃縮が可能である。回収体70の面積を大きくすることで、回収できる面積を大きくとることも可能である。
【0081】
回収体70は、繊維材で構成された基材または本実施形態に係る塩化物計測キットの試料液供給部であってよい。繊維材で構成された基材は、ろ紙、和紙および洋紙等である。回収体70としては、析出物Clを全て回収できるサイズのものを用いる。
【0082】
図14では、回収体70として、ろ紙を用いている。ろ紙を用いた場合、析出物Cl上に回収体70をのせ、2±0.5分放置することで、回収体70に析出物Clを回収できる。析出物Clが回収された回収体70を試料液供給部2にのせ、該回収体70に抽出溶媒ESを添加することで、Clが抽出される。抽出されたClは抽出と同時に試料液として直接、試料液供給部71に供給される。
【0083】
図15では、回収体70として塩化物計測キットの試料液供給部を用いている。析出物Clの回収時、試料液供給部2の試料液が供給される面を析出物Clに向けて、析出物Clに接触させる。析出物Clは試料液供給部71に回収される。析出物Clが回収された試料液供給部71に抽出溶媒を添加することで、Clが抽出される。ここで抽出されたClは、抽出と同時に、試料液供給部71へ供給される。
【0084】
流路設計および試料液の高濃度化の態様を組み合わせることで、塩化物イオン濃度0.1~0.2mg/L程度の低濃度試料液についても、本実施形態に係る塩化物計測キットで計測できる。
【0085】
(海水漏洩時の対処方法)
塩化物計測キットの計測値および検量線から算出した塩化物イオン濃度に基づいて海水漏洩時の洗浄要否を判定できる。算出値が閾値を超えた場合、その試料液を採取した設備系統の洗浄が必要であると判定する。算出値が閾値以下である場合、設備系統の洗浄は不要と判断できる。閾値は、被洗浄対象に応じて設定しておく。
【0086】
洗浄が必要と判定された設備系統を洗浄する。洗浄後、設備系統の表面に対して洗浄要否の判定を再度実施するとよい。その場合、洗浄後の設備系統から試料液を採取し、該試料液の塩化物イオン濃度を計測し、再度、洗浄要否を判定する。これにより、塩化物の残留を防げる。
【0087】
また、海水漏洩が生じた設備系統の複数箇所を被検部位として選択し、複数の前記被検部位について、それぞれ塩化物イオン濃度を計測し、各計測値に基づいて塩化物汚染マップを作成して洗浄範囲を特定することもできる。
【0088】
〔第2実施形態〕
本実施形態では、火力発電プラントで海水漏洩が生じた場合の対処方法について説明する。
図16に、本実施形態に係る海水漏洩時の対処手順を示す。
【0089】
(S21)まず、火力発電プラントにおいて海水漏洩の兆候がみられたら、(S22)その規模を判定する。例えば、火力発電プラントに既設の酸電気伝導率計により、タービン入口の蒸気または/およびボイラのドラム(汽水分離器)内の水の酸電気伝導率を計測し、該計測値を用いて海水漏洩の規模を判定できる。タービン入口蒸気または/およびドラム水の酸電気伝導率が許容値を超えた場合、大量海水漏洩が生じたと判定する。
【0090】
酸電気伝導率の許容値は0.1mS/mである。この値を超えることは、塩化物イオン濃度が0.1mg/Lを超えることに相当する(JIS B8223参照)。
【0091】
(S23)大量海水漏洩が生じたと判定された場合、火力発電プラントの停止措置を講じる。その後、(S24)設備系統の表面の複数箇所を被検部位として選択し、該被検部位について、高濃度塩化物計測法を用いて塩化物イオン濃度を計測して第1計測値を取得し、第1計測値に基づいて、塩化物の汚染マップを作成する。
【0092】
(S25)汚染マップで、塩化物イオン濃度が第1閾値を超えている部位とその周辺を洗浄範囲として特定する。第1閾値は、例えば、50mg/m2である。(S26)洗浄範囲が所定面積よりも広い場合、設備系統全体が汚染されているとみなし、全体洗浄を実施する。洗浄範囲が所定面積よりも狭い場合、後述のS27を実施する。
【0093】
高濃度塩化物計測法には、少なくとも第1閾値の塩化物イオン濃度を計測可能なキットを用いる。高濃度塩化物計測法には、例えば、ハンディヘルド蛍光X線分析計(XRF)または第1実施形態に記載の塩化物計測キットを用いる。
【0094】
