IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 環テックス株式会社の特許一覧 ▶ 独立行政法人森林総合研究所の特許一覧 ▶ 国立大学法人長岡技術科学大学の特許一覧

特開2024-1226063-カルボキシムコノラクトンの製造方法
<>
  • 特開-3-カルボキシムコノラクトンの製造方法 図1
  • 特開-3-カルボキシムコノラクトンの製造方法 図2
  • 特開-3-カルボキシムコノラクトンの製造方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122606
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】3-カルボキシムコノラクトンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/40 20060101AFI20240902BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20240902BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20240902BHJP
【FI】
C12P7/40
C12N1/21
C12N15/63 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030247
(22)【出願日】2023-02-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ウェブサイトのアドレス:(1)https://confit.atlas.jp/wood2022 (2)https://confit.atlas.jp/guide/event/wood2022/participant_login?redirectUrl=https://confit.atlas.jp/guide/event/wood2022/top&lang=ja 掲載日:令和4年3月1日 [刊行物等] 第72回日本木材学会大会(名古屋・岐阜大会) 開催日:令和4年3月15日 [刊行物等] ウェブサイトのアドレス:(1)https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S096085242201166X (2)https://www.sciencedirect.com/journal/bioresource-technology/vol/363/ (3)https://doi.org/10.1016/j.biortech.2022.127836 掲載日:令和4年8月27日 [刊行物等] ウェブサイトのアドレス:https://www.ffpri.affrc.go.jp/research/saizensen/2022/20221107.html 掲載日:令和4年11月7日
(71)【出願人】
【識別番号】507106180
【氏名又は名称】環テックス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】501186173
【氏名又は名称】国立研究開発法人森林研究・整備機構
(71)【出願人】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】片山 義博
(72)【発明者】
【氏名】政井 英司
(72)【発明者】
【氏名】中村 雅哉
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AD15
4B064AD25
4B064CA02
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA16
4B065AA01Y
4B065AA44X
4B065AB01
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA02
4B065CA11
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】3-カルボキシムコノラクトン(4S-3CML)を工業的に製造する新規の方法を提供する。
【解決手段】単子葉植物から抽出されたヒドロキシケイヒ酸類から、3-カルボキシムコノラクトンを製造するための方法であって、
前記ヒドロキシケイヒ酸類を含有させた培地中において、1つ又は複数の組換えベクターで形質転換された微生物を培養させること、
を含む、方法を提供する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単子葉植物から抽出されたヒドロキシケイヒ酸類から、3-カルボキシムコノラクトンを製造するための方法であって、
