(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121551
(43)【公開日】2024-09-06
(54)【発明の名称】認知症又は脳梗塞後遺症軽減剤
(51)【国際特許分類】
A61K 35/19 20150101AFI20240830BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20240830BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240830BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20240830BHJP
【FI】
A61K35/19
A61P25/28
A61P25/00
A61P9/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023028706
(22)【出願日】2023-02-27
(71)【出願人】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮元 伸和
(72)【発明者】
【氏名】服部 信孝
(72)【発明者】
【氏名】稲葉 俊東
【テーマコード(参考)】
4C087
【Fターム(参考)】
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB38
4C087DA21
4C087NA14
4C087ZA01
4C087ZA15
4C087ZA36
(57)【要約】
【課題】認知症及び/又は脳梗塞後遺症を軽減できる医薬を提供すること。
【解決手段】血小板を有効成分とする、認知症及び/又は脳梗塞後遺症軽減剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血小板を有効成分とする、認知症及び/又は脳梗塞後遺症軽減剤。
【請求項2】
脳梗塞後遺症が、麻痺、言語障害、記憶障害・高次脳機能障害、しびれ、めまい、廃用性症候群、拘縮及び痛みから選ばれる症状である請求項1記載の認知症及び/又は脳梗塞後遺症軽減剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、認知症又は脳梗塞後遺症を軽減する医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞は徐々に増加の傾向をたどっており、一旦発症してしまうと機能回復を得るのはかなり難しく現行ではリハビリテーションしか治療がない状況である。現状要介護3-5に占める脳卒中の割合は疾患別で第一位であり、脳梗塞の機能回復療法はいまだ喫緊の課題である。
【0003】
脳梗塞の機能回復療法としては、幹細胞移植が試みられているが、まだ実現には至っておらず、倫理面でも課題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Miyamoto N.et al;Glia,Vol.68,Issue9,p.1910-1924
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、認知症又は脳梗塞後遺症を軽減できる医薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、白質の障害を起こす慢性脳底潅流モデル(両側総頸動脈狭窄モデル;脳血流低下による白質障害から認知症をきたすモデル)を用いて、オリゴアストロサイトの成熟障害やA1アストロサイト数の増加などを起こす機序について検討し、ミトコンドリアが細胞間で移動していること、細胞間を移動するミトコンドリアが細胞保護作用を発揮し、脳機能を再生するというモデル、すなわち白質病変を首座とする脳梗塞や血管性認知症の病態制御にミトコンドリアダイナミクスが関わるメカニズムを提唱した(非特許文献1)。
