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特開2024-123281SARS-CoV-2由来のT細胞エピトープペプチド
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123281
(43)【公開日】2024-09-11
(54)【発明の名称】SARS-CoV-2由来のT細胞エピトープペプチド
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/50 20060101AFI20240904BHJP
   C07K 14/165 20060101ALI20240904BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20240904BHJP
   C07K 14/74 20060101ALI20240904BHJP
   C12N 5/0783 20100101ALI20240904BHJP
   C07K 7/06 20060101ALI20240904BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20240904BHJP
   A61K 39/215 20060101ALI20240904BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20240904BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20240904BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20240904BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240904BHJP
【FI】
C12N15/50
C07K14/165 ZNA
C12N15/63 Z
C07K14/74
C12N5/0783
C07K7/06
C12Q1/04
A61K39/215
A61K48/00
A61P31/14
A61P37/04
A61P43/00 107
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021086285
(22)【出願日】2021-05-21
(71)【出願人】
【識別番号】307014555
【氏名又は名称】北海道公立大学法人 札幌医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】505210115
【氏名又は名称】国立大学法人旭川医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】390004097
【氏名又は名称】株式会社医学生物学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鳥越 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】廣橋 良彦
(72)【発明者】
【氏名】小林 博也
(72)【発明者】
【氏名】大栗 敬幸
(72)【発明者】
【氏名】矢島 優己
(72)【発明者】
【氏名】古市 華菜
(72)【発明者】
【氏名】李 棟梁
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
4C084
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QQ79
4B063QQ96
4B063QR48
4B063QS12
4B063QS32
4B063QS38
4B065AA94X
4B065AC20
4B065BA21
4B065BB19
4B065CA44
4C084AA13
4C084MA66
4C084NA14
4C084ZB02
4C084ZB05
4C084ZB09
4C084ZB22
4C084ZB33
4C084ZC41
4C085AA03
4C085BA71
4C085BB18
4C085CC08
4C085CC32
4C085DD62
4C085EE01
4C085GG01
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA15
4H045CA01
4H045DA86
4H045EA31
4H045FA20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】SARS-CoV-2に対する細胞性免疫の誘導を可能とする抗原ペプチドを提供する。
【解決手段】特定のアミノ酸配列における連続した少なくとも5アミノ酸を含み、かつ細胞傷害性T細胞及び/又はヘルパーT細胞の誘導活性を有する、ペプチド。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SARS-CoV-2由来のエピトープペプチドであって、
配列番号:52に記載のアミノ酸配列における連続した少なくとも5アミノ酸を含み、かつ細胞傷害性T細胞及び/又はヘルパーT細胞の誘導活性を有する、ペプチド。
【請求項2】
下記ペプチド群から選択される少なくとも1のペプチドを含む、請求項1に記載のエピトープペプチド:
(1)配列番号:7に記載のアミノ酸配列を含み、HLA-A24拘束性細胞傷害性T細胞の誘導活性を有するペプチド
(2)配列番号:38~43及び46のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列を含み、HLA-DR53拘束性ヘルパーT細胞の誘導活性を有するペプチド
(3)配列番号:29~33及び47のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列を含み、HLA-DP2拘束性ヘルパーT細胞の誘導活性を有するペプチド
(4)配列番号:53に記載のアミノ酸配列を含み、HLA-DR15拘束性ヘルパーT細胞の誘導活性を有するペプチド。
【請求項3】
配列番号:19、48~50、54及び55のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列を含むペプチドである、請求項1又は2に記載のエピトープペプチド。
【請求項4】
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドをコードする核酸。
【請求項5】
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドをコードする核酸を含有する発現ベクター。
【請求項6】
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドを有効成分として含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するためのワクチン。
【請求項7】
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドをコードする核酸を有効成分として含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するためのワクチン。
【請求項8】
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドとHLA分子との複合体を表面上に提示する抗原提示細胞を有効成分として含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するためのワクチン。
【請求項9】
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドとHLA分子との複合体又は該複合体の多量体。
【請求項10】
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチド又は該ペプチドとHLA分子との複合体を表面上に提示する抗原提示細胞により、単核球を刺激して得られるT細胞を含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するための受動免疫療法剤。
【請求項11】
請求項9に記載の複合体又は該複合体の多量体と、単核球とを反応させ、前記複合体又は前記多量体にT細胞が結合した結合体を形成させ、該結合体から単離して得られるT細胞を含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するための受動免疫療法剤。
【請求項12】
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチド又は該ペプチドとHLA分子との複合体を表面上に提示する抗原提示細胞により、単核球を刺激してT細胞を取得する工程を含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するための受動免疫療法剤の製造方法。
【請求項13】
請求項9に記載の複合体又は該複合体の多量体と、単核球とを反応させ、前記複合体又は前記多量体にT細胞が結合した結合体を形成させ、該結合体からT細胞を単離する工程を含む、SARS-CoV-2感染症を治療するための受動免疫療法剤の製造方法。
【請求項14】
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドと単核球とを培地中で接触させ、T細胞を誘導することを特徴とする、SARS-CoV-2を標的とするT細胞を誘導する方法。
【請求項15】
請求項1~3のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドを含む、SARS-CoV-2を標的とするT細胞の誘導するためのキット。
【請求項16】
請求項9に記載の複合体又は該複合体の多量体と、被検試料とを反応させる工程を含む、当該試料中のSARS-CoV-2に特異的なT細胞を検出する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SARS-CoV-2由来のT細胞エピトープペプチドに関し、より詳しくは、SARS-CoV-2 スパイクタンパクに由来し、細胞傷害性T細胞及び/又はヘルパーT細胞の誘導活性を有する、抗原性のペプチドに関する。本発明はまた、前記ペプチドをコードする核酸及び当該核酸を含有する発現ベクターに関する。さらに、本発明は、前記ペプチド等を有効成分として含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するためのワクチンに関する。また、本発明は、前記ペプチド等を用いたSARS-CoV-2感染症を治療又は予防するための受動免疫療法剤の製造方法、及びそれによって製造された受動免疫療法剤に関する。さらにまた、前記ペプチド等を用いたT細胞の誘導方法、及びそれに用いるキットに関する。また、本発明は、前記ペプチドとHLA分子との複合体又は該複合体の多量体に関し、さらに、当該複合体又はその多量体を用いた、SARS-CoV-2に特異的なT細胞を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2019年12月に発生した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)は、その後わずか数ヶ月程度の間に世界中に伝播し、各国にて恐ろしい記録の更新が続いており、感染拡大に歯止めがかからない状況である。より大きな被害を及ぼすとされる更なるパンデミックの波も懸念される中、COVID-19に対する有効かつ安全なワクチンの開発が強く求められている。
【0003】
現在世界で開発進行中のCOVID-19ワクチンの殆どが、ウイルスに対する中和抗体、すなわち液性免疫の誘導を標的とするものである。しかし、ウイルス感染に対する獲得(特異的)免疫反応は、液性免疫だけではなく細胞性免疫も極めて重要であり、それぞれ役割が異なる。
【0004】
SARS-CoV-2は、スパイク(S)タンパクを介して感染するため、Sタンパクに対する中和抗体は感染防御に働くと考えられる。しかしながら、細胞内に感染したウイルスに対して抗体は無力であり、ウイルス感染細胞を殺傷できる細胞性免疫、すなわち細胞傷害性T細胞がその役割を担う。さらに、抗体及び細胞傷害性T細胞の誘導には、ヘルパーT細胞が重要な働きを果たす。
【0005】
ウイルス感染に対する細胞性免疫について、より具体的に説明すると、その免疫に関与する重要な細胞に、細胞表面タンパク質であるCD8を発現しているT細胞(CD8+T細胞)と、細胞表面タンパク質であるCD4を発現しているT細胞(CD4+T細胞)とがある。CD8+T細胞は、活性化された場合、HLAクラス1分子に結合するウイルス由来の抗原を提示している細胞を溶解するT細胞(細胞傷害性T細胞、CTL)である。CD4+T細胞はサイトカインを分泌するヘルパー(Th)細胞であって、HLAクラス2分子によりウイルス由来の抗原を提示するマクロファージ、樹状細胞等により活性化され、CD8+T細胞の誘導及び維持のためのヘルパー機能を発揮する。また、Th細胞は分泌するサイトカインの種類によってTh1細胞(IFN-γ等を産生する細胞)及びTh2細胞(インターロイキン-4等を産生する細胞)等に分類されることが知られており、各細胞の役割も解明されつつある。
【0006】
こと、COVID-19病勢制御においても、かかる細胞性免疫の重要性が明らかになりつつある。例えば、COVID-19重症患者では、SARS-CoV-2に対する抗体価が高いことが報告されている(非特許文献1)。さらに、重症患者では末梢血T細胞の減少がみられることも報告されている(非特許文献2)。逆に、無症候SARS-CoV-2感染者又は軽症COVID-19患者では、COVID-19重症患者と比較して、SARS-CoV-2に対する高い細胞性免疫応答がみられることが報告されている(非特許文献3)。
【0007】
これらの結果から、COVID-19病勢制御に、液性免疫より細胞性免疫が重要である可能性が示唆され、細胞性免疫を誘導可能なワクチン等の開発が、SARS-CoV-2防御において重要な戦略となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Nisreen M A Okbaら、Emerg Infect Dis.、2020年7月、26巻、7号、1478~1488ページ
