(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122102
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】多孔質炭素板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/83 20060101AFI20240902BHJP
C04B 35/524 20060101ALI20240902BHJP
C04B 38/00 20060101ALI20240902BHJP
H01M 4/86 20060101ALI20240902BHJP
C25B 11/032 20210101ALI20240902BHJP
C25B 11/052 20210101ALI20240902BHJP
C25B 11/065 20210101ALI20240902BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20240902BHJP
【FI】
C04B35/83
C04B35/524
C04B38/00 303Z
H01M4/86 B
C25B11/032
C25B11/052
C25B11/065
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023029453
(22)【出願日】2023-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】若月 雄哉
(72)【発明者】
【氏名】佐賀 正浩
【テーマコード(参考)】
4G019
4K011
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
4G019FA11
4K011AA12
4K011AA23
4K011DA01
5H018AA03
5H018AA06
5H018BB01
5H018BB03
5H018DD06
5H018DD08
5H018EE05
5H018EE17
5H018HH02
5H018HH03
5H018HH05
5H018HH08
5H018HH09
5H126BB06
(57)【要約】
【課題】本発明により、燃料電池用ガス拡散層に用いられる多孔質炭素板であって、電解質膜が損傷する原因となる毛羽立ちが少ない多孔質炭素板およびその製造方法を提供できる。
【解決手段】炭素短繊維紙に熱硬化性樹脂を含浸させて熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙を作製する樹脂含浸工程と、前記熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙からなる前駆体をプラスチックフィルムを介して1~80段積層し、またその上下をさらにプラスチックフィルムで挟み込んだ積層体を、100℃以上かつ前記プラスチックフィルムの融点よりも20℃以上低い温度で加熱加圧して成形品を作製するプレス工程と、前記成形品を加熱し熱硬化性樹脂を樹脂炭化物とすることで炭素短繊維が樹脂炭化物で結着された多孔質炭素板を作製する焼成工程と、を備える多孔質炭素板の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素短繊維紙に熱硬化性樹脂を含浸させて熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙を作製する樹脂含浸工程と、前記熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙からなる前駆体をプラスチックフィルムを介して1~80段積層し、またその上下をさらにプラスチックフィルムで挟み込んだ積層体を、100℃以上かつ前記プラスチックフィルムの融点よりも20℃以上低い温度で加熱加圧して成形品を作製するプレス工程と、前記成形品を加熱し熱硬化性樹脂を樹脂炭化物とすることで炭素短繊維が樹脂炭化物で結着された多孔質炭素板を作製する焼成工程と、を備える多孔質炭素板の製造方法。
【請求項2】
前記前駆体1段が前記熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙1枚からなる、または前記熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙を2~20枚積層したものからなる請求項1に記載の多孔質炭素板の製造方法。
【請求項3】
前記プラスチックフィルムの融点が155~300℃である請求項1に記載の多孔質炭素板の製造方法。
【請求項4】
前記樹脂含浸工程で、炭素短繊維紙100質量部に対して熱硬化性樹脂が50~500質量部となるよう熱硬化性樹脂を含浸させる請求項1に記載の多孔質炭素板の製造方法。