そしてさらに検討を重ね、慢性脳低潅流負荷前に運動負荷をかけたマウスでは、負荷無しの対照群と比し虚血性白質障害の進行が軽減され、筋肉内においてミトコンドリア数が増加していることを見出した。同時に運動負荷群では血小板中でのミトコンドリア量も対照群と比し増加していることも見出した。そこで、筋肉内のミトコンドリアが放出され、他の臓器である脳やその他の臓器に移行、取り込まれている可能性について検討した。大腿筋注射したラベル化ミトコンドリアにより評価し、注射部の筋肉のみならず、心筋、肺、肝臓、脾臓、さらには疑似虚血負荷により活性が落ちている細胞により多くのミトコンドリアが取り込まれることを観察した。この際、血液中でのラベル化ミトコンドリアの所在を確認すると遠心分離層のうち血小板を含むバフィーコート部に存在し、検鏡にて筋肉から抄出されたミトコンドリアが血小板に取り込まれていることを見出した。
この結果をもとに、慢性脳虚血モデルに血小板を週2回投与したところ、虚血性白質障害の進展抑制、認知機能進展抑制の効果が得られた。また、脳梗塞急性期モデルにおいても血小板投与で梗塞巣の大きさには有意差はなく若干の縮小効果にとどまるが、有意な機能予後の改善が得られた。すなわち、脳梗塞患者に、ミトコンドリアに富む血小板を投与すれば、認知症や脳梗塞後遺症が軽減できることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、次の発明[1]~[8]を提供するものである。
[1]血小板を有効成分とする、認知症及び/又は脳梗塞後遺症軽減剤。
[2]脳梗塞後遺症が、麻痺、言語障害、記憶障害・高次脳機能障害、しびれ、めまい、廃用性症候群、拘縮及び痛みから選ばれる症状である[1]記載の認知症及び/又は脳梗塞後遺症軽減剤。
[3]認知症及び/又は脳梗塞後遺症軽減剤製造のための血小板の使用。
[4]脳梗塞後遺症が、麻痺、言語障害、記憶障害・高次脳機能障害、しびれ、めまい、廃用性症候群、拘縮及び痛みから選ばれる症状である[3]記載の使用。
[5]認知症及び/又は脳梗塞後遺症を軽減するための血小板。
[6]脳梗塞後遺症が、麻痺、言語障害、記憶障害・高次脳機能障害、しびれ、めまい、廃用性症候群、拘縮及び痛みから選ばれる症状である[5]記載の血小板。
[7]血小板を必要な患者に投与することを特徴とする、認知症及び/又は脳梗塞後遺症の軽減方法。
[8]脳梗塞後遺症が、麻痺、言語障害、記憶障害・高次脳機能障害、しびれ、めまい、廃用性症候群、拘縮及び痛みから選ばれる症状である[7]記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
認知症及び/又は脳梗塞患者に血小板を投与すれば、血小板中のミトコンドリアが脳内に移動することにより、脳梗塞の後遺症である麻痺、言語障害、記憶障害・高次脳機能障害、しびれ、めまい、廃用性症候群、拘縮及び痛みから選ばれる症状が軽減される。この治療方法は、現行の血小板製剤を用いることができるため、副作用、倫理面の問題もない。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1A】MitoblightLT green (mitoBLT)をマウス大腿筋に筋注する様子を示す概念図である。
【
図1B】筋注後、mitoBLTが血管に移行し、脳をはじめとした各種臓器に移行した。大脳、肝臓、心臓、肺、脾臓でmitoBLTのシグナルを示す。
【
図1C】遠心後の血清、buffy coat、赤血球を検鏡した結果を示す。Buffy coatのみにmitoBLTのシグナルが観察されたことを示す。
【
図1D】全血での検鏡結果を示す。金座染色にて血小板にmitoBLTのシグナルか確認されたことを示す。
【
図1E】大脳でのmitoBLT局在の評価を示す。大脳においては、mitoBLTはCD31(血管内皮細胞)、CD140a(オリゴデンドロサイト前駆細胞)、GFAP(アストロサイト)と共存したことを示す。各図の数値はスケールバー。
【
図2A】筋肉におけるTOM20ウエスタンブロッティング結果を示す。
【
図2B】血小板におけるウエスタンブロッティング結果を示す。筋肉、血小板とも運動負荷群でTOM20(ミトコンドリアのマーカー)の発現量は優位に増加している。Β-actin;インターナルコントロール。
