(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123360
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】硬質被膜付き切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20240905BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20240905BHJP
C23C 14/06 20060101ALN20240905BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C14/06 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030699
(22)【出願日】2023-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】深田 耕司
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 真貴
【テーマコード(参考)】
3C046
4K029
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF07
3C046FF10
3C046FF11
3C046FF19
4K029BA58
4K029BB02
4K029BC02
4K029BD05
4K029CA04
4K029CA13
4K029DD06
4K029EA01
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性を良好に維持しつつ、耐欠損性をより向上できる硬質被膜付き切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体11と、工具基体11の表面11aのうち少なくとも切刃7及び逃げ面6に配置される硬質被膜12と、を備える硬質被膜付き切削工具1であって、硬質被膜12は、硬質被膜12の内部に設けられ、逃げ面6に配置される複数の空孔13を有し、複数の空孔13は、切刃7に沿って並んで配置される。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体と、前記工具基体の表面のうち少なくとも切刃及び逃げ面に配置される硬質被膜と、を備える硬質被膜付き切削工具であって、
前記硬質被膜は、前記硬質被膜の内部に設けられ、前記逃げ面に配置される複数の空孔を有し、
前記複数の空孔は、前記切刃に沿って並んで配置される、
硬質被膜付き切削工具。
【請求項2】
前記複数の空孔は、前記切刃に沿って延びる列をなしており、
前記逃げ面を正面に見て、前記工具基体の表面のうち、前記列と重なり前記切刃に沿って延びる帯状部分の表面粗さが、前記列と重ならず前記切刃に沿って延びる帯状部分の表面粗さよりも粗い、
請求項1に記載の硬質被膜付き切削工具。
【請求項3】
前記工具基体は、前記工具基体の表面のうち前記逃げ面に配置される研削スジを有し、
前記研削スジは、所定方向に延びる複数のスジを含み、
各前記空孔は、前記研削スジの各前記スジに沿うように延びる、
請求項1または2に記載の硬質被膜付き切削工具。
【請求項4】
前記複数の空孔は、前記切刃に沿って延びる列をなしており、
前記硬質被膜の膜厚方向と垂直な所定の断面において、前記列が配置され前記切刃に沿って延びる帯状の第1領域に占める前記空孔の占有率が、20%以上80%以下である、
請求項1または2に記載の硬質被膜付き切削工具。
【請求項5】
前記複数の空孔は、前記切刃に沿って延びる列をなしており、
前記硬質被膜の膜厚方向と垂直な所定の断面において、前記列が配置されず前記切刃に沿って延びる帯状の第2領域に占める前記空孔の占有率が、10%以下である、
請求項1または2に記載の硬質被膜付き切削工具。
【請求項6】
前記複数の空孔は、前記切刃に沿って延びる列をなしており、
前記列は、前記切刃と直交する方向において、互いに間隔をあけて複数設けられる、
請求項1または2に記載の硬質被膜付き切削工具。
【請求項7】
前記切刃と直交する方向に隣り合う前記列間のピッチが、0.1mm以上0.3mm以下である、
請求項6に記載の硬質被膜付き切削工具。
【請求項8】
前記硬質被膜のうち前記逃げ面に配置される部分の膜厚寸法が、3μm以上である、
請求項1または2に記載の硬質被膜付き切削工具。
【請求項9】
中心軸回りに回転させられる転削工具である、
請求項1または2に記載の硬質被膜付き切削工具。
【請求項10】
前記切刃及び前記逃げ面の組は、前記中心軸回りに互いに間隔をあけて複数設けられ、
前記切刃に沿って並ぶ前記複数の空孔は、前記複数の組のうち所定の組の前記逃げ面に配置されており、前記所定の組以外の他の組の前記逃げ面には配置されていない、
請求項9に記載の硬質被膜付き切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質被膜付き切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の切削工具として、例えば特許文献1、2に記載のボールエンドミル等の転削工具(ミーリング工具)が知られている。転削工具は、工作機械の主軸等に取り付けられ中心軸回りに回転させられるシャンクと、シャンクの先端側に配置されるボディ(切刃部)と、を備える。またボディは、すくい面と、逃げ面と、すくい面と逃げ面とが接続される稜線部に配置される切刃と、を有する。なお本明細書では、切刃、並びに、切刃と隣接するすくい面及び逃げ面を含む領域を、切刃近傍等と呼ぶ場合がある。
