IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日立オートモティブシステムズ株式会社の特許一覧

特開2024-123479車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置
<>
  • 特開-車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置 図1
  • 特開-車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置 図2
  • 特開-車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123479
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 40/103 20120101AFI20240905BHJP
【FI】
B60W40/103
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030929
(22)【出願日】2023-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129425
【弁理士】
【氏名又は名称】小川 護晃
(74)【代理人】
【識別番号】100168642
【弁理士】
【氏名又は名称】関谷 充司
(72)【発明者】
【氏名】グエン ヴァンノン
【テーマコード(参考)】
3D241
【Fターム(参考)】
3D241BA49
3D241BA50
3D241CE02
3D241CE03
3D241CE04
3D241CE05
3D241CE09
3D241DA52Z
3D241DA54Z
3D241DB02Z
3D241DB05Z
3D241DB09Z
3D241DB12Z
3D241DB13Z
3D241DB14Z
3D241DB15Z
3D241DB18B
3D241DB20Z
3D241DB22Z
3D241DB24Z
3D241DB28Z
3D241DB32Z
3D241DB40Z
3D241DB42Z
3D241DB46Z
3D241DB48Z
3D241DC41Z
3D241DC46Z
3D241DC47Z
(57)【要約】
【課題】車体すべり角の推定精度を向上させることができる、車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置を提供する。
【解決手段】本発明に係る車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置は、その1つの態様において、車両の車速に関する第1物理量と、前記車両の車輪の操舵角に関する第2物理量と、前記車両のロールレートに基づく横力とから、車両運動方程式により、前記車両の向きと前記車両の進行方向とがなす角である車体すべり角の推定値を求める。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載された制御装置が実行する車体すべり角推定方法であって、
前記車両の車速に関する第1物理量と、前記車両の車輪の操舵角に関する第2物理量と、を取得し、
前記第1物理量と前記第2物理量と前記車両のロールレートに基づく横力とから、車両運動方程式により、前記車両の向きと前記車両の進行方向とがなす角である車体すべり角の推定値を求める、
車体すべり角推定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の車体すべり角推定方法であって、
前記車両運動方程式は2輪モデルであり、タイヤモデルの出力を前記車両運動方程式に導入する、
車体すべり角推定方法。
【請求項3】
請求項2に記載の車体すべり角推定方法であって、
前記車両運動方程式によって求められた前記車体すべり角の推定値を、カルマンフィルタに導入する、
車体すべり角推定方法。
【請求項4】
請求項3に記載の車体すべり角推定方法であって、
前記カルマンフィルタによって求められた前記車体すべり角の推定値を、最適化レギュレータに導入する、
車体すべり角推定方法。
【請求項5】
請求項1に記載の車体すべり角推定方法であって、
前記車両のロールレートに基づく前記横力を前回の前記車体すべり角の推定値に基づいて求め、求めた前記車両のロールレートに基づく前記横力を前記車両運動方程式にフィードバックする、
車体すべり角推定方法。
【請求項6】
