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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122534
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】有機ハイドロゲル
(51)【国際特許分類】
   C08L 65/00 20060101AFI20240902BHJP
   C08L 29/04 20060101ALI20240902BHJP
   C08K 5/1545 20060101ALI20240902BHJP
   C08L 25/18 20060101ALI20240902BHJP
   C08J 3/075 20060101ALI20240902BHJP
【FI】
C08L65/00
C08L29/04 B
C08K5/1545
C08L25/18
C08J3/075
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030122
(22)【出願日】2023-02-28
(71)【出願人】
【識別番号】507106180
【氏名又は名称】環テックス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100196977
【弁理士】
【氏名又は名称】上原 路子
(72)【発明者】
【氏名】道信 剛志
(72)【発明者】
【氏名】ジア ハン
(72)【発明者】
【氏名】亀山 敏治
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 惇
(72)【発明者】
【氏名】亀山 昂暉
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 立維
【テーマコード(参考)】
4F070
4J002
【Fターム(参考)】
4F070AA18
4F070AA41
4F070AB06
4F070AB11
4F070AC66
4F070CB03
4J002BC12X
4J002BE02Y
4J002CE00W
4J002EL086
4J002GQ02
(57)【要約】
【課題】新規有機ハイドロゲル及びその製造方法の提供。
【解決手段】
本発明は、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)及び2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)を含む有機ハイドロゲル、並びにその製造方法を提供する。
【選択図】図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)及び2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)を含む有機ハイドロゲル。
【請求項2】
有機ハイドロゲルの重量に対し、6重量%~10重量%のPDCを含む、請求項1に記載の有機ハイドロゲル。
【請求項3】
ポリビニルアルコール(PVA)を更に含む、請求項1又は2に記載の有機ハイドロゲル。
【請求項4】
有機極性溶媒を更に含む、請求項3に記載の有機ハイドロゲル。
【請求項5】
前記有機極性溶媒が、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、i-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、2-メチル-1-プロパノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、又はその水溶液、或いはそれらの混合物である、請求項4に記載の有機ハイドロゲル。
【請求項6】
ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)及び2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)を含む有機ハイドロゲルを製造するための方法であって、
PEDOT:PSS分散液にPDCを添加することを含む方法。
【請求項7】
有機ハイドロゲルの重量に対し、6重量%~10重量%のPDCが添加される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記PEDOT:PSS分散液は、ポリビニルアルコール(PVA)を含む、請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
前記PDCが添加されたPEDOT:PSS分散液の分散媒を有機極性溶媒に置換することを更に含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記有機極性溶媒が、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、i-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、2-メチル-1-プロパノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、又はその水溶液、或いはそれらの混合物である、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機ハイドロゲル及びその製造方法に関する。より具体的には、PEDOT:PSS及びPDCを含む新規有機ハイドロゲル及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(以下、PEDOT:PSSと称することがある)は、高い導電性、優れた電気化学的特性、可撓性といった特性を有する導電性物質として注目されている。