【0003】
切刃近傍の耐欠損性や耐摩耗性を高める目的で、工具基体の表面に硬質被膜が設けられた硬質被膜付き切削工具が周知である(例えば、特許文献3)。特許文献3では、アークイオンプレーティング装置を用いた物理気相成長法(PVD:physical vapor deposition)により、工具基体の表面に硬質被膜を形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013-202769号公報
【特許文献2】特開2010-214500号公報
【特許文献3】特開2019-171482号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この種の硬質被膜付き切削工具では、硬質被膜によって耐摩耗性を良好に維持しつつ、切刃近傍の耐欠損性をより向上させる点に改善の余地がある。
【0006】
本発明は、耐摩耗性を良好に維持しつつ、耐欠損性をより向上できる硬質被膜付き切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0008】
〔本発明の態様1〕
工具基体と、前記工具基体の表面のうち少なくとも切刃及び逃げ面に配置される硬質被膜と、を備える硬質被膜付き切削工具であって、前記硬質被膜は、前記硬質被膜の内部に設けられ、前記逃げ面に配置される複数の空孔を有し、前記複数の空孔は、前記切刃に沿って並んで配置される、硬質被膜付き切削工具。
【0009】
本発明の硬質被膜付き切削工具では、硬質被膜が、硬質被膜の内部に配置される複数の空孔を有する。これらの空孔は、逃げ面に位置しており、かつ、切刃に沿って互いに間隔をあけて配置されている。硬質被膜内に複数の空孔が設けられることで、切削時に切削工具が受ける衝撃を緩和する作用が得られ、切刃近傍の耐欠損性が高められて、チッピングの発生が抑制される。
【0010】
また、複数の空孔が切刃に沿って配列しているため、切刃が延びる方向に沿う広い範囲において、衝撃を緩和する作用が得られる。このため、切削条件や被削材の加工形状等に関わらず、刃先の耐欠損性を安定して高めることができる。
【0011】
また、切刃に沿って並ぶ空孔同士の間では、硬質被膜のうち膜厚方向において空孔の両側に位置する部分同士が接続されている。すなわち、隣り合う空孔間では、硬質被膜が空孔によって分断されることなく、一体的に形成されている。このため、衝撃緩和作用を有する空孔を設けつつも、硬質被膜の膜強度が低下することを抑制でき、硬質被膜の密着力が良好に維持される。硬質被膜の膜強度が確保されることで、硬質被膜による耐摩耗性能が安定して高められる。
【0012】
より詳しくは、例えば本発明と異なり、硬質被膜内に広範囲に連続する空孔が設けられるような構成の場合、硬質被膜のうち膜厚方向において空孔の内側(工具基体側)に位置する部分と、外側(硬質被膜の表面側)に位置する部分との密着力を確保することが難しい。このため、硬質被膜の膜強度が低下し、硬質被膜が剥離しやすくなるおそれがある。
【0013】
一方、本発明のように硬質被膜内に非連続の空孔が点在している構成の場合、硬質被膜のうち膜厚方向において空孔の内側に位置する部分と、外側に位置する部分との密着性が十分に確保される。このため、硬質被膜の剥離が抑制され、硬質被膜によって切刃近傍の耐摩耗性及び耐欠損性が高められるとの作用効果が、安定して奏功される。
【0014】
以上より本発明によれば、硬質被膜によって耐摩耗性を良好に維持しつつ、切刃近傍の耐欠損性をより向上させることができる。高精度な切削加工を安定して行うことができ、工具寿命を延長することができる。
【0015】
〔本発明の態様2〕
前記複数の空孔は、前記切刃に沿って延びる列をなしており、前記逃げ面を正面に見て、前記工具基体の表面のうち、前記列と重なり前記切刃に沿って延びる帯状部分の表面粗さが、前記列と重ならず前記切刃に沿って延びる帯状部分の表面粗さよりも粗い、態様1に記載の硬質被膜付き切削工具。
【0016】
本発明の発明者は、硬質被膜付き切削工具について鋭意研究の結果、下記の知見を得るに至った。すなわち、工具基体の表面のうち表面粗さが大きい(粗い)部分は、表面粗さが小さい(滑らかな)部分に比べて、硬質被膜を成膜したときに、膜内に応力が生じやすい傾向がある。このような応力が生じることで、硬質被膜の内部には、空孔が形成されやすくなる。言い換えると、工具基体の表面のうち表面粗さが大きい部分は、表面粗さが小さい部分に比べて、硬質被膜を成膜したときに膜内に空孔が形成されやすい。
【0017】
本発明の上記構成では、上述の研究結果に基づく知見を利用している。すなわち、工具基体の表面のうち表面粗さが粗い帯状部分を意図的に形成しておき、この表面に硬質被膜を成膜することで、表面粗さが粗い帯状部分の直上に、切刃に沿って並ぶ複数の空孔の列を形成することができる。
【0018】
このように、硬質被膜を成膜する前の工具基体の表面粗さをコントロールすることで、上述の優れた作用効果を奏する複数の空孔の列を、硬質被膜内の切刃と平行な所望の位置に、安定して配置することができる。本発明によれば、特別な工程を経ることなく、硬質被膜を成膜する工程によって複数の空孔の列を設けることができ、切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性を安定して高めることができる。
【0019】
また、工具基体の表面のうち表面粗さが大きい部分では、その直上に配置される硬質被膜の表面の表面粗さも大きくなる。このため、硬質被膜の表面にクーラント溜りとなる凹凸形状が付与されて、切削時の潤滑性を高めることができる。これにより、切刃近傍への被削材の溶着を防止することができる。
