(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122290
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】演算プログラム、演算方法、および情報処理装置
(51)【国際特許分類】
G06F 17/17 20060101AFI20240902BHJP
G01R 23/16 20060101ALI20240902BHJP
【FI】
G06F17/17
G01R23/16 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023029748
(22)【出願日】2023-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】000005223
【氏名又は名称】富士通株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087480
【弁理士】
【氏名又は名称】片山 修平
(72)【発明者】
【氏名】片岡 祐治
【テーマコード(参考)】
5B056
【Fターム(参考)】
5B056BB51
5B056BB83
(57)【要約】
【課題】 高い精度でベースラインを推定することができる演算プログラム、演算方法、および情報処理装置を提供する。
【解決手段】 演算プログラムは、コンピュータに、スペクトルデータの基データに対して非線形最小二乗法を用いてベースラインを特定する際に、前記ベースラインを特定するためのパラメータを複数の値に変更してそれぞれの値に対して推定される複数の推定ベースラインを取得する取得処理と、前記基データと前記複数の推定ベースラインのそれぞれとの差分を表す複数のグラフにおいてピークを特定する特定処理と、前記複数のグラフのそれぞれのピーク数およびピーク面積に応じて前記複数のグラフから第1のグラフを選択する選択処理と、を実行させる。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータに、
スペクトルデータの基データに対して非線形最小二乗法を用いてベースラインを特定する際に、前記ベースラインを特定するためのパラメータを複数の値に変更してそれぞれの値に対して推定される複数の推定ベースラインを取得する取得処理と、前記基データと前記複数の推定ベースラインのそれぞれとの差分を表す複数のグラフにおいてピークを特定する特定処理と、前記複数のグラフのそれぞれのピーク数およびピーク面積に応じて前記複数のグラフから第1のグラフを選択する選択処理と、を実行させることを特徴とする演算プログラム。
【請求項2】
前記選択処理において、特定された前記ピーク数が閾値以上となるグラフを選択することを特徴とする請求項1に記載の演算プログラム。
【請求項3】
前記選択処理において、特定された前記ピーク数が最大値となるグラフを選択することを特徴とする請求項1に記載の演算プログラム。
【請求項4】
前記選択処理において、前記ピーク数に応じて選択されたグラフのうち、前記ピーク面積が閾値以下となるグラフを選択することを特徴とする請求項1に記載の演算プログラム。
【請求項5】
前記選択処理において、前記ピーク数に応じて選択されたグラフのうち、前記ピーク面積が最小値となるグラフを選択することを特徴とする請求項1に記載の演算プログラム。
【請求項6】
前記パラメータは、前記非線形最小二乗法におけるハイパーパラメータを含むことを特徴とする請求項1に記載の演算プログラム。
【請求項7】
前記パラメータは、前記非線形最小二乗法において重みを変動させつつ反復処理を行う際の前記重みの変化率に関するパラメータであることを特徴とする請求項1に記載の演算プログラム。
【請求項8】
スペクトルデータの基データに対して非線形最小二乗法を用いてベースラインを特定する際に、前記ベースラインを特定するためのパラメータを複数の値に変更してそれぞれの値に対して推定される複数の推定ベースラインを取得する取得処理と、前記基データと前記複数の推定ベースラインのそれぞれとの差分を表す複数のグラフにおいてピークを特定する特定処理と、前記複数のグラフのそれぞれのピーク数およびピーク面積に応じて前記複数のグラフから第1のグラフを選択する選択処理と、をコンピュータが実行することを特徴とする演算方法。
【請求項9】
スペクトルデータの基データを取得する取得部と、
前記基データに対して非線形最小二乗法を用いてベースラインを特定する際に、前記ベースラインを特定するためのパラメータを複数の値に変更してそれぞれの値に対して推定される複数の推定ベースラインを取得し、前記基データと前記複数の推定ベースラインのそれぞれとの差分を表す複数のグラフにおいてピークを特定し、前記複数のグラフのそれぞれのピーク数およびピーク面積に応じて前記複数のグラフから第1のグラフを選択する演算部と、を備えることを特徴とする情報処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件は、演算プログラム、演算方法、および情報処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
スペクトルデータには、ベースラインが含まれていることがある。スペクトルデータからベースラインを除去するために、非線形最小二乗法を利用した手法が提案されている(例えば、非特許文献1~3参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】P.H.C.Eilers, Anal.Chem., 75, 3631-3636 (2003).
