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特開2024-123483メタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子、並びにこれを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび薬物送達システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123483
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】メタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子、並びにこれを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび薬物送達システム
(51)【国際特許分類】
   C07K 5/097 20060101AFI20240905BHJP
   C07K 5/117 20060101ALI20240905BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20240905BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20240905BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20240905BHJP
   A61K 9/48 20060101ALI20240905BHJP
   A61K 47/12 20060101ALI20240905BHJP
   A61K 31/704 20060101ALI20240905BHJP
   A61K 9/06 20060101ALI20240905BHJP
【FI】
C07K5/097
C07K5/117 ZNA
A61P35/00
A61K45/00
A61K47/42
A61K9/48
A61K47/12
A61K31/704
A61K9/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030933
(22)【出願日】2023-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】稲田 飛鳥
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C086
4H045
【Fターム(参考)】
4C076AA09
4C076AA58
4C076AA95
4C076CC27
4C076DD41
4C076DD41A
4C076EE41
4C076EE41A
4C084AA17
4C084MA28
4C084MA37
4C084NA13
4C084ZB261
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA10
4C086MA02
4C086MA05
4C086MA28
4C086MA37
4C086NA13
4C086ZB26
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA12
4H045BA13
4H045EA20
4H045FA10
(57)【要約】
【課題】ペプチドを用いてゲルを形成する技術において、安全性や生体適合性を向上させうる手段を提供する。
【解決手段】下記化学式(1)で表されるペプチドを、メタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子として用いる:
His-X-X-X・・・(1)
式中、Xは、Leu、Ile、PheおよびTyrからなる群から選択され、Xは、任意のアミノ酸であり、Xは、不存在であるか、任意のアミノ酸である。
【選択図】図1C
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(1)で表されるペプチドからなる、メタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子:
His-X-X-X・・・(1)
式中、Xは、Leu、Ile、PheおよびTyrからなる群から選択され、Xは、任意のアミノ酸であり、Xは、不存在であるか、任意のアミノ酸である。
【請求項2】
水中で金属イオンに応答してゲルを形成する、請求項1に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子。
【請求項3】
がIleである、請求項1または2に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子。
【請求項4】
前記ペプチドが、HII、HFF、HLL、HIV、HIA、HIL、HID、HIT、HIF、HYY、HIW、HIY、HIIH、およびHIIIからなる群から選択される、請求項1または2に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子。
【請求項5】
請求項1または2に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子と、
水を含む溶媒と、
を含み、pHが3を超えて7未満である、メタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液。
【請求項6】
pHが4~6である、請求項5に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液。
【請求項7】
溶液中の前記メタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子の濃度が15mM以上である、請求項5に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液。
【請求項8】
金属イオンをさらに含む、請求項5に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液。
【請求項9】
前記金属イオンが銅(II)イオンである、請求項8に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液。
【請求項10】
溶液中の前記金属イオンの濃度が15mM以上である、請求項8に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液。
【請求項11】
請求項8に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液がゲル化した、メタロ超分子ペプチドゲル。
【請求項12】
請求項8に記載のメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液を加温してメタロ超分子ペプチドゲルを形成することを含む、メタロ超分子ペプチドゲルの製造方法。
【請求項13】
前記金属イオンが銅(II)イオンである、請求項12に記載のメタロ超分子ペプチドゲルの製造方法。
【請求項14】
請求項11に記載のメタロ超分子ペプチドゲルからなる、薬物送達システム。
【請求項15】
