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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122907
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】葦繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D21C 3/02 20060101AFI20240902BHJP
   D21C 3/00 20060101ALI20240902BHJP
   D21H 11/12 20060101ALI20240902BHJP
【FI】
D21C3/02
D21C3/00
D21H11/12
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024026073
(22)【出願日】2024-02-23
(31)【優先権主張番号】P 2023029163
(32)【優先日】2023-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2023170096
(32)【優先日】2023-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】514280938
【氏名又は名称】株式会社アトリエMay
(74)【代理人】
【識別番号】100126549
【弁理士】
【氏名又は名称】中川 信治
(72)【発明者】
【氏名】塩田 真由美
【テーマコード(参考)】
4L055
【Fターム(参考)】
4L055AA05
4L055AA08
4L055AG16
4L055EA04
4L055EA15
4L055EA20
4L055EA24
4L055FA11
(57)【要約】
【課題】植物の葦が本来有している抗菌作用を失うことなく、葦茎から繊維を得る葦繊維の製造方法を提供すること。
【解決手段】葦繊維を製造する方法の工程において、葦の茎をカットして所定長さの葦茎片とするカッティング工程と、カットした前記葦茎片を濃度0.8wt%以上の水酸化ナトリウム溶液に、水温20~30℃で12~72時間浸漬させて前記葦茎片中のリグニンを分離するケミカルレッチングを行うレッチング工程とを含む製造方法とすること。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の葦から繊維を得る葦繊維の製造方法であって、前記製造方法の工程として、
葦の茎をカットして葦茎片とするカッティング工程と、
カットした前記葦茎片を濃度0.8wt%以上の水酸化ナトリウム溶液に、水温20~30℃で12~72時間浸漬させて前記葦茎片中のリグニンを分離するレッチング工程とを含む
製造方法。
【請求項2】
前記カッティング工程において、葦茎片の長さを10~100mmの範囲内にカットする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記カッティング工程で得られた複数の葦茎片を、液体透過性を有し、かつ耐アルカリ性を有する袋に所定本数詰めてから、前記レッチング工程に付する、請求項1記載の製造方法。
【請求項4】
パルプ化工程、原料調整工程、抄紙工程の順に工程を経る紙製品の製造方法において、
前記原料調整工程後かつ前記抄紙工程前の段階で、他の木材から得られたパルプと請求項1記載の製造方法で得られる葦繊維とを混合して、その後の前記抄紙工程を経るものであり、
かつ前記混合において、製紙原料の全体に対して30wt%以上を前記葦繊維となるように加えることで
葦繊維含有紙であるヨシ紙を得る紙製品の製造方法。
【請求項5】
請求項1記載の製造方法で得られた葦繊維を30~80wt%含む混紡繊維原料を紡績して得られる混紡糸。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の葦を原料にして葦繊維を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
葦は、沼岸や河川岸に自生するイネ科の植物である。多年草であるが、半年で成長する地表の茎は冬には枯れる。一方、地下茎は枯れずに、翌年茎が成長する。葦は世界的に豊富な再生産可能天然資源である。葦は河川敷に自生して葦原をつくるが、河川の整備のために定期的に刈り取られる。定期的な刈取りによって、河川敷などに広がる葦原は健全に維持される。
