(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123176
(43)【公開日】2024-09-10
(54)【発明の名称】人工関節用ステムおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61L 27/04 20060101AFI20240903BHJP
A61L 27/32 20060101ALI20240903BHJP
A61L 27/54 20060101ALI20240903BHJP
A61F 2/32 20060101ALI20240903BHJP
【FI】
A61L27/04
A61L27/32
A61L27/54
A61F2/32
【審査請求】有
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024100806
(22)【出願日】2024-06-21
(62)【分割の表示】P 2022512894の分割
【原出願日】2020-03-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ・販売場所名 九州風雲堂販売株式会社 佐賀営業所(佐賀県佐賀市鍋島1-9-1) 販売日 平成31年4月2日 ・刊行物名 KyoceraPerFix(登録商標)-AGHA Series-カタログ 発行日 平成31年4月9日 ・集会名 第92回日本整形外科学会学術総会 展示場所 パシフィコ横浜(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1) 展示日 令和1年5月9日~5月12日 ・集会名 第42回日本骨・関節感染症学会 開催場所 パシフィコアネックスホール2階(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1) 開催日 令和1年7月19日 ・集会名 第46回日本股関節学会学術集会 展示場所シーガイアコンベンションセンター(宮崎県宮崎市山崎町浜山) 展示日 令和1年10月25日~10月26日 ・刊行物名KyoceraPerFix(登録商標)カタログ 発行日 令和2年2月18日 ・集会名 第50回日本人工関節学会 展示場所 福岡国際センター(福岡県福岡市博多区築港本町2-2) 展示日 令和2年2月21日~2月22日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ・販売場所名 九州風雲堂販売株式会社 佐賀営業所(佐賀県佐賀市鍋島1-9-1) 販売日 平成31年4月2日 ・刊行物名 KyoceraPerFix(登録商標)-AGHA Series-カタログ 発行日 平成31年4月9日 ・集会名 第92回日本整形外科学会学術総会 展示場所 パシフィコ横浜(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1) 展示日 令和1年5月9日~5月12日 ・集会名 第42回日本骨・関節感染症学会 開催場所 パシフィコアネックスホール2階(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1) 開催日 令和1年7月19日 ・集会名 第46回日本股関節学会学術集会 展示場所 シーガイアコンベンションセンター(宮崎県宮崎市山崎町浜山) 展示日 令和1年10月25日~10月26日 ・刊行物名 KyoceraPerFix(登録商標)カタログ 発行日 令和2年2月18日 ・集会名 第50回日本人工関節学会 展示場所 福岡国際センター(福岡県福岡市博多区築港本町2-2) 展示日 令和2年2月21日~2月22日
(71)【出願人】
【識別番号】504209655
【氏名又は名称】国立大学法人佐賀大学
(71)【出願人】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】馬渡 正明
(72)【発明者】
【氏名】野田 岩男
(57)【要約】 (修正有)
【課題】抗菌性および骨への固着性等の観点から、コーティングを施した人工関節用ステムを提供する。
【解決手段】第1領域1、第2領域2および第3領域3が順に位置する基体10と、前記基体上に位置するリン酸カルシウム系材料および抗菌材料を含む被膜20と、を備える。前記被膜は、前記第1領域および前記第2領域を跨ぐように位置し、前記第3領域は被膜から露出している。前記第1領域に位置する前記被膜の表面は、前記第3領域における前記基体の表面よりも表面粗さが大きい。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1領域、第2領域および第3領域が順に位置する基体と、
前記基体の前記第1領域および前記第2領域を跨ぐように位置するリン酸カルシウム系材料および抗菌材料を含む被膜と、
前記基体の前記第1領域及び前記被膜の間に位置し、前記被膜と異なる部材である層状部材と、を備え、
前記被膜は、前記基体の前記第2領域と接しており、
前記第2領域における前記基体の表面粗さは、前記第3領域における前記基体の表面粗さよりも大きい、人工関節用ステム。
【請求項2】
前記層状部材は、金属からなる、請求項1に記載の人工関節用ステム。
【請求項3】
前記第3領域は前記被膜から露出している、請求項1または2に記載の人工関節用ステム。
【請求項4】
前記第2領域に位置する前記被膜は、端部と、前記端部よりも前記第1領域側に位置する基部と、を有し、
前記基部の厚みは、前記端部の厚みよりも大きい、請求項1~3のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項5】
前記層状部材は、前記層状部材の内部と比較して、高さの低い縁を有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項6】
