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特開2024-123278上皮間葉転換(EMT)を伴う難治性がんの新規治療標的
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123278
(43)【公開日】2024-09-11
(54)【発明の名称】上皮間葉転換(EMT)を伴う難治性がんの新規治療標的
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6813 20180101AFI20240904BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20240904BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALI20240904BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20240904BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240904BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20240904BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240904BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240904BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20240904BHJP
【FI】
C12Q1/6813 Z
C12Q1/686 Z
C12Q1/6869 Z
A61K45/00
A61P35/00
G01N33/574 A
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021082385
(22)【出願日】2021-05-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、委託事業(次世代がん医療創生研究事業)課題名:ヒト上皮性腫瘍の発生・進展機構の解明と新規治療標的の同定、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】510097747
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立がん研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100187540
【弁理士】
【氏名又は名称】國枝 由紀子
(72)【発明者】
【氏名】間野 博行
(72)【発明者】
【氏名】田中 庸介
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 博己
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4C084
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045AA40
2G045DA78
2G045FB03
4B063QA01
4B063QA17
4B063QA19
4B063QQ53
4B063QQ79
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR48
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS33
4B063QS34
4B063QX02
4C084AA17
4C084NA14
4C084ZB261
4C084ZB262
4C084ZC411
4C084ZC412
(57)【要約】      (修正有)
【課題】難治性がんの個別化医療のために有用な新規治療標的、該治療標的の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定する方法、およびそのようながんの患者に適した治療を行う方法を提供する。
【解決手段】上皮間葉転換(EMT)経路が活性化している進行期胃がんおよび膵臓がんにおいて、細胞分化に重要な経路であるHippoシグナル伝達経路に関わる遺伝子、特にTEAD1遺伝子の発現が上昇していることに基づく、治療標的としてのHippoシグナル伝達経路を構成する1つまたは複数のタンパク質、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質またはそれらをコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者の同定方法、さらにそのようながんの患者に適した治療方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定する方法であって、以下の工程:
(1)被験者に由来する生物学的試料において、上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を測定する工程;
(2)該試料において、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量を測定する工程;
(3)(1)の上皮間葉転換(EMT)活性化の指標をその参照値と比較して、上皮間葉転換(EMT)が活性化しているかどうかを判定する工程;
(4)(2)のHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量をその参照値と比較して、発現量が上昇しているかどうかを判定する工程;ならびに
(5)(3)および(4)の工程において、上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定され、かつHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量が上昇していると判定された場合に、該被験者を、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者として同定する工程を含む、方法。
【請求項2】
前記(1)の指標がN-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上のタンパク質の発現量、またはN-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上のタンパク質コードするポリヌクレオチドの発現量を含み、
前記(3)において、前記発現量をその参照値とそれぞれ比較して、増加している場合に、上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
Hippoシグナル伝達経路を構成する1つまたは複数のタンパク質が、TEAD1、TEAD2、TEAD3、TEAD4、YAP1、およびWWTR1からなる群より選択される1つまたは複数のタンパク質である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
がんが、転移および浸潤を特徴とするヒトのがんである、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
被験者に由来する生物学的試料が、腫瘍細胞、腫瘍組織、腫瘍細胞の培養物、腫瘍組織の培養物、および腫瘍細胞が含まれる生体液からなる群より選択される1以上の試料である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定するためのキットであって、
(1)生物学的試料中の、上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を測定することができる少なくとも1つの試薬;
(2)該試料中の、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量を測定することができる少なくとも1つの試薬;
(3)(1)の指標の参照値を示す参照標準;および
(4)(2)の発現量の参照値を示す参照標準
を含む、キット。
【請求項7】
請求項6に記載のキットであって、前記(1)の試薬が、下記(A)~(C)のいずれかまたはそれらの組み合わせを含み:
(A)N-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上のタンパク質のそれぞれに特異的に結合する抗体;
(B)N-カドヘリンをコードするポリヌクレオチド、ビメンチンをコードするポリヌクレオチド、フィブロネクチンをコードするポリヌクレオチド、SMAD3をコードするポリヌクレオチド、TGFB1をコードするポリヌクレオチド、およびTGFB2をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1以上のポリヌクレオチドを特異的に認識するように設計されたプローブであるポリヌクレオチド;あるいは
(C)N-カドヘリンをコードするポリヌクレオチド、ビメンチンをコードするポリヌクレオチド、フィブロネクチンをコードするポリヌクレオチド、SMAD3をコードするポリヌクレオチド、TGFB1をコードするポリヌクレオチド、およびTGFB2をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1以上のポリヌクレオチドを特異的に増幅することができるように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド、
(2)の試薬が、下記(D)~(F)のいずれかまたはそれらの組み合わせを含む、キット:
(D)TEAD1、TEAD2、TEAD3、TEAD4、YAP1、およびWWTR1からなる群より選択される1つまたは複数のタンパク質に特異的に結合することのできる少なくとも1つの抗体;
(E)TEAD1をコードするポリヌクレオチド、TEAD2をコードするポリヌクレオチド、TEAD3をコードするポリヌクレオチド、TEAD4をコードするポリヌクレオチド、YAP1をコードするポリヌクレオチド、およびWWTR1をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1つまたは複数のポリヌクレオチドを特異的に認識するように設計されたプローブであるポリヌクレオチド;あるいは