前記メタロ超分子ペプチドゲルの内部に活性物質が包接されてなる、請求項14に記載の薬物送達システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子、並びにこれを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび薬物送達システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医薬品開発や化粧品開発等の分野で,投与された物質の効能をより適切に発揮させ、かつ副作用を低減するために、DDS(ドラッグデリバリーシステム)製剤の研究開発が盛んに行われてきた。DDSキャリアには患部に物質を選択的かつ効率的に送達する標的指向性、到達後に物質を速やかに放出する放出制御性といった高度な機能性が求められ、さらにキャリア材料自体は物質の担持容量が大きく、高い生体適合性を持つこと等、多くの条件を満たす必要がある。しかしながら、現時点でこれら全てを同時に満たすDDSキャリアは極めて少ないのが現状である。
【0003】
従来、難水溶性物質の水溶性を改善するための製剤技術として、安全性の高い食用タンパク質酵素分解物(カゼイン消化ペプチド)をDDSキャリアに用い、消化ペプチドとの複合化によって、多くの難水溶性薬物の水溶性や細胞膜透過性が向上することが報告されている(非特許文献1)。しかしながら、その溶解特性は物質種に大きく依存し、中には溶解性がほとんど向上しない物質も存在するという問題があった。これは、消化ペプチドには物質の水溶化に寄与しないペプチドやそのドメインが数多く含まれており、物質との複合体の安定性が低いことや、薬物放出制御性が低いことなどによるものと考えられる。
【0004】
また、ペプチドをベースとした超分子ゲルはその生体適合性,生分解性,多様な配列による調整因子の自由度の高さから極めて重要な研究分野となっており、これまでに水溶液中で自己組織化してゲル化するペプチド誘導体の研究例は数多く報告されている(非特許文献2~非特許文献6)。しかしながら、ほとんどの場合、そのペプチドは末端保護や高疎水性置換基で修飾されたものであるか、高親水性ペプチド(酸性・塩基性アミノ酸を連続して並べた配列をもつペプチド)に脂肪酸やアルキル基などの疎水性置換基を修飾した長鎖両親媒性ペプチド誘導体などを対象とした研究である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Inada et al., Colloid. Surf. B, 208, 112062 (2021)
【非特許文献2】Marchesan et al., Chem. Commun., 48, 2195-2197 (2012)
【非特許文献3】Ishida et al., Chem. Eur. J. 25, 13523-13530 (2019)
【非特許文献4】Elsawy et al., Biomacromolecules, 23, 2624-2634 (2022)
【非特許文献5】Guchhalt et al., Colloids and Surfaces A: Physicochemical and Engineering Aspects, 618, 126483 (2021)
【非特許文献6】Pappas et al., Mater. Horiz., 2, 198 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来提案されている、ペプチドを用いてゲルを形成する技術では、形成されたゲルの安全性や生体適合性が低いという問題がある。
【0007】
そこで本発明は、ペプチドを用いてゲルを形成する技術において、安全性や生体適合性を向上させうる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その過程で、種々のペプチドを配位子として用いて、金属イオンと水溶液中で反応させることを試みた。その結果、驚くべきことに、特定の構造を有する未修飾単鎖ペプチドが水溶液中で金属イオンと錯形成すると均一な超分子ヒドロゲル(メタロ超分子ポリマーが溶媒で膨潤した構造体)を形成することを見出した。そして、物質担体としては報告例の少ないこのようなメタロ超分子ペプチドゲル(MSPG)はDDSキャリアとして利用可能ではないかと着想して、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明の一形態によれば、下記化学式(1)で表されるペプチドからなる、メタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子が提供される:
His-X-X-X・・・(1)
式中、Xは、Leu、Ile、PheおよびTyrからなる群から選択され、Xは、任意のアミノ酸であり、Xは、不存在であるか、任意のアミノ酸である。
【0010】
また、本発明の他の形態によれば、上述した本発明の一形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子と、水を含む溶媒とを含み、pHが3を超えて7未満である、メタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液が提供される。
【0011】
さらに、本発明のさらに他の形態によれば、上述した本発明の一形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液がゲル化した、メタロ超分子ペプチドゲルが提供される。
【0012】
また、本発明のさらに他の形態によれば、上述した本発明の一形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液に金属イオンを添加することと、金属イオンが添加された前記メタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液を加温してメタロ超分子ペプチドゲルを形成することとを含む、メタロ超分子ペプチドゲルの製造方法が提供される。
【0013】
そして、本発明のさらに他の形態によれば、上述した本発明の一形態に係るメタロ超分子ペプチドゲルからなる、薬物送達システムが提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ペプチドを用いてゲルを形成する技術において、安全性や生体適合性を向上させることができる。本発明に係る技術を利用することで、従来提案されているものとは異なる、優れた性能を有する新規なDDSキャリアの創製が可能と考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1A図1Aは、実験例1においてメタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みた(a)Cu-HII(ゲル化)、(b)Cu-HFF(ゲル化)および(c)Cu-IHI(ゲル化せず)の反応後の写真である。
図1B図1Bは、実験例1においてメタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みたCu-HLL(ゲル化)の反応後の写真である。
図1C図1Cは、実験例1においてメタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みた(a)Cu-HIV、(b)Cu-HIAおよび(c)Cu-HIL(いずれもゲル化)の反応後の写真である。
図1D図1Dは、実験例1においてメタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みた(a)Cu-HID、(b)Cu-HITおよび(c)Cu-HIIH(いずれもゲル化)の反応後の写真である。