【0003】
PEDOT:PSSの強度や導電性の向上等を目的として、ポリビニルアルコール(以下、PVAと称することがある)等のポリマーや、エチレングリコール(以下、EGと称することがある)及びエタノール等の溶媒を用いてゲル化することが報告されている。PVAは、水分保持機能、柔軟性、導電性を付与し、EGは、PVAの水酸基とPEDOT:PSSのスルホン酸基の間の水素結合を強化することにより柔軟性、多孔性、機械的強度を付与することができる(特許文献1、非特許文献1、2)。更に導電性又は機械的特性などの点で匹敵又は優れる新たな有機ハイドロゲルの出現が所望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-15890号公報
【特許文献2】特開2005-278549号公報
【特許文献3】特開2011-229426号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Qifan Liu et al., Adv. Mater. Technol. 2021, 6, 2000919 [DOI: 10.1002/admt.202000919]
【非特許文献2】Qinfeng Rong et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 14159-14163 [DOI: 10.1002/anie.201708614]
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、新規有機ハイドロゲル及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、鋭意研究の結果、PEDOT:PSSに2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)を添加し混合することにより導電性又は機械的特性などの点で好ましい物性を有する有機ハイドロゲルが生成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
本願は以下の発明を包含する。
(1)ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)及び2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)を含む有機ハイドロゲル。
(2)有機ハイドロゲルの重量に対し、6重量%~10重量%のPDCを含む(1)に記載の有機ハイドロゲル。
(3)ポリビニルアルコール(PVA)を更に含む(1)又は(2)に記載の有機ハイドロゲル。
(4)有機極性溶媒を更に含む(1)~(3)のいずれか1項に記載の有機ハイドロゲル。
(5)前記有機極性溶媒が、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、i-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、2-メチル-1-プロパノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、又はその水溶液、或いはそれらの混合物である(4)に記載の有機ハイドロゲル。
(6)ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)及び2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)を含む有機ハイドロゲルを製造するための方法であって、
PEDOT:PSS分散液にPDCを添加することを含む方法。
(7)有機ハイドロゲルの重量に対し、6重量%~10重量%のPDCが添加される、(6)に記載の方法。
(8)前記PEDOT:PSS分散液は、ポリビニルアルコール(PVA)を含む、(6)又は(7)に記載の方法。
(9)前記PDCが添加されたPEDOT:PSS分散液の分散媒を有機極性溶媒に置換することを更に含む、(6)~(8)のいずれか1項に記載の方法。
(10)前記有機極性溶媒が、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、i-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、2-メチル-1-プロパノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、又はその水溶液、或いはそれらの混合物である(9)に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
PEDOT:PSSとPDCを水素結合させることにより新規有機ハイドロゲルを作製することができる。得られた有機ハイドロゲルは良好な機械的特性又は導電性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】PVA、PEDOT:PSS、及びPDCを一定の割合で含む分散液からゲルが形成される様子を示す。
