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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024121700
(43)【公開日】2024-09-06
(54)【発明の名称】走査型イオンコンダクタンス顕微鏡
(51)【国際特許分類】
   G01Q 60/44 20100101AFI20240830BHJP
   G01Q 10/06 20100101ALI20240830BHJP
【FI】
G01Q60/44
G01Q10/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023028942
(22)【出願日】2023-02-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、「ケミカルマッピングを実現するナノ電気化学顕微鏡の創成」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002354
【氏名又は名称】弁理士法人平和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 康史
(57)【要約】
【課題】時間分解能が高い走査型イオンコンダクタンス顕微鏡を提供する。
【解決手段】走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、プローブ55と対象物93とのZ方向の距離を変化させるZスキャナー66と、プローブ電極54とプローブ外の電解質液92との間の電流を計測する微小電流計測器51と、微小電流計測器51の出力信号を処理するフィルター部20と、フィルター部20の出力に基づいてホッピングモードでZスキャナー66の動作を制御する制御装置10とを備える。フィルター部20は、プローブ55を対象物93へと近づけるアプローチ速度が第1速度より速いときに、前記出力信号に対して所定の遮断周波数よりも低い信号を逓減させるバンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で処理した信号を出力する。制御装置10は、フィルター部20から出力された信号に基づいて、プローブ55の先端と対象物93とが近接したか否かを判定する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質液に対象物が浸された試料と内部にプローブ電極が設けられた計測用のプローブとのZ方向の距離を変化させるように構成されたZスキャナーと、
前記プローブ電極と前記プローブ外の前記電解質液との間を流れる電流を計測するように構成された微小電流計測器と、
前記微小電流計測器の出力信号を処理するフィルター部と、
前記フィルター部から出力された信号に基づいて、ホッピングモードで前記Zスキャナーの動作を制御するように構成された制御装置と
を備え、
前記制御装置は、前記プローブを前記対象物へと近づけるときのアプローチ速度を第1速度より速い速度として、前記Zスキャナーに前記プローブを動作させることができるように構成されており、
前記フィルター部は、前記アプローチ速度が第1速度より速いときに、前記出力信号に対して所定の遮断周波数よりも低い信号を逓減させるバンドパスフィルター又はハイパスフィルターで処理した信号を出力するように構成されており、
前記制御装置は、前記フィルター部から出力された信号に基づいて、前記プローブの先端と前記対象物とが近接したか否かを判定するように構成されており、
前記第1速度は、100nm/ms以上である、
走査型イオンコンダクタンス顕微鏡。
【請求項2】
前記制御装置は、前記アプローチ速度に応じて、前記フィルター部に前記遮断周波数を変更させるように構成されている、請求項1に記載の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡。
【請求項3】
前記フィルター部は、前記出力信号に対して前記バンドパスフィルター又はハイパスフィルターで処理した信号を10倍以上に増幅して出力するように構成されている、請求項1又は2に記載の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡。
【請求項4】
前記所定の遮断周波数は、0.01kHz以上である、請求項1又は2に記載の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡。
【請求項5】
前記フィルター部は、
前記出力信号に対して所定の遮断周波数よりも高い信号を逓減させるローパスフィルターで処理した信号を出力するように構成された第1回路と、
前記出力信号に対して前記バンドパスフィルター又はハイパスフィルターで処理した信号を出力するように構成された第2回路と
を有しており、
前記制御装置は、
前記アプローチ速度が前記第1速度以下のときには、前記第1回路から出力された信号に基づいて、前記プローブの先端と前記対象物とが近接したか否かを判定し、
前記アプローチ速度が前記第1速度より速いときには、前記第2回路から出力された信号に基づいて、前記プローブの先端と前記対象物とが近接したか否かを判定する