【
図2C】筋肉、血小板におけるATP活性評価(ミトコンドリアの活性化マーカー)を示す。*:p<0.05、n=5。
【
図2D】大腿筋、血小板の電子顕微鏡画像を示す。運動負荷群でミトコンドリアが増加している。数値はスケールバー。
【
図3A】疑似慢性虚血負荷によるミトコンドリア投与の評価を示す。WST-8asseyによる生存率評価であり、ミトコンドリア投与による差を認めないことを示す。
【
図3B】疑似慢性虚血負荷によるミトコンドリア投与の評価を示す。アストロサイトにおける保護効果の評価であり、慢性虚血負荷により細胞障害性アストロサイト(C3d陽性)に変化するが、ミトコンドリア投与により保護的アストロサイト(S100A10陽性)で保てることを示す。
【
図3C】疑似慢性虚血負荷によるミトコンドリア投与の評価を示す。オリゴデンドロサイトにおける保護効果の確認であり、慢性虚血によりオリゴデンドロサイト前駆細胞(PDGFRα陽性)のままとなり成熟が妨げられるが、ミトコンドリア投与により成熟オリゴデンドロサイト(MBP陽性)となる。*;p<0.05 vsCoCl2-,mito-。
【
図3D】WST-8asseyによる生存率評価であり、濃度依存的に神経細胞の生存率は改善することを示す。
【
図3E】成熟神経細胞(NeuN)、軸索マーカー(SMI31)の発現はミトコンドリア投与濃度依存的に改善することを示す。*;p<0.05 vsOGD-,mito-。各群n=5。
【
図4A】IVISによるラベル化ミトコンドリア評価であり、慢性虚血モデルでは手術後14日、急性期モデルでは手術後24時間にて血小板を投与し、その24時間後に評価した結果である。病変部位に一致してシグナルの強い集簇を認めることを示す。
【
図4B】慢性虚血モデルにおける虚血性白質障害の評価であり、Fluoromyelin;髄鞘染色)虚血性白質障害の進行をV群において認めるが、P群では進行は認めていないことを示す。N=8。
【
図4C】Y-maze試験結果であり、活動性(総arm進入数)には差を認めないものの、近似記憶障害の進行をV群で認めることを示す。
【
図4D】急性期モデルにおける手術後14日目での梗塞巣評価であり、V群、P群には差を認めないことを示す。n=10。
【
図4E】mNSS(脳梗塞症状)、ロタロッド試験(運動機能)、コーナーテスト(麻痺の程度、空間認識能力)はP群にて優位に改善していることを示す。n=10。S;偽手術群、V;vehicle投与群、P;血小板投与群、*;p<0.05 vsS群、†;p<0.05 V群vsP群。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の一態様は、血小板を有効成分とする認知症及び/又は脳梗塞後遺症軽減剤である。
血小板は、現在、血小板減少症を伴う疾患を適応症として用いられている。血小板中には、ミトコンドリアが存在することは知られているが、血小板がミトコンドリアの運び屋として脳細胞にミトコンドリアを供給することは全く知られていなかった。
【0011】
前述のように、慢性脳低潅流負荷前に運動負荷をかけたマウスでは、負荷無しの対照群と比し虚血性白質障害の進行が軽減され、筋肉内においてミトコンドリア数が増加していることを見出した。同時に運動負荷群では血小板中でのミトコンドリア量も対照群と比し増加していることを見出した。
そこで、筋肉内のミトコンドリアが放出され、他の臓器である脳やその他の臓器に移行、取り込まれている可能性について検討した。すなわち、大腿筋注射したラベル化ミトコンドリアにより評価し、注射部の筋肉のみならず、心筋、肺、肝臓、脾臓、さらには疑似虚血負荷により活性が落ちている細胞により多くのミトコンドリアが取り込まれることを観察した。この際、血液中でのラベル化ミトコンドリアの所在を確認すると遠心分離層のうち血小板を含むバフィーコート部に存在し、検鏡にて筋肉から抄出されたミトコンドリアは血小板に取り込まれていることを見出した。