図2】FT-IRスペクトル測定によるゲル化機構の確認。
図3】有機ハイドロゲル膜の修復能の観察。
図4】有機ハイドロゲル膜の押圧実験。
図5】有機ハイドロゲルのDSC曲線の測定。
図6】有機ハイドロゲル繊維の作成。前駆液をPTFEチューブからEG水溶液に注入した状態。
図7】有機ハイドロゲル繊維の引張実験。
図8】有機ハイドロゲル繊維におけるPDC含有量(重量%)と導電率の関係。
図9】有機ハイドロゲル繊維の伸展率と電流値の関係。
図10】有機ハイドロゲル繊維の屈曲角度と電流値の関係。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)及び2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)を含む有機ハイドロゲルを提供する。
【0012】
PEDOT:PSSは、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)にポリスチレンスルホン酸(PSS)がドープされた導電性ポリマーであり、次の式により表わされるポリマーである。
【化1】
【0013】
式中、mは、限定されないものの、通常50以上50000以下、好ましくは100以上10000以下、更に好ましくは200以上5000以下の整数である。nは、限定されないものの、通常20以上200以下、好ましくは40以上100以下、更に好ましくは50以上80以下の整数である。PEDOT:PSSの分子量は限定されないものの、通常24000~18000000、好ましくは48000~3700000、より好ましくは88000~1800000である。PEDOT:PSSは、公知の方法により作成しても、市販品を購入してもよい。
【0014】
PEDOT:PSSの含有量は限定されないものの、有機ハイドロゲルの重量に対し、通常0.001重量%~50重量%、好ましくは0.01重量%~20重量%、更に好ましくは0.2重量%~10重量%であることがゲルの強度又は導電性の観点から好ましい。
【0015】
2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)は、以下の式で表される化合物である。
【化2】
【0016】
PDCは、リグニン等から製造できることが本発明者らにより発見されている。PDCは、リグニン等の植物芳香族成分の生分解過程における安定中間体であり、工業的スケールで製造でき、機能性プラスチック原料や化学製品の原料として有望視されている(特許文献2、3)。PDCは特許文献2、3その他の公知の方法により合成しても、市販品を購入してもよい。
【0017】
PDCの含有量は限定されないものの、有機ハイドロゲルの重量に対し通常0.5重量%~20重量%、好ましくは1重量%~15重量%、より好ましくは5重量%~10重量%、更に好ましくは6重量%~10重量%であることがゲルの強度、可撓性、ゲル化促進、又は導電性等の観点から好ましい。
【0018】
(PEDOT:PSS):PDCの重量比は、通常1:1~1:1000、例えば1:5~1:100、好ましくは1:10~1:50の範囲内である。
【0019】
本発明の有機ハイドロゲルは、ポリビニルアルコール(PVA)を更に含んでもよい。
【0020】
ポリビニルアルコール(PVA)は、以下の式で表されるポリマーである。
【化3】
【0021】
式中、pは、限定されないものの、通常2200以上12000以下、好ましくは2700以上6900以下、更に好ましくは3100以上4600以下の整数である。PVAの分子量は限定されないものの、通常100000~500000、好ましくは120000~300000、より好ましくは140000~200000である。PVAは、公知の方法により作成しても、市販品を購入してもよい。
【0022】
PVAの含有量は限定されないものの、有機ハイドロゲルの重量に対し、通常0.1重量%~50重量%、好ましくは1.0重量%~25重量%、より好ましくは5重量%~15重量%、例えば、8重量%、9重量%、10重量%であることがゲルの水分保持機能、柔軟性、又は導電性等の観点から好ましい。
【0023】
PVAを含む場合、(PEDOT:PSS):PDC:PVAの重量比は、通常1:1:1~1:1000:1000、例えば、1:5:4~1:100:90、好ましくは1:10:9~1:50:45の範囲内である。
【0024】
本発明の有機ハイドロゲルは、柔軟性、多孔性、機械的強度等の観点から、有機極性溶媒を更に含んでもよい。有機極性溶媒の含有量は限定されないものの、有機ハイドロゲルの重量に対し、通常1.0重量%~50重量%程度、例えば、5重量%~20重量%、10重量%~20重量%等である。
【0025】
有機極性溶媒として、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、i-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、2-メチル-1-プロパノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、又はその水溶液、或いはそれらの混合物が挙げられる。有機極性溶媒は、好ましくは、エチレングリコール、プロピレングリコール等の低級アルコール(例えば、C1~C4)、又はその水溶液、より好ましくは二価低級アルコール、例えば、エチレングリコール、又はその水溶液である。低級アルコール水溶液の含水率は、例えば0~10v/v%、10~40v/v%、20~30v/v%、30~40v/v%、30~50v/v%、60~70v/v%、50~80v/v%、80~99.5v/v%等であってもよい。