【非特許文献2】Z.-M. Zhang, S. Chen, and Y.-Z. Liang, Baseline correction using adaptive iteratively reweighted penalized least squares.
【非特許文献3】Sung-June Baek, Aaron Park, Young-Jin Ahn and Jaebum Choo, Baseline correction using asymmetrically reweighted penalized least squares smoothing. Analyst, 140, 250-257 (2015).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、適切にベースラインを推定することは困難である。
【0005】
1つの側面では、本件は、高い精度でベースラインを推定することができる演算プログラム、演算方法、および情報処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
1つの態様では、演算プログラムは、コンピュータに、スペクトルデータの基データに対して非線形最小二乗法を用いてベースラインを特定する際に、前記ベースラインを特定するためのパラメータを複数の値に変更してそれぞれの値に対して推定される複数の推定ベースラインを取得する取得処理と、前記基データと前記複数の推定ベースラインのそれぞれとの差分を表す複数のグラフにおいてピークを特定する特定処理と、前記複数のグラフのそれぞれのピーク数およびピーク面積に応じて前記複数のグラフから第1のグラフを選択する選択処理と、を実行させる。
【発明の効果】
【0007】
高い精度でベースラインを推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】非線形最小二乗法を利用したベースライン推定法のフローチャートである。
【
図2】(a)は情報処理装置の全体構成を例示するブロック図であり、(b)は情報処理装置のハードウェア構成を例示するブロック図である。
【
図3】情報処理装置の動作の一例を表すフローチャートである。
【
図4】情報処理装置の動作の一例を表すフローチャートである。
【
図5】X線吸収分光により得られた測定スペクトルである。
【
図6】
図5の測定スペクトルに対して非線形最小二乗法を利用してベースラインを推定し、得られた結果である。
【
図7】
図6から補正スペクトラムのみを抜き出したものである。
【
図8】パラメータλおよびパラメータratioの値を変更させた場合の結果である。
【
図9】基データ、補正ベースライン、補正スペクトル、および基線を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
一例として、核磁気共鳴、ラマン分光、赤外吸収分光、X線光電子分光、X線吸収分光などの物理・化学分析は、分析試料の物理・化学情報を取得するために行われる。これらの分析で得られる信号(スペクトルデータ)には、ベースラインやノイズも含まれている。これらのベースラインやノイズは、所望とする情報の取得を妨げる。特に、ベースラインは、所望とする情報の一部を覆い隠す、あるいは、そのすべてを埋没させる可能性がある。したがって、適切にベースラインを除去するためのベースライン補正が求められる。
【0010】
従来、このベースライン補正には、微分を用いた手法や多項式フィッティングによる手法が用いられてきた。微分を用いた手法は、スペクトルを微分し、ピークを際立たせる方法である。多項式フィッティングによる手法は、バックグラウンドの形状を表現できそうな関数を使って最小二乗法などでフィッティングする方法である。しかしながら、これらの方法でも、ベースライン補正が困難な場合がある。
【0011】
そこで、近年、ペナルティ項を組み込んだ非線形最小二乗法を利用した手法が提案され、その有効性が認められている。非線形最小二乗法を利用した手法では、x(スペクトルの横軸)に対し、測定値y(スペクトルの縦軸)があるとすると、wを重みとした推定値の適合度合Fと推定値の平滑度合Rとを用いて評価関数Qを表現し、ベースライン推定値zを求めていく。λは、調整に用いるパラメータであって、いわゆるハイパーパラメータである。
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
【数5】
【数6】
【数7】
【0012】
最終的に、ベースライン推定値Zは、下記式の上段の式のように表すことができる。重みWは対角行列で、下記式のうち、pをパラメータとして下記式の下段の式のように表すことができる。与えられたパラメータλおよびパラメータpのもとで、下段の式に基づいて重みWを反復して決めながら上段の式を解いてベースライン推定値Zをアップデートする。そして、重みWが一定となるか、予め設定された値になったところで反復は終了し、最終的なベースライン推定値Zが決定される。
