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特開2024-122520H形断面部材及びH形断面部材の設計方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122520
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】H形断面部材及びH形断面部材の設計方法
(51)【国際特許分類】
   E04C 3/08 20060101AFI20240902BHJP
【FI】
E04C3/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030098
(22)【出願日】2023-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100120499
【弁理士】
【氏名又は名称】平山 淳
(72)【発明者】
【氏名】濱地 南美
(72)【発明者】
【氏名】廣嶋 哲
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 唯一
【テーマコード(参考)】
2E163
【Fターム(参考)】
2E163FA12
2E163FB02
2E163FB23
(57)【要約】
【課題】煩雑な工程を経ることなく、また製造コストを上昇させることなく、ウェブに貫通孔を有する強度が高められたH形断面部材及びH形断面部材の設計方法を提供する。
【解決手段】H形鋼100は、ウェブ100aに沿ってフランジ100bが設けられ、長手方向と直交する方向に沿った断面がH形形状であるH形断面部材であって、ウェブ100aがウェブ貫通孔102を有し、ウェブ100aを構成する材料とフランジ100bを構成する材料の降伏点は、長手方向の全域に渡り、ウェブ100aを構成する材料の降伏点の方がフランジ100bを構成する材料の降伏点よりも大きい。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウェブの長手方向に沿ってフランジが設けられ、長手方向と直交する方向に沿った断面がH形形状であるH形断面部材であって、
前記ウェブが貫通孔を有し、
前記ウェブを構成する材料と前記フランジを構成する材料の降伏点は、長手方向の全域に渡り、前記ウェブを構成する材料の降伏点の方が前記フランジを構成する材料の降伏点よりも大きい、H形断面部材。
【請求項2】
前記ウェブを構成する材料と前記フランジを構成する材料の降伏点は、それぞれが材料の規格で定められた規格上限値と規格下限値の間の範囲であり、
前記ウェブが貫通孔を有し、前記ウェブを構成する材料の降伏点の規格下限値が前記フランジを構成する材料の降伏点の規格下限値よりも大きい、請求項1に記載のH形断面部材。
【請求項3】
外力が作用した場合に、せん断降伏よりも先に曲げ降伏が発生する、請求項1又は2に記載のH形断面部材。
【請求項4】
前記フランジを構成する材料の降伏点に対する前記ウェブを構成する材料の降伏点の比が下記式を満足する、請求項1に記載のH形断面部材。
【数1】
但し、上式において、Hは前記両端部に沿って設けられた2つの前記フランジの外面間の距離、Bは前記フランジの長手方向と直交する方向の幅、Rは前記貫通孔の開口率であって前記貫通孔の直径または前記フランジの長手方向と直交する方向の前記貫通孔の長さを2つの前記フランジの外面間の距離で除算した値、σは前記ウェブを構成する材料の降伏点、σは前記フランジを構成する材料の降伏点、係数βは4以上8以下の値である。
【請求項5】
係数βが8であり、大梁として用いられる、請求項4に記載のH形断面部材。
【請求項6】
係数βが4以上5以下であり、小梁として用いられる、請求項4に記載のH形断面部材。
【請求項7】
ウェブの長手方向に沿ってフランジが設けられ、長手方向と直交する方向に沿った断面がH形形状であり、前記ウェブに貫通孔を有するH形断面部材の設計方法であって、
外力が作用した場合に、せん断降伏よりも先に曲げ降伏が発生するように、長手方向の全域に渡り、前記ウェブを構成する材料の降伏点を前記フランジを構成する材料の降伏点よりも高くする、
H形断面部材の設計方法。
【請求項8】
前記フランジを構成する材料の降伏点に対する前記ウェブを構成する材料の降伏点の比が下記式を満足する、請求項7に記載のH形断面部材の設計方法。
【数2】
但し、上式において、Hは前記両端部に沿って設けられた2つの前記フランジの外面間の距離、Bは前記フランジの長手方向と直交する方向の幅、Rは前記貫通孔の開口率であって前記貫通孔の直径または前記フランジの長手方向と直交する方向の前記貫通孔の長さを2つの前記フランジの外面間の距離で除算した値、σは前記ウェブを構成する材料の降伏点、σは前記フランジを構成する材料の降伏点、係数βは4以上8以下の値である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、H形断面部材及びH形断面部材の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
柱や梁等の構造部材に鋼板や各種形鋼を用いた建築物は鋼構造建築物と称される。国内の鋼構造建築物では、主に柱に角形鋼管(断面形状が矩形の鋼管)が用いられ、梁にH形鋼(H形断面を有する鋼材)が用いられる。多くの建築物では、柱や梁等の構造部材は内外装材に覆われ、梁や柱梁接合部は天井裏に存在する。また、天井裏には環境設備等に付随する配管や配線が多数存在している。このため、経済性を考慮して建物の高さが制限される等の要因により、梁と設備配管などが干渉する場合がある。そこで、梁と設備配管などを共存させる手段の一つとして、H形鋼梁の鉛直部材であるウェブに円形や矩形の貫通孔を設け、設備配管などをウェブ開口部に通すことで梁との干渉を避ける方法が一般的に用いられている。このようなウェブ部分に貫通孔を有する梁は有孔梁と称される。
【0003】
有孔梁はウェブ部分に貫通孔を設けたことにより、耐力や変形性能など梁の構造性能が低下する。このため、一般に貫通孔周辺を補強し、ウェブの断面欠損による耐力低下を補うように設計された後、鉄骨加工場にてH形鋼の切断や貫通孔の切削、H形鋼と貫通孔周りの補強部材の接合が行われる。補強部材の形状や仕様は建材メーカーやゼネコンにより様々であることから、補強部材の接合は自動化が難しく、溶接工による手溶接が必須となるため、補強部材の加工やH形鋼に補強部材を溶接するには煩雑な工程と製造コストの上昇を招来する。そのため、H形鋼のウェブに貫通孔が設けられる部材において、補強を前提とした現状の設計および施工は時間とコストが掛かることが課題となっており、貫通孔周辺の補強を合理化することが求められている。
【0004】