【請求項5】
前記焼成工程で前記成形品を最高温度2,000~2,700℃で焼成し、また1,000℃から前記最高温度までの昇温速度が0.1~4℃/分である請求項1に記載の多孔質炭素板の製造方法。
【請求項6】
炭素短繊維が樹脂炭化物で結着された多孔質炭素板であって、以下(1)~(5)の手順で行うテープテストで測定した毛羽量が0.1~2.0%である多孔質炭素板。
(1)多孔質炭素板の表面に粘着力が3.75mN/mm2で無色透明な粘着性テープを貼り付ける。
(2)前記粘着性テープを貼り付けた面を上面とし、前記粘着性テープ全体を23℃の温度下で6.3kPaの圧力で5秒間加圧保持する。
(3)前記多孔質炭素板に対し垂直方向に前記粘着性テープを10mm/secの速度で引きはがす。
(4)前記粘着性テープを、粘着面を下面として白色の台紙に貼り付け、光学顕微鏡で撮影する。
(5)撮影画像について、二値化処理(画像処理ソフトで設定される0~255階調の画素値が215以下である部分を塗りつぶすとした)し、前記粘着面の面積における塗りつぶされた面積の割合を算出し、その割合を毛羽量とする。
【請求項7】
厚さが0.28~2.5mmである請求項6に記載の多孔質炭素板。
【請求項8】
密度が0.3~1.0g/cm3である、請求項6または7に記載の多孔質炭素板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池や水電解装置に用いられる多孔質炭素板であって、電解質膜の損傷の原因となる毛羽の発生を抑制した多孔質炭素板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型電解質膜を持つ燃料電池や水電解装置は、電解質膜の一方の面にアノード電極、もう一方の面にカソード電極を配置して電解質膜を挟んだ構造(膜電極接合体:MEA)を有している。
【0003】
アノード電極およびカソード電極は、電解質膜側に貴金属系触媒を担持した電極触媒層と、その電極触媒層に積層されるガス拡散層とで構成されている。特に燃料電池に用いられるガス拡散層は、発電時の燃料ガスおよび酸化ガスを電解質膜に供給しやすくするため、気体透過性が求められる。また、MEA構成時に各部材と接触性を向上させるため、厚み均一性の高い部材が求められる。
【0004】
上記特性を有するガス拡散層の部材として、炭素短繊維を炭化物で結着させた多孔質炭素板が広く用いられている。多孔質炭素板は主に樹脂含浸工程、プレス工程、焼成工程を含む製造方法で製造される。
【0005】
樹脂含浸工程では、炭素短繊維紙に熱硬化性樹脂を含浸させ、シート状の中間製品である熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙を得る。次に樹脂含浸工程で、この熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙からなる前駆体をプレス工程で加圧成形することで、厚みを均一化した成形品を得る。焼成工程では上記成形品を高温で焼成し、熱硬化性樹脂を炭化させることで多孔質炭素板を得る。
【0006】
中でもプレス工程は多孔質炭素板の厚みを均一にする重要な工程であり、安価かつ量産性の高い方法として、上記前駆体を離型用のシートを介して多段積層し、加圧成形する方法が広く用いられている。上記離型用のシートとしては離形剤を塗布した金属プレートや離型紙、プラスチックフィルム等が提案されているが、金属プレートはそれ自体の凹凸が転写することで多孔質炭素板の厚み不良を招き、離型紙は水分を吸水して変形するため、多孔質炭素板にシワが発生する問題があり、また高価である。そのため、プレス工程では厚み均一性を確保できるプラスチックフィルムが広く使用されている(特許文献3)。
【0007】
上記のようなプラスチックフィルムを使用するプレス工程において、熱で軟化したプラスチックフィルムが成形品に結着し、それらを引きはがすことで多孔質炭素板の表面に炭素繊維の毛羽が度々発生する。毛羽が生じた多孔質炭素板を用いてMEAを構成すると、電極触媒層を介して毛羽が電解質膜を損傷し、その箇所を起点として電解質膜が劣化、燃料電池の発電性能の低下を招くおそれがある。
【0008】
このような毛羽立ちによる電解質膜の損傷を抑制するために、多孔質炭素板を圧縮し毛羽を除去する方法や、多孔質炭素板の表面を吸引し毛羽を除去する方法がある。例えば特許文献1では、ロール間に多孔質炭素板を圧入することで毛羽を除去する方法が記載されている。また、特許文献2では、多孔質炭素板を圧縮するとともに、さらに毛羽立ちが発生した面を吸引することで毛羽を除去する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2016-143468号公報
【特許文献2】特開2013-145640号公報