【0020】
〔本発明の態様3〕
前記工具基体は、前記工具基体の表面のうち前記逃げ面に配置される研削スジを有し、前記研削スジは、所定方向に延びる複数のスジを含み、各前記空孔は、前記研削スジの各前記スジに沿うように延びる、態様1または2に記載の硬質被膜付き切削工具。
【0021】
この場合、複数の空孔は、逃げ面上を延びる複数のスジ(研削スジ)に沿って、それぞれ延びる。工具基体の表面に予め所定方向に延びる研削スジを形成することによって、硬質被膜内で研削スジに沿って延びる複数の空孔を設けることができ、下記のようなさらなる機能が付加される。
【0022】
例えば、工具基体の表面の研削スジを、切刃と交差する向きに延ばすことで、各空孔も切刃と交差する向きに延びる。これにより、逃げ面のうち切刃と交差する方向に沿う広い範囲において、各空孔によって切削時の衝撃を緩和する作用が得られることとなる。このため、切刃近傍の耐欠損性をより高めることができる。
【0023】
〔本発明の態様4〕
前記複数の空孔は、前記切刃に沿って延びる列をなしており、前記硬質被膜の膜厚方向と垂直な所定の断面において、前記列が配置され前記切刃に沿って延びる帯状の第1領域に占める前記空孔の占有率が、20%以上80%以下である、態様1から3のいずれか1つに記載の硬質被膜付き切削工具。
【0024】
硬質被膜の膜厚方向と垂直な所定の断面(複数の空孔を含む断面)において、切刃と平行な帯状の第1領域に占める空孔の占有率が、20%以上であれば、複数の空孔によって切削時の衝撃を緩和する作用がより安定して得られ、切刃近傍の耐欠損性を安定して向上できる。
【0025】
また、上記第1領域に占める空孔の占有率が、80%以下であれば、硬質被膜のうち膜厚方向において空孔の内側(工具基体側)に位置する部分と、外側(硬質被膜の表面側)に位置する部分との密着力を安定して確保することができる。硬質被膜の剥離がより確実に抑えられるため、硬質被膜による耐摩耗性等の機能が良好に維持される。
【0026】
〔本発明の態様5〕
前記複数の空孔は、前記切刃に沿って延びる列をなしており、前記硬質被膜の膜厚方向と垂直な所定の断面において、前記列が配置されず前記切刃に沿って延びる帯状の第2領域に占める前記空孔の占有率が、10%以下である、態様1から4のいずれか1つに記載の硬質被膜付き切削工具。
【0027】
本発明の硬質被膜付き切削工具では、硬質被膜内に複数の空孔の列が配置される帯状の第1領域によって、切削時の衝撃を緩和することができ、複数の空孔の列が配置されない帯状の第2領域によって、硬質被膜の密着力を十分に高めることができる。
上記構成のように、第2領域に占める空孔の占有率が10%以下であれば、第2領域での硬質被膜の機能(密着力の向上に伴う耐摩耗性の向上等)がより安定して高められる。
【0028】
〔本発明の態様6〕
前記複数の空孔は、前記切刃に沿って延びる列をなしており、前記列は、前記切刃と直交する方向において、互いに間隔をあけて複数設けられる、態様1から5のいずれか1つに記載の硬質被膜付き切削工具。
【0029】
この場合、切刃と平行に延びる空孔の列が、切刃と直交する方向に並んで複数設けられる。これにより、逃げ面のうち切刃と直交する方向に沿う広い範囲において、切削時の衝撃を緩和する作用が得られる。したがって、切刃近傍の耐欠損性をより高めることができる。
【0030】
〔本発明の態様7〕
前記切刃と直交する方向に隣り合う前記列間のピッチが、0.1mm以上0.3mm以下である、態様6に記載の硬質被膜付き切削工具。
【0031】
隣り合う空孔の列間のピッチが0.1mm以上であれば、この列間において硬質被膜の密着力を安定して確保することができる。硬質被膜の剥離がより確実に抑えられるため、硬質被膜による耐摩耗性等の機能が良好に維持される。
【0032】
また、隣り合う空孔の列間のピッチが0.3mm以下であれば、空孔が配置されない領域が広くなり過ぎることを抑制できる。このため、空孔によって切削時の衝撃を緩和する作用がより安定して奏功される。
【0033】
〔本発明の態様8〕
前記硬質被膜のうち前記逃げ面に配置される部分の膜厚寸法が、3μm以上である、態様1から7のいずれか1つに記載の硬質被膜付き切削工具。
【0034】
本発明では、硬質被膜の成膜時に膜内に生じる応力を利用することで、硬質被膜内に空孔を形成している。上記構成のように、硬質被膜の膜厚方向に沿う寸法が3μm以上であると、膜内に生じる応力も大きくなり、膜内に空孔を安定して形成することができる。
【0035】
〔本発明の態様9〕
中心軸回りに回転させられる転削工具である、態様1から8のいずれか1つに記載の硬質被膜付き切削工具。
【0036】
本発明は、エンドミル、ドリル、リーマ等の転削工具(ミーリング工具)に適用した場合に、特に顕著な作用効果を奏する。
【0037】
〔本発明の態様10〕
前記切刃及び前記逃げ面の組は、前記中心軸回りに互いに間隔をあけて複数設けられ、前記切刃に沿って並ぶ前記複数の空孔は、前記複数の組のうち所定の組の前記逃げ面に配置されており、前記所定の組以外の他の組の前記逃げ面には配置されていない、態様9に記載の硬質被膜付き切削工具。
【0038】
この場合、硬質被膜付き切削工具は、複数刃の転削工具である。複数の切刃のうち、所定の切刃に隣接する逃げ面に、切刃に沿って延びる複数の空孔の列が設けられており、所定の切刃以外の他の切刃に隣接する逃げ面に、複数の空孔の列が設けられていないことで、下記の作用効果が得られる。
【0039】