有孔梁を補強レスとし耐力を確保するため、下記の特許文献1には、ウェブ貫通孔の周辺を焼き入れして高強度化することで貫通孔周辺の補強をなくすことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018―44419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献に記載された技術では、ウェブの一部のみに焼き入れをするため、貫通孔が多数設けられる場合や、貫通孔の数や位置の変更が生じる場合に、焼き入れによる手間とコストがかかる問題がある。
【0007】
上記課題に鑑みて、本開示の目的は、煩雑な工程を経ることなく、また製造コストを上昇させることなく、ウェブに貫通孔を有する強度が高められたH形断面部材及びH形断面部材の設計方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の要旨は以下のとおりである。
【0009】
(1) ウェブの長手方向に沿ってフランジが設けられ、長手方向と直交する方向に沿った断面がH形形状であるH形断面部材であって、
前記ウェブが貫通孔を有し、
前記ウェブを構成する材料と前記フランジを構成する材料の降伏点は、長手方向の全域に渡り、前記ウェブを構成する材料の降伏点の方が前記フランジを構成する材料の降伏点よりも大きい、H形断面部材。
【0010】
(2) 前記ウェブを構成する材料と前記フランジを構成する材料の降伏点は、それぞれが材料の規格で定められた規格上限値と規格下限値の間の範囲であり、
前記ウェブが貫通孔を有し、前記ウェブを構成する材料の降伏点の規格下限値が前記フランジを構成する材料の降伏点の規格下限値よりも大きい、上記(1)に記載のH形断面部材。
【0011】
(3) 外力が作用した場合に、せん断降伏よりも先に曲げ降伏が発生する、上記(1)又は(2)に記載のH形断面部材。
【0012】
(4) 前記フランジを構成する材料の降伏点に対する前記ウェブを構成する材料の降伏点の比が下記式を満足する、上記(1)に記載のH形断面部材。
【数1】
但し、上式において、Hは前記両端部に沿って設けられた2つの前記フランジの外面間の距離、Bは前記フランジの長手方向と直交する方向の幅、Rは前記貫通孔の開口率であって前記貫通孔の直径または前記フランジの長手方向と直交する方向の前記貫通孔の長さを2つの前記フランジの外面間の距離で除算した値、σは前記ウェブを構成する材料の降伏点、σは前記フランジを構成する材料の降伏点、係数βは4以上8以下の値である。
【0013】
(5) 係数βが8であり、大梁として用いられる、上記(4)に記載のH形断面部材。
【0014】
(6) 係数βが4以上5以下であり、小梁として用いられる、上記(4)に記載のH形断面部材。
【0015】
(7) ウェブの長手方向に沿ってフランジが設けられ、長手方向と直交する方向に沿った断面がH形形状であり、前記ウェブに貫通孔を有するH形断面部材の設計方法であって、
外力が作用した場合に、せん断降伏よりも先に曲げ降伏が発生するように、長手方向の全域に渡り、前記ウェブを構成する材料の降伏点を前記フランジを構成する材料の降伏点よりも高くする、
H形断面部材の設計方法。
【0016】
(8) 前記フランジを構成する材料の降伏点に対する前記ウェブを構成する材料の降伏点の比が下記式を満足する、上記(7)に記載のH形断面部材の設計方法。
【数2】
但し、上式において、Hは前記両端部に沿って設けられた2つの前記フランジの外面間の距離、Bは前記フランジの長手方向と直交する方向の幅、Rは前記貫通孔の開口率であって前記貫通孔の直径または前記フランジの長手方向と直交する方向の前記貫通孔の長さを2つの前記フランジの外面間の距離で除算した値、σは前記ウェブの降伏点の規格下限値、σは前記フランジの降伏点の規格下限値、係数βは4以上8以下の値である。
【発明の効果】
【0017】
本開示によれば、煩雑な工程を経ることなく、また製造コストを上昇させることなく、強度が高められたウェブに貫通孔を有するH形断面部材及びH形断面部材の設計方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1A】本開示に係るH形断面部材の長手方向と直交する方向に沿った断面図である。
図1B】本開示に係るH形断面部材の斜視図である。
図2】本開示に係るH形断面部材の解析モデルを示す図である。
図3】表2の降伏耐力および全塑性耐力の定義を説明するための特性図である。
図4】大梁の荷重条件および支持条件と、大梁にかかる曲げモーメントとせん断力を示す模式図である。
図5】小梁の荷重条件および支持条件と、小梁にかかる曲げモーメントとせん断力を示す模式図である。
図6】小梁の荷重条件および支持条件と、小梁にかかる曲げモーメントとせん断力を示す模式図である。
図7】梁の部材耐力がせん断耐力で決定されるH形鋼のせん断スパン比(横軸)とアスペクト比(縦軸)との関係を示す特性図である。
図8】梁の部材耐力がせん断耐力で決定されるH形鋼のせん断スパン比(横軸)とアスペクト比(縦軸)との関係を示す特性図である。
図9】梁の部材耐力がせん断耐力で決定されるH形鋼のせん断スパン比(横軸)とアスペクト比(縦軸)との関係を示す特性図である。
図10】実際の建物に用いられている大梁および小梁について、建物の図面調査から得られた、梁の部材寸法から求まるせん断スパン比の構成比率の分布を示す特性図(ヒストグラム)である。
図11】有孔梁において、フランジの降伏点σに対してウェブの降伏点σを大きくすることで、部材耐力が曲げ耐力で決定されるようにした場合に、H形鋼のアスペクト比(横軸)と、フランジの降伏点σに対するウェブの降伏点σの比(=σσ、縦軸)との関係を示す特性図である。
図12】有孔梁において、フランジの降伏点σに対してウェブの降伏点σを大きくすることで、部材耐力が曲げ耐力で決定されるようにした場合に、H形鋼のアスペクト比(横軸)と、フランジの降伏点σに対するウェブの降伏点σの比(=σσ、縦軸)との関係を示す特性図である。
図13】有孔梁において、フランジの降伏点σに対してウェブの降伏点σを大きくすることで、部材耐力が曲げ耐力で決定されるようにした場合に、H形鋼のアスペクト比(横軸)と、フランジの降伏点σに対するウェブの降伏点σの比(=σσ、縦軸)との関係を示す特性図である。
図14】有孔梁において、フランジの降伏点σに対してウェブの降伏点σを大きくすることで、部材耐力が曲げ耐力で決定されるようにした場合に、H形鋼のアスペクト比(横軸)と、フランジの降伏点σに対するウェブの降伏点σの比(=σσ、縦軸)との関係を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る幾つかの実施形態について図を参照しながら説明する。しかしながら、これらの説明は、本発明の好ましい実施形態の単なる例示を意図するものであって、本発明をこのような特定の実施形態に限定することを意図するものではない。なお、以下の説明では、同様な構成要素には同一の参照番号を付す。また、説明は以下の順序で行う。
1.本開示の概要