この結果をもとに、慢性脳虚血モデルに血小板を週2回投与したところ、虚血性白質障害の進展抑制、認知機能進展抑制の効果が得られた。また、脳梗塞急性期モデルにおいても血小板投与で梗塞巣の大きさには有意差はなく若干の縮小効果にとどまるが、有意な機能予後の改善が得られた。すなわち、脳梗塞患者に、ミトコンドリアに富む血小板を投与すれば、認知症や脳梗塞後遺症が軽減できる。
【0012】
認知症患者の脳には、脳梗塞患者と同様に、白色障害が認められることから、本発明の血小板療法は認知症の症状軽減に有効である。本発明の血小板療法は、特に血管性認知症に有効である。ここで、血管性認知症には、脳梗塞後遺症以外の認知症、例えば脳出血後遺症による認知症が含まれる。
脳梗塞後遺症としては、麻痺、言語障害、記憶障害・高次脳機能障害、しびれ、めまい、廃用性症候群、拘縮及び痛みから選ばれる1又は2以上の症状が挙げられる。
これらの症状の改善には、通常リハビリテーションが行われるが、脳梗塞発症から時間が経過するにしたがって、軽減効果は大きく低下する。これに対し、本発明によれば、脳梗塞発症から時間が経過した場合であっても、脳細胞に血小板を介してミトコンドリアが供給されるので、軽減効果が優れている。
【0013】
本発明における認知症及び/又は脳梗塞後遺症軽減剤における軽減とは、前記認知症の症状及び/又は脳梗塞後遺症の症状を、軽減又は改善することをいう。具体的には、認知症による低下した認知機能を軽減又は改善すること、脳梗塞後遺症である麻痺、言語障害、記憶障害・高次脳機能障害、しびれ、めまい、廃用性症候群、拘縮及び痛みから選ばれる1又は2以上の症状を軽減又は改善することである。
【0014】
本発明の認知症及び/又は脳梗塞後遺症軽減剤は、血小板を含有していればよく、通常、血小板製剤として用いられている血小板含有組成物が挙げられる。現行の血小板製剤は、輸血用の血液から分取されるものであり、健常人由来のものであるから、ミトコンドリアに富み、本発明に良好に使用できる。また、血小板は、患者自身の血液から分取して投与することもできる。
また、本発明に用いられる血小板含有組成物には、血小板以外に、凝血抑制成分であるクエン酸、ヘパリンナトリウム等が含まれていてもよい。
血小板含有組成物は、例えば、全血に対して遠心分離を繰り返すことにより血小板の画分を採取する方法、血小板を成分採血し、初流血を除去し、さらに白血球を除去して血小板製剤とする方法などにより製造することができる。
【0015】
本発明における血小板含有組成物の投与手段としては、静脈内投与が好ましく、静脈内に点滴投与するのが好ましい。血小板含有組成物の投与量は、患者の症状、体重、血小板数などによって異なるが、5単位以上を1週間から2週間に1回~3回程度投与するのが好ましい。
【0016】
本発明における血小板含有組成物の投与時期は、脳梗塞発症後7日~14日に投与を開始することが好ましい。
【実施例0017】
次に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0018】
実施例1
(方法)
慢性虚血モデル;10週齢雄性C57Bl6マウスを全身麻酔下に両側総頚動脈にマイクロコイル(内径0.18mm)を埋め込み、両側総頚動脈狭窄モデルを作成した(今までの報告から脳血流は50-60%に低下する)。手術後28日後において行動学の評価(Y-maze試験;8分間)を行った。
【0019】
脳梗塞モデル;8-10週齢雄性CB-17 Icr+/+マウスを全身麻酔下に、右側頭部を部分的に小さく開頭し中大脳動脈を露出、電気メスにて結紮を行った。手術後24時間、72時間、7日、14日で行動学評価(神経学的評価、ロタロッドテスト、コーナーテスト)を行った。
【0020】
組織切片の作成;致死的麻酔下において4%パラホルムアルデヒド(PFA)を経心臓的に全身を還流した。脳や各種臓器を摘出した。摘出した臓器は、4%PFA溶液に24時間以上浸透させ30%スクロース液にて置換し、クリオスタットにて切片を作成し、免疫組織化学的に評価を行った。梗塞巣評価のため、PBSにて還流した。断頭を行い、TTC染色をおこなった。
【0021】
(行動学検査)