車両に搭載された制御装置が実行する車体すべり角推定プログラムであって、
前記車両の車速に関する第1物理量と、前記車両の車輪の操舵角に関する第2物理量と、前記車両のロールレートに基づく横力と、に基づいて、予め記憶された車両運動方程式により、前記車両の向きと前記車両の進行方向とがなす角である車体すべり角の推定値を求める、
車体すべり角推定プログラム。
【請求項7】
車両に搭載される車両制御装置であって、
前記車両の車速に関する第1物理量と、前記車両の車輪の操舵角に関する第2物理量と、を取得し、
前記第1物理量と前記第2物理量と前記車両のロールレートに基づく横力とから、予め記憶された車両運動方程式により、前記車両の向きと前記車両の進行方向とがなす角である車体すべり角の推定値を求め、
前記推定値に基づく制御指令を前記車両に設けられるアクチュエータへ出力する、
車両制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1の車両状態推定装置は、非線形車両モデルに基づいて、操舵入力及び加減速入力に対して発生すると推定されるヨーレートr、横加速度Gy、及び車体スリップ角βを推定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平09-142280号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、車両の向きと車両の進行方向とがなす角である車体すべり角を、車速や操舵角の情報を用いて推定していたが、車両のロール挙動に伴ってコーナリングフォース(換言すれば、ヨーモーメント)が発生することで、車体すべり角の推定精度が低下するという問題があった。
【0005】
本発明は、従来の実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、車体すべり角の推定精度を向上させることができる、車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置は、その一態様において、車両の車速に関する第1物理量と、前記車両の車輪の操舵角に関する第2物理量と、前記車両のロールレートに基づく横力とから、車両運動方程式により、前記車両の向きと前記車両の進行方向とがなす角である車体すべり角の推定値を求める。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、車体すべり角の推定精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラムを実行する車両制御装置を含む車両制御システムを示すブロック図である。
図2】車体すべり角推定方法、換言すれば、車体すべり角推定プログラムによる車体すべり角推定処理の概要を示す図である。
図3】車体すべり角推定方法のロジック、換言すれば、車体すべり角推定プログラムが機能させる各機能部の一態様を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明に係る車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラム、及び車両制御装置の実施形態を、図面に基づいて説明する。
図1は、車両100に搭載される車両制御システム200を示すブロック図である。
車両制御システム200は、車両100の向きと車両100の進行方向とがなす角である車体すべり角β[rad]を推定する機能部を有し、推定した車体すべり角βに基づいて車両100の運動を制御するシステムである。
【0010】
車両制御システム200は、外界認識部300、車両状態取得部400、車両制御装置500、アクチュエータ部600を備える。
外界認識部300は、車両100の外界情報、換言すれば、車両100が走行する走行路の走行環境に関する情報を取得する。
【0011】
外界認識部300は、一態様として、GPS(Global Positioning System)受信部310、地図データベース320、無線通信装置330、カメラ340、レーダ350、LiDAR(Light Detection and Ranging、Laser Imaging Detection and Ranging)360を備える。
GPS受信部310は、GPS衛星から信号を受信することにより、車両100の位置の緯度及び経度を測定する。
【0012】
地図データベース320は、車両100に搭載された記憶装置内に形成される。
なお、地図データベース320の地図情報は、道路位置、道路形状、交差点位置などの情報を含む。
