IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人神戸大学の特許一覧 ▶ 国立大学法人群馬大学の特許一覧 ▶ 独立行政法人海洋研究開発機構の特許一覧

特開2024-122778水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及びその成形体
<>
  • 特開-水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及びその成形体 図1
  • 特開-水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及びその成形体 図2
  • 特開-水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及びその成形体 図3
  • 特開-水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及びその成形体 図4
  • 特開-水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及びその成形体 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122778
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及びその成形体
(51)【国際特許分類】
   C08L 67/04 20060101AFI20240902BHJP
   C02F 3/34 20230101ALI20240902BHJP
   C08L 101/16 20060101ALI20240902BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20240902BHJP
【FI】
C08L67/04 ZBP
C02F3/34 101Z
C08L101/16
C12N1/20 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030520
(22)【出願日】2023-02-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「ムーンショット型研究開発事業/地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現/生分解開始スイッチ機能を有する海洋分解性プラスチックの研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(71)【出願人】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(71)【出願人】
【識別番号】504194878
【氏名又は名称】国立研究開発法人海洋研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100122574
【弁理士】
【氏名又は名称】吉永 貴大
(72)【発明者】
【氏名】田口 精一
(72)【発明者】
【氏名】粕谷 健一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 美和
(72)【発明者】
【氏名】石井 俊一
(72)【発明者】
【氏名】野牧 秀隆
(72)【発明者】
【氏名】磯部 紀之
【テーマコード(参考)】
4B065
4D040
4J002
4J200
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065BD40
4B065CA56
4D040DD03
4D040DD22
4J002CF181
4J002CF182
4J002GA00
4J002GG00
4J002GK01
4J200AA04
4J200BA14
4J200BA15
4J200CA01
4J200CA06
4J200EA11
(57)【要約】
【課題】海、河川、湖、池、沼などの水環境のような、微生物密度が低く、温度が比較的低い条件下であっても微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及び生分解性樹脂組成物を成形してなる成形体を提供する。
