(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122740
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】特発性後天性全身性無汗症治療薬及び特発性後天性全身性無汗症病態モデルマウス
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20240902BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20240902BHJP
A61P 37/02 20060101ALI20240902BHJP
A01K 67/027 20240101ALI20240902BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P17/00
A61P37/02
A01K67/027
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030454
(22)【出願日】2023-02-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年4月10日 第347回皮膚科学会長崎地方会にて公開 令和4年6月4日 第121回皮膚科学会総会にて公開 令和4年7月11日 AMED難治性疾患実用化研究事業2021年度成果報告会にて公開 令和4年10月26日 第7回AMED-Flux(アカデミア医薬品シーズ開発推進会議)にて公開 令和4年12月2日 日本研究皮膚科学会第47回年次学術大会・総会にて公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「難治性疾患実用化研究事業」、「高解像度3次元イメージングによる特発性後天性全身性無汗症の神経病態解析」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】飯田 忠恒
(72)【発明者】
【氏名】並木 剛
(72)【発明者】
【氏名】井川 奈緒子
(72)【発明者】
【氏名】横関 博雄
【テーマコード(参考)】
4C084
【Fターム(参考)】
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZC541
4C084ZC542
(57)【要約】
【課題】AIGAに有効な治療薬、及び、その研究に必要なAIGA病態モデルマウスを提供する。
【解決手段】JAK-STATシグナル伝達経路の阻害剤を有効成分とする、特発性後天性全身性無汗症治療薬、及び、足底皮下に250μg/kg以上かつ1,000μg/kg以下のリポポリサッカライドを投与して2日を経過したマウスである、特発性後天性全身性無汗症病態モデルマウス。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
JAK-STATシグナル伝達経路の阻害剤を有効成分とする、特発性後天性全身性無汗症治療薬。
【請求項2】
前記阻害剤はJAK阻害剤である、請求項1に記載の特発性後天性全身性無汗症治療薬。
【請求項3】
前記阻害剤はSTAT阻害剤である、請求項1に記載の特発性後天性全身性無汗症治療薬。
【請求項4】
前記阻害剤はIFNγに対する阻害剤である、請求項1に記載の特発性後天性全身性無汗症治療薬。
【請求項5】
前記阻害剤はIL-6に対する阻害剤である、請求項1に記載の特発性後天性全身性無汗症治療薬。
【請求項6】
足底皮下に250μg/kg以上かつ1,000μg/kg以下のリポポリサッカライドを投与して2日を経過したマウスである、特発性後天性全身性無汗症病態モデルマウス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特発性後天性全身性無汗症治療薬及び特発性後天性全身性無汗症病態モデルマウスに関する。
【背景技術】
【0002】
運動時又は高温高湿環境下において発汗が生じない疾患は無汗症と称される。無汗症は大きく先天性無汗症と、後天性無汗症とに分類される。後天性無汗症のうち、特発性後天性全身性無汗症(Acquired Idiopathic Generalized Anhidrosis、以下「AIGA」と略す。)は、後天的に、明らかな原因がなく発汗が見られなくなり、低血圧などの他の自律神経異常及び神経学的以上を伴わない疾患と定義される。AIGA患者は発汗による体温調節が困難になるため、運動時又は高温高湿環境下で容易に体温が上昇し、熱中症になりやすい。
【0003】
AIGAは指定難病163に指定されており、国内患者数は約100~200名とされている(非特許文献1、通し番号130、告示番号163)。また、AIGA患者には10代から30代の若い男性が多いとされている。AIGAの原因は今のところ明らかではないが、AIGA患者はステロイドパルス療法(以下「ステロイド治療」と略す)により治療効果が見られるため、何らかの免疫学的機序が病態に関与している可能性が指摘されている(非特許文献2)。
【0004】
AIGA患者に対するステロイド治療では、約7割の患者が治療に反応して発汗面積の拡大が見られるものの、そのうち半数は1年以内に再燃すると報告されている(非特許文献3)。また、ステロイド治療による発汗面積の拡大は部分的にとどまる患者が半数以上とされる(非特許文献4)。しかし、ステロイド治療以外の治療法は確立されていない(非特許文献5)。
【0005】
病勢マーカーとして血清CEAの測定が有用である。これについては、患者の汗腺で病勢に応じてCEAの発現が亢進するために、血清CEAが上昇するとの報告がある(非特許文献6)。
【0006】
AIGAは疾患概念が日本以外ではあまり知られていないため、海外では未分類の無汗症や、発汗障害が見過ごされた結果、コリン性蕁麻疹と診断されていると考えられる。よって、潜在的には海外にも多数の患者が存在する可能性は高いと考えられる。実際、日本で治療ガイドラインが制定された2013年以降は、東アジアを中心に症例報告が増えている(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】厚生労働省ホームページ「平成27年7月1日施行の指定難病(告示番号111~306)」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000079293.html)
【非特許文献2】Nakazato Y, Tamura N, Ohkuma A, Yoshimaru K, Shimazu K. Idiopathic pure sudomotor failure: anhidrosis due to deficits in cholinergic transmission. Neurology. 2004;63(8):1476-1480.