【0013】
無線通信装置330は、路車間通信及び/または車車間通信を行うための装置である。
路車間通信の場合、無線通信装置330は、車両100の情報を路側機に送信し、カーブや交差点などの道路交通情報を路側機から受信する。
また、車車間通信の場合、無線通信装置330は、他の車両から道路交通情報や通信相手の車両の挙動情報などを取得し、車両100の挙動情報や道路交通情報などを他の車両に送信する。
【0014】
カメラ340は、ステレオカメラ、単眼カメラ、全周囲カメラなどであり、車両100の周囲を撮影して、車両100の周囲の画像情報を取得する。
レーダ350及びLiDAR360は、車両100の周囲の移動物体及び静止物体を検出し、検出した物体に関する情報を出力する。
【0015】
車両状態取得部400は、車両100の運動状態に関する情報を取得する。
車両状態取得部400は、一態様として、車輪速センサ410、加速度センサ420、ジャイロセンサ430、前輪舵角センサ440、後輪舵角センサ450を備える。
【0016】
車輪速センサ410は、車両100の4輪101-104それぞれの回転速度を検出するセンサであり、車両制御装置500は、車輪速センサ410が検出した4輪101-104それぞれの回転速度に基づいて、車両100の走行速度である車速V[m/s]を求める。
また、加速度センサ420は、車両挙動における加速度を検出するセンサであって、車両100の前後加速度αx[m/s2]、横加速度αy[m/s2]を検出する。
【0017】
また、ジャイロセンサ430は、車両挙動における角速度[rad/s]を検出するセンサであって、車両100のヨーレート、ロールレート、及び、ピッチレートを検出する。
なお、車両100は、加速度センサ420とジャイロセンサ430とを一体化した多軸慣性センサを備えることができる。
【0018】
また、前輪舵角センサ440は、前輪操舵装置630によって可変とされる前輪101,102の操舵角である前輪舵角δf[rad]を検出する。
また、後輪舵角センサ450は、後輪操舵装置640によって可変とされる後輪103,104の操舵角である後輪舵角δr[rad]を検出する。
【0019】
アクチュエータ部600は、車両100の駆動力を発生する内燃機関やモータなどの駆動装置610、車両100の各車輪101-104に制動力を付与する制動装置620を備える。
さらに、アクチュエータ部600は、前述した、前輪101,102を操舵する前輪操舵装置630、及び、後輪103,104を操舵する後輪操舵装置640を備える。
なお、駆動装置610、制動装置620、前輪操舵装置630、及び後輪操舵装置640は、電気信号によって制御量(駆動力、制動力、前輪舵角δf、後輪舵角δr)を電子制御することが可能なアクチュエータを備える。
【0020】
車両制御装置500は、入力した情報に基づいて演算を行って演算結果を出力するコントロール部としてのマイクロコンピュータ510を備える。
マイクロコンピュータ510は、図示を省略したMPU(Microprocessor Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)などを備え、たとえば、記憶部としてのROMに記憶されているプログラムをMPUで動作させることにより各種の機能を実現する。
上記プログラムは、後で説明する車体すべり角推定プログラムを含む。
なお、マイクロコンピュータ510は、MCU(Micro Controller Unit)、プロセッサ、処理装置、演算装置などと言い換えることができる。
【0021】
マイクロコンピュータ510は、外界認識部300から、車両100の位置情報、道路形状情報、路面情報、車両100周囲の物体に関する情報などを含む、車両100が走行する走行路の走行環境に関する情報を取得する。
また、マイクロコンピュータ510は、車両状態取得部400から、車速V、前後加速度αx、横加速度αy、ヨーレートrを含む角速度、前輪舵角δf、後輪舵角δrなどの車両100の運動状態に関する情報を取得する。
そして、マイクロコンピュータ510は、取得した各種情報に基づいて車両100の運動を制御するための制御指令を生成し、生成した制御指令をアクチュエータ部600に出力する。
【0022】
ここで、マイクロコンピュータ510による車両100の運動制御には、自動走行制御が含まれる。
マイクロコンピュータ510は、自動走行制御において、車両100の外界情報などに基づいて車両100の目標軌道および目標車速を走行計画として生成し、走行計画に沿って車両100を走行させるための制御指令をアクチュエータ部600に出力する。