【非特許文献2】Cong-Ying Songら、「COVID-19 early warning score:a multi-parameter screening tool to identify highly suspected patients.」、Preprint from medRxiv、2020年3月8日
【非特許文献3】Takuya Sekineら、Cell、2020年10月1日、183巻、1号、158‐164.e14
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、SARS-CoV-2に対する細胞性免疫の誘導を可能とする抗原ペプチドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記目的を達成すべく、先ず、SARS-CoV-2のSタンパクを対象とし、当該ウイルス特異的な細胞傷害性T細胞(CTL)を誘導し得る抗原ペプチドの同定を試みた。その結果、Sタンパク 448~456位の9アミノ酸からなるペプチド(NYN 9merペプチド、アミノ酸配列:NYNYLYRLF、配列番号:7)は、HLAクラス1分子(HLA-A*24及びβ2-ミクログロブリン)と複合体を形成し得ることが明らかになった。さらに、当該エピトープペプチドは、末梢血単核球より当該ペプチド特異的CTLを誘導し、また当該CTLを増幅し得ることも明らかにした。
【0011】
さらに、本発明者らは、鋭意研究を進めた結果、前記9アミノ酸からなるCTL誘導性エピトープペプチドを含む、Sタンパク 448~477位の30アミノ酸からなるペプチド(NYN 30merペプチド、アミノ酸配列:NYNYLYRLFRKSNLKPFERDISTEIYQAGS、配列番号:19)は、ヘルパーT(Th)細胞を誘導する活性も有していることを明らかにした。また、HLA-DR53拘束性のTh細胞は、Sタンパク 461~470位の10アミノ酸からなるペプチド(LKPFERDIST、配列番号:46)によって誘導される一方で、HLA-DP2拘束性のTh細胞は、Sタンパク 451~461位の11アミノ酸からなるペプチド(YLYRLFRKSNL、配列番号:47)によって誘導されることも明らかにした。
【0012】
さらに、本発明者らは、SARS-CoV-2の変異株(N501Y)のSタンパク 489~513位の25アミノ酸からなるペプチド(N501Y 25merペプチド、アミノ酸配列:YFPLQSYGFQPTYGVGYQPYRVVVL、配列番号:51)が、HLA-DR15拘束性のTh細胞を誘導する活性も有していることを明らかにした。
【0013】
このように、NYN 30merペプチド及びN501Y 25merペプチドを含む、SARS-CoV-2のSタンパク 448~513位の66アミノ酸からなるペプチド(配列番号:52)は、由来及び種類の異なるT細胞(少なくとも、HLA-A*24拘束性CTL、HLA-DR53拘束性Th細胞、HLA-DP2拘束性Th細胞、HLA-DR15拘束性Th細胞)を刺激し、SARS-CoV-2に対する免疫応答を誘導し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、SARS-CoV-2 Sタンパクに由来し、細胞傷害性T細胞及び/又はヘルパーT細胞の誘導活性を有する、抗原性のペプチドに関し、より具体的には以下に関する。
<1> SARS-CoV-2由来のエピトープペプチドであって、
配列番号:52に記載のアミノ酸配列における連続した少なくとも5アミノ酸を含み、かつ細胞傷害性T細胞及び/又はヘルパーT細胞の誘導活性を有する、ペプチド。
<2> 下記ペプチド群から選択される少なくとも1のペプチドを含む、<1>に記載のエピトープペプチド:
(1)配列番号:7に記載のアミノ酸配列を含み、HLA-A24拘束性細胞傷害性T細胞の誘導活性を有するペプチド
(2)配列番号:38~43及び46のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列を含み、HLA-DR53拘束性ヘルパーT細胞の誘導活性を有するペプチド
(3)配列番号:29~33及び47のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列を含み、HLA-DP2拘束性ヘルパーT細胞の誘導活性を有するペプチド
(4)配列番号:53に記載のアミノ酸配列を含み、HLA-DR15拘束性ヘルパーT細胞の誘導活性を有するペプチド。
<3> 配列番号:19、48~50、54及び55のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列を含むペプチドである、<1>又は<2>に記載のエピトープペプチド。
<4> <1>~<3>のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドをコードする核酸。
<5> <1>~<3>のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドをコードする核酸を含有する発現ベクター。
<6> <1>~<3>のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドを有効成分として含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するためのワクチン。
<7> <1>~<3>のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドをコードする核酸を有効成分として含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するためのワクチン。
<8> <1>~<3>のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドとHLA分子との複合体を表面上に提示する抗原提示細胞を有効成分として含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するためのワクチン。
<9> <1>~<3>のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドとHLA分子との複合体又は該複合体の多量体。
<10> <1>~<3>のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチド又は該ペプチドとHLA分子との複合体を表面上に提示する抗原提示細胞により、単核球を刺激して得られるT細胞を含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するための受動免疫療法剤。
<11> <9>に記載の複合体又は該複合体の多量体と、単核球とを反応させ、前記複合体又は前記多量体にT細胞が結合した結合体を形成させ、該結合体から単離して得られるT細胞を含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するための受動免疫療法剤。
<12> <1>~<3>のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチド又は該ペプチドとHLA分子との複合体を表面上に提示する抗原提示細胞により、単核球を刺激してT細胞を取得する工程を含む、SARS-CoV-2感染症を治療又は予防するための受動免疫療法剤の製造方法。
<13> <9>に記載の複合体又は該複合体の多量体と、単核球とを反応させ、前記複合体又は前記多量体にT細胞が結合した結合体を形成させ、該結合体からT細胞を単離する工程を含む、SARS-CoV-2感染症を治療するための受動免疫療法剤の製造方法。
<14> <1>~<3>のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドと単核球とを培地中で接触させ、T細胞を誘導することを特徴とする、SARS-CoV-2を標的とするT細胞を誘導する方法。
<15> <1>~<3>のうちのいずれか一項に記載のエピトープペプチドを含む、SARS-CoV-2を標的とするT細胞の誘導するためのキット。
<16> <9>に記載の複合体又は該複合体の多量体と、被検試料とを反応させる工程を含む、当該試料中のSARS-CoV-2に特異的なT細胞を検出する方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、SARS-CoV-2を標的とする細胞傷害性T細胞及び/又はヘルパーT細胞を誘導し、当該ウイルスの感染症の治療又は予防を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】HLA-モノマー形成が認められる場合の代表的なゲル濾過カラム分析例を示す図である。
図2】SARS-CoV-2抗原由来候補ペプチドのフォールディングテスト結果を示すグラフである。
図3】HLA-テトラマー調製におけるペプチド交換反応をフローサイトメーターで解析した結果を示す図である。
図4】SARS-CoV-2抗原由来候補ペプチドのペプチド交換率を示すグラフである。
図5】ドナーから採取したサンプルからペプチドと共培養して誘導したCTLのIFN-γの産生能を、ELISPOTで解析した結果を示す図である。図中、「Y」及び「H」は、各々異なるドナー由来から採取したサンプルであることを示す。
図6】NYN 9merペプチドと共培養した際に誘導したCTLとHLA-テトラマー試薬との反応を、フローサイトメーターで解析した結果を示す図である。
図7】QYI 9merペプチド(SARS-CoV-2のSタンパク 1208~1216位の9アミノ酸からなるペプチド、アミノ酸配列:QYIKWPWYI、配列番号:15)と共培養した際に誘導したCTLとHLA-テトラマー試薬との反応を、フローサイトメーターで解析した結果を示す図である。
図8】NYN 9merペプチドと共培養した際に誘導したCTLを、単クローン化して増幅した後に、IFN-γの産生能をELISPOTで解析した結果を示す図である。
図9】Mini geneを発現させた293T細胞又は293T/HLA-A*24+細胞に対する、CTLクローンのIFN-γ産生能を、ELISPOTで解析した結果を示す図である。
図10】ドナーから採取したサンプルからNYN 30merペプチドで誘導したTh細胞株の、IFN-γ及びGranzyme Bの産生能を、フローサイトメーターで解析した結果を示す図である。
図11】抗HLA-DR抗体存在下、NYN 30merペプチドで誘導したTh細胞株のIFN-γ及びGM-CSFの産生能を、ELISAで解析した結果を示す図である。
図12】HLA-DR-4、9、及び53の遺伝子が各々導入されたマウス由来線維芽細胞株に対する、NYN 30merペプチドで誘導したTh細胞株のIFN-γ及びGM-CSF産生能を、ELISAキットで解析した結果を示す図である。図中、各試験群において、左側がNYN 30merペプチド非存在下での培養結果(control)を示し、右側がNYN 30merペプチド存在下での培養結果(+peptide)を示す。
図13】ドナーから採取したサンプルからNYN 30merペプチドで誘導したTh細胞株のIFN-γ及びGranzyme Bの産生能を、フローサイトメーターで解析した結果を示す図である。
図14】抗HLA-class I抗体、抗HLA-DP抗体、抗HLA-DQ抗体、又は抗HLA-DR抗体の存在下、NYN 30merペプチドで誘導したTh細胞株のIFN-γ及びGM-CSFの産生能を、ELISAキットで解析した結果を示す図である。
図15】NYN 30merペプチドで誘導したTh細胞株とHLA-DPB1*02:01又はHLA-DPB1*05:01を保持するLCL細胞との共培養における、IFN-γ及びGM-CSFの産生能を、ELISAキットで解析した結果を示す図である。
図16A】NYN 30merペプチドで誘導したTh細胞株(HLA-DR53拘束性Th細胞(DR53-HK36))を当該ペプチド由来の断片化ペプチドで刺激培養し、IFN-γ及びGM-CSFの産生能をELISAで解析した結果を示す図である。
図16B】NYN 30merペプチドで誘導したDR53-HK36を当該ペプチド由来のオーバーラップペプチドで刺激培養し、IFN-γ産生能をELISAで解析した結果を示す図である。
図17A】NYN 30merペプチドで誘導したTh細胞株(HLA-DPB1*02:01拘束性のTh細胞(DP2-HK13))を当該ペプチド由来の断片化ペプチドで刺激培養し、IFN-γ及びGM-CSFの産生能をELISAで解析した結果を示す図である。
図17B】NYN 30merペプチドで誘導したDP2-HK13を当該ペプチド由来のオーバーラップペプチドで刺激培養し、IFN-γ産生能をELISAで解析した結果を示す図である。
図18】ドナーから採取したサンプルからN501Y 25merペプチドで誘導したTh細胞株の、IFN-γ及びGranzyme Bの産生能を、フローサイトメーターで解析した結果を示す図である。
図19】抗HLA-DR抗体存在下、N501Y 25merペプチドで誘導したTh細胞株のIFN-γの産生能を、ELISAで解析した結果を示す図である。
図20】HLA-DR4、15、及び53の遺伝子が導入されたマウス由来線維芽細胞株に対する、N501Y 25merペプチドで誘導したTh細胞株のIFN-γ産生能をELISAキットで解析した結果を示す図である。図中、各試験群において、左側がN501Y 25merペプチド非存在下での培養結果(control)を示し、右側がN501Y 25merペプチド存在下での培養結果(+peptide)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
〔エピトープペプチド〕
後述の実施例において示すとおり、SARS-CoV-2のスパイク(S)タンパク 448~513位の66アミノ酸からなるペプチド(NYN 66merペプチド、アミノ酸配列:NYNYLYRLFRKSNLKPFERDISTEIYQAGSTPCNGVEGFNCYFPLQSYGFQPTXGVGYQPYRVVVL、XはN(アスパラギン)又はY(チロシン)を表す、配列番号:52)は、由来及び種類の異なるT細胞を刺激し、SARS-CoV-2に対する免疫応答を誘導し得る。
【0018】
したがって、本発明は、配列番号:52に記載のアミノ酸配列における連続した少なくとも5アミノ酸を含み、かつ細胞傷害性T細胞及び/又はヘルパーT細胞の誘導活性を有する、ペプチドを提供する。