【数8】
【数9】
【0013】
最適なベースライン推定値Zを得るためには、パラメータλおよびパラメータpを最適化する必要があるが、この場合、パラメータλおよびパラメータpは常に一定である。しかしながら、より高い精度でベースライン推定値Zを推定するためには、オリジナル信号y
iと直前の反復において、下記式のように得られたz
iとの相違に基づいて重みw
iを設定する必要がある。
【数10】
【数11】
【数12】
【0014】
この手法において、重みベクトルWは、下記式のように反復ステップtによって得られる。
【数13】
【数14】
【0015】
この際、反復はその指定回数、あるいは下記式に示すような制限に達した場合に終了となる。
【数15】
【0016】
しかしながら、この手法でも不具合は生じ得る。オリジナル信号がフィットしたベースラインよりも高いとき、すなわち下記式が成立するとき、重みは常にゼロとなり、オリジナル信号がフィットしたベースラインよりも低いときには重みはより大きくなる。
【数16】
【0017】
その結果、最終的に得られるベースラインは、ピークのない領域では低く見積もられ、ベースライン補正後のピークの高さは実際よりも高くなる可能性が生じる。そこで、重みを下記式のように設定する手法が提案されている。
【数17】
【数18】
【数19】
【数20】
【0018】
反復は、予め設定したパラメータratioに基づき、下記式の関係になるまで繰り返される。パラメータratioは、非線形最小二乗法において重みを変動させつつ反復処理を行う際の重みの変化率に関するパラメータである。
【数21】
【0019】
上述したように重みを設定するこの手法は、非線形最小二乗法を利用した手法の中では、最も精度の高いベースライン推定法とされている。
図1は、そのフローチャートである。
【0020】
図1で例示するように、まず、スペクトルデータの基データyを取得する(ステップS1)。次に、パラメータλ、パラメータratio、および反復回数iterを設定する(ステップS2)。反復回数iterは、反復ステップtの上限を定めるものである。次に、初期重みw
t=1=[1,1,…,1]を設定する(ステップS3)。
【0021】
次に、zt-1のフィッティングを行う(ステップS4)。具体的には、z=(W+H)-1Wyとする。次に、dt=yi-zi
t-1が0以上であるか否かを判定する(ステップS5)。ステップS5で「Yes」と判定された場合、演算部30は、重みwiを1に設定する(ステップS6)。ステップS5で「No」と判定された場合、i=1,2,…,N(N:yの長さ)とし、wi
t+1=1/{1+e2(di-(-m+2s))/s}とする(ステップS7)。なお、mは、dの平均である。sは、dの標準偏差である。
【0022】
ステップS6またはステップS7の実行後、[wt-wt+1]/「wt」がパラメータratio未満であるか否かを判定する(ステップS8)。
【0023】
ステップS8で「No」と判定された場合、t=t+1としてwtを再計算する(ステップS9)。その後、ステップS4から再度実行される。
【0024】
ステップS8で「Yes」と判定された場合、推定ベースラインとしてZを出力し、ベースライン補正が実施されたスペクトルとしてYを出力する(ステップS10)。
【0025】
非線形最小二乗法を利用した手法は、微分を用いた手法や多項式フィッティングによる手法と比較すると、汎用性に富み、適合度合Fにかかる重みを工夫することで推定精度は向上する。特に、上述したような重みを用いる手法では、推定値に著しい向上が見られる。しかしながら、適切なベースラインを推定するためには、ベースライン推定値を得るためのパラメータを最適化することが求められる。パラメータを最適化するための基準は未だ明らかにされておらず、試行錯誤を繰り返し、主観的に適切と思われるベースラインを推定しているのが現状である。そのため、異なるスペクトルの比較で、ベースライン補正後のスペクトルでピーク強度など定量的な評価や微小な相違を見出そうとする、困難が生じる。
【0026】
そこで、以下の実施例では、非線形最小二乗法においてベースライン推定値を得るためのパラメータを最適化することで、高い精度でベースライン推定値を得ることができる例について説明する。
【実施例0027】
図2(a)は、情報処理装置100の全体構成を例示するブロック図である。
図2(a)で例示するように、情報処理装置100は、取得部10、パラメータ設定部20、演算部30、出力部40などを備える。
【0028】
図2(b)は、情報処理装置100のハードウェア構成を例示するブロック図である。
図2(b)で例示するように、情報処理装置100は、CPU101、RAM102、記憶装置103、入力装置104、表示装置105等を備える。
【0029】