2.有孔梁の耐力に与えるウェブ降伏点の影響
3.梁の部材耐力がせん断耐力で決定されるせん断スパン比について
4.有孔梁の部材耐力を向上させるウェブの降伏点σの範囲について
【0020】
1.本開示の概要
本開示は、ウェブに矩形や円形等の貫通孔を有する有孔梁であって、ウェブの強度がフランジの強度に比べて高いH形断面部材を対象とする。有孔梁ではウェブ貫通孔による断面欠損等の影響により耐力が低下することが知られており、前述の通り、一般的には貫通孔周辺に鋼板や鋼管等の補強部材を取り付けることで欠損した断面を補う方法が採られているが、補強部材の加工やH形鋼への補強部材の接合には手間とコストを要することが課題となっている。そこで、本発明者らは、鋭意検討の結果、補強部材等を接合せずに有孔梁の耐力を上げる方法として、部材のウェブのみ強度を意図的に上げ、H形鋼のウェブ降伏点をフランジ降伏点より高いH形断面部材とすることの知見を得た。
【0021】
H形断面部材に外力が作用すると、H形断面部材には曲げモーメントとせん断力が生じる。貫通孔による有孔部の曲げ耐力の低下は小さいため、貫通孔を極端に梁端に近い位置に設けるような設計をしない限りは有孔部の曲げ耐力が問題となることがない。つまり、貫通孔を設けられたH形断面部材の貫通孔補強を省略するには、有孔部のせん断耐力を向上させれば良いと言える。
【0022】
なお、一般的なH形断面部材においては部材に作用する曲げモーメントにより部材耐力が決定し、せん断による部材耐力が問題となることがない。これは実用的な梁長さにおいては、貫通孔のないH形断面部材であればせん断による耐力が曲げモーメントによる耐力に比べて十分に大きいためである。そのため、貫通孔のないH形断面部材においてはウェブを高強度化するメリットは小さい。
【0023】
しかしながら、ウェブに貫通孔が設けられたH形断面部材の場合は、せん断による耐力が問題となる場合がある。これはウェブ貫通孔によるせん断耐力の低下の程度が曲げ耐力の低下の程度に比べて大きいためである。そのため、貫通孔が設けられたH形断面部材についてはせん断耐力を向上させる必要性が高く、その場合はウェブを高強度化することが効果的である。
【0024】
なお、部材耐力がせん断耐力で決まる場合は、部材耐力が曲げ耐力で決まる場合に比べて早期に耐力低下しやすく変形性能に欠けることが知られている。そのため、梁部材の設計においては脆性的な破壊性状となるせん断耐力で部材耐力が決定するのを避け、曲げ耐力で部材耐力を決定するようにするのが一般的である。
【0025】
また、本開示では梁の全長に渡りウェブの強度をフランジの強度に比べて高くすることを特徴としている。これにより先行技術に比べて有孔梁の設計や製作の手間をさらに省くことができ、有孔梁を補強レスとする発明としてより好ましいものであると言える。
【0026】
2.有孔梁の耐力に与えるウェブ降伏点の影響
図1A及び図1Bは本開示に係るH形断面部材(H形鋼100)を示しており、図1AはH形鋼100の長手方向と直交する方向に沿った断面図であり、図1BはH形鋼100の斜視図である。図1A及び図1Bに示すように、本開示に係るH形鋼100は、ウェブ100aの長手方向に沿ってフランジ100bが設けられ、長手方向と直交する方向に沿った断面がH形形状であるH形断面部材であり、フランジ100bがウェブ貫通孔102を有する。なお、図1Aはウェブ貫通孔102の中心位置の断面を示している。また、図1A及び図1BはH形鋼100が外法一定H形鋼である場合を示している。図1A及び図1Bでは、ウェブ貫通孔102が円形の場合を例示しているが、ウェブ貫通孔102は矩形(例えば、正方形または長方形)であってもよい。
【0027】
本発明者らは、図1A及び図1Bに示すH形断面部材において、先ず、有孔梁の耐力に与えるウェブ降伏点の影響について有限要素法(FEM:Finite Element Method)を用いて検討を行った。図2は、本開示に係るH形断面部材の解析モデルとその境界条件を示す図である。図2に示す解析モデルは、片持ち梁形式とし、H形断面の断面寸法は公称値を用い、フィレットを考慮しソリッドを用いてモデル化している。解析モデル両端のH形断面の節点を各断面内の代表点に集約し、長手方向の2つの端部のうち一方の片端101aの全自由度を拘束、他方の片端101bに強制変位を与え載荷する。なお、強制変位を与えることで解析モデルの片端101bに負荷される荷重が上記の本開示の要旨(3)中のH形断面部材に作用する「外力」(図2中に矢印Pで示す)に相当する。また、解析モデル中間部において横座屈補剛としてフランジ-ウェブ交差部のX軸方向の移動を拘束している。また、解析は弾性座屈解析(固有値解析)を行った後に、弾性座屈解析より得られる解析モデルの各接点の変位を初期不整として与え、弾塑性解析を行った。なお、初期不整の大きさは、弾性座屈解析より得られる節点変位の最大値が1となるようにしている。
【0028】
H形断面部材の解析モデルにおいて、断面寸法で高さH=600mm、幅B=200mm、ウェブ100aの板厚は9mm、フランジ100bの板厚は19mmである。梁長さL、せん断スパン比、ウェブ貫通孔102の有無、ウェブ貫通孔102を設ける場合の梁固定端からウェブ貫通孔102の中心までの距離d、およびウェブ100aの強度、を変数とした複数種類のH形鋼100の解析モデルを解析対象として用意した。ウェブ貫通孔102を設ける場合、ウェブ貫通孔102の開口径は300mmとした。なお、せん断スパン比は、梁高さHに対する梁長さLの比(=梁長さL/梁高さH)である。
【0029】
表1は解析対象の一覧を示している。Case1(3種類)およびCase2(3種類)はウェブ貫通孔102を有する有孔梁のH形鋼100であり、Case3(3種類)およびCase4(3種類)はウェブ貫通孔102を有しない無孔梁のH形鋼100である。ウェブ貫通孔102を有する有孔梁の耐力に与えるウェブ降伏点の影響を調べるため、有孔梁の鋼種として、ウェブ100aとフランジ100bの双方で同じ鋼種(490N級)を用いたCase1-1,Case1-2,Case1-3と、フランジ100bの鋼種(490N級)よりもウェブ100aの鋼種(550N級)の強度を高くしたCase2-1,Case2-2,Case2-3を用意した。同様に、無孔梁の鋼種として、フランジ100bとウェブ100aの双方で同じ鋼種(490N級)を用いたCase3-1,Case3-2,Case3-3と、フランジ100bの鋼種(490N級)よりもウェブ100aの鋼種(550N級)の強度を高くしたCase4-1,Case4-2,Case4-3を用意した。
【0030】
【表1】
【0031】
上述のように梁長さL、せん断スパン比、および梁固定端からウェブ貫通孔102の中心までの距離dは変数とし、梁長さLは、1200mm、3600mm、6000mmの3種類を用意した。また、せん断スパン比は2、6,10の3種類、有孔梁の距離dは500mm、300mmの2種類を用意した。
【0032】
