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  • 特開-熱延鋼板およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123207
(43)【公開日】2024-09-10
(54)【発明の名称】熱延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240903BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20240903BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240903BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20240903BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20240903BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20240903BHJP
   C21D 9/50 20060101ALN20240903BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/14
C22C38/58
C22C38/00 301B
C21D8/02 B
C21D9/08 F
C21D9/46 T
C21D9/50 101A
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024102337
(22)【出願日】2024-06-25
(62)【分割の表示】P 2023519410の分割
【原出願日】2022-12-09
(31)【優先権主張番号】P 2022076721
(32)【優先日】2022-05-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】松本 晃英
(72)【発明者】
【氏名】井手 信介
(72)【発明者】
【氏名】松本 昌士
(72)【発明者】
【氏名】仲澤 稜
(57)【要約】      (修正有)
【課題】自動車や建設機械、産業機械の部品に用いられる機械構造用鋼管に好適な、高強度かつ、加工性および靭性に優れた電縫鋼管の素材となる熱延鋼板を提供する。
【解決手段】所定の成分組成を有し、ベイナイトの体積率が90%以上であり、残部がフェライト、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含む板厚中央の鋼組織を有し、さらに、前記板厚中央の鋼組織は、平均結晶粒径が10.0μm以下であり、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率が40%以下であり、かつ、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度が20個/mm以下である、熱延鋼板である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱延鋼板であって、
質量%で、
C:0.020%以上0.200%以下、
Si:0.02%以上1.00%以下、
Mn:0.10%以上2.50%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.005%以上0.100%以下、
N:0.0100%以下および
Ti:0.030%以上0.200%以下
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
ベイナイトの体積率が90%以上であり、残部がフェライト、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含む板厚中央の鋼組織を有し、
さらに、前記板厚中央の鋼組織は、平均結晶粒径が10.0μm以下であり、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率が40%以下であり、かつ、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度が20個/mm以下である、熱延鋼板。
【請求項2】
前記成分組成は、さらに、質量%で、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.50%以下、
Nb:0.050%以下、
V:0.050%以下、
Ca:0.0050%以下および
B:0.0050%以下
のうちの1種または2種以上を含む、請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の熱延鋼板の製造方法であって、
溶鋼を、溶鋼の凝固点から1200℃までの平均冷却速度:0.30℃/s以上で鋳造して鋼素材とする鋳造工程と、
前記鋼素材を、加熱温度:1150℃以上1300℃以下の範囲に加熱した後、粗圧延終了温度:950℃以上1180℃以下、仕上圧延終了温度:850℃以上1000℃以下、かつ、仕上圧延における合計圧下率:50%以上80%以下として熱間圧延する熱間圧延工程と、
該熱間圧延工程の後に、板厚中心の平均冷却速度:10℃/s以上60℃/s以下、かかる板厚中心の冷却停止温度:400℃以上580℃以下として冷却を施す冷却工程と、
該冷却工程の後に、400℃以上580℃以下で巻取る巻取り工程と、
を含む、熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や建設機械、産業機械の部品に用いられる機械構造用鋼管に好適な電縫鋼管およびその素材となる熱延鋼板ならびにそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車や建設機械、産業機械においては、燃費の向上や設備の小型化のため、部材の高強度化が求められている。
また、これらに用いられる機械構造用鋼管には、用途に合わせて曲げ成形、液圧バルジ成形、管端の口広げ成形等の加工が施されるため、高い加工性も要求される。
さらに、前記の自動車や建設機械、産業機械は、寒冷地で使用される場合があることから、高い低温靭性も必要とされる。
【0003】
しかし、部材を高強度化すると、母材部および電縫溶接部の加工性や靭性が低下してしまい、目的の用途に使用できない。
また、電縫鋼管は造管時の加工硬化により加工性および靭性が低下するため、素材となる熱延鋼板には、造管時の加工性および靭性の低下代を考慮した特性が要求される。
【0004】
上記の問題を解決すべく、例えば、特許文献1では、ベイナイトが90面積%以上であり、方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域の平均円相当直径dが4μm以下であり、さらに、平均円相当直径が0.5~3μmで、ビッカース硬さHvが700以上の島状マルテンサイトを3~10面積%で含む鋼板が提案されている。
【0005】
また、特許文献2では、マルテンサイト相と下部ベイナイト組織の合計面積率が85%以上であり、結晶粒の平均粒径が20μm以下であり、そのアスペクト比が0.30以下である結晶粒が面積割合で50%以下であり、板厚中心位置において{100}<011>~{211}<011>方位群のX線ランダム強度比の平均値が6.0以下、かつ、最大値が8.0以下である熱延鋼板が提案されている。
【0006】
さらに、特許文献3では、ベイナイトの面積率が80%以上であり、前記ベイナイトのパケット粒の平均粒径が10μm以下であり、前記パケット粒の平均アスペクト比が2.0以下であり、管軸方向の引張強さが750~1000MPaであるトーションビーム用アズロール電縫鋼管が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2013-057105号公報
【特許文献2】特開2017-057472号公報
【特許文献3】国際公開第2019/220577号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1~3に記載の鋼板および電縫鋼管は、主体組織であるベイナイトおよびマルテンサイトの平均結晶粒径を制御することにより、強度や、靭性、加工性、疲労特性等を向上させているが、粗大粒割合や介在物、電縫溶接部の加工性の観点からの検討はなされておらず、靭性および加工性の更なる向上の余地があった。
【0009】
本発明は上記の事情を鑑みてなされたものであって、自動車や建設機械、産業機械の部
品に用いられる機械構造用鋼管に好適な、高強度かつ、加工性および靭性に優れた電縫鋼管およびその素材となる熱延鋼板ならびにそれらの製造方法を提供することを目的とする。
【0010】
なお、本発明でいう「高強度」とは、熱延鋼板においては、圧延方向の降伏応力が650MPa以上であり、かつ引張強さが750MPa以上であることを指す。熱延鋼板において、好ましくは、降伏応力は700MPa以上であり、引張強さは800MPa以上である。
他方、本発明でいう「高強度」とは、電縫鋼管においては、管軸方向の降伏応力が650MPa以上であり、かつ引張強さが750MPa以上であり、かつ電縫溶接部の肉厚中央におけるビッカース硬さが200HV以上であることを指す。電縫鋼管において、好ましくは、降伏応力は700MPa以上であり、引張強さは800MPa以上であり、ビッカース硬さは220HV以上である。
【0011】
本発明でいう「加工性に優れる」とは、熱延鋼板においては、圧延方向の降伏比(=降伏応力/引張強さ×100)が90.0%以下であり、かつ圧延方向の全伸びが15%以上であることを指す。熱延鋼板において、圧延方向の降伏比は、好ましくは、88.0%以下である。なお、熱延鋼板において、圧延方向の全伸びは、好ましくは18%以上である。