ように構成されている、
請求項1に記載の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡。
【請求項6】
前記制御装置は、前記アプローチ速度に応じて、前記フィルター部に、前記第1回路の前記遮断周波数である第1遮断周波数又は前記第2回路の前記遮断周波数である第2遮断周波数を変更させるように構成されている、請求項5に記載の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡。
【請求項7】
前記第1遮断周波数は、50kHz以下であり、
前記第2遮断周波数は、0.01kHz以上である、
請求項6に記載の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡。
【請求項8】
前記制御装置は、
前記第1回路から出力された信号を用いるときには、前記信号が基準値から所定割合低下したことを検出したときに前記プローブの先端と前記対象物とが近接したと判定し、
前記第2回路から出力された信号を用いるときには、前記信号が所定の閾値よりも大きくなったことを検出したときに前記プローブの先端と前記対象物とが近接したと判定する
ように構成されている、
請求項5乃至7の何れかに記載の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡。
【請求項9】
電解質液に対象物が浸された試料と内部にプローブ電極が設けられた計測用のプローブとのZ方向の距離を変化させるように構成されたZスキャナーと、
前記プローブ電極と前記電解質液との間を流れる電流を計測するように構成された微小電流計測器と、
前記微小電流計測器の出力信号に対して所定の遮断周波数よりも低い信号を逓減させるバンドパスフィルター又はハイパスフィルターで処理した信号を出力できるように構成されたフィルター部と、
前記フィルター部から出力された信号に基づいて前記Zスキャナーの動作を制御するように構成された制御装置と
を備える走査型イオンコンダクタンス顕微鏡の前記制御装置に、
前記プローブを前記対象物へと近づけるときのアプローチ速度を100nm/ms以上である第1速度より速い速度として、前記Zスキャナーに前記プローブを動作させることと
前記アプローチ速度に応じて、前記フィルター部に前記遮断周波数を変更させることと、
前記アプローチ速度が第1速度より速いときに、前記フィルター部から取得した前記バンドパスフィルター又はハイパスフィルターで処理した信号に基づいて、前記プローブの先端と前記対象物とが近接したか否かを判定することと、
前記判定の結果に基づいて、ホッピングモードで前記Zスキャナーを動作させることと
を実行させるためのプログラム。
【請求項10】
前記フィルター部は、
前記出力信号に対して所定の遮断周波数よりも高い信号を逓減させるローパスフィルターで処理した信号を出力するように構成された第1回路と、
前記出力信号に対して前記バンドパスフィルター又はハイパスフィルターで処理した信号を出力するように構成された第2回路と
を有しており、
前記制御装置に、
前記アプローチ速度が前記第1速度以下のときには、前記第1回路から出力された信号に基づいて、前記プローブの先端と前記対象物とが近接したか否かを判定することと、
前記アプローチ速度が前記第1速度より速いときには、前記第2回路から出力された信号に基づいて、前記プローブの先端と前記対象物とが近接したか否かを判定することと
を実行させるための請求項9に記載のプログラム。
【請求項11】
前記制御装置に、前記アプローチ速度に応じて、前記フィルター部に前記第1回路の前記遮断周波数である第1遮断周波数又は前記第2回路の前記遮断周波数である第2遮断周波数を変更させることを実行させるための請求項10に記載のプログラム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡に関し、特に時間分解能が高い走査型イオンコンダクタンス顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
走査型プローブ顕微鏡の一種である走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(scanning ion conductance microscope, SICM)が知られている。走査型イオンコンダクタンス顕微鏡は、ナノピペットと呼ばれるガラス細管をプローブとして利用し、電解質液が充填されたナノピペット内の電極と試料を浸した電解質液中の電極との間に生じるイオン電流の変化に基づいて、プローブ先端と対象物表面との距離を制御し、対象物の表面を走査する。走査型イオンコンダクタンス顕微鏡の利点の一つは、プローブが測定対象物に触れないことであり、生細胞の画像化などが可能な点である。例えば、特許文献1には、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡に係る技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2011-511286号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