表1に示す崩壊形式は、梁の部材耐力が降伏曲げ耐力(曲げモーメントにより降伏する時の耐力、単に曲げ耐力とも称する)で決定される場合は「曲げ」と表記し、梁の部材耐力が降伏せん断耐力(以下、単にせん断耐力とも称する)で決定される場合は「せん断」と表記している。外力が作用することで梁に生じる曲げモーメントが曲げ耐力を超えると曲げ降伏が生じ、梁に生じるせん断力がせん断耐力を超えるとせん断降伏が生じる。無孔梁の場合、通常、梁のせん断耐力は曲げ降伏時のせん断力よりも十分に大きく、上述した強制変位(外力)を梁に与えるとせん断降伏よりも先に曲げ降伏が生じる。したがって、無孔梁の部材耐力は曲げ耐力で決定される。このため、表1に示すように、ウェブ貫通孔102を有していない無孔梁(Case3,Case4)における崩壊形式は「曲げ」である。
【0033】
一方、有孔梁の場合、ウェブ貫通孔102により有孔部のせん断耐力が低下するため、ウェブ貫通孔102の近辺でせん断降伏が生じ易く、崩壊形式は、梁固定端からウェブ貫通孔102の中心までの距離dに応じて定まる。片持ち梁の先端(解析モデルの片端101b)に外力が作用する場合、ウェブ貫通孔102の中心の断面位置に曲げモーメントとせん断力が作用し、ウェブ貫通孔102の位置が変化すると貫通孔中心断面の曲げモーメントとせん断力の比率も変化する。基本的には梁長さLに対して距離dが長いほど、ウェブ貫通孔102の位置に作用する曲げモーメントよりもせん断力が支配的となり、せん断降伏が生じ易くなるため、上述した強制変位(外力)を梁に与えると曲げ降伏よりも先にせん断降伏が生じる。したがって、この場合、梁の部材耐力はせん断耐力で決定される。このため、表1に示すように、ウェブ貫通孔102を有する有孔梁(Case1,Case2)において、梁長さLに対して距離dの値が比較的大きいCase1-1,Case2-1(d=500mm)の崩壊形式は「せん断」である。一方、梁長さLに対して距離dの値が比較的小さいCase1-2,Case2-2(d=300mm)の崩壊形式は「曲げ」である。
【0034】
表2に、表1の解析対象を解析した結果、解析モデルの片端101bに付加される荷重、つまり解析モデルに作用する外力Pより得られる、降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pと、ウェブ100aをフランジ100bに比べて高強度化したことによる耐力上昇率を示す。なお、外力の単位はせん断力としている。ここで降伏耐力Pとは、梁の崩壊形式がせん断の場合は梁がせん断降伏する時の外力であり、梁の崩壊形式が曲げの場合は曲げ降伏する時の曲げモーメントをせん断力に換算した外力である。全塑性耐力Pは、梁の崩壊形式がせん断の場合はせん断破壊する時の外力であり、崩壊形式が曲げの場合は梁が曲げ破壊する時の曲げモーメントをせん断力に換算した外力である。耐力上昇率は、降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pのそれぞれについて、ウェブ100aとフランジ100bの双方で同じ鋼種(490N級)を用いたCase1-1,Case1-2,Case1-3の耐力に対する、フランジ100bの鋼種(490N級)よりもウェブ100aの鋼種(550N級)の強度を高くしたCase2-1,Case2-2,Case2-3の耐力の比率(%)を示している。
【0035】
また、ウェブ貫通孔を有しないCase3およびCase4についても前述のCase1およびCase2と同様に降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pを示している。そして、耐力上昇率は、降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pのそれぞれについて、ウェブ100aとフランジ100bの双方で同じ鋼種(490N級)を用いたCase3-1,Case3-2,Case3-3の耐力に対する、フランジ100bの鋼種(490N級)よりもウェブ100aの鋼種(550N級)の強度を高くしたCase4-1,Case4-2,Case4-3の耐力の比率(%)を示している。
【0036】
【表2】
【0037】
図3は、表2の降伏耐力および全塑性耐力の定義を説明するための特性図であって、縦軸はH形鋼100に上述した強制変位を与える際に片端101bに負荷される荷重(外力P)を、横軸は片端101bの変形量を示している。解析結果から降伏耐力および全塑性耐力を求める場合、図3に示すように、剛性が初期剛性Kの1/6となる時の荷重を全塑性耐力Pとする。上述したように、全塑性耐力Pは、梁がせん断破壊する時の外力(崩壊形式がせん断の場合)、または梁が曲げ破壊する時の曲げモーメントをせん断力に換算した外力(崩壊形式が曲げの場合)であるが、解析結果より、外力Pと片端101bの変形量の関係から全塑性耐力を求める場合、剛性が初期剛性Kの1/6となる時の荷重とすることができる。同様に、剛性が初期剛性Kの1/3となる時の荷重を降伏耐力Pとすることができる。初期剛性は、荷重-変形の関係が弾性範囲にある時の任意の2点間の傾きとし、例えば梁端の曲げモーメントをせん断力に換算した荷重が50kNおよび最大荷重の1/4となる時の2点間の傾きとして算出している。
【0038】
表2に示したように、梁の部材耐力がせん断耐力で決定される有孔梁(Case1-1およびCase2-1)の場合は、ウェブ100aとフランジ100bの双方で同じ鋼種(490N級)を用いたCase1-1の耐力に対する、フランジ100bの鋼種(490N級)よりもウェブ100aの鋼種(550N級)の強度を高くしたCase2-1の降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pの耐力上昇率はいずれも110%を超えている。
【0039】
一方、梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される有孔梁(Case1-2およびCase2-2)の場合は、ウェブ100aとフランジ100bの双方で同じ鋼種(490N級)を用いたCase1-2の耐力に対する、フランジ100bの鋼種(490N級)よりもウェブ100aの鋼種(550N級)の強度を高くしたCase2-2の耐力の上昇率は、降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pのいずれも110%以下である。梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される有孔梁(Case1-3およびCase2-3)においても、ウェブ100aとフランジ100bの双方で同じ鋼種(490N級)を用いたCase1-3の耐力に対する、フランジ100bの鋼種(490N級)よりもウェブ100aの鋼種(550N級)の強度を高くしたCase2-3の耐力の上昇率は、降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pのいずれも110%以下である。