他方、本発明でいう「加工性に優れる」とは、電縫鋼管においては、管軸方向の降伏比(=降伏応力/引張強さ×100)が96.0%以下であり、管軸方向の全伸びが15%以上であり、かつ電縫溶接部のへん平値が0.80以下であることを指す。なお、電縫鋼管において、管軸方向の降伏比は、好ましくは、94.0%以下である。また、電縫鋼管において、管軸方向の全伸びは、好ましくは17%以上であり、電縫溶接部のへん平値は、好ましくは0.70以下である。
【0012】
本発明でいう「靭性に優れる」とは、熱延鋼板においては、-60℃におけるシャルピー衝撃値が100J/cm以上であることを指す。熱延鋼板において、-60℃におけるシャルピー衝撃値は、好ましくは、140J/cm以上である。
他方、本発明でいう「靭性に優れる」とは、電縫鋼管においては、-20℃におけるシャルピー衝撃値が50J/cm以上であることを指す。電縫鋼管において、-20℃におけるシャルピー衝撃値は、好ましくは、60J/cm以上である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記課題に関し鋭意検討を行った。その結果、ベイナイト主体の鋼において、一部の結晶粒が粗大であると靭性および加工性が低下することを見出した。
【0014】
また、粗大なTi系介在物が多量に存在すると、靭性が低下することも併せて見出した。
組織が平均的に粗大であると、脆性破壊の障壁となる大角粒界の割合が低下するため鋼板の靭性は低下する。また、鋼組織の平均粒径が小さくても、粗大粒が一定の割合で存在した場合には、そこが脆性破壊の起点となるため、やはり鋼板の靭性は低下する。
【0015】
すなわち、粗大粒は周囲と比較して強度が低くひずみが集中してしまう。そのため、一定の割合以上の粗大粒が鋼組織に存在すると、かかる鋼は、早期に破断しやすくなり、全伸びが減少し、加工性が低下する。
したがって、粗大粒として存在するベイナイトの生成を抑制することで、靭性および加工性を向上させることができる。
【0016】
また、Ti系介在物は多角形状を呈しており、角部近傍に応力集中が生じやすいが、か
かる応力集中が生じた箇所は脆性破壊の起点となりやすい。そのため、粗大なTi系介在物が多数存在すると、靭性が低下する。
したがって、かかるTi系介在物の生成を抑制することで、靭性を向上させることができる。
【0017】
本発明は、かかる知見に基づいて、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
1.熱延鋼板であって、
質量%で、
C:0.020%以上0.200%以下、
Si:0.02%以上1.00%以下、
Mn:0.10%以上2.50%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.005%以上0.100%以下、
N:0.0100%以下および
Ti:0.030%以上0.200%以下
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
ベイナイトの体積率が90%以上であり、残部がフェライト、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含む板厚中央の鋼組織を有し、
さらに、前記板厚中央の鋼組織は、平均結晶粒径が10.0μm以下であり、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率が40%以下であり、かつ、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度が20個/mm以下である、熱延鋼板。
【0018】
2.前記成分組成は、さらに、質量%で、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.50%以下、
Nb:0.050%以下、
V:0.050%以下、
Ca:0.0050%以下および
B:0.0050%以下
のうちの1種または2種以上を含む、前記1に記載の熱延鋼板。
【0019】
3.前記1または2に記載の熱延鋼板の製造方法であって、
溶鋼を、溶鋼の凝固点から1200℃までの平均冷却速度:0.30℃/s以上で鋳造して鋼素材とする鋳造工程と、
前記鋼素材を、加熱温度:1150℃以上1300℃以下の範囲に加熱した後、粗圧延終了温度:950℃以上1180℃以下、仕上圧延終了温度:850℃以上1000℃以下、かつ、仕上圧延における合計圧下率:50%以上80%以下として熱間圧延する熱間圧延工程と、
該熱間圧延工程の後に、板厚中心の平均冷却速度:10℃/s以上60℃/s以下、かかる板厚中心の冷却停止温度:400℃以上580℃以下として冷却を施す冷却工程と、
該冷却工程の後に、400℃以上580℃以下で巻取る巻取り工程と、
を含む、熱延鋼板の製造方法。
【0020】
4.母材部と、溶接部と、溶接熱影響部とを有する電縫鋼管であって、
前記母材部は、質量%で、
C:0.020%以上0.200%以下、
Si:0.02%以上1.00%以下、
Mn:0.10%以上2.50%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.005%以上0.100%以下、
N:0.0100%以下および
Ti:0.030%以上0.200%以下
を含み、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、
前記母材部は、ベイナイトの体積率:90%以上であり、残部がフェライト、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含む肉厚中央の鋼組織を有し、
さらに、前記母材部の肉厚中央の鋼組織は、平均結晶粒径が10.0μm以下であり、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率が40%以下であり、かつ、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度が20個/mm以下であり、
前記溶接部は、フェライトの体積率が10%以上であり、フェライトおよびベイナイトの体積率の合計が60%以上98%以下であり、残部がパーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含む肉厚中央の鋼組織を有し、
さらに、前記溶接部の肉厚中央の鋼組織は、平均結晶粒径が15.0μm以下である、電縫鋼管。
【0021】
5.前記母材部の成分組成は、さらに、質量%で、
Cu:0.50%以下、
Ni:0.50%以下、
Cr:0.50%以下、
Mo:0.50%以下、
Nb:0.050%以下、
V:0.050%以下、
Ca:0.0050%以下および
B:0.0050%以下
のうちの1種または2種以上を含む、前記4に記載の電縫鋼管。
【0022】
6.前記4または5に記載の電縫鋼管の製造方法であって、
熱延鋼板を、冷間ロール成形により円筒状に成形し、該円筒状の周方向両端部を突合せて電縫溶接する造管工程と、
該造管工程の後に、前記電縫溶接を施した箇所を850℃以上1050℃以下に加熱し、さらに5s以上50s以下の間空冷した後、水冷して200℃以下とする溶接部熱処理工程と、
該溶接部熱処理工程の後に、サイジングロールにより管外径を調整するサイジング工程と、
を含む、電縫鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、自動車や建設機械、産業機械の部品に用いられる機械構造用鋼管に好適な、高強度かつ、加工性および靭性に優れた電縫鋼管およびその素材となる熱延鋼板ならびにそれらの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】電縫鋼管の電縫溶接部の管周方向断面(管軸方向垂直断面)の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の熱延鋼板およびかかる熱延鋼板を母材部とした電縫鋼管、ならびにそれらの製造方法について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0026】
ここで、本発明では、電縫鋼管の管軸に垂直な断面において、電縫溶接を施した箇所(本発明において電縫溶接部ともいう)における管周方向中央を0°としたとき、かかる箇所から管周方向に90°離れた母材部の成分組成および鋼組織を、本発明における電縫鋼管の母材部の成分組成および肉厚中央の鋼組織と規定している。
なお、電縫溶接部から90°離れた位置を規定しているが、例えば電縫溶接部から180°離れた位置でも同じ成分組成および鋼組織である。
【0027】
まず、本発明の熱延鋼板および電縫鋼管の母材部の鋼組織を限定した理由について説明する。
本発明の熱延鋼板および電縫鋼管の鋼組織のうち、熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央の鋼組織は、ベイナイトの体積率が90%以上であり、残部がフェライト、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含む。また、かかる鋼組織は、平均結晶粒径が10.0μm以下であり、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率が40%以下である。さらに、かかる鋼組織は、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度が20個/mm以下である。
なお、本発明において、上記鋼組織は、少なくとも、熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央を規定することが肝要である。これらは、鋳造工程において、最終凝固位置であることから冷却速度が最も低く、介在物が最も粗大になるためである。また、これらは、熱間圧延における冷却工程においても、冷却速度が最も低く、結晶粒が最も粗大になるためである。