【0026】
本発明の有機ハイドロゲルは、有機ハイドロゲルの柔軟性の観点から、水を含んでもよい。水の含有量は限定されないものの、有機ハイドロゲルの重量に対し、通常、1.0重量%~50重量%程度、例えば、5重量%~20重量%、10重量%~20重量%等である。
【0027】
本発明の有機ハイドロゲルは、通常0.1~10.0mS/cm、好ましくは0.2~5.0mS/cm、より好ましくは0.4~1.0mS/cmの導電率を有し得る。
【0028】
また、本発明は、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)及び2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)を含む有機ハイドロゲルを製造するための方法を提供する。
【0029】
本発明の方法は、PEDOT:PSS分散液にPDCを添加することを含む。PEDOT:PSS分散液におけるPEDOT:PSSの含有量は限定されないものの、例えば、通常0.001重量%~5重量%、好ましくは0.01重量%~2重量%、更に好ましくは0.2重量%~1重量%であることがゲルの強度又は導電性の観点から好ましい。PEDOT:PSS分散液の分散媒は、限定されないものの、例えば、水、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、i-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、2-メチル-1-プロパノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、又はその水溶液、或いはそれらの混合物が挙げられる。分散媒は、好ましくは、水、エチレングリコール水溶液、N,N-ジメチルホルムアミド水溶液、より好ましくは水である。
【0030】
PEDOT:PSS分散液は、PVAを含んでもよい。PEDOT:PSS分散液におけるPVAの添加量は限定されないものの、有機ハイドロゲルの重量に対し通常0.1重量%~50重量%、好ましくは1.0重量%~25重量%、より好ましくは5重量%~15重量%、例えば、8重量%、9重量%、10重量%となるように添加することがゲルの水分保持機能、柔軟性、又は導電性等の観点から好ましい。PVAを添加する場合、上記分散媒にPVAを溶解させる際の温度は特に制限はないが、例えば室温~当該溶媒の沸点より低い温度、例えば室温~300℃、好ましくは50~200℃、より好ましくは80~150℃、最も好ましくは90~100℃程度の温度とする。PVAは粉末状で、あるいは適当な溶媒、好ましくはPEDOT:PSS分散媒と同じ溶媒に予め溶解させ、連続的に、あるいは断続的に、好ましくは攪拌しながら添加する。
【0031】
PEDOT:PSS分散液に添加するPDCの量は限定されないものの、有機ハイドロゲルの重量に対し通常0.5重量%~20重量%、好ましくは1重量%~15重量%、より好ましくは5重量%~10重量%、更に好ましくは6重量%~10重量%となるように添加することがゲルの強度、可撓性、ゲル化促進、又は導電性等の観点から好ましい。PEDOT:PSS分散液に含まれる(PEDOT:PSS):PDCの重量比は、通常1:1~1:1000、例えば1:5~1:100、好ましくは1:10~1:50の範囲内である。
【0032】
PEDOT:PSS分散液にPDCを添加する際の温度は特に限定されるものではないが、好ましくはPEDOT:PSS分散液を一旦室温程度にまで冷ましてから行うのが好ましい。PDCは粉末状で、あるいは適当な溶媒、好ましくはPEDOT:PSS分散媒と同じ溶媒に予め溶解させ、連続的に、あるいは断続的に、好ましくは攪拌しながら添加する。
【0033】
本発明の方法は、PDCが添加されたPEDOT:PSS分散液の溶媒を有機極性溶媒に置換することを更に含んでもよい。置換する有機性極性溶媒は、上に記載の有機性極性溶媒が挙げられる。好ましくは、エチレングリコール、プロピレングリコール等の低級アルコール(例えば、C1~C4)、又はその水溶液、より好ましくは二価低級アルコール、例えば、エチレングリコール、又はその水溶液である。有機極性溶媒の置換は、PEDOT:PSS分散液に有機極性溶媒を添加後、静置することにより行うことができる。有機極性溶媒の添加は、例えば、PDCが添加されたPEDOT:PSS分散液に有機極性溶媒を添加することにより行ってもよく、あるいは、有機極性溶媒にPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)チューブやシリンジなどの器具を用いてPDCが添加されたPEDOT:PSS分散液を注入してもよい。添加される有機極性溶媒の体積は、PEDOT:PSS分散液の体積に対して少なくとも2倍、好ましくは、10倍、より好ましくは20倍以上の容量であればよい。このような方法により、本発明の有機ハイドロゲルを含む又はからなる膜及び繊維を作製することができる。
【0034】
静置は、通常-30℃以上100℃以下、好ましくは10℃以上50℃以下、より好ましくは20℃以上40℃以下、例えば室温において、通常10分以上72時間以下、好ましくは30分以上48時間以下、より好ましくは1時間以上24時間以下、例えば12時間、静置すればよい。ゲル形成の判断は目視で簡便に行うことができる。本発明の方法は、このように静置することによって得られた有機ハイドロゲルを乾燥させることをさらに包含してもよい。
【0035】
本発明でいう有機ハイドロゲルとは、PEDOT:PSSが分散された分散媒を通じて、PEDOTおよびPSSがPDCとともに連結網状構造、通常は架橋網状構造を形成することで安定な水性ゲルを指す。特に理論に拘束されるわけではないが、PDCの2個のカルボキシル基が、PEDOTおよびPSSの各分子が有する水酸基又は酸素原子と水素結合を形成することでこれらの分子同士が連結し、ゲルが形成されるものと推測される。かかるゲル化における連結網状構造にPVAが加わると、PVAの有する水分保持機能、柔軟性、導電性が向上する点で好ましい。また、EGは導電性、PVAの水酸基間の水素結合を強化するため、機械的強度が向上する点で好ましい。また、本発明の方法を用いると、簡便な装置を用い迅速かつ容易に高性能なゲルを作成することができる点で好ましい。
【0036】
本発明の有機ハイドロゲルは、有機ハイドロゲルが有用であるものとしてよく知られる用途、具体的にはアクチュエータ、生物付着防止剤、耐ワックス剤、化粧品、薬剤及び栄養剤搬送剤、封入剤、凍結防止弾性体、油―水分離剤、可食性油、滑り剤等に利用できる。特に本発明の有機ゲルは実施例の結果が示す通り低温、例えば-20℃程度の温度でも非晶質状態を維持することができ、優れた凍結防止能を有する。また、実施例が示す通り極めて高い導電性、可撓性、修復能、動きに応じ電流値が変化するという特性を有している。このような特性を利用すると、歪みセンサその他の新たな用途への応用も期待できる。
【0037】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0038】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例0039】
1.有機ハイドロゲルの作製
1-1.材料
PEDOT:PSS(Clevios P VP Al 4083)は、Haraeus Electronic Materials(レバークーゼン、ドイツ)から購入した。2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)は、森林総合研究所(茨城県つくば市)から提供された。ポリ(ビニルアルコール)(PVA)(Mw146,000-186,000)はSigma-Aldrich(東京都目黒区)から購入した。エチレングリコール(EG)は、関東化学株式会社(東京都中央区)から購入した。
【0040】
1-2.前駆液の調製
PVAを95℃で水に溶解しPVA水溶液を得た。PEDOT:PSSを20℃で水に分散させPEDOT:PSSを含有するPEDOT:PSS分散液を得た。PVA水溶液をPEDOT:PSS分散液に95℃で溶解させてPVAを9重量%およびPEDOT:PSSを0、0.2、又は1.0重量%含む又は含まない分散液を調製した。この分散液に、PDCを10重量%となるように添加又は添加せず攪拌した。その後、2000rpmで1分間遠心分離して気泡を除去し前駆液を調製した。
【0041】
1-3.有機ハイドロゲル膜の作製
1mlの前駆液で満たした容器にEGを2ml添加した。添加後10分および12時間静置した時点で観察したところ、特定の材料を含む系では有機ハイドロゲル膜が形成された(図1)。図1に示す数値は、PVA:(PEDOT:PSS):PDCの重量比を示す。例えば、PVA(9)/PEDOT:PSS(1)/PDC(10)は、PVA:(PEDOT:PSS):PDCの重量比が9:1:10であることを指す。PEDOT:PSSを含まないとゲル化は起こらなかった(左から1および2番目の図)。PEDOT:PSSを含有する場合、低硬度のゲルが形成された(左から3,5番目の図)が、PDCを含有するとより高硬度のゲルが形成された(左から4,6番目の図)。また、PEDOT:PSSの濃度が0.2重量%であっても十分な硬度のゲルが形成されたが、1.0重量%の場合より高硬度のゲルが形成された。よって、PDCやPVAとPEDOT:PSSの水酸基の間に形成される水素結合が主なゲル化機構だと推測された。また、EG置換後10分で既にゲル化が起こり12時間後でもゲル化状態を維持していることがわかる。
【0042】
2.有機ハイドロゲル膜
2-1.作製
PVAの濃度を9重量%、PEDOT:PSSを1重量%、PDCを5.0重量%(PPP5EG)又は10重量%(PPP10EG)とした以外は上記1.と同じ工程を行い、前駆液の調製とゲル膜の作成を行った。また、対照としてPDC及びPEDOT:PSSを含まない系(PVAEG)並びにPDCを含まない系(PPEG)も作製した。これらの膜について以下の測定を行った。
【0043】
2-2.構造
作製した有機ハイドロゲル膜の構造を、フーリエ変換赤外分光法(FT/IR-4200,JASCO)により20℃で4000~500cm-1範囲で分析しゲル化機構を確認した。
【0044】
結果を図2に示す。PDCを含むゲル(PPP5EG及びPPP10EG)では、PDCのカルボニル基とPEDOT:PSSの水酸基が水素結合を形成することにより、3301cm-1にあった伸縮振動ピーク(PVAEG及びPPEG)が3292cm-1にシフトしていることが確認された。また、PPP5EG及びPPP10EGにおける1716cm-1及び973cm-1のピークはPDC由来のものと思われる。更に、950~1100cm-1の範囲に水素結合の非対称伸縮振動ピークが観測された。したがって、PEDOT:PSSとPDCを含む有機ゲルのゲル化機構は、PEDOT:PSSとPDC分子が短時間で水素結合を形成することであることがわかる。
【0045】
2-3.修復能
PPP10EGの膜を用い、修復能を観察した。具体的には、カッターを用いてゲル膜を2つに切断し、その後、切断されたゲル膜に、PPP10EGの作成に用いたものと同じ分散液を充填させた後、上記と同じ方法でEG置換を行った。
【0046】
結果を図3に示す。ゲル膜を切断させても、切断膜に分散液を加えてEG置換を施すことによりゲル膜が修復された。修復されたゲル膜の機械的性質に切断前のものと違いは見られなかった。
【0047】
2-4.押圧実験
PPP10EGのゲル膜を色々な方向から押圧することにより機械的性質を観察した。
【0048】
結果を図4に示す。ゲル膜をいかなる方向から押圧しても破壊されることなく、押圧後には元の形状に回復し良好な可撓性を有していた。押圧後のゲル膜の形状および強度は押圧前のものと違いが見られなかった。
【0049】
2-5.熱物性
示差走査熱量(DSC)の測定は、示差走査熱量計(DSC8230、Thermo Plus EVO、東京、日本)を用い、窒素気流下で30~-80℃範囲を10℃/分の走査速度で行った。
【0050】
結果を図4に示す。DSC曲線には冷却過程で凝固点ピークが現れず、-80~30℃範囲でゲル状態を維持していることがわかった。いずれのゲルも優れた凍結防止能を有していた。また、加熱過程では融解ピークは観測されず、有機ゲルが非晶質であることが示された。
【0051】
3.有機ハイドロゲル繊維
3-1.作製
PDCを5.0重量%~10重量%(PPP5EG~PPP10EG)の各濃度とした以外は上記1と同じ工程を行い前駆液の調製を行った。前駆液を直径0.6mmのPTFEチューブを用いて、上記1と同じ濃度のEG水溶液に注入した。注入後12時間静置することにより溶媒交換を行ったところ、有機ハイドロゲル繊維が形成された(図6)。対照としてPDCを含まない系(PPEG)も作成し、以下の測定を行った。
【0052】
3-2.引張実験
有機ハイドロゲル繊維の機械的性質は、非特許文献1に記載のように結び目をつくり引張ることにより測定した。
【0053】
結果を図7に示す。左図は引張前、中央図は結び目が締まる状態になるまで引張荷重1を負荷している様子、右図は引張荷重1よりも更に強い引張荷重2を負荷している様子を示す。有機ハイドロゲル繊維の長さが約2~3倍となるまで引張荷重を負荷しても破壊されることはなく伸展された。伸展後、引張荷重を解除すると元の状態に回復し良好な可撓性を有していた。
【0054】
3-3.導電性
有機ハイドロゲル繊維の直径を測定し断面積を求めた。デジタルマルチメーター(MT-4510、マザーツール、長野、日本)を使用して有機ハイドロゲル繊維の抵抗値を測定し、電極間の長さも測定した。有機ハイドロゲル繊維の導電率(σ)は、以下の式に従って算出した。
σ=L/RA
式中、Lは2つの電極間の長さ、Rは測定抵抗値、Aは繊維の断面積を表す。
【0055】
結果を図8に示す。導電率はPDCが6重量%になると上昇し始めPDC濃度の増加に伴い上昇し続け、10重量%で1.36mS/cmに達した。
【0056】
3-4.伸縮感知性
電気化学測定システム(HZ-7000、北斗電工、東京、日本)を用い、PPP10EGの有機ハイドロゲル繊維の両端に1Vの電圧を印加することによって伸縮感知性を測定した。ゲル繊維伸縮前の電流値(I)を測定し、更にゲル繊維を0~300%の伸展率で伸縮させた時の電流値の変化をΔI/I(%)として求めた。伸展率は、試験機(東洋精機 ストログラフVES5D、東京、日本)を使用して測定した。
【0057】
図9に結果を示す。左図は所定の長さにおける伸展状態を維持した場合、右図は所定の長さへ伸展させた直後に伸展を解除する動作を3回繰り返した場合を示す。伸展率の大きさに応じて電流値の変化が大きくなった。
【0058】
3-5.屈曲感知性
PPP10EGの有機ハイドロゲル繊維を0~90°の角度で屈曲させる以外は3-4と同じ方法で電流値を測定し、電流値の変化をΔI/I(%)として求めた。屈曲角度は、試験機(東洋精機、ストログラフVES5D、東京、日本)を使用して測定した。
【0059】
図10に結果を示す。左図は所定の角度における屈曲状態を維持した場合、右図は所定の角度へ屈曲させた直後に屈曲を解除する動作を4回繰り返した場合を示す。屈曲角度の大きさに応じて電流値の変化が大きくなった。
【0060】
4.結論
以上より、PEDOT:PSSとPDCを水素結合させることにより、PEDOT:PSS-PDC有機ハイドロゲルを簡便に作製する方法を見出した。得られた有機ハイドロゲルは可撓性や修復能といった機械的特性並びに伸展や屈曲などの動きに対する導電性の変化を応用することにより歪みセンサその他の新たな用途への応用も期待できる。更に凍結防止性、良好な伝導性を有することから、極限環境で動作するフレキシブルエレクトロニクス等に応用できる可能性がある。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10