走査型イオンコンダクタンス顕微鏡では、時間分解能の向上が一つの課題とされている。本発明は、時間分解能が高い走査型イオンコンダクタンス顕微鏡を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様によれば、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡は、電解質液に対象物が浸された試料と内部にプローブ電極が設けられた計測用のプローブとのZ方向の距離を変化させるように構成されたZスキャナーと、前記プローブ電極と前記プローブ外の前記電解質液との間を流れる電流を計測するように構成された微小電流計測器と、前記微小電流計測器の出力信号を処理するフィルター部と、前記フィルター部から出力された信号に基づいて、ホッピングモードで前記Zスキャナーの動作を制御するように構成された制御装置とを備え、前記制御装置は、前記プローブを前記対象物へと近づけるときのアプローチ速度を第1速度より速い速度として、前記Zスキャナーに前記プローブを動作させることができるように構成されており、前記フィルター部は、前記アプローチ速度が第1速度より速いときに、前記出力信号に対して所定の遮断周波数よりも低い信号を逓減させるバンドパスフィルター又はハイパスフィルターで処理した信号を出力するように構成されており、前記制御装置は、前記フィルター部から出力された信号に基づいて、前記プローブの先端と前記対象物とが近接したか否かを判定するように構成されており、前記第1速度は、100nm/ms以上である。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、時間分解能が高い走査型イオンコンダクタンス顕微鏡を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、一実施形態に係る走査型イオンコンダクタンス顕微鏡の構成例の概略を示すブロック図である。
図2図2は、得られる信号とプローブ先端から対象物表面までの距離との関係を模式的に示す図であり、実線は第1回路で得られる電流値を模式的に示し、破線は第2回路で得られる信号値を模式的に示す。
図3図3は、対象物表面の画像を取得するときの走査型イオンコンダクタンス顕微鏡の動作例の概略を説明するためのフローチャートである。
図4図4は、第1方法によるデータ取得に係る動作例の概略を説明するためのフローチャートである。
図5図5は、第2方法によるデータ取得に係る動作例の概略を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
一実施形態について、図面を参照して説明する。本実施形態は、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(scanning ion conductance microscope, SICM)に係る。走査型イオンコンダクタンス顕微鏡は、開口直径が例えば10-100nm程度のナノピペットをプローブとして、プローブと対象物との距離に応じたイオン電流の値を利用して、溶液中の対象物を非接触的に走査し、対象物の表面形状を特定する。走査型イオンコンダクタンス顕微鏡は、例えば細胞表面をナノスケールで可視化することが可能である。本実施形態に係る走査型イオンコンダクタンス顕微鏡は、特に、ホッピングモードで高速に画像を取得できるように構成されている。
【0009】
[装置構成]
図1は、本実施形態に係る走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1の構成例の概略を示すブロック図である。走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1の各部の動作を制御して対象物の画像を作成する制御装置10を備える。制御装置10は、CPU(Central Processing Unit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)等の集積回路を備える。制御装置10は、その他、一般的なコンピュータが備えるROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、ストレージ、各種インターフェース、入力装置等を備える。制御装置10は、記憶装置や各種回路内に記録されたプログラムに従って動作する。
【0010】
走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1が画像化の対象とする対象物93は、これに限らないが、例えば細胞である。本実施形態の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、特に、固定処理などを施していない生細胞を対象物93とすることができる。試料90において、対象物93は、試料容器91に入れられた電解質液92に浸されている。
【0011】
試料90は、XYスキャナー64に載せられている。XYスキャナー64は、例えばピエゾアクチュエータを備えた試料ステージであり、水平方向であるX方向及びY方向に精密に試料90の位置を制御することができる。