前記ヒドロキシケイヒ酸類を含有させた培地中において、1つ又は複数の組換えベクターで形質転換された微生物を培養させること、
を含む、方法。
【請求項2】
前記ヒドロキシケイヒ酸類が、前記単子葉植物をアルカリ処理することにより得られる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アルカリ処理が、水酸化ナトリウム水溶液を用いて行われ、前記水酸化ナトリウム水溶液の濃度が、1%~8% である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記アルカリ処理が、40℃~100℃の温度で行われる、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記アルカリ処理が、0.5時間~3時間の反応時間で行われる、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
前記1つ又は複数の組換えベクターでの形質転換により、前記微生物に、以下の遺伝子:ferA遺伝子、ferB遺伝子、ligV遺伝子、bzaA遺伝子、pobA遺伝子、CMLE遺伝子、vanAB遺伝子、及びpcaHG遺伝子、が導入されている、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記1つ又は複数の組換えベクターとして、
ferA遺伝子、ferB遺伝子、ligV遺伝子、bzaA遺伝子、及びpobA遺伝子を含むベクターと、
CMLE遺伝子、vanAB遺伝子、及びpcaHG遺伝子を含むベクター、
とを使用する、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記組換えベクターで形質転換された微生物が、Pseudomonas putida PpY1100/pJF-HB株である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記単子葉植物が、イネ科植物である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記イネ科植物が、タケ又はイネである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記ヒドロキシケイヒ酸類が、フェルラ酸、又はクマル酸、あるいはこれらの混合物を含む、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグニンの低分子分解物であるフェルラ酸やp-クマル酸といったヒドロキシケイヒ酸類(HCAs)から3-カルボキシムコノラクトン(4S-3CML)を工業的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロキシケイヒ酸類は、様々なイネ科植物において、リグニンと多糖類の架橋に重要な役割を果たしており、比較的温和なアルカリ処理により抽出することができる。しかしながら、イネ科植物から抽出されたヒドロキシケイヒ酸類は、p-クマル酸およびフェルラ酸からなる混合物であり、これらの分離プロセスが価値化の障壁となっている。
【0003】
一方、国内外において、リグニンから得られる低分子フェノール類を微生物代謝により価値化する研究がここ数年で急速に進展している。これらの低分子フェノール類を代謝して、ポリマー原料として利用可能なジカルボン酸に集約する微生物株が開発されている(特許文献1)。中でも(4S)-3-カルボキシムコノラクトンは、リグニン派生物質としては他に類のないキラルなジカルボン酸であり、光学活性特有の機能性ポリマーの原料となることが期待される化合物である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-278549号公報
【特許文献2】WO2008-018640
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Yamamoto, Y. et al., Trans. GIGAKU 1, 01009/01001-01006(2012)
【非特許文献2】Mazur et al., J. Bacteriol., 1994. 176(6), 1718-1728
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来発明で、植物由来成分であるバニリン、バニリン酸、プロトカテク酸などから3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸及び/又は3-カルボキシムコノラクトンを発酵生産する方法は報告されている(特許文献2)。本発明では、タケをはじめとする単子葉植物から温和な条件下でのアルカリ処理により抽出したヒドロキシケイヒ酸類から(4S)-3-カルボキシムコノラクトンを発酵生産することを可能にした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