すなわち、上記構成によれば、複数の切刃のうち所定の切刃において、空孔により衝撃を緩和する作用が得られ、他の切刃においては、空孔による衝撃緩和作用は得られない。各切刃において衝撃緩和作用の程度が異なるため、切削時に共振が発生することを抑えることができ、びびり振動を抑制できる。これにより、高精度の切削加工を安定して行うことができる。
【発明の効果】
【0040】
本発明の前記態様の硬質被膜付き切削工具によれば、耐摩耗性を良好に維持しつつ、耐欠損性をより向上できる。高精度な切削加工を安定して行うことができ、工具寿命を延長することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【
図1】
図1は、本実施形態の硬質被膜付き切削工具の一部を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、硬質被膜付き切削工具の切刃の一部を模式的かつ簡略的に示す断面斜視図である。
【
図3】
図3は、硬質被膜付き切削工具のボディの一部(逃げ面及び切刃)を示す画像である。
【
図4】
図4は、逃げ面に配置される硬質被膜内の複数の空孔によって変化した膜表面の状態を示す画像である。
【
図5】
図5は、硬質被膜付き切削工具の逃げ面の一部(第1領域)を示す断面図であり、詳しくは、切刃と平行な断面を表している。
【
図6】
図6は、硬質被膜付き切削工具の逃げ面の他の一部(第2領域)を示す断面図であり、詳しくは、切刃と平行な断面を表している。
【発明を実施するための形態】
【0042】
本発明の一実施形態の硬質被膜付き切削工具1について、図面を参照して説明する。
図1に示すように、本実施形態の硬質被膜付き切削工具1は、例えば金属製等の被削材に対して、転削加工(ミーリング加工)を施す転削工具(ミーリング工具)である。具体的に、本実施形態の硬質被膜付き切削工具1は、ボールエンドミルである。なお本実施形態では、硬質被膜付き切削工具1を、単に切削工具1、工具、エンドミル等と呼ぶ場合がある。
【0043】
硬質被膜付き切削工具1は、中心軸Cを中心とする柱状である。硬質被膜付き切削工具1は、シャンク2と、ボディ3と、を備える。なおボディ3は、切刃部3や刃部3などと言い換えてもよい。
【0044】
シャンク2及びボディ3は、中心軸Cを共通軸として、互いに同軸に配置されている。また、シャンク2とボディ3とは、中心軸Cが延びる方向において、互いに異なる位置に配置されている。
【0045】
〔方向の定義〕
本実施形態では、硬質被膜付き切削工具1の中心軸Cが延びる方向を軸方向と呼ぶ。軸方向のうち、シャンク2からボディ3へ向かう方向を軸方向の先端側または単に先端側と呼び、ボディ3からシャンク2へ向かう方向を軸方向の後端側または単に後端側と呼ぶ。
【0046】
中心軸Cと直交する方向を径方向と呼ぶ。径方向のうち、中心軸Cに近づく方向を径方向内側と呼び、中心軸Cから離れる方向を径方向外側と呼ぶ。
また、中心軸C回りに周回する方向を周方向と呼ぶ。周方向のうち、切削加工時に硬質被膜付き切削工具1が回転させられる方向を工具回転方向Tと呼び、これとは反対の回転方向を、工具回転方向Tとは反対側、または反工具回転方向と呼ぶ。
【0047】
〔シャンク〕
シャンク2は、中心軸Cを中心として軸方向に延びる円柱状である。シャンク2は、ボディ3の後端部に接続される。シャンク2は、図示しない工作機械の主軸等(以下、主軸等と省略する場合がある)に着脱可能に保持される。主軸等によって、シャンク2とともに切削工具1は、中心軸C回りの工具回転方向Tに回転させられつつ、図示しない被削材と相対的に径方向や軸方向に移動させられる。これにより硬質被膜付き切削工具1は、ボディ3の後述する切刃7(外周刃7A及び底刃7B)によって被削材に切り込んで、各種ミーリング加工を行う。
【0048】
〔ボディ〕
ボディ3は、中心軸Cに沿って軸方向に延びる略円柱状である。ボディ3は、切屑排出溝4と、すくい面5と、逃げ面6と、切刃7と、を有する。
【0049】
切屑排出溝4は、ボディ3の軸方向の先端側を向く先端面、及び径方向外側を向く外周面に開口し、この先端面から後端側に延びる。詳しくは、切屑排出溝4は、ボディ3の先端面から軸方向の後端側へ向かうに従い、反工具回転方向に向けて捩れて延びており、中心軸Cを中心とする螺旋状をなしている。
【0050】
切屑排出溝4は、周方向に互いに間隔をあけて複数設けられる。本実施形態では切屑排出溝4が、周方向に等ピッチで2つ設けられる。なお、切屑排出溝4の数は2つに限らず、3つ以上であってもよい。また、複数の切屑排出溝4が、周方向に不等ピッチで配列していてもよい。
後述するすくい面5、逃げ面6及び切刃7の組の数は、切屑排出溝4の数と同じである。すくい面5、逃げ面6及び切刃7の組は、中心軸C回りに互いに間隔をあけて複数設けられる。
【0051】
切屑排出溝4は、切屑排出溝4の先端部に配置されるギャッシュ8を有する。ギャッシュ8は、切屑排出溝4の一部(先端部)を構成する。ギャッシュ8は、径方向に延びる溝状である。ギャッシュ8の径方向内端部は、切屑排出溝4のうちギャッシュ8以外の部分よりも、中心軸Cに接近して配置されている。
【0052】
すくい面5は、切屑排出溝4の工具回転方向Tを向く壁面に配置される。逃げ面6は、ボディ3の先端面及び外周面に配置される。切刃7は、すくい面5と逃げ面6とが接続される稜線部に配置される。
【0053】
本実施形態の切削工具1はボールエンドミルであり、切刃7は、切屑排出溝4の工具回転方向Tを向く壁面とボディ3の外周面とが接続される稜線部に配置される外周刃7Aと、前記壁面とボディ3の先端面とが接続される稜線部に配置される底刃7Bと、を有する。
【0054】
詳しくは、外周刃7Aは、切屑排出溝4の工具回転方向Tを向く壁面(すくい面5)のうち先端部以外の部分と、逃げ面6のうちボディ3の外周面に配置される部分(外周逃げ面)とが接続される稜線部に形成される。
