(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123446
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/42 20060101AFI20240905BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
F16C33/42 A
F16C19/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030867
(22)【出願日】2023-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100187827
【弁理士】
【氏名又は名称】赤塚 雅則
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 健
(72)【発明者】
【氏名】石田 光
【テーマコード(参考)】
3J701
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA10
3J701BA34
3J701BA45
3J701BA49
3J701CA08
3J701CA14
3J701EA31
3J701EA36
3J701EA37
3J701EA41
3J701EA44
3J701EA63
3J701EA76
3J701FA32
3J701FA51
3J701XB26
(57)【要約】
【課題】良好な慣らし性を維持しつつ、玉と保持器の間が接触するのを防止した、高速回転性能に優れた転がり軸受を提供する。
【解決手段】保持器3と、内輪5と、外輪7と、複数の玉8と、を有し、保持器3に形成されたポケット2の周方向端部に、玉8の表面のグリースを掻き取る、掻き取り部18が形成され、玉8がポケット2の周方向端部に当接した状態で、玉8が軸方向に非接触である逃がし部19が、ポケット壁部9に形成され、掻き取り部18の軸方向幅w2が、内外輪転走溝4、6の軸方向幅w1よりも広い構成とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポケット(2)を構成する、凹部を備えた複数のポケット壁部(9)と、前記ポケット壁部(9)同士を連結する結合板部(10)が周方向に交互に形成された環状体(11)と、前記2枚の環状体(11)を軸方向に対向させることで複数の前記ポケット(2)が周方向に形成された保持器(3)と、
外周面に内輪転走溝(4)が形成された内輪(5)と、
前記内輪(5)の外周側に設けられ、内周面に外輪転走溝(6)が形成された外輪(7)と、
前記内輪(5)と前記外輪(7)との間に設けられ、前記保持器(3)に形成された前記ポケット(2)によって保持された複数の玉(8)とを有し、
前記ポケット(2)の周方向端部に、前記玉(8)の表面のグリースを掻き取る、掻き取り部(18)が形成され、
前記玉(8)が前記ポケット(2)の周方向端部に当接した状態で、前記玉(8)が前記軸方向に非接触である逃がし部(19)が、前記ポケット壁部(9)に形成され、
前記掻き取り部(18)の軸方向幅(w2)が、前記転走溝(4、6)の軸方向幅(w1)よりも広いことを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記掻き取り部(18)の軸方向幅(w2)が、前記転走溝(4、6)の軸方向幅(w1)の105%以上であり、かつ、前記玉(8)の直径よりも小さい請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記掻き取り部(18)における前記玉(8)と前記ポケット(2)の間の隙間の大きさよりも、前記逃がし部(19)における前記玉(8)と前記ポケット(2)の間の隙間の大きさの方が大きく、前記逃がし部(19)の内面が、前記玉(8)に沿う球面状または径方向に延びる円筒状に形成されている請求項1または2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記掻き取り部(18)の内面と前記逃がし部(19)の内面との境界が、前記玉(8)の中心からの距離が連続的に変化する傾斜面(23)で構成されている請求項3に記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記ポケット(2)の内径側と外径側の少なくとも一方に、前記ポケット壁部(9)の径方向幅を前記結合板部(10)の径方向幅よりも小さくする切り欠き部(17)が形成されている請求項1または2に記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記玉(8)をセラミックスで構成した請求項1または2に記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、軸方向に対向する2枚の環状体からなる保持器を組み込んだ転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