図2図2は、実験例2においてメタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みた、pHが3、4、5、6、7(それぞれ(a)~(e))であるCu-HII溶液の反応後の写真である。
図3A図3Aは、実験例3においてメタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みた、溶液中のペプチドの濃度が12.5mM(溶液中の金属イオン濃度は左から12.5mM、25mM、50mM、100mM、200mM)のCu-HIA溶液の反応後の写真である。
図3B図3Bは、実験例3においてメタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みた、溶液中のペプチドの濃度が50mM(溶液中の金属イオン濃度は左から12.5mM、25mM、50mM、100mM、200mM)のCu-HIA溶液の反応後の写真である。
図4A図4Aは、実験例4において、Cu-HIIを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを150倍、20000倍、50000倍の倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した写真である。
図4B図4Bは、実験例4において、Cu-HIFを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを150倍、20000倍、50000倍の倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した写真である。
図4C図4Cは、実験例4において、Cu-HIVを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを150倍、20000倍、50000倍の倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した写真である。
図4D図4Dは、実験例4において、Cu-HIAを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを150倍、20000倍、50000倍の倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した写真である。
図4E図4Eは、実験例4において、Cu-HILを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを150倍、20000倍、50000倍の倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した写真である。
図4F図4Fは、実験例4において、Cu-HIDを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを30000倍、50000倍の倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した写真である。
図4G図4Gは、実験例4において、Cu-HITを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを25000倍、50000倍の倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した写真である。
図4H図4Hは、実験例4において、Cu-HIIHを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを30000倍、50000倍の倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した写真である。
図4I図4Iは、実験例4において、Cu-HII(pH3)(ゲル化せず)を用いた反応物を100倍、10000倍、50000倍の倍率で観察した写真である。
図4J図4Jは、実験例4において、Cu-HII(pH4)を用いたメタロ超分子ペプチドゲルを150倍、20000倍、50000倍の倍率で観察した写真である。
図4K図4Kは、実験例4において、Cu-HII(pH7)(ゲル化せず)を用いた反応物を100倍、10000倍、50000倍の倍率で観察した写真である。
図5A図5Aは、実験例5において取得した、Cu-HIIを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HII)のIRスペクトルである。
図5B図5Bは、実験例5において取得した、Cu-HIFを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIF)のIRスペクトルである。
図5C図5Cは、実験例5において取得した、Cu-HIVを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIV)のIRスペクトルである。
図5D図5Dは、実験例5において取得した、Cu-HIAを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIA)のIRスペクトルである。
図5E図5Eは、実験例5において取得した、Cu-HILを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIL)のIRスペクトルである。
図5F図5Fは、実験例5において取得した、Cu-HIDを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HID)のIRスペクトルである。
図5G図5Gは、実験例5において取得した、Cu-HITを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIT)のIRスペクトルである。
図5H図5Hは、実験例5において取得した、Cu-HIIHを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIIH)のIRスペクトルである。
図6図6は、実験例6において、ペプチド濃度の異なる複数のメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液について、紫外可視分光光度計(UV-Vis)を用いて取得したUVスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を説明する。
【0017】
[メタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子]
本発明の一形態は、下記化学式(1)で表されるペプチド(以下、単に「本発明のペプチド」とも称する)からなる、メタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子である:
His-X-X-X・・・(1)
ここで、本明細書に記載のアミノ酸配列は、特に言及がない限り、慣例に従ってN末端(アミノ末端)側からC末端(カルボキシル末端)側への方向に表記される。
【0018】
化学式(1)において、Xは、Leu、Ile、PheおよびTyrからなる群から選択され、Xは、任意のアミノ酸であり、Xは、不存在であるか、任意のアミノ酸である。
【0019】
(本発明のペプチド:化学式(1)で表されるペプチド)
本発明のペプチドは、化学式(1):His-X-X-Xで表される。
【0020】