【0003】
葦は、刈り取った葦茎をそのまま屋根材や葦簀として利用したり、木管楽器のリードの材料などとして一部利用されてたりしてはいるものの経済効率性の観点から、刈り取られた葦のほとんどは焼却等により処分される。このように葦原は経済的な活用用途に乏しいため、その保護という観点が重要視されることなく、河川改修工事が行われた結果、冠水が不十分となり、葦原が絶滅する危機を迎えた時期もあった。
【0004】
しかしながら、近年の持続可能な社会を目指す風潮から、これまで処分されていただけの葦にも経済合理性のある活用手段がなにかないか模索されている。葦から植物繊維を取り出して、紙、糸、布などの原料として工業的、経済的な利用できるかの観点からの研究もなされている。例えば特許文献1では、竹から竹繊維を分離する方法に倣って、自生する葦から葦繊維であるセルロース成分を分離して、混紡糸にして不織布を製造する技術が開示されている。加えて、得られた葦繊維を竹抗菌エキスやヒノキチオール水溶液に浸漬して抗菌性を付与する技術が開示されている。しかし、葦から紙、糸あるいは布などを製造する工程は、既に工業的に確立されている手法に比べるとその製造コストから経済合理性が低く、訴求力のある製品にすることが困難であった。
【0005】
抗菌性を有する没食子酸(3,4,5-トリヒドロキシ安息香酸)を基本骨格とする加水分解性タンニンは、マンサク科の植物ハマメリス、茶の葉、オークの樹皮など、多くの植物に含まれていることが知られており、その抗菌性については多くの研究がされている。例えば非特許文献1では、ユーカリの一種であるEucalyptus salignaの葉の熱水抽出液等を想定した、没食子酸等の抗菌剤としての利用の検討が開示されている。ここで原生の葦にもこのような抗菌性を有する加水分解性タンニンが含まれているとされている。
【0006】
ところが特許文献1をはじめとする、従来の原生の葦から葦繊維を取り出して紙製品、糸あるいは布地などに製品化する技術では、この葦由来の成分が発揮する抗菌性が、製品化の段階では失われていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2022-102994号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】東京大学農学部演習林報告, 137,41-51 (2017) 稲垣ら「Eucalyptus saligna 葉の主成分である没食子酸類の活用に向けた抗菌スペクトルの検討」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記状況を鑑み、本発明者は、原生葦を有効利用して製品化するにあたって、葦由来の抗菌成分を製品に残すことによって、その抗菌性を特徴にした製品を作ることができないかの検討を重ねて、その工程の見直しを続けた結果、本発明に至った。
【0010】
上記事情に鑑みて、本発明では、葦が本来有している抗菌作用を失うことなく葦繊維を取り出して繊維化する製造手段およびその手段によって得られる抗菌性を有する葦繊維、ひいてはこれを原料とする、抗菌性を有する紙製品や混紡糸を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解消するため、植物の葦から繊維を得る葦繊維の製造方法にあって、本発明では、
葦の茎をカットして葦茎片とする工程と、カットした前記葦茎片を濃度0.8wt%以上の水酸化ナトリウム溶液に、水温20~30℃で12~72時間浸漬させて前記葦茎片中のリグニンを分離する工程とを含むことを主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の葦繊維の製造方法で得られる葦繊維は、葦が本来的に有している抗菌作用を保持するものである。そして、この葦繊維を原料としてつくられる紙製品や混紡糸にもその抗菌作用が保持されている。
【0013】
上記抗菌作用は、葦が本来的に有している性質を利用するものであるから、取り出した繊維に後から抗菌成分を付加した場合と比べて、その抗菌作用の対象となる菌類の詳細が異なるのに加えて、抗菌作用の期間も長くなると考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、具体的な製造方法を示すことにより本発明を詳述するが、本発明は下記に示される様態のみに限定されるものではない。本発明での葦繊維の製造方法にあっては、主に次に示す伐採・圧壊工程、カッティング工程、袋詰め工程、レッチング工程、水洗工程、解繊工程、分別工程、脱水・乾燥工程によって構成されるが、葦由来の抗菌成分を保持した葦繊維を得るのに重要な工程はレッチング工程である。