(F)TEAD1をコードするポリヌクレオチド、TEAD2をコードするポリヌクレオチド、TEAD3をコードするポリヌクレオチド、TEAD4をコードするポリヌクレオチド、YAP1をコードするポリヌクレオチド、およびWWTR1をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1つまたは複数のポリヌクレオチドを特異的に増幅することができるように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド。
【請求項8】
がん治療剤のスクリーニング方法であって、下記の工程を含む、方法:
(1)上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定され、かつHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量が上昇していると判定された細胞に被験物質を接触させる工程;
(2)該細胞の増殖および/または生存が阻害されるか否かを決定する工程;ならびに
(3)該細胞の増殖および/または生存を阻害すると決定された物質をがん治療剤として選択する工程。
【請求項9】
請求項8に記載のスクリーニング方法によって選択されたがん治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難治性がんの新規治療標的に関する。より具体的には、上皮間葉転換(EMT)を伴う難治性がんの新規治療標的に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは世界で2番目に多い死因であり、毎年およそ1千万人の人々ががんによって亡くなっている。がんの治療方法には、手術(外科療法)、化学療法(薬物療法)、放射線治療、これらを組み合わせた集学的治療等がある。
【0003】
同じ臓器のがんであっても、患者が有する遺伝的背景の違いや、患部で発現している分子の違い等に応じて、薬物や放射線に対する応答性が異なる場合があることが知られている。患者ごとに遺伝的背景やがんのタイプを調べて、個別に最適な治療法を選択することは個別化医療と呼ばれる。たとえばHER2過剰発現乳がんに対するトラスツズマブ(ハーセプチン)投与(特許文献1)や、ゲフィチニブ(イレッサ)およびエルロチニブ(タルセバ)獲得耐性がん患者の判定方法(特許文献2)等が知られる。しかし、がんは、存在する組織も構成細胞も遺伝子発現プロファイルも極めて多様であり、種々のがんそれぞれについての適切な個別化分子標的治療戦略は、いまだ確立されているとはいえない。
【0004】
進行期胃がんや膵臓がんは、有効な治療法に乏しい難治性がんである。進行期胃がんの中でも、上皮間葉転換(EMT)経路が活性化したがんは化学療法抵抗性であることが知られている(非特許文献1、非特許文献2)。
【0005】
近年、胃がん(胃腺がん)の腫瘍原発巣組織から得たDNAを対象とした次世代シーケンシングにより、いくつかの遺伝子変異が明らかにされ(非特許文献3)、抗ERBB2療法または免疫チェックポイント療法による治療への可能性が示された。しかし、このような分子標的療法の利益を受け得るのは、患者のごく一部に限られている。また、悪性腹水を伴う胃がんのような難治性がんのための有効な治療戦略はいまだ確立されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO/1989/006692
【特許文献2】WO/2006/086777
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Cristescu, R. et al. Molecular analysis of gastric cancer identifies subtypes associated with distinct clinical outcomes. Nat Med 21, 449-456, doi:10.1038/nm.3850 (2015)
【非特許文献2】Oh, S. C. et al. Clinical and genomic landscape of gastric cancer with a mesenchymal phenotype. Nat Commun 9, 1777, doi:10.1038/s41467-018-04179-8 (2018)
【非特許文献3】The Cancer Genome Atlas Research Network. Comprehensive molecular characterization of gastric adenocarcinoma. Nature 513, 202-209, doi:10.1038/nature13480 (2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、難治性がんの個別化医療のために有用な新規治療標的、該治療標的の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定する方法、およびそのようながんの患者に適した治療を行う手段等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、上皮間葉転換(EMT)経路が活性化している進行期胃がんおよび膵臓がんにおいて、細胞分化に重要な経路であるHippoシグナル伝達経路に関わる遺伝子、特にTEAD1遺伝子の発現が上昇していることを見出した。
【0010】
さらに、1000種類以上のがん細胞株が有する遺伝子変異や遺伝子発現量変化等の特徴と、がんが依存している遺伝子とを関連付けたデータベース(depmap、米国ブロード研究所及び英国サンガー研究所、https://depmap.org/portal/)を独自に用いた解析を行ったところ、TEAD1遺伝子ノックダウンによるがん細胞生存率の低下は、全がん細胞株においてTEAD1発現量と相関していることが明らかになった。
【0011】
本発明者らは、TEAD阻害剤であるK-975を用いた薬剤投与実験を行い、EMT経路が活性化している胃がんに対するTEAD阻害剤単剤の有効性をin vitroおよびin vivoの双方において確認した。
【0012】
また、EMT経路が活性化している胃がんにおいて、TEAD1が高発現している場合、MEK阻害剤およびTEAD阻害の二剤併用投与による相乗的な有効性が認められ、EMT経路が活性化していない胃がんではこのような効果が認められないことを見出した。さらに、全体的にTEAD1が高発現していて、かつEMT経路が活性化している膵臓がんにおいても、MEK阻害剤およびTEAD阻害剤の二剤併用投与による相乗的な有効性が認められた。
【0013】
これらのことから、本発明者らは、上皮間葉転換(EMT)経路が活性化している進行期胃がんおよび膵臓がん等の難治性がんにおいて、TEAD1等のTEADを含むHippoシグナル伝達経路を構成する1つまたは複数のタンパク質が有用な治療標的であること、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つまたは複数のタンパク質に基づいて、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質またはそれらをコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定することができること、さらにそのようながんの患者に適した治療を行うことができることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下の態様を含むが、これらに限定されるものではない。
[態様1]
Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定する方法であって、以下の工程:
(1)被験者に由来する生物学的試料において、上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を測定する工程;
(2)該試料において、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量を測定する工程;
(3)(1)の上皮間葉転換(EMT)活性化の指標をその参照値と比較して、上皮間葉転換(EMT)が活性化しているかどうかを判定する工程;
(4)(2)のHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量をその参照値と比較して、発現量が上昇しているかどうかを判定する工程;ならびに
(5)(3)および(4)の工程において、上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定され、かつHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量が上昇していると判定された場合に、該被験者を、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者として同定する工程を含む、方法。
[態様2]
前記(1)の指標がN-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上のタンパク質の発現量、またはN-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上のタンパク質コードするポリヌクレオチドの発現量を含み、
前記(3)において、前記発現量をその参照値とそれぞれ比較して、増加している場合に、上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定される、態様1に記載の方法。
[態様3]
Hippoシグナル伝達経路を構成する1つまたは複数のタンパク質が、TEAD1、TEAD2、TEAD3、TEAD4、YAP1、およびWWTR1からなる群より選択される1つまたは複数のタンパク質である、態様1または2に記載の方法。
[態様4]
がんが、転移および浸潤を特徴とするヒトのがんである、態様1~3のいずれか一項に記載の方法。
[態様5]
転移および浸潤を特徴とするヒトのがんが、胃がん、膵臓がん、肺がん、悪性黒色腫、浸潤性乳がん、および大腸がんからなる群より選択される、態様4に記載の方法。
[態様6]
被験者に由来する生物学的試料が、腫瘍細胞、腫瘍組織、腫瘍細胞の培養物、腫瘍組織の培養物、および腫瘍細胞が含まれる生体液からなる群より選択される1以上の試料である、態様1~5のいずれか一項に記載の方法。
[態様7]
Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定するためのキットであって、