前記層状部材の高さは、前記被膜の厚みより大きい、請求項1~5のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項7】
前記第2領域は、一部のみが前記被膜に覆われている、請求項1~6のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項8】
前記被膜は、前記層状部材の縁を覆うように前記第1領域から前記第2領域へ延在する、請求項1~7のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項9】
前記第3領域における基体の表面粗さ(Sa)は1μm未満である、請求項1~8のいずれか1項に記載の人工関節用ステム。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載の人工関節用ステムと、骨頭および寛骨臼カップとを備える、人工股関節。
【請求項11】
第1領域、第2領域および第3領域が順に位置する基体を準備する準備工程と、
前記基体に、前記第1領域を露出させつつ、前記第2領域および前記第3領域を覆う第1保護材を配する第1保護工程と、
前記露出した第1領域上に粗面を形成する第1粗面化工程と、
前記第1保護材を除去する保護材除去工程と、
前記第1領域と前記第2領域の少なくとも一部とを露出させつつ、前記第3領域を覆う第2保護材を配する第2保護工程と、
前記第2保護材から露出した前記粗面および前記基体上に、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜を形成する、被膜形成工程とを含み、
前記第1粗面化工程の後で、且つ第2保護工程の前に、前記基体に対して、前記第2領域を露出させつつ、前記第3領域を保護するように第3保護材を配置し、露出した前記第2領域に第2粗面を形成する第2粗面化工程を、さらに有し、
前記第2粗面は、前記第1領域における粗面よりも表面粗さが小さい、人工関節用ステムの製造方法。
【請求項12】
前記第1粗面化工程は前記被膜と異なる部材である層状部材を形成する工程である、請求項11に記載の人工関節用ステムの製造方法。
【請求項13】
前記被膜形成工程は、前記第2領域に位置する前記被膜が、端部と、前記端部よりも前記第1領域側に位置すると共に前記端部よりも厚い基部を有するように、前記被膜を形成する工程である、請求項11または12に記載の人工関節用ステムの製造方法。
【請求項14】
前記第1粗面化工程において、溶射法およびブラスト法の少なくともいずれか一方によって粗面を形成する、請求項11~13のいずれか1項に記載の人工関節用ステムの製造方法。
【請求項15】
前記第2粗面化工程において、ブラスト法によって粗面を形成する、請求項11~14のいずれか1項に記載の人工関節用ステムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、人工関節用ステムおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
骨の傷害および疾病の双方の治療への生体インプラントの使用は、活動的な人口および老人人口の増加と共に絶えず拡大している。その中で、抗菌性および骨への固着性等の観点から、コーティングを施した生体インプラントが知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、医療用インプラントのためのコーティングであって、一部に骨結合剤を含有するとともに、銀を含む抗菌金属剤を含有するコーティングが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【0005】
本開示に係る人工関節用ステムは、第1領域、第2領域および第3領域が順に位置する基体と、前記基体上に位置するリン酸カルシウム系材料および抗菌材料を含む被膜と、を備える。前記被膜は、前記第1領域および前記第2領域を跨ぐように位置する。前記第3領域は前記被膜から露出している。前記第1領域に位置する前記被膜の表面は、前記第3領域における前記基体の表面よりも表面粗さが大きい。
【0006】
また、本開示に係る人工関節用ステムの製造方法は、第1粗面化工程と、被膜形成工程とを含む。第1粗面化工程では、第1領域、第2領域および第3領域が順に位置する基体に対し、前記第1領域上に粗面を形成する。被膜形成工程では、前記粗面上および前記基体上に、前記第1領域および前記第2領域を跨ぎ、且つ前記第3領域は露出するように、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜を形成する。
【0007】
あるいは、本開示に係る人工関節用ステムの製造方法は、準備工程と、第1保護工程と、粗面化工程と、保護材除去工程と、第2保護工程と、被膜形成工程とを含む。準備工程では、第1領域、第2領域および第3領域が順に位置する基体を準備する。第1保護工程では、前記基体に、前記第1領域を露出させつつ、前記第2領域および前記第3領域を覆う第1保護材を配する。粗面化工程では、前記露出した第1領域上に粗面を形成する。保護材除去工程では、前記第1保護材を除去する。第2保護工程では、前記第1領域と前記第2領域の少なくとも一部とを露出させつつ、前記第3領域を覆う第2保護材を配する。被膜形成工程では、前記第2保護材から露出した前記粗面および前記基体上に、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜を形成する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】一実施形態に係る人工関節用ステムを示す模式図である。
【
図2】一実施形態に係る人工関節用ステムの断面を示す模式図である。
【
図3】一実施形態に係る人工関節用ステムの断面を示す模式図である。
【