【0015】
(伐採・圧壊工程)
まずは葦原に自生している、好ましくは生育後10カ月以上の葦を伐採する。生育後10カ月未満の葦は生育途中であり、十分成育させてから刈り取った方が好ましい。伐採は人力による方法でもよいし、刈り取り機などの動力を用いてもよい。後工程での処理を容易にするため、伐採した葦の茎は、ハンマーやローラーなどにより圧壊しておくことが好ましい。
【0016】
(カッティング工程)
圧壊した葦茎は、後のケミカルレッチング工程に先立って所定の大きさの葦茎片にカットする。カットする葦の長さは、好ましくは10~100mm、さらに好ましくは20~60mmとする。長さは均一にする必要はなく、それぞれの葦茎片の長さが、所定の好ましい範囲内であればよい。カッティングは人力によってもよいが、一般的な裁断機を用いることもできる。
【0017】
一般的には、所定の長さに切り揃える工程は、レッチングによりリグニンを除去して、植物繊維が柔らかくなってから行った方が作業としては効率的である。しかしながら本発明の葦繊維の製造方法にあっては、後工程のレッチング工程で葦本来の抗菌性を失わない程度に強度を抑えたケミカルレッチングを行う。このため、あえてレッチング工程に先立って葦茎を所定の大きさにカットして葦茎片とすることで、葦茎片全体にすばやく十分にレッチング液を浸漬させることができるようになる。なお、本発明の製造方法では、レッチング工程に先立って本カット工程を行うため、レッチング工程後に圧壊する工程や葦の長さを揃える工程は不要である。
【0018】
(レッチング工程)
一般にレッチング工程は、植物から植物繊維を取り出すにあたって、植物繊維の主成分であるセルロースを固着しているリグニンを除去して、後の解繊工程を行いやすく工程である。レッチング液として水酸化ナトリウム溶液などを使うなど、化学的手段を採る場合にケミカルレッチングと呼ばれる。本発明の製造方法では、このレッチングとしてケミカルレッチングを選択し、その条件を厳格化する。これにより葦に含まれるリグニンは除去されるが、葦が本来有する抗菌成分を葦繊維に保持したままにすることができる。
【0019】
本発明の製造方法では、葦が前記カッティング工程により所定の長さの葦茎片にカットされているので、レッチング工程での作業容易のために、レッチング液に浸漬させる前に所定の本数を袋詰めすることが好ましい。袋詰めする袋としては、麻袋などレッチング液を容易に通し、かつ本工程で用いる程度のアルカリ性溶液に耐性があるものであれば特に制限なく用いることができる。
【0020】
葦茎片からリグニンを相当程度除去し、かつ葦が本来的に有する抗菌作用を失わないための本発明の製造方法におけるレッチング工程の条件は次のとおりである。レッチング液としては0.8以上のwt%の水酸化ナトリウム水溶液である。その中に(好ましい形態として)袋詰めされた葦茎片を浸漬する温度と時間は、水温20~30℃、浸漬時間12~72時間である。上記条件よりも水温が高い或いは時間が長いと葦由来の抗菌性が失われてしまう。反面、上記条件よりも濃度が薄い、水温が低い或いは時間が短いと、リグニンが十分除去できず、その後の解繊工程で支障が生じるなど作業性に乏しくなる。なお、水酸化ナトリウム水溶液の濃度が1.5wt%以上としたときは、作業効率が同程度であるにも関わらず、かえってレッチング処理後の廃水のpH濃度が高くなり、環境負荷が大きくなるだけなので好ましくない。前記諸条件は、それそれの範囲の中であればある程度自由に設定できるが、なかでも水酸化ナトリウム水溶液の濃度があまりにも高濃度であると、得られる葦繊維の特性が変わってくるので留意が必要である。
【0021】
(水洗工程)
レッチング工程を経た葦茎片は、水に晒して水洗中和する。水洗は貯水に浸漬して何度か水を入れ替えて行うこともできるし、流水で行うこともできる。水洗水のpHを測定することで十分に中和できたかを判別することができる。
【0022】
(解繊工程)
中和した葦茎片は、解繊して葦繊維を得る。解繊とは、繊維を壊さずにほぐして繊維を得ることであり、ディスクリファイナー(或いはディスクレファイナー)と呼ばれる機械によって行われるのが一般的である。ディスクリファイナーによる解繊の機構は様々存在するが、例えば2枚の回転磨砕板の間に原料を通して解繊させる機構が挙げられる。