【解決手段】水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物であって、乳酸と3-ヒドロキシブタン酸との共重合ポリエステルを含有する、生分解性樹脂組成物及び前記生分解性樹脂組成物を成形してなる成形体により解決する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物であって、
乳酸と3-ヒドロキシブタン酸との共重合ポリエステルを含有する、
生分解性樹脂組成物。
【請求項2】
前記共重合ポリエステル中の乳酸分率が5~70モル%である、請求項1に記載の生分解性樹脂組成物。
【請求項3】
前記共重合ポリエステル中の乳酸分率が6~13モル%である、請求項1に記載の生分解性樹脂組成物。
【請求項4】
前記微生物が、ポリヒドロキシアルカノエート分解能を有する微生物である、請求項1又は2に記載の生分解性樹脂組成物。
【請求項5】
前記微生物が、ベータプロテオバクテリア(Betaproteobacteria)綱、デルタプロテオバクテリア(Deltaproteobacteria)綱、ガンマプロテオバクテリア(Gammaproteobacteria)綱、バチリ(Bacilli)綱、アクチノバクテリア(Actinobacteria)綱からなる群から選択された少なくとも1つである、請求項4に記載の生分解性樹脂組成物。
【請求項6】
前記水環境が、海、河川、湖、池、沼、干潟、氷河、養殖場、水槽、ならびにそれらの岸辺及び底からなる群から選択された少なくとも1つである、請求項1又は2に記載の生分解性樹脂組成物。
【請求項7】
請求項1に記載の生分解性樹脂組成物を成形してなる成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及びその成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、地球環境保全の観点から世界中でその開発が希求されているバイオプラスチックは、脱炭素戦略による地球温暖化抑止と海洋ゴミ汚染改善を同時に促進する効果が期待されている。しかしながら、種々多様な微生物が存在する土壌とは異なり、海、河川、湖、池、沼などの水環境では、微生物の密度、温度、酸素、pH、圧力など多くの制約があるため分解には相当の期間を要するか、ほとんど分解されないバイオプラスチックも存在する。一方で、長期間河川や海などを漂うプラスチック(魚網や買い物袋など)は、生物の体に巻き付いたり、誤飲によって死をもたらす要因となっている。さらに、紫外線や波力などによりプラスチックが崩壊し、微細化されたマイクロプラスチックが生体内に取り込まれるという新たな問題も引き起こしている。そのため、水環境のような制約された環境下においても生分解速度が速く、かつ、生分解度の高い生分解性樹脂組成物が提案されている。
【0003】
例えば、特開2022-172526号公報には、生分解性樹脂と、アガロース、アルギン酸ナトリウム、カゼイン及びケラチンからなる群から選択される1種以上の成分と、を含み、前記生分解性樹脂の含有量が50重量%以上である、生分解性樹脂組成物が開示されている。
【0004】
また、特許第7173259号公報には、ポリエステル樹脂と、窒素化合物及びその塩から選択される1種以上の化合物と、を含有する生分解性樹脂組成物であって、前記ポリエステル樹脂がジカルボン酸単位とジオール単位を有する樹脂であり、3種類以上の構造単位を有し、コハク酸単位及びセバシン酸単位の少なくとも何れかの単位を有し、前記窒素化合物がアミノ酸であり、前記化合物の含有量が0.1重量%以上70重量%以下であり、前記化合物中の窒素原子濃度が6重量%以上であり、前記化合物の分子量が10000未満である、生分解性樹脂組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2022-172526号公報
【特許文献2】特許第7173259号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
生分解性プラスチックが我々の社会で実用化されるためには、製品として使用される際には必要な強度や柔軟性等の性能・機能を安定的に発揮し、自然環境の循環系に組み込まれる際には様々な環境下で短期間で生分解され、マイクロプラスチック化しないことが必要とされる。
【0007】
しかしながら、現在ある多くの生分解性プラスチックは50℃以上の温度で生分解するため、常温又は低温での生分解は期待できない。とりわけ、微生物密度が極端に希薄な水環境下に蓄積するプラスチックが分解するチャンスは稀少である。
【0008】