図4】一実施形態に係る人工関節用ステムの断面を示す模式図である。
【
図5】一実施形態に係る人工関節用ステムの断面を示す模式図である。
【
図6】一実施形態に係る人工股関節を示す模式図である。
【
図7】円筒状の治具を用いた一実施形態に係る人工関節用ステムの製造方法を示す模式図である。
【
図8】一実施形態に係る人工関節用ステムの製造方法を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、一実施形態について、詳細に説明する。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上B以下」を意味する。
【0010】
〔1.人工関節用ステム〕
まず、
図1および
図2を参照して、一実施形態に係る人工関節用ステム100の構成を説明する。人工関節用ステム100は、基体10と、基体10上に位置する被膜20と、を備える。被膜20は、リン酸カルシウム系材料および抗菌材料を含む。また、人工関節用ステム100は、骨に埋設される埋設部40と、骨から露出する露出部50とを有する。
【0011】
なお、リン酸カルシウム系材料は、骨への固着性を向上させる効果がある。また、抗菌材料は、細菌の付着および増殖を低減させる効果がある。
【0012】
図2は、
図1のA-A’断面の表層を拡大して示した図である。基体10には、第1領域1、第2領域2および第3領域3が順に位置している。この第1領域1、第2領域2および第3領域3は、基体10の表面と平行な方向に、順に位置していると理解できる。なお、
図2~5および7では、便宜的に第1領域1、第2領域2および第3領域3に異なるハッチングを付しているが、これらは異なる部品である必要はない。基体10は一つの部品からなっていてもよい。第1領域1、第2領域2および第3領域3は、例えば被膜の有無または後述の粗面の有無などによって設計上区別され得る。被膜20は、第1領域1および第2領域2を跨ぐように位置している。第3領域3は被膜20から露出している。ここで、第1領域1に位置する被膜20の表面は、第3領域3における基体10の表面よりも表面粗さが大きい。
【0013】
表面粗さの指標としては、例えば算術平均粗さSa(ISO 25178)が挙げられる。第1領域1に位置する被膜20の表面粗さ(Sa)は、例えば、10~80μmに設定されてもよいし、20~80μmに設定されてもよいし、30~70μmに設定されてもよい。また、第3領域3における基体10の表面粗さ(Sa)は、例えば、1.0μm未満に設定されていればよい。
【0014】
なお、第1領域1の表面粗さSaは第1領域1全体の測定結果から求めることができる。同様に、第2領域2の表面粗さSaは第2領域2全体の測定結果から、第3領域3の表面粗さSaは第3領域3全体の測定結果から求めることができる。例えば、第1領域1内には、表面粗さが、局所的に第3領域3における基体10の表面粗さよりも小さい箇所があってもよく、第3領域3内には、表面粗さが、局所的に第1領域1における被膜20の表面粗さよりも大きい箇所があってもよい。
【0015】
被膜20の表面粗さ、または基体10の表面粗さは、例えば、触針式または光学式の形式で測定されていればよい。また、表面粗さは、例えば「ISO 25178」に従って、測定されていればよい。なお、表面粗さの測定は、上記の手法に限られない。
【0016】
ここで、従来、抗菌性と、骨への固着性の制御とを両立するという観点から、人工関節用ステムには改善の余地があった。すなわち、例えば、人工関節用ステム表面の全てが、骨結合剤および抗菌金属剤を含むコーティングに覆われている場合、人工関節用ステムと骨との固着性を制御することが難しかった。この場合、術後に人工関節用ステムの抜去が必要となった際に、抜去が困難になる可能性があった。例えば、埋設部40がコーティングを介して骨へ過度に固着するおそれがあった。
【0017】
本開示に係る人工関節用ステム100であれば、第1領域1および第2領域2を跨ぐ被膜20を有し、且つ、第1領域1における被膜20の表面粗さが第3領域3に比べて大きい。それゆえ、骨との固着性および抗菌性を十分に確保することができる。一方、第3領域3は被膜20から露出しており、且つ、表面粗さが第1領域1に比べて小さい。よって、骨との過度な固着を低減することができる。以上のことから、人工関節用ステム100によれば、抗菌性と、骨への固着性の制御とを両立することができる。
【0018】
基体10には、金属、セラミックスまたはプラスチックを用いることができる。金属としては、ステンレス合金、コバルト・クロム合金、チタンおよびチタン合金等が挙げられる。チタン合金としては、アルミニウム、スズ、ジルコニウム、モリブデン、ニッケル、パラジウム、タンタル、ニオブ、バナジウムおよび白金等のうちの少なくとも1種をチタンに添加した合金を用いることができる。また、セラミックスとしては、例えば、アルミナ、ジルコニアおよびアルミナ・ジルコニア複合セラミックス等が挙げられる。また、プラスチックとしては、ポリエチレン、フッ素系樹脂、エポキシ樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂およびベークライト等が挙げられる。なお、本実施形態では、基体10は、チタン合金で形成されている。
【0019】
基体10の形状は例えば略棒状であってもよいが、適用する人工関節の形状に応じて適宜変更することができる。
【0020】
第1領域1は、少なくとも一部が被膜20に覆われている。すなわち、第1領域1は、全面が被膜20に覆われていてもよく、一部のみが被膜20に覆われていてもよい。また、第1領域1に位置する被膜20の表面は、第3領域3における基体10の表面よりも表面粗さが大きい。このように表面粗さが大きい領域を設けることにより、骨との固着性を向上させることができる。例えば、第1領域1に粗面を形成し、当該粗面を被膜20によって覆うことにより、第1領域1に位置する被膜20の表面粗さを大きくすることができる。