【0012】
走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1のプローブ55は、プローブホルダを介して、Zスキャナー66に取り付けられている。Zスキャナー66は、例えばピエゾアクチュエータを備え、鉛直方向であるZ方向に精密にプローブ55の位置を制御することができる。このように、Zスキャナー66は、試料90とプローブ55とのZ方向の距離を変化させるように構成されている。スキャナコントローラー62は、制御装置10の指令に基づいて、XYスキャナー64及びZスキャナー66の動作を制御する。
【0013】
走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1のプローブ55は、開口直径が例えば10-100nm程度のナノピペットである。プローブ55内には、電解質液が充填されており、その中にはプローブ電極54が挿入されている。試料容器91内の電解質液92には、バス電極57が留置されている。プローブ電極54とバス電極57との間には、電圧源52によって定電圧が印加されている。プローブ電極54とバス電極57との間の電圧は、例えば、200mV程度である。プローブ電極54とバス電極57との間では、プローブ55の先端の開口を介して、イオン電流が流れる。プローブ電極54とバス電極57との間を流れる微小電流は、微小電流計測器51で電流-電圧変換され、この電圧信号は、増幅されて、フィルター部20に入力される。このように微小電流計測器51は、プローブ55内に設けられたプローブ電極54とプローブ55外の電解質液92との間をプローブ55の先端の開口を介して流れる電流を計測するように構成されている。
【0014】
微小電流計測器51の出力信号は、フィルター部20に入力される。図1には、本実施形態のフィルター部20の構成の一部が、模式的に示されている。フィルター部20は、第1回路30と第2回路40とを備える。また、フィルター部20は、制御装置10の指令に基づいて、第1回路30及び第2回路40の各部を制御する制御部22を備える。第1回路30は、入力された信号を、ローパスフィルター31で処理して出力する回路である。第2回路40は、入力された信号を、バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で処理し、その信号を増幅部42で増幅し、その後ローパスフィルター43で処理して出力する回路である。微小電流計測器51及びフィルター部20は、高速で微小電流を測定できるように構成されたコンピュータ制御の微小電流増幅器の一部を構成する。フィルター部20から出力された信号は、制御装置10へと入力される。制御装置10は、フィルター部20から取得した信号に基づいて、各部の動作を制御し、対象物93の画像を作成する。
【0015】
走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、上述の他、試料90を光学的に観察できるように設けられた光学顕微鏡72を備える。また、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、制御装置10で処理された各種情報を表示する表示装置74を備える。
【0016】
[画像取得方法について]
本実施形態の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、ホッピングモードと呼ばれる方式で、プローブ55が対象物93の表面を走査する。図1の対象物93の近傍には、ホッピングモードにおけるプローブ55の先端の経路が点線で模式的に示されている。ホッピングモードでは、各XY位置において、プローブ55は、Z軸に沿って十分に引き上げられ、その後、Z軸に沿って対象物93にアプローチする。例えば、プローブ55は、Z軸に沿って1-10μm程度上下に移動させられる。プローブ55の先端が対象物93の表面に接近すると、プローブ55先端部のイオンの移動が物理的に妨げられることで、イオン電流が減少する。図2は、計測されるイオン電流と、プローブ55先端から対象物93表面までの距離との関係を実線で模式的に示す図である。
【0017】
一般に、電流値が予め定めた閾値まで減少したところで、プローブ55のアプローチは終了し、再び引き上げられる。プローブ55が最も下がったときのZ座標が記録され、対象物93の高さ情報とされる。プローブ55の先端が対象物93に接触しないように、上述の閾値は、例えば、イオン電流の基準値から0.5%程度減少した値などに設定される。
【0018】
一般的な走査型イオンコンダクタンス顕微鏡では、フィルター部20において、第1回路30に相当する回路が用いられている。ここで、ローパスフィルター31の遮断周波数は、1-10kHzなどに設定される。これは、一般に高周波数帯域に含まれるノイズを除去するためである。
【0019】
発明者は、次のことを見出した。すなわち、ホッピングモードにおいて、Z軸に沿ってプローブ55を対象物93へと近づける速度であるアプローチ速度が低い場合には、上述の方法で良好な測定が行える。すなわち、遮断周波数が10kHz以下、例えば1-10kHzなどのローパスフィルターを介して計測されるイオン電流が、基準値から例えば0.5%減少したときに、プローブ55を引き上げるように制御することで、良好な測定が行える。