【0028】
ここで、フェライトは、軟質な組織である。また、ベイナイトは、フェライトよりも硬質であり、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトよりも軟質な組織である。
【0029】
[ベイナイトの体積率]
熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央におけるベイナイトの体積率が90%未満であると、所望の降伏応力または引張強さが得られない。または、所望の靭性が得られない。したがって、熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央におけるベイナイトの体積率は、90%以上とする。熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央におけるベイナイトの体積率は、好ましくは93%以上であり、さらに好ましくは96%以上である。
なお、熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央におけるベイナイトの体積率の上限は、特に規定しないが、延性の観点から、99%以下とすることが好ましい。
本発明において、ベイナイト等の各組織の体積率の値は、対象位置の同一視野における鋼組織の全体に占める値である。
【0030】
[残部:オーステナイト、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトのうちの1種または2種以上を含む]
熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央における残部は、オーステナイト、フェライト、パーライトおよびマルテンサイトのうちの1種または2種以上を含むこととする。これらの各組織はベイナイトと硬度差を有しており、ベイナイトとの界面において応力が集中する。これらの各組織の合計の体積率が10%を超えると、ベイナイトとの界面の面積が増加し、応力集中により破壊が生じやすくなるため、靭性が低下する。そのため、これらの各組織の合計の体積率は、10%以下とし、好ましくは7%以下であり、より好ましくは4%以下である。なお、これらの組織は、熱間圧延における冷却工程において完全に生成を抑制することが困難であるため、その合計の体積率の下限として1%程度は許容される。
【0031】
上記鋼組織のうち、オーステナイトを除く各種組織は、オーステナイト粒界またはオーステナイト粒内の変形帯を核生成サイトとしている。すなわち、熱間圧延において、オーステナイトの再結晶が生じにくい低温での圧下量を大きくすることで、オーステナイトに多量の転位を導入してオーステナイトを微細化し、かつ粒内に多量の変形帯を導入することができる。これにより、本発明では、核生成サイトの面積が増加して核生成頻度が高くなり、鋼組織を微細化することができる。
【0032】
本発明において、鋼組織の観察は、以下、または後述する実施例に記載の方法で行うことができる。
すなわち、まず、組織観察用の試験片を、観察面が熱延鋼板の圧延方向および板厚方向の両方に平行な断面であってかつ板厚中央の箇所、並びに電縫鋼管の管軸方向および肉厚方向の両方に平行な断面であってかつ肉厚中央の箇所となるように採取し、かかる観察面を研磨した後、ナイタール腐食して作製する。
組織観察は、光学顕微鏡(倍率:1000倍)または走査型電子顕微鏡(SEM、倍率:1000倍)を用いて、板厚(または肉厚)中央における組織を観察し、撮像する。
次に、得られた光学顕微鏡像およびSEM像から、ベイナイトおよび残部(フェライト、パーライト、マルテンサイト、オーステナイト)の面積率を求める。各組織の面積率は、上記板厚(または肉厚)中央の5視野以上で観察を行い、各視野で得られた値の平均値とする。
なお、本発明では、組織観察により得られる面積率を、各組織の体積率とする。
また、本発明において、板厚(または肉厚)中央は、板厚方向の中央位置(板厚1/2の位置)または肉厚方向の中央位置(肉厚1/2の位置)とするが、かかる板厚(または肉厚)中央を中心として板厚(または肉厚)方向に±0.20mmの範囲内に、少なくとも上述の鋼組織が存在していれば、本発明の効果は同様に得られる。そのため、本発明において「板厚(または肉厚)中央の鋼組織」とは、板厚(または肉厚)中央を中心として板厚(または肉厚)方向に±0.20mmの範囲のいずれかに存在する所定の面積(0.10mm以上が好ましい)の鋼組織を意味する。
【0033】
フェライトは、拡散変態による生成物のことであり、転位密度が低くほぼ回復した組織を呈する。ポリゴナルフェライトおよび擬ポリゴナルフェライトがこれに含まれる。
ベイナイトは、転位密度が高いラス状のフェライトとセメンタイトの複相組織である。
パーライトは、鉄と鉄炭化物の共析組織(フェライト+セメンタイト)であり、線状のフェライトとセメンタイトが交互に並んだラメラ状の組織を呈する。
マルテンサイトは、転位密度が極めて高いラス状の低温変態組織である。SEM像では、フェライトやベイナイトと比較して明るいコントラストを示す。
【0034】
なお、前記光学顕微鏡像およびSEM像は、マルテンサイトとオーステナイトとの識別が難しい。そのため、得られるSEM像からマルテンサイトあるいはオーステナイトとして観察された組織の面積率の合計を算出し、その合計値から以下の方法で測定するオーステナイトの体積率を差し引いた値を、マルテンサイトの体積率とする。
すなわち、オーステナイトがfcc相であることを用い、オーステナイトの体積率を、X線回折により求める。かかるX線回折により得られたfcc鉄の(200)、(220)、(311)面とbcc鉄の(200)、(211)面の積分強度からオーステナイトの体積率を求めることができる。
【0035】
さらに、上記熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央における鋼組織は、平均結晶粒径を10.0μm以下とし、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率を40%以下とする。さらに、当該鋼組織は、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度を20個/mm以下とする。
【0036】
ここで、本発明において「平均結晶粒径」とは、隣り合う結晶の方位差が15°以上の境界で囲まれた領域を結晶粒としたときの、該結晶粒の円相当径の平均値とする。
また、「円相当径(結晶粒径)」とは、対象となる結晶粒と面積が等しい円の直径とする。
また、「Ti系介在物」とは、Tiの割合が質量%で50%以上である介在物とする。ただし、原子番号1~10の元素(周期表のH~Ne)は測定誤差が大きく、また表面に付着した汚れである可能性があるため、かかるTiの割合は、原子番号11以降の元素(周期表のNa以降)における割合とする。
【0037】
[平均結晶粒径]
熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央における結晶粒の平均結晶粒径が10.0μm超の場合、鋼組織が十分に微細でないため、本発明で目的とする降伏応力または引張強さが得られない。また、靭性も低下する。したがって、熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央における結晶粒の平均結晶粒径は10.0μm以下とする。結晶粒の該平均結晶粒径は、好ましくは8.0μm以下である。なお、該平均結晶粒径が小さくなり過ぎると降伏比が上昇し易くなるため、平均結晶粒径は3.0μm以上が好ましい。
【0038】
[粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率]
熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央において、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率が40%超の場合、粗大な結晶粒の割合が高いため、靭性および/または加工性が低下する。したがって、熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央における粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率は、40%以下とする。熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央における粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率は、好ましくは30%以下である。
【0039】
[長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度]
熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央における長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度が20個/mm超の場合、粗大な多角形状の介在物が多いため、靭性が低下する。したがって、熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央における長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度は、20個/mm以下とする。熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央における長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度は、好ましくは10個/mm以下である。