【0021】
なお、第1領域1に形成された粗面の表面粗さが、第3領域3に表面粗さよりも大きく設定されている。そのため、第1領域1に位置した被膜20の表面粗さを、第3領域3の表面粗さよりも大きくすることができる。第1領域1に形成された粗面の表面粗さは、例えば、10~80μmに設定されてもよいし、20~80μmに設定されてもよいし、30~70μmに設定されてもよい。なお、粗面の表面粗さは、例えば、人工関節用ステム100を切断し、その切断面をSEMなどによって観察することで、測定することができる。
【0022】
人工関節用ステム100は、層状部材30をさらに備えていてもよい。層状部材30は、第1領域1上に配され得る。これにより、
図2に示すように、第1領域1は、層状部材30が設けられていない領域(例えば第3領域3)よりも高くなる。よって、人工関節用ステム100を骨に埋設した際、主に第1領域1を骨に接触させることができる。本明細書において「層状部材」とは、基体10上に積層された、被膜20とは異なる部材を意味する。例えば、層状部材30の表面を粗面としてもよい。これにより、骨と主に接触する領域を粗面とすることができる。後述のように溶射法によって層状部材30を形成してもよい。または、多孔質構造として層状部材30を形成してもよい。
【0023】
なお、層状部材30の高さは、例えば、下限が100μm以上に設定されていればよく、300μm以上に設定されてもよい。また、上限は、例えば、1000μm以下に設定されていればよく、700μm以下に設定されてもよい。また、層状部材30の表面粗さは、例えば、10~80μmに設定されてもよいし、20~80μmに設定されてもよいし、30~70μmに設定されてもよい。
【0024】
なお、層状部材30を設けずに、基体10を、主に第1領域1を骨に接触させることができる形状としてもよい。例えば、第1領域1が、第2領域2および第3領域3に対して盛り上がった形状であってもよい。
【0025】
層状部材30の材料としては、基体10の材料として例示した材料を用いることができる。例えば層状部材30は、金属からなってもよい。層状部材30の材料と基材10の材料は、同じ材料を用いてもよいが、異なっていてもよい。これにより、十分な強度を確保できる。なお、本実施形態では、層状部材30は、チタン合金で形成されている。
【0026】
層状部材30は、層状部材30の内部と比較して、高さの低い縁を有していてもよい。本明細書において、「層状部材の内部」とは、層状部材30の面方向における内側を意味する。
図3は、内部と比較して高さの低い縁を有する層状部材30を示している。これにより、層状部材30の縁への応力の集中を低減することができる。
【0027】
被膜20は、リン酸カルシウム系材料および抗菌材料を含む。リン酸カルシウム系材料としては、例えばヒドロキシアパタイト、α-第3リン酸カルシウム、β-第3リン酸カルシウム、第4リン酸カルシウム、リン酸8カルシウム、およびリン酸カルシウム系ガラスからなる群から選択される1種または2種以上の混合物を用いることができる。抗菌材料としては、天然系抗菌剤、有機系抗菌剤、無機系抗菌剤を用いることができる。天然系抗菌剤としては例えばヒノキチオール、有機系抗菌剤としては例えば塩化ベンザルコニウム、無機系抗菌剤としては金属を用いることができ、金属としては、例えば銀、銅、亜鉛などを用いることができる。被膜20はリン酸カルシウム系材料および抗菌材料のほかに、ガラスセラミックスを含んでいてもよく、ペニシリン、バンコマイシンといった抗菌薬を含んでいてもよい。
【0028】
被膜20中の抗菌材料の濃度は、例えば、0.05重量%~3.00重量%、0.05重量%~2.50重量%、0.05重量%~1.00重量%、または0.1重量%~1.00重量%であってもよい。抗菌材料の濃度が0.05重量%以上であれば、十分な抗菌性を得られる。また、抗菌材料の濃度が3.00重量%以下であれば、生体組織に対する負担を低減することができる。
【0029】
被膜20は、層状部材30上に配されていてもよい。上述のように層状部材30は骨と主に接触し得る。層状部材30上に被膜20があることで、骨への固着性および抗菌性をより向上することができる。
【0030】
層状部材30の高さは、被膜20の厚みより大きくてもよい。これにより、層状部材30が形成された領域は、被膜20のみが形成された領域よりも高くなるため、層状部材30が形成された領域を主に骨と接触させることができる。被膜20の厚みは、例えば、100μm未満に設定されていればよく、50μm未満に設定されてもよい。また、被膜20の厚みは、例えば、5μm以上に設定されていればよい。
【0031】
第2領域2は、少なくとも一部が被膜20に覆われている。すなわち、第2領域2は、全面が被膜20に覆われていてもよく、一部のみが被膜20に覆われていてもよい。第2領域2は、第1領域1と第3領域3との間に存在する。本明細書において、被膜20が「第1領域および第2領域を跨ぐ」とは、第1領域1と第2領域2との境界の少なくとも一部が被膜20によって覆われていることを意味する。すなわち、第1領域1と第2領域2との境界は、全てが被膜20に覆われていてもよく、一部のみが被膜20に覆われていてもよい。第1領域1に層状部材30が配されている場合、被膜20は層状部材30の縁を覆うように第1領域1から第2領域2へ延在し得る。すなわち、層状部材30の縁が被膜20から露出しないようにすることができる。これにより、細菌の増殖をさらに低減することができる。
【0032】
第2領域2に位置する被膜20は、端部21と、端部21よりも第1領域1側に位置する基部22と、を有し得る。本明細書において「第2領域に位置する被膜の端部」とは、第2領域2に位置する被膜20の、第2領域2と第3領域3との境界に近い側に位置する領域を意味する。また、「第2領域に位置する被膜の基部」とは、第2領域2に位置した被膜20の、第1領域1と第2領域2との境界に近い側に位置する領域を意味する。ここで、基部22の厚みは、端部21の厚みよりも大きくてもよい。