化学式(1):His-X-X-Xにおいて、Xは、Leu、Ile、PheおよびTyrからなる群から選択される。なかでも、Xは、Leu、IleまたはPheであることが好ましく、Xは、LeuまたはIleであることがより好ましく、Ileであることがさらに好ましい。
【0021】
化学式(1)において、Xは、任意のアミノ酸である。また、化学式(1)において、Xは、不存在であるか、存在する場合には任意のアミノ酸(残基)である。ここで、本明細書において「任意のアミノ酸」としては、Arg、Lys、Asp、Asn、Glu、Gln、His、Pro、Tyr、Trp、Ser、Thr、Gly、Ala、Met、Cys、Phe、Leu、Val、およびIle、ならびにこれらの類縁体が例示できる。当該類縁体としては、例えば上記20種のアミノ酸残基の側鎖が任意の置換基で置換された誘導体等であってもよく、例えば、上記20種のアミノ酸残基のハロゲン化誘導体(例えば、3-クロロアラニン)、2-アミノ酪酸、ノルロイシン、ノルバリン、イソバリン、2-アミノイソ酪酸、ホモフェニルアラニン、2,3-ジアミノプロピオン酸、2,4-ジアミノブタン酸、オルニチン、2-ヒドロキシグリシン、ホモセリン、ヒドロキシリジン、ヒドロキシプロリン、3,4-ジデヒドロプロリン、ホモプロリン、ホモシステイン、ホモメチオニン、アスパラギン酸エステル(例えば、アスパラギン酸-メチルエステル、アスパラギン酸-エチルエステル、アスパラギン酸-プロピルエステル、アスパラギン酸-シクロヘキシルエステル、アスパラギン酸-ベンジルエステルなど)、グルタミン酸エステル(グルタミン酸-シクロヘキシルエステル、グルタミン酸-エチルエステル、グルタミン酸-プロピルエステル、グルタミン酸-メチルエステル、グルタミン酸-ベンジルエステルなど)、ホルミルトリプトファン、2-シクロペンチルグリシン、2-シクロヘキシルグリシン、2-フェニルグリシン、2-ピリジルアラニン、3-シクロペンチルアラニン、3-シクロヘキシルアラニン、3-ピリジルアラニン、3-ピラゾリルアラニン、3-フラニルアラニン、3-チエニルアラニン、メトキシフェニルアラニン、3-ナフチルアラニン、および4-ピリジルアラニン等のアミノ酸に由来するアミノ酸残基が例示できるが、これらに制限されない。
【0022】
この本発明のペプチドは、メタロ超分子ペプチドゲルを形成する際の配位子として用いられるが、メタロ超分子ペプチドゲルに薬物等を包接させることを意図するのであれば、包接対象である薬物等の疎水性/親水性に応じて、XおよびXを選択することが好ましい。例えば、包接対象である薬物等が高い疎水性を有するものである場合には、XおよびXとして疎水性の高いアミノ酸残基を選択することができる。XおよびXは、互いに同一であってもよいし、異なっていてもよいが、XとXとが同じアミノ酸であることは好ましい実施形態の一つである。化学式(1)で表される本発明のペプチドのアミノ酸配列の具体例としては、HII、HFF、HLL、HIV、HIA、HIL、HID、HIT、HIF、HYY、HIW、HIY、HIIH、およびHIIIが挙げられる。
【0023】
本明細書に記載のペプチドのC末端は、カルボキシル基(-COOH)、カルボキシレート(-COO)、アミド(-CONH)またはエステル(-COOR)のいずれであってもよい。ここで、C末端がエステル(-COOR)である場合におけるRとしては、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチルなどのC1-6アルキル基、シクロペンチル、シクロヘキシルなどのC3-8シクロアルキル基、フェニル、α-ナフチルなどのC6-12アリール基、ベンジル、フェネチルなどのフェニル-C1-2アルキル基もしくはα-ナフチルメチルなどのα-ナフチル-C1-2アルキル基などのC7-14アラルキル基、ピバロイルオキシメチル基、-OBu、-OPac(フェナシル基)、-OTce(トリクロロエチル基)、-ONb(p-ニトロベンジル基)、-ODpm(ジフェニルメチル基)、-OBzl(OMe)(p-メトキシベンジル基)、-OPic(4-ピコリル基)などが挙げられる。一方、本明細書に記載のペプチドのN末端のアミノ基は、保護基(例えば、ホルミル基、アセチル基などのC1-6アルカノイルなどのC1-6アシル基、Fmoc基、Boc基など)で保護されていてもよい。
【0024】
さらに、IleやThrのように、側鎖に不斉炭素を有するジアステレオマーが存在するものについては、天然型(例えば、(2R,3R)-2-アミノ-3-メチルペンタン酸、および(2R,3S)-2-アミノ-3-ヒドロキシブタン酸)および非天然型(例えば、(2R,3S)-2-アミノ-3-メチルペンタン酸、および(2R,3R)-2-アミノ-3-ヒドロキシブタン酸)が特に区別なく使用されうる。すなわち、「Ile」は(2R,3R)-2-アミノ-3-メチルペンタン酸および(2R,3S)-2-アミノ-3-メチルペンタン酸の両方を含む意味として使用され、「Thr」は(2R,3S)-2-アミノ-3-ヒドロキシブタン酸および(2R,3R)-2-アミノ-3-ヒドロキシブタン酸の両方を含む意味として使用される。好ましくは、天然型ジアステレオマー(すなわち、Ileであれば(2R,3R)-2-アミノ-3-メチルペンタン酸、Thrであれば(2R,3S)-2-アミノ-3-ヒドロキシブタン酸)が使用される。
【0025】
また、本明細書に記載のペプチドは、遊離体であってもよいし、塩であってもよい。かような塩としては、生理学的に許容される酸(例、無機酸、有機酸)や塩基(例、アルカリ金属塩)などとの塩が用いられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。このような塩としては、例えば、無機酸(例、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、シュウ酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、トリフルオロ酢酸)との塩などが用いられる。
【0026】
なお、アミノ酸にはD型およびL型の光学異性体が存在する。本明細書に記載のペプチドを構成するアミノ酸は、すべての部位においてL型であってもD型であってもよいが、好ましくはすべてのアミノ酸がL型である。
【0027】
本発明に係るペプチドを製造する手法について特に制限はなく、ペプチドの取得に関する従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、本発明のペプチドは、公知のペプチド合成法に従って製造されうる。ペプチドの合成法としては、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれであってもよい。すなわち、本発明のペプチドを構成するアミノ酸と残余部分とを縮合させ、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより目的のペプチドを製造することができる。公知の縮合方法や保護基の脱離としては、例えば、以下の(i)~(v)に記載された方法が挙げられる。
(i)M.BodanszkyおよびM.A.Ondetti、ペプチド・シンセシス(Peptide Synthesis),Interscience Publishers,New York(1966年)
(ii)SchroederおよびLuebke、ザ・ペプチド(The Peptide),Academic Press,New York(1965年)
(iii)泉屋信夫他、ペプチド合成の基礎と実験、丸善(株)(1975年)
(iv)矢島治明および榊原俊平、生化学実験講座1、タンパク質の化学IV、205、(1977年)