(1)生物学的試料中の、上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を測定することができる少なくとも1つの試薬;
(2)該試料中の、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量を測定することができる少なくとも1つの試薬;
(3)(1)の指標の参照値を示す参照標準;および
(4)(2)の発現量の参照値を示す参照標準
を含む、キット。
[態様8]
態様7に記載のキットであって、前記(1)の試薬が、下記(A)~(C)のいずれかまたはそれらの組み合わせを含み:
(A)N-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上のタンパク質のそれぞれに特異的に結合する抗体;
(B)N-カドヘリンをコードするポリヌクレオチド、ビメンチンをコードするポリヌクレオチド、フィブロネクチンをコードするポリヌクレオチド、SMAD3をコードするポリヌクレオチド、TGFB1をコードするポリヌクレオチド、およびTGFB2をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1以上のポリヌクレオチドを特異的に認識するように設計されたプローブであるポリヌクレオチド;あるいは
(C)N-カドヘリンをコードするポリヌクレオチド、ビメンチンをコードするポリヌクレオチド、フィブロネクチンをコードするポリヌクレオチド、SMAD3をコードするポリヌクレオチド、TGFB1をコードするポリヌクレオチド、およびTGFB2をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1以上のポリヌクレオチドを特異的に増幅することができるように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド、
(2)の試薬が、下記(D)~(F)のいずれかまたはそれらの組み合わせを含む、キット:
(D)TEAD1、TEAD2、TEAD3、TEAD4、YAP1、およびWWTR1からなる群より選択される1つまたは複数のタンパク質に特異的に結合することのできる少なくとも1つの抗体;
(E)TEAD1をコードするポリヌクレオチド、TEAD2をコードするポリヌクレオチド、TEAD3をコードするポリヌクレオチド、TEAD4をコードするポリヌクレオチド、YAP1をコードするポリヌクレオチド、およびWWTR1をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1つまたは複数のポリヌクレオチドを特異的に認識するように設計されたプローブであるポリヌクレオチド;あるいは
(F)TEAD1をコードするポリヌクレオチド、TEAD2をコードするポリヌクレオチド、TEAD3をコードするポリヌクレオチド、TEAD4をコードするポリヌクレオチド、YAP1をコードするポリヌクレオチド、およびWWTR1をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1つまたは複数のポリヌクレオチドを特異的に増幅することができるように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド。
[態様9]
がん治療剤のスクリーニング方法であって、下記の工程を含む、方法:
(1)上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定され、かつHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量が上昇していると判定された細胞に被験物質を接触させる工程;
(2)該細胞の増殖および/または生存が阻害されるか否かを決定する工程;ならびに
(3)該細胞の増殖および/または生存を阻害すると決定された物質をがん治療剤として選択する工程。
[態様10]
態様9のスクリーニング方法によって選択されたがん治療剤。
[態様11]
がんを治療する方法であって、態様1~6のいずれか一項に記載の方法によってHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者であると同定された被験者に、該Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害する物質を投与する工程を含む、方法。
[態様12]
がんの転移を抑制する方法であって、態様1~6のいずれか一項に記載の方法によってHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんのリスクを有する被験者であると同定された被験者に、該Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害する物質を投与する工程を含む、方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、進行期胃がんや膵臓がんのような難治性がんの個別化医療のために有用な新規治療標的を提供することが可能となる。さらに、本発明により、該治療標的の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定する方法、そのようながんの患者に適した治療を行う方法およびがん治療剤、ならびにがん治療剤のスクリーニング方法等を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、59例の患者由来細胞株における、もっとも発現の変化の大きい500のタンパク質コード遺伝子の階層クラスタリング解析を示す。各行は個々の遺伝子を表し各列は細胞株を表す。マトリクスにおける各セルは、1つの個別の細胞株における転写物の発現量を表す。黒は高発現を示し、白は低発現を示す。
図2図2は、EMTシグネチャの遺伝子セット濃縮解析(Gene Set Enrichment Analysis、GSEA)を示す。
図3A図3Aは、59例の患者由来胃がん細胞株において、遺伝子オントロジー用語「epithelial mesenchymal transition」に属する200の遺伝子の発現データに基づく階層クラスタリング解析を行った結果を示す。各行は個々の遺伝子を表し各列は細胞株を表す。マトリクスにおける各セルは、1つの個別の細胞株における転写物の発現量を表す。黒は高発現を示し、白は低発現を示す。
図3B図3Bは、EMT群(左)および非EMT群(右)それぞれの患者由来胃がん細胞株における遺伝子の発現量を示す。箱ひげ図は、中央値(ライン)、四分位範囲(IQR;ボックス)および±1.5×IQR(ひげ)を表す。N-カドヘリン(CDH2)、ビメンチン(VIM)、およびフィブロネクチン(FN1)の発現量が、EMT群特異的に上昇していた。
図3C図3Cは、EMT群(左)および非EMT群(右)それぞれの患者由来胃がん細胞株(上段)およびそれらが由来する腹水から精製された腫瘍細胞(下段)における、TGF-βシグナル伝達に関与する遺伝子の発現量を示す。箱ひげ図は、中央値(ライン)、四分位範囲(IQR;ボックス)および±1.5×IQR(ひげ)を表す。SMAD3、TGFB1、およびTGFB2の発現量が、EMT群特異的に上昇していた。
図4図4は、Hippoシグナル伝達経路の遺伝子セット濃縮解析(Gene Set Enrichment Analysis、GSEA)を示す。
図5図5は、EMT群(オレンジ)および非EMT群(緑)の患者に由来する胃がん細胞株(上段)およびそれらが由来する腹水から精製された腫瘍細胞(下段)におけるYAP/TAZ/TEAD経路の遺伝子の発現量を示す。箱ひげ図は、中央値(ライン)、四分位範囲(IQR;ボックス)および±1.5×IQR(ひげ)を表す。
図6図6は、代表的な患者由来胃がん細胞株における、TEAD1(白)、SMAD3(白)、およびリン酸化SMAD3(白)に対する抗体を使用した免疫組織化学染色を示す。核およびアクチンフィラメントは、灰色で染色されている。左はEMT群からの2つのケースを示し、右は非EMT群からの2つのケースを示す。スケールバー、50μm。いずれのタンパク質も、EMT群において発現が上昇していた。
図7図7は、EMT群に由来する代表的なケースの一次胃がん組織試料における、TEAD1(×100、濃い黒)およびSMAD3(×100、濃い黒)に対する抗体を使用した免疫組織化学染色を示す。腫瘍(左)および正常な上皮(右)組織との境界が示されている。
図8図8は、腹膜転移を伴う胃がんにおける分子標的薬による治療実験を示す。a-bは、薬剤投与後の細胞生存率および遺伝子発現量の相関を示す。各薬剤は、示された通りの固定濃度で投与した:EML4-ALK遺伝子(アレクチニブ、70nM)、MET遺伝子(カプマチニブ、10nM、FGFR2遺伝子(インフィグラチニブ、5nM)およびEGFR遺伝子(オシメルチニブ、10nM)。縦軸は、細胞数から算出した生存率を示す。データは、少なくとも3回の独立した実験の平均で表す。ピアソン相関係数を示す。箱ひげ図は、中央値(ライン)、四分位範囲(IQR;ボックス)および±1.5×IQR(ひげ)を表す。cは、遺伝子変異を有する患者由来細胞株または遺伝子変異を有さない患者由来細胞株についての、用量応答曲線を示す。縦軸は、細胞数から算出した生存率を示す。データは、少なくとも3回の独立した実験の平均で表す。
図9図9は、EMT群および非EMT群における遺伝子変異を示す。頻度において有意な差(P<0.05、両側フィッシャーの正確確率検定)を有する遺伝子を枠で囲う。
図10図10は、TEAD1遺伝子、WWTR1遺伝子、およびYAP1遺伝子に対するCCLE(https://portals.broadinstitute.org/ccle)細胞株の依存性(縦軸)および各遺伝子の発現量(横軸)の間の関連性を示す。黒の丸は胃がん細胞株(n=27)を表し、灰色の丸は他のがんの細胞株(n=744)を表す。各群のピアソン相関係数は、黒および灰色で示す。
図11図11は、患者由来胃がん細胞株におけるK-975投与後の細胞生存率およびTEAD1遺伝子の発現量の関連性を示す。縦軸は細胞数から算出した生存率を示す。データは、少なくとも3回の独立した実験の平均で表す。ピアソン相関係数を示す。
図12図12は、マウスに対する薬剤投与実験の結果を示す。左はin vivo腹膜転移モデルの生体蛍光画像を示す。薬剤投与後の日数を示す。生体蛍光シグナル強度の変化を右のパネルにプロットしている。各時点において、両側のウェルチのt検定を実施した。