【0019】
本発明において「細胞傷害性T細胞」とは、「CTL」又は「キラーT細胞」とも称する細胞であり、細胞表面蛋白質であるCD8を発現しているT細胞(CD8陽性T細胞、CD8+T細胞)であって、HLAクラス1分子を介して提示された抗原を認識して活性化した場合、同抗原を有する細胞に傷害を与え得る細胞である。なお、かかる細胞傷害性活性は、免疫チェックポイント機構が抑制(解除)された状況下にて発揮し得る細胞も、本発明にかかる細胞傷害性T細胞に含まれる。
【0020】
「HLAクラス1分子」とは、ヒト由来の主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスI分子を意味し、通常、α鎖及びβ2ミクログロブリンの複合体である。なお、後述のMHC-モノマー等に用いられる場合には、α鎖はその細胞外領域のみであってもよい。また、HLAクラス1分子のα鎖は、例えば、HLA-A遺伝子座、HLA-B遺伝子座又はHLA-C遺伝子座にコードされているα鎖が挙げられる。
【0021】
「HLA-A」は、例えば、HLA-A24(HLA-A*24:02、HLA-A*24:04、HLA-A*24:08、HLA-A*24:20等)、HLA-A2(HLA-A*02:03、HLA-A*02:06、HLA-A*02:07、HLA-A*02:10、HLA-A*02:18等)、HLA-A11(HLA-A*11:01、HLA-A*11:02等)、HLA-A26(HLA-A*26:01、HLA-A*26:02、HLA-A*26:03、HLA-A*26:04、HLA-A*26:05、HLA-A*26:06等)のアリルが挙げられる。
【0022】
「HLA-B」は、例えば、HLA-B13(HLA-B*13:01、HLA-B*13:02等)、HLA-B15(HLA-B*15:01、HLA-B*15:02、HLA-B*15:07、HLA-B*15:11、HLA-B*15:18、HLA-B*15:27等)、HLA-B39(HLA-B*39:01、HLA-B*39:02、HLA-B*39:04等)、HLA-B40(HLA-B*40:02、HLA-B*40:03、HLA-B*40:06等)のアリルが挙げられる。
【0023】
「HLA-C」は、例えば、HLA-C01(HLA-Cw*01:02、HLA-Cw*02:02等)、HLA-C03(HLA-Cw*03:02、HLA-Cw*03:03、HLA-Cw*03:07等)、HLA-C04(HLA-Cw*04:01等)、HLA-C05(HLA-Cw*05:01等)、HLA-C08(HLA-Cw*08:01)等のアリルが挙げられる。
【0024】
「ヘルパーT細胞」とは、「Th細胞」とも称する細胞であり、細胞表面蛋白質であるCD4を発現しているT細胞(CD4陽性T細胞、CD4+T細胞)であって、HLAクラス2分子を介して提示された抗原を認識して活性化した場合、細胞性免疫に関する他の免疫細胞(例えば、CTL、マクロファージ)の活性化及び/又は刺激を助けるために様々なサイトカイン(IFN-γ等)等を分泌し、他の細胞の活性化、機能の行使等を助ける細胞であり、より具体的には、Th1細胞、Th2細胞、Th17細胞、Th0細胞が挙げられる。
【0025】
「HLAクラス2分子」とは、ヒト由来のMHCクラス2分子を意味し、通常、α鎖及びβ鎖の複合体である。なお、後述のMHC-モノマー等に用いられる場合には、α鎖及び/又はβ鎖はそれらの細胞外領域のみであってもよい。また、HLAクラス2分子のα鎖は、例えば、HLA-DPA遺伝子座、HLA-DQA遺伝子座又はHLA-DRA遺伝子座にコードされているα鎖が挙げられる。HLAクラス2分子のβ鎖は、例えば、HLA-DPB遺伝子座、HLA-DQB遺伝子座又はHLA-DRB遺伝子座にコードされているβ鎖が挙げられる。
【0026】
「HLA-DR」は、例えば、HLA-DR1、HLA-DR2、HLA-DR3、HLA-DR4、HLA-DR5、HLA-DR6、HLA-DR7、HLA-DR8、HLA-DR9、HLA-DR10、HLA-DR11、HLA-DR12、HLA-DR13、HLA-DR14、HLA-DR15、HLA-DR52、HLA-DR53が挙げられる。例えば、α鎖としてHLA-DRA1等のHLA-DRAと、β鎖としてHLA-DRB1、HLA-DRB3、HLA-DRB4又はHLA-DRB5等のHLA-DRBとを含む分子が挙げられる。より具体的には、α鎖として、HLA-DRA1*01等のアリル、β鎖として、HLA-DRB1*01、HLA-DRB1*03、HLA-DRB1*04、HLA-DRB1*07、HLA-DRB1*08、HLA-DRB1*09、HLA-DRB1*10、HLA-DRB1*11、HLA-DRB1*12、HLA-DRB1*13、HLA-DRB1*14、HLA-DRB1*15、HLA-DRB1*16、HLA-DRB3*01、HLA-DRB4*01、HLA-DRB5*01等のアリルが挙げられる。
【0027】
「HLA-DP」は、例えば、HLA-DP1、HLA-DP2、HLA-DP3、HLA-DP4、HLA-DP5が挙げられる。例えば、α鎖としてHLA-DPA1等のHLA-DPAと、β鎖としてHLA-DPB1等のHLA-DPBとを含む分子が挙げられる。より具体的には、α鎖として、HLA-DPA1*01、HLA-DPA1*02、HLA-DPA1*03、HLA-DPA1*04等、β鎖として、HLA-DPB1*02、HLA-DPB1*04、HLA-DPB1*05、HLA-DPB1*09等のアリルが挙げられる。
【0028】
「HLA-DQ」は、例えば、HLA-DQ1、HLA-DQ2、HLA-DQ3、H
LA-DQ4、HLA-DQ5、HLA-DQ6、HLA-DQ7、HLA-DQ8が挙げられる。例えば、α鎖としてHLA-DQA1等のHLA-DQAと、β鎖としてHLA-DQB1等のHLA-DQBとを含む分子が挙げられる。より具体的には、α鎖として、HLA-DQA1*01、HLA-DQA1*02、HLA-DQA1*03、HLA-DQA1*04、HLA-DQA1*05、HLA-DQA1*06、β鎖として、例えば、HLA-DQB1*02、HLA-DQB1*03、HLA-DQB1*04、HLA-DQB1*05、HLA-DQB1*06等のアリルが挙げられる。
【0029】
「ペプチド」は、隣接するアミノ酸残基のα-アミノ基とカルボキシル基間のペプチド結合により相互に結合した分子鎖を意味する。ペプチドは特定長のものを意味するものではなく、種々の長さであり得る。すなわち、所謂ポリペプチド、オリゴペプチド、タンパク質も含まれる。また、無電荷又は塩の形態であってもよく、さらに、ペプチドを構成する「アミノ酸」は、天然型であってもよく、非天然型であってもよく、アナログ(アミノ酸のN-アシル化物、O-アシル化物、エステル化物、酸アミド化物、アルキル化物等)であってもよい。また、アミノ酸の側鎖は、化学的に修飾(糖鎖付加、脂質付加、アセチル化、リン酸化、ユビキチン化等)が施されているものであってもよい。さらに、ポリペプチドのアミノ末端や遊離のアミノ基には、ホルミル基、アセチル基、t-ブトキシカルボニル(t-Boc)基等が結合していてもよく、本発明のペプチドのカルボニル末端や遊離のカルボキシル基には、メチル基、エチル基、t-ブチル基、ベンジル基等が結合していてもよい。
【0030】
「エピトープペプチド」とは、細胞傷害性T細胞及び/又はヘルパーT細胞の増殖、分化及び/又は活性化を誘導する活性を有する抗原ペプチドを意味する。なお、ペプチドがかかる誘導活性を有するか否かは、後述のとおり、「(2)エピトープペプチド特異的CTLの検出」、「(3)エピトープペプチド特異的Th細胞の検出」に記載の方法等を用い、当業者であれば適宜判断することができる。
【0031】
本発明において、エピトープペプチドは、配列番号:52に記載のアミノ酸配列から選択される、連続した少なくとも5アミノ酸を含み、かつ前記活性を有する限り、特に制限はないが、細胞傷害性T細胞を誘導する活性を有するペプチド(キラーエピトープ)としては、通常5~30アミノ酸であり、好ましくは6~25アミノ酸であり、より好ましくは8~20アミノ酸であり、特に好ましくは9アミノ酸である。ヘルパーT細胞を誘導する活性を有するペプチド(ヘルパーエピトープ)としては、通常5~30アミノ酸であり、好ましくは6~25アミノ酸であり、より好ましくは9~20アミノ酸であり、特に好ましくは10~11アミノ酸である。
【0032】
このような活性を有し得るエピトープペプチドのアミノ酸配列は、コンピュータープログラムを利用した分析によって推測することができる。キラーエピトープのアミノ酸配列は、NetMHCcons(http://www.cbs.dtu.dk/services/NetMHCcons)、BIMAS(http://bimas.dcrt.nih.gov/molbio/hla_bind/)、SVMHC(http://www.sbc.su.se/svmhc/)、PREDEP(http://bioinfo.md.huji.ac.il/marg/Teppred/mhc-bind/)、NetMHC(http://www.cbs.dtu.dk/services/NetMHC/)、PREDICT(http://sdmc.krdl.org.sg:8080/predict/)、LpPep(http://reiner.bu.edu/zhiping/lppep.html)等のコンピュータープログラムによって推測することができる。ヘルパーエピトープのアミノ酸配列は、MHC-THREAD(http://www.csd.abdn.ac.uk/~gjlk/MHC-Thread/)、EpiPredict(http://www.epipredict.de/index.html)、HLA-DR4 binding(http://www-dcs.nci.nih.gov/branches/surgery/sbprog.html)、ProPred(http://www.imtech.res.in/raghava/propred/)等のコンピュータープログラムによって推測することができる。また、SYFPEITHI(http://syfpeithi.bmi-heidelberg.com/Scripts/MHCServer.dll/EpiPredict.htm)、RankPep(http://www.mifoundation.org/Tools/rankpep.html)等のコンピュータープログラムによって、キラーエピトープ及びヘルパーエピトープのアミノ酸配列を推測することもできる。
【0033】
よって、本発明においては、SARS-CoV-2のスパイク(S)タンパク 448~513位の66アミノ酸からなるアミノ酸配列(配列番号:52)におけるエピトープペプチドを推測し得る。前記Sタンパクの配列は、GENBANK:QHD43416.1によって特定されるアミノ酸配列であり、アイソフォームの報告はない。しかしながら、ウイルス由来のタンパク質は、それをコードするDNA配列は天然において変異し得る。したがって、前記典型的なアミノ酸配列を有するもの以外に、天然においてアミノ酸が変異したものも存在しうることを理解されたい。
【0034】
また、以上のようにして推測されるエピトープペプチド(候補ペプチド)が、前記活性を奏せるか否かは、例えば、後述の実施例に示すように、以下の分析(1)~(4)等を行うことにより評価することができる。
【0035】
(1)フォールディングテスト
HLA分子(HLAクラス1分子又はHLAクラス2分子)と、候補ペプチドとを試験管内の適切な溶液(フォールディング溶液)中で混合すると、HLA分子と前記ペプチドとの結合力が高ければ、当該溶液中では、これら分子の会合反応はスムーズに進行し、複合体(以下、MHC-モノマーとも称する)が形成される。そして、このMHC-モノマーは、ゲル濾過カラム等で分析することによって検出することができる。一方、HLA分子と候補ペプチドとの結合力が無い場合は、MHC-モノマーは殆ど検出されない。したがって、フォールディング溶液を経時的に分析することで、又は熱処理等を行うことで、HLA分子と候補ペプチドの結合性と安定性とを検証することが可能である。
【0036】
(2)エピトープペプチド特異的CTLの検出
ヒト(例えば、健常人)から分離した末梢血単核球(peripheral blood mononuclear cells;PBMC)を適切な培地に浮遊させ、これに候補ペプチドを単独にて、または数種類の候補ペプチドを混合して加え、当該ペプチドとIL-2による刺激を繰り返し与えながらCTLを誘導する。
【0037】
(3)エピトープペプチド特異的Th細胞の検出
ヒト(例えば、健常人)から分離したPBMCから、浮遊細胞を除去することにより樹状細胞(付着細胞)を調製する。また別途、同一のヒトからFicoll-Paqueの密度勾配遠心法又は磁気細胞分離システム等によりCD4陽性T細胞を調製する。次に、前記樹状細胞に候補ペプチドを添加して培養した後、この樹状細胞と前記CD4陽性T細胞とを混合培養する。その後、CD4陽性T細胞を回収し、候補ペプチドと培養した樹状細胞で同様に繰り返し刺激し、Th細胞を誘導する。
【0038】
そして、このようにして誘導したCTL又はTh細胞が、候補ペプチドに対して特異性があるかどうかの検討は、例えば、後述のMHC-多量体法等を用いて判定することができ、後述のMHC-多量体で染色可能なCTL又はTh細胞が検出された場合、使用した候補ペプチドは、CTL又はTh細胞を誘導する活性を有するエピトープペプチドであると同定する事が可能である。
【0039】
また、候補ペプチドが、刺激に反応してCTL又はTh細胞が活性化(誘導)されたことは、CTL又はTh細胞の増殖活性や、CTL又はTh細胞によるサイトカイン産生活性測定することによって分析することができる。
【0040】
(4)培養細胞株を用いた検討