【0023】
マイクロコンピュータ510は、車両100の運動制御のための機能部として、周囲状況認識部511、走行計画生成部512、車両制御部513、車体すべり角推定部514を備える。
つまり、ROMなどの非揮発性メモリによって提供される、車体すべり角推定プログラムを含むプログラムは、マイクロコンピュータ510を、周囲状況認識部511、走行計画生成部512、車両制御部513、車体すべり角推定部514として機能させる。
周囲状況認識部511は、外界認識部300から取得した外界情報に基づき、車両100の位置情報、道路形状、障害物の情報を含む、車両100の周囲の状況を認識する。
【0024】
走行計画生成部512は、周囲状況認識部511が認識した車両100の周囲の状況に基づき、車両100の目標軌道および目標車速を走行計画として生成する。
車両制御部513は、走行計画生成部512による走行計画に基づく目標軌道、目標車速の情報、及び、車両状態取得部400が取得した車両100の運動状態に基づき、走行計画に沿って車両100を走行させるための制御指令を、アクチュエータ部600に出力する。
【0025】
車体すべり角推定部514は、車両状態取得部400が取得した車両100の運動状態に基づき、車両運動方程式を用いて、車両100の走行姿勢を示す状態量である車体すべり角βを推定する。
なお、ROMなどによって提供される車体すべり角推定プログラムは、マイクロコンピュータ510を車体すべり角推定部514として機能させる。
そして、車両制御部513は、車体すべり角推定部514が推定した車体すべり角βの情報を取得し、車体すべり角βに基づく制御指令をアクチュエータ部600に出力することで、スピン抑止などの走行安定化や目標軌道への追従性の向上などを図る。
つまり、車両制御部513は、車体すべり角βに基づく制御指令を車両100に設けられるアクチュエータへ出力することで、車両100の運動を制御する制御機能を有する。
【0026】
以下では、車体すべり角推定部514による、車両運動方程式を用いた車体すべり角βの推定処理を詳細に説明する。
車両100の基本的な運動方程式は、数式1及び数式2のように書くことができる。
なお、数式1、数式2において、m[kg]は車両質量、V[m/s]は車速、r[rad/s]はヨーレート、Ff[N]は前輪が発生する横力、Fr[N]は後輪が発生する横力、Iz[kgm2]は慣性モーメント、Lf[m]は重心から前輪軸までの距離(フロントホイールベース)、Lr[m]は重心から後輪軸までの距離(リアホイールベース)である。
【数1】
【数2】
【0027】
さらに、横力Ff,Frは、数式3、数式4で表される。
数式3、数式4において、αf[rad]は前輪すべり角、αr[rad]は後輪すべり角、Kf[N/rad]は前輪のコーナリングスティフネス(cornering stiffness)、Kr[N/rad]は後輪のコーナリングスティフネスである。
なお、前輪すべり角αf、後輪すべり角αrは、車輪を上から見たときに、車輪の中心面の向きと、車輪の進行方向とのなす角度である。
【数3】
【数4】
【0028】
車体すべり角推定部514が実行する車体すべり角推定方法においては、前輪すべり角αfを数式5のように近似し、後輪すべり角αrを数式6のように近似する。
【数5】
【数6】
数式5,数式6において、δf[rad]は前輪舵角、δr[rad]は後輪舵角、h[m]は重心高(ロールセンタから重心までの距離)、φ[rad]はロール角である。
【0029】
前輪すべり角αf、後輪すべり角αrが数式5、数式6のように近似される場合、数式3、数式4の横力Ff,Frは、数式7、数式8のように表されることになる。
【数7】
【数8】
【0030】
車体すべり角推定部514は、上記の数式7、数式8に示した車両モデルの運動方程式に基づいて、車体すべり角βを推定する。
ここで、前輪すべり角αf、後輪すべり角αrを近似する数式5,数式6には、前述したように、ロールレートによるすべり角の項である“重心高さh/車速V*ロールレート”の項が含まれる。
【0031】
つまり、車体すべり角推定部514(マイクロコンピュータ510)は、操舵角δf,δr、車速Vなどに基づく車体すべり角βの推定処理において、ロールレートを考慮するよう構成されている。
