(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024123496
(43)【公開日】2024-09-12
(54)【発明の名称】水素分離膜
(51)【国際特許分類】
C22F 1/18 20060101AFI20240905BHJP
B01D 69/00 20060101ALI20240905BHJP
B01D 69/02 20060101ALI20240905BHJP
B01D 71/02 20060101ALI20240905BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240905BHJP
【FI】
C22F1/18 G
B01D69/00
B01D69/02
B01D71/02 500
C22F1/00 640E
C22F1/00 604
C22F1/00 623
C22F1/00 622
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 694Z
C22F1/00 685Z
C22F1/00 606
C22F1/00 694A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030956
(22)【出願日】2023-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(71)【出願人】
【識別番号】516003609
【氏名又は名称】株式会社ハイドロネクスト
(74)【代理人】
【識別番号】100116296
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 幹生
(72)【発明者】
【氏名】松本 佳久
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 宏和
【テーマコード(参考)】
4D006
【Fターム(参考)】
4D006GA41
4D006MA03
4D006MA31
4D006MA40
4D006MB03
4D006MB16
4D006MB19
4D006MC02
4D006PA01
4D006PB20
4D006PB66
(57)【要約】
【課題】ガスケットや支持体を必要としない厚い膜厚の水素分離膜であっても、水素透過性が高く、作動(運転)温度を低く設定することができ、耐水素脆性を向上することが可能な水素分離膜を提供する。
【解決手段】本発明の水素分離膜は、バナジウム(V)を材料として形成された水素分離膜であって、粒界密度が0.5vol%以上2%以下であるとともに、ランダム粒界の割合が90%以上である微細組織を有する。また、転位密度が1015m-2以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バナジウム(V)を材料として形成された水素分離膜であって、粒界密度が0.5vol%以上2.0vol%以下であるとともに、ランダム粒界の割合が90%以上である微細組織を有することを特徴とする水素分離膜。
【請求項2】
バナジウム(V)を材料として形成された水素分離膜であって、転位密度が1015m-2以上であることを特徴とする水素分離膜。
【請求項3】
厚さが0.3mm以上1.0mm以下であることを特徴とする請求項1または2記載の水素分離膜。
【請求項4】
水素雰囲気において、引張強度が400MPa以上600MPa以下であることを特徴とする請求項1または2記載の水素分離膜。
【請求項5】
塑性伸びが2%以上3%以下であることを特徴とする請求項1または2記載の水素分離膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素透過性に優れるとともに、ガスケットや支持体が不要である水素分離膜に関する。
【背景技術】
【0002】
水素を含むガスから水素を選択的に透過させて分離する水素分離膜として、パラジウム(Pd)系合金膜が用いられている。しかし、パラジウム系合金膜は高価であるとともに、水素透過性としての機能を十分に発揮するためには、高温とすることが必要である。
【0003】
従来の水素分離膜においては、温度や圧力に関して特定の条件のもとでなければ水素が透過しないという問題点の他、延性-脆性遷移濃度(DBTC)以上の固溶濃度で金属内部に水素が残留すると脆化するという水素脆化の問題点、水素分離膜中では様々な構造が共存するため、どの構造が脆化の起点になっているのか不明であるという問題点が報告されている。
【0004】
水素透過量の増大を目的とした技術の一例が、特許文献1において開示されている。また、本発明者は、水素分離膜とその製造方法について特許出願を行い、その内容が特許文献2において開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2016-94659号公報