(S27)大量海水漏洩が生じていないと判定された場合、中濃度塩化物計測法を用いて被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測して第2計測値を取得し、該第2計測値に基づいて、塩化物の汚染マップを作成する。(S28)第2計測値に基づいて、洗浄要否を判定する。
【0095】
第2計測値が第2閾値を超えた場合、洗浄が必要と判定し、(S29)火力発電プラントの停止措置を講じる。その後、(S30)被検部位およびその周辺を部分洗浄する。
【0096】
第2計測値が第2閾値以下の場合、(S31)洗浄は不要と判定し、火力発電プラントの運転を継続する。なお、事前に火力発電プラントの停止措置を講じている場合は系統を復旧し、運転を再開する。第2閾値は、例えば、10mg/m2である。
【0097】
中濃度塩化物計測法には、少なくとも第2閾値の塩化物イオン濃度を計測可能なキットを用いる。中濃度塩化物計測法には、例えば、ろ紙貼付‐検知管法または第1実施形態に記載の塩化物計測キットを用いる。
【0098】
(S26)汚染系統全体洗浄の後または(S30)汚染系統部分洗浄の後、(S32)洗浄済の被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測して第3計測値を取得し、該第3計測値に基づいて、塩化物の汚染マップを作成する。(S33)第3計測値に基づいて、再洗浄要否を判定する。塩化物イオン計測には、低濃度塩化物計測法を用いる。
【0099】
第3計測値が第3閾値を超えた場合、再洗浄が必要と判定し、上記S30に戻って被検部位およびその周辺を部分洗浄する。第3計測値が第3閾値以下の場合、洗浄終了と判定し、(S34)設備系統を復旧し、運転を再開する。第3閾値は、例えば、0.5mg/m2である。(S35)洗浄終了後、海水漏洩調査報告書(汚染マップ、洗浄効果、対策)を作成する。
【0100】
低濃度塩化物計測法には、少なくとも第3閾値の塩化物イオン濃度を計測可能なキットを用いる。低濃度塩化物計測法には、例えば、スミヤ‐イオンクロマト法または第1実施形態に記載の塩化物計測キットを用いる。
【0101】
次に、被検部位の表面の塩化物イオン計測について説明する。
【0102】
(ハンドヘルドXRF)
ハンドヘルドXRFを被検部位に向け、X線を照射する。被検部位の表面に塩化物イオンが存在すると、塩化物イオンに特有な蛍光X線が発生する。これをハンドヘルドXRFのX線検出器が読み取り、カウント、計算により分析結果を得られる。
【0103】
図17に、塩化物イオン濃度が既知の標準液を用いたXRFの測定結果を例示する。同図において、横軸は表面塩化物イオン濃度(mg/m
2)、縦軸はXRF測定値(%)である。
図17によれば、XRF測定値は、表面塩化物イオン濃度に比例する。
【0104】
分析結果を、予め用意しておいた検量線と比較することで、被検部位の表面の塩化物イオン濃度の計測値を得られる。
【0105】
(第1実施形態に記載の塩化物計測キット)
図18,19に第1実施形態に記載の塩化物計測キットを用いた塩化物イオン計測の手順を例示する。
【0106】
まず、被検部位の表面に回収体80をのせて接触させ、回収溶媒CSを添加した後、所定時間放置する。被検部位の表面に塩化物イオン(Cl)が存在する場合、これにより、回収体80にClが回収される。Clの回収溶媒CSは、水(特に純水)である。回収溶媒CSの添加量は、少なくとも回収体80全体が濡れる量である。放置時間は、2分程度である。
【0107】
Clを回収した回収体80を被検部位から離した後、抽出溶媒ESを添加し、所定時間放置する。これにより、回収体からClが抽出される。
【0108】
Clを回収するための溶媒(回収溶媒)CSは、水(特に純水)である。抽出溶媒の添加量は、少なくとも回収体80全体が濡れる量である。放置時間は、2分程度である。
【0109】
回収体80は、繊維材で構成された基材または第1実施形態に係る塩化物計測キットの試料液供給部であってよい。繊維材で構成された基材は、ろ紙、和紙および洋紙等である。回収体としては、析出物を全て回収できるサイズのものを用いる。
【0110】
図18では、回収体80としてろ紙を用いている。Clが回収された回収体80を試料液供給部81にのせた状態で、該回収体80に抽出溶媒を添加することでClが抽出される。抽出されたCl(抽出液)は試料液として直接、試料液供給部に供給される。