【0020】
一方で、アプローチ速度が速くなると、電流値の変化も速くなる。それにも関わらず、上記と同様の手法を用いると、ローパスフィルターにより遅れが生じ、また、ローパスフィルターで処理された低周波数の信号を用いるため、信号の変化がプローブ55の速い移動に追従できないという現象が生じ得る。その結果、実際には、プローブ55の先端が対象物93の表面を押し込むほどにプローブ55が下がったときに、ようやく計測される電流値が0.5%減少するといったことが生じ得る。すなわち、プローブ55の先端を対象物93の表面に接触させないようにプローブ55の高さを制御したいところ、これができないということが生じ得る。
【0021】
固定処理が施されている細胞などが対象物93である場合には、プローブ55の先端が対象物93に接触しても、対象物93の表面の画像を取得することができることが確認されている。しかしながら、生細胞においては、プローブ55の先端が対象物93に接触することで、細胞が損傷を受けることが確認されている。
【0022】
例えば、ローパスフィルター31の遮断周波数を比較的高い10kHzに設定した場合のシミュレーションによると、アプローチ速度が50-100nm/msである場合、計測される電流値は、プローブ55の先端と対象物93の表面との距離をよく表し、適切な測定が行われ得ることが明らかになった。これに対して、アプローチ速度が1000nm/msである場合、実際よりもプローブ55の先端が20nm程度下がった状態でようやく閾値未満の電流値が計測され、計測される電流値に基づくと、実際には対象物93の表面をプローブ55の先端で押し込んでしまうことが明らかになった。アプローチ速度が5000nm/msである場合、実際よりもプローブ55の先端が80nm程度下がった状態でようやく閾値未満の電流値が計測されることが明らかになった。
【0023】
本実施形態の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1では、アプローチ速度が速いときの上述の課題を、第2回路40を用いることで解決した。すなわち、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1では、プローブ55の先端と対象物93の表面との近接を検出したいので、電流値の変化を検出したい。アプローチ速度が速いとき、電流値の変化も速く、信号中の高周波成分が高くなる。フィルター部20を第2回路40のように構成し、低周波数を逓減させるバンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で得られた信号を処理することで、高周波成分を良好に検出でき、プローブ55の先端と対象物93の表面との接近による電流変化を良好に検出できることが確認された。ここで、バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41の遮断周波数は、例えば、0.01kHz以上であり、例えば0.1kHz以上、例えば0.2-50kHz程度である。
【0024】
図2の破線は、アプローチ速度が速いときの、バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で処理した信号と、プローブ55先端から対象物93表面までの距離との関係を模式的に示す。これに基づくと、バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で処理した信号が、所定の閾値よりも大きくなったとき、プローブ55の先端が対象物93の表面に近接したと判定できることが明らかになった。この判定に基づいて、プローブ55のアプローチを終了してプローブ55を引き上げることで、良好な表面形状の測定を行えることが明らかになった。
【0025】
また、バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で処理した信号では、変動がない直流成分の信号や、低周波数のノイズ成分が除去される。したがって、電流値が変化しないときの信号は、ほぼ0となる。このため、第2回路40は、バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41の下流に増幅部42を備える。
【0026】
増幅部42は、バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で処理した信号を増幅する。増幅部42は、例えば、バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で処理した信号を、10倍以上に、例えば100倍に増幅する。バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で処理した信号は、バックグラウンドレベルがほぼ0であるので、増幅部42は、必要な信号のみを良好に増幅することができる。
【0027】