【0055】
外周刃7Aは、切屑排出溝4に沿って延びる。具体的に、外周刃7Aは、軸方向の後端側へ向かうに従い、反工具回転方向に向けて捩れて延びており、中心軸Cを中心とする螺旋状をなしている。
【0056】
底刃7Bは、切屑排出溝4の工具回転方向Tを向く壁面(すくい面5)のうち先端部、すなわちギャッシュ8の工具回転方向Tを向く壁面(ギャッシュすくい面)と、逃げ面6のうちボディ3の先端面に配置される部分(先端逃げ面)とが接続される稜線部に形成される。
【0057】
底刃7Bは、凸曲線状をなしている。具体的に、底刃7Bは、底刃7Bのうち最も中心軸Cに接近して配置される径方向内端部から径方向外側へ向かうに従い、軸方向の後端側かつ反工具回転方向に向けて、湾曲しつつ捩れて延びている。
【0058】
ここで、
図2は、硬質被膜付き切削工具1の切刃7、並びに、切刃7と隣接するすくい面5及び逃げ面6を含む領域(以下、切刃7近傍等と呼ぶ場合がある)の一部を模式的かつ簡略的に示す断面斜視図である。
【0059】
図2に示すように、本実施形態の硬質被膜付き切削工具1は、工具基体11と、工具基体11の表面11aに配置される硬質被膜12と、を備える。工具基体11及び硬質被膜12は、切削工具1のシャンク2及びボディ3のうち、少なくともボディ3に配置される。本実施形態では工具基体11及び硬質被膜12が、シャンク2及びボディ3の両方に配置される。
【0060】
〔工具基体及び硬質被膜〕
工具基体11は、上述した切削工具1の形状と同じ形状を有する。工具基体11は、例えば、WC基の超硬合金製等である。工具基体11は、超硬基体や超硬母材等と言い換えてもよい。
【0061】
硬質被膜12は、工具基体11の表面11aのうち、少なくとも切刃7及び逃げ面6に配置される。本実施形態では硬質被膜12が、工具基体11の表面11aのうち、切刃7、すくい面5及び逃げ面6にわたって配置されている。より詳しくは、硬質被膜12は、工具基体11のうち、少なくともボディ3に位置する部分の表面11a全域にわたって配置される。本実施形態では硬質被膜12が、工具基体11のうちシャンク2に位置する部分の表面11aにも配置されている。ただしこれに限らず、硬質被膜12は、工具基体11のうちシャンク2に位置する部分の表面11aには配置されていなくてもよい。
【0062】
硬質被膜12のうち逃げ面6に配置される部分の膜厚寸法は、例えば、3μm以上であり、6μm以下である。硬質被膜12は、工具基体11の表面11aに物理気相成長法(物理蒸着法とも呼ぶ。PVD:physical vapor deposition)により成膜されている。
【0063】
硬質被膜12は、単層または複数層で構成される。
図5及び
図6に示すように、本実施形態では硬質被膜12が、工具基体11の表面11aに配置される下層12aと、下層12aの表面に配置される上層12bと、を有する。本実施形態において、下層12aは、例えば、(Al,Ti,Si)N層等である。上層12bは、例えば、(Al,Cr,Si,Cu)N層等である。
【0064】
詳しくは、硬質被膜12を構成する層として、例えば、AlCr(X)N系やAlTi(X)系の材料を用いることができる。前記(X)としては、例えば、周期律表の第4、第5、第6族金属、Si及びY等が含まれる。
【0065】
そして、
図2~
図6に示すように、硬質被膜12は、硬質被膜12の内部に設けられ、逃げ面6に配置される複数の空孔13を有する。すなわち、硬質被膜12は、その内部に複数の空孔13を有する。
図5に示すように、本実施形態においては複数の空孔13が、硬質被膜12のうち上層12bの内部に配置されている。なお空孔13は、空隙、剥離、層間剥離、クラック等と言い換えてもよい。
【0066】
ここで、
図3~
図6の各図について説明する。
図3は、切削工具1のボディ3の一部(逃げ面6及び切刃7)を示す画像(側面画像)である。
図4は、逃げ面6に配置される硬質被膜12表面の画像であり、
図3の一部を拡大して示す画像である。なお
図4においては、硬質被膜12内部の複数の空孔13によって膜の表面状態が変化しており、この表面の凹凸に濃淡を付けることで起伏を強調している(表面の凹凸形状を視認しやすくしている)。
図5は、切削工具1の逃げ面6の一部(後述する第1領域A1)を示す断面図であり、詳しくは、逃げ面6の切刃7と平行な断面を表している。
図6は、切削工具1の逃げ面6の他の一部(後述する第2領域A2)を示す断面図であり、詳しくは、逃げ面6の切刃7と平行な断面を表している。
【0067】
また、
図4~
図6においては、XYZ直交座標系(3次元直交座標系)を設定し、各構成について説明する。
図4~
図6の各図において、Z軸方向は、硬質被膜12の膜厚方向に相当する。膜厚方向(Z軸方向)のうち、+Z側は、工具基体11から硬質被膜12へ向かう方向であり、-Z側は、硬質被膜12から工具基体11へ向かう方向である。
【0068】
X軸方向は、Z軸方向と直交する方向である。X軸方向は、切刃7が延びる方向(切刃7と平行な方向)に相当する。
Y軸方向は、Z軸方向及びX軸方向と直交する方向である。Y軸方向は、切刃7と直交する方向に相当する。
【0069】
図2に示すように、複数の空孔13は、切刃7に沿って並んで配置される。複数の空孔13は、切刃7に沿って延びる列14をなしている。複数の空孔13は、切刃7が延びる方向において、互いに間隔をあけて配置されている。なお前記切刃7とは、外周刃7Aであってもよいし、底刃7Bであってもよい。
【0070】
図2~
図4に示すように、複数の空孔13により構成される列14は、切刃7と直交する方向(