【0040】
ここで、後述の実施例に詳細を記載しているが、鋼組織の平均結晶粒径測定、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率測定、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度測定は、次の方法で行うことができる。
【0041】
平均結晶粒径の測定は、熱延鋼板の圧延方向および板厚方向の両方に平行な断面、並びに電縫鋼管の母材部の管軸方向および肉厚方向の両方に平行な断面をそれぞれ鏡面研磨し、SEM/EBSD法を用いて、熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央における、結晶粒径分布のヒストグラム(横軸:結晶粒径、縦軸:各結晶粒径での存在割合としたグラフ)を算出し、結晶粒径の算術平均として求める。
測定条件は、加速電圧:15kV、測定領域:300μm×300μm、測定ステップサイズ(測定分解能):0.5μmとし、5視野以上の測定値を平均する。なお、結晶粒径の解析では、結晶粒径が2.0μm未満のものは測定ノイズとして解析対象から除外する。
【0042】
粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率は、上記の結晶粒径分布のヒストグラムから
、粒径:40.0μm以上の結晶粒の面積率の合計を求め、かかる面積率の合計を上記体積率とみなすことで求めることができる。
【0043】
長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度は、熱延鋼板の圧延方向および板厚方向の両方に平行な断面、並びに電縫鋼管の母材部の管軸方向および肉厚方向の両方に平行な断面をそれぞれ鏡面研磨し、SEMによる介在物の長径測定および同一視野でのSEM/EDS法による元素分析を組み合わせることで求める。
上記数密度は、測定位置を熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央とし、測定領域を4mm×10mmとし、5視野以上の測定値を平均して求める。
【0044】
本発明における電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央の鋼組織は、フェライトの体積率を10%以上とし、フェライトおよびベイナイトの体積率の合計を60%以上98%以下とし、残部をパーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含ませたものとし、さらに、平均結晶粒径を15.0μm以下とする。
【0045】
[フェライトの体積率]
電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央におけるフェライトの体積率が10%未満であると、電縫溶接部の延性が低下し、本発明で目的とする電縫溶接部のへん平値が得られない。したがって、電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央におけるフェライトの体積率は、10%以上とする。電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央におけるフェライトの体積率は、好ましくは20%以上であり、より好ましくは30%以上である。なお、かかるフェライトの体積率の上限は、特に限定されないが、工業的には、90%程度が好ましい。
【0046】
[フェライトおよびベイナイトの体積率の合計]
電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央におけるフェライトおよびベイナイトの体積率の合計が60%未満であると、電縫溶接部の延性が低下し、本発明で目的とする電縫溶接部のへん平値が得られない。したがって、電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央におけるフェライトおよびベイナイトの体積率の合計は、60%以上とする。一方、電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央におけるフェライトおよびベイナイトの体積率の合計が98%超であると、電縫溶接部の強度が低下し、所望のビッカース硬さが得られない。また、へん平試験時に電縫溶接部にひずみが集中するため、所望の電縫溶接部のへん平値が得られない。
そのため、電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央におけるフェライトおよびベイナイトの体積率の合計は、60%以上98%以下とする。電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央におけるフェライトおよびベイナイトの体積率の合計は、好ましくは70%以上であり、より好ましくは80%以上である。一方、電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央におけるフェライトおよびベイナイトの体積率の合計は、好ましくは96%以下であり、より好ましくは94%以下である。
【0047】
[残部:パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含む]
電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央における残部は、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含む。電縫溶接部における強度を確保するため、残部はフェライトおよびベイナイトよりも硬質な組織とする必要があるからである。なお、これらの各組織の合計の体積率が40%を超えると、所望の電縫溶接部のへん平値が得られない。そのため、これらの各組織の合計の体積率は、40%以下とし、好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下とする。
【0048】
[平均結晶粒径が15.0μm以下]
電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央における結晶粒の平均結晶粒径が15.0μm超の場合、電縫溶接部の強度が低下し、所望のビッカース硬さが得られない。また、へん平試験
時に電縫溶接部にひずみが集中するため、所望の電縫溶接部のへん平値が得られない。したがって、電縫鋼管の電縫溶接部の肉厚中央における結晶粒の平均結晶粒径は15.0μm以下とする。結晶粒の該平均結晶粒径は、好ましくは10.0μm以下である。なお、該平均結晶粒径が小さくなり過ぎると延性が低下し易くなるので、へん平値が増加し易くなる。そのため、かかる平均結晶粒径は3.0μm以上が好ましい。
【0049】
[成分組成]
次に、上記した特性および鋼組織などを確保する観点から、本発明の電縫鋼管およびその素材となる熱延鋼板における成分組成の含有する範囲とその限定理由について説明する。本明細書において、特に断りがない限り、鋼(鋼板、鋼管含む)の成分組成を示す「%」は質量%である。
【0050】
C:0.020%以上0.200%以下
Cは、固溶強化により鋼の強度を上昇させる元素である。本発明で目的とする強度を確保するためには、0.020%以上のCを含有する。一方、C含有量が0.200%を超えると、焼入れ性が高くなり硬質なパーライト、マルテンサイト、オーステナイトが過剰に生成するため、C含有量は0.200%以下とする。C含有量は、好ましくは0.030%以上であり、好ましくは0.180%以下である。また、C含有量は、より好ましくは0.040%以上であり、より好ましくは0.170%以下である。
【0051】
Si:0.02%以上1.00%以下
Siは固溶強化により鋼の強度を上昇させる元素である。このような効果を得るためには、0.02%以上のSiを含有する。一方、Si含有量が1.00%を超えると、延性および靭性が低下する。また、Siを含む酸化物の融点が高くなり、電縫溶接部において酸化物が残存しやすくなるため、電縫溶接部の延性が低下する。このため、Si含有量は1.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.05%以上であり、好ましくは0.90%以下である。また、Si含有量は、より好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.80%以下である。
【0052】
Mn:0.10%以上2.50%以下
Mnは固溶強化により鋼の強度を上昇させる元素である。また、Mnは変態開始温度を低下させることで組織の微細化に寄与する元素である。本発明で目的とする強度および鋼組織を確保するためには、0.10%以上のMnを含有する。一方、Mn含有量が2.50%を超えると、焼入れ性が高くなり硬質なパーライト、マルテンサイト、オーステナイトが過剰に生成するため、Mn含有量は2.50%以下とする。Mn含有量は、好ましくは0.40%以上であり、好ましくは2.30%以下である。また、Mn含有量は、より好ましくは0.50%以上であり、より好ましくは2.00%以下である。
【0053】
P:0.050%以下
Pは、粒界に偏析し材料の不均質を招くため、できるだけ低減することが必要であり、P含有量は0.050%以下の範囲内とする。P含有量は、好ましくは0.040%以下であり、より好ましくは0.030%以下である。なお、特にPの下限は規定しないが、過度の低減は製錬コストの高騰を招くため、Pは0.001%以上とすることが好ましい。
【0054】
S:0.0200%以下