【特許文献3】特開2009-62249号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1、2に記載されているような製造方法では、多孔質炭素板の製造後に毛羽を除去する工程が必要となるため、特に厚さが厚く剛性が高い多孔質炭素板の場合は、毛羽の除去時に加わる物理的な力により、多孔質炭素板が破損するおそれがあった。また、表面の毛羽の除去が十分でなく、電解質膜を損傷して燃料電池の性能が低下するおそれがあった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、下記の多孔質炭素板およびその製造方法を完成させるに至った。
[1]炭素短繊維紙に熱硬化性樹脂を含浸させて熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙を作製する樹脂含浸工程と、前記熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙からなる前駆体をプラスチックフィルムを介して1~80段積層し、またその上下をさらにプラスチックフィルムで挟み込んだ積層体を、100℃以上かつ前記プラスチックフィルムの融点よりも20℃以上低い温度で加熱加圧して成形品を作製するプレス工程と、前記成形品を加熱し熱硬化性樹脂を樹脂炭化物とすることで炭素短繊維が樹脂炭化物で結着された多孔質炭素板を作製する焼成工程と、を備える多孔質炭素板の製造方法。
[2]前記前駆体1段が前記熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙1枚からなる、または前記熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙を2~20枚積層したものからなる[1]に記載の多孔質炭素板の製造方法。
[3]前記プラスチックフィルムの融点が155~300℃である[1]または[2]に記載の多孔質炭素板の製造方法。
[4]前記樹脂含浸工程で、炭素短繊維紙100質量部に対して熱硬化性樹脂が50~500質量部となるよう熱硬化性樹脂を含浸させる[1]~[3]のいずれかに記載の多孔質炭素板の製造方法。
[5]前記焼成工程で前記成形品を最高温度2,000~2,700℃で焼成し、また1,000℃から前記最高温度までの昇温速度が0.1~4℃/分である[1]~[4]のいずれかに記載の多孔質炭素板の製造方法。
[6]炭素短繊維が樹脂炭化物で結着された多孔質炭素板であって、以下(1)~(5)の手順で行うテープテストで測定した毛羽量が0.1~2.0%である多孔質炭素板。
(1)多孔質炭素板の表面に粘着力が3.75mN/mm2で無色透明な粘着性テープを貼り付ける。
(2)前記粘着性テープを貼り付けた面を上面とし、前記粘着性テープ全体を23℃の温度下で6.3kPaの圧力で5秒間加圧保持する。
(3)前記多孔質炭素板に対し垂直方向に前記粘着性テープを10mm/secの速度で引きはがす。
(4)前記粘着性テープを、粘着面を下面として白色の台紙に貼り付け、光学顕微鏡で撮影する。
(5)撮影画像について、二値化処理(画像処理ソフトで設定される0~255階調の画素値が215以下である部分を塗りつぶすとした)し、前記粘着面の面積における塗りつぶされた面積の割合を算出し、その割合を毛羽量とする。
[7]厚さが0.28~2.5mmである[6]に記載の多孔質炭素板。
[8]密度が0.3~1.0g/cm3である、[6]または[7]に記載の多孔質炭素板。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、燃料電池用ガス拡散層に用いられる多孔質炭素板であって、電解質膜が損傷する原因となる毛羽立ちが少ない多孔質炭素板およびその製造方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の多孔質炭素板とその製造方法について詳細に説明する。多孔質炭素板は、炭素短繊維が樹脂炭化物で結着した板状体であり、その製造方法は、樹脂含浸工程、プレス工程および焼成工程を備える。
【0014】
まず樹脂含浸工程に用いる炭素短繊維紙について説明する。炭素短繊維紙は、炭素短繊維を分散した状態でバインダで結着させ紙状にしたものである。炭素短繊維とは、例えばポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、レーヨン系炭素繊維、フェノール系炭素繊維などの炭素繊維を数mm~数十mm程度の長さに短くカットしたものである。多孔質炭素板の強度を高くするために、PAN系炭素繊維またはピッチ系炭素繊維を用いるのが好ましく、PAN系炭素繊維を用いるのがさらに好ましい。バインダとは、炭素短繊維同士を接着することで炭素短繊維紙とするものである。バインダにはポリビニルアルコール(PVA)、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、セルロース、パルプ等を用いることができる。バインダは後述する焼成工程で焼失するものを用いることが好ましい。