グリースで潤滑を行う転がり軸受においては、回転する玉の表面に付着したグリースが、保持器のポケット内面や内外輪の転走溝に挟まれることによって、軸受の昇温、振動、騒音値などの各パラメータに影響を与え、軸受内部のグリースの流動が軸受の性能に大きく関係することが分かっている。
【0003】
例えば下記特許文献1では、保持器のポケットの内径側または外径側に弧状の切り欠き部を形成し、この切り欠き部で玉の表面に付着したグリースの掻き取り性を向上させて慣らし時間を削減している。また、静止空間に滞留するグリースの一部を切り欠き部で掻き取り、玉とポケットの間に基油を供給することで発熱を抑えている。この切り欠き部を形成することで、グリースの掻き取り性を向上することができる一方で、高速回転する保持器に遠心力が作用することで、玉とポケットの間の軸方向の隙間が狭まるようにポケットが変形し、玉とポケットが接触して、油焼け、異常摩耗、発熱など軸受のパラメータが悪化するおそれがある。
【0004】
そこで、例えば下記特許文献2では、保持器のポケットの形状を玉のピッチ円よりも内径側で円筒状として逃がしを設けることで、遠心力によって保持器のポケットに軸方向の変形が生じても、玉とポケットの間で接触が生じるのを防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-159548号公報
【特許文献2】特許第5876237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2に示すように、ポケットの内径側を円筒状とすることで、この内径側での玉とポケットの間の接触を防止することができる反面、玉とポケットの間の隙間が大きくなって、運転開始時にポケット内部へのグリースの侵入量が増えるとともに、ポケット内部の空間容積が増えるため、グリースの滞留量が増えて慣らし性が低下(慣らし時間が増加)する。このように、玉とポケットの間の接触防止と、慣らし性の維持の両立は難しい。
【0007】
また、グリースの滞留量が増えるとポケット内部でのグリースと玉の間のせん断により発熱量が増加する問題がある。さらに、ポケットの内径側を円筒状とするとその内径側でのポケットの肉厚が小さくなることで剛性が低下して遠心力による変形量が大きくなるため、高速回転する使用には適用できないおそれもある。
【0008】
そこで、この発明は、保持器によって玉表面のグリースを効果的に掻き取ることで良好な慣らし性を維持しつつ、保持器に遠心力が作用した際に玉と保持器の間が接触するのを防止することができる、高速回転性能に優れた転がり軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、この発明においては、
ポケットを構成する、凹部を備えた複数のポケット壁部と、前記ポケット壁部同士を連結する結合板部が、周方向に交互に形成された環状体と、前記2枚の環状体を軸方向に対向させることで複数の前記ポケットが周方向に形成された保持器と、
外周面に内輪転走溝が形成された内輪と、
前記内輪の外周側に設けられ、内周面に外輪転走溝が形成された外輪と、
前記内輪と前記外輪との間に設けられ、前記保持器に形成された前記ポケットによって保持された複数の玉とを有し、
前記ポケットの周方向端部に、前記玉の表面のグリースを掻き取る、掻き取り部が形成され、
前記玉が前記ポケットの周方向端部に当接した状態で、前記玉が前記軸方向に非接触である逃がし部が、前記ポケット壁部に形成され、
前記掻き取り部の軸方向幅が、前記転走溝の軸方向幅よりも広いことを特徴とする転がり軸受を構成した。
【0010】
このようにすると、掻き取り部によって、転走溝の軸方向幅に対応する範囲において玉表面のグリースを効果的に掻き取ることで良好な慣らし性を維持しつつ、逃がし部によって、玉と保持器の間が接触するのを防止することができるため、高速回転性能に優れた転がり軸受を提供することができる。
【0011】
前記構成においては、前記掻き取り部の軸方向幅が、前記転走溝の軸方向幅の105%以上であり、かつ、前記玉の直径よりも小さい構成とすることができる。このようにすると、アキシャル方向の荷重により内外輪の軸方向の位相が変化した場合でも、転走溝の軸方向幅よりも十分広い範囲でグリースを掻き取ることができるため、確実に良好な慣らし性を維持することができる。
【0012】