【0111】
図19では、回収体80として塩化物計測キットの試料液供給部81を用いている。Cl回収時、試料液供給部81は、試料液が供給される面を被検部位に向けてのせられる。Clは試料液供給部81に回収されているため、試料液供給部81に抽出溶媒ESを添加することで、Clが抽出される。抽出されたClは、抽出と同時に試料液として直接、試料液供給部81に供給される。
【0112】
第1実施形態に記載の塩化物計測キットでは、試料液供給部にClを含む試料液が供給されると、呈色試薬との反応により反応部が変色する。反応部の呈色距離を計測し、計測値を予め用意した検量線と比較することで、試料液の塩化物イオン濃度を算出できる。被検部位の表面のCl濃度は、試料液の塩化物イオン濃度および供給量と、回収体の貼付面積から算出できる。
【0113】
例えば、試料液の塩化物イオン濃度:1mg/L、供給量:1000μL、回収体の貼付面積:10cm×10cmである場合、被検部位の表面のCl濃度は、0.1mg/m2である。
試料液の塩化物イオン濃度×供給量÷貼付面積=被検部位の表面のCl濃度
【0114】
第1実施形態に記載の塩化物計測キットの検出下限は、流路設計によって異なる。本実施形態では、使用目的に応じて、適した検出下限の塩化物計測キットを用いる。
【0115】
(ろ紙貼付‐検知管法)
図20に、ろ紙貼付‐検知管法を用いたCl計測の手順を例示する。
まず、回収体(ろ紙)90に水を添加して湿潤させる。次に、被検部位に湿潤させた回収体90を貼り付けて、所定時間放置する。その後、抽出液(水)によりClを抽出し、抽出液を分取する。分取した抽出液を試料液として、Cl分析用検知管に供する。必要に応じてCl分析用検知管に供する前に抽出液を濾過する。
【0116】
(スミヤ‐イオンクロマト法)
図21に、スミヤ‐イオンクロマト法(スミヤ法)を用いたCl計測の手順を例示する。
図21では、比較としてろ紙貼付‐検知管法(ろ紙貼付法)の手順も併記する。
【0117】
まず、回収体(ガーゼ)を前処理(切断、煮沸)する。次に、被検部位の面積を測定する。被検部位の表面が回収体でふき取りサンプリングした後、水を用いて回収体からClを抽出する。抽出液をろ過後、試料液としてイオンクロマトグラフに供する。
【0118】
〈付記〉
以上説明した実施形態に記載の塩化物計測キットおよび海水漏洩時の対処方法は、例えば以下のように把握される。
【0119】
本開示の第1態様に係る塩化物計測キット(1,10,20,30,40,50,60)は、繊維材で構成された部材を基板とし、前記基板が、試料液が供給される試料液供給部(2)と、呈色試薬が含浸され、所定幅を有し、前記試料液供給部から延びる反応部(3)と、前記試料液供給部および前記反応部の外縁を囲む疎水部(4)と、を備え、前記呈色試薬は、塩化物イオンと反応して変色する成分を含む。
【0120】
試料液供給部および反応部は、基材に設けられている。試料液供給部に供給された試料液は、繊維材を伝って反応部の一端から他端へ向けて移動する。試料液供給部および反応部の外縁は疎水部で囲われているため、基材の面内方向において試料液が反応部の外側に漏れることはない。
【0121】
反応部には、塩化物イオンと反応して変色する成分を含む呈色試薬が含浸されている。塩化物イオンを含む試料液が反応部に入ると、該塩化物イオンが呈色試薬の成分と反応し、反応部は変色する。呈色試薬の成分は、選択的に塩化物イオンと反応する。よって、当該反応は他の成分の妨害を受けにくく、測定のバラつきも少ない。
【0122】
試料液が反応部の一端から他端へ向けて移動する間、試料液中の塩化物イオンは、呈色試薬の成分との反応に消費される。塩化物イオンが全て消費されて以降の試料液が通過しても反応部は変色しない。試料液に含まれる塩化物イオンの量が多いほど、変色した反応部の距離(呈色距離)は長くなる。反応部に、所定量の成分が含まれる呈色試薬を含浸させておくことで、呈色距離に基づき、試料液に含まれる塩化物イオンの濃度を計測できる。呈色距離は目視で確認できる。
【0123】
本態様によれば、専門知識の必要な分析機器を用いず、迅速に試料液の塩化物イオン濃度を計測できる。
【0124】
特許文献2に記載の方法では、塩化物イオンの検出のためには、ある程度の試料液量が必要となるが、上記態様に係る塩化物計測キットは、数十μLの試料液で塩化物イオン濃度を計測できる。