(v)矢島治明監修、続医薬品の開発、第14巻、ペプチド合成、廣川書店
このようにして得られたペプチドは、公知の精製法により精製単離することができる。ここで、精製法としては、例えば、溶媒抽出・蒸留・カラムクロマトグラフィー・液体クロマトグラフィー・再結晶などが挙げられる。
【0028】
上記方法で得られるペプチドが遊離体である場合は、公知の方法あるいはそれに準じる方法によって適当な塩に変換することができるし、逆にペプチドが塩で得られた場合は、公知の方法あるいはそれに準じる方法によって遊離体または他の塩に変換することができる。
【0029】
本発明のペプチドの合成には、通常市販のペプチド合成用樹脂を用いることができる。そのような樹脂としては、例えば、クロロメチル樹脂、ヒドロキシメチル樹脂、ベンズヒドリルアミン樹脂、アミノメチル樹脂、4-ベンジルオキシベンジルアルコール樹脂、4-メチルベンズヒドリルアミン樹脂、PAM樹脂、4-ヒドロキシメチルメチルフェニルアセトアミドメチル樹脂、ポリアクリルアミド樹脂、4-(2’,4’-ジメトキシフェニル-ヒドロキシメチル)フェノキシ樹脂、4-(2’,4’-ジメトキシフェニル-Fmocアミノエチル)フェノキシ樹脂などが挙げられる。このような樹脂を用い、α-アミノ基と側鎖官能基を適当に保護したアミノ酸を、目的とするペプチドの配列通りに、それ自体公知の各種縮合方法に従い、樹脂上で縮合させる。反応の最後に樹脂からペプチドを切り出すと同時に各種保護基を除去して、目的のペプチドを取得する。
【0030】
原料の反応に関与すべきでない官能基の保護ならびに保護基、およびその保護基の脱離、反応に関与する官能基の活性化などは公知の基または公知の手段から適宜選択されうる。
【0031】
上述した化学式(1)のペプチドは、水を含む溶媒中で金属イオンに応答してゲルを形成するという性質を有することから、メタロ超分子ペプチドゲルを形成するための配位子として用いられる。なお、これらの構成材料によって溶液中でのゲル化現象が確認されたのは世界初であると思われる。このような短鎖ペプチドを用いて溶液のゲル化が達成できれば、従来のペプチド誘導体の合成ステップを大幅に短縮できる。また、未修飾のペプチドを用いることでヒドロゲルの安全性や生体適合性は従来のゲルよりも格段に向上する。また、従来の多くのポリマー材料とは異なり、最終的には微生物を用いたバイオプロセスにより低コストかつ短時間での大量生産が可能であるという、特筆すべき優位性もある。
【0032】
[メタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液]
本発明の他の形態によれば、当該ペプチドを含む溶液が提供される。ただし、この溶液のpHが3以下または7以上であると、メタロ超分子ペプチドゲルが形成されないことが本発明者の検討により判明している。すなわち、本発明の他の形態は、上述した本発明の一形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子と、水を含む溶媒とを含み、pHが3を超えて7未満である、メタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液である。この溶液のpHは、好ましくは3.2~6.8であり、より好ましくは3.5~6.5であり、さらに好ましくは3.8~6.2であり、特に好ましくは4~6である。
【0033】
本形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液に含まれる化学式(1)のペプチドの濃度(複数のペプチドが含まれる場合はその合計濃度)は特に制限されないが、より確実にメタロ超分子ペプチドゲルを形成するという観点から、この濃度は好ましくは15mM以上であり、より好ましくは15~100mMであり、さらに好ましくは30~80mMであり、特に好ましくは40~70mMである。
【0034】
本形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液は、上述した本発明の一形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子を必須に含むものであるが、他の配位子をさらに含んでもよい。他の配位子としては、従来公知の配位子が適宜用いられうるが、他の配位子の含有モル比率は、配位子の全量100モル%に対して、好ましくは50モル%未満であり、より好ましくは10モル%以下であり、さらに好ましくは5モル%以下であり、特に好ましくは1モル%以下であり、最も好ましくは0モル%である(つまり、他の配位子を含まない)。
【0035】
(溶媒)
本形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液を構成する溶媒は、水を含むものであれば特に限定されない。好ましい一実施形態において、溶媒は水のみからなる。ただし、溶媒がアルコールを含むことも好ましい実施形態の一つである。アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノールおよびブタノールなどが挙げられ、このうちメタノールまたはエタノールが好ましい。なお、水およびアルコール以外の溶媒をさらに含んでもよく、このような溶媒としては、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族系溶媒;ジクロロエタンなどのハロゲン原子含有溶媒;プロピレングリコールメチルエーテル、ジプロピレングリコールメチルエーテル、エチルセロソルブ、ブチルセロソルブなどのエーテル系溶媒;酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸セロソルブなどのエステル系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジアセトンアルコールなどのケトン系溶媒;ジメチルホルムアミドなどのアミド系溶媒などが挙げられる。
【0036】
(金属イオン)
上述したように、化学式(1)のペプチドは、水中で金属イオンに応答してゲルを形成するという性質を有するが、本形態に係る溶液中で金属イオンと共存していても、室温等の条件下においてはゲルを形成することなく長期間にわたり安定な溶液として存在しうる。したがって、本形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液は、金属イオンをさらに含むものであってもよい。
【0037】
金属イオンの種類について特に制限はないが、金属イオンとしては、例えば、銅イオン、マグネシウムイオン、亜鉛イオン、コバルトイオン、ニオブイオン、ジルコニウムイオン、カドミウムイオン、ニッケルイオン、クロムイオン、バナジウムイオン、チタンイオン、モリブデンイオン、鉄イオン、アルミニウムイオン、カルシウムイオンおよびストロンチウムイオンからなる群から選択される1種または2種以上が挙げられる。なかでも、金属イオンは、銅イオン、マグネシウムイオン、亜鉛イオン、鉄イオン、アルミニウムイオンまたはカルシウムイオンであることが好ましく、銅イオンまたはマグネシウムイオンであることがより好ましく、銅イオンであることが特に好ましく、銅(II)イオンであることが最も好ましい。金属イオンは1種のみが単独で用いられてもよいが、2種以上が併用されてもよい。ただし、金属イオンは1種のみであることがより好ましい。
【0038】