【特許文献2】特許第6934691号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来のパラジウム膜の場合では、水素透過性を高めるためには、数十μm程度まで薄くする必要があり、この程度の薄いパラジウム膜では、パラジウム単体での強度が低下し、別途支持体を用いる必要がある。また、薄い膜の場合には、ガスのリークを防ぐために別途ガスケットが必要となる。ガスケットとして一般的に、柔らかい素材である銅で作製された銅ガスケットが用いられている。
【0007】
近年、水素のキャリアとしてアンモニアガスを用いることが検討されているが、銅ガスケットを用いると、アンモニアガスが銅に触れて腐食してしまうため、その場合には銅ガスケットは用いることができない。また、構造やコストを考慮すると、ガスケット自体を用いないことが望ましい。
【0008】
このようなガスケットや支持体を必要とする従来の薄い膜厚の水素分離膜では、導入ガスが限定されるとともに、構造が複雑化し、製品コストがかかる。その一方、ガスケットや支持体が不要な厚い膜厚の水素分離膜では、水素透過量が減少し、また体心立方格子の金属を用いた場合は、パラジウム膜とは異なり、水素固溶量(もしくは水素溶解度)に依存して水素脆化が顕著になる。
【0009】
本発明は、このような事情を考慮してなされたもので、ガスケットや支持体を必要としない厚い膜厚の水素分離膜であっても、水素透過性が高く、作動(運転)温度を低く設定することができ、耐水素脆性を向上することが可能な水素分離膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以上の課題を解決するために、本発明の水素分離膜は、バナジウム(V)を材料として形成された水素分離膜であって、粒界密度が0.5vol%以上2.0vol%以下であるとともに、ランダム粒界の割合が90%以上である微細組織を有することを特徴とする。
【0011】
本発明は、ガスケットや支持体を必要としない厚さであっても、水素透過性が高い水素分離膜を実現することを大きな解決課題としており、この解決課題に対応するものとして、水素の高速拡散経路の粒界密度と、より高速な拡散経路のランダム粒界の割合に着目したものである。この点において、粒界密度とランダム粒界の割合の特定は、課題解決のために重要な意義を有する。
【0012】
また、本発明の水素分離膜は、バナジウム(V)を材料として形成された水素分離膜であって、転位密度が1015m-2以上であることを特徴とする。
【0013】
本発明は、ガスケットや支持体を必要としない厚さであっても、水素透過性が高い水素分離膜を実現することを大きな解決課題としており、この解決課題に対応するものとして、水素の高速拡散経路である転位密度に着目したものである。この点において、転位密度の特定は、課題解決のために重要な意義を有する。
【0014】
本発明の水素分離膜においては、厚さを0.3mm以上1.0mm以下とすることができる。
【0015】
従来の水素分離膜では、多くの水素量を得るためには水素分離膜を極めて薄くする必要があるのに対して、従来では水素透過性が低下する厚さであっても、良好な水素透過性を有するため、ガスケットや支持体を必要とせずに使用することができる。ここで定めた水素分離膜の厚さは、従来の水素分離膜では良好な水素透過性を確保できない厚さであるが、本発明においては、この厚さでも良好な水素透過性を確保することができる。そのため、ガスケットや支持体を用いることによる弊害を排除できる。
【0016】
本発明の水素分離膜においては、水素雰囲気において、引張強度が400MPa以上600MPa以下とすることができる。
これにより、高い耐水素脆性を有していることは明らかであり、水素分離膜としての実用上のメリットがある。
【0017】
本発明の水素分離膜においては、塑性伸びが2%以上3%以下とすることができる。
これにより、水素分離膜の強度を確保することができ、耐久性に優れた水素分離膜を実現することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると、ガスケットや支持体を必要としない厚い膜厚の水素分離膜であっても、水素透過性が高く、作動(運転)温度を低く設定することができ、耐水素脆性を向上することが可能な水素分離膜を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】Pd-23mol%Ag合金の水素透過流束の膜厚依存性を示す図である。
【
図2】純ニオブ(Nb)の水素透過流束の膜厚依存性を示す図である。
【
図3】金属膜の水素透過試験を実施する装置を示す図である。
【
図4】HPT加工による結晶粒の微細化を示す図である。
【
図5】(a)は、HPS加工による結晶粒の微細化を示す図であり、(b)は、IF-HPS加工による結晶粒の微細化を示す図である。