【0125】
本開示の第2態様に係る塩化物計測キットは、上記第1態様において、前記反応部の端部に接続され、前記反応部を通過して排出された前記試料液を吸収可能な排出部(5)を備えていてもよい。
【0126】
試料液供給部および反応部の基材が吸収可能な溶液量は限られている。反応部の他端に排出部を設けることで、該排出部がバッファとなるため、試料液の供給量を増やすことが可能となる。供給する試料液を増やすことで、多くの塩化物イオンを反応部に入れることができる。これにより、塩化物イオン濃度が低い試料液であっても、塩化物計測キットによる塩化物イオン濃度の計測が可能となる。すなわち、塩化物計測キットの検出下限を下げることができる。
【0127】
本開示の第3態様に係る塩化物計測キットは、上記第1態様または第2態様において、前記試料液供給部に、複数の前記反応部がそれぞれ独立して接続されていてもよい。
【0128】
独立した反応部を複数設けることで、試料液供給部に供給する試料液の量を増やせる。これにより、検出下限を下げることができる。また、独立した反応部を複数設けることで、計測時間を短縮できる。
【0129】
本開示の第4態様に係る塩化物計測キットは、上記第1態様から第3態様のいずれかにおいて、前記反応部の表面が、遮水性部材(6)で被覆されていることが好ましい。
【0130】
試料液が反応部の一端から他端へ移動するには、溶媒が必要である。反応部の表面を遮水性部材で被覆することで、移動中の溶媒の蒸発を防ぐことができる。これにより溶媒不足により塩化物イオンの移動が妨げられることを防止できる。
【0131】
本開示の第5態様に係る塩化物計測キットは、上記第1態様から第4態様のいずれかにおいて、前記反応部の一端から他端までの距離を計測する計測部(7)を備えていてもよい。
【0132】
計測部を設けることで、目視で迅速かつ容易に呈色距離を計測できる。
【0133】
本開示の第6態様に係る塩化物計測キットは、上記第1態様から第5態様のいずれかにおいて、前記反応部の前記所定幅は、2mm以下であることが好ましい。
【0134】
反応部の幅を2mm以下とすることで、呈色距離を視認しやすくなる。
【0135】
本開示の第7態様に係る海水漏洩時の対処方法は、(S11)第1態様~第6態様のいずれかに記載の塩化物計測キットの前記試料液供給部に試料液を供給した後、(S12)前記反応部において呈色試薬が変色した部分の長手方向の距離を計測し、(S13)前記計測で得られた計測値および予め用意した検量線から、塩化物イオン濃度を算出し、(S14)算出値が、閾値を超えた場合に前記試料液を採取した設備系統の洗浄が必要と判定し、前記算出値が、前記閾値以下である場合に前記設備系統の洗浄は不要と判定する。
【0136】
第1態様~第6態様のいずれかに記載の塩化物計測キットを用いることで、専門知識の必要な分析機器がある場所まで試料液を移送せずに、現場で迅速に塩化物イオン濃度を計測できる。
【0137】
本態様によれば、計測値および検量線から塩化物イオン濃度を算出し、洗浄の要否を判定できるため、専門知識のない作業者であっても正確な塩化物濃度を得ることができる。
【0138】
本開示の第8態様に係る海水漏洩時の対処方法では、上記第7態様において、前記試料液を濃縮した後、前記試料液供給部に供給してもよい。
【0139】
濃縮により試料液の溶媒量を減らすことで、塩化物イオン濃度の低い試料液の計測が可能となる。
【0140】
本開示の第9態様に係る海水漏洩時の対処方法では、上記第7態様において、被検部位に回収体を接触させ、該回収体に回収溶媒を添加した後、前記回収体を前記被検部位から離し、前記回収体に抽出溶媒を添加して前記試料液を抽出できる。
【0141】
製品を海上輸送する場合や、台風被害時等、製品表面に海水中の塩化物イオンが付着することがある。付着した塩化物イオンをそのまま放置すると、製品が腐食する要因となる。そのため、製品表面の塩化物イオン濃度を分析できる簡易分析キットがあればよいが、そのようなキットは市販されていない。上記態様では、回収体を用いることで、被検部位の表面に存在する塩化物イオンの濃度を計測できる。
【0142】
本開示の第10態様に係る海水漏洩時の対処方法では、上記第9態様において、前記回収体は、繊維材で構成された基材または第1態様~第6態様のいずれかに記載の塩化物計測キットの前記試料液供給部であってよい。