金属イオン源としては、上述した金属イオンを含む化合物(塩)が適宜用いられうるが、一例としては、上述した金属イオンを含む硝酸塩、硫酸塩、アンモニウム塩、アミン、炭酸塩、重炭酸塩、臭化物、塩化物などのハロゲン化物、亜硝酸塩、蓚酸塩などの無機塩類、ギ酸塩、酢酸塩などのカルボン酸塩および水酸化物、アルコキシド、酸化物などの、溶媒中で上記金属イオンを発生する化合物(塩)が好ましく挙げられる。上記金属イオンを含む化合物(塩)としては、1種のみを単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。金属イオンを含む化合物(塩)の使用量についても特に制限はなく、形成されるメタロ超分子ペプチドゲルについて想定される構造を考慮して、上記配位子との配合比を適宜決定すればよい。
【0039】
本形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液が金属イオンを含む場合、当該金属イオンの濃度(複数の金属イオンが含まれる場合はその合計濃度)は特に制限されないが、より確実にメタロ超分子ペプチドゲルを形成するという観点から、この濃度は好ましくは15mM以上であり、より好ましくは15~200mMであり、さらに好ましくは15~150mMであり、特に好ましくは25~100mMである。
【0040】
(pH調整剤)
本形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液は、溶液のpHを上記所定の範囲内に制御する目的で、pH調整剤をさらに含んでもよい。pH調整剤は、無機酸、有機酸、および塩基のいずれであってもよく、また、無機化合物および有機化合物のいずれであってもよい。pH調整剤は、1種単独でも、または2種以上混合しても用いることができる。
【0041】
pH調整剤として使用できる無機酸の具体例としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、フッ酸、ホウ酸、炭酸、次亜リン酸、亜リン酸およびリン酸が挙げられる。なかでも好ましいのは、塩酸、硫酸、硝酸またはリン酸である。また、pH調整剤として使用できる有機酸の具体例としては、例えば、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、2-メチル酪酸、n-ヘキサン酸、3,3-ジメチル酪酸、2-エチル酪酸、4-メチルペンタン酸、n-ヘプタン酸、2-メチルヘキサン酸、n-オクタン酸、2-エチルヘキサン酸、安息香酸、グリコール酸、サリチル酸、グリセリン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、マレイン酸、フタル酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、乳酸、ジグリコール酸、2-フランカルボン酸、2,5-フランジカルボン酸、3-フランカルボン酸、2-テトラヒドロフランカルボン酸、メトキシ酢酸、メトキシフェニル酢酸およびフェノキシ酢酸が挙げられる。また、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸およびイセチオン酸等の硫黄を含む酸を使用してもよい。
【0042】
なお、無機酸または有機酸の代わりにあるいは無機酸または有機酸と組み合わせて、無機酸または有機酸のアルカリ金属塩等の塩をpH調整剤として用いてもよい。弱酸と強塩基、強酸と弱塩基、または弱酸と弱塩基の組み合わせの場合、pHの緩衝作用が期待できる。
【0043】
[メタロ超分子ペプチドゲル]
本発明のさらに他の形態は、上述したメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液がゲル化したメタロ超分子ペプチドゲルを提供する。このゲルは、上記溶液がゲル化したものであるから、その構成成分や配合量は上述したメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液と同じである。また、本発明者の検討によれば、メタロ超分子ペプチドゲル中では、配位子を構成するペプチドのアミノ酸配列中のヒスチジン(His)残基の側鎖のイミダゾール環や、末端のカルボキシ基およびアミノ基、ペプチド結合のアミド部位が金属イオン(Cu(II))に配位して錯体を形成することによってゲルの三次元構造が保持されているものと推測されている。
【0044】
上述した形態に係るメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液をゲル化させてメタロ超分子ペプチドゲルを形成するには、当該溶液を一定時間加温すればよい。すなわち、本発明のさらに他の形態は、金属イオンを含むメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液を加温してメタロ超分子ペプチドゲルを形成すること(加温工程)を含む、メタロ超分子ペプチドゲルの製造方法を提供する。当該製造方法の原料であるメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液および金属イオンの詳細については、上述した通りである。
【0045】
本形態に係る製造方法の原料であるメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液は金属イオンを含むものであるが、この金属イオンは予め当該溶液に含まれた状態のものであってもよいし、ゲルの調製時に用時で添加されたものであってもよい。
【0046】
加温工程では、反応系を例えば40℃以上150℃以下の温度範囲で加温することができる。加温の際の温度は、40℃以上が好ましく、60℃以上がより好ましく、70℃以上としてもよい。一方、この加温温度は、150℃以下が好ましく、120℃以下がより好ましく、100℃以下がより好ましく、80℃以下としてもよい。また、この加温工程は、常圧下で行ってもよいし、真空下で行ってもよい、加熱工程を常圧下で行うと、構造への負担が少なく好ましい。また、加温工程を真空下で行うと、処理時間をより短縮することができ好ましい。この工程において、加温処理する加温時間は、例えば、1時間以上48時間以下の範囲が好ましく、2時間以上24時間以下の範囲がより好ましい。
【0047】
[メタロ超分子ペプチドゲルの用途]
本発明の一形態に係るメタロ超分子ペプチドゲルは、例えば、外用剤等の薬物送達システム(DDS)として利用可能である。すなわち、本発明によれば、上述したメタロ超分子ペプチドゲルからなる薬物送達システム(DDS)もまた、提供される。この薬物送達システム(DDS)においては、メタロ超分子ペプチドゲルの内部に活性物質が包接されていることが好ましい。このような構成とすることで、本発明に係る薬物送達システム(DDS)は、標的部位へ到達した後、メタロ超分子ペプチドゲルの崩壊を通じて、包接された活性物質を当該標的部位において制御放出(controlled release)することができる。このため、副作用が問題となりうる薬物等を標的部位のみに選択的に送達することができるといった利点がある。
【0048】
「活性物質」とは、それ自体の徐放化が有益であり、かつ、その薬物送達システム(DDS)からの放出が何らかの手段で検出可能な物質を意味する。生理活性作用を有する生理活性物質は、この「活性物質」の1種である。
【0049】
「生理活性物質」とは、生物の営む精妙な生命現象に、微量で関与し影響を与える有機物質および無機物質の総称である。生理活性物質としては、動物、好ましくはヒトに投与できる任意の化合物あるいは物質組成物であれば、特に限定されない。例えば生理活性物質としては、体内で生理活性を発揮し、疾患の予防または治療に有効な化合物または組成物、例えば造影剤等の診断に用いる化合物または組成物、さらに遺伝子治療に有用な遺伝子等も含まれる。