換言すれば、車体すべり角推定部514は、車両100の車速Vに関する第1物理量と、車両100の車輪の操舵角δf、δrに関する第2物理量と、を取得し、第1物理量と第2物理量と車両100のロールレートに基づく横力とから、車両運動方程式により、車体すべり角βの推定値を求める。
このため、車体すべり角推定部514は、車両100のロール挙動に伴ってコーナリングフォース(換言すれば、ヨーモーメント)が発生することがあっても、車体すべり角βの推定精度が低下することを抑止できる。
【0032】
たとえば、車両100のアライメントの関係で、車両100のロール方向に力が加わったときに、車輪自体が角度を持ったり、また、車輪が傾くことで、2輪車のように旋回力が働くことがある。
したがって、車体すべり角推定部514が、ロール挙動を考慮せずに、操舵角δf、δrや車速Vから車体すべり角βを推定する場合、車両100のロール挙動に伴ってコーナリングフォースが発生するときに、車体すべり角βの推定値に誤差が生じる。
【0033】
そこで、車体すべり角推定部514は、ロール方向の運動を考慮して、換言すれば、ロールレートに基づく補正項を導入して、車体すべり角βを推定することで、旋回の動きや単純な操舵以外の過渡的な変化を考慮した車体すべり角βの推定処理を実現する。
これにより、車両100のロール挙動に伴ってコーナリングフォースが発生しても、車体すべり角βの推定精度が低下することが抑止され、車体すべり角βの推定値を用いた車両制御の安定性、制御精度を向上させることができる。
【0034】
以下では、ロールレートに基づく補正項を導入した車体すべり角βの推定方法、換言すれば、車体すべり角推定プログラムによる車体すべり角推定処理の概要を説明する。
図2は、車両100の左右2つの車輪を中央にまとめた2輪モデルにおいて、車体すべり角β、ヨーレートrによる前輪軸点のすべり角βf1、ロールレートによる前輪軸点のすべり角βf2、及び、これらすべり角に関わる各パラメータなどを示す図である。
ここで、前述した前輪のすべり角αfを求める数式5は、前輪軸点のすべり角をβfとすると、数式9のように書き換えることができる。
【数9】
【0035】
同様に、前述した後輪のすべり角αrを求める数式6は、後輪軸点のすべり角をβr、ヨーレートrによる後輪軸点のすべり角をβr1、ロールレートによる後輪軸点のすべり角をβr2とすると、数式10のように書き換えることができる。
【数10】
【0036】
車両100がロールしてロール角φが発生すると、ロールレート、重心高h、車速Vに応じたすべり成分であるすべり角βf2が前輪軸点に生じる。
同様に、車両100がロールしてロール角φが発生すると、ロールレート、重心高h、車速Vに応じたすべり成分であるすべり角βr2が後輪軸点に生じる。
【0037】
そこで、車体すべり角推定部514は、ロールレートによる前輪軸点のすべり角βf2、及び、ロールレートによる後輪軸点のすべり角βr2を加味して車体すべり角β(換言すれば、前輪すべり角αf及び後輪すべり角αr)が推定されるように、ロールレートに基づく補正項を車両運動方程式に導入する。
このように、車体すべり角βの推定ロジックが構築されることで、ロール挙動によって車体すべり角βの推定精度が低下することが抑止される。
【0038】
図3は、車体すべり角推定部514における車体すべり角βの推定ロジック、換言すれば、車体すべり角推定プログラムが機能させる各機能部の一態様を示すブロック図である。
車体すべり角推定部514は、タイヤモデル701、前後輪すべり角推定部702、2輪モデル703、カルマンフィルタ704、最適化レギュレータ(LQR:Linear Quadratic Regulator)705、横加速度推定部706、ロールレート推定部707、ロールレートすべり角演算部708、第1補正部709、第2補正部710の各機能部を有する。
【0039】
タイヤモデル701は、加速度センサ420が検出した前後加速度αx及び横加速度αyの情報を取得し、また、前後輪すべり角推定部702が推定した前輪すべり角αf及び後輪すべり角αrの情報を取得する。
そして、タイヤモデル701は、前後加速度αx、横加速度αy、前輪すべり角αf、及び後輪すべり角αrの情報に基づいて、前輪のコーナリングスティフネス(cornering stiffness)Kf[N/rad]、及び、後輪のコーナリングスティフネスKr[N/rad]を求め、求めたコーナリングスティフネスKf,Krの情報を、2輪モデル703(車両運動方程式)に出力する。
【0040】
タイヤモデル701は、垂直荷重演算部701a及びコーナリングスティフネス演算部701bを有する。