プロテアソームによるタンパク質分解で生じたペプチド断片はTAP(transporter associated with antigen processing)分子により小胞体内腔へと導かれ、HLA分子に結合し、細胞膜表面へ輸送される。このTAP分子を欠損した、TAP遺伝子欠損細胞株は、内在性タンパク質の分解産物であるペプチド断片を細胞膜表面に発現できない。また、代表的なTAP遺伝子欠損細胞株であるヒトリンパ芽球様細胞株T2、あるいはT2にHLA分子を遺伝子導入した細胞株(T2-A11)のHLA分子は、細胞膜表面上での発現が非常に不安定である。しかし、外部から供給したペプチドと結合した場合、HLA分子は細胞膜表面上で安定化する。この性質を利用して、TAP遺伝子欠損細胞株は、HLA分子と外部から供給したペプチドの結合性を検証する実験に使用することが可能である。具体的には、TAP遺伝子欠損細胞株と改変ペプチドを混合培養後、抗HLA抗体で染色し、フローサイトメトリーでHLA分子の発現強度の変化を算出することで、目的とするHLA分子と候補ペプチドとの結合性を検討できる。TAP遺伝子欠損細胞株が発現するHLA分子に添加した候補ペプチドが結合した場合、HLA分子と候補ペプチドの複合体は細胞膜表面上で安定化し、抗HLA抗体で染色した場合、HLA分子の発現増強が観察される。一方、添加した候補ペプチドがHLA分子と結合性を示さない場合は、細胞膜表面上のHLA分子は不安定であり、抗HLA抗体で染色してもHLA分子の発現増強は確認されない。この様な方法を用いて、候補ペプチドのHLA分子への結合性を検証することが可能である。
【0041】
そして、本発明においてこのようにして同定された、キラーエピトープとしては、配列番号:7に記載のアミノ酸配列を含む、HLA-A24拘束性キラーT細胞の誘導活性を有するペプチドが挙げられる。また、ヘルパーエピトープとしては、配列番号:38~43及び46のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列(好ましくは、配列番号:46に記載のアミノ酸配列)を含む、HLA-DR53拘束性ヘルパーT細胞の誘導活性を有するペプチド、配列番号:29~33及び47のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列(好ましくは、配列番号:47に記載のアミノ酸配列)を含む、HLA-DP2拘束性ヘルパーT細胞の誘導活性を有するペプチド、配列番号:53に記載のアミノ酸配列を含む、HLA-DR15拘束性ヘルパーT細胞の誘導活性を有するペプチドが挙げられる。
【0042】
また、下記表1に示すとおり、これら4種の中から複数種のエピトープペプチドを含むことにより、由来及び/又は種類の異なるT細胞を誘導できるという観点から、本発明のエピトープペプチドとして、配列番号:19、48~50、54及び55のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列を含むペプチドが好適な例として挙げられる。なお、表1中、XはN(アスパラギン)又はY(チロシン)を表す。
【0043】
【表1】
【0044】
また、本発明においては、このようなエピトープペプチドが2種以上、直接又は適宜スペーサーを介して連結してなる融合ペプチドの形態をとり得る。このような融合ペプチドであっても、後述の実施例に示すとおり、抗原提示細胞内にてプロセシングを受け、生じたエピトープペプチドが当該細胞に提示され、各種T細胞を誘導し得る。
【0045】
スペーサーとしては、抗原提示細胞内におけるプロセシングに影響を及ぼさないものであれば特に限定されないが、通常、各々のエピトープペプチドとペプチド結合で連結されるリンカーであり、例えば、いくつかのアミノ酸が連結したペプチドリンカーや、両端にアミノ基及びカルボキシル基を有するリンカーが挙げられる。具体的には、グリシンリンカー、PEG(ポリエチレングリコール)リンカーが挙げられる。グリシンリンカーとしては、ポリグリシン(例えば、グリシン6個からなるペプチド;CancerSci,vol.103,p150-153)等が挙げられる。PEGリンカーとしては、PEGの両端にアミノ基及びカルボキシ基を有する化合物由来のリンカーが挙げられる(例えば、HN-(CH-(OCHCH-COOH;Angew.Chem.Int.Ed.2008,47,7551-7556)。
【0046】
本発明の融合ペプチドにおいては、同一のエピトープペプチドが複数個連結されていてもよいし、複数の異なるエピトープペプチドが連結されたものであってもよい。当然ながら、2種以上のエピトープペプチドが選択される場合であっても、選択されたエピトープペプチドのうちの1種又は2種以上が複数個連結されてもよい。
【0047】
また、本発明の融合ペプチドにおいては、本発明のエピトープペプチド(すなわち、配列番号:52に記載のアミノ酸配列における連続した少なくとも5アミノ酸を含み、T細胞の誘導活性を有する、エピトープペプチド)以外のエピトープペプチドを含んでいてもよい。かかるエピトープペプチドとしては、特に制限はなく、SARS-CoV-2を対象とするものであってもよく、また異なるウイルスを対象とするものであってもよい。かかる本発明のエピトープペプチド以外のエピトープペプチドとしては、例えば、後述の実施例に示す、QYI 9merペプチド(SARS-CoV-2のSタンパク 1208~1216位の9アミノ酸からなるペプチド、アミノ酸配列:QYIKWPWYI、配列番号:15)が挙げられる。また、本発明のエピトープペプチド以外のエピトープペプチドについても、同様に複数種及び/又はは複数個のエピトープペプチドが連結されてよい。
【0048】
本発明の融合ペプチドにおいて連結するエピトープペプチドの数としては、特に制限はないが、例えば、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個以上(11個、12個、13個、14個、15個等)が挙げられる。また、その長さとしては、少なくとも10アミノ酸、少なくとも15アミノ酸、少なくとも20アミノ酸、少なくとも25アミノ酸、少なくとも30アミノ酸、少なくとも40アミノ酸、少なくとも50アミノ酸であって、また500アミノ酸以内、450アミノ酸以内、400アミノ酸以内、350アミノ酸以内、300アミノ酸以内、250アミノ酸以内、200アミノ酸以内、150アミノ酸以内、100アミノ酸以内である。
【0049】
また、本発明のエピトープペプチドは、上述の活性を保持している限り、例えば、配列番号:52、7、38~43、46、29~33、47、53、19、48~50、54及び55のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加及び/又は挿入されている、ペプチドも本発明に含まれる。アミノ酸配列の置換、欠失、挿入又は付加は、好ましくは10アミノ酸以内(例えば、9アミノ酸以内、8アミノ酸以内、7アミノ酸以内、6アミノ酸以内)、より好ましくは5アミノ酸以内(例えば、4アミノ酸以内、3アミノ酸以内、2アミノ酸以内)、さらに好ましくは1アミノ酸である。
【0050】
また、このようなアミノ酸の改変目的としては、例えば、
1.HLAとの親和性を高める為の変更(Rosenberg SA et al,Nat Med.1998;4:321-327、Berzofsky JA et al,Nat Rev Immunol.2001;1:209-219)、
2.TCRの認識性を向上させる為の変更(Fong L et al,Proc Natl Acad Sci USA.2001;98:8809-8814、Rivoltini L et al,Cancer Res. 1999;59:301-306)、
3.血清中のペプチド分解酵素等による代謝を回避する為の変更(Berzofsky JA et al,Nat Rev Immunol.2001;1:209-219、Parmiani G et al,J Natl Cancer Inst.2002;94:805-818、Brinckerhoff LH et al,Int J Cancer.1999;83:326-334)等が挙げられる。
【0051】
なお、このようにしてアミノ酸配列を改変したエピトープペプチドが、各種活性を保持しているかは、当業者であれば、上述の候補ペプチド同様に、フォールディングテスト、エピトープペプチド特異的T細胞の検出、培養細胞株を用いた検討等によって評価することができる。
【0052】
また、上述の目的の為にペプチドのN末端又はC末端に付加的アミノ酸配列が介在するものも含まれる。さらに、本発明のエピトープペプチドは、糖類、ポリエチレングリコール、脂質等が付加された複合体、放射性同位元素等による誘導体、あるいは重合体等の形態として用いることができる。
【0053】
また、HLA分子とエピトープペプチドとの複合体を細胞表面に提示する細胞を、T細胞が特異的に認識できる範囲内であれば、本発明のエピトープペプチドのN末端や遊離のアミノ基には、ホルミル基、アセチル基、t-Boc基等が結合していてもよく、抗原ペプチドのC末端や遊離のカルボキシル基には、メチル基、エチル基、t-ブチル基、ベンジル基等が結合していてもよい。
【0054】
また、本発明のエピトープペプチドは、生体内への導入を容易にしうる各種修飾を施されたものであってもよい。生体内への導入を容易にしうる各種修飾の例としては、PT(Protein Transduction)ドメインが有名である。HIVのPTドメインは、Tatタンパク質の49~57番目のアミノ酸(RKKRRQRRR、配列番号:62)で構成されたペプチドである。このPTドメインを目的とするタンパク質あるいはペプチドのN末端とC末端の両方、またはいずれかに付加することで、容易に細胞内に導入できることが報告されている(Ryu J et al,Mol Cells.2003;16:385-391、Kim DT et al,J Immunol.1997;159:1666-1668)。
【0055】
HLA分子を介して提示される殆どの抗原は、細胞質内のプロテアソームにより分解された後、TAP(transporter in antigen processing)へと移送され、粗面小胞体内においてTAPに会合しているHLA分子と結合し、ゴルジ装置を経てエクソサイトーシスにより細胞表面へと運搬される。したがって、これら一連の抗原提示経路にて作用するシャペロンであるHSP(heat shock prtein)70やHSP90、またはgp96と目的とするペプチドやタンパク質を融合させることで、効率的に抗原提示させることが可能である(Basu S et al,Immunity.2001;14:303-313)。
【0056】
また、本発明のエピトープペプチドには、タンパク質の分離精製に有用な精製用タグ(Hisタグ等)や、タンパク質の検出に有用なマーカータンパク質(GFP等)の様な機能性タンパク質がさらに付加されていたり、またビオチン等の標識化合物が付加されていてもよい。
【0057】
本発明のエピトープペプチドは、当業者であれば、公知の製造方法を適宜用いて調製することができる。かかる公知の製造方法としては、例えば、化学的合成、抗原となるタンパク質(SARS-CoV-2由来Sタンパク)の分解、組換えDNA技術を用いた合成が挙げられる。化学的合成方法の場合、エピトープペプチドは、例えば、ベンジルオキシカルボニル基(Cbz)、tert-ブトキシカルボニル基(Boc)、フルオレニルメトキシカルボニル基(Fmoc)等の保護基を用いた公知の有機化学的合成法(固相ペプチド合成法等)により製造できる。また、市販の化学合成装置(例えば、アプライドバイオシステムズ社のペプチド合成装置)による合成によっても調製することができる。抗原となるタンパク質の分解による場合、エピトープペプチドは、例えば、当該タンパク質を、プロテアーゼ、ペプチダーゼ等の公知のタンパク質分解酵素で分解することにより製造できる。前記タンパク質の分解条件は、例えば、そのタンパク質の種類、前記タンパク質分解酵素の基質特異性等に応じて適宜設定できる。組換えDNA技術を用いる場合、エピトープペプチドは、例えば、当該エピトープペプチドをコードする核酸を含む発現ベクターを作製する。そして、この発現ベクターを用いた前記エピトープペプチドの発現系により当該エピトープペプチドを合成し、それを回収(単離、精製等)することにより調製できる。前記発現系は、例えば、前記発現ベクターを宿主に導入することで調製することができる。前記宿主は、例えば、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、細菌等の公知の宿主が挙げられる。また、前記組換えDNA技術を用いる場合、エピトープペプチドは、例えば、エピトープペプチドをコードする核酸と、公知の無細胞翻訳系とを用いて作製してもよい。そして、前記無細胞翻訳系により、前記核酸から翻訳されたエピトープペプチドを回収することにより製造できる。
【0058】
〔MHC-モノマー及びその多量体〕
後述の実施例に示すとおり、SARS-CoV-2を標的とするT細胞の誘導、及びT細胞を定量化する上で、本発明のエピトープぺプチドとHLA分子とからなる複合体、及び当該複合体の多量体は、有用である。また、エピトープペプチドのHLA分子への結合性を評価する上でも、有用である。よって、本発明は、本発明のエピトープぺプチドとHLA分子とからなる複合体、及びその多量体(MHC-モノマー、及びその多量体)も提供する。なお、HLA分子(HLAクラス1分子及びHLAクラス2分子)については、上述のとおりである。
【0059】
本発明のエピトープペプチドを含む、MHC-モノマー及びその多量体は、例えば、公知の方法(US Patent Number 5,635,363、French Application Number FR9911133)により調製することができる。より具体的には、タンパク質発現用の遺伝子組換え宿主から精製したHLA分子と、本発明のエピトープペプチドとの複合体であるMHC-モノマーをフォールディング溶液内で形成させる。ここで、HLA分子のC末端には予めビオチン結合部位を付加しておき、MHC-モノマー形成後この部位にビオチンを付加する。市販の色素標識されたストレプトアビジンとビオチン化MHC-モノマーを所望のモル比(例えば、四量体を形成する場合は、1:4)で混合することによってMHC-多量体を製造することができる。
【0060】
なお、本発明において、MHC-多量体を形成するMHC-モノマーの数としては特に制限はないが、通常2~10であり、好ましくは4~8であり、より好ましくは4(MHCテトラマー試薬)又は5(MHCペンタマー試薬)であり、特に好ましくは4である。
【0061】
また、MHC-多量体と細胞表面タンパク質に対する抗体(例えば、CD62L、CCR7やCD45RA等に対する抗体)と組み合わせて用いることで、CTLの分化段階を調べることができる(Seder RA et al,Nat Immunol.2003;4:835-842)。あるいは細胞内サイトカイン染色法と組み合わせることで、CTLの機能性評価に用いることも可能である。
【0062】