このことは、第1回路30においては、ローパスフィルター31で処理した信号が基本的に高い信号レベルを有しており、高いゲインで増幅することができないこととは対照的である。第1回路30による信号によれば、高い信号レベルにおけるわずかな変化を検出する必要がある。例えば、16bitのデジタル処理において、入力範囲を±10Vとすると、1stepあたり0.305mVとなる。仮に信号が2Vであり、0.4%の変化を検出したい場合には、8mVの変化を検出する必要がある。これは6557step分の信号のデータにおいて、26step分の極わずかな変化を検出することに相当し、比較的検出が難しくなる。これに対して、上述のように、バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で処理した信号を100倍に増幅する場合、800mV程度の電流変化に係る信号を入力できることになる。
【0028】
第2回路40ではさらに、増幅部42による増幅後、高周波成分を有するノイズを低減させるために、信号はローパスフィルター43で処理される。ローパスフィルター43の遮断周波数は、例えば、第1回路30のローパスフィルター31と同程度の1-10kHz程度であってもよいし、それより高い100kHz程度であってもよい。
【0029】
シミュレーションによると、例えば、バンドパスフィルター又はハイパスフィルター41の遮断周波数を100Hzに設定し、ローパスフィルター43の遮断周波数を100kHzに設定した場合、アプローチ速度が5000nm/msの場合であっても、プローブ55の先端が対象物93の表面に近接したことを表す信号を適切に検出することができ、良好な測定を行えることが明らかになった。
【0030】
なお、第1回路30を用い、ローパスフィルター31の遮断周波数を例えば100kHzといったように高くすると、高周波の信号をよりとらえることができるようになるが、全体としてのS/N比が悪くなり、実用的ではないことが明らかになっている。
【0031】
第1回路30を用いて良好な画像を取得できる例えばアプローチ速度が50nm/msの場合、例えば、128×128画素の1枚の画像を得るために20分ほどの時間を要する。これに対して、第2回路40を用いて、例えばアプローチ速度を5000nm/msとすることで、画像取得時間を100分の1程度に、すなわち10秒程度まで短縮することができ、高速に画像取得を行え、高い時間分解能が実現される。
【0032】
上述のような知見に基づいて、本実施形態の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、フィルター部20に第1回路30と第2回路40とを備え、アプローチ速度に応じてこれらを使い分ける。さらに、上述のシミュレーション等に基づけば、アプローチ速度とフィルターの適切な遮断周波数との関係が既知である。走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、アプローチ速度に基づいて、適した回路と適した遮断周波数とを設定するように構成されていてもよい。
【0033】
このため、制御装置10は、アプローチ速度取得部11、回路及びパラメーター決定部12、画像取得制御部13及び画像作成部14としての機能を有する。また、制御装置10は、フィルター設定テーブル15を記憶している。
【0034】
アプローチ速度取得部11は、アプローチ速度の情報を取得する。制御装置10は、ユーザーがアプローチ速度を直接入力するように構成されていてもよいし、ユーザーが1画像の取得に要する時間等を入力し、それらに基づいてアプローチ速度が算出されるように構成されていてもよい。
【0035】
回路及びパラメーター決定部12は、アプローチ速度取得部11が取得したアプローチ速度に基づいて、画像取得に第1回路30と第2回路40との何れの回路を用いるか、各回路のフィルターの遮断周波数、プローブ55が対象物93の表面に近づいたことを判定する閾値などを決定する。アプローチ速度に応じた各種設定は、フィルター設定テーブル15に予め用意されていてもよい。回路及びパラメーター決定部12は、フィルター設定テーブル15を参照して各種設定を決定してもよい。参照テーブルに限らず例えば関数が予め用意されており、回路及びパラメーター決定部12は、その関数に基づいて各種設定値を算出してもよい。
【0036】
画像取得制御部13は、回路及びパラメーター決定部12で決定された各種条件を設定し、データ取得のための各種演算を行う。例えば、フィルター部20を介して取得された信号に基づいて、スキャナコントローラー62に指令して、ホッピングモードによるZスキャナー66やXYスキャナー64の動作を制御し、データを記録する。
【0037】
画像作成部14は、得られたデータに基づいて画像を作成する。画像作成部14は、作成した画像を記録し、また、表示装置74に表示させてもよい。
【0038】
[装置の動作]
走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1の動作例について説明する。図3は、対象物93の画像を取得するときの走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1の動作例の概略を説明するためのフローチャートである。