したがって、本発明は、微生物密度が低く、低温下という厳しい環境である水環境でも微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及び生分解性樹脂組成物を成形してなる成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、多くのプラスチック廃材が浮遊蓄積し、温度条件や微生物密度等の点から、水環境の中でも過酷な環境であると思われる深海を選択し、深海においても生分解性に優れた樹脂組成物及びその成形体を検討したところ、乳酸と3-ヒドロキシブタン酸との共重合ポリエステルを含有する生分解性樹脂組成物及びその成形体が上記課題を解決しうることを見出した。
【0010】
本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物であって、乳酸と3-ヒドロキシブタン酸との共重合ポリエステルを含有する、生分解性樹脂組成物を提供するものである。
【0011】
本発明はまた、前記生分解性樹脂組成物を成形してなる成形体を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、海、河川、湖、池、沼などの水環境のような、微生物密度が低く、温度が比較的低い条件下であっても微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物及びその成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】各生分解性プラスチックの深海での重量の減少量と形態の変化を比較した結果を示す図である。
図2】各生分解性プラスチック上に形成されたバイオフィルム(プラスティスフェア)から得られたDNAシーケンスリードのde novoアセンブリーにより作成されたスキャフォールド等を示す図である。
図3】各生分解性プラスチックの微生物群衆構造比較を分析した結果を示す図である。
図4】各生分解性プラスチックの分解試験(初島沖)でのメタオミックス解析の結果を示す図である。
図5】各生分解性プラスチックの分解試験(三島沖)でのメタオミックス解析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、本発明の生分解性樹脂組成物について説明する。本発明の実施形態に係る生分解性樹脂組成物は、水環境における微生物の分解性に優れた生分解性樹脂組成物であって、乳酸と3-ヒドロキシブタン酸との共重合ポリエステルを含有する。
【0015】
本実施形態において「水環境」とは、海、河川、湖、池、沼、干潟、氷河、養殖場、水槽、ならびにそれらの岸辺及び底、などを含む。水環境は淡水、海水による違いや、温度、pH、溶存酸素濃度、圧力など、環境によって条件が大きく異なる。例えば、海面付近の海水の酸素量は、海水温が低い高緯度で多く、海水温が高い低緯度では少なくなる。また、海面付近では酸素は植物プランクトンや海藻などの光合成によって生成されるのに対し、光が届かない深さになると、海面から深さとともに少なくなっていく。但し、ある深さより深くなると、南極周辺や大西洋高緯度域で沈み込んだ酸素を比較的多く含む海水が太平洋の深層に流れ込んでくるため、酸素量は深さと共に徐々に多くなっていく。このため、太平洋では、水深数百メートルから千メートル付近に酸素量が少ない酸素極小層が広がっていることが知られている。さらに海底が泥状の堆積物で覆われている場所は、それらの堆積物で覆われると嫌気的な環境になりやすく、好気性微生物の活動が制限される。そのため、種々の条件下でも微生物による生分解が速やかに行われる必要がある。
【0016】
本実施形態の生分解性樹脂組成物を分解しうる微生物は、ポリヒドロキシアルカノエート分解能を有する微生物である。具体的には、ベータプロテオバクテリア(Betaproteobacteria)綱、デルタプロテオバクテリア(Deltaproteobacteria)綱、ガンマプロテオバクテリア(Gammaproteobacteria)綱、バチリ(Bacilli)綱、アクチノバクテリア(Actinobacteria)綱などを挙げることができる。
【0017】
本実施形態で使用する共重合ポリエステルは、乳酸と他のヒドロキシカルボン酸との共重合ポリエステルであって、生分解性を示すポリマー材料である。
【0018】
前記共重合体ポリエステル中の乳酸由来のモノマー単位は、L-乳酸由来のモノマー単位、D-乳酸由来のモノマー単位のいずれであってもよく、特に限定されるものではないが、微生物による生合性ではD-乳酸由来のモノマー単位が一般的である。