図13図13は、59例の患者由来胃がん細胞株および60例の患者由来膵臓がん細胞株において、遺伝子オントロジー用語「epithelial mesenchymal transition」に属する200の遺伝子の発現データに基づく階層クラスタリング解析を行った結果を示す。各行は個々の遺伝子を表し各列は細胞株を表す。マトリクスにおける各セルは、1つの個別の細胞株における転写物の発現量を表す。黒は高発現を示し、白は低発現を示す。
図14図14は、胃がん非EMT群、胃がんEMT群、および膵臓がんの患者に由来する細胞株におけるTEAD1遺伝子の発現量を示す。箱ひげ図は、中央値(ライン)、四分位範囲(IQR;ボックス)および±1.5×IQR(ひげ)を表す。
図15図15は、胃がん非EMT群、胃がんEMT群、および膵臓がんの患者に由来する細胞株に対する、MEK阻害剤(ビニメチニブ)およびTEAD阻害剤(K-975)の二剤を投与した場合の相乗効果を示す。aは、胃がん非EMT群および胃がんEMT群に対するMEK阻害剤単剤を投与した場合の生存率を示す。bは、胃がん非EMT群および胃がんEMT群に対して、MEK阻害剤単剤を投与した場合と、MEK阻害剤およびTEAD阻害剤の二剤を投与した場合の生存率を示す。cは、膵臓がん細胞株に対して、MEK阻害剤単剤を投与した場合と、MEK阻害剤およびTEAD阻害剤の二剤を投与した場合の生存率を示す。箱ひげ図は、中央値(ライン)、四分位範囲(IQR;ボックス)および±1.5×IQR(ひげ)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
後述する実施例において示すとおり、本発明者らは、進行期胃がんや膵臓がんのような難治性がんのうち、上皮間葉転換(EMT)が活性化しているがんの新規治療標的として、Hippoシグナル伝達経路の構成因子を初めて見出した。本発明は、かかる知見に基づいて、Hipppoシグナル伝達経路の構成因子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定する方法、そのようながんの患者に適した治療を行う方法およびがん治療剤、ならびにがん治療剤のスクリーニング方法等を提供する。
<上皮間葉転換(EMT)>
本発明は、上皮間葉転換(EMT)が活性化しているがんの新規治療標的を提供する。
【0017】
上皮間葉転換(EMT、Epithelial Mesenchymal Transition、上皮間葉移行とも呼ばれる)とは、細胞が、上皮系細胞から間葉系細胞へとその形質を変化させることをいう。上皮間葉転換(EMT)を起こした細胞は、周囲の細胞との接着能が低下し、遊走能、浸潤能を獲得する。がん細胞の場合、EMTは浸潤や転移を伴うがんの悪性化に深くかかわっている。
【0018】
目的の細胞や組織を含む生物学的試料において、上皮間葉転換(EMT)が活性化しているかどうかを判定するための指標としては、たとえば、上皮間葉転換(EMT)経路に関与するとして当業者に知られる特徴的な遺伝子セットの発現量またはそれらにコードされるタンパク質の発現量がある。
【0019】
上皮間葉転換(EMT)活性化の指標の例としては、ヒトの場合、Molecular Signature Database(http://www.gsea-msigdb.org/gsea/msigdb/index.jsp)におけるHALLMARK_EPITHELIAL_MESENCHYMAL_TRANSITION遺伝子セットに含まれる遺伝子(たとえば、ABI3BP、ACTA2、ADAM12、ANPEP、APLP1、AREG、BASP1、BDNF、BGN、BMP1、CADM1、CALD1、CALU、CAP2、CAPG、CCN1、CCN2、CD44、CD59、CDH11、CDH2、CDH6、COL11A1、COL12A1、COL16A1、COL1A1、COL1A2、COL3A1、COL4A1、COL4A2、COL5A1、COL5A2、COL5A3、COL6A2、COL6A3、COL7A1、COL8A2、COLGALT1、COMP、COPA、CRLF1、CTHRC1、CXCL1、CXCL12、CXCL6、CXCL8、DAB2、DCN、DKK1、DPYSL3、DST、ECM1、ECM2、EDIL3、EFEMP2、ELN、EMP3、ENO2、FAP、FAS、FBLN1、FBLN2、FBLN5、FBN1、FBN2、FERMT2、FGF2、FLNA、FMOD、FN1、FOXC2、FSTL1、FSTL3、FUCA1、FZD8、GADD45A、GADD45B、GAS1、GEM、GJA1、GLIPR1、GPC1、GPX7、GREM1、HTRA1、ID2、IGFBP2、IGFBP3、IGFBP4、IL15、IL32、IL6、INHBA、ITGA2、ITGA5、ITGAV、ITGB1、ITGB3、ITGB5、JUN、LAMA1、LAMA2、LAMA3、LAMC1、LAMC2、LGALS1、LOX、LOXL1、LOXL2、LRP1、LRRC15、LUM、MAGEE1、MATN2、MATN3、MCM7、MEST、MFAP5、MGP、MMP1、MMP14、MMP2、MMP3、MSX1、MXRA5、MYL9、MYLK、NID2、NNMT、NOTCH2、NT5E、NTM、OXTR、P3H1、PCOLCE、PCOLCE2、PDGFRB、PDLIM4、PFN2、PLAUR、PLOD1、PLOD2、PLOD3、PMEPA1、PMP22、POSTN、PPIB、PRRX1、PRSS2、PTHLH、PTX3、PVR、QSOX1、RGS4、RHOB、SAT1、SCG2、SDC1、SDC4、SERPINE1、SERPINE2、SERPINH1、SFRP1、SFRP4、SGCB、SGCD、SGCG、SLC6A8、SLIT2、SLIT3、SNAI2、SNTB1、SPARC、SPOCK1、SPP1、TAGLN、TFPI2、TGFB1、TGFBI、TGFBR3、TGM2、THBS1、THBS2、THY1、TIMP1、TIMP3、TNC、TNFAIP3、TNFRSF11B、TNFRSF12A、TPM1、TPM2、TPM4、VCAM1、VCAN、VEGFA、VEGFC、VIM、WIPF1、およびWNT5Aの200遺伝子)の発現量またはそれらにコードされるタンパク質の発現量がある。上皮間葉転換(EMT)活性化の指標として、Molecular Signature Database(http://www.gsea-msigdb.org/gsea/msigdb/index.jsp)におけるHALLMARK_EPITHELIAL_MESENCHYMAL_TRANSITION遺伝子セットに含まれる遺伝子の発現量またはそれらにコードされるタンパク質の発現量を用いる場合、これらの発現量が参照値と比較して上昇していた場合、上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定される。
【0020】
別の上皮間葉転換(EMT)活性化の指標の例としては、N-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上のタンパク質の発現量、またはN-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上、2以上、3以上、4以上、5以上、または6つのタンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量がある。上皮間葉転換(EMT)活性化の指標として、N-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上のタンパク質の発現量、またはN-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上のタンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量を用いる場合、これらの発現量をそれぞれの参照値と比較して、増加している場合に、上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定される。
【0021】
上記いずれの場合も、参照値としては、たとえば、同一被験者由来の生物学的試料であってがん細胞が含まれないことが明らかな生物学的試料における、対応する遺伝子の発現量またはそれらにコードされるタンパク質の発現量を用いることができる。また、健康なヒト集団に由来する生物学的試料においてあらかじめ測定しておいた、対応する遺伝子またはそれらにコードされるタンパク質の発現量から設定した値を、参照値として使用してもよい。また、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療を受ける前および後に、治療を受けた被験者の集団において示された臨床応答に関するデータに基づいて決定した値を参照値として使用してもよい。
【0022】
上皮間葉転換(EMT)経路に関与するとして当業者に知られる特徴的な遺伝子セットの発現量またはそれらにコードされるタンパク質の発現量は、当業者に公知の任意の方法によって測定することができる。たとえば、上皮間葉転換(EMT)経路に関与するとして当業者に知られる特徴的な遺伝子セットの発現量は、公知の遺伝子のポリヌクレオチドの配列情報等に基づき、当該ポリヌクレオチドに特異的に結合するプローブ、当該ポリヌクレオチドを特異的に増幅することができる1対またはそれ以上のプライマーセット等を用いて測定することができる。また、上皮間葉転換(EMT)経路に関与するとして当業者に知られる特徴的な遺伝子セットにコードされるタンパク質の発現量は、当該タンパク質に特異的に結合する抗体等を用いた免疫組織化学染色等を用いて測定することができる。
<Hippoシグナル伝達経路>
Hippoシグナル伝達経路は、細胞増殖、細胞分化、アポトーシス、幹細胞の自己複製等を制御する進化的に保存された経路である。本発明においてHippoシグナル伝達経路を構成する1つまたは複数のタンパク質とは経路の核となるキナーゼカスケードを構成するタンパク質をいう。被験者がヒトである場合、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つまたは複数のタンパク質は、好ましくは、TEAD1、TEAD2、TEAD3、TEAD4、YAP1、およびWWTR1からなる群より選択される1つまたは複数のタンパク質を含む。
<Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定する方法>
本発明者らは、上記上皮間葉転換(EMT)が活性化しているがんにおいて、上記Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の発現量が上昇している場合、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の発現を阻害することが、該がんの治療に有効であることを初めて見出した。