Sは、鋼中では通常、MnSとして存在するが、MnSは、熱間圧延工程で薄く延伸され、延性および靭性に悪影響を及ぼす。このため、本発明ではSをできるだけ低減することが必要であり、S含有量は0.0200%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0100%以下であり、より好ましくは0.0050%以下である。なお、特にSの下限は
規定しないが、過度の低減は製錬コストの高騰を招くため、Sは0.0001%以上とすることが好ましい。
【0055】
Al:0.005%以上0.100%以下
Alは、強力な脱酸剤として作用する元素である。このような効果を得るためには、0.005%以上のAlを含有することが必要である。一方、Al含有量が0.100%を超えると溶接性が悪化するとともに、アルミナ系介在物が多くなり、表面性状が悪化する。また靱性も低下する。このため、Al含有量は0.100%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.010%以上であり、好ましくは0.080%以下である。また、Al含有量は、より好ましくは0.015%以上であり、より好ましくは0.070%以下である。
【0056】
N:0.0100%以下
Nは、不可避的に含有され得る不純物であり、転位の運動を強固に固着することで延性および靭性を低下させる作用を有する元素である。本発明では、Nは不純物としてできるだけ低減することが望ましいが、Nの含有量は0.0100%までは許容できる。このため、N含有量は0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0080%以下である。なお、特にN含有量の下限は規定しないが、過度の低減は精錬コストの高騰を招くため、Nは0.0010%以上とすることが好ましい。
【0057】
Ti:0.030%以上0.200%以下
Tiは、鋼中で微細な炭化物、窒化物を形成することで鋼の強度向上に寄与する元素であり、また、Nとの親和性が高いため鋼中の固溶Nの低減にも寄与する元素である。上記した効果を得るためには、0.030%以上のTiを含有することが必要である。一方、Ti含有量が0.200%を超えると、粗大なTi系介在物が鋳造工程において形成され、本発明で目的とする長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度を確保することが困難となり、靱性が低下する。また、延性も低下する。このため、Ti含有量は0.200%以下とする。Ti含有量は、好ましくは0.040%以上であり、好ましくは0.180%以下である。Ti含有量は、より好ましくは0.050%以上であり、より好ましくは0.150%以下である。
【0058】
上記の成分組成は、さらに、以下の元素を含むことができる。
Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下、Nb:0.050%以下、V:0.050%以下、Ca:0.0050%以下およびB:0.0050%以下のうちの1種または2種以上
【0059】
Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下
Cu、Ni、Cr、Moは、鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を上昇させる元素であり、必要に応じて含有することができる。上記した効果を得るため、Cu、Ni、Cr、Moを含む場合には、それぞれCu:0.01%以上、Ni:0.01%以上、Cr:0.01%以上、Mo:0.01%以上とすることが望ましい。一方、Cu、Ni、Cr、Moの過度の含有は、硬質なパーライト、マルテンサイト、オーステナイトの過剰な生成を招くおそれがある。また、電縫溶接部に欠陥が発生しやすくなり、へん平値が大きくなる(悪化する)。
よって、Cu、Ni、Cr、Moを含む場合には、それぞれCu:0.50%以下、Ni:0.50%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.50%以下とすることが好ましい。
【0060】
すなわち、Cu、Ni、Cr、Moを含む場合には、それぞれCu:0.01%以上0
.50%以下、Ni:0.01%以上0.50%以下、Cr:0.01%以上0.50%以下、Mo:0.01%以上0.50%以下とすることが好ましい。
より好ましくはCu:0.05%以上であって、Cu:0.40%以下であり、Ni:0.05%以上であって、Ni:0.40%以下であり、Cr:0.05%以上であって、Cr:0.40%以下であり、Mo:0.05%以上であって、Mo:0.40%以下である。さらに好ましくは、Cu:0.10%以上であって、Cu:0.30%以下であり、Ni:0.10%以上であって、Ni:0.30%以下であり、Cr:0.10%以上であって、Cr:0.30%以下であり、Mo:0.10%以上であって、Mo:0.30%以下である。
【0061】
Nb:0.050%以下
Nbは、鋼中で微細な炭化物、窒化物を形成することで鋼の強度向上に寄与し、また、熱間圧延中のオーステナイトの粗大化を抑制することで組織の微細化にも寄与する元素である。上記した効果を得るには、0.002%以上のNbを含むことが望ましい。一方、Nb含有量が0.050%を超えると延性および靱性が低下する。このため、Nb含有量は0.050%以下とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.040%以下である。また、Nb含有量は、さらに好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.030%以下である。
【0062】
V:0.050%以下
Vは、鋼中で微細な炭化物、窒化物を形成することで鋼の強度向上に寄与する元素である。上記した効果を得るためには、0.002%以上のVを含むことが望ましい。一方、V含有量が0.050%を超えると延性および靱性が低下する。このため、V含有量は0.050%以下とすることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.040%以下である。また、V含有量は、さらに好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.030%以下である。
【0063】
Ca:0.0050%以下
Caは、熱間圧延工程で薄く延伸されるMnS等の硫化物を球状化することで、鋼の靱性向上に寄与する元素であり、必要に応じて含有できる。上記した効果を得るため、Caを含有する場合は、0.0005%以上のCaを含むことが望ましい。一方、Ca含有量が0.0050%を超えると鋼中にCa酸化物クラスターが形成され、靱性が悪化する。このため、Caを含む場合は、Ca含有量を0.0050%以下とすることが好ましい。Ca含有量は、より好ましくは0.0008%以上であり、より好ましくは0.0045%以下である。また、Ca含有量は、さらに好ましくは0.0010%以上であり、さらに好ましくは0.0040%以下である。
【0064】
B:0.0050%以下
Bは、変態開始温度を低下させることで組織の微細化に寄与する元素であり、必要に応じて含むことができる。上記した効果を得るため、Bを含む場合は、0.0003%以上のBを含むことが望ましい。一方、B含有量が0.0050%を超えると延性および靱性が悪化する。このため、Bを含む場合は、B含有量は0.0050%以下とすることが好ましい。B含有量は、より好ましくは0.0005%以上であり、より好ましくは0.0040%以下である。また、B含有量は、さらに好ましくは0.0008%以上であり、さらに好ましくは0.0030%以下である。
【0065】
上記の成分組成において、残部はFeおよび不可避的不純物である。ただし、不可避的不純物として、本発明の効果を損なわない範囲において、O(酸素)を0.0050%以下含有することが許容できる。
【0066】
上記の成分が本発明における熱延鋼板および電縫鋼管の母材部の成分組成である。かかる成分組成を満足することで、本発明の目的とする特性を得ることができる。また、上記熱延鋼板の成分組成は、その製造の際に用いる鋼素材および溶鋼の成分組成に実質的に対応する。
【0067】
本発明では、さらに、電縫鋼管のへん平値を小さくするため、Mn/Siの値を2.0以上100.0以下とすることが好ましい。
Mn/Siが2.0未満または100.0超の場合、Si-Mn系酸化物の融点が高くなり、電縫溶接時にこれらが溶融せずに介在物として電縫溶接部に残存する。その結果、へん平値が大きくなる(悪化する)おそれがある。
Mn/Siは、より好ましくは2.1以上であり、より好ましくは90.0以下である。また、Mn/Siは、さらに好ましくは2.2以上であり、さらに好ましくは80.0以下である。
【0068】
[熱延鋼板および電縫鋼管の製造方法]
次に、本発明の一実施形態における熱延鋼板および電縫鋼管の製造方法を説明する。
本発明の熱延鋼板は、前記した成分組成を有する溶鋼を、かかる溶鋼の凝固点から1200℃までの平均冷却速度:0.30℃/s以上で鋳造して鋼素材とし(鋳造工程)、該鋼素材を、加熱温度:1150℃以上1300℃以下に加熱した後、粗圧延終了温度:950℃以上1180℃以下、仕上圧延終了温度:850℃以上1000℃以下、かつ、仕上圧延における合計圧下率:50%以上80%以下として熱間圧延し(熱間圧延工程)、次いで、板厚中心の平均冷却速度:10℃/s以上60℃/s以下、かかる板厚中心の冷却停止温度:400℃以上580℃以下として冷却を施し(冷却工程)その後、400℃以上580℃以下でコイル状に巻取る(巻取り工程)ことで、製造することができる。
【0069】
また、本発明の電縫鋼管は、前述のとおりに製造された熱延鋼板を、冷間ロール成形により円筒状に成形し、該円筒状の周方向両端部を突合せて電縫溶接することで造管して電縫鋼管とし(造管工程)、その後、かかる電縫鋼管を施した箇所(電縫溶接部)を850℃以上1050℃以下に加熱し、さらに5s以上50s以下の間空冷した後、水冷して200℃以下とし(溶接部熱処理工程)、その後、サイジングロールにより管外径を調整する(サイジング工程)ことで、製造することができる。