【0019】
前記共重合ポリエステルを構成する乳酸とヒドロキシブタン酸との比率、すなわち乳酸分率は、用途に応じて適宜設定されるが、ポリ乳酸を軟質化する効果が高いことから、5~70モル%であることが好ましく、6~13モル%であることがより好ましい。当該乳酸分率の値は、HPLCを用いて決定することができる。
【0020】
前記共重合ポリエステルの分子量としては特に制限はないが、重量平均分子量が例えば1~100万であってよく、好ましくは1~50万であってよい。当該重量平均分子量の値は、タンデムTSKgel Super HZM-Hカラム(東ソー製)を備えたゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)(島津製作所製)を用いて、標準ポリスチレンに基づき決定することができる。
【0021】
乳酸と他のヒドロキシカルボン酸との共重合ポリエステルを製造する方法としては、特に限定されず、従来公知の方法であってよい。なかでも、P(LA-co-3HB)を製造する方法の一例としては、国際公開第2009/131186号や、国際公開第2006/126796号に記載されているような組み換え微生物を用いた製造方法が挙げられる。
【0022】
本実施形態の生分解性樹脂組成物は、前記共重合ポリエステル以外の熱可塑性樹脂を含むものであってもよい。そのような樹脂としては特に限定されず、従来公知の樹脂を使用することができ、具体的には、前記共重合ポリエステル以外の生分解性を有する脂肪族ポリエステルや、芳香族ポリエステル等が挙げられる。
【0023】
本実施形態の生分解性樹脂組成物には、本発明の効果を阻害しない範囲で、他の添加剤を適宜含有してもよい。そのような添加剤としては特に限定されないが、例えば、可塑剤、加水分解抑制剤、相溶化剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、加工助剤、帯電防止剤、着色剤、結晶核剤、無機系または有機系粒子、滑剤、離型剤、撥水剤、無機充填剤、防カビ剤、抗菌剤、発泡剤、難燃剤等が挙げられる。各添加剤の含有量は、その目的に応じて適宜決定することができる。また、添加剤は1種類のみを配合してもよいし、2種類以上を配合してもよい。
【0024】
前記可塑剤としては、一般にポリマーの可塑剤として用いられている可塑剤を使用することができ、具体的には、ポリエステル系可塑剤、グリセリン系可塑剤、多価カルボン酸エステル系可塑剤、ポリアルキレングリコール系可塑剤、エポキシ系可塑剤等が挙げられる。
【0025】
本実施形態の生分解性樹脂組成物は、各成分を溶融混練した後、溶融樹脂をストランド状に押し出してからカットし、ペレットとすることができる。得られたペレットを乾燥させて水分を除去した後、公知の成形加工方法によって成形加工することで、任意の成形体を得ることができる。成形加工方法としては、例えば、フィルム成形、シート成形、射出成形、ブロー成形、繊維の紡糸、押出発泡、ビーズ発泡等が挙げられる。
【0026】
フィルム成形体の製造方法としては、例えば、Tダイ押出し成形、カレンダー成形、ロール成形、インフレーション成形が挙げられる。ただし、フィルム成形法はこれらに限定されるものではない。また、本発明の生分解性樹脂組成物から得られたフィルムは、加熱による熱成形、真空成形、プレス成形が可能である。
【0027】
射出成形体の製造方法としては、例えば、熱可塑性樹脂を成形する場合に一般的に採用される射出成形法、ガスアシスト成形法、射出圧縮成形法等の射出成形法を採用することができる。また、その他の目的に合わせて、上記の方法以外でもインモールド成形法、ガスプレス成形法、2色成形法、サンドイッチ成形法、PUSH-PULL、SCORIM等を採用することもできる。ただし、射出成形法はこれらに限定されるものではない。
【0028】
本実施形態の生分解性樹脂組成物は、押出成形機を用いて、ペレット、または、フィルム状、シート状、又は繊維状等の成形体に加工しても良いし、射出成形により所定形状の成形体に加工することも可能である。
【0029】
また、本発明の生分解性樹脂組成物が発泡剤を含有する場合、本発明の成形体は発泡性の成形体であってもよいし、加工後に発泡させることで成形発泡体としてもよい。
【0030】