【0015】
炭素短繊維紙は抄紙工程によって製造するか、市販のものを使用することができる。以下に抄紙工程の一例について記載する。
【0016】
抄紙工程では炭素短繊維を分散させた状態でバインダを用いて結着させ、ロール状に巻き取ることで炭素短繊維紙を得る。炭素短繊維の分散状態は繊維を面内方向に配向させた二次元平面内に分散した状態でも、立体的に配向させ三次元的に分散した状態でもよいが、二次元平面内に分散させるのがより好ましい。面内方向に繊維を配向させることで、毛羽立ちの発生を防止することができる。面内方向に繊維を配向させる抄紙の方法として、液体中に炭素短繊維を分散させて抄造する湿式法が好ましい。
【0017】
炭素短繊維の長さは3~20mmとすることが好ましく、5~15mmにすることがより好ましい。長さが3mm未満であると多孔質炭素板の機械強度が低下することがあり、20mmを超えると炭素短繊維の分散不良が発生することがある。
【0018】
上記の炭素短繊維紙に、後述する樹脂含浸工程において、熱硬化性樹脂を含浸させ、シート状の中間製品である熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙を得る。
【0019】
次に、多孔質炭素板において、炭素短繊維を結着する樹脂炭化物について説明する。炭素短繊維を結着する樹脂炭化物は、樹脂が炭化したもので、例えばフェノール樹脂、エポキシ樹脂、フラン樹脂、メラミン樹脂、またはピッチ等の樹脂が炭素化したものである。樹脂含浸工程にて炭素短繊維紙に樹脂を含浸させ、焼成工程にて樹脂を炭素化することで、炭素短繊維を結着させることができる。
【0020】
本発明の多孔質炭素板は以下(1)~(5)の手順で行うテープテストで測定した毛羽量が0.1~2.0%である。
(1)多孔質炭素板の表面に粘着力が3.75mN/mm2で無色透明な粘着性テープを貼り付ける。
(2)前記粘着性テープを貼り付けた面を上面とし、前記粘着性テープ全体を23℃の温度下で6.3kPaの圧力で5秒間加圧保持する。
(3)前記多孔質炭素板に対し垂直方向に前記粘着性テープを10mm/secの速度で引きはがす。
(4)前記粘着性テープを、粘着面を下面として白色の台紙に貼り付け、光学顕微鏡で撮影する。
(5)撮影画像について、二値化処理(画像処理ソフトで設定される0~255階調の画素値が215以下である部分を塗りつぶすとした)し、前記粘着面の面積における塗りつぶされた面積の割合を算出し、その割合を毛羽量とする。
【0021】
上記のテープテストの手順に記載の無色透明な粘着性テープとしては、スコッチ社製透明梱包用テープ309シリーズ(軽量物用)を用いる。
【0022】
上記のテープテストの手順に記載の台紙は、二値化処理時に毛羽がない部分までが過度に塗りつぶされないように白色の台紙を用い、ISO白色度において、70%ある台紙を用いる。
【0023】
本発明の多孔質炭素板の、上記のテープテストで測定される毛羽量は、0.1~2.0%である。0.1~1.5%が好ましく、0.1~1.0%がより好ましい。毛羽量が2.0%を超えると、MEA構成時に多孔質炭素板の表面に発生した毛羽により、電解質膜を損傷するおそれがある。毛羽量の下限としては0%が理想的には最も好ましいものの、0%とすることは現実的でなく、0.1%が現実的な下限である。
【0024】
多孔質炭素板の厚さは、0.28mm~2.5mmが好ましい。厚さが0.28mmより薄いと強度が低下して取り扱いにくくなることがあり、2.5mmよりも厚くなると、多孔質炭素板としたときに厚み方向の電気抵抗が大きくなり、燃料電池用の電極としたときの性能が低下することがある。
【0025】
多孔質炭素板の密度は0.3~1.0g/cm3であることが好ましく、0.3~0.8g/cm3であることがさらに好ましい。多孔質炭素板の密度は樹脂炭化物の量を調整することで調節することができる。0.3g/cm3未満になると、炭素短繊維の結着が不十分となり、結着されなかった炭素短繊維が毛羽となって多孔質炭素板の表面から突出することがある。1.0g/cm3を超えると、多孔質炭素板が高密度となり、気体透過性が低下することがある。
【0026】
次に多孔質炭素板の製造方法について説明する。本発明の多孔質炭素板の製造方法は、樹脂含浸工程、プレス工程および焼成工程を備える。
【0027】