Y-maze試験;空間認知能力、近時記憶の確認のため8分間のY-maze試験を行った。マウスをY-maze(1アーム;40-cm long,13.5-cm high,4-cm wide,室町機械)の中央に置き、8分間の自由行動をビデオにとりながら観察した。正答率は(各アームに順番に入る進入回数)/(総進入回数-2)x100で計算し、同時に総進入回数を運動機能として記録した。
【0022】
mNSS(modified neurological severity score);過去の報告に基づき、運動、感覚、バランス及び反応試験を複合した統合的な神経機能評価スコアであり、正常が0点、最大の神経機能欠損が18点で算定した。
【0023】
Rotarod test(ロタロッドテスト):運動機能検査の一種で、回転するロータからラットが落下するまでの時間(秒)を記録することで運動機能を評価した。
【0024】
corner test;マウスを30度の角度を持つコーナーに設置し、角の到達した際にマウスが探索行動を行った後にターンする方向(右折・左折)を記録した。試験間隔を少なくとも30秒間あけ、10度繰り返し行い、左折の割合[(left turn/10)×100%]を算出した。
【0025】
(細胞培養)
SDラットを用い、神経細胞は胎生15-16日、アストロサイト、オリゴデンドロサイト前駆細胞、マイクログリアは生後1-2日目を用い、深麻酔下にて断頭し、皮質を分離した。初代神経培養、グリア細胞培養を行った。グリア細胞は培養後10-14日目に振盪し、マイクログリアを抽出した。その後24時間振盪を続けオリゴデンドロサイト前駆細胞を浮遊させ、アストロサイトと分離し各種実験に使用した。疑似慢性虚血として3μMの塩化コバルト溶液を使用し、投与後7日目にてサンプルを回収した。疑似急性期モデルとして3時間の無酸素無糖負荷を行い24時間後にサンプルを回収した。
【0026】
ミトコンドリアラベル;マウス大腿部筋肉にMitoblight LT green(Dojindo)を200μl筋注した。筋注後24時間にて、各種臓器を摘出し、4PFA→30%スクロースに置換、検鏡を行った。採血は深麻酔下に経心臓的におこなった。
【0027】
血小板の単離、血小板中ミトコンドリアラベル;採血した全血をpluriMate 2ml centrifuge tube(pluriSelect Life Science)とPLT Spin Medium(pluriSelect Life Science UG&Co.KG)を用い、メーカープロトコール通りに血小板を単離した。投与まで-80℃にて保存した。一部の血小板はMitoblight LT red(Dojindo)を用い、血小板中のミトコンドリアをラベルし、尾静脈より100μl静脈注射を行った。24時間後に断頭し、IVISシステムにてシグナルを確認した。富ミトコンドリア含有血小板は、マウスにトレッドミル運動を週3回8m/min、30分間、2週間施行し、上記の方法にて血小板を取り出した。血小板投与量はマウス全血7mlから血小板を単離し、PBS1mlに希釈し、100μl(約0.1単位/kg;人換算で5単位/回)を投与した。細胞培養にも各ウェルに同量の血小板希釈溶液を追加した。
【0028】
ATP活性評価;ATP活性はCellTiter-Glo luminescence (Pomega,G7570)を用い、メーカープロトコールに従い評価を行った。
【0029】
統計手法;各群行動学はn=10にて、免疫染色、ウエスタンブロティングはn=5にて評価を行った。統計学的にp<0.05にて有意差ありと判定し、2群間比較はt検定を行い、他群間比較において、連続変数はone way ANOVA(ポストホック試験はTukey検定)、非連続変数はKruskal-Wallis検定にて評価した。
【0030】
(結果)
本発明者は予備実験にて運動負荷をかけたマウスは脳梗塞後の機能予後の改善、慢性虚血後の白質障害の保護を確認していた。ミオカインやサイトカインによる効果が示唆されているものの、その詳細なメカニズムは不明であった。そこで、本発明者は、ミトコンドリアの細胞間移動による神経保護効果(非特許文献1)を見出したこと、また筋肉は体内の臓器でミトコンドリアが豊富な臓器であることから、ミトコンドリア移動に着目した。