図4のY軸方向)において、互いに間隔をあけて複数設けられる。切刃7と直交する方向に隣り合う列14間のピッチ(中心間距離)は、例えば、0.1mm以上0.3mm以下である。
【0071】
ここで、
図4に示すように、逃げ面6に配置される硬質被膜12の表面を正面に見て(+Z側から見て)、列14が配置され切刃7に沿って延びる帯状の領域を、第1領域A1と呼ぶ。第1領域A1は、硬質被膜12の膜厚方向(Z軸方向)と垂直な所定の断面において、列14が配置され切刃7に沿って延びる帯状の領域でもある。また、
図4に示す硬質被膜12の正面視において、列14が配置されず切刃7に沿って延びる帯状の領域を、第2領域A2と呼ぶ。第2領域A2は、硬質被膜12の膜厚方向と垂直な所定の断面において、列14が配置されず切刃7に沿って延びる帯状の領域でもある。なお、上記「硬質被膜12の膜厚方向と垂直な所定の断面」とは、具体的には、複数の空孔13を含む断面を指す。
本実施形態では逃げ面6上に、硬質被膜12の第1領域A1と第2領域A2とが、切刃7と直交する方向において交互に並んで配置されている。
【0072】
そして、硬質被膜12の上記所定の断面において、第1領域A1に占める空孔13の占有率は、20%以上80%以下である。またこの断面において、第2領域A2に占める空孔13の占有率は、0%以上10%以下である。
【0073】
また、
図4に示すように逃げ面6を正面に見て、工具基体11の表面11aのうち、列14と重なり切刃7に沿って延びる帯状部分(第1領域A1)の表面粗さは、列14と重ならず切刃7に沿って延びる帯状部分(第2領域A2)の表面粗さよりも粗い(大きい)。具体的に、工具基体11の表面11aのうち列14と重なり切刃7に沿って延びる帯状部分(第1領域A1)の表面粗さは、例えば、最大高さ粗さRz:0.7μm以上であり、算術平均粗さRa:0.2μm以上である。
【0074】
より詳しくは、
図5に示す第1領域A1の断面における工具基体11の表面11aの表面粗さは、
図6に示す第2領域A2の断面における工具基体11の表面11aの表面粗さよりも粗い。またこれに伴い、
図5に示す第1領域A1の断面における硬質被膜12の表面の表面粗さは、
図6に示す第2領域A2の断面における硬質被膜12の表面の表面粗さよりも粗い。すなわち、硬質被膜12の表面のうち、第1領域A1に配置される部分には、第2領域A2に配置される部分よりも起伏が大きい凹凸形状が付与されている。
【0075】
また、
図3及び
図4に示すように、工具基体11は、工具基体11の表面11aのうち逃げ面6に配置される研削スジ11bを有する。研削スジ11bは、所定方向に延びる複数のスジを含む。本実施形態では、研削スジ11bの各スジが、切刃7と交差する方向に延びている。具体的に、研削スジ11bの各スジは、中心軸C回りの周方向に沿うように延びている。また、硬質被膜12内の各空孔13は、研削スジ11bの各スジに沿うように延びる。
【0076】
研削スジ11bは、エンドミル製造時において、図示しない回転砥石で工具基体11の表面11aのうち逃げ面6上に位置する部分に研削加工を施すこと等により、形成される。上記回転砥石としては、砥粒のばらつきが大きい砥石を用いることが好ましい。具体的には、例えば、砥石番手:#400~#600の複数種類の粒径の砥粒が混合された回転砥石を使用することが望ましい。
【0077】
本実施形態では上述したように、切刃7、逃げ面6及びすくい面5の組(以下、単に組と呼ぶ場合がある)が、中心軸C回りに互いに間隔をあけて複数設けられている。そして本実施形態では、切刃7に沿って並ぶ複数の空孔13(すなわち列14)が、複数の組のうち所定の組の逃げ面6に配置されており、所定の組以外の他の組の逃げ面6には配置されていない。
【0078】
より詳しくは、本実施形態の切削工具1は2枚刃のボールエンドミルであり、一対の切刃7のうち、一方の切刃7を含む一方の組の逃げ面6(一方の切刃7に隣接する一方の逃げ面6)には空孔13の列14が設けられており、他方の切刃7を含む他方の組の逃げ面6(他方の切刃7に隣接する他方の逃げ面6)には空孔13の列14が設けられていない。
【0079】
ここで、本実施形態の硬質被膜12の成膜方法について、一例を挙げて説明する。本実施形態では、工具基体11の表面11aにPVD法により硬質被膜12を成膜し、この成膜工程によって膜内に空孔13が形成される。成膜条件等については、下記の通りである。
【0080】
〔成膜条件等〕
・使用装置:アークイオンプレーティング装置
・ターゲット材料:下層12a…Al-Ti、上層12b…Al-Cr-Si
・電流:150A
・ガス:窒素
・バイアス電圧:-100V
【0081】
〔本実施形態による作用効果〕
以上説明した本実施形態の硬質被膜付き切削工具1では、硬質被膜12が、硬質被膜12の内部に配置される複数の空孔13を有する。これらの空孔13は、逃げ面6に位置しており、かつ、切刃7に沿って互いに間隔をあけて配置されている。硬質被膜12内に複数の空孔13が設けられることで、切削時に切削工具1が受ける衝撃を緩和する作用が得られ、切刃7近傍の耐欠損性が高められて、チッピングの発生が抑制される。
【0082】
また、複数の空孔13が切刃7に沿って配列しているため、切刃7が延びる方向に沿う広い範囲において、衝撃を緩和する作用が得られる。このため、切削条件や被削材の加工形状等に関わらず、刃先の耐欠損性を安定して高めることができる。
【0083】