【0070】
なお、以下の製造方法の説明において、温度に関する「℃」表示は、特に断らない限り、鋼素材や鋼板(熱延板)の表面温度とする。これらの表面温度は、放射温度計等で測定することができる。また、鋼板の板厚中心の温度は、鋼板断面内の温度分布を伝熱解析により計算し、その結果を鋼板の表面温度によって補正することで求めることができる。また、「熱延鋼板」には、熱延板、熱延鋼帯も含むものとする。
【0071】
まず、本発明の熱延鋼板の製造方法について説明する。
本発明において、鋼素材(鋼スラブ)の溶製方法は特に限定されない。例えば、転炉、電気炉、真空溶解炉等の公知の溶製方法のいずれもが適合する。鋳造方法も特に限定されない。例えば、連続鋳造法等の公知の鋳造方法により、所望の寸法の鋼素材に製造される。なお、連続鋳造法に代えて、造塊-分塊圧延法を適用しても何ら問題はない。溶鋼には、さらに、取鍋精錬等の二次精錬を施してもよい。
【0072】
[鋳造工程における凝固点から1200℃までの平均冷却速度:0.30℃/s以上]
鋳造工程において、前記溶製後の溶鋼の凝固点から1200℃までの平均冷却速度が0.30℃/s未満である場合、Ti系介在物が粗大化し、本発明で目的とする長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度を確保することが困難となり、靭性が低下する。このため、上記凝固点から1200℃までの平均冷却速度は、0.30℃/s以上とする。該平
均冷却速度は、好ましくは0.35℃/s以上であり、より好ましくは0.40℃/s以上である。上記平均冷却速度の上限は特に規定しない。該平均冷却速度が100℃/sを超えると、冷却速度の上昇に対する靱性向上の効果が小さくなり、設備負荷が増大するのみとなる。このため、上記凝固点から1200℃までの平均冷却速度は100℃/s以下が好ましい。該平均冷却速度は、より好ましくは80℃/s以下である。
なお、上記凝固点は、以下の(1)式により求められる。
凝固点(℃)=1539-(70[C]+8[Si]+5[Mn]+30[P]+25[S]+5[Cu]+4[Ni]+1.5[Cr]) ・・・(1)
ただし、(1)式において元素記号は各元素の鋼中含有量(質量%)を表す。なお、含有されていない元素は0%とする。
【0073】
本発明では、前記鋳造を経て得られた鋼素材(鋼スラブ)を、加熱温度:1150℃以上1300℃以下の範囲に加熱(再加熱)し、次いで加熱された鋼素材に熱間圧延を施し(熱間圧延工程)て熱延板とした後、冷却を施し(冷却工程)、さらに冷却された熱延板をコイル状に巻取り(巻取り工程)、熱延鋼板とすることができる。
【0074】
[熱間圧延工程における加熱温度:1150℃以上1300℃以下]
熱間圧延工程において、加熱温度(再加熱温度)が1150℃未満である場合、被圧延材の変形抵抗が大きくなり圧延が困難となる。一方、加熱温度が1300℃を超えると、オーステナイト粒が粗大化し、後の圧延(粗圧延、仕上圧延)において微細なオーステナイト粒が得られず、本発明で目的とする平均結晶粒径を確保することが困難となる。そのため、熱間圧延工程における加熱温度は、1150℃以上1300℃以下とする。該加熱温度は、好ましくは1170℃以上であり、好ましくは1280℃以下である。
【0075】
なお、本発明では、鋼スラブ(スラブ)を製造した後、一旦室温まで冷却し、その後再度加熱する従来法に加え、室温まで冷却しないで、温片のままで加熱炉に装入する、あるいは、わずかの保熱を行った後に直ちに圧延する、これらの直送圧延の省エネルギープロセスも問題なく適用することができる。
【0076】
[粗圧延終了温度:950℃以上1180℃以下]
熱間圧延工程において、粗圧延終了温度が950℃未満である場合、後の仕上圧延中に鋼板表面温度がフェライト変態開始温度以下になるため、多量のフェライトが生成し、本発明で目的とするベイナイトの体積率を確保することが困難となって、降伏応力または引張強さが低下する。一方、粗圧延終了温度が1180℃を超えると、オーステナイト粒が粗大化し、本発明で目的とする平均結晶粒径を確保することが困難となって、靭性が低下する。
このため、熱間圧延工程における粗圧延終了温度は950℃以上1180℃以下とする。粗圧延終了温度は、より好ましくは970℃以上であり、より好ましくは1150℃以下である。
【0077】
[仕上圧延終了温度:850℃以上1000℃以下]
熱間圧延工程において、仕上圧延終了温度が850℃未満である場合、仕上圧延中に鋼板表面温度がフェライト変態開始温度以下になるため、多量のフェライトが生成し、本発明で目的とするベイナイト体積率を確保することが困難となって、降伏応力または引張強さが低下する。一方、仕上圧延終了温度が1000℃を超えると、オーステナイト粒が粗大化し、本発明で目的とする平均結晶粒径を確保することが困難となって、靭性が低下する。
このため、熱間圧延工程における仕上圧延終了温度は850℃以上1000℃以下とする。仕上圧延終了温度は、より好ましくは870℃以上であり、より好ましくは980℃以下である。
【0078】
[仕上圧延における合計圧下率:50%以上80%以下]
本発明では、熱間圧延工程においてオーステナイト中のサブグレインを微細化することで、続く冷却工程、巻取り工程で生成するベイナイトおよび残部の組織を微細化し、本発明で目的とする降伏強度を有する鋼組織を得る。このため、かかる熱間圧延工程においてオーステナイト中のサブグレインを微細化するには、オーステナイト未再結晶温度域での圧下率を高くし、十分な加工ひずみを導入する必要がある。かかる目的を達成するため、本発明では、仕上圧延における合計圧下率を50%以上とする。
仕上圧延における合計圧下率が50%未満である場合、熱間圧延工程において十分な加工ひずみを導入することができない。そのため、本発明で目的とする平均結晶粒径および粒径が40.0μm以上の結晶粒の体積率を所望量有する鋼組織が得られない。仕上圧延における合計圧下率は、好ましくは55%以上である。一方、かかる合計圧下率が80%を超えると、フェライトが生成しやすくなり、本発明で目的とするベイナイト体積率を確保することが困難となって、降伏応力または引張強さが低下する。そのため、仕上圧延における合計圧下率は80%以下とする。該合計圧下率は、好ましくは75%以下である。
なお、上記した仕上圧延における合計圧下率とは、仕上圧延における各圧延パスの圧下率の合計を指す。
また、本発明では、仕上板厚の上下限は特に規定しないが、必要な圧下率の確保や鋼板温度管理の観点より、仕上板厚(仕上圧延後の鋼板の板厚)は、2mm以上25mm以下の範囲とすることが好ましい。
【0079】
[冷却工程における板厚中心の平均冷却速度:10℃/s以上60℃/s以下]
前記熱間圧延工程後、前記熱延板に冷却を施す冷却工程を行う。
かかる冷却工程における平均冷却速度が10℃/s未満の場合、鋼組織のフェライト体積率が上昇するため、本発明で目的とするベイナイト体積率を有する鋼組織が得られない。また、ベイナイトの核生成頻度が減少し、これが粗大化するため、本発明で目的とする平均結晶粒径を有する鋼組織が得られない。一方、上記平均冷却速度が60℃/sを超えると、多量のマルテンサイトが生成し、加工性および靭性が低下する。よって、前記熱延板の板厚中心の平均冷却速度は、10℃/s以上60℃/s以下の範囲とする。
上記平均冷却速度は、好ましくは15℃/s以上であり、好ましくは55℃/s以下である。
なお、本発明では、冷却工程前の鋼板表面におけるフェライト生成抑制の観点より、前記熱間圧延工程における仕上圧延終了後、直ちに冷却工程を開始することが好ましい。
【0080】
[冷却工程における板厚中心の冷却停止温度:400℃以上580℃以下]
前記冷却工程における前記熱延板の板厚中心の冷却停止温度が400℃未満の場合、多量のマルテンサイトが生成するため、加工性および靭性が低下する。一方、かかる冷却停止温度が580℃を超えると、フェライト体積率が上昇するため、本発明で目的とするベイナイト体積率を有する鋼組織が得られない。また、ベイナイトの核生成頻度が減少し、これらが粗大化するため、本発明で目的とする平均結晶粒径を有する組織が得られない。よって、上記冷却停止温度は、400℃以上580℃以下の範囲とする。
上記冷却停止温度は、好ましくは420℃以上であり、好ましくは550℃以下である。
なお、本発明において、平均冷却速度は、((冷却前の熱延板の板厚中心温度-冷却後の熱延板の板厚中心温度)/冷却時間)で求められる値とする。
【0081】
本発明の冷却工程における冷却方法は、ノズルからの水の噴射等の水冷や、冷却ガスの噴射による冷却等が挙げられる。なお、本発明では、熱延板の両面が同条件で冷却されるように、熱延板両面に冷却操作(処理)を施すことが好ましい。
【0082】
[巻取り工程における板厚中心の温度(巻取り温度):400℃以上580℃以下]
前記冷却工程の後に、熱延板を巻取る巻取り工程を行う。巻取り工程の後は、放冷することができる。
上記巻取り温度が400℃未満では、多量のマルテンサイトが生成するため、加工性および靭性が低下する。一方、上記巻取り温度が580℃を超えると、フェライト体積率が上昇するため、本発明で目的とするベイナイト体積率を有する鋼組織が得られない。また、ベイナイトの核生成頻度が減少し、これらが粗大化するため、本発明で目的とする平均結晶粒径を有する組織が得られない。よって、上記巻取り温度は、400℃以上580℃以下の範囲とする。
上記巻取り温度は、好ましくは420℃以上であり、好ましくは550℃以下である。
【0083】
次いで、電縫鋼管の製造方法について説明する。