前記のすべての構成においては、前記掻き取り部における前記玉と前記ポケットの間の隙間の大きさよりも、前記逃がし部における前記玉と前記ポケットの間の隙間の大きさの方が大きく、前記逃がし部の内面が、前記玉に沿う球面状または径方向に延びる円筒状に形成されている構成とすることができる。このようにすると、玉とポケットの間が相対的に狭小な掻き取り部で効果的にグリースを掻き取るとともに、玉と球面状または円筒状としたポケットの間の相対的に広い隙間によって、玉とポケットが軸方向において接触するのを確実に防止することができる。逃がし部における玉とポケットの間の隙間の大きさは、保持器が軸方向に変位したときに、保持器とボールが最初に接触する点よりも大きく逃がすように設定される。
【0013】
前記のすべての構成においては、前記掻き取り部の内面と前記逃がし部の内面との境界を、前記玉の中心からの距離が連続的に変化する傾斜面で構成することができる。このようにすると、玉とポケットの接触が面接触状態となり、接触部における油切れがより抑制され、グリースの寿命を延ばすことができる。
【0014】
前記のすべての構成においては、前記ポケットの内径側と外径側の少なくとも一方に、前記ポケット壁部の径方向幅を前記結合板部の径方向幅よりも小さくする切り欠き部が形成されている構成とすることができる。このようにすると、このようにすると、玉と保持器の間のグリース保持領域が小さくなることに伴ってグリース量が少なくなり、ポケット内部でのグリースと玉の間のせん断による発熱とグリースの偏りに伴うアンバランス量を抑制することができる。また、切り欠き部によって玉に付着したグリースを掻き取る効果が発揮されるため、慣らし運転の時間を一層削減することができる。
【0015】
前記のすべての構成においては、前記玉をセラミックスで構成することができる。このようにすると、玉が軽量化されるため、玉と保持器が衝突したときの衝撃を抑えて、高速回転時の静粛性を高めることができる。
【発明の効果】
【0016】
この発明では、2枚の環状体を軸方向に対向させることで複数のポケットが周方向に形成される保持器を有する転がり軸受において、前記ポケットの周方向端部に、玉の表面のグリースを掻き取る、掻き取り部が形成され、前記玉が前記ポケットの周方向端部に当接した状態で、前記玉が前記軸方向に非接触である逃がし部が、ポケット壁部に形成され、前記掻き取り部の軸方向幅が、内外輪転走溝の軸方向幅よりも広い構成としたので、保持器によって玉表面のグリースを効果的に掻き取ることで良好な慣らし性を維持しつつ、玉と保持器の間が接触するのを防止することができる、高速回転性能に優れた転がり軸受を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】この発明に係る転がり軸受の一実施形態を示す断面図
【
図5】
図1に示す転がり軸受の要部を径方向から見た断面図
【
図6】
図1に示す転がり軸受の要部を示す断面図であって、(a)は保持器の変形前、(b)は遠心力による保持器の変形後
【発明を実施するための形態】
【0018】
この発明に係る転がり軸受1の一実施形態を
図1から
図6に基づいて説明する。以下の説明では、転がり軸受1の回転軸に沿う方向を軸方向、前記回転軸に対し直交する方向を径方向、前記回転軸を中心とする円弧に沿う方向を周方向という。この転がり軸受1は、
図1から
図3に示すように、複数のポケット2が周方向に所定間隔をおいて形成された保持器3と、外周面に内輪転走溝4が形成された内輪5と、内輪5の外周側に設けられ、内周面に外輪転走溝6が形成された外輪7と、内輪5と外輪7との間に介在するよう設けられ、保持器3に形成されたポケット2によって保持された複数の玉8と、を有する玉軸受である。
【0019】
図2および
図3に示すように、保持器3は、ポケット2を構成する凹部を備えた複数のポケット壁部9と、ポケット壁部9同士を連結する結合板部10と、が周方向に交互に形成された2枚の環状体11を軸方向に対向させることで構成されている。2枚の環状体11を組み合わせた状態で、ポケット壁部9が玉8の軸方向移動を規制し、結合板部10が玉8の周方向移動を規制している。ポケット2内の結合板部10側には、玉8と周方向に対向するように球面凹部12が形成されており、玉8はこの球面凹部12に案内されて回転する。
【0020】
この保持器3は、ポケット2の内面と玉8の接触により保持器3が径方向に位置決めされる玉案内形式となっている。このため、保持器3の内周は内輪5と非接触、かつ、保持器3の外周は外輪7と非接触となっている。
【0021】
保持器3を構成する各環状体11は、合成樹脂の射出成形によって形成されている。2枚の環状体11は同一形状であり、同一の金型で成形することが可能である。各環状体11を構成する合成樹脂として、例えば、ポリアミド(PA)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)などの熱可塑性樹脂が挙げられる。各環状体11を構成する合成樹脂には、強度を高めるために、例えば、ガラス繊維、カーボン繊維、アラミド繊維などの繊維が混合されている。
【0022】