【非特許文献3】Iida T, Nakamura M, Inazawa M, et al. Prognosis after steroid pulse therapy and seasonal effect in acquired idiopathic generalized anhidrosis. J Dermatol. 2021;48(3):271-278.
【非特許文献4】Sano K, Asahina M, Uehara T, Matsumoto K, Araki N, Okuyama R. Degranulation and shrinkage of dark cells in eccrine glands and elevated serum carcinoembryonic antigen in patients with acquired idiopathic generalized anhidrosis. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2017;31(12):2097-2103.
【非特許文献5】Munetsugu T, Fujimoto T, Oshima Y, et al. Revised guideline for the diagnosis and treatment of acquired idiopathic generalized anhidrosis in Japan. J Dermatol. 2017;44(4):394-400.
【非特許文献6】Honma M, Iinuma S, Kanno K, et al. Serum carcinoembryonic antigen (CEA) as a clinical marker in acquired idiopathic generalized anhidrosis: a close correlation between serum CEA level and disease activity. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2016;30(8):1379-1383.
【非特許文献7】Cao R, Tey HL. Prognosis of acquired idiopathic generalized anhidrosis. J Dtsch Dermatol Ges. 2017;15(9):942-945.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本開示の実施態様は、AIGAに有効な治療薬、及び、その研究に必要なAIGA病態モデルマウスを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の実施態様のAIGA治療薬は、JAK-STATシグナル伝達経路の阻害剤を有効成分とする。この阻害剤は、JAK阻害剤又はSTAT阻害剤であることが望ましい。
【0010】
本開示の実施態様のAIGA病態モデルマウスは、足底皮下に250μg/kg以上かつ1,000μg/kg以下のリポポリサッカライド(以下、「LPS」と略す。)を投与して2日を経過したマウスである
【発明の効果】
【0011】
本開示の実施態様によると、AIGAに有効な治療薬、及び、その研究に必要なAIGA病態モデルマウスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】AIGA患者及び健常者におけるJAK3発現を示すグラフである。
【
図2】AIGA患者及び健常者におけるSTAT1発現を示すグラフである。
【
図3】AIGA患者における発現変動遺伝子の機能をパスウェイ解析した結果を示すグラフである。
【
図4】AIGA患者と健常者との、汗腺周囲のマクロファージ密度の測定結果を示すグラフである。
【
図5】LPS投与前後のマウス足底の発汗量を比較したグラフである。
【
図6】マウスの汗腺分泌細胞におけるLPSによる遺伝子発現変動をシングルセルRNA-seqにより観察した結果を示すグラフである。
【
図7】AIGA患者の汗腺分泌細胞における遺伝子発現変動をシングルセルRNA-seqにより観察した結果を示すグラフである。
【
図8】AIGA病態モデルマウスにおけるJAK阻害試験結果を示すグラフである。