図4は、基部22の厚みが端部21の厚みよりも大きい被膜20を示している。これにより、第1領域1と第2領域2との境界付近への応力の集中を低減することができ、その結果、被膜20の剥がれを低減することができる。第1領域1に層状部材30が配されている場合は、層状部材30の縁付近への応力の集中を低減することができる。
【0033】
第3領域3は、被膜20から露出している。被膜20が配されている部分と被膜20から露出している部分との識別は、各領域の表面の元素分析によって可能である。元素分析の方法は、例えば一般的な走査電子顕微鏡(SEM)の付属装置であるエネルギー分散型X線分析(EDX)装置による表面元素のマッピングで実施できる。また、X線光電子分光法、オージェ電子分光法、二次イオン質量分析法等の表面分析法を用いてもよい。また、各領域の表面を機械的に削り落として得られた試料を化学分析して、元素を確認してもよい。例えば、被膜20が配されている第1領域1の少なくとも一部および第2領域2の少なくとも一部の表面では、リン、カルシウム、抗菌成分等が検出される。第3領域3の表面では、基体10を構成する元素が検出され、リン、カルシウム、抗菌成分等は検出されない、または、ノイズレベル以下である。
【0034】
第2領域2に位置する被膜20の表面は、第1領域1に位置する被膜20の表面よりも表面粗さが小さくてもよい。
図5は、第2領域2に位置する被膜20の表面粗さが第1領域1に位置する被膜20の表面粗さよりも小さい態様を示している。これにより、第1領域1において、骨との固着性および抗菌性を十分に確保することができる。また、第2領域2において、骨との過度な固着を低減することができる。
【0035】
なお、第1領域1に位置する被膜20の表面粗さ(Sa)は、例えば、10~80μmに設定されてもよいし、20~80μmに設定されてもよいし、30~70μmに設定されてもよい。第2領域2に位置する被膜20の表面粗さ(Sa)は、例えば、0.1~10μmに設定されていればよい。
【0036】
また、第2領域2に位置する被膜20の表面は、第3領域3における基体10の表面よりも表面粗さが大きくてもよい。
図5は、第2領域2に位置する被膜20の表面粗さが第3領域3における基体10の表面粗さよりも大きい態様を示す図でもある。これにより、第2領域2において、被膜20と基体10との接着性が向上するため、骨との固着性および抗菌性を十分に確保することができる。また、第3領域3において、骨との過度な固着を低減することができる。なお、第3領域3における基体10の表面粗さ(Sa)は、例えば、1μm未満に設定されていればよい。
【0037】
また、
図5に示すように、第2領域2における基体10の表面粗さを、第3領域3における基体10の表面粗さよりも大きくしてもよい。これにより、第2領域2において、被膜20と基体10との接着性が向上し、被膜20の剥がれを低減することができる。なお、第2領域2における基体10の表面粗さ(Sa)は、0.1μm以上、10μm未満に設定されていればよく、2.0μm未満に設定してもよい。
【0038】
また、本実施形態では、第1領域1における基体10の粗面(層状部材30の粗面を含む)の表面粗さは、第3領域3における基体10の表面粗さよりも大きく設定されている。
【0039】
上述のように基体10は、骨に埋設される埋設部40と、骨から露出する露出部50とを有し得る。骨としては、例えば大腿骨が挙げられる。第1領域1の少なくとも一部は、埋設部40に含まれていてもよい。換言すれば埋設部40の周壁の一部に被膜20が形成されていてもよい。これにより、実際に骨と接触し得る埋設部40において、望ましい固着性および抗菌性を発揮できる。
【0040】
前記被膜20の少なくとも一部は、埋設部40と露出部50との境界を含む境界領域60に配されていてもよい。すなわち、埋設部40の、露出部50に近い側の領域に被膜20が配されていてもよい。これにより、露出部50側からの細菌の侵入をより効果的に低減することができる。
【0041】
境界領域60に配されている被膜20は、埋設部40のみに配されていてもよい。すなわち、被膜20は露出部50に配されていなくてもよい。これにより、露出部50が接触し得る軟組織への刺激を低減することができる。
【0042】
また、上述のような基体10は、第1領域1、第2領域2および第3領域3を含む表面を有した本体部40´と、本体部40の上端部に接続したネック部50´とを備えていてもよい。本体部40´は、大腿骨部に埋設され得る。ネック部50´は、大腿骨から露出しており、骨頭が設けられて、人工関節用ステムの対になる寛骨臼カップに設置され得る。
【0043】
本体部40´は、上下方向に沿って延びた中心軸Cを有する下部40´aと、下部40´aから連続して上下方向に延びるとともに、上方向に向かうにつれて中心が中心軸Cから離れるように湾曲した形状を有した上部40´bとを有している。なお、基体10に関する上下方向の上は人体における近位側、下は人体における遠位側に対応しているとも言える。また、上部40´bは、中心軸Cからずれて配された上端面を有しており、上端面には、ネック部50´が接続している。ネック部50´は、本体部40´(上端面)よりも幅が小さい。言い換えれば、ネック部50´は、本体部40´から中心軸Cから傾いた斜めの方向に突出した凸部50´ともいえる。
【0044】
また、基体10は、本体部40´とネック部50´との接続部に設けられたカラー60´をさらに有していてもよい。カラー60´は、上端面の面方向に向かって上記接続部から突出した突出部である。カラー60´は、人工関節用ステムの手術時に、本体部40´が大腿骨に入り込みすぎるのを低減することができる。
【0045】
〔2.人工関節用ステムの製造方法〕