このように特異的なT細胞が認識し得るエピトープペプチドを同定し、MHC-多量体を製造すれば、特異的なT細胞の定量と定性が可能になり、診断情報を得る上で多大な貢献が可能になる。すなわち、本発明は、本発明のMHC-モノマー又はMHC-多量体と、被検試料とを反応させる工程を含む、当該試料中のSARS-COV-2に特異的なT細胞を検出する方法をも提供する。
【0063】
本発明において「被検試料」とは、特に制限はないが、例えば、SARS-COV-2感染者、SARS-COV-2感染が疑われる者等から分離した、末梢血、Blood(全血)、PBMC、TIL(Tumor-infiltrating lymphocytes:腫瘍組織浸潤性リンパ球)が挙げられる。
【0064】
また「検出」は、本発明のMHC-モノマー又はMHC-多量体と結合したT細胞(CTL、Th細胞、TCR遺伝子導入細胞)を、標識色素によって染色することにより、または標識色素が付加された本発明のMHC-モノマー又はMHC-多量体を用いることにより、フローサイトメーター、顕微鏡等を用いて行なうことができる。
【0065】
〔エピトープペプチドをコードする核酸等〕
本発明には、本発明のエピトープペプチドをコードする核酸、又は当該核酸を含有する発現ベクターも含まれる。
【0066】
本発明のエピトープペプチドをコードする核酸は、遺伝子組換え技術を用いて、当該エピトープペプチドを宿主内で産生させる為に重要である。この場合、宿主間でアミノ酸コドンの使用頻度(codon usage)が異なる為、産生させる宿主のcodon usageに適合するようアミノ酸コドンを変更することが望ましい。
【0067】
また、本発明のエピトープペプチドをコードする核酸は、後述のとおり、遺伝子ワクチンとしても重要で、むき出しの核酸として移送することも、適切なウイルス又は細菌ベクターを用いて移送することもできる(Berzofsky JA et al,J Clin Invest.2004;114:450-462、Berzofsky JA et al,J Clin Invest. 2004;113:1515-1525)。適切な細菌ベクターとしては、例えばサルモネラ属亜種の細菌由来のベクターが挙げられる。適切なウイルスベクターとしては、例えば、レトロウイルスベクター、EBVベクター、ワクシニアベクター、センダイウイルスベクター、レンチウイルスベクターである。適切なワクシニアベクターの1例は、改変ワクシニア・アンカラベクターである。
【0068】
また、本発明のベクターの好ましい態様としては、本発明のエピトープペプチドを発現し得るベクターを例示することができる。該ベクターは、通常、プロモーターの下流に本発明の核酸が機能的に連結された構造のDNA構築物を担持するベクターである。また、プロモーターの他に、ターミネーター、エンハンサー、ポリアデニル化シグナル配列、複製起点配列(ori)等の調節配列も有していてもよい。本発明の発現ベクターにおいて、これら調節配列の配置は特に制限されないが、当業者であれば適切に調整し、配置することができる。
【0069】
〔能動免疫ワクチン〕
本発明において「ワクチン」とは、SARS-CoV-2の感染、発症、重症化等のいずれかを抑制できるものであれば、特に制限はなく、例えば、以下に説明する、ペプチドワクチン、抗原提示細胞を利用したワクチン、遺伝子ワクチンの態様をとり得る。
【0070】
ペプチドワクチン
本発明のエピトープペプチドは、能動免疫療法においてペプチドワクチンとして用いることができる。すなわち、本発明のエピトープペプチドを含んでなるワクチンを患者に投与し、当該ペプチドとHLA分子との複合体を認識するT細胞を体内で増殖させ、SARS-CoV-2感染症の治療及び予防に役立てることができる。
【0071】
使用するエピトープペプチドは1種のみの使用であっても、あるいはワクチンの使用目的に応じて2種以上(例えば、3種以上、4種以上、5種以上、6種以上、7種以上、8種以上、9種以上、10種以上)のエピトープペプチドを混合して用いることができる。また上述のとおり、エピトープペプチドを連結して融合ペプチドの形態にて使用することもできる。
【0072】
抗原提示細胞を利用したワクチン
本発明のエピトープペプチドが提示された抗原提示細胞は、能動免疫療法においてワクチンとして用いることができる。「抗原提示細胞」とは、例えば、樹状細胞、B細胞、マクロファージ、ある種のT細胞等を意味するが、該ペプチドが結合し得るHLA分子をその細胞表面上に発現する細胞であって、T細胞を誘導する活性を有するものを意味する。
【0073】
「エピトープペプチドが提示された抗原提示細胞」とは、
1.適当な培養液中で、抗原提示細胞とエピトープペプチドを、例えば30分から1時間混合して調製したエピトープペプチドパルス抗原提示細胞
2.エピトープペプチドをコードする核酸を用い、遺伝子導入等で抗原提示細胞にエピトープペプチドを提示させた細胞
3.人工的に調製した抗原提示能を有する人工抗原提示細胞
を意味する。「人工的に調製した抗原提示能を有する人工抗原提示細胞」とは、例えば脂質二重膜やプラスティックあるいはラテックス等のビーズに、HLA分子とエピトープペプチドとの複合体を固定し、T細胞を刺激し得るCD80、CD83やCD86等の共刺激分子を固定するか、若しくは、共刺激分子と結合するT細胞側のリガンドであるCD28等に対してアゴニスティックに作用する抗体等を固定することで調製可能である(Oelke Mら,Nat Med.2003;9:619-624、Walter Sら,J Immunol.2003;171:4974-4978、Oosten LEら,Blood 2004;104:224-226)。
【0074】
遺伝子ワクチン
本発明のエピトープペプチドをコードする核酸は、能動免疫療法においてDNAワクチンや組換えウイルスベクターワクチン等に用いることができる。この場合、エピトープペプチドの核酸配列は、組換えワクチンや、組換えウイルスワクチンを産生させる宿主に適合したcodon usageに変更することが望ましい(Casimiro,D.R.et al. J.Virol.,2003;77:6305-6313、Berzofsky JA et al,J Clin Invest.2004;114:450-462)。
【0075】
また、本発明のエピトープペプチドをコードする核酸は、RNAワクチンとして用いることができる。この場合、RNAはプロタミン等のカチオン性ペプチドと複合体を形成し、RNaseから保護される態様をとり得る。また、デリバリーの観点から、脂質ナノ粒子(PEG化脂質ナノ粒子等)、リポソーム等でカプセル化する態様や、RNAウイルス(レトロウイルス、レンチウイルス、アルファウイルス、ラブドウイルス等)をウイルスベクターとして用いる態様もとり得る。Toll様受容体(TLR)との反応性や抗原ペプチドの産生という観点から、修飾核酸(シュードウリジン、1メチルシュードウリジン等)への置換を導入しうる。また、Anti-Reverse Cap Analogues(ARCA)法を用いたRNAへのCAP構造の付加、2’-Oメチルトランスフェラーゼ処理によるCap0からCap1構造への置換も、本発明の核酸(RNA)において適宜用いうる。
【0076】
〔受動免疫療法剤〕
本発明のエピトープペプチドは、受動免疫療法剤の調製に用いることができる。すなわち、本発明のエピトープペプチドを用い、下記のようにしてSARS-CoV-2を標的とするT細胞を調製し、また必要に応じて純度を高める為に精製し、さらに当該細胞をヒトアルブミン含有PBS等に懸濁させることによって、SARS-CoV-2に対する受動免疫療法剤とすることができる。
【0077】
SARS-CoV-2を標的とするT細胞は、例えば、
(1)本発明のエピトープペプチド、該ペプチドとHLA分子との複合体、該複合体の多量体、又は前記複合体を表面上に提示する抗原提示細胞により、単核球を刺激させる工程を含む方法、又は
(2)本発明のエピトープペプチドとHLA分子との複合体又は該複合体の多量体と、単核球とを反応させ、前記複合体又は前記多量体にT細胞が結合した結合体を形成させ、該結合体からT細胞を単離する工程を含む方法
によって、製造することができる。
【0078】
本発明において「単核球」とはリンパ球及び単球を意味し、例えば、末梢血単核球(PBMC)、臍帯血単核球の態様が挙げられる。
【0079】
本発明のエピトープペプチド等による単核球への「刺激」とは、例えば、単核球を培養している培地中に、本発明のエピトープペプチド等を添加することにより行うことができる。また、本発明のエピトープペプチドを固相化したプレートにて、単核球を培養することによって行ってもよい。また、利用し得る抗原提示細胞としては、本発明のエピトープペプチドが結合し得るHLAをその表面上に発現している細胞であればよく、例えば、樹状細胞、B細胞、マクロファージが挙げられる。また、本発明にかかる抗原提示細胞としては、単核球を刺激する前に、X線照射やマイトマイシン処理等により、増殖能を喪失させたものであってもよい。
【0080】
単核球を刺激する際の条件としては、単核球等の維持に好適であればよく、例えば、単核球等を維持するために利用される培地(例えば、AIM-V培地)にて、37℃、5%CO2、1~7日間にて培養することが挙げられる。また当該インキュベーションの際に、培地には、T細胞を刺激するという観点から、IL-2、IL-7、IL-15、PHA、抗CD3抗体、IFN-γ、IL-12、抗IL-4抗体又はこれらの組み合わせを培地に添加してもよい。さらに、種々のサイトカインを産生させることにより免疫応答を増強させるという観点から、ピシバニール(OK-432)、CpG DNA等のToll様受容体(TLR)のアゴニスト等を培地に添加してもよい。また、この抗原提示細胞と単核球とのインキュベーションは、受動免疫療法に必要なT細胞数を確保するため、複数回繰り返してもよい。
【0081】
また、前記複合体又は該複合体の多量体と単核球との反応の条件としては、前記刺激の際同様に、単核球等の維持に好適であればよい。また、そのように反応して形成させた結合体からのT細胞の単離については、特に制限はなく、前記複合体又は該複合体の多量体に標識物質(標識色素等)を付加し、それをセルソーター、顕微鏡等を用いて検出することにより行なうことができる。また、前記複合体又は該複合体の多量体を担体(プレート等)に固定することにより、前記反応の後、当該担体を洗浄することにより、T細胞を単離することもできる。
【0082】
さらに、後述の実施例に示すとおり、このようにして製造されたT細胞には、本発明のエピトープペプチド特異的にサイトカインを産生するCD4+T細胞(抗原特異的CD4+T細胞)及び/又は本発明のエピトープペプチド特異的にサイトカインを産生するCD8+T細胞(抗原特異的CD8+T細胞)が含まれている。かかるT細胞を精製する方法としては、例えば、本発明のエピトープペプチドを固相化した担体等を用いて分離することができる。さらに、かかるT細胞は、分泌されるサイトカインを指標として精製することもできる。すなわち、抗原特異的CD4+T細胞は、IFN-γ、IL-2、IL-4等のサイトカインを産生するので、これらに対する抗体を用いたフロサイトメトリー、アフィニティクロマトグラフィー、磁気ビーズ精製法により精製することができる。一方、抗原特異的CD8+T細胞は、IFN-γ、TNF-α等のサイトカインを産生するので、これらに対する抗体を用いたフロサイトメトリー、アフィニティクロマトグラフィー、磁気ビーズ精製法により精製することができる。
【0083】
また、かかるT細胞は、各T細胞の細胞表面に発現しているタンパク質に対する抗体を用いたフローサイトメトリー、アフィニティクロマトグラフィー、磁気ビーズ精製法により精製することができる。抗原特異的CD4+T細胞の細胞表面に発現しているタンパク質としては、CD29、CD45RA、CD45RO等が挙げられ、抗原特異的CD8+T細胞の細胞表面に発現しているタンパク質としては、CD107a、CD107b、CD63、CD69等が挙げられる。
【0084】
さらに、CTLに関しては、より具体的に、以下のような調製方法、精製方法を例示することができる。
【0085】
〔CTL調製方法〕
CTL調製方法1
PBMCと、適当な濃度の本発明のMHC-多量体を反応させる。MHC-多量体と結合したSARS-CoV-2特異的CTLは標識色素により染色されるので、セルソーター、顕微鏡等を用いて染色されたCTLのみを単離する。このようにして単離されたSARS-CoV-2特異的CTLは、抗CD3抗体、PHA、IL-2等のT細胞刺激薬剤や、X線照射あるいはマイトマイシン処理等で増殖能を損失させた抗原提示細胞で刺激増殖させ、受動免疫療法に必要な細胞数を確保する。
【0086】
CTL調製方法2
本発明のMHC-モノマー及び/又はMHC-多量体を無菌プレート等に固相化し、PBMCを当該固相化プレートで培養する。プレートに固相化されたMHC-モノマー及び/又はMHC-多量体に結合したCTLを単離するためには、結合せずに浮遊している他の細胞を洗い流した後に、プレート上に残ったCTLだけを新しい培地に懸濁する。このようにして単離されたCTLは、抗CD3抗体、PHA、IL-2等のT細胞刺激薬剤や、X線照射あるいはマイトマイシン処理等で増殖能を損失させた抗原提示細胞で刺激増殖させ、受動免疫療法に必要な細胞数を確保する。
【0087】
CTL調製方法3
本発明のMHC-モノマー及び/又はMHC-多量体と、CD80、CD83、CD86等の共刺激分子、若しくは、共刺激分子と結合するT細胞側のリガンドであるCD28に対してアゴニスティックに作用する抗体等を無菌プレート等に固相化し、PBMCを固相化プレートで培養する。そして、例えば、2日後にIL-2を培地に添加し5% CO恒温槽にて37℃で7~14日培養する。培養した細胞を回収し新たな固相化プレート上で培養を続ける。この操作を繰り返すことで受動免疫療法に必要な細胞数のCTLを確保する。
【0088】
CTL調製方法4
PBMCあるいはT細胞を本発明のエピトープペプチドで直接刺激するか、該ペプチドをパルスした抗原提示細胞、遺伝子導入した抗原提示細胞、又は人工的に調製した抗原提示能を有する人工抗原提示細胞で刺激する。そして、例えば、刺激によって誘導されたCTLを5% CO恒温槽にて37℃で7~14日培養する。エピトープペプチドとIL-2、又は抗原提示細胞とIL-2による刺激を週に1度繰り返すことで受動免疫療法に必要な細胞数のCTLを確保する。
【0089】