単子葉植物から抽出したヒドロキシケイヒ酸類、具体的にはフェルラ酸やp-クマル酸クマル酸の混合物から、効率的に単一の中間物質(4S)-3-カルボキシムコノラクトンに変換する発酵生産プロセスを構築した。4S-3CMLまでの変換に必要な遺伝子(ferA遺伝子、ferB遺伝子、ligV遺伝子、bzaA遺伝子、pobA遺伝子、CMLE遺伝子、vanAB遺伝子、及びpcaHG遺伝子)を適当なプロモーター配列の下流に連結した遺伝子組換えベクターおよびそれを保有する形質転換体細胞を作製し発酵生産を行った。
【0008】
すなわち、本願は以下の発明を提供する:
(1)単子葉植物から抽出されたヒドロキシケイヒ酸類から、3-カルボキシムコノラクトンを製造するための方法であって、
前記ヒドロキシケイヒ酸類を含有させた培地中において、1つ又は複数の組換えベクターで形質転換された微生物を培養させること、
を含む、方法。
(2)前記ヒドロキシケイヒ酸類が、前記単子葉植物をアルカリ処理することにより得られる、(1)に記載の方法。
(3)前記アルカリ処理が、水酸化ナトリウム水溶液を用いて行われ、前記水酸化ナトリウム水溶液の濃度が、1%~8% である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4) 前記アルカリ処理が、40℃~100℃の温度で行われる、(1)~(3)の何れかに記載の方法。
(5)前記アルカリ処理が、0.5時間~3時間の反応時間で行われる、(1)~(4)の何れかに記載の方法。
(6)前記1つ又は複数の組換えベクターでの形質転換により、前記微生物に、以下の遺伝子:ferA遺伝子、ferB遺伝子、ligV遺伝子、bzaA遺伝子、pobA遺伝子、CMLE遺伝子、vanAB遺伝子、及びpcaHG遺伝子、が導入されている、(1)~(5)の何れかに記載の方法。
(7)前記1つ又は複数の組換えベクターとして、
ferA遺伝子、ferB遺伝子、ligV遺伝子、bzaA遺伝子、及びpobA遺伝子を含むベクターと、
CMLE遺伝子、vanAB遺伝子、及びpcaHG遺伝子を含むベクター、
とを使用する、(1)~(6)の何れかに記載の方法。
(8)前記組換えベクターで形質転換された微生物が、Pseudomonas putida PpY1100/pJF-HB株である、(1)~(7)の何れかに記載の方法。
(9)前記単子葉植物が、イネ科植物である、(1)~(8)の何れかに記載の方法。
(10)前記イネ科植物が、タケ又はイネである、(1)~(9)の何れかに記載の方法。
(11)前記ヒドロキシケイヒ酸類が、フェルラ酸、又はクマル酸、あるいはこれらの混合物を含む、(1)~(10)の何れかに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、タケをはじめとする単子葉植物から温和な条件下でのアルカリ処理により抽出したヒドロキシケイケイヒ酸類(HCAs)から(4S)-3-カルボキシムコノラクトン(4S-3CML)を発酵生産することに成功した。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】フェルラ酸及びp-クマル酸の4S-3CMLに至る代謝経路を示す。
図2】竹及び麦わら抽出物からのHCAsの最適抽出条件の検討結果を示す。A及びBは温度範囲40~100℃にて、NaOH濃度を4%とし、各芳香族化合物類の抽出の対比を示す。「CA」はクマロイル酸;「FA」はフェルラ酸;「OAs」はその他の芳香化合物類である。C及びDは、温度を竹では80℃、麦わらは60℃とし、NaOHの濃度を1~6%にし、各芳香族化合物類の抽出の対比を示す。
図3】PPY1100/pJF-HBで媒介した4S-3CML(g/L)の産生を示す。(A)はCA、(B)はFA、(C)は竹抽出物、(D)は麦わら抽出物を出発材料とした。ODは培養溶液のOD660の経時的変化を示す。→は原材料溶液の供給開始時を示す。エラーバーは2階の測定の標準偏差を表す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明でいう単子葉植物は、その種類は問わないが、例えば、竹などの木本、アブラヤシ、ココヤシ、ナツメヤシ、サゴヤシ、ロウヤシ、バルミラヤシ、ノコギリヤシ、ビンロウ、アサイ、シュロ、フェニックスなどのヤシ類、稲やユリなどの草本、例えば麦わらが挙げられる。その中でも竹が最も好ましい。単子葉植物は、双子葉植物や針葉樹などの裸子植物に比べて、アルカリ処理によってセルロースとリグニン及びヘミセルロースとのネットワーク構造が壊れやすく、セルロースのミクロフィブリルの一部を露出させることができるので、酵素との反応性をより向上できる。