【0040】
また、梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される無孔梁(Case3-1およびCase4-1)の場合、ウェブ100aとフランジ100bの双方で同じ鋼種(490N級)を用いたCase3-1の耐力に対する、フランジ100bの鋼種(490N級)よりもウェブ100aの鋼種(550N級)の強度を高くしたCase4-1の耐力の上昇率は、降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pのいずれも110%以下である。同様に、梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される無孔梁(Case3-2およびCase4-2、Case3-3およびCase4-3)においても、ウェブ100aとフランジ100bの双方で同じ鋼種(490N級)を用いた場合の耐力に対する、フランジ100bの鋼種(490N級)よりもウェブ100aの鋼種(550N級)の強度を高くした場合の耐力の上昇率は、降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pのいずれも110%以下である。
【0041】
以上より、フランジ100bよりもウェブ100aの強度を高くすると、梁の部材耐力がせん断耐力で決定される有孔梁の場合、部材耐力が曲げ耐力で決定される有孔梁の場合に比べて、降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pの耐力上昇率が大きくなることが分かる。一方、曲げ耐力で部材耐力が決定される場合、フランジ100bよりもウェブ100aの強度を高くしたとしても、部材耐力がせん断耐力で決定される場合に比べて、降伏耐力Pおよび全塑性耐力Pの耐力上昇率は小さく、また耐力上昇率は有孔梁と無孔梁でほぼ変わらない。つまり、ウェブ100aの強度をフランジ100bの強度に比べて高くすることで、梁の部材耐力がせん断耐力で決定される有孔梁の場合に、せん断耐力をより効果的に増加させることができる。また、この傾向は、断面寸法が高さH=600mm、幅B=200mm、ウェブ100aの板厚9mm、フランジ100bの板厚19mmであるH形鋼100以外のH形鋼100についても同様であると考えられる。
【0042】
3.梁の部材耐力がせん断耐力で決定されるせん断スパン比について
次に、一般的に鋼構造建築物に用いられるH形鋼(JIS-Hおよび外法一定H形鋼)を対象とし、大梁または小梁を想定した荷重条件および支持条件において、梁の部材耐力がせん断耐力で決定されるせん断スパン比について説明する。
【0043】
図4は、大梁10の荷重条件および支持条件と、大梁10にかかる曲げモーメントとせん断力を示す模式図である。大梁10は、建物の構造躯体である梁のうち、2本の柱12と柱14に架ける水平部材であり、柱12および柱14と剛接合され、建物の自重および積載荷重の他に地震等による水平力を柱に伝達する役割を持つものである。本開示では、地震等による水平荷重が作用することで梁に逆対称曲げが作用する梁を大梁10として定義している。大梁10に水平荷重が加わると、図4に示すような曲げモーメント(逆対称曲げモーメント)とせん断力が発生するものとしている。
【0044】
図5および図6は、小梁20の荷重条件および支持条件と、小梁20にかかる曲げモーメントとせん断力を示す模式図である。小梁20は、建物の構造躯体である梁のうち、大梁10の間に設けられる梁であり、建物の自重および積載荷重を大梁10に伝達する役割を有する。本開示では、建物の自重や積載荷重が等分布荷重として作用する梁を小梁20として定義している。小梁20の両端は曲げモーメントを伝達しないピン接合、または曲げモーメントを伝達する剛接合とされる。
【0045】
図5は、両端がピン接合された小梁20の荷重条件および支持条件と、小梁20にかかる曲げモーメントとせん断力を示す模式図である。両端がピン接合された小梁20に分布荷重wが加わると、図5に示すような曲げモーメントとせん断力が発生する。
【0046】
図6は、両端が剛接合された小梁20の荷重条件および支持条件と、小梁20にかかる曲げモーメントとせん断力を示す模式図である。両端が剛接合された小梁20に分布荷重wが加わると、図6に示すような曲げモーメントとせん断力が発生する。
【0047】
梁の部材耐力がせん断耐力で決定される時のせん断スパン比は、無孔梁および有孔梁の曲げ耐力およびせん断耐力と、図4図6に示した大梁10、小梁20に作用する曲げモーメントとせん断力の最大値を比較し、曲げ耐力>作用曲げモーメントの最大値、且つ、せん断耐力=作用せん断力の最大値、の条件(条件1)を満たす梁長さLを求め、得られた梁長さLを梁高さHで除算して算出される。ここで、無孔梁および有孔梁の曲げ耐力およびせん断耐力は、2つのフランジ100bが梁に作用する曲げモーメントを負担し、ウェブ100aが梁に作用するせん断耐力を負担すると仮定して、以下の(1)式~(5)式から算出される。なお、(1)式~(5)式において、Mは梁の降伏曲げ耐力、Qは無孔梁の降伏せん断耐力、Qhyは有孔梁の降伏せん断耐力、Zは梁の2つのフランジ100bのみの断面係数、Hは梁高さ(2つのフランジ100bの外面間の距離)、Bは梁幅(フランジ100bの長手方向と直交する方向の幅)、tはウェブの板厚、tはフランジの板厚、hはウェブの高さ(h=H-2t)、φはウェブ貫通孔102の直径、σは降伏点である。なお、ウェブ貫通孔102は梁中央に位置するものとする。
【0048】
【数3】
【0049】
また、大梁10に作用する曲げモーメントの最大値Mmax、小梁20に作用する曲げモーメントの最大値Mmax、大梁10に作用するせん断力の最大値Qmax、および小梁20に作用するせん断力の最大値Qmaxは、基本的には図4図6に示した数式より算出可能である。
【0050】
図7図9は、梁の部材耐力がせん断耐力で決定されるH形鋼100のせん断スパン比、すなわち、上記の条件1を満たす複数のH形鋼100のそれぞれの梁長さLを梁高さHで除算して得られるせん断スパン比(横軸)と、梁高さHを梁幅Bで除算して得られるアスペクト比(縦軸)との関係を示す特性図である。
【0051】
なお、図7図9に示す特性の算出において、H形鋼100の降伏点σはウェブ100a、フランジ100bともに同じ材料強度としている。また、黒丸のプロットはH形鋼100が外法一定H形鋼を示しており、白丸のプロットはJIS-H中幅のH形鋼100を示しており、灰色のプロットはJIS-H細幅のH形鋼100を示している。
【0052】