図3に示すように、結合板部10は、2枚の環状体11を組み合わせたときに面接触する合わせ面13を有している。合わせ面13の一方側には結合孔14が、合わせ面13の他方側には結合爪15がそれぞれ形成されており、結合孔14に結合爪15を嵌め込むことによって、2枚の環状体11が結合される。2枚の環状体11の合わせ目16は、球面凹部12の中心を避けるように設けられている。
【0023】
ポケット2の内径側および外径側には、ポケット壁部9の径方向幅を結合板部10の径方向幅よりも小さくする切り欠き部17が形成されている。この切り欠き部17は円弧状をなしており、ポケット壁部9の周方向の中間部の径方向幅が最も小さく、この中間部から周方向の両側に向かうにつれて径方向幅が拡がっている。玉8のピッチ円Pは、このポケット壁部9の周方向の中間部における径方向幅のほぼ中央に位置している。
【0024】
この実施形態においては、ポケット2の内径側および外径側に切り欠き部17を形成したが、内径側と外径側の一方のみに切り欠き部17を形成する構成とすることもできる。また、切り欠き部17を円弧状とする代わりに、段差を有する形状としたり、切り欠き部17を形成しない構成としたりすることができる可能性もある。
【0025】
ポケット2の内面には、掻き取り部18と逃がし部19が形成されている。掻き取り部18は、ポケット2によって保持された球8が転走する内輪5および外輪7の内外輪転走溝4、6の軸方向幅w1(レース幅)よりも広い軸方向幅w2で玉8の転走時にその表面のグリースを掻き取る機能を有する。掻き取り部18の軸方向幅w2は、内外輪転走溝4、6の軸方向幅w1の105%以上であり、かつ、玉8の直径よりも小さくなるよう設定される。
【0026】
逃がし部19は、掻き取り部18よりも軸方向外側に形成されている。逃がし部19の内面は、
図4、
図5、および、
図6(a)に示すように、玉8に沿う球面状に形成されている。掻き取り部18における玉8とポケット2の間の隙間の大きさよりも、逃がし部19における玉8とポケット2の間の隙間の大きさの方が大きく、掻き取り部18と逃がし部19の境界は段差20となっている。
【0027】
玉8がポケット2の周方向端部(結合板部10側)に当接した状態で、例えば遠心力によって保持器3が変形した際に、
図6(b)に示すように玉8と逃がし部19の間が非接触となるように設計されている(
図6(b)中のA部を参照)。逃がし部19の逃がし量(深さ)は、保持器3の形状や材質、保持器3に作用する遠心力の大きさなどを考慮して適宜決定することができる。
【0028】
図1に示すように、内輪5と外輪7の間には、玉8と保持器3を間にして軸方向に対向する一対のシール部材21が設けられている。シール部材21の外周は、外輪7の外輪転走溝6の軸方向両側に形成されたシール溝22に固定され、シール部材21の内周は、内輪5の外周に摺接している。このシール部材21で、内輪5と外輪7の間の環状空間に封入されたグリースが転がり軸受1の外部に漏れるのを防止している。
【0029】
玉8は、一般的に用いられる鋼よりも比重が小さいセラミックスで構成されている。このセラミックスとして、例えば比重が鋼の半分以下である窒化珪素(Si3N4)を採用することができる。
【0030】
<性能評価>
上記特許文献1として例示した構成(比較例1)および上記特許文献2として例示した構成(比較例2)と、本願の上記一実施形態(実施例)に係る構成に対し、油焼け(劣化油の内外輪転走溝4、6への固着状況)、昇温特性(温度スパイクの発生状況)、振動特性(振動の発生状況)、および、音響特性(異音の発生状況)について性能評価を行った。その結果を表1に示す。表中の符号は、〇が良好、△が許容範囲内、×が不良であることを示す。
【0031】
比較例1(ポケットに単に切り欠き部を形成した構成)は、昇温特性、振動特性、および、音響特性は比較的良好であったが、油焼けによる変色が顕著に観察され、製品上問題があることが判明した。また、比較例2(ポケットの内径側を円筒状とした構成)は、油焼けは問題なかったが、昇温特性、振動特性、および、音響特性の点で製品上問題があることが判明した。その一方で、本願の上記一実施形態に係る構成は、昇温特性、振動特性、および、音響特性は良好であり、油焼けも許容範囲内で製品上特に問題がなく、比較例1および2に係る構成と比較して性能上のバランスが優れていた。
【0032】
【0033】
性能評価の項目の一つである昇温特性の測定結果を
図7に例示する。ポケットの内径側を円筒状とした比較例2では、軸受回転速度が変化するとき(3時間および6時間のタイミング)に大きな温度スパイク(30~40℃)が測定された。その一方で、ポケットに切り欠き部を形成した比較例1は、玉表面のグリースが切り欠き部によって玉8と保持器3の間のグリース保持領域が小さくなってグリース量が少なくなるとともに、玉に付着したグリースが掻き取られることによって温度スパイクが大幅に抑制(20~30℃)された。また、ポケット2に掻き取り部18および逃がし部19を形成した本願発明の実施例は、逃がし部19ではグリースが掻き取られずに玉8の表面に残留するが、掻き取り部18でグリースを十分掻き取ることができるため、比較例1と同様に温度スパイクを大幅に抑制することができた。