上述の巻取り工程によって得られた熱延鋼板(本発明の熱延鋼板)に造管工程を施す。かかる造管工程では、熱延鋼板を冷間ロール成形により円筒状のオープン管(丸型鋼管)に成形し、該円筒状のオープン管の周方向両端部(突合せ部)を突合せて高周波電気抵抗加熱により溶融させながら、スクイズロールによるアプセットで圧接接合して電縫溶接し、電縫鋼管とする。
【0084】
かようにして製造された電縫鋼管は、前記の熱延鋼板である母材部と、電縫溶接が施された箇所である電縫溶接部(ボンド部または単に溶接部ともいう)と、かかる電縫溶接時の熱により母材に生成する溶接熱影響部と、を有する。
造管工程の後、上記電縫鋼管に対して溶接部熱処理工程を施す。造管工程後の電縫溶接部は、造管工程において加熱後急冷されるため、母材部と比較して延性が低い。そのため、かかる溶接部熱処理工程では、電縫溶接部を加熱した後、適切な冷却を施すことによって、電縫溶接部の強度、加工性および靭性を同時に満足させる。
【0085】
ここで、電縫溶接時(電縫溶接工程)のアプセット量は、靱性低下の原因となる酸化物や窒化物等の介在物を溶接時の溶鋼とともに排出できるように、熱延鋼板の板厚の20%以上とすることが好ましい。ただし、アプセット量が板厚の100%超である場合、スクイズロールの負荷が大きくなる。そのため、アプセット量は、板厚の20%以上100%以下とすることが好ましい。アプセット量は、より好ましくは、40%以上であり、より好ましくは80%以下である。
なお、本発明におけるアプセット量は、((電縫溶接直前のオープン管の周長)―(電縫溶接直後の電縫鋼管の周長))/(板厚)×100(%)として求めることができる。
【0086】
[溶接部熱処理工程における加熱温度:850℃以上1050℃以下]
溶接部熱処理工程における加熱温度が850℃未満であると、電縫溶接部が完全にオーステナイト化せず、造管工程において生成した急冷組織が残存し、延性が低下する。そのため、所望の電縫溶接部のへん平値が得られない。一方、上記加熱温度が1050℃を超えると、オーステナイト粒が粗大化し、フェライトおよびベイナイトの核生成サイトが減少し、電縫溶接部の肉厚中央において本発明で目的とするフェライトの体積率ならびにフェライトおよびベイナイトの合計の体積率が得られず、所望の電縫溶接部のへん平値が得られない。または、本発明で目的とする平均結晶粒径が得られない。
【0087】
[溶接部熱処理工程における空冷時間:5s以上50s以下]
上記加熱温度による加熱後の空冷により、フェライトおよびベイナイトを生成させる。該空冷の時間が5s未満であると、電縫溶接部の肉厚中央において所望のフェライト体積率ならびにフェライトおよびベイナイトの合計の体積率が得られず、本発明で目的とする電縫溶接部のへん平値が得られない。一方、上記空冷の時間が50s超であると、電縫溶接部の肉厚中央において本発明で目的とする平均結晶粒径が得られない。または、空冷中
にMs点を下回るため、本発明で目的とするフェライト体積率ならびにフェライトおよびベイナイトの合計の体積率が得られず、所望の電縫溶接部のへん平値が得られない。
【0088】
[溶接部熱処理工程における水冷後の温度:200℃以下]
上記空冷後の水冷により、フェライト変態およびベイナイト変態を完了させる。該水冷後の温度が200℃超であると、フェライトおよびベイナイトが粗大化し、本発明で目的とする平均結晶粒径を有する組織が得られない。
【0089】
かかる溶接部熱処理工程を経た後、サイジングロールにより管外径を調整するサイジング工程を施す。かかるサイジング工程では、前記電縫鋼管に対して上下左右に配置されたロールを用いて該電縫鋼管を縮径し、外径および真円度を所望の値に調整する。
【0090】
かかるサイジング工程は、外径精度および真円度を向上させるために実施する。外径精度および真円度を向上させるには、鋼管周長が合計で0.5%以上の割合で減少するように鋼管を縮径することが好ましい。一方、鋼管周長が合計で4.0%超の割合で減少するように縮径すると、ロール通過時の管軸方向の曲げ量が大きくなって、鋼管の残留応力、管内面の転位密度、および最大低角粒界密度がいずれも上昇する。その結果、鋼管の耐SSC性が低下する。このため、鋼管周長が0.5%以上4.0%以下の割合で減少するように縮径することが好ましい。鋼管周長の縮径割合は、より好ましくは1.0%以上であり、より好ましくは3.0%以下である。
なお、かかるサイジング工程は、ロール通過時の管軸方向の曲げ量を極力小さくし、管軸方向の残留応力の発生を抑制するため、複数スタンドによる多段階の縮径を行うことが好ましい。また、各スタンドにおける縮径は、管周長が1.0%以下の割合で減少するように行うことが好ましい。
【0091】
ここで、鋼管が電縫鋼管であるかどうかは、電縫鋼管を管軸方向と垂直に切断し、溶接部(電縫溶接部)を含む切断面を研磨後腐食し、光学顕微鏡で観察することにより判断することができる。具体的には、溶接部(電縫溶接部)のボンド部の管周方向の幅が、管全厚にわたり1.0μm以上1000μm以下であれば、電縫鋼管である。
【0092】
上記研磨後腐食に用いる腐食液は、鋼成分、鋼管の種類に応じて適切なものを選択すればよい。
図1には、腐食後の上記断面の一部(電縫鋼管の溶接部近傍)を模式的に示す。ボンド部(溶接部)は、図1に示すように、母材部1および溶接熱影響部2と異なる組織形態やコントラストを有する領域(ボンド部3)として視認できる。例えば、炭素鋼および低合金鋼の電縫鋼管のボンド部3は、ナイタールで腐食した上記断面において、光学顕微鏡で白く観察される領域として特定できる。また、炭素鋼および低合金鋼のUOE鋼管のボンド部3は、ナイタールで腐食した上記断面において、光学顕微鏡でセル状またはデンドライト状の凝固組織を含有する領域として特定することができる。
【0093】
なお、上述されていない鋼板および鋼管にかかる製造方法の条件に関しては、いずれも常法に依ることができる。
【実施例0094】
以下、実施例に基づいて、本発明をさらに説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0095】
(熱延鋼板の製造)
表1に示す成分組成を有する溶鋼を溶製した。
【0096】
【表1】
【0097】
上記の溶鋼について、表2に示した条件で鋳造工程を施し、スラブ(鋼素材)とした。次いで、かかるスラブに対し、表2に示す条件の熱間圧延工程、冷却工程、巻取り工程をそれぞれ施して、熱延鋼板を得た。
【0098】
【表2】
【0099】
前記熱延鋼板から各種試験片を採取して、後述する方法で、組織観察、平均結晶粒径の測定、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率の測定、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度の測定、引張試験、およびシャルピー衝撃試験を実施した。各種の試験片は、熱延鋼板における幅方向中央から採取した。結果を表3に示す。
【0100】
【表3】
【0101】
(電縫鋼管の製造)
次いで、かくして得られた熱延鋼板を、冷間ロール成形により円筒状のオープン管(丸型鋼管)に成形し、オープン管の突合せ部分を電縫溶接して鋼管素材とした(造管工程)。次いで、表4に示した条件で溶接部熱処理工程を施した。かかる溶接部熱処理工程の後の鋼管素材を、該鋼管素材の上下左右に配置したロールにより縮径し(サイジング工程)、表4に示した外径D(mm)および肉厚t(mm)の電縫鋼管を得た。
【0102】
【表4】
【0103】
前記電縫鋼管から各種試験片を採取して、後述する方法で、組織観察、平均結晶粒径の測定、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率の測定、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度の測定、引張試験、シャルピー衝撃試験、ビッカース硬さ試験およびへん平試験を実施した。各種の試験片は、電縫鋼管における電縫溶接部とかかる電縫溶接部を0°としたとき該電縫溶接部から管周方向に90°離れた母材部とからそれぞれ採取した。結果を表5に示す。
【0104】
【表5】
【0105】
なお、各種の観察、測定、試験の具体的な方法は、以下の通りである。
【0106】
〔組織観察〕
組織観察用の試験片は、熱延鋼板については観察面が熱延鋼板の圧延方向および板厚方向の両方に平行な断面、他方、電縫鋼管の母材部については観察面が電縫鋼管の管軸方向および肉厚方向の両方に平行な断面、電縫鋼管の電縫溶接部については観察面が電縫鋼管の管周方向および肉厚方向の両方に平行な断面、となるように熱延鋼板および電縫鋼管からそれぞれ採取し、鏡面研磨を施して作製した。
【0107】
組織観察は、上記試験片の観察面をナイタール腐食した後、光学顕微鏡(倍率:1000倍)または走査型電子顕微鏡(SEM、倍率:1000倍)を用いて、熱延鋼板については板厚中央、また、電縫鋼管の母材部および電縫鋼管の電縫溶接部については肉厚中央において実施し、撮像した。かようにして得られた光学顕微鏡像およびSEM像から、ベイナイトおよびフェライト並びに残部(パーライト、マルテンサイト、オーステナイト)の面積率を求めた。各組織の面積率は、5視野で観察を行い、それぞれの視野で得られた値を平均して平均値とした。本実施例では、組織観察により得られた面積率を、各組織の体積率とした。
ここで、フェライトは拡散変態による生成物のことであり、転位密度が低くほぼ回復した組織を呈する。ポリゴナルフェライトおよび擬ポリゴナルフェライトがこれに含まれる。
【0108】
ベイナイトは転位密度が高いラス状のフェライトとセメンタイトの複相組織である。
また、パーライトは、鉄と鉄炭化物の共析組織(フェライト+セメンタイト)、であり、線状のフェライトとセメンタイトが交互に並んだラメラ状の組織を呈する。
【0109】
マルテンサイトは、転位密度が極めて高いラス状の低温変態組織である。SEM像では、フェライトやベイナイトと比較して明るいコントラストを示す。
【0110】