【0023】
(分別工程)
解繊工程で得られた葦繊維は、その長さによって分別され、それぞれの長さに適した用途の原料として用いられる。例えば長さが10mm以上の長繊維は、紡績、混紡糸の繊維原料に適している。一方、長さが10mm未満の短繊維は、紙製品のパルプに適している。
【0024】
(脱水・乾燥工程)
上記分別された葦繊維は脱水機を使って脱水させる。このとき長繊維については脱水後乾燥前にほぐして繊維どうしの付着を防ぐ。葦繊維をほぐす際には繊維が切断しないように留意する必要がある。この点、葦繊維は木材から得られる繊維質よりも脆いので、コンプレッサーなどの機械的手段を使うと多量の切断が生じる。このため葦繊維の長繊維は、現時点においては人手によってほぐされることが最も効率的である。
【0025】
脱水した短繊維、および脱水後ほぐされた長繊維は乾燥させる。乾燥には熱風乾燥機や送風機を使う方法、天日干しなどを使うことができる。ただし、熱風乾燥機を使用する場合に温度が高すぎると葦繊維の抗菌成分を失うおそれがあるので留意が必要である。このため乾燥手段としては送風による乾燥または天日干しが好ましい。脱水・乾燥工程で生じた粉末などは抄造紙の原料として利用できる。さらに、上記製造工程で生じるその他の残渣は、土壌改良剤や堆肥として利用できる。
【0026】
(紙製品への応用)
本発明の製造方法で得られた葦繊維は、葦由来の抗菌成分を保持した紙製品のパルプのように使用できる。葦繊維は通常の抄紙工程を経て紙製品(ヨシ紙)とすることができる。葦繊維のみを原料とする100%ヨシ紙とすることもできる。一方、他の木材から得られるパルプと混合して抄紙し、葦繊維混合のヨシ紙として使用することもできる。ただし、葦由来の抗菌性を発揮するためには紙原料の30wt%以上を葦繊維とする必要がある。紙の製造工程には大きく分けてパルプ化工程、原料調整工程、抄紙工程がある。葦繊維混合のヨシ紙を製造する際にはこのいずれの工程において葦繊維と他の木材と混合して製紙化することもできる。しかし、葦由来の抗菌成分を維持したまま製紙化するためには、原料調整工程後抄紙工程前にパルプと葦繊維を混合することが好ましい。葦繊維がパルプ化工程や原料調整工程を経るとその間に葦由来の抗菌成分が脱落しやすいからである。また葦繊維の割合が高くなると紙製品としてはザラザラ感が増すが、これを風合いと捉えれば、紙製品としての機能を損なうものではない。このため葦繊維100%のヨシ紙も産業上利用可能である。
【0027】
(混紡糸、布製品への応用)
本発明の製造方法で得られた葦繊維は、綿など他の原料繊維と混紡して、紡績工程を経て、葦由来の抗菌成分を保持した混紡糸とすることができる。また得られた混紡糸は一般的な織布工程を経て、葦由来の抗菌成分を保持した布地とすることができる。混紡糸の原料における葦繊維の最適な割合は、30~80wt%である。葦由来の抗菌性を発揮するためには原料の30wt%以上を葦繊維とする必要がある。一方で葦繊維が80wt%を超える混紡糸は一般的に求められる強度が足りず切れやすくなり、糸としての性能を十分発揮位することが難しい。
【0028】
(抗菌成分)
本発明では原料である原生葦が有している抗菌成分を損なうことのない製法で葦繊維、およびこれを用いた紙製品、混紡糸または布製品を製造することを主眼とする。ここで原生葦が有している抗菌成分とは、具体的には没食子酸を基本骨格とする加水分解性タンニンとされている。タンニンとは、植物の葉や実、種子、根などに含まれるポリフェノール化合物の総称であり、特定の化学構造を示す語ではない。原生葦が含有するタンニンが具体的にどのような化学構造を持つかについては現時点で明らかにされていない。このため以下に記載する本発明の実施例では、葦繊維やその製品において、原生葦由来のタンニンの存在を直接確認するのではなく、それらが抗菌性を発揮するか否かを確認するにより、本発明の効果を確認するとともに、原生葦由来のタンニンの存在を推知するものである。
【実施例0029】
(レッチング水溶液の濃度による変化)
淀川水系に自生する10ヶ月以上の葦を複数本伐採した。これをローラーにかけて圧壊したのち、それぞれの長さを50mm±5mmの長さにカットして葦茎片とした。この葦茎片を約10本ずつまとめて袋詰めし、水酸化ナトリウム水溶液の濃度を表1に示した異なる濃度4点でケミカルレッチングを行った。濃度以外のレッチングの条件は、次のとおりである。葦茎片各50g、水温30℃、水量1L、浸漬時間41時間。