図7は、無孔梁の場合を示している。図7(a)は、大梁10の場合を示しており、大梁10に逆対称曲げモーメントが作用する時のせん断スパン比を示している。また、図7(b)は、両端部がピン接合の小梁20の場合を示しており、小梁20に分布荷重による曲げモーメントが作用する時のせん断スパン比を示している。また、図7(c)は、両端部が剛接合の小梁20の場合を示しており、小梁20に分布荷重による曲げモーメントが作用する時のせん断スパン比を示している。
【0053】
図7に示すように、想定した曲げモーメントが無孔梁である大梁10または小梁20に作用すると、梁の部材耐力がせん断耐力で決定される時のせん断スパン比は、大梁10では大きいもので“5”前後、ピン接合の小梁20では大きくて“10”程度、剛接合の小梁20では大きくて“14”程度である。
【0054】
図7(a)のせん断スパン比=8の縦線、図7(b)のせん断スパン比=10の縦線、図7(c)のせん断スパン比=12の縦線は、一般的な建物に用いられる梁部材のせん断スパン比の最小値を示している。ここで、図10を参照して、これらの一般的な建物に用いられる梁部材のせん断スパン比の最小値の算出方法について説明する。
【0055】
図10は、実際の建物に用いられている大梁10および小梁20について、建物の図面調査から得られた、梁の部材寸法から求まるせん断スパン比の構成比率の分布を示す特性図(ヒストグラム)である。図10(a)は大梁10のせん断スパン比(横軸)と構成比率(縦軸)との関係を示しており、図10(b)は両端部がピン接合の小梁20のせん断スパン比(横軸)と構成比率(縦軸)との関係を示しており、図10(c)は両端部が剛接合の小梁20のせん断スパン比(横軸)と構成比率(縦軸)との関係を示している。
【0056】
図10(a)に示すように、大梁10のせん断スパン比の構成比率は10以上12未満の範囲が最も多く、特にせん断スパン比が8未満の構成比率は1%程度と非常に小さい。同様に、両端部がピン接合の小梁20のせん断スパン比は10未満の構成比率が小さく、両端部が剛接合の小梁20のせん断スパン比は12未満の構成比率が小さい。したがって、一般的な建物に用いられる梁のせん断スパン比の最小値は、大梁10では“8”、両端部がピン接合の小梁20では“10”、両端部が剛接合の小梁20では“12”と考えることができる。
【0057】
したがって、図7に示した無孔梁の場合、梁の部材耐力がせん断耐力で決定される時のせん断スパン比は、大きいものでも一般的な建物に用いられる梁のせん断スパン比の最小値程度であることが判る。このため、通常の建築物において、無孔梁の部材耐力がせん断耐力で決定されることは殆どないことが判る。
【0058】
図8は、有孔梁の場合を示しており、ウェブ貫通孔102の開口率が0.6の場合を示している。図8(a)は、大梁10の場合を示しており、大梁10に逆対称曲げモーメントが作用する時のせん断スパン比を示している。また、図8(b)は、両端部がピン接合の小梁20の場合を示しており、小梁20に分布荷重による曲げモーメントが作用する時のせん断スパン比を示している。また、図8(c)は、両端部が剛接合の小梁20の場合を示しており、小梁20に分布荷重による曲げモーメントが作用する時のせん断スパン比を示している。
【0059】
同様に、図9は、有孔梁の場合を示しており、ウェブ貫通孔102の開口率が0.4の場合を示している。図9(a)は、大梁10の場合を示しており、大梁10に逆対称曲げモーメントが作用する時のせん断スパン比を示している。また、図9(b)は、両端部がピン接合の小梁20の場合を示しており、小梁20に分布荷重による曲げモーメントが作用する時のせん断スパン比を示している。また、図9(c)は、両端部が剛接合の小梁20の場合を示しており、小梁20に分布荷重による曲げモーメントが作用する時のせん断スパン比を示している。
【0060】
図8(b)および図8(c)に示したように、有孔梁に小梁20を想定した分布荷重による曲げモーメントが作用する場合、ウェブ100aに設けたウェブ貫通孔102の影響により有孔梁のせん断耐力が低下する。このため、小梁20の場合、有孔梁の部材耐力がせん断耐力で決定される時のせん断スパン比は、図8に示した開口率が0.6の場合、大きいもので40を超えており、ほぼすべてのH形鋼100がせん断スパン比の最小値(10または12)を上回っている。同様に、図9(b)および図9(c)に示した開口率が0.4の場合、開口率が0.6の場合に比べてウェブ貫通孔102の径が小さくなるため、有孔梁のせん断耐力低下の影響は小さくなるものの、有孔梁の部材耐力がせん断耐力で決定される時のせん断スパン比は大きいもので20を超えており、せん断スパン比の最小値(10または12)を上回るものが多数見受けられる。
【0061】
有孔梁に大梁10を想定した逆対称曲げモーメントが作用する場合、有孔梁の部材耐力がせん断耐力で決定される時のせん断スパン比は、小梁20を想定した場合に比べて小さくなるものの、図8(a)に示した開口率が0.6の場合は図7(a)に示した無孔梁に比べて3~4倍程度のせん断スパン比となっており、せん断スパン比の最小値(=8)を超えるものがある。図9(a)に示した開口率が0.4の場合にも、一部のH形鋼100では、せん断スパン比の最小値8を上回るものが存在する。
【0062】
以上のように、有孔梁はウェブ貫通孔102による耐力低下の影響を受け、一般的な建物の梁長さを有する場合においても、せん断耐力により梁の部材耐力が決定される場合がある。なお、この傾向は開口率が0.6および0.4以外の場合についても同様の傾向を示すと考えられる。
【0063】
このため、ウェブ貫通孔102を設けた場合はせん断耐力が大きく低下し、無孔梁の場合には問題とならなかったせん断耐力が設計上のネックとなり得る。一方で、上記「1.」で説明した解析検討の結果より、部材耐力がせん断耐力で決定する有孔梁の場合は、ウェブ100aの降伏点をフランジ100bの降伏点より大きくすることでせん断耐力を効果的に向上させることが可能である。したがって、有孔梁のウェブ100aの降伏点σがフランジ100bの降伏点σよりも大きくなるようにウェブ100aとフランジ100bの材料強度を適切に調整することで、有孔梁についてもせん断耐力が設計上のネックとならないように扱うことが可能となる。
【0064】
4.有孔梁の部材耐力を向上させるウェブの降伏点σの範囲について
以上のように、ウェブ降伏点をフランジ降伏点より高くすることで、有孔梁の部材耐力が、せん断耐力で決定されるのではなく、無孔梁と同様に曲げ耐力で決定されるようにできる。このため、本開示に係るH形断面部材は、ウェブ100aを構成する材料の降伏点がフランジ100bを構成する材料の降伏点のよりも大きいものとされる。この構成により、ウェブ貫通孔102の周辺を補強することなく有孔梁の耐力を向上させることができる。また、梁全長に渡りウェブ100bを高強度化できるため、ウェブ貫通孔102が多数設けられる場合やウェブ貫通孔102位置が変更される場合にも手間をかけずに有孔梁を補強レスとすることができる。また、降伏点とは、上降伏点または下降伏点や0.2%オフセット耐力等を意味している。
【0065】