なお、後述の実施例において示す通り、本発明のエピトープペプチドで直接刺激する場合において、当該ペプチドとPBMCとを、培地中で接触させることが好ましく、血漿を含む培地中で接触させることがより好ましい。CTLを調製する際の培地としては特に制限はなく、公知の培地(例えば、RPMI1640培地)を適宜用いることができる。また、培地中の血漿の濃度は、1~10%であることが好ましく、3~10%であることがより好ましく、5~10%であることがさらに好ましく、長期間の培養において十分な血漿量を確保し易いという観点から、5%であることが特に好ましい。
【0090】
[CTLの精製法]
CTL調製方法において、SARS-CoV-2を標的とするCTLの割合が低い場合は、随時以下の方法を用いることで当該CTLを高純度で回収することが可能である。
【0091】
MHC-多量体による精製
本発明のMHC-モノマー及び/又はMHC-多量体と、CTL調製方法にて誘導されたCTLを反応させ、MHC-モノマー及び/又はMHC-多量体を標識している標識色素に対する抗体等を磁気標識した2次抗体を用いて分離することが可能である。このような磁気標識した2次抗体と、磁気標識細胞分離装置は、例えばDynal社やMiltenyi Biotec GmbH社から入手可能である。このようにして単離されたSARS-CoV-2を標的とするCTLは、抗CD3抗体、PHA、IL-2等のT細胞刺激薬剤で刺激増殖させ、受動免疫療法に必要な細胞数を確保する。
【0092】
分泌されるサイトカインによる精製
SARS-CoV-2を標的とするCTLが、放出するサイトカイン等を利用して、当該CTLを精製することができる。例えば、Miltenyi Biotec GmbH社から入手可能なキットを用いることで、CTLから放出されるサイトカインを細胞表面で特異抗体により捕捉し、抗サイトカイン標識抗体で染色し、続いて磁気標識した標識物質特異的な抗体で反応させた後、磁気標識細胞分離装置を用いて精製することも可能である。このようにして単離されたSARS-CoV-2を標的とするCTLは、抗CD3抗体、PHA、IL-2等のT細胞刺激薬剤で刺激増殖させ、受動免疫療法に必要な細胞数を確保する。
【0093】
細胞表面タンパク質特異的抗体を用いた精製
CTLの細胞表面では、特異的刺激により発現が増強する細胞表面タンパク質(例えばCD137、CD107a、CD107b、CD63、CD69等)が報告されている(Betts MRら,J Immunol Methods.2003;281:65-78、Trimble LAら,J Virol.2000;74:7320-7330)。このような細胞表面タンパク質に対する特異抗体を磁気標識することで、磁気分離装置等を用いてCTLを精製することが可能である。また、このような抗体に対する抗IgG抗体等を磁気標識することでも同様にCTLの精製が可能である。あるいは、これら抗体を培養用のプラスティックプレートにコートし、このプレートを用いて刺激を加えたPBMCを培養し、プレートに結合しなかった細胞集団を洗い流すことでCTLを精製することも可能である。このようにして単離されたSARS-CoV-2を標的とするCTLは、抗CD3抗体、PHA、IL-2等のT細胞刺激薬剤で刺激増殖させ、受動免疫療法に必要な細胞数を確保する(WO2008/023786 参照のほど)。
【0094】
なお、このようにして調製したCTL細胞の細胞傷害性活性は、例えば、蛍光色素CFSE(同仁化学社)で標的細胞を標識するIMMUNOCYTO Cytotoxicity Detection Kit(MBL社)や、標的細胞から放出されるLDH(乳酸脱水素酵素)を測定するCytotoxicity Detection Kit(Roche社)等を利用して測定することも可能である。また、放射性同位元素である51Crで標的細胞を標識して利用するクロムリリースアッセイにより測定することが可能である。
【0095】
[T細胞誘導キット]
本発明においては、上述の様々な方法において有用な、本発明のエピトープペプチドを含む、SARS-CoV-2を標的とする細胞傷害性T細胞の誘導するためのキットも提供される。
【0096】
かかるキットにおいては、本発明のエピトープペプチドは、MHC-モノマー、MHC-多量体、当該ペプチドが提示された抗原提示細胞の態様にて含まれていてもよい。また、本発明のエピトープペプチドの他、当該ペプチドと反応させる単核球(PBMC等)、当該ペプチドを検出するための試薬(色素、2次抗体)を、本発明のキットに含めてもよく、さらに、単核球又は誘導されたT細胞を培養するための培地、T細胞を増幅するためのT細胞刺激薬剤等を含んでいてもよい。
【0097】
[本発明のエピトープペプチド等を含む医薬組成物、及びその利用]
上述の通り、本発明のエピトープペプチド、当該ペプチドをコードする核酸、及び当該ペプチドが提示された抗原提示細胞は、SARS-CoV-2感染症に対する能動免疫療法において有用である。また、前記抗原提示細胞等によって誘導されたT細胞は、SARS-CoV-2感染症に対する受動免疫療法において有用である。したがって、本発明は、本発明のエピトープペプチド等を含む医薬組成物(薬剤)も提供する。
【0098】
本発明の医薬組成物の治療又は予防の対象となる「SARS-CoV-2感染症」とは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とも称され、SARS関連コロナウイルス(SARSr-CoV)に属するコロナウイルスであり、SARS-CoV-2(SARSコロナウイルス2、severe acute respiratory syndrome coronavirus 2)を病因とするものである。
【0099】
本発明において、「治療」には、感染症からの完全な回復のみならず、その症状を緩和又は改善し、その進行を抑制することが含まれる。「予防」には、感染の抑制若しくは遅延、又は発症の抑制若しくは遅延が含まれる。
【0100】
また、本発明の医薬組成物に含まれる細胞(抗原提示細胞、T細胞)は、各々独立して、当該組成物が投与される対象に由来するもの(自家)であってもよく、また前記対象とHLAの型が適合する同種異系の関係でもあってもよい。
【0101】
本発明の医薬組成物は、本発明のエピトープペプチド、細胞に、これらの作用を阻害しない範囲で、医薬の製剤化のために一般的に利用される種々の賦形剤や他の医薬活性成分等を含んでいてもよく、当分野において公知の方法を用いて製剤化することができる。例えば、かかる医薬組成物としては、本発明のエピトープペプチドを有効成分として含有する注射剤又は固形剤等がある。エピトープペプチドは、中性又は塩の形態で処方することができ、例えば、薬学上許容され得る塩としては、塩酸、リン酸等の無機塩、又は、酢酸、酒石酸等の有機酸が挙げられる。また、本発明の抗原提示細胞又はT細胞は、製薬上許容され、該ペプチド又は該細胞の活性と相容性を有する賦形剤、例えば、水、食塩水、デキストロース、エタノール、グリセロール、液体培地、DMSO(ジメチルスルフォキシド)、及びその他のアジュバント(例えば、水酸化アルミニウム、KLH、MPL、QS21、完全フロイントアジュバント、不完全フロイントアジュバント、リン酸アルミニウム、BCG、ミョウバン、CpG DNA等のTLRのアゴニスト)等、又はこれらの組み合わせと混合して用いることができる。さらに、必要に応じて、アルブミン、湿潤剤、乳化剤等の補助剤を添加してもよい。また、上記アジュバント以外にも、免疫増強剤として、各種サイトカイン(例えば、IL-12、IL-18、GM-CSF、IFNγ、IFNα、IFNβ、IFNω、Flt3リガンド)を添加してもよい。
【0102】
本発明の医薬組成物は、非経口投与及び経口投与により投与することができるが、一般的には非経口投与が好ましい。非経口投与としては経鼻投与や皮下注射、皮内注射、筋肉内注射、静脈内注射、患部局所注射等の注射剤、座薬等がある。また、経口投与としては、スターチ、マンニトール、ラクトース、ステアリン酸マグネシウム、セルロース等の賦形剤との混合物として調製することができる。
【0103】
本発明の医薬組成物は、SARS-CoV-2感染症の治療又は予防に用いられる公知の薬剤と併用してもよい。かかる公知の薬剤として、治療の観点からは、例えば、抗IL6抗体、副腎皮質ステロイド、抗ウイルス剤(RNAポリメラーゼ阻害剤等)が挙げられる。また予防の観点からは、例えば、他のSARS-CoV-2ウイルスワクチン、他のSARS-CoV-2RNAワクチン、他のSARS-CoV-2DNAワクチン、SARS-CoV-2タンパク質ワクチン、SARS-CoV-2弱毒ワクチンが挙げられる。さらに、インターフェロン(IFN)製剤との併用も挙げられる。
【0104】
本発明の医薬組成物は、通常ヒトを対象として使用するものだが、他の動物(種々の家畜、家禽、ペット、実験用動物等)も対象となり得る。また、本発明の医薬組成物を投与される対象としては特に制限されることなく、SARS-CoV-2感染症を罹患しているもののみならず、罹患していないもの(未感染)であってもよく、SARS-CoV-2感染症から既に回復しているものであってもよい。例えば、本発明の医薬組成物は、SARS-CoV-2感染症の症状(発熱、咳嗽、味覚異常、嗅覚異常等)が認められた時点、SARS-CoV-2感染者との濃厚接触が確認された時点において、投与され得る。
【0105】
本発明の医薬組成物は、治療上有効な量で投与する。投与される量は、治療対象、免疫系に依存し、必要とする投与量は臨床医の判断により決定される。通常、適当な投与量は、患者一人当たり、エピトープペプチドは1~100mg、当該ペプチドが提示された抗原提示細胞又はSARS-CoV-2を標的とするT細胞では10~10個の含有量とする。また、投与間隔は、対象、目的により設定することができる。
【0106】
また、免疫寛容機構によるCTLの免疫学的不応答性を解除するという観点から、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA4抗体等の免疫チェックポイント阻害剤を併用することも、必要に応じて行うこともできる。
【0107】
本発明は、このように、本発明の医薬組成物を対象に投与させることを特徴とする、対象におけるSARS-CoV-2感染症の治療又は予防するための方法をも提供する。
【0108】
本発明の医薬組成物の製品又はその説明書は、SARS-CoV-2感染症の治療又は予防に用いられる旨の表示を付したものであり得る。ここで「製品又は説明書に表示を付した」とは、製品の本体、容器、包装等に表示を付したこと、あるいは製品の情報を開示する説明書、添付文書、宣伝物、その他の印刷物等に表示を付したことを意味する。SARS-CoV-2感染症の治療又は予防に用いられる旨の表示においては、本発明のエピトープポリペプチド、該ペプチドが提示された抗原提示細胞、又は前記抗原提示細胞等によって誘導されたT細胞によって、SARS-CoV-2感染の抑制、当該ウイルス及びそれに感染した細胞の溶解等が誘導される機序についての情報を含むことができる。
【実施例0109】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、特に断りがない限り、実験方法は、例えば「免疫実験操作法」、編集:右田俊介、紺田進、本庶佑、濱岡利之、に記載の方法等、当該技術分野において通常用いられる方法を用いた。
【0110】
〔SARS-CoV-2特異的T細胞エピトープ候補ペプチドの選択〕
SARS-CoV-2特異的T細胞エピトープ候補ペプチドの選択は、スパイク(S)タンパク(GENBANK:QHD43416.1)のアミノ酸配列を対象として行なった。Sタンパクは全長1273個のアミノ酸で構成されるタンパク質であり、アイソフォームの報告はない。
【0111】
具体的には、HLA-A24分子に対して結合モチーフを有する8~10個のアミノ酸よりなるT細胞エピトープ候補ペプチドを検索し得る、インターネット上に公開されているソフトウェアに照合して実施した。その結果、下記表2に示すとおり、SARS-CoV-2のアミノ酸配列よりHLA-A24分子の結合モチーフを有する9個のアミノ酸よりなるエピトープ候補ペプチドを、合計15種類選択し、これらのペプチドを常法に従って化学合成した。
【0112】
【表2】
【0113】
また、下記表3に示すとおり、陽性コントロール用のペプチドとして、EBV LMP2抗原由来のHLA-A24拘束性エピトープペプチド(PYLFWLAAI、配列番号:16)を合成した。陰性コントロール用のペプチドとして、EBV LMP2抗原由来のHLA-A11拘束性エピトープペプチド(SSCSSCPLSK、配列番号:17)を合成した。
【0114】
【表3】
【0115】
そして、これらのエピトープペプチドを、後述の各種評価試験に供した。なお、表2及び表3において、「ペプチド名」は合成したペプチドのN末端側から3つのアミノ酸配列及び構成するアミノ酸数で示す。表2及び表3における「位置」は、SARS-CoV-2由来Sタンパク及びEBV LMP2タンパク質の各アミノ酸配列上における各々の位置を示す。表2及び表3における「スコア」は、解析に用いたNetMHCcons(http://www.cbs.dtu.dk/services/NetMHCcons)で算出されたスコアを示した。このスコアは、HLA-A*24:02とペプチドとの親和性を予測する数値で、スコアが高い程、HLAとペプチドが安定した複合体を形成する可能性があることを意味する。
【0116】
〔候補ペプチドのフォールディング試験〕
本発明者らは、表2及び表3に記載した17種類のペプチドを用いてフォールディング試験を実施した。具体的には、大腸菌発現系を利用して発現精製したHLA-A*24:02及びβ2-ミクログロブリンと、前述の各種合成ペプチドとを、フォールディング溶液に添加して混合した後、当該溶液を経時的に分取してゲル濾過カラムにて分析を行った。なお、フォールディング溶液の組成は、100mM Tris、400mM アルギニン、2mM EDTA、5mM GSH、0.5mM GSSG(Dongliang Liら、Cancer Sci.、2019年4月;110(4):1156-1168 参照)。
【0117】
ゲル濾過カラム分析では、HLA-A*24:02及びβ2-ミクログロブリンと、前記合成ペプチドとの3者複合体(HLA-モノマー)の形成が認められる場合、HLA-モノマーは原料よりも分子量が大きいため、ゲル濾過カラム分析での溶出時間が早くなる。また、HLA-モノマー形成量は、280nmの吸収波長によって得られるピーク面積から算出可能である。一方、HLA分子との結合性を有さない合成ペプチドではHLA-モノマー形成が殆ど検出されないことになる。HLA-モノマー形成が認められる場合の代表的なゲル濾過カラム分析例を図1に示す。また、各種合成ペプチドに対して実施したフォールディング経過7日後のゲル濾過カラムによる分析結果として、HLA-モノマー形成を示すピーク面積を図2に示す。