【0023】
したがって、本発明は、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定する方法(以下、本発明の同定方法とも呼ぶことがある)を提供する。
【0024】
本発明の同定方法は、下記の工程を含む:
(1)被験者に由来する生物学的試料において、上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を測定する工程;
(2)該試料において、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量を測定する工程;
(3)(1)の上皮間葉転換(EMT)活性化の指標をその参照値と比較して、上皮間葉転換(EMT)が活性化しているかどうかを判定する工程;
(4)(2)のHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量をその参照値と比較して、発現量が上昇しているかどうかを判定する工程;ならびに
(5)(3)および(4)の工程において、上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定され、かつHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量が上昇していると判定された場合に、該被験者を、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者として同定する工程。
【0025】
本発明の同定方法において、「がんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者」は、がんに罹患しているか、またはがんに罹患している疑いのある哺乳動物、好ましくはヒトである。本発明の同定方法を適用する対象となる「がん」としては、上記上皮間葉転換(EMT)の活性化、および、上記Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の発現量上昇を検出し得るがんであれば特に限定はされず、転移および浸潤を特徴とするがんを含み、たとえば胃がん、膵臓がん、肺がん、悪性黒色腫、浸潤性乳がん、および大腸がんを含む。
【0026】
本発明の同定方法において、「治療に応答性を示す」とは、がん治療に対する有益な効果が示されることをいい、非限定的に、腫瘍縮小効果、転移抑制効果、無増悪生存期間延長効果、延命効果等が示されることをいう。
【0027】
本発明の同定方法において、「被験者に由来する生物学的試料」とは、非限定的に、腫瘍細胞、腫瘍組織、腫瘍細胞の培養物、腫瘍組織の培養物および腫瘍細胞が含まれる生体液等の生体試料を含み、これらの生体試料から得られる核酸抽出物(ゲノムDNA抽出物、mRNA抽出物、mRNA抽出物から調製されたcDNA調製物やcRNA調製物等)やタンパク質抽出物も含む。「生体液」とは、非限定的に、腹水、胸水、血液、血清、血漿、リンパ液、脳脊髄液、唾液、鼻汁、尿、便、消化液、喀痰、肺胞・気管支洗浄液、精液、膣液、羊水、乳汁を含む。ゲノムDNA、mRNA、cDNA又はタンパク質は、当業者であれば、前記試料の種類及び状態等を考慮し、それに適した公知の手法を選択して調製することが可能である。また、前記試料は、ホルマリン固定処理、アルコール固定処理、凍結処理又はパラフィン包埋処理が施してあるものでもよい。
【0028】
「Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療」とは、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害することができれば特に限定はされないが、たとえば、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能または発現を阻害する物質の投与、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質をコードする遺伝子の編集が挙げられる。
【0029】
Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の機能を阻害する物質としては、これらのタンパク質に特異的に結合する抗体や、これらのタンパク質の機能ドメインの活性を阻害する低分子化合物等が挙げられるが、これらに限定されない。Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現を阻害する物質としては、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質をコードする遺伝子の発現を抑制するsiRNA(small interfering RNA)、shRNA(short hairpin RNA)、miRNA(micro RNA)、アンチセンス核酸、これらのポリヌクレオチドを発現し得る発現ベクター、低分子化合物などが挙げられるが、これらに限定されない。Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質をコードする遺伝子の機能または発現を阻害する物質としては、これらの遺伝子に特異的なsiRNA(small interfering RNA)、shRNA(short hairpin RNA)、miRNA(micro RNA)、アンチセンス核酸、これらのポリヌクレオチドを発現し得る発現ベクター、低分子化合物などが挙げられるが、これらに限定されない。これらの物質は、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の公知のアミノ酸配列、またはHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質をコードする遺伝子の公知のヌクレオチド配列情報等に基づいて、自体公知の方法により調製することができる。また市販の物質を利用してもよい。これらの物質は、被験者が、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者として同定された場合に、該被験者を治療するためのがん治療剤としても有効である。
【0030】
Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質をコードする遺伝子の編集は、部位特異的ヌクレアーゼ等を用いたポリヌクレオチドの切断を含むポリヌクレオチドの改変技術であれば特に限定はされず、ZFN (Zinc-Finger Nuclease)システム、TALEN (Transcription Activator-Like Effector Nuclease)システム、CRISPR (Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)/Cas9 (Crispr ASsociated protein 9)システム等が挙げられる。当業者は、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質をコードする遺伝子の公知のヌクレオチド配列に基づいて、適切な遺伝子編集システムを設計し、実施することができる。このような遺伝子編集システムは、被験者が、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者として同定された場合に、該被験者を治療するための手段としても有効である。
<Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者を同定するためのキット>
本発明はまた、本発明の同定方法を実施することができるキット(以下、本発明のキットとも呼ぶことがある)にも関する。
【0031】
本発明のキットは、以下を含む:
(1)生物学的試料中の、上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を測定することができる少なくとも1つの試薬;
(2)該試料中の、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量を測定することができる少なくとも1つの試薬;
(3)(1)の指標の参照値を示す参照標準;および
(4)(2)の発現量の参照値を示す参照標準。
【0032】
本発明のキットにおいて、(1)の試薬としては、たとえば、下記(A)~(C)のいずれかまたはそれらの組み合わせを含み:
(A)上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を示し得る1つもしくは複数のタンパク質のそれぞれに特異的に結合する抗体;
(B)上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を示し得る1つもしくは複数のタンパク質のそれぞれをコードするポリヌクレオチドを特異的に認識するように設計されたプローブであるポリヌクレオチド;あるいは
(C)上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を示し得る1つもしくは複数のタンパク質のそれぞれをコードするポリヌクレオチドを特異的に増幅することができるように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド、
好ましくは下記(A’)~(C’)のいずれかまたはそれらの組み合わせを含む:
(A’)N-カドヘリン、ビメンチン、フィブロネクチン、SMAD3、TGFB1、およびTGFB2からなる群より選択される1以上のタンパク質のそれぞれに特異的に結合する抗体;
(B’)N-カドヘリンをコードするポリヌクレオチド、ビメンチンをコードするポリヌクレオチド、フィブロネクチンをコードするポリヌクレオチド、SMAD3をコードするポリヌクレオチド、TGFB1をコードするポリヌクレオチド、およびTGFB2をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1以上のポリヌクレオチドを特異的に認識するように設計されたプローブであるポリヌクレオチド;あるいは
(C’)N-カドヘリンをコードするポリヌクレオチド、ビメンチンをコードするポリヌクレオチド、フィブロネクチンをコードするポリヌクレオチド、SMAD3をコードするポリヌクレオチド、TGFB1をコードするポリヌクレオチド、およびTGFB2をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1以上のポリヌクレオチドを特異的に増幅することができるように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド。