垂直荷重演算部701aは、数式11のピッチに関する運動方程式、及び、数式12のロールに関する運動方程式に基づいて、車輪の垂直荷重Fzを求める。
【0041】
【数11】
【数12】
【0042】
数式11において、Myは車両全体のピッチモーメント、θはピッチ角、Iyはピッチ慣性モーメント、Cyはピッチ減衰力係数、Kyはピッチ剛性である。
また、数式12において、Mxは車両全体のロールモーメント、φはロール角、Ixはロール慣性モーメント、Cxはロール減衰力係数、Kxはロール剛性である。
【0043】
ここで、車両全体のピッチモーメントMy及び車両全体のロールモーメントMxは、前後加速度αx、横加速度αyに基づくモーメントと、アンチダイブ力によるモーメントとからなる。
そこで、垂直荷重演算部701aは、ピッチに関する運動方程式、及び、ロールに関する運動方程式に基づいてアンチダイブ力を求め、アンチダイブ力と、前後加速度αx及び横加速度αyとから、車輪の垂直荷重Fzを求める。
【0044】
コーナリングスティフネス演算部701bは、前後輪すべり角推定部702が推定した前輪すべり角αf及び後輪すべり角αrの情報と、垂直荷重演算部701aが求めた垂直荷重Fzの情報とを取得する。
そして、コーナリングスティフネス演算部701bは、前後輪すべり角αf,αrと、垂直荷重Fzとに基づいて、前輪のコーナリングスティフネスKf、及び、後輪のコーナリングスティフネスKrを求める。
【0045】
前後輪すべり角推定部702は、カルマンフィルタ704が出力する、ヨーレートrの推定値、及び、車体すべり角βの推定値の情報を取得する。
そして、前後輪すべり角推定部702は、数式5にしたがって前輪のすべり角αfを求め、数式6にしたがって後輪のすべり角αrを求める。
【0046】
横加速度推定部706は、カルマンフィルタ704が出力する、ヨーレートrの推定値、及び、車体すべり角βの推定値の情報を取得し、車体すべり角速度β(傍点付き)の推定値により、数式13にしたがって横加速度αyの推定値を演算する。
【数13】
【0047】
ロールレート推定部707は、横加速度推定部706が推定した横加速度αyの情報を取得し、数式12のロールに関する運動方程式に基づいて、ロールレートdφ/dtの推定値を求める。
ロールレートすべり角演算部708は、ロールレートによる前後輪のすべり角βf2,βr2(数式9、数式10参照)を、ロールレート推定部707が推定したロールレートdφ/dtに基づいて求める。
【0048】
第1補正部709は、前輪舵角δfをすべり角βf2で補正した結果を、2輪モデル703で用いる前輪舵角δfの情報として出力し、後輪舵角δrをすべり角βr2で補正した結果を、2輪モデル703で用いる後輪舵角δrの情報として出力する。
換言すれば、ロールレートすべり角演算部708は、車両100のロールレートに基づく横力を前回の車体すべり角βの推定値に基づいて求め、求めた車両のロールレートに基づく横力を、2輪モデル703における車両運動方程式にフィードバックする。
【0049】
係る第1補正部709における演算処理は、第1補正部709が出力する前輪舵角をδfhとしたときに、数式14で表される。
【数14】
【0050】
つまり、第1補正部709が出力する前輪舵角δfhに基づき、前輪のすべり角αfを数式14にしたがって求めることは、ロールレートによる前輪軸点のすべり角βf2を考慮して前輪すべり角αfを求めることになる。
同様にして、ロールレートによる後輪軸点のすべり角βr2を考慮して後輪すべり角αrが求めることになる。
【0051】
2輪モデル703は、前輪のコーナリングスティフネスKf、後輪のコーナリングスティフネスKr、車速V、前輪舵角δf、後輪舵角δrの各情報を取得し、車両モデルの運動方程式に基づき車体すべり角βを推定する。
ここで、2輪モデル703が取得する前輪舵角δf、後輪舵角δrの情報は、第1補正部709においてロールレートによる前後輪のすべり角βf2,βr2によって補正された値、換言すれば、ロールレートによる前後輪のすべり角βf2,βr2が加味された情報である。
【0052】
そこで、2輪モデル703は、車両モデルの運動方程式に基づく車体すべり角βの推定演算において、数式15に示すように、ロールレートに基づく項を含まない運動方程式を用いる。
なお、数式15において、Izは、ヨー慣性モーメント[kgm2]である。
【数15】
【0053】
数式15の行列式における各項は、数式16に示すように定義される。
【数16】
【0054】