また、切刃7に沿って並ぶ空孔13同士の間では、硬質被膜12のうち膜厚方向において空孔13の両側に位置する部分同士が接続されている。すなわち、隣り合う空孔13間では、硬質被膜12が空孔13によって分断されることなく、一体的に形成されている。このため、衝撃緩和作用を有する空孔13を設けつつも、硬質被膜12の膜強度が低下することを抑制でき、硬質被膜12の密着力が良好に維持される。硬質被膜12の膜強度が確保されることで、硬質被膜12による耐摩耗性能が安定して高められる。
【0084】
より詳しくは、例えば本実施形態と異なり、硬質被膜12内に広範囲に連続する空孔が設けられるような構成の場合、硬質被膜12のうち膜厚方向において空孔の内側(工具基体11側)に位置する部分と、外側(硬質被膜12の表面側)に位置する部分との密着力を確保することが難しい。このため、硬質被膜12の膜強度が低下し、硬質被膜12が剥離しやすくなるおそれがある。
【0085】
一方、本実施形態のように硬質被膜12内に非連続の空孔13が点在している構成の場合、硬質被膜12のうち膜厚方向において空孔13の内側に位置する部分と、外側に位置する部分との密着性が十分に確保される。このため、硬質被膜12の剥離が抑制され、硬質被膜12によって切刃7近傍の耐摩耗性及び耐欠損性が高められるとの作用効果が、安定して奏功される。
【0086】
以上より本実施形態によれば、硬質被膜12によって耐摩耗性を良好に維持しつつ、切刃7近傍の耐欠損性をより向上させることができる。この切削工具1によって高精度な切削加工を安定して行うことができ、工具寿命を延長することができる。
【0087】
また本実施形態では、複数の空孔13が、切刃7に沿って延びる列14をなしており、逃げ面6を正面に見て、工具基体11の表面11aのうち、列14と重なり切刃7に沿って延びる帯状部分(第1領域A1)の表面粗さが、列14と重ならず切刃7に沿って延びる帯状部分(第2領域A2)の表面粗さよりも粗い。
【0088】
本発明の発明者は、硬質被膜付き切削工具1について鋭意研究の結果、下記の知見を得るに至った。すなわち、工具基体11の表面11aのうち表面粗さが大きい(粗い)部分は、表面粗さが小さい(滑らかな)部分に比べて、硬質被膜12を成膜したときに、膜内に応力が生じやすい傾向がある。このような応力が生じることで、硬質被膜12の内部には、空孔13が形成されやすくなる。言い換えると、工具基体11の表面11aのうち表面粗さが大きい部分は、表面粗さが小さい部分に比べて、硬質被膜12を成膜したときに膜内に空孔13が形成されやすい。
【0089】
本実施形態の上記構成では、上述の研究結果に基づく知見を利用している。すなわち、工具基体11の表面11aのうち表面粗さが粗い帯状部分(第1領域A1)を意図的に形成しておき、この表面11aに硬質被膜12を成膜することで、表面粗さが粗い帯状部分の直上に、切刃7に沿って並ぶ複数の空孔13の列14を形成することができる。
【0090】
このように、硬質被膜12を成膜する前の工具基体11の表面粗さをコントロールすることで、上述の優れた作用効果を奏する複数の空孔13の列14を、硬質被膜12内の切刃7と平行な所望の位置に、安定して配置することができる。本実施形態によれば、特別な工程を経ることなく、硬質被膜12を成膜する工程によって複数の空孔13の列14を設けることができ、切削工具1の耐摩耗性及び耐欠損性を安定して高めることができる。
【0091】
また、工具基体11の表面11aのうち表面粗さが大きい部分では、その直上に配置される硬質被膜12の表面の表面粗さも大きくなる。このため、硬質被膜12の表面にクーラント溜りとなる凹凸形状が付与されて、切削時の潤滑性を高めることができる。これにより、切刃7近傍への被削材の溶着を防止することができる。
【0092】
また本実施形態では、工具基体11が、工具基体11の表面11aのうち逃げ面6に配置される研削スジ11bを有し、研削スジ11bは、所定方向に延びる複数のスジを含み、各空孔13は、研削スジ11bの各スジに沿うように延びる。
この場合、複数の空孔13は、逃げ面6上を延びる複数のスジ(研削スジ11b)に沿って、それぞれ延びる。工具基体11の表面11aに予め所定方向に延びる研削スジ11bを形成することによって、硬質被膜12内で研削スジ11bに沿って延びる複数の空孔13を設けることができ、下記のようなさらなる機能が付加される。
【0093】
本実施形態のように、工具基体11の表面11aの研削スジ11bを、切刃7と交差する向きに延ばすことで、各空孔13も切刃7と交差する向きに延びる。これにより、逃げ面6のうち切刃7と交差する方向(本実施形態では、中心軸C回りの周方向)に沿う広い範囲において、各空孔13によって切削時の衝撃を緩和する作用が得られることとなる。このため、切刃7近傍の耐欠損性をより高めることができる。
【0094】
また本実施形態では、硬質被膜12の膜厚方向と垂直な所定の断面(空孔13の列14を含む断面)において、列14が配置され切刃7に沿って延びる帯状の第1領域A1に占める空孔13の占有率が、20%以上80%以下である。
【0095】
硬質被膜12の膜厚方向と垂直な所定の断面において、切刃7と平行な帯状の第1領域A1に占める空孔13の占有率が、20%以上であれば、複数の空孔13によって切削時の衝撃を緩和する作用がより安定して得られ、切刃7近傍の耐欠損性を安定して向上できる。
【0096】
また、上記第1領域A1に占める空孔13の占有率が、80%以下であれば、硬質被膜12のうち膜厚方向において空孔13の内側(工具基体11側)に位置する部分と、外側(硬質被膜12の表面側)に位置する部分との密着力を安定して確保することができる。硬質被膜12の剥離がより確実に抑えられるため、硬質被膜12による耐摩耗性等の機能が良好に維持される。
【0097】
また本実施形態では、硬質被膜12の膜厚方向と垂直な所定の断面(空孔13の列14を含む断面)において、列14が配置されず切刃7に沿って延びる帯状の第2領域A2に占める空孔13の占有率が、10%以下である。