本実施形態の生分解性樹脂組成物は各種形状の成形体に加工することができる。該成形体としては、例えば、紙、フィルム、シート、チューブ、板、棒、容器、袋、部品等が挙げられる。また、本発明の成形体は、その物性を改善するために、本発明の生分解性樹脂組成物とは異なる材料から構成される成形体(例えば、繊維、糸、ロープ、織物、編物、不織布、紙、フィルム、シート、チューブ、板、棒、容器、袋、部品、発泡体等)と複合化することもできる。本実施形態の成形品の用途は特に限定されず、農業、漁業、林業、園芸、医学、衛生品、衣料、非衣料、包装、自動車、建材、その他の分野に好適に用いることができる。
【実施例0031】
以下に実施例を掲げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0032】
1.原料
共重合ポリエステル原料A:文献:Biomacromolecules,10(2009),pp.678-681の記載に従って製造したP(LA-co-3HB)を使用した。該共重合ポリエステル原料Aを構成する乳酸のモル分率は13モル%(重量平均分子量は約8万)のもの(13%mol LA-co-3HB)と、6モル%(重量平均分子量は約8万)のもの(6%mol LA-co-3HB)を調製した。これら乳酸のモル分率及び重量平均分子量の測定は、前記文献に記載の測定方法に準拠した。なお、該共重合ポリエステル原料A中の乳酸由来のモノマー単位は、D-乳酸由来のモノマー単位であった。
【0033】
2.ペレットの形成
共重合ポリエステル原料AであるP(LA-co-3HB)を、同方向噛合型二軸押出機(東芝機械社製:TEM-26SS)に投入して、設定温度100~130℃、スクリュー回転数100rpmで溶融混錬し、ポリエステル樹脂組成物を得た。当該ポリエステル樹脂組成物をダイスからストランド状に引き取り、ペレット状にカットした。
【0034】
3.シート成形
得られたペレット(P(13%mol LA-co-3HB)、P(6%mol LA-co-3HB))を、熱プレス法あるいはキャスト法でプレス成形し、厚さ0.25mmのフィルムを成形した。フィルムはメタノール、蒸留水の順で洗浄後、減圧乾燥させ、これを試験に供した。
【0035】
また、ポジティブコントロールとして、一般に海洋生分解性に優れていることが知られているPHBV(Highchem社より購入した寧波天安生物材料有限公司製のポリ(ヒドロキシブチレート-co-バレレート))と、ネガティブコントロールとして、PLA(Natureworks社製のポリ乳酸)も試験に供した。
【0036】
4.フィルムの深海への設置と回収
初島沖の深海底(35°-0.9’N, 139°- 13.3’E、深さ855 m)と三崎沖の深海底(35°-4.2’N, 139°-32.5’E、深さ757 m)に、ポリマーフィルムを設置した。設置および回収にはしんかい6500を用いた。
【0037】
三崎沖は、2021年10月12日設置し、2022年6月8日に1回目の回収を行い(三崎T1)、2022年11月3日に2回目の回収(三崎T2)を行った。初島沖は、2021年10月13日設置し、2022年6月5日に1回目の回収(初島T1)を行い、および2022年11月2日2回目の回収(初島T2)を行った。
【0038】
5.実験項目
(1)フィルムの重量減少量測定
回収した各ポリマーフィルム(n=5)をメタノール、蒸留水の順で洗浄し、減圧乾燥させた。試験前後のポリマーフィルムの重量および厚みを測定した。ポリマーフィルムの初期重量から浸漬試験後の重量を減算し、表面積と単位時間でこれを除することによりポリマーフィルムの重量減少速度を算出した。
【0039】
(2)フィルムの表面形態観察
ポリマーフィルムをCanon EOS KissX2およびCanon PowerShot G7X Mark IIで撮影した。
【0040】
(3)メタゲノムシーケンス
ポリマーフィルム上のバイオフィルムからDNAおよびRNAを深海設置後共抽出した。その後、DNAのシーケンスライブラリーを構築し、マクロジェン・ジャパン社のHiSeq Xプラットフォームでペアエンドシーケンス(150 bp ×2)を行った。
【0041】
(4)DNAのリードプロセシング
DNAのリード配列をQIAGEN社製CLC Genomics Workbench version 20.0を用いてトリミングした。その後、k-mer 23 bpでde novoアセンブリーし、スキャフォールドを形成した。DNAリードをスキャフォールドにマッピングする事により、スキャフォールドの存在頻度を示す重複度として算出した。スキャフォールドのGC含量(%)を、(スキャフォールド中のGとCをコードするヌクレオチド数)/(スキャフォールドの全ヌクレオチド数)×100で算出した。