【
図9】AIGA病態モデルマウスにおける各種JAK阻害剤及びSTAT阻害剤の効果を示すグラフである。
【
図10】AIGA病態モデルマウスにおけるインターフェロンγ阻害の効果を示すグラフである。
【
図11】AIGA病態モデルマウスにおけるインターロイキン6阻害の効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本開示の実施形態に係る特発性後天性全身性無汗症(AIGA)治療薬は、JAK-STATシグナル伝達経路の阻害剤を有効成分とする。JAK-STATシグナル伝達経路は、細胞外からの化学シグナルを核に伝え、DNAの転写と発現を促す情報伝達系である。
【0014】
AIGA患者において、JAK3遺伝子発現を解析したグラフが
図1であり、STAT1遺伝子発現を解析したグラフが
図2である。健常者7名及びAIGA患者22名からそれぞれ摘出した汗腺組織のトータルRNAを抽出した。抽出したトータルRNAから、RNA-seqライブラリー調整キット(SMART-seq(登録商標)Stranded Kit、タカラバイオ)でサンプルを調整した。調整したサンプルについて、次世代シーケンサー(Novaseq 6000 System、イルミナ)で1サンプルあたり1000万リード(ペアエンド、150塩基長)以上の配列を取得した。この取得した配列をヒトゲノム配列上にマッピングして、全遺伝子発現量を算出したデータから、JAK3遺伝子及びSTAT1遺伝子を抜き出したものがそれぞれ
図1及び
図2に示すグラフである。各グラフの縦軸は該当する遺伝子のカウント数を、全遺伝子発現量のデータを用いて、TCCによる多段階正規化法(Sun J, Nishiyama T, Shimizu K, Kadota K. TCC: an R package for comparing tag count data with robust normalization strategies. BMC Bioinformatics. 2013;14:219. Published 2013 Jul 9.)を使用して患者間及び比較群間での補正を行った値を示している。
【0015】
図1及び
図2のいずれのグラフにおいても、AIGA患者ではJAK3遺伝子及びSTAT1遺伝子の発現が、健常者群に対して高い傾向が見られた。また、補正した遺伝子のカウント数を用いてedgeR法(Robinson MD, McCarthy DJ, Smyth GK. edgeR: a Bioconductor package for differential expression analysis of digital gene expression data. Bioinformatics. 2010;26(1):139-140.)での発現変動遺伝子の抽出(False Discovery Rate 10%未満を基準とした)を行った。その結果、JAK3遺伝子及びSTAT1遺伝子はいずれも、健常者よりもAIGA患者で発現が増加する遺伝子として抽出された。
【0016】
以上より、AIGA患者ではJAK-STATシグナル伝達経路の活性化が起こっていることが示唆されたため、JAK-STATシグナル伝達経路の阻害剤がAIGA治療に有効であると推測される。このような阻害剤としては、JAK-STATシグナル伝達経路の活性化を阻害する作用を有する物質であれば特に制限はされないが、具体的にはJAK阻害剤、STAT阻害剤、インターフェロンγ(IFNγ)阻害薬及びインターロイキン6(IL-6)阻害薬が特に有効であると推測される。JAK阻害剤としては、たとえば、トファシチニブ(ファイザー)、バリチシニブ(イーライリリー)及びウパダシチニブ(アッヴィ)等が挙げられる。STAT阻害剤としては、たとえば、Stattic(別名:STAT3 Inhibitor V)及びC188-9(別名:TTI-101)等が挙げられる。IFNγ阻害薬としてはIFNγ中和抗体、たとえばエマパルマブ(Novimmune SA)等が挙げられる。IL-6阻害薬としては抗IL-6受容体抗体、たとえばトシリズマブ(中外製薬)及びサリルマブ(サノフィ)等が挙げられる。
【0017】