【0012】
単子葉植物からのヒドロキシケイヒ酸類の抽出は、適宜粉砕処理した単子葉植物の本体をアルカリ処理することで行うことができる。アルカリ処理には例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム及び重炭酸ナトリウムなどが使用される。
【0013】
抽出処理の温度や時間は使用する原材料によって様々であるが、例えば室温から150℃、好ましくは40~100℃、より好ましくは50~70℃程度の温度で、0.5~10時間、この好ましくは1~3時間程度であってよい。大量生産の観点からすると、アルカリ処理は50℃前後の比較的低温での温和な処理が好ましい。また、抽出処理は加圧下で行っても良いが、加圧なしでも首尾よく実施できる。
【0014】
アルカリ処理した溶液を有機溶媒、例えば酢酸エチルで抽出し、濃縮し、pHを適宜調整することでヒドロキシケイヒ酸類を含有する抽出物を得ることができる。
【0015】
本発明では、フェルラ酸及びp-クマル酸といったヒドロキシケイヒ酸類から(4S)-3-カルボキシムコノラクトン(4S-3CML)を製造するプロセスを触媒するための酵素遺伝子を含む組換えベクターを使用するのが好ましい。本発明の組換えベクターは、具体的には、フェルラ酸及びp-クマル酸をそれぞれプロトカテク酸を経由し、4S-3CMLへと変換させる酵素を発現する。フェルラ酸及びp-クマル酸から4S-3CMLに至る経由及びその反応を触媒する酵素を図1にします。反応を触媒する酵素をコードする遺伝子は具体的にはferA遺伝子、ferB遺伝子、ligV遺伝子、bzaA遺伝子、pobA遺伝子、CMLE遺伝子、vanAB遺伝子、及びpcaHG遺伝子であり、全て公知である。
【0016】
ferA遺伝子、ferB遺伝子は特開2011-229426に記載の配列番号1及び3で示されるDNA分子からなる遺伝子に相当する。例えば、フェルロイル CoAシンセターゼ(FerA)はフェルラ酸などのカルボキシル基へのCoAの転移を触媒し、補酵素ATPやMg2+の存在下でフェルロイル-CoAなどを産生する。フェルラ酸から出発してフェルロイル-CoAが得られる場合、フェルロイル-CoAはフェルロイルCoAヒドラターゼ/リアーゼ(FerB)により4-ヒドロキシ-3-メトキシフェニル-β-ヒドロキシプロピオニル-CoAへと水和・分解され、その結果バニリン(VL)とアセチル-CoAが生成される。FerBA遺伝子はFerB遺伝子とFerA遺伝子とから構成された既知配列であり、Accession Number: AB072376として登録され、スフィンゴビウム・パウシモビリス(S. paucimobilis)SYK-6株に由来する(J. Bacteriol 2004 186(15):4951-9)。
【0017】
vanABは特開2005-278549号公報に記載の配列番号1で示されるDNA分子からなる遺伝子に相当し、vanA, vanB はそれぞれ同公報に記載の配列番号、2、3で示されるポリペプチドをコードするDNA分子からなる遺伝子に相当する。vanAB遺伝子を含有する組換えベクターを保有する形質転換細胞は、NADHの存在下でバニリン酸(VA)のメチルエーテル結合を切断するディメチラーゼ反応によってプロトカテク酸に変換する。
【0018】
ligVは同広報に記載の配列番号21で示されるDNA分子からなる遺伝子に相当する。また、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)KT2440由来のpobA遺伝子は、Accession No.NC 002947としてNCBIに登録されている。ligV遺伝子はNADの存在下でバニリンをバニリン酸に酸化し、さらにはP-ヒドロキシベンズアルデヒドを安息香酸及びP-ヒドロキシ安息香酸に酸化する。
pcaHG遺伝子は、WO2008/018640号公報に記載のとおり、シュードモナス・プチダKT2440株由来であり、J Bacteriol. 1989 Nov; 171(11): 5915-21にその遺伝子情報が開示されている。PcaH及びPcaGは、会合してプロトカテク酸3,4-ジオキシゲナーゼ(PcaHG)を構成する。
【0019】