【0042】
(5)遺伝子の機能アノテーション
スキャフォールド中にコードされている遺伝子情報の読み枠(Open Reading Frame, ORF)は、MetaGeneMarkにより決定した。スキャフォールドの微生物系統群の分類は、各スキャフォールド中に存在するORFのGhostKOALAによる微生物系統群のアノテーションに基づき推定した。KEGG Automatic Annotation Server (KAAS)を用いてKEGG orthologous (KO)グループの割り当てを行った。エステル加水分解酵素をコードするORFはESTHERデータベースを用い、BLASTPにて同定した。
【0043】
(6)微生物菌叢解析
Ribosomal protein S3 (rpsC, K02981)を含むスキャフォールドの重複度とRpsCタンパク質の長さを積算し、微生物菌叢全体の「重複度×長さ」の比率を相対頻度として計算した。RpsCタンパク質の系統分類は、GhostKOALAの綱と属に基づき初期帰属し、その後、RefSeqデータベースに対するBLASTPサーチを用いてキュレーションされた。
【0044】
(7)メタゲノムアッセンブルドゲノムの抽出
ドラフトゲノム(メタゲノムアッセンブルドゲノム、MAG)は、異なる色でスキャフォールドの微生物系統分類を示し、バブルの面積でスキャフォールドの長さを示した重複度(Y軸)-GC含量(X軸)のバブルプロットを用いてグループ分けされ、抽出された。
【0045】
6.結果
(1)フィルムの重量減少量測定
図1は各生分解性プラスチックの深海での重量の減少量と形態の変化を比較した結果を示す図である。P(13%mol LA-co-3HB)、P(6%mol LA-co-3HB)のいずれも、ポジティブコントロールのPHBVと同等以上の重量減少が認められた。これに対し、ネガティブコントロールのPLAは今回の実験条件下ではほとんど変化が認められなかった。なお、三崎沖のP(6%mol LA-co-3HB)については、1回目と2回目の回収時にはフィルムを投入したチャンバーからすでに消失していたためサンプルを回収することができなかった。
【0046】
(2)フィルムの表面形態観察
図1に、設置前のサンプルと、海底に設置した後に回収した状態のサンプル(洗浄前)並びに回収してから洗浄した後のサンプル(洗浄後)の画像を示す。P(13%mol LA-co-3HB)、P(6%mol LA-co-3HB)のいずれも、コントロールと比較して同等以上の分解が確認できた。なお、三崎沖(三崎T1、三崎T2)でのP(6%mol LA-co-3HB)はサンプルが回収できなかったが、初島沖での形態変化から、三崎沖では回収前に完全に分解されたものと推察された。
【0047】
(3)メタゲノムシーケンス
P(13%mol LA-co-3HB)、P(6%mol LA-co-3HB)、PHBV、PLAの三崎沖および初島沖の海底に設置後7カ月のサンプル上に形成されたバイオフィルム(プラスティスフェア)から、DNAとRNAを抽出し、DNA画分のメタゲノムシーケンスを行い、各サンプルのシーケンスデータを得た。三崎沖で回収前に完全に分解されたP(6%mol LA-co-3HB)は、シーケンスを行わなかった。
【0048】
(4)DNAのリードプロセシング
得られた7種のDNAシーケンスリードのde novoアセンブリーにより、図2に示される数のスキャフォールドを作成した。
【0049】
(5)遺伝子の機能アノテーション
得られた7種のメタゲノムから作成されたスキャフォールドから、遺伝子の読み枠であるORFを同定し、遺伝子機能情報をKEGG ortholog group(KO)およびESTHERデータベースにより推定した。微生物群集構造は、1コピーハウスキーピング遺伝子であるrpsCの重複度を用いた。菌体外における固体プラスチックポリマーの分解に関わるエステラーゼ遺伝子は、ESTHERデータベースのesterase_phb(PHBデポリメラーゼ)との相同性解析により同定した。
【0050】
(6)微生物菌叢解析