【0098】
本実施形態の硬質被膜付き切削工具1では、硬質被膜12内に複数の空孔13の列14が配置される帯状の第1領域A1によって、切削時の衝撃を緩和することができ、複数の空孔13の列14が配置されない帯状の第2領域A2によって、硬質被膜12の密着力を十分に高めることができる。
上記構成のように、第2領域A2に占める空孔13の占有率が10%以下であれば、第2領域A2での硬質被膜12の機能(密着力の向上に伴う耐摩耗性の向上等)がより安定して高められる。
【0099】
また本実施形態では、複数の空孔13の列14が、切刃7と直交する方向において、互いに間隔をあけて複数設けられる。
この場合、切刃7と平行に延びる空孔13の列14が、切刃7と直交する方向に並んで複数設けられる。これにより、逃げ面6のうち切刃7と直交する方向に沿う広い範囲において、切削時の衝撃を緩和する作用が得られる。したがって、切刃7近傍の耐欠損性をより高めることができる。
【0100】
また本実施形態では、切刃7と直交する方向に隣り合う列14間のピッチが、0.1mm以上0.3mm以下である。
【0101】
隣り合う空孔13の列14間のピッチが0.1mm以上であれば、この列14間において硬質被膜12の密着力を安定して確保することができる。硬質被膜12の剥離がより確実に抑えられるため、硬質被膜12による耐摩耗性等の機能が良好に維持される。
【0102】
また、隣り合う空孔13の列14間のピッチが0.3mm以下であれば、空孔13が配置されない領域が広くなり過ぎることを抑制できる。このため、空孔13によって切削時の衝撃を緩和する作用がより安定して奏功される。
【0103】
また本実施形態では、硬質被膜12のうち逃げ面6に配置される部分の膜厚寸法が、3μm以上である。
【0104】
本実施形態では、硬質被膜12の成膜時に膜内に生じる応力を利用することで、硬質被膜12内に空孔13を形成している。上記構成のように、硬質被膜12の膜厚方向に沿う寸法が3μm以上であると、膜内に生じる応力も大きくなり、膜内に空孔13を安定して形成することができる。
【0105】
また本実施形態では、硬質被膜12のうち逃げ面6に配置される部分の膜厚寸法が、6μm以下である。
【0106】
上記構成のように、硬質被膜12の膜厚方向に沿う寸法が6μm以下であると、硬質被膜12の表面から空孔13までの膜厚方向に沿う距離が大きくなり過ぎず、空孔13による衝撃緩和作用が安定して得られる。また、硬質被膜12全体としての膜厚寸法が大きくなり過ぎることも抑えられ、硬質被膜12が広範囲に剥離するような不具合が抑制される。
【0107】
また、本実施形態の硬質被膜付き切削工具1は、中心軸C回りに回転させられる転削工具(ミーリング工具)である。
本発明は、エンドミル、ドリル、リーマ等の転削工具に適用した場合に、特に顕著な作用効果を奏する。
【0108】
また本実施形態では、切刃7、すくい面5及び逃げ面6の組が、中心軸C回りに互いに間隔をあけて複数設けられており、切刃7に沿って並ぶ複数の空孔13(列14)は、複数の組のうち所定の組の逃げ面6に配置されており、所定の組以外の他の組の逃げ面6には配置されていない。
【0109】
この場合、硬質被膜付き切削工具1は、複数刃の転削工具である。複数の切刃7のうち、所定の切刃7に隣接する逃げ面6に、切刃7に沿って延びる複数の空孔13の列14が設けられており、所定の切刃7以外の他の切刃7に隣接する逃げ面6に、複数の空孔13の列14が設けられていないことで、下記の作用効果が得られる。
【0110】
すなわち、上記構成によれば、複数の切刃7のうち所定の切刃7において、空孔13により衝撃を緩和する作用が得られ、他の切刃7においては、空孔13による衝撃緩和作用は得られない。各切刃7において衝撃緩和作用の程度が異なるため、切削時に共振が発生することを抑えることができ、びびり振動を抑制できる。これにより、高精度の切削加工を安定して行うことができる。
【0111】
〔本発明に含まれるその他の構成〕
なお、本発明は前述の実施形態に限定されず、例えば下記に説明するように、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において構成の変更等が可能である。
【0112】
本発明の硬質被膜付き切削工具1は、ボールエンドミルに限らず、例えばスクエアエンドミル、ラジアスエンドミル、ラフィングエンドミル等であってもよい。また本発明は、エンドミルに限らず、ドリルやリーマ等の他の転削工具(ミーリング工具)に適用してもよい。また、切屑排出溝4の数、すなわちすくい面5、逃げ面6及び切刃7の組の数は、上述した複数に限らず、1つであってもよい。
また本発明は、転削工具に限らず、旋削工具(ターニング工具)に適用してもよい。
【0113】
本発明は、本発明の趣旨から逸脱しない範囲において、前述の実施形態及び変形例等で説明した各構成を組み合わせてもよく、また、構成の付加、省略、置換、その他の変更が可能である。また本発明は、前述した実施形態等によって限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明の硬質被膜付き切削工具によれば、耐摩耗性を良好に維持しつつ、耐欠損性をより向上できる。高精度な切削加工を安定して行うことができ、工具寿命を延長することができる。したがって、産業上の利用可能性を有する。
【符号の説明】
【0115】
1…硬質被膜付き切削工具
6…逃げ面
7…切刃
11…工具基体
11a…工具基体の表面
11b…研削スジ
12…硬質被膜
13…空孔
14…複数の空孔の列
A1…第1領域
A2…第2領域
C…中心軸