【0118】
なお、HLA分子及びβ2-ミクログロブリンは、大腸菌発現系を利用して発現精製する際に、封入体として不溶性分画を精製した後、8M尿素に可溶化させている。この点に関し、ゲル濾過カラム分析の結果では、図1に示すとおり、HLA-モノマー形成に至らないものが凝集体として7~8分に検出される。次に、HLA-モノマーのピークが10分前後に検出され、β2-ミクログロブリンは14分付近に検出される。15分以降にはフォールディング溶液の成分やペプチドが検出されることになる。
【0119】
そして、前記ゲル濾過カラム分析の結果、図2に示すとおり、SARS-CoV-2由来の候補ペプチド(配列番号:1~15)は、陰性コントロールと比較して、十分なHLA-モノマー形成、すなわちHLA分子との結合性を有することが明らかになった。
【0120】
〔HLA-テトラマー試薬の作製、及びペプチド交換率の測定〕
上記15種類の候補ペプチドを対象に、Quickswitch Quantテトラマー合成キット(MBL社)を用いてペプチド交換反応を行い、HLA-テトラマー試薬を調製した。
【0121】
簡潔に説明すると、キットに含まれるHLA-テトラマー分子には構造を維持するために低親和性のExiting peptideが結合している。そこに、Peptide Exchange Factorの存在下、目的のペプチドを加え、Exiting peptideとの交換反応を行った。そして、その4時間後に、HLA-テトラマー試薬を回収した。
【0122】
また、前記キットには、HLA上に結合しているExiting peptideを検出する抗体(FITC標識)が含まれている。前記ペプチド交換反応終了後、テトラマー分子を専用粒子に吸着させ、さらに当該抗体を反応させることによって、フローサイトメトリーによるFITC蛍光強度(MFI)を計測し、そのMFI値からペプチド交換率を算出することができる。
【0123】
図3に、代表的な測定結果として、目的のペプチドがNYNペプチドである場合の、ペプチド交換後のテトラマー分子のFITC蛍光強度及びペプチド交換前のそれと、前記専用粒子のみのFITC蛍光強度とをフローサイトメーターで解析した結果を示す。
【0124】
なお、粒子のみのサンプルでは、Exiting peptideの存在比率が0%のため、この時のペプチド交換率は100%となる。一方、ペプチド交換前のテトラマー分子におけるExiting peptideの存在比率は100%となるため、その時のペプチド交換率は0%である。MFI値を用いて検量線を引くことにより、目的のペプチドとExiting peptideとの交換率を計算することができ、ペプチドとHLAとの親和性を示すことができる。
【0125】
そして、15種類の候補ペプチドについてペプチド交換率を測定した結果、図4に示すとおり、いずれの候補ペプチドも、Exiting peptideより親和性が高く、目的とするHLA-テトラマーを調製することができた。
【0126】
なお、このようにして作製したHLA-テトラマー試薬は、例えば、A24-NYN-tetramerと略号で示すが、これは、NYN 9merペプチドを用いて作製されたHLA-テトラマー試薬であることを示す。
【0127】
〔細胞傷害性T細胞(CTL)誘導〕
HLA-A*24:02を保持しているドナー2名から末梢血を採取し、3,000rpmで5~10分間遠心処理して上清の血漿部分を除去した。血漿部分以外から、密度勾配遠心法にて末梢血単核球(PBMC)を分離した。そして、PBMC 1~3×10個を、CTL誘導用培地1~2.5mLに浮遊させた。
【0128】
なお、CTL誘導用培地として、Hepes改変RPMI1640培地(Sigma社)に2-メルカプトエタノール(最終濃度55μM)、L-グルタミン(最終濃度2mM)、抗生物質としてストレプトマイシン(最終濃度100μg/mL)及びペニシリンG(最終濃度100U/mL)、並びに5%の血漿成分を加えた培地を使用した(なお、これ以外にインスリン、トランスフェリン、亜セレン酸、ピルビン酸、ヒト血清アルブミン、非必須アミノ酸溶液等を加えてもよい)。
【0129】
前記PBMCを含むCTL誘導用培地に、配列番号:1~5に記載のアミノ酸配列から各々なるペプチドの群(グループ1)、配列番号:6~10に記載のアミノ酸配列から各々なるペプチドの群(グループ2)及び配列番号:11~15に記載のアミノ酸配列から各々なるペプチドの群(グループ3)を、混合ペプチドとして、1~20μg/mLの濃度になるよう、それぞれ加え、培養した。
【0130】
2日間培養した後、最終濃度が20~100U/mLになるようIL-2を添加し、さらに1週間培養した。これに1~20μg/mLの濃度になるよう、上記グループ分けした混合ペプチドをさらに追加し、1週間培養した。なお、PBMCとペプチドとの混合培養は、炭酸ガス交換可能な丸底の培養皿を用いることが望ましく、本実施例においては、ポリプロピレン製14mLの丸底チューブ(BD社)又は96穴U底細胞培養用マイクロテストプレート(BD社)を用いた。
【0131】
〔インターフェロン(IFN)-γ ELISPOTアッセイ〕
SARS-CoV-2抗原特異的なCTLの検出は、ELISPOT Set(BD社)キットを用い、IFN-γ ELISPOTアッセイにて行った。具体的には、前記混合ペプチドを添加してから約2週間後に、細胞集団の一部を採取して、5×10個/mLになるよう調製した。これらサンプルを、抗IFN-γ抗体が固相されたELISPOSTアッセイ用プレートに100μL/ウェルで撒き、37℃のCOインキュベーターの中で、30分静置した。さらに、そのプレートに、各候補ペプチドにてパルスしたヒトリンパ芽球様細胞(T2-A24細胞)を1×10個/ウェルとなるように添加し、37℃のCOインキュベーターの中で、一晩静置した。そして、洗浄した後、ビオチン標識抗IFN-γ抗体を加え、室温にて2時間反応させた。反応液を洗い、HRP標識ストレプトアビジンを加え反応させ、洗浄した後、発色剤を100μL/ウェル加え、15~30分反応することにより、CTLが分泌したIFN-γをスポット化して測定した。得られた結果を図5に示す。
【0132】
図5に示した結果から明らかなように、ペプチドでパルスをしない場合(図中「(-)」)と比較して、NYN 9merペプチド又はQYI 9merペプチドで刺激した場合は、IFNγのスポットが明らかに多く検出された。すなわち、NYNペプチド又はQYIペプチドを加えて培養したPBMC中には、これらペプチド各々に特異的であり、IFN-γを産生するCTLが誘導されていることが明らかになった。
【0133】
〔CTLクローンのソーティング及び培養〕
上記IFN-γ産生能が検出されたSARS-CoV-2特異的CTLについて、HLA-テトラマー試薬及び抗CD8抗体を用いて免疫学的に染色し、フローサイトメーターにより検出した。得られた結果を図6及び図7に示す。
【0134】
これら図面において、ドットプロット展開図中の数字は、展開図を四分割した領域を、Q1(左上)、Q2(右上)、Q3(左下)、Q4(右下)と表記した場合、(Q1+Q3)分のQ1の百分率を示す。陰性コントロール用のHLA-テトラマー試薬としては、HIV envelope抗原由来のペプチド(RYLRDQQLL、配列番号:18)を用いて合成したHLA-テトラマー(図中「A24-HIV-tetramer」として表記)を使用した。
【0135】
前記フローサイトメトリーによる分析の結果、図6に示すとおり、CD8陽性・A24-NYN-tetramer陽性の細胞集団が、3.17%の割合で検出された。また図7に示すとおり、CD8陽性・A24-QYI-tetramer陽性の細胞集団が、2.14%の割合で検出された。
【0136】
以上の結果から、NYNペプチド又はQYIペプチドを加えて培養したPBMC中には、IFN-γを産生する細胞が誘導されることが明らかになった。さらに、これらの細胞は、対応するHLA-テトラマー試薬にて染色されることから、NYNペプチド及びQYIペプチドは、CTLエピトープペプチドであり、当該ペプチドの刺激に特異的なCTLが誘導されることが明らかになった。
【0137】
次に、HLA-テトラマー試薬及び抗CD8抗体に反応した細胞(CTL)を、フローサイトメーターにより、96ウェルプレート(コーニング社)に1細胞ずつ播種した。この細胞培養には、AIM-V培養培地に、終濃度10%のヒトAB血清(ロンザジャパン社)、終濃度1%のペニシリン/ストレプトマイシン(ライフテクノロジーズ社)、終濃度1%のGlutaMAX(ライフテクノロジーズ社)、終濃度100U/mLのIL-2(シオノギ社)及び終濃度5μg/mLのPHA(Wako社)を添加したものを用いた。そして、各ウェルに、ドナーから採血し分取し、100Gyの放射線照射を施したPBMC(50000個)を添加した。また、前記CTLは、培地の色を観察して随時、半分量の培地交換を行った。さらに、細胞が増えた段階で、48ウェルプレートに移し替えた。そして、このように培養したCTLについて、前述と同様の方法を用いてIFN-γ ELISPOTアッセイを行い、それら細胞の増幅を検出した。得られた結果を図8に示す。
【0138】
その結果、NYN 9merペプチド特異的なCTLに関し、得られた24個のCTLシングルクローンのいずれにおいても、IFN-γのスポットが明らかに多く検出された。このことは、SARS-CoV-2抗原由来NYNペプチド特異的なCTLのシングルクローン化及び増幅に成功したことを示す。
【0139】
〔CTLペプチド内在性提示の確認〕
a)Mini geneプラスミドの作製
CTLペプチド配列を含むMini geneを発現するプラスミドを作製するために、pcDNA3.1(+)発現ベクター(Invitrogen社)の制限酵素認識部位に、下記3種類のDNA配列を各々挿入した。
Mini gene 1:NYNペプチドをコードするDNA
ATGAATTATAATTACCTGTATAGATTGTTTTAA(配列番号:56)、
Mini gene 2:シグナル配列及びNYNペプチドをコードするDNA
ATGGAGACAGACACACTCCTGCTATGGGTACTGCTGCTCTGGGTTCCATTCCACTGGTGACAATTATAATTACCTGTATAGATTGTTTTAA(配列番号:58)、
Mini gene 3:NYNペプチド及びその前後10アミノ酸をコードするDNA
ATGTCTAACAATCTTGATTCTAAGGTTGGTGGTAATTATAATTACCTGTATAGATTGTTTAGGAAGTCTAATCTCAAACCTTTTGAGAGATAA(配列番号:60)。
【0140】
そして、調製した各Mini geneプラスミドを、EndoFree Plasmid Giga kit(Qiagen社)で増幅、精製した。また、これらプラスミドDNAの濃度は、吸光度(260nm)を測定することにより求めた。
【0141】
b)Mini gene発現細胞の作製
HEK293T(293T)細胞及びHLA-A24遺伝子導入済みHEK293T細胞(293T/HLA-A*24+)を、各々70%の密度になるまで培養した。そして、各種Mini geneプラスミドを、FuGENE HD(Roche社)を用い、これら細胞に遺伝子導入した。37℃で48時間培養した後、細胞を回収した。
【0142】
c)IFN-γ ELISPOTアッセイ
上記にて樹立したCTLシングルクローン(1-C1)を、抗IFN-γ抗体が固相されたELISPOSTアッセイ用プレートに2×10個/ウェルになるよう撒き、37℃のCOインキュベーターの中で、30分静置した。そのプレートに、Mini geneを発現させた293T細胞又は293T/HLA-A*24細胞を1×10個/ウェルとなるように添加し、37℃のCOインキュベーターの中で、一晩静置した。洗浄後、ビオチン標識抗IFN-γ抗体を加え、室温にて2時間反応した。反応液を洗い、HRP標識ストレプトアビジンを加え反応させた。洗浄後、発色剤を100μL/ウェル加え、15~30分反応することにより、CTLが分泌したIFN-γをスポット化して検出した。得られた結果を図9に示す。
【0143】
IFN-γ ELISPOTアッセイの結果、HLA-A24を保持しない293T細胞において、スポットは検出されなかった。一方、Mini gene 1又はMini gene 3を発現させた293T/HLA-A*24細胞において、明らかなIFNγスポットが検出された。
【0144】
なお、Mini gene 2を発現させた293T/HLA-A*24細胞においては、配列番号:58及び59に示すとおり、フレームシフトが生じているため、NYNペプチドを含むポリペプチドが産生されず、HLA-A24を保持しない293T細胞同様に、スポットが検出されなかったものと推察される。
【0145】
これらのことから、NYN 9merペプチドは、細胞内でプロセシング処理を経て生成され、HLAを介して提示される、内在性のエピトープペプチドであることが明らかとなった。
【0146】
以上より、同定されたSARS-CoV-2由来のNYN 9merペプチド及びQYI 9merペプチドは、末梢血中のSARS-CoV-2特異的CTLを増殖させる機能を有することが明らかとなった。また、これらの細胞集団はIFN-γ産出能を有しかつHLA-テトラマーで検出可能であったことから、これらのペプチドは、HLA-A*24:02拘束性のSARS-CoV-2抗原特異的CTLエピトープペプチドであることが判明した。さらに、NYN 9merペプチドは、内在性に提示されるCTLエピトープペプチドであることも証明された。
【0147】
〔NYN 30merペプチド特異的ヘルパーT(Th)細胞の誘導〕
次に、NYN 9merペプチドを含む下記SARS-CoV-2由来の30merペプチドを化学合成し、これについてTh細胞誘導活性を評価した。
NYN 30mer:NYN 9mer及びその後21アミノ酸からなるペプチド
NYNYLYRLFRKSNLKPFERDISTEIYQAGS(配列番号:19)
SARS-CoV-2由来Sタンパクにおける位置:448-477。
【0148】