一実施形態に係る人工関節用ステムの製造方法は、第1粗面化工程と、被膜形成工程とを含む。第1粗面化工程は、第1領域1、第2領域2および第3領域3が順に位置する基体10に対し、前記第1領域1上に粗面を形成する工程である。被膜形成工程は、前記粗面上および前記基体10上に、前記第1領域1および前記第2領域2を跨ぎ、且つ前記第3領域3は露出するように、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜20を形成する工程である。これにより、上述のような、前記被膜20が、第1領域1および前記第2領域2を跨ぐように位置し、前記第3領域3は前記被膜20から露出しており、前記第1領域1に位置する前記被膜20の表面が、前記第3領域3における前記基体10の表面よりも表面粗さが大きい人工関節用ステムを得ることができる。
【0046】
第1粗面化工程において、溶射法、積層造形法、化学エッチング法、およびブラスト法の少なくともいずれか一つの方法によって粗面を形成することができる。ブラスト法に比べると、溶射法、積層造形法または化学エッチング法は、表面粗さを大きくすることができる。溶射材料、積層造形材料としては、基体10の材料として例示した材料を用いることができる。溶射法、積層造形法により、上述の層状構造を形成してもよい。化学エッチング法としては、アルカリ処理等が挙げられる。ブラスト法としてはサンドブラスト等が挙げられる。なお、粗面の形成は被膜20を形成する前に行うことができる。
【0047】
被膜20の形成は、例えば、フレーム溶射、高速フレーム溶射およびプラズマ溶射等の溶射法;スパッタリング、イオンプレーテイング、イオンビーム蒸着およびイオンミキシング法等の物理的蒸着法または化学的蒸着法;ゾルゲル法等の湿式コーティング法によって行うことができる。被膜20は、埋設部40の少なくとも一部を覆うように形成されてもよい。
【0048】
所望の領域のみに粗面または被膜20を形成するために、保護材を用いてもよい。例えば、保護材としてマスキングテープまたは衝立を用いてもよい。または、保護材として、基体10を覆う治具を用いてもよい。これらの保護材の材料としては、金属、ガラス、樹脂およびそれらの複合材料等が挙げられる。
【0049】
なお、保護材は、基体10と接触していてもよく、接触していなくてもよい。保護材が基体10と接触していない場合、溶射材料または被膜材料等が、保護材の端から回り込み、ある程度、保護材に覆われている領域に付着し得る。これにより上述のように、内部と比較して高さの低い縁を有する層状部材30、および/または、基部22の厚みが端部21の厚みよりも大きい被膜20等が形成され得る。保護材としては、例えば粘着性を有し、基体10に貼り付けることができるマスキングテープ、または後述の基体10を覆う治具を用いることができる。
【0050】
衝立を配置する場合は、粗面または被膜20を形成するごとに衝立の位置を移動させることにより、特定の領域に粗面または被膜20を形成することができる。治具を用いる場合は、粗面または被膜20を形成するごとに治具で覆う領域を変更することにより、特定の領域に粗面または被膜20を形成することができる。この場合、例えば、溶射材料または被覆材料を吐出する吐出ノズルと衝立の位置関係を調整することにより、所望の領域のみに選択的に粗面または被膜20を形成することもできる。この場合、吐出ノズル先端は、例えば、所望の領域の表面と、衝立を隔てずに一直線に配置すればよい。なお、被覆材料とは、被膜を構成する材料を意味する。第1粗面化工程においては、第1領域1の表面と、吐出ノズル先端とが、衝立を隔てずに一直線に配置すればよい。被膜形成工程においては、吐出ノズルが、第1領域1および前記第2領域2を跨ぐ領域の表面と、吐出ノズル先端とが、衝立を隔てずに一直線に配置すればよい。また、第1領域1と第2領域2に被膜20を同時に形成する場合には、材料の拡散を考慮して、吐出ノズル先端は、例えば、第1領域1の表面と衝立を隔てずに一直線に配置してもよい。これらに限定されず、基体10、衝立、および吐出ノズルを固定した状態で、粗面または被膜20を形成させてもよいし、少なくとも一つを動かしながら、粗面または被膜20を形成させてもよい。また、吐出ノズルの角度は固定してもよいし、変化させながら粗面または被膜20を形成させてもよい。
【0051】
なお、保護材を用いずに所望の領域のみに粗面または被膜20を形成することもできる。例えば、溶射材料または被覆材料を吐出する吐出ノズルの形状、角度または位置等を調整することにより、所望の領域のみに選択的に粗面または被膜20を形成することもできる。例えば、吐出ノズルが、所望の領域の表面より上方向に位置する状態で、溶射材料または被覆材料を吐出させてもよい。第1粗面化工程においては、吐出ノズルが、第1領域1の表面より上方向に位置する状態で溶射材料を吐出させてもよいし、被膜形成工程においては、吐出ノズルが、第1領域1および前記第2領域2を跨ぐ領域の表面より上方向に位置する状態で、被覆材料を吐出させても良い。この場合、基体10を固定し、吐出ノズルの位置および角度を動かしながら粗面または被膜20を形成してもよいし、吐出ノズルを固定し、基体10の位置および角度を動かしながら、粗面または被膜20を形成してもよい。吐出ノズルは一定速度で動かしてもよいし、速度を変化させて動かしてもよい。また、溶射材料または被覆材料の吐出方向は、吐出ノズルの先端から吐出ノズルの先端に対して最短距離にある基体10または粗面の表面に向けて伸ばしたベクトルと、90°の角度を成していてもよいし、90°未満の角度を成していてもよい。
【0052】
例えば、第1粗面化工程において、基体10に対して、第1領域1を露出させつつ、第2領域2および第3領域3を保護するように第1保護材を配置し、露出した第1領域1に粗面を形成してもよい。また、本開示に係る製造方法は、第1粗面化工程の後で、且つ被膜形成工程の前に、第1保護材を除去する工程をさらに有していてもよい。