【0033】
本発明のキットにおいて、(2)の試薬としては、たとえば、下記(D)~(F)のいずれかまたはそれらの組み合わせを含み:
(D)Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質に特異的に結合することのできる少なくとも1つの抗体;
(E)Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質のそれぞれをコードする1つまたは複数のポリヌクレオチドを特異的に認識するように設計されたプローブであるポリヌクレオチド;あるいは
(F)Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質のそれぞれをコードする1つまたは複数のポリヌクレオチドを特異的に増幅することができるように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド、
好ましくは、下記(D’)~(F’)のいずれかまたはそれらの組み合わせを含む:
(D’)TEAD1、TEAD2、TEAD3、TEAD4、YAP1、およびWWTR1からなる群より選択される1つまたは複数のタンパク質に特異的に結合することのできる少なくとも1つの抗体;
(E’)TEAD1をコードするポリヌクレオチド、TEAD2をコードするポリヌクレオチド、TEAD3をコードするポリヌクレオチド、TEAD4をコードするポリヌクレオチド、YAP1をコードするポリヌクレオチド、およびWWTR1をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1つまたは複数のポリヌクレオチドを特異的に認識するように設計されたプローブであるポリヌクレオチド;あるいは
(F’)TEAD1をコードするポリヌクレオチド、TEAD2をコードするポリヌクレオチド、TEAD3をコードするポリヌクレオチド、TEAD4をコードするポリヌクレオチド、YAP1をコードするポリヌクレオチド、およびWWTR1をコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される1つまたは複数のポリヌクレオチドを特異的に増幅することができるように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド。
【0034】
本発明のキットにおいて、(3)の参照標準としては、たとえば参照値を示すかまたは算出することができるように設計された濃度の上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を示し得る1つもしくは複数のタンパク質を含む試薬、上皮間葉転換(EMT)活性化の指標を示し得る1つもしくは複数のタンパク質をコードするポリヌクレオチド等を含む試薬等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
本発明のキットにおいて、(4)の参照標準としては、たとえば参照値を示すかまたは算出することができるように設計された濃度のHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質を含む試薬、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質をコードするポリヌクレオチド等を含む試薬等が挙げられるが、これらに限定されない。
<がんを治療する方法およびがんの転移を抑制する方法>
上記の通り、本発明の同定方法および本発明のキットにより、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の阻害による治療に応答性を示すがんの患者である被験者またはがんのリスクを有する被験者が同定される。そのため、当該被験者において選択的に、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害することによって、効率的かつ効果的にがんの治療を行うことが可能である。同様に、当該被験者において選択的に、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害することによって、効率的かつ効果的にがんの転移を抑制することが可能である。従って、本発明は、がんの治療方法であって、上記本発明の同定方法により治療に応答性を示すと判定された被験者において、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害する工程を含む方法(以下、本発明の治療方法とも呼ぶことがある)を提供する。また、本発明は、がんの転移を抑制する方法であって、上記本発明の同定方法により治療に応答性を示すと判定された被験者において、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害する工程を含む方法(以下、本発明のがん転移抑制方法とも呼ぶことがある)を提供する。
【0036】
本発明の治療方法および本発明のがん転移抑制方法は、好ましくは、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害する物質を投与する工程を含む。
【0037】
本発明の治療方法および本発明のがん転移抑制方法において投与される物質はがん治療剤として機能することから、本発明はさらに、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害する物質を有効成分とするがん治療剤(以下、本発明のがん治療剤とも称する)を提供する。
【0038】
本発明のがん治療剤としては、上記本発明の同定方法に関連して、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害する物質として記載した物質が挙げられる。
【0039】
本発明のがん治療剤は、それらの製剤化に通常用いられる薬理学上許容される担体、賦形剤、および/またはその他の添加剤を用いて、医薬組成物として調製することができる。
【0040】
本発明のがん治療剤の投与方法は、当該阻害剤の種類やがんの種類などに応じて適宜選択されるが、例えば、経口、静脈内、腹腔内、経皮、筋肉内、気管内(エアゾール)、直腸内、膣内等の投与形態を採用することができる。
【0041】
本発明のがん治療剤の投与量は、有効成分の活性や種類、投与様式(例、経口、非経口)、病気の重篤度、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等を考慮して、適宜決定することができる。
【0042】
本発明の治療方法、本発明のがん転移抑制方法およびがん治療剤は、従来知られておらず本願発明により明らかとなった特定のがんを有する患者の治療を可能にするため有用である。
<がん治療剤のスクリーニング方法>
本発明は、上記本発明の同定方法により治療に応答性を示すと判定された被験者に対して治療効果をもたらすがん治療剤のスクリーニング方法(以下、本発明のスクリーニング方法とも称する)を提供する。本発明のスクリーニング方法により、Hippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害する物質を、がん治療剤として得ることができる。
【0043】
本発明のスクリーニング方法に供される被験物質は、いかなる化合物又は組成物であってもよく、例えば、核酸(例、ヌクレオシド、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド)、糖質(例、単糖、二糖、オリゴ糖、多糖)、脂質(例、飽和又は不飽和の直鎖、分岐鎖及び/又は環を含む脂肪酸)、アミノ酸、タンパク質(例、オリゴペプチド、ポリペプチド)、低分子化合物、化合物ライブラリ、ランダムペプチドライブラリ、天然成分(例、微生物、動植物、海洋生物等由来の成分)、あるいは食品等が挙げられる。
【0044】
本発明のスクリーニング方法は、被験物質がHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質または該タンパク質をコードする遺伝子の機能および/または発現を阻害するか否かを評価可能である限り、いかなる形態であってもよい。典型的には、本発明のスクリーニング方法は、下記の工程を含む:
(1)上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定され、かつHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量が上昇していると判定された細胞に被験物質を接触させる工程;
(2)該細胞の増殖および/または生存が阻害されるか否かを決定する工程;ならびに
(3)該細胞の増殖および/または生存を阻害すると決定された物質をがん治療剤として選択する工程。
【0045】
本発明のスクリーニング方法において、(1)では、上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定され、かつHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量が上昇していると判定された細胞と被験物質を接触させる。対照として、被験物質を含まない溶媒(例えば、DMSOなど)を用いることができる。当該接触は、培地中で行うことができる。培地は、用いられる細胞の種類などに応じて適宜選択されるが、例えば、約5~20%のウシ胎仔血清を含む最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変最少必須培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地などである。培養条件もまた、用いられる細胞の種類などに応じて適宜決定されるが、例えば、培地のpHは約6~約8であり、培養温度は約30~約40℃であり、培養時間は約12~約72時間である。
【0046】
上皮間葉転換(EMT)が活性化していると判定され、かつHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量が上昇していると判定された細胞としては、例えば、内在的にそのような性質を有する腫瘍細胞、当該細胞から誘導された細胞株、遺伝子工学的に作製された細胞株などが挙げられるが、これらに限定されない。ある細胞において、上皮間葉転換(EMT)が活性化しているか否か、およびHippoシグナル伝達経路を構成する1つもしくは複数のタンパク質の発現量または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量が上昇しているか否かは、上記<上皮間葉転換(EMT)><Hippoシグナル伝達経路>の項目に記載された工程を含む方法を利用して確認することもできる。また細胞は、通常哺乳動物の細胞であり、好ましくはヒトの細胞である。