【0143】
本開示の第11態様に係る海水漏洩時の対処方法では、上記第9態様または第10態様において、洗浄後の前記設備系統の表面を前記被検部位とするとよい。
【0144】
洗浄後の被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測することで、塩化物イオンの残留の有無を確認できる。これにより、塩化物イオンの残留による設備系統の腐食を回避できる。
【0145】
本開示の第12態様に係る海水漏洩時の対処方法では、上記第9態様~第11態様のいずれかにおいて、前記設備系統の表面の複数箇所を前記被検部位とし、複数の前記被検部位について、それぞれ前記塩化物イオン濃度を算出し、算出した前記塩化物イオン濃度に基づいて汚染マップを作成して洗浄範囲を特定することができる。
【0146】
作成した汚染マップを用いることで、洗浄が必要な箇所を認識できる。これにより、洗浄作業を必要最小に抑えることが可能となる。
【0147】
本開示の第13態様に係る海水漏洩時の対処方法では、(S24,S27)被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測し、(S25,28)計測値に基づき、設備の洗浄要否を判定し、(S26,S30)洗浄が必要と判定された被検部位を洗浄した後、(S32)洗浄した前記被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測し、(S33)計測値を用いて追加の洗浄要否を判定する。
【0148】
本開示に係る海水漏洩時の対処方法によれば、分析の専門家でなくても簡単かつ迅速に洗浄要否を判定できる。洗浄後に、追加の洗浄要否を判定することで、塩化物イオンの残留による設備系統の腐食を回避できる。
【0149】
本開示の第14態様に係る海水漏洩時の対処方法では、第13態様において、海水漏洩が生じた設備系統の複数箇所を被検部位として選択し、複数の前記被検部位の表面について、それぞれ塩化物イオン濃度を計測し、各計測値に基づいて塩化物汚染マップを作成して洗浄範囲を特定できる。
【0150】
作成した汚染マップを用いることで、洗浄が必要な箇所を認識できる。これにより、洗浄作業を必要最小に抑えることが可能となる。
【0151】
本開示の第15態様に係る海水漏洩時の対処方法では、第13態様において、海水漏洩が生じた設備系統の複数箇所を被検部位として選択し、高濃度塩化物計測法により複数の前記被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測して第1計測値を取得し、前記第1計測値を第1閾値と比較して、全体洗浄の要否を一次判定できる。
【0152】
一次スクリーニングとして、高濃度塩化物計測法により取得した第1計測値を用いて洗浄要否を判定することで、大量海水漏洩発生時に、迅速に洗浄を実施できる。
【0153】
本開示の第16態様に係る海水漏洩時の対処方法では、第15態様において、全体洗浄が不要と判定された後、中濃度塩化物計測法により被検部位の表面の塩化物イオン濃度を計測して第2計測値を取得し、前記第2計測値を前記第1閾値よりも小さい第2閾値と比較して部分洗浄要否を二次判定できる。
【0154】
二次スクリーニングとして、第1閾値よりも小さい第2閾値を基準として洗浄要否を判定することで、判定の精度が上がる。
【0155】
本開示の第17態様に係る海水漏洩時の対処方法では、第16態様において、前記二次判定で洗浄が必要と判定された後、前記被検部位を洗浄し、低濃度塩化物計測法を用いて前記洗浄した被検部位の塩化物イオン濃度を計測して第3計測値を取得し、前記第3計測値を前記第2閾値よりも小さい第3閾値と比較して前記追加の洗浄要否を判定できる。
【0156】
三次スクリーニングとして、第2閾値よりも小さい第3閾値を基準として追加の洗浄要否を判定することで、判定の精度が上がる。また、洗浄後に再度判定することで、塩化物イオンの残留による設備系統の腐食を回避できる。
【符号の説明】
【0157】
1,10,20,30,40,50,60 塩化物計測キット
2,63,71,81 試料液供給部
3,64 反応部
4 疎水部
5 排出部
6 遮水性部材
7 計測部
61 携帯用ポテンショスタット
62 スマートフォン
70,80,90 回収体