【0039】
ステップS11において、制御装置10は、アプローチ速度に係る情報を取得する。ステップS12において、制御装置10は、ステップS11で取得したアプローチ速度に基づいて、フィルター部20の第1回路30を用いるか第2回路40を用いるかを決定する。また、制御装置10は、回路に含まれる各種フィルターの遮断周波数などを決定する。
【0040】
例えば、制御装置10は、アプローチ速度が所定の第1速度以下のとき、微小電流計測器51の出力信号に対して所定の第1遮断周波数よりも高い信号を逓減させるローパスフィルター31で処理した信号を出力するように構成された第1回路を用いると決定する。一方、制御装置10は、アプローチ速度が所定の第1速度より速いとき、微小電流計測器51の出力信号に対して所定の第2遮断周波数よりも低い信号を逓減させるバンドパスフィルター又はハイパスフィルター41で処理した信号を出力するように構成された第2回路を用いると決定する。ここで、第1速度は、例えば、100nm/ms以上であり、例えば、200nm/ms、500nm/ms、1000nm/msなどといったどのような値であってもよい。
【0041】
また、第1遮断周波数は、50kHz以下であり、例えば、10kHz、5kHz、3kHz、1kHzなどといったどのような値であってもよい。また、第2遮断周波数は、0.01kHz以上であり、例えば、0.1kHz、0.2kHz、1kHz、10kHz、50kHzなどといったどのような値であってもよい。第1遮断周波数及び第2遮断周波数は、アプローチ速度に基づいて、予め用意された参照テーブルを参照して決定されてもよいし、予め用意された数式を用いて決定されてもよいし、その他の方法で決定されてもよい。
【0042】
ステップS13において、制御装置10は、プローブ55を画像取得の開始位置へと移動させる。制御装置10は、スキャナコントローラー62に指令して、XYスキャナー64及びZスキャナー66を動作させることができる。また、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、XYスキャナー64及びZスキャナー66とは別に、粗動用のアクチュエータを備えており、当該アクチュエータが用いられてもよい。このとき、微小電流計測器51及びフィルター部20で得られる信号を用いてもよい。このとき、プローブ55の移動は低速であり、第2回路40を用いて得られる信号よりも、第1回路30を用いて得られる信号を用いることが好ましい。
【0043】
ステップS14において、制御装置10は、ステップS12で決定された使用する回路が第1回路30であるか第2回路40であるかを判定する。使用する回路が第1回路30であるとき、処理はステップS15に進む。ステップS15において、制御装置10は、第1回路30を用いた第1方法でデータ取得を行う。第1方法によるデータ取得については後述する。その後、処理はステップS17に進む。一方、使用する回路が第2回路40であるとき、処理はステップS16に進む。ステップS16において、制御装置10は、第2回路40を用いた第2方法でデータ取得を行う。第2方法によるデータ取得については後述する。その後、処理はステップS17に進む。
【0044】
ステップS17において、制御装置10は、取得したデータに基づいて、画像を作成し、記録する。以上によって、画像取得に関する処理は終了する。
【0045】
ステップS15で行われる第1方法によるデータ取得について説明する。図4は、第1方法によるデータ取得に係る動作例の概略を示すフローチャートである。
【0046】
ステップS21において、制御装置10は、第1回路30を介して得られる電流値を示す信号に基づいて、プローブ55の先端と対象物93の表面とが離れている場合に得られる基準電流値を決定する。制御装置10は、基準電流値に基づいて、プローブ55の先端が対象物93の表面に近接したと判定するための閾値を設定する。
【0047】
ステップS22において、制御装置10は、スキャナコントローラー62に指令してZスキャナー66を用いて、プローブ55を設定されたアプローチ速度で対象物93の方向に移動させる。
【0048】
ステップS23において、制御装置10は、プローブ55の先端と対象物93の表面との距離が近接したか否かを判定する。すなわち、制御装置10は、第1回路30を介して得られた電流値を示す信号が、ステップS21で設定された閾値より小さくなったか否かを判定する。電流値を示す信号が閾値より小さくないとき、処理はステップS22に戻る。すなわち、プローブ55の対象物93へのアプローチが継続される。一方、電流値を示す信号が閾値よりも小さくなったと判定されたとき、処理はステップS24に進む。
【0049】
ステップS24において、制御装置10は、プローブ55のそのときのZ座標を記録する。すなわち、当該XY位置における対象物93の高さ情報が記録される。
【0050】
ステップS25において、制御装置10は、XY位置に関してデータ取得対象の全域で高さ情報に係るデータの取得が済んだか否かを判定する。全域でのデータ取得が済んでいないとき、処理はステップS26に進む。
【0051】