一方、上記「1.」で説明したように、梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される場合、ウェブ100aの強度をフランジ100bの強度より高くしても、有孔梁の曲げ耐力はそれほど向上しない。
【0066】
したがって、ウェブ100aの強度をフランジ100bの強度よりも必要以上に高くする必要はなく、ウェブ100aの降伏点σは、有孔梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される時の降伏点より大きければ、必要以上に高くする必要はない。そして、ウェブ100aの材料として、有孔梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される時の降伏点より大きな降伏点を有する材料を選択すればよい。これにより、ウェブ100aの強度が高められ、有孔梁の部材耐力を効果的に向上させることができる。
【0067】
そこで、次に、ウェブ100aの降伏点σを変数とし、有孔梁の部材耐力を効果的に向上させることができるウェブ100aの降伏点σの範囲について検討した結果を説明する。なお、以下では、ウェブ100aとフランジ100bの降伏点の組み合わせを、フランジ100bの降伏点σに対するウェブ100aの降伏点σの比(=σσ)を用いて整理している。
【0068】
図11図14は、有孔梁において、フランジ100bの降伏点σに対してウェブ100aの降伏点σを大きくすることで、部材耐力が曲げ耐力で決定されるようにした場合に、H形鋼100のアスペクト比(横軸)と、フランジ100bの降伏点σに対するウェブ100aの降伏点σの比(=σσ、縦軸)との関係を示す特性図である。
【0069】
図11は開口率が0.7の場合、図12は開口率が0.6の場合、図13は開口率が0.5の場合、図14は開口率が0.4の場合、をそれぞれ示している。また、図11図14では、σσ=1の場合、すなわち、ウェブ100aとフランジ100bの強度が同一の場合を太い実線で示している。図11において、図11(a)は大梁10の場合、図11(b)は両端部がピン接合の小梁20の場合、図11(c)は、両端部が剛接合の小梁20の場合、をそれぞれ示している。図12図13、および図14においても同様である。
【0070】
上述したように、図8および図9は、有孔梁において、ウェブ100aとフランジ100bが同じ材料強度の場合を示しており、σσ=1である。この場合、図8および図9に示したように、有孔梁のせん断スパン比が一般的な建物における梁部材の最小値以上である場合に、有孔梁の部材耐力がせん断耐力で決定されるH形鋼100が多く見受けられる。これに対し、フランジ100bの降伏点σに対してウェブ100aの降伏点σを相対的に大きくすると、せん断耐力が向上し、有孔梁の部材耐力が曲げ耐力で決定されるようになる。
【0071】
有孔梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される時のフランジ100bの降伏点σに対するウェブ100aの降伏点σの比(=σσ)と、アスペクト比は、有孔梁の部材耐力がせん断耐力で決定される時のせん断スパン比を算出する場合と同様の考え方で、曲げ耐力=作用曲げモーメントの最大値、且つ、せん断耐力>作用せん断力の最大値、の条件(条件2)を満たす複数のH形鋼100のそれぞれについて、σσとアスペクト比を算出することで求まる。但し、ここでは、H形鋼100の降伏点σがウェブ100aとフランジ100bとで異なるため、例えばFEMの解析モデルにおいて、フランジ100bの降伏点σに対してウェブ100aの降伏点σが大きくなるようにウェブ100aの降伏点σを変化させて上記条件を満たす各H形鋼100のσσとアスペクト比を算出する。図11図14では、図7図9と同様、黒丸のプロットはH形鋼100が外法一定H形鋼を示しており、白丸のプロットはJIS-H中幅のH形鋼を示しており、灰色のプロットはJIS-H細幅のH形鋼を示している。なお、有孔梁のせん断スパン比は、図10で説明した一般的な建物における梁部材のせん断スパン比の最小値(大梁10は“8”、ピン接合の小梁20は“10”、剛接合の小梁20は12”)として算出している。
【0072】
図11図14に示したように、大梁10および小梁20を想定したいずれの場合についても、有孔梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される場合のσσはアスペクト比と概ね負の相関関係があり、σσが大きくなるほどアスペクト比は小さくなる。
【0073】
部材耐力が曲げ耐力で決定される有孔梁を設計する際には、梁の寸法に基づいて上記条件2を満たすようなσσを算出し、ウェブ100aとフランジ100bの材料を決定すればよいが、その計算は非常に手間がかかり煩雑である。そこで、図11図14中に一点鎖線で示すように、有孔梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される場合のσσを、アスペクト比および開口率を用いて、以下の簡易な(6)式で表す。なお、(6)式において、Hは梁高さ、Bは梁幅、Rはウェブ貫通孔102の開口率(=ウェブ貫通孔102の直径/フランジ100bの外面間の距離(梁高さH))、σはウェブ100aの降伏点、σはフランジ100bの降伏点、βは梁の形式に応じた係数である。なお、(6)式の適用範囲は、0<アスペクト比<5および0<開口率<0.7とすることが好ましい。また、ウェブ貫通孔102が矩形の場合、ウェブ貫通孔102の直径の代わりに、フランジ100bの長手方向と直交する方向(梁高さ方向)のウェブ貫通孔102の長さを用いることができる。
【0074】
【数4】
【0075】
一方、ウェブ100aの降伏点σをフランジ100bの降伏点σより大きくするために以下の(7)式を満たす必要がある。
σσ>1 (7)
【0076】
したがって、有孔梁の部材耐力が曲げ耐力で決定されるようにするためには、フランジ100bの降伏点σに対するウェブ100aの降伏点σの比(σσ)を、(6)式の右辺より求まる値以下とし、且つ(7)式を満たすようにすればよい。換言すれば、有孔梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される場合のσσの範囲は、図11図14中のσσ=1を示す実線と(6)式を表す一点鎖線とで囲まれる範囲である。
【0077】
(6)式、(7)式によれば、有孔梁のアスペクト比とウェブ貫通孔102の開口径が分かれば、フランジ100bの降伏点σに対するウェブ100aの降伏点σの比(σσ)を簡易に求めることができ、ウェブ100aをフランジ100bに対して高強度化する際のウェブ100aの好ましい強度範囲が簡単に求められる。したがって、有孔梁の部材耐力を効果的に向上させることができるウェブ100aの降伏点σの適切な強度範囲を簡易に求めることができるため、その都度、有孔梁の耐力計算を行う手間が省け、効率的に無補強有孔梁を設計することができる。また、従来の有孔梁の貫通孔補強方法に比べてウェブ貫通孔102の周辺の補強部材の調達や接合の工程を省略することができるので、有孔梁の製作工程の省略を通じて建物の施工効率化およびコスト削減に繋がる。