bzaA遺伝子は芳香族アルデヒドデヒドロゲナーゼをコードするスフィンゴビウム種(Sphingobium sp.)の株SYK-6に由来する遺伝子であり、Yamamoto, Y.et al., Trans. GIGAKU 1, 01009/01001-01006(2012)(Isolation and characterization of bzaA and bzaB of Sphingobium sp. strain SYK-6, which encode aromatic aldehydes dehydrogenases with different substrate preferences;非特許文献1)に記載のとおり、Accession Number:AP012222として登録されている。
CMLE遺伝子はニューロスポラ・クラッサ(Neurospora crassa)に由来する3-カルボキシ-cis,cis-ムコネートラクトン化酵素(CMLE;EC5.5.1.5)をコードする遺伝子であり、その配列はMazur et al., J. Bacteriol., 1994. 176(6), 1718-1728(3-Carboxy-cis,cis-muconate lactonizing enzyme from: an alternate cycloisomerase motif.;非特許文献2)のFig.5に記載されている。
【0020】
これらの一群の遺伝子は、それぞれ別々のベクターに挿入しても、または全てまとめて1つのベキターに挿入しても、あるいは2種以上のベクターに適宜分けて挿入しておいて一群の遺伝子全てが発現されるようにして、使用してもよい。例えば、ferA遺伝子、ferB遺伝子、ligV遺伝子、bzaA遺伝子、及びpobA遺伝子が挿入された一のベクター(本実施例のpJFVV2AB)と、CMLE遺伝子、vanAB遺伝子、及びpcaHG遺伝子を含む別のベクター(本実施例のpDVZ21HB)とを併用することで、一群の遺伝子を発現させてよい。したがって、本発明は単子葉植物から抽出されたヒドロキシケイヒ酸類から、3-カルボキシムコノラクトンを製造するために使用ベクターであって、ferA遺伝子、ferB遺伝子、ligV遺伝子、bzaA遺伝子及びpobA遺伝子が挿入された一の新規のベクターpJFVV2AB、並びにCMLE遺伝子、vanAB遺伝子、及びpcaHG遺伝子を含む新規のベクターpDVZ21HBも提供する。
【0021】
これらの各遺伝子には、上記の各配列番号又はAccession No.で特定されたDNA分子の他に、そのDNA分子と相補的な塩基配列からなるDNAと高ストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつそのDNA分子と同一の活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、あるいはそれぞれの酵素のアミノ酸配列の1つもしくは数個のアミノ酸が欠失。置換及び/又は付加されたアミノ酸ヲ配列から成り、かつ各酵素の酵素活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子であってもよい。
【0022】
本明細書において、「高ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。高ストリンジェントな条件としては、同一性が高いDNA同士がハイブリダイズし、それより同一性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、例えば、Molecular cloning a Laboratory manual 2nd edition(Sambrookら、1989)に記載の条件が挙げられる。具体的には、通常のサザンハイブリダイゼーションにおける洗浄の条件である60℃、1×SSC、0.1%SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1%SDSで相当する塩濃度でハイブリダイズする条件が挙げられる。
【0023】
本明細書において、「1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列」とは、注目の配列番号のアミノ酸配列と等価のアミノ酸配列を意味し、具体的には、好ましくは1~20個のアミノ酸、より好ましくは1~10個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を意味し、付加には、両末端への1個~数個のアミノ酸の付加が含まれる。
【0024】
本発明に係る遺伝子群を挿入するためのベクターは、宿主中で複製可能なものであれば特に制限されず、例えば、プラスミドDNA、ファージDNAなどが挙げられる。プラスミドDNAとしては、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pET21、pET28、pGEX-4T、pQE-30、pQE-60などの大腸菌宿主用プラスミド、pUB110、pTP5などの枯草菌用プラスミド、YEp13、YEp24、YCp50などの酵母宿主用プラスミド、pBI221、pBI121などの植物細胞宿主用プラスミドなどが挙げられる。ファージDNAとしてはλファージなどが挙げられる。更に、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