図3は各生分解性プラスチックの微生物群衆構造比較を分析した結果を示す図である。深海でのP(13%mol LA-co-3HB)およびP(6%mol LA-co-3HB)プラスティスフェアの菌叢にはGammaproteobacteria綱に属する菌が多い傾向があった(A)。また、三崎沖に設置したP(13%mol LA-co-3HB)の菌叢には、嫌気性のDeltaproteobacteria綱が多いという特徴が認められた(B)。これは海底の堆積物がサンプルに堆積したのか、形成されたバイオフィルムの厚みが増してフィルム表面に嫌気的な環境が形成されたのかは不明であるが、P(13%mol LA-co-3HB)が嫌気性微生物によっても分解が進行することを示すものである。さらに、スキャフォールドにマッピングされるリード量(%)は、その値が大きいほど微生物群集の多様性が小さい、すなわち、選択圧による集積がかかっていることを示している。今回の実験では分解がほとんど認められなかったPLAは、マッピングされるリード量が小さく、プラスチック上での特定の微生物の増殖および集積が起こっていないことが示された(D)。PLAでは、海洋微生物の付着の象徴であるThaumarchaeota門の古細菌が確認された(C)。
【0051】
(7)メタゲノムアッセンブルドゲノムの抽出
図4は、初島沖の深海底に設置した4種のプラスチックの重複度-GC含量のバブルプロットである。深海のP(13%mol LA-co-3HB)およびP(6%mol LA-co-3HB)プラスティスフェア中に優占種として存在しているGammaproteobacteria綱に属する菌のドラフトゲノム(MAG)は、PHBVにおいても優占種として存在しているAgarilytica属に属する微生物と同一であった(A)。このAgarilytica属菌は、ゲノム中に15個以上の分泌型のPHBデポリメラーゼをコードしており、プラスチック中のエステル結合を加水分解していると考えられた。次いで多いGammaproteobacteria綱に属するMAGは、Granulosicoccaceae科に属する微生物であり、この微生物の存在頻度は、PHBVよりもP(13%mol LA-co-3HB)とP(6%mol LA-co-3HB)の方が高い(B)。このGranulosicoccaceae科菌は、PHB dimer degradation に関わる遺伝子をコードしており、プラスチックの分解を担っていると考えられた。P(13%mol LA-co-3HB)のGammaproteobacteria綱に属するMAGには、好気呼吸に関わる酵素を欠落したQZLD-1目に属する微生物が存在した(C)。このQZLD-1目菌も、ゲノム中に20個以上の分泌型のPHBデポリメラーゼをコードしており、嫌気的な環境下におけるプラスチック分解に関わっていると考えられた。これより、初島沖深海底に設置されたP(13%mol LA-co-3HB)およびP(6%mol LA-co-3HB)上のプラスティスフェアには、主にPHB分解に関わるGammaproteobacteria綱の微生物が集積することが示された。
【0052】
図5は、三崎沖の深海底に設置した3種のプラスチックの重複度-GC含量のバブルプロットである。この深海環境にてP(13%mol LA-co-3HB)上に形成されるプラスティスフェアには、Gammaproteobacteria綱に属する1つのMAG(C)とDeltaproteobacteria綱に属する1つのMAG(D)が優占していることが示された。この、Gammaproteobacteria綱のMAG(C)は、QZLD-1目に属する微生物で、初島沖にて集積されたQXLD-1目菌と同様に、好気呼吸に関わる遺伝子を持たず、多量の分泌型PHBデポリメラーゼをコードしていた。Deltaproteobacteria綱に属するMAG(D)は、嫌気性の硫酸還元反応と硫黄関係に関わる遺伝子をコードしており、嫌気条件での生育を示した。これより、三崎沖の深海底では、嫌気条件においてP(13%mol LA-co-3HB)を分解する微生物の集積が起こっていることが示された。一方、PHBVのプラスティスフェアにおいては、分泌型のPHBデポリメラーゼを15個以上コードしているGammaproteobacteria綱のAgarilytica属に属するMAG(A)が優占しており、また、分泌型のPHBデポリメラーゼを多数コードする好気性のColwellia属に属するMAG(E)も見られた。これより、PHBVでは、好気性のPHBV分解が起こっていることが示された。
【0053】
これらのMAGを用いた解析により、P(13%mol LA-co-3HB)およびP(6%mol LA-co-3HB)は、好気条件と嫌気条件のどちらの環境条件においても、ポリヒドロキシアルカノエート分解能を有する微生物の集積が見られることが示された。
図1
図2
図3
図4
図5