また、上記のAIGA治療薬の検索には、AIGA病態モデルマウスを使用した試験が有効と考えられる。後述するように、AIGA病態モデルマウスとしては、足底皮下に250μg/kg以上かつ1,000μg/kg以下のリポポリサッカライド(LPS)を投与して2日を経過したマウスを使用することができる。
【実施例0018】
(1)AIGA患者遺伝子解析
AIGA患者22名及び健常者7名の比較から得られた発現変動遺伝子がどのような機能を持つものなのかをパスウェイ解析で調べた結果を
図3に示す。なお、遺伝子発現量の定量と及び発現変動遺伝子の抽出方法は、前記
図1及び
図2の説明で述べた通りとした。抽出した発現変動遺伝子に対するパスウェイ解析には、Reactome pathway database(Fabregat A, Jupe S, Matthews L, et al. The Reactome Pathway Knowledgebase. Nucleic Acids Res. 2018;46(D1):D649-D655.)を用いた。このグラフでは、棒グラフが長いほど遺伝子が当該機能に関与する可能性が高いことを示し、右方向は発現増加、左方向は発現低下を示す。その結果、患者群で発現が高かった遺伝子は、免疫系、特にIFNγなどのサイトカインシグナル伝達に関与していることが示唆された。なお、IFNγなどのサイトカインシグナルにはJAK-STATシグナル伝達経路が関わることが知られる。
【0019】
IFNγはマクロファージの活性化因子であることから、AIGAの病態にはマクロファージが関与していることが示唆された。ここで、発明者らが汗腺組織の切片を免疫蛍光染色で観察したところ、汗腺の周囲にはマクロファージが多く存在することが分かった。そして、健常者11名及びAIGA患者23名の汗腺組織においてマクロファージの数の相違を観察した結果が
図4のグラフである。なお、パラフィン切片上でのマクロファージの検出には抗Iba1抗体(富士フィルム和光純薬)を用い、蛍光標識した二次抗体(ヤギ由来抗ウサギ抗体、ThermoFisher Scientific)を反応させることで可視化し、蛍光顕微鏡で観察を行った。グラフの縦軸は高倍率視野当たりのマクロファージ数を示し、統計学的検定にはウェルチのt検定を用いて危険率5%未満で有意差を判断した。本図に示すように、患者群では健常者群に比べ、汗腺組織のマクロファージが有意に増加していることが分かった。これにより、AIGA患者ではマクロファージの活性化が発汗に影響を与えている可能性が示唆された。
【0020】
(2)AIGA病態モデルマウス
次に、AIGAの病態を解析するために、AIGA病態モデルマウスの作出を試みた。マウス(C57BL/6J、8週齢、オス)の足底皮下に、500μg/kgの投与量でLPS(リポポリサッカリド、大腸菌O111由来、富士フィルム和光純薬)を投与し、ヨウ素デンプン反応を利用した発汗の検出方法であるミノール法(Matsui S, Murota H, Takahashi A, et al. Dynamic analysis of histamine-mediated attenuation of acetylcholine-induced sweating via GSK3β activation. J Invest Dermatol. 2014;134(2):326-334.)にて経時的に足底の発汗を観察した。なお、LPSはToll―Like Receptor4を介してマクロファージなど単球系の免疫細胞を活性化することが知られる。
【0021】
具体的には、全身麻酔下(塩酸メデトミジン0.75mg/kg、ミタゾラム4mg/kg、酒石酸アチバメゾール5mg/kgを腹腔内投与)のマウス足底にポピドンヨードを塗布し乾燥させたのち、オリーブ油1mLにコーンスターチ0.5gを懸濁した液体を塗布した状態で、ピロカルピン3mg/kgを腹腔内投与し、その10分後に足底を実体顕微鏡で撮影するという手順で行い、撮影した画像を用いて足底に見られる黒点を数えることで、発汗量を評価した。
【0022】
図5は、LPSの投与前及び投与後2日後の発汗量を7頭のマウスで比較したグラフである。このグラフから分かるように、投与後2日後の発汗量は投与前に比べ有意に(p<0.005)低下した。このことから、AIGA病態モデルマウスでは、足底へのLPS投与により、足底の局所的に免疫系(特にマクロファージ)が活性化し、それによって発汗の抑制が生ずることが示唆された。