2輪モデル703は、数式15にしたがって求めたヨーレートの微分値及び車体すべり角βの微分値をそれぞれ積分して、ヨーレートrの推定値及び車体すべり角βの推定値を求める。
ここで、2輪モデル703の運動方程式には、前述したように、タイヤモデル701が求めたコーナリングスティフネスKf,Krの情報が導入される。
したがって、過渡的な車両100の運動の細かいロールや、自転運動のときの前後輪が発生させているグリップ力の差などが表現でき、車体すべり角βの推定精度が向上する。
【0055】
2輪モデル703が推定したヨーレートr及び車体すべり角βは、カルマンフィルタ704で誤差(換言すれば、ノイズ)が取り除かれた後、最終的な(換言すれば、真の状態としての)ヨーレートrの推定値及び車体すべり角βの推定値を出力される。
車両制御部513は、カルマンフィルタ704が出力するヨーレートrの推定値及び車体すべり角βの推定値の情報を取得し、車両制御に用いる。
【0056】
また、カルマンフィルタ704が出力するヨーレートrの推定値及び車体すべり角βの推定値の情報は、前後輪すべり角推定部702における前輪すべり角αf及び後輪すべり角αrの推定に用いられる。
また、カルマンフィルタ704が出力するヨーレートrの推定値及び車体すべり角βの推定値の情報は、横加速度推定部706における横加速度αyの推定に用いられる。
【0057】
さらに、最適化レギュレータ705は、評価関数を最小とするように状態フィードバックによる最適制御入力を決定するフィードバック制御器であり、第2補正部710と協調して、2輪モデル703の制御入力を制御する。
ここで、カルマンフィルタ704と最適化レギュレータ705との組み合わせは、数式17で表される。
なお、数式17において、Fは最適化レギュレータ705のゲイン、Kはカルマンフィルタ704のゲイン、rseはジャイロセンサ430が検出したヨーレートの実測値を示す。
【0058】
【数17】
【0059】
カルマンフィルタ704と最適化レギュレータ705との組み合わせによれば、カルマンフィルタ704によって誤差が補正され、さらに、最適化レギュレータ705によって制御入力の大きさや状態量の収束性を考慮して最適な制御ゲインが求められる。
したがって、車体すべり角推定部514は、カルマンフィルタ704と最適化レギュレータ705とを組み合わせたフィードバック制御系を備えることで、ロールレートによって発生する横力を考慮した車体すべり角βの推定精度を向上させることができる。
【0060】
上記実施形態で説明した各技術的思想は、矛盾が生じない限りにおいて、適宜組み合わせて使用することができる。
また、好ましい実施形態を参照して本発明の内容を具体的に説明したが、本発明の基本的技術思想及び教示に基づいて、当業者であれば、種々の変形態様を採り得ることは自明である。
【0061】
たとえば、タイヤモデル701は、タイヤの劣化に基づく補正項や、路面の摩擦係数に基づく補正項を備えることができる。
マイクロコンピュータ510は、タイヤの劣化を、車両100の走行距離などに基づいて推定することができる。
また、マイクロコンピュータ510は、車両100の制動装置を制御するコントロールユニットなどが推定した路面の摩擦係数の情報を、車載ネットワークを介して取得することができる。
【0062】
また、本発明に係る車体すべり角推定方法を適用する車両を、前輪操舵装置630及び後輪操舵装置640を備える車両100に限定するものではなく、後輪操舵装置を備えずに前輪操舵装置を備える車両にも適用できることは明らかである。
また、車体すべり角推定方法、車体すべり角推定プログラムを実行する車両制御装置は、車両制御機能(換言すれば、アクチュエータへの制御指令の出力機能)を備える必要はなく、推定した車体すべり角βの情報を、車両制御機能を備える第2の車両制御装置に出力する車両制御装置とすることができる。
また、車体すべり角推定部514は、ロールレートによる前輪軸点のすべり角βf2、及び、ロールレートによる後輪軸点のすべり角βr2を、ジャイロセンサ430が検出したロールレートに基づき求めることができる。
【符号の説明】
【0063】
100…車両、101-104…車輪、200…車両制御システム、500…車両制御装置、510…マイクロコンピュータ、514…車体すべり角推定部、701…タイヤモデル、702…前後輪すべり角推定部、703…2輪モデル、704…カルマンフィルタ、705…最適化レギュレータ、706…横加速度推定部、707…ロールレート推定部、708…ロールレートすべり角演算部、709…第1補正部、710…第2補正部
図1
図2
図3