なお、光学顕微鏡像およびSEM像ではマルテンサイトとオーステナイトの識別が難しいため、得られたSEM像からマルテンサイトあるいはオーステナイトとして観察された組織の面積率を測定し、以下の方法で測定したオーステナイトの体積率を差し引いた値をマルテンサイトの体積率とした。
上記オーステナイトの体積率の測定は、X線回折により行った。熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央の測定用の試験片は、回折面が熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央となるようにそれぞれ研削した後、化学研磨をして表面加工層を除去して作製した。測定にはMoのKα線を使用し、fcc鉄の(200)、(220)、(311)面とbcc鉄の(200)、(211)面の積分強度をそれぞれ求め、それぞれの値を理論強度値で除した規格化積分強度が各相の体積率に比例するものとして、オーステナイトの規格化積分強度の割合を求めることによってオーステナイトの体積率を求めた。
【0111】
〔平均結晶粒径の測定〕
平均結晶粒径の測定においては、まず、SEM/EBSD法を用いて、粒径分布のヒストグラム(横軸:粒径、縦軸:各粒径での存在割合としたグラフ)を算出し、粒径の算術平均を求めた。具体的に、結晶粒径は、隣接する結晶粒の間の方位差を求め、方位差が15°以上の境界を結晶粒(結晶粒界)として、結晶粒の円相当径を測定し、平均円相当径を平均結晶粒径とした。このとき、円相当径とは、対象となる結晶粒と面積が等しい円の直径とした。
【0112】
〔粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率の測定〕
粒径が40.0μm以上の結晶粒の体積率の測定は、上記の結晶粒径分布のヒストグラムから、粒径が40.0μm以上の結晶粒の面積率の合計として求めた。
上記の測定条件として、加速電圧は15kV、測定領域は500μm×500μm、測定ステップサイズは0.5μmとした。なお、結晶粒径解析においては、結晶粒径が2.0μm以下のものは測定ノイズとして解析対象から除外し、得られた面積率が体積率と等しいとした。
【0113】
〔長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度の測定〕
長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度の測定は、熱延鋼板の圧延方向および板厚方向の両方に平行な断面、並びに電縫鋼管の母材部の管軸方向および肉厚方向の両方に平行な断面において、SEMによる介在物の長径測定および同一視野でのSEM/EDS法による元素分析を組み合わせることで求めた。測定位置は熱延鋼板の板厚中央および電縫鋼管の母材部の肉厚中央とし、測定領域は4mm×10mmとし、5視野の測定値を平均した。
【0114】
〔引張試験〕
引張試験片は、熱延鋼板においては引張方向が圧延方向と平行になるように、JIS5号の引張試験片を採取した。他方、電縫鋼管においては引張方向が管軸方向と平行になるように、JIS11号の引張試験片を採取した。引張試験は、JIS Z 2241の規定に準拠して実施した。降伏応力YS(MPa)、引張強度TS(MPa)、全伸びEL(%)を測定し、(YS/TS)×100で定義される降伏比YR(%)を算出した。
【0115】
〔シャルピー衝撃試験〕
シャルピー衝撃試験は、熱延鋼板においては、板厚中央から試験片長手方向が圧延方向と平行になるようにVノッチ試験片を採取し、JIS Z 2242の規定に準拠して-60℃において実施し、吸収エネルギーを求めた。他方、電縫鋼管においては、母材部の肉厚中央から試験片長手方向が管軸方向と平行になるようにVノッチ試験片を採取し、JIS Z 2242の規定に準拠して-20℃において実施し、吸収エネルギーを求めた。衝撃値は、吸収エネルギーを破面の試験前の断面積で除して求めた。
上記シャルピー衝撃試験の試験本数はそれぞれ3本とし、得られた衝撃値の平均値を熱延鋼板のシャルピー衝撃値(vE-60)および電縫鋼管の母材部のシャルピー衝撃値(vE-20)とした。
【0116】
〔ビッカース硬さ試験〕
ビッカース硬さ試験は、電縫鋼管の電縫溶接部から、測定面が管周方向および肉厚方向の両方に平行な断面となるような断面となるように試験片を採取し、JIS Z 2244の規定に準拠して実施した。荷重は0.1kgfとし、測定位置は溶接部の肉厚中央とした。
【0117】
〔へん平試験〕
へん平試験は、得られた電縫鋼管から、管軸方向の長さが100mmの環状試験片を採取し、溶接部の管外面側は金属光沢が出るように研磨し、JIS G 3441に記載の方法に準拠して実施した。圧縮速度は10mm/minとし、割れが発生した時点で圧縮を停止し、その時点での試験片高さHを測定した。へん平値は、鋼管の外径をDとして、H/Dの式により求めた。
【0118】
表3中、No.1~5の熱延鋼板並びにNo.14および15の熱延鋼板は本発明例であり、No.6~13の熱延鋼板は比較例である。
表5中、No.1~5の電縫鋼管は本発明例であり、No.6~15の電縫鋼管は比較
例である。
【0119】
表3に示される本発明例の熱延鋼板について、いずれもその板厚中央の鋼組織は、ベイナイトの体積率が90%以上であり、残部がフェライト、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含み、平均結晶粒径が10.0μm以下であり、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率が40%以下であり、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度が20個/mm以下であった。
【0120】
他方、表5に示される本発明例の電縫鋼管について、いずれもその母材部の肉厚中央の鋼組織は、ベイナイトの体積率が90%以上であり、残部がフェライト、パーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含み、平均結晶粒径が10.0μm以下であり、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率が40%以下であり、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度が20個/mm以下であり、電縫溶接部の肉厚中央の鋼組織は、フェライトの体積率が10%以上であり、フェライトおよびベイナイトの体積率の合計が60%以上98%以下であり、残部がパーライト、マルテンサイトおよびオーステナイトのうちの1種または2種以上を含み、平均結晶粒径が15.0μm以下であった。
【0121】
表3に示される本発明例の熱延鋼板は、いずれも降伏応力YSが650MPa以上であり、引張強度TSが750MPa以上であり、降伏比YRが90.0%以下であり、全伸びELが15%以上であり、-60℃におけるシャルピー衝撃値が100J/cm以上であった。
【0122】
他方、表5に示される本発明例の電縫鋼管は、母材部において、降伏応力YSが650MPa以上であり、引張強度TSが750MPa以上であり、降伏比YRが96.0%以下であり、全伸びELが15%以上であり、-20℃におけるシャルピー衝撃値が50J/cm以上であり、電縫溶接部において、肉厚中央のビッカース硬さが200HV以上であり、へん平値が0.80以下であった。
【0123】
これに対し、比較例のNo.6の熱延鋼板および電縫鋼管は、Cの含有量が高かったため、ベイナイトの体積率が本発明の範囲を下回ってしまい、シャルピー衝撃値が所望の値に達しなかった。
【0124】
比較例のNo.7の熱延鋼板および電縫鋼管は、Siの含有量が高かったため、全伸び、シャルピー衝撃値および電縫鋼管のへん平値が所望の値に達しなかった。
【0125】
比較例のNo.8の熱延鋼板および電縫鋼管は、Mnの含有量が高かったため、ベイナイトの体積率が本発明の範囲を下回ってしまい、シャルピー衝撃値が所望の値に達しなかった。
【0126】
比較例のNo.9の熱延鋼板および電縫鋼管は、Tiの含有量が低かったため、降伏応力または引張強度が所望の値に達しなかった。
【0127】
比較例のNo.10の熱延鋼板および電縫鋼管は、Tiの含有量が高かったため、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度が本発明の範囲を上回ってしまい、シャルピー衝撃値が所望の値に達しなかった。
【0128】
比較例のNo.11の熱延鋼板および電縫鋼管は、鋳造工程における平均冷却速度が低かったため、長径:5.0μm以上のTi系介在物の数密度が本発明の範囲を上回ってしまい、シャルピー衝撃値が所望の値に達しなかった。
【0129】
比較例のNo.12の熱延鋼板および電縫鋼管は、熱間圧延工程における再加熱温度、粗圧延終了温度および仕上圧延終了温度が高かったため、平均結晶粒径が本発明の範囲を上回ってしまい、降伏応力および/または引張強度、ならびにシャルピー衝撃値が所望の値に達しなかった。
【0130】
比較例のNo.13の熱延鋼板および電縫鋼管は、仕上圧延における合計圧下率が低かったため、粒径:40.0μm以上の結晶粒の体積率が本発明の範囲を上回ってしまい、シャルピー衝撃値が所望の値に達しなかった。
【0131】
比較例のNo.14の電縫鋼管は、溶接部熱処理工程における空冷時間が長かったため、電縫溶接部の平均結晶粒径が本発明の範囲を上回ってしまい、ビッカース硬さおよびへん平値が所望の値に達しなかった。
【0132】
比較例のNo.15の電縫鋼管は、溶接部熱処理工程における加熱温度が高かったため、フェライトの体積率ならびにフェライトおよびベイナイトの合計の体積率が本発明の範囲を下回ってしまい、へん平値が所望の値に達しなかった。
【符号の説明】
【0133】
1 母材部
2 溶接熱影響部
3 ボンド部
図1