【0023】
次に、マウスの汗腺分泌細胞において、LPSによってどういう遺伝子の発現に変動があったのかをシングルセルRNA-seqにより観察したのが
図6である。具体的には、シングルセルRNA-seqは、マウスの足底から汗腺を周囲組織とともに採取し、酵素処理により単細胞懸濁液を作成したのち、BD Rhapsody Whole Transcriptome Analysis Amplification Kit(BD Biosciences)及び次世代シーケンサー(Hiseq X System、イルミナ)を用いて1細胞あたり2万リード(ペアエンド、150塩基長)以上のmRNA配列を取得し、これをマウスゲノム配列上にマッピングして全遺伝子発現量を算出することで行った。
【0024】
各細胞の細胞種の推定は、細胞間での発現変動が大きかった上位2000遺伝子の発現パターンを基に、解析ツールSeurat 4.0を用いて行い、汗腺分泌細胞に特異的なマーカー分子であるAQP5遺伝子の発現を指標に、汗腺分泌細胞を同定した。
図6は、縦軸に示す各遺伝子について、LPSを投与していないマウス及びLPS投与2日後のマウスそれぞれ3頭から得られた汗腺細胞における1細胞あたりの平均発現量の比(log2 fold-change)を横軸に示したもので、0より大きい場合(右に伸長する棒グラフ)はLPS投与後のマウスで発現が上昇し、0より小さい場合(左に伸長する棒グラフ)はLPS投与後のマウスで発現が低下したことを示す。
【0025】
その結果、
図6に示すように、汗腺分泌細胞において、AIGAの疾患マーカー遺伝子であるCEAの、マウスでのオルソログであるCeacam1の発現が、LPS投与マウスでは上昇している。なお、
図7は、AIGA患者2名及び健常者5名の汗腺分泌細胞における遺伝子発現の比をシングルセルRNA-seqにより観察した結果を示すグラフである。
図6と
図7とを比較すると、LPS投与マウスではAIGA患者と同様に、JAK1、JAK2及びSTAT3を主とした遺伝子の活性化が見られた。さらに、汗腺分泌細胞からの汗の分泌に関係が予想されるイオンチャネルの制御分子FXYD3(マウスでのオルソログFxyd3)や、細胞のエネルギー源であるアデノシン三リン酸合成に関わる解糖系酵素ALDOA(マウスでのオルソログAldoa)の発現が、AIGA患者と同様に、LPS投与マウスでは減少した。よって、本開示のAIGA病態モデルマウスでは、AIGA患者とかなり似た病態が示されており、AIGAを模した新しい無汗症の疾患動物モデルとして有用であることが示唆された。
【0026】
次いで、このAIGA病態モデルマウスを用いて、AIGA治療薬として有用と考えられる物質を検索した。まず、汎JAK阻害剤として知られるトファシチニブの効果を調べた。マウス(C57BL/6J、8週齢、オス)の背部皮下に浸透圧ミニポンプを埋め込み、15mg/kg/日の投与量でトファシチニブ(Adipogen)を、投与開始日を第1日として第4日までの3日間(72時間)、持続投与した。その間、第2日に、足底皮下に500μg/kgの投与量でLPS(リポポリサッカリド、大腸菌O111由来、富士フィルム和光純薬)を投与した。そして、LPS投与前(第1日)とLPS投与2日後(第4日)に、前記したミノール法にて足底の発汗を観察した。本実験は、トファシチニブもLPSも投与しない対照群7頭(Control)、LPSのみを投与した群7頭(LPS)並びにLPS及びトファシチニブを投与した群6頭(LPS+Tof)のマウスについて実施した。その結果を
図8のグラフに示す。なお、本図の縦軸は、第4日の発汗量を、第1日の発汗量で除した値を表す。統計学的検定はウェルチのt検定を用い、ボンフェローニ法で多重比較の補正を行った。
【0027】
その結果、LPS群は対照群に比べ有意な発汗の低下が見られたのは前記
図5に示した結果と同様であったが、LPS+Tof群で、有意な発汗の回復が認められた。
【0028】
なお、
図8に示した実験方法と同様にして、トファシチニブに加えて、JAK阻害剤として知られるバリシチニブ(Adipogen)及びウパダシチニブ(MedChemExpres)の効果も観察した。各薬剤のマウスへの皮下持続投与量は、トファシチニブは15mg/kg/日、バリシチニブは20mg/kg/日、ウパダシチニブは6mg/kg/日とした。また、STAT3阻害剤として知られるStattic(abcam)及びC188-9(Merck)の各薬剤の効果も観察した。各薬剤のマウスへの皮下持続投与量は、Statticは10mg/kg/日、C188-9は25mg/kg/日とした。