【0030】
レッチング後の各葦茎片はそのpHが7になるまでを目安にして水洗した。水洗した葦茎片のうち、解繊できない枝を除去して、ディスクリファイナー(熊谷理機工業(株)性KRK高濃度ディスクレファイナー製品番号 No.2500-I)を使って解繊した。解繊後の葦繊維を評価した。表1には、レッチングの水酸化ナトリウム水溶液の濃度(重量パーセント)とともに、レッチング後の葦茎片の硬さ、解繊不可である枝の量、解繊後の繊維、抗菌性の有無についてまとめた。
【0031】
【表1】
【0032】
表1より、ケミカルレッチングにおいて、実験番号1の水酸化ナトリウム水溶液の濃度が0.5wt%のケースでは、作業性に乏しく、また解繊できない枝の量も多く、実用的でないことが分かる。一方、実験番号2-6の水酸化ナトリウム水溶液の濃度が0.8wt%以上のケースでは作業性がよく、解繊できない枝も少なく、経済的にも十分な実施可能性を有することが分かる。
【0033】
(葦繊維の製造)
淀川水系に自生する10ヶ月以上の葦を複数本伐採した。これをローラーにかけて圧壊したのち、それぞれの長さを50mm±5mmの長さにカットして葦茎片とした。この葦茎片を約10本ずつまとめて袋詰めし、次の条件でケミカルレッチングを行った。葦茎片50g、水酸化ナトリウム水溶液の濃度1.0wt%、水温30℃、水量1L、浸漬時間41時間。
【0034】
レッチング後の各葦茎片はpHが7になるまでを目安にして水洗した。水洗した葦茎片のうち、解繊できない枝を除去して、ディスクリファイナー(熊谷理機工業(株)製 KRK高濃度ディスクレファイナー製品番号 No.2500-I)を使って解繊した。解繊した葦繊維のうち、長さが10mm未満を短繊維、長さが10mm以上を短繊維として分別した。短繊維、長繊維ともに、脱水機で脱水を行った。脱水後、長繊維については人の手でほぐす作業を行った。その後、短繊維、長繊維ともに送風機により乾燥させた。
【0035】
(ヨシ紙の製造)
上記で得られた葦繊維の短繊維30wt%と木材のバージンパルプ70wt%を混合してパルプ原料とし、抄紙工程を経て葦繊維30wt%のヨシ紙を作製した。
【0036】
(混紡糸の製造)
上記で得られた葦繊維の長繊維30wt%と綿繊維70wt%を混紡して、紡績工程を経て葦繊維30wt%の混紡糸を作製した。
【0037】
(葦由来の抗菌性確認試験)
上記で得られた葦繊維30wt%のヨシ紙、葦繊維30wt%の混紡糸および参考として葦茎そのものに対して、抗菌性試験を行った。試験はJIS-L-1902に規定される「繊維製品の抗菌性試験方法及び抗菌効果」に記載されている菌液吸収法に則った。この試験によれば抗菌活性値が2.2以上であれば抗菌性ありとされる。
【0038】
その結果、上記葦繊維30wt%のヨシ紙の抗菌活性値は5.9、上記の葦繊維30wt%の混紡糸の抗菌活性値は3.8、そして葦茎そのものの抗菌活性値は6.0であった。このことから、葦茎には本来高い抗菌活性があり、本発明の製造方法によれば、これを所定割合配合して紙製品や混紡糸を作製しても、葦由来の抗菌活性が残存しているために製品自体にも抗菌性が発揮されることが分かった。
【0039】
(葦繊維の抗菌性能評価:追加)
・試料の調製
〔試料A〕
淀川水系に自生する10ヶ月以上の葦を複数本伐採した。これをローラーにかけて圧壊した。これに対してケミカルレッチングを行った。ケミカルレッチングの条件は、水量5L,水酸化ナトリウム水溶液濃度2wt%,水温28℃,浸漬時間72時間とした。レッチング後の葦茎はpHが7になるまでを目安にして水洗した。これを再度ローラーで圧壊したあと50mm±5mmに裁断し、ディスクリファイナー(熊谷理機工業(株)製 KRK高濃度ディスクレファイナー製品番号 No.2500-I)を使って解繊し、葦繊維である試料Aを得た。
【0040】
〔試料B〕
淀川水系に自生する10ヶ月以上の葦を複数本伐採した。これをローラーにかけて圧壊したのち、それぞれの長さを50mm±5mmの長さにカットして葦茎片とし、約10本ずつまとめて袋詰めした。これ対してケミカルレッチングを行った。ケミカルレッチングの条件は、水量5L,水酸化ナトリウム水溶液濃度1wt%,水温28℃,浸漬時間72時間とした。レッチング後の葦茎片はpHが7になるまでを目安にして水洗した。水洗いした葦茎片をディスクリファイナー(熊谷理機工業(株)製 KRK高濃度ディスクレファイナー製品番号 No.2500-I)を使って解繊し、繊維Bを得た。
【0041】
・試験菌液の調製