【0078】
より詳細には、(6)式で表される一点鎖線は、図11図14の計算結果から求まり、アスペクト比とσσとの関係を表しているが、開口率と梁の形式(大梁10、両端ピン接合の小梁20、両端剛接合の小梁20)に応じて異なる。このため、(6)式では、図11図14の結果に基づいて、右辺のパラメータに開口率Rを含めることで、開口率Rに応じてσσの値を最適化している。また、(6)式では、図11図14の結果に基づいて、梁の形式による相違を係数βで表しており、梁の形式に応じてσσの値を最適化している。
【0079】
係数βは、H形鋼100が大梁10として用いられる場合はβ=8である。これにより、大梁10として用いられる時の有孔梁のウェブ100aの降伏点σを安全側に精度よく求めることができる。
【0080】
また、係数βは、H形鋼100が小梁20として用いられる場合は、両端部の接合形式によらずβ=4~5である。これにより、H形鋼100が小梁20として用いられる時の有孔梁のウェブ100aの降伏点σを安全側に精度よく求めることができる。
【0081】
図11図14に示すように、開口率が0.4から0.7のいずれの場合も、(6)式はそれぞれ有孔梁の部材耐力が曲げ耐力で決定される場合のσσの範囲を精度よく且つ安全側に評価していることが分かる。なお、開口率が0.4より小さい場合についても、開口率0.4~0.7の場合と同様に(6)式の適用が可能であり、同様の評価精度が得られると考えられる。また、図11図14ではせん断スパン比を一般的な建物における梁部材のせん断スパン比の最小値としたが、せん断スパン比がこの最小値以上の場合も(6)式は適用可能であり、同様の評価精度が得られるものと考えられる。
【0082】
表3に、有孔梁の大梁10および小梁20のそれぞれについて、ウェブ貫通孔102の開口率とH形鋼100のアスペクト比を変化させた場合に、(6)式より求まるウェブ降伏点とフランジ降伏点の比σσの例を示す。なお、表3では、現存するH形鋼の断面寸法や有孔梁の貫通孔径を考慮して、開口率は0.1~0.7の範囲、アスペクト比は1~4の範囲として計算している。また、係数βは、大梁10の場合は8,小梁20の場合は4としている。
【0083】
【表3】
【0084】
一般に、梁に用いられるH形鋼100は断面効率の観点からアスペクト比が大きいものが好まれる。表3において、アスペクト比3~4の範囲に着目すると、大梁10の場合、開口率が0.6であればσσは0.7~1.4の範囲となる。また、小梁20の場合、アスペクト比が3~4の範囲に着目すると、開口率が0.5であればσσは1.1~2.2の範囲となっている。
【0085】
ここで、H形鋼等の鋼材製品は製造過程で同様の工程を経ても出来上がる製品の品質に若干のばらつきが生じるため、製品の品質を保つために耐力や伸び性能、化学成分等に関する細かな規格範囲が製品ごとに定められている。例えば建築構造用圧延鋼材については、板厚が16mm以上40mm以下のSN490では降伏点が325N/mm~445N/mmの間に収まることとJISで定められており、この場合の降伏点の規格下限値とは325N/mmを意味している。なお、規格範囲はJISの他に鋼材メーカー等が独自に定めている場合もある。
【0086】
このため、本開示に係るH形断面部材は、ウェブ100aを構成する材料の降伏点がフランジ100bを構成する材料の降伏点のよりも大きいものとされるが、より具体的には、ウェブ100aを構成する材料とフランジ100bを構成する材料の降伏点は、それぞれが材料の規格で定められた規格上限値と規格下限値の間の範囲であり、ウェブ100aを構成する材料の降伏点の規格下限値がフランジ100bを構成する材料の降伏点の規格下限値よりも大きいものとされる。なお、降伏点の規格下限値に限定されるものではなく、使用する鋼材の材料強度の基準強度などを用いてもよい。なお、実際のH形鋼100のウェブ100aとフランジ100bの降伏点の規格下限値は、鋼材の外観、ミルシート、設計図書から判断できる。鋼材の外観から判断する場合、刻印(印字)、ステンシルから判断可能である。
【0087】
建築に用いられる鋼材種別として、降伏点の規格下限値が235N/mmである 400N級鋼、降伏点の規格下限値が325N/mmである490N級鋼、および降伏点の規格下限値が385N/mmである550N級鋼等が挙げられる。400N級鋼の降伏点の規格下限値に対して、490N級鋼の降伏点の規格下限値は約1.4倍、550N級鋼の降伏点の規格下限値は約1.6倍となる。
【0088】
したがって、(6)式より求まるσσは、実現可能なウェブ100aの降伏点とフランジ100bの降伏点の組み合わせであり、前述のようにσσ=1.4となるようなH形鋼が求められる場合には、ウェブ100aとして490N級鋼板を用い、フランジ100bとして400N級鋼板を用い、両者を溶接してビルドH形鋼等を作製することで、有孔梁の部材耐力は曲げ耐力で決定される。したがって、このようにして作製されたビルドH形鋼は、曲げモーメントが作用した場合に、せん断降伏よりも先に曲げ降伏が発生する
【0089】
なお、ウェブ100aの降伏点をフランジ100bの降伏点より大きくする方法はビルドH形鋼に限定されるものではない。長手方向の全域に渡って、ウェブを構成する材料の降伏点の規格下限値がフランジを構成する材料の降伏点の規格下限値よりも大きいものであれば圧延H形鋼でもよい。
【0090】
また、ウェブ貫通孔102を有するH形断面部材が柱として用いられる場合において、σσを算出する際は、柱に作用する荷重は大梁10を想定した場合と同様に逆対称曲げが作用するため、大梁10と同様に(6)式を用いてσσを計算すればよい。
【0091】
以上説明したように、ウェブ貫通孔102を有する有孔梁は、一般的な建物の設計条件においても梁の部材耐力がせん断力で決定される場合がある。そこで、有孔梁のウェブ降伏点をフランジ降伏点に比べて大きくすることで、有孔梁の部材耐力を無補強で向上させることができるため、ウェブ貫通孔102の周辺の補強が不要となる。したがって、従来工法に比べてより効率的に有孔梁を製作することが可能となり、建物の施工効率化およびコスト削減につながる。また、梁の全長に渡りウェブを高強度化するため、貫通孔が多数設けられる場合や貫通孔位置の変更に対して手間やコストをかけずに対応することが可能となる。
【符号の説明】
【0092】
10 大梁
12,14 柱
20 小梁
100 H形鋼
100a ウェブ
100b フランジ
100b ウェブ
101a 片端
101b 片端
102 貫通孔
102 ウェブ貫通孔
図1A
図1B
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14