【0025】
本発明に係る遺伝子群をベクターに挿入するには、まず、本発明に係る各遺伝子を有する精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。
【0026】
本発明に係る遺伝子群は、その遺伝子群の機能が発揮されるようにベクターに組み込むことができる。すなわち、ベクターは、本発明に係る各遺伝子、プロモーター、所望によりエンハンサーなどのシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(シャイン・ダルガノ配列)などを含むように調製することができる。選択マーカーとしては、例えば、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子などを使用することができる。
【0027】
プロモーターとしては、大腸菌などの宿主中で発現できるものであればいずれを用いてもよい。例えばtrpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーターなどの大腸菌由来のものやT7プロモーターなどのファージ由来のものが用いられる。更に、tacプロモーターなどのように人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。
【0028】
本発明に係る遺伝子群を含む組換えベクターを、当該遺伝子群が発現し得るように宿主中に導入することにより、形質転換することができる。形質転換の方法としては、プロトプラスト法、コンピテントセル法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0029】
宿主としては、本発明の遺伝子群を発現できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)などのシュードモナス属、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)などのエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などのバチルス属、リゾビウム・メリロティ(Rhizobium meliloti)などのリゾビウム属に属する細菌類の他に、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)などの酵母;シロイヌナズナ、タバコ、トウモロコシ、イネ、ニンジンなどから株化した植物細胞や該植物から調製したプロトプラスト;COS細胞、CHO細胞などの動物細胞;及び、Sf9、Sf21などの昆虫細胞が挙げられる。好ましくは、ヒドロキシケイヒ酸類から4S-3CMLに至るまでに生成される各中間体の分解代謝酵素機能を消失せしめたいわゆる4S-3CML代謝能を有しない、あるいは代謝能の弱い宿主が使用され、その典型例としてシュードモナス・プチダPpY1100株が挙げられる。
【0030】
形質転換体の選択は、用いたプラスミドの選択マーカー、例えば形質転換体のDNA組換えにより獲得する薬剤耐性を指標にすることができる。薬剤耐性マーカーとしては、例えば、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子等が挙げられる。これらの形質転換体の中から目的の組換えベクターを含有する形質転換体の選択は、例えば遺伝子の部分的なDNA断片をプローブとして用いたコロニーハイブリダイゼーション法により行うのが好ましい。プローブの標識としては、例えば放射性同位元素、ジゴキシゲニン、酵素等を用いることができる。
【0031】
得られた形質転換体は、糖類の他、窒素源、金属塩、ミネラル、ビタミン等を含む培地を用いて適当な条件下で培養すればよい。培地のpHは、形質転換体が生育し得る範囲のpHであればよく、pH6~8程度に調整するのが好適である。培養は、好気的条件下で、15~40℃、好ましくは28~37℃で2~7日間振盪又は通気攪拌培養すればよい。
【0032】
本発明の製造法によって得られる4S-3CMLは、生分解性のプラスチック材料、化学製品材料等として利用できる。
【実施例0033】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0034】
1.草類バイオマス抽出物の調製
ヒドロキシケイヒ酸類(HCAs)抽出の最適条件の検討