【0034】
また、上記一実施形態に係る構成に対し、掻き取り部18の軸方向幅w2が慣らし性に与える影響を評価した。その結果を表2に示す。表中の符号は、◎が非常に良好、〇が良好、×が不良であることを示す。
【0035】
掻き取り部18の軸方向幅w2が、内外輪転走溝4、6の軸方向幅w1(以下、表2などにおいて適宜レース幅w1と記載)の100%未満のときは、掻き取り部18による玉8の表面のグリースの掻き取りが不十分となって内外輪転走溝4、6にグリースが残りやすく、慣らし性の点で問題があることが判明した。その一方で、軸方向幅w2をレース幅w1の100%以上とすることにより慣らし性が良好となることが確認できた。特に、軸方向幅w2をレース幅w1の105%以上とすることにより、アキシャル方向の荷重により内外輪5、7の軸方向の位相が変化した場合でも、内外輪転走溝4、6のレース幅w1よりも十分広い範囲でグリースを掻き取ることができるため、確実に良好な慣らし性を維持することができることが確認できた。
【0036】
【0037】
上記一実施形態に係る転がり軸受1は、掻き取り部18によって、内外輪転走溝4、6の軸方向幅w1に対応する範囲において玉8の表面のグリースを効果的に掻き取ることで良好な慣らし性を維持しつつ、逃がし部19によって、保持器3に例えば遠心力が作用した際に玉8と保持器3の間を非接触とすることができるため、高速回転性能に優れた転がり軸受1を提供することができる。また、保持器3を樹脂成形した場合は、その寸法精度にばらつきが生じることがあるが、上記一実施形態に係る転がり軸受1においては、逃がし部19によってそのばらつきが吸収されるため、ロバスト性の向上を図ることができる。
【0038】
また、上記一実施形態に係る転がり軸受1は、掻き取り部18の軸方向幅w2を、内外輪転走溝4、6の軸方向幅w1の105%以上であり、かつ、玉8の直径よりも小さい構成としたので、アキシャル方向の荷重により内外輪5、7の軸方向の位相が変化した場合でも、確実に良好な慣らし性を維持することができる。
【0039】
また、上記一実施形態に係る転がり軸受1は、ポケット2の内径側および外径側に切り欠き部17を形成したので、玉8と保持器3の間のグリース保持領域が小さくなってグリース量が少なくなる。このため、ポケット2内部でのグリースGと玉8の間のせん断による発熱を抑制することができる。また、切り欠き部17によって玉8に付着したグリースを掻き取る効果が発揮されるため、慣らし運転の時間を一層削減することができる。
【0040】
また、上記一実施形態に係る転がり軸受1は、2枚の環状体11の合わせ目16が球面凹部12の中心を避けるように設けられており、玉8と保持器3が最も強く接触する部分(球面凹部12の中心)に合わせ目16がない。このため、遠心力によって保持器3が変形して合わせ目16に段差が生じた場合でも、その段差による影響を抑制することができ、高速回転時の保持器3の動きを安定させることができる。
【0041】
また、上記一実施形態に係る転がり軸受1は、セラミックス製の玉8を採用したので、鋼製の場合と比較して玉8が軽量化され、玉8と保持器3が衝突したときの衝撃を抑えて、高速回転時の静粛性を高めることができる。
【0042】
上記一実施形態に用いられる保持器3の第一変形例を
図8に示す。第一変形例に係る保持器3は、逃がし部19の内面が径方向に延びる円筒状に形成されている点で、逃がし部19の内面が球面状からなる上記一実施形態に係る保持器3と異なる。このように逃がし部19を円筒状とした場合も、逃がし部19を球面状とした場合と同様に、保持器3に例えば遠心力が作用した際に玉8と保持器3を非接触とすることができる。
【0043】
上記一実施形態に用いられる保持器3の第二変形例を
図9に示す。第二変形例に係る保持器3は、掻き取り部18の内面と逃がし部19の内面との境界が、玉8の中心からの距離が連続的に変化する傾斜面23(テーパ形状)で構成されている点で、境界が段差20からなる上記一実施形態に係る保持器3と異なる。このように境界を傾斜面23とすることにより、玉8とポケット2の接触が面接触状態となり、接触部における油切れがより抑制され、グリースの寿命を延ばすことができる。
【0044】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0045】
2 ポケット
3 保持器
4 内輪転走溝
5 内輪
6 外輪転走溝
7 外輪
8 玉
9 ポケット壁部
10 結合板部
11 環状体
17 切り欠き部
18 掻き取り部
19 逃がし部
23 傾斜面
w1 (内外輪転走溝の)軸方向幅(レース幅)
w2 (掻き取り部の)軸方向幅