【0047】
本発明のスクリーニング方法において、工程(2)では、該細胞の増殖および/または生存が阻害されるか否かが決定される。細胞増殖および/または生存の測定は、細胞数を基準として行う場合、セルカウント、3Hチミジンの取り込み、BRDU法等の自体公知の方法により行うことができる。次に、被験物質と接触させた当該細胞の増殖および/または生存を、被験物質と接触させない対照細胞の増殖および/または生存と比較する。増殖および/または生存レベルの比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行なわれる。被験物質と接触させない対照細胞の増殖および/または生存は、被験物質と接触させた細胞の増殖および/または生存の測定に対し、事前に測定した値であっても、同時に測定した値であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した値であることが好ましい。比較の結果、被験物質と接触させた当該細胞の増殖および/または生存が抑制された場合に、当該被験物質が該細胞の増殖および/または生存を抑制すると決定することができる。軟寒天コロニー形成アッセイ等を用いたコロニー形成能アッセイにより、該細胞のがん細胞としての増殖および/または生存を測定してもよい。
【0048】
本発明のスクリーニング方法において、工程(3)では、工程(2)において該細胞の増殖および/または生存を阻害すると決定された被験物質をがん治療剤として選択する。
【0049】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例0050】
<転移性胃がんの悪性腹水からの腫瘍細胞の精製、および対応する細胞株の樹立>
転移性胃がんを有する106例の患者から、悪性腹水試料を得た。悪性腹水試料は、国立がん研究センター中央病院(日本、東京)または要町病院(日本、東京)において、腹水ろ過濃縮再静注法の変法を受けた患者から得た。末梢血検体の一部は、国立がん研究センターバイオバンクから得た。すべてのケースについて、胃腺がんと病理診断された。病理診断に基づいて、ローレン分類決定を行った。4つのがん検体については、マッチする末梢血試料が得られず、別の4つのがん検体は高いマイクロサテライト不安定性を示したため、これらの検体についてはゲノム解析から除いた。
【0051】
全腹水を、室温において1500rpmで5分間の遠心分離に供してペレット化させ、溶血バッファー(0.75%のNHClおよび17mMのTris-HCl、pH 7.65)で10分間処理した。後のゲノム解析に使用する精製がん細胞を得るために、CD45マイクロビーズ(ミルテニーバイオテク)を用いてCD45造血細胞を除去するか、またはCD326(EpCAM)マイクロビーズ(ミルテニーバイオテク)を用いてEpCAM陽性細胞を選択することにより、全腹水細胞をMACS LSカラム(ミルテニーバイオテク)上で精製した。76例の患者の腹水から腫瘍細胞を精製した。これらの患者からは、末梢血単核細胞(PBMNC)も得た。
【0052】
さらに59例の患者の悪性腹水から胃がん細胞株を樹立した。全腹水細胞を、10%ウシ胎児血清(FBS)およびペニシリン/ストレプトマイシンを含むRPMI 1640培地(すべてサーモフィッシャー)中で一週間培養し、その後、10%FBSおよびペニシリン/ストレプトマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)(サーモフィッシャー)に培養培地を交換して、リンパ球の混入を除去した。必要に応じて、細胞を0.05%トリプシン-EDTA(サーモフィッシャー)で短時間処理して、線維芽細胞または中皮細胞を除去した。細胞コロニーを同定した後、10%FBSおよびペニシリン/ストレプトマイシンを含むRPMI 1640培地に細胞を移して培養した。すべての細胞株は、シーケンシングおよびショートタンデムリピート比較(プロメガ)による認証を行った。これらの患者の内37例から精製がん細胞を得た。
<DNA抽出および全ゲノムシーケンシング>
腹水由来の76例の精製胃がん細胞、59例の患者由来細胞株、および98例の対応する対になった正常末梢血単核球試料から、QIAamp DNA Mini Kit(キアゲン)を用いてゲノムDNAを精製した。TruSeq DNA PCR-free Library Preparation Kit(イルミナ)を使用してDNAライブラリを調製した。NovaSeq 6000(イルミナ)を使用して、両端からの150bpの全ゲノムシーケンシング(WGS)(Paired-end read)を実施した。平均カバレッジはそれぞれ、109×、34.8×、および57.7×であった。
<RNA抽出およびRNAシーケンシング>
腹水由来の70例の精製胃がん細胞および59例の患者由来細胞株から、ISOGEN(ニッポンジーン)を用いて全RNAを抽出した。NEBNext rRNA Depletion Kit(ニューイングランドバイオラボ)を用いてリボソームRNAを除去した。Bioanalyzer(アジレントテクノロジーズ)またはTapeStation(アジレントテクノロジーズ)のいずれかを用いて、RNAの品質を評価した。高いRNA integrity numberを有するRNAを、NEBNext Ultra Directional RNA Library Prep Kit(ニューイングランドバイオラボ)を用いたRNA-seqに供した。調製したRNA-seqライブラリを、HiSeq2500(イルミナ)における両端からの120bpの次世代シーケンシング(Paired-end read)に供した。
<トランスクリプトームシーケンシング、発現解析、および有効遺伝子の検出>
RNA-seqデータによる発現プロファイリングのために、TopHat2およびCufflinksを使用して、paired-end readをhg19ヒトゲノムアセンブリに対してアラインメントし、定量化した。クラスタリング解析のために、ログ変換発現量をウォード法による階層クラスタリング解析に供した。GENCODE transcripts(バージョン34)を用いて、長鎖ノンコーディングRNAの発現を参照として算出した。遺伝子融合は、deFuse pipelineを用いて検出した。
<精製がん細胞および対応する細胞株の評価>
WGS試験から算出された腹水由来精製がん細胞における腫瘍含有率は高い純度を有することが確認され(76.8%±18.5%、mean±s.d.)、クローン性解析により、これらの腫瘍細胞がほぼ1つの主要なクローンを含むかまたは少数のサブクローンを含むことが明らかになった。この結果は、転移性固形がんについての同様のクローン性研究の結果と一致する。ウイルスゲノム配列検査に基づくと、本コホートにおける腫瘍細胞のいずれもエプスタイン・バールウイルス(EBV)感染陽性ではなかった。
【0053】
腫瘍細胞および対応する細胞株のペアワイズ解析により、体細胞変異に関して、後者は前者に非常に近い特徴を継承していることが示された。遺伝子発現量もまた、それぞれのケースにおいて正に相関していて、相関係数は0.70±0.19(mean±s.d.)であった。変異およびトランスクリプトームプロファイルにおける少数の明確な不一致が観察されたが、これは近年の研究においていくつかのケースで指摘されたように、おそらく腹水由来腫瘍細胞の不均質性によるものと考えられる。しかし、重要なことには、FGFR2、MET、およびKRASを含む受容体チロシンキナーゼ(RTK)-RAS経路遺伝子の増幅、ならびにEML4-ALKおよびARHGAP融合遺伝子のような発がん性融合遺伝子は、ほぼすべてのケースにおいて、精製腫瘍細胞とその細胞株の間で保存されていた。
<膵臓がんの悪性腹水からの腫瘍細胞の精製、および対応する細胞株の樹立、RNAシーケンシング>
上記胃がんからの腫瘍細胞の精製および対応する細胞株の樹立と同様の方法で、60例の膵臓がん患者由来の腹水から腫瘍細胞を精製し、対応する細胞株を樹立した。樹立した60例の膵臓がん細胞株について、上記と同様の方法でRNAシーケンシングを行った。
<薬剤スクリーニング>
細胞は、384ウェルプレートに、10μLの体積で播種した。一晩インキュベートした後、細胞を固定用量の薬剤で処理し、96時間インキュベートした:アレクチニブ(セレック、70nM)、カプマチニブ(セレック、10nM)、インフィグラチニブ(セレック、5nM)、オシメルチニブ(セレック、10nM)、ネラチニブ(セレック、120nM)、ビニメチニブ(セレック、50nM)、およびK-975(協和キリン株式会社、200nM)。薬剤処理の終わりに、20μLのCellTiter-Glo 2.0試薬(プロメガ)を各ウェルに加え、室温で10分間インキュベートしたと、Synergy H1(バイオテク)によって、蛍光シグナルを測定して、細胞生存率を決定した。少なくとも3回の独立した実験からのデータを使用した。薬剤相乗効果の定量解析のためには、CompuSynソフトウェア(http://www.combosyn.com)を使用して相乗効果を計算した。
<ルシフェラーゼを発現する患者由来細胞株の確立>
Lenti-X 293T細胞は、タカラバイオ社より購入した。レンチウイルス粒子を得るために、pLL-CMV-rFLuc-T2A-GFP-mPGK-Puro(システムバイオサイエンシズ)を、Mission Lentiviral Packaging Mix(シグマ)と共に、Lenti-X 293T細胞にトランスフェクションによって導入した。48時間後にウイルス上清を回収し、レンチウイルスベクターを患者由来細胞株に感染させた。ピューロマイシン(サーモフィッシャー)の存在下における培養を介して、感染細胞を選択した。
<動物実験>
ルシフェラーゼを発現する患者由来細胞株(5×10~5×10/マウス)を、6週齢の雌のC.B-17 SCIDマウス(チャールズリバー)に腹膜内注入した。生体蛍光シグナル強度を使用して、異なる時点における腫瘍量をモニターした。簡単には、マウスを麻酔した後、ホタルルシフェラーゼ基質D-ルシフェリン(富士フイルム和光純薬)を腹膜内注入し、IVIS-200 in vivoイメージングシステム(パーキンエルマー)を使用して、非侵襲的に画像化した。生体蛍光シグナル強度を評価することによって、腹膜転移の生着を確認した後、核実験についてマウスをランダムに2群に分けた。以下の薬剤を示す通り経口的に適用した:インフィグラチニブ(セレック、15mg/kg/日、1日1回)、カプマチニブ(セレック、10mg/kg/日、1日2回)、アレクチニブ(セレック、15mg/kg/日、1日1回)、およびK-975(協和キリン株式会社、300mg/kg/日)。