竹(Phyllostachys edulis)は森林総合研究所の実験用竹林から、麦わら(Oryza sativa L.由来)は東京農工大学の試験用田から入手し、50℃、約72 hで含水率が10%以下になるまでに乾燥させた(含水率 竹:6.9%;麦わら:5.3%)。乾燥させたこれらリグノセルロースバイオマスを、P-15切断ミル(フリッチュ・ジャパン株式会社)で6 mm以下の粒径に粉砕した。アルカリ前処理の条件検討は、反応温度40~100℃, NaOH 濃度1~6%で行った。粉砕物1gを100 mL容のナス型フラスコに投入し、所定濃度のNaOH水溶液9gと混合した。アルカリ前処理は湯浴上で加圧することなく解放下で、スターラーで攪拌 (500rpm)しながら、2h インキュベートすることで行った。気化を介する反応液量の変化による実験誤差が生じないようにするために、加熱したナス型フラスコの上部に水道水を流水させたジムロート冷却器を設置した。反応後、濾過によって抽出残渣を取り出した。その濾液は10N HClでpH 2.0以下に調整し、5mLの酢酸エチルで3回抽出を行った。酢酸エチル抽出物をロータリーエバポレーションした後、28% w/v アンモニア溶液でpH 8.2に調整しながら、50 mLの水に溶解させた。最終的な抽出物中に含まれるHCAsはHPLC分析により、バニリン(VL)、バニリン酸(VA)、p-ヒドロキシベンズアルデヒド(HBAL)、p-ヒドロキシ安息香酸(HBA)といったその他の芳香族類(OAs)はGC-MS分析により定量した。標準芳香族化合物であるCA、FA、VA、およびPCA(プロトカテク酸)はシグマ-アルドリッチ日本から、VLは東京化学工業株式会社から、HBALおよびHBAはナカライテスクから購入した。HCAsの収率は、クラーソンリグニン(竹22.8%、麦わら14.84%)を基準に算出した。
【0035】
図2に各条件におけるHCAsの収率を示す。竹においては、80℃、4% NaOH(リグニンに対してCAの収率が9.1%、FAの収率0.6%)が、麦わらにおいては、60℃、4% NaOH(リグニンに対してCAの収率が6.1%、FAの収率3.6%)が最適なアルカリ前処理条件であった。以降のアルカリ前処理条件はこの条件に従う。HCAs以外にも、微量ではあるが4S-3CMLの原料になるVL, VA, p-ヒドロキシベンズアルデヒド(HBAL),p-ヒドロキシ安息香酸(HBA)といったその他の芳香族類(OAs)が検出された。これらの合計値を図2に示す。最適条件におけるそれぞれの芳香族化合物の比率は下記の通り:竹抽出物:CA 90%; FA 6%; OAs 4%; 麦わら:CA 59%; FA 35%; OAs 6%。
【0036】
2.供給バッチ生産のためのスケールアップ
1バッチ当たり100 gの粉砕物の温和なアルカリ前処理を合計5回(合計500 gの粉砕物)行い、初期培養液量を1Lとする供給バッチ生産の原料として用いた。具体的には、100gの粉砕物を1L容のナス型フラスコに投入しれ、最適条件(竹80℃ 4%NaOH、麦わら60℃、4%NaOH)でそれぞれアルカリ前処理に付した。反応後、濾過によって抽出残渣を取り除いた。その濾液を10N HClでpH 2.0以下に調整し、500 mLの酢酸エチルで3回抽出した。得られた酢酸抽出物をロータリーエバポレーションにかけた後、アンモニウム溶液でpH 8.2に調整しながら、8gのグルコースを含む24 mLの水に溶解した。合計5回分の得られた抽出物(全体で120 mL、40 g のグルコース含有)を混合し、以降の供給バッチ試験に用いた。予備供給バッチ生産用に、CAおよびFA溶液 (全体で120 mL、10 gのCA/FA及び40 gのグルコース含有、pH 8.2)を調製した。
【0037】
3.プラスミド及び細菌株の構築
本実験では、FAとCAから目的産物を生産するために、Sphingobium sp. SYK-6由来のferA、ferB、ligV、bzaA、およびP. putida KT2440由来のpobAをpJB866にクローニングし、最終的なベクターをpJFVV2ABと命名した。4S-3CML生産に、N. crassa N150から調製したcDNA由来のCMLE、P. putida KT2440由来のvanAB、pcaHGをpKT230MCにクローニングし、最終的なベクターをpDVZ21HBと命名した。N. crassa N150からの全RNAの単離およびcDNA合成は、Kondo et al., Ferment. Technol., (2016), 5, 135の記載に従って行った4S-3CML生産のために、pJFVV2ABとpDVZ21HBをP. putida PpY1100に導入し、PpY1100/pJF-HBと命名した。全ての遺伝子はそれぞれの宿主内でlacプロモーターから転写され、誘導剤無し高レベルにて発現された。