【
図6】t=0.5mmのIF-HPS加工を施したバナジウム(V)サンプルを示す図である。
【
図7】結晶粒を微細化したバナジウム(V)の水素透過係数を、Pd合金と比較した図である。
【
図8】HPS加工を施したバナジウム(V)の水素透過係数の比較であり、厚さの逆依存性とは反対の結果を示す図である。
【
図9】金属結晶中の水素の拡散パス(経路)を示す図である。
【
図10】水素雰囲気中における引張試験結果を示す図である。
【
図11】0.5mm厚さのV出発材料を用いてのHPS加工後のEBSDによる粒界性格の評価を示す図である。
【
図12】0.7mm厚さのV出発材料を用いてのHPS加工後のEBSDによる粒界性格の評価を示す図である。
【
図13】Williamson-Hall plotによる転位密度の解析結果を示す図である。
【
図14】EBSD解析による結晶粒径、結晶方位(集合組織)、粒界性格の解析を示す図である。
【
図15】KAMマップによるひずみ(もしくは転位)分布の解析を示す図である。
【
図16】HPS加工した純バナジウム(V)のひずみ(もしくは転位)分布と水素の拡散の関係のモデルを示す図である。
【
図17】KAMマップによるひずみ(もしくは転位)分布の解析を示す図である。
【
図19】立方晶で生じる対応粒界の種類を示す図である。
【
図20】結晶粒径と粒界密度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の水素分離膜について、開発経緯を踏まえて、その実施形態に基づいて説明する。
本発明者は、高圧ねじり(HPT)加工法や高圧すべり(HPS)加工法によって結晶粒を微細化し、巨大ひずみを導入したバナジウム(V)は、高い水素透過特性を持ち、ひずみ付与の仕方に依存して水素透過特性が大きく異なることを見出した。
【0021】
HPTもしくはHPS加工後のバナジウム(V)のFE-SEM/EBSD解析と、X線回折プロファイルで得られる組織情報をベースとして、変形集合組織や結晶粒径と加工条件との関係を詳しく調べ、水素分離膜製造法および水素分離膜材料として最適な組織や力学条件、膜材料の最適組織制御に向けた製造条件に関する調査を行った。すなわち、膜材料の結晶組織は高密度に導入された転位とランダムな小角粒界や大角粒界、対応粒界で構成されるため、これらがバナジウム(V)中の水素拡散挙動に及ぼす影響を明らかにする目的で粒界性格分布の解析を行った。
【0022】
具体的には、EBSD解析で副次的に得られるひずみ情報の獲得法として、KAM (Kernel Average Misorientation)マップがあるが、巨大ひずみ付与加工を行ったバナジウム(V)の表面近傍でのひずみ導入量の定性分布の把握と定量化を試みた。これらの解析により、水素の高速拡散経路として働く粒界や転位の特徴を明らかにした。
【0023】
図1、
図2は一般に水素透過膜や水素分離膜材料としてよく知られている、Pd-23mol%Agおよびbcc金属の純ニオブ(Nb)について、これまでに報告もしくは測定された水素透過流束Jと、膜厚の逆数L
-1(もしくはd
-1)の関係を示している。これらの実験は、
図3に示す装置による水素透過試験方法で実施され、求められたデータである。
【0024】
通常、フィックの第一法則を基に水素透過特性が議論されるが、定常状態で金属または合金中の水素の拡散係数Dが水素濃度に依存しなければ、
【0025】
【0026】
の関係から、水素透過流束は原点を通る直線関係を示すことになり、膜材料の厚さに対して逆依存性を示すことになる。
【0027】
本発明者は、bcc-Vの結晶粒微細化制御で、金属材料の高圧アロトロピー組織制御により、
図4に示すHPT加工や、
図5に示す(IF-)HPS加工を施した高純度のbccバナジウム(V)(
図6に示すサンプル)に対して、組織観察、水素透過試験を実施し、
図7に示すような、水素透過係数の結晶粒微細化効果があることを実証した。
【0028】
この微細化条件の検討過程において、本発明者は、バナジウム(V)膜の水素透過係数が、膜厚の(逆)依存性を示さないという知見を得た。これを
図8に基づいて説明する。
図8において、as-receivedVの厚さはt0.3mmであり、HPS加工条件は、初期厚さt0.5mmとt0.7mmに対して、スライド量xは0から15mmである。
図8に示す温度300℃での水素透過試験の実証例のように、HPS加工を施したV膜では、加工前厚さが0.5mmの膜材料よりも0.7mmの膜材料の方が、HPS加工の異なるスライド量の何れにおいても、高い水素透過係数を示していることが確認された。その原因は、高速拡散パスと知られる粒界密度や転位密度が、HPS加工によって上昇したことに起因するためと考えられる。この点が、本発明の本質的な部分である。
【0029】