【0053】
また、第1保護材を除去した後に、粗面の縁、例えば層状部材30の縁を削る工程を行ってもよい。これにより、層状部材30の縁における応力の集中を避け、生体組織への刺激を低減することができる。
【0054】
第1保護材として、第1マスキングテープを用いてもよい。この場合、本開示に係る製造方法は、第1粗面化工程の前に、第1領域1を露出させつつ、第2領域2および第3領域3に第1マスキングテープを貼り付ける工程をさらに含んでいてもよい。
【0055】
また、被膜形成工程において、基体10に対して、第1領域1、および第2領域2の一部を露出させつつ、第2領域2の他の一部、および第3領域3を保護するように第2保護材を配置し、露出した第1領域1の粗面上および第2領域2上に被膜20を形成してもよい。第2保護材は、被膜形成工程の後に除去することができる。ここで、第2保護材として、第2マスキングテープを用いてもよい。この場合、本開示に係る製造方法は、被膜形成工程の前に、第1領域1、および第2領域2の一部を露出させつつ、第2領域2の他の一部、および第3領域3に第2マスキングテープを貼り付ける工程をさらに含んでいてもよい。
【0056】
また、本開示に係る製造方法は、第1粗面化工程の後で、且つ被膜形成工程の前に、第2粗面化工程を、さらに有していてもよい。第2粗面化工程では、基体10に対して、第2領域2を露出させつつ、第3領域3を保護するように第3保護材を配置し、露出した第2領域2に第2粗面を形成することができる。第2粗面化工程においては、化学エッチング法、およびブラスト法の少なくともいずれか一方によって粗面を形成してもよい。第2粗面化工程で形成する第2粗面の表面は、第1領域1における第1粗面の表面よりも表面粗さが小さくなるように、第2粗面化工程は行われてもよい。なお、第2粗面を形成する場合、第1領域1における粗面を第1粗面とも呼び得る。また、本開示に係る製造方法は、第2粗面化工程の後で、且つ被膜形成工程の前に、第3保護材を除去する工程を有していてもよい。
【0057】
第3保護材として、第3マスキングテープを用いてもよい。この場合、本開示に係る製造方法は、第2粗面化工程の前に、第1領域1および第2領域2を露出させつつ、第3領域3に第3マスキングテープを貼り付ける工程をさらに含んでもよい。
【0058】
第2粗面化工程において、第1領域1は、保護材によって覆われていてもよく、覆われていなくてもよい。第1領域1および第3領域3を保護して、第2領域2のみに化学エッチング法による加工、およびブラスト法による加工の少なくともいずれか一方を行ってもよい。または、第1領域1を露出させるように、第3保護材を配置し、露出した第1領域1の粗面および第2領域2に化学エッチング法による加工、およびブラスト法による加工の少なくともいずれか一方を行ってもよい。これにより、第1領域1の粗面に残存する余分な溶射材料等を除去するとともに、第2領域2に粗面を形成することもできる。
【0059】
なお、保護材を用いずに所望の領域のみに第2粗面を形成することもできる。例えば、化学エッチング材料またはブラスト材料を吐出する吐出ノズルの形状、角度または位置等を調整することにより、所望の領域のみに選択的に第2粗面を形成することもできる。なお、化学エッチング材料とは化学エッチング法による加工を行う場合に基体10に向かって吐出する材料を意味する。同様に、ブラスト材料とは、ブラスト法による加工を行う場合に基体10に向かって吐出する材料を意味する。例えば、吐出ノズルが、所望の領域の表面より上方向に位置する状態で、化学エッチング材料またはブラスト材料を吐出させてもよい。第2領域2のみに第2粗面を形成する場合には、吐出ノズルが、第2領域2の表面より上方向に位置する状態で化学エッチング材料またはブラスト材料を吐出させてもよいし、第1領域1および第2領域2に第2粗面を形成する場合には、吐出ノズルが、第1領域1および第2領域2の表面より上方向に位置する状態で化学エッチング材料またはブラスト材料を吐出させてもよい。この場合、基体10を固定し、吐出ノズルの位置および角度を動かしながら第2粗面を形成してもよいし、吐出ノズルを固定し、基体10の位置および角度を動かしながら、第2粗面を形成してもよい。吐出ノズルは一定速度で動かしてもよいし、速度を変化させて動かしてもよい。また、化学エッチング材料またはブラスト材料の吐出方向は、吐出ノズルの先端から吐出ノズルの先端に対して最短距離にある基体10または粗面の表面に向けて伸ばしたベクトルと、90°の角度を成していてもよいし、90°未満の角度を成していてもよい。
【0060】
例えば、第1粗面化工程および被膜形成工程においては溶射法を用い、第2粗面化工程においてはブラスト法を用いてもよい。この場合、第1保護材として、第2保護材よりも耐熱性が高いものを用いることができる。また、第1保護材として、第3保護材よりも耐熱性が高いものを用いることができる。また、第2保護材として、第3保護材よりも耐熱性が高いものを用いることができる。そのような関係を満たすために、例えば、8000℃の溶射条件で1分間溶解または熱分解しない材料を第1保護材、3000℃の溶射条件で1分間溶解または熱分解しない材料を第2保護材、室温で溶解または熱分解しない材料を第3保護材として用いてもよい。そのような材料として具体的には、第1保護材としてガラスと樹脂の複合材料、第2保護材としてガラスと樹脂の複合材料、第3保護材として樹脂を用いてもよい。
【0061】
保護材として、基体10を覆う治具を用いる場合、当該治具の形状は特に限定されないが、例えば筒状であってもよい。筒状の治具の断面は多角形であってもよく、円形であってもよい。
【0062】
円筒状の治具を用いた例を以下に説明する。