【0029】
LPSのみを投与した群12頭、LPS及びにバリシチニブを投与した群5頭、LPS及びウパダシチニブを投与した群6頭、LPS及びにStatticを投与した群7頭、LPS及びStatticを投与した群6頭の結果を
図9に示す。なお、本図の縦軸は、
図8と同様、第4日の発汗量を、第1日で除した値を表す。統計学的検定はマン・ホイットニーのU検定を用い、Benjamini-Hochberg法で多重比較の補正を行った。
【0030】
その結果、いずれの薬剤についても、LPS群に対して有意な発汗の回復が認められた。以上より、JAK-STATシグナル伝達経路の阻害剤を有効成分とする薬剤、特にJAK阻害剤又はSTAT阻害剤が、AIGA治療薬として有用であることが示唆された。なお、トファシチニブはJAK1、JAK2及びJAK3のいずれも阻害し、バリシチニブはJAK1及びJAK2への阻害作用は高いものの、JAK3の阻害作用は低く、そしてウパダシチニブはJAK1を阻害することが知られている(T Virtanen A, Haikarainen T, Raivola J, Silvennoinen O. Selective JAKinibs: Prospects in Inflammatory and Autoimmune Diseases. BioDrugs. 2019;33(1):15-32.)。よって、JAK-STATシグナル伝達経路の阻害剤を有効成分とするAIGA治療薬として、少なくともJAK1又はSTAT3を含む経路を阻害することが有効であることが示唆された。
【0031】
なお、JAK-STAT経路の上流に位置するサイトカインのうち、IFNγ及びIL-6のAIGAへの関与を、今回のAIGA病態モデルマウスを使用して検索した。なお、IFNγはJAK1及びJAK2を介してSTAT1を活性化させることが知られ、IL-6はJAK1及びTYK2を介してSTAT3を活性化させることが知られている(Tanaka Y, Luo Y, O'Shea JJ, Nakayamada S. Janus kinase-targeting therapies in rheumatology: a mechanisms-based approach. Nat Rev Rheumatol. 2022;18(3):133-145.)。
【0032】
具体的には、抗IFNγ抗体(10mg/kg、InVivoMAb anti-mouse IFNγ、BioXCell)又は抗IL-6受容体抗体(10mg/kg、InVivoMAb anti-mouse IL-6R、BioXCell)を投与して、又はコントロール用に抗Keyhole limpet hemocyanin(KLH)抗体(10mg/kg、InVivoMAb rat IgG2b isotype control anti-keyhole limpet hemocyanin、BioXCell)を2日間隔で2回投与し(第1日と第3日)、第2日にLPSの足底皮下投与を同時に行った。ミノール法による発汗量の評価は薬剤投与開始前(第1日)と、LPS投与2日後(第4日)に行った。
【0033】
LPSと抗KLH抗体を投与した群7頭と、LPSと抗IFNγ抗体を投与した群6頭との結果を
図10に示す。また、LPSと抗KLH抗体を投与した群6頭と、LPSと抗IL-6受容体抗体を投与した群6頭の結果を
図11に示す。なお、両図の縦軸は、LPS投与2日後の発汗量を、LPS投与前の発汗量で除した値を表す。統計学的検定はマン・ホイットニーのU検定を用いた。
【0034】
その結果、
図10に示すように、抗IFNγ抗体の投与で有意な発汗の回復が見られた。また、
図11に示すように、抗IL-6受容体抗体の投与でも有意な発汗の回復が見られた。以上より、JAK-STATシグナル伝達経路の阻害剤を有効成分とするAIGA治療薬として、IFNγ阻害薬及びIFNγの下流で働くJAK1、JAK2及びSTAT1、又はIL-6阻害薬及びIL-6の下流で働くJAK1、TYK2、STAT3を含む経路を阻害することが有効であることが示唆された。