樹脂含浸工程では、炭素短繊維紙に熱硬化性樹脂を含浸させ、シート状の中間製品である熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙を得る。熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、フラン樹脂、メラミン樹脂等を用いることができるが、これら熱硬化性樹脂を2種類以上含む混合樹脂であってもよい。多孔質炭素板への毛羽の発生を抑制するためには後工程である焼成工程での残炭率が高い樹脂が好ましく、熱硬化性樹脂の中でもフェノール樹脂は残炭率が高く結着性が良いことから好ましい。
【0028】
炭素短繊維紙に含浸させる熱硬化性樹脂の量は、炭素短繊維紙を100質量部としたとき、50~500質量部であることが好ましく、50~250質量部とすることがさらに好ましい。熱硬化性樹脂の量が50質量部未満であると、炭素短繊維を結着させる樹脂の量が少なく、結着されなかった炭素短繊維が毛羽となって多孔質炭素板の表面から突出することがある。熱硬化性樹脂の量が500質量部を超えると、多孔質炭素板が高密度となり、気体透過性が低下することがある。
【0029】
プレス工程では、上記熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙からなる前駆体を加圧成形することで、厚みを均一化した成形品を得る。この時、上記の前駆体は熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙1枚であるか、複数枚積層したものからなる。複数枚積層したものを用いる場合、積層した熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙同士がプレス工程によって熱硬化性樹脂で結着し、1枚の成形品となる。上記の前駆体は熱硬化性樹脂含浸炭素繊維紙1枚からなる、あるいは2~20枚積層したものからなることが好ましい。熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙の積層する枚数に応じて多孔質炭素板の厚みを調整することができる。枚数が20枚より多くなると、多孔質炭素板1枚あたりの原料費が大きくなり、また積層の作業時間が長くなることがある。
【0030】
プレス時の圧力は、0.2~1.0MPaであることが好ましく、より好ましくは0.3~0.8MPaである。0.2MPa未満では熱硬化性樹脂による炭素短繊維間の結着力が不十分かつ不均一となり、多孔質炭素板の表面に毛羽が発生することがある。1.0MPaを超えると、熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙に過剰な圧力が加わり、熱硬化性樹脂が熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙外に流れ出し、炭素短繊維間を結着できなくなることがある。また、炭素短繊維が折れて表面に突出し、毛羽の発生につながることもある。
【0031】
プレス工程では、上記前駆体を1段ずつ成形することも可能だが、生産性効率の観点から、上記前駆体をプラスチックフィルムを介して2~80段積層し、同時に成形するのも好ましい態様である。この時プラスチックフィルムを介して重ねる段数は、3段以上80段以下が好ましく、4段以上60段以下がより好ましく、6段以上60段以下がさらに好ましい。段数が3段以上であると、1回の成形当たりの投入数量が多く生産性が向上する。段数が80段以下であると、十分に加熱されることで成形品の熱硬化性樹脂が十分に硬化され、後述する焼成工程での収縮が抑えられ、多孔質炭素板の反り、厚さばらつきが小さくなる。また、複数段積層した積層体の、プレス機と接触する上下面をさらにプラスチックフィルムで挟み込む。
【0032】
上記のプラスチックフィルムとしては、耐熱性が高いものが用いられるが、シリコーン等の離型剤が塗布されているものは、製品に不純物が残留する可能性があり、また高コストであるため、離型剤が塗布されていないプラスチックフィルムが好ましく、離型剤を塗布しなくても離型能力を持つプラスチックフィルムが好ましい。プラスチックフィルムでも無延伸ポリプロピレンフィルムは、加熱時に収縮する量が小さく、収縮によって成形品を変形させないため、特に好ましい。
【0033】
上記プラスチックフィルムの融点は155℃以上300℃以下であることが好ましい。155℃未満である場合、プレス工程における加熱温度を過度に低くしなければならず、熱硬化性樹脂が硬化不十分となり反りや厚さ不良を引き起こすおそれがある。300℃を超える融点を持つプラスチックフィルムは高価であり、生産コストが上昇する場合がある。
【0034】
本発明のプレス工程における加熱温度は100℃以上かつ上記プラスチックフィルムの融点よりも20℃以上低い温度であり、より好ましくはプラスチックフィルムの融点よりも25℃以上低い温度である。100℃未満では熱硬化性樹脂の硬化不十分による反りや厚さ不良を引き起こすおそれがある。プラスチックフィルムの融点よりも20℃以上低い温度でない場合、離型剤と成形品との結着により、表面に毛羽が発生するおそれがある。