【0050】
活性物質(または生理活性物質)として、各種の医薬品を好適に用いることができる。例えば、抗癌剤、抗生物質、鎮痛剤、免疫増強剤、免疫抑制剤、抗血栓剤、気管支拡張剤、高血圧剤、成長因子、ホルモンなどが用いられうる。
【0051】
活性物質として、例えば抗腫瘍剤(抗癌剤)を好適に用いることができる。抗腫瘍剤としては、例えば、アルキル化剤、各種代謝拮抗剤、抗腫瘍性抗生物質、その他抗腫瘍剤、抗腫瘍性植物成分、BRM(生物学的応答性制御物質)、血管新生阻害剤、細胞接着阻害剤、マトリックス・メタロプロテアーゼ阻害剤またはホルモン等が挙げられる。
【0052】
なお、上述した金属有機構造体の内部に薬物等の活性物質を包接させる手法について特に制限はなく、従来公知の知見が適宜参照されうる。例えば、上述した方法により作製したメタロ超分子ペプチドゲルと、包接させたい活性物質とを適当な溶媒中で混合し、必要に応じて加熱した後に乾燥させることにより薬物送達システムを得ることができる。また、場合によっては、配位子(ペプチド)と金属イオンとを含む溶液を加温してメタロ超分子ペプチドゲルを製造する際の反応系に、包接させたい活性物質を共存させることによっても薬物送達システムを得ることができる。
【0053】
また、本発明に係るメタロ超分子ペプチドゲルは、DDSのほかにも、細胞足場材料(細胞外マトリクス模倣体)や組織再生材料(再生軟骨など)、断熱材・防音材、触媒、分離機能材料、増粘剤、局所止血剤、人工水晶体などとしても用いられうる。
【実施例0054】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0055】
[実験例1]
(メタロ超分子ペプチドゲル形成用配位子ペプチドの合成)
まず、配位子ペプチドとして、16種類の未修飾短鎖ペプチド(HII、HFF、HLL、HIV、HIA、HIL、HID、HIT、HIF、HYY、HIW、HIY、HWW、IHI、HIIH、HIII)を、それぞれFmoc固相合成法によって合成した。これらのペプチドはいずれも、金属イオンが存在しないpH1~7の水溶液中ではゲル化しないことを確認した。
【0056】
(金属イオンの添加によるメタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液の調製)
次いで、上記で合成した配位子ペプチドを15μmol相当ずつ測り取り、そこに0.05M Cu(OAc)・HO水溶液を等モル(300μL)添加して、ペプチド-金属溶液(メタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液)を調製した。
【0057】
(メタロ超分子ペプチドゲルの調製)
その後、上記で調製した溶液を3時間、サーモシェイカー(60℃、1500rpm)を用いて振とうさせて、メタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みた。
【0058】
その結果、HWWおよびIHIを除く14種類の配位子ペプチドを用いた場合には、Cu2+イオンの添加によって溶液がゲル化したことが確認された。これらのうち、Cu-HII(ゲル化)、Cu-HFF(ゲル化)およびCu-IHI(ゲル化せず)の反応後の写真を図1Aの(a)~(c)にそれぞれ示す。また、Cu-HLL(ゲル化)の反応後の写真を図1Bに示す。さらに、Cu-HIV、Cu-HIA、Cu-HIL(いずれもゲル化)の反応後の写真を図1Cの(a)~(c)にそれぞれ示し、Cu-HID、Cu-HIT、Cu-HIIH(いずれもゲル化)の反応後の写真を図1Dの(a)~(c)にそれぞれ示す。なお、Cu-HIT溶液については、60℃に加温した状態ではゲル化せずに溶液のままであったが、25℃程度まで冷却するとゲル化するという性質(温度応答性)を顕著に発現した。
【0059】
[実験例2]
(メタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液のpHがゲル化能に及ぼす影響)
配位子ペプチドとしてHIIを用い、上記実験例1と同じ方法によりメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液を調製した。この際、1N水酸化ナトリウム水溶液または1N塩酸を用いて、溶液のpHを3、4、5、6または7に調整した。そして、上記実験例1と同じ方法により、メタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みた。その結果、pH4、5、6の溶液については、Cu2+イオンの添加によって溶液がゲル化したことが確認された。これに対し、pH3、7の溶液についてはゲル化が確認されなかった。pHが3、4、5、6、7である溶液の反応後の写真を図2の(a)~(e)にそれぞれ示す。
【0060】
[実験例3]
(メタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液における金属イオンおよびペプチドの濃度がゲル化能に及ぼす影響)
配位子ペプチドとしてHIAを用い、上記実験例1と同じ方法によりメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液を調製した。この際、添加するCu(OAc)・HO水溶液の濃度を12.5mM、25mM、50mM、100mMまたは200mMとし、この水溶液の添加量を200μLとした。また、これらのそれぞれに対し、添加する配位子ペプチド(HIA)の溶液中の濃度が12.5mMまたは50mMとなるようにペプチドの添加量を変化させた。このようにして、合計10個の溶液サンプルを調製した。そして、各溶液サンプルを用いて、上記実験例1と同じ方法により、メタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みた。その結果、溶液中の金属イオン濃度が12.5mMの溶液サンプルについてはペプチドの濃度にかかわらずゲル化しなかった。また、溶液中の金属イオン濃度が200mMの溶液サンプルについては、ペプチドの濃度が12.5mMのときにはゲル化しなかった。これに対し、それ以外の溶液サンプルについては、ゲル化が確認された。溶液中のペプチドの濃度が12.5mMの溶液サンプルの反応後の写真を図3Aの(a)~(e)にそれぞれ示す(溶液中の金属イオン濃度は左から12.5mM、25mM、50mM、100mM、200mM)。また、溶液中のペプチドの濃度が50mMの溶液サンプルの反応後の写真を図3Bの(a)~(e)にそれぞれ示す(溶液中の金属イオン濃度は左から12.5mM、25mM、50mM、100mM、200mM)。なお、溶液中のペプチド濃度が高くなるほど、また、金属イオン濃度が高くなるほどゲル加速度は増加することが確認された。さらに、金属イオン濃度の上昇に伴ってゲルの色も濃くなったことから、ゲル中ではペプチドが金属イオンに配位していることが示唆された。
【0061】
[実験例4]
(走査型電子顕微鏡(SEM)による反応後のサンプルの画像解析)
上記でメタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みたサンプルについて、以下の方法により、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察を行った。
【0062】