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus ATCC 6538P)を2×YT broth を用いて35℃で24時間振盪培養した。この培養液を遠心分離で集菌し、濁度(OD600)がおよそ1.0になるように滅菌水に懸濁した。この懸濁液を滅菌水で10倍に希釈したものを微生物懸濁液とした。この微生物懸濁液1.0mLと10倍希釈した普通ブイヨン培地0.5mL、滅菌水8.5mLを混合したものを試験菌液とした。
【0042】
・試料調製
0.4gの試験用試料(試料A及び試料B)と、比較対照(コントロール)となる不織布を50 mL容量のガラス製バイアル瓶に入れ、オートクレーブ(121℃、15分)で滅菌処理を行ったのち、55℃の乾燥機で一晩乾燥させたものを試験用試料とした。
【0043】
・抗菌性試験
試験用試料に0.2mLの試験菌液を添加し、蓋をして35℃で一定時間静置培養した。一定時間後にそれぞれ試験用試料を回収し、20mLのSCDLP培地を添加して微生物の洗い出しを行った。これらの操作は2回実施し、1回目は6,12および24時間後に、2回目は12,18,24時間後に試験用試料を回収した。得られた洗い出し液を10倍ずつ滅菌水で段階希釈し、未希釈液および各希釈液を0.1mLずつ標準寒天培地に塗布した後、35℃で48時間培養した。また、未希釈の洗い出し液1.0mLを混釈法にて標準寒天培地に添加したものも同様に培養した。培養後、生育したコロニーを数えることで生菌数を算出した。各培養時間における生菌数は、2回の試験で得られた全ての試験用試料(3試料以上)から得られた値の平均とした。各試料で得られた生菌数の経時変化を表2に示す。
【0044】
【表2】
【0045】
表2から、コントロールでは生菌数の経時変化はほとんど見られなかった。試料Aでは18時間後から生菌数の減少がみられる。試料Bでは12時間後から生菌数の減少がみられる。生菌数の減少効果は試料Aよりも試料Bのほうが高いことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
上記の通り、本発明の葦繊維の製造方法によれば、葦が本来持つ抗菌性を保持した紙製品、混紡糸さらには布地を得ることができるので、産業性の利用可能性が高い方法である。

【手続補正書】
【提出日】2024-07-22
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の葦が本来有している抗菌作用を失うことなく葦から繊維を得る葦繊維の製造方法であって、前記製造方法の工程として、
葦の茎を長さ10~100mmの範囲内にカットして葦茎片とするカッティング工程と、
カットした前記葦茎片を濃度0.8wt%以上の水酸化ナトリウム溶液に、水温20~30℃で12~72時間浸漬させて前記葦茎片中のリグニンを分離するレッチング工程とを含む
製造方法。
【請求項2】
前記カッティング工程で得られた複数の葦茎片を、液体透過性を有し、かつ耐アルカリ性を有する袋に所定本数詰めてから、前記レッチング工程に付する、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
パルプ化工程、原料調整工程、抄紙工程の順に工程を経る紙製品の製造方法において、
前記原料調整工程後かつ前記抄紙工程前の段階で、他の木材から得られたパルプと請求項1記載の製造方法で得られる葦繊維とを混合して、その後の前記抄紙工程を経るものであり、
かつ前記混合において、製紙原料の全体に対して30wt%以上を前記葦繊維となるように加えることで
葦繊維含有紙であるヨシ紙を得る、葦由来の抗菌成分を維持したまま製紙化する紙製品の製造方法。
【請求項4】
請求項1記載の製造方法で得られた葦繊維を30~80wt%含む混紡繊維原料を紡績して得られる混紡糸。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0011
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0011】
上記課題を解消するため、植物の葦から繊維を得る葦繊維の製造方法にあって、本発明では、
葦の茎を長さ10~100mmの範囲内にカットして葦茎片とする工程と、カットした前記葦茎片を濃度0.8wt%以上の水酸化ナトリウム溶液に、水温20~30℃で12~72時間浸漬させて前記葦茎片中のリグニンを分離する工程とを含むことを主要な特徴とする。