このように、厚さを受け入れまま材の2~3倍まで厚くした場合であっても、HPS加工材は受け入れまま材と同程度以上の水素透過量を得ることができる。これによって、水素透過膜の課題である、多くの水素量を得るためには水素分離膜を極めて薄くする必要がある、という課題を解決することに繋がる。
【0030】
さらに
図8から、加工前厚さの違いに限らず、HPS加工のスライド量xによっても、水素透過係数に差異が生じることがわかる。加工前厚さとスライド量はそれぞれ、ひずみ速度とひずみ量に関わっており、これらの結果は、HPSの加工条件を最適化することによって、
図8で示した結果以上の水素透過係数の向上が見込めることを示唆している。その詳細は、
図15や
図17において説明するが、HPSの加工条件によって得られる微細組織が変化し、水素透過係数が変化したと考えられる。
【0031】
ここで水素の拡散パスとしては、
図9に示すように、粒界拡散>転位拡散>格子拡散の順に拡散速度が早いことが知られており、この拡散の理論からすれば、ほぼ同じ結晶粒径を示す0.7mm厚さと0.5mm厚さのHPS-Vでは、膜材料の薄い0.5mm厚さの方がより大きな歪が与えられており、金属膜中の水素の拡散速度の点で有利なため、0.5mmHPS-Vの方が高い水素透過係数を示すことが通常考えられる。しかし、
図8に示す水素透過試験の実証例は、このことと逆の結果となっている。
【0032】
上記の事実に関して、本発明者は、膜材料中の水素の拡散性は単純なひずみ(もしくは転位)量のみならず、組織因子が密接に関係していると考えた場合、これらを加味した組織制御を行うことで、水素透過係数の膜厚依存性が必ずしも成り立たず、最適な条件での組織制御により、これまで以上の水素透過係数を得ることができると判断した。
【0033】
また、水素透過膜として用いるためには、高い水素透過性能に加えて優れた耐水素脆性を併せ持つ必要がある。そこで、水素雰囲気中での引張試験によって耐水素脆性の評価を行った。
図10に、受け入れまま材とHPS加工を行った試料の引張試験結果を示す。
【0034】
図10からわかるように、水素雰囲気中において、HPS材は受け入れまま材と比較して、2倍以上の引張強度と3倍以上の塑性伸びを示している。また、受け入れまま材は、均一変形領域において破断しているのに対して、HPS材は明瞭な不均一変形を示した。このように、引張強度が400MPa以上600MPa以下であることにより、HPS材は水素透過性に優れるのみならず、高い耐水素脆性を有しており、水素透過膜に非常に適した材料であるといえる。また、塑性伸びが2%以上3%以下であることにより、水素分離膜の強度を確保することができ、耐久性に優れた水素分離膜とすることができる。
【0035】
上述した組織制御に関する着想に基づいて、0.7mm厚さと0.5mm厚さのバナジウム(V)出発材料を用いて、HPS加工を行い、加工後にサンプル膜材料を機械的研磨した後、適切な電解研磨(自動電解研磨装置レクトロポール-5を使用)を行って、電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)に付属の電子線後方散乱回折(EBSD)を用いた結晶粒解析(結晶方位、平均粒径、KAMマップによる結晶粒内歪分布解析、対応粒界やランダム粒界の割合の検討)を行った。これに加えて、X線回折(XRD)でWilliamson-Hall plot法にて転位密度を解析し、所望の水素透過流束や水素透過係数を高めるための手段を確立した。以下に、その詳細な実施例を示す。
【0036】
図11は、0.5mm厚さのバナジウム(V)出発材料を用いて、HPS加工後のEBSDのバンドコントラスト上に対応粒界(幾何学的に原子を共有する粒界)をΣ値の分布棒グラフに対応して色付けした図と、その結晶粒径の分布を示している。この場合、平均粒径は概ね410nmであり、また対応粒界は平均7.7%である一方、残りの92.3%はランダム粒界であると判断された。
【0037】
図12は、0.7mm厚さのバナジウム(V)出発材料を用いて、HPS加工後のEBSDのバンドコントラスト上に対応粒界(幾何学的に原子を共有する粒界)をΣ値の分布棒グラフに対応して色付けした図と、その結晶粒径の分布を示している。この場合、平均粒径は概ね430nmであり、また対応粒界は平均4.6%である一方、残りの95.4%はランダム粒界であると判断された。
【0038】
次に、XRDのWilliamson-Hall plotによる解析を行い、その結果を
図13に示す。この場合、試料厚さ0.3mm、アルミナ0.3mm研磨仕上げ、ステップ制御(ステップ角度0.02°)、 ステップ時間1sとして、XRDデータを採取した結果から求めている。
【0039】
XRDの結果から、無加工バナジウム(V)に対してHPS加工を施すことにより、(110)集合組織が発達し、転位密度の上昇と結晶粒径の微細化が生じることが明らかとなった。一方で、HPS前の初期厚さが0.5mmから0.7mmに変化した場合であっても、結晶粒径、転位密度、集合組織は変化しないことが確認できた。以上の結果をまとめたものを、表1と