図7は、円筒状の治具を用いた一実施形態に係る人工関節用ステムの製造方法を示す模式図である。第1保護材として、開口部が設けられた円筒状の治具71を準備してもよい。基体10の第2領域2および第3領域3が、前記開口部の内部に位置するように、基体10を治具71に固定することができる。その後に第1粗面化工程を行うことにより、治具71から露出していた第1領域1上に粗面を形成することができる。例えば、粗面は層状部材30として形成されてもよい。次に、第3保護材として、開口部が設けられた円筒状の治具73を準備してもよい。基体10の第3領域3が、前記開口部の内部に位置するように、基体10を治具73に固定することができる。その後に第2粗面化工程を行うことにより、治具73から露出していた第2領域2上に粗面を形成することができる。さらに、第2保護材として、開口部が設けられた円筒状の治具72を準備してもよい。基体10の第2領域2の一部および第3領域3が、前記開口部の内部に位置するように、基体10を治具72に固定することができる。その後に被膜形成工程を行うことにより、治具72から露出していた第1領域1の層状部材30上および第2領域2の他の一部上に被膜20を形成することができる。
【0063】
また、本開示に係る製造方法の粗面または被膜20を形成する工程において、上述の第1保護材、第2保護材、第3保護材の他に、保護材を配置してもよい。例えば、粗面または被膜20を形成する工程において、露出部50の一部または全てに保護材が配置されていてもよい。これにより、露出部50における粗面または被膜20の形成の有無を適宜制御できる。例えば、露出部50の、埋設部40から遠い側の領域に保護材を配置し、露出した領域に被膜20を形成することで、露出部50の埋設部40に近い側の領域上に被膜20を形成することができる。
【0064】
以上の事項を総括すると、例えば
図8に示す順序にて各工程を行うことができる。
図8は、一実施形態に係る人工関節用ステムの製造方法を示す工程図である。まず、第1保護材を配置し、次いで第1粗面化工程を行った後、第1保護材を除去することができる。そして、第3保護材を配置し、次いで第2粗面化工程を行った後、第3保護材を除去することができる。そして、第2保護材を配置し、次いで被膜形成工程を行うことができる。
【0065】
さらに、本開示に係る製造方法は、各工程の間に洗浄工程を含んでいてもよく、含んでいなくてもよい。例えば、本開示に係る製造方法は、第1粗面化工程の後に、基体10、または、基体10および第1領域1上に配された層状部材30、の洗浄を行う工程を含んでいてもよい。また、第2粗面化工程の後に、基体10、または、基体10および第1領域1上に配された層状部材30、を洗浄する工程をさらに含んでいてもよい。洗浄方法は、特に限定されないが、例えば、水、またはアルコール等の有機溶媒等の液体に浸漬する方法であってもよく、当該液体を用いたシャワリング等であってもよい。あるいは、空気、窒素、またはアルゴン等の気体を吹き付ける方法であってもよい。これにより、第1粗面化工程によって生じた余分な溶射材料等および/または第2粗面化工程によって生じた削りかす等を除去することができる。
【0066】
また、本開示に係る製造方法は、以下のように構成されていてもよい。例えば、本開示に係る人工関節用ステムの製造方法は、準備工程と、第1保護工程と、粗面化工程と、保護材除去工程と、第2保護工程と、被膜形成工程とを含んでいてもよい。準備工程では、第1領域1、第2領域2および第3領域3が順に位置する基体10を準備することができる。第1保護工程では、前記基体10に、前記第1領域1を露出させつつ、前記第2領域2および前記第3領域3を覆う第1保護材を配することができる。粗面化工程では、前記露出した第1領域1上に粗面を形成することができる。保護材除去工程では、前記第1保護材を除去することができる。第2保護工程では、前記第1領域1と前記第2領域2の少なくとも一部とを露出させつつ、前記第3領域3を覆う第2保護材を配することができる。被膜形成工程では、前記第2保護材から露出した前記粗面および前記基体10上に、リン酸カルシウム系材料と抗菌材料とを含む被膜20を形成することができる。
【0067】
〔3.人工関節用ステムの利用〕
図1に示す人工関節用ステム100は、主に人工股関節用ステムを想定した形状であるが、本開示に係る人工関節用ステムが適用される人工関節は人工股関節に限定されない。人工関節としては、例えば人工股関節、人工膝関節、人工足関節、人工肩関節、人工肘関節および人工指関節等が挙げられる。
【0068】
以下に、
図6を参照して人工関節用ステム100を人工股関節1000の一部として利用する例を説明する。人工股関節1000は、人工関節用ステム100に加えて、骨頭110および寛骨臼カップ120を備え得る。骨頭110および寛骨臼カップ120は、人工関節用ステム100の基体10と同じ材料で形成されていてもよく、異なる材料で形成されていてもよい。人工関節用ステム100は、大腿骨91に埋設される。骨頭110は、人工関節用ステム100の露出部50に配置される。寛骨臼カップ120は、寛骨93の寛骨臼94に固定される。寛骨臼カップ120の窪みに骨頭110を嵌め込んで摺動させることにより、股関節として機能する。
【0069】
以上、本開示に係る発明について、諸図面および実施例に基づいて説明してきた。しかし、本開示に係る発明は上述した各実施形態に限定されるものではない。すなわち、本開示に係る発明は本開示で示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本開示に係る発明の技術的範囲に含まれる。つまり、当業者であれば本開示に基づき種々の変形または修正を行うことが容易であることに注意されたい。また、これらの変形または修正は本開示の範囲に含まれることに留意されたい。
【符号の説明】
【0070】
1 第1領域
2 第2領域
3 第3領域
10 基体
20 被膜
21 被膜の端部
22 被膜の基部
30 層状部材
40 埋設部
50 露出部
60 境界領域
100 人工関節用ステム
1000 人工股関節