ステップS26において、制御装置10は、スキャナコントローラー62に指令してZスキャナー66を用いて、プローブ55を上昇させて対象物93から離させる。また、制御装置10は、スキャナコントローラー62に指令してXYスキャナー64を用いて、プローブ55を走査のために、XY方向に所定量だけ移動させる。その後、処理は、ステップS22に戻る。
【0052】
すなわち、ステップS22からステップS26の処理が繰り返されて、データ取得対象の全域の各XY位置において高さ情報が取得される。ステップS25において、全領域のデータ取得が済んだと判定されたとき、第1方法によるデータ取得は終了し、処理は図3を参照して説明したメイン処理に戻る。
【0053】
ステップS16で行われる第2方法によるデータ取得について説明する。図5は、第2方法によるデータ取得に係る動作例の概略を示すフローチャートである。
【0054】
ステップS31において、制御装置10は、第2回路40を介して得られる信号に基づいて、プローブ55の先端が対象物93の表面に近接したと判定するための閾値を設定する。
【0055】
ステップS32において、制御装置10は、スキャナコントローラー62に指令してZスキャナー66を用いて、プローブ55を設定されたアプローチ速度で対象物93の方向に移動させる。
【0056】
ステップS33において、制御装置10は、プローブ55の先端と対象物93の表面との距離が近接したか否かを判定する。すなわち、制御装置10は、第2回路40を介して得られた信号値が、ステップS31で設定された閾値より大きくなったか否かを判定する。信号値が閾値より大きくないとき、処理はステップS32に戻る。すなわち、プローブ55の対象物93へのアプローチが継続される。一方、信号値が閾値よりも大きくなったと判定されたとき、処理はステップS34に進む。
【0057】
ステップS34において、制御装置10は、プローブ55のそのときのZ座標を記録する。すなわち、当該XY位置における対象物93の高さ情報が記録される。
【0058】
ステップS35において、制御装置10は、XY位置に関してデータ取得対象の全域で高さ情報に係るデータの取得が済んだか否かを判定する。全域でのデータ取得が済んでいないとき、処理はステップS36に進む。
【0059】
ステップS36において、制御装置10は、スキャナコントローラー62に指令してZスキャナー66を用いて、プローブ55を上昇させて対象物93から離させる。また、制御装置10は、スキャナコントローラー62に指令してXYスキャナー64を用いて、プローブ55を走査のために、XY方向に所定量だけ移動させる。その後、処理は、ステップS32に戻る。
【0060】
すなわち、ステップS32からステップS36の処理が繰り返されて、データ取得対象の全域の各XY位置において高さ情報が取得される。ステップS35において、全領域のデータ取得が済んだと判定されたとき、第2方法によるデータ取得は終了し、処理は図3を参照して説明したメイン処理に戻る。
【0061】
[本実施形態の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡について]
本実施形態の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、アプローチ速度に応じて第1回路30と第2回路40とを使い分け、また、アプローチ速度に応じて各回路に含まれるフィルターの遮断周波数を適切に設定する。これにより、走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1は、ゆっくりと高解像度で画像を得ることもできるし、高速であっても良好な解像度で画像を得ることもできる。
【0062】
以上、本発明について、好ましい実施形態を示して説明したが、本発明は、前述した実施形態にのみ限定されるものではなく、本発明の範囲で種々の変更実施が可能であることはいうまでもない。
【0063】
例えば、フィルター部20で行われる処理として説明した処理は、アナログ信号で行われても、デジタル信号で行われてもよい。
【0064】
例えば、上述の実施形態では、XY位置は試料90が載置されるステージで制御され、Z位置はプローブ55を保持するホルダで制御される例を示したが、これに限らない。XYZの何れの位置も、ステージで制御されても、プローブ55のホルダで制御されてもよい。
【0065】
また、上述の実施形態の走査型イオンコンダクタンス顕微鏡1の動作のうち、一部が手動で行われてもよい。
【符号の説明】
【0066】
1:走査型イオンコンダクタンス顕微鏡
10:制御装置、11:アプローチ速度取得部、12:回路及びパラメーター決定部、13:画像取得制御部、14:画像作成部、15:フィルター設定テーブル
20:フィルター部、22:制御部
30:第1回路、31:ローパスフィルター
40:第2回路、41:バンドパスフィルター又はハイパスフィルター、42:増幅部、43:ローパスフィルター
51:微小電流計測器、52:電圧源、54:プローブ電極、55:プローブ、57:バス電極
62:スキャナコントローラー、64:XYスキャナー、66:Zスキャナー
72:光学顕微鏡、74:表示装置
90:試料、91:試料容器、92:電解質液、93:対象物

図1
図2
図3
図4
図5