図14に示す。表1は、シングルパスHPS加工した純バナジウム(V)の組織因子を示し、
図14は、EBSD解析による結晶粒径、結晶方位(集合組織)、粒界性格の解析を示している。
【0040】
【0041】
次に、HPS加工した純バナジウム(V)のひずみ分布の解析結果を、
図15に示す。これは前述のように、KAM (Kernel average misorientation) mapを求めることで、ひずみ(もしくは転位)の分布として示すものである。
【0042】
初期厚さ0.5mmのHPS-V試料では、動的連続再結晶の進行によって、転位の分布状態が局在化している一方で、初期厚さ0.7mmの試料では、0.5mmと比較して転位が均一に分散している様子が確認できた。すなわち、
図16に示すモデル図のように、初期厚さ0.7mmのHPS-V試料では、ひずみ(もしくは転位)が均一に分散することにより、水素の透過性能が上昇したと考えられる。
【0043】
また、HPS加工した純バナジウム(V)のランダム粒界の解析結果を
図17に示す。結晶粒界としての対応粒界は、規則性の高い粒界である一方、ランダム粒界は、規則性に乏しい粒界構造であり、そのため密度も低く水素が透過しやすいと考えられる。総粒界長さに対するランダム粒界の割合は、初期厚さ0.5mmのHPS-V試料では約92.3%であったが、初期厚さ0.7mmのHPS-V試料では約95.4%と増加している。すなわち、当初のアイデア通り、ランダム粒界の割合が上昇したことによって、水素の透過性能が上昇したと考えられる。
【0044】
HPS加工した純バナジウム(V)の対応粒界とランダム粒界については、下記のモデルで説明する。
図18の例に示すように、例えば、Σ11の対応粒界は、11原子毎に対応格子点が現れる特異な粒界構造の状態であり、同様な対応粒界は立方晶では多く存在する(
図19)。
【0045】
以上のことから、ひずみ量の少ない初期厚さ0.7mmのHPS加工材では、ランダム粒界の割合が高く転位の分散が均一であることが明らかとなり、これらの組織因子が水素拡散に対して支配的であることを仮定すると、ひずみ量が少なく、ひずみ速度が遅い条件でHPS加工を行うことによって、水素透過性能をより向上できると考えられ、上記の実施例の結果に示すように、予測した通りの結果が得られた。
【0046】
図20に、結晶粒径と粒界密度との関係を示す。
図20からわかるように、純金属を塑性加工して得られる最小の結晶粒径は100nm程度であり、このときの粒界密度が2.0vol%であることから、粒界密度の上限値は2.0vol%となる。また、本発明においてHPS加工したバナジウム(V)の結晶粒径から、粒界密度は0.5vol%程度であるため、本発明における粒界密度の範囲は、0.5vol%以上2.0vol%以下となる。
【0047】
このように、特定部位の組織として、小傾角粒界の平均割合と大傾角粒界の平均割合を制御するとともに、ひずみ(もしくは転位)の分布を示すEBSD解析後のKAM(Kernel Average Misorientation)値の平均値も同じく制御して転位の分散を均一にすることにより、水素透過係数が2×10-7(mol H2・m-1・s-1・Pa-1/2)以上、水素分離膜としての作動(運転)温度300℃以下である水素透過性能が得られる膜材料の組織構造が得られる。また、これらの組織因子が水素拡散に対して支配的であるため、ひずみ量が少なく、ひずみ速度が遅い条件でHPS加工を行えば水素透過性能をより向上することができる。
【0048】
以上説明したように、本発明は、ガスケットや支持体が不要な膜厚の水素分離膜を強ひずみ加工(今回はHPS加工)によって作製し、水素透過量の確保、耐水素脆性の向上を実現している。
【0049】
バナジウム(V)は高い水素透過性をもつうえ、グラム単価が数円~十数円と安価なため、次世代の水素分離膜材料としての期待が大きいが、その一方で、Vなどの5族金属やそれらをベースとした合金は温度領域によっては水素化物を作り、酸化しやすく表面酸化物により水素透過が抑制されるなどの特有の課題があり、多くの水素量を得るためには水素分離膜を極めて薄くする必要があることなどによって、社会実装においてはこれら課題の解決が急務とされていた。
【0050】
しかし、本発明の水素分離膜は、上記の課題を解決するものであり、安価なバナジウム(V)を用いても、高性能な水素分離膜を実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、ガスケットや支持体を必要としない厚い膜厚の水素分離膜であっても、水素透過性が高く、作動(運転)温度を低く設定することができ、耐水素脆性を向上することが可能な水素分離膜として、広く利用することができる。