CPU(Central Processing Unit)101は、中央演算処理装置である。CPU101は、1以上のコアを含む。RAM(Random Access Memory)102は、CPU101が実行するプログラム、CPU101が処理するデータなどを一時的に記憶する揮発性メモリである。記憶装置103は、不揮発性記憶装置である。記憶装置103として、例えば、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリなどのソリッド・ステート・ドライブ(SSD)、ハードディスクドライブに駆動されるハードディスクなどを用いることができる。記憶装置103は、演算プログラムを記憶している。入力装置104は、キーボード、マウスなどの入力装置である。表示装置105は、LCD(Liquid Crystal Display)などのディスプレイ装置である。CPU101が演算プログラムを実行することで、取得部10、パラメータ設定部20、演算部30、出力部40などが実現される。なお、取得部10、パラメータ設定部20、演算部30、出力部40などとして、専用の回路などのハードウェアを用いてもよい。
【0030】
図3および
図4は、情報処理装置100の動作の一例を表すフローチャートである。
図3および
図4で例示するように、取得部10は、測定されたスペクトルの基データyを取得する(ステップS11)。
【0031】
次に、パラメータ設定部20は、各パラメータを設定する(ステップS12)。具体的には、パラメータ設定部20は、Δλ、λ_min、λ_max、ratio_min、ratio_max、および反復回数(iter)を設定する。λ_minは、パラメータλの最小値である。λ_maxは、パラメータλの最大値である。ratio_minは、パラメータratioの最小値である。ratio_maxは、パラメータratioの最大値である。Δλは、λを変化させる場合の変化幅である。反復回数iterは、反復ステップtの上限を定めるものである。
【0032】
演算部30は、パラメータλをλ_minとし、パラメータratioをratio_minとする(ステップS13)。ステップS13の実行によって、パラメータλの初期値がλ_minに設定され、パラメータratioの初期値がratio_minに設定される。
【0033】
次に、演算部30は、パラメータλがλ_maxより小さく、かつパラメータratioがratio_maxよりも小さいか否かを判定する(ステップS14)。ステップS14の実行によって、パラメータλおよびパラメータratioが上限に到達していないことを確認することができる。
【0034】
ステップS14で「Yes」と判定された場合、演算部30は、初期重みを設定する(ステップS15)。具体的には、演算部30は、初期重みwt=1を[1,1,…,1]とする。
【0035】
次に、演算部30は、zt-1のフィッティングを行う(ステップS16)。具体的には、演算部30は、z=(W+H)-1Wyとする。
【0036】
次に、演算部30は、dt=yi-zi
t-1が0以上であるか否かを判定する(ステップS17)。
【0037】
ステップS17で「Yes」と判定された場合、演算部30は、重みwiを1に設定する(ステップS18)。
【0038】
ステップS17で「No」と判定された場合、演算部30は、i=1,2,…,N(N:yの長さ)とし、wi
t+1=1/{1+e2(di-(-m+2s))/s}とする(ステップS19)。なお、mは、dの平均である。sは、dの標準偏差である。
【0039】
ステップS18またはステップS19の実行後、演算部30は、[wt-wt+1]/「wt」がパラメータratio未満であるか否かを判定する(ステップS20)。
【0040】
ステップS20で「No」と判定された場合、演算部30は、t=t+1としてwtを再計算する(ステップS21)。その後、ステップS16から再度実行される。
【0041】
ステップS20で「Yes」と判定された場合、演算部30は、Zを推定ベースラインとし、Yを、ベースライン補正された補正スペクトルとする(ステップS22)。補正スペクトルは、基データと推定ベースラインとの差分を表すグラフに相当する。
【0042】
次に、演算部30は、補正スペクトルYにおけるピークピッキングを行うことで、ピークを検出する(ステップS23)。具体的には、演算部30は、補正スペクトルにおけるピークと、当該ピークによって形成される谷の検出を行う。
【0043】
次に、演算部30は、補正スペクトルYのスペクトル情報を取得する(ステップS24)。具体的には、演算部30は、補正スペクトルYのピーク数nおよびピーク面積sを取得する。次に、演算部30は、λにΔλを加える(ステップS25)。その後、ステップS14から再度実行される。
【0044】
ステップS14で「No」と判定された場合、演算部30は、ピーク数n=[nλ_min,ratio_min,…,nλ_max,ratio_max]を取得し、ピーク面積s=[sλ_min,ratio_min,…,sλ_max,ratio_max]を取得する(ステップS26)。