【0035】
焼成工程では、プレス工程で得た成形品をバッチ炉に投入し、不活性雰囲気下で焼成することで、炭素短繊維が樹脂炭化物で結着された多孔質炭素板を得る。焼成は、最高温度が2,000℃~2,700℃の条件で焼成することが好ましい。最高温度が2,000℃未満である場合、多孔質炭素板の黒鉛化が十分に進まず、多孔質炭素板の物性(熱伝導率や電気抵抗)が低下することで、燃料電池の電極基材として用いた際に電池性能が低下することがある。逆に最高温度が2,700℃より高い場合、焼成炉の運転コストが上昇するばかりでなく、焼成炉の消耗が激しくなってその維持コストが上昇し、生産コストが上昇することがある。この時、1,000℃以下の領域では樹脂の分解ガスが大量に発生するため、最高温度が600~1,000℃で分解ガスを除去する低温域での焼成工程と、最高温度が2,000~2,700℃で炭素短繊維および熱硬化性樹脂を黒鉛化する高温域での焼成工程とで2段階に分けて行ってもよい。1,000℃以上に昇温する場合、1,000℃から最高温度までの昇温速度は0.1~4℃/分であることが好ましい。昇温速度を4℃/分より速くしすぎると、熱硬化性樹脂が急激に炭化収縮することで、樹脂炭化物となった際にひび割れが生じ、炭素短繊維間の結着力が弱くなり毛羽が発生することがある。昇温速度を0.1℃/分より遅くすると、生産速度が低下することがある。
【実施例0036】
(テープテスト)
幅が48mmで3.75mN/mm2の粘着力を持つ無色透明なテープ(スコッチ社製透明梱包用テープ309シリーズ(軽量物用))を100mm切り出し、150mm角のサイズにカットした多孔質炭素板の表面に貼り付けた。23℃の温度下でサイズが100mm×48mmで質量が3.1kgの錘を、前記テープの貼り付けた面に丁度重なるように上から設置し、テープ全体に6.3kPaの圧力を加えた。設置から5秒後、錘をテープ上から取り除いた。粘着性テープを多孔質炭素板から10mm/secの速度で垂直方向にひきはがし、白色度が70%の台紙(富士フィルム(株)製プリンター用紙 GR100)に貼り付けた。光学顕微鏡を用い、倍率50倍で粘着性テープの中央を撮影し、撮影後の写真について、二値化処理(画像処理ソフトで設定される0~255階調の画素値が215以下である部分を塗りつぶすとした)した。塗りつぶされた面積を、撮影時の写真全体の面積で割り返すことで、毛羽量を算出した。なお、光学顕微鏡の仕様および撮影時の設定は以下のとおりである。
製品名:デジタルマイクロスコープ(VHX-6000、(株)キーエンス製)
レンズ:VH-Z25 スーパー拡散照明
照明:255
シャッタースピード:45ms
ゲイン:0db。
【0037】
(実施例1)
東レ株式会社製ポリアクリロニトリル系炭素繊維“トレカ(登録商標)”T300-6Kを繊維長が12mmの長さにカットし、水中に分散させて抄造した後、ポリビニルアルコールで結着させることで、目付が約30g/m2で幅900mmの炭素短繊維紙を得てロール状に巻き取った。
【0038】
上記炭素短繊維紙にレゾール型フェノール樹脂とノボラック型フェノール樹脂を1:1の質量比で混合した樹脂の6質量%メタノール溶液を、炭素短繊維紙100質量部に対して熱硬化性樹脂の含有量が約200質量部となるよう連続的に含浸し、90℃で3分間加熱乾燥した後900mmの長さにカットし、シート状の熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙(900mm×900mm)を得た。
【0039】
上記熱硬化性樹脂含浸炭素短繊維紙を3枚重ねたものを前駆体1段とし、融点が160℃のポリプロピレンフィルムを介して16段積層した積層体を作製した。当該積層体の上下をさらに同様のポリプロピレンフィルムで挟み込んだ上で、140℃の温度下、0.60MPaの圧力を30分間加え、熱硬化性樹脂を硬化させて成形品を得た。
【0040】
次に得られた成形品を、窒素雰囲気下で、1,000℃から昇温速度を0.5℃/分で2,650℃まで昇温した後、2,650℃で30分間焼成し、ポリビニルアルコールを焼失させ、熱硬化性樹脂を炭化させて多孔質炭素板を得た。
【0041】
得られた多孔質炭素板を上記(テープテスト)に記載の方法で評価した結果、毛羽量は0.9%であった。
【0042】
(比較例1)
プレス工程での加熱温度を155℃とすること以外は実施例1と同様にして多孔質炭素板を得た。
【0043】
得られた多孔質炭素板を上記(テープテスト)に記載の方法で評価した結果、毛羽量は2.3%であった。
【0044】
実施例1と比較例1を比較すると、プレス温度をポリプロピレンフィルムの融点である160℃より20℃低い140℃にすることにより、毛羽量が減少していることが分かった。