具体的には先ず、ドナーから末梢血を採取し、リンホプレップ(Alere Technologies AS 1114547)を用いた密度勾配分離法によってPBMCを回収した。さらに、PBMCから磁気細胞分離システム(Miltenyi 130-050-201)を用い、CD14陽性細胞を分離した。次いで、CD14陽性細胞を、50ng/mLのGM-CSF(peprotech AF-300-03)及び50ng/mLのIL-4(peprotech AF-200-04)存在下、3mLのヒト細胞用培地を用い、6穴培養プレート(Falcon 353046)にて7日間培養することによって、樹状細胞(Dendritic Cells;DCs)に分化させた。
【0149】
なお、ヒト細胞用培地には、AIM-V培地(ThermoFisher SCIENTIFIC 0870112DK)に56℃、30分非働化したヒトAB型血清(Innovative RESEARCH IPLA-SERAB)を3%添加したものを用いた。
【0150】
また、PBMCから、磁気細胞分離システム(Miltenyi 130-045-101)を用い、CD4陽性T細胞を分離した。そして、1x10個のCD4陽性T細胞を、NYN 30merペプチド 3μg/mLの存在下、5x10個のDCsと共に、200μLのヒト細胞用培地を用い、96穴平底培養プレート(Falcon 353072)にて、培養を開始した。
【0151】
その共培養7日後に、CD4陽性T細胞にペプチド刺激を施すために、100μLの培養上清を取り除いた後、NYN 30merペプチド(3μg/mL)と、ガンマ線照射(40Gy)した不活化PBMC(2x10個)とを含む、新たな培地100μLを添加した。そして、その2日後に、50μLの培養上清を取り除き、50μLのIL-2(塩野義製薬 イムネース注35)を最終濃度が10U/mLになるように添加した。
【0152】
以後、活性化したCD4陽性T細胞を持続的に増殖させるために、前記ペプチド及び不活化PBMC(1x10個)を用い、1週間おきにCD4陽性T細胞(1x10個)を刺激し、以降に述べる各種実験に供した。
【0153】
〔NYN 30merペプチド特異的Th細胞株の特異性評価とHLA-DR拘束性の検討〕
ドナーAから増殖してきたCD4陽性T細胞のNYN 30merペプチドに対する特異的反応性を調べるために、当該ペプチド(3μg/mL)存在下、96穴平底培養プレートにて、最終濃度が2μMのモネンシン(2 Biolegend 420701)を含む200μLのヒト細胞用培地を用い、培養した。
【0154】
その培養6時間後、細胞表面をCD3(Biolegend 300306),CD4(Biolegend 300512)、CD8(Biolegend 301016)に対する抗体を用いて染色し、次いで、BD Cytofix/Cytoperm(BD Biosciences 554722)にて固定した後、IFN-γ(Biolegend 506507)、GranzymeB(Biolegend 502312)に対する抗体で染色した。そして、CytoFLEX(BECKMAN COULTER B53013)を用いたフローサイトメトリーに供した。得られた結果を図10に示す。
【0155】
その結果、図10で示すように、NYN 30merペプチドの存在下、IFN-γ及びGranzyme Bの産生が認められたことから、当該ペプチド特異的Th細胞が樹立されていることが明らかになった。
【0156】
次に、CD4陽性T細胞のHLA拘束性を調べるために、NYN 30merペプチド 3μg/mL存在下、5x10個のTh細胞及び1x10個のPBMCを、200μLのヒト細胞用培地を用い、96穴平底培養プレートにて共培養した。なお、一部の培養系には、抗HLA-DR抗体(BioLegend 307612)を、又は対照群として抗HLA-class I抗体(BioLegend 311412)を、各々終濃度5μg/mLになるように添加した。
【0157】
その共培養24~48時間後に、培養上清100μLを回収し、それに含まれるIFN-γ及びGM-CSFの濃度を、ELISAキット(BD Biosciences 555142(IFN-γ)、555126(GM-CSF))を用い、付属の取扱説明書に従って測定した。得られた結果を図11に示す。
【0158】
図11に示した結果から明らかなように、NYN 30merペプチド特異的なTh細胞は、抗HLA-DR抗体の存在下で培養した場合(図中「aDR」)、当該ペプチドに特異的なIFN-γ及びGM-CSFの産生が抑制されたことから、NYN 30merペプチドは、HLA-DR拘束的にTh細胞を刺激していることが明らかとなった。
【0159】
さらに、拘束されるHLA型を調べるために、NYN 30merペプチド(3μg/mL)存在下、5x10個のCD4陽性T細胞と、HLA-DR4、DR9又はDR53の遺伝子が導入された3x10個のマウス由来線維芽細胞株(各々「L-DR4細胞」、「L-DR9細胞」、「L-DR53細胞」と称する)とを、200μLのヒト細胞用培地を用い、96穴平底培養プレートにて共培養した。そして、上記と同様に24~48時間後に培養上清を回収し、IFN-γ濃度及びGM-CSF濃度を測定した。得られた結果を図12に示す。
【0160】
図12に示した結果から明らかなように、NYN 30merペプチド特異的Th細胞が、L-DR53細胞にのみペプチド特異的反応を示したことから、当該ペプチドはHLA-DR53に結合し、Th細胞を刺激していることが明らかとなった。
【0161】
〔NYN 30merペプチド特異的Th細胞株の特異性評価とHLA-DP拘束性の検討〕
CD4陽性T細胞のHLA-DP拘束性を調べるために、ドナーから増殖してきたCD4陽性T細胞に対して、上記同様抗体染色を行い、CytoFLEXを用いたフローサイトメトリーに供した。その結果、図13に示すとおり、NYN 30merペプチド存在下にて、IFN-γ及びGranzyme Bの産生が認められたことから、当該ペプチド特異的Th細胞が樹立されていることが確認された。
【0162】
次に、3μg/mLのNYN 30merペプチド存在下、5x10個のTh細胞と1x10個のPBMCとを、200μLのヒト細胞用培地を用い、96穴平底培養プレートにて共培養した。一部の培養系には、抗HLA-DR抗体(BioLegend 307612)、抗HLA-DP抗体(BRAFB6:Santa Cluz sc-33719)、抗HLA-DQ抗体(SPV-L3:Abcam ab85614)を、各々終濃度5μg/mLになるように添加した。また、対照群として、抗HLA-class I抗体(BioLegend 311412)を、終濃度5μg/mLになるように添加した。そして、24~48時間後の培養上清を100μL回収し、それに含まれるIFN-γ及びGM-CSFの濃度をELISAキット(BD Biosciences 555142(IFN-γ)、555126(GM-CSF))を用い、付属の取扱説明書に従って測定した。得られた結果を図14に示す。
【0163】
その結果、NYN 30merペプチド特異的なTh細胞は、抗HLA-DP抗体を添加して培養した場合に、ペプチド特異的IFN-γ及びGM-CSF産生が抑制されたことから、当該ペプチドはHLA-DP拘束性にTh細胞を刺激し得ることも明らかになった。
【0164】
さらに、拘束されるHLA型を調べるために、DPB1*02:01又はDPB1*05:01を有するEVウイルス感染によって不死化したB細胞(lymphoblastoid cell lines:LCL)を、3μg/mLのNYN 30merペプチド存在下2時間培養し、培地中に残存する当該ペプチドを完全に洗浄して取り除いた後、200μLのヒト細胞用培地を用い、96穴平底培養プレートにて、NYN 30merペプチド特異的なTh細胞と共培養し、上記同様に24~48時間後の培養上清におけるIFN-γ濃度及びGM-CSF濃度を測定した。得られた結果を図15に示す。なお、図15に示す「CK05」及び「kit」は、これらDPB1*02:01を有する不死化B細胞株の由来(B細胞を単離した被験者)が異なることを示す。同様に、「Okr」及び「Full」は、これらDPB1*05:01を有する不死化B細胞株の由来が異なることを示す。
【0165】
図15に示した結果から明らかなように、NYN 30merペプチド特異的Th細胞がDPB1*02:01陽性LCLにのみペプチド特異的反応を示したことから、当該ペプチドはHLA-DPB1*02:01に結合し、Th細胞を刺激していることが明らかになった。
【0166】
以上のポリペプチド特異的ヘルパーT(Th)細胞株の特異性評価と、HLA-DR及びHLA-DP拘束性の検討から、NYN 30merペプチドはIFN-γやGranzyme Bを産生するタイプ1型Th細胞を刺激、誘導することができ、HLA-DR53拘束性かつHLA-DPB1*02:01拘束性のT細胞エピトープであることが明らかとなった。然るに、当該ペプチは複数のHLAに提示されることにより、様々なT細胞クローンを刺激・活性化できる有用なT細胞ワクチンとして機能し得る。
【0167】
〔SARS-CoV2ペプチド特異的ヘルパーT細胞株の、断片化ペプチドに対する反応性評価〕
NYN 30merペプチドの繰り返し刺激により増殖してきたCD4陽性T細胞(DP2-HK13及びDR53-HK36)の反応領域を特定するために、下記表4に示す、NYN 18merペプチド、RKS 21merペプチド、PFE 15merペプチド、HLA-A24、DP2、DR53に結合するエピトープ配列が少しずつオーバーラップしているS448-T1~S448-T24、及びNYN 30merペプチド(各々3μg/mL)存在下、5x10個のTh細胞及び1x10個のPBMCを、200μLのヒト細胞用培地を用いて96穴平底培養プレートにて共培養した。そして、24時間後の培養上清を100μL回収し、それに含まれるIFN-γ及びGM-CSFの濃度をELISAキット(BD Biosciences 555142(IFN-γ)、555126(GM-CSF))を用いて付属の取扱説明書に従って測定した。
【0168】
【表4】
【0169】
その結果、図16Aに示すとおり、HLA-DR53拘束性Th細胞(DR53-HK36)において、NYN 30merペプチド及びRKS 21merペプチド存在下でのみ、IFN-γ及びGM-CSFの産生が認められた。さらに、図16Bに示すとおり、S448-T17~S448-T22ペプチド存在下でIFN-γ産生が認められたことから、DR53-HK36の最小認識配列はLKPFERDISTであることが明らかになった。
【0170】
一方、図17Aに示すとおり、DPB1*02:01拘束性のTh細胞(DP2-HK13)においては、NYN 30merペプチド及びNYN 18merペプチド存在下でのみ、IFN-γ及びGM-CSF産生が認められた。さらに、図17Bに示すとおり、S448-T8~S448-T12ペプチド存在下でIFN-γ産生が認められたことから、DP2-HK13の最小認識配列はYLYRLFRKSNLであることが明らかになった。
【0171】
〔N501Y 25merペプチド特異的Th細胞の誘導〕
次に、N501Y 25merペプチドを化学合成し、これについてTh細胞誘導活性を評価した。なお、N501Yは、SARS-CoV-2の変異型である。
N501Y 25mer:YFPLQSYGFQPTYGVGYQPYRVVVL(配列番号:51)
SARS-CoV-2由来Sタンパクにおける位置:489-513。
【0172】
具体的には、上記〔NYN 30merペプチド特異的ヘルパーT(Th)細胞の誘導〕に記載の方法にて、NYN 30merペプチドの代わりに、N501Y 25merペプチドを用いた以外は同様にして、活性化CD4陽性T細胞を調製し、持続的に増殖させ、下記実験に供した。
【0173】
〔N501Y 25merペプチド特異的Th細胞株の特異性評価とHLA-DR拘束性の検討〕
上記〔NYN 30merペプチド特異的Th細胞株の特異性評価とHLA-DR拘束性の検討〕に記載の方法にて、NYN 30merペプチドの代わりに、N501Y 25merペプチドを用いた以外は同様にして、増殖してきたCD4陽性T細胞のN501Y 25merペプチドに対する特異的反応性を調べた。また、当該CD4陽性T細胞のHLA拘束性を調べた。得られた結果を図18及び19に示す。
【0174】
その結果、図18に示すように、N501Y 25merペプチドの存在下、IFN-γ及びGranzyme Bの産生が認められたことから、当該ペプチド特異的Th細胞が樹立されていることが明らかになった。
【0175】
図19に示した結果から明らかなように、N501Y 25merペプチド特異的なTh細胞は、抗HLA-DR抗体の存在下で培養した場合(図中「aDR」)、当該ペプチドに特異的なIFN-γの産生が抑制されたことから、N501Y 25merペプチドは、HLA-DR拘束的にTh細胞を刺激していることが明らかとなった。
【0176】
さらに、拘束されるHLA型を調べるために、N501Y 25merペプチド(3μg/mL)存在下、5x10個のCD4陽性T細胞と、HLA-DR4、DR15又はDR53の遺伝子が導入された3x10個のマウス由来線維芽細胞株(各々「L-DR4細胞」、「L-DR15細胞」、「L-DR53細胞」と称する)とを、200μLのヒト細胞用培地を用い、96穴平底培養プレートにて共培養した。そして、24~48時間後に培養上清を回収し、IFN-γ濃度を測定した。得られた結果を図20に示す。
【0177】
図20に示した結果から明らかなように、N501Y 25merペプチド特異的Th細胞が、L-DR15細胞にのみペプチド特異的反応を示したことから、当該ペプチドはHLA-DR15に結合し、Th細胞を刺激していることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0178】
以上説明したように、本発明によれば、SARS-CoV-2を標的とする細胞傷害性T細胞及び/又はヘルパーT細胞を誘導し、当該ウイルスの感染症の治療又は予防が可能となる。したがって、本発明は、SARS-CoV-2感染症に対するワクチン及び受動免疫療法剤等として有用である。
図1
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図16A
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【配列表】
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