【0045】
次に、演算部30は、ピーク数が最も多い補正スペクトルYを抽出する(ステップS27)。
【0046】
次に、演算部30は、ステップS27で抽出された補正スペクトルYのうち、ピーク面積sが最小となる補正スペクトルYを抽出する(ステップS28)。ステップS27で抽出された補正スペクトルYが1つであれば、当該1つの補正スペクトルが抽出されることになる。
【0047】
次に、出力部40は、ステップS27およびステップS28で抽出されたYをベースライン補正スペクトルとして出力する(ステップS29)。出力部40によって出力された情報は、表示装置105に表示される。
【0048】
本実施例によれば、基データに対して非線形最小二乗法を用いてベースラインを特定する際に、ベースラインを特定するためのパラメータを複数の値に変更して各値に対して推定される複数の推定ベースラインの取得が繰り返される。それにより、パラメータを幅広く変更することができる。さらに、基データと複数の推定ベースラインのそれぞれとの差分を表す複数のグラフにおいてピーク箇所が特定され、各グラフのピーク数およびピーク面積に応じて複数のグラフから所定のグラフが選択される。それにより、高い精度でベースラインを推定することができる。以下、具体的なスペクトルについて効果を説明する。
【0049】
図5は、X線吸収分光により得られた測定スペクトルである。
図6は、
図5の測定スペクトルに対して非線形最小二乗法を利用してベースラインを推定し、得られた結果である。
図7は、
図6から補正スペクトラムのみを抜き出したものである。
図7では、測定スペクトルが持つピークを失うことなく、ピークの形状を明確に保った補正結果が示されている。
【0050】
しかしながら、
図7で表す補正スペクトルを得るためには、パラメータλおよびパラメータratioを適切に選ぶことが求められ、それに向けた試行錯誤は避けられない。
【0051】
そこで、本実施例に従って、パラメータλおよびパラメータratioの値をそれぞれ、例えば、1×e
-2から1×e
-10まで振ってベースラインの推定を繰り返す。
図8(a)~
図8(d)は、それぞれ、パラメータλおよびパラメータratioの値を変更させた場合の結果である。いずれもピーク数は3つであり(丸の箇所)、パラメータλおよびパラメータratioの値をそれぞれ1×e
-2から1×e
-10まで振って得られた補正スペクトルでは最大であった。
【0052】
図8(a)~
図8(d)で、スペクトル全体のピーク面積sが最も小さいのは
図8(d)である。したがって、
図8(d)が最適な補正スペクトルということになる。
【0053】
本実施例によれば、最大のピーク数を持つ補正スペクトルを選択し、選択された補正スペクトルにおいて、ピーク面積sが最も小さいものを選ぶことによって、最適なベースライン補正が可能となる。
【0054】
図9は、基データ、補正ベースライン、補正スペクトル、および基線を例示する図である。基線は、ピーク面積の算出の際に用いる基線である。基データのピーク面積は、基データと基線とで囲まれた領域の面積である。補正スペクトルのピーク面積は、補正スペクトルと基線とで囲まれた領域の面積である。
【0055】
基データではピーク数は2であり、補正スペクトルではピーク数は3である。補正スペクトルでは、8975eV~8980eVの明確なピークが存在するのに対し、基データのその位置は多少の膨らみが存在する程度でピークとは認められない。このように、本実施例に係るベースライン処理では、埋もれていたピークを浮かび上がらせることができる。その一方、ベースライン処理前に存在していたピークをつぶすおそれもある。したがって、本実施例でのピーク数は、ベースライン処理前に存在するピーク数を下限とすることが好ましい。また、埋もれていたピークを浮かび上がらせる点を鑑みれば、ピーク面積は基データのスペクトルの面積を上限とすることが好ましい。
【0056】
なお、上記例では、補正スペクトルを選択する際に、ピーク数が最大の1以上の補正スペクトルが選択され、さらにピーク面積が最小の補正スペクトルが選択されているが、それに限られない。例えば、ピーク数に応じて選択する際に、ピーク数が閾値以上となる補正スペクトルを選択してもよい。また、ピーク面積に応じて補正スペクトルを選択する際に、ピーク面積が閾値以下となる補正スペクトルを選択してもよい。また、上記例では、パラメータλおよびパラメータratioが最適化されているが、他のパラメータを最適化してもよい。
【0057】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は係る特定の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
(付記1)