【0031】
MitoBlight LT greenを大腿筋に筋注し24時間後に評価したところ(
図1A)、筋肉内でラベルされた緑色のシグナルを持つミトコンドリアを脳、心臓、肺、脾臓、肝臓等、各種臓器で認めた(
図1B)。移動手段を考察するため、全血を採取、遠心分離し評価したところ、赤血球、血清には認めず、buffy coat部(白血球、血小板の層)に緑のシグナルを確認した(
図1C)。次に全血にギムザ染色を行い、シグナルを確認したところ、緑のシグナルは血小板と共存していた(
図1D)。また、脳においては血管内皮、オリゴデンドロサイト前駆細胞、アストロサイトに認めた(
図1E)。このことから筋肉中で増加したミトコンドリアは血小板を介して各種臓器に移動していることが示唆された
【0032】
次に運動負荷による血小板中のミトコンドリア量の変化を見るために、運動負荷群と通常群の筋肉内、血小板内のミトコンドリア量を確認した。TOM20(ミトコンドリアのマーカー)によるウエスタンブロッティングにおいて、筋肉内、血小板内のTOM20発現は運動負荷群で増加しており(
図2A、
図2B)、ATP活性(ミトコンドリアの活性)も保たれていた(
図2C)。電子顕微鏡下においてもミトコンドリアは筋肉内、血小板内で増加している画像が得られた(
図2D)。
【0033】
また、ミトコンドリアは病的条件下においては、活性酸素を発生する源ともなりうることがわかっている。そのため、疑似慢性虚血負荷、疑似急性期虚血負荷における筋肉から抽出したミトコンドリアの細胞保護効果を検討した。疑似慢性虚血負荷(CoCl
2添加)において、細胞の生存率(WST-8assey)はオリゴデンドロサイト、アストロサイドにおいて、ミトコンドリア投与による差を認めなかった(
図3A)。通常、アストロサイトは障害性(C3d陽性アストロサイト)に傾き、オリゴデンドロサイト前駆細胞の成熟が抑制されるが、ミトコンドリア投与は、虚血下においてもアストロサイトは保護的アストロサイト(S100A10陽性)のままで保つことができ、オリゴデンドロサイトの成熟が図れることが判明した(
図3B、
図3C)。また、疑似急性期虚血負荷(OGD)においても、ミトコンドリア投与は濃度依存的に神経細胞の生存率(WST-8assey)が保たれることが判明した(
図3D)。また、成熟神経細胞のマーカーであるNeuN、軸索のマーカーであるSMI31の発現も濃度依存的に保つことが判明した(
図3E)。これらのことから、ミトコンドリア投与は、病的条件下においても、脳を構成する細胞の保護効果があることが示唆された。
【0034】
次に、動物レベルにおける運動負荷群の血小板による脳保護効果を確認するため、慢性脳虚血モデル、脳梗塞モデルに運動負荷群より作成した血小板を手術後3日目より週2回投与した。
まず初めに投与した血小板中ミトコンドリアが病変部位に到達しているかを確認するため、血小板内ミトコンドリアをMitoBlight LT redにて染色し、手術群、偽手術群に投与を行った(慢性虚血モデル;手術後7日、急性期モデル;手術後72時間)。血小板投与後24時間にて断頭し、IVIS(Vivo Imaging System)にて解析をおこなったところ、病変部位への強いシグナルの集積を認めた。このことから、投与した血小板中のミトコンドリアは病変部位に到達していることが確認できた(
図4A)。
次に運動負荷群血小板の白質保護効果、神経保護効果を確認した。慢性虚血においては、血小板投与群で虚血性白質障害の進行抑制を(
図4B)、Y-maze試験における認知機能の改善効果を認めた(
図4C)。脳梗塞モデルにおいて、血小板投与により脳梗塞巣は若干縮小傾向を認めるにとどまったが(
図4D)、mNSS(マウスの脳梗塞症状の評価基準)、コーナーテスト(麻痺の重篤度、空間認識能力の評価)、ロタロッドテスト(運動機能の評価)において、有意な改善を認めた(
図4D)。
【0035】
以上の結果から、ミトコンドリア含有血小板は認知症・脳梗塞後遺症軽減効果を有することが判明した。