1)まず、SEM観察用シリコンチップとして、株式会社アライアンスバイオシステムズ製のシリコンチップを準備した。アセトンの入ったビーカーにこのシリコンチップを入れて、超音波洗浄を行った。次に、2-プロパノールの入ったビーカーにこのシリコンチップを移し、超音波洗浄を行った。さらに、蒸留水によりシリコンチップをすすぎ洗いし、ダストクリーナーで乾燥させた。
【0063】
2)サンプルの添加
上記の各実験例においてサーモシェイカーを用いて処理した後のサンプルを、上記1)で洗浄したシリコンチップにピペッターを用いて少量滴下した。
【0064】
3)上記でサンプルを添加したシリコンチップについて、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察を行った。
【0065】
SEMによる観察結果として、上記実験例1のCu-HIIを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを150倍、20000倍、50000倍の倍率で観察した写真を図4Aの(a)~(c)にそれぞれ示し、上記実験例1のCu-HIFを同様に観察した写真を図4Bの(a)~(c)にそれぞれ示し、上記実験例1のCu-HIVを同様に観察した写真を図4Cの(a)~(c)にそれぞれ示し、上記実験例1のCu-HIAを同様に観察した写真を図4Dの(a)~(c)にそれぞれ示し、上記実験例1のCu-HILを同様に観察した写真を図4Eの(a)~(c)にそれぞれ示し、上記実験例1のCu-HIDを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを30000倍、50000倍の倍率で観察した写真を図4Fの(a)~(b)にそれぞれ示し、上記実験例1のCu-HITを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを25000倍、50000倍の倍率で観察した写真を図4Gの(a)~(b)にそれぞれ示し、上記実験例1のCu-HIIHを用いたメタロ超分子ペプチドゲルを30000倍、50000倍の倍率で観察した写真を図4Hの(a)~(b)にそれぞれ示す。また、上記実験例2のCu-HII(pH3)(ゲル化せず)を用いた反応物を100倍、10000倍、50000倍の倍率で観察した写真を図4Iの(a)~(c)にそれぞれ示し、上記実験例2のCu-HII(pH4)を用いたメタロ超分子ペプチドゲルを150倍、20000倍、50000倍の倍率で観察した写真を図4Jの(a)~(c)にそれぞれ示し、上記実験例2のCu-HII(pH7)(ゲル化せず)を用いた反応物を100倍、10000倍、50000倍の倍率で観察した写真を図4Kの(a)~(c)にそれぞれ示す。これらの観察画像からわかるように、本発明に係る配位子ペプチドを用いたメタロ超分子ペプチドゲルは、ペプチドの種類によって様々な繊維構造を示すことがわかる。このように、本発明に係るメタロ超分子ペプチドゲルは、ナノファイアバー様の三次元網目状ナノ構造体へと自己組織化し、その隙間に溶媒を保持してヒドロゲルを形成しているものと考えられる。
【0066】
[実験例5]
(フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)を用いた反応前後の構造変化の解析)
上記でメタロ超分子ペプチドゲルの調製を試みたサンプルのいくつかについて、フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)を用いて、反応後のサンプルおよび原料として用いた配位子ペプチドのIRスペクトルを取得し、比較した。その結果として、上記実験例1のCu-HIIを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HII)のIRスペクトルを図5Aに示す。同様に、上記実験例1のCu-HIFを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIF)のIRスペクトルを図5Bに示し、上記実験例1のCu-HIVを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIV)のIRスペクトルを図5Cに示し、上記実験例1のCu-HIAを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIA)のIRスペクトルを図5Dに示し、上記実験例1のCu-HILを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIL)のIRスペクトルを図5Eに示し、上記実験例1のCu-HIDを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HID)のIRスペクトルを図5Fに示し、上記実験例1のCu-HITを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIT)のIRスペクトルを図5Gに示し、上記実験例1のCu-HIIHを用いたメタロ超分子ペプチドゲルおよび原料配位子ペプチド(HIIH)のIRスペクトルを図5Hに示す。なお、図5A図5Eの縦軸(Abs)は赤外光の吸光度を示し、透過率をT[%]とした際にAbs=-logTの関係を満たす。一方、図5F図5Hの縦軸[%]は赤外光の透過率を示す。
【0067】
これらのIRスペクトルの結果から、メタロ超分子ペプチドゲルにおいては、ペプチド配列中のヒスチジン(His)残基の側鎖のイミダゾール環や、末端のカルボキシ基およびアミノ基、ペプチド結合のアミド部位が金属イオン(Cu(II))に配位することによってゲルを形成していることが示唆される。
【0068】
[実験例6]
(ペプチドの濃度を変化させたメタロ超分子ペプチドゲル形成用溶液の紫外可視分光光度計(UV-Vis)を用いた分析)
上記実験例1においてゲル化が確認された配位子ペプチドについて、各ペプチドを1μmol、2μmol、4μmol、8μmolまたは16μmol測り取り、そこに10mM Cu(OAc)・HO水溶液を800μL添加して、ペプチド-金属溶液(メタロ超分子ペプチドゲル形成用ペプチド溶液)を調製した。これらの溶液を1時間静置した後、紫外可視分光光度計(UV-Vis)を用いてUVスペクトルをそれぞれ取得した。その結果、いずれの溶液についても、ペプチド溶液中のペプチドの濃度が上がるにつれて、770nm付近のピークが徐々に低波長側にシフトすることが観察された。このことから、ペプチド溶液およびペプチドゲル中では配位子ペプチドと銅イオン(Cu(II))とが錯体を形成していることが示唆される。なお、配位子ペプチドとしてHIAを用いた場合のUVスペクトルを図6に示す。
【0069】
[実験例7]
(メタロ超分子ペプチドゲルへの抗癌剤(ドキソルビシン)の内包)
上記実験例1においてゲル化が確認されたすべての溶液サンプルに、抗癌剤であるドキソルビシン(DOX)を200μMの濃度となるように添加し、その後に上記と同じ条件で加温してゲル化させた。その結果、いずれの溶液サンプルについても、ゲル中にDOXが内包されたことが確認された。このことは、本発明に係るメタロ超分子ペプチドゲルが薬物送達システム(DDS)として有用であることを示している。
図1A
図1B
図1C
図1D
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図4F
図4G
図4H
図4I
図4J
図4K
図5A
図5B
図5C
図5D
図5E
図5F
図5G
図5H
図6
【配列表】
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