コンピュータに、
スペクトルデータの基データに対して非線形最小二乗法を用いてベースラインを特定する際に、前記ベースラインを特定するためのパラメータを複数の値に変更してそれぞれの値に対して推定される複数の推定ベースラインを取得する取得処理と、前記基データと前記複数の推定ベースラインのそれぞれとの差分を表す複数のグラフにおいてピークを特定する特定処理と、前記複数のグラフのそれぞれのピーク数およびピーク面積に応じて前記複数のグラフから第1のグラフを選択する選択処理と、を実行させることを特徴とする演算プログラム。
(付記2)
前記選択処理において、特定された前記ピーク数が閾値以上となるグラフを選択することを特徴とする付記1に記載の演算プログラム。
(付記3)
前記選択処理において、特定された前記ピーク数が最大値となるグラフを選択することを特徴とする付記1に記載の演算プログラム。
(付記4)
前記選択処理において、前記ピーク数に応じて選択されたグラフのうち、前記ピーク面積が閾値以下となるグラフを選択することを特徴とする付記1に記載の演算プログラム。
(付記5)
前記選択処理において、前記ピーク数に応じて選択されたグラフのうち、前記ピーク面積が最小値となるグラフを選択することを特徴とする付記1に記載の演算プログラム。
(付記6)
前記パラメータは、前記非線形最小二乗法におけるハイパーパラメータを含むことを特徴とする付記1に記載の演算プログラム。
(付記7)
前記パラメータは、前記非線形最小二乗法において重みを変動させつつ反復処理を行う際の前記重みの変化率に関するパラメータであることを特徴とする付記1に記載の演算プログラム。
(付記8)
スペクトルデータの基データに対して非線形最小二乗法を用いてベースラインを特定する際に、前記ベースラインを特定するためのパラメータを複数の値に変更してそれぞれの値に対して推定される複数の推定ベースラインを取得する取得処理と、前記基データと前記複数の推定ベースラインのそれぞれとの差分を表す複数のグラフにおいてピークを特定する特定処理と、前記複数のグラフのそれぞれのピーク数およびピーク面積に応じて前記複数のグラフから第1のグラフを選択する選択処理と、をコンピュータが実行することを特徴とする演算方法。
(付記9)
前記選択処理において、特定された前記ピーク数が閾値以上となるグラフを選択することを特徴とする付記8に記載の演算方法。
(付記10)
前記選択処理において、特定された前記ピーク数が最大値となるグラフを選択することを特徴とする付記8に記載の演算方法。
(付記11)
前記選択処理において、前記ピーク数に応じて選択されたグラフのうち、前記ピーク面積が閾値以下となるグラフを選択することを特徴とする付記8に記載の演算方法。
(付記12)
前記選択処理において、前記ピーク数に応じて選択されたグラフのうち、前記ピーク面積が最小値となるグラフを選択することを特徴とする付記8に記載の演算方法。
(付記13)
前記パラメータは、前記非線形最小二乗法におけるハイパーパラメータを含むことを特徴とする付記8に記載の演算方法。
(付記14)
前記パラメータは、前記非線形最小二乗法において重みを変動させつつ反復処理を行う際の前記重みの変化率に関するパラメータであることを特徴とする付記8に記載の演算方法。
(付記15)
スペクトルデータの基データを取得する取得部と、
前記基データに対して非線形最小二乗法を用いてベースラインを特定する際に、前記ベースラインを特定するためのパラメータを複数の値に変更してそれぞれの値に対して推定される複数の推定ベースラインを取得し、前記基データと前記複数の推定ベースラインのそれぞれとの差分を表す複数のグラフにおいてピークを特定し、前記複数のグラフのそれぞれのピーク数およびピーク面積に応じて前記複数のグラフから第1のグラフを選択する演算部と、を備えることを特徴とする情報処理装置。
(付記16)
前記演算部は、前記第1のグラフを選択する際に、特定された前記ピーク数が閾値以上となるグラフを選択することを特徴とする付記15に記載の情報処理装置。
(付記17)
前記演算部は、前記第1のグラフを選択する際に、特定された前記ピーク数が最大値となるグラフを選択することを特徴とする付記15に記載の情報処理装置。
(付記18)
前記演算部は、前記ピーク数に応じて選択されたグラフのうち、前記ピーク面積が閾値以下となるグラフを選択することを特徴とする付記15に記載の情報処理装置。
(付記19)
前記演算部は、前記ピーク数に応じて選択されたグラフのうち、前記ピーク面積が最小値となるグラフを選択することを特徴とする付記15に記載の情報処理装置。
(付記20)
前記パラメータは、前記非線形最小二乗法におけるハイパーパラメータを含むことを特徴とする付記15に記載の情報処理装置。
(付記21)
前記パラメータは、前記非線形最小二乗法において重みを変動させつつ反復処理を行う際の前記重みの変化率に関するパラメータであることを特徴とする付記15に記載の情報処理装置。