【0054】
マウスを解剖した後、D-ルシフェリン(富士フイルム和光純薬)を腹膜組織に添加し、FUSION FX(エムエス機器)を使用して画像を取得した。
<統計>
統計解析は、R演算環境(バージョン3.6.1)を使用して実施した。数値変数の群間比較は、ノンパラメトリック手法(ウィルコクソンの順位和検定、両側検定)を使用して行った。異なる群におけるカテゴリカル変数の分布の比較は、両側のフィッシャーの正確確率検定を使用して実施した。機能的アッセイについては、両側のウェルチのt検定によって統計的有意性を評価した。生存曲線は、カプラン-マイヤー法によって作成し、ログランク検定によって比較した。
<59例の胃がん細胞株のRNAシーケンシングによる遺伝子発現解析>
遺伝子発現プロファイルに基づき、59例の胃がん細胞株は、教師無し階層クラスタリングによって、2つの別個のクラスターに分けられた(図1)。これら2つの群の間で、もっとも発現の差異が大きい遺伝子セットは、EMTに関するものだった(図2)。その後、遺伝子オントロジー用語(Gene Ontology (GO) term)「epithelial mesenchymal transition」(上皮間葉転換)に属する200の遺伝子の発現プロファイルに従って、59例の細胞株をクラスタリングした。その結果、活性化したEMTを有する群(EMT群)および活性化したEMTを有さない群(非EMT群)の2つの群に分かれた(図3A図3B)。アジアがん研究グループ(The Asian Cancer Research Group、ACRG)は以前、EMT遺伝子活性化を伴う胃がん患者群が最も予後が悪いことを示した。同様に、がんゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas,TCGA)からの胃がんコホートにおいて、同じ200の遺伝子についてクラスタリング解析を行ったところ、EMT遺伝子の発現が活性化しているクラスターが同定された。このTCGAコホートにおいて、活性化したEMTを有するクラスターは他のクラスター(12%)と比較して、高い割合(58%)のびまん性胃がん(DGC)を含んでいて、EMTクラスターの患者の予後は、他のクラスターの患者の予後よりも悪い傾向があった(P=0.07)。
【0055】
また、EMT群の患者由来胃がん細胞株およびそれらが由来する腹水から生成された腫瘍細胞においては、TGF-βシグナル伝達に関与するいくつかの遺伝子の発現量が、非EMT群と比較して上昇していた(図3C)。
<EMT群における活性化したHippo経路>
上記59例の胃がん細胞株のEMT群および非EMT群の間で遺伝子セット濃縮解析(GSEA)を行ったところ、遺伝子セット「YAP_CONSERVED_SIGNATURE」および「GO_HIPPO_SIGNALING」がEMT群において濃縮されていた(表1、図4)。
【0056】
【表1】
Hippo(ヒトにおけるMST1/2)は下流のYAP(ヒトにおけるYAP1)、TAZ(ヒトにおけるWWTR1)、およびTEAD1/2/3/4転写因子を介して、細胞増殖や臓器サイズを制御し、これらはEMTプログラムと機能的に相互作用することが知られている。TEAD1遺伝子、TEAD2遺伝子、TEAD4遺伝子、およびWWTR1遺伝子が、EMT細胞株において有意に過剰発現していた(図5)。同様のプロファイルが、精製腫瘍細胞においても観察された。精製腫瘍細胞および対応する細胞株におけるTEAD1遺伝子、WWTR1遺伝子、およびYAP1遺伝子の発現量には正の相関があった。これらHippo経路遺伝子の発現量は、SMAD3遺伝子の発現量と相関していた。
【0057】
TEAD1、SMAD3、およびリン酸化SMAD3のタンパク質の発現量は、EMT群の細胞株において上昇していた(図6)。これらのタンパク質の発現量は、精製腫瘍細胞のEMT群においても上昇していた。SMAD3およびTEAD1タンパク質の上方制御は、EMT群の腫瘍原発巣組織においても観察された(図7)。
【0058】
本発明者らは、原発性胃がんのTCGAコホートにおいても、高いEMT遺伝子発現を有するクラスターにおいて、Hippo経路遺伝子の発現レベルが有意に上昇していることを明らかにした。
【0059】
本発明者らはまた、がん細胞株エンサイクロペディア(CCLE)における発現プロファイルから、SMAD3の発現量およびYAP/TEAD経路に関与する遺伝子の発現量が、胃がん細胞株を含むすべてのがん細胞株において比例していることを明らかにした。これらの結果と一致して、CTGF遺伝子、CYR61遺伝子、およびDKK1遺伝子のようなYAP/TAZ/TEADの標的遺伝子の転写が、今回樹立した細胞株のEMT群において活性化していた。
<遺伝子異常に基づく分子標的治療>
今回のコホートにおいて、RTK経路が遺伝子変異の影響を強く受けていた(65%)ため、6つの分子標的薬、すなわちFGFR阻害剤、MET阻害剤、ALK阻害剤、EGFR阻害剤、ERBB2阻害剤、およびMEK1/2阻害剤を使用して、これらによる治療が、44例の胃がん細胞株の増殖抑制をもたらすかどうかについて検討した(図8)。
【0060】
FGFR2遺伝子およびMET遺伝子阻害の有効性は、少数の例外をのぞき、ほとんどすべての細胞株において、各遺伝子の発現量とほぼ比例していた。遺伝子増幅を伴う細胞株において、これらの遺伝子の高発現が観察された。同様に、EGFR阻害は、EGFR遺伝子増幅を伴う細胞株においてのみ有効だった。ALK阻害は、EML4-ALK融合遺伝子を有する2例の患者についてのみ有効だった。これらの証拠は、高レベルの遺伝子増幅またはRTK融合遺伝子が、腹膜転移を伴う胃がんのための、対応する標的薬剤のための信頼性の高いバイオマーカーとなり得ることを示唆している。しかし、ERBB2の阻害は、ERBB2遺伝子増幅を伴う細胞の増殖抑制をもたらさなかった。
<EMT群におけるTEAD阻害>
EMTを伴う胃がんは不良な予後と関連していることから、治療抵抗性を克服するための治療戦略を検討した。今回のコホートにおいて、MET遺伝子増幅をEMT群における有効な標的とすることができた(図9)。CCLEにおけるCRISPR-Cas機能喪失スクリーンを解析したところ、SMAD3遺伝子の発現量およびYAP/TEAD経路の遺伝子の発現量は比例しているにも関わらず、胃がんおよび他のがんの両方の細胞株が、SMAD3遺伝子よりもYAP/TEAD経路の遺伝子に依存していることが明らかになった(図10)。したがって、EMT群の胃がんの治療における、TEAD経路の薬学的阻害の可能性について探索した。
【0061】
K-975は、YAP/TAZおよびTEAD間のタンパク質-タンパク質相互作用を妨害する低分子TEAD阻害剤である(Kaneda, A. et al. The novel potent TEAD inhibitor, K-975, inhibits YAP1/TAZ-TEAD protein-protein interactions and exerts an anti-tumor effect on malignant pleural mesothelioma. Am J Cancer Res 10, 4399-4415 (2020))。K-975を胃がん細胞株に投与したところ、YAP/TAZ/TEAD標的遺伝子(CTGF遺伝子、CYR61遺伝子、およびDKK1遺伝子)の発現が減少した。in vitro増殖抑制効果は、TEAD1遺伝子の発現量に比例していた(図11)。in vivo腹膜転移モデルにおいて、K-975の経口投与は、有意な腫瘍抑制をもたらし、その結果、偽処置と比較して、有意な全生存率の改善をもたらした(全生存率中央値、56日 対 109日、P=0.03)(図12)。
【0062】
YAP/TEAD経路の活性化は、RTKおよびMEK1/2阻害に対する耐性と関連していることが知られており、その耐性のメカニズムの1つは、抗アポトーシスシグナル伝達の上方制御、たとえばBCL-xL(BCL2L1遺伝子にコードされる)の上方制御である。実際、GSEAにより、アポトーシスに関連する遺伝子が高発現していることがあきらかになり(表1)、そしてBCL2L1遺伝子は、EMT群の細胞株において有意に上方制御されていた。
<60例の膵臓がん細胞株のRNAシーケンシングによる遺伝子発現解析>
上記59例の胃がん細胞株のRNAシーケンシングによる遺伝子発現解析と同様の手法で、60例の膵臓がん細胞株のRNAシーケンシングによる遺伝子発現解析を行った。EMT関連の上記200遺伝子によるクラスタリングを行った結果を、胃がん細胞株および膵臓がん細胞株の両方について図13に示す。胃がんの半数、膵臓がんのほとんどの症例においてEMT経路が活性化していることを見出した。
<膵臓がん細胞株におけるHippo経路遺伝子の発現>
上記胃がん細胞株と同様の手法で、膵臓がん細胞株についてもHippo経路遺伝子の発現解析を行った結果を、胃がん細胞株および膵臓がん細胞株の両方について図14に示す。細胞分化に重要な経路であるHippo経路に関わる遺伝子、特にTEAD1遺伝子の発現の上昇を、EMT活性をもつ胃がん、膵臓がんの双方で認めた。
<胃がん細胞株および膵臓がん細胞株におけるMEK阻害剤への耐性に対するTEAD阻害の効果>
胃がん、膵臓がんではMAPキナーゼ経路が活性化していることが知られており、MEK阻害剤の有効性が臨床的にも探索されているが、EMT経路の活性化はMEK阻害に対する耐性との関係が知られている。今回樹立した胃がん細胞株でもMEK阻害はEMT経路活性群において有意に耐性であった(図15a)。そこで、EMT経路活性化群におけるMEK阻害剤への耐性をTEAD阻害が改善するかを検討したところ、胃がんのEMT経路活性化群においては、TEAD1高発現の症例において二剤併用投与での相乗的な有効性を認めた(図15b)。非EMT経路活性群ではこのような効果は認めなかった。また、全体的にTEAD1が高発現、かつEMT遺伝子が活性化している膵臓がんにおいても二剤併用投与での相乗的な有効性を認めた(図15c)。
【0063】
本発明は、化学療法抵抗性であり予後不良なEMT活性を特徴とする胃がんや膵臓がんを含む難治性がんに対する有効的な治療法につながると考えられる。
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15