【0038】
4.ジャーファーメンターでの供給バッチ生産
株の調製
-80℃に保管した200 μLのグリセロールストックを再生するために、これらのストックを氷上で融解し、1.8% (w/v)のグルコースを炭素源とする10 mLの培地を入れたL-型試験管に植菌した。この培地に、5.6 g/Lの(NH4)2SO4、3.6g/LのKH2PO4、8.2g/LのNa2HPO4、4.2g/Lの酵母エキス、25 mg/Lのカナマイシン、12.5mg/Lのテトラサイクリンおよび1% (v/v)の 金属溶液を補充した。金属溶液は、10.75 g/LのMgO、2.00 g/LのCaCO3、4.50 g/LのFeSO4・7H2O、1.44 g/LのZnSO4・7H2O、1.12 g/LのMnSO4・4H2O、0.25 g/LのCuSO4・5H2O、0.28 g/LのCoSO4・5H2O、0.06 g/LのH3BO3、および5.13% (v/v)の12N HClで構成された。酵母エキスはサーモフィッシャーサイエンティフィックから購入したものを使用した。これらの培養物を28℃、160 rpmで36-60h培養した。培養物の増殖は全て光度計(V-630BIO; ジャスコ株式会社)を用いて660 nmの光学密度(OD660)をモニターすることによって決定しれた。再生させた培養物100uLを、上記と同様の10 mLの培地を入れたL-型試験管に再植菌し、28℃、160 rpmでOD660が0.8付近になるまで6-9h培養した。その後、細胞をグルコースを含まない上記組成の培地で洗浄し、同培地10 mLに再懸濁した。
【0039】
5.最終培養物の調製及びバイオリアクターの制御
上記の通りに調製した懸濁液を1Lの最終培地が入ったジャーファーメンター(BMS-10NP3; エイブル株式会社)に初期OD660が0.001となるように接種した。この最終培地は、3.6% (w/v)のグルコース、6.7 g/Lの(NH4)2SO4、4.3 g/LのKH2PO4、9.1 g/Lの(NH4)2HPO4、6.5 g/Lの酵母エキス、25 mg/Lのカナマイシン、12.5mg/Lのテトラサイクリン、および8% (v/v)の 金属溶液から構成された。培養は、28℃で、14% w/v アンモニア溶液と 2 M H3PO4で pH 6.5 に調整し、3.5 L/minの空気をパージして行った。初期攪拌は700 rpmとした。酸素飽和度が約20%を下回った時点で、撹拌を手動で1000 rpmに増加させた。気泡が著しく発生した際は、適時、脱発泡剤としてAntifoam A Concentrate (シグマアルドリッチ社)を添加した。
【0040】
6,原材料の供給
培養液のOD660が約5.0-8.0になった時点で、ペリスタポンプを用いて500 mg/mLのグルコース溶液を9.6 mL/hの流速 (グルコース4.8 g/h)で培養液に供給することで開始した。培養液のOD660が約30付近になった時点で、グルコースの単独溶液の供給を止め、グルコースを含む4種類の材料溶液、すなわち、市販品のCA溶液およびFA溶液、1で調製した竹抽出物、麦わら抽出物の供給を開始した。材料溶液は全て流速14.4 mL/hとし、グルコースの供給速度も4.8 g/hと一定にした。バイオリアクター実験は二重に行い、定期的にサンプル(3 mL)を採取し、細菌の増殖(OD660)および各種代謝物を分析した。4S-3CMLの標品はKondo et al., Ferment. Technol., (2016), 5, 135に記載のとおりに調製・精製し、光学純度を確認したものを用いた。4S-3CMLの滴定(g/L)は、培養終了時の濃度に対応する。モル収率(%)は、出発材料とした芳香族化合物と生産物のモル量を比較することで算出された。得られた結果を表1に示す。
【表1】
【0041】
市販のCAおよびFAはそれぞれ速やかに代謝され、97%以上のモル収率で4S-3CMLに完全変換された。4S-3CMLの滴定量は、それぞれ、CAにおいて10.5 ± 0.0 g/L、FAにおいて8.2 ± 0.3 g/Lであった(表1)。竹抽出物および麦わら抽出物を原料とした試験においても、それぞれの抽出物中に含まれていたCA、FA、および OAsは速やかに代謝され (Fig. 4C, D)、それぞれ94%以上のモル収率で4S-3CMLに完全変換された。4S-3CMLの滴定量は、それぞれ竹抽出物において9.3 ± 0.5 g/L、麦わら抽出物において4.0 ± 0.1 g/Lであった (表1)。
【0042】
以上の実験から、竹や麦わらといった単子葉植物から温和な条件下でのアルカリ処理により抽出したヒドロキシケイヒ酸類から(4S)-3-カルボキシムコノラクトンを効率よく発酵生産